秋になると
木がすきになる
ものの音がよくなってくる
雨がふってゐる
雨はふってゐるけれど
すこしもきこえない
雨はみえるきりだ
雨をみゐると
こころが かがやいてくる
もえてるような
ひかってるような
ころがってるような
わらひながら
哭きながら
うたを うたってゐる
雨がはれると
あまだれの小石をひろって
かぞへてみたり
ならべたりする
お互ひに うでをくみ
肩のところをくっつけながら
くろいものといっしよにかんがへてゐた
秋によばれると
こころがやさしくみだれてくる
花がひらくようにくるうてくる
あかるい空に
雲がちらばってゐる
みてゐると
心が たかまってきて
雲よ そのまま消えよといふ
秋になると
ふとしたことまでうれしくなる
そこいらを歩るきながら
うっかり路をまちがへてきづいた時なぞ
なんだか ころころうれしくなる
たきぎ
薪をくべよ
もえはじまった火をけすな
いまがだいじだ
これをもえ切らせてみろ
あとはらくにゆけよう
くり
くり
くり 採って
くり たべたい
富士を みたことがある
母とみたこともある
弟や 兄といっしょのこともあった
嫁いだ末っ子の妹と秋の田圃みちをあるきながらみたこともある
富士をおもふとたのしい
わたしの生まれた田舎には
ハヤといふ魚がずいぶんたくさんにゐた
あまり数が多かったのと
たべても そううまくもないのとで
その半透明なからだをみてゐると
なんだか うすぼんやりのようなきがしたものだった
でも あまり上手でない釣手にはありがたいさかなであった
わたしはよくおぼつかない手つきで釣竿をにぎり
鑵づめの古いぶりき鑵の底のほうへ
人がちっとも来ない
小半日もつってゐると
それでもハヤが二匹や三匹ひっかかったものだった
すこし大きな奴がつれたときなんか
むちゆうでひとりっこと云ひながら針をはづしてやった
ねばねばする魚のはだが手にねばりついて
残酷なようなそのくせ云ひしれぬうれしさにひとりでむねをふるわせてゐたっけ
そうして釣りあげたハヤのはいった鑵を
たいていだれにも見せずに
おっ母さんにだけ瀬戸口の
いつのまにか
その下でわたしが
春になり 宇宙のリズムはひびいてゆき
夏になり だがすこしづつかわってゆき
秋になり あるとき俄然としていままでのリズムを越え
秋になり ひかれるリズムのなかへながれこむだらう
冬になり
春になり
ひとり静かにものをおもひたい
秋になると心は感傷にほだされて
単純に 幼く やわらぐ
おこるときははっきりと怒ってしまいたい
こえをだすときは
あかるくころがってゆけとおもふ
雨は
庭のみづたまりに輪をつくってゐる
ひとつの輪は
ほかの輪にふざけて消える
こうしてみてゐるとほんにたのしい
まづしく
世のかたほとりにすんでゐるゆえだらうか
少しの悲しみではあるけれど
悲しみをたいせつにいたわってきたゆえだろうか
しだいに心はうつくしくなってゆく
ふだんはわからないが
自分があるかさへよくわからぬほどだが
すこしでもものを考へたりすると
考への末はかがやいてしまふ
死ぬることをおもへば
死ぬることはひかってみえる
かるげである
ひかりのなかに命あるものがちさくうごくようにおもわれる
力がめぐってくるのだ
その力のことを秋と名づけてもいい
力が秋をつくるといってもいい
栗をたべても 秋の果のにほひをかいでも
地におちた陽のひかりをみても
すべておなじようなひびきにうたれる
自分まで秋の一つの果物のようにすきになる
すすきは白くひかり
ゆふぐれの むねをひからせる
愛し切れぬなら
にくみきってみろ
栗をたべたい
なま
生のもたべたいし
焼いてふうふう云ってもたべたい
わたしのかんがへは
単純にばかりうごく
人をにくまぬものにならうとおもふ
できなければ死のうとおもふ