ものくさ太郎

作者不詳

たう()せん()どう()みちのくの(すゑ)しな()()ゝ國十ぐん()のその(うち)に。つか()()こほり()あたらしのがう()といふところに。ふしぎのおとこ一人はんべりける。其()を。物くさ()(らう)ひぢかすと申候。()を物くさ太郎と申事は。(くに)にならびなきほどの物くさしなり。たゞし()こそ物くさ太(らう)と申せども。(いゑ)づくりのありさま。人にすぐれてめでたくぞ侍りける。四めん()てう()つい()()をつき。三(ばう)(もん)(たて)(とう)西(ざい)(なん)(ぼく)いけ()(ほり)(しま)をつき。(まつ)すぎ()()へ。しま()よりろく()()へそりはし()をかけかう()らん()()ぼう()()をみがき。まことにけつ()かう()世にこえたり。十二けん()とほ()さふらひ()。九けんのわたりらう()()つり()殿ほそ()殿むめ()つぼ()きり()つぼ()まがき()がつぼにいたる(まで)。百しゆ()(はな)をうへ。しゆ()てん(殿)十二けんにつくり。ひわだ(檜皮)ぶきにふかせ。にしき()をもつて天(じやう)をはり。けた()うつばり。たる木のくみ入には。しろかね()こがね()かな()物に打ち。やう()らく()()()をかけ。馬()さぶらひ()所にいたる(まで)。ゆゝしくつくり(たて)()ばやと、心にはおもへ共。いろ/\ことたらねば。たゞ(たけ)を四(ほん)たて。こも()をかけてぞゐたりける。(あめ)のふるにも。日の(てる)るにも。ならはぬすま()()してゐたり。かやうにつくりわろ()しとは申せども。あし()手のあかがり。のみ。しらみ。ひぢの(こけ)にいたるまで。()らはずといふ事なし。もとでなければあきな()ひせず。物をつくらねばじき()もつ()なし。四五日のうちにも()きあがらず()せりゐたりけり。

あるときなさけある人のもとあひ()きやう()もちい()を五つ。いかにひだるかるらんとて()させければ。たまさかに(まち)えたる事なれば。四つをば一()()い侍り。いまひとつをこゝ()におもひけるやうは。()りとおもひてくはねば。のち()のたのみ有。()しと思へばひだるくなけれどもたのみなし。まぼらえて有もたのみなり。いつまでも人の物をえさせんまでは。()たばやとおもひて。()ながらむね()のうへにてあそ()ばかして。はな()あぶらをひきて。くち()()らしかうべ()にいたゞき。とりあそぶほどに。とりすべらかし。(だい)(だう)までぞころびける。そのとき物くさ太(らう)みわたしておもふやう。とりにゆきかへらんも物くさし。いつのころにても。人のとを()らぬ事はあらじと。たけ()さほ(竿)をさゝげて。いぬ()からす()のよるを()ひのけて。三日までまつに人みえず。三日と申に。たゞの人にはあらず。その(ところ)()とう()。あたらしの()()(もん)ぜう()のぶよりといふ人。()たか()がり()まじろのたか()をすへさせて。そのせい()五六十()にてとをりたまふ。

物くさ太郎これをみて。かま()くびもちあげて。なふ申候はん。それにもちいの候。(とり)りてたび候へと申けれども。み()にもきゝ入ずうちとをりけり。物くさ()(らう)(これ)をみて。()けん()にあれほど物くさき人の。いかにしてしよ()()しよ()りやう()をしるらん。あのもちいを馬よりおりて。とりてつたへん程のことは。いとやすき事。()の中に物くさきもの。われ(ひとり)と思へばおほく有けるよと。あらうたての殿(との)やとて。なのめならずつぶやきはら()をぞたてにける。ひやう()()ぜう()あらき人ならば。(はら)をも(たて)。いかやうにもあたり給ふべきに。(むま)をひかへて是をきゝ。きやつめがことか。聞ゆるものくさ太郎といふものか。さん候ふたりとも候はゞこそ。是が事にて候。さてをのれはいかやうにして()ぐるぞ。さん候人の物をくれ候ときは。何をも()ぶる。くれ候はんときは。四五日も十日ばかりも。たゞむなしくすぎ候と申ければ。さてはふびんの()だい()かな。いのちたすかるしたくをせよ。一じゆ()のかげにやどるとも。一()のながれをくむことも。()しやう()のえんとなり。所こそ(おほ)きに。わがしよ()りやう()のうちにむま()れあふこと。ぜん()()しゆく(宿)えん()なり。()をつくりてすぎよと(あり)ければ。()ち候はんと申。さらば()らせんとあり。物くさく候(ほど)に。()もほしからず候と申せば。(あきなひ)をしてすぎよとあれば。もとで候はずと申す。とらせんと有ければ。いまさらならはぬこと。()らぬ事。なりがたく候と申せば。さてはかゝるくせものかな。いでさらばたす()かるやうにせんとて。すゞ()をとりよせてふだ()をかきて。わがりやう()ない()をまはす。此物くさ太郎に。まいにち三(がう)いひ()を二()()はせ。さけ()を一()のますべし。さなからんものは。わがりやう()にはかなふべからずと()れられけり。まことに/\。これぞあはぬは君のおほせかなとは思へども。かくのごとく有ほどに。三年ぞやしなひける。

