詩稿「母の瞳」

八木重吉
   

太陽

 太陽をひとつふところへいれてゐたい
 てのひらへのせてみたり
 ころがしてみたり
 腹がたったら投げつけたりしたい
 まるくなって
 あかくなって落ちてゆくのをみてゐたら
 太陽がひとつほしくなった

   

 ひかりに うたれて
 花がうまれた

   

ゆふぐれの松林

 松ばやしを のぞいたら
 松ばやしのなかのほうだけがあかるんでる
 ゆう陽がこぼれてうっとりとひかってゐる

   

夕陽

 秋のゆうひは
 地におちさへすればすぐにひろがって ひかる
 ひかりながら夢をみてる
 あんまりしづかなので
 こどもが ひかりの中でさわいでいるようなきがした

   

 秋
 地にひろがる
 ひかりをみてゐたらば
 影もおちてゐた
 かげと光りは
 ころころと あそぶ

   

秋の空

 秋が呼ぶようなきがする
 そのはげしさに耐えがたい日もある
 空よ
 そこのとこへ心をあづかってくれないか
 しばらくそのみどりのなかへやすませてくれないか

   

秋のこころ

 水のおとが きこえる
 水の音のあたりに胸をひたしてゆくと
 ながされてゆくと
 うつくしい世界がうっとりとあかるんでくる

   

 雨のおとがきこえる
 雨がふってゐたのだ
 あのおとのようにそっと世のためにはたらいてゐよう
 雨があがるようにしづかに死んでゆこう

   

 星は
 ひとみをひらき
 ひかれる哀しみをもて
 わがかなしみをうち
 ひらきたるひとみをとぢ
 おまへもとぢよといふ

   

 たまらなくなってくると
 さびしくなってくると
 さっと
 てのひらで わたしのまへを切る
 きられたところから
 花がこぼれる

   

秋に入る日(断片)

 けふも疲れてかへってきた
 このごろの 澄みふかんでゆくあたりのさまをうれしむほか
 あかるいこころもない けふもくらいくらいきもちだった
 死ぬような気ばかりする
 いや詩すらも私をむちうたぬ
 愛にすきとほらうともがくが
 しかし愛のことばすらときがたい
 わくものはいきどほりと自らに執するこころ
 まことに盲ひたるこころのみなり

   

妻に与ふ

 妻よ
 わたしの命がいるなら
 わたしのいのちのためにのみおまへが生くるときがあったら
 妻よ わたしはだまって命をすてる

   

桃子よ

 もも子よ
 おまへがぐづってしかたないとき
 わたしはおまへに げんこつをくれる
 だが 桃子
 お父さんの命が要るときがあったら
 いつでもおまへにあげる

   

陽二よ

 なんといふ いたづらっ児だ
 陽二 おまへは 豚のようなやつだ
 ときどき うっちやりたくなる
 でも陽二よ
 お父さんはおまへのためにいつでも命をなげだすよ

   

初秋

 うっすらと 秋に酔うたここち
 やがて
 秋はふかみ
 わたしは酔ひしれるだらう
 ぐったりするくらい秋にからだをまかせよう

   

はつ秋の夢

 まひる
 夢がわく
 ころころと
 しろく
 はつ秋の夢はころがる

   

赤とんぼ

 赤とんぼが
 うかんでる
 ため息のように ながれてる

   

天の川

 天の川がながれてゐる
 ひかりがうすく うかんでゐる
 こころは うたれ
 とほくひとみをひらく

   

 わづかに
 ひとつのとばりはかかげられる
 せつなく ひとつのうたはこぼれる