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坊っちゃん
夏目 漱石:作


 親譲りの無鉄砲で小供の時から損ばかりして居る。小学校に居る時分学校の二階から飛び降りて一週間程腰を抜かした事がある。なぜそんな無闇(むやみ)をしたと聞く人があるかも知れぬ。別段深い理由でもない。新築の二階から首を出して居たら、同級生の一人が冗談に、いくら威張っても、そこから飛び降りる事は出来まい。弱虫やーい。と囃(はや)したからである。小使に負()ぶさって帰って来た時、おやじが大きな眼をして二階位から飛び降りて腰を抜かす奴があるかと云ったから、此次(このつぎ)は抜かさずに飛んで見せますと答えた。
 親類の者から西洋製のナイフを貰って奇麗な刃を日に翳(かざ)して、友達に見せて居たら、一人が光る事は光るが切れそうもないと云った。切れぬ事があるか、何でも切って見せると受け合った。そんなら君の指を切ってみろと注文したから、何だ指位此(この)通りだと右の手の親指の甲をはすに切り込んだ。幸(さいわい)ナイフが小さいのと、親指の骨が堅かったので、今だに親指は手に付いて居る。然し創痕(きずあと)は死ぬ迄消えぬ。
 庭を東へ二十歩に行き尽すと、南上がりに聊(いささ)か許(ばか)りの菜園があって、真中に栗の木が一本立って居る。是()れは命より大事な栗だ。実の熟する時分は起き抜けに脊戸(せど)を出て落ちた奴を拾ってきて、学校で食う。菜園の西側が山城屋(やましろや)と云う質屋の庭続きで、此(この)質屋に勘太郎という十三四の忰(せがれ)が居た。勘太郎は無論弱虫である。弱虫の癖に四つ目の垣根を乗りこえて、栗を盗みにくる。ある日の夕方折戸の蔭に隠れて、とうとう勘太郎を捕(つら)まえてやった。其(その)時勘太郎は逃げ路を失って、一生懸命に飛びかゝって来た。向うは二つ許り年上である。弱虫だが力は強い。鉢(はち)の開いた頭を、こっちの胸へ宛()てゝぐいぐい押した拍子に、勘太郎の頭がすべって、おれの袷の袖の中に這入(はい)った。邪魔になって手が使えぬから、無闇(むやみ)に手を振ったら、袖の中にある勘太郎の頭が、左右へぐらぐら靡(なび)いた。仕舞に苦しがって袖の中から、おれの二の腕へ食い付いた。痛かったから勘太郎を垣根へ押しつけて置いて、足搦(あしがら)をかけて向(むこう)へ倒してやった。山城屋の地面は菜園より六尺がた低い。勘太郎は四つ目垣を半分崩(くず)して、自分の領分へ真逆様(まっさかさま)に落ちて、ぐうと云った。勘太郎が落ちるときに、おれの袷の片袖がもげて、急に手が自由になった。其(その)晩母が山城屋に詫()びに行った序(つい)でに袷の片袖も取り返して来た。
 此外(このほか)いたづらは大分やった。大工の兼公(かねこう)と肴屋(さかなや)の角(かく)をつれて、茂作(もさく)の人参畠(にんじんばたけ)をあらした事がある。人参の芽が出揃(でそろ)わぬ処へ藁(わら)が一面に敷いてあったから、其(その)上で三人が半日相撲(すもう)をとりつづけに取ったら、人参がみんな踏みつぶされて仕舞った。古川の持っている田圃(たんぼ)の井戸を埋めて尻(しり)を持ち込まれた事もある。太い孟宗(もうそう)の節を抜いて、深く埋めた中から水が沸()き出て、そこいらの稲に水がかゝる仕掛であった。其(その)時分はどんな仕掛か知らぬから、石や棒ちぎれをぎゅうぎゅう井戸の中へ插()し込んで、水が出なくなったのを見届けて、うちへ帰って飯を食って居たら、古川が真赤になって怒鳴り込んで来た。慥(たし)か罰金(ばっきん)を出して済んだ様である。
 おやじは些(ちっ)ともおれを可愛がって呉(くれ)なかった。母は兄許(ばか)り贔負(ひいき)にして居た。此(この)兄はやに色が白くって、芝居の真似(まね)をして女形になるのが好きだった。おれを見る度にこいつはどうせ碌(ろく)なものにならないと、おやじが云った。乱暴で乱暴で行く先が案じられると母が云った。成程(なるほど)碌なものにはならない。御覧の通りの始末である。行く先が案じられたのも無理はない。只(ただ)懲役に行かないで生きて居る許りである。
 母が病気で死ぬ二三日(にさんち)前台所で宙返りをしてへっついの角で肋骨(あばらぼね)を撲()って大(おおい)に痛かった。母が大層怒って、御前の様なものの顔は見たくないと云うから、親類へ泊まりに行って居た。するととうとう死んだと云う報知(しらせ)が来た。そう早く死ぬとは思わなかった。そんな大病なら、もう少し大人しくすればよかったと思って帰って来た。そうしたら例の兄がおれを親不孝だ、おれの為めに、おっかさんが早く死んだんだと云った。口惜(くや)しかったから、兄の横っ面を張って大変叱(しか)られた。
 母が死んでからは、おやじと兄と三人で暮らして居た。おやじは何もせぬ男で、人の顔さえ見れば貴様は駄目だ駄目だと口癖の様に云って居た。何が駄目なんだか今に分らない。妙なおやじが有ったもんだ。兄は実業家になるとか云って頻(しき)りに英語を勉強して居た。元来女の様な性分で、ずるいから、仲がよくなかった。十日に一遍位の割で喧嘩(けんか)をして居た。ある時将棋(しょうぎ)をさしたら卑怯(ひきょう)な待駒(まちごま)をして、人が困ると嬉しそうに冷やかした。あんまり腹が立ったから、手に在った飛車を眉間(みけん)へ擲(たた)きつけてやった。眉間が割れて少々血が出た。兄がおやじに言付(いいつ)けた。おやじがおれを勘当すると言い出した。
 其(その)時はもう仕方がないと観念して先方の云う通り勘当される積もりで居たら、十年来召し使って居る清(きよ)と云う下女が、泣きながらおやじに詫(あや)まって、漸(ようや)くおやじの怒りが解けた。それにも関(かかわ)らずあまりおやじを怖いとは思わなかった。却(かえ)って此(この)清と云う下女に気の毒であった。此(この)下女はもと由緒のあるものだったそうだが、瓦解(がかい)のときに零落して、つい奉公迄する様になったのだと聞いて居る。だから婆さんである。此(この)婆さんがどう云う因縁か、おれを非常に可愛がって呉()れた。不思議なものである。母も死ぬ三日前に愛想(あいそ)をつかした−−おやじも年中持て余している−−町内では乱暴者の悪太郎と爪弾(つまはじ)きをする−−此(この)おれを無暗に珍重してくれた。おれは到底人に好かれる性(たち)ではないとあきらめて居たから、他人から木の端の様に取り扱われるのは何とも思わない、却って此(この)清の様にちやほやしてくれるのを不審に考えた。清は時々台所で人の居ない時に「あなたは真っ直ぐでよい御気性だ」と賞める事が時々あった。然しおれには清の云う意味が分からなかった。好い気性なら清以外のものも、もう少し善くしてくれるだろうと思った。清がこんな事を云う度におれは御世辞は嫌だと答えるのが常であった。すると婆さんは夫(それ)だから好い御気性ですと云っては、嬉しそうにおれの顔を眺めて居る。自分の力でおれを製造して誇っている様に見える。少々気味がわるかった。
 母が死んでから愈(いよいよ)おれを可愛がった。時々は小供心になぜあんなに可愛がるのかと不審に思った。つまらない、廃()せばいゝのにと思った。気の毒だと思った。夫(それ)でも清は可愛がる。折折は自分の小遣(こづかい)で金鍔(きんつば)や紅梅焼(こうばいやき)を買ってくれる。寒い夜(よる)などはひそかに蕎麦粉(そばこ)を仕入れて置いて、いつの間にか寐()て居る枕元へ蕎麦湯を持って来てくれる。時には鍋焼(なべやき)饂飩(うどん)さえ買ってくれた。只食い物許(ばか)りではない。靴足袋(くつたび)ももらった。鉛筆も貰った。帳面も貰った。是(これ)はずっと後(あと)の事であるが金を三円許り貸してくれた事さえある。何も貸せと云った訳ではない。向で部屋へ持って来て御小遣がなくて御困りでしょう、御使いなさいと云って呉れたんだ。おれは無論入らないと云ったが、是非使えと云うから、借りて置いた。実は大変嬉しかった。其(その)三円を蝦蟇口(がまぐち)へ入れて、懐(ふところ)へ入れたなり便所へ行ったら、すぽりと後架(こうか)の中へ落して仕舞った。仕方がないから、のそのそ出て来て実は是々(これこれ)だと清に話した所が、清は早速(さっそく)竹の棒を捜して来て、取って上げますと云った。しばらくすると井戸端でざあざあ音がするから、出て見たら竹の先へ蝦蟇口の紐(ひも)を引き懸けたのを水で洗って居た。夫(それ)から口をあけて壱円札を改めたら茶色になって模様が消えかゝって居た。清は火鉢(ひばち)で乾かして、是(これ)でいゝでしょうと出した。一寸(ちょっと)かいで見て臭いやと云ったら、それじゃ御出しなさい、取り換えて来て上げますからと、どこでどう胡魔化(ごまか)したか札の代わりに銀貨を三円持って来た。此(この)三円は何に使ったか忘れて仕舞った。今に返すよと云ったぎり、返さない。今となっては十倍にして返してやりたくても返せない。
 清が物を呉れる時には必ずおやじも兄も居ない時に限る。おれは何が嫌(きらい)だと云って人に隠れて自分丈(だけ)得をする程嫌な事はない。兄とは無論仲がよくないけれども、兄に隠して清から菓子や色鉛筆を貰いたくはない。なぜ、おれ1人に呉れて、兄さんには遣()らないのかと清に聞く事がある。すると清は澄ましたもので御兄様(おあにいさま)は御父様が買って御上げなさるから構いませんと云う。是(これ)は不公平である。おやじは頑固だけれども、そんな依怙贔負(えこひいき)はせぬ男だ。然し清の眼から見るとそう見えるのだろう。全く愛に溺(おぼ)れて居たに違ない。元は身分のあるものでも教育のない婆さんだから仕方がない。単に是許(こればかり)ではない。贔負目は恐ろしいものだ。清はおれを以て将来立身出世して立派なものになると思い込んで居た。其(その)癖勉強をする兄は色許り白くって、迚(とて)も役には立たないと一人できめて仕舞った。こんな婆さんに逢っては叶(かな)わない。自分の好きなものは必ずえらい人物になって、嫌(きらい)なひとは屹度(きっと)落ち振れるものと信じて居る。おれは其時から別段何になると云う了見もなかった。然し清がなるなると云うものだから、矢っ張り何かに成れるんだろうと思って居た。今から考えると馬鹿々々しい。ある時抔(など)は清にどんなものになるだろうと聞いて見た事がある。所が清にも別段の考もなかった様だ。只手車(てぐるま)へ乗って、立派な玄関のある家をこしらえるに相違ないと云った。
 夫(それ)から清はおれがうちでも持って独立したら、一所になる気で居た。どうか置いて下さいと何遍も繰り返して頼んだ。おれも何だかうちが持てる様な気がして、うん置いてやると返事丈(だけ)はして置いた。所が此(この)女は中々想像の強い女で、あなたはどこが御好き、麹町ですか麻布ですか、御庭へぶらんこを御こしらえ遊ばせ、西洋間は一つで沢山です抔(など)と勝手な計画を独りで並べて居た。其(その)時は家なんか欲しくも何ともなかった、西洋館も日本建(だて)も全く不用であったから、そんなものは欲しくないと、いつでも清に答えた。すると、あなたは慾がすくなくって、心が奇麗だと云って又賞めた。清は何と云っても賞めてくれる。
 母が死んでから五六年の間は此(この)状態で暮らして居た。おやじには叱られる。兄とは喧嘩する。清には菓子を貰う、時々賞められる。別に望もない。是(これ)で沢山だと思って居た。ほかの小供も一概にこんなものだろうと思って居た。只清が何かにつけて、あなたは御可哀想だ、不仕合だと無暗に云うものだから、それじゃ可哀想で不仕合せなんだろうと思った。其(その)外に苦になる事は少しもなかった。只おやじが小遣を呉れないには閉口した。
 母が死んでから六年目の正月におやじも卒中(そっちゅう)で亡くなった。其(その)年の四月におれはある私立の中学校を卒業する。六月に兄は商業学校を卒業した。兄は何とか会社の九州の支店に口があって行かなければならん。おれは東京でまだ学問をしなければならない。兄は家を売って財産を片付て任地へ出立(しゅったつ)すると云い出した。おれはどうでもするが宜()かろうと返事をした。どうせ兄の厄介(やっかい)になる気はない。世話をしてくれるにした所で、喧嘩をするから、向(むこう)でも何とか云い出すに極って居る。なまじい保護を受ければこそ、こんな兄に頭を下げなければならない。牛乳配達をしても食ってられると覚悟をした。兄は夫(それ)から道具屋を呼んで来て、先祖代々の瓦落多(がらくた)を二束三文(にそくさんもん)に売った。家屋敷はある人の周旋である金満家に譲った。此(この)方は大分金になった様だが、詳しい事は一向知らぬ。おれは一ケ月以前から、しばらく前途の方向のつく迄神田の小川町(おがわまち)へ下宿して居た。清は十何年居たうちが人手に渡るのを大(おおい)に残念がったが、自分のものでないから、仕様がなかった。あなたがもう少し年を取って入らっしゃっれば、ここが御相続が出来ますものをとしきりに口説(くど)いて居た。もう少し年を取って相続が出来るものなら、今でも相続が出来る筈だ。婆さんは何(なんに)も知らないから年さえ取れば兄の家がもらえると信じて居る。
 兄とおれは斯様(かよう)に分れたが、困ったのは清の行く先である。兄は無論連れて行ける身分でなし、清も兄の尻にくっ付いて九州下(くんだ)り迄(まで)出掛ける気は毛頭なし、と云って此(この)時のおれは四畳半の安下宿に籠(こも)って、夫(それ)すらもいざとなれば直ちに引き払わねばならぬ始末だ。どうする事も出来ん。清に聞いて見た。どこかへ奉公でもする気かねと云ったらあなたが御うちを持って、奥さまを御貰いになる迄(まで)は、仕方がないから、甥(おい)の厄介になりましょうと漸く決心した返事をした。此(この)甥は裁判所の書記で先づ今日には差支(さしつかえ)なく暮して居たから、今迄(いままで)も清に来るなら来いと二三度勧めたのだが、清は仮令(たとい)下女奉公はしても年来住み馴れた家(うち)の方がいゝと云って応じなかった。然し今の場合知らぬ屋敷へ奉公易(がえ)をして入()らぬ気兼を仕直すより、甥の厄介になる方がましだと思ったのだろう。夫(それ)にしても早くうちを持ての、妻(さい)を貰えの、来て世話をするのと云う。親身の甥よりも他人のおれの方が好きなのだろう。
 九州へ立つ二日前兄が下宿へ来て六百円出して是(これ)を資本にして商買(しょうばい)をするなり、学資にして勉強するなり、どうでも随意に使うがいゝ、其(その)代わりあとは構わないと云った。兄にしては感心なやり方だ。何の六百円位貰わんでも困りはせんと思ったが、例に似ぬ淡泊な処置が気に入ったから、礼を云って貰って置いた。兄は夫(それ)から五十円出して之(これ)を序(ついで)に清に渡してくれと云ったから、異義なく引き受けた。二日立って新橋の停車場(ていしゃば)で分れたぎり兄には其(その)後一遍も逢わない。
 おれは六百円の使用法に就(つい)て寐ながら考えた。商買をしたって面倒くさくって旨(うま)く出来るものじゃなし、ことに六百円の金で商買らしい商買がやれる訳でもなかろう。よしやれるとしても、今の様じゃ人前へ出て教育を受けたと威張れないから詰り損になる許(ばか)りだ。資本抔(など)はどうでもいゝから、これを学資にして勉強してやろう。六百円を三に割って一年に二百円宛使えば三年間は勉強が出来る。三年間一生懸命にやれば何か出来る。夫(それ)からどこの学校に這入ろうと考えたが、学問は生来(しょうらい)どれもこれも好きでない。ことに語学とか文学とか云うものは真平(まっぴら)御免だ。新体詩などゝ来ては二十行あるうちで一行も分らない。どうせ嫌(きらい)なものなら何をやっても同じ事だと思ったが、幸い物理学校の前を通り掛かったら生徒募集の広告が出て居たから、何も縁だと思って規則書をもらってすぐ入学の手続きをして仕舞った。今考えると是(これ)も親譲りの無鉄砲から起った失策だ。
 三年間まあ人並に勉強はしたが別段たちのいゝ方でもないから、席順はいつでも下から勘定する方が便利であった。然し不思議なもので、三年立ったらとうとう卒業して仕舞った。自分でも可笑(おか)しいと思ったが苦情を云う訳もないから大人しく卒業して置いた。
 卒業してから八日目に校長が呼びに来たから、何か用だろうと思って、出掛けて行ったら、四国辺のある中学校で数学の教師が入()る。月給は四十円だが、行ってはどうだと云う相談である。おれは三年間学問はしたが実を云うと教師になる気も、田舎(いなか)へ行く考えも何もなかった。尤(もっと)も教師以外に何をしようと云うあてもなかったから、此(この)相談を受けた時、行きましょうと即座に返事をした。是(これ)も親譲りの無鉄砲が祟(たた)ったのである。
 引き受けた以上は赴任せねばならぬ。此(この)三年間は四畳半に蟄居(ちっきょ)して小言は只の一度も聞いた事がない。喧嘩もせずに済んだ。おれの生涯のうちでは比較的呑気(のんき)な時節であった。然しこうなると四畳半も引き払わねばならん。生まれてから東京以外に踏み出したのは、同級生と一所に鎌倉へ遠足した時許(ばか)りである。今度は鎌倉所(どころ)ではない。大変な遠くへ行かねばならぬ。地図で見ると浜辺で針の先程小さく見える。どうせ碌な所ではあるまい。どんな町で、どんな人が住んでるか分らん。分らんでも困らない。心配にはならぬ。只行く許(ばかり)である。尤も少々面倒臭い。
 家を畳んでからも清の所へは折々行った。清の甥と云うのは存外結構な人である。おれが行くたびに、居りさえすれば、名にくれと款待(もて)なして呉れた。清はおれを前に置いて、色々おれの自慢を甥に聞かせた。今に学校を卒業すると麹町辺へ屋敷を買って役所へ通うのだ抔(など)などと吹聴(ふいちょう)した事もある。独りで極めて一人で喋舌(しゃべ)るから、こっちは困って顔を赤くした。夫(それ)も一度や二度ではない。折々おれが小さい時寐小便をした事迄(まで)持ち出すには閉口した。甥は何と思って清の自慢を聞いて居たか分らぬ。只清は昔風の女だから、自分とおれの関係を封建時代の主従の様に考えて居た。自分の主人なら甥の為にも主人に相違ないと合点したものらしい。甥こそいい面(つら)の皮だ。
 愈(いよいよ)約束が極まって、もう立つと云う三日前に清を尋ねたら、北向の三畳に風邪(かぜ)を引いて寐て居た。おれの来たのを見て起き直るが早いか、坊っちゃん何時(いつ)家(うち)を御持ちなさいますと聞いた。卒業さえすれば金が自然とポッケツトの中に沸()いて来ると思って居る。そんなにえらい人をつらまえて、まだ坊っちゃんと呼ぶのは愈馬鹿気て居る。おれは単簡(たんかん)に当分うちは持たない。田舎に行くんだと云ったら、非常に失望した容子(ようす)で、胡麻塩の鬢(びん)の乱れを頻(しき)りに撫()でた。余り気の毒だから「行く事は行くがじき帰る。来年の夏休みには屹度(きっと)帰る」と慰めてやった。夫(それ)でも妙な顔をして居るから「何を見やげに買って来てやろう、何が欲しい」と聞いて見たら「越後(えちご)の笹飴(ささあめ)が食べたい」と云った。越後の笹飴なんて聞いた事もない。第一方角が違う。「おれの行く田舎には笹飴はなさそうだ」と云って聞かしたら「そんなら、どっちの見当です」と聞き返した。「西の方だよ」と云うと「箱根のさきですか手前ですか」と問う。随分持てあました。
 出立(しゅったつ)の日には朝から来て、色々世話をやいた。来る途中小間物屋で買って来た歯磨(はみがき)と楊子(ようじ)と手拭(てぬぐい)をズックの革鞄(かばん)に入れて呉れた。そんな物は入らないと云っても中々承知しない。車を並べて停車場へ着いて、プラットフォームの上へ出た時、車に乗り込んだおれの顔を昵(じっ)と見て「もう御別れになるかも知れません。随分御機嫌よう」と小さな声で云った。目に涙が一杯たまって居る。おれは泣かなかった。然しもう少しで泣く所であった。汽車が余っ程動きだしてから、もう大丈夫だろうと思って、窓から首を出して、振り向いたら、矢っ張り立って居た。何だか大変小さく見えた。


 ぶうと云って汽船がとまると、艀(はしけ)が岸を離れて、漕ぎ寄せて来た。船頭は真っ裸に赤ふんどしをしめている。野蛮な所だ。尤(もっとも)も此(この)熱さでは着物はきられまい。日が強いので水がやに光る。見詰めて居ても眼がくらむ。事務員に聞いて見るとおれは此所(ここ)へ降りるのだそうだ。見る所では大森位な漁村だ。人を馬鹿にしていらあ、こんな所に我慢が出来るものかと思ったが仕方がない。威勢よく一番に飛び込んだ。続()づいて五六人は乗ったろう。外(ほか)に大きな箱を四つ許(ばかり)積み込んで赤ふんは岸へ漕ぎ戻して来た。陸(おか)へ着いた時も、いの一番に飛び上がって、いきなり、磯に立って居た鼻たれ小僧をつらまえて中学校はどこだと聞いた。小僧は茫(ぼん)やりして、知らんがの、と云った。気の利()かぬ田舎ものだ。猫の額(ひたい)程な町内の癖に、中学校のありかも知らぬ奴があるものか。所へ妙な筒っぽうを着た男がきて、こっちへ来いと云うから、尾()いて行ったら、港屋と云う宿屋へ連れて来た。やな女が声を揃(そろ)えて御上がりなさいと云うので、上がるのがいやになった。門口へ立ったなり中学校を教えろと云ったら、中学校は是(これ)から汽車で二里許(ばか)り行かなくっちゃいけないと聞いて、猶(なお)上がるのがいやになった。おれは、筒っぽうを着た男から、おれの革鞄(かばん)を二つ引きたくって、のそのそあるき出した。宿屋のものは変な顔をして居た。
 停車場はすぐ知れた。切符も訳なく買った。乗り込んで見るとマッチ箱の様な汽車だ。ごろごろと五分許り動いたと思ったら、もう降りなければならない。道理で切符が安いと思った。たった三銭である。それから車を傭(やと)って、中学校へ来たら、もう放課後で誰も居ない。宿直は一寸用達(ようたし)に出たと小使が教えた。随分気楽な宿直がいるものだ。校長でも尋ね様かと思ったが、草臥(くたび)れたから、車に乗って宿屋へ連れて行けと車夫に云い付けた。車夫は威勢よく山城屋(やましろや)と云ううちへ横付にした。山城屋とは質屋の勘太郎の屋号と同じだから一寸面白く思った。
 何だか二階の階子段(はしごだん)の下の暗い部屋へ案内した。熱くって居られやしない。こんな部屋はいやだと云ったら生憎(あいにく)みんな塞(ふさ)がっておりますからと云いながら革鞄を拠(ほう)り出した儘(まま)出て行った。仕方がないから部屋の中へ這入(はい)って汗をかいて我慢して居た。やがて湯に入れと云うから、ざぶりと飛び込んで、すぐ上がった。帰りがけに覗(のぞ)いて見ると涼しそうな部屋が沢山空()いている。失敬な奴だ。嘘(うそ)をつきゃあがった。それから下女が膳(ぜん)を持って来た。部屋は熱つかったが、飯は下宿のより大分旨(うま)かった。給仕をしながら下女がどちらから御出(おいで)になりましたと聞くから、東京から来たと答えた。すると東京はよい所で御座いましょうと云ったから当り前だと答えてやった。膳を下げた下女が台所へ行った時分、大きな笑い声が聞えた。くだらないから、すぐ寐たが、中々寐られない。熱い許りではない。騒々しい。下宿の五倍位八釜(やかま)しい。うとうとしたら清の夢を見た。清が越後の笹飴を笹ぐるみ、むしゃむしゃ食って居る。笹は毒だから、よしたらよかろうと云うと、いえ此(この)笹が御薬で御座いますと云って旨(うま)そうに食って居る。俺があきれ返って大きな口を開()いてハヽヽヽと笑ったら眼が覚めた。下女が雨戸を明けている。相変らず空の底が突き抜けた様な天気だ。
 道中(どうちゅう)をしたら茶代をやるものだと聞いて居た。茶代をやらないと粗末に取り扱われると聞いて居た。こんな、狭くて暗い部屋へ押し込めるのも茶代をやらない所為(せい)だろう。見すぼらしい服装(なり)をして、ズックの革鞄(かばん)と毛繻子(けじゅす)の蝙蝠(こうもり)傘を提()げてるからだろう。田舎者の癖に人を見括(みくび)ったな。一番茶代をやって驚かしてやろう。おれは是(これ)でも学資の余り三十円程懐(ふところ)に入れて東京を出て来たのだ。汽車の汽船の切符代と雑費を差し引いて、まだ十四円程ある。みんなやったって是(これ)からは月給を貰うんだから構わない。田舎者はしみったれだから五円もやれば驚いて眼を廻すに極って居る。どうするか見ろと澄(すま)して顔を洗って、部屋へ帰って待ってると、夕べの下女が膳を持って来た。盆を持って給仕をしながら、やににやにや笑っている。失敬な奴だ。顔のなかを御祭りでも通りゃしまいし。是でも此(この)下女の面(つら)より余っ程上等だ。飯を済ましてからにしようと思って居たが、癪(しゃく)に障(さわ)ったから、途中で五円札を一枚出して、あとで是を帳場へ持って行けと云ったら、下女は変な顔をして居た。夫(それ)から飯を済ましてすぐ学校へ出懸(でか)けた。靴は磨(みが)いてなかった。
 学校は昨日(きのう)車で乗りつけたから、大概の見当は分って居る。四つ角を二三度曲がったらすぐ門の前へ出た。門から玄関迄(まで)は御影石(みかげいし)で敷きつめてある。きのう此(この)敷石の上を車でがらがらと通った時は、無暗(むやみ)に仰山(ぎょうさん)な音がするので少し弱った。途中から小倉(こくら)の制服を着た生徒に沢山逢ったが、みんな此(この)門を這入って行く。中にはおれより脊()が高くって強そうなのが居る。あんな奴を教えるのかと思ったら何だか気味が悪くなった。名刺を出したら校長室へ通した。校長は薄髯(うすひげ)のある、色の黒い、眼の大きな狸(たぬき)の様な男である。やに勿体(もったい)ぶって居た。まあ精出して勉強してくれと云って、恭(うやうや)しく大きな印の捺(おさ)った、辞令を渡した。此(この)辞令は東京へ帰るとき丸めて海の中へ抛(ほう)り込んで仕舞った。校長は今に職員に紹介してやるから、一々其(その)人に此(この)辞令を見せるんだと言って聞かした。余計な手数だ。そんな面倒な事をするより此(この)辞令を三日間職員室へ張り付ける方がましだ。
 教員が控所(ひかえじょ)へ揃うには一時間の喇叭(らっぱ)が鳴らなくてはならぬ。大分時間がある。校長は時計を出して見て、追々ゆるりと話す積(つもり)だが、先づ大体の事を呑み込んで置いて貰おうと云って、夫(それ)から教育の精神について長い御談義を聞かした。おれは無論いゝ加減に聞いて居たが、途中から是は飛んだ所へ来たと思った。校長の云う様にはとても出来ない。おれ見た様な無鉄砲なものをつらまえて、生徒の模範になれの、一校の師表と仰がれなくては行かんの、学問以外に個人の徳化を及ぼさなくては教育者になれないの、と無暗に法外な注文をする。そんなえらい人が月給四十円で遥々(はるばる)こんな田舎へくるもんか。人間は大概似たもんだ。腹が立てば喧嘩(けんか)の一つ位は誰でもするだろうと思ってたが、此(この)様子じゃ滅多に口も聞けない。散歩も出来ない。そんな六づかしい役なら雇う前にこれこれだと話すがいゝ。おれは嘘をつくのが嫌(きらい)だから、仕方がない。だまされて来たのだとあきらめて、思い切りよく、ここで断って帰っちまおうと思った。宿屋へ五円やったから財布の中には九円なにがししかない。九円じゃ東京迄は帰れない。茶代なんかやらなければよかった。惜しい事をした。然し九円だって、どうかならない事はない。旅費は足りなくっても嘘をつくよりましだと思って、到底あなたの仰(おっし)ゃる通りにゃ、出来ません、此(この)辞令は返しますと云ったら、校長は狸の様な眼をぱちつかせておれの顔を見て居た。やがて、今のは只希望である、あなたが希望通り出来ないのはよく知って居るから心配しなくってもいゝと云いながら笑った。その位よく知ってるなら、始めから威嚇(おど)さなければいゝのに。
 そう、こうする内に喇叭(らっぱ)が鳴った。教場の方が急にがやがやする。もう教員も控所へ揃いましたろうと云うから、校長に尾()いて教員控所へ這入った。広い細長い部屋の周囲に机を並べてみんな腰をかけて居る。おれが這入ったのを見て、みんな申し合せた様に俺の顔を見た。見世物じゃあるまいし。夫(それ)から申し付けられた通り一人々々(ひとりびとり)の前へ行って辞令を出して挨拶をした。大概は椅子を離れて腰をかゞめる許(ばか)りであったが、念の入ったのは差し出した辞令を受け取って一応拝見をして夫を恭しく返却した。丸(まる)で宮芝居の真似(まね)だ。十五人目に体操の教師へと廻って来た時には、同じ事を何返(なんべん)もやるので少々じれったくなった。向は一度で済む。こっちは同じ所作を十五返繰り返して居る。少しはひとの了見も察して見るがいゝ。
