巖窟王 (上卷): 目次


アレクサンドル・デュマ (Alexandre Dumas, 1802-1870)著、黒岩涙香 (1862-1920) 譯、 史外史傳巖窟王 -- モンテ・クリスト伯 -- (Le Comte de Monte-Cristo, 1844-45)。
出版社:愛翆書房。上卷:昭和二十三年十一月十日印刷,十一月十五日發行,定價百八十圓。 下卷:昭和二十四年三月十日印刷,三月十五日發行,定價二百圓。


史外史傳巖窟王

アレクサンドル・デュマ著

黒岩涙香 譯

目次


osawa
更新日:2003/12/29
更新日:2003/12/29

巖窟王 : 前置


世に英雄は多いけれど拿翁(なぽれおん)の樣な其の出世の花々しい英雄は又と無い。 (さう)して其亡び方の異樣に物凄い英雄も亦と無い。

彼は實に、第十九世紀の首途(かどで)に花を飾つた人である、第十九世紀と云ふ大舞臺に大活劇の幕を開いたのが彼だ。

彼は千七百六十九年に、(ほとん)ど人の振返つて見さへせぬ、地中海の小島に生れて、 三十の歳には早や全彿國(ふらんす)を足下に踏まえる大將で有つた、十九世紀の幕の開いた千八百〇一年には、 既に議政官の長と爲つて、國王の無い國に國王と同じ身分に爲つて居た。

猛りに猛つた民權論の眞盛りに、革命の眞只中に出て直ぐに其の民權論を蹂躙し、 殆ど全國民の生殺與奪の權を一手に握るとは何たる怪物だらう、 彼が其國の歴史に例の無い「皇帝」と云ふ尊號を得たのが、彼の卅六歳の年、 即ち千八百〇四年で、民權も革命も總て彼の前にお辭宜(じぎ)した、 此時に當つてや彼は佛國の皇帝たるのみね無く、全歐洲の王である、 殆ど人間の閻魔大王とも爲つて居た。日耳曼(ぜるまん)も、西班(すぺいん)も、阿蘭陀(おらんだ)も、 墺太利(おうすとりい)も、皆彼の配下に立ち、 北方の強と云ふ可き露西亞(ろしあ)までも彼の鼻息の(もと)慴伏(せふふく)して居た。 海を隔てた英國(いぎりす)より外には彼の意の儘に成らぬは無かつた、 歴史家が此時の彼を指して「空前の大野心の空前の大成功」と云つたのは無理は無い、 實に空前のみならず絶後の大成功である。

自分の兄弟三人を、サツサと諸國の王に取立て、尚ほ不足する所は手下の軍人で補つた、 亂暴は亂暴であるが「國王製造者」と云ふ無類の異名を得たのは千古の竒觀と云ふ可しだ、 全く隨意に國王を製造して居たのだ、大抵の國で野心家の野心と云へば、 小さいのは獵官ぐらゐ、大きいとても總理大臣と云ふには過ぎぬ、 此人逹に比ぶれば、何たる懸隔、雲泥などゝ云ふ言葉では追着かぬ、 兵隊を議場に入れ喇叭の聲で議員の怒聲を埋めて置いて、一蹶して國家の長と爲り、 再蹶して皇帝と爲り、三蹶して皇帝の上の皇帝と爲つた。

(さう)して其の四蹶目が面白い、自分の生れたコルシカ島から遠くも無いエルバ島へ、 皇帝と云ふ尊號を持つたまゝ流されて蜑戸(あま)の焚く火の侘寢(わびね)に夢を照される人とは爲つた。

けれど四蹶には終らぬ、 五蹶してエルバ島を脱するや備への嚴重なグレノブルの關所を單身で越えんとして番兵の前に立ち 「防禦の武噐の無き皇帝を、汝射殺すて功名するは今ぞ」と告げた、 膽力天地を呑むとは此事だらう、番兵が彼の膝に、彼の足に、(すが)り附いたも(うべ)である、 佛國全土の民は箪食(たんし)壺漿(こしやう)せぬばかりに歡迎したのも(うべ)である、 新王路易(るい)十八世が一夜の中に夜逃げしたのも亦(うべ)である。

是れと云ふのも畢竟は、天が此の逞しい俳優をして大詰の一幕ウヲーターローの敗軍から、 英國の軍艦で、セントヘレナの孤島に流さるゝ英雄の末路を演じさせ 「私慾より上に脱せざる人には永久の成功無し」と云ふ大なる教訓を(のこ)さんが爲で有つたのであらう、 彼は多くの英雄豪傑と同じく、偶然の人間では無い、天意の道具に使はれた特製の圖面である。

*    *    *    *    *    *    *

(こゝ)に説き出す巖窟王の實談は、此の拿翁(なぽれおん)の話では無い、 全く別の人、別の事柄であるけれど、拿翁(なぽれおん)と少からぬ關係がある、 此話の始まるのが、丁度拿翁(なぽれおん)がエルバ島を脱した千八百十五年二月廿九日の事で、 此實談の主人公が、其島へ立寄つて拿翁(なぽれおん)に聲を掛けられて來た時からの話である。

而も此人や彼と同じく、亦偶然の人間では無く、天の意を圖解する天の道具かと怪しまれるのだ、 拿翁(なぽれおん)が歴史の表面に活動する間に、此人は暗黒なる裏面に人間界の鬼の樣に働いて居た、 (さう)して其一身の波瀾、其の閲歴と事功との光怪、 殆ど拿翁(なぽれおん)と對す可き程の者で而も人物の天性、 醇の醇なることに至つては、彼れ翁輩(をうばい)と比す可きで無い、 唯翁は野心的に進み、此人は人情的に進んだ()けに、翁は知られ、此人は隱れ、 翁は輝き、此人は曇り、從つて舞臺も演劇も全く違つて居る、 彼の人は雷の如く陽氣にして此人は地震の如く沈痛である。

唯だ發端の話頭(わとう)(いさゝ)か翁がエルバ島を脱する時の事件と關聯する所が有つて、 彼を知らねば之を解するの不便なるが爲めに、愈々(いよ〜)話に入らうとする前に斯くは記して置くのである。

史外史傳「巖窟王」其の巖窟とてもエルバや、コルシカと同じ地中海の一島で又遠くは離れて居ぬ、 舞臺とは、西洋から指して東洋と云ふ土耳古(とるこ)(へん)より伊國(いたりや)を經て佛國の中心歸して居る、 或人は之れを「神侠傳」と云ひ或人は「復讐竒談」と云ひ、譯者は之を「巖窟王」と云ふ、 (いづ)れの名も此人の一端を寫したに過ぎぬ、全體を讀終れば適當な概念が自ら讀者の胸に浮ぶであらう。

譯 者 識

更新日:2003/12/29

巖窟王 : 上卷 主要人物


(だん)友太郎(ともたらう)(エドモン・ダンテス)
數竒の運命とたゝかひぬく本篇の主人公。後の巖窟島伯爵(モンテ・クリスト伯)。
(つゆ)(メルセデス)
友太郎の許嫁、友太郎の入獄中次郎の妻となる。
次郎(じらう)(フエルナン)
スペイン村の漁師、後西班牙戰爭の功あつて野西子爵(モルセール子爵)となる。
野西(のにし)武之助(たけのすけ)(アルベール・ド・モルセール)
次郎とお露の間に生れた息子、若き子爵。
段倉(だんぐら)喜平次(きへいじ)(ダングラール)
森江氏持船巴丸(フアラオン丸)の會計主任。後次郎と共に西班牙戰爭で巨利を博し大銀行家となり男爵を贖ふ。
蛭峰(ひるみね)重輔(しげすけ)(ヴイルフオール)
野々内彈正の息子で若き檢事補。父とは反對に熱心な王黨の支持者、後の檢事總長。
梁谷(はりや)法師(フアリヤ法師)
友太郎が獄中にて會える博學多才なイタリヤの司祭。友太郎生涯の恩師であり又恩人。
森江(もりえ)良造(りやうざう)(モレル)
マルセーユの船主、友太郎の主人にして又恩人。
森江(もりえ)眞太郎(しんたらう)(マクシミリヤン・モレル)
森江氏の長男で陸軍々人。
野々内(ののうち)彈正(だんじやう)(ノワルテイエ)
蛭峰の實父にてナポレオン黨の有力な鬪士。
粕場(かすば)毛太郎次(けたらうじ)(カドルツス)
友太郎の友人にてマルセーユの仕立屋、後に旅籠屋の主人。

更新日:2003/12/29

巖窟王 : 一 團友太郎と段倉


拿翁(なぽれおん)がエルバの島に流されて早十ヶ月ほどを經た千八百十五年二月廿四日である、 地中海の東岸から丁度そのエルバ島の附近を經て彿國(ふらんす)の港、 馬耳塞(まるせーゆ)へ巴丸と云ふ帆前船が入つて來た。

是は此の土地で餘ほどの信用ある森江商店の主人森江氏の持船であるので、 波止場に居合す人々が、立つてその近寄る(さま)を見てゐると、 既に港の口を入つてゐるのに何故か岸の(そば)へ來るのが遲い、 何か船中に間違があつたに違ひないとの心配が言はず語らず人々の胸に滿ちた。

けれど船其ものに故障が出來たとは見受けられぬ、船は無事に前、中、後、三本の柱に帆を上げ、 (みよし)には水先案内の傍に年十九か廿歳(はたち)ばかりの勇ましい一少年が立つて、 殆ど船長かと見ゆる程の熟練を以て介々しく水夫等を差圖してゐる、それだのに何と無く尋常(たゞ)ならぬ所がある。

陸にゐた人々の中、一人は、最早氣遣はしさうに、空しく待つてはゐられぬと云ふ風で手早く岸の小船に飛び乘り、 自分で漕いでその(かたはら)まで漕付けた、是れは此の巴丸の持主森江氏である、 漕付けて上に居る彼の少年に聲を掛け、「マア團君か、何うしたんだ、船中總體が、 何だか陰氣に(ふさ)ぎ込んでゐる樣に見えるが -- 」 團と呼ばれた彼の少年は主人への敬禮に帽子を脱ぎ「オゝ森江さんですか誠に不幸な事が出來ました、 船長(くれ)氏が伊國(いたりや)沖で死なれました」船主森江は「シテ積荷は、積み荷は」 團少年「それだけは御安心です、荷物は仔細ありませんけれど傷ましい呉船長は -- 」 森江「誤つて海にでも落ちたのか」團「イイエ急な腦膜炎で死なれました」 いひつゝも少年は水夫を顧みて帆の事から錨の事にまで差圖を與ふるは、 船長の死んだ爲め自分自身が差圖の役だけは勤めて居ねばならぬ爲であらう、 差圖が濟むと又持主の方に向ひ「伊國(いたりや)の港を出るとき船長は港係の長官と長い間熱心に何かお話でしたが、 其からといふものは甚く心配の御容子で、間もなく今申す腦膜炎と爲り、 三日三夜苦しみ通して(つひ)に最期を遂げられました。 其亡骸(なきがら)はギグリヨ島の影へ(かた)の通り水葬しまして、 勳章と劍だけを奧さんへ屆ける爲め吾々が持つて來ました、 ホンに十年間も英國との戰爭に從事した人だと云ふに惜い事を致しました」森江氏は慰めて 「嘆くな友太郎、誰だつて一度は死なねばならぬエゝ年取つた者が死なねば若い者が出世出來ぬ」 言葉の中には暗に船長に取立てて遣るとの意が見えて居る。に尤も無理は無い所であるあ。

(かゝ)る中ににも此少年團友太郎が水夫を指揮する樣を見るに、 規律が能く立つて(あたか)も自分の指を使ふ樣に自在である、 森江氏「(まづ)荷物に(さは)りが無ければ」 團友太郎「ハイ荷物の事は何うか荷物取締の段倉君からお聞下さい、 今度の一航海は餘ほど儲かつたと云ふ事ですから」 云ひつゝ船舷(ふなべり)に繩を卸せば森江氏は水夫も及ばぬほど巧に之を攀ぢ、直に甲板に上つて來た、 そして團少年が猶も急がしく指圖してゐる間に(こゝ)へ出て來た荷物係の段倉といふ男に(むか)つた。

段倉は團友太郎より年が五六歳も上であらうか(まなこ)に油斷の爲らぬ光のあるは何だかゴロ猫の樣に見え、 何から何まで團とは大違ひである。團が水夫等に敬はれ愛せられてゐるのと同じ割合に段倉は憎まれ嫌はれてゐる、 けれど主人の信用を得てゐることは團と似寄つたものと見える、森江氏「聞けば段倉君、 呉船長が死んだ相だが」段倉は目下へ向つて非常に嚴しいと共に上に向つては非常に鄭重だ、 (まづ)聲から柔げて掛かり「ハイ何うも早お氣の毒に堪へません、 森江商店の樣な大信用ある商社の船を(あづか)るにはアノ樣な老練な方でなければ」 と早團少年が船長に取立てられはせぬかと、主人の顏色を讀取つて嫉ましさに豫防してゐる、 豫防と見せずに豫防するのが段倉の段倉たる所である、 森江氏「ナニ船を(あづか)ることは、友太郎は、慣れたものではないか」 といひゝ團少年の方を見返れば、段倉は目に又も羨ましさの光を現はし 「ハイ自分では一廉(ひとかど)出來る積でゐる樣です、 少年と云ふ者は兎角自信に強い者で、船長が亡くなられると直に、誰にも相談せずに、 自分が指圖役になつた所などは感心な者ですよ」何だか言葉の中に毒がある、 其毒を甘い蜜の樣に聞かせるのだ、森江「勿論友太郎は船長の手助けに乘つてゐるのだから、 船長の跡を取敢ず引受けるのがその義務といふもの、 誰にも相談する必要はないのぢや」段倉「ハイそれは(さう)でせうとも、 けれど其のお蔭で、エルバ島の所で船を一日後らせて了ひました」

エルバ島とは耳に着く言葉である、不斷なら何でもないが、時が時だけ耳に着くのだ、 今に此島から天地も覆へる程の風雲が起りはせぬかと誰も氣にしてゐる所である、 果して森江氏が耳を(そばだ)てた、「エ、彼のエルバ島で船を一日、 何處か船體に損所でも出來て」段倉は得たりと「ナニ損所が出來ますものか、 唯自分で上陸して見たいといふ詰らぬ望みの外には何の原因もないのです」 是は船主としては聞捨難い所である、船の指圖を引受けた者が自分の慰みに一日の航路を後らせる法は無い、 森江氏は友太郎の方に向ひ「團君、團君」と呼び立てた。

團少年は指圖の最中である、振向いて「少しお待ち下さい」といつた儘水先案内に力を合はせ水夫に錨を卸させてゐる、 段倉は()う主人の顏色を見て「我事成れり」と思つた樣子で荷倉の方へ引込んだ、 其後へ、暫くして團少年は來た「何か御用事ですか」森江氏「用事とて、 實はエルバ島へ一日船を着けてゐた仔細を聞き度いのだ」 團少年は澱みもせずに「ハイ呉船長の遺言を果す爲でした、船長が死に際に、 何だか小包物を私へ渡し、之をエルバ島にゐるベルトラン將軍に渡して呉れといはれました」 呉船長は拿翁(なぽれおん)(もと)に戰つた人であるから、無論其黨派である、 ベルトラン將軍とも何か氣脈を通じてゐたに違ひ無い、 斯かる人を船長に雇ふて置く森江氏とても實は心を拿翁(なぽれおん)の方へ寄せてゐる人だから、 此の返事を聞いて忽ち顏が晴渡つた樣である「シテ將軍に逢つたのか」 友太郎「逢つて手渡し致しました」森江氏は(あた)りを見廻はしズツと聲を潛めて 「皇帝には拜謁せなんだのか」皇帝とは無論拿翁(なぽれおん)の事である、 友太郎「ハイ私が將軍と逢つてゐる其(へや)突々(づか〜)と皇帝がお出に成まして」 森江氏「其ぢやお前は、皇帝と直々(ぢき〜)にお話もしたのだな」


更新日:2003/12/29

巖窟王 : 二 お露は情婦ではありません許婚です


皇帝の事を問ふ其容子、其言葉附で見ると、此の森江氏も確に拿翁(なぽれおん)黨の一人である、 團友太郎は答へた「私からは何もいひませんでしたが、皇帝の方から巴丸の事を熱心にお聞でした、 何時馬港(まるせいゆ)を出たか積荷は何で持主は誰、何處を經て來たなどゝ、 ハイ其御容子で見ると若し此船が私の物で(さう)して荷物を積んで居なかつたらお買上げになる所だつたのかも知れません、 森江さん皇帝は貴方(あなた)の家筋を能く御存じでしたよ、オオ、船主は森江家か、 アレは先祖から代々の船主ぢや、其中の一人は(わし)と一緒の兵營で同じ隊に居た事もあると斯う仰有(おつしや)いました」 森江氏は(いさゝ)か感激して「オオ其れは乃公(わし)の伯父の事だよ、團君、 (ついで)があつたら伯父に皇帝が斯ういつたと話して遣つて呉れ、 伯父は何れほど喜ぶか知れぬ」感激はしても用事は忘れぬ、流石事に慣れた事務家である、 斯う云つて更に用事に歸り「兎に角船長の遺言を、其儘に果したのは出來した出來した」 襃めて又更に氣遣はしげに、一寸と四邊(あたり)を見廻して聲をも低めて 「けれど團君、時節柄だから人に此の樣な事を話しては(いけ)ないよ、 エルバ島へ立寄つたの、將軍に小包を渡して皇帝にも逢つたのと、若し其筋の耳に入つては何の樣な目に逢ふかも知れぬ」 友太郎は物に屈託せぬ少年の常として、平氣である「エルバ島へは誰だつて上陸するでは有ませんか、 私は小包の中に何があるか其さへ知らず、唯誰でもする丈の事を仕たに止まりますもの」 如何にも其通りである、船長の死際の頼みを果したといふに過ぎぬのだから黨派に關係したのでも無ければ政治上の意味も無い、 誰にも咎められぶ可き筈が無いのだけれど、森江氏の此の(いまし)めは、 間も無く(はた)と思ひ當る時があつた。

其れは(さて)置いて、此の時丁度檢疫官と税關吏が船へ來たので友太郎は急いで其方へ行つたが、 後へ直に例の段倉が遣つて來た、彼は何處かで森江氏と友太郎との問答の樣を盜み視、盜み聞いて居たのだらう、 例の通りの猫撫聲で「團君は滿足に辨解が出來たと見えますネ」森江氏「オゝ最も滿足に」段倉「其れは結構でした、 實に同僚の者が間違つた事をするのは傍で見て居ても心配に堪へませんから」 森江氏「何も團は間違つた事をした譯で無い、船長の死際の頼みを果したに止まるのぢや」 段倉「でも貴方へも船長からの手紙を團君はお手渡し仕たのでせうネ」森江氏は(いさゝ)か驚いて 「エ船長から乃公(わし)への手紙、其樣のものを友太郎が預つて居るのか」 段倉「ハイ、彼の小包の外に船長は、貴方への手紙を團君へ」 森江氏「待てよ、待てよ、小包とは」段倉「團君がエルバの島へ持つて上つた小包です」 森江氏「何うして君が其樣な事を知つて居る」此の問には、 人の事を盜み視たり盜み聽いたりする自分の癖を白状せねば成らぬので段倉は少し顏を赤らめたが(やが)て 「實は船長の室の前を通り合すと其戸が少し開いて居まして小包と手紙とを團君へ托する所が偶然に私の目に留まりました」 森江氏は少し考へ「(いづ)れにしても未だ團は乃公(おれ)に其樣な手紙は渡さぬ、 是れから直々團少年を問ふてみやう」段倉は(あわ)てゝ 「でも何うか團君へ私が告げ口した樣に仰有(おつしや)らぬ樣に願ひます」 仲々用心が綿密である、斯いひ置いて段倉は又退いた。

「團君、團君」と森江氏は呼立てた、友太郎は「ヤツと是で一切の事務が終りました、税關吏、 檢疫吏への手續も夫々運んで了ひましたから」と云ひつゝ安心の樣で雇主の前へ立た、 森江氏「()だ何か忘れてゐる事が有はせぬか」團「イヽエ、何にも」 森江氏「では是れから上陸して乃公(わし)の家へ行き家内一同と食事をしよう」 友太郎は當惑げに「上陸すれば直に父の(もと)へ行度いと思ひますが」 短い言葉の中のも孝心が現はれてゐる、森江氏は感心して、機嫌能く「其れが好い、其れが好い、 乃公(わし)とても息子がある若しも其息子が長い旅から歸つて來て第一に父を尋ねて呉れぬ樣なら快い氣持は仕まいよ、 乃公(わし)も實はお前の父が何う暮してゐるか氣に掛らぬでは無いけれど、 少しも父は顏を見せぬが、(まづ)自分の家に引籠つてゐるのは別に不自由の無い證據だらう」 團「イヽエ父は彼の通りの昔氣質(むかしかたぎ)ですから、()しや飢死ぬほどの不自由があつても、 外へ出て人に其(さま)を悟られる事は致しません」 森江氏「成るほど其の通りの氣質だから、猶更お前は氣に掛るだらう、早く土産物でも持つて行つて安心させて上げるが好い、 金は幾等(いくら)でも貸して遣るから」團「イヽエ、お金は父の爲と思ひ三月分の給金を手着けずに溜て有ります」 森江氏「イヤ本統に、若いのに感心だよ、父に逢つたら其次には乃公(わし)の家へ、なア」 團は又も當惑げに「折角のお言葉ではありますが其次には」 森江氏は餘ほど此少年を愛してゐると見え「オゝ分つた、皆まで云ふな、 西班村(すぺいんむら)の別嬪に顏を見せねば成らぬのだらう、 前にもお留守の店へ三度ほど何か便りは無いかとて自分で聞きに來た、彼れも仲々感心な娘だよ、 お前の留守に心も變らず、綺倆(きりやう)といへばアノ通り十人にも廿人も優れてゐてホンに好い情婦を持つたなア、 お前は仕合せ者だよ」笑談に揶揄(からか)ふてゐる、友太郎は顏を赤くし 「お露は情婦ではありません、許婚(いひなづけ)です」森江氏は打笑つて 「何方(どちら)でも大抵は同じ事さ」團「イヽエ私とお露との間は違ひます」 森江氏「躍起と辨解するが花だ、兎も角も早く上陸して、行くが好い」 少年は嬉しさに氣も()いて「では是でお(いとま)を」 森江氏は段倉の言葉を思ひ出した「だが何も乃公(わし)に言置く事は無いか」 團「何にもありません」森江氏「若しや船長から乃公(わし)への手紙でも預かりはせぬか」 團「イヽエ何の手紙も」と言切たが更に「オヽ、其言葉で思ひ出しました、 私は數日のお(いとま)を頂かねば成りません」何やら手紙を預かつてゐるらしい、 但し森江氏へ宛たのでは無いのだらう、森江氏「アヽ數日の(いとま)を取つて婚禮でもするのか」 團「ハイ婚禮も致しますが、其他に巴里へまで上京せねば成りません」 (さて)は其手紙を巴里まで持つて行つて屆けるのか知らん、 森江氏「其れも好し、巴丸の次の出帆までにはまだ餘ほど間はあるが、 しかし三ヶ月の中には歸つて呉れねば、エ船長を(をか)へ置いて船ばかり出す譯には行かぬからネ」