三年と申はる()のすゑに。しな()()(くに)こく()()。二(でう)の大()ごん()ありすゑと申人。このあたらしのがう()なが()()をあてらるゝ。百しやう()どもよりあひて。()がもとよりたれ()のぼ()せんぞ。はるかに()えてならはぬこと。いかゞせんとなげく。ある人申やう。いざ此物くさ太郎をしたてゝ(のぼ)せんといひければ。おもひもよらず。もちい()を大(だう)へころばかし。をのれはたち出とりもせで。()とう()どののとを()り給ふに。とりて給へといふほどのものなりと申ければ。ある人是を()ゝ。それ(てい)(もの)をすかせば。よきことも有。いざよりあひてすかしてみんとて。おとなしき人四五人よりあひて。かれがもとにゆきて。いかに物くさ太郎殿(どの)。われらが大事の()()()にあたりて候を。たす()けてたべ。何事にて候ぞと申ければ。なが()()といふものをあたりて候。それはいく()ひろ()ばかりなが()きものにて候ぞ。おびたゝしのことやといひければ。いやさやうにながき物にてはなし。わがやうなる百しやうの中より。みやこへ人をのぼせてつかはせ(まい)らするを。ながふとは申也。御身を此三年があひだやしなひたるなさけに。のぼり給へといひければ。それはさら/\殿(との)ばらのこゝろざしにあらず。ぢとう殿(どの)よりおほ()せにてこそあれとて。のぼるべきやうなし。またある人申けるやうは。かつうは()との(殿)ゝためなり。それをいかにと申に。おとこは()()して心つく。女ばう()おつと()にそひて心つくなり。かくていぶせきしづ()ふせ()()に。たゞひとり。をはせんより心つく()たく()をし給はぬか。それいはれあり。(おとこ)()たび()はれ()わざに心つく。げん()ぷく()してたましゐ()つく。めをぐしてたましゐ(つく)くはん()をしてたましゐつく。またはかい()だう()なんどをとをるに。ことさら心つくなり。()なか()の人こそ(なさけ)をしらね。みやこの人はなさけありて。いかなる人をもきらはず。(いろ)ふかき御人も。たがひに()さい()たの()みたのまるゝならひなり。さればみやこへ(のぼ)り心あらん人にもあひ()()して。心をもつき給はぬかと。やう/\にきやう()くん()すれば。物くさ太郎是を(きゝ)。それこそ候なれ。その()にて候はゞ。いそぎ(のぼ)せてたび給へとて。出()ゝんとする。百しやうどもみな/\大きによろこび。りやう()そく()をあつめて京へのぼせけり。

