坪内逍遙(1859-1935)譯 シェークスピヤ作「オセロー」。
底本:新修シェークスピヤ全集第二八卷,中央公論社,昭和十年四月一日印刷,昭和十年四月十日發行。
其他、水夫、使者役、傳令役、役人、紳士、樂人、侍者役等。
ロダリーゴーとイアーゴーが出る。深夜。
(ロダリーゴーは、ヹニスの若紳士。イアーゴーは黒面將軍オセローの旗手。 ロダリーゴーは元老議官の女 デズデモーナに戀慕してゐる。 表面だけ率直で腹の黒いイアーゴーは其取持を頼まれたを幸ひに、ロダリーゴーを好い食ひ物にしてゐた。 其うちに、デズデモーナはオセローと竒異な戀愛關係を生じて、恰 も、此夜、 父の家を拔け出したのである。 ロダリーゴーがそれを傳聞して苦情を竝 べるのをイアーゴーが巧みに辨解するが、 やゝ低能なロダリーゴーだが、さすがに承服しない。)
此中に、二人ともブラバンショーの屋敷の前へ來る。
ブラバンショーが半裸體のやうな寢衣姿 で、樓上の窓口に現はれる。
ブラバンショーうろたへて入る。
イアーゴーが急いで入る、 と同時にブラバンショーが把火 を持つた家僕 共を大勢つれて平舞臺へ出る。
ロダリーゴーに案内されて、皆々入る。
黒將軍のオセローとイアーゴーが把火 を持つた從者大勢を從へて出る。 此街の或家にデズデモーナが匿 つてあるのである。恰 も其家の附近での問答と解してよい。(イアーゴーは先走りして、オセロー主從の會ひ、ロダリーゴーの事をさん〜゛あしざまに告げ口して、 おのが信用を増すべく
力 めた。 オセローは其過去生を悉く艱苦と戰役に費した至つて樸直 な武人なのである。 戰場に臨んでは驚くべき冷靜で沈着で勇敢でもあるのだが、俗世間の事には極めて迂闊な好人物、 だから、イアーゴーの率直めかした巧妙至極な諂諛 に欺瞞 され、 其言ふまゝを信ずるのが例になつてゐる。)
キャッシオーを先きに公爵からの或役人らが把火 を持つて出る。
とオセローはデズデモーナを匿 つてある家へ入る。
さ、將軍、參りませう?といひかける。此途端に、オセローが戻つて來る。で、イアーゴーは話題を轉じて
ブラバンショーは、ロダリーゴーに案内させ、把火 や武噐を持つた警護の者大勢を從へて出る。
警護の者が氣込む。
とロダリーゴーへ躍りかゝらうとする。オセローの從者ら劍を拔いて氣込む。 とオセローは雙方 の間へ割つて入つて押し隔てゝ、沈着に
雙方 共に又も立掛かる。
皆々入る。
公爵をはじめ元老院議官ら卓子を圍んで著席し、サイプラスからの報告を評議してゐる。扉口 には若干の役人らが立つてゐる。
一水夫が出る。
他の使者が出る。
ブラバンショー、オセロー、イアーゴー、ロダリーゴー及び役人ら出る。
婦人が參りますまでに、天に對して申しますやうに、謹んで元老諸閣下に、 手前が内情のイアーゴー竝 びに公爵の侍臣數人入る。
デズデモーナ、イアーゴー及び侍者役らが出る。
これにてオセローも席に著く。と公爵はじめ元老一同改めて議事に取りかゝる。
公爵、議官、ブラバンショー、役人ら皆入る。
オセローはデズデモーナを伴つて入る。
ロダリーゴー入る。とイアーゴーは瞑想に耽る。
イアーゴーも入る。
假總督のモンターノーが二紳士と出る。二紳士は岬の端 へ登つて往つて海上の模樣を視察する。 モンターノーも海の方を見詰めてゐる。けふにも攻めて來る筈であつたトルコの艦隊が、 昨夜來の暴風で、どうなつたかと懸念して見張つてゐるのである。
紳士の三出る。
キャッシオーが出る。
此時、奧で、「船だ〜〜!」と叫ぶ聲がする。と紳士の四が出る。
奧で大砲の音。
紳士の二入る。
どうでした!入港したのは誰れでした?紳士の二出る。
あゝ、御覽なさい、船のデズデモーナを先きに、イミーリヤ、イアーゴー、假裝してゐるロダリーゴー其他大勢の從者らが出る。