此一語は(なんぢ)を船長に取立てたといふも同樣である、團は又も顏を赤くして喜び 「私が船長ですか、何うか生涯に一度は船長に成つて見たいと -- 」 森江氏「組合人へ相談の上で取立てゝ遣るワ、けれど今から聞いて置き度いのは、 お前が船長に成れば矢張り段倉を使つて置くか何うだ、今度の航海中に段倉は何と思つた」 友太郎は有體(ありてい)に「ハイ私と餘り仲が好くは有ません、 先日も少しの爭ひから私が、では巖窟島へ上つて決鬪しやうと挑みました、 是は私が惡かつたのです、段倉君が應じて呉れなかつたのを今は有難いと思つてゐます、 けれど船の荷物係としては少しも落度の無い人です」 森江氏「落度が無いから引續き雇ふて置くといふのか」 團「勿論です、役目の上には毛嫌ひといふ事は有ません、 何でも貴方のイヤ雇主の信認する人を私は敬つて行くのです」 公明正大ともいふべき返辭である、森江氏は全く滿足して「では早く父やお露を喜ばせて遣れ」

廿歳に足るか足らぬうちに船長といふ約束を得るとは、餘ほど能く出來た人で無くては成らぬ實際類の無い程の出世である、 友太郎は喜色(おもて)に滿ちて森江氏に分れ去つた、 森江氏も感心の面持で友太郎が小船で漕ぎ去る後姿を見送つたが、 森江氏の後邊(こうへん)から同じく彼を見送る段倉の顏には上部(うはべ)にこそ()までとは見えぬ、 全く嫉みの念が皮一枚の底に燃えてゐた。


更新日:2003/12/29

巖窟王 : 三 父と子、類は友


少年團友太郎が果して(まへ)の船長から手紙を(あづ)かつてゐるだらうか、 ゐるとすれば何の樣な手紙だらう、彼の上京といふのも其手紙を屆ける爲では有るまいか、 屆け先は何處なんだらう、話は仲々多岐に渡るが追々分つて來る。

友太郎を見送つた段倉の顏の凄さ、確に笑の中に(つるぎ)(かく)して居るといふものである、 仲々此奴(こやつ)が一癖も二癖もある人間といふことは(はや)其所作で分つて居るが、 之れまでに斯うかで嫉まれては、(やつ)何の樣な(わざはひ)を浴びせられるか知れぬ、 (こと)に友太郎の方が雇主の受が好くて近々船長に取立られる氣色の見えるのが、 此の恨みを沸騰(にえかへ)る程に強くしたらしく見える。

友太郎の方は其樣な事に頓着は無い、早く歸つて父に逢ひ度い、 其後では早くお露の待兼て居る顏をも見度いとの一心である、 陸へ上つて其方此方と父への買物を整へ等して、()て歸つて行つた我家といふは此の馬港(まるせいゆ)の町外れで、 貸家に建た(おほき)な家の、ズツと四階の上に在る小さな一室(ひとま)である、 三月目に歸つたのだから父が何の樣に喜ぶかと思へば、長い〜階段を走上(はせのぼ)る中む胸が躍る、 愈々(いよ〜)上り終つて懷かしい(へや)の戸を開けて見ると、父は少しの日向を頼りに、 窓際の椅子に丸く(しやが)んで此方(こち)へは(せな)ばかりの樣に見えて居るが確に草花の鉢を(いぢ)つて居るらしい、 ()う六十を越した此の年で一人息子の旅に出た永い留守を斯う淋しげに暮して居たかと思へば殆んど(いた)はしさに堪へぬ、 若し餘り驚かせて、椅子から轉び落ちやうも知れぬから、友太郎は先づ(しか)と抱附いて其上で 「阿父(とつ)さん、今歸つて來ましたよ」「オヽ友か、友か、能く歸つて呉れたなア」 といひつゝ振向くと父の顏を見れば三月前より又一入(ひとしほ)痩衰へて、 色も青褪めて居る、斯うも我が留守には心配せられるか、斯樣(かやう)な時には喜ばせて引立たせる外は無いと、 天性の孝心で「阿父(とつ)さん喜んで下さい、程無く船長に出世して百圓の月給を取る時が來ましたよ」 父「本統(ほんとう)本統(ほんとう)か、森江氏はアノ通り慈悲深い方だから」 友太郎「ハイ本統(ほんとう)ですとも、人の不幸を自分の(さひはい)の種にしては濟みませんけれど 今迄の呉船長が亡なられましたので」とて、船主森江氏との話の大體を掻摘んで急がしく話し聞かすに、 父は喜ぶ事は喜ぶ樣だけれど、何だか充分の受答へが無い、口さへも碌には動かぬ、 甚く衰弱(さま)のである[注:原文のまま]。友太郎「何うか成さつたか、阿父(とつ)さん」 父「イヤ何うもせぬ、其方(そなた)が歸つて來たので、何にも苦になる事は無い」 勤めて息子に心配させじとの(さま)が分つて居る、 是れは何か火酒(ぶらんでー)の樣な興奮劑(きつけ)でも呑ませるが第一の急務と思ひ、 友太郎は急いで戸棚を開けて見た、何うだらう食物飮物と名に附く物は、 唯だの一品も備はつては居ぬ、分つた父は飢に瀕してゐるのだ、斯う氣が附くと共に 「エ、エ、阿父(とつ)さん、貴方に此樣な想ひをさせて、誠に濟みませんでした」 と謝罪(あやま)る樣に平伏した、父「何、何も辛い思ひなどはせぬ」 友太郎「私が出る時に上げて置いた六十兩のお金は何うしました」 父「オゝ、彼の金か、彼れは其方(そなた)が立つと間も無く、 (へや)にゐた仕立職人毛太郎次(けたらうじ)其方(そなた)に古い貸があるからとて、 外の五兩は利子に當るといひ四十五兩持つて行つた」 友太郎「エヽ、(それ)では殘る十五兩で三月の間、能く阿父(とつ)さん、 私の借金を返しては下さつたが、十五兩では三月の家賃がヤツとです、 森江樣にでも借て下されば好かつたのに」といつてゐる間も定めし父が(ひも)じい事だらうと友太郎は其まゝ外へ走り出た。

(さう)して父の口に合ひ相な食物飮物を三四品も取揃へて買つて來て宛行(あてが)つた、 父は自分の饑えるゐた樣子を息子に知らせるのが辛いから「ナニ食事は晩方で好いよ」 といひ急には手を着けやうともしなかつたけれど(しか)るやうに勸められ箸を取つた、 如何にも愛と我慢との強い人である、友太郎は父が食事の終るを待つて 「()う其樣な貧しい思ひはお掛け致しません、此通りお金も溜て歸りましたから」といひ自分の財布を卓子(てーぶる)の上へ(さかさま)にして振開けた、 金貨や銀貨大小取混ぜて百兩の上もあらんかと思ふ額が父の目の前へ盛上つた、 父「ナニ(おれ)は金よりも其方(そなた)の顏を見る方が好い、オヽ、 お露も大層其方(そなた)の顏を待焦れてゐる樣だ」 言葉の未だ終らぬ所へ「オヽ友さんか今度はシコタマ溜込んで歸つたなア」と云ひつゝ入つて來たのは、 父の今いふた毛太郎次(けたらうじ)である。

「ナニ友さん(あわて)て隱さうとするには及ばぬよ、借やうとはいはないから」 友「イヽエ、貴方には色々お世話に成りまして」毛「ナニお世話などゝ禮をいはれる所は無いのサ、 貸はお前さんの留守に阿父(とつ)さんから利子まで附けて、ナニ急に要らぬといつたけれど無理に還して下すつて、 ねえ阿父(とつ)さん今では唯だ隣同士の五分々々だから」 友「お金は還したとしても仲々五分々々ではりあません、恩といふ者は生涯殘つてゐますから、 何うか毛太郎次(けたらうじ)さん、御入用があれば遠慮無く持つて行つてお使ひ下さい」 何處までも下から出るは、留守勝な身の弱點である、 成る丈け人の氣を損せぬ樣にして置いて留守に少しでも父を大事にして貰ひ度いのだ。

毛「私は今買物に行つて、懇意な段倉に逢つたから、巴丸の着いたのを知り、 それではお前さんも歸つてゐるだらうと思ひ久し振だから逢ひに來たのさ」 友「オヽ段倉君も()う上陸しましたか」 自分の容子を(うかゞ)ふ爲に彼段倉が直に後から上陸して(こゝ)まで()けて來たのだとは氣が附かぬ。 毛「段倉に聞けば、お前さんは大層森江氏の氣受が好いつてねえ、 家へ來て食事をせよとまでいはれた相ぢや無いか、船長になる約束も得た相で」 此奴(こやつ)も何だか羨ましげである、知る人の出世といふ事が兎に角氣色に(さは)るのが斯る人々の常である、 父は聞耳立てゝ「エ、友太郎、森江氏から御馳走をすると迄いはれたのを其の方は斷つて歸つたのか」 友「ハイ早く家へ歸り度いと思ひまして」父「其れは能くない、船長にも仕て下さるといふ方だもの、 成る丈氣に入られる樣にせねば」友「イエ、私は雇主の機嫌など取らずに船長に成り度いのです」 短い一語でも健氣(けなげ)な氣質は充分に分つてゐる、 此の樣な氣質で有ればこそ世の人と全く違つた波風を凌がねば爲らぬ事とも成行くのだ、 毛「お前さん船長に成るといへば阿父(とつ)さんは定めし嬉しいだらうが、()一人、 西國村(すぺいんむら)の海岸にも聞いて喜ぶ者が有るのだ、ねえ阿父(とつ)さん」 父「オヽ彼のお露の事か、コレ友太郎()(おれ)の方は好いから早くお露の方へ行つて遣れ」 父は毛太郎次(けたらうじ)との面會を(ついで)に早く切り上げ度い樣である、 父の心は悉く子の胸に反映する、友「ハイ私も御免を蒙つて是から行かうと思つてゐるます」 毛「本統(ほんとう)に早く行くが好い、餘り長く顏を見せぬと先はアノ樣な美人だから、 又何の外に樣な好い人が -- 」友太郎は心配げである 「イヽエお露に限つて其樣な」毛「事hあるまいと思つても傍の者が唯置かぬから」 と何だか樣子の有相(ありさう)な言葉である、父「早く行け、早く行け」 友「ハイ、其れでは」といひ友太郎は立つて出た、 (さう)して傍目(わきめ)も振らずに西國村(すぺいんむら)の方を指して行く心の中には、 眞に千里も一里の想ひだらう。

毛太郎次(けたらうじ)も續いて出た、彼も誰かを尋ねると見え、 急いで同じ方角へ少し行たが、(やが)但有(とあ)る路次口を(のぞ)き込んだ、 (のぞ)くと中[か]ら合圖でも得た樣に出て來たのが彼の段倉である、 段「何うだつた、どうだつた」毛「早船長に成つた氣で親爺と共に笑崩れてゐやがつた」 段「(さう)だらう、ナニ此段倉がゐる中は、(さう)は行かぬ、上へ登らうとすれば下へ落して遣るから」 毛「(さう)して今、西國村(すぺいんむら)の方へ急いで行つたが」段「アノ女の方へ」 毛「(さう)よ、此方(こつち)も覺束無い」段「何で」毛「ズッと前からお露には從兄が一人附いてゐて、 町へ出ても濱へ行つても、お露の傍を離れぬ程にしてゐるからさ、お(まけ)に其野郎が背も高く、 身體(からだ)が頑丈で人を恨めば只は濟まさぬといふ樣な一癖ある面魂(つらだましひ)だもの」 何とも友太郎の身邊(しんぺん)には四方に曇が見えてゐる樣だ、 段倉は滿足げに「其れは益々面白い、兎も角、其邊で一杯飮まうではないか」と連立つて、 西國村(すぺいんむら)へ行く道の傍に在る酒店へ這入つた。


更新日:2003/12/29

巖窟王 : 四 お露と次郎


毛太郎次が段倉に連れられて入つた酒店(さかみせ)西國村(すぺいんむら)直傍(すぐそば)である、 其村へ行つた友太郎の容子を(うかゞ)ふには屈強の所なのだ。

(そもそ)西國村(すぺいんむら)といふはモルジョン岬の下に在る漁師村で、 友太郎の父の住居(すまゐ)と、ツイ四五町しか離れて居ぬ上に、 ズツと家續きに成つてゐる、今より六七百年も前に西班(すぺいん)の漁師が漁の爲に引移つて來た相で、 今でも其子孫が一(くわく)を爲して成る丈け先祖の風を失はぬ樣に守つてゐる。

今しも此村の()ある家、イヤ家では無い寧ろ小屋だ、屋根も傾いて月も漏るかと思はれる程の中に、 四邊(あたり)に不似合なほど美しい娘が、所在無げに毛絲を編んでゐる、 昔から此の村には、西國(すぺいん)風の非常な美人が、何うかすると生れるといふことだから、 是れも其一例だらう、年は十七か八、圓みの有る豐かな顏に、心の波動が一々映つて現はれる鏡の樣な清い(まなこ)、 其れに所謂る丹花(たんか)の唇は、眞に畫にも無い程の愛らしさである、 是が友太郎の許婚(いひなづけ)といふお露なのだ、 其傍に鳩の傍の鷹とでもいふ可き見榮で、(いか)つて控へてゐる一人の男、 年は廿二ぐらwゐだらう、漁師村の子といふ事は顏の黒さで分つてゐるが腰に短い劍を(さし)てゐるのは、 徴兵に出た記號(しるし)と見える、骨組も逞しくて、 (まなこ)は妙に陰氣である、顏總體に少しも晴やかな所が無い。

此男、先ほどから唯だ、默つてお露の姿ばかり眺めてゐる、全體いへなお露の樣な弱々しい女は此の逞しい男に、 殆ど手球(てだま)に取られる樣に、何から何まで此男の意の儘に扱はれ相に見えるけれど、所が全く反對で、 逞しい方が弱々しい方の奴隸の樣に成つてゐる、頑丈な骨組總體が(まる)()けてお露の目の中へ這入つて了つた樣に、 お露が目を揚げれば此男も目を揚げる、お露が立てば立ちお露が行けば行く、 柔能く剛を制すとは是なんだらう、いはゞお露の一喜一憂に死活してゐるのだ。

默つてゐて早や先ほどから二度か三度深い溜息を漏らしたが、(やが)て堪へ得ぬ程に成つたと見え 「コレ、お露」と呼んだ、聲までも顏に似て、但し異樣に甲走つてはゐるが、陰氣である、 此樣な聲の男が、得て思ひ詰めて飛んでも無い事を仕出來すのだ、 お露は「何だえ、次郎さん」と初めて顏を上げた、 次郎「追々氣候も好くなつて、大分世間では婚禮もある樣だが、 お前は(おれ)何時(いつ)式を擧げて呉れる」 お露は「又か」と云樣に蒼蠅(うるさゝ)に直ぐ俯向(うつむ)いて又編物に取掛つた、 次郎「コレ、去年から、イヤ其の猶前、 (おれ)が兵隊に行かぬ前からお前に斯ういふて催促するのは()う百遍にも屆くのだよ」 お露は見も向かぬ「私が(いや)ですといふ返事も丁度其數と同じヨ」 次郎「サア其(いや)ですが分らぬぢやないか、(おれ)とお前とは從兄妹(いとこどうし)だゼ」 露「[だ]から從兄妹(いとこどうし)の樣に仲能く附合つてゐるではないの」 次郎「從兄妹(いとこどうし)と丈では可けん、其の上で無ければ」 露「其より上の事は出來ませんワ」次郎「お前と(おれ)の縁組はお前の阿母(おふくろ)だつて承知すてゐた、 阿母(おふくろ)が死ぬ前に -- 」露「嘘です、嘘です、阿母(おつか)さんの亡なる時、 終ひまで介抱して呉れたのは友さんです、阿母(おつか)さんは()ういひました、 此兒が()つと年が行つてゐれば友さんと婚禮させて死ぬけれど、ア、(さう)すれば何れほど安心が出來るか知れぬと、 私の聞いてゐる所でいひました」半分は涙聲である、云終つて編物の手を停めて袖口を顏に當てた、 ()うして又「お前の其時は兵隊に出て、(こゝ)にはゐなんだでは無いの」 次郎「(おれ)の方は其の猶前よ、子供で遊んでゐる頃から阿母(おふくろ)は其積だつた」 露「何が何でも、()う友さんとの約束が極つてゐるから仕方がありません」

友さんといふ名に、次郎の顏は、黒いのが火の燃える樣に成つた、恐ろしい嫉妬の念が腹の底から湧いて出たのだ、 「では、友太郎といふ赤の他人に、お前は從兄を見替へるのだな」 露「見替へるとて從兄は從兄、夫は夫ではありませんか」 次郎「ナニ夫、婚禮もせぬに何が夫だ」露「今度歸つて呉れば直に婚禮する約束です」 次郎「若歸らねば」露「歸る時まで待つてゐます」

次郎は頓死した樣に靜まつた、(さう)して兩腕を(こまね)いて、 殆ど顏を其間に埋めた、全くお露の心の動かし難いのに絶望したのだ、其絶望の(さま)が、 何だか(いつ)もと違つて物凄い程に見えるので、お露は氣味の惡い樣な氣もして 「次郎さん、次郎さん、從兄妹(いとこどうし)に生れて何時(いつ)までも從兄妹(いとこどうし)だから好いではありませんか、 婚禮したとて、私が唯一人の從兄を忘れる者では無し、今でもお前に受けた恩は何時迄も覺えてゐますもの」 斯樣(かやう)な優しい言葉をお露の口から聞いたのは初めてゞある、 一時だけれど嬉しさが次郎に胸の底まで融け入つた。

次郎は醉つた人の樣である、フラ〜と立上つて兩手を廣げ、蹌踉(よろ)めく樣にお露の前に寄り 「お露、お露、()う一度思ひ直して呉れる事は出來ないか、 友さんも友さんだらうが、次郎を可哀想だと思はぬか、只た一人の從兄だのに」 お露は(あわて)て「アレ又彼の樣な事を云ふ、生涯從兄と思ふてゐるから好いでは有りませんか、 男の癖に、()つ濃いのは、私は嫌いですよ」折角芽を吹き掛けた望みを又一言で挫折(へしを)られた、 次郎は前よいも亦凄く面色を變て了つて「ではお露、友太郎が死なねば、 お前は(おれ)の妻には成らぬのだな」

實に最後の一言である、其意味は明らかだ、お露も立上つた 「友さんが死ねば私も直に死にます、友さんと決鬪でもするなら、 私を此世に無い者とする積で決鬪お仕」實にお露も一通の見幕では無い、 確に友太郎は後へは生延びぬ決心が見えて居る、次郎は一足、(うしろ)逡巡(たじろ)ふた、 (さう)して物凄く笑ふて「ホゝ、何に(おれ)が友太郎を殺すものか、 先日(このあひだ)から大分海が荒いから、若しや歸らぬ人に成つたのでは有るまいかと思ふた丈さ」 お露「延喜でも無い、嘘にも其樣な事を云つてお呉れでない」

聲の下から友太郎の未だ死なぬ證據が出た、窓の外から「お露、お露」 ()も懷かし相に呼んで入つて來る樣に聞こえるのが、團友太郎の聲である。


更新日:2003/12/29

巖窟王 : 五 次郎は青くなつた


懷しい友太郎の呼聲に、お露は顏も(くづ)れんばかりに笑み喜んで次郎に振向き 「其れ御覽よ、友さんが來たぢや無いの」と云ひ、更に「友さん、友さん」と窓に向つて呼び返した。

次郎は青くなつた。出し拔けに道で蝮蛇(まむし)に逢つた人でも是ほどは色を變へぬ、 身をも振々(ぶる〜)と震はせて、(はらわた)の底から出て來る深い溜息と共に、 尻餠を()く樣に隅の方の椅子に落込んだ、眞に無慘な敗北の(さま)で有る、 這入つて來た友太郎は(かく)とは知らぬ、唯だ嬉しさの一方でお露と抱き合ひ、 「オヽお露か」「友さんか」「(おれ)は逢ひ度くて逢ひ度くて」「私だとて何れほど待焦れてゐたか知れぬ、 能く()ア無事に歸つて下さつた」と互に斯樣な言葉で暫しが程は夢中であつた、 此の夢中の間が人間の生涯に一度か二度しか無い嬉しさの極點といふものだらう。

(やうや)(まなこ)(へや)の中の薄暗さに慣れると共に友太郎は隅の方に、 ()と陰氣な男子の控えてゐるのに氣が附いた、而も其男、 顏に得も言へぬ怒りと苦痛との色を浮べ殆ど我を忘れた(さま)で、 帶劍の(つか)を、碎ける程に握り締めてゐる、友太郎「ヤ、ヤ、此(へや)に、 外の人がゐるとは知らなかつた、お露、何方(どなた)だ」お露も全く、暫し次郎の事を忘れてゐた、 友太郎の問ひに逢つて、ハツと思ひ(ぢき)此方(こなた)へ振向く(まなこ)に、 歴々(あり〜)と、今にも次郎が友太郎を襲はんとする腹の中までも見た、 「コレ次郎さん」訴へる樣な聲が、思はず口を衝いて出たが、仲々落着いた所のある娘で、 直に又聲を柔げて「友さん此れは私の大事な人です、兄さんも同樣な從兄です、 それは貴方の留守にも私を大事にして下さつて、貴方に禮を云つて貰はねば成りません」 言葉で以て次郎の怒りに、拍子拔けをさせるのである、友太郎「アヽ次郎さんか成るほど」 斯くいふて友太郎は片手を次郎の方に出した、勿論手を握らうとの禮である、 けれど片手には猶ほ保護する樣に、お露の手を取つた儘である。

