ものくさ太郎
作者不詳
たうせんどうみちのくの末。しなのゝ國十ぐんのその内に。つかまのこほりあたらしのがうといふところに。ふしぎのおとこ一人はんべりける。其名を。物くさ太郎ひぢかすと申候。なを物くさ太郎と申事は。國にならびなきほどの物くさしなり。たゞし名こそ物くさ太郎と申せども。家づくりのありさま。人にすぐれてめでたくぞ侍りける。四めん四てうについぢをつき。三方に門を立。東西南北にいけを掘。嶋をつき。松すぎをうへ。しまよりろくぢへそりはしをかけかうらんにぎぼうしをみがき。まことにけつかう世にこえたり。十二けんのとほさふらひ。九けんのわたりらうか。つり殿ほそ殿むめつぼ。きりつぼまがきがつぼにいたる迄。百しゆの花をうへ。しゆてん十二けんにつくり。ひわだぶきにふかせ。にしきをもつて天井をはり。けたうつばり。たる木のくみ入には。しろかねこがねをかな物に打ち。やうらくのみすをかけ。馬やさぶらひ所にいたる迄。ゆゝしくつくり立て居ばやと、心にはおもへ共。いろ/\ことたらねば。たゞ竹を四本たて。こもをかけてぞゐたりける。雨のふるにも。日の照るにも。ならはぬすまゐしてゐたり。かやうにつくりわろしとは申せども。あし手のあかがり。のみ。しらみ。ひぢの苔にいたるまで。たらはずといふ事なし。もとでなければあきなひせず。物をつくらねばじきもつなし。四五日のうちにもおきあがらずふせりゐたりけり。
あるときなさけある人のもとあひきやうのもちいを五つ。いかにひだるかるらんとてえさせければ。たまさかに待えたる事なれば。四つをば一度にくい侍り。いまひとつをこゝろにおもひけるやうは。ありとおもひてくはねば。のちのたのみ有。なしと思へばひだるくなけれどもたのみなし。まぼらえて有もたのみなり。いつまでも人の物をえさせんまでは。もたばやとおもひて。ねながらむねのうへにてあそばかして。はなあぶらをひきて。くちにぬらしかうべにいたゞき。とりあそぶほどに。とりすべらかし。大道までぞころびける。そのとき物くさ太郎みわたしておもふやう。とりにゆきかへらんも物くさし。いつのころにても。人のとをらぬ事はあらじと。たけのさほをさゝげて。いぬからすのよるををひのけて。三日までまつに人みえず。三日と申に。たゞの人にはあらず。その所のぢとう。あたらしの左衞門のぜうのぶよりといふ人。こたかがりまじろのたかをすへさせて。そのせい五六十きにてとをりたまふ。
物くさ太郎これをみて。かまくびもちあげて。なふ申候はん。それにもちいの候。取りてたび候へと申けれども。みゝにもきゝ入ずうちとをりけり。物くさ太郎是をみて。せけんにあれほど物くさき人の。いかにしてしよちしよりやうをしるらん。あのもちいを馬よりおりて。とりてつたへん程のことは。いとやすき事。世の中に物くさきもの。われ独と思へばおほく有けるよと。あらうたての殿やとて。なのめならずつぶやきはらをぞたてにける。ひやうゑのぜうあらき人ならば。腹をも立。いかやうにもあたり給ふべきに。馬をひかへて是をきゝ。きやつめがことか。聞ゆるものくさ太郎といふものか。さん候ふたりとも候はゞこそ。是が事にて候。さてをのれはいかやうにしてすぐるぞ。さん候人の物をくれ候ときは。何をもたぶる。くれ候はんときは。四五日も十日ばかりも。たゞむなしくすぎ候と申ければ。さてはふびんのしだいかな。いのちたすかるしたくをせよ。一じゆのかげにやどるとも。一河のながれをくむことも。たしやうのえんとなり。所こそ多きに。わがしよりやうのうちにむまれあふこと。ぜんぜのしゆくえんなり。ぢをつくりてすぎよと有ければ。もち候はんと申。さらばとらせんとあり。物くさく候程に。地もほしからず候と申せば。商をしてすぎよとあれば。もとで候はずと申す。とらせんと有ければ。いまさらならはぬこと。しらぬ事。なりがたく候と申せば。さてはかゝるくせものかな。いでさらばたすかるやうにせんとて。すゞりをとりよせてふだをかきて。わがりやうないをまはす。此物くさ太郎に。まいにち三合いひを二どくはせ。さけを一どのますべし。さなからんものは。わがりやうにはかなふべからずとふれられけり。まことに/\。これぞあはぬは君のおほせかなとは思へども。かくのごとく有ほどに。三年ぞやしなひける。