や!船が著いたやうです。此時、奧で、又、「船だ〜!」と叫ぶ。
奧で禮砲の音。
(イアーゴーに)旗手どの、ようこそ。(イミーリヤに)……ようこそ、お内儀。 (と抱擁して)……イアーゴーどの、かういふ禮法は手前の教はつた禮法です、 お氣にお紳士の二は入る。
とイミーリヤに接吻する。
此間、デズデモーナは夫オセローの未著を頻りに心配してゐるのだが、 それを人々に氣取られるのを流石に氣にする所から、それを紛らすために、わざとイアーゴーへ話しかける。
といひつゝデズデモーナの手を取つて、キッスの禮を行ひ、尚ほ何か小聲で挨拶してゐる。
ムーアどのだ、あの喇叭に喇叭の音と共に大砲の音。
オセローが從兵大勢を伴 れてさすがに昂奮した顏色で出る。 とデズデモーナが駈けよつて出迎へる。
とデズデモーナを抱擁する。
とデズデモーナの手を取つて先きに立ち、皆々を從へて入る。
イアーゴーとロダリーゴーだけ殘る。
ロダリーゴー入る。
といひ〜イアーゴー入る。
傳令の役人が布告文を持つて出る。と市民大勢從ひて出る。
皆々入る。
オセロー、デズデモーナ、キャッシオー(名はマイケーエル)及び侍者役ら出る。
キャッシオーだけを殘して皆々入る。
イアーゴーが出る。
キャッシオー入る。
や、來たやうだ。……空想通りに巧く行きや、風もよし、潮時もよし、 俺の船は得手に帆だ。此時、奧で大勢の笑ひ聲が聞える。
キャッシオー又出る。つゞいて假總督モンターノー及び他の紳士が大勢出る。
給仕が酒壜 を持つて出る。
(歌ふ)鳴らせ金屬盃 を、チリカン、チリカン。
鳴らせ、も一つ、金屬盃 を、チリカン。
軍人 ぢやて人間でござる、
人の一生は掌 ほどぢやよ、
ならば飮まんせ軍人 !
給仕!酒だ〜!
此間に、キャッシオーに酒を注ぐ。
(歌ふ)王のスチーブンは立派な殿さま、
けれどもお筒袴 がたつた三兩。
それでも百文がた高いというて、
仕立係りを阿呆とお叱り。
お歴々でもそのよなものぢやに、
おぬしや身分も低いぢやないか?
國は驕奢 で滅ぶと申す、
古い外套被 て濟 しや。
さァ〜、酒だ〜!
といひ〜倒れかゝる。
とキャッシオーよろめき〜入る。
此時、ロダリーゴーがうそ〜と出る。
ロダリーゴー入る。
奧でロダリーゴーの聲で 「助けてくれ!助けてくれ!」と叫ぶ。キャッシオー拔劍してロダリーゴーを追ッ掛けて出る。
とロダリーゴーを打擲 する。
とキャッシオーの腕 を支へる。
とモンターノーを毆 つ。これにてモンターノーも嚇 となつて、劍を拔く。 遂に眞劍の立廻りになる。
あ、これさ〜、副官どの……兩君とも、どうしたといふんです。…… (奧にむかつて)おい〜、誰れか來てくれ!……副官……まァさ〜…… モンターノーどの……まァさ〜。……おい〜、誰れか來てくれ! いや、どうも上等な夜警だ!ロダリーゴー急いで入る。イアーゴーは二人を止める介 をしながら
誰れだ鐘を鳴らしやァがるのは?……やい、畜生ッ!奧で非常鐘が鳴り渡る。ロダリーゴーが鳴らしたのである。
此中にモンターノーは手傷を負ふ。
途端に、オセローが從者大勢を伴れて出る。
キャッシオーはいよ〜見さかひがなくなつて荒れ廻り、モンターノーも今は死物狂ひになつて鬪つてゐる。 イアーゴーは其仲へ割つて入る。
あのかしましい鐘を鎭めい、島の者が此時、モンターノーは手傷に弱つて倒れる、キャッシオーはイアーゴーに抱きとめられる。 此間、非常鐘は尚ほ頻りに鳴つてゐる。
見い、此時、デズデモーナが侍女 共をつれて出る。
イアーゴー、市中を侍者らモンターノーを介抱して入る。
イアーゴーとキャッシオーの外は皆入る。
キャッシオーは慚愧後悔して、兩手に顏を埋めて、しよげ切つてゐる。