次郎はお露の優しい言葉に、一時(かたな)(つか)を放したが、 友太郎が手を差延べるのを見て再び(つか)に手を掛けた、 彼は全く嫉妬の餘りに自分が何をしてゐるか知らぬのであらう、(さう)して身體(からだ)が猶ほも震へてゐる。

友太郎は此状(このさま)に眉を(ひそ)め「オヤ、此家に敵がゐやうとは知らなかつた」 次郎の(さま)は確に敵の振舞である、お露は怒りを帶びて(ななめ)(きつ)と次郎の顏を見て、 「何で此家に、貴方を敵の樣に思ふ人がゐますものか、(もし)ゐれば、 私は貴方と共に今直に(こゝ)を去り再び歸つては來ませんよ、ねえ次郎さん、 私を此の家から追出す樣な人が何で此の家にゐるものですか」次郎は聲も出し得ず、 身動きもせぬ、唯噛〆めた齒の間から又も溜息を洩らしたが、(まなこ)は猶ほ殺氣を帶びて、 友太郎の顏を射て光つた、お露は叫ぶ樣に 「(もし)敵がゐて貴方に怪我でもさせれば生涯私は其人を恨みます、 誰も此家に、私に恨まれ度い人はゐませんわ、貴方が(もし)此世に居無くでも成れば、 直に私はモルジン岬の一番高い所へ上り、身を投て了ひます、 先刻次郎さんにも()う云ひました、ねえ次郎さん」 確に最後の決心を示して、次郎は且(いまし)め且(なだ)めにので有る、 火の樣で有つた次郎の顏は青い土の樣になつた。

お露「私に身を投させ度いと思ふ人が何で此家にゐますものか、 ゐるのは親切な次郎さん許りですわ、私の爲には兄さんも同じ事ですもの、ソレ御覽なさい、 次郎さんは貴方の手を握りに來るぢやありませんか」斯ういつて更に眼に力を込めて次郎の顏を見詰めた。 次郎は金縛りに逢つた樣なものである。

厭々(いや〜)立つて、厭々(いや〜)友太郎の方に來り、ソツと右の手を差延ばした。 其間も絶えずお露の眼が彼の身を縛つてゐる、彼の手の先、イヤ指の先で、 (わづか)に友太郎の手に障つたが、是れが彼の我慢の最後である、 (あたか)も熱鐡にでも觸つた樣に、急いで其手を引き、長く長く呻いて家の外へ走り出た。

殆ど狂人の樣である、悔しげに自分の兩手で自分の頭の毛を掻き(むし)り 「エヽ、悔しい、悔しい、死んだが好い、(いき)てゐたとて仕樣ががない」 と猶も呻いて、唯大地を見詰た儘、何處へ何う行くとも自分では知らぬ(さま)で、 一二町も歩むと「コレ次郎さん私が挨拶するに、知らぬ顏で行き過ぎやうとは餘り友逹甲斐がないぢやないか」 と肩を叩かれ、初めて顏を上げて見れば、(こゝ)(いつ)も自分の立寄る酒店(さかみせ)の前で相手は、 故々(わざ〜)自分を呼留めに店の中から出て來たらしい毛太郎次である。 中から、段倉も聲を添て、「お(まけ)に久し振で海から歸つた親友が、 一杯(おご)(つもり)の親切で、此通り徳利の口まで拔いて待つてゐるのにサ、 次郎さん私の親切を無にする氣か」とて、到底物をも云はぬ次郎を酒店(さかみせ)の中に引入れた、 此惡人ども、何の樣に次郎を焚付ける積りか。


更新日:2003/12/29

巖窟王 : 六 幾等でも奧の手を


勿論此酒店(さかみせ)に毛太郎次を連れて入つたのは、(こゝ)で友太郎の容子を(うかゞ)ふ爲であつた。

彼段倉の心では、定めし友太郎の方が絶望して歸るだらうと思つてゐた。 彼は先刻毛太郎次から此頃お露の傍に次郎が附切つてゐる事を聞いたのだから、 多分は既にお露の心が次郎の方へ移つてゐて友太郎を振捨るだらうと思つてゐたのだ、 所が反對(あべこべ)に次郎の方が、一目見ても絶望と分る程の状態(ありさま)で走つて來たので、 (いさゝ)か案外な想ひである。

彼は心の中で呟いた「是で見ると、アノ友太郎には、確に運が向いて來てゐるのだ、 此己(このおれ)が若し妨げぬ事には、旨々(うま〜)と船長にも成つて了ふワ」と、 斯ふ思ふと彼實に忌ま〜しさに堪へぬ、「(よし)幾等運だつて、(おれ)が邪魔をすれば(さう)は行かぬ」 何の樣に邪魔する積だか知らぬけれど、後で思ふと實に段倉の力が運の力にも劣らなかつたのだ。

彼段倉の、計略に富んだ胸には早思案が浮んだ、次郎の絶望して來たのは自分に取つての幸である、 此奴(こやつ)を旨く道具に使へば友太郎を何の樣な目にも合あせる事が出來るのだ、 彼が毛太郎次に力を合はせて無理に次郎を此の店へ呼び込んだのは確に之が爲である。

次郎は引入れられたけれども口も利かぬ、唯心中に燃る嫉妬と絶望に、(かうべ)を埀れて考へ込むのみである。

けれど段倉が仲々默らせては置かぬ「何うしたんだエ、次郎さん、 お前は(まる)戀女(こいびと)に振捨てられたとでも云ふ樣な風ぢや無いか、 私の見た所では死ぬる氣でゞもゐる樣に思はれるが」次郎は此上も無く不機嫌に只一語「死んで了ふのだ」 ※※[注:數語印刷不良]一語洩らせば後は幾語でも引出される、 (あたか)端緒(いとぐち)(とら)へられた卷絲の樣なものである 「エ、死んで了ふ、お前の年で、自分で死ぬる氣を起すとは大抵の事では無い(のう)毛太郎次、 次郎さんは何うしたと云ふのだらう」毛太郎次「お露が友太郎の方へ寢返りを極めたのさ」 段倉「では矢張り戀故の失望か、其れにしては次郎さん、餘まり活智(いくぢ)が無さ過ぎるぢや無いか、 自分の女を人に取られ、其れで默つて其場を去るのか、 私は西國村(すぺいんむら)の人間は其樣な活智(いくぢ)の無いのは一人も無いと思つた」 毒矢は確に急所に當つた、次郎は恨めしげに顏を上げた、(さう)して 「ナニ相手と決鬪して殺して了ふ位の事は知つてゐますが」段倉「(さう)だらうとも、 (さう)無くては男でない」次郎「相手を殺せばお露が直に死んで了ふといふますからさ」 段倉は呆れた樣に打笑ひ「聞きなよ、毛太郎次、今時、女の死ぬるといふ言葉を眞に受ける男もある、 何と正直な事では無いか」毛太郎次「死ぬるといふ女に死んだ(ためし)は無い」 段倉「(さう)さ三月や四月やクヨ〜思つても直に、生殘つて親切にして呉れる人に心が移るに極つてゐるは」

云ふ中にも段倉は絶えず(まなこ)の隅から西國村(すぺいんむら)の方を見張つてゐたが、 ()と立ちて「オヤ彼所(あすこ)へも戀中らしい若い男と女が來る、 何うだらうアノ(むつま)じ相な事は、毛太郎次()ア皆見なよ」 毛太郎次も立つて「オヽ彼れが友さんとお露だよ」といつて迎へつ樣に外に出た、 段倉は(なかば)次郎に向ひ、(なかば)獨り語の樣に「アヽ連立つて、 早や婚禮の仕度でも買調へに町へ行くのだ、(さう)して(こゝ)を通つて次郎さんに見せびらかすとは餘り甚い」

次郎が心の中は何の樣だらう、其中に早やお露と友太郎は此店の前まで來て毛太郎次に呼び留められた、 毛「オヽ友さん、お目出度いね、婚禮は何時(いつ)ですか」 友太郎は眞に嬉しさの中から首ばかり出して居る樣である、「()ア喜んで下さい、 今夜父の(もと)で委細の相談を極め、直に明日婚禮する積です」 段倉は友太郎よりも次郎の耳へ聞えよと「團君、何しろ大變なお手柄だ、敬服、敬服」 次郎は全く聞かねた、今若しホンの毛ほどでも彼れの心を衝き動かすものが有れば、 彼らは何事も打忘れて團友太郎に飛び掛る許りと爲つて、唯だ一縷、堪忍の緒が切れずにゐる、 段倉は其の危機を悟つた、(さう)して其のホンの毛ほどの刺戟を巧に與へた、 彼れは殆ど外の人へは聞えぬ程に「イヤ次郎さんの我慢強いにも敬服だ」と呟いた、 (わづか)に一語、千斤の力とは是なんだ、次郎は劍を握つて猛然として起つた。

起つ其の目前に、御光の樣に輝くのはお露の美しい顏である、 お露は(こゝ)に次郎のゐるのを見て、早くも此危機を見て取り、 アハヤといふ瞬きの間に、次郎の顏に、露の埀れる樣な笑を注いだ、 次郎は朝日に逢つた霜の樣に、力も拔けて、又元の椅子に萎れ込んだ、 眞にお露の笑顏の外には、何物とても次郎を制止し得なかつたらう。

お露「ねえ次郎さん、明日の婚禮には(こゝ)にゐる皆樣を、 御案内して來て下さいね」何たる打解けた言葉だらう、全く我が兄に向ふ樣な調子である。

此言葉を殘してお露は友太郎と共に去つた、後に段倉は我が策の外れたのを見たけれど、 少しも悔みをみせはせぬ、却て次郎の甚だ(くみ)し易い事を知り 「ヘン、此の何うでもなる屈強の道具が手に入つてゐるのだもの、 幾等でも奧の手を出す事が出來る、明日の婚禮が首尾能く行けばお笑ひ草だ」 口に出してはいはぬけれど、心の中で呟いて、靜かに次郎の顏を見た。


更新日:2003/12/29

巖窟王 : 七 筆と紙、筆と紙


段倉は靜かに次郎の顏を見たが、次郎の絶望の(さま)は、前に増すとも減じてはゐぬ。

其れは其筈である、今目の前にお露が友太郎に連れられて、婚禮の用意といつて嬉し相に(こゝ)を通つたのだもの、 是が悔しく無くば、世に悔しい事は無いと云つても好い。

「明日婚禮」と友太郎もいひお露もいふた、(ただ)此一語が次郎の耳には死刑の宣告の樣に響いてゐる、 アヽ明日、明日、今夜一夜で何事も、取返しの附かぬ事になつて了ふのだ、否、 今既に(さう)成つてゐるのだ。

次郎は只(こぶし)を握りしめて、絶望に呻く外は何にも爲得ぬ、此樣を見て段倉は喜んだ、 次郎が悔しがれば悔しがる()け益々我が道具に使ひ易いのだ、 ()愈々(いよ〜)奧の手を出す可き時である。

けれど此樣な事を他人に知られては成らぬ、奧の手は出すにしても、 懇意な毛太郎次にさへ悟らせぬ樣にせねば成らぬ、(まづ)段倉は毛太郎次に酒を勸めた、 誠に用心の綿密な事である、尤も是れほど用心の深い人で無ければ、眞の惡事は出來ぬのだ。

少しの間に毛太郎次は酒に夢中に成つた、段倉が次郎に向つて何を話すか何をするか、 其樣な事は氣にも留めぬ、(おの)れは唯呑む一方である、 最早時分は好しと段倉は見て取つて次郎に向ひ「本統に友さんも甚いねえ、 お前に彼の樣な(さま)を見せびらかせ樣として通つてさ、 成るほどお前が友太郎を殺せばお露が死ぬからといひ、 明日直に婚禮といふ事をまで聞かされて、默つてゐねば成らぬとは(あんま)り悔しい譯ぢや無いか、 私は人の事とは思はぬよ、エヽ殘念だなア、私がお前なら直に彼奴(あいつ)を牢の中へ叩き込んで了ふけれど」

次郎は聞耳を立てた「エ、牢の中へ」段倉「(さう)さ、其筋へ訴へさへすれば直に友太郎が牢へ入れられる事があるけれど、 誰か訴へる人は無いのかなア」次郎「私が訴へる、私が」段倉「(さう)さ、 牢屋へ入れさへすれば、何もお露が直に死ぬといひは仕まいし、 明日の婚禮も延びるのだから、其中には又何とか旨い工風もあらうぢや無いか」 次郎は全く魅せられて了つた「何の樣な事を訴へる」 段倉「お前が本統に訴へる氣なら、私が其種を明して遣るけれど、イヤ待つたり、待つたり、 牢へ入つた者は出て來る時があるのだから明かにお前が訴へたと分つてゐては、出た時に彼奴がお前の所へ喧嘩に來るは」 次郎「喧嘩なら幾等でも仕て遣る」段倉「其れが(さう)で無いよ、 喧嘩をして彼れに傷でも附ければまたお露が生涯お前を恨むぢや無いか」 次郎は(はた)(つま)り「成るほど其れは可けませんなア」

段倉「イヤよい手段が有る、筆と紙が慾しいなア」次郎「エ、筆と紙」 段倉「さうさ、私は船にゐても筆を持つて帳面を附ける役だから、筆が無ければ何の仕事も出來ぬ、 其代り筆ならは、劍より確に人を傷つける事も出來れば殺す事も出來る」 次郎は狂人の(さま)で「筆と紙を、筆と紙を」と給仕に向つていつた。

(やが)て筆と紙とが卓子(ていぶる)の上に置かれた、段倉の(まなこ)は此の二品を見て異樣に輝いた、 是だへ有れば友太郎の一人や二人、亡い者にするのは譯も無い、 泥醉した毛太郎次は唯一語だけを聞き取つて、舌も廻らぬ醉倒(よひどれ)の本性とて忽ち大聲に 「誰が友太郎を殺すのだ、箆棒(べらぼう)め、友太郎は(おれ)の友逹だエ」と叫んだ、 段倉「ナニ誰も友太郎を殺さうといひは仕ない、笑談(ぜうだん)だよ、笑談(ぜうだん)だよ」 毛「笑談(ぜうだん)なら、靜かにしろ、蒼蠅(うるさ)くて酒も呑めぬ」斯ういつて又夢中の人に還つた。

段倉は再び次郎に向ひ、「友太郎は、大變政治上の運動に加はつて國事犯を遣つてゐるのだからね、 其の次第を、コレ、斯う書いてよ、此土地の檢事に送れば直に逮捕されて了ふワ、 此樣な手紙は書いた(ぬし)が分つては可けんから、左の手で書くに限る、 左の手なら誰の字でも同じ筆だ」全く笑談(ぜうだん)の樣にいひつゝ、左の手に筆を持つて書下した、 其文句は()の通りである。

國王に心寄する忠實の(それがし)、謹んで檢事に密告す、 今日(こんにち)地中海の東岸より伊國(いたりや)の海を經て當地に入港したる帆前船巴丸の船長團友太郎は、 兼て國王の朝廷を覆へさんとする陰謀に(くみ)し、伊國(いたりや)に在る謀反者より密書を得て、 エルバ島に立寄り、(ひそか)拿翁(なぽれおん)に謁し、 更に拿翁(なぽれおん)の配下なる將軍ベルトランより巴里の黨員に當たる密書を托され、 今將に之を巴里に持行かんとす、早々捕縛して檢査せば、彼の身體、又は父の家、 或は巴丸の船長室に其の密書猶ほ存せん、國家の大事、一刻も油斷ある可からず、至急、至急。

と書終つた、眞に殺すも傷つけるも自由自在の筆では有る、「此の手紙を斯う状袋に入れてよ、 檢事へ宛て斯う上書を書いて、是で印紙を貼つて郵便に投込さへすれば後は自然(ひとり)で旨く行くのだ、 ホンに世の中は妙なものぢや無いか」とて早宛名まで矢張左の手で書終り、 全く笑談(ぜうだん)の樣に莞々(から〜)と打笑つた。

泥醉しながらも夢か(うつゝ)の樣に此聲を耳に入れて毛太郎次は又盃から顏を上げて 「何の手紙だ、檢事正へ何を密告するのだ」とて此方(こちら)を睨んだ、段倉は驚きもせぬ、 又打笑て「醉倒(よひどれ)と云ふ者は本統に可笑しいよ、人の笑談(ぜうだん)を眞に受けてよ、 誰が密告などするものか、唯だ斯うすれば斯うなると話してゐる(だけ)ぢや無いか」 と獨言の樣にいひ、又更に「イヤ笑談(ぜうだん)でも(もし)何うかいふ間違ひで笑談(ぜうだん)で無く思はれては成らぬ、 唯だ手の中で揉む樣にして、全く反古でも投げ捨る樣に(へや)の隅へ捨てた、(さう)して 「オヽ喋つてゐて咽喉が乾いた、毛太郎次には更に幾杯かを續けて呑ませ、 全く前後不覺の樣と爲つたのを見て「サア()う歸らうよ〜」と自分の肩に毛太郎次を掛ける樣にして引立て、 次郎へ向つては「()ア若いのに餘り短氣はせぬが好いぜ」

短い言葉を殘したまゝ(こゝ)を立つた、外は早や夜に入つて闇である、 闇の中からソツと振返つて見ると、店には次郎が血走つた(まなこ)四邊(あたり)を見廻し、 今捨てた手紙を拾ひ上てゐる、段倉は物凄く微笑んだ。 唯だ毛太郎次のみ段倉の肩に(すが)つて何事をも知らぬ。


更新日:2003/11/10

巖窟王 : 八 婚禮の饗宴


段倉が左の手で妙な密告の手紙を書き笑談(ぜうだん)の樣に投捨てた其翌日果して、團友太郎とお露との婚禮の披露があつた。

婚禮では無い、婚禮の披露である、是から愈々(いよ〜)婚禮するとて、知る人々を招き前祝に饗應するのだ、 其場所は丁度昨夜段倉と毛太郎次がお露の從兄次郎を呼び入れた其酒店(さかみせ)の二階の廣間、 時刻は晝の一時である。

只だ一夜の中に能くも斯くまで用意の整ふた事よ、 けれど深く友太郎の人柄を知る者は別に不思議とは思はぬ、 彼れは若いに似ず事務の能く捗取(はかど)る男で、何をさせても人が三日でする事なら一日で運んで了ふ、 少しも時間を無駄に捨つるといふ事をせぬ、 殊に自分の生涯に二度と無い喜びの事柄だから一生懸命に早く取運んだのだ。 良將が兵を使ふても是ほど機敏には行かぬ。

招かれた客は友太郎の方とお露の方との知人(しりびと)を殘らずである、 殘らずと云た所で巴丸の水夫や乘組員が大部分を占めてゐることは無論のことだ。

此婚禮に最も力を入れて呉れるのは巴丸の持主森江氏である、 仕は友太郎を是より船長に取立てるのだから、餘り見すぼらしい事はさせられぬとの意見で萬事先に立つて運んで遣つたらしい、 何しろ此人が力を入れると云ふのだから其の噂だけでも、招かれた人は皆競ふて出席した。

豫定の一時、間近くなつて、森江氏が馬車で來たけれど、 肝心の花婿花嫁の一行が未だ見えぬので段倉と毛太郎次が氣を揉んで迎へに出た、 出ると途中で、直ぐに其一行が來るのに出逢つた、無論眞先が友太郎で次がお露、 お露の傍には四五人の娘友逹が(いづ)れも赤い花の樣な着物を着て附添ふて居る、 其後から友太郎の父老人が來る、一行中で一番嬉しげに見えるのが此人である、 昨日まで餓に(しな)びて居た顏に、殆ど笑が溢れて居る、 其又後がお露の從兄次郎なので、是だけが雙方の一家である、次郎の顏の物凄さ、 婚禮の附人には不似合である、殊に嬉しげな老人の顏に續くだけ猶更目立つ樣に思はれる。

(やが)て出迎へ二人は一同其れ〜゛歡びを述べたが、毛太郎次の方は、次郎の物凄い顏を見て、 夢の樣に、夜前の酒店(さかみせ)の事を思ひ出した、 若しや段倉が冗談の樣に書いたアノ手紙が其筋の手にでも入る樣な事が有たら何うだらう。

此樣に思ふ爲め段倉の顏を見ると、之も常より幾等か青いかと見えるけれど、 先づ平氣なのだ、アノ事が若し冗談で無かつたら眞逆(まさか)に平氣では居られぬが、 ()ては全くの冗談に過ぎなんだのか、其れとも自分の夢で有つたか、イヤ次郎の顏、 次郎の顏、彼の尋常ならぬ所を見ては夢とは思はれぬ、或は冗談が誠と爲る樣な事は無かつたゞらうかと、 妙に氣遣はしく又疑はしい樣な氣がした。

けれど疑ひに屈托する場合で無い、其まゝ段倉共々一行を導いて場に歸ると、 待兼ねて居た客一同が我先に祝意を述べ、或者は父老人を扶け、或者は友太郎の手を取り又或者は花嫁を案内するなど、 少しも間に席も其れ〜゛定まつたが、凡そ世に是れほど夫婦揃つて美しい一對は類が少い。

お露の美しさは勿論であるが友太郎の珍しい程の美男子である、 鹽風にのみ揉まれて居る職業(しようばい)では有るけれど、左ほど色の黒まぬ(たち)だ、 血氣盛の活々(いき〜)した血の色が顏の(おもて)に輝いて居る、 (さう)して威もあり愛嬌もある天然に英雄の風采を備へてゐるかとも思はれる。

(やが)て饗應は初まり、何事も異状無く進んだが、誰も彼も、昨日上陸して今日直に婚禮する運びの早さを、 驚いた樣に襃める、友太郎は朗かな聲で答へた「是と云ふも(ひとへ)に森江氏のお蔭です、 森江氏が昨夜の中に市長に逢ひ、今日の二時半に婚禮の出來る樣に計らつて下さいました」 二時半と云へば()う一時間とは無い、婚禮の式場を指して行くは、 半時間ばかりの中なのだ。此言葉を聞いた時の次郎の顏は、其の凄さが、 何とも云ひ樣の無い度に逹した、外の客は次郎などには目を注がぬけれど、 絶え間なく見て居るのが毛太郎次で、折々に(まなこ)の隅から(うかゞ)ふのが段倉である。 失望の爲だか、恐れの爲だか、()た恨みの爲だか、其れまでは分らぬけれど、 次郎は初めから土色に成つて居る顏を、灰の樣に白くして身體(からだ)を震はせた、 確に彼の神經には穩かならぬ所が有る、客は又口々に「其れでは一時間と經たぬ中に式が濟むので、 ()う夫婦に成つたも同樣だ、目出度い、目出度い」此樣な意味の事をのみ云つて居る。