 挨拶をしたうちに教頭のなにがしと云うのが居た。是(これ)は文学士だそうだ。文学士と云えば大学の卒業生だからえらい人なんだろう。妙に女の様な優しい声を出す人だった。尤も驚いたのは此(この)暑いのにフランネルの襯衣(しゃつ)を着て居る。いくら薄い地には相違なくっても暑いには極ってる。文学士丈(だけ)に御苦労千万な服装(なり)をしたもんだ。しかも夫(それ)が赤シャツだから人を馬鹿にしている。あとから聞いたら此(この)男は年が年中赤シャツを着るんだそうだ。妙な病気があった者だ。当人の説明では赤は身体(からだ)に薬になるから、衛生の為めにわざわざ誂(あつ)らえるんだそうだが、入()らざる心配だ。そんなら序(ついで)に着物も袴(はかま)も赤にすればいゝ。夫(それ)から英語の教師に古賀とか云う大変顔色の悪るい男が居た。大概顔の蒼(あお)い人は痩せているもんだが此(この)男は蒼くふくれて居る。昔し小学校へ行く時分、浅井の民さんと云う子が同級生にあったが、此(この)浅井の親父が矢張り、こんな色つやだった。浅井は百姓だから、百姓になるとあんな顔になるかと清に聞いて見たら、そうじゃありません、あの人はうらなりの唐茄子(とうなす)許り食べるから、蒼くふくれるんですと教えて呉()れた。それ以来蒼くふくれた人を見れば必ずうらなりの唐茄子を食った酬(むくい)だと思う。此の英語の教師もうらなり許り食ってるに違ない。尤もうらなりとは何の事か今以て知らない。清に聞いて見た事はあるが、清は笑って答えなかった。大方清も知らないんだろう。夫からおれと同じ数学の教師に掘田(ほった)と云うのが居た。是は逞(たくま)しい毬栗坊主(いがぐりぼうず)で、叡山(えいざん)の悪僧と云うべき面構(つらがまえ)である。人が叮嚀(ていねい)に辞令を見せたら見向きもせず、やあ君が新任の人か、些()と遊びに来給えアハヽヽと云った。何がアハヽヽだ。そんな礼儀を心得ぬ奴の所へ誰が遊びに行くものか。おれは此時から此(この)坊主に山嵐(たまあらし)と云う渾名(あだな)をつけてやった。漢学の先生は流石(さすが)に堅いものだ。昨日(さくじつ)御着(おつき)で、嘸(さぞ)御疲れで、夫でもう授業を御始めで、大分御励精で、−−とのべつに弁じたのは愛嬌(あいきょう)のある御爺さんだ。画学の教師は全く芸人風だ。べらべらした透綾(すきや)の羽織を着て、扇子をぱちつかせて、御国はどちらでげす、え? 東京? 夫()りゃ嬉しい、御仲間が出来て……私(わたし)もこれで江戸っ子ですと云った。こんなのが江戸っ子なら江戸には生れたくないもんだと心中に考えた。其のほか一人一人(ひとりびとり)に就(つい)てこんな事を書けばいくらでもある。然し際限がないからやめる。
 挨拶が一通り済んだら、校長が今日はもう引き取ってもいゝ、尤も授業上の事は数学の主任と打ち合せをして置いて、明後日から課業を始めてくれと云った。数学の主任は誰かと聞いてみたら例の山嵐であった。忌々(いまいま)しい、こいつの下に働くのかおやおやと失望した。山嵐は「おい君どこに宿(とま)ってるか、山城屋か、うん、今に行って相談する」と云い残して白墨を持って教場へ出て行った。主任の癖に向から来て相談するなんて不見識な男だ。然し呼び付けるよりは感心だ。
 夫から学校の門を出て、すぐ宿へ帰ろうと思ったが、帰ったって仕方がないから、少し町を散歩してやろうと思って、無暗に足の向く方をあるき散らした。県庁も見た。古い前世紀の建築である。兵営も見た。麻布の聯隊(れんたい)より立派でない。大通りも見た。神楽坂(かぐらざか)を半分に狭くした位な道幅で町並はあれより落ちる。二十五万石の城下だって高(たか)の知れたものだ。こんな所に住んで御城下だ抔(など)と威張ってる人間は可哀想なものだと考えながらくると、いつしか山城屋の前に出た。広い様でも狭いものだ。是(これ)で大抵は見尽くしたのだろう。帰って飯でも食おうと門口(かどぐち)を這入った。帳場に坐って居たかみさんが、おれの顔を見ると急に飛び出して来て御帰り……と板の間へ頭をつけた。靴を脱いで上がると、御座敷があきましたからと下女が二階へ案内をした。十五畳の表二階で大きな床の間がついて居る。おれは生まれてからまだこんな立派な座敷へ這入った事はない。此(この)後いつ這入れるか分らないから、洋服を脱いで浴衣(ゆかた)一枚になって座敷の真中へ大の字に寐て見た。いい心持ちだ。
 昼飯を食ってから早速清へ手紙を書いてやった。おれは文章がまずい上に字を知らないから手紙をかくのが大嫌(だいきらい)だ。又やる所もない。しかし清は心配して居るだろう。難船して死にやしないか抔(など)と思っちゃ困るから、奮発して長いのを書いてやった。其(その)文句はこうである。
「きのう着いた。つまらん所だ。十五畳の座敷に寐て居る。宿屋へ茶代を五円やった。かみさんが頭を板の間へすりつけた。夕べは寐られなかった。清が笹飴を笹ごと食う夢を見た。来年の夏は帰る。今日学校へ行ってみんなにあだなをつけてやった。校長は狸、教頭は赤シャツ、英語の教師はうらなり、数学は山嵐、画学はのだいこ。今に色々な事をかいてやる。左様(さよう)なら」
 手紙を書いて仕舞(しま)ったら、いゝ心持になって眠気がさしたから、最前(さいぜん)の様になって座敷の真中へのびのびと大の字に寐た。今度は夢も見ないでぐっすり寐た。この部屋かいと大きな声がするので眼が覚めたら、山嵐が這入って来た。最前は失敬、君の受持ちは……と人が起き上がるや否や談判を開かれたので大(おおい)に狼狽(ろうばい)した。受持ちを聞いてみると別段六()づかしい事もなさそうだから承知した。此(この)位の事なら、明後日(あさって)は愚(おろか)、明日(あした)から始めろと云ったって驚ろかない。授業上の打ち合せが済んだら、君はいつ迄(まで)こんな宿屋に居る積もりでもあるまい、僕がいゝ下宿を周旋してやるから移り玉(たま)え。外のものでは承知しないが僕が話せばすぐ出来る。早い方がいゝから、今日見て、あす移って、あさってから学校へ行けば極りがいゝと一人で呑み込んで居る。成程(なるほど)十五畳敷にいつ迄(まで)居る訳も行くまい。月給をみんな宿料(しゅくりょう)に払っても追いつかないかもしれぬ。五円の茶代を奮発してすぐ移るのはちと残念だが、どうせ移る者(もの)なら、早く引き越こして落ち付く方が便利だから、そこの所はよろしく山嵐に頼む事にした。すると山嵐は兎()も角(かく)も一所に来て見ろと云うから、行った。町はずれの岡の中腹にある家で至極(しごく)閑静だ。主人は骨董(こっとう)を売買するいか銀と云う男で、女房は亭主より四つ許り年嵩(としかさ)の女だ。中学校に居た時ウィッチと云う言葉を習った事があるが此(この)女房は正(まさ)にウィッチに似て居る。ウィッチだって人の女房だから構わない。とうとう明日から引き移る事にした。帰りに山嵐は通町(とおりちょう)で氷水を一杯奢(おご)った。学校で逢った時はやに横風(おうふう)な失敬な奴だと思ったが、こんなに色々世話をしてくれる所を見ると、わるい男でもなさそうだ。只おれと同じ様にせっかちで肝癪(かんしゃく)持らしい。あとで聞いたら此(この)男が一番生徒に人望があるのだそうだ。


 愈(いよいよ)学校へ出た。初めて教場へ這入(はい)って高い所へ乗った時は、何だか変だった。講釈をしながら、おれでも先生が勤まるのかと思った。生徒は八釜(やかま)しい。時々図抜けた大きな声で先生と云う。先生には応(こた)えた。今迄(いままで)物理学校で毎日先生々々と呼びつけて居たが、先生と呼ぶのと、呼ばれるのは雲泥の差だ。何だか足の裏がむづむづする。おれは卑怯(ひきょう)な人間ではない。臆病(おくびょう)な男でもないが、惜しい事に胆力が欠けて居る。先生と大きな声をされると、腹の減った時に丸の内で午砲(どん)を聞いた様な気がする。最初の一時間は何だかいゝ加減にやって仕舞(しま)った。然し別段困った質問も掛けられずに済んだ。控所に帰って来たら、山嵐がどうだいと聞いた。うんと単簡(たんかん)に返事をしたら山嵐は安心したらしかった。
 二時間目に白墨を持って控所を出た時には何だか敵地へ乗り込む様な気がした。教場へ出ると今度の組は前より大きな奴ばかりである。おれは江戸っ子で華奢(きゃしゃ)に小作りに出来て居るから、どうも高い所へ上がっても押しが利()かない。喧嘩なら相撲取(すもうとり)とでもやって見せるが、こんな大僧を四十人も前に並べて、只一枚の舌をたゝいて恐縮させる手際(てぎわ)はない。然しこんな田舎者に弱身を見せると癖になると思ったから、成()るべく大きな声をして、少々巻き舌で講釈してやった。最初のうちは、生徒も烟(けむ)に捲()かれてぼんやりして居たから、それ見ろと益(ますます)得意になって、べらんめい調を用いてたら、一番前の列の真中に居た、一番強そうな奴が、いきなり起立して先生と云う。そら来たと思いながら、何だと聞いたら、「あまり早くて分らんけれ、もちっと、ゆるゆる遣()って、おくれんかな、もし」と云った。【おくれんかな、もし】は生温(なまぬ)るい言葉だ。早過ぎるなら、ゆっくり云ってやるが、おれは江戸っ子だから君等の言葉は使えない、分らなければ、分る迄(まで)待ってるがいゝと答えてやった。此(この)調子で二時間目は思ったより、うまく行った。只帰りがけに生徒の一人が一寸此(この)問題を解釈をしておくれんがな、もし、と出来そうもない幾何の問題を持って逼(せま)ったには冷汗を流した。仕方がないから何だか分らない、此()の次教えてやると急いで引き揚げたら、生徒がわあと囃(はや)した。其(その)中に出来ん出来んと云う声が聞える。箆棒(べらぼう)め、先生だって、出来ないのは当り前だ。出来ないのを出来ないと云うのに不思議があるもんか。そんなものが出来る位なら四十円でこんな田舎へくるもんかと控所へ帰って来た。今度はどうだと又山嵐が聞いた。うんと云ったが、うん丈(だけ)では気が済まなかったから、此(この)学校の生徒は分らずやだなと云ってやった。山嵐は妙な顔をして居た。
 三時間目も、四時間目も昼過ぎの一時間も大同小異であった。最初の日に出た級は、孰(いず)れも少々ずつ失敗した。教師ははたで見る程楽じゃないと思った。授業は一と通り済んだが、まだ帰れない、三時迄(まで)ぽつ然(ねん)として待ってなくてはならん。三時になると、受持級の生徒が自分の教室を掃除して報知(しらせ)にくるから検分をするんだそうだ。夫(それ)から、出席簿を一応調べて漸(ようやく)く御暇が出る。いくら月給で買われた身体だって、あいた時間迄(まで)学校へ縛りつけて机と睨(にら)めっくらをさせるなんて法があるものか。然しほかの連中(れんじゅう)はみんな大人しく御規則通りやってるから新参(しんざん)のおればかり、だゞを捏()ねるのも宜しくないと思って我慢して居た。帰りがけに、君何でも蚊()んでも三時過迄(まで)学校に居させるのは愚()だぜと山嵐に訴えたら、山嵐はそうさアハヽヽと笑ったが、あとから真面目(まじめ)になって、君あまり学校の不平を云うと、いかんぜ。云うなら僕だけに話せ、随分妙な人も居るからなと忠告がましい事を云った。四つ角で分かれたから詳しい事は聞くひまがなかった。
 夫(それ)からうちへ帰ってくると、宿の主人が御茶を入れましょうと云ってやって来る。御茶を入れるというから御馳走(ごちそう)をするのかと思うと、おれの茶を遠慮なく入れて自分が飲むのだ。此(この)様子では留守中も勝手に御茶を入れましょうを一人で履行して居るかも知れない。亭主が云うには手前は書画骨董(こっとう)がすきで、とうとうこんな商売を内々で始める様になりました。あなたも御見受申す所(ところ)大分御風流で居らっしゃるらしい。ちと道楽に御始めなすっては如何(いかが)ですと、飛んでもない勧誘をやる。二年前ある人の使に帝国ホテルへ行った時は錠前(じょうまえ)直しと間違えられた事がある。ケットを被(かぶ)って、鎌倉の大仏を見物した時は車屋から親方と云われた。其外(そのほか)今日迄(きょうまで)見損(みそくな)われた事は随分あるが、まだおれをつらまえて大分御風流で居らっしゃると云ったものはない。大抵はなりや様子で分る。風流人なんて云うものは、画を見ても、頭巾(ずきん)を被るか短冊(たんざく)を持ってるものだ。此(この)おれを風流人だ抔(など)と真面目に云うのは只の曲者(くせもの)じゃない。おれはそんな呑気(のんき)な隠居のやる様な事は嫌(きらい)だと云ったら、亭主はへヽヽヽと笑いながら、いえ始めから好きなものは、どなたも御座いませんが、一旦此(この)道に這入ると中々出られませんと一人で茶を注()いで妙な手付をして飲んで居る。実はゆうべ茶を買ってくれと頼んで置いたのだが、こんな苦い濃い茶はいやだ。一杯飲むと胃に答える様な気がする。今度からもっと苦くないのを買ってくれと云ったら、かしこまりましたと又一杯しぼって飲んだ。人の茶だと思って無暗に飲む奴だ。主人が引き下がってから、あしたの下読(したよみ)をしてすぐ寐て仕舞(しま)った。
 それから毎日々々学校へ出ては規則通り働く、毎日々々帰って来ると主人が御茶を入れましょうと出てくる。一週間許(ばか)りしたら学校の様子も一と通りは飲み込めたし、宿の夫婦の人物も大概は分った。ほかの教師に聞いてみると辞令を受けて一週間から一カ月位の間は自分の評判がいゝだろうか、悪るいだろうか非常に気に掛かるそうであるが、おれは一向(いっこう)そんな感じはなかった。教場で折々しくじると其時(そのとき)丈(だけ)はやな心持だが三十分許(ばか)り立つと奇麗に消えて仕舞(しま)う。おれは何事によらず長く心配しようと思っても心配が出来ない男だ。教場のしくじりが生徒にどんな影響を与えて、其(その)影響が校長や教頭にどんな反応を呈するか丸で無頓着(むとんじゃく)であった。おれは前に云う通りあまり度胸の据()わった男ではないが、思い切りは頗(すこぶ)るいゝ人間である。此(この)学校がいけなければすぐどっかへ行く覚悟で居たから、狸も赤シャツも、些(ちっ)とも恐ろしくはなかった。まして教場の小僧共なんかには愛嬌(あいきょう)も御世辞も使う気になれなかった。学校はそれでいゝのだが下宿の方はそうはいかなかった。亭主が茶を飲みに来る丈(だけ)なら我慢もするが、色々な者(もの)を持ってくる。始めに持って来たのは何でも印材で、十ばかり並べて置いて、みんなで三円なら安い物だ御買いなさいと云う。田舎巡(まわ)りのヘボ絵師じゃあるまいし、そんなものは入らないと云ったら、今度は華山(かざん)とか何とか云う男の花鳥の掛物をもって来た。自分で床の間へかけて、いゝ出来じゃありませんかと云うから、そうかなと好(いい)加減に挨拶をすると、華山には二人ある、一人は何とか華山で、一人は何とか華山ですが、此(この)幅(ふく)はその何とか華山の方だと、くだらない講釈をしたあとで、どうです、あなたなら十五円にして置きます。御買いなさいと催促する。金がないと断ると、金なんか、いつでも宜()う御座いますと中々頑固だ。金があっても買わないんだと、其時(そのとき)は追っ払っちまった。其次(そのつぎ)には鬼瓦(おにがわら)位な大硯(おおすずり)を担ぎ込んだ。是(これ)は端渓(たんけい)です、端渓ですと二偏も三偏も端渓がるから、面白半分に端渓た何だいと聞いたら、すぐ講釈を始め出した。端渓には上層中層下層とあって、今時のものはみんな上層ですが、是(これ)は慥(たし)かに中層です、此(この)眼(がん)を御覧なさい。眼が三つあるのは珍らしい。溌墨(はつぼく)の具合いも至極宜しい、試して御覧なさいと、おれの前へ大きな硯を突きつける。いくらだと聞くと、持ち主が支那(しな)から持って帰って来て是非売りたいと云いますから、御安くして三十円にして置きましょうと云う。此(この)男は馬鹿に相違ない。学校の方はどうかこうか無事に勤まりそうだが、こう骨董責(ぜめ)に逢ってはとても長く続きそうにない。
 其(その)うち学校もいやになった。ある日の晩大町(おおまち)と云う所を散歩して居たら郵便局の隣りに蕎麦(そば)とかいて、下に東京と注を加えた看板があった。おれは蕎麦が大好きである。東京に居った時でも蕎麦屋の前を通って薬味の香(にお)いをかぐと、どうしても暖簾(のれん)がくゞりたくなった。今日(きょう)迄(まで)は数学と骨董で蕎麦を忘れて居たが、こうして看板を見ると素通りが出来なくなる。序(つい)でだから一杯食って行こうと思って上がり込んだ。見ると看板程でもない。東京と断る以上はもう少し奇麗にしそうなものだが、東京を知らないのか、金がないのか、滅法(めっぽう)きたない。畳は色が変わって御負(おま)けに砂でざらざらして居る。壁は煤(すす)で真黒だ。天井はランプの油烟(ゆえん)で燻(くす)ぼってるのみか、低くって、思わず首を縮める位だ。只麗々と蕎麦の名前を書いて張り付けたねだん付け丈(だけ)は全く新しい。何でも古いうちを買って二三日(にさんち)前から開業したに違なかろう。ねだん付の第一号に天麩羅(てんぷら)とある。おい天麩羅を持ってこいと大きな声を出した。すると此時(このとき)迄(まで)隅の方に三人かたまって、何かつるつる、ちゅちゅ食ってた連中が、ひとしくおれの方を見た。部屋が暗いので、一寸気がつかなかったが顔を合せると、みんな学校の生徒である。先方で挨拶をしたから、おれも挨拶をした。其晩(そのばん)は久し振に蕎麦を食ったので、旨(うま)かったから天麩羅を四杯平げた。
 翌日(よくじつ)何の気もなく教場へ這入ると、黒板一杯位な大きな字で、天麩羅先生とかいてある。おれの顔を見てみんなわあと笑った。おれは馬鹿々々しいから、天麩羅を食っちゃ可笑(おか)しいかと聞いた。すると生徒の一人が、然し四杯は過ぎるぞな、もし、と云った。四杯食おうが五杯食おうがおれの銭でおれが食うのに文句があるもんかと、さっさと講義を済まして控所へ帰って来た。十分立って次の教場へ出ると一つ天麩羅四杯也(なり)。但(ただ)し笑う可(べか)らず。と黒板にかいてある。さっきは別に腹も立たなかったが今度は癪(しゃく)に障った。冗談も度を過ごせばいたづらだ。焼餅(やきもち)の黒焦(くろこげ)の様なもので誰も賞め手はない。田舎者は此(この)呼吸が分らないからどこ迄(まで)押して行っても構わないと云う了見だろう。一時間あるくと見物する町もない様な狭い都に住んで、外に何にも芸がないから、天麩羅事件を日露戦争の様に触れちらかすんだろう。憐(あわ)れな奴等だ。小供の時から、こんな教育されるから、いやにひねっこびた、植木鉢の楓(かえで)見()た様な小人(しょうじん)が出来るんだ。無邪気なら一所に笑ってもいゝが、こりゃなんだ。小供の癖に乙に毒気を持ってる。おれはだまって、天麩羅を消して、こんないたずらが面白いか、卑怯(ひきょう)な冗談だ。君等は卑怯と云う意味を知ってるか、と云ったら、自分がした事を笑われて怒るのが卑怯じゃろうがな、もしと答えた奴がある。やな奴だ。わざわざ東京から、こんな奴を教えに来たのかと思ったら情なくなった。余計な減らず口を利かないで勉強しろと云って、授業を始めて仕舞(しま)った。夫(それ)から次の教場へ出たら天麩羅を食うと減らず口を利きたくなるものなりと書いてある。どうも始末に終えない。あんまり腹が立ったから、そんな生意気な奴は教えないと云ってすたすた帰ってやった。生徒は休みになって喜こんだそうだ。こうなると学校より骨董の方がまだましだ。
 天麩羅蕎麦もうちへ帰って、一晩寐たらそんなに肝癪(かんしゃく)に障らなくなった。学校へ出て見ると、生徒も出ている。何だか訳が分らない。夫(それ)から三日許(ばか)りは無事であったが、四日目の晩に住田(すみた)と云う所へ行って団子を食った。此(この)住田と云う所は温泉のある町で城下から汽車だと十分許(ばか)り、歩行(ある)いて三十分で行かれる、料理屋も温泉宿も、公園もある上に遊廓がある。おれの這入った団子屋は遊廓の入口にあって、大変うまいと云う評判だから、温泉に行った帰りがけに一寸食って見た。今度は生徒にも逢わなかったから、誰も知るまいと思って、翌日学校へ行って、一時間目の教場へ這入ると団子二皿七銭と書いてある。実際おれは二皿食って七銭払った。どうも厄介(やっかい)な奴等だ。二時間目にも屹度(きっと)何かあると思うと遊廓の団子旨い旨いと書いてある。あきれ返った奴等だ。団子が夫(それ)で済んだと思ったら今度は赤手拭(あかてぬぐい)と云うのが評判になった。何の事だと思ったら、詰(つま)らない来歴だ。おれはこゝに来てから、毎日住田の温泉へ行く事に極めて居る。ほかの所は何を見ても東京の足元にも及ばないが温泉丈(だけ)は立派なものだ。折角来た者(もの)だから毎日這入ってやろうと云う気で、晩飯前に運動旁(かたがた)出掛ける。所(ところ)が行くときは必ず西洋手拭の大きな奴をぶら下げて行く。此(この)手拭が湯に染った上に、赤い縞(しま)が流れ出したので一寸見ると紅色(べにいろ)に見える。おれは此(この)手拭を行きも帰りも、汽車に乗ってもあるいても、常にぶら下げて居る。夫(それ)で生徒がおれの事を赤手拭赤手拭と云うんだそうだ。どうも狭い土地に住んでるとうるさいものだ。まだある。温泉は三階の新築で上等は浴衣(ゆかた)をかして、流しをつけて八銭で済む。其上(そのうえ)に女が天目(てんもく)へ茶を載せて出す。おれはいつでも上等へ這入った。すると四十円の月給で毎日上等へ這入るのは贅沢(ぜいたく)だと云い出した。余計な御世話だ。まだある。湯壺は花岡石(みかげいし)を畳み上げて、十五畳敷位の広さに仕切ってある。大抵は十三四人漬(つか)ってるがたまには誰も居ない事がある。深さは立って乳の辺まであるから、運動の為に、湯の中を泳ぐのは中々愉快だ。おれは人の居ないのを見済しては十五畳の湯壺(ゆつぼ)を泳ぎ巡(まわ)って喜んで居た。所(ところ)がある日三階から威勢よく下りて今日も泳げるかなとざくろ口を覗(のぞ)いて見ると、大きな札へ黒々と湯の中で泳ぐべからずとかいて貼りつけてある。湯の中で泳ぐものは、あまり有るまいから、此(この)貼札はおれの為めに特別に新調したのかも知れない。おれはそれから泳ぐのは断念した。泳ぐのは断念したが、学校へ出てみると、例の通り黒板に湯の中で泳ぐべからずと書いてあるには驚ろいた。何だか生徒全体がおれ一人を探偵して居る様に思われた。くさくさした。生徒が何を云ったって、やろうと思った事をやめる様なおれではないが、何でこんな狭苦しい鼻の先がつかえる様な所へ来たのかと思うと情なくなった。夫(それ)でうちへ帰ると相変らず骨董責である。


 学校には宿直があって、職員が代わる代わるこれをつとめる。但し狸(たぬき)と赤シャツは例外である。何で此(この)両人が当然の義務を免かれるのかと聞いて見たら、奏任(そうにん)待遇だからと云う。面白くもない。月給は沢山とる、時間は少ない、夫(それ)で宿直を逃()がれるなんて不公平があるものか。勝手な規則をこしらえて、それが当り前だと云う様な顔をしている。よくまああんなに図迂々々(ずうずう)しく出来るものだ。これに就(つい)ては大分不平であるが、山嵐の説によると、いくら一人で不平を並べたって通るものじゃないそうだ。一人だって二人だって正しい事なら通りそうなものだ。山嵐は might is right という英語を引いて説諭を加えたが、何だか要領を得ないから、聞き返して見たら強者の権利と云う意味だそうだ。強者の権利位なら昔から知って居る。今更(いまさら)山嵐から講釈を聞かなくってもいゝ。強者の権利と宿直とは別問題だ。狸や赤シャツが強者だなんて、誰が承知するものか。議論は議論として此(この)宿直が愈(いよいよ)おれの番に廻って来た。一体疳性(かんしょう)だから夜具蒲団(ふとん)抔(など)は自分のものへ楽に寐ないと寐た様な心持ちがしない。小供の時から、友達のうちへ泊った事は殆んどない位だ。友達のうちでさえ厭(いや)なら学校の宿直は猶更(なおさら)厭だ。厭だけれども、是(これ)が四十円のうちへ籠(こも)っているなら仕方がない。我慢して勤めてやろう。
 教師も生徒も帰って仕舞(しま)ったあとで、一人ぽかんとして居るのは随分間が抜けたものだ。宿直部屋は教場の裏手にある寄宿舎の西はずれの一室だ。一寸這入(はい)って見たが、西日をまともに受けて、苦しくって居たゝまれない。田舎丈(だけ)あって秋がきても、気長に暑いもんだ。生徒の賄(まかない)を取りよせて晩飯を済ましたが、まずいには恐れ入った。よくあんなものを食って、あれ丈(だけ)に暴(あば)れられたもんだ。それで晩飯を急いで四時半に片付けて仕舞(しま)うんだから豪傑に違ない。飯を食ったが、まだ日が暮れないから寐る訳に行かない。一寸温泉に行きたくなった。宿直をして、外へ出るのはいゝ事だか、悪るい事だかしらないが、こうつくねんとして重禁固(じゅうきんこ)同様な憂目(うきめ)に逢うのは我慢出来るもんじゃない。始めて学校に来た時当直の人はと聞いたら、一寸用達(ようたし)に出たと小使が答えたのを妙だと思ったが、自分に番が廻って見ると思い当る。出る方が正しいのだ。おれは小使に一寸出てくると云ったら、何か御用ですかと聞くから、用じゃない、温泉へ這入るんだと答えて、さっさと出掛けた。赤手拭は宿へ忘れて来たのが残念だが今日は先方で借りるとしよう。
 夫(それ)から可成(かなり)ゆるりと、出たり這入ったりして、漸(ようや)く日暮方になったから、汽車に乗って古町(こまち)の停車場迄(まで)来て下りた。学校迄(まで)は是(これ)から四丁だ。訳はないとあるき出すと、向うから狸が来た。狸は是(これ)から此(この)汽車で温泉へ行こうと云う計画なんだろう。すたすた急ぎ足にやってきたが、擦()れ違った時おれの顔を見たから、一寸挨拶をした。すると狸はあなたは今日は宿直ではなかったですかねえと真面目くさって聞いた。【無かったですかねえ】もないもんだ。二時間前おれに向って今夜は始めての宿直ですね。御苦労さま。と礼を云ったじゃないか。校長なんかなるといやに曲りくねった言葉を使うもんだ。おれは腹が立ったから、えゝ宿直です。宿直ですから、是(これ)から帰って泊る事は慥(たし)かに泊りますと云い捨てゝ澄()ましてあるき出した。竪町(たてまち)の四つ角迄(まで)くると今度は山嵐に出っ喰()わした。どうも狭い所だ。出てあるきさえすれば必ず誰かに逢う。「おい君は宿直じゃないか」と聞くから「うん、宿直だ」と答えたら、「宿直が無暗(むやみ)に出てあるくなんて、不都合じゃないか」と云った。「些(ちっ)とも不都合なもんか、出てあるかない方が不都合だ」と威張って見せた。「君のずぼらにも困るな、校長か教頭に出逢うと面倒だぜ」と山嵐に似合わない事を云うから「校長にはたった今逢った。暑い時には散歩でもしないと宿直も骨でしょうと校長が、おれの散歩をほめたよ」と云って、面倒臭いから、さっさと学校へ帰って来た。
 夫(それ)から日はすぐくれる。くれてから二時間許(ばか)りは小使を宿直部屋へ呼んで話をしたが、夫(それ)も飽きたから、寐られない迄(まで)も床へ這入ろうと思って、寐巻(ねまき)に着換えて、蚊帳(かや)を捲()くって、赤い毛布(けっと)を跳()ねのけて、頓(とん)と尻持を突いて、仰向けになった。おれが寐るときに頓と尻持をつくのは小供の時からの癖だ。わるい癖だと云って小川町の下宿に居た時分、二階下に居た法律学校の書生が苦情を持ち込んだ事がある。法律の書生なんてものは弱い癖に、やに口が達者なもので、愚()な事を長たらしく述べ立てるから、寐る時にどんどん音がするのはおれの尻がわるいのじゃない。下宿の建築が粗末なんだ。掛ケ合うなら下宿へ掛ケ合えと凹(へこ)ましてやった。此(この)宿直部屋は二階じゃないから、いくら、どしんと倒れても構わない。成る可()く勢よく倒れないと寐た様な心持ちがしない。あゝ愉快だと足をうんと延ばすと、何だか両足へ飛び付いた。ざらざらして蚤(のみ)の様でもないからこいつあと驚ろいて、足を二三度毛布(けっと)の中で振って見た。するとざらざらと当たったものが、急に殖え出して脛(すね)が五六カ所、股(もも)が二三ケ所、尻の下でぐちゃりと踏み潰(つぶ)したのが一つ、臍(へそ)の所迄(ところまで)飛び上がったのが一つ−−愈(いよいよ)驚ろいた。早速起き上がって、毛布(けっと)をぱっと後ろへ抛(ほう)ると、蒲団の中から、バッタが五六十飛び出した。正体の知れない時は多少気味が悪るかったが、バッタと相場が極まって見たら急に腹が立った。バッタの癖に人を驚ろかしやがって、どうするか見ろと、いきなり括(くく)り枕を取って、二三度擲(たた)きつけたが、相手が小さ過ぎるから勢よく抛()げつける割に利目(ききめ)がない。仕方がないから、又毛布の上へ坐って、煤掃(すすはき)の時に蓙(ござ)を丸めて畳を叩く様に、そこら近辺を無暗にたゝいた。バッタが驚ろいた上に、枕の勢で飛び上がるものだから、おれの肩だの、頭だの鼻の先だのへくっ付いたり、ぶつかったりする。顔へ付いた奴は枕で叩く訳に行かないから、手で攫(つま)んで、一生懸命に擲きつける。忌々(いまいま)しい事に、いくら力を出しても、ぶつかる先が蚊帳だから、ふわりと動く丈(だけ)で少しも手答がない。バッタは擲きつけられた儘(まま)蚊帳へつらまって居る。死にもどうもしない。漸くの事に三十分許(ばかり)でバッタは退治た。箒(ほうき)を持って来てバッタの死骸を掃()き出した。小使が来て何ですかと云うから、何ですかもあるもんか、バッタを床の中に飼っとく奴がどこの国にある。間抜けめ。と叱ったら、私は存じませんと弁解をした。存じませんで済むかと箒を縁側(えんがわ)へ抛(ほう)り出したら、小使は恐る恐る箒を担(かつ)いで帰って行った。
