ゆふぐれ
瞳をひらけば
ふるさとの母うへもまた
とほくひとみをひらきたまひて
かわゆきものよといひたまふここちするなり
月に照らされると
月のひかりに
こころがうたれて
芋の洗つたのや
お月見だお月見だとさわぎたくなる
花がふつてくると思ふ
花がふつてくるとおもう
この てのひらにうけとらうとおもふ
つまらないから
明るい陽のなかにたつてなみだを
ながしてゐた
こころがたかぶつてくる
わたしが花のそばへいつて咲けといへば
花がひらくとおもわれてくる
ひかりとあそびたい
わらつたり
哭いたり
つきとばしあつたりしてあそびたい
けしきが
あかるくなつてきた
母をつれて
てくてくあるきたくなつた
母はきつと
重吉よ重吉よといくどでもはなしかけるだらう
とうもろこしに風が鳴る
死ねよと 鳴る
死ねよとなる
死んでゆかうとおもふ
おほぞらを
びんびんと ひびいてゆかう
菊の芽をとり
きくの芽をすてる
うつくしくすてる
わたしの
かたはらにたち
わたしをみる
美しくみる
路をみれば
こころ おどる
かなかなが 鳴く
こころは
むらがりおこり
やがて すべられて
ひたすらに 幼く 澄む
山吹を おもへば
水のごとし
こころ
うつくしき日は
やぶれたるを
やぶれたりとなせど かなしからず
妻を よび
かたりたはむる
にくしみに
花さけば
こころ おどらむ
夜になると
からだも心もしずまつてくる
花のようなものをみつめて無造作に
すわつてゐる
日はあかるいなかへ沈んではゆくが
みてゐる私の胸をうつてしづんでゆく
秋になると
果物はなにもかも忘れてしまつて
うつとりと実のつてゆくらしい
秋だ
草はすつかり色づいた
壁のところへいつて
じぶんのきもちにききいつてゐたい
湯あがりの桃子は赤いねまきを着て
おしやべりしながら
ふとんのあたりを跳ねまわつてゐた
まつ赤なからだの上したへ手と足とがとびだして
くるつときりようのいい顔をのせ
ひよこひよこおどつてゐたが
もうしづかな障子のそばへねむつてゐる
癩病の男が
基督のところへ来て拝んでゐる
旦那
おめえ様が癒してやつてくれべいとせえ思やあ
わしの病気やすぐ癒りまさあ
旦那なほしておくんなせい
拝むから 旦那 癒してやつておくんなせい 旦那
基督は悲しいお顔をなさつた
そしてその男のからだへさはつて
よし さあ潔くなれ
とお言ひになると
見てゐるまに癩病が癒つた
ながいこと病んでゐて
ふと非常に気持ちがよいので
人の見ていないとこでふざけてみた
おとなしくして居ると
花花が咲くのねつて 桃子が云ふ
木に眼が生つて人を見てゐる
こころが美しくなると
そこいらが
明るく かるげになつてくる
どんな不思議がうまれても
おどろかないとおもへてくる
はやく
不思議がうまれればいいなあとおもへてくる
ねころんでゐたらば
うまのりになつてゐた桃子が
そつとせなかへ人形をのせていつてしまつた
うたをうたひながらあつちへいつてしまつた
そのささやかな人形のおもみがうれしくて
はらばひになつたまま
胸をふくらませてみたりつぼめたりしてゐた
こどもが
せつせつ せつせつ とあるく
すこしきたならしくあるく
そのくせ
ときどきちらつとうつくしくなる
かなしみと
わたしと
あしをからませて たどたどとゆく
草をむしれば
あたりが かるくなつてくる
わたしが
草をむしつてゐるだけになつてくる
ちいさな童が
むこうをむいてとんでゆく
たまとを両手でひろげて かけてゆく
みたゐたらば
わくわくと たまらなくなつてきた
雨が すきか
わたしはすきだ
うたを うたわう
蟻のごとく
ふわふわふわ とゆくべきか
おほいなる蟻はかるくゆく
大山とんぼを 知つてるか
くろくて 巨きくて すごいようだ
けふ
昼 ひなか
くやしいことをきたので
赤んぼを抱いてでたらば