キャッシオー入る。
どうしたね、ロダリーゴー!ロダリーゴーが出る。
ロダリーゴーしぶ〜入る。
イアーゴーも入る。
キャッシオーと數人の樂人が出る。
(前幕の數時間後と假定していゝ。デズデモーナの居間下の窓の前で、樂を奏させるのである。 新婚を賀して其家の前で奏樂するのは當時の慣例。)
樂を奏し終る時分に、道外 方が出る。
(taleとtailの口合である。他の作中にも屡々使用される。taleは「話柄」、 即ち一件の義ともなる。tailは體の下部に埀下してゐるもの、即ち男性噐、 これも一件と俗には謂ふ。 ブー〜いふ箇處の附近に埀下してゐるといふ卑陋 な洒落。)
樂人らは、そこ〜にして入る。
いゝところへ、イアーゴー。道外方惡身をしつゝ出る。
イアーゴーが出る。
故郷のフロレンス人だつて、あんな深切な誠實な男はゐない。イアーゴーは城の中へ入る。
イミーリヤが出る。
二人ともに入る。
オセロー、イアーゴー及び紳士役數人出る。
(近世の實演では、皆々板附きで、オセローは諸方へ送る書面を恰も封印してゐる最中である。)
皆々入る。
デズデモーナとキャッシオーとイミーリヤが出る。
遠くへオセローとイアーゴーが出る。
キャッシオーあわてゝ入る。
此うちに、オセローとイアーゴーは近づく。イアーゴーはキャッシオーの後ろ影を見送つて、 わざとだしぬけに、
此中にデズデモーナが出迎へる。
デズデモーナとイミーリヤは入る。
「邪推 」の原語jealousyは主として性に關した猜疑、邪推を指す。 で、「嫉妬」と譯しても恰當な場合がある。が、「嫉妬」、「悋氣」、 「ヤキモチ」とばかり譯しては、内包が大分不足だと思はれるから、 わざと本文の如くに譯しておいた。
と行きかけて、イアーゴーは物蔭で樣子を窺 つてゐる。 オセローは煩悶の思入れ。
イアーゴー入る。
デズデモーナとイミーリヤが出る。
とハンケチでオセローの額を縛 へようとする。
うッちやつとき。さ、一しよに行かう。とオセローが焦れ氣味ではずみに、ハンケチが床の上に落ちる。 デズデモーナがそれを拾はうとするのを止めて
と立上る。
オセローはデズデモーナと共に奧へ入る。とイミーリヤが落ちてゐるハンケチを拾ひ上げて、
イアーゴー出る。
と取らうとするのを、避けて、高く手でかゝげて。
此ハンケチをキャシオーの宿に落しておいて、拾はせる。 空氣ほどの輕いものでも、疑つてる者にや、聖書の御本文ほどの證據になる。 これが何かの役に立つだらう。ムーアめは俺の毒が利いてイミーリヤしぶ〜入る。
オセローが煩悶の思入れで出る。
此中に、イアーゴーは徐 かにオセローに近づきて、如何にも氣の毒さうな思入れで
と煩悶する。
此間に、イアーゴーは、地上に押附けられて、へたばる。
と行きかける。
と祈念し了つて起ち上らうとする。とイアーゴーがそれを止めて
二人ともに立ち上る。
二人ともに入る。
デズデモーナとイミーリヤが道外方をつれて出る。
と道外方、例の如く勿體ぶつて入る。
(人體には四種の液が混合して充溢してゐる、其混合鹽梅で、 性格の良否や健康の度が決せられるといふ古い醫學説に因 んだ語。)
オセローが出る。
と手荒くデズデモーナを突きのけて、大胯に急いで入る。
キャッシオーとイアーゴーが出る。
きッと、ヹニスから何か政事上の知らせがあつた爲に、でなきや、 此サイプラスで最近露見した或陰謀かなんかの爲に煩悶してをられるのでもあらう。 さういふ時には目下へ八當りをするのが男の常です、イアーゴー入る。
デズデモーナとイミーリヤは入る。
とビヤンカが出る。此女は此島の賣笑婦で、キャッシオーの馴染である。
ビヤンカさん、此模樣を寫してくれないか?デズデモーナのハンケチを懷中から出して