其言葉の一々に、花嫁花婿の顏に無量の喜びが現はるゝと共に、 次郎の顏には無限の苦痛が現はれる、彼は花嫁の親戚として何か云ふ可きであるけれど聲さへ出し得ぬ、 (さう)して戸表(おもて)を通る車の音にも悸々(びく〜)して時々振り返つては此室(このへや)の入口の戸の方を見る、 誰か來るのを、(いら)つて待つ樣な(さま)も見える。

其中に饗宴は終つた、愈々(いよ〜)式場へ行く時刻とは成つたので、森江氏は立つて一同に向ひ 「皆樣、是より花婿花嫁は、私の馬車に乘り市長の(もと)へ參ります、 式は其の所で擧げますゆゑ皆樣最早や此兩人(ふたり)を目出度い夫婦とお思ひ下さい」 此挨拶に應じて四方より喝采の聲が起つた、聲の中を(くゞ)る樣にして森江氏が進めば、 友太郎お露は其後に從ひ、他の者は又其の後に引續いて、愈々(いよ〜)出發の列の樣なものが出來た。

丁度此の瞬間である、戸の外の階段で、異樣な足音の聞えたのは。

足音の外に帶劍(さあべる)の音も聞える、兵隊でも登つて來たのか知らん、 兎にも角にも時ならぬ物音である、一同は異樣に白けたが、引續いて、 外から三度、此室の戸を叩いた、戸は叩かずとても入れるのだ、 其の音と共に自ら左右へ開くと、間から現はれたのが、誰の目にも罪人と云ふ事の直に浮ぶ豫審判事、 後には大勢の捕吏が隨つてゐる。

實に何たる事だらう、森江氏は(いさゝ)か咎める樣な口調で判事に向ひ 「何の御用で此席へ」と問ふた、判事「嫌疑者が有りますゆゑ」

森江氏「エツヽ」

判事は慣れた目で室中を見渡す其の早やさは何と無く氣味が惡い、 (さう)して問ふた「此の室に團友太郎と云ふ人は居りませんか」 友太郎はお露の傍から離れて「團友太郎は私ですが、御用向は」 判事の言葉は石の樣に堅い「法律の名を以て、貴方を捕縛します」 捕縛、捕縛。音は極めて低いけれど、耳に是ほど恐ろしく響く言葉が又と有らうか。


更新日:2003/11/10

巖窟王 : 九 何時までの分れ


時も有らうに、愈々(いよ〜)婚禮と云ふ其間際に捕縛せられるとは何たる情無い事だらう。

友太郎は、餘りの事に合點し得ぬ「エ、私を、此の -- 團友太郎 -- を捕縛するのですか、 何の爲に」判事「何の爲、其れは、調べを受ければ直に分る事です」

泣いたとて笑ツたとて追附く譯では無い。

友太郎「多分何かの間違ひだらうと思ひます」間違ひにもせよ捕縛せられねば成らぬ、 (かたはら)に居た森江氏も、實に此場合に可哀相だと思つたけれど如何ともする事が出來ぬ、 法律を執行する人に向つて彼れ是れ云ふは石に向つて云ふ樣なもので有る。

勿論人々の驚きは一方(ひとかた)で無いけれど(いづ)れも森江氏同樣である、 靜かに控へて居る事の出來ぬのは父老人である、何も彼も打忘れて役人の前に身を投げ、 聞くにも忍びぬ悲鳴の聲を揚げて慈悲を請ふた「此子に限ツて捕縛される樣な事は致しません、 永年思ひ思はれた女と此通り婚禮する間際と云ひ、雇主から船長に取立てられる事に成つて居ますもの、 何で罪を犯す樣な後先見ずの事を致しませう、其れでも(たつ)て捕縛せねば成らぬのなら、 慈悲ですから婚禮の濟んだ後に、其れ迄の所、此父を代りにお引立下さる樣に」

親なら何うして此樣な言葉が出やう、石も動かされる事は有る、 流石に法律の執行者も幾分か氣の毒に感じたか「イヤ其樣な人ならば、 第一囘の調(しらべ)で直に放免せられませう、正直な人は少しも捕縛を恐れるに及びません」

恐れるに及ばぬとて、恐れずに居られやうか、けれど友太郎は、 全く身に何の暗い所も無いのだから惡怯(わるび)れた(さま)は無い、 聲も確に一同に向ひ「ナニ直ぐに歸つて來ますよ」と云ひ特に懇意な人々へは一々に握禮した、 此の間にも人々と違つて一種別樣の驚きを感じたのは彼の毛太郎次である、 彼れの胸には昨夜段倉が左の手で書いた密告状の始末が今は歴々(あり〜)と浮かんで出て、 多分は彼の手紙を次郎が差出したに違ひ無い、斯う思つて次郎の方を見ると、 次郎は早や身を隱したと見え此場には居ぬ、心が咎めて居耐(ゐたゝ)まらぬ事に成つたのだらう。

毛太郎次は段倉に向ひ「ソレ、お前が彼の樣な事をするから此樣な事に成つたぢや無いか」 段倉は空とぼけて「彼の樣な事とは」

毛「左の手で書いた手紙よ」段倉「彼の手紙が何で此事に關係が有るものか、 笑談(ぜうだん)に書いたのだから直に破つて捨てたもの」 毛「ナニ破りはせぬ、捨たけれど其まゝ無瑕(むきず)で捨たのだ、 (おれ)は彼の手紙が、餘り(しわ)にさへ成らずに(へや)の隅へ落て居る事をまで思ひ出した」

と云つた所で後の祭である、 其れに人々皆自分々々の想像を持出して彼れか是れかと噂して居て毛太郎次の此言葉に耳を傾けやうともせぬ。

其中に友太郎は捕吏に連られ二階を降りて、外に待つて居る馬車に乘せられた。

此時まではお露も、友太郎の落着いた樣を見て自ら氣丈夫に思ひ、 別に嘆きはしなかつたが、愈々(いよ〜)友太郎が引立てられるとなると、 得も云へぬ悲しさが胸を(つんざ)く樣に込上げた、急いで二階の窓に行き、下を見て 「友さん、友さん、何うぞ直に歸つて來て下さいよ、待つて居ますから」 千萬無量の辛い思ひが言葉の調子に現はれて居る、友太郎も馬車の中から顏を出しお露を見上げた、 見上げる顏、見下す顏、是れが何時(いつ)までの別れだらう、知らぬのが却つて(さひはひ)かも知れぬ。

(やが)て友太郎の馬車が町の角を曲つて隱れると共にお露は聲を放つて泣いた、 けれど人々に扶けられ、靜かな方の椅子の上に載せられたが、其から唯だ(かうべ)を埀れ、 默然として何事をか考へてゐるのみである。

森江氏は一同に向ひ「皆樣、悲しむのみでは致し方が有りません、 兎に角も何の嫌疑だか、私が町まで行つて聞いて來ます」 (いづ)れも嫌疑の次第を知り度いのだから熱心に森江氏の勞を謝した、 氏は直に馬車で出掛けた、其の後では誰一人立去らうとはせぬ、 皆森江氏が歸つて來て報告するまで待つて居る。

此時まで友太郎の父とお露とは、離れて別々に、唯考へてのみ居たが、考へるに從つて、 益々悲しさが募つて來ると見え、果は云ひ合はせた樣に椅子を離れ、 互に走り寄つて抱合つた父「オヽお露お露」「阿父(とつ)さん」父「殘念な事に成つたのう」 お露「悲しい事になりました」お露は心の激動に堪へ得ずして其まゝ氣絶して了つた。

丁度此の所へ、何處から歸つて來たか彼の次郎が現はれた、彼れは誰よりも先にお露を介抱す可きであるのに、 手が震へて介抱が出來ぬ、(いた)はる言葉を發すべき聲さへも咽喉を出ぬ。

暫くすると森江氏が歸つて來た、其顏は出て行く時より又一入(ひとしほ)曇つて居て、 (さう)して重々しい聲で、「皆樣、思つたより重大な嫌疑です、 拿翁(なぽれおん)黨の陰謀に(くみ)そたと云ふので、即ち國事犯です」 國事犯と云ひ拿翁(なぽれおん)黨の陰謀と云ふ言葉が、此頃如何に恐ろしく人々の耳に響いたかは史を讀む者の知れる所である、 若し餘り友太郎に同情を表して捲き添に成つては成らぬとの恐れが、云はず語らず一同の心に滿ちた。

毛太郎次は顏色を變へて段倉に向ひ、「ソレ、お前が手紙に書いた通りぢや無いか」 段倉は最早や爭ふ事が出來ぬ「アア分つた、後で次郎めが彼の手紙を拾ひ上げて(きつ)と郵便で出したのだ、 本統に甚い奴だなア」全く何方(どつち)が甚いか分らぬ、 毛「アノ樣な無根の事から友さんが此樣に成つたのなら其事を父さんに知らせて遣らう」 早や老人の方へ行き掛けた。

彼れ毛太郎次は、未だ度胸の有る惡人では無い、(いさゝ)か友太郎の出世を羨みはしたけれど、 其れは小人の常と云ふもので、深く友太郎を害する樣な念は無いのだ、 段倉は鋭く彼れの顏を睨み付けて「馬鹿め、 今友太郎に同情を寄せる樣な素振が少しでも見えては其筋から何の樣な目に遭ふも知れぬ、 彼の事を口外するなら、明朝は自分が捕縛せられる積で居よ、 實際友太郎は拿翁(なぽれおん)の居るエルバ島へも立寄つたのだもの、 何れ程の罪は有るかも知れぬ」

此一語に毛太郎次を縮み上つた、勿論自分の身に危きを犯してまで友太郎の父を慰める程の熱心は無いのだから、 其まゝ堅く口を閉ぢ、再び誰に向つても口外しなかつた。

間も無く、父老人は森江氏に扶けられ、お露の方は、震へて居る親族總代彼の次郎に連れられて其れ〜゛家へ歸つた、 家を出る時と、歸つた時の心持は何れほどの違ひだらう、思ひ遣るさへ氣の毒である。 獨り此事に一方(ひとかた)ならず滿足したのは段倉である、 「是れで先づ船長は(おれ)に成つた」獨り心に呟いた。


更新日:2003/11/10

巖窟王 : 一〇 蛭峰檢事補と米良田禮子


團少年友太郎が婚禮の席から拘引せられた其の同じ日の凡そ同じ刻限に、或所に又同じ婚禮前祝の饗宴が開かれて居た。

偶然ながらも竒と云ふ可きは花婿たる可き人が、是から友太郎を取調べる檢事である、 イヤ檢事には未だ成らぬ代理慶事である、姓は蛭峰(ひるみね)と云ひ、年は廿七歳で、 所謂る功名富貴の心が滿々て居る出世盛りの人物である。

(しか)し檢事補ぐらゐの低い役柄に居て功名を望み富貴を望み、 同僚を飛び越えて出世を望むのは隨分難い仕事で餘ほど官界游泳の術を心得て居ねば成らぬ、 此人は其の術の爲と見え、熱心な政府黨である、言ひ替れば非常に拿翁(なぽれおん)の黨を憎んで、 今の國王路易(るい)十九世の忠臣だと自稱して居る。

勿論國王の政府に使はれる者が國王の忠臣で無くて成らぬのは當然では有るが、 (しか)し此人は腹の底からの國王黨では無い、此人の父は姓を野々内(のゝうち)と云つて元が過激な革命黨で、 其後引續き拿翁(なぽれおん)の政府に重く用ひられた人である、 今も逹者に生て居て、野々内(のゝうち)と云へば人が謀反でも企てはせぬかと疑ふ程である。

斯樣な人の子で有つて、國王の政府で出世しようと云ふのだから一通の苦心では無い、 父野々内の姓を其儘名乘つては(とて)も用ひて呉れぬから、公然と自分だけ姓を蛭峰と改めて、 無論父とは往來も斷つて居る。

是ほどの熱心だから、職務の上に落度のないのは勿論の事、朝廷向からも可也の信用を得て、 又隨分朝廷に勢力の有る人々と拔目無く交際して居る、今度自分の妻として披露する女も、 國王の藩屏(はんぺい)たる貴族米良田(めらだ)家の令孃で、其父母に自分の勤王論が氣に入られたから出來た縁談である。 けれど此婚禮は(あながち)政略的のみの仕事では無い、 自分も全く米良田禮子を愛し、禮子からも二人とは此世にない人と愛せられて居る。

唯禮子の樣な氣質の優しい女が、何うして檢事補と云ふ罪人ばかり取扱ふ恐ろしい職業の人を思ひ初めたかと疑ふ人も有るけれど、 上下の別がないとさへ云ふ戀だもの何で職業などに拘るものか、殊に此蛭峰氏が仲々美しい容貌の人で、 隨分外でも艷聞を博した事が有ると云ふのだから世間知らずの姫君が之に魅せられるは無理もない、 疑ふ人が却つて無理と云ふものだらう、(しか)し令孃は此人の職業を(いさゝ)か氣には掛けて居る、 今日の祝の席でさへも此人に向つて「是からはねえ、何うか大抵の罪人は輕くして、 許せる者なら許して遣つて下さいよ」などと云つて居る。全く之も眞心から出る言葉だから、 聞流しても妙に此人の心に(こた)へる。

此樣な場合に旨く調子を合せる事は蛭峰先生仲々得手てゐる、 一方には朝廷に羽振の好い人々もゐるのだから、 旨く自分の職業と勤王論と(さう)して禮子の心の三方を調和して「イヽエ、 檢事と云ふ職は小の蟲を殺して大の蟲を活せ、惡人を除いて善人を安樂にするのですから、 最も慈善の主義にも合ふのです」檢事を慈悲深い職業とは餘り聞かぬ 「其れに私共が忠實と熱心を以て事務を取れば、國事犯なども大抵は未發に防いで了ひますから、 畏れ多い事ながら自然朝廷も安泰を得る譯です」成るほど道理の附け樣も有るものだ、 斯う云へば檢事ほど勤王的な職業は無い樣にも聞える。

斯る折しも、丁度彼の友太郎を饗宴(なかば)に捕吏が驚かした樣に、 此の蛭峰檢事補を驚かせた者が有る、イヤ眞逆(まさか)其れ程でもないけれど、 入ツて來た給使が何やら彼の耳に細語(さゝや)いたが、彼れは直ぐに立上つて此場を外した、 (さう)して少し經て、歸つて來て「イヤ、皆樣何うも、失禮では有りますが職業上捨置かれぬ事件が生じましたので、 暫らく私は御免蒙らねば成りません」檢事の捨置かれぬ事件とは斯る場合に猶更耳に障る。 誰も何事かと、問ひ度く思ふ氣を察して「實は拿翁(なぽれおん)の陰謀に(くみ)すると云ふ一人が捕まりましたので」 拿翁(なぽれおん)の陰謀とは、集まれる勤王主義の人々に取つては、冷水でも浴びせられる樣な氣がする、 誰とて早く行く事を勸めぬはない、蛭峰は匆々(さう〜)に禮子にも分れを告げるに、禮子は祈る樣な聲で 「貴方、本統に私の今云つた事を、お忘れ成さらぬ樣にして下さい、何うぞねえ、取調を受ける人には親切に」 蛭峰は何しろ我が位置を一段高くする樣な事件が我が手に落ちて來たと思ひ、 唯點首(うなづ)いて(こゝ)を去つた。

(さう)して直に取調廳を指して急いだが、途で端無く出遭つたは、彼の友太郎の雇主森江氏である、 蛭峰は知らぬ顏して行過やうとするを、森江氏は(あわ)てゝ引留「アヽ好い所でお目に掛りました、 唯今檢事をお尋ね申しましたけれど當分御不在との事ゆゑ貴方にお目に掛り度いとお宅へ出向く所でした」 只の人ならば愛想も無く刎ね附けられる所だらうが、兎も角も金力勢力ともに土地の名高い相手だから、 蛭峰は勢力ある人の機嫌に觸れる勿れといふ日頃の主義から、 場合不相應に立留まり「何の樣な御用事です」

森江氏「實は私の持船巴丸の乘組員團友太郎と云ふ者が拿翁(なぽれおん)黨に(くみ)したと云ふ嫌疑で、 先刻捕縛せられましたが、彼れに限つて其樣な事はなく、全く何かの間違ひですから、 何うか其をお含みの上、成る可く早く放免になる樣なお計らひを願ひたいのです」 とて猶も友太郎の日頃の振舞や、近々船長に成ることから婚禮の間際で有つた事まで、 掻摘んで耳に入れた、蛭峰「イヤ私は未だ其當人をさへ見ませぬが、 外ならぬ貴方の御依頼ゆゑ、果して實跡のない者なら決して餘計に引留る樣なことはしません」 と呑込んだ樣に云つて、其まゝ分れて取調廳に入つて行つた。

(こゝ)には既に友太郎が拘引せられて來て居るのだ、(さう)して(いとま)もあせらず、 友太郎を呼出した。


更新日:2003/12/29

巖窟王 : 一一 宛名は誰れ


呼出された友太郎の入つて來る迄に、蛭峰檢事補は自分の事を考へた、 イヤ考へるともなく自分の身の上が胸に浮んだ。

尤も胸に浮ばずには居られぬ際である、 米良田(めらだ)家といふ樣な勢力ある貴族の婿になれば追々出世の道も開けるに極つて居る、 其れに妻たるべき姫君禮子は顏も心も美しい上に六萬圓の婚資を持つて居る、 六萬圓といへば檢事補の月給の幾十年分にも當るだらう。

此樣なことまで急がしく腹の中で計算するは嬉しさの滿々て居る爲である、 婚資の外に、禮子の父が死ねば、其財産が廿萬圓、之も禮子の物になる、 母が死んでも凡そ其れに近い財産が矢張り禮子に轉がり込む、禮子の物は我物である、 唯一つ氣に掛るのは自分の父の野々内が今以て革命家か謀反人かの樣に世間から疑はれて、 其れが(やゝ)もすれば自分の出世の邪魔になる一事である、此の一事を除けば自分の前途は晴々と晴れて居る。

此樣な考へが未だ充分には了らぬ所へ友太郎が這入つて來た、蛭峰は(あわ)てゝ自分の顏から嬉しさの色を取退け、 職務相當の眞面目な面持を現はした。

友太郎を連れて來た捕吏の長は先づ蛭峰の傍に來て小聲で以て捕縛の次第を報告し、 (さう)して蛭峰から、其掛引の宜しきを得た事を賞讚せられて立去つた、 後には蛭峰と團友太郎と唯二人の差向ひである。

蛭峰は先づ友太郎の顏を見るに全くの美少年で、少年の正直と、 少年の熱心とが(おもて)に現はれて居る、仲々恐ろしい國事犯とは思はれぬ、 其れに先刻禮子から云はれた優しい慈悲深い言葉も耳の底に()だ殘つて居るから、 此人の今までに殆ど例のないほど柔和な聲を出して「貴方が團友太郎ですか」

友「ハイ」蛭「年は」友「十九歳」蛭「何の樣な所から拘引されました」 友太郎は(いさゝ)か力を込めて「オヽ私は、婚禮の席から拘引せられたのです、 三年まへから許婚に成つて居る女と、今日愈々(いよ〜)婚禮することになり、 式場へ臨む前に、知人(しりびと)を饗應して居ますと其席へ捕吏が踏込んで參りました」 何と自分の境遇に能く似た事ではあると蛭峰は又(いさゝ)か同情を深くした。

同情は好いけれど只此同情が何時まで續くかゞ疑問である、 蛭「其れから、サア(もつ)と言葉を續けなさい」 友「此外に何も續けていふ事がありません、お聞下されば何事でも」 尤も千萬な答へではあるが、何の意見も何の罪もないのに捕へられたのだから言立てることは一つもないのだ。 蛭「貴方は横領者に使はれた事はありますか」

横領者とは拿翁(なぽれおん)の事である、王の位を横領したと云ふ所で王權黨は皆斯ういふのだ、 友太郎が若し拿翁(なぽれおん)黨の者なら此言葉に幾分不快を感ずる所だけれど、 彼れは何とも感ぜぬ「ハイ水兵になる願書を出したことはあります」 蛭「貴方の政治上の意見は」友太郎は呆れた顏で「何で私に政治上の意見などがありませう、 年が若くて未だ政治のことなど少しも分りません」蛭「政治上でなくとも、平生何か意見を持つて居ませう」 友太郎は少し考へ「ハイ、父を大切に思ひます、雇主森江氏を敬ひます、 (さう)そて許婚のお露を可愛いと思ひます、是れが若し意見ならば、 平生の意見は唯だ是丈(これだけ)です」

殆ど婀娜(あどけ)ない程の返事である、蛭峰は益々感心して決して此男は罪人で無いと思ひ、 此樣なのは放免する方が却つて上長に贊成せられて自然自分の出世の端にもなり禮子にも喜ばれると思つた、 (おほやけ)には長官のお襃めを得、(わたし)には美人に嬉しい顏をされるは決して蛭峰の喜ばぬ所ではない、 蛭「貴方は誰かに怨まれてゞも居るのですか」友「少しも怨まれる心當りは有りません」 蛭「(しか)廿歳(はたち)未滿で船長にも成るといふのは異數の出世ですから、 怨まぬ迄も羨む人はあるに違ひない、常に能く其邊氣を注けて居ねば何の樣な害に逢ふかも知れません」