大山とんぼが 路にうかんでた
みし みし とあつちへゆくので
わたしもぐんぐんくつついていつた
蟲が鳴いている
いま ないておかなければ
もう駄目だというふうに鳴いてる
しぜんと
涙がさそはれる
あさがほを 見
死をおもひ
はかなきことをおもひ
萩がすきか
わたしはすきだ
持つて 遊ばうか
水瓜をくわう
水瓜のことをかんがへると
そこだけ明るく 光つたようにおもわれる
はやく 喰わう
ふと
とつて 投げた
こうぢんむしをみてゐたらば
そのせなかは青く
はかないきもちになてしまつた
桃子
お父ちやんはね
早く快くなつてお前と遊びたいよ
雀をみてゐると
私は雀になりたくなつた
さすがにもう春だ
気持ち
とりとめの無いくらいゆるんできた
でも彼処にふるへながらたちのぼる
陽遊のような我慢しきれぬおもひもある
ほんとうによく晴れた朝だ
桃子は窓をあけて首をだして
桃ちやん いい子 いい子うよ
桃ちやん いい子 いい子うよつて歌つてゐる
梅を見にきたらば
まだ少ししか咲いてゐず
こまかい枝がうすうす光つてゐた
おおひどい風
もう子供等はねてゐる
私は吸入器を組み立ててくれる妻の方をみながら
ほんとに早く快くなりたいと思つた
からだが悪いので
自分のまわりが
ぐるつと薄くなつたようでたよりなく
桃子をそばへ呼んで話しをしてゐた
日をまともに見てゐるだけで
うれしいと思つてゐるときがある
ながい間からだが悪るく
うつむいて歩いてきたら
夕陽につつまれたひとつの小石がころがつてゐた
原へねころがり
なんにもない空を見てゐた
朝眼を醒まして
自分のからだの弱いこと
妻のこと子供達の行末のことをかんがへ
ぼろぼろ涙が出てとまらなかつた
黒い犬が
のつそり縁側のとこへ来て私を見てゐる
綺麗な桜の花をみてゐると
そのひとすぢの気持ちにうたれる
自分が
この着物さへも脱いで
乞食のようになつて
神の道にしたがわなくてもよいのか
かんがへの末は必ずここへくる
悲しく投げやりな気持ちでゐると
ものに驚かない
冬をうつくしいとだけおもつてゐる
冬の日はうすいけれど
明るく
涙もでなくなつてしまつた私をいたわつてくれる
日がひかりはじめたとき
森のなかをみてゐたらば
森の中に祭りのやうに人をすひよせるものをかんじた
あの夕焼のしたに
妻や桃子たちも待つてゐるだらうと
明るんだ道をたのしく帰つてきた
地はうつくしい気持をはりきつて耐らへてゐた
その気持を草にも花にも吐けなかつた
とうとう肉をみせるようにはげしい霜をだした
葉は赤くなり
うつくしさに耐へず落ちてしまつた
地はつめたくなり
霜を出して死ぬまいとしてゐる
うすら陽の空をみれば
日のところがあかるんでゐる
その日をゆびさしたくなる
心はむなしく日をゆびさしたくなる
窓をあけて雨をみてゐると
なんにも要らないから
こうしておだやかなきもちでゐたいとおもふ
くるずんだ木をみあげると
むこうではわたしをみおろしてゐる
おまえはまた懐手してゐるのかといつてみおろしてゐる
あかるい秋がやてきた
しづかな障子のそばへすりよつて
おとなしい子供のように
じつとあたりのけはひをたのしんでゐたい
桐の木がすきか
わたしはすきだ
桐の木んとこへいこうか
私をぬぐらせてしまひ
そこのところへひかるような人をたたせたい
はつきりと
もう秋だなとおもふころは
色々なものが好きになつてくる
あかるい日なぞ
大きな木のそばへ行つてゐたいきがする
冬になつて
こんな静かな日はめつたにない
桃子をつれて出たらば
子供はひとりでに踊りはじめた
両手をくくれた顎のあたりでまわしながら
毛糸の真紅の頭布をかぶつて首をかしげ
しきりにひよこんひよこんやつてゐる
ふくらんで着こんだ着物に染めてある
鳳凰の赤い模様があかるい
きつく死をみつめた私のこころは