二人ともに入る。
オセローとイアーゴーと出る。此以前に、 イアーゴーは「よしやデズデモーナとキャッシオーとが同衾もしくは接吻した事實があつたとしても、 單にそれだけで以て不義姦通とは認定しがたからう」といふ風の逆説をオセローに向つて試みたらしい。 それに對してオセローは、「既にそれだけの證跡がある以上、 姦通と認めないわけにはいかん」と是れはまた至極の常識説を主張したらしい。 此場のイアーゴーの冐頭のセリフは、オセローの其語に對しての評と見るべきである。
オセローは苦悶の餘り、遂に悶絶する。
やキャッシオーどのですか?キャッシオーが出る。
閣下、いかゞです?頭に怪我をなさりやしませんでしたか?キャッシオー入る。
(オセロー物かげへ入る。
奴が笑ふのを聞きやァ、オセローめは狂人のやうになるだらう。人情にキャッシオー出る。
といひつゝ、イアーゴーの頸を抱擁する。
といろ〜に身振をしつゝ話す。
(ビヤンカが出る。
と泣いたり、怒つたり。
ビヤンカぷり〜して入る。
キャッシオー入る。
オセローが物かげから出る。
と苦悶の思入れ。
や、あの喇叭は何ぢや。奧で喇叭の聲がする。
ロドーヰ゛ーコー(ブラバンショーの近親)を先きにデズデモーナ及び侍者らが出る。
封書をオセローに渡す。
開封して讀みかける。此間に、デズデモーナ、イアーゴーらが、 めい〜改めてロドーヰ゛ーコーに挨拶をする。
とデズデモーナが不審がつて傍へ行く。とだしぬけに
といひもあへず打擲する。皆々とりおさへる。
椅子又は床上に倒れて泣く。
デズデモーナ泣く〜行きかける。
デズデモーナは戻つて來る。
(又ロドーヰ゛ーコーに)代理はキャッシオーにさせます。それから、今夕は、 あなたを御招待して、御一しよに晩餐がしたい。ようこそお出で下された此サイプラスへ。 ……(奧を睨んで)デズデモーナ泣く〜入る。
ぶつ〜いひながらオセローは入る。
皆々入る。
オセローとイミーリヤと出る。イミーリヤを特に呼び附けて糾問してゐるのである。
大ぶ立派に言ひをる。が、あれ程の事はイミーリヤ入る。
イミーリヤに伴はれてデズデモーナが出る。
イミーリヤ呆れて入る。
デズデモーナ跪いて
デズデモーナが立寄るのを手荒く排斥 けて男泣きに泣く。
お前、お前、さうぢや、お前さんぢや!もう
- デズデ
耐 へかねて椅子の上へ泣き倒れる。
イミーリヤが又出る。
財布をイミーリヤの前へ抛 げ出しておいて入る。
イミーリヤ入る。
イミーリヤが夫のイアーゴーをつれて出る。
と、イミーリヤ泣く。
デズデモーナが取亂して泣くのをイアーゴーらが慰める。
おや、ありや夕食の知らせだ!ヹニスのお使者たちがお奧にて喇叭の聲。
どういたしましたね、ロダリーゴー君!イミーリヤに介抱されてデズデモーナ入る。
イアーゴーが歸りかけると、其途端にロダリーゴーが出る。
とイアーゴーは困つたと思ひながら、わざと平氣で
イアーゴーはロダリーゴーと手を組み合せて、いかにも親友らしくして入る。
オセロー、ロドーヰ゛ーコー、デズデモーナ、イミーリヤ及び侍者役ら出る。 恰も夕食後の體 。
オセロー、ロドーヰ゛ーコー及び侍者役ら入る。
あはれ娘はシャモーアの蔭に、
歌へ、柳を、只青柳を!
胸にや手をあて、膝には頭 、
歌へ柳を、柳や柳!
傍 の小川も共音 に鳴いて、
歌へ柳を、柳や柳!
落す涙にや石さへ和 む、
これを上被 を脱ぎつゝ。
歌へ柳を、柳や柳!さ、早くよ、もうぢきにお見えになるだらうから。……
と又歌ふ。
歌へ、青柳や、此身のいゝえ、さうぢやなかつた。……おや!だれやら戸を叩いてるぢやないの?插 し、
主 にや咎 ない、身をこそ怨め、……
さ、さ、お主 を浮氣と譴 めたりや主 が、
歌へ柳を、柳や柳!