尋問ではない寧ろ相談が忠告の樣である。

友「ハイ氣を注けましても、別に私を怨む人は決してないと思ひます」 蛭峰は全く友太郎の清淨な事を信じた。「フム、貴方は全く正直な少年らしい、 私も極寛大に、常の規則からは外れますけれど、ソレ是れを見せて上げます、 此手紙を誰が書いたか心當りはありませんか」斯う云つて差出したのは彼の段倉が左の手で(したゝ)めた例の密告状である、 友太郎は受取つて讀んだけれど、勿論故(わざ)と筆蹟を變へて書いて有るのだから心當りのある筈がない、 友「誰が書いたか少しも分りません」蛭「(しか)し此手紙に書いてある事柄は事實ですか」 友太郎は(いさゝ)か眉根を(ひそ)めつつ「ハイ何うして此樣なことを知つた人がありますか、 全く、餘ほど事實に近いのです」何たる有體(ありてい)な返事だらう。 蛭「では事實を有の儘に言つて御覽なさい」友太郎は森江氏に語つた通り、 船長呉氏の死際に拿翁(なぽれおん)の居るエルバの島へ立寄つて、 是をベルトラン將軍に渡せと小包を托せられた事を語り、 「船長の言葉は總て命令と聞かねばなりませんから、私は其通りに致しました、 (さう)してエルバの島へ上陸し將軍に面會を求めますと容易に許される容子はなかツたのですが、 若し面會が六かしい時は是を示せとて、一個(ひとつ)の指環を渡されて居ましたから、 其れを出して示しますと直に一室(ひとま)へ通されました」とて、 面會の一部始終を述べ、最後に至り森江氏にさへ明かに言はなかつた祕密まで話し 「船長の言葉には此小包さへ渡せば多分將軍から巴里へ送る手紙を托されるで有らうから、 直に其手紙を持つて巴里へ行き、直々に宛名の人へ手渡しせよ、決して何人にも見せ、 又は聞かせてならぬと言はれました、果して其言葉通り、 面會の終る時に將軍から手紙を托されました故私は今日(こんにち)婚禮が濟めば明日直に其手紙を以て巴里へ立つ積でした、 イヤ今も其積りです」

蛭峰は呟いた「アヽ貴方は無意識に國事犯の道具に使はれ掛けたのです、 勿論貴方には罪はないのです、直に放免の手續きを運んで上げます」 (もと)より直に放免せられるものとは期して居たけれど友太郎は眞實に感謝した 「貴方の御親切は(きも)に銘じます」 蛭「將軍の渡した其手紙といふは巴里の黨員と何事をか打合すものだらう、其手紙を私へお渡しなさい」 友「()う捕吏に取上げられました、其の貴方の卓子(てーぶる)の上に在るのが其の手紙です」 蛭「オヤ(さう)ですか、巴里の誰れあに當たものか知らん」 と蛭峰は呟いて卓子(てーぶる)から其手紙を取上て上封の宛名を見た。

若し雷が頭上に落ちても蛭峰は斯う迄は驚かぬであらう、彼は宛名を見て全く震へ上つた、何うだらう 「ヘロン街十三番地にて野々内殿」とある、野々内とは自分の父なのだ。


更新日:2003/12/29

巖窟王 : 一二 危い處、危い處


今の今まで、自分の運の(おほい)に開けて來たのを喜んで居た蛭峰檢事補は、 唯此手紙の宛名だけで忽ち自分の足許(あしもと)へ千仞の絶壁が出來て、 自分が其底へ落込まねばならぬかの樣に感じた。實に此宛名が自分の身の破滅である。

「ヘロン街十三番地野々内殿」是れ自分の父に非ずして誰ぞや、 父の過去つた履歴でさへ此身の出世を妨げる事、一方(ひとかた)ではないのに、 今現に拿翁(なぽれおん)に氣脈を通じ、斯樣な手紙の遣取して居ると有つては、 此事が人に知れると同時に此身は何の樣な目に遭ふかも知れぬ、出來る(ばか)りと爲つて居る婚禮さへ覺束ないのでだ、 イヤ覺束ない所ではない、禮子の父米良田(めらだ)氏は勤王の凝固(こりかた)まりで有るのに、 何で國王を蹴落さうとする拿翁(なぽれおん)黨の首謀者の息子と縁組をするものか、 縁組は破れる、其次第が上官等には知れる、何うしても自分の身が滅びるより外はない。

若し誰も居ぬ所ならば、蛭峰は聲を出して泣く所だらう、職務の椅子に()り被告人を前に控へて居て泣くにも泣かれぬ、 けれど彼は全く呻いた、泣くよりも猶辛い聲だ。

唯だ此手紙が誰の手にも落ずして、我手に落ちたのは(せめ)ての(さいはひ)である、 眞の檢事が留守なればこそ、檢事の代理者たる我手に落たのだ、 眞逆(まさか)に未だ我外に此手紙を見た者はないだらうと斯ふ思ふと四邊(あたり)を見廻すことになつた。

蛭峰の前に立つて居る友太郎は(さう)とも知らぬ「ハイ、其のヘロン街十三番地野々内殿と書てある手紙が其れなんです」 と言ひ足した、蛭峰は再び呻いた、友太郎は容子の異樣なのを怪しんで「オヤ其方は貴方のお知り合ですか」 蛭峰は咽に詰る樣な聲で「國王の充實な官吏は決して陰謀者などを知りません」

斯う云つて更に手紙の中を(ひら)いて見た、中には實に容易なぬ大陰謀の打合せを記してある、 蛭峰は前額(ひたい)に油汗が湧いた、此樣な大陰謀を半分我父が背負つて居るのだ、 是れが若し人に知れては此身の助かる筈がない。

何うして好いやら、日頃は種々の計略に富んだ身でも、餘りのことに何の思案も浮ばぬまゝ、 二度三度手紙の文句を繰返しては讀んだ、讀むうちに益々逃れ道のないことが分つて來る。

其れにしても何とかせずには居られぬのだ、彼れは出拔の樣に友太郎の云ふた 「貴方に(とく)と問はねばなりませんが」友太郎「ハイ何事でも正直にお返辭致します」 斯う答へて友太郎の方へ其問を待つて居るのに其問が仲々出て來ぬ。

蛭峰は身を椅子へ仰向けにし、天を眺める樣にして前額(ひたひ)の汗を拭いた、 (さう)して心の中で呟いた「友太郎が此手紙の中を知つて居るかしらん、 若し知つて居て、其上に野々内が此身の父だと云ふことまで知つて居れば、 最早此の身は助かる所はない、唯だ一人にでも知られて居れば追々外の人にも知られるのだ」

()ては友太郎が知らぬならば此手紙を握り潰す積りか知らん檢事補といふ職業に對して、 實に相濟まん了見ではないか、彼れは(やうや)く問ふた 「貴方は此の宛名を知つて居ますか」友「宛名を見ずには屆けることが出來ませんから無論讀んで知つて居ます」 蛭「イヤ宛名の人を」友「人は少しも知りません」蛭「全くですか」 友「全くです、野々内と云ふ姓さへ其上封で見るのが始めてです」蛭峰は少し息をした、 (さう)して更に「此樣な手紙ですから、托される時に、無論中の意味を聞いたでせうね」 功に鎌を掛けて居る、友「私が、何で其の樣なことを聞きますものか」 蛭「其れにしても中を讀むことは讀んだでせう」友太郎は(いさゝ)か呆れた顏で 「イヽエ決して」蛭「中の事柄を知りませんか」友「知りません」蛭「少しも」友「少しも」

(いつは)りのない樣が分つて蛭峰は初めて本統に人間らしい呼吸(いき)をした、 (さう)して更に言葉の調子を落着けて「直に貴方を放免する積でしたが放免の前に一應、 判事に相談せねばなりません、其れゆゑ、少し時間が掛ります」 時間の掛る位は仕方がない、我慢をせねばならぬ、友「宜しう御座います」

檢事補は餘ほど親密な友人に内所事(ないしよごと)の相談でもするかの樣に、 ズツと友太郎に顏を寄せ、且打解けた色を見せて「實はネ」と言掛け、一段聲を低くして 「此手紙が貴方の嫌疑の本體だから之れが有る中は貴方の身の面倒が盡きませんよ、 貴方の樣な正直な者の(さう)面倒を掛けるのが決して裁判の本意では有りませんから、 私が(こゝ)で此手紙を燒捨て上げませう」

檢事が此樣な手紙を燒捨て善いものか惡いものか其樣なことは友太郎は少しも知らぬ、 唯深く此人の親切を感ずるのみだ、「イヤほんとに貴方の御親切は謝する言葉も有ません」

蛭「其代り、誰に何と問はれても此手紙のことを少しも口外しては可けませんよ」 友太郎は言切て「決して口外致しません」蛭「此手紙を托されさへせねば貴方は裁判所に呼出される筈は何もない、 (さいはひ)貴方と私より外に知つた者は有りませんから、ソレ此通り」 と云ひつゝ立つて、彼の手紙を煖爐の中に入れ、灰も分らぬ迄に燒いて了つた、 自分の位地を助けるのが爲めとはいへ甚い仕種(しぐさ)だ。

蛭「此外には何も托されてあ居ないでせうね」友「イヤ何にも」 蛭「全く僞りないとお誓ひなさい」友「固く誓ひます」蛭「では今云つた通り貴方を後程まで、 イヤ晩方まで當廳に留置き(さう)して放免の手續きを運びますから暫く警吏の後に(つい)てお退き爲さい」 斯う云つて直に人を呼び、入つて來た警吏に向つて何事をか細語(さゝや)いて、 (さう)して又友太郎に向ひ「サア此方に(つい)て行けば好いのです」 友太郎は兎に角日の暮にはお露の傍へ歸られるものと思ひ顏を埀れて一例し、 其れとなく熱心に謝意を示して、(さう)して警吏に導かれて退いた。

其後に蛭峰は胸を撫でゝ「()ア好かつた、檢事が不在で、(おれ)が代理を勉めたのは何よりも仕合せだつた、 若しも檢事の手にアノ手紙が入つたら何うだつたらう、アヽ危い所、危い所」 獨り呟いて頬笑むは何たる恐ろしい度胸だらう、(さう)して頬笑の(あと)の消えるか消えぬうち、 更に何事をか思ひ附いたと見え、(はた)と手を()つ樣にして 「アヽ馬鹿なものだ、此の名案が氣附かなんだ、(さう)(さう)だ、 (わざはひ)を轉じて福となすは(こゝ)のことだ、 少し旨く立廻れば、却つて是れが非常な出世の種になるは」

何う(わざはひ)を福に轉ずる積りか知らぬが、彼れは五分間前に脂汗を流して居たに似ず、 滿面に嬉しさを輝かせて「サア直ぐに是れから着手するのだ、(さう)だ、 又とない此の好機會を取逃がして(たま)るものか」と勇み勇んで立上つた。


更新日:2003/12/29

巖窟王 : 一三 人間の日 照らぬ所


日の暮頃には放免せられるものと思ひ、友太郎は警吏の後に()いて蛭峰檢事補の前を退いたが、 廊下に出ると二人の憲兵が待つて居て、(あたか)も重い罪人でも取扱ふ樣に、 左右から友太郎を挾む樣にして奧へ奧へと連れて行つた。

蛭峰檢事補の親切な約束とは少し容子が違ふ樣だけれど、 ナニ晩方には家へ歸ることが出來るのだ、其れ迄の所は何の樣な扱ひを受けても好いと、 多寡(たか)を括つて其扱はれる儘に從つて居ると遂に此の取調廳に附屬して居る牢屋の中まで連れて行かれ、 ()ある(へや)の重い鐡の戸を開いて其中へ入れられた、 憲兵も警吏も外から錠を卸す音と共に立去つたらしい。

牢の鐡戸は、何の樣な横着な男でも之を見ると身を震はす、 殊に牢の中の何となく陰氣臭い空氣は誰れの勇氣でも(ひし)いで了ふが唯だ友太郎のみは(さう)でない、 長くとも一二時間の辛抱だと思ひ、寧ろ面白い話の種が出來た樣な心で、 暫しが程は物珍しく(へや)の中を見廻つて居た。

たつた一時間か二時間、其中には誰れか放免の爲に來て呉れるのだ、 直ぐに端つてお露の(もと)に行けば何の樣に喜ぶだらうと、 早お露の喜ぶ(さま)などを心に描いて待つて居ると、唯つた一時間でも短くはない、 ()してや二時間、()して、三時間、と經つたけれど誰も來て鐡の戸を開けて呉れぬ。

時々戸の外から靴の音が聞えるので、今度こそはと馳せて戸の所へ行つて待つて居ると其の儘行過て了ふのだ、 此の樣な事が何度有つたか分らぬ、(こゝ)へ入つたのが三月一日の午後の四時で有つたが遂に夜の十時まで六時間捨置かれた。

何處かの寺から十時の鐘が聞えて間も無く、ヤツと鐡の戸は開いた、 友太郎は其處(そこ)まで走つて行つて見ると、 矢張り憲兵の姿が見えて居る、放免するのに何も憲兵は要らぬことだ、 (さう)して猶怪しいのは戸の外に妙な馬車が居る「(こゝ)へ私は乘るのですか」 問はぬ譯に行かぬ、憲兵「(さう)です」友「蛭峰檢事補からの差圖でせうね」 憲「(さう)です」

親切な彼の人からの指圖なら何も間違ひはない、何處かへ連れて行かれて、 (さう)して卸して呉れるのだらう、唯だ此樣に思ふて、自分から進む程にして馬車には乘つた、 馬車の背後(うしろ)には士官らしい制服を附けた一人乘つて居て馭者ともに都合五人の附添ひである、 (やが)て馬車の戸は閉ぢられて錠までも卸された、何だか嚴めし過る樣でもある。

馬車は出た、窓から外の樣子を見ると、益々不思議だ、 夜中に用事もなさ相な海岸を指して走つて居る、()ては港へ行くのか知らん、 果して(さう)だ、凡そ小一時間も(はしつ)て、 波の音の聞える所へ着き、背後(うしろ)の士官が先に降りて、憲兵も之に續き、 又續いて馬車の戸が開いた、怪訝の思ひで自分も降りると、(こゝ)は海岸に在る番兵小屋の前で、 十人ほどの兵士が今の士官の差圖に應じて出て來た。銃の先に附いた剱が星の明りに光つて居る。

友「何うするのです」と憲兵に向つて問ふと、

憲「今に分ります、此方(こちら)へ」と答へ、先に立つて水際へ下つた、 水際には小舟が待つて居る、何事とも知らぬ間に之へ乘せられ、(とも)の方へ据られた、 左右には矢張憲兵が挾んで居て、士官は案内者の樣に船首(みよし)に座して見張つて居る。

四人の水夫が艫を揃へて漕出した、船は暗い海の上を、矢を射る樣に飛んで行つて、 間もなく水門を通り越し、港の外へは出た、實に合點が行かぬ、 船の中の用意などを見ると(さう)遠くまで行くものとも思はれぬけれど()ればとて、 近くには漕附けられる樣な親船も居ぬ、何だか不安心な思ひがするから友「全體何處へ行くのです」 と再び憲兵に向つて問ふと「着く迄は知らせるなと長官から命ぜられて居るのです」 長官の命で以て口を縛られて居る者に問ふたとて仕方がないと友太郎も亦口を(つぐ)んだ。

けれども何しろ放免の手續きらしくはない。何も放免に斯樣な手數は入らぬ事だ、 晩程までと云つた蛭峰檢事補の約束は何うなつたのだらう、 此身に對する嫌疑の材料とも云ふべき野々内へ宛た手紙は彼の通り燒捨て呉れたし、 何にも此身を行方も知れぬ所へ運んで行く筈はないのに、とは云へ此通り事實運んで行かれる所を見ると、 檢事補の約束に何か間違ひが有つたか知らん、檢事補の力も及ばぬ事に成つたのか知らんと、 益々不安心である、何も身に罪の無い者が、畏れを抱くには及ばぬけれど、 氣遣ふて居る父にもお露にも、夜に入つて迄一言の便りを聞かし得ぬのは餘り殘念な譯である。

其うちに船は港の外の岬を廻つて、丁度西國村(すぺいんむら)の沖へ掛つた、 沖とは云へど水際から數丁しか離れて居ぬ、お露の家もボンやりと一個(ひとつ)(あかり)が點つて居る、 彼の(あかり)の下に定めしお露が、物案じに沈んで居るのだらう、 聲を立てゝ打叫べば聞える程の所だのに今此身が(こゝ)を通つて居る事が何でお露の神經へ通じぬのだらう、 何でお露が水際まで出て來ぬのだらう。

殆ど恨めしく思ふうち舟は又進んで西國村(すぺいんむら)(ともし)も見えなくなつた、 友太郎は堪へ兼ねて三たび、憲兵に向ひ「此舟は何處へ着きます、 今に私へ分る事を何も隱すには及ばぬではありませんか」と切に問ふた、 憲兵は同僚に相談する樣に「(さう)()う直に當人へ分ることだから、 いふても構ひますまいがねえ」同「構ひますまい」此返事を得て更に友太郎に向ひ 「此先に見える黒い所を知りませんか」友太郎は、慣れた水夫の(まなこ)を以て、 (やみ)を透かして向ふの方を見ると、突兀(とつこつ)として、 黒く高く行方に立塞(たちふさ)がる樣に海の表に聳えて居るのは名も高い泥阜(でいふ)の要塞である。

()泥阜(でいふ)の要塞とは、巴里のバスチル獄と同じ程、 昔から人の恐ろしがる所である、元は要塞で有つたゞらうが、 今は何人も用事のない所だから、祕密の罪人を祕密に片附けて置く場所と爲つて居て、 (こゝ)へ入る者は殆ど二度と此世に出る事が出來ぬ、 イヤ(こゝ)へ入れられた事をさへ誰にも知られぬ事が出來ぬのだ、 全く人間界の、日の照ぬ所である、泥阜(でいふ)の名を聞くと共に、 友太郎の頭には、全身の血が衝き上つた、彼れは全く我を忘れて(とて)も逃去る外はないと思ひ、 早くも跳躍りて、舟舷(ふなばた)から海に飛び込まふとすると直に二人の憲兵に取つて伏せられた、 甲「長官の命に背き、一寸行先の名を知らせると早此通りだ」 乙「何事も知らせるなといふ第一の命令に背いたけれど、 途中で逃亡を企てれば直ぐに射殺せと云ふ第二の命令には()う背かぬぞ」 とて短銃(ぴすとる)の口を直に友太郎の頭に差し向けた、()う逃げる事も出來ぬ。 人間の日の照ぬ泥阜(でいふ)の要塞に入れられるのみである、實に無慘では無いか。


更新日:2003/12/29

巖窟王 : 一四 梁谷法師


(こゝ)で、若し少しでも抵抗すれば直ぐに射殺されて了ふのだ、 友太郎は(いつ)そ抵抗してやらうかとも思つた、射殺された方が(よつ)ぽど好い、 生ながらの地獄ともいふ可き泥阜(でいふ)の要塞へ押籠められて了ふよりは。

泥阜(でいふ)の要塞といふ恐ろしい名が、彼れの耳には半鐘の樣に響いて居る。

けれど彼れは斯樣な間にも蛭峰檢事補の約束を思つて居る、 彼れほど堅く言葉を(つが)へ此身に誓ひまで立てさせたのだから其中には何うかして呉れるだらうと、 唯だ此約束の爲に、兎に角生存(いきながら)へて居る氣になつた、 後で思ふと此樣な氣にならぬ方が餘ほど増で有つた。

其中に船は岸邊に突當つた、(こゝ)泥阜(でいふ)要塞の斷崖の()や雪崩た所である、 直に二人の憲兵に兩手を取られ、舟から引揚られ、(さう)して背後(うしろ)から彼の士官が、 帶劍を脱き身にして附いて來る、スワといはゞ直に刺殺さんかと思はれる程の堅固な用心で、 餘ほど危險な國事犯をでも扱ふ(さま)である。

友太郎は茫乎(ぼんやり)として夢見る心地だ、長い石段を引上げられ、 其れから番兵の銃劍の光つて居る門の樣な所を幾個(いくつ)(くゞ)らせられ、 路程(みちのり)にすれば十丁餘も歩んだかと思ふ頃立留つた、 初めて顏を上げて四邊(あたり)を見ると、月のない晴れた夜半で、薄々分るのは四方の高い塀である、 自分の身は塀に圍まれた建物との間に庭の樣な所に立つて居るのだ、 ()う逃げやうとて逃げる道はない。

逃げる道がないのに安心してか憲兵の一人は立去つたが直ぐに又一人の役人を連れて來た、 後で分つたが此役人は牢番で有つた。

「ドレ囚人は何處に居ます」と云ひ、殘つた憲兵が「(こゝ)に」と答へるのを聞いて 「宜しい私が連れて行きます」とて更に友太郎に向ひ「サア此方(こつち)へ」 憲兵は突き放す樣に「サア此方の後に附いて」

裁判も何も受けずに早囚人である、地の下へ潛り込むかと思ふ樣な低い建物の下を潛つて牢と思はれる所の入口に着いた、 目に見ゆるは古來幾人の涙に(しめ)つたゞらうと疑はれる四方の壁ばかりである。

牢番「今夜は典獄が()う寢たから兎も角此室でお明しなさい、 明日は外に移されるかも知れません、(こゝ)へ水と麺麭と、 (さう)して寢床の代りに新しい藁とを置いて有りますから」 斯う云つて友太郎を牢の樣な(へや)の中へ推し込めて無論形の通りに戸も外から錠を卸し 「お(やす)み」と(あざけ)る樣な言葉を遺して去つた。

室には燈明(あかり)もない、唯だ窓の外に(くすぶ)つた常夜燈が薄暗く燈つて居る、 (こゝ)に置くといつた物が何處に在るのか、慣れぬ目には勿論見えぬ。

翌朝牢番が廻つて來て見ると、此囚人は昨夜立つて居た所に其まゝ立つて居る、 身動きもせぬ(さま)は石に化したかと怪しまれる、 唯だ活て居る樣に見えるのは(はれ)(まぶた)の間から恨みの光を放つ(まなこ)ばかりである、 牢番「昨夜寢ませんでしたか」友太郎「知りません」牢番は麺麭も水も手附かずに有るのを見て、 「腹は空きませんか」友太郎「知りません」實に語を發するさへ蒼蠅(うるさ)いとの容子である。

牢番「何も用事は有りませんか」と言ひ捨去らんとした、友太郎は忽ち叫んだ 「典獄に逢はせて下さい」牢番「其樣な事が出來るものか」といふ顏で一寸振向いて去つて了つた、 (こゝ)に至つて初めて友太郎の心には、今まで起らう、起らう、として居た一切の衝動が、 沸き返る樣に(のぼ)つて來た、彼れは床の上に身を投げて聲を放つて慟哭した。