(ひがし)。山しなを(のぼ)りに。宿(しゆく)(/\)をとをりけるに。さらにものくさき事なし。七日と申に。(きやう)へつき。(これ)はしなのゝ(くに)より參りたる。なが()()にて候と申ければ。人々是をみてわらひけり。あれ(ほど)(いろ)くろくきたなげなる(もの)も。世には有けるぞとて(わら)ひける。大()ごん()殿(どの)はきこしめし。いかやうにもあれ。まめにてつかはれなば。しかるべしとて()しつかはれける。みやこにてのありさま。しなのゝ國にはまさりけり。ひがし山西(にし)山。()(しよ)だい()()だう()みや()やしろ()。おもしろくたつとさ。申はかりなし。すこしもものくさげなるけしきもなし。是ほどにまめ(なる)(もの)あらじとて。三月のなが()()を七月までめしつかはれ。やう/\十一月のころにもなりぬれば。いとまを給はりて國に(くだ)りなんと。此ほどのやど(宿)にかへり。わが身をくはん()じて思ふやう。みやこへのぼりたらん(とき)は。よき女ばう()にあひつれてくだれなんどゝ()ひしに。ひとりくだらんこと。あまりにさびしからん。女ばう一人たづねばやとおもひ。やどの(てい)(しゆ)をちかづけて。しなのへくだり候。しかるべくは。われらがやうなるものゝ()に。なり候はんずるをんな()。一人たづねてたび候へと申ければ。やどのおとこはこれをきゝ。いかなるものか。をのれが女ばうになるべきといひて。わらひける。さりながら。かれが(いふ)ことにつきていふやう。(たづね)んことはやすき事なれ共。()さい()(いふ)(こと)は大()の物ぞ。いろ()ごのみたづねてよべかし。いろ(ごのみ)みとは(なに)(ごと)ぞ。いかなるものを申ぞと()いければ。ぬし()なきをんなをよびて。りやう()そく()をとらせて()ふ事を。いろごのみといふ也。(その)()ならばたづねてたび候へ。くだりよう()()に。つかい(せん)十二三もん()あり。是をとらせてたび候へと申しければやど(宿)(てい)(しゆ)は是をきゝ。扨も/\是ほどのたくらたは。なしとおもひて。またいふやうは。其()ならば。つじ()どり()をせよといふ。つじどりとは何ごとぞや。つじどりとは。おとこもつれず。こし(輿)くるまにものらぬ女ばうの。みめよき。わが()にかゝるをとる事。(てん)()の御ゆるしにて有なりと。をし()へければ。其義にて候はゞ。(とり)りてみんと申。十一月十八日のこと(なる)に。きよ()(みづ)へ參りてねらへとをしへければ。さらばとて(いで)たつ。