三年と申はるのすゑに。しなのゝ國のこくし。二条の大なごんありすゑと申人。このあたらしのがうへながふをあてらるゝ。百しやうどもよりあひて。たがもとよりたれをのぼせんぞ。はるかにたえてならはぬこと。いかゞせんとなげく。ある人申やう。いざ此物くさ太郎をしたてゝ上せんといひければ。おもひもよらず。もちいを大道へころばかし。をのれはたち出とりもせで。ぢとうどののとをり給ふに。とりて給へといふほどのものなりと申ければ。ある人是をきゝ。それ躰の者をすかせば。よきことも有。いざよりあひてすかしてみんとて。おとなしき人四五人よりあひて。かれがもとにゆきて。いかに物くさ太郎殿。われらが大事のみくじにあたりて候を。たすけてたべ。何事にて候ぞと申ければ。ながふといふものをあたりて候。それはいくひろばかりながきものにて候ぞ。おびたゝしのことやといひければ。いやさやうにながき物にてはなし。わがやうなる百しやうの中より。みやこへ人をのぼせてつかはせ參らするを。ながふとは申也。御身を此三年があひだやしなひたるなさけに。のぼり給へといひければ。それはさら/\殿ばらのこゝろざしにあらず。ぢとう殿よりおほせにてこそあれとて。のぼるべきやうなし。またある人申けるやうは。かつうはわとのゝためなり。それをいかにと申に。おとこはめをぐして心つく。女ばうはおつとにそひて心つくなり。かくていぶせきしづがふせやに。たゞひとり。をはせんより心つくしたくをし給はぬか。それいはれあり。男はみたびのはれわざに心つく。げんぷくしてたましゐつく。めをぐしてたましゐ付。くはんをしてたましゐつく。またはかいだうなんどをとをるに。ことさら心つくなり。ゐなかの人こそ情をしらね。みやこの人はなさけありて。いかなる人をもきらはず。色ふかき御人も。たがひにふさいとたのみたのまるゝならひなり。さればみやこへ上り心あらん人にもあひぐして。心をもつき給はぬかと。やう/\にきやうくんすれば。物くさ太郎是を聞。それこそ候なれ。そのぎにて候はゞ。いそぎ上せてたび給へとて。出たゝんとする。百しやうどもみな/\大きによろこび。りやうそくをあつめて京へのぼせけり。
東。山しなを上りに。宿々をとをりけるに。さらにものくさき事なし。七日と申に。京へつき。是はしなのゝ國より參りたる。ながふにて候と申ければ。人々是をみてわらひけり。あれ程色くろくきたなげなる者も。世には有けるぞとて笑ひける。大なごん殿はきこしめし。いかやうにもあれ。まめにてつかはれなば。しかるべしとてめしつかはれける。みやこにてのありさま。しなのゝ國にはまさりけり。ひがし山西山。御所だいり。だうみややしろ。おもしろくたつとさ。申はかりなし。すこしもものくさげなるけしきもなし。是ほどにまめ成者あらじとて。三月のながふを七月までめしつかはれ。やう/\十一月のころにもなりぬれば。いとまを給はりて國に下りなんと。此ほどのやどにかへり。わが身をくはんじて思ふやう。みやこへのぼりたらん時は。よき女ばうにあひつれてくだれなんどゝいひしに。ひとりくだらんこと。あまりにさびしからん。女ばう一人たづねばやとおもひ。やどの亭主をちかづけて。しなのへくだり候。しかるべくは。われらがやうなるものゝめに。なり候はんずるをんな。一人たづねてたび候へと申ければ。やどのおとこはこれをきゝ。いかなるものか。をのれが女ばうになるべきといひて。わらひける。さりながら。かれが云ことにつきていふやう。尋んことはやすき事なれ共。ふさいと云事は大事の物ぞ。いろごのみたづねてよべかし。いろ好みとは何事ぞ。いかなるものを申ぞとといければ。ぬしなきをんなをよびて。りやうそくをとらせてあふ事を。いろごのみといふ也。其義ならばたづねてたび候へ。くだりよういに。つかい錢十二三もんあり。是をとらせてたび候へと申しければやどの亭主は是をきゝ。扨も/\是ほどのたくらたは。なしとおもひて。またいふやうは。其義ならば。つじどりをせよといふ。つじどりとは何ごとぞや。つじどりとは。おとこもつれず。こしくるまにものらぬ女ばうの。みめよき。わが目にかゝるをとる事。天下の御ゆるしにて有なりと。をしへければ。其義にて候はゞ。取りてみんと申。十一月十八日のこと成に。きよ水へ參りてねらへとをしへければ。さらばとて出たつ。