 おれは早速寄宿生を三人ばかり総代に呼び出した。すると六人出て来た。六人だろうが十人だろうが構うものか。寐巻の儘(まま)腕まくりをして談判を始めた。
「なんでバッタなんか、おれの床の中へ入れた」
「バッタた何ぞな」と真先の一人がいった。やに落ち付いて居やがる。此(この)学校じゃ校長ばかりじゃない、生徒迄(まで)曲りくねった言葉を使うんだろう。
「バッタを知らないのか、知らなけりゃ見せてやろう」と云ったが、生憎(あいにく)掃き出して仕舞(しま)って一匹も居ない。又小使を呼んで、「さっきのバッタを持ってこい」と云ったら、「もう掃溜(はきだめ)へ棄ててしまいましたが、拾って参りましょうか」と聞いた。「うんすぐ拾って来い」と云うと小使は急いで駆()け出したが、やがて半紙の上へ十匹許(ばか)り載せて来て「どうも御気の毒ですが、生憎夜で是丈(これだけ)しか見当りません。あしたになりましたらもっと拾って参ります」と云う。小使迄(まで)馬鹿だ。おれはバッタの一つを生徒に見せて「バッタ是()れだ、大きなずう体をして、バッタを知らないた、何の事だ」と云うと、一番左の方に居た顔の丸い奴が「そりゃ、イナゴぞな、もし」と生意気におれを遣り込めた。「箆棒(べらぼう)め、イナゴもバッタも同じもんだ。第一先生を捕(つら)まえて【なもし】た何だ。菜飯(なめし)は田楽(でんがく)の時より外に食うもんじゃない」とあべこべに遣り込めてやったら「なもしと菜飯とは違うぞな、もし」と云った。いつ迄(まで)行っても【なもし】を使う奴だ。
「イナゴでもバッタでも、何でおれの床の中へ入れたんだ。おれがいつ、バッタを入れて呉()れと頼んだ」
「誰れも入れやせんがな」
「入れないものが、どうして床の中に居るんだ」
「イナゴは温(ぬく)い所が好きじゃけれ、大方一人で御這入(おはい)りたのじゃあろ」
「馬鹿あ云え。バッタが御這入りになるなんて−−バッタに御這入りになられてたまるもんか。−−さあなぜこんないたずらをしたか、云え」
「云えてゝ、入れんものを説明しようがないがな」
 けちな奴等だ、自分で自分のした事が云えない位なら、てんで仕ないがいゝ。証拠さえ挙がらなければ、しらを切る積もりで図太く構えて居やがる。おれだって中学に居た時分は少しはいたずらもしたもんだ。然しだれがしたと聞かれた時に、尻込みをする様な卑怯(ひきょう)な事は只の一度もなかった。仕たものは仕たので、仕ないものは仕ないに極ってる。おれなんぞは、いくら、いたずらをしたって潔白なものだ。嘘(うそ)を吐()いて罸(ばつ)を逃げる位なら、始めからいたずらなんかやるものか。いたずらと罸はつきもんだ。罸があるからいたずらも心持ちよく出来る。いたずら丈(だけ)で罸は御免蒙(こうむ)るなんて下劣な根性がどこの国に流行(はや)ると思ってるんだ。金は借りるが、返す事は御免だと云う連中はみんな、こんな奴等が卒業してやる仕事に相違ない。全体中学校へ何しに這入ってるんだ。学校へ這入って、嘘を吐いて、胡魔化(ごまか)して、陰でこせこせ生意気な悪いたずらをして、そうして大きな面で卒業すれば教育を受けたもんだと癇違(かんちがい)をして居やがる。話せない雑兵(ぞうひょう)だ。
 おれはこんな腐った了見の奴等と談判するのは胸糞(むなくそ)が悪るいから、「そんなに云われなきゃ、聞かなくっていゝ。中学校へ這入って、上品も下品も区別が出来ないのは気の毒なものだ」と云って六人を逐()っ放(ぱな)してやった。おれは言葉や様子こそ余り上品じゃないが、心はこいつらよりも遥(はる)かに上品な積りだ。六人は悠々と引き揚げた。上部(うわべ)丈(だけ)は教師のおれより余っ程えらく見える。実は落ち付いている丈(だけ)猶悪るい。おれには到底是程(これほど)の度胸はない。
 夫(それ)から又床へ這入って横になったら、さっきの騒動で蚊帳の中はぶんぶん唸(うな)って居る。手燭(てしょく)をつけて一匹宛(づつ)焼くなんて面倒な事は出来ないから、釣手をはずして、長く畳んで置いて部屋の中で横縦十文字に振(ふる)ったら、環(かん)が飛んで手の甲をいやと云う程撲()った。三度目に床へ這入った時は少々落ち付いたが中々寐られない。時計を見ると十時半だ。考えて見ると厄介な所へ来たもんだ。一体中学の先生なんて、どこへ行っても、こんなものを相手にするなら気の毒なものだ。よく先生が品切れにならない。余っ程辛抱(しんぼう)強い朴念仁(ぼくねんじん)がなるんだろう。おれには到底やり切れない。それを思うと清なんてのは見上げたものだ。教育もない身分もない婆さんだが、人間としては頗(すこぶ)る尊(たっ)とい。今迄(いままで)はあんなに世話になって別段難有(ありがた)いとも思わなかったが、こうして、一人で遠国(えんごく)へ来て見ると、始めてあの親切がわかる。越後(えちご)の笹飴(ささあめ)が食いたければ、わざわざ越後迄(まで)買いに行って食わしてやっても、食わせる丈(だけ)の価値は充分ある。清はおれの事を慾がなくって、真直な気性だと云って、ほめるが、ほめられるおれよりも、ほめる本人の方が立派な人間だ。何だか清に逢いたくなった。
 清の事を考えながら、のつそつして居ると、突然おれの頭の上で、数で云ったら三四十人もあろうか、二階が落っこちる程どん、どん、どんと拍子を取って床板を踏みならす音がした。すると足音に比例した大きな鬨(とき)の声が起った。おれは何事が持ち上がったのかと驚ろいて飛び起きた。飛び起きる途端に、はゝあさっきの意趣(いしゅ)返しに生徒があばれるのだなと気がついた。手前(てまえ)のわるい事は悪るかったと言って仕舞(しま)わないうちは罪は消えないもんだ。わるい事は、手前達に覚(おぼえ)があるだろう。本来なら寐てから後悔してあしたの朝でもあやまりに来るのが本筋だ。たとい、あやまらない迄(まで)も恐れ入って、静粛に寐て居るべきだ。それを何だ此(この)騒ぎは。寄宿舎を建てゝ豚でも飼って置きあしまいし。気狂(きちが)いじみた真似(まね)も大抵にするがいゝ。どうするか見ろと、寐巻の儘(まま)宿直部屋を飛び出して、階子段(はしごだん)を三股半(みまたはん)に二階迄(まで)躍り上がった。すると不思議な事に、今迄(いままで)頭の上で、慥(たしか)にどたばた暴れて居たのが、急に静まり返って、人声所(どころ)か足音もしなくなった。是(これ)は妙だ。ランプは既に消してあるから、暗くてどこに何が居るか判然と分らないが、人気のあるとないとは様子でも知れる。長く東から西へ貫いた廊下には鼠一匹も隠れて居ない。廊下のはずれから月がさして、遥か向うが際(きわ)どく明るい。どうも変だ、己()れは小供の時から、よく夢を見る癖があって、夢中に跳()ね起きて、わからぬ寐言を云って、人に笑われた事がよくある。十六七の時ダイヤモンドを拾った夢を見た晩なぞは、むくりと立ち上がって、そばに居た兄に、今のダイヤモンドはどうしたと、非常な勢で尋ねた位だ。其時(そのとき)は三日ばかりうち中の笑い草になって大(おおい)に弱った。ことによると今のも夢かも知れない。然し慥(たし)かにあばれたに違ないがと、廊下の真中で考え込んで居ると、月のさして居る向うのはずれで、一二三わあと、三四十人の声がかたまって響いたかと思う間もなく、前の様に拍子を取って、一同が床板を踏み鳴らした。夫()れ見ろ夢じゃない矢っ張り事実だ。静かにしろ、夜なかだぞ、とこっちも負けん位な声を出して、廊下を向へ駆()けだした。おれの通る道は暗い、只はずれに見える月あかりが目標(めじるし)だ。おれが駆け出して二間も来たかと思うと、廊下の真中で、堅い大きなものに向脛(むこうずね)をぶつけて、【あ痛い】が頭へひゞく間()に、身体はすとんと前へ抛(ほう)り出された。こん畜生と起き上がって見たが、駆けられない。気はせくが、足丈(だけ)は云う事を利()かない。じれったいから、一本足で飛んで来たら、もう足音も人声も静まり返って、森(しん)として居る。いくら人間が卑怯だって、こんなに卑怯に出来るものじゃない。まるで豚だ。こうなれば隠れて居る奴を引きずり出して、あやまらせてやる迄(まで)はひかないぞと、心に極めて寝室の一つを開けて中を検査し様(よう)と思ったが開()かない。錠をかけてあるのか、机か何か積んで立て懸けてあるのか、押しても、押しても決して開かない。今度は向う合せの北側の室を試みた。開かない事は矢っ張り同然である。おれが戸をあけて中に居る奴を引っ捕()らまえてやろうと、焦慮(いらっ)てると、又東のはずれで鬨の声と足拍子が始まった。此(この)野郎申し合せて、東西相応じておれを馬鹿にする気だな、とは思ったが偖(さて)どうしていゝか分らない。正直に白状してしまうが、おれは勇気のある割に知慧(ちえ)が足りない。こんな時にはどうしていゝか薩張(さっぱ)りわからない。わからないけれども、決して負ける積りはない。此儘(このまま)に済ましてはおれの顔にかゝわる。江戸っ子は意気地がないと云われるのは残念だ。宿直をして鼻垂れ小僧にからかわれて、手のつけ様がなくって、仕方がないから泣き寐入りにしたと思われちゃ一生の名折れだ。是(これ)でも元は旗本だ。旗本の元は清和源氏で、多田(ただ)の満仲(まんじゅう)の後裔(こうえい)だ。こんな土百姓とは生れからして違うんだ。只知慧のない所(ところ)が惜しい丈(だけ)だ。どうしていゝか分らないのが困る丈(だけ)だ。困ったって負けるものか。正直だから、どうしていゝか分らないんだ。世の中に正直が勝たないで、外に勝つものがあるか、考えて見ろ。今夜中に勝てなければ、あした勝つ。あした勝てなければ、あさって勝つ。あさって勝てなければ、下宿から弁当を取り寄せて勝つ迄(まで)こゝに居る。おれはこう決心をしたから、廊下の真中へあぐらをかいて夜のあけるのを待って居た。蚊がぶんぶん来たけれども何ともなかった。さっき、ぶつけた向脛を撫()でて見ると、何だかぬらぬらする。血が出るんだろう。血なんか出たければ勝手に出るがいゝ。其(その)うち最前からの疲れが出て、ついうとうと寐()て仕舞(しま)った。何だか騒がしいので、眼が覚めた時はえっ糞(くそ)しまったと飛び上がった。おれの坐ってた右側にある戸が半分あいて、生徒が二人、おれの前に立って居る。おれは正気に返って、はっと思う途端に、おれの鼻の先にある生徒の足を引っ攫(つか)んで、力任せにぐいと引いたら、そいつは、どたりと仰向に倒れた。ざまを見ろ。残る一人が一寸狼狽(ろうばい)した所(ところ)を、飛びかゝって、肩を抑えて二三度こづき廻したら、あっけに取られて、眼をぱちぱちさせた。さあおれの部屋迄(まで)来いと引っ立てると、弱虫だと見えて、一も二もなく尾()いて来た。夜はとうにあけて居る。
 おれが宿直部屋へ連れて来た奴を詰問し始めると、豚は、打()っても擲(たた)いても豚だから、只知らんがなで、どこ迄(まで)も通す了見と見えて、決して白状しない。其(その)うち一人来る、二人来る、段々二階から宿直部屋へ集まってくる。見るとみんな眠そうに瞼(まぶた)をはらして居る。けちな奴等だ。一晩位寐ないで、そんな面(つら)をして男と云われるか。面でも洗って議論に来いと云ってやったが、誰も面を洗いに行かない。
 おれは五十人余りを相手に約一時間許(ばか)り押問答をして居ると、ひょっくり狸(たぬき)がやって来た。あとから聞いたら、小使が学校に騒動がありますって、わざわざ知らせに行ったのだそうだ。是(これ)しきのことに、校長を呼ぶなんて意気地がなさ過ぎる。夫(それ)だから中学校の小使なんぞをしてるんだ。
 校長は一と通りおれの説明を聞いた、生徒の言草の一寸聞いた。追って処分する迄(まで)は、今迄(いままで)通り学校へ出ろ。早く顔を洗って、朝飯を食わないと時間に間に合わないから、早くしろと云って寄宿生をみんな放免した。手温(てぬる)い事だ。おれなら即席に寄宿生をことごとく退校して仕舞(しま)う。こんな悠長な事をするから生徒が宿直員を馬鹿にするんだ。其上(そのうえ)おれに向って、あなたも嘸(さぞ)御心配で御疲れでしょう、今日は御授業に及ばんと云うから、おれはこう答えた。「いえ、ちっとも心配じゃありません。こんな事が毎晩あっても、命のある間は心配にゃなりません。授業はやります、一晩位寐なくって、授業が出来ない位なら、頂戴した月給を学校の方へ割戻します」校長は何と思ったものか、暫(しば)らくおれの顔を見詰めて居たが、然し顔が大分はれて居ますよと注意した。成程(なるほど)何だか少々重たい気がする。其上(そのうえ)べた一面痒(かゆ)い。蚊が余っ程刺したに相違ない。おれは顔中ぼりぼり掻()きながら、顔はいくら膨()れたって、口は慥(たし)かにきけますから、授業には差し支(つかえ)ませんと答えた。校長は笑いながら、大分元気ですねと賞めた。実を云うと賞めたんじゃあるまい、ひやかしたんだろう。


 君釣りに行きませんかと赤シャツがおれに聞いた。赤シャツは気味の悪るい様に優しい声を出す男である。丸で男だか女だか分かりゃしない。男なら男らしい声を出すもんだ。ことに大学卒業生じゃないか。物理学校でさえおれ位な声が出るのに、文学士がこれじゃ見っともない。
 おれはそうですなあと少し進まない返事をしたら、君釣りをした事がありますかと失敬な事を聞く。あんまりないが、子供の時、小梅(こうめ)の釣堀(つりぼり)で鮒(ふな)を三匹釣った事がある。夫(それ)から神楽坂(かぐらざか)の毘沙門(びしゃもん)の縁日で八寸許(ばか)りの鯉(こい)を針で引っかけて、しめたと思ったら、ぽしゃりと落として仕舞(しま)ったが是(これ)は今考えても惜しいと云ったら、赤シャツは顋(あご)を前の方へ突き出してホヽヽヽと笑った。何もそう気取って笑わなくっても、よさそうな者だ。「夫()れじゃ、まだ釣の味は分らんですな。御望みならちと伝授しましょう」と頗(すこぶ)る得意である。だれが御伝授をうけるものか。一体釣や猟をする連中はみんな不人情な人間ばかりだ。不人情でなくって、殺生(せっしょう)をして喜ぶ訳がない。魚だって、鳥だって殺されるより生きてる方が楽に極まってる。釣や猟をしなくっちゃ活計がたたないなら格別だが、何不足なく暮している上に、生き物を殺さなくっちゃ寐られないなんて贅沢(ぜいたく)な話だ。こう思ったが向うは文学士丈(だけ)に口が達者だから、議論じゃ叶(かな)わないと思って、だまってた。すると先生此(この)おれを降参させたと疳違(かんちがい)して、早速伝授しましょう。御ひまなら、今日どうです、一所に行っちゃ。吉川君と二人ぎりじゃ、淋(さむ)しいから、来給えとしきりに勧める。吉川君と云うのは画学の教師で例の野だいこの事だ。此(この)野だは、どういう了見だか、赤シャツのうちへ朝夕(あさゆう)出入りして、どこへでも随行して行く。丸で同輩じゃない。主従見た様だ。赤シャツの行く所なら、野だは必ず行くに極って居るんだから、今更驚ろきもしないが、二人で行けば済む所を、なんで無愛想(ぶあいそ)のおれへ口を掛けたんだろう。大方高慢ちきな釣道楽で、自分の釣る所をおれに見せびらかす積(つもり)かなんかで誘ったに違ない。そんな事で見せびらかされるおれじゃない。鮪(まぐろ)の二匹や三匹釣ったって、びくともするもんか。おれだって人間だ、いくら下手(へた)だって糸さえ卸しゃ、何かかゝるだろう、こゝでおれが行かないと、赤シャツの事だから、下手だから行かないんだ、嫌(きらい)だから行かないんじゃないと邪推するに相違ない。おれはこう考えたから、行きましょうと答えた。それから、学校を仕舞って、一応うちへ帰って、支度を整えて、停車場で赤シャツと野だを待ち合せて浜へ行った。船頭は一人で、舟は細長い東京辺では見た事もない恰好である。さっきから船中(ふねじゅう)見渡すが釣竿(つりざお)が一本も見えない。釣竿なしで釣が出来るものか、どうする了見だろうと、野だに聞くと、沖釣には竿は用いません。糸丈(だけ)でげすと顋(あご)を撫()でゝ黒人(くろうと)じみた事を云った。こう遣()り込められる位ならだまって居れば宜()かった。
 船頭はゆっくりゆっくり漕()いでいるが熟練は恐しいもので、見返えると、浜が小さく見える位もう出ている。高柏寺(こうはくじ)の五重の塔が森の上へ抜け出して針の様に尖(とん)がってる。向側を見ると青嶋(あおしま)が浮いている。是(これ)は人の住まない島だそうだ。よく見ると石と松ばかりだ。成程石と松ばかりじゃ住めっこない。赤シャツは、しきりに眺望(ちょうぼう)していゝ景色だと云ってる。野だは絶景でげすと云ってる。絶景だか何だか知らないが、いゝ心持には相違ない。ひろびろとした海の上で、潮風に吹かれるのは薬だと思った。いやに腹が減る。「あの松を見給え、幹が真直で、上が傘(かさ)の様に開いてターナーの画にありそうだね」と赤シャツが野だに云うと、野だは「全くターナーですね。どうもあの曲り具合ったらありませんね。ターナーそっくりですよ」と心得顔である。ターナーとは何の事だか知らないが、聞かないでも困らない事だから黙って居た。舟は島を右に見てぐるりと廻った。波は全くない。是(これ)で海だとは受け取りにくい程平(たいら)だ。赤シャツの御蔭(おかげ)で甚(はなは)だ愉快だ。出来る事なら、あの島の上へ上がって見たいと思ったから、あの岩のある所へは舟はつけられないんですかと聞いて見た。つけられん事もないですが、釣をするには、あまり岸じゃいけないですと赤シャツが異議を申し立てた。おれは黙ってた。すると野だがどうです教頭、是(これ)からあの島をターナー島と名づけ様(よう)じゃありませんかと余計な発議(ほつぎ)をした。赤シャツはそいつは面白い、吾々は是(これ)からそう云おうと賛成した。此(この)吾々のうちにおれも這入(はい)ってるなら迷惑だ。おれは青嶋で沢山だ。あの岩の上に、どうです、ラフハエルのマドンナを置いちゃ。いゝ画が出来ますぜと野だが云うと、マドンナの話はよそうじゃないかホヽヽヽと赤シャツが気味の悪るい笑い方をした。なに誰も居ないから大丈夫ですと、一寸(ちょっと)おれの方を見たが、わざと顔をそむけてにやにやと笑った。おれは何だかやな心持ちがした。マドンナだろうが、小旦那(こだんな)だろうが、おれの関係した事でないから、勝手に立たせるがよかろうが、人に分らない事を言って分らないから聞いたって構や仕舞(しま)せんてえ様な風をする。下品な仕草だ。是(これ)で当人は私も江戸っ子でげす抔(など)と云ってる。マドンナと云うのは何でも赤シャツの馴染(なじみ)の芸者の渾名(あだな)か何(なん)かに違いないと思った。なじみの芸者を無人島の松の下に立たして眺めて居れば世話はない。夫()れを野だが油絵にでもかいて展覧会へ出したらよかろう。
 此所(ここい)らがいゝだろうと船頭は船をとめて、錨(いかり)を卸した。幾尋(いくひろ)あるかねと赤シャツが聞くと、六尋(むひろ)位だと云う。六尋位じゃ鯛(たい)は六()づかしいなと、赤シャツは糸を海へなげ込んだ。大将鯛を釣る気と見える。豪胆なものだ。野だは、なに教頭の御手際(おてぎわ)じゃかゝりますよ。それになぎですからと御世辞を云いながら、是(これ)も糸を繰り出して投げ入れる。何だか先に錘(おもり)の様な鉛がぶら下がってる丈(だけ)だ。浮(うき)がない。浮がなくって釣をするのは寒暖計なしで熱度をはかる様なものだ。おれには到底出来ないと見ていると、さあ君もやり玉(たま)え糸はありますかと聞く。糸はあまる程あるが、浮がありませんと云ったら、浮がなくっちゃ釣が出来ないのは素人ですよ。こうしてね、糸が水底へついた時分に、船縁(ふなべり)の所で人指しゆびで呼吸をはかるんです、食うとすぐ手に答える。−−そらきた、と先生急に糸をたぐり始めるから、何かかゝったと思ったら何にもかゝらない、餌()がなくなってた許(ばか)りだ。いゝ気味(きび)だ。教頭、残念な事をしましたね、今のは慥かに大ものに違なかったんですが、どうも教頭の御手際でさえ逃げられちゃ、今日は油断が出来ませんよ。然し逃げられても何ですね。浮と睨(にら)めくらをしている連中よりはましですね。丁度歯どめがなくっちゃ自転車へ乗れないのと同程度ですからねと野だは妙な事ばかり喋舌(しゃべ)る。よっぽど撲(なぐ)りつけてやろうかと思った。おれだって人間だ、教頭ひとりで借り切った海じゃあるまいし。広い所だ。鰹(かつお)の一匹位義理にだって、かゝってくれるだろうと、どぼんと錘と糸を抛(ほう)り込んでいゝ加減に指の先であやつっていた。
 しばらくすると、何だかぴくぴくと糸にあたるものがある。おれは考えた。こいつは魚に相違ない。生きてるものでなくっちゃ、こうぴくつく訳がない。しめた、釣れたとぐいぐい手繰(たぐ)り寄せた。おや釣れましたかね、後世恐るべしだと野だがひやかすうち、糸はもう大概手繰り込んで只五尺ばかり程しか、水に浸()いて居()らん。船縁から覗(のぞ)いて見たら、金魚の様な縞(しま)のある魚が糸にくっついて、右左に漾(ただよ)いながら、手に応じて浮き上がってくる。面白い。水際から上げるとき、ぽちゃりと跳()ねたから、おれの顔は潮水だらけになった。漸(ようや)くつらまえて、針をとろうとするが中々取れない。捕(つら)まえた手はぬるぬるする。大に気味がわるい。面倒だから糸を振って胴の間へ擲(たた)きつけたら、すぐ死んで仕舞(しま)った。赤シャツと野だは驚ろいて見て居る。おれは海の中で手をざぶざぶと洗って、鼻の先へあてがって見た。まだ腥臭(なまぐさ)い。もう懲り凝りだ、何が釣れたって魚は握りたくない。魚も握られたくなかろう。そうそう糸を捲()いて仕舞(しま)った。
 一番槍(やり)は御手柄だがゴルキじゃ、と野だが又生意気を云うと、露西亜(ろしあ)の文学者みた様な名だねと赤シャツが洒落(しゃれ)た。そうですね、丸で露西亜の文学者ですねと野だはすぐ賛成しやがる。ゴルキが露西亜の文学者で、丸木が芝の写真師で、米のなる木が命の親だろう。一体此(この)赤シャツはわるい癖だ、誰を捕(つら)まえても片仮名の唐人の名を並べたがる。人には夫々(それぞれ)専門があったものだ。おれの様な数学の教師にゴルキだか車力だか見当がつくものか、少しは遠慮するがいゝ。云うならフランクリンの自伝だとかプッシング、ツー、ゼ、フロントだとか、おれでも知ってる名を使うがいゝ。赤シャツは時々帝国文学とか云う真赤な雑誌を学校へ持って来て難有(ありがた)そうに読んでいる。山嵐に聞いて見たら、赤シャツの片仮名はみんなあの雑誌から出るんだそうだ。帝国文学も罪な雑誌だ。
 それから赤シャツと野だは一生懸命に釣って居たが、約一時間許(ばか)りのうちに二人で十五六上げた。可笑(おか)しい事に釣れるのも、釣れるのも、みんなゴルキ許(ばか)りだ。鯛なんて薬にしたくってもありゃしない。今日は露西亜文学の大当りだと赤シャツが野だに話している。あなたの手腕でゴルキなんですから、私なんぞがゴルキなのは仕方がありません。当り前ですなと野だが答えている。船頭に聞くと此(この)小魚は骨が多くって、まずくって、とても食えないんだそうだ。只(ただ)肥料(こやし)には出来るそうだ。赤シャツと野だは一生懸命に肥料(こやし)を釣って居るんだ。気の毒の至りだ。おれは一匹で懲りたから、胴の間へ仰向けになって、さっきから大空を眺めて居た。釣をするより此方(このほう)が余っ程洒落て居る。
 すると二人は小声で何か話し始めた。おれにはよく聞えない、又聞きたくもない。おれは空を見ながら清の事を考えて居る。金があって、清をつれて、こんな奇麗な所へ遊びに来たら嘸(さぞ)愉快だろう。いくら景色がよくっても野だ抔(など)と一所じゃ詰(つま)らない。清は皺苦茶(しわくちゃ)だらけの婆さんだが、どんな所へ連れて出たって耻()ずかしい心持ちはしない。野だの様なのは、馬車に乗ろうが、船に乗ろうが、凌雲閣(りょううんかく)へのろうが、到底寄り付けたものじゃない。おれが教頭で、赤シャツがおれだったら、矢っ張りおれにへけつけ御世辞を使って赤シャツを冷かすに違ない。江戸っ子は軽薄だと云うが成程こんなものが田舎巡(いなかまわ)りをして、私(わたし)は江戸っ子でげすと繰り返して居たら、軽薄は江戸っ子で、江戸っ子は軽薄の事だと田舎者が思うに極まってる。こんな事を考えて居ると、何だか二人がくすくす笑い出した。笑い声の間に何か云うが途切れ途切れで頓(とん)と要領を得ない。「え? どうだか……」「……全くです……知らないんですから……罪ですね」「まさか……」「バッタを……本当ですよ」
 おれは外の言葉には耳を傾けなかったが、バッタと云う野だの語(ことば)を聴いた時は、思わず屹(きっ)となった。野だは何の為かバッタと云う言葉丈(だけ)ことさら力を入れて、明瞭(めいりょう)におれの耳に這入る様にして、其(その)あとをわざとぼかして仕舞(しま)った。おれは動かないでやはり聞いて居た。
「又例の堀田が……」「そうかも知れない……」「天麩羅(てんぷら)……ハヽヽヽヽ」「……煽動(せんどう)して……」「団子も?」
 言葉は斯様(かよう)に途切れ途切れであるけれども、バッタだの天麩羅だの、団子だのと云う所を以て推し測って見ると、何でもおれのことに就(つい)て内所話をして居るに相違ない。話すならもっと大きな声で話すがいゝ、又内所話をする位なら、おれなんか誘わなければいゝ。いけ好かない連中だ。バッタだろうが雪踏(せった)だろうが、非はおれにある事じゃない。校長が一と先()ずあずけろと云ったから、狸の顔にめんじて只今の所は控えて居るんだ。野だの癖にいらぬ批評をしやがる。毛筆(けふで)でもしゃぶって引っ込んでるがいゝ。おれの事は、遅かれ早かれ、おれ一人で片付けて見せるから、差支えはないが、【又例の堀田が】とか【煽動して】とか云う文句が気にかゝる。堀田がおれを煽動して騒動を大きくしたと云う意味なのか、或は堀田が生徒を煽動しておれをいじめたと云うのか方角がわからない。青空を見て居ると、日の光が段々弱って来て、少しはひやりとする風が吹き出した。線香の烟(けむり)の様な雲が、透き徹る底の上を静かに伸して行ったと思ったら、いつしか底の奥に流れ込んで、うすくもやを掛けた様になった。
 もう帰ろうかと赤シャツが思い出した様に云うと、えゝ丁度時分ですね。今夜はマドンナの君に御逢いですかと野だが云う。赤シャツは馬鹿あ云ちゃいけない、間違になると、船縁(ふなべり)に身を倚()たした奴を、少し起き直る。エヘヽヽヽ大丈夫ですよ。聞いたって……と野だが振り返った時、おれは皿の様な眼を野だの頭の上へまともに浴びせ掛けてやった。野だはまぼしそうに引っ繰り返って、や、こいつは降参だと首を縮めて、頭を掻()いた。何という猪口才(ちょこざい)だろう。
 船は静かな海を岸へ漕ぎ戻る。君釣はあまり好きでないと見えますねと赤シャツが聞くから、えゝ寐て居て空を見る方がいゝですよと答えて、吸いかけた巻烟草(まきたばこ)を海の中へたたき込んだら、ジュと音がして艪()の足で掻き分けられた浪の上を揺られながら漾(ただよ)っていった。「君が来たんで生徒も大に喜んで居るから、奮発してやって呉()れ給え」と今度は釣に丸で縁故もない事を云い出した。「あんまり喜んでも居ないでしょう」「いえ、御世辞じゃない。全く喜んで居るんです、ね、吉川君」「喜んでる所(どころ)じゃない。大騒ぎです」と野だはにやにやと笑った。こいつの云う事は一々癪(しゃく)に障(さわ)るから妙だ。「然し君注意しないと、険呑(けんのん)ですよ」と赤シャツが云うから「どうせ険呑です。こうなりゃ険呑は覚悟です」と云ってやった。実際おれは免職になるか、寄宿生を悉(ことごと)くあやまらせるか、どっちか一つにする了見で居た。「そう云っちゃ、取りつき所もないが−−実は僕も教頭として君の為を思うから云うんだから、わるく取っちゃ困る」「教頭は全く君に好意を持ってるんですよ。僕も及ばずながら、同じ江戸っ子だから、成可(なるべく)長く御在校を願って、御互いに力になろうと思って、是(これ)でも蔭ながら尽力して居るんですよ」と野だが人間並の事を云った。野だの御世話になる位なら首を縊(くく)って死んじまわあ。
「夫(それ)でね、生徒は君の来たのを大変歓迎して居るんだが、そこには色々な事情があってね。君も腹の立つ事もあるだろうが、ここが我慢だと思って、辛防してくれ玉(たま)え。決して君の為にならない様な事はしないから」
「色々の事情た、どんな事情です」
「夫(それ)が少し込み入ってるんだが、まあ段々分りますよ。僕が話さないでも自然と分って来るです、ね吉川君」
「えゝ中々込み入ってますからね。一朝一石(いっちょういっせき)にゃ到底分りません。然し段々分ります、僕が話さないでも自然と分ってくるです」と野だは赤シャツと同じ様な事を云う。
「そんな面倒な事情なら聞かなくてもいゝんですが、あなたの方から話し出したから伺うんです」
「そりゃ御尤(ごもっとも)だ。こっちで口を切って、あとをつけないのは無責任ですね。夫(それ)じゃ是丈(これだけ)の事を云って置きましょう。あなたは失礼ながら、まだ学校を卒業したてで、教師は始めての、経験である。所が学校と云うものは中々情実のあるもので、そう書生流に淡泊には行かないですからね」