思へば(こゝ)へ來る舟の中で何故身を投げなかつただらう、 憲兵の氣の附く前には幾等でも身投は出來たゞらうに、 (さう)さへすれば泳ぎには逹して居るし何處かrの岩角へでも掻附いて居れば、 隨分通り合す舟に救はれ、他國へ行く事も出來た、何處の他國とても水夫の身には食ふに困らぬ、 身の定まつた上で、お露をも父をも呼寄せる事は出來、生涯、 泥阜(でいふ)などと云ふ此樣な恐ろしい所は知らずに濟む事が出來たのに。

全くその通りである、友太郎は幼い頃から水夫として此近海の大抵の國は故郷の樣に能く知つて居る、 (さう)して伊國(いたりー)西國(すぺいん)其他諸國の言葉も自分の國語の樣に話すのだから何處へ行つたとて困る事はない、 其れが唯蛭峰の約束を(あて)にした(ばか)りに其樣な事になつた。

眞に彼れは、藁より外に敷物のない大地の上に泣暮し又泣明した、 何が何でも斯うなつては典獄に逢つて、此身が未だ裁判さへも豫審の調(しらべ)さへも受て居らぬ事を訴へ、 聽かれずば爭ふても見ねばならぬ、此の又翌朝再び牢番の來た時に又典獄に面會させて呉れと請ふた、 けれど其れは出來ぬとの同じ返事を得た爲に、其れなら何うすれば、逢はれるかと嚴しく問ひ返して止めなかつた、 牢番は腹を立てゝ「其樣な無理な事ばかりを云ふと柔順(おとな)しくなるまで食物を持つて來ません」 此の言葉が總ての囚人に對して何よりの(おど)しであるのに、 友太郎には少しの效目(きゝめ)もない。

友「持つて來ねば食はぬ迄です」

隨分絶食も仕かねぬ見幕である、けれど絶食して死なれでもしては困る、 其實囚人一人に付き、(まかなひ)の上前や何や彼やで日に六錢の儲けになるのが、 此牢番の役徳だから決して役徳の本尊を死なせ度くはない、 ()れば夕方再び來て再び問はれた時には幾分か物柔かに 「其れほど典獄に逢ひ度いなら、柔順(おとな)しく獄則を守つて機會(をり)を待つが近路だ、 獄則を守る者は少しの間庭の散歩が許されるから丁度其處(そこ)へ典獄が通り合さぬとも限らぬ」 友「何れ程の間獄則を守れば」牢番「(さう)さ、半年か、イヤ一年位も」

一日も待てぬ身が一年とか、其れまで生きても居られぬだらう、 友太郎は絶望に餘りに又思案を定めて、少し言葉を柔げて 「貴方の百圓、全く百圓上げますから、 何うか私の書く只ツた二行の手紙を西國村(すぺいんむら)まで持つて行つて下さらぬか」 牢番「百圓今持つて居ますか」友「持つてはゐぬが其(みち)で私の家に寄つて呉れゝば」 牢番は打笑つた「呉れない所で長官に訴へる譯にも行かず、 丁度お前さんは梁谷(はりや)法師と同じ事を云つてゐるワ、今に氣でも違はぬ樣に氣を()けるが好い」

梁谷(はりや)法師とは誰の事だか勿論合點が行かぬから「其れは誰です」と問ひ返した、 牢番「丁度此室にゐた伊國(いたりや)の坊樣だよ、(いつ)も典獄に、 牢から出して呉れゝば或所へ大金を隱してあるから其中を百萬圓分て遣るといひ、 其事ばかり繰返してゐたが終に」友「終に放免せられましたか」 牢番「ナニ、終に發狂して、二年前から今以て、穴倉の底に在る土牢に入れられて居る」

二年前から今以て土牢とは、聞くさへも身の毛が逆立(よだ)つ、 眞に話よりも恐ろしい所である、友太郎は()う思案も何も得せぬ、 絶望の餘りに我知らず、此室の中に在る只一脚の腰掛臺を取上げ 「私の手紙を西國村(すぺいんむら)まで屆けて呉れるか、(いや)だと云へば、 今度お前が此室へ這入つた時に、出し拔に此臺を以てなぎり倒して了ふ」と云ひ、 腰掛臺を水車の樣に振廻した、牢番は驚いて身を退き 「アヽ丁度梁谷(はりや)法師の通りだ、法師も初めは斯うだつた、愈々(いよ〜)發狂するのだな、 宜しい直に典獄に逢はせて遣るは」

呟いて下つたから眞に典獄に逢へることかと、(やゝ)氣を引立てゝ待つて居ると、 牢番は間もなく曹長と四人の兵士を連れて現はれ、曹長に差圖して 「典獄の命の依り、此囚人を最下の室へ移すのだ」最下の室とは土牢である、 (さう)とも知らずに引行かれて、穴の樣な所を下へ、下へ、と降り、 遂に眞暗な所へ投込まれた、何にも見えぬ、只聞えるは曹長の聲で 「來る早々土牢とは餘ほど危險な罪人と見えますな」牢番「危險ですとも、 極々性の惡い狂人ですもの」友太郎は初めて合點が行つたけれど、事既に遲しである。

全く地獄の底にも同じ土牢へ入れられたのだ、逃去る望みも、 叫び聲の人に聞かれる見込も何もない。


更新日:2003/12/29

巖窟王 : 一五 國王陛下へ宛て


土牢の入れられるのは、丁度、活ながら地の底に埋められる樣なものだ、 イヤ地の底に埋められるのは間もなく死んで了ふから苦痛が短い、 土牢に至つては苦痛の消ゆる時がない。

(そもそ)も團友太郎を此樣な目に遇はせたのは誰なんだらう、云ふ迄もなく蛭峰檢事補である、 友太郎の持て居た拿翁(なぽれおん)黨の手紙が人に知れては自分の出世の道が塞がるから友太郎と壓潰(おしつぶ)したのだ、 其のみではない、猶ほ彼の手紙に書いて有つた事柄を利用して自分の地位を作らうと思つてゐるのだ。

彼れは檢事の居ないため自分が暫く何事も思ふ通りに成るを幸ひ、 旨く友太郎の事に關し自分の思ふ通りの手續を運んで置いて、 (さう)して裁判所を立去つた、立去つて直に米良田(めらだ)家の婚禮の席へは歸つた。

(さう)して彼れは許婚の禮子及び其母御に向ひ、暫しでも席を空けた事を謝し、 更に禮子の父に向つて數分間、別室で密話が仕たいと申し込んだ。

勿論婿の請ひだから拒絶する筈はない、殊に蛭峰も容子に尋常(たゞ)ならぬ所が有つて餘ほどの熱心が現はれてゐる、 其れは其筈である。彼れは自分の出世を計るに就き又とない好機會が來たと思ひ、 一刻の猶豫もなしに之を利用する積りだもの。

(やが)て彼れは自分の嶽父(しうと)たる可き米良田(めらだ)伯と共に別室に入つたが、 内より堅く戸を(とざ)して、(さう)して出拔に 「貴方の財産の中には公債や株劵は有りますか」と問ふた、場合に不相應な問ひで有るけれど、 蛭峰の見脈(けんまく)見脈(けんまく)だから伯は咎めもせず「左樣、公債と株劵と、 合せて十五萬圓ほどは有るだらう」と有體(ありてい)に答へた、蛭「直に其れを賣つてお了ひ成さい」 伯「エ」蛭「賣らねば成らぬ時が來ました」

公債や株劵を持つてゐる人は、常に下落の心配が絶えぬ、少しでも其の氣色が見えれば人に先んじて賣り度がる、 從つて平生から、人の言葉には能く耳を傾ける、伯「では何か、革命の陰謀者でも捕まり再び世間が騷ぎ相に見えるのですか」 蛭「其れは裁判の祕密ゆゑ、貴方にさへも明言する事は出來ませんが、兎も角もお賣り成さい、 斯う云ふ中にも後れる恐れが有りますから」伯は心中に、早幾分か裁判の機密を推量し得た用な氣がして、 好い婿を持つたものかなと一方(ひとかた)ならず喜んで「直に賣りませう、と云つて、 此土地にゐて其れも出來ず、仲買人に宛て手紙を書き巴里へ急使をでも差立てやうか」

蛭「ハイ手紙をお書き成さい、ですが急使には及びません、 私は直に之から巴里へ向け出發しますから」伯「エ、貴方が」 蛭「ハイ大急ぎで、今から一時間と經ぬうちに立ち、晝夜兼行する積りです」 伯は(あわ)てゝ座を立たうとした、蛭峰は之を引留めて 「何うか()う一通、是は私の爲の手紙をお(したゝ)め下さい」と云ふた、 伯「誰に宛てゝ」蛭「國王陛下に宛て」伯「エ」 蛭「ハイ何うか直接に私が陛下の御前へ出て祕密の事件を奏上する事の出來ます樣に」 (さて)は株劵の事で喜ばせたのは此の手紙を書かせる前置で有つた、 米良田(めらだ)伯は(さう)と迄は思はぬけれど何しろ檢事補と云ふ低い官吏を直接に國王へ面會さするといふは(いさゝ)か破格の事である、 伯「では侍從へ宛てゝ書かう」蛭「イエ、侍從長では可けません、直接に上奏せねば、 其の手柄が侍從に歸しますから」猶も伯の躊躇する(さま)を見て 「何しろ非常な事件ですから、國王陛下もお聞の上は、貴方が能く其樣な手紙を書いたと必ずお襃めに成りますよ、 若しお書き成さらずに後で其事が陛下に分れば、或は陛下がお恨み成さるかも知れません」 伯は到頭動かされた「では書かう」

蛭峰は後程巴里へ出發する時、受取つて行く旨を告げ、 其れ迄に(したゝ)めて呉れる樣に頼んで()うして元の席に歸り、 禮子と母御とには、職務上の止むを得ぬ用事の爲め數日の間旅行せねば成らぬと披露し、 尤もらしく何から何まで言ひ繕うて置いて分れを告げた。母御と禮子との驚きは管々(くだ〜)しく記す迄もない。

外に出て、心は矢竹の樣に急いで居るけれど、 馬港(まるせーゆ)の樣な狹い土地で、檢事の職に在る者が、 途中を馳出(かけだ)しなどしては何の樣に人に驚かれ疑はれかも知れぬ、 心に祕密を抱く人ほど其樣な用心が深い、(さう)して常に落着いた歩調で、 歸つて來て我家の門に立つと、(こゝ)に一人の美人が立つて居て 「貴方お願ひです、伺い度い事があります」とて蛭峰を引留めた、 蛭峰は未だ知らぬけれど、是れが友太郎の妻、イヤ、ホンの寸刻の差で妻とは未だ成つて居ぬお露である、 友太郎の事を聞きに來たのだ。


更新日:2003/12/29

巖窟王 : 一六 出世と云ふ一語


土牢に入れられた友太郎が、牢の中で何の樣な事に成るかは暫く後の話に廻して置かねば成らぬ。

*    *    *    *    *    *    *

(さて)もお露に引留められた蛭峰檢事補は蒼蠅(うるさい)と云ふ風で、著しく眉を顰めた、 けれどもお露は其樣な事に頓着せぬ、心の底から絞り出す樣な聲で 「貴方は團友太郎と何う成されました、あの人は未だ放免に成りませんか」 此一語で(さて)は友太郎の許婚の女かと氣が附いた、()うして彼れの顏は忽ちに青くなつた。

幾等自分の出世の爲め外の事は少しも構はぬ樣な人でも、 自分が人一人の生涯を土牢の中へ埋めて了つたと思ふては氣が咎めぬ譯には行かぬ、 而も其人たるや、當年(わづか)に十九歳で、()だ限り無き春秋を持つて居て、 爾して前途に非常な見込も有り、殊に今將に最愛の女と婚禮しやうと云ふ人生第一の喜びに際して居たのだ、 自分の今の境遇に引較べて充分同情を表す可きで有るのに却て其人を活ながら地獄の底に入れて了つた、 是が何うして氣が咎めずに居られやう。

お露の切なる言葉は、恰も罪人に對する裁判官の言葉の樣に此人の耳に響いた、 人を裁判する身が却て一少女に裁判せられたのだ、彼れは(やうや)く、震はぬ(ばか)りの聲で 「オヽ友太郎と云ふは確か先刻の嫌疑人で有つた、オヽ彼は、重い重罪人だから私の力では何とする事も出來ぬ」 露「でも今何處に居るかは貴方は能く御存じでせう、友太郎は何處の牢に入れられました、 何うか其れだけでも私にお聞かせ下さい」蛭「ハイ其れは知らぬ彼れは既に私の手を離れて、 外の役人の手に移つたのだから私に問ふたとて(いけ)ないよ」 ヤツと是だけの遁辭(いひぬけ)を吐いて、振拂ふ樣にして家に入り、 内から堅く戸を(とざ)した。

お露は蹌踉(よろめ)いて家に歸り、其まゝ倒れて翌朝まで唯だ泣明した、 傍には彼の次郎が夜徹し附切で介抱した、けれどもお露は何事をも感ぜぬ、 全く一心が友太郎に凝固まつて一切外の感覺を失ふた(さま)である、 次郎はお露の背を撫でもした、其手を取つて、其甲に熱い接吻を與へもした、 お露の方では總て知らぬ、翌日、日の()けて後、初めて泣止んで氣が附いた 「オヤ次郎さん、貴方が(こゝ)に居て呉れたのですか」と訝怪(けげん)に問ふた 「オヽ居なくて何としやう、俺は昨日から片時でもお前の傍を離れはせぬ」 と次郎は悲しげだか、恨めしげだか、常とは違つた聲で叫んだ。

其は(さて)置き、蛭峰檢事補は家に入つて(たゞち)に我が居間に馳せ入つたが、 寸刻も猶豫して居られぬ場合だのに、卓子(てーぶる)の上に(かうべ)を埀れ、 考へまいと思ひつゝ考へ込んだ、罪もない人一人を、(だま)して此世へ出られぬ者にして了つたとの念が、 幾等壓附(おしつ)けても湧いて出る、 續いては今見たお露の悲しげな顏も實物よりは猶悲しげに目の前へ現はれて恨みつ訴へつする樣にも思はれ、 其上に友太郎が幽靈の樣に自分の前へ出て來て復讐を迫る樣に思はれた。

嗚呼此人や、今まで自分の雄辯を以て幾人もの罪人を死刑臺に上らせたかも知れぬ、 けれど其度に自分で自分の手際を喜び、痛く嬉しくは思ひこそ、 曾て一度も此樣な恐ろしい思ひをした事がない、其故は何ぞや、 今までの場合は總て向ふに罪が有ると信ずるが爲である、總て自分が正直に職務を盡してゐると信じるが爲である、 今の場合は之をは違ふ、眞に根本から違ふのだ。 同じく人一人を推潰(おしつぶ)すにしても今度のは罪のない人である。 爾して自分が職務に背いてゐるのだ、單に自分の私慾の爲に、人に知られてはならぬ事をしたのだ、 若し今(こゝ)へお露が再び現はれて來て「何うか友太郎を(かへ)して下さい」と願ふたらなら、 彼れは最早之を拒む力もなく、放免状を(したゝ)めて署名したかも知れぬ、 或はお露ならずとも、自分の許婚禮子が(こゝ)へ來て、 「總ての嫌疑者を慈悲深くして遣つて下さい」と説いたなら全く友太郎を此世へ引戻す心に成つたかも知れぬ。

彼れは凡そ廿分間程も、此樣に獨り後悔の念に攻められて居たが、(やが)て 「エヽ、此樣に心が弱くて、出世が出來るものか」と叫び、蹶然(けつぜん)として立上つた、 アヽ出世と云ふ一語は、人に何れほどか異樣な決心を與へるのだらう、 政治家の野心も、世の中の爭ひも血も涙も是より出るのが多い。

斯くて蛭峰は早々旅の仕度を調へ、箪笥の抽斗に在る金貨や銀貨を殘らず財布へ(さら)ひ込んで、 狂人の樣に再び家を出た、此時は無論夜に入つて居る。

米良田(めらだ)伯の(もと)へ駈着けると早手紙が出來て居る。 一通は仲買人へ宛て、一通は國王の傍近く出入する宰相へ宛てゝある、 眞逆(まさか)國王へ直接に檢事補の謁見を請ふことは(はゞか)つたと見える。 (しか)米良田(めらだ)伯は合點の行く樣に蛭峰へ云つた 「此手紙をさへ出せば必ず宰相が貴方を陛下の前へ連れて出て呉れる、連れて出ねば成らぬ樣に書いてあるから」と、 蛭峰は一刻も無駄には失はれぬ場合だから(たゞち)に分れを告げ、 馬や車の急ぎ得る(だけ)速力を以て巴里を指した。

此時は早電信と云ふものが出來、政府の用だけには供せられて居た時だけれど、 蛭峰の野心の爲めに使ふ事は許されない、()しや許されても蛭峰は、 電信では自分の熱心な忠勤を國王に見せることが出來ぬ。

彼れの巴里行は、正に是れ拿翁(なぽれおん)が既にエルバの島を脱して、 彿國(ふらんす)の本土に足を掛けたか掛けぬかの時である、 彿國(ふらんす)と云ふ大舞臺に、又も活劇の幕が開かれんとする間際であつた。


更新日:2003/12/29

巖窟王 : 一七 國王の御前


白日秦兵(はくじつしんぺい)天上より(きた)る」と詩人の(うた)ふた楚宮の有樣とは違ふけれど、 拿翁(なぽれおん)がエルバの島を脱して彿國(ふらんす)へ歸つた時の警報は、 國王路易(るい)十八世の朝廷に取つて、實に天から敵が降つて來た樣な驚きであつた。

(こゝ)に少し(ばか)り歴史家の記す所を摘み、國王が初めて此警報を聞いた時の有樣を記して置かう、 彼の蛭峰が何の樣に國王に謁見したかも分る。

時は三月四日の朝である。 王は拿翁(なぽれおん)が最愛の宮殿として居た其同じチウレリー宮の而も拿翁(なぽれおん)の居間として居た同じ室に、 日頃愛讀するホレースの古詩集を(ひもと)き、自ら筆を取つて、讀むに隨つて評註を書入れて居る。 是れが此王の何のよりの慰みであつたのだ。

世の泰平、といふ程でもない、上部(うはべ)ばかりは泰平でも、 エルバの島に怪物が潛んで居るといふことは誰の胸にも妙に不穩の念を起させて居る、 殊には此ほどエルバ島から歸つて來た一武官毛脛(けすね)中將が拿翁(なぽれおん)黨らしく見えて其實は路易(るい)王に心を寄せて居たといふが爲に、 拿翁(なぽれおん)黨の祕密倶樂部で暗殺せられた事件などもある、 此暗殺に彼の蛭峰檢事補の父野々内が連類して居るだら[う]とは、 事實を知る人々の暗に疑ふ所で有つたが、斯る有樣の中で、 唯だ安心して居たのは、國王と其の朝廷の役人共であつた。

尤も朝廷の中でも、國王の眞の忠臣は多少心配もして居たのだ、 今しも國王路易(るい)の傍に、()と氣遣はしく何事かを述べて居た一人は、 彼の米良田(めらだ)家から蛭峰の持つて來た手紙を受取つて蛭峰當人を國王に拜謁させやうといふ内大臣ブランカ伯である、 伯は蛭峰から聞いた言葉と我考へとを混交(とりま)ぜて、 近頃東南方の人心が不穩なことから、エルバ島畔に油斷のならぬ雲行の見えることを熱心に説いたけれど、 肝腎の國王を驚かせる樣な大祕密は、蛭峰が自分の手紙の爲に取つて置いて此人には話してないので、 此人の言葉だけでは充分國王を動かすことが出來ぬ。

國王は暫らくして註釋の筆を止め、 詩集から顏を上げて「イヤ横領者拿翁(なぽれおん)の事は昨日も詳しい報告書を警視長官から差出させた、 其方の安心する爲に見せて遣らう」是を見せて置けば其暇に落着いて註釋が出來るといふ風である。 斯る所へ丁度其の警視長官が入つて來た、此の警視長官は男爵ダンドルと云ふ人である。

國王は是れ幸ひといふ面持で「オヽ、ダンドル男か丁度好い所へ來合せた、 横領者の近状を内大臣に告げて安心させて遣つて呉れ」 とは云つたものゝ流石に國王である「(しか)しアノ後、別に新しい報告は到着せぬであらうな」と問足した、 長官は恭々(うや〜)しく「ハイ、今にも他の方面から來るべき筈の報告がありますので、 只今まで官房に居て、心待に待つて居ましたけれど、未だ參りません、 ()しや參りました所で、別に氣遣ふ樣なことは、勿論ないに極つて居ります」 王「では昨日の報告を内大臣へ」

長官は(かしこ)まつて内大臣に向ひ「一口にいへば、詰り横領者の雄心日々に沮喪しつゝあるといふに過ぎぬのです、 其上に彼れも追々我陛下に恭順の意を表すると見え、既に先日歸つて來た毛脛(けすね)中將外數名へも、 是れから後は能く國王に忠勤せよと言渡したと云ふことです」 是だけでは未だ内大臣を安心させるに足らぬ、 國王は促す樣に 國王「其れから」長官「其れから、横領者は甚い皮膚病に罹つて居ます」 と(あたか)も皮膚病が英雄の眞價(ねうち)を下げて了ふかの樣に云つた、 内大臣「其れは風土が違ひますから皮膚病にも罹りませう」 長官「イヤ其れに神經の弱く成つた方は一方(ひとかた)でなく、 殆ど發狂の兆候が見えるといひます、是れは彼の島へ渡つた者の報告ゆゑ間違ひありません」 内大臣「シテ其兆候といふのは」長官「數ある中に最も著しいのは、 少しのことに怒つたり喜んだり殆ど常人には見えぬのです、 時々は海岸へ行き浪へ小石を投附けて喜んだりする相ですが」 内大臣「左樣、昔のシピヨの樣な英雄も海へ小石を投げるのを、樂しんで居たといひますから」 長官「イヤ其れのみではなく、此頃は政治上の事や、 軍事上の事などは全く忘れた樣で、面會者に對しても、他の詰らぬ事柄ばかり話す相で……」 内大臣「成程然し(それ)は發狂の兆候ですか、夫共(それとも)思慮の深い兆候でせうか」 實に尤もな言葉ではある、國王「()う疑へば限りもないが、何うだ、ダンドル、 (もつ)と能く此ブランカ伯を安心させる樣な材料はないのか」 長官「イヤ今申した他の方面の報告が()(ちやく)したかも知れません、 是から歸つて見屆けて參りませう」内大臣は畏れ多いといふ樣で、 内大臣「イヤ陛下、勿論斯樣な事はダンドル男が當局ですから、 私の思ふ所よりは男の見る所が正いに違ひはありません。 其にしましても斯樣なことは常に心配して疑ふ方へ組した方が安全ですから」 國王「それは全く爾である」内大臣「兎も角も、私が連れて參つて居る小官吏に謁見をお許し下さる譯に行きますまいか、 彼は故々(わざ〜)陛下へ、自分で非常な警報だと認める事件を奏上したいとて三日三夜、 休みもせずに馬港(まるせーゆ)から上京した者ですが」