其日の有さまは。しなのよりとしをへてきたりける。さゆみのかたびらの。なに色とももんもみえぬに。わらなわ。をびにして。物くさゞうりのやぶれたるをはき。くれたけのつえをつき。十一月十八日のことなれば。かぜはげしくふきて。いかにもさむきに。はなをすゝりて。清水の大門に。やけそとばのごとく。たちずくみにして。大手をひろげてまつところに。參りげかうの人々是をみて。あなおそろしや。何を待てかやうには有らんとて。みな/\よけ道をしてとをれども。ちかづくものはさらになし。あるひは十七八。はたちよりうちの女ばう。五人十人うちつれ/\とをれども。一めより外みざりける。かやうに立たる事。あしたより其日のくるゝまで。人數いくせんまんと云事なし。あれもわろし。是もわろしとためらひゐたる所に。女ばう一人出きたり。としならば十七八かとみえ侍り。形ちは春の花。ひすいのかんざしたをやかに。せいたいのまゆずみは。はなやかにして。とをやまのさくらにことならず。せんげんたるりやうびんは。秋のせみのはにことならず。三十二相。八十しゆがうのあきみちて。こんじきのによらいのごとし。ふみたるあしのつまさきまでも。まゆのあひきやう。ととのへて。いろ/\のひとへぎぬに。くれなゐのちしほのはかまふみしたき。うらなしうちはきて。たけにあまれるかんざしを。むめのにほひによせて。われにをとらぬげぢよ。一人ともにぐしてぞ參りたる。物くさ太郎是をみて。爰にこそわがきたのかたは出きぬれ。あつぱれとくちかづけかし。いだきつかん口をもすはゞやとおもひて。手ぐすねをひき。大手をひろげて待居たり。女ばう是を御らんじて。とものげぢよをちかづけて。あれは何ぞととひ給へば。人にて候と申ければ。あなおそろしや。あのあたりをば。いかにしてとをるべきぞとて。よけみちをしてとをりける。物くさ太郎是をみて。あらあさましやあなたへ行くぞや。手のびにしては叶まじと思ひて。大手をひろげてつつとより。いつくしげなるかさの内へ。きたなげ成つらをさし入て。かほにかほをさしあはせて。いかにや女ばうといひてこしにいだきつきてみあげければ。東西くれはてゝ。さらに御返じものたまはず。ゆきゝの人是をみて。あなおそろしやいたはしやとて。をの/\みてはとをれ共。よりつくものはさらになし。男とりつめていふやうは。いかにや女ばう。はるかにこそおぼえて候へ。をはらしづはらせれうのさと。かうだうかはさき中山。ちやうらくじ。清水六はら。六かく堂。さが法りんじ。うづまさだいご。くるすこはた山。よどやはた。住吉くらま寺。五条の天神。きぶねの明神。ひよしさんわう。祇園きたの。かもかすが。所々にてまいりあひて候ひしは。いかに/\と申ける。女ばう是をきゝ。此者はいかさまにも。ゐなかの者にて有けるを。やどのおとこのをしへて。つじどりをせよと申てせさするよと思ひ。あれ躰の者をば。すかさばやと思。それはさる事も候はん。いまはこれにては。人めもしげし。わらはがさふらふ所へ。とふていらせ給へとありければ。いづくにて候ぞとといければ。てうしのことばをかけ。それをふくせんその内に。にげばやと思召。わらはが候所をば。まつのもとゝいふ所にて候。物くさ太郎是をきゝ。松のもとゝは心えたり。あかしのうらの事。かゝるきたいの事はなし。是一つをこそきゝしるとも。よのことはしらじとおもひて。たゞし日くるゝ里に候ぞ。日くるゝさとも心えたり。くらまのおくはどのほどぞ。これもわらはがふる里よ。ともし火のこうじをたづねよや。あぶらのこうじはどのほどぞ。是もわらはがふる里よ。はづかしの里に候よ。しのぶのさとゝはどのほどぞ。これもわらはが故里よ。うはぎの里に候。にしきのこうじはどの程どぞ。是もわらはがふるさとよ。なぐさむ國に候は。それはこひしてあふみの國はどのほどぞ。けしやうするくもりなき里とのたまへば。かゞみのしゆくはどの程ぞ。秋する國に候よ。いなばの國にはどのほどぞ。これもわらはがふるさとよ。はたちの國に候よ。わかさの國にはどのほどぞ。かやうにとかくいふ程に。此うへはわが身のがるべきやうなし。いや/\此ものに。うたをよみかけ。それをあんぜぬ折ふしに。にげさらばやとおもひて。男のもちたる唐たけの。つえによそへてかくなん。