其日の(あり)さまは。しなのよりとし()をへて()たりける。さゆみのかたびらの。なに(いろ)とももん()もみえぬに。わら()なわ()をび()にして。物くさゞ()()のやぶれたるをはき。くれ()たけ()のつえをつき。十一月十八日のことなれば。かぜはげしくふきて。いかにもさむきに。はなをすゝりて。(きよ)(みづ)(おほ)(もん)に。やけ()()()()のごとく。たちずくみにして。(おほ)()をひろげてまつところに。(まい)()かう()の人々是をみて。あなおそろしや。(なに)(まち)てかやうには有らんとて。みな/\よけ(みち)をしてとをれども。ちかづくものはさらになし。あるひは十七八。はたちよりうちの女ばう。五(にん)十人うちつれ/\とをれども。一()より(ほか)みざりける。かやうに(たち)たる事。あした()より其日の()るゝまで。(ひと)(かず)いく()せん()まん()(いふ)事なし。あれもわろ()し。(これ)もわろしとためらひゐたる(ところ)に。女ばう一人出きたり。としならば十七八かとみえ(はんべ)り。(かた)ちは(はる)(はな)()すい()のかんざしたをやかに。せい()たい()のまゆずみは。はなやかにして。とを()やま()さくら()にことならず。せん()げん()たるりやう()びん()は。(あき)せみ()()にことならず。三十二相。八十しゆ()がう()()(滿)ちて。こん()じき()によ()らい()のごとし。()みたるあし()のつまさきまでも。まゆのあひ()きやう()。ととのへて。いろ/\のひとへぎぬに。くれなゐの()しほ()はかま()ふみしたき。うらなしうちはきて。たけ()にあまれるかんざしを。むめ()のにほひによせて。われにをと()らぬ()ぢよ()。一人とも()()してぞ(まい)りたる。物くさ()(らう)是をみて。(こゝ)にこそわがきた()かた()(いで)きぬれ。あつぱれとくちか()づけかし。いだ()きつかん(くち)をも()はゞやとおもひて。()ぐすねをひき。(おほ)()をひろげて(まち)()たり。女ばう是を御らん()じて。とものげぢよをちかづけて。あれは何ぞと()ひ給へば。人にて候と申ければ。あなおそろしや。あのあたりをば。いかにしてとをるべきぞとて。よけみちをしてとをりける。物くさ()(らう)(これ)をみて。あらあさましやあなたへ(ゆく)くぞや。手のびにしては(かなふ)まじと(おも)ひて。大手をひろげてつつと()り。いつくしげなるかさ()(うち)へ。きたなげ(なる)つら()をさし入て。かほ()にかほをさしあはせて。いかにや女ばうといひてこし()にいだきつきてみあげければ。(とう)西(ざい)くれはてゝ。さらに御(へん)()ものたまはず。ゆき()()の人是をみて。あなおそろしやいたはしやとて。をの/\みてはとをれ共。よりつくものはさらになし。男とりつめていふやうは。いかにや女ばう。はるかにこそおぼえて候へ。()はら()しづ()はら()せれ()()さと()かう()だう()かは()さき()(なか)(やま)ちやう()らく()()(きよ)(みづ)()()。六かく()(だう)()()りん()()うづ()まさ()だい()()くる()()()はた()山。よど()()はた()(すみ)(よし)くら()()(でら)。五(でう)(てん)(じん)()ぶね()(みやう)(じん)()よし()さん()わう()()(おん)きた()()()()かす()()(しよ)(/\)にてまいりあひて候ひしは。いかに/\と申ける。女ばう(これ)をきゝ。此(もの)はいかさまにも。()なか()の者にて有けるを。やどのおとこのをし()へて。つじどりをせよと申てせさするよと思ひ。あれ(てい)の者をば。すかさばやと(おもひ)。それはさる事も候はん。いまはこれにては。人()もしげし。わらはがさふらふ所へ。とふて()らせ給へとありければ。いづくにて候ぞと()いければ。てう(調)()のことばをかけ。それをふくせんその内に。()げばやと(おぼし)(めし)。わらはが候(ところ)をば。まつ()のもとゝいふ所にて候。物くさ太郎(これ)をきゝ。(まつ)のもとゝは心えたり。あか()()うら()の事。かゝる()たい()の事はなし。是一つをこそきゝ()るとも。()のことはしらじとおもひて。たゞし日()るゝ(さと)に候ぞ。日くるゝさとも心えたり。くらまのおく()はどのほどぞ。これもわらはがふる里よ。ともし()こう()()をたづねよや。あぶらのこうじはどのほどぞ。是もわらはがふる里よ。はづかしの里に候よ。しのぶのさとゝはどのほどぞ。これもわらはが(ふる)(さと)よ。うはぎの里に候。にしきのこうじはどの(ほど)どぞ。是もわらはがふるさとよ。なぐさむ(くに)に候は。それはこひ()してあふみの國はどのほどぞ。()しやう()するくもりなき里とのたまへば。かゞ()しゆく(宿)はどの程ぞ。(あき)する國に候よ。いな()()の國にはどのほどぞ。これもわらはがふるさとよ。はたちの國に候よ。わか()()の國にはどのほどぞ。かやうにとかくいふ程に。此うへはわが身のがるべきやうなし。いや/\此ものに。うた()をよみかけ。それをあん()ぜぬ(おり)ふしに。にげさらばやとおもひて。(おとこ)のもちたる(から)たけ()の。つえ()によそへてかくなん。

からたけをつえにつきたる物なればふしそひがたき人をみるかな

物くさ太郎これを(きゝ)。あなくちおしやさて。われと()じとごさんなれと思ひ。御返こと()

よろづ世のたけのよごとにそふふしのなどからたけにふしなかるべき

あなおそろしや此(おとこ)は。(われ)()んといふ。またすがたには()ず。かゝるみちを()りたること。やさしさよと(おぼし)(めし)て。

はな()せかしあみ()のいとめのしげければこのてをはなれ物がたりせん

物くさ太郎是を聞。さては()をゆるせとこさんなれ。いかゞせんと思ひて又かくぞ。

なにかこのあみのいとめはしげくともくち()(すは)せよ手をばゆるさん

とよみかへし申ければ。女ばう()こく()うつりてかなはじとおぼしめして。またかくなん。

おもふならとひてもきませわがやどはからたちばなのむらさきのかど()

