詩稿「松かぜ」

八木重吉
   

花火

 むく と
 けむりが わき
 ぽをんときこえる
 あざやかなまひる

   

断章

 井戸をのぞくなよ

   

六月

 さあ
 ここで(みどり)はふかまりきった
 かなしみは うごかなくなった

   

松かぜ

 松かぜをきいて
 こころがおどらぬ日はない

   

 ふとい幹へ
 ぢかに葉っぱがついていると
 おかしくなる

   

 かみさまは
 せかいぢゆうの
 すべての父よりもっと父だ
 白くとけた鉄よりも
 おほきな玉よりも
 もっともっとしづかだ

   

蜻蛉

 原っぱの
 まんなかにしやがんでいたら
 まっくろけなばあさんば
 かごをしょってとほりかかって
 わたしをのぞきこんでいっちやった
 まだじっとしてたら
 とんぼがいっぴき
 みし みし とうかんできた
 わたしのそばにうかんでた

   

白い花びら

 ねぶの木のようだが
 もうすこし葉のひろい木だ
 せいのぐっとたかいところから
 まるで
 みづがわきでるように
 白いはなびらが
 しんしんとながれてくる
 まひるである

   

とんぼ

 とんぼが
 みし みし と
 うかんでる

   

 むぎの穂づらを
 ながれてゆく風は
 たかくなったり
 しづんだりする

   

 それならば
 どうすればいいんだとおもふても
 うかんでくるものはない

   

断章

 あめつちにいれがたき
 うれいなり

   

断章

 いいものを
 ひとの足もとへそうっとおいて
 しらん顔をしてゐたい

   

 しん刻で
 みにくいよりは
 浅ぱくでも
 うつくしいほうがいい

   

へびがこわい

 へびが
 でるかとおもふと
 原っぱがこわい

   

くりくり頭

 しづかな空へ
 ゆうぐれの
 やわらかくひろい桐の葉は
 しなしなとおよいでる
 わたしは
 くりくりの頭を
 つるりとなぜてみた

   

 (とく)
 なほ()のごとくといふ
 古きことばのよろしさよ、
 毛はなほ(りん)あり
 上天(しようてん)のことは
 こえもなく
 かもなしといふ
 ほむべきか ことばよ

   

 つゆぐもりの日
 まつの根かたで
 まつかぜをきいてたら
 くもが
 ぐんぐんはれはじまった
 まるで
 まつかぜがはらすようだ