「淡泊に行かなければ、どんな風に行くんです」
「さあ君はそう率直だから、まだ経験に乏しいと云うんですがね……」
「どうせ経験には乏しい筈です。履歴書にもかいときましたが二十三年四ヶ月ですから」
「さ、そこで思わぬ辺から乗ぜられる事があるんです」
「正直にして居れば誰が乗じたって怖(こわ)くはないです」
「無論怖くはない、怖くはないが、乗ぜられる。現に君の前任者がやられたんだから、気を付けないといけないと云うんです」
 野だが大人しくなったと気が付いて、ふり向いて見ると、いつしか艫(とも)の方で船頭と釣の話をして居る。野だが居ないんで余っ程話しよくなった。
「僕の前任者が、誰に乗ぜられたんです」
「だれと指すと、其人(そのひと)の名誉に関係するから云えない。又判然と証拠のない事だから云うと此方(こっち)の落度になる。とにかく、折角君が来たもんだから、ここで失敗しちゃ僕等も君を読んだ甲斐(かい)がない、どうか気を付けてくれ玉(たま)え」
「気をつけろったって、是(これ)より気の付け様はありません。わるい事をしなけりゃ好(いい)んでしょう」
 赤シャツはホヽヽヽと笑った。別段おれは笑われる様な事を云った覚(おぼえ)はない。今日(こんにち)只今に至る迄(まで)是(これ)でいゝと堅く信じて居る。考えて見ると世間の大部分の人はわるくなる事を奨励して居る様に思う。わるくならなければ社会に成功はしないものと信じて居るらしい。たまに正直な純粋な人を見ると、坊っちゃんだの小僧だのと難癖(なんくせ)をつけて軽蔑(けいべつ)する。夫(それ)じゃ小学校や中学校で嘘(うそ)をつくな、正直にしろと倫理の先生が教えない方がいゝ。いっそ思い切って学校で嘘をつく法とか、人を信じない術とか、人を乗せる策を教授する方が、世の為にも当人の為にもなるだろう。赤シャツがホヽヽヽと笑ったのは、おれの単純なのを笑ったのだ。単純や真率(しんそつ)が笑われる世の中じゃ仕様がない。清はこんな時に決して笑った事はない。大に感心して聞いたもんだ。清の方が赤シャツより余っ程上等だ。
「無論悪るい事をしなければ好いんですが、自分丈(だけ)悪るい事をしなくっても、人の悪るいのが分らなくっちゃ、矢っ張りひどい目に逢うでしょう。世の中には磊落(らいらく)な様に見えても、淡泊な様に見えても、親切に下宿の世話なんかしてくれても、滅多に油断の出来ないのがありますから……。大分寒くなった。もう秋ですね、浜の方は靄(もや)でセピヤ色になった。いゝ景色だ。おい、吉川君どうだい、あの浜の景色は……」と大きな声を出して野だを呼んだ。なある程こりゃ奇絶(きぜつ)ですね。時間があると写生するんだが、惜しいですね、此儘(このまま)にして置くのはと野だは大にたたく。
 港屋の二階に灯()が一つついて、汽車の笛がヒューとなるとき、おれの乗って居た舟は磯の砂へざぐりと、舳(へさき)をつき込んで動かなくなった。御早う御帰りと、かみさんが、浜に立って赤シャツに挨拶する。おれは船端から、やっと掛け声をして磯へ飛び下りた。


 野だは大嫌だ。こんな奴は沢庵(たくあん)石をつけて海の底へ沈めちまう方が日本の為だ。赤シャツは声が気に食わない。あれは持前の声をわざと気取ってあんな優しい様に見せてるんだろう。いくら気取ったって、あの面(つら)じゃ駄目だ。惚()れるものがあったってマドンナ位なものだ。然し教頭だけに野だよりむずかしい事を云う。うちへ帰って、あいつの申し条を考えてみると一応尤(もっと)もの様でもある。判然とした事は云わないから、見当がつきかねるが、何でも山嵐(やまあらし)がよくない奴だから用心しろと云うのらしい。そうならそうと確乎(はっきり)断言するがいゝ、男らしくもない。そうして、そんな悪るい教師なら、早く免職さしたらよかろう。教頭なんて文学士の癖に意気地のないもんだ。蔭口をきくのでさえ、公然と名前が云えない位な男だから、弱虫に極まってる。弱虫は親切なものだから、あの赤シャツも女の様な親切ものなんだろう。親切は親切、声は声だから、声が気に入らないって、親切を無にしちゃ筋が違う。夫(それ)にしても世の中は不思議なものだ、虫の好かない奴が親切で、気の合った友達が悪漢(わるもの)だなんて、人を馬鹿にして居る。大方田舎だから万事東京のさかに行くんだろう。物騒な所だ。今に火事が氷って、石が豆腐になるかも知れない。然し、あの山嵐が生徒を煽動するなんて、いたずらをしそうもないがな。一番人望のある教師だと云うから、やろうと思ったら大抵の事は出来るかも知れないが、−−第一そんな廻りくどい事をしないでも、じかにおれを捕(つら)まえて喧嘩(けんか)を吹き懸けりゃ手数が省ける訳だ。おれが邪魔になるなら、実は是々(これこれ)だ、邪魔だから辞職してくれと云や、よさそうなもんだ。物は相談ずくでどうでもなる。向うの云い条が尤もなら、明日(あした)でも辞職してやる。ここ許(ばか)り米が出来る訳でもあるまい。どこの果へ行ったって、のたれ死にはしない積(つもり)だ。山嵐も余っ程話せない奴だな。
 こゝへ来た時第一番に氷水を奢(おご)ったのは山嵐だ。そんな裏表のある奴から、氷水でも奢ってもらっちゃ、おれの顔に関(かか)わる。おれはたった一杯しか飲まなかったから一銭五厘しか払わしちゃない。然し一銭だろうが五厘だろうが、詐欺師の恩になっては、死ぬ迄(まで)心持ちがよくない。あした学校へ行ったら、一銭五厘返して置こう。おれは清から三円借りて居る。其(その)三円は五年経った今日迄(まで)まだ返さない。返せないんじゃない、返さないんだ。清は今に返すだろう抔(など)と、苟(かりそ)めにもおれの懐中をあてにはして居ない。おれも今に返そう抔(など)と他人がましい義理立てはしない積だ。こっちがこんな心配をすればする程清の心を疑ぐる様なもので、清の美しい心にけちを付けると同じ事になる。返さないのは清を踏みつけるのじゃない、清をおれの片破(かたわ)れと思うからだ。清と山嵐とは固(もと)より比べ物にならないが、たとい氷水だろうが、甘茶だろうが、他人から恵を受けて、だまって居るのは向うを一()と角(かど)の人間と見立てゝ、其(その)人間に対する厚意の所作(しょさ)だ。割前を出せば夫丈(それだけ)の事で済む所(ところ)を、心のうちで難有(ありがた)いと恩に着るのは銭金(ぜにかね)で買える返礼じゃない。無位無官でも一人前の独立した人間だ。独立した人間が頭を下げるのは百万両より尊(たっ)とい御礼と思わなければならない。
 おれは是(これ)でも山嵐に一銭五厘奮発させて、百万両より尊とい返礼をした気で居る。山嵐は難有いと思って然るべきだ。それに裏へ廻って卑怯な振舞をするとは怪()しからん野郎だ。あした行って一銭五厘返して仕舞えば借も貸もない。そうして置いて喧嘩をしてやろう。
 おれはこゝ迄(まで)考えたら、眠くなったからぐうぐう寐て仕舞(しま)った。あくる日は思う仔細(しさい)があるから、例刻より早ヤ目に出校して山嵐を待ち受けた。所(ところ)が中々出て来ない。うらなりが出て来る。漢学の先生が出て来る。野だが出て来る。仕舞には赤シャツ迄(まで)出て来たが山嵐の机の上は白墨が一本竪(たて)に寐て居る丈(だけ)で閑静なものだ。おれは、控所へ這入るや否や返そうと思って、うちを出る時から、湯銭の様に手の平へ入れて一銭五厘、学校迄(まで)握って来た。おれは膏(あぶら)っ手だから、開()けてみると一銭五厘が汗をかいて居る。汗をかいている銭を返しちゃ、山嵐が何とか云うだろうと思ったから、机の上へ置いてふうふう吹いて又握った。所(ところ)へ赤シャツが来て昨日(きのう)は失敬、迷惑でしたろうと云ったから、迷惑じゃありません、御蔭で腹が減りましたと答えた。すると赤シャツは山嵐の机の上へ肱(ひじ)を突いて、あの盤台面(ばんだいづら)をおれの鼻の側面へ持って来たから、何をするかと思ったら、君昨日帰りがけに船の中で話した事は、秘密にしてくれ玉(たま)え。まだ誰にも話しやしますまいねと云った。女の様な声を出す丈(だけ)に心配性な男と見える。話さない事は慥(たし)かである。然し是(これ)から話そうと云う心持ちで、既に一銭五厘手の平に用意して居る位だから、こゝで赤シャツから口留めをされちゃ、些()と困る。赤シャツも赤シャツだ。山嵐と名を指さないにしろ、あれ程推察の出来る謎(なぞ)をかけて置きながら、今更其(その)謎を解いちゃ迷惑だとは教頭とも思えぬ無責任だ。元来ならおれが山嵐と戦争をはじめて鎬(しのぎ)を削(けず)ってる真中へ出て堂々とおれの肩を持つべきだ。夫(それ)でこそ一校の教頭で、赤シャツを着て居る主意も立つと云うもんだ。
 おれは教頭に向かって、まだ誰にも話さないが、是(これ)から山嵐と談判する積だと云ったら、赤シャツは大に狼狽(ろうばい)して、君そんな無法な事をしちゃ困る。僕は堀田君の事に就いて、別段君に何も明言した覚えはないんだから−−君がもし茲(ここ)で乱暴を働いてくれると、僕は非常に迷惑する。君は学校に騒動を起す積りで来たんじゃなかろうと妙に常識をはずれた質問をするから、当り前です、月給をもらったり、騒動を起したりしちゃ、学校の方でも困るでしょうと云った。すると赤シャツはそれじゃ昨日の事は君の参考丈(だけ)にとめて、口外してくれるなと汗をかいて依頼に及ぶから、よろしい、僕も困るんだが、そんなにあなたが迷惑ならよしましょうと受け合った。君大丈夫かいと赤シャツは念を押した。どこ迄(まで)女らしいんだか奥行がわからない。文学士なんて、みんなあんな連中ならつまらんものだ。辻褄(つじつま)の合わない、論理に欠けた注文をして恬然(てんぜん)として居る。然も此(この)おれを疑ってる。憚(はばか)りながら男だ。受け合った事を裏へ廻って反古(ほご)にする様なさもしい了見は持ってるもんか。
 所(ところ)へ両隣りの机の所有主も出校したんで、赤シャツは早々自分の席へ帰って行った。赤シャツは歩るき方から気取ってる。部屋の中を往来するのでも、音を立てない様に靴の底をそっと落す。音を立てないであるくのが自慢になるもんだとは、此(この)時から始めて知った。泥棒の稽古(けいこ)じゃあるまいし、当り前にするがいゝ。やがて始業の喇叭(らっぱ)がなった。山嵐はとうとう出て来ない。仕方がないから、一銭五厘を机へ置いて教場へ出掛けた。
 授業の都合で一時間目は少し後れて、控所へ帰ったら、ほかの教師はみんな机を控えて話をして居る。山嵐もいつの間にか来て居る。欠勤だと思ったら遅刻したんだ。おれの顔を見るや否や今日は君の御蔭で遅刻したんだ。罸禁を出し玉(たま)えと云った。おれは机の上にあった一銭五厘を出して、是(これ)をやるから取って置け。先達て通町(とおりちょう)で飲んだ氷水の代だと山嵐の前へ置くと、何を云ってるんだと笑いかけたが、おれが存外真面目で居るので、つまらない冗談をするなと銭をおれの机の上に掃き出した。おや山嵐の癖にどこ迄(まで)も奢(おご)る気だな。
「冗談じゃない本当だ。おれは君に氷水を奢られる因縁がないから、出すんだ。取らない法があるか」
「そんなに一銭五厘が気になるなら取ってもいゝが、なぜ思い出した様に、今時分返すんだ」
「今時分でも、いつ時分でも、返すんだ。奢られるのが、いやだから返すんだ」
 山嵐は冷然とおれの顔を見てふんと云った。赤シャツの依頼がなければ、こゝこで山嵐の卑劣をあばいて大喧嘩をしてやるんだが、口外しないと受け合ったんだから動きがとれない。人がこんなに真赤になってるのに【ふん】と云う理窟(りくつ)があるものか。
「氷水の代は受け取るから、下宿は出て呉()れ」
「一銭五厘受け取れば夫(それ)でいゝ。下宿を出ようが出まいがおれの勝手だ」
「所(ところ)が勝手でない、昨日、あすこの亭主が来て君に出て貰いたいと云うから、其(その)訳を聞いたら亭主の云うのは尤もだ。夫(それ)でももう一応慥(たし)かめる積りで今朝あすこへ寄って詳しい話を聞いてきたんだ」
 おれには山嵐の云う事が何の意味だか分らない。
「亭主が君に何を話たんだか、おれが知ってるもんか。そう自分丈(だけ)で極めたって仕様があるか。訳があるなら、訳を話すが順だ。てんから亭主の云う方が尤もだなんて失敬千万な事を云うな」
「うん、そんなら云ってやろう。君は乱暴であの下宿で持て余まされて居るんだ。いくら下宿の女房だって、下女たあ違うぜ。足を出して拭()かせるなんて、威張る過ぎるさ」
「おれがいつ下宿の女房に足を拭かせた」
「拭かせたかどうだか知らないが、兎()に角(かく)向うじゃ、君に困ってるんだ。下宿料の十円や十五円は懸物(かけもの)を一幅(いっぷく)売りゃ、すぐ浮いてくるって云ってたぜ」
「利()いた風な事をぬかす野郎だ。そんなら、なぜ置いた」
「なぜ置いたか、僕は知らん、置く事は置いたんだが、いやになったんだから、出ろと云うんだろう。君出てやれ」
「当り前だ。居てくれと手を合せたって、居るものか。一体そんな云い懸(がか)りを云う様な所へ周旋するからしてが不埒(ふらち)だ」
「おれが不埒か、君が大人しくないんだか、どっちかだろう」
 山嵐もおれに劣らぬ肝癪(かんしゃく)持ちだから、負け嫌(ぎらい)な大きな声を出す。控所に居た連中は何事が始まったかと思って、みんな、おれと山嵐の方を見て、顋(あご)を長くしてぼんやりして居る。おれは、別に耻()ずかしい事をした覚えはないんだから、立ち上がりながら、部屋中一通り見巡(みま)わしてやった。みんなが驚ろいてるなかに野だ丈(だけ)は面白そうに笑って居た。おれの大きな眼が、貴様も喧嘩をする積りかと云う権幕(けんまく)で、野だの干瓢(かんぴょう)づらを射貫(いぬ)いた時に、野だは突然真面目な顔をして、大につつしんだ。少し怖かったと見える。其(その)うち喇叭が鳴る。山嵐もおれも喧嘩を中止して教場へ出た。

 午後は、先夜おれに対して無礼を働いた寄宿生の処分法に就(つい)ての会議だ。会議と云うものは生れて始めてだから頓(とん)と容子(ようす)が分らないが、職員が寄って、たかって自分勝手な説をたてゝ、夫(それ)を校長が好い加減に纏(まと)めるのだろう。纏めると云うのは黒白(こくびゃく)の決しかねる事柄に就て云うべき言葉だ。この場合の様な、誰が見たって、不都合としか思われない事件に会議をするのは暇潰しだ。誰が何と解釈したって異説の出様(でよう)筈(はず)がない。こんな明白なのは即座に校長が処分して仕舞(しま)えばいゝに。随分決断のない事だ。校長ってものが、是(これ)ならば、何の事はない、煮え切らない愚図の異名(いみょう)だ。
 会議室は校長室の隣りにある細長い部屋で、平常は食堂の代理を勤める。黒い皮で張った椅子が二十脚ばかり、長いテーブルの周囲に並んで一寸(ちょっと)神田の西洋料理屋位(ぐらい)な格だ。其(その)テーブルの端(はじ)に校長が坐って、校長の隣りに赤シャツが構える。あとは勝手次第に席に着くんだそうだが、体操の教師丈(だけ)はいつも席末に謙遜(けんそん)すると云う話だ。おれは様子が分らないから、博物の教師と漢学の教師の間へ這入り込んだ。向うを見ると山嵐と野だが並んでる。野だの顔はどう考えても劣等だ。喧嘩はしても山嵐の方が遥(はる)かに趣(おもむき)がある。おやじの葬式の時に小日向(こびなた)の養源寺の座敷にかゝってた懸け物は此(この)顔によく似て居る。坊主に聞いて見たら韋駄天(いだてん)と云う怪物だそうだ。今日は怒ってるから、眼をぐるぐる廻しちゃ、時々おれの方を見る。そんな事で威嚇(おど)かされて堪まるもんかと、おれも負けない気で、矢っ張り眼をぐりつかせて、山嵐をにらめてやった。おれの眼は恰好(かっこう)はよくないが、大きい事に於ては大抵な人には負けない。あなたは眼が大きいから役者になると屹度(きっと)似合いますと清がよく云った位だ。
 もう大抵御揃(おそろい)でしょうかと校長が云うと、書記の川村と云うのが一つ二つと頭数(あたまかず)を勘定して見る。一人足りない。一人不足ですがと考えていたが、是(これ)は足りない筈だ。唐茄子(とうなす)のうらなり君が来て居ない。おれとうらなり君とはどう云う宿世(すくせ)の因縁かしらないが、此(この)人の顔を見て以来どうしても忘れられない。控所へくれば、すぐ、うらなり君が眼につく、途中をあるいて居ても、うらなり先生の様子が心に浮ぶ。温泉へ行くと、うらなり君が時々蒼(あお)い顔をして湯壺(ゆつぼ)のなかに膨(ふく)れて居る。挨拶をするとへえと恐縮して頭を下げるから気の毒になる。学校へ出てうらなり君程大人しい人は居ない。滅多に笑った事もないが、余計な口をきいた事もない。おれは君子と云う言葉を書物の上で知ってるが、是(これ)は字引にある許(ばか)りで、生きてるものではないと思ってたが、うらなり君に逢ってから始めて、矢っ張り正体のある文字だと感心した位だ。
 此(この)位関係の深い人の事だから、会議室に這入るや否や、うらなり君の居ないのは、すぐ気がついた。実を云うと、此(この)男の次へでも坐わろうかと、ひそかに目標(めじるし)にして来た位だ。校長はもうやがて見えるでしょうと、自分の前にある紫の袱紗包(ふくさづつみ)をほどいて、蒟蒻版(こんにゃくばん)の様な者(もの)を読んで居る。赤シャツは琥珀(こはく)のパイプを絹ハンケチで磨き始めた。此(この)男は是(これ)が道楽である。赤シャツ相当の所(ところ)だろう。ほかの連中は隣り同志で何だか私語(ささや)き合って居る。手持無沙汰なのは鉛筆の尻に着いて居る、護謨(ごむ)の頭でテーブルの上へしきりに何か書いて居る。野だは時々山嵐に話かけるが、山嵐は一向応じない。只【うん】とか【ああ】と云う許(ばか)りで、時々怖い眼をして、おれの方を見る。おれも負けずに睨(にら)め返す。
 所(ところ)へ待ちかねた、うらなり君が気の毒そうに這入って来て少々用事がありまして、遅刻致しましたと慇懃(いんぎん)に狸に挨拶をした。では会議を開きますと狸は先ず書記の川村君に蒟蒻版を配布させる。見ると最初が処分の件、次が生徒取締の件、其(その)他二三ヵ条である。狸は例の通り勿体(もったい)ぶって、教育の生霊(いきりょう)と云う見えでこんな意味のことを述べた。「学校の職員や生徒に過失のあるのは、みんな自分の寡徳の致す所(ところ)で、何か事件がある度に、自分はよく是(これ)で校長が勤まるとひそかに慚愧(ざんき)の念に堪えんが、不幸にして今回も亦(また)かかる騒動を引き起したのは、深く諸君に向って謝罪しなければならん。然し一たび起った以上は仕方がない、どうにか処分をせんければならん、事実は既に諸君の御承知の通(とおり)であるからして、善後策について腹蔵のない事を参考の為に御述べ下さい」
 おれは校長の言葉を聞いて、成程校長だの狸だのと云うものは、えらい事を云うもんだと感心した。こう校長が何もかも責任を受けて、自分の咎(とが)だとか、不徳だとか云う位なら、生徒を処分するのは、やめにして、自分から先へ免職になったら、よさそうなもんだ。そうすればこんな面倒な会議なんぞを開く必要もなくなる訳だ。第一常識から云っても分ってる。おれが大人しく宿直をする。生徒が乱暴をする。わるいのは校長でもなけりゃ、おれでもない、生徒丈(だけ)に極ってる。もし山嵐が煽動したとすれば、生徒と山嵐を退治すれば夫(それ)で沢山だ。人の尻を自分で脊負(しょ)い込んで、おれの尻だ、おれの尻だと吹き散らかす奴が、どこの国にあるもんか、狸でなくっちゃ出来る芸当じゃない。彼はこんな条理に適わない議論を吐いて、得意気に一同を見廻した。所(ところ)が誰も口を開くものがない。博物の教師は第一教場の屋根に烏(からす)がとまってるのを眺めて居る。漢学の先生は蒟蒻版を畳んだり、延ばしたりしてる。山嵐はまだおれの顔をにらめて居る。会議と云うものが、こんな馬鹿気たものなら、欠席して昼寐でもして居る方がましだ。
 おれは、じれったく成ったから、一番大(おおい)に弁じてやろうと思って、半分尻をあげかけたら、赤シャツが何か云い出したから、やめにした。見るとパイプを仕舞って、縞(しま)のある絹ハンケチで顔をふきながら、何か云って居る。あの半巾(はんけち)はきっとマドンナから巻き上げたに相違ない。男は白い麻を使うもんだ。「私も寄宿生の乱暴を聞いて甚(はなは)だ教頭として不行届(ふゆきとどき)であり、かつ平常の徳化が少年に及ばなかったのを深く慚()ずるのであります。でこう云う事は、何か陥欠(かんけつ)があると起るもので、事件其物(そのもの)を見ると何だか生徒丈(だけ)がわるい様であるが、其(その)真相を極めると責任は却(かえ)って学校にあるかも知れない。だから表面上に現れた所(ところ)丈(だけ)で厳重な制裁を加えるのは、却(かえっ)て未来の為によくないかとも思われます。かつ少年血気のものであるから活気があふれて、善悪の考えはなく、半ば無意識にこんな悪戯(いたずら)をやる事はないとも限らん。で固(もとより)より処分法は校長の御考にある事だから、私の容喙(ようかい)する限ではないが、どうか其辺(そのへん)を御斟酌(ごしんしゃく)になって、なるべく寛大な御取計(おとりはからい)を願いたいと思います」
 成程狸が狸なら、赤シャツも赤シャツだ。生徒があばれるのは、生徒がわるいんじゃない教師が悪るいんだと公言して居る。気狂(きちがい)が人の頭を撲り付けるのは、なぐられた人がわるいから、気狂がなぐるんだそうだ。難有(ありがた)い仕合せだ。活気にみちて困るなら運動場へ出て相撲(すもう)でも取るがいゝ、半ば無意識に床の中へバッタを入れられて堪(たま)るもんか。此(この)様子じゃ寐頸(ねくび)をかゝれても、半ば無意識だって放免する積だろう。
 おれはこう考えて何か云おうかなと考えて見たが、云うなら人を驚ろかす様に滔々(とうとう)と述べたてなくっちゃ詰らない。おれの癖として、腹が立ったときに口をきくと、二言か三言で必ず行き塞(つま)って仕舞(しま)う。狸でも赤シャツでも人物から云うと、おれよりも下等だが、弁舌は中々達者だから、まずい事を喋舌(しゃべ)って揚足(あげあし)を取られちゃ面白くない。一寸腹案を作って見様(みよう)と、胸のなかで文章を作ってる。すると前に居た野だが突然起立したには驚ろいた。野だの癖に意見を述べるなんて生意気だ。野だは例のへらへら調で「実に今回のバッタ事件及び咄喊(とっかん)事件は吾々心ある職員をして、ひそかに吾校将来の前途に危惧(きぐ)の念を抱(いだ)かしむるに足る珍事でありまして、吾々職員たるものは此際(このさい)奮って自ら省みて、全校の風紀を振粛(しんしゅく)しなければなりません。それで只今校長及び教頭の御述べになった御説は、実の肯綮(こうけい)に中(あた)った剴切(がいせつ)な御考えで私は徹頭徹尾賛成致します。どうか成るべく寛大の御処分を仰ぎたいと思います」と云った。野だの云う事は言語はあるが意味がない、漢語をのべつに陳列するぎりで訳が分らない。分ったのは徹頭徹尾賛成致しますと云う言葉だけだ。
 おれは野だの云う意味は分らないけれども、何だか非常に腹が立ったから、腹案も出来ないうちに起()ち上がって仕舞(しま)った。「私は徹頭徹尾反対です……」と云ったがあとが急に出て来ない。「……そんな頓珍漢(とんちんかん)な、処分は大嫌です」とつけたら、職員が一同笑い出した。「一体生徒が全然悪るいです。どうしても詫(あや)まらせなくっちあ、癖になります。退校さしても構いません。……何だ失敬な、新しく来た教師だと思って……」と云って着席した。すると右隣りに居る博物が「生徒がわるい事も、わるいが、あまり厳重な罸抔(ばつなど)をすると却って反動を起していけないでしょう。矢っ張り教頭の仰(おっ)しゃる通り、寛(かん)な方に賛成します」と弱い事を云った。左隣の漢学は穏便説に賛成と云った。歴史も教頭と同説だと云った。忌々(いまいま)しい、大抵のものは赤シャツ党だ。こんな連中が寄り合って学校を立てゝ居りゃ世話はない。おれは生徒をあやまらせるか、辞職するか二つのうち一つに極めてるんだから、もし赤シャツが勝ちを制したら、早速うちへ帰って荷造りをする覚悟で居た。どうせ、こんな手合を弁口で屈伏させる手際はなし、させた所(ところ)でいつ迄(まで)御交際を願うのは、此方(こっち)で御免だ。学校に居ないとすればどうなったって構うもんか。また何か云うと笑うに違ない。誰が云うもんかと澄まして居た。
 すると今迄(いままで)だまって聞いて居た山嵐が奮然として、起ち上がった。野郎又赤シャツ賛成の意を表するな、どうせ、貴様とは喧嘩だ、勝手にしろと見ていると山嵐は硝子(がらす)窓を振わせる様な声で「私(わたくし)は教頭及び其他(そのた)諸君の御説には全然不同意であります。と云うものは此(この)事件はどの点から見ても、五十名の寄宿生が新来の教師某氏を軽侮(けいぶ)して之(これ)を翻弄(ほんろう)し様とした所為(しょい)とより外には認められんのであります。教頭は其(その)源因を教師の人物如何(いかん)に御求めになる様でありますが失礼ながら夫(それ)は失言かと思います。某氏が宿直にあたられたのは着後早々の事で、未()だ生徒に接せられてから二十日(はつか)に満たぬ頃であります。此(この)短かい二十日間に於て生徒は君の学問人物を評価し得る余地がないのであります。軽侮されべき至当な理由があって、軽侮を受けたのなら生徒の行為に斟酌を加える理由もありましょうが、何等の源因もないのに新来の先生を愚弄(ぐろう)する様な軽薄な生徒を寛仮(かんか)しては学校の威信に関わる事と思います。教育の精神は単に学問を授ける許(ばか)りではない、高尚な、正直な、武士的な元気を鼓吹(こすい)すると同時に、野卑な、軽躁(けいそう)な、暴慢な悪風を掃蕩(そうとう)するにあると思います。もし反動が恐しいの、騒動が大きくなるのと姑息(こそく)な事を云った日には此(この)弊風はいつ矯正(きょうせい)出来るか知れません。かかる弊風を杜絶(とぜつ)する為にこそ吾々は此(この)学校に職を奉じて居るので、之(これ)を見逃がす位なら始めから教師にならん方がいゝと思います。私は以上の理由で寄宿生一同を厳罸に処する上に、当該教師の面前に於て公けに謝罪の意を表せしむるのを至当の処置と心得ます」と云いながら、どんと腰を卸した。一同はだまって何も言わない。赤シャツは又パイプを拭き始めた。おれは何だか非常に嬉しかった。おれの云おうと思う所(ところ)をおれの代りに山嵐がすっかり言ってくれた様なものだ。おれはこう云う単純な人間だから、今迄(いままで)の喧嘩はまるで忘れて、大に難有(ありがた)いと云う顔を以て、腰を卸した山嵐の方を見たら、山嵐は一向知らん面(かお)をしている。
 しばらくして山嵐は又起立した。「只今一寸失念して言い落しましたから、申します。当夜の宿直員は宿直中外出して温泉に行かれた様であるが、あれは以ての外の事と考えます。苟(いや)しくも自分が一校の留守番を引き受けながら、咎(とが)める者のないのを幸(さいわい)に、場所もあろうに温泉抔(など)へ入湯に行く抔(など)と云うのは大(おおき)な失体である。生徒は生徒として、此(この)点に就ては校長からとくに責任者に御注意あらん事を希望します」
 妙な奴だ、ほめたと思ったら、あとからすぐ人の失策をあばいて居る。おれは何の気もなく、前の宿直が出あるいた事を知って、そんな習慣だと思って、つい温泉迄(まで)行って仕舞(しま)ったんだが、成程そう云われて見ると、これはおれが悪るかった。攻撃されても仕方がない。そこでおれは又起()って「私は正(まさ)に宿直中に温泉に行きました。是(これ)は全くわるい。あやまります」と云って着席したら、一同が又笑い出した。おれが何か云いさえすれば笑う。つまらん奴等だ。貴様等(きさまら)是程(これほど)自分のわるい事を公けにわるかったと断言出来るか、出来ないから笑うんだろう。
 夫(それ)から校長は、もう大抵御意見もない様でありますから、よく考えた上で処分しましょうと云った。序(ついで)だから其(その)結果を云うと、寄宿生は一週間の禁足になった上に、おれの前へ出て謝罪をした。謝罪をしなければ其時(そのとき)辞職して帰る所(ところ)だったがなまじい、おれの云う通になったのでとうとう大変な事になって仕舞(しま)った。夫(それ)はあとから話すが、校長は此時(このとき)会議の引き続きだと号してこんな事を云った。生徒の風儀は、教師の感化で正していかなくてはならん、其(その)一着手として、教師は可成(なるべく)飲食店抔(など)に出入(しゅつにゅう)しない事にしたい。尤も送別会抔(など)の節は特別であるが、単独にはあまり上等でない場所へ行くのはよしたい−−たとえば蕎麦屋(そばや)だの、団子屋だの−−と云いかけたら又一同が笑った。野だが山嵐を見て天麩羅(てんぷら)と云って目くばせをしたが山嵐は取り合わなかった。いゝ気味(きび)だ。