物くさ太郎此御ことばを(あん)じ。(すこし)ゆるす所に。ふりはなし。かさ()をも御()しやう()など(まで)もうち(すて)。うらなしをもふみぬき。かちはだしにて。()(ぢよ)をもつれず。ちり/″\になりて。にげられけり。物くさ太郎あなあさましや。わが(によう)(ばう)(とり)にがしつる事よと思ひて。(から)(たけ)のつえ。くきみし()かにをつとり。女ばういづかたへゆくぞとて()ひまはりけり。

(によう)(ばう)は是をさいごとおぼしめして。あん()なひ()はしり給ひたり。あなたのこう()()。こなたのつじ()。こゝかしこをめぐりちがへ。にげ。(はる)のかぜに。花の(ちる)ごとくにげかくれ給へり。物くさ太郎是をみて。わごぜはいづくへゆくぞとて。あなたのかう()()へつつとより。こなたの(つじ)へゆきあひたり。すきをあらせず()ひつめける。ある所にてをひうしなひ。あとへ歸りてさきを見れ共人もなし。ゆきゝの人にとひければ。しらずとこたへてとをりける。きよみづにて(たつ)たりし所へ歸りきて。こなた()きにこそ。女ばうは立たりつれ。あなたへむきて。かやうの事をばいひつれ。いづかたへゆきつらんと。もだへこがれけれ共。かひぞなき。げに/\おもひ出したる事あり。からたちばな(むらさき)かど()ゝ有つるに。たづねてみばやとおもひて。かみ()一かさねをたけ()にはさみ。あるさぶらひ()所へたちいりて。是は()なか()のものにて候が。かどふみ(わす)れて候が。さいじよからたちばな。むらさきのかどゝとこそ仰せられしが。それしきのもん()は。いづくに候らんとたづねければ。七(でう)のすゑに。()ぜん()かう()殿(との)の御所こそ。からたちばなむらさきは有しぞ。其かうじへむきてたづねよと(をしへ)ける。たづねゆきてみれば。(げに)もそれなりけり。はやわが女ばうにあひたる心ちして。うれしき事申はかりなし。(かの)かた()には。いぬ()をふ()物。かさかけまりあそび。あるひはくは()げん()()しやう()()すご()ろく()をうち。いま()やう()さう()()思ひ/\のあそびなり。あなたこなたへゆきてみれ共。わが女ばうはなかりけり。もしも出ることも有なんと。えん()のしたにかくれける。此女ばう御所にては。()()のつぼねと申ける。ふけゆくまでみや()づかひ()して。わがつぼねへ()らせたまふが。ひろ()えん()にたち出て。なでしこといふ()ぢよ()をめして。いまだ月は出させ給はぬか。さもあれ。きよ水にての(おとこ)は。いかに。これ程くら()きに。それに行きあひたらば。いのちもあらじなどゝかたり給へば。いま/\し。何のゆへ()にか是までは來り候ふべき。なか/\仰さふらへば。おもかげにたちて候と申ければ。物くさ太郎。えんの下にて是をきゝ。是にこそ(わが)きた()のかたはあれ。扨もえんはつきぬものぞとうれしくて。えんのしたよりおどりいで。いかにや女ばう。わごぜ(ゆへ)に心をつくし。ほね()をば()るぞとて。えんより上へあがりける。をみなへし是をきゝきも()心も()せはてゝ。ころびまろびて。しやう()()のうちへにげ入て。しばしはあきれて。きもたましゐも身にそはず。あき()の夜に。(ゆめ)みる心ちして。おほ()ぞら()成けしきにておはしけるが。やゝありて。あなおそろしのものゝ心や。是までたづねて來るふしぎさよ。人こそおほ()きに。あれ(ほど)きたなげにいぶせきものに。思ひかけられ。(こひ)られたるこそかなしけれとて。なでしこにかたりなげき給ひける。かゝる所に。ばん()のものども立出でいふやうは。人のけしきのあるやらん。いぬ()がほゆるといひて。人々さは()ぎけり。