からたけをつえにつきたる物なればふしそひがたき人をみるかな
物くさ太郎これを聞。あなくちおしやさて。われとねじとごさんなれと思ひ。御返こと。
よろづ世のたけのよごとにそふふしのなどからたけにふしなかるべき
あなおそろしや此男は。我とねんといふ。またすがたにはにず。かゝるみちをしりたること。やさしさよと思召て。
はなせかしあみのいとめのしげければこのてをはなれ物がたりせん
物くさ太郎是を聞。さては手をゆるせとこさんなれ。いかゞせんと思ひて又かくぞ。
なにかこのあみのいとめはしげくともくちを吸せよ手をばゆるさん
とよみかへし申ければ。女ばうじこくうつりてかなはじとおぼしめして。またかくなん。
おもふならとひてもきませわがやどはからたちばなのむらさきのかど
物くさ太郎此御ことばを案じ。少ゆるす所に。ふりはなし。かさをも御いしやうなど迄もうち捨。うらなしをもふみぬき。かちはだしにて。下女をもつれず。ちり/″\になりて。にげられけり。物くさ太郎あなあさましや。わが女房取にがしつる事よと思ひて。唐竹のつえ。くきみしかにをつとり。女ばういづかたへゆくぞとてをひまはりけり。
女房は是をさいごとおぼしめして。あんなひはしり給ひたり。あなたのこうじ。こなたのつじ。こゝかしこをめぐりちがへ。にげ。春のかぜに。花の散ごとくにげかくれ給へり。物くさ太郎是をみて。わごぜはいづくへゆくぞとて。あなたのかうじへつつとより。こなたの辻へゆきあひたり。すきをあらせずをひつめける。ある所にてをひうしなひ。あとへ歸りてさきを見れ共人もなし。ゆきゝの人にとひければ。しらずとこたへてとをりける。きよみづにて立たりし所へ歸りきて。こなたむきにこそ。女ばうは立たりつれ。あなたへむきて。かやうの事をばいひつれ。いづかたへゆきつらんと。もだへこがれけれ共。かひぞなき。げに/\おもひ出したる事あり。からたちばな紫のかどゝ有つるに。たづねてみばやとおもひて。かみ一かさねをたけにはさみ。あるさぶらひ所へたちいりて。是はゐなかのものにて候が。かどふみ忘れて候が。さいじよからたちばな。むらさきのかどゝとこそ仰せられしが。それしきのもんは。いづくに候らんとたづねければ。七条のすゑに。ぶぜんのかうの殿の御所こそ。からたちばなむらさきは有しぞ。其かうじへむきてたづねよと教ける。たづねゆきてみれば。実もそれなりけり。はやわが女ばうにあひたる心ちして。うれしき事申はかりなし。彼屋かたには。いぬをふ物。かさかけまりあそび。あるひはくはげん。ごしやうぎ。すごろくをうち。いまやうさうか思ひ/\のあそびなり。あなたこなたへゆきてみれ共。わが女ばうはなかりけり。もしも出ることも有なんと。えんのしたにかくれける。此女ばう御所にては。じゞうのつぼねと申ける。ふけゆくまでみやづかひして。わがつぼねへいらせたまふが。ひろえんにたち出て。なでしこといふげぢよをめして。いまだ月は出させ給はぬか。さもあれ。きよ水にての男は。いかに。これ程くらきに。それに行きあひたらば。いのちもあらじなどゝかたり給へば。いま/\し。何のゆへにか是までは來り候ふべき。なか/\仰さふらへば。おもかげにたちて候と申ければ。物くさ太郎。えんの下にて是をきゝ。是にこそ我きたのかたはあれ。扨もえんはつきぬものぞとうれしくて。えんのしたよりおどりいで。いかにや女ばう。わごぜ故に心をつくし。ほねをばをるぞとて。えんより上へあがりける。をみなへし是をきゝきも心もうせはてゝ。ころびまろびて。しやうじのうちへにげ入て。しばしはあきれて。きもたましゐも身にそはず。あきの夜に。夢みる心ちして。おほぞら成けしきにておはしけるが。やゝありて。あなおそろしのものゝ心や。是までたづねて來るふしぎさよ。人こそおほきに。あれ程きたなげにいぶせきものに。思ひかけられ。戀られたるこそかなしけれとて。なでしこにかたりなげき給ひける。かゝる所に。ばんのものども立出でいふやうは。人のけしきのあるやらん。いぬがほゆるといひて。人々さはぎけり。