 おれは脳がわるいから、狸の云うことなんか、よく分らないが、蕎麦屋や団子屋へ行って、中学の教師が勤まらなくっちゃ、おれ見た様な食い心棒にゃ到底出来っ子ないと思った。それなら、夫(それ)でいゝから、初手(しょて)から蕎麦と団子の嫌(きらい)なものと注文して雇うがいゝ。だんまりで辞令を下げて置いて、蕎麦を食うな、団子を食うなと罪な御布令(おふれ)を出すのは、おれの様な外に道楽のないものに取っては大変な打撃だ。すると赤シャツが又口を出した。「元来中学の教師なぞは社会の上流に位するものだからして、単に物質的の快楽ばかり求める可きものでない。其方(そのほう)に耽(ふけ)るとつい品性にわるい影響を及ぼす様になる。然し人間だから、何か娯楽がないと、田舎(いなか)へ来て狭い土地では到底暮らせるものではない。其(それ)で釣に行くとか、文学書を読むとか、又は新体詩や俳句を作るとか、何でも高尚な精神的娯楽を求めなくってはいけない……」
 だまって聞いてると勝手な熱を吹く。沖へ行って肥料(こやし)を釣ったり、ゴルキが露西亜(ろしあ)の文学者だったり、馴染(なじみ)の芸者が松の木の下に立ったり、古池へ蛙(かわず)が飛び込んだりするのが精神的娯楽なら、天麩羅を食って団子を飲み込むのも精神的娯楽だ。そんな下(くだ)らない娯楽を授けるより赤シャツの洗濯でもするがいゝ。あんまり腹が立ったから「マドンナに逢うのも精神的娯楽ですか」と聞いてやった。すると今度は誰も笑わない。妙な顔をして互いに眼と眼を見合せている。赤シャツ自身は苦しそうに下を向いた。夫()れ見ろ。利いたろう。只気の毒だったのはうらなり君で、おれが、こう云ったら蒼(あお)い顔を益(ますます)蒼くした。


 おれは即夜(そくや)下宿を引き払った。宿へ帰って荷物をまとめて居ると、女房が何か不都合でも御座いましたか、御腹の立つ事があるなら、云って御呉(おくれ)たら改めますと云う。どうも驚ろく。世の中にはどうして、こんな要領を得ない者ばかり揃(そろ)ってるんだろう。出て貰(もら)いたいんだか、居て貰いたいんだか分かりゃしない。丸で気狂だ。こんな者を相手に喧嘩をしたって江戸っ子の名折れだから、車屋をつれて来てさっさと出て来た。
 出た事は出たが、どこへ行くと云うあてもない。車屋が、どちらへ参りますと云うから、だまって尾()いて来い、今にわかる、と云って、すたすたやって来た。面倒だから山城屋(やましろや)へ行こうかとも考えたが、又出なければならないから、つまり手数だ。こうして歩行(ある)いてるうちには下宿とか、何とか看板のあるうちを目付け出すだろう。そうしたら、そこが天意に叶(かな)ったわが宿と云う事にしよう。とぐるぐる、閑静で住みよさそうな所をあるいてるうち、とうとう鍛冶屋町(かじやちょう)へ出て仕舞った。こゝは士族屋敷で下宿屋抔(など)のある町ではないから、もっと賑(にぎ)やかな方へ引き返そうかとも思ったが、不図(ふと)いゝ事を考え付いた。おれが敬愛するうらなり君は此(この)町内に住んで居る。うらなり君は土地の人で先祖代々の屋敷を控えて居る位だから、此辺(このへん)の事情には通じて居るに相違ない。あの人を尋ねて聞いたら、よさそうな下宿を教えてくれるかも知れない。幸(さいわい)一度挨拶に来て勝手は知ってるから、捜がしてあるく面倒はない。こゝだろうと、いゝ加減に見当をつけて、御免御免と二辺許(ばか)り云うと、奥から五十位な年寄が古風な紙燭(しそく)をつけて、出て来た。おれは若い女も嫌(きらい)ではないが、年寄を見ると何だかなつかしい心持ちがする。大方清(きよ)がすきだから、其(その)魂が方々の御婆さんに乗り移るんだろう。是(これ)は大方うらなり君の御母(おっか)さんだろう、切り下げの品格のある婦人だが、よくうらなり君に似て居る。まあ御上がりと云う所を、一寸御目にかゝりたいからと、主人を玄関迄(まで)呼び出して実は是々(これこれ)だが君どこか心当たりはありませんかと尋ねて見た。うらなり先生はそれは嘸(さぞ)御困りで御座いましょう、としばらく考えて居たが、此(この)裏町に萩野(はぎの)と云って老人夫婦ぎりで暮らして居るものがある、いつぞや座敷を明けて置いても無駄だから、慥(たし)かな人があるなら貸してもいゝから周旋してくれと頼んだ事がある。今でも貸すかどうか分らんが、まあ一所に行って聞いて見ましょうと、親切に連れて行ってくれた。
 其(その)夜から萩野の家の下宿人となった。驚いたのは、おれがいか銀の座敷を引き払うと、翌日(あくるひ)から入れ違に野だが平気な顔をして、おれの居た部屋を占領した事だ。さすがのおれも是(これ)にはあきれた。世の中はいかさま師許(ばか)りで、御互に乗せっこをして居るのかも知れない。いやになった。
 世間がこんなものなら、おれも負けない気で、世間並にしなくちゃ、遣()り切れない訳になる。巾着切(きんちゃっき)りの上前(うわまえ)をはねなければ三度の御膳(ごぜん)が戴けないと、事が極()まればこうして、生きてるのも考え物だ。と云ってぴんぴんした達者なからだで、首を縊(くく)っちゃ先祖へ済まない上に、外聞が悪い。考えると物理学校抔(など)へ這入(はい)って、数学なんて役にも立たない芸を覚えるよりも、六百円を資本(もとで)にして牛乳屋でも始めればよかった。そうすれば清もおれの傍(そば)を離れずに済むし、おれも遠くから婆さんの事を心配しずに暮される。一所に居るうちは、そうでもなかったが、こうして田舎へ来て見ると清は矢っ張り善人だ。あんな気立のいゝ女は日本中さがして歩行(ある)いたって滅多にはない。婆さん、おれの立つときに、少々風邪(かぜ)を引いて居たが今頃はどうしてるか知らん。先達ての手紙を見たら嘸(さぞ)喜んだろう。それにしても、もう返事がきそうなものだが−−おれはこんな事許(ばか)り考えて二三日(にさんち)暮して居た。
 気になるから、宿の御婆さんに、東京から手紙は来ませんかと時々尋ねて見るが、聞くたんびに何にも参りませんと気の毒そうな顔をする。こゝの夫婦はいか銀とは違って、もとが士族だけに双方共上品だ。爺さんが夜るになると、変な声を出して謡(うたい)をうたうには閉口するが、いか銀の様に御茶を入れましょうと無暗に出て来ないから大きに楽だ。御婆さんは時々部屋へ来て色々な話をする。どうして奥さんをお連れなさって、一所に御出(おい)でなんだのぞなもしなどゝ質問をする。奥さんがある様に見えますかね。可哀相に是(これ)でもまだ二十四ですぜと云ったらそれでも、あなた二十四で奥さんが御有りなさるのは当り前ぞなもしと冒頭を置いて、ど此(この)誰さんは二十(はたち)で御嫁を御貰いたの、どこの何とかさんは二十二で子供を二人御持ちたのと、何でも例を半ダース許(ばか)り挙げて反駁(はんばく)を試みたには恐れ入った。それじゃ僕も二十四で御嫁を御貰いるけれ、世話をして御呉(おくれ)んかなと田舎(いなか)言葉を真似(まね)て頼んで見たら、御婆さん正直に本当かなもしと聞いた。
「本当(ほんとう)の本当(ほんま)のって僕あ、嫁が貰い度(たく)って仕方がないんだ」
「左様(そう)じゃろうがな、もし。若いうちは誰でもそんなものじゃけれ」此(この)挨拶には痛み入って返事が出来なかった。
「然し先生はもう、御嫁が御有りなさるに極っとらい。私はちゃんと、もう、睨()らんどるぞなもし」
「へえ、活眼(かつがん)だね。どうして、睨らんどるんですか」
「何故(どう)しててゝ。東京から便りはないか、便りはないかてゝ、毎日便りを待ち焦がれて御いでるじゃないかなもし」
「こいつあ驚いた。大変な活眼だ」
「中(あた)りましたろうがな、もし」
「そうですね。中ったかも知れませんよ」
「然し今時の女子(おなご)は、昔と違うて油断が出来んけれ、御気を御付けたがえゝぞなもし」
「何ですかい、僕の奥さんが東京で間男でもこしらえて居ますかい」
「いゝえ、あなたの奥さんは慥(たし)かじゃけれど……」
「それで漸(やっ)と安心した。それじゃ何を気を付けるんですい」
「あなたのは慥か−−あなたのは慥かじゃが−−」
「何処(どこ)に不慥(ふたし)かなのが居ますかね」
「こゝ等にも大分居ります。先生、あの遠山の御嬢さんを御存知かなもし」
「いゝえ、知りませんね」
「まだ御存知ないかなもし。こゝらであなた一番の別嬪(べっぴん)さんじゃがなもし。あまり別嬪さんじゃけれ、学校の先生方はみんなマドンナマドンナと言うといでるぞなもし。まだお聞きんのかなもし」
「うん、マドンナですか。僕あ芸者の名かと思った」
「いゝえ、あなた。マドンナと云うと唐人の言葉で、別嬪さんの事じゃろうがなもし」
「そうかも知れないね。驚いた」
「大方画学の先生が御付けた名ぞなもし」
「野だがつけたんですかい」
「いゝえ、あの吉川先生が御付けたのじゃがなもし」
「其(その)マドンナが不慥なんですかい」
「其(その)マドンナさんが不慥かなマドンナさんでな、もし」
「厄介(やっかい)だね。渾名(あだな)の付いてる女にゃ昔から碌(ろく)なものは居ませんからね。そうかも知れませんよ」
「ほん当にそうじゃなもし。鬼神(きじん)のお松じゃの、妲妃(だっき)のお百じゃのてゝ怖(こわ)い女が居りましたなもし」
「マドンナも其(その)同類なんですかね」
「其(その)マドンナさんがなもし、あなた。そらあの、あなたを此所(ここ)へ世話をして御呉(おくれ)た古賀先生なもし−−あの方の所へ御嫁に行く約束が出来て居たのじゃがなもし−−」
「へえ、不思議なもんですね。あのうらなり君が、そんな艶福のある男とは思わなかった。人は見懸けによらないものだなあ。ちっと気を付けよう」
「所が、去年あすこの御父さんが、御亡くなりて、−−其迄(それまで)は御金もあるし、銀行の株も持って御出(おいで)るし、万事都合がよかったのじゃが−−夫(それ)からと云うものは、どう云うものか急に暮らし向きが思わしくなくなって−−詰(つま)り古賀さんがあまり御人が好過ぎるけれ、御欺(おだま)されたんぞなもし。それや、これやで御輿入(おこしいれ)も延びて居る所へ、あの教頭さんが御出でゝ、是非御嫁にほしいと御云いるのじゃがなもし」
「あの赤シャツがですか。ひどい奴だ。どうもあの赤シャツは只のシャツじゃないと思ってた。それから?」
「人を頼んで懸合(かけお)うてお見ると、遠山さんでも古賀さんに義理があるから、すぐには返事は出来かねて−−まあよう考えて見よう位の挨拶を御したのじゃがなもし。すると赤シャツさんが、手蔓(てづる)を求めて遠山さんの方へ出入(でいり)をおしる様になって、とうとうあなた、御嬢さんを手馴付(てなづ)けてお仕舞いたのじゃがなもし。赤シャツさんも赤シャツさんじゃが、御嬢さんも御嬢さんじゃてゝ、みんなが悪るく云いますのよ。一旦古賀さんへ嫁に行くてゝ承知をしときながら、今更学士さんが御出たけれ、其(その)方に替えよてゝ、それじゃ今日様(こんにちさま)へ済むまいがなもし、あなた」
「全く済まないね。今日様所(どころ)か明日様にも明後日様にも、いつ迄(まで)行ったって済みっこありませんね」
「夫(それ)で古賀さんに御気の毒じゃてゝ、御友達の堀田さんが教頭の所へ意見をしに御行きたら、赤シャツさんが、あしは約束のあるものを横取りする積(つもり)はない。破約になれば貰うかも知れんが、今の所は遠山家と只交際をして居る許(ばか)りじゃ、遠山家と交際をするには別段古賀さんに済まん事もなかろうと御云いるけれ、堀田さんも仕方がなしに御戻りたそうな。赤シャツさんと堀田さんは、それ以来折合がわるいと云う評判ぞなもし」
「よく色々な事を知ってますね。どうして、そんな詳しい事が分るんですか。感心しちまった」
「狭いけれ何でも分りますぞなもし」
 分り過ぎて困る位だ。此(この)容子(ようす)じゃ折れの天麩羅や団子の事も知ってるかも知れない。厄介(やっかい)な所だ。然し御蔭様でマドンナの意味もわかるし、山嵐と赤シャツの関係もわかるし大に後学になった。只困るのはどっちが悪る者だか判然しない。おれの様な単純なものには白とか黒とか片づけて貰わないと、どっちへ味方していゝか分らない。
「赤シャツと山嵐たあ、どっちがいゝ人ですかね」
「山嵐て何ぞなもし」
「山嵐と云うのは堀田の事ですよ」
「そりゃ強い事は堀田さんの方が強そうじゃけれど、然し赤シャツさんは学士さんじゃけれ、働きはある方ぞな、もし。夫(それ)から優しい事も赤シャツさんの方が優しいが、生徒の評判は堀田さんの方がえゝというぞなもし」
「つまり何方(どっち)がいゝんですかね」
「つまり月給の多い方が豪(えら)いのじゃろうがなもし」
 是(これ)じゃ聞いたって仕方がないから、やめにした。夫(それ)から二三日して学校から帰ると御婆さんがにこにこして、へえ御待遠さま。やっと参りました。と一本の手紙を持って来てゆっくり御覧と云って出て行った。取り上げて見ると清からの便りだ。符箋(ふせん)が二三枚ついてるから、よく調べると、山城屋から、いか銀の方へ廻して、いか銀から、萩野へ廻って来たのである。其上(そのうえ)山城屋では一週間許(ばか)り逗留(とうりゅう)して居る。宿屋丈(だけ)に手紙迄(まで)泊(とめ)る積なんだろう。開いて見ると、非常に長いもんだ。坊っちゃんの手紙を頂いてから、すぐ返事をかこうと思ったが、生憎(あいにく)風邪を引いて一週間許(ばか)り寝て居たものだから、つい遅くなって済まない。其上(そのうえ)今時の御嬢さんの様に読み書きが達者でないものだから、こんなまずい字でも、かくのに余っ程骨が折れる。甥(おい)に代筆を頼もうと思ったが、折角あげるのに自分でかかなくちゃ、坊っちゃんに済まないと思って、わざわざ下がきを一返して、それから清書をした。清書をするには二日で済んだが、下書きをするには四日かゝった。読みにくいかも知れないが、是(これ)でも一生懸命にかいたのだから、どうぞ仕舞迄(しまいまで)読んでくれ。と云う冒頭で四尺ばかり何やら蚊()やら認(したた)めてある。成程(なるほど)読みにくい。字がまずい許(ばかり)ではない、大抵平仮名だから、どこで切れて、どこで始まるのだか句読をつけるのに余っ程骨が折れる。おれは焦()っ勝()ちな性分だから、こんな長くて、分かりにくい手紙は五円やるから読んでくれと頼まれても断わるのだが、此(この)時ばかりは真面目(まじめ)になって、始から終(しまい)迄(まで)読み通した。読み通した事は事実だが、読む方に骨が折れて、意味がつながらないから、又頭から読み直して見た。部屋のなかは少し暗くなって、前の時より見にくゝ、なったから、とうとう椽鼻(えんばな)へ出て腰をかけながら鄭寧(ていねい)に拝見した。すると初秋(はつあき)の風が芭蕉(ばしょう)の葉を動かして、素肌に吹きつけた帰りに、読みかけた手紙を庭の方へなびかしたから、仕舞ぎわには四尺あまりの半切れがさらりさらりと鳴って、手を放すと、向うの生垣迄(まで)飛んで行(ゆき)そうだ。おれはそんな事には構って居られない。坊っちゃんは竹を割った様な気性だが、只肝癪(かんしゃく)が強過ぎてそれが心配になる。−−ほかの人に無暗に渾名(あだな)なんか、つけるのは人に恨まれるもとにもとになるから、矢鱈(やたら)に使っちゃいけない、もしつけたら、清丈(だけ)に手紙で知らせろ。−−田舎者は人がわるいそうだから、気をつけて苛(ひど)い目に遭()わない様にしろ。−−気候だって東京より不順に極ってるから、寐冷(ねびえ)をして風邪を引いてはいけない。坊っちゃんの手紙はあまり短過ぎて、容子がよくわからないから、此次(このつぎ)には責めて此(この)手紙の半分位の長さのを書いてくれ。−−宿屋へ茶代を五円やるのはいゝが、あとで困りやしないか、田舎へ行って頼りになるは御金ばかりだから、なるべく倹約して、万一の時に差支(さしつか)えない様にしなくっちゃいけない。−−御小遣(おこづかい)がなくて困るかも知れないから、為替(かわせ)で十円あげる。−−先達て坊っちゃんからもらった五十円を、坊っちゃんが、東京へ帰って、うちを持つ時の足しにと思って、郵便局へ預けて置いたが、此(この)十円を引いてもまだ四十円あるから大丈夫だ。−−成程女と云うものは細かいものだ。
 おれが椽鼻で清の手紙をひらつかせながら、考え込んで居ると、しきりの襖(ふすま)をあけて、萩野の御婆さんが晩めしを持ってきた。まだ見て御出でるのかなもし。えっぽど長い御手紙じゃなもし、と云ったから、えゝ大事な手紙だから風に吹かしては見、吹かしては見るんだと、自分でも要領を得ない返事をして膳(ぜん)についた。見ると今夜も薩摩芋(さつまいも)の煮つけだ。こゝのうちは、いか銀よりも鄭寧(ていねい)で、親切で、しかも上品だが、惜しい事に食い物がまずい。昨日も芋、一昨日(おととい)も芋で今夜も芋だ。おれは芋が大好きだと明言したには相違ないが、こう立てつづけに芋を食わされては命がつゞかない。うらなり君を笑う所(どころ)か、おれ自身が遠からぬうちに、芋のうらなり先生になっちまう。清ならこんな時に、おれの好きな鮪(まぐろ)のさし身か、蒲鉾(かまぼこ)のつけ焼を食わせるんだが、貧乏士族のけちん坊と来ちゃ仕方がない。どう考えても清と一所でなくっちゃ駄目だ。もしあの学校に長くでも居る模様なら、東京から召()び呼せてやろう。天麩羅(てんぷら)蕎麦(そば)を食っちゃならない、団子を食っちゃならない、夫(それ)で下宿に居て芋許(ばか)り食って黄色くなって居ろなんて、教育者はつらいものだ。禅宗坊主だって、是(これ)より口に栄耀(えよう)をさせて居るだろう。−−おれは一皿の芋を平げて、机の抽斗(ひきだし)から生卵を二つ出して、茶碗(ちゃわん)の縁でたたき割って、漸(ようや)く凌(しの)いだ。生卵でゞも営養をとらなくっちあ一週二十一時間の授業が出来るものか。
 今日は清の手紙で湯に行く時間が遅くなった。然し毎日行きつけたのを一日でも欠かすのは心持がわるい。汽車でも乗って出懸(でかけ)様と、例の赤手拭(てぬぐい)をぶら下げて停車場迄(まで)来ると二三分前に発車した許(ばか)りで、少々待たなければならぬ。ベンチへ腰を懸けて、敷島(しきしま)を吹かして居ると、偶然にもうらなり君がやって来た。おれはさっきの話を聞いてから、うらなり君が猶更(なおさら)気の毒になった。平常(ふだん)から天地の間に居候(いそうろう)をして居る様に、小さく構えているのが如何にも憐れに見えたが、今夜は憐れ所の騒ぎではない。出来るならば月給を倍にして、遠山の御嬢さんと明日(あした)から結婚さして、一ケ月許(ばか)り東京へでも遊びにやって遣()りたい気がした矢先だから、や御湯ですか、さあ、こっちへ御懸けなさいと威勢よく席を譲ると、うらなり君は恐れ入った体裁で、いえ構うておくれなさるな、と遠慮だか何だか 矢っ張立ってる。少し待たなくちゃ出ません、草臥(くたび)れますから御懸けなさいと又勧めて見た。実はどうかして、そばへ懸けて貰いたかった位に気の毒で堪(たま)らない。それでは御邪魔を致しましょうと漸くおれの云う事を聞いて呉()れた。世の中には野だ見た様に生意気な、出ないで済む所へ必ず顔を出す奴も居る。山嵐の様におれが居なくっちゃ日本が困るだろうと云う様な面(つら)を肩の上へ載せてる奴もいる。そうかと思うと、赤シャツの様にコスメチックと色男の問屋を以て自ら任じているのもある。教育が生きてフロックコートを着ればおれになるんだと云わぬ許(ばか)りの狸(たぬき)もいる。皆々夫()れ相応に頑張ってるんだが、このうらなり先生の様に在れどもなきが如く、人質に取られた人形の様に大人しくしているのは見た事がない。顔はふくれて居るが、こんな結構な男を捨てゝ赤シャツに靡(なび)くなんて、マドンナも余っ程気の知れないおきゃんだ。赤シャツが何ダース寄ったって、これ程立派な旦那様が出来るもんか。
「あなたは何所(どっ)か悪いんじゃありませんか。大分たいぎそうに見えますが……」
「いえ、別段是(これ)と云う持病もないですが……」
「そりゃ結構です。からだが悪いと人間も駄目ですね」
「あなたは大分御丈夫の様ですな」
「えゝ瘠()せても病気はしません。病気なんてものあ大嫌(だいきらい)ですから」
 うらなり君は、おれの言葉を聞いてにやにやと笑った。
 所へ入口で若々しい女の笑声が聞えたから、何心なく振り反(かえ)って見るとえらい奴が来た。色の白い、ハイカラ頭の、脊(せい)の高い美人と、四十五六の奥さんとが並んで切符を売る窓の前に立って居る。おれは美人の形容抔(など)が出来る男でないから何にも云えないが全く美人に相違ない。何だか水晶の珠(たま)を香水で暖(あっ)ためて、掌(てのひら)へ握って見た様な心持ちがした。年寄の方が脊は低い。然し顔はよく似て居るから親子だろう。おれは、や、来たなと思う途端に、うらなり君の事は全然(すっかり)忘れて、若い女の方ばかり見ていた。すると、うらなり君が突然おれの隣から、立ち上がって、そろそろ女の方へ歩行(ある)き出したんで、少し驚いた。マドンナじゃないかと思った。三人は切符所の前で軽く挨拶している。遠いから何を云ってるのか分らない。
 停車場の時計を見るともう五分で発車だ。早く汽車がくればいゝがなと、話し相手が居なくなったので待ち遠しく思って居ると、又一人あわてゝ場内へ馳()け込んで来たものがある。見れば赤シャツだ。何だかべらべら然たる着物へ縮緬(ちりめん)の帯をだらしなく巻きつけて、例の通り金鎖りをぶらつかして居る。あの金鎖りは贋物(にせもの)である。赤シャツは誰も知るまいと思って、見せびらかして居るが、おれはちゃんと知ってる。赤シャツは駆け込んだなり、何かきょろきょろして居たが、切符売下所(うりさげじょ)の前に話して居る三人へ慇懃(いんぎん)に御辞儀をして、何か二こと、三こと、云ったと思ったら、急にこっちへ向いて、例の如く猫足にあるいて来て、や君も湯ですか、僕は乗り後(おく)れやしないかと思って心配して急いで来たら、まだ三四分ある。あの時計は慥(たしか)かしらんと、自分の金側を出して、二分程(ほど)ちがってると云いながら、おれの傍へ腰を卸した。女の方はちっとも見返らないで杖(つえ)の上へ顋(あご)をのせて、正面ばかり眺めて居る。年寄の婦人は時々赤シャツを見るが、若い方は横を向いた儘(まま)である。いよいよマドンナに違ない。
 やがて、ピューと汽笛が鳴って、車がつく。待ち合せた連中はぞろぞろ吾れ勝(がち)に乗り込む。赤シャツはいの一号に上等へ飛び込んだ。上等へ乗ったって威張れる所ではない。住田(すみた)まで上等が五銭で下等が三銭だから、僅か二銭違いで上下の区別がつく。こう云うおれでさえ上等を奮発して白切符を握ってるんでもわかる。尤(もっと)も田舎者はけちだから、たった二銭の出入でも頗(すこぶ)る苦になると見えて、大抵は下等へ乗る。赤シャツのあとからマドンナとマドンナの御袋が上等へ這入(はい)り込んだ。うらなり君は活版で押した様に下等ばかりへ乗る男だ。先生、下等の客室の入口へ立って、何だか躊躇(ちゅうちょ)の体(てい)であったが、おれの顔を見るや否や思い切って、飛び込んで仕舞った。おれは此(この)時何となく気の毒でたまらなかったから、うらなり君のあとから、すぐ同じ車室へ乗り込んだ。上等の切符で下等へ乗るに不都合はなかろう。
 温泉へ着いて、三階から、浴衣(ゆかた)のなりで湯壺へ下りて見たら、又うらなり君に逢った。おれは会議や何かでいざと極まると、咽喉(のど)が塞(ふさ)がって饒舌(しゃべ)れない男だが、平常(ふだん)は随分弁ずる方だから、色々湯壺(ゆつぼ)の中でうらなり君に話しかけて見た。何だか憐れぽくって堪らない。こんな時に一口でも先方の心を慰めてやるのは、江戸っ子の義務だと思ってる。所が生憎(あいにく)うらなり君の方では、うまい具合にこっちの調子に乗ってくれない。何を云っても、【え】とか【いえ】とかぎりで、しかも其(その)【え】と【いえ】が大分面倒らしいので、仕舞にはとうとう切り上げて、こっちから御免蒙(こうむ)った。
 湯の中では赤シャツに逢わなかった。尤も風呂の数は沢山あるのだから、同じ汽車で着いても、同じ湯壺で逢うとは極まって居ない。別段不思議にも思わなかった。風呂を出て見るといゝ月だ。町内の両側に柳が植(うわ)って、柳の枝が丸るい影を往来の中へ落して居る。少し散歩でもしよう。北へ登って町のはずれへ出ると、左に大きな門があって、門の突き当りが御寺で、左右が妓楼(ぎろう)である。山門のなかに遊廓(ゆうかく)があるなんて、前代未聞の現象だ。一寸這入って見たいが、又狸から会議の時にやられるかも知れないから、やめて素通りにした。門の並びに黒い暖簾(のれん)をかけた、小さな格子(こうし)窓の平屋はおれが団子を食って、しくじった所だ。丸提灯(まるじょうちん)に汁粉(しるこ)、御雑煮(おぞうに)とかいたのがぶらさがって、提灯の火が、軒端(のきば)に近い一本の柳の幹を照らしている。食いたいなと思ったが我慢して通り過ぎた。
 食いたい団子の食えないのは情ない。然し自分の許嫁(いいなずけ)が他人に心を移したのは、猶(なお)情ないだろう。うらなり君の事を思うと、団子は愚か、三日位断食しても不平はこぼせない訳だ。本当に人間程宛(あて)にならないものはない。あの顔を見ると、どうしたって、そんな不人情な事をしそうには思えないが−−うつくしい人が不人情で、冬瓜(とうがん)の水膨(みずぶく)れの様な古賀さんが善良な君子なのだから、油断が出来ない。淡泊だと思った山嵐は生徒を煽動したと云うし。生徒を煽動したかと思うと、生徒の処分を校長に逼(せま)るし。厭味(いたみ)で練りかためた様な赤シャツが存外親切で、おれに余所(よそ)ながら注意してくれると思うと、マドンナを胡魔化したり。胡魔化したのかと思うと、古賀の方が破談にならなければ結婚は望まないんだと云うし。いか銀が難癖をつけて、おれを追い出すかと思うと、すぐ野だ公が入れ替ったり−−どう考えても宛にならない。こんな事を清にかいてやったら定めて驚く事だろう。箱値の向(むこう)だから化物が寄り合っているんだと云うかも知れない。
 おれは性来構わない性分だから、どんな事でも苦にしないで今日(こんにち)迄(まで)凌(しの)いで来たのだが、此所(ここ)へ来てからまだ一ヵ月立つか、立たないうちに、急に世のなかを物騒に思い出した。別段際(きわ)だった大事件にも出逢わないのに、もう五つ六つ年を取った様な気がする。早く切り上げて東京へ帰るのが一番よかろう。抔(など)と夫(それ)から夫(それ)へ考えて、いつか石橋を渡って野芹川(のぜりがわ)の堤(どて)へ出た。川と云うとえらそうだが実は一間位な、ちょろちょろした流で、土手に沿うて十二丁程下ると相生村(あいおいむら)へ出る。村には観音様がある。
 温泉()の町を振り返ると、赤い灯が、月の光の中にかゞやいて居る。太鼓が鳴るのは遊廓に相違ない。川の流れは浅いけれども早いから、神経質の水の様にやたらに光る。ぶらぶら土手の上をあるきながら、約三丁も来たと思ったら、向に人影が見え出した。月に透かして見ると影は二つある。温泉()へ来て村へ帰る若い衆(しゅ)かも知れない。夫(それ)にしては唄もうたわない。存外静かだ。
 段々歩行(ある)いて行くと、おれの方が早足だと見えて、二つの影法師が、次第に大きくなる。一人は女らしい。おれの足音を聞きつけて、十間位の距離に逼(せま)った時、男が忽(たちま)ち振り向いた。月は後からさして居る。其(その)時おれは男の様子を見て、はてなと思った。男と女は又元の通りにあるき出した。おれは考があるから、急に全速力で追っ懸けた。先方は何の気もつかずに最初の通り、ゆるゆる歩を移して居る。今は話し声も手に取る様に聞える。土手の幅は六尺位だから、並んで行けば三人が漸くだ。おれは苦もなく後から追い付いて、男の袖を擦()り抜けざま、二足前へ出した踵(くびす)をぐるりと返して男の顔を覗(のぞ)き込んだ。月は正面からおれの五分刈の頭から顋(あご)の辺(あた)り迄(まで)、会釈もなく照す。男はあっと小声に云ったが、急に横を向いて、もう帰ろうと女を促すが早いか、温泉()の町の方へ引き返した。
 赤シャツは図太くて胡魔化す積か、気が弱くて名乗り損(そく)なったのかしら。所が狭くて困ってるのは、おれ許(ばか)りではなかった。


 赤シャツに勧められて釣りに行った帰りから、山嵐を疑ぐり出した。無い事を種に下宿を出ろと云われた時は、愈(いよいよ)不埒(ふらち)な奴だと思った。所(ところ)が会議の席では案に相違して滔々(とうとう)と生徒厳罸論を述べたから、おや変だなと首を捩(ひね)った。萩野の婆さんから、山嵐が、うらなり君の為に赤シャツと談判をしたと聞いた時は、それは感心だと手を拍()った。此(この)様子ではわる者は山嵐じゃあるまい、赤シャツの方が曲ってるんで、好(いい)加減な邪推を実(まこと)しやかに、しかも遠廻しに、おれの頭の中へ浸み込ましたのではあるまいかと迷ってる矢先へ、野芹川(のぜりがわ)の土手で、マドンナを連れて散歩なんかして居る姿を見たから、それ以来赤シャツは曲者(くせもの)だと極めて仕舞った。曲者だか何だかよくは分らないが、とも角(かく)も善い男じゃない。表と裏とは違った男だ。人間は竹の様に真直でなくっちゃ頼母(たのも)しくない。真直なものは喧嘩をしても心持がいゝ。赤シャツの様なやさしいのと、親切なのと、高尚なのと、琥珀(こはく)のパイプとを自慢そうに見せびらかすのは油断が出来ない、滅多に喧嘩も出来ないと思った。喧嘩をしても、回向院(えこういん)の相撲の様な心持のいゝ喧嘩は出来ないと思った。そうなると一銭五厘の出入で控所全体を驚ろかした議論の相手の山嵐の方がはるかに人間らしい。会議の時に金壺眼(かなつぼまなこ)をぐりつかせて、おれを睨(にら)めた時は憎い奴だと思ったが、あとで考えると、それも赤シャツのねちねちした猫撫声(ねこなでごえ)よりはましだ。実はあの会議が済んだあとで、よっぽど仲直りをしようかと思って、一こと二こと話しかけて見たが、野郎返事もしないで、まだ眼を剥(むく)って見せたから、此方(こっち)も腹が立って其儘(そのまま)にして置いた。