爾うも熱心な忠勤者が有るかと思へば、國王も決して(あし)うは思ぼしめさぬ、 國王「其の小官吏は何といふ名か」内大臣「蛭峰といふ檢事補です」 國王「オヽ蛭峰檢事補か、朕は能く覺えて居る、赴任の頃、謁見を許したが、 アレは野々内の息子だけれど熱心な勤王者だ、勤王の爲に自分の父まで縁を切つたといふ事ぢや、 是れは直々に通せ」何しろ有難い仰せである。

内大臣の喜びに引替へて警視長官の方は不機嫌である、 警察以外の小官吏が、我が報告に反對の事を奏上するとは何たる僭越の事だらうと、心に思ひ、 新しい報告を持つて來て、我が權威を確めて呉れやうと思ひ(たゞち)に御前を退いた、 引違へて蛭峰は、旅の埃も未だ拂はぬ衣服の儘で、國王の御前に引出された。

實に異數な事柄である。


更新日:2003/12/29

巖窟王 : 一八 青天の霹靂


如何に大膽、イヤ横着な男でも、國王陛下の前に出ては、其の稜威に打たれて進み得ぬ、 彼れ蛭峰は王の姿は見ゆると共に立留つた、爾して(まぶ)しい樣に(かうべ)を埀れた。

「サア、近う」と國王は勵ました、けれど彼は唯一足出たのみで眞に近くへは進み得ぬ、 王「オヽ其方が、何か大切な警報を朕に傳へ度い(よし)に聞くが、(はゞか)らず申すが()い」 蛭峰は(こゝ)ぞと思つた、(こゝ)で巧に述べ(おほ)せねば晝夜兼行で來た甲斐がない、 眞に其身の生涯の運不運が此一瞬の間に懸つて居る。

彼れは必死の想ひで蛭峰「臣は(じやう)迫つて()從はず、措辭の拙い所は幾重にも御許しを願ひます」 と斷り置き、更に蛭峰「警報と申しますは臣が檢事補の職務を行ふに當り、 端無(はしな)く發見した一事實に外なりません、其要は横領者拿翁(なぽれおん)(ひそか)に三艘の舟を買調へ、今より一週間前、即ち二月廿六日に之をエルバの島なる、 ボート、ベルラデヨの灣の影に集め、大陸を指して多分は出帆した事と思はれます、 私の申す日には、既に出帆の用意が整ツたとて、此國の拿翁(なぽれおん)黨の者へ密旨(みつし)を送り、 且は出迎への準備として大に人心を煽動せよとの命を傳へんことを計りました」 是だけは蛭峰が燒捨た彼のベルトラン將軍の密書に記して有つた事柄である。

勿論國王に取りては寢耳に水ともいふ可き意外の事である、 國王は半信半疑の(さま)で 王「其報道の根據は、根據は」と問返した、 若しも彼の密書が蛭峰の父野々内へ宛た者でさへなかつたなら、蛭峰は其れを燒捨てもせず、 根據は即ち此通りですと云つて國王の前へ差出し(なゝめ)ならぬ叡感に與かることも出來るのに、 今は其れが出來ぬ、出來ぬ代りに我が言葉を以て補はねばならぬ、 蛭峰「ハイ根據は臣に於て最も確實と認めます、實は、 兼て馬港(まるせーゆ)に住する水夫の中、頗る過激な若者がありまして、 確に拿翁(なぽれおん)黨に氣脈を通じて居る如く見えましたゆゑ、 其れとなく注意して居ました所、此度(このたび)此者がエルバ島附近を經て寄港しましたゆゑ、 拘引して詮議しました所、包み得ずして右の次第を白状に及びました、此者が即ち、 巴里の同類へ對し、右の傳言をベルトラン將軍の口づから託されて來たのです」 王「フム、口づから、何か書類は持つて居なんだか」 蛭「餘ぽど露見を恐れたと見え何も書類は持ちません」 王「其傳言は巴里の誰れへ」蛭「彼れは其れを白状致しません、 其白状が肝腎だと存じ嚴重に彼れを監禁して置きました、 何に致せ重大な事體ゆゑ、其の白状を待つ譯にも行かず、臣は其の場から上京致しました」

此の言葉を若しも團友太郎に聞かせたなら何の樣に思ふだらう、 一方には友太郎に向ひ、決して宛名を白状するなと誓はせて於いて一方では白状せぬからと稱してゐる、 王「其の樣な過激の徒は()し白状したとしても再び(わざはひ)(くみ)せぬ樣、 嚴しく取締るが好い、シタが其の方は之を眞實に重大な、確實な報道と認めるか」 蛭「認めますればこそ、 臣は(あたか)も陛下の忠良なる近臣米良田(めらだ)伯の息女との結婚の場合でありましたけれど、 宴席を捨置いて取調べに着手し、捨置いて上京致しました:餘計なこと迄述べて我が忠勤を目立せやうとするは、 (いさゝ)か國王の御前(みまえ)()れた者と思はれる。

王「上陸地は」蛭「分りませんが、伊國のネープル港か、タスカニーか、 ()無くば我が彿國の海岸だらうと思はれます」 王は(いさゝ)か顏色を變へたけれど、未だ信じはせぬ「横領者のことだから、 色々其樣な目論見(もくろみ)は立てゝゐるだらう、けれど朕の率る國家に於て其樣なことの實行は出來ぬ、 朕十ヶ月前に位に(つい)てより、殊に政府の各機關をして南方に目を注がせ、 注意警戒に怠りはない、横領者若しネープル港に上陸せば、彼れ上陸後卅分を經ずに捕へられる、 ()して此國の海岸へ上陸せば、今は普天率土(ふてんそつど)、 皆王臣ゆゑ、彼れの麾下(きか)に加はる者はなく、彼れは單身で、 其の第一囘の關所に於て射殺されるに極つてゐる」

驚く可き自信である、歴史家が、王の一族を評して「流竄(るさん)廿五年の間に何事をも覺えず何事をも忘れなんだ」 と評したのは至言である、全く多年の艱苦にも、別に新な長所をも覺えねば古い短所をも忘れてゐぬ。

とはいへ王は餘程不安心の色を浮べた、爾して蛭峰に向ひ 「(いづ)れにしても其方の忠勤は(よみ)すべしである、追つて何分の恩賞に及ぶまで、聽き置く」 と宣せられた、勿論蛭峰は即座で恩賞を得る樣な卑近な目的ではないのだから 「聽き置く」の一言で出世の階段が出來上つた樣な氣がした。

王の言葉が終るか終らぬに、先程退いた警視長官が歸つて來た。 彼れの顏色が一目見れば、彼れが非常な新報告に接した事が分る、 彼れの顏色は土の如しである、身體(からだ)總體に震へてゐる、 王「ダルドン男、何うした」男は「陛下」と一言發したまゝ後の言葉が續かぬ、 國王は心配の色を深くして再び問ふた「何うした」長官「陛下」 王「陛下と()けでは分らぬ、何うした」三たび問ふた。三たび目の言葉は嚴命である、 ダルドン男は王の足下に平伏した「全く臣の罪です、臣の落度です、 事(こゝ)に至りましたのは……」王「事(こゝ)に至ツたとは何事だ」 全く長官は枯渇して咽喉を通らぬ聲だ「横領者が、エルバの島を脱け出しました、 二月廿六日、爾して三月一日、當國へ、上、上、上陸致しました」 眞に是れ青天の霹靂、唯此一語が朝廷の破滅、王の落位、王國王政の覆滅を意味してゐる。


更新日:2003/12/29

巖窟王 : 一九 天運か天道か


「横領者拿翁(なぽれおん)の上陸」唯だ此の一語眞に青天の霹靂である、 國王の顏は烈火の如しである、今までに是ほどの怒氣を現はした事は無い 「何處に、何處に、ダンドル男、横領者は何處に上陸した、伊國(いたりや)にか」 長官「ジュアンの灣に添ひアンチブの附近に在る一小港に」 國王「何と申す、伊國(いたりや)では無く當國のアンチブ附近に、 オヽ(わづか)に此巴里を()る二百五十里、三月一日に上陸したのを、 電信線も出來てゐる世に、警視長官たる者が三月四日と云ふ今日まで知らずにゐたのか」 詰問の言葉が矢を衝く樣に發したが、(やが)て又「眞逆(まさか)に事實では有るまい、 何かの間違ひだらう」長官「悲しい哉間違ひでは有りません、事實です」

國王は、我を忘れて立上り 王「横領者が此國に、 アヽ汝等は彼れの一擧一動に警戒す可き職務であるのに彼れと内通してゐるのでは無いか」 内大臣は聞兼て 内大臣「陛下の忠良なる官吏の中、 何で横領者に内通する者が有りませう、今日(こんにち)上下誰れ一人横領者が此國に歸り得やうと思ふ者無く、 警視長官とても爾うまでは看破すうことが出來なんだのです」 此時、默つて隅の方に控へてゐた彼の蛭峰は我れ知らず 蛭「(しか)し」と一言發し、 初めて氣の附いた樣に 蛭「イヤ熱心の餘り、思はず口を開きました、何うか粗忽の段は御許しを願ひます」 國王は(あわ)てゝ蛭峰に向ひ王「イヤ粗忽で無い、朕へ第一の警報を傳へたのは汝である、 何か善後に就ての策でも有れば遠慮なく申せ」

溺るゝ人が藁にさへ(つか)まる樣に、一國の王たる人が小官吏を頼りにしてゐる、 蛭峰は恐る〜、蛭峰「當國南部の人心は總て横領者を憎みますゆえ、 彼れ若し南部に廻ればランケドウ及びプロバン兩州の民を起たせて彼れを逐ひ還す事は出來ませう」 警視長官「所が彼はプロバンの方へは出ず、(たゞち)に山道を取つて進みつゝ有るのです」 王は又驚いた「何だ彼は上陸したのみで無く早進みつゝ有るのか、何處を指して、コレ長官、 此の巴里を指して進むのか」長官は一語も發し得ぬのは「其の通りです」と斷言するに同じ事だ、 王は又蛭峰に向ひ「山道とならばトピネー附近の人心は何うで[あ]らう」 蛭「山道附近は遺憾ながら王化未だ(あまね)からず、 横領者に(くみ)する者が多いのです」王は實に恨みに堪へぬ 「オヽ彼は、間違つた報告をする警視長官が無い()けに能く詮議が行屆いてゐると見える」 何たる苦しい言葉だらう、國王は更に恥入る警視長官の顏を見詰めて、 「シテ彼は如何ほどの從者を連れてゐる」長官「其れは迄は未だ分りません」 王「分らぬ、オヽ汝の目には彼が兵力を以て進んでゐるか、兵力無しに進んでゐるか、 其の樣な事は必要と見えぬのであらう」長官「イヤ陛下、 全く其の邊の事は未だ知ることが出來ぬので、報告は取敢ず彼れの上陸進路だけを知らせて來たの止まりますゆゑ」 王「其の報告は何うして逹した」長官は赤面の上に赤面して長官「電信に依りまして」 王は長官に掴み掛るかと疑はるゝ樣で二足ほど進んだが、擴げた手を胸に當て踏留まり、 怒りか、恨みか、天にも訴へる樣な聲で、

王「嗚呼汝等知らずや七國連合の兵を以て彼れ拿翁(なぽれおん)を破り、 彼れを放逐して朕を流竄(るざん)より呼還し、祖先の()み給ひたる王位に登らしめたのは眞に天佑の致す所である、 朕は流竄(るざん)廿五年の間、日には祖先の王位囘復を望み、夜には祖先の國家を夢み、 潛心一意(せんしんいちい)、民心の向ふ所を考へ自ら社稷千歳(しやしよくせんさい)の計を案じて、 能く天佑に應へん事を期したるに、位に有ること(わづか)に十ヶ月、 鴻圖(こうと)未だ(じふ)一を果さずして再び國家の朕が手より奪はれんとするに會すとは、 是れ何の爲である()潛然(さんぜん)の涙は下らねど千秋盡きぬ深い恨は言外に溢れてゐる。

長官は顏を上げ得ぬ、唯だ聞えぬ程の聲で長官「眞に天運 -- 痛恨に堪へません」 王は聞咎める樣な「天運か、天道か、口に忠良の語を吐いて心に忠良の誠無き官吏に奉仕せられ、 泰平ならぬ泰平を信じたのでや朕の不肖、()た不運である()、彼等官吏[と?]は何者ぞ、 朕に頼て得、朕に頼て食ひ、朕に頼て身を立つる者では無いか、朕ありて彼等あり、 朕無くば彼等無し、朕が位を失ふ日は彼等が路頭に迷ふ日に非ずや、 而も彼等の王國王家を思ふこと厚からず、事を(こゝ)に至らしむるとは眞にダンドルの云ふ通り天運である、 天運の盡くる所である」

長官は(もと)より内大臣さへ顏を上げ得ぬ、獨り心中に悦ぶのは蛭峰のみである、 彼れは拿翁(なぽれおん)が如何に巴里を指して進まふとも未だ此王國王政を覆へす力が有らうとは思はぬ、 今に自分の時代が來る、國王の傍に坐し大なる名利榮逹を握る時が來ると信じてゐるのだ、 國王は猶ほ恨が盡きぬ。

王「國家の爲に養ふた官吏が國家を思はず、泰平の一具に備へた電信が、却て朕に、 朕の社稷(しやしよく)の沒落を傳へる具とは成つた、朕は物笑ひと爲つて此チウレリー宮を逐はれるより、 寧ろ朕の兄路易(るい)十六世王の上ツた斬首臺に上されん、 一國の王としては、命を斷るゝは敢て悲しみ恐るゝに足らねども笑ひを遺すに至つては忍ぶにも忍ばれぬ、 汝等は死よりも名の惜む可きを知つてゐる筈で有る」 流石に國王の言葉たるに恥ぢぬ、長官は嘆願する樣に唯だ「陛下、陛下」と呟いた、 王は此語を耳に入れず、無言に立つてゐる蛭峰を顧みて、(やが)て其の方に身を向けた。


更新日:2003/12/29

巖窟王 : 二〇 顏中に黒い頬髭


蛭峰檢事補に振り向いた國王は、猶も急がしげな聲で國王「近う寄れ、近う寄れ、 爾して警視長官に、横領者の密謀を前以て探知した者のある事を知らせて遣れ」 と宣諭(のたま)ふは、(いや)が上にも長官を懲しめる御心と見える。

長官は(せつ)ない聲で長官「イヽエ横領者の密謀は到底前以て知る事は出來なかつたのです」と辨解した 國王「何だ到底知る事が出來なんだとな、オヽ爾であらう、爾であらう、手下(しゆか)に五百人の官吏を使ひ、 誰の家にも踏入り誰を捉へてでも尋問し、爾して警吏も探偵吏をも自由に使ひ、 一年百五十萬圓の機密費を消費してゐる其方には到底知る事が出來なんだであらう、 能く聞け、却て此蛭峰の如き熱心の外に何の機關も何の機密費も有つて居ぬ單獨の小官吏には其れを知る事が出來た、 若し蛭峰に、汝の如く電信を發する職權があつたならば、今より四日以前、 彼横領者が未だ此國の土を踏まぬ前に、朕に知らせて來る事が出來る所で有つたのだ、 サア蛭峰、此の警視長官の心得の爲に汝の行ふた次第を詳しく話して遣れ」

警視長官に取りて是ほどの不面目はないと同時に、蛭峰に取つては又是ひぢの面目はない、 彼れの心の中で早遠からず自分が警視長官に取立てられ内閣の一員に列せられる時も來るかと怪んだ。

眞に嬉しさは心の中に滿渡る程だけれど、今此の恥入つてゐる警視長官に此の上の不面目を加へる事は蛭峰の好まぬ所である、 イヤ好まぬのではない、實は非常に危險なのだ、此の長官が()う免職されるのは見え透いてゐるけれど、 若し免職され際に、此身へ恨を持つ事に成ては、或は此身の祕密を探らぬとも限らぬ、 若しも恨の餘り長官自身が直直に彼の團友太郎を呼出して尋問する樣な事にでも成れば、 自分の祕密が直ぐ分る、若し友太郎の持てゐた其手紙が自分の父へ宛た者で有た事を知られたなら何うだらう、 直ぐに長官は其の祕密を(あば)き立てゝ此身へ復讐するに極つてゐる、 此身は檢事補の職權を濫用した者として職は奪はれ嚴重に罪を(たゞ)されるに極つてゐる、 何が何でも今(こゝ)で此長官の機嫌をも取つて置かねばならぬ。

實に官海を巧に游泳する人の心掛は又別である、蛭峰は王に向ひ 蛭「イヤ何う致しまして」と云ひ()と謙遜げに辭退した、爾うして猶ほ言葉を足し 蛭峰「臣が此事を知つたのは決して臣の手柄ではなく、全く偶然と云ふ者です、 長官の云はるゝ通り、全く知ることの出來ぬ事柄が萬が一つの僥倖を以て臣の手に落たのに過ません」 と、短い言葉ではあるけれど、充分に側面から長官を辯護した、長官は有難さに堪へぬ、 俯向た顏から(まなこ)だけを擧て蛭峰に注ぎ暗に感謝の意を通じた。

是で蛭峰は一丸で二鳥を射留めた樣なものである、國王と警視長官とを同時に手の中に丸めたのだ。

國王は(いさゝ)か思ひ直した容子で王「イヤ、朕に陸軍にある間は、未だ單獨の彼の横領者に、 地位を奪はれやうとは思はぬ、内大臣よ、陸軍大臣に參内を命じて呉れ」 内大臣「イヤ仰せの通りです、陸軍のあります限りは、 彼の流竄(るざん)()に歸國した拿翁(なぽれおん)を少しも恐るゝ所はありません、 早速陸軍大臣を召ませう」と御請(おうけ)の語を遺して退いた、 後に國王は長官に打向ひ王「イヤ陸軍といへば、近時(やゝ)もすば陸軍の感情を害する樣な事が有つて困る、 彼の毛脛(けすね)中將暗殺の件なども未だ探偵が行屆かぬだらうな」

毛脛(けすね)中將暗殺とは拿翁(なぽれおん)黨に仕業(しわざ)に相違ないのだから蛭峰は之を聞いて、 若や我父が連類して屡々國王の耳に入る事にでも成つては自分の今日の働きも或は水の泡にならぬとも限らぬ、 之に反して長官の方は其身の信用を囘復する好問題が出たと思ひ、 今まで廿分間以上も揚げ得なんだ顏を揚げて「イヤ陛下、苟も此の國の境界以内で起る事件ならば、 斯く申す男爵ダンドルの目の屆かぬ件は一つもありません、毛脛(けすね)中將暗殺の件も、 既に全く拿翁(なぽれおん)黨の祕密倶樂部へ招かれた歸途(かへりみち)だといふ事まで突留め -- 」 國王「其れは突留めても肝腎の暗殺者が -- 」長官「イヤ其れも既に手掛りを得て居ります、 當日其の祕密倶樂部から、中將を迎へに來た人の人相が分りまして」 國王「何の樣な人相の -- 」長官「是は其の時の、中將の顏を剃つてゐた理髮師から探り得ましたが、 年は五十位、(せい)が高くて顏中に黒い頬髯が澤山にありまして、 眉毛濃く、爾して太い(すてつき)を持つて、身には紺色の外套を着け、 咽喉(のんど)の所まで釦を〆めて、襟元に勳章の略綬があつたと申ます」 述べ來たる人相が全く我父に能く似て居ると、蛭峰は心の底で(おのの)いた、 長官は猶ほ語を繼いで「既に昨日、私の配下の諜者(てふじや)が某所で其人相に相違ない一人を認めまして、 巧に尾行致しましたが、ヘロン街の入口で遺憾ながら見失ひました、 ナニ充分手配りが行屆いて居りますから、三日と出ぬ中に捕縛します」 ヘロン街の入口と云へば愈々(いよ〜)父の野々内らしく蛭峰は感じた。

斯る所へ内大臣が今直ぐに陸軍大臣の參内する旨を報じて歸つた、 國王は三人に向ひ王「では是で其方逹は退け」と命じたが、 言葉と同時に自分の胸から一の勳章を取外し「蛭峰檢事補、追つて何分の沙汰をする迄、 賞與の記しに之を與へて置く」内大臣は之を見て「陛下、其れは軍人の勳章で蛭峰の如き文人には」 國王「後で其方から引替て遣れば好い、イヤ檢事補、 若し朕が忘れた場合には其方から遠慮なく直々に催促すて呉れる樣に」 全く此國王の物忘れは當時名高い事實で有つた、(しか)し蛭峰は、身に餘る光榮として、 出來る(だけ)に恭しさを表して退いたが、一緒に警視長官は、 馬車に乘らうとして、蛭峰に細語(さゝや)いて 「私が若し此上在職する樣なら貴方を祕書官にして上げます」 彼れも國王の信用を得た此男を利用して我位置を強固にする禁厭(まじなひ)に供する積りと見える、 何の祕書官位にと蛭峰は心の底では可笑しいけれど此人の機嫌が大切な場合ゆゑ 蛭「萬事何分宜しく」と頼む樣に云つて別れた。

分れて直に通り合す馬車を呼び、兼て自分の定宿にするツールノン街のマドリッド、ホテルに着き、 借切つた(へや)の中に閉ぢ籠つて、先づ食事に取掛つたが、其終るか終はらぬ中に、 取次の給使が來て「貴方にお目に掛り度いといふ人があります」 自分が此の巴里に來たのは未だ誰も知らぬ筈だのにと怪しみ 「名は何といふ」取次「名は何とも云ひませんが年の頃五十位で顏中に黒い髯の生えた、 爾して背の高い紳士です」先刻警視長官が國王に申上げた人相と、言葉の上では同じ樣に聞こえる。 蛭峰が眉を顰むる暇もなく、早や廊下の外から其人だらう、トン〜と戸を叩いた。