女ばうおぼしめしけるは。あらあさましや。あのものをうちころさんもおそろしや。さなきだに。女は()しやう()さん()しゆ()つみ()ふかきにとて。なみだをながし給ひける。()よひ()ばかりは。何かくるしき。かり宿して。あけぼのにすかしてやれとて。ふる()きたゝ()をしきて。()よとて。たびたり。げぢよ來りて。()けなば人にみえず。とく/\かへ()れとて。あるつま()()きは()に。いとならはぬ。かう()らい()べり()のたゝみをしきゐたりけり。かなたこなた身をもだえ。あり()きくたびれ。あはれ何にても。とくくれよかし。何をくるべきやらん。くり()をくれられなば。()きてくふべし。かき()なし()もちい()なんどをくれたらば。すきもなくくふべし。さけ()をくれたらば。十四五六七八はい()(のま)ふ。何にてもとくくれよかしと。心をいろ/\になして()ちゐたる所に。くり()かき()なし()ひげ()()に入れて。しほ()()がたな()取そへていだしける。物くさ太郎是をみて。あなあさましや。女ばうのみめには()ず。あまたの()()を。はこ()ふた()だん()()にも入て。くれよかし。むま()うし()などに物をくるゝごとくに。ひとつにとり()してくれたる事よ。まさなや。たゞし()さい()有べし。このみあまたひとつにしくれたるは。われにひとつになりあはんとおもふこゝろかや。くりをたびたるは。くり()こと()すなとの心にや。なしをたびたるは。われは(おとこ)もなしといふ心。かきとしほとはなどやらん。いづれもうた()によまばやとおもひて。

()のくにのなにはのうらのかきなればうみわたらねどしほはつきけり

女ばうこれをきゝ。あなやさしのものゝ心や。でい()はちす()わら()づと()こがねとは。かやうのことにてもや侍らん。是とらせよとて。かみ()を十かさねばかりいだされたり。是は何ごとやらんとおもひけるが。みづ()ぐき()のあとなき返じをせよといふこゝろ。こさんなれとおもひてかくなん。

ちはやふるかみをつかひにたびたるはわれをやしろとおもふかやきみ

此うへはちからなし。()してまいり候へとて。小そで一かさね。大くち()ひた()()()()()かたな()とゝのへて。是をめして參られよとぞ申ける。ひぢかす大きによろこび。めでたや/\とて。此ほど()たりける。十だいのきる物を。たけ()のつえにまきつけて。()袖をばこよひばかりこそ()し給はんずらん。あしたはきてかへらんずるぞ。いぬ()ゑの()くふな。ぬす()人とるなとて。えんの下へなげ入て。其(のち)大くちひたゝれきるやうをしらずして。くび()にあてかた()にかけ。是をわづらはしくしけるを。げぢよとりつくろひて。ゑぼしをきせんとす。かみ()を見るに。ちりほこりしらみなど。いつの()に手をいれて。ときあげたるけしきもなし。されども(やう/\)こしらへて。ゑぼしをばをしかふで。なでしこ手をひきてこなたへ/\へとつれて(ゆき)ければ。物くさ太郎。わがくにしなのにては。山がん()ぜき()(こそ)あり()きならひたれ。かやうにあぶらさしたるいた()のうへをば、あゆみならはず。こなたかなたとすべりまいりけり。されどもしやう()()のうちへ()し入て。なでしこはかへりける。上らう(\UTF{FA1F})の御まへにまいるとて。()みすべりて。あをのきにまろびけり。さらば()のところにてもなくして。上らうのたから()ともおぼしめす。てひきまるといふ。こと()のうへにたふ()れかゝりて。ことをば()ぢん()そこ()なひぬ。女ばう是をみて。あさまし。いかにせんと。なみだぐみて。かほにもみぢ(紅葉)をひき散らしてかくなん。

けふよりはわがなぐさみに何かせん

物くさ太郎いまだ()きもあがらず。あさましとおもひて。女ばうのかた()をうちみて。

ことはりなれば物もいはれず

と申ければ。あなやさしのおとこのこゝろやとおぼしめして。よし/\是もぜん()()しゆく(宿)えん()なり。かやうにものおもひかけらるゝも。こん()じやう()ならぬえん()にてこそかくも有らんとおぼしめして。()よく()のかたらひをなしたまふ。こよひもすでにあけゝれば。いそぎかへらんとする時。女ばうおほ()せらるゝやうは。ちからをよ()ばず。かやうにげん()ざん()に入ぬるうへ()は。われ人この()ならぬえんなり。心ざしおぼしめさば。是にとゞまり給へ。われらはみや()づかひの()なれ共何かくるしかるべきとありければ。うけたまはるとてとゞまりぬ。