女ばうおぼしめしけるは。あらあさましや。あのものをうちころさんもおそろしや。さなきだに。女はごしやうさんしゆにつみふかきにとて。なみだをながし給ひける。こよひばかりは。何かくるしき。かり宿して。あけぼのにすかしてやれとて。ふるきたゝみをしきて。ゐよとて。たびたり。げぢよ來りて。あけなば人にみえず。とく/\かへれとて。あるつまどのきはに。いとならはぬ。かうらいべりのたゝみをしきゐたりけり。かなたこなた身をもだえ。ありきくたびれ。あはれ何にても。とくくれよかし。何をくるべきやらん。くりをくれられなば。やきてくふべし。かきなし。もちいなんどをくれたらば。すきもなくくふべし。さけをくれたらば。十四五六七八はいも呑ふ。何にてもとくくれよかしと。心をいろ/\になしてまちゐたる所に。くりかきなし。ひげこに入れて。しほとこがたな取そへていだしける。物くさ太郎是をみて。あなあさましや。女ばうのみめにはにず。あまたのこのみを。はこのふた。だんしにも入て。くれよかし。むまうしなどに物をくるゝごとくに。ひとつにとりぐしてくれたる事よ。まさなや。たゞししさい有べし。このみあまたひとつにしくれたるは。われにひとつになりあはんとおもふこゝろかや。くりをたびたるは。くりことすなとの心にや。なしをたびたるは。われは男もなしといふ心。かきとしほとはなどやらん。いづれもうたによまばやとおもひて。
つのくにのなにはのうらのかきなればうみわたらねどしほはつきけり
女ばうこれをきゝ。あなやさしのものゝ心や。でいのはちす。わらづとこがねとは。かやうのことにてもや侍らん。是とらせよとて。かみを十かさねばかりいだされたり。是は何ごとやらんとおもひけるが。みづぐきのあとなき返じをせよといふこゝろ。こさんなれとおもひてかくなん。
ちはやふるかみをつかひにたびたるはわれをやしろとおもふかやきみ
此うへはちからなし。ぐしてまいり候へとて。小そで一かさね。大くちひたゝれ。ゑぼしかたなとゝのへて。是をめして參られよとぞ申ける。ひぢかす大きによろこび。めでたや/\とて。此ほどきたりける。十だいのきる物を。たけのつえにまきつけて。小袖をばこよひばかりこそかし給はんずらん。あしたはきてかへらんずるぞ。いぬゑのこくふな。ぬす人とるなとて。えんの下へなげ入て。其後大くちひたゝれきるやうをしらずして。くびにあてかたにかけ。是をわづらはしくしけるを。げぢよとりつくろひて。ゑぼしをきせんとす。かみを見るに。ちりほこりしらみなど。いつの世に手をいれて。ときあげたるけしきもなし。されども漸こしらへて。ゑぼしをばをしかふで。なでしこ手をひきてこなたへ/\へとつれて行ければ。物くさ太郎。わがくにしなのにては。山がんぜきを社ありきならひたれ。かやうにあぶらさしたるいたのうへをば、あゆみならはず。こなたかなたとすべりまいりけり。されどもしやうじのうちへをし入て。なでしこはかへりける。上らうの御まへにまいるとて。ふみすべりて。あをのきにまろびけり。さらばよのところにてもなくして。上らうのたからともおぼしめす。てひきまるといふ。ことのうへにたふれかゝりて。ことをばみぢんにそこなひぬ。女ばう是をみて。あさまし。いかにせんと。なみだぐみて。かほにもみぢをひき散らしてかくなん。
けふよりはわがなぐさみに何かせん
物くさ太郎いまだおきもあがらず。あさましとおもひて。女ばうのかたをうちみて。
ことはりなれば物もいはれず