 夫()れ以来山嵐はおれと口を利()かない。机の上へ返した一銭五厘は未(いま)だに机の上に乗って居る。ほこりだらけになって乗って居る。おれは無論手が出せない、山嵐は決して持って帰らない。此(この)一銭五厘が二人の間の墻壁(しょうへき)になって、おれは話そうと思っても話せない、山嵐は頑として黙ってる。おれと山嵐には一銭五厘が祟(たた)った。仕舞には学校へ出て一銭五厘を見るのが苦になった。
 山嵐とおれが絶交の姿となったに引き易()えて、赤シャツとおれは依然として在来の関係を保って、交際をつゞけて居る。野芹川で逢った翌日抔(など)は、学校へ出ると第一番におれの傍(そば)へ来て、君今度の下宿はいゝですかの又一所に露西亜(ろしあ)文学を釣りに行こうじゃないかのと色々な事を話しかけた。おれは少々憎らしかったから、昨夕(ゆうべ)は二返(へん)逢いましたねと云ったら、えゝ停車場で−−君はいつでもあの時分出掛けるのですか、遅いじゃないかと云う。野芹川の土手でも御目に懸りましたねと喰らわしてやったら、いゝえ僕はあっちへは行かない、湯に這入(はい)って、すぐ帰ったと答えた。何もそんなに隠さないでもよかろう、現に逢ってるんだ。よく嘘(うそ)をつく男だ。是(これ)で中学の教頭が勤まるなら、おれなんか大学総長がつとまる。おれは此時(このとき)から愈(いよいよ)赤シャツを信用しなくなった。信用しない赤シャツとは口をきいて、感心して居る山嵐とは話をしない。世の中は随分妙なものだ。
 ある日の事赤シャツが一寸君に話があるから、僕のうち迄(まで)来てくれと云うから、惜しいと思ったが温泉行きを欠勤して四時頃出掛けて行った。赤シャツは一人ものだが、教頭丈(だけ)に下宿はとくの昔に引き払って立派な玄関を構えて居る。家賃は九円五十銭だそうだ。田舎(いなか)へ来て九円五十銭払えばこんな家(うち)へ這入れるなら、おれも一つ奮発して、東京から清を呼び寄せて喜ばしてやろうと思った位な玄関だ。頼むと云ったら、赤シャツの弟が取次に出て来た。此(この)弟は学校で、おれに代数と算術を教わる至って出来のわるい子だ。其癖(そのくせ)渡りものだから、生れ付いての田舎者よりも人が悪るい。
 赤シャツに逢って用事を聞いて見ると、大将例の琥珀のパイプで、きな臭い烟草をふかしながら、こんな事を云った。「君が来てくれてから、前任者の時代よりも成績がよくあがって、校長も大にいゝ人を得たと喜んで居るので−−どうか学校でも信頼して居るのだから、其(その)積りで勉強していたゞきたい」
「へえ、そうですか、勉強って今より勉強は出来ませんが−−」
「今の位で充分です。只先達て御話しゝた事ですね、あれを忘れずに居て下さればいゝのです」
「下宿の世話なんかするものあ剣呑(けんのん)だと云う事ですか」
「そう露骨に云うと、意味もない事になるが−−まあ善()いさ−−精神は君にもよく通じて居る事と思うから。そこで君が今の様に出精(しゅつぜい)して下されば、学校の方でも、ちゃんと見て居るんだから、もう少しゝて都合さえつけば、待遇の事も多少はどうにかなるだろうと思うんですがね」
「へえ、俸給ですか。俸給なんかどうでもいゝんですが、上がれば上がった方がいゝですね」
「それで幸い今度転任者が一人出来るから−−尤も校長に相談して見ないと無論受け合えない事だが−−其(その)俸給から少しは融通が出来るかも知れないから、それで都合をつける様に校長に話して見ようと思うんですがね」
「どうも難有(ありがと)う。だれが転任するんですか」
「もう発表になるから話しても差し支(つかえ)ないでしょう。実は古賀君です」
「古賀さんは、だってこゝの人じゃありませんか」
「こゝの地()の人ですが、少し都合があって−−半分は当人の希望です」
「どこへ行くんです」
「日向(ひゅうが)の延岡(のべおか)で−−土地が土地だから一給俸上って行く事になりました」
「誰か代りが来るんですか」
「代りも大抵極ってるんです。其(その)代りの具合いで君の待遇上の都合もつくんです」
「はあ、結構です。然し無理に上がらないでも構(かまい)ません」
「とも角(かく)も僕は校長に話す積りです。夫(それ)で校長も同意見らしいが、追っては君にもっと働らいて頂だかなくってはならん様になるかも知れないから、どうか今から其(その)積りで覚悟をしてやって貰いたいですね」
「今より時間でも増すんですか」
「いゝえ、時間は今より減るかも知れませんが−−」
「時間が減って、もっと働くんですか、妙だな」
「一寸聞くと妙だが、−−判然とは今言いにくいが−−まあつまり、君にもっと重大な責任を持って貰うかも知れないと云う意味なんです」
 おれには一向分らない。今より重大な責任と云えば、数学の主任だろうが、主任は山嵐だから、やっこさん中々辞職する気遣(きづかい)はない。夫(それ)に、生徒の人望があるから転任や免職は学校の得策であるまい。赤シャツの談話はいつでも要領を得ない。要領は得なくっても用事は是(これ)で済んだ。夫(それ)から少し雑談をして居るうちに、うらなり君の送別会をやる事や、就(つい)てはおれが酒を飲むかと云う問や、うらなり先生は君子で愛すべき人だと云う事や−−赤シャツは色々弁じた。仕舞に話をかえて君俳句をやりますかと来たから、こいつは大変だと思って、俳句はやりません、左様(さよう)ならと、そこそこに帰って来た。発句(ほっく)は芭蕉(ばしょう)か髪結床(かみいどこ)の親方のやるもんだ。数学の先生が朝顔やに釣瓶(つるべ)をとられて堪(たま)るものか。
 帰ってうんと考え込んだ。世間には随分気の知れない男が居る。家屋敷は勿論、勤める学校に不足のない故郷がいやになったからと云って、知らぬ他国へ苦労を求めに出る。夫(それ)も花の都の電車が通(かよ)ってる所なら、まだしもだが、日向(ひゅうが)の延岡とは何の事だ。おれは船つきのいゝ此所(ここ)へ来てさえ、一ヵ月立たないうちにもう帰りたくなった。延岡と云えば山の中も山の中も大変な山の中だ。赤シャツの云う所(ところ)によると船から上がって、一日(いちんち)馬車へ乗って、宮崎へ行って、宮崎から又一日(いちんち)車へ乗らなくっては着けないそうだ。名前を聞いてさえ、開けた所とは思えない。猿と人とが半々に住んでる様な気がする。いかに聖人のうらなり君だって、好んで猿の相手になりたくもないだろうに、何と云う物数奇(ものずき)だ。
 所(ところ)へ不相変(あいかわらず)婆さんが夕食(ゆうめし)を運んで出る。今日も亦(また)芋ですかいと聞いて見たら、いえ今日は御豆腐ぞなもしと云った。どっちにしたって似たものだ。
「御婆さん古賀さんは日向へ行くそうですね」
「ほん当に御気の毒じゃな、もし」
「御気の毒だって、好んで行くんなら仕方がないですね」
「好んで行くて、誰がぞなもし」
「誰がぞなもしって、当人がさ。古賀先生が物数奇に行くんじゃありませんか」
「そりゃあなた、大違いの勘五郎ぞなもし」
「勘五郎かね。だって今赤シャツがそう云いましたぜ。夫(それ)が勘五郎なら赤シャツは嘘つきの法螺右衛門(ほらえもん)だ」
「教頭さんが、そう御云いるのは尤(もっと)もじゃが、古賀さんの御往きともないのも尤もぞなもし」
「そんなら両方尤もなんですね。御婆さんは公平でいゝ。一体どう云う訳なんですい」
「今朝古賀の御母さんが見えて、段々訳を御話したがなもし」
「どんな訳を御話したんです」
「あそこも御父さんが御亡くなりてから、あたし達が思う程(ほど)暮し向が豊かにのうて御困りじゃけれ、御母さんが校長さんに御頼みて、もう四年も勤めて居るものじゃけれ、どうぞ毎月頂くものを、今少しふやして御呉()れんかてゝ、あなた」
「成程」
「校長さんが、ようまあ考えて見とこうと御云いたげな。夫(それ)で御母さんも安心して、今に増給の御沙汰(ごさた)があろぞ、今月か来月かと首を長くし待って御いでた所(ところ)へ、校長さんが一寸来てくれと古賀さんに御云いるけれ、行って見ると、気の毒だが学校は金が足りんけれ、月給を上げる訳にゆかん。然し延岡になら空()いた口があって、其方(そっち)なら毎月五円余分にとれるから、御望み通りでよかろうと思うて、其(その)手続きにしたから行くがえゝと云われたげな。−−」
「じゃ相談じゃない、命令じゃありませんか」
「左様(さよ)よ。古賀さんはよそへ行って月給が増すより、元の儘(まま)でもえゝから、こゝに居りたい。屋敷もあるし、母もあるからと御頼みたけれども、もうそう極めたあとで、古賀さんの代りは出来て居るけれ仕方がないと校長が御云いたげな」
「へん人を馬鹿にしてら、面白くもない。じゃ古賀さんは行く気はないんですね。どうれで変だと思った。五円位上がったって、あんな山の中へ猿の御相手をしに行く唐変木(とうへんぼく)はまずないからね」
「唐変木て、先生なんぞなもし」
「何でもいゝでさあ、−−全く赤シャツの作略(さりゃく)だね。よくない仕打だ。まるで欺撃(だましうち)ですね。それでおれの月給を上げるなんて、不都合が事があるものか。上げてやるったって、誰が上がって遣()るものか」
「先生は月給が御上りるのかなもし」
「上げてやるって云うから、断わろうと思うんです」
「何で、御断わりるのぞなもし」
「何でも御断わりだ。御婆さん、あの赤シャツは馬鹿ですぜ。卑怯(ひきょう)でさあ」
「卑怯でもあんた、月給を上げておくれたら、大人しく頂いて置く方が得ぞなもし。若いうちはよく腹の立つものじゃが、年をとってから考えると、も少しの我慢じゃあったのに惜しい事をした。腹立てた為めにこないな損をしたと悔むのが当り前じゃけれ、お婆の言う事をきいて、赤シャツさんが月給を上げてやろと御言いたら、難有うと受けて御置なさいや」
「年寄の癖に余計な世話を焼かなくってもいゝ。おれの月給は上がろうと下がろうとおれの月給だ」
 婆さんはだまって引き込んだ。爺さんは呑気(のんき)な声を出して謡(うたい)をうたってる。謡というものは読んでわかる所(ところ)を、やに六()づかしい節をつけて、わざと分らなくする術(じゅつ)だろう。あんな者(もの)を毎晩飽きずに唸(うな)る爺さんの気が知れない。おれは謡所(どころ)の騒ぎじゃない。月給を上げてやろうと云うから、別段欲しくもなかったが、いらない金を余して置くのも勿体ないと思って、よろしいと承知したのだが、転任したくないものを無理に転任させて其(その)男の月給の上前(うわまえ)を跳()ねるなんて不人情な事が出来るものか。当人がもとの通りでいゝと云うのに延岡下(くんだ)り迄(まで)落ちさせるとは一体どう云う了見だろう。太宰権帥(だざいごんのそつ)でさえ博多近辺で落ちついたものだ、河合又五郎だって相良(さがら)でとまってるじゃないか。とにかく赤シャツの所へ行って断って来なくっちゃあ気が済まない。
 小倉(こくら)の袴(はかま)をつけて又出掛けた。大きな玄関へ突っ立って頼むと云うと、又例の弟が取次に出て来た。おれの顔を見てまた来たかと云う眼付をした。用があれば二度だって三度だって来る。よる夜なかだって叩(たた)き起さないとは限らない。教頭の所へ御機嫌伺いにくる様なおれと見損(みそくな)ってるか。是(これ)でも月給がいらないから返しに来たんだ。すると弟が今来客中だと云うから、玄関でいいから一寸御目にかゝりたいと云ったら奥へ引き込んだ。足元を見ると、畳付きの薄っぺらな、のめりの駒下駄(こまげた)がある。奥でもう万歳ですよと云う声が聞える。御客とは野だだなと気がついた。野だでなくては、あんな黄色い声を出して、こんな芸人じ見た下駄を穿()くものはない。
 しばらくすると、赤シャツがランプを持って玄関迄(まで)出て来て、まあ上がり給え、外(ほか)の人じゃない吉川君だ、と云うから、いえ此所(ここ)で沢山です。一寸話せばいゝんです、と云って、赤シャツの顔を見ると金時(きんとき)の様だ。野だ公と一杯飲んでると見える。
「さっき僕の月給をあげてやると云う御話でしたが、少し考が変ったから断わりに来たんです」
 赤シャツはランプを前へ出して、奥の方からおれの顔を眺めたが、咄嗟(とっさ)の場合返事をしかねて茫然(ぼうぜん)として居る。増給を断わる奴が世の中にたった一人飛び出して来たのを不審に思ったのか、断わるにしても、今帰った許(ばか)りで、すぐ出直して来なくってもよさそうなものだと、呆(あき)れ返ったのか、又は双方合併したのか、妙な口をして突っ立った儘(まま)である。
「あの時承知したのは、古賀君が自分の希望で転任すると云う話でしたからで……」
「古賀君は全く自分の希望で半ば転任するんです」
「そうじゃないんです、こゝに居たいんです。元の月給でもいゝから、郷里に居たいのです」
「君は古賀君から、そう聞いたのですか」
「そりゃ当人から、聞いたんじゃありません」
「じゃ誰から御聞きです」
「僕の下宿の婆さんが、古賀さんの御母(おっか)さんから聞いたのを今日僕に話したのです」
「じゃ、下宿の婆さんがそう云ったのですね」
「まあそうです」
「それは失礼ながら少し違うでしょう。あなたの仰(おっし)ゃる通りだと、下宿の婆さんの云う事は信ずるが、教頭の云う事は信じないと云う様に聞えるが、そう云う意味に解釈して差支(さしつかえ)ないでしょうか」
 おれは一寸困った。文学士なんてものは矢っ張りえらいもんだ。妙な所(ところ)へこだわって、ねちねち押し寄せてくる。おれはよく親父から貴様はそゝっかしくて駄目だ駄目だと云われたが、成程(なるほど)少々そゝっかしい様だ。婆さんの話を聞いてはっと思って飛び出して来たが、実はうらなり君にもうらなりの御母さんにも逢って詳しい事情は聞いて見なかったのだ。だからこう文学士流に斬()り付けられると、一寸受け留めにくい。
 正面からは受け留めにくいが、おれはもう赤シャツに対して不信任を心の中(うち)で申し渡して仕舞った。下宿の婆さんもけちん坊の慾張り屋に相違ないが、嘘(うそ)は吐()かない女だ、赤シャツの様に裏表はない。おれは仕方がないから、こう答えた。
「あなたの云う事は本当かも知れないですが−−とにかく増給は御免蒙(こうむ)ります」
「それは益(ますます)可笑(おか)しい。今君がわざわざ御出(おいで)に成ったのは増俸を受けるには忍びない、理由を見出したからの様に聞えたが、其(その)理由が僕の説明で取り去られたにも関(かか)わらず増俸を否(いな)まれるのは少し解しかねる様ですね」
「解しかねるかも知れませんがね。とにかく断りますよ」
「そんなに否(いや)なら強()いてと迄(まで)は云いませんが、そう二三時間のうちに、特別の理由もないのに豹変(ひょうへん)しちゃ、将来君の信用にかゝわる」
「かゝわっても構わないです」
「そんな事はない筈です、人間に信用程大切なものはありませんよ。よしんば今一歩譲って、下宿の主人が……」
「主人じゃない、婆さんです」
「どちらでも宜しい。下宿の婆さんが君に話した事を事実とした所(ところ)で、君の増給は古賀君の所得を削って得たものではないでしょう。古賀君は延岡へ行かれる。其(その)代わりがくる。其(その)代わりが古賀君より多少低給で来てくれる。其(その)剰余を君に廻わすと云うのだから、君は誰にも気の毒がる必要はない筈です。古賀君は延岡で只今よりも栄進される、新任者は最初からの約束で安くくる。それで君が上がられゝば、是(これ)程都合のいゝ事はないと思うのですがね。いやなら否でもいゝが、もう一返(いっぺん)うちでよく考えて見ませんか」
 おれの頭はあまりえらくないのだから、何時(いつ)もなら、相手がこう云う巧妙な弁舌を揮(ふる)えば、おやそうかな、それじゃ、おれが間違ってたと恐れ入って引きさがるのだけれども、今夜はそうは行かない。こゝへ来た最初から赤シャツは何だか虫が好かなかった。途中で親切な女見た様な男だと思い返した事はあるが、それが親切でも何でもなさそうなので、反動の結果今じゃ余っ程厭(いや)になって居る。だから先がどれ程うまく論理的に弁論を逞(たくまし)くしようとも、堂々たる教頭流におれを遣り込め様(よう)とも、そんな事は構わない。議論のいゝ人が善人とはきまらない。遣り込められる方が悪人とは限らない。表向は赤シャツの方が重々(じゅうじゅう)尤もだが、表向がいくら立派だって、腹の中迄(まで)惚()れさせる訳には行かない。金や威力や理窟で人間の心が買える者(もの)なら、高利貸でも巡査でも大学教授でも一番人に好かれなくてはならない。中学の教頭位な論法でおれの心がどう動くものか。人間は好き嫌(きらい)で働くものだ。論法で働くものじゃない。
「あなたの云う事は尤もですが、僕は増給がいやになったんですから、まあ断わります。考えたって同じ事です。左様(さよう)なら」と云いすてゝ門を出た。頭の上には天の川が一筋かかって居る。


 うらなり君の送別会のあると云う日の朝、学校へ出たら、山嵐(やまあらし)が突然、君先達(せんだって)はいか銀が来て、君が乱暴をして困るから、どうか出る様(よう)に話して呉()れと頼んだから、真面目(まじめ)に受けて、君に出てやれと話したのだが、あとから聞いて見ると、あいつは悪るい奴で、よく偽筆へ贋落款(にせらっかん)抔(など)を押して売りつけるそうだから、全く君の事も出鱈目(でたらめ)に違いない。君に懸物(かけもの)や骨董(こっとう)を売りつけて、商売にしようと思ってた所(ところ)が、君が取り合わないで儲(もう)けがないものだから、あんな作りごとをこしらえて胡魔化したのだ。僕はあの人物を知らなかったので君に大変失敬した勘弁し給えと長々しい謝罪をした。
 おれは何とも云わずに、山嵐の机の上にあった、一銭五厘をとって、おれの蝦蟇口(がまぐち)のなかへ入れた。山嵐は君それを引き込めるのかと不審そうに聞くから、うんおれは君に奢(おご)られるのが、いやだったから、是非返す積りで居たが、其後(そのご)段々考えて見ると、矢()っ張(ぱり)奢って貰う方がいゝ様だから、引き込ますんだと説明した。山嵐は大きな声をしてアハヽヽと笑いながら、そんなら、何故(なぜ)早く取らなかったのだと聞いた。実は取ろう取ろうと思ってたが、何だか妙だから其儘(そのまま)にして置いた。近来は学校へ来て一銭五厘を見るのが苦になる位いやだったと云ったら、君は余っ程負け惜しみの強い男だと云うから、君は余っ程剛情張(ごうじょっぱ)りだと答えてやった。それから二人の間にこんな問答が起った。
「君は一体どこの産だ」
「おれは江戸っ子だ」
「うん、江戸っ子か、道理で負け惜しみが強いと思った」
「君はどこだ」
「僕は会津(あいづ)だ」
「会津っぽか、強情な訳だ。今日の送別会へ行くのかい」
「行くとも、君は?」
「おれは無論行くんだ。古賀さんが立つ時は、浜迄(まで)見送りに行こうと思ってる位だ」
「送別会は面白いぜ、出て見玉(みたま)え。今日は大(おおい)に飲む積だ」
「勝手に飲むがいゝ。おれは肴(さかな)を食ったら、すぐ帰る。酒なんか飲む奴は馬鹿だ」
「君はすぐ喧嘩を吹き懸ける男だ。成程江戸っ子の軽跳(けいちょう)な風を、よく、あらわしてる」
「何でもいゝ、送別会へ行く前に一寸おれのうちへ御寄り、話しがあるから」
 山嵐は約束通りおれの下宿へ寄った。おれは此(この)間から、うらなり君の顔を見る度(たび)に気の毒で堪(たま)らなかったが、愈(いよいよ)送別の今日(きょう)となったら、何だか憐(あわ)れっぽくって、出来る事なら、おれが代りに行ってやりたい様な気がしだした。それで送別会の席上で、大に演説でもして其(その)行(こう)を盛にしてやりたいと思うのだが、おれのべらんめえ調子じゃ、到底物にならないから、大きな声を出す山嵐を雇って、一番赤シャツの荒肝(あらぎも)を挫(ひし)いでやろうと考え付いたから、わざわざ山嵐を呼んだのである。
 おれは先()づ冒頭としてマドンナ事件から説き出したが、山嵐は無論マドンナ事件はおれより詳しく知って居る。おれが野芹川(のぜりがわ)の土手の話をして、あれは馬鹿野郎だと云ったら、山嵐が君は誰を捕(つら)まえても馬鹿呼(よば)わりをする。今日学校で自分の事を馬鹿と云ったじゃないか。自分が馬鹿なら、赤シャツは馬鹿じゃない。自分は赤シャツの同類じゃないと主張した。夫(それ)じゃ赤シャツは腑抜(ふぬ)けの呆助(ほうすけ)だと云ったら、そうかも知れないと山嵐は大に賛成した。山嵐は強い事は強いが、こんな言葉になると、おれより遥(はる)かに字を知って居ない。会津っぽなんてものはみんな、こんな、ものなんだろう。
 夫(それ)から増給事件と将来重く登用すると赤シャツが云った話をしたら山嵐はふゝんと鼻から声を出して、夫(それ)じゃ僕を免職する考だなと云った。免職する積だって、君は免職になる気かと聞いたら、誰がなるものか、自分が免職になるなら、赤シャツも一所に免職させてやると大に威張った。どうして一所に免職させる気かと押し返して尋ねたら、そこはまだ考えて居ないと答えた。山嵐は強そうだが、智慧(ちえ)はあまりなさそうだ。おれが増給を断ったと話したら、大将大きに喜んで流石(さすが)江戸っ子だ、えらいと賞めてくれた。
 うらなりが、そんなに厭がっているなら、何故留任の運動をしてやらなかったと聞いて見たら、うらなりから話を聞いた時は、既にきまって仕舞(しま)って、校長へ二度、赤シャツへ一度行って談判して見たが、どうする事も出来なかったと話した。夫(それ)に就(つい)ても古賀があまり好人物過ぎるから困る。赤シャツから話があった時、断然断わるか、一応考えて見ますと逃げればいゝのに、あの弁舌に胡魔化(ごまか)されて、即席に許諾(きょだく)したものだから、後から御母(おっか)さんが泣きついても、自分が談判に行っても役に立たなかったと非常に残念がった。
 今度の事件は全く赤シャツが、うらなりを遠(とおざ)けて、マドンナを手に入れる策略なんだろうとおれが云ったら、無論そうに違ない。あいつは大人しい顔をして、悪事を働いて、人が何か云うと、ちゃんと逃げ道を拵(こし)らえて待ってるんだから、余っ程奸物(かんぶつ)だ。あんな奴にかゝっては鉄拳(てっけん)制裁でなくっちゃ利()かないと、瘤(こぶ)だらけの腕をまくって見せた。おれは序(つい)でだから、君の腕は強そうだな柔術でもやるかと聞いて見た。すると大将二の腕へ力瘤を入れて、一寸攫(つか)んで見ろと云うから、指の先で揉()んで見たら、何の事はない湯屋にある軽石の様なものだ。
 おれは余り感心したから、君その位の腕なら、赤シャツの五人や六人は一度に張り飛ばされるだろうと聞いたら、無論さと云いながら、曲げた腕を伸ばしたり、縮ましたりすると、力瘤がぐるりぐるりと皮のなかで廻転する。頗(すこぶ)る愉快だ。山嵐の証明する所(ところ)によると、かんじん綯()りを二本より合せて、この力瘤の出る所へ巻きつけて、うんと腕を曲げると、ぷつりと切れるそうだ。かんじんよりなら、おれにも出来そうだと云ったら、出来るものか、出来るならやって見ろと来た。切れないと外聞がわるいから、おれは見合せた。
 君どうだ、今夜の送別会に大に飲んだあと、赤シャツと野だを撲(なぐ)ってやらないかと面白半分に勧めて見たら、山嵐はそうだなと考えて居たが、今夜はまあよそうと云った。何故と聞くと、今夜は古賀に気の毒だから−−それにどうせ撲る位なら、あいつらの悪るい所を見届けて現場で撲らなくっちゃ、こっちの落度になるからと、分別のありそうな事を附加(つけた)した。山嵐でもおれよりは考えがあると見える。
 じゃ演説をして古賀君を大にほめてやれ、おれがすると江戸っ子のぺらぺらになって重みがなくていけない。そうして、きまった所へ出ると、急に溜飲(りゅういん)が起って咽喉(のど)の所へ、大きな丸(たま)が上がって来て言葉が出ないから、君に譲るからと云ったら、妙な病気だな、じゃ君は人中じゃ口は利けないんだね、困るだろう、と聞くから、何そんなに困りゃしないと答えて置居い。
 そうこうするうち時間が来たから、山嵐と一所に会場へ行く。会場は花晨亭(かしんてい)と云って、当地(ここ)で第一等の料理屋だそうだが、おれは一度も足を入れた事がない。もとの家老とかの屋敷を買い入れて、其儘(そのまま)開業したと云う話だが、成程見懸(みかけ)からして厳(いか)めしい構(かまえ)だ。家老の屋敷が料理屋になるのは、陣羽織を縫い直して、胴着にする様なものだ。
 二人が着いた頃には、人数ももう大概揃(そろ)って、五十畳の広間に二つ三つの人間の塊まりが出来て居る。五十畳丈(だけ)に床は素敵に大きい。おれが山城屋(やましろや)で占領した十五畳の床とは比較にならない。尺を取って見たら二間あった。右の方に、赤い模様のある瀬戸物の瓶(かめ)を据えて、其(その)中に松の大きな枝が插()してある。松の枝を插して何にする気か知らないが、何ヵ月立っても散る気遣(きづかい)がないから、銭(ぜに)が懸からなくって、よかろう。あの瀬戸物はどこで出来るんだと博物の教師に聞いたら、あれは瀬戸物じゃありません、伊万里(いまり)ですと云った。伊万里だって瀬戸物じゃないかと、云ったら、博物はえへゝゝゝと笑って居た。あとで聞いて見たら、瀬戸で出来る焼物だから、瀬戸と云うのだそうだ。おれは江戸っ子だから、陶器の事を瀬戸物というのかと思って居た。床の真中に大きな懸物があって、おれの顔位な大きさな字が二十八字かいてある。どうも下手(へた)なものだ。あんまり不味(まず)いから、漢学の先生に、なぜあんなまずいものを麗々と懸けて置くんですと尋ねた所(ところ)、先生があれは海屋(かいおく)と云って有名な書家のかいたものだと教えてくれた。海屋だか何だか、おれは今だに下手だと思って居る。
 やがて書記の川村がどうか御着席をと云うから、柱があって靠()りかかるのに都合のいゝ所へ坐った。海屋の懸物の前に狸(たぬき)が羽織、袴(はかま)で着席すると、左に赤シャツが同じく羽織袴で陣取った。右の方は今日の主人公だと云うのでうらなり先生、是(これ)も日本服で控えて居る。おれは洋服だから、かしこまるのが窮屈だったから、すぐ胡坐(あぐら)をかいた。隣りの体操教師は黒【ずぼん】で、ちゃんとかしこまって居る。体操の教師丈(だけ)にいやに修業が積んで居る。やがて御膳が出る。徳利が並ぶ。幹事が立って、一言開会の辞を述べる。夫(それ)から狸が立つ、赤シャツが起()つ。悉(ことごと)く送別の辞を述べたが、三人共申し合せた様にうらなり君の、良教師で好人物な事を吹聴(ふいちょう)して、今回去られるのは洵(まこと)に残念である、学校としてのみならず、個人として大に惜しむ所(ところ)であるが、御一身上の御都合で、切に転任を御希望になったのだから致し方がないと云う意味を述べた。こんな嘘をついて送別会を開いて、それでちっとも耻(はず)かしいとも思って居ない。ことに赤シャツに至って三人のうちで一番うらなり君をほめた。此(この)良友を失うのは実に自分に取って大なる不幸であると迄(まで)云った。しかも其(その)いゝ方がいかにも、尤もらしくって、例のやさしい声を一層やさしくして、述べ立てるのだから、始めて聞いたものは、誰でも屹度(きっと)きっとだまされるに極ってる。マドンナも大方此(この)手で引掛けたんだろう。赤シャツが送別の辞を述べ立てゝいる最中、向側に坐って居た山嵐がおれの顔を見て一寸稲光をさした。俺は返電として、人指し指でべっかんこうをして見せた。