(のち)は。此女ばうげぢよ二人()へ。よる()ひる()これをこしらへて。七日()()()に入ければ。七日と申には。うつくしき(たま)のごとくに成にけり。其のちは。日々にしたがつて玉のひかり有に似たり。おとこ()なん()()をとり。うた()れん()()人にすぐれたり。女ばうかしこき人にて。男のれい()ほう()をし()へける。しかるに。ひた()()()もん()かゝり。はかま()のけまはし。ゑぼしの()ぎは()びん()つきまでも。いか成()ぎやう()てん(殿)じやう()人にもすぐれたり。かゝる程に。()ぜん()かう()の殿は此よし聞しめし。げんざんのためにめさるゝ。ひきつくろひてまいられたり。ぶぜんのかみ()是を見て。男びなんにておはしける。みやう()()たれ()ととひ給へば。物くさたらうとこたへける。ことのほか成御名かなとて。はじめてうたの()()もん()になし奉る。かやうにとかくする程に。此事だい()()へきこしめして。いそぎ參れとのせん()()也。()たい(退)申せどかなはず。もつ()かう()ぐるま()にのりて。ゐん()ざん()する。だい()こく()でん(殿)にめし。なんぢはまことにれんがの上()にて侍るなる。うた二しゆ()つかまつれとせんじなり。折ふし。ばい()くは()にうぐひすの()びちりて。さへづるをきゝかくなん。

うぐひすのぬれたるこゑのきこゆるはうめのはながさもるやはるさめ

みかど是をえい()らん()有て。なんぢがかたにもうめといふかとせんじ也ければ。うけたまはりもあへず。

しなのにはばい()くわ()といふもうめのはなみやこの事はいかゞあるらん

みかど是をきこしめし。(ぎよ)かん()に入て。なんぢがせん()()を申せとせんじなる。せんぞもなきものにて候と申けり。さらばしなのゝくにのもく()だい()へたづねよとて。其(ところ)()とう()へせんじをなし。御たづね有ければ。こも()にまいたるもん()じよ()をとりよせて。げんざんに入奉る。これをひらき御らんずれば。にん()わう()五十三代のみかど。にん()めい()わう()(だい)二のわう()()ふか()くさ()のてんわう()子。二()の中じやう()とす人。しなのへながされて。とし月ををくり給ひしが。一人の御子もなし。是をかなしみ給ひて。ぜん()くわう()()によ()らい()にまいりて。一人の御子を申うけ給ひて。御とし三さいにて。二人のおやにをくれ給ひて。其のちぼん()()のちりにまじはり給ひて。かゝるいやしき身となり給へり。みかどえいらんまし/\て。わう()()をはなれて。ほどちかき人にておはしけるよとて。しなのゝの中じやうになして。()()しなの(りやう)(ごく)を給はりて。此女ばうあひ()して。しなのへくだり。あさひのかうにつき給ふ。あたらしのごう()のぢとう。()()もんの()ぜう()をば。ちう()ふかき人なればとて。かいしなの兩國のそう()まん()所にさだめたまふ。又三年やしなひたる百(しやう)にも。みな/\しよ()りやう()をとらせて。わがみはつか()()のごうに()(しよ)をたてゝ。けん()ぞく()()き。()せん()上下にかしづかれ。國のまつりごとをだやかに有しかば。ぶつ()じん()さん()ぽう()()()ありて。百廿年のはる()あき()ををくり。御子あまた出きて。しつ()ちん()まん()ぽう()()きみちて。ながいきの(かみ)となり給ふ。との(殿)はおたがの大みやう()じん()。女ばうはあさいのごん()げん()とあらはれ給ふ。

是はもん()どく()わう()の御ときなりし。かれはしゆく(宿)ぜん()むすぶのかみ()とあらはれ。なん()によ()をきらはず。(こひ)せん人は。みづからがまへに參らば。かなへんとちかひふかくおはしますなり。をよそぼんぷは。ほん()()を申せばはら()をたて。かみ()は本ぢをあらはせば。三ねつ()くる()しひをさまして。(ぢき)によろこび給ふ也。人のこゝろもかくのごとく。物くさくとも身はすぐなるものなり。まいにち一()さう()()をよみて。人に聞せん人は。ざい()ほう()にあきみちて。さいわいこゝろにまかすべしとの御ちかひなり。めでたき事なか/\申もおろかなり。

底本:「御伽草子」市古貞次校注、日本古典文学大系38、岩波書店