桃子がおどるのを見てうれしかつた
冬は
夜になると
うつすらした気持ちになる
お化けでも出そうな気がしてくる
この明るさのなかへ
ひとつの素朴な琴をおけば
秋の美しさに耐へかね
琴はしづかに鳴りいだすだらう
秋はあきるくなりきつた
この明るさの奥に
しづかな響があるようにおもわれる
霧がみなぎつてゐる
あさ日はあがつたらしい
つつましく心はたかぶつてくる
心のくらい日に
ふるさとは祭りのようにあかるんでおもわれる
丘があつて
はたけが あつて
ほそい木が
ひよろひよろつと まばらにはえてゐる
まるいような
春の ひるすぎ
きたないこどもが
くりくりと
めだまをむいて こつちをみてる
この 豚だつて
かわいいよ
こんな 春だもの
いいけしきをすつて
むちゆうで あるいてきたんだもの
もぢやもぢやの 犬が
桃子の
柿の葉は うれしい
死んでもいいといつてるふうな
みずからを
その ようすがいい
めを つぶれば
あつい
なみだがでる
あの 雲は くも
あのまつばやしも くも
あすこいらの
ひとびとも
雲であればいいなあ
さびいしから
お銭を いぢくつてる
はつ夏の
さむいひかげに田圃がある
そのまわりに
ちさい ながれがある
草が 水のそばにはえてゐる
みいんな いいかたがたばかりだ
わたしみたいなものは
顔がなくなるようなきがした
あたまのうへの
みえる あれだ
神さまが
おいでなさるなら あすこだ
ほかにはゐない
ひかりがこぼれてくる
秋のひかりは地におちてひろがる
このひかりのなかで遊ぼう
月にてらされると
ひとりでに遊びたくなつてくる
そつと涙をながしたり
にこにこしたりしておどりたくなる
かなしみを乳房のようにまさぐり
かなしみをはなれたら死のうとしてゐる
ふるさとの川よ
ふるさとの川よ
よい音をたててながれてゐるだらう
ふるさとの山をむねにうつし
ゆうぐれをたのしむ
どこかに
本当に気にいつた顔はないのか
その顔をすたすたつと通りぬければ
じつにいい世界があるような気がする
いま日が落ちて
赤い雲がちらばつてゐる
桃子と往還のところでながいこと見てゐた
皆が遊ぶような気持ちでつきあへたら
そいつが一番たのしからうとおもへたのが気に入つて
火鉢の灰を均らしてみた
桃子
また外へ出て
赤い茨の実をとつて来ようか
ながいこと考へこんで
きれいに諦めてしまつて外へ出たら
夕方ちかい樺色の空が
つめたくはりつめた
雲の間に見えてほんとにうれしかつた
死ぬことばかり考えてゐるせいだらうか
枯れた茅のかげに
赤いようなものを見たとおもつた
人を殺すような詩はないか
息吹を返させる詩はないか
ナーニ 死ぬものかと
児の髪の毛をなぜてやつた
赤いシドメのそばへ
によろによろつと
青大将を考へてみな
眼がさめたように
梅にも梅自身の気持ちがわかつて来て
そう思つてゐるうちに花が咲いたのだらう
そして
寒い朝霜がでるように
梅自からの気持ちがそのまま香にもなるのだらう
雨は土をうるほしてゆく
雨といふもののそばにしやがんで
雨のすることをみてゐたい
風はひゆうひゆう吹いて来て
どこかで静まつてしまふ
雪がふつてゐるとき
木の根元をみたら
面白い小人がふざけてゐるような気がする
神様 あなたに会ひたくなつた
夢の中の自分の顔といふものを始めて見た
発熱がいく日もつゞいた夜
私はキリストを念じてぬむつた
一つの顔があらわれた
それはもちろん
現在私の顔でもなく
幼いときの自分の顔でもなく
いつも心にゑがいてゐる
最も気高い天使の顔でもなかつた
それよりももつとすぐれた顔であつた
その顔が自分の顔であるといふことはおのづから分つた
顔のまわりは金色をおびた暗黒であつた
翌朝眼がさめたとき
別段熱は下つてゐなかつた
しかし不思議に私の心は平らかだつた