 赤シャツが席に復するのを待ちかねて、山嵐がぬっと立ち上がったから、おれは嬉しかったので、思わず手をぱちぱちと拍()った。すると狸を始め一同が悉(ことごと)くおれの方を見たには少々困った。山嵐は何を云うかと思うと只今校長始めことに教頭は古賀君の転任を非常に残念がられたが、私は少々反対で古賀君が一日(いちじつ)も早く当地を去られるのを希望して居()ります。延岡(のべおか)は僻遠(へきえん)の地で、当地に比べたら物質上の不便はあるだろう。が、聞く所(ところ)によれば風俗の頗(すこぶ)る淳朴(じゅんぼく)な所で、職員生徒悉く上代樸直(ぼくちょく)の気風を帯びて居るそうである。心にもない御世辞を振り蒔()いたり、美しい顔をして君子を陥(おとしい)れたりするハイカラ野郎は一人もないと信ずるからして、君の如き温良篤厚の士は必ず其(その)地方一般の歓迎を受けられるに相違ない。吾輩は大に古賀君の為めに此(この)転任を祝するのである。終りに臨んで君が延岡に赴任されたら、其(その)地の淑女にして、君子の好逑(こうきゅう)となるべき資格のあるものを択(えら)んで一日も早く円満な家庭をかたち作って、かの不貞無節なる御転婆を事実の上に於て惨死(ざんし)せしめん事を希望します。えへんえへんと二つばかり大きな咳払(せきばら)いをして席に着いた。おれは今度も手を叩こうと思ったが、又みんながおれの面(かお)を見るといやだから、やめにして置いた。山嵐が坐ると今度はうらなり先生が起った。先生は御鄭寧(ごていねい)に、自席から、座敷の端(はじ)の末席迄(まで)行って、慇懃(いんぎん)に一同に挨拶をした上、今般は一身上の都合で九州へ参る事になりましたに就て、諸先生方が小生の為に此(この)盛大なる送別会を御開き下さったのは、まことに感銘の至りに堪えぬ次第で−−ことに只今は校長、教頭其他(そのた)諸君の送別の辞を頂戴して、大いに難有く服膺(ふくよう)する訳であります。私は是(これ)から遠方へ参りますが、何卒(なにとぞ)従前の通り御見捨なく御愛顧の程を願います。とへえつく張って席に戻った。うらなり君はどこ迄(まで)人が好いんだか、殆んど底が知れない。自分がこんなに馬鹿にされている校長や、教頭に恭(うやうや)しく御礼を云っている。それも義理一遍の挨拶ならだが、あの様子や、あの言葉つきや、あの顔つきから云うと、心(しん)から感謝しているらしい。こんな聖人に真面目に御礼を云われたら、気の毒になって、赤面しそうなものだが狸も赤シャツも真面目に謹聴している許(ばか)りだ。
 挨拶が済んだら、あちらでもチュー、こちらでもチュー、と云う音がする。おれも真似(まね)をして汁を飲んで見たがまずいもんだ。口取に蒲鉾(かまぼこ)はついてるが、どす黒くて竹輪の出来損(そこ)ないである。刺身も並んでるが、厚くって鮪(まぐろ)の切り身を生で食うと同じ事だ。それでも隣り近所の連中はむしゃむしゃ旨(うま)そうに食って居る。大方江戸前の料理を食った事がないんだろう。
 其(その)うち燗徳利(かんどっくり)が頻繁(ひんぱん)に往来し始めたら、四方が急に賑(にぎ)やかになった。野だ公は恭しく校長の前へ出て盃を頂いてる。いやな奴だ。うらなり君は順々に献酬(けんしゅう)をして、一巡周(めぐ)る積と見える。甚(はなは)だ御苦労である。うらなり君がおれの前へ来て、一つ頂戴致しましょうと袴のひだを正して申し込まれたから、おれも窮屈にズボンの儘(まま)かしこまって、一盃差し上げた。折角参って、すぐ御別れになるのは残念ですね。御出立(ごしゅったつ)はいつです、是非浜迄(まで)御見送をしましょうと云ったら、うらなり君はいえ御用(ごよう)多(おお)の所(ところ)決して夫(それ)には及びませんと答えた。うらなり君が何と云ったって、おれは学校を休んで送る気で居る。
 夫(それ)から一時間程するうちに席上は大分乱れて来る。まあ一杯、おや僕が飲めと云うのに……などと呂律(ろれつ)の巡りかねるのも一人二人出来て来た。少々退屈したから便所へ行って、昔し風な庭を星明りにすかして眺めていると山嵐が来た。どうだ最前(さっき)の演説はうまかったろう。と大分得意である。大賛成だが一ヵ所気に入らないと講義を申し込んだら、どこが不賛成だと聞いた。
「美しい顔をして人を陥れる様なハイカラ野郎は延岡に居らないから……と君は云ったろう」
「うん」
「ハイカラ野郎丈(だけ)では不足だよ」
「じゃ何と云うんだ」
「ハイカラ野郎の、ペテン師の、イカサマ師の、猫被(ねこっかぶ)りの、香具師(やし)の、モヽンガーの、岡っ引()きの、わんわん鳴けば犬も同然な奴とでも云うがいゝ」
「おれには、そう舌は廻らない。君は能弁だ。第一単語を大変沢山知ってる。それで演舌が出来ないのは不思議だ」
「なにこれは喧嘩(けんか)のときに使おうと思って、用心の為に取って置く言葉さ。演舌となっちゃ、こうは出ない」
「そうかな、然しぺらぺら出るぜ。もう一遍やって見給え」
「何遍でもやるさいゝか。−−ハイカラ野郎のペテン師の、イカサマ師の……」
と云いかけて居ると、椽側(えんがわ)をどたばた云わして、二人ばかり、よろよろしながら駆け出して来た。
「両君そりゃひどい、−−逃げるなんて、−−僕が居るうちは決して逃さない、さあのみ玉(たま)え。−−いかさま師?−−面白い、いかさま面白い。−−さあ飲み玉(たま)え」
とおれと山嵐をぐいぐい引っ張って行く。実は此(この)両人共便所に来たのだが、酔ってるもんだから、便所へ這入(はい)るのを忘れて、おれ等を引っ張るのだろう。酔っ払いは目の中(あた)る所へ用事を拵(こしら)えて、前の事はすぐ忘れて仕舞(しま)うんだろう。
「さあ、諸君、いかさま師を引っ張って来た。さあ飲ましてくれ玉(たま)え。いかさま師をうんと云う程、酔わしてくれ玉(たま)え。君逃げちゃいかん」
と逃げもせぬ、おれを壁際(かべぎわ)へ圧()し付けた。諸方を見廻して見ると、膳(ぜん)の上に満足な肴(さかな)の載っているのは一つもない。自分の分を奇麗に食い尽して、五六間先へ遠征に出た奴も居る。校長はいつ帰ったか姿が見えない。
 所(ところ)へ御座敷はこちら? と芸者が三四人這入って来た。おれも少し驚ろいたが、壁際へ押し付けられて居るんだから、凝(じっ)として只見て居た。すると今迄(まで)床柱(とこばしら)へもたれて例の琥珀(こはく)のパイプを自慢そうに啣(くわ)えて居た、赤シャツが急に起って、座敷を出にかゝった。向から這入って来た芸者の一人が、行き違いながら、笑って挨拶をした。その一人は一番若くて一番奇麗な奴だ。遠くで聞えなかったが、おや今晩は位云ったらしい。赤シャツは知らん顔をして出て行ったぎり、顔を出さなかった。大方校長のあとを追懸(おっか)けて帰ったんだろう。
 芸者が来たら座敷中急に陽気になって、一同が鬨(とき)の声を揚げて歓迎したのかと思う位、騒々しい。そうして或る奴はなんこを攫(つか)む。その声の大きな事、丸で居合抜(いあいぬき)の稽古(けいこ)の様だ。こっちでは拳(けん)を打ってる。よっ、はっ、と夢中で両手を振る所(ところ)は、ダーク一座の操(あやつり)人形より余っ程上手だ。向うの隅(すみ)ではおい御酌(おしゃく)だ、と徳利を振って見て、酒だ酒だと言い直して居る。どうも八釜(やかま)しくて騒々しくって堪らない。其(その)うちで手持無沙汰(ぶさた)に下を向いて考え込んでるのはうらなり君許(ばか)りである。自分の為に送別会を開いてくれたのは、自分の転任を惜しんでくれるんじゃない。みんなが酒を呑んで遊ぶ為だ。自分独りが手持無沙汰で苦しむ為だ。こんな送別会なら、開いてもらわない方が余っ程ましだ。
 しばらくしたら、銘々胴間声(どうまごえ)を出して何か唄い始めた。おれの前へ来た一人の芸者が、あんた、なんぞ、唄いなはれ、と三味線(しゃみせん)を抱(かか)えたから、おれは唄わない、貴様唄って見ろと云ったら、金(かね)や太鼓でねえ、迷子の迷子の三太郎と、どんどこ、どんのちゃんちきりん。叩(たた)いて廻って逢われるものならば、わたしなんぞも、金や太鼓でどんどこ、どんのちゃんちきりんと叩いて廻って逢いたい人がある、と二た息にうたって、おゝしんどと云った。おゝしんどなら、もっと楽なものをやればいゝのに。
 すると、いつの間にか傍へ来て坐った、野だが、鈴ちゃん逢いたい人に逢ったと思ったら、すぐ御帰りで、御気の毒さま見た様でげすと相変らず噺(はな)し家見た様な言葉使いをする。知りまへんと芸者はつんと済ました。野だは頓着(とんじゃく)なく、たまたま逢いは逢いながら……と、いやな声を出して義太夫(ぎだゆう)の真似をやる。おきなはれやと芸者は平手で野だの膝(ひざ)を叩いたら野だは恐悦して笑ってる。此(この)芸者は赤シャツに挨拶をした奴だ。芸者に叩かれて笑うなんて、野だも御目出度い者だ。鈴ちゃん僕が紀伊()の国を踴(おど)るから、一つ弾()いて頂戴と云い出した。野だは此(この)上まだ踴る気で居る。
 向うの方で漢学の御爺さんが歯のない口を歪(ゆが)めて、そりゃ聞えません伝兵衛さん、お前とわたしのその中は……と迄(まで)は無事に済したが、夫(それ)から? と芸者に聞いて居る。爺さんなんて物覚のわるいものだ。一人が博物を捕(つら)まえて近頃こないなのが、でけましたぜ、弾いて見まほうか。よう聞いて、居なはれや−−花月巻(かげつまき)、白いリボンのハイカラ頭、乗るは自転車、弾くはヴ<*>イオリン、半可(はんか)の英語でぺらぺらと、I am glad to see you と唄うと、博物は成程(なるほど)面白い、英語入りだねと感心して居る。
「ワ」に濁点
 山嵐は馬鹿に大きな声を出して、芸者、芸者と呼んで、俺が剣舞をやるから、三味線を弾けと号令を下(くだ)した。芸者はあまり乱暴な声なので、あっけに取られて返事もしない。山嵐は委細構わず、ステッキを持って来て、踏破(ふみやぶる)千山(せんざん)万岳(ばんがくの)烟(けむり)と真中へ出て独(ひと)りで隠し芸を演じて居る。所(ところ)へ野だが既に紀伊の国を済まして、かっぽれを済まして、棚(たな)の達磨(だるま)さんを済まして丸裸の越中(えっちゅう)褌(ふんどし)一つになって、棕梠箒(しゅろぼうき)を小脇(こわき)に抱()い込んで、日清(にっしん)談判破裂して……と座敷中練りあるき出した。まるで気違だ。
 おれはさっきから苦しそうに袴も脱がずに控えて居るうらなり君が気の毒でたまらなかったが、なんぼ自分の送別会だって、越中褌の裸踴迄(まで)羽織袴で我慢して見て居る必要はあるまいと思ったから、そばへ行って、古賀さんもう帰りましょうと退去を勧めて見た。するとうらなり君は今日は私(わたくし)の送別会だから、私が先へ帰っては失礼です、どうぞ御遠慮なくと動く気色もない。なに構うもんですか、送別会なら、送別会らしくするがいゝです、あの様(ざま)を御覧なさい。気狂(きちがい)会です。さあ行きましょうと、進まないのを無理に勧めて、座敷を出かゝる所(ところ)へ、野だが箒を振り振り進行して来て、や御主人が先へ帰るとはひどい。日清談判だ。帰せないと箒を横にして行く手を塞(ふさ)いだ。おれはさっきから肝癪(かんしゃく)が起って居る所(ところ)だから、日清談判なら貴様はちゃんちゃんだろうと、いきなり拳骨(げんこつ)で、野だの頭をぽかりと喰(くら)わしてやった。野だは二三秒の間毒気を抜かれた体(てい)で、ぼんやりして居たが、おや是(これ)はひどい。御撲(おぶち)になったのは情けない。此(この)吉川を御打擲(ごちょうちゃく)とは恐れ入った。愈(いよいよ)以て日清談判だ。とわからぬ事をならべて居る所(ところ)へ、うしろから山嵐が何か騒動が始まったと見て取って、剣舞をやめて、飛んで来たが、此(この)て居たらくを見て、いきなり頸筋(くびすじ)をうんと攫(つか)んで引き戻した。日清……いたい。いたい。どうも是(これ)は乱暴だと振りもがく所(ところ)を横から捩(ねじ)ったら、すとんと倒れた。あとはどうなったか知らない。途中でうらなり君に別れて、うちへ帰ったら十一時過ぎだった。


 祝勝会で学校は御休みだ。連兵場(れんぺいば)で式があると云うので、狸(たぬき)は生徒を引率して参列しなくてはならない。おれも職員の一人として一所にくっついて行くんだ。町へ出ると日の丸だらけで、まぼしい位である。学校の生徒は八百人もあるのだから、体操の教師が隊伍(たいご)を整えて、一組一組の間を少しづゝ明けて、それへ職員が一人か二人宛(づつ)監督として割り込む仕掛けである。仕掛だけは頗(すこぶ)る巧妙なものだが、実際は頗る不手際(ふてぎわ)である。生徒は小供の上に、生意気で、規律を破らなくっては生徒の体面にかゝわると思ってる奴等だから、職員が幾人(いくたり)ついて行ったって何の役に立つもんか。命令も下さないのに勝手な軍歌をうたったり、軍歌をやめるとワーと訳もないのに鬨(とき)の声を揚げたり、丸(まる)で浪人が町内をねりあるいてる様なもんだ。軍歌も鬨の声も揚げない時はがやがや何か喋舌(しゃべ)ってる。喋舌らないでも歩行(ある)けそうなもんだが、日本人はみな口から先へ生れるのだから、いくら小言を云ったって聞きっこない。喋舌るのも只喋舌るのではない、教師のわる口を喋舌るんだから、下等だ。おれは宿直事件で生徒を謝罪さして、まあ是(これ)ならよかろうと思って居た。所(ところ)が実際は大違いである。下宿の婆さんの言葉を借りて云えば、正に大違いの勘五郎である。生徒があやまったのは心(しん)から後悔してあやまったのではない。只校長から、命令されて、形式的に頭を下げたのである。商人が頭許(ばか)りさげて、狡(ずる)い事をやめないのと一般で生徒も謝罪丈(だけ)はするが、いたずらは決してやめるものでない。よく考えて見ると世の中はみんな此(この)生徒の様なものから成立して居るかも知れない。人があやまったり詫()びたりするのを、真面目に受けて勘弁するのは正直過ぎる馬鹿と云うんだろう。あやまるのも仮りにあやまるので、勘弁するのも仮りに勘弁するのだと思ってれば差し支(つかえ)ない。もし本当にあやまらせる気なら、本当に後悔する迄(まで)叩きつけなくてはいけない。
 おれが組と組の間に這入(はい)って行くと、天麩羅(てんぷら)だの、団子だの、と云う声が絶えずする。而(しか)も大勢だから、誰が云うのだか分らない。よし分ってもおれの事を天麩羅と云ったんじゃありません、団子と申したのじゃありません、それは先生が神経衰弱だから、ひがんで、そう聞くんだ位云うに極ってる。こんな卑劣な根性は封建時代から、養成した此(この)土地の習慣なんだから、いくら云って聞かしたって、教えてやったって、到底直りっこない。こんな土地に一年も居ると、潔白なおれも、この真似(まね)をしなければならなく、なるかも知れない。向でうまく言い抜けられる様な手段で、おれの顔を汚すのを抛(ほう)って置く、樗蒲一(ちょぼいち)はない。向が人ならおれも人だ。生徒だって、子供だって、ずう体はおれより大きいや。だから刑罸として何か返報をしてやらなくっては義理がわるい。所(ところ)がこっちから返報をする時分に尋常の手段で行くと、向うから逆捩(さかねじ)を食らわして来る。貴様がわるいからだと云うと、初手から逃げ路が作ってある事だから滔々(とうとう)と弁じ立てる。弁じ立てゝ置いて、自分の方を表向き丈(だけ)立派にして夫(それ)からこっちの非を攻撃する。もともと返報にした事だから、こちらの弁護は向うの非が挙がらない上は弁護にならない。つまりは向から手を出して置いて、世間体はこっちが仕掛けた喧嘩の様に、見做(みな)されて仕舞う。大変な不利益だ。夫(それ)なら向うのやるなり、愚迂多良(ぐうたら)童子(どうじ)を極め込んで居れば、向は益(ますます)増長する許(ばか)り、大きく云えば世の中の為にならない。そこで仕方がないから、こっちも向の筆法を用いて捕(つら)まえられないで、手の付け様のない返報をしなくてはならなくなる。そうなっては江戸っ子も駄目だ。駄目だが一年もこうやられる以上は、おれも人間だから駄目でも何でも左様(そう)ならなくっちゃ始末がつかない。どうしても早く東京へ帰って清(きよ)と一所になるに限る。こんな田舎に居るのは堕落しに来て居る様なものだ。新聞配達をしたって、ここ迄(まで)堕落するよりはましだ。
 こう考えて、いやいや、附いてくると、何だか先鋒(せんぽう)が急にがやがや騒ぎ出した。同時に列はぴたりと留()まる。変だから、列を右へはずして、向うを見ると、大手町(おおてまち)を突き当って薬師町へ曲がる角の所で、行き詰ったぎり、押し返したり、押し返されたりして揉()み合って居る。前方から静かに静かにと声を涸()らして来た体操教師に何ですかと聞くと、曲り角で中学校と師範学校が衝突したんだと云う。
 中学と師範とはどこの県下でも犬と猿の様に仲がわるいそうだ。なぜだかわからないが、丸(まる)で気風が合わない。何かあると喧嘩をする。大方狭い田舎で退屈だから、暇潰(ひまつぶ)しにやる仕事なんだろう。おれは喧嘩は好きな方だから、衝突と聞いて、面白半分に馳()け出して行った。すると前の方にいる連中は、しきりに何だ地方税の癖に、引き込めと、怒鳴ってる。後ろからは押せ押せと大きな声を出す。おれは邪魔になる生徒の間をくゞり抜けて、曲がり角へもう少しで出様(でよう)とした時に、前へ! と云う高く鋭どい号令が聞えたと思ったら師範学校の方は粛々として進行を始めた。先を争った衝突は、折合がついたには相違ないが、つまり中学校が一歩を譲ったのである。資格から云うと師範学校の方が上だそうだ。
 祝勝の式は頗る簡単なものであった。旅団長が祝詞を読む、知事が祝詞を読む。参列者が万歳を唱える。夫(それ)で御仕舞だ。余興は午后(ごご)にあると云う話だから、一先ず下宿へ帰って、此間中(こないだじゅう)から、気に掛かっていた、清への返事をかきかけた。今度はもっと詳しく書いてくれとの注文だから、可成(かなり)なるべく念入に認(したた)めなくっちゃならない。然しいざとなって、半切(はんきれ)を取り上げると、書く事は沢山あるが、何から書き出していゝか、わからない。あれに仕様(しよう)か、あれは面倒臭い。これにしようか、是(これ)はつまらない。何か、すらすらと出て、骨が折れなくって、そうして清が面白がる様なものはないかしらん、と考えて見ると、そんな注文通りの事件は一つもなさそうだ。おれは墨を磨()って、筆をしめして、巻紙を睨(にら)めて、−−巻紙を睨めて、筆をしめして、墨を磨って−−同じ所作(しょさ)を同じ様に何返(なんべん)も繰り返したあと、おれは、とても手紙はかけるものではないと、諦(あき)らめて硯(すずり)の蓋(ふた)をして仕舞った。手紙なんぞをかくのは面倒臭い。矢っ張り東京迄(まで)出掛けて行って、逢って話をする方が簡便だ。清の心配は察しないでもないが、清の注文通りの手紙をかくのは三七日の断食よりも苦しい。
 おれは筆と巻紙を抛(ほう)り出して、ごろりと転(ころ)がって肱枕(ひじまくら)をして庭の方を眺めて見たが、矢っ張り清の事が気にかゝる。其(その)時おれはこう思った。こうして遠くへ来て迄(まで)、清の身の上を案じていてやりさえすれば、おれの真心(まこと)は清に通じるに違(ちがい)ない。通じさえすれば手紙なんぞやる必要はない。やらなければ無事で暮らしてると思ってるだろう。たよりは死んだ時か病気の時か、何か事の起った時にやりさえすればいゝ訳だ。
 庭は十坪程の平庭(ひらにわ)で、是(これ)と云う植木もない。只一本の蜜柑(みかん)があって、塀(へい)のそとから、目標(めじるし)になる程高い。おれはうちへ帰ると、いつでも此(この)蜜柑を眺める。東京を出た事もないものには蜜柑の生()って居る所(ところ)は頗(すこぶ)る珍しいものだ。あの青い実が段々熟してきて、黄色になるんだろうが、定めて奇麗だろう。今でも最()う半分色の変ったのがある。婆さんに聞いて見ると、頗る水気の多い、旨(うま)い蜜柑だそうだ。今に熟(うれ)たら、たんと召し上がれと云ったから、毎日少し宛(づつ)食ってやろう。もう三週間もしたら、充分食えるだろう。まさか三週間内に此所(ここ)を去る事もなかろう。
 俺が蜜柑の事を考えて居る所(ところ)へ、偶然山嵐が話にやって来た。今日は祝勝会だから、君と一所に御馳走を食おうと思って牛肉を買って来たと、竹の皮の包を袂(たもと)から引きずり出して、座敷の真中へ抛り出した。おれは下宿で芋責(いもぜめ)豆腐責になってる上、蕎麦屋(そばや)行き、団子屋行きを禁じられてる際だから、そいつは結構だと、すぐ婆さんから鍋(なべ)と砂糖をかり込んで、煮方に取りかゝった。
 山嵐は無暗(むやみ)に牛肉を頬張りながら、君あの赤シャツが芸者に馴染(なじみ)のある事を知ってるかと聞くから、知ってるとも、此(この)間うらなりの送別会の時に来た一人がそうだろうと云ったら、そうだ僕は此(この)頃漸(ようや)く勘づいたのに、君は中々敏捷だと大(おおい)にほめた。
「あいつは、ふた言目には品性だの、精神的娯楽だのと云う癖に、裏に廻って、芸者と関係なんかつけとる、怪()しからん奴だ。夫(それ)もほかの人が遊ぶのを寛容するならいゝが、君が蕎麦屋へ行ったり、団子屋へ這入るのさえ取締上害になると云って、校長の口を通して注意を加えたじゃないか」
「うん、あの野郎の考じゃ芸者買は精神的娯楽で、天麩羅や、団子は物質的娯楽なんだろう。精神的娯楽なら、もっと大べらにやるがいゝ。何だあの様(ざま)は。馴染の芸者が這入ってくると、入れ代りに席をはずして、逃げるなんて、どこ迄(まで)も人を胡魔化す気だから気に食わない。そうして人が攻撃すると、僕は知らないとか、露西亜文学だとか、俳句が新体詩の兄弟分だとか云って、人を烟(けむ)に捲()く積りなんだ。あんな弱虫は男じゃないよ。全く御殿女中の生れ変りか何(なん)かだぜ。ことによると、彼奴(あいつ)のおやじは湯島の【かげま】かも知れない」
「湯島の【かげま】た何だ」
「何でも男らしくないもんだろう。−−君そ此(この)所はまだ煮えて居ないぜ。そんなのを食うと絛虫(さなだむし)が湧()くぜ」
「そうか、大抵大丈夫だろう。それで赤シャツは人に隠れ、温泉()の町の角屋(かどや)へ行って、芸者と会見するそうだ」
「角屋って、あの角屋か」
「宿屋兼料理屋さ。だからあいつを一番へこます為には、彼奴が芸者をつれて、あすこへ這入り込む所(ところ)を見届けて置いて面詰(めんきつ)するんだね」
「見届けるって、夜番でもするのかい」
「うん、角屋の前に枡屋(ますや)という宿屋があるだろう。あの表二階をかりて、障子へ穴をあけて、見て居るのさ」
「見て居るときに来るかい」
「来るだろう。どうせ一と晩じゃいけない。二週間許(ばか)りやる積りでなくっちゃ」
「随分疲れるぜ。僕あ、おやじの死ぬとき一週間許(ばか)り徹夜して看病した事があるが、あとでぼんやりして、大に弱った事がある」
「少し位身体が疲れたって構わんさ。あんな奸物(かんぶつ)をあのままにして置くと、日本の為にならないから、僕が天に代って誅戮(ちゅうりく)を加えるんだ」
「愉快だ。そう事が極まれば、おれも加勢してやる。夫(それ)で今夜から夜番をやるのかい」
「まだ枡屋に懸け合ってないから、今夜は駄目だ」
「それじゃ、いつから始める積りだい」
「近々のうちやるさ。いずれ君に報知をするから、そうしたら、加勢して呉()れ給え」
「よろしい、いつでも加勢する。僕は計略(はかりごと)は下手だが、喧嘩とくると是(これ)で中々すばしこいぜ」
 おれと山嵐がしきりに赤シャツ退治の計略(はかりごと)を相談して居ると、宿の婆さんが出て来て、学校の生徒さんが一人、堀田先生に御目にかゝりたいてゝ御出でたぞなもし。今御宅へ参じたのじゃが、御留守じゃけれ、大方こゝじゃろうてゝ捜し当てゝ御出でたのじゃがなもしと、閾(しきい)の所へ膝を突いて山嵐の返事を待ってる。山嵐はそうですかと玄関迄(まで)出て行ったが、やがて帰って来て、君、生徒が祝勝会の余興を見に行かないかって誘いに来たんだ。今日は高知から、何とか踴(おど)りをしに、わざわざこゝ迄(まで)多人数乗り込んで来ているのだから、是非見物しろ、滅多に見られない踴だと云うんだ、君も一所に行って見給えと山嵐は大に乗り気で、おれに同行を勧める。おれは踴なら東京で沢山見て居る。毎年八幡様(はちまんさま)の御祭りには屋台が町内へ廻ってくるんだから汐酌(しおく)みでも何でもちゃんと心得て居る。土佐っぽの馬鹿踴なんか、見たくもないと思ったけれども、折角山嵐が勧めるもんだから、つい行く気になって門へ出た。山嵐を誘に来たものは誰かと思ったら赤シャツの弟だ。妙な奴が来たもんだ。
 会場へ這入(はい)ると、回向院(えこういん)の相撲か本門寺の御会式(おえしき)の様に幾旒(いくながれ)となく長い旗を所々に植え付けた上に、世界万国の国旗を悉(ことごと)く借りて来た位、縄から縄、綱から綱へ渡しかけて、大きな空が、いつになく賑(にぎ)やかに見える。東の隅に一夜作りの舞台を設けて、こゝで所謂(いわゆる)高知の何とか踴りをやるんだそうだ。舞台を右へ半町許(ばか)りくると葭簀(よしず)の囲いをして、活花(いけばな)が陳列してある。みんなが感心して眺めて居るが、一向くだらないものだ。あんなに草や竹を曲げて嬉しがるなら、脊虫の色男や、跛(びっこ)の亭主を持って自慢するがよかろう。舞台とは反対の方向で、頻(しき)りに花火を揚げる。花火の中から風船が出た。帝国万歳とかいてある。天主の松の上をふわふわ飛んで営所のなかへ落ちた。次はぽんと音がして、黒い団子が、しゅっと秋の空を射抜く様に揚がると、それがおれの頭の上で、ぽかりと割れて、青い烟(けむり)が傘(かさ)の骨の様に開いて、だらだらと空中に流れ込んだ。風船がまた上がった。今度は陸海軍万歳と赤地に白く染め抜いた奴が風に揺られて、温泉()の町から、相生村(あいおいむら)の方へ飛んでいった。大方観音様の境内(けいだい)へでも落ちたろう。
 式の時は左程(さほど)でもなかったが、今度は大変な人出だ。田舎(いなか)にもこんなに人間が住んでるのかと驚ろいた位うじゃうじゃして居る。利口な顔はあまり見当たらないが、数から云うと慥(たしか)に馬鹿に出来ない。其(その)うち評判の高知の何とか踴が始まった。踴と云うから藤間(ふじま)か何ぞのやる踴りかと早合点していたが、是(これ)は大間違であった。
 いかめしい後鉢巻(うしろはちまき)をして、立っ付け袴を穿()いた男が十人許(ばか)り宛(づつ)、舞台の上に三列に並んで、其(その)三十人が悉く抜き身を携()げて居るには魂消(たまげ)た。前列と後列の間は僅か一尺五寸位だろう、左右の間隔は夫(それ)より短いとも長くはない。たった一人列を離れて舞台の端(はじ)に立ってるのがある許(ばか)りだ。此(この)仲間外れの男は袴丈(だけ)はつけて居るが、後鉢巻は倹約して、抜き身の代りに、胸へ太鼓を懸けて居る。太鼓は太神楽(だいかぐら)の太鼓と同じ物だ。此(この)男がやがて、いやあ、はあゝと呑気な声を出して、妙な謡(うた)をうたいながら、太鼓をぼこぼん、ぼこぼんと叩く。歌の調子は前代未聞の不思議なものだ。三河万歳(みかわまんざい)と普陀洛(ふだらく)やの合併したものと思えば大した間違にはならない。
 歌は頗る悠長なもので、夏分(なつぶん)の水飴(みずあめ)の様に、だらしがないが、句切りをとる為にぼこぼんを入れるから、のべつの様でも拍子は取れる。此(この)拍子に応じて三十人の抜き身がぴかぴかと光るのだが、是(これ)は又頗る迅速(じんそく)な御手際で、拝見して居ても冷々(ひやひや)する。隣りも後ろも一尺五寸以内に生きた人間が居て、其(その)人間が又切れる抜き身を自分と同じ様に振り舞わすのだから、余程調子が揃わなければ、同志撃(うち)を始めて怪我をする事になる。夫(それ)も動かないで刀丈()け前後とか上下とかに振るのなら、まだ危険(あぶなく)もないが、三十人が一度に足踏をして横を向く時がある。ぐるりと廻る事がある。膝を曲げる事がある。隣りのものが一秒でも早過ぎるか、遅過ぎれば、自分の鼻は落ちるかも知れない。隣りの頭がそがれるかも知れない。抜き身の動くのは自由自在だが、其(その)動く範囲は一尺五寸角の柱のうちにかぎられた上に、前後左右のものと同方向に同速度にひらめかなければならない。こいつは驚いた。中々以て汐酌(しおくみ)や関の戸の及ぶ所(ところ)でない。聞いて見ると、是(これ)は甚だ熟練の入るもので容易な事では、こう云う風に調子が合わないそうだ。ことに六()づかしいのは、かの万歳節(まんざいぶし)のぼこぼん先生だそうだ。三十人の足の運びも、手の動きも、腰の曲げ方も、悉くこのぼこぼん君の拍子一つで極まるのだそうだ。傍(はた)で見て居ると、此(この)大将が一番呑気そうに、いやあ、はあゝと気楽にうたってるが、其(その)実は甚だ責任が重くって非常に骨が折れるとは不思議なものだ。
 おれと山嵐が感心のあまり此(この)踴を余念なく見物して居ると、半町許(ばか)り、向の方で、急にわっと云う鬨(とき)の声がして、今迄(まで)穏やかに諸所を縦覧して居た連中が、俄(にわ)かに波を打って、右左りに揺(うご)き始める。喧嘩だ喧嘩だと云う声がすると思うと、人の袖を潜(くぐ)り抜けて来た赤シャツの弟が、先生又喧嘩です、中学の方で、今朝の意趣返しをするんで、又師範の奴と決戦を始めた所(ところ)です、早く来て下さいと云いながら又人の波の中へ潜(もぐ)り込んでどっかへ行って仕舞った。