と申ければ。あなやさしのおとこのこゝろやとおぼしめして。よし/\是もぜんぜのしゆくえんなり。かやうにものおもひかけらるゝも。こんじやうならぬえんにてこそかくも有らんとおぼしめして。ひよくのかたらひをなしたまふ。こよひもすでにあけゝれば。いそぎかへらんとする時。女ばうおほせらるゝやうは。ちからをよばず。かやうにげんざんに入ぬるうへは。われ人このよならぬえんなり。心ざしおぼしめさば。是にとゞまり給へ。われらはみやづかひのみなれ共何かくるしかるべきとありければ。うけたまはるとてとゞまりぬ。
其後は。此女ばうげぢよ二人そへ。よるひるこれをこしらへて。七日ゆふろに入ければ。七日と申には。うつくしき玉のごとくに成にけり。其のちは。日々にしたがつて玉のひかり有に似たり。おとこびなんの名をとり。うたれんが人にすぐれたり。女ばうかしこき人にて。男のれいほうををしへける。しかるに。ひたゝれのゑもんかゝり。はかまのけまはし。ゑぼしのきぎは。びんつきまでも。いか成くぎやうてんじやう人にもすぐれたり。かゝる程に。ぶぜんのかうの殿は此よし聞しめし。げんざんのためにめさるゝ。ひきつくろひてまいられたり。ぶぜんのかみ是を見て。男びなんにておはしける。みやうじはたれととひ給へば。物くさたらうとこたへける。ことのほか成御名かなとて。はじめてうたのさへもんになし奉る。かやうにとかくする程に。此事だいりへきこしめして。いそぎ參れとのせんじ也。じたい申せどかなはず。もつかうぐるまにのりて。ゐんざんする。だいこくでんにめし。なんぢはまことにれんがの上ずにて侍るなる。うた二しゆつかまつれとせんじなり。折ふし。ばいくはにうぐひすのとびちりて。さへづるをきゝかくなん。
うぐひすのぬれたるこゑのきこゆるはうめのはながさもるやはるさめ
みかど是をえいらん有て。なんぢがかたにもうめといふかとせんじ也ければ。うけたまはりもあへず。
しなのにはばいくわといふもうめのはなみやこの事はいかゞあるらん
みかど是をきこしめし。御かんに入て。なんぢがせんぞを申せとせんじなる。せんぞもなきものにて候と申けり。さらばしなのゝくにのもくだいへたづねよとて。其所のぢとうへせんじをなし。御たづね有ければ。こもにまいたるもんじよをとりよせて。げんざんに入奉る。これをひらき御らんずれば。にんわう五十三代のみかど。にんめい天わうの第二のわうじ。ふかくさのてんわう御子。二ゐの中じやうとす人。しなのへながされて。とし月ををくり給ひしが。一人の御子もなし。是をかなしみ給ひて。ぜんくわうじのによらいにまいりて。一人の御子を申うけ給ひて。御とし三さいにて。二人のおやにをくれ給ひて。其のちぼんぷのちりにまじはり給ひて。かゝるいやしき身となり給へり。みかどえいらんまし/\て。わうぢをはなれて。ほどちかき人にておはしけるよとて。しなのゝの中じやうになして。かいしなの兩國を給はりて。此女ばうあひぐして。しなのへくだり。あさひのかうにつき給ふ。あたらしのごうのぢとう。さへもんのぜうをば。ちうふかき人なればとて。かいしなの兩國のそうまん所にさだめたまふ。又三年やしなひたる百姓にも。みな/\しよりやうをとらせて。わがみはつかまのごうに御所をたてゝ。けんぞくをゝき。きせん上下にかしづかれ。國のまつりごとをだやかに有しかば。ぶつじんさんぽうのかごありて。百廿年のはるあきををくり。御子あまた出きて。しつちんまんぽうにあきみちて。ながいきの神となり給ふ。とのはおたがの大みやうじん。女ばうはあさいのごんげんとあらはれ給ふ。
是はもんどく天わうの御ときなりし。かれはしゆくぜんむすぶのかみとあらはれ。なんによをきらはず。戀せん人は。みづからがまへに參らば。かなへんとちかひふかくおはしますなり。をよそぼんぷは。ほんぢを申せばはらをたて。かみは本ぢをあらはせば。三ねつのくるしひをさまして。直によろこび給ふ也。人のこゝろもかくのごとく。物くさくとも身はすぐなるものなり。まいにち一ど此さうしをよみて。人に聞せん人は。ざいほうにあきみちて。さいわいこゝろにまかすべしとの御ちかひなり。めでたき事なか/\申もおろかなり。
底本:「御伽草子」市古貞次校注、日本古典文学大系38、岩波書店