更新日:2003/12/29

巖窟王 : 二一 其顏を此窓から


戸を叩く其人が確に我父野々内に違ひないと蛭峰は感じた。 若し之が世間普通の息子で有つて世間普通の場合ならば必ず喜んで戸口まで立つて行き兩手を擴げて迎へ入れる所だらう、 所が蛭峰は()うでない、我父と感ずると共に全く顏の色を變へた。

尤も彼の氣質としては無理もあるまい、今父は恐ろしい嫌疑を受けて警察から獵立(かりた)てられて居る人である、 ()うして自分は此樣な父を持つたと世間に知られてさへ出世の妨げとなる場合である、 ()してや只た今、國王から非常な忠勤を()められて、 暗に遠からず恩賞に與る如き約束まで得て御前を退いた(ばか)りだもの、 若しも我父の樣な國王の朝廷を轉覆しやうといふ黨派の巨魁が、我が宿を尋ねて來たと分つては、 我が後に何れほどの損害となるかも分らぬ。

けれど戸を叩く人の方は少しも此樣な頓着はない父「何時まで父を戸の外に待たせて置くのだ」 と(なかば)笑談(ぜうだん)の樣にいひつゝ自分で戸を推して入つて來た、 如何にも警視長官が先刻國王に上奏した通りの人相である、顏中髭と云ひ度いが、 實は髭髯(ひげ)の中から目と鼻ばかり出して居るのだ、 爾うして外套から杖に至るまで諜者(てふじや)が認めたといふ時の儘である、 蛭峰は身震ひせぬ譯に行かぬ。

野々内は笑つた父「オヽ今に初めぬ其方(そなた)の孝行には感心した」 蛭峰は返辭もせぬうち給使に向ひ蛭「()う好いから、 呼鈴(よびりん)を鳴らすまで彼方(あつち)へ行つて居よ」と命じた、 成程亂暴な父の言葉を他人に聞かれるのは辛いだらう、爾うして自分で立つて給使を送り出す樣に廊下の所まで行き、 給使が全く階段を下り去る(さま)を見屆け、其上で内から錠を卸して、初めて父の前に戻り 蛭「阿父(おとう)さん何か御用事ですか」と問ふた、仲々堅固な用心である。

父「ホゝ、爾うまで用心せずとも、ナニ父は聞く事さへ聞けば直に歸るのだよ」 と云ひつゝ席に着いたが、其容子の何となく大膽で且つ鷹揚な所は流石に一黨の名士である、 過激かは知らぬけれど、兎に角物に動ぜぬ大人物の風采が見える、 之を目から鼻へ拔ける樣な蛭峰に比べて見ると先獅子と狐程の相違と云つて好い、 何うして此樣な子が出來たゞらう。

蛭峰「聞く事は何ですか」父「ナニ馬港(まるせーゆ)へ着いた商船の消息だよ、 若し其方が彼地(かのち)を出發する前に、巴丸といふ船が入港した樣には聞かなんだか」 聞いたも聞いたも生涯忘れぬ程に聞いて居るのだ、蛭峰「分りました、 阿父(おとう)さんは其船の船長呉氏といふ人が、 エルバ島から密書でも持て來はせぬかと心待に待つて居るのでせう」 父「爾うよ、待兼たから聞きに來たのだ」蛭峰「可けません、 阿父(おとう)さんは()う其樣な陰謀はお()しなさい、 何うしても露見せずには濟みませんから」父「露見すれば何が惡い」 蛭「貴方の身が危險です、實は阿父(おとう)さん其の呉船長は船中で病死して、 死際に自分の手下へ其密書を托しました、所が其手下が上陸するが否や拘引せられ、 私の調べを受て、密書を私へ渡しました、其れを私が燒捨てたのです、貴方を助け度い爲に」 自分を助け度い爲にとはいはぬ、父「フム其親切は有難い樣なものだが、 其方のする事は何うも(おれ)には合點が行かぬ、けれど燒いたものなら今更仕方がない、 成るほど、爾して其方は、其事を上官へ旨く上申する爲に上京すたのだな」蛭「ハイ、 少しも貴方の名を出さずに、横領者の歸國だけを陛下の耳に入れねばならぬと思ひ、 急いで上京したのです」

野々内は驚きも喜びもせぬ、只相變らず泰然自若と構へた儘で 父「其方の仕さうな事だ、シタガ國王は其方から知らされて初めて皇帝の上陸を知つたのか」 蛭峰「爾です」父「其樣な迂闊な事で國民に對し政治の責任が盡せると思ふかなア、 警視廳へは年百五十萬圓の機密費を使はせてさ、早く我黨の世にならねば蒼生(さうせい)の不幸此上なしだ」 蛭「其樣に仰有(おつしや)るけれど國王の警察は貴方の思ふよりも機敏ですよ、 既に毛脛(けすね)中將の暗殺された事件なども餘ほど詳しく探つて居ます」と、 父の荒肝(あらぎも)を奪ふ積りで口を切つた。

けれど爾ほどには驚かぬ父「何だ毛脛(けすね)中將の暗殺、 ナニ彼れは暗殺ではなく自殺だらう、セイヌ河に死骸が浮いて居たといふぢやないか、 (おれ)は聞いたけれど身を投げた事かと思つて居た」 蛭「アノ氣の確な將軍が何で身投げなどをするものですか、殺された上で投込まれたと誰も鑑定して居るのです、 其れのみか中將が其前夜に、 サンヂャック街の或家で開いた拿翁(なぽれおん)黨の祕密會合へ招かれて出席した事も警察は知つて居ます、 其れ切り宅へ歸らなかつた相ですから、後は誰にでも推量することが出來ます」

父「爾かなア、彼の祕密會の事まで分つて居ては、なるほど、 幾等愚な警察でも推量が屆くだらう、けれど暗殺ではないのでよ、 實は(おれ)も其の席に列したが、中將は吾々の魂膽から今度の計畫まで默つて聞いて了つた上で、 愈々(いよ〜)一同の血判と爲つた時、(おれ)は王黨で、拿翁(なぽれおん)黨ではない、 決して血判には加えはらぬと斷言した、勿論會員の立腹は一方(ひとかた)でなく、 直ぐに其場で中將を刺殺すと云つたけれど、中將を其會へ誘ふて來た會長が -- 」 蛭峰は驚いて父の言葉の終るのを待つて居られぬ蛭「エ阿父(おとう)さん、 中將を其會へ招いた人が其祕密黨の長ですか」野々内は少し笑つて、 父「爾と見える、()ア聞け、其會長が會員一同を推宥(そいなだ)め、 中將をして、生涯今夜の事を他言せぬといふ堅い神聖な誓ひを立てさせ、 爾して無事に歸して了つた、是までの事は(おれ)が能く知つて居る、 其の歸り路で死んだのだから(おれ)は自分で河へ落ちたのだらうと思つて居た」 蛭峰「其樣な事情なら愈々(いよ〜)以て暗殺です、黨員が待伏して居て殺したのです」 父「()しや爾とした所で、暗殺などゝ其樣な聞苦しい言葉を加へて呉れるな、 政治の上には決して暗殺といふ事はないよ、唯妨害物を取除くに止まるのだ、 譬へば其の方が(おれ)の黨の者を捕へ之を死刑に處したとて(おれ)の方では蛭峰が我黨の者を暗殺したとは決していはぬ、 若中將が我黨に殺されたなら其は必ず我黨の法律に從ひ我黨の裁判を受て死刑を行はれたのだらう、 ()ア道理は爾ではないか」

祕密の黨派が、黨の法律とか裁判とかいふのは蛭峰に取つては非常な耳障りである、 けれど其處は父子(おやこ)といふ間柄だけに深く爭ひはせぬ 蛭「シタが阿父(おとう)さん、警察では既に其の中將を案内した人の人相まで詳しく知つて居ますよ」 是には野々内も幾分か驚かぬ譯には行かぬ、父「何だ其の案内した人の人相を、 ドレ何の樣な人相だと其の方は聞いた」蛭峰は父の顏をジツと見詰て 蛭「ハイ私の聞きまんしたには、頬髯が黒くて澤山あつて」 野々内は自分の頬髯を撫つつ、父「フム、頬髯が黒くて澤山あつて、其れから」 蛭「其れから背が高くて」父「背が高くて」蛭「紺色の外套を襟まで〆めて」 父は又自分の色紺[紺色の誤りか?]の外套を見廻しつゝ、父「感心に知つて居る、 其れなら早く捕まへ相なものではないか」蛭「()う遠からず捕まへませう、 昨日既に其の人をヘロン街の入口まで()けて行つて見失ひ、 今日も充分手配りが行渡つて居ると云ひますから」

父「では今も網を張つて居るかも知れん」と野々内は云ひ乍ら、 ()と窓の所へ行き、外の樣子を窺つて見やうとした、蛭峰は背後(うしろ)から飛び附く樣にして引戻した、 其の顏を此(へや)の窓から出されて(たま)るものか、けれど野々内は早外の容子を見て取つた 父「成程其方(そち)の云ふ通りだ、向ふの角に三人ほど此家の入口を見張つて居る(わい)、 其の中の一人は確に去年(おれ)の兄弟分を捕縛に來た捕吏だよ」 蛭峰は全く顏色を失ふた、蛭「エ、捕吏が此家の入口を見張つて居ますか」 若し父野々内が此(へや)で捕縛されては、父の捕縛される事は構はぬけれど自分の身が大變である、 蛭「阿父(おとう)さん貴方は息子の身を亡ぼすのですか」と恨めしく打叫んだ、 野々内は猶ほ顏中の髯の動きに微笑を浮べて父「驚くな、驚くな、 王黨の警吏に捕縛されるほど未だ此父は耄碌は仕て居ないから」


更新日:2003/12/29

巖窟王 : 二二 一種の優形紳士


捕吏が早や門の外まで臨んで居るのに内で談笑自若として居るとは、 實に何たる膽力だらう、之あればこそ一黨の中に重きを爲す事が出來るのだ。

父「此樣な事で捕はる樣なら、此の野々内は(とく)の昔に王黨の首切臺へ上つて居るワ」 嘲りつゝ(へや)の隅に在る化粧臺の前に行つた、 何をするかと蛭峰が怪しんで眺めて居る間に彼れは剃刀を取出して、 顏中の髯を丁寧に剃り初めた、凡そ廿分程も掛つたが、 愈々(いよ〜)剃り終つて鏡に向つた顏は唯だ口の上に華奢な八字が殘つた()けで、 色も白く年も幾等か若返つて一種の優形(やさがた)紳士である。

爾うして彼らは、紺色の外套と、縁の廣い帽子とを脱ぎ捨て、 蛭峰の帽子と外套とを、合ふか合はぬか詮議もせずに身に着けた、 先づ何うやら斯うやら似合つて居る、其の上に杖までも捨てゝ、 呆れて居る蛭峰の前に戻り、父「(おれ)は再び皇帝(拿翁(なぽれおん))の世と爲る迄、 顏に剃刀は宛てぬ積りで居たのだが、遺憾ながら決心に背いたよ、 恐らく(おれ)に髯を剃らせたのが王黨政府最後の手柄だらう」と又嘲つた。

蛭峰は聞咎めて、蛭「エ、最後の手柄とは」父「爾さ最後に極つて居るさ、 皇帝が遠からず此巴里へ乘込むのだもの」 蛭「貴方は其の樣な夢を見て居るから間違ひます、幾等横領者に鬼神の樣な技が有つても、 (わづか)に三十人か五十人連れて何うして此巴里まで進んで來る事が出來ます、 上陸はしても二里と進まぬ中に捕はれます」父「ソレ其の樣に氣樂な事を思つて居るのが王黨の王黨たる所だよ、 ()う今頃は皇帝が丁度グレノブル關所より五哩離れた所まで來てゐられる時分だ、 今月の十日か遲くても十二日にはリヨン府へ入込まれるのだ」 蛭「入込めば人民が蜂起しまう」父「爾うさ蜂起して我先にと皇帝を歡迎するのさ、 王黨の警察より -- 我が黨の警察の方が餘ほど詳しく人心を探つてあるから」 蛭「人心は(いづ)れにしても早國王から陸軍大臣に命を傳へましたから、 横領者を討滅の爲に今日の中に兵隊が出發するのです」 父「其れが我々の最も希望する所さ、皇帝は巴里へ練込むのに正式の訓練を經た儀仗兵のないのを甚く遺憾に思ふて居られる、 丁度其の派遣の兵が儀仗兵に充てられるから見よ、當時國王の武官兵士で、 内心皇帝の歸國を熱望して居ぬ者は一人もない、名は討滅の爲めの派遣でも、 派遣せられる其の人〜は第一に皇帝に忠義振を見せる積りで行くのだから直ぐに銃を巴里の方へ向けるに極つて居る」 日頃餘り根のない事を云はぬ人が是ほどに誇張するのだから幾等か突留た所でもあるのかと蛭峰は幾分氣味が惡い、 蛭「何うして其の樣な見込が附きます」父「見込ではない事實だよ、 我黨には我黨の祕密警察が有つて、細大洩らさず探つてあるのだもの」 租税を取立てる力もない祕密黨が、何うして非常な費用の掛る警察の如き機關を支へるのか蛭峰には合點が行かぬ、 父は其の不審を察したのか、父「王黨の警察吏は月給で衣食を作るのだらう、 我黨の警察員は自分で自分の家や衣服を食ひ減らして行くのだから、 一日でも油斷しては居られぬ、向ふは何を調べても時日が掛れば掛る()け旅費手當が多く取れる、 我黨のは時日が掛る()け自分の身が詰るのだから死物狂ひだ、 向ふが十人で十日掛る取調べなら我黨は一人で一日に運んで了ふ、是だけ熱心が違ふから、 王黨の知らぬ事を我黨は知つて居るのだ、其の證據には其の方が上京した事でも王黨の警察は未だ知るまい、 蛭峰の宿は何處だか探れと云へば其の方が立つた後でヤツと報告する位だ、 我黨の警察では其の方が巴里の門を入つて卅分と經たぬ中に知つて居る、 其れだから(おれ)が其の通り此宿へ尋ねて來たではないか」 眼前の證據に蛭峰は唯顏色を失ふのみである。

父は親子の眞情を發して、父「能く聞け蛭峰、其の方の國王への忠勤は時が惡かつた、 若し其の方が皇帝の歸國を第一に國王へ知らせた人だと云ふ事が我黨總體に分つては、 遠からず皇帝の政府と爲つた時に其の方は誰よりも先に免職せられる、 幸に先づ其時には(おれ)が樞要の位置に立つのだから、 何とかして免職だけは逃れる樣に取計らふて遣るけれど、決して其の方は、 此上人に此度の巴里上京を知られては可けぬ、誰の眼にも觸れぬ樣、 (ひそか)馬港(まるせいゆ)へ歸り、裏口から官邸へ這入り、 巴里へなどは行かなかつた樣な顏をして神妙に職務を執つて居よ、 決して惡い事は云はぬ、爾すれば此次に上京の時は(おれ)の官邸へ車を着けても好いのだから、 エ、今餘り熱心な王黨と分つては(おれ)に逢ふ事さへ出來なくなる、 親子が政治上の主義を別にするのは仕方もないが、何うか餘り人前の惡くない位にして置いて呉れ、 爾すれば(おれ)が顯位に登る時は其の方を保護して遣るし其の方が時を得た場合には又(おれ)が保護もして貰はねば成らぬ、 未だ自分の力も測らずに餘り極端な事はせぬが好いぞ」

一々蛭峰の急所に當る樣な言葉である、蛭峰は我れ知らず(かうべ)を埀れ、 默然と考へ込んだが、其の中に父は飄然として去つて了つた。

爾うと氣の附くと同時に蛭峰は(あわ)てゝ窓の所へ行き外を覗くと、 今出來立の優形(やさがた)紳士が、待ち伏せてゐる捕吏の前を平氣で、 イヤ寧ろ(あざけ)る樣な顏附で通つて行く所である、實に父の手際には感服せぬ譯に行かぬ、 是を思ふと(いつ)拿翁(なぽれおん)黨に宗旨を替へた方が好いか知らんと云ふ樣な氣も起きた。

何にしても父の(いまし)め通り、此度の上京が餘り人目に着かぬ樣に、 早く歸任する外はないと思ひ、直に此宿の拂ひを濟ませ、 父の遺した杖や外套は煖爐に入れて燃して了つて馬車を雇ふて茲で立出で、 彼の米良田(めらだ)伯に書かせた株劵公債の拂ひの依頼書を匆々(さう〜)に仲買人の店へ投込んで置いて馬港(まるせいゆ)に引返したのは、 氣味の好い樣な次第である、爾うして丁度里昂(りをん)府を過る時に、 拿翁(なぽれおん)が無事にグレノブルの關所を越えたとの噂を聞いた爲、 益々心が沈んで了つた、勿論任地へ歸り着いて、裏口から官邸へ入つた事は記す迄もない所である。


更新日:2003/12/29

巖窟王 : 二三 百日間


全く、是よりして世の(さま)は野々内に云つた通りに成つた、 横領者拿翁(なぽれおん)(いづ)れの土地にても歡迎せられ、 疾風の勢を以て巴里に歸つた、眞に捲土重來とは斯る光景(ありさま)を云ふのだらう。

國王路易(るい)十八世は夜逃同樣に王宮から逃げた、 其の(あわ)て方が何れほど甚かつたと云ふ事は、彼れが國王等を引見したチウレリー宮の一室には、 彼れの吸さしの卷煙草が其のまゝ殘してあつて、 拿翁(なぽれおん)が手づから之を卓子(てーぶる)の上から摘み捨たと歴史の(おもて)に書いてあるので分る、 何しろ其頃の彿國(ふらんす)の樣に、國家の主人が(しば〜)代つた國はあるまい、 國王の在位僅に十ヶ月で天下は再び拿翁(なぽれおん)のものとは成つた。

馬鹿を見たのは彼の蛭峰である、國王への忠勤の爲め、 内閣大臣にも任ぜられるかと樂しんだのに引替へ今は其の過去つた忠勤を人に知らせてさへ成らぬ事に成つた。 彼れが路易(るい)王から戴いた武官の勳章は、直ぐに後から内大臣が文官のと引替て送つたけれど、 彼れは之を(おび)る事が出來ぬ、(おび)れば直ぐに疑はれて何の樣な目に逢はうかも知れぬ、 併し其の中に又拿翁(なぽれおん)が躓き倒れて路易(るい)王の治世と爲らぬとも限らぬ、 其時の用意にと(ひそ)かに箪笥の底へ仕舞つて置いた。

斯樣な譯で米良田(めらだ)家の令孃との婚禮も期限定めずに實行が延びた、 若しも我父の野々内が朝廷の有力者と爲らなんだなら、 無論免職と爲る所だつたゞらうが、父の威光で免職だけは免れた、 爾して元の儘の檢事補で小さく成つて勤めて居る。

*    *    *    *    *    *    *

世の(さま)は斯う改まつたが、其れに就けても彼の團友太郎は何うなつたゞらう、 泥阜(でいふ)要塞の土牢へ入れられた儘世の人から忘れられて了つたか知らん、 さうだ忘れられたも同樣ではあるけれど平生愛せられた人々からは未だ忘れられぬ、 中にも彼れの雇主森江氏は拿翁(なぽれおん)の復位と共に、 直ぐにも放免せられるだらうと心待に待つたけれど、音も沙汰も聞えぬので、 或日蛭峰の所へ催促(かた〜゛)問合せに出掛て行つた。

無論蛭峰は丁寧に森江氏を迎へたけれど團友太郎の事を聞かれると、全く忘れた(さま)で 蛭「お待ち成さいよ、其樣な人がありましたか知らん」と云つて手帳の樣な物を繰返した末 蛭「アゝありました」と答へた、森江氏は此人の物忘れに(いさゝ)か呆れつゝも()と鋭く、 森江氏「彼の捕へられたのは全く拿翁(なぽれおん)の歸國に關係したと云ふ爲ですから拿翁(なぽれおん)の復位と共に放免のみか賞與の沙汰をまで受けねば成りません、 外の國事犯者は其れ〜゛放免せられたと聞きますのに彼一人は何うなりました」 何うなつたのでもない、(すで)に既に此蛭峰の爲に再び世には出る事の出來ぬ者として了はれたのだ。 彼れは益々 忘假(とぼ)けて蛭「何しろ捕はれた當日直ぐに私の手を離れ他へ移されましたから遺憾ながら私は何事も知りません」 森江氏「貴方の手を離れて何處へ移されました」蛭「何處でうか通例アノ樣な國事犯者は、裁判所より以上の權力を以て、處分せられ、 時には隨分何人にも分らぬ樣に遠い島へ隱されたりする樣な事もありますから是れは願書(ねがいしよ)を認めて内閣へ直訴するが一番の近路でせう、 裁判所や監獄の官吏にお聞き成さつても無益です」森江氏は全く落膽して 「願書(ねがいしよ)では何時埒が開くか知れません、 毎日内閣に集まる諸方からの願書(ねがいしよ)が二百通の上もあつて内閣大臣が之を讀むのは三通を越えぬと云ひますもの」 蛭「イヤ其れは普通の願書(ねがいしよ)の事です、特別に私が奧書を附けて、官の書類として私から轉送すれば、 外の願書(ねがいしよ)より先に取扱ひます」森江氏「では貴方方が其れ()けの手續を運んで下されませうか」 蛭「ハイ外ならぬ貴方の事ゆゑ」

森江氏は此の親切を喜んだ「シテ願書(ねがいしよ)は何の樣に認めます」蛭峰は尤もらしく考へ 「私が奧書を附けるには餘ほど當人が横領者イヤ皇帝の爲に著しく働いた樣に書いて置かねば可けません、 餘り輕々しい罪人の樣に書いては、何で此樣な者に檢事補が奧書したかと疑はれます、 のみならず忠勤の厚い者だけ早く放免して呉れますから」 森江氏「願書(ねがいしよ)は何の樣にでも貴方のお差圖通りに認めます」 蛭「では私が口授しますから、其の文句の通りにお書き成さい」とて紙筆を森江氏に渡した、 勿論氏は進んで其の言葉に從ふた。

其の文句には團友太郎の事を「熱心に心を皇帝に寄せたる忠勤者」と書き、 彼れが一命を(なげう)つても皇帝の密書を屆け先まで屆けんと企てた樣に記した、 出來上つて讀直して見ると、(まる)で友太郎が、皇帝の歸國に就き、 實際危險な働きをした一人の樣に見える、實は蛭峰は之を