 山嵐は世話の焼ける小僧だ又始めたのか、いゝ加減にすればいゝのにと逃げる人を避()けながら一散に馳()け出した。見て居る訳にも行かないから取り鎮める積だろう。おれは無論の事逃げる気はない。山嵐の踵(かかと)をふんであとからすぐ現場へ馳けつけた。喧嘩は今が真最中である。師範の方は五六十人もあろうか、中学は慥(たし)かに三割方多い。師範は制服をつけて居るが、中学は式後大抵は日本服に着替えて居るから、敵味方はすぐわかる。然し入り乱れて組んづ、解(ほご)れつ戦ってるから、どこから、どう手を付けて引き分けていゝか分らない。山嵐は困ったなと云う風で、暫(しば)らく此()の乱雑な有様を眺めて居たが、こうなっちゃ仕方がない。巡査がくると面倒だ。飛び込んで分け様(よう)と、おれの方を見て云うから、おれも返事もしないで、いきなり、一番喧嘩の烈(はげ)しそうな所へ躍り込んだ。止()せ止()せ。そんな乱暴をすると学校の体面に関(かか)わる。よさないかと、出る丈(だけ)の声を出して敵と味方の分界線らしい所(ところ)を突()き貫()け様としたが、中々そう旨くは行かない。一二間這入ったら、出る事も引く事も出来なくなった。目の前に比較的大きな師範生が、十五六の中学生と組み合っている。止せと云ったら、止さないかと師範生の肩を持(もっ)て、無理に引き分け様とする途端にだれか知らないが、下からおれの足をすくった。おれは不意を打たれて握った、肩を放して、横に倒れた。堅い靴でおれの脊中の上へ乗った奴がある。両手と膝を突いて下から、跳()ね起きたら、乗った奴は右の方へころがり落ちた。起き上がって見ると、三間許(ばか)り向うに山嵐の大きな身体(からだ)が生徒の間に挟(はさ)まりながら、止せ止せ、喧嘩は止せ止せと揉()み返されてるのが見えた。おい到底駄目だと云って見たが聞えないのか返事もしない。
 ひゅうと風を切って飛んで来た石が、いきなりおれの頬骨へ中(あた)ったなと思ったら、後ろからも、脊中を棒でどやした奴がある。教師の癖に出て居る、打()て打()てと云う声がする。教師は二人だ、大きい奴と、小さい奴だ。石を抛()げろ。と云う声もする。おれは、なに生意気な事をぬかすな、田舎者の癖にと、いきなり、傍に居た師範生の頭を張りつけてやった。石が又ひゅうと来る。今度はおれの五分刈の頭を掠(かす)めて後ろの方へ飛んで行った。山嵐はどうなったか見えない。こうなっちゃ仕方がない。始めは喧嘩をとめに這入ったんだが、どやされたり、石を投げられたりして、恐れ入って引き下がるうんでれがんがあるものか。おれを誰だと思うんだ。身長(なり)は小さくっても喧嘩の本場で修業を積んだ兄さんだと無茶苦茶に張り飛ばしたり、張り飛ばされたりして居ると、やがて巡査だ巡査だ逃げろ逃げろと云う声がした。今迄(まで)葛練(くずね)りの中で泳いでる様に身動(みうごき)も出来なかったのが、急に楽になったと思ったら、敵も味方も一度に引き上げて仕舞った。田舎者でも退却は巧妙だ。クロパトキンより旨い位である。
 山嵐はどうしたかと見ると、紋付の一重羽織をずたずたにして、向うの方で鼻を拭()いて居る。鼻柱(はなっぱしら)をなぐられて大分出血したんだそうだ。鼻がふくれ上がって真赤になって頗る見苦しい。おれは飛白(かすり)の袷(あわせ)を着ていたから泥だらけになったけれども、山嵐の羽織程な損害はない。然し頬ぺたがぴりぴりして堪らない。山嵐は大分血が出て居るぜと教えてくれた。
 巡査は十五六名来たのだが、生徒は反対の方面から退却したので、捕(つら)まったのは、おれと山嵐丈(だけ)である。おれらは姓名をつげて、一部始終を話したら、とも角(かく)も警察迄(まで)来いと云うから、警察へ行って、署長の前で事の顛末(てんまつ)を述べて下宿へ帰った。

十一

 あくる日眼が覚めて見ると、身体(からだ)中痛くて堪らない。久しく喧嘩をしつけなかったから、こんなに答えるんだろう。これじゃあんまり自慢も出来ないと床の中で考えて居ると、婆さんが四国新聞を持って来て枕元(まくらもと)へ置いてくれた。実は新聞を見るのも退儀なんだが、男がこれしきの殊に閉口(へこ)たれて仕様があるものかと無理に腹這(はらばい)になって、寐ながら、二頁(ぺーじ)を開けて見ると驚ろいた。昨日の喧嘩がちゃんと出て居る。喧嘩の出て居るのは驚ろかないのだが、中学の教師堀田某と、近頃東京から赴任した生意気なる某とが、順良なる生徒を使嗾(しそう)してこの暴動を喚起せるのみならず、両人は現場(げんじょう)にあって生徒を指揮したる上、漫(みだ)りに師範生に向って暴行を擅(ほしいまま)にしたりと書いて、次にこんな意見が附記してある。本県の中学は昔時(せきじ)より善良温順の気風を以て全国の羨望(せんぼう)する所(ところ)なりしが、軽薄なる二豎子(じゅし)の為に吾校の特権を毀損(きそん)せられて、此(この)不面目を全市に受けたる以上は、吾人(ごじん)は憤然として起()ってその責任を問わざるを得ず。吾人は信ず、吾人が手を下す前に、当局者は相当の処分を此(この)無頼漢の上に加えて、彼等をして再び教育界に足を入るゝ余地なからしむる事を。そうして一字毎(ごと)にみんな黒点を加えて、御灸(おきゅう)を据えた積りで居る。おれは床の中で、糞(くそ)でも喰らえと云いながら、むっくり飛び起きた。不思議な事に今迄(いままで)身体の関節(ふしぶし)が非常に痛かったのが、飛び起きると同時に忘れた様に軽くなった。
 おれは新聞を丸めて庭へ抛()げつけたが、夫(それ)でもまだ気に入らなかったから、わざわざ後架(こうか)へ持って行って捨てゝ来た。新聞なんて無暗な嘘を吐()くもんだ。世の中に何が一番法螺(ほら)を吹くと云って、新聞程の法螺吹きはあるまい。おれの云って然る可き事をみんな向うで並べて居やがる。それに近頃東京から赴任した生意気な某とは何だ。天下に某と云う名前の人があるか。考えて見ろ。是(これ)でも歴然(れっき)とした姓もあり名もあるんだ。系図が見たけりゃ、多田満仲(ただまんじゅう)以来の先祖を一人残らず拝ましてやらあ。−−顔を洗ったら、頬ぺたが急に痛くなった。婆さんに鏡をかせと云ったら、けさの新聞を御見たかなもしと聞く。読んで後架へ捨てゝ来た。欲しけりゃ拾って来いと云ったら、驚いて引き下がった。鏡で顔を見ると昨日と同じ様に傷がついている。是(これ)でも大事な顔だ、顔へ傷まで付けられた上へ生意気なる某などゝ、某呼ばわりをされゝば沢山だ。
 今日の新聞に辟易(へきえき)して学校を休んだ抔(など)と云われちゃ一生の名折れだから、飯を食っていの一号に出頭した。出てくる奴も、出てくる奴もおれの顔を見て笑っている。何が可笑(おか)しいんだ。貴様達にこしらえて貰った顔じゃあるまいし。其(その)うち、野だが出て来て、いや昨日は御手柄で、−−名誉の御負傷でげすか、と送別会の時に撲(なぐ)った返報と心得たのか、いやに冷かしたから、余計な事を言わずに絵筆でも舐()めて居ろと云ってやった。するとこりゃ恐れ入りやした。然し嘸(さぞ)御痛い事でげしょうと云うから、痛かろうが、痛くなかろうがおれの面(つら)だ。貴様の世話になるもんかと怒鳴りつけてやったら、向う側の自席へ着いて、矢っ張りおれの顔を見て、隣りの歴史の教師と何か内所話をして笑って居る。
 夫(それ)から山嵐が出頭した。山嵐の鼻に至(いた)っては、紫色に膨張(ぼうちょう)して、掘ったら中から膿(うみ)が出そうに見える。自惚(うぬぼれ)の所為(せい)か、おれの顔より余っ程ひどく遣られている。おれと山嵐は机を並べて、隣り同志の近しい仲で、御負けに其(その)机が部屋の戸口から真正面にあるんだから運がわるい。妙な顔が二つ塊(かた)っている。ほかの奴は退屈にさえなると屹度(きっと)此方(こっち)ばかり見る。飛んだ事でと口で云うが、心のうちでは此(この)馬鹿がと思ってるに相違ない。夫(それ)でなければあゝ云う風に私語(ささやき)合ってはくすくす笑う訳がない。教場へ出ると生徒は拍手を以て迎えた。先生万歳と云うものが二三人あった。景気がいゝんだか、馬鹿にされてるんだか分らない。おれと山嵐がこんなに注意の焼点(しょうてん)となってるなかに、赤シャツ許(ばか)りは平常の通り傍へ来て、どうも飛んだ災難でした。僕は君等に対して御気の毒でなりません。新聞の記事は校長とも相談して、正誤を申し込む手続にして置いたから、心配しなくてもいゝ。僕の弟が堀田君を誘に行ったから、こんな事が起ったので、僕は実に申し訳がない。それで此(この)件に就(つい)ては飽く迄(まで)尽力する積だから、どうかあしからず、抔(など)と半分謝罪的な言葉を並べて居る。校長は三時間目に校長室から出て来て、困った事を新聞がかき出しましたね。六()づかしくならなければいゝがと多少心配そうに見えた。おれには心配なんかない、先で免職をするなら、免職される前に辞表を出して仕舞う丈(だけ)だ。然し自分がわるくないのにこっちから身を引くのは法螺吹きの新聞屋を益(ますます)増長させる訳だから、新聞屋を正誤させて、俺が意地にも務めるのが順当だと考えた。帰りがけに新聞屋に談判に行こうと思ったが、学校から取消の手続はしたと云うから、やめた。
 おれと山嵐は校長と教頭に時間の合間を見計(みはから)って、嘘のない所(ところ)を一応説明した。校長と教頭はそうだろう、新聞屋が学校に恨(うらみ)を抱いて、あんな記事をことさらに掲げたんだろうと論断した。赤シャツはおれらの行為を弁解しながら控所を一人ごとに廻ってあるいて居た。ことに自分の弟が山嵐を誘い出したのを自分の過失であるかの如く吹聴して居た。みんなは全く新聞屋がわるい、怪()しからん、両君は実に災難だと云った。
 帰りがけに山嵐は、君赤シャツは臭いぜ、用心しないとやられるぜと注意した。どうせ臭いんだ、今日から臭くなったんじゃなかろうと云うと、君まだ気が付かないか、きのうわざわざ、僕等を誘い出して喧嘩のなかへ、捲()き込んだのは策だぜと教えてくれた。成程そこ迄(まで)は気がつかなかった。山嵐は粗暴な様だが、おれより知慧(ちえ)のある男だと感心した。
「あゝやって喧嘩をさせて置いて、すぐあとから新聞屋へ手を廻してあんな記事をかゝせたんだ。実に奸物(かんぶつ)だ」
「新聞迄(まで)も赤シャツか。そいつは驚いた。然し新聞が赤シャツの云う事をそう容易(たやす)く聴くかね」
「聴かなくって。新聞屋に友達が居りゃ訳はないさ」
「友達が居るのかい」
「居なくても訳ないさ。嘘をついて、事実是々(これこれ)だと話しゃ、すぐ書くさ」
「ひどいもんだな。本当に赤シャツの策なら、僕等は此()の事件で免職になるかも知れないね」
「わるくすると、遣られるかも知れない」
「そんなら、おれは明日(あした)辞表を出してすぐ東京へ帰っちまわあ。こんな下等な所に頼んだって居るのはいやだ」
「君が辞表を出したって、赤シャツは困らない」
「それもそうだな。どうしたら困るだろう」
「あんな奸物の遣る事は、何でも証拠の挙がらない様に、挙がらない様にと工夫するんだから、反駁(はんばく)するのは六()づかしいね」
「厄介だな。それじゃ濡衣(ぬれぎぬ)を着るんだね。面白くもない。天道(てんどう)是耶非(ぜかひ)かだ」
「まあ、もう二三日様子を見様(みよう)じゃないか。夫(それ)で愈(いよいよ)となったら、温泉()の町で取って抑えるより仕方がないだろう」
「喧嘩事件は、喧嘩事件としてか」
「そうさ。こっちはこっちで向うの急所を抑えるのさ」
「それもよかろう。おれは策略は下手(へた)なんだから、万事宜しく頼む。いざとなれば何でもする」
 おれと山嵐は是(これ)で分れた。赤シャツが果して山嵐の推察通りをやったのなら、実にひどい奴だ。到底知慧比べで勝てる奴ではない。どうしても腕力でなくっちゃ駄目だ。成程世界に戦争は絶えない訳だ。個人でも、とどの詰りは腕力だ。
 あくる日、新聞のくるのを待ちかねて、披(ひら)いて見ると、正誤どころか取り消も見えない。学校へ行って狸に催促すると、あした位出すでしょうと云う。明日(あした)になって六号活字で小さく取消が出た。然し新聞屋の方で正誤は無論して居()らない。又校長に談判すると、あれより手続のしようはないのだと云う答だ。校長なんて狸の様な顔をして、いやにフロック張っているが存外無勢力なものだ。虚偽の記事を掲げた田舎(いなか)新聞一つ詫(あや)まらせる事が出来ない。あんまり腹が立ったから、それじゃ私が一人で行って主筆に談判すると云ったら、それは行()かん、君が談判すれば又悪口を書かれる許(ばか)りだ。つまり新聞屋にかゝれた事は、うそにせよ、本当にせよ、詰りどうする事も出来ないものだ。あきらめるより外に仕方がないと、坊主の説教じみた説諭を加えた。新聞がそんな者(もの)なら、一日も早く打()っ潰(つぶ)して仕舞った方が、われわれの利益だろう。新聞にかゝれるのと、泥鼈(すっぽん)に喰いつかれるとが似たり寄ったりだとは今日(こんにち)只今狸の説明に因()って始めて承知仕った。
 夫(それ)から三日許(ばか)りして、ある日の午後、山嵐が憤然とやって来て、愈時期が来た、おれは例の計画を断行する積だと云うから、そうかそれじゃおれもやろうと、即座に一味徒党に加盟した。所(ところ)が山嵐が、君はよす方がよかろうと首を傾けた。何故と聞くと君は校長に呼ばれて辞表を出せと云われたかと尋ねるから、いや云われない。君は? と聴き返すと、今日校長室で、まことに気の毒だけれども、事情已(やむ)を得んから処決してくれと云われたとの事だ。
「そんな裁判はないぜ。狸は大方腹鼓(はらつづみ)を叩き過ぎて、胃の位置が顛倒したんだ。君とおれは、一所に、祝勝会へ出てさ、一所に高知のぴかぴか踴りを見てさ、一所に喧嘩をとめに這入ったんじゃないか。辞表を出せというなら公平に両方へ出せと云うがいゝ。なんで田舎の学校はそう理窟(りくつ)が分らないんだろう。焦慮(じれった)いな」
「それが赤シャツの指金(さしがね)だよ。おれと赤シャツとは今迄(いままで)の行懸り上到底両立しない人間だが、君の方は今の通り置いても害にならないと思ってるんだ」
「おれだって赤シャツと両立するものか。害にならないと思うなんて生意気だ」
「君はあまり単純過ぎるから、置いたって、どうにでも胡魔化されると考えてるのさ」
「猶(なお)悪いや。誰が両立してやるものか」
「夫(それ)に先達て古賀が去ってから、まだ後任が事故の為に到着しないだろう。其(その)上に君と僕を同時に追い出しちゃ、生徒の時間に明きが出来て、授業にさし支(つか)えるからな」
「夫(それ)じゃおれを間(あい)のくさびに一席伺わせる気なんだ。こん畜生(ちきしょう)、だれが其(その)手に乗るものか」
 翌日(あくるひ)おれは学校へ出て校長室へ入って談判を始めた。
「何で私に辞表を出せと云わないんですか」
「へえ?」と狸はあっけに取られて居る。
「堀田には出せ、私には出さないで好いと云う法がありますか」
「それは学校の方の都合で……」
「其(その)都合が間違ってまさあ。私が出さなくって済むなら堀田だって、出す必要はないでしょう」
「其(その)辺は説明が出来かねますが−−堀田君は去られても已(やむ)を得んのですが、あなたは辞表を御出しになる必要を認めませんから」
 成程狸だ、要領を得ない事許(ばか)り並べて、しかも落ち付き払ってる。おれは仕様がないから
「それじゃ私も辞表を出しましょう。堀田君一人に辞職させて、私が安閑として、留(とど)まって居られると思って入らしゃるかも知れないが、私にはそんな不人情な事は出来ません」
「それは困る。堀田も去りあなたも去ったら、学校の数学の授業が丸(まる)で出来なくなって仕舞うから……」
「出来なくなっても私の知った事じゃありません」
「君そう我儘(わがまま)を云うものじゃない、少しは学校の事情も察してくれなくちゃ困る。夫()れに、来てから一月(ひとつき)立つか立たないのに辞職したと云うと、君の将来の履歴に関係するから、其(その)辺も少しは考えたらいゝでしょう」
「履歴なんか構うもんですか、履歴より義理が大切です」
「そりゃ御尤(ごもっとも)−−君の云う所(ところ)は一々御尤だが、わたしの云う方も少しは察して下さい。君が是非辞職すると云うなら辞職されてもいゝから、代りのある迄(まで)どうかやって貰いたい。とにかく、うちでもう一返考え直して見て下さい」
 考え直すって、直し様のない明々白々たる理由だが、狸が蒼(あお)くなったり、赤くなったりして、可愛相になったから一と先(まず)考え直す事として引き下がった。赤シャツには口もきかなかった。どうせ遣っ付けるなら塊(かた)めて、うんと遣っ付ける方がいゝ。
 山嵐に狸と談判した模様を話したら、大方そんな事だろうと思った。辞表の事はいざとなる迄(まで)其儘(そのまま)にして置いても差支(さしつかえ)あるまいとの話だったから、山嵐の云う通りにした。どうも山嵐の方がおれよりも利巧(りこう)らしいから万事山嵐の忠告に従う事にした。

 山嵐は愈辞表を出して、職員一同に告別の挨拶をして浜の港屋迄(まで)下(さが)ったが、人に知れない様に引き返して、温泉()の町の枡屋(ますや)の表二階へ潜んで、障子へ穴をあけて覗(のぞ)き出した。是(これ)を知ってるものはおれ許(ばか)りだろう。赤シャツが忍んで来ればどうせ夜だ。しかも宵(よい)の口は生徒や其(その)他の目があるから、少なくても九時過ぎに極ってる。最初の二晩はおれも十一時頃迄(まで)張番をしたが、赤シャツの影も見えない。三日目には九時から十時半迄(まで)覗いたが矢張り駄目だ。駄目を踏んで夜なかに下宿へ帰る程馬鹿気た事はない。四五日(しごんち)すると、うちの婆さんが少々心配を始めて、奥さんの御有りるのに、夜遊びはおやめたがえゝぞなもしと忠告した。そんな夜遊びとは夜遊が違う。こっちのは天に代って誅戮(ちゅうりく)を加える夜遊びだ。とは云うものゝ一週間も通って、少しも験(げん)が見えないと、いやになるもんだ。おれは性急(せっかち)な性分だから、熱心になると徹夜でもして仕事をするが、其(その)代わり何によらず長持ちのした試しがない。如何(いか)に天誅党(てんちゅうとう)でも飽きる事に変りはない。六日目には少々いやになって、七日目にはもう休もうかと思った。そこへ行くと山嵐は頑固なものだ。宵から十二時過迄(まで)は眼を障子へつけて、角屋(かどや)の丸ぼやの瓦斯燈(がすとう)の下を睨(にら)めっきりである。おれが行くと今日は何人客があって、泊りが何人、女が何人と色々な統計を示すのには驚ろいた。どうも来ない様じゃないかと云うと、うん、慥(たし)かに来る筈だがと時々腕組をして溜息(ためいき)をつく。可愛相に、もし赤シャツが此所(ここ)へ一度来てくれなければ、山嵐は、生涯天誅を加える事は出来ないのである。
 八日目には七時頃から下宿を出て、先ず緩()るりと湯に入って、夫(それ)から町で鶏卵を八つ買った。是(これ)は下宿の婆さんの芋責(いもぜめ)に応ずる策である。其(その)玉子を四つ宛(づつ)左右の袂へ入れて、例の赤手拭いを肩へ乗せて、懐手(ふところで)をしながら、枡屋の階子段(はしごだん)を登って山嵐の座敷の障子をあけると、おい有望々々と韋駄天(いだてん)の様な顔は急に活気を呈した。昨夜(ゆうべ)迄(まで)は少し塞(ふさ)ぎの気味で、はたで見て居るおれさえ、陰気臭いと思った位だが、此(この)顔色を見たら、おれも急にうれしくなって、何も聞かない先から、愉快々々と云った。
「今夜七時半頃あの小鈴と云う芸者が角屋へ這入(はい)った」
「赤シャツと一所か」
「いゝや」
「それじゃ駄目だ」
「芸者は二人づれだが、−−どうも有望らしい」
「どうして」
「どうしてって、あゝ云う狡(ずる)い奴だから、芸者を先へよこして、後から忍んでくるかも知れない」
「そうかも知れない。もう九時だろう」
「今九時十二分許(ばか)りだ」と帯の間からニッケル製の時計を出して見ながら云ったが「おい洋燈(らんぷ)を消せ、障子へ二つ坊主頭が写っては可笑(おか)しい。狐はすぐ疑ぐるから」
 おれは一閑張(いっかんばり)の机の上にあった置き洋燈をふっと吹きけした。星明かりで障子丈(だけ)は少々あかるい。月はまだ出ていない。おれと山嵐は一生懸命に障子へ面(かお)をつけて、息を凝()らして居る。チーンと九時半の柱時計が鳴った。
「おい来るだろうかな。今夜来なければ僕はもう厭(いや)だぜ」
「おれは銭のつゞく限りやるんだ」
「銭っていくらあるんだい」
「今日迄(まで)で八日分五円六十銭払った。いつ飛び出しても都合のいゝ様に毎晩勘定するんだ」
「夫(それ)は手廻しがいゝ。宿屋で驚いてるだろう」
「宿屋はいゝが、気が放せないから困る」
「其(その)代わり昼寐をするだろう」
「昼寐はするが、外出が出来ないんで窮屈で堪(たま)らない」
「天誅も骨が折れるな。是(これ)で天網(てもうかいかい)疎()にして洩らしちまったり、何かしちゃ、詰らないぜ」
「なに今夜は屹度(きっと)くるよ。−−おい見ろ見ろ」と小声になったから、おれは思わずどきりとした。黒い帽子を戴いた男が、角屋の瓦斯燈を下から見上げた儘(まま)暗い方へ通り過ぎた。違って居る。おやおやと思った。其(その)うち帳場の時計が遠慮もなく十時を打った。今夜もとうとう駄目らしい。
 世間は大分静かになった。遊廓(ゆうかく)で鳴らす太鼓が手に取る様に聞える。月が温泉()の山の後(うしろ)からのっと顔を出した。往来はあかるい。すると、下(しも)の方から人声が聞えだした。窓から首を出す訳には行かないから、姿を突き留める事は出来ないが、段々近付いて来る模様だ。からんからんと駒下駄(こまげた)を引き擦()る音がする。眼を斜めにするとやっと二人の影法師が見える位に近付いた。「もう大丈夫ですね。邪魔ものは追っ払ったから」正(まさ)しく野だの声で「強がる許(ばか)りで策がないから、仕様がない」是(これ)は赤シャツだ。「あの男もべらんめえに似て居ますね。あのべらんめえと来たら、勇み肌(はだ)の坊っちゃんだから愛嬌(あいきょう)がありますよ」「増給がいやだの辞表が出したいのって、ありゃどうしても神経に異状があるに相違ない」おれは窓をあけて、二階から飛下りて、思う様打()ちのめして遣ろうと思ったが、やっとの事で辛防した。二人はハヽヽヽと笑いながら、瓦斯燈の下を潜(くぐ)って、角屋(かどや)の中へ這入った。
「おい」
「おい」
「来たぜ」
「とうとう来た」
「是(これ)で漸(ようやく)く安心した」
「野だの畜生、おれの事を勇み肌の坊っちゃんだと抜かしやがった」
「邪魔物と云うのは、おれの事だぜ。失敬千万な」
 おれと山嵐は二人の帰路を要撃しなければならない。然し二人はいつ出て来るか見当がつかない。山嵐は下へ行って今夜ことによると夜中に用事があって出るかも知れないから、出られる様にして置いてくれと頼んで来た。今思うと、よく宿のものが承知したものだ。大抵なら泥棒と間違られる所(ところ)だ。
 赤シャツの来るのを待ち受けたのはつらかったが、出て来るのを凝(じっ)として待ってるのは猶つらい。寐る訳には行かないし、終始障子の隙(すき)から睨めて居るのもつらいし、どうも、こうも心が落ちつかなくって、是(これ)程難儀な思をしたことは未(いま)だにない。いっその事角屋(かどや)へ踏み込んで現場(げんば)を取って抑えようと発議(ほつぎ)したが、山嵐は一言にして、おれの申し出を斥(しりぞ)けた。自分共が今時分飛び込んだって、乱暴者だと云って途中で遮(さえぎ)られる。訳を話して面会を求めれば居ないと逃げるか別室へ案内をする。不用意の所(ところ)へ踏み込めると仮定した所(ところ)で何十とある座敷のどこに居るか分るものではない、退屈でも出るのを待つより外に策はないと云うから、漸くの事でとうとう朝の五時迄(まで)我慢した。
 角屋から出る二人の影を見るや否や、おれと山嵐はすぐあとを尾()けた。一番汽車はまだないから、二人とも城下迄(まで)あるかなければならない。温泉()の町をはずれると一丁許(ばか)りの杉並木があって左右は田圃(たんぼ)になる。それを通りこすとこゝかしこに藁葺(わらぶき)があって、畠の中を一筋に城下迄(まで)通る土手へ出る。町さえはずれゝば、どこで追い付いても構わないが、可成(なるべく)なら、人家のない、杉並木で捕(つら)まえてやろうと、見えがくれについて来た。町を外れると急に馳け足の姿勢で、はやての様に後ろから、追い付いた。何が来たかと驚ろいて振り向く奴を待てと云って肩に手をかけた。野だは狼狽(ろうばい)の気味で逃げ出そうと云う景色(けしき)だったから、おれは前へ廻って行手を塞(ふさ)いで仕舞った。
「教頭の職をもってるものが何で角屋へ行って泊った」と山嵐は詰(なじ)りかけた。
「教頭は角屋へ泊って悪るいという規則がありますか」と赤シャツは依然として鄭寧(ていねい)な言葉を使ってる。顔の色は少々蒼い。
「取締上不都合だから、蕎麦屋や団子屋へさえ這入って行かんと、云う位謹直な人が、なぜ芸者と一所に宿屋へとまり込んだ」野だは隙を見ては逃げ出そうとするからおれはすぐ前に立ち塞がって「べらんめえの坊っちゃんた何だ」と怒鳴り付けたら、「いえ君の事を云ったんじゃないんです、全くないんです」と鉄面皮に言訳がましい事をぬかした。おれは此(この)時気がついて見たら、両手で自分の袂(たもと)を握ってる。追っかける時に袂の中の卵がぶらぶらして困るから、両手で握りながら来たのである。おれはいきなり袂へ手を入れて、玉子を二つ取り出して、やっと云いながら、野だの面(つら)へ擲(たた)き付けた。玉子がぐちゃりと割れて鼻の先から黄味(きみ)がだらだら流れだした。野だは余っ程仰天(ぎょうてん)した者(もの)と見えて、わっと言いながら、尻持をついて、助けて呉()れと云った。おれは食う為めに玉子は買ったが、打()ちつける為めに袂へ入れてる訳ではない。只肝癪(かんしゃく)のあまりに、ついぶつけるともなしに打ちつけて仕舞ったのだ。然し野だが尻持を突いた所(ところ)を見て始めて、おれの成功した事に気がついたから、此畜生(こんちきしょう)、此畜生と云いながら残る六つを無茶苦茶に擲(たた)き付けたら、野だは顔中黄色になった。
 おれが玉子をたゝきつけて居るうち、山嵐と赤シャツはまだ談判最中である。
「芸者を連れて僕が宿屋へ泊ったと云う証拠がありますか」
「宵に貴様のなじみの芸者が角屋へ這入ったのを見て云う事だ。胡魔化せるものか」
「胡魔化す必要はない。僕は吉川君と二人で泊ったのである。芸者が宵に這入ろうが、這入るまいが、僕の知った事ではない」
「だまれ」と山嵐は拳骨を食わした。赤シャツはよろよろしたが「是(これ)は乱暴だ、狼藉(ろうぜき)である。理非(りひ)を弁じないで腕力に訴えるのは無法だ」
「無法で沢山だ」とまたぽかりと撲()ぐる。「貴様の様な奸物(かんぶつ)はなぐらなくっちゃ、答えないんだ」とぽかぽかなぐる。おれも同時に野だを散々に擲き据()えた。仕舞には二人とも杉の根方にうずくまって動けないのか、眼がちらちらするのか逃げ様(よう)ともしない。「もう沢山か、沢山でなけりゃ、まだ撲ってやる」とぽかんぽかんと両人(ふたり)でなぐったら「もう沢山だ」と云った。野だに「貴様も沢山か」と聞いたら「無論沢山だ」と答えた。
「貴様等は奸物だから、こうやって天誅(てんちゅう)を加えるんだ。これに懲りて以来つゝしむがいゝ。いくら言葉巧みに弁解が立っても正義は許さんぞ」と山嵐が云ったら両人共だまっていた。ことによると口をきくのが退儀(たいぎ)なのかも知れない。
「おれは逃げも隠れもせん。今夜五時迄(まで)は浜の港屋に居る。用があるなら巡査なりなんなり、よこせ」と山嵐が云うから、おれも「おれも逃げも隠れもしないぞ。堀田と同じ所に待ってるから警察へ訴えたければ、勝手に訴えろ」と云って、二人してすたすたあるき出した。
 おれが下宿へ帰ったのは七時少し前である。部屋へ這入るとすぐ荷造りを始めたら、婆さんが驚いて、どう御()しるのぞなもしと聞いた。御婆さん、東京へ行って奥さんを連れてくるんだと答えて勘定をすまして、すぐ汽車へ乗って浜へ着て港屋へ着くと、山嵐は二階で寐て居た。おれは早速辞表を書こうと思ったが、何と書いていゝか分らないから、私儀都合有之(これあり)辞職の上東京へ帰り申候(もうしそろ)につき左様御承知被下度(くだされたく)候以上とかいて校長宛(あて)にして郵便で出した。
 汽船は夜六時の出帆である。山嵐もおれも疲れて、ぐうぐう寐込んで眼が覚めたら、午後二時であった。下女に巡査は来ないかと聞いたら参りませんと答えた。「赤シャツも野だも訴えなかったなあ」と二人で大きに笑った。
 其(その)夜おれと山嵐は此(この)不浄の地を離れた。船が岸を去れば去る程いゝ心持ちがした。神戸から東京迄(まで)は直行で新橋へ着いた時は、漸(ようや)く娑婆(しゃば)へ出た様な気がした。山嵐とはすぐ分れたぎり今日迄(まで)逢う機会がない。
 清の事を話すのを忘れて居た。−−おれが東京へ着いて下宿へも行かず、革鞄(かばん)を提()げた儘(まま)、清や帰ったよと飛び込んだら、あら坊っちゃん、よくまあ、早く帰って来て下さったと涙をぽたぽたと落した。おれも余り嬉しかったから、もう田舎へは行かない、東京で清とうちを持つんだと云った。
 其(その)後ある人の周旋で街鉄(がいてつ)の技手になった。月給は二十五円で、家賃は六円だ。清は玄関付きの家でなくっても至極満足の様子であったが気の毒な事に今年の二月肺炎に罹(かか)って死んで仕舞った。死ぬ前日おれを呼んで坊っちゃん後生だから清が死んだら、坊っちゃんの御寺へ埋めて下さい。御墓のなかで坊っちゃんの来るのを楽しみに待って居()りますと云った。だから清の墓は小日向(こびなた)の養源寺(ようげんじ)にある。
明治三九年四月一日