餘所 の女子 [と?]懇懃 したら
餘所 の男と寢やれと被言 る。
二人ともに入る。
イアーゴーとロダリーゴーが出る。闇夜の體 。町家の軒下。 二人はこゝでキャッシオーを暗撃 にすべく待伏せをすようとしてゐるのである。
イアーゴーは少し立離れる。
軒下に忍ぶ。
キャッシオーが町傳ひに出る。
とキャッシオーを一突き突く。
劍を拔いて、二三合してロダリーゴーを突く。とロダリーゴーは重傷 を負つて倒れる。
此時イアーゴーは闇を幸ひに、そッと背後 からキャッシオーの脚を一薙 しておいて、 逃げて入る。
キャッシオー倒れる。
オセローが出る。
オセロー入る。
ロドーヰ゛ーコーとグラシヤーノーが出る。
此時、イアーゴー把火 を持ち、拔劍を提 げて出る。
走りよつてロダリーゴーの胴を刺す。
此時ビヤンカが出る。
此うち、ビヤンカはキャッシオーに目を附けて走り寄つて、跪き、介抱しつゝ
けつこう〜、其輿をこゝに誰れか、注意をして、これで此うち、從者らが椅子輿 を持つて來る。
諸君、まァ、暫くお待ち下さい。……(ビヤンカに)キャッシオーもロダリーゴーも擔 ぎ去られる。
イミーリヤが出る。
皆々入る。
デズデモーナが床の上に眠つてゐる。その傍に燭火 。 オセローが忍び足で出る。
あゝ、かうばしい息ぢや、正義の神だつてもこれをとデズデモーナを接吻 して。
起き上らうとするデズデモーナを手荒く床上へおさへ附ける。
と揉 くのをおさへ附けて。
敷布をかぶせてデズデモーナを壓殺 す。暫時沈默。と奧で扉 を叩く音。
(古いテキストに、こゝでオセローが短劍でデズデモーナを刺すといふトガキの書き添へられたのがあつて、 それが俳優が演ずる際の一つの型となり、最近まで傳はつてゐる。或ひは、 單に窒息の爲に死んだものとすると、後に暫時でも息を吹き返して物を言ふのが不自然に思はれるから、 いつとなくさういふ型が始められたのかも知れない。)
何處にをる?用とは何ぢや?と床の帳 を引いてデズデモーナの死骸を隱し、やがて扉口 の錠を外し、 戸を開く。
イミーリヤ狼狽の態 で走り入る。
此途端に、デズデモーナが息を吹き返して、息もたえ〜゛ながら
あれい!だれか來て下さい!だれか來て下さいよう!おゝ、奧さま、もう一度お口をおきゝ下さいまし! デズデモーナさま!おゝ、もし、何とかおつしやいまし!寢床 へかけよつて、帳 を開いて見て
とデズデモーナ死ぬ。
と劍を拔く。
と扉口 へ駈けていつて、大きな聲でわめく。其間、 オセローはそれを制しようともせず、デズデモーナの寢床 に突ッ伏して唸 いてゐる。
とモンターノー、グラシヤーノー、イアーゴーらが大あわてで奧から出る。
此うちに、オセローは、又更に苦悶の思入れで寢床 の上に突ッ伏して泣き唸 く。
これにてイアーゴーは劍を拔いて、いきなり、イミーリヤを刺さうとする。 グラシヤーノーが目早く見附けて遮る。
と堪 へかねて拔劍してイアーゴーに走りかゝらうとする。 それをモンターノーがさゝへて、劍をもぎ取る。 此途端にイアーゴーは背後 からイミーリヤを一刺し刺し、そのまゝ、逃げて入る。
モンターノーとグラシヤーノーとは戸外へ入る。
といひ〜イミーリヤ息絶える。
これにてグラシヤーノーが出る。
此時、ロドーヰ゛ーコーとモンターノーが、椅子輿で擔 かれてゐるキャッシオーと共に出る。 つゞいて役人共がイアーゴーを召捕つて引ッ立てつゝ出る。
と唐突 に走りよつてイアーゴーを刺す。皆々驚いて引分ける。
突き殺しましたとお書き添へ下さい。と隱し持つてゐた短劍で唐突 に我が胸を刺して
といひ〜息絶える。
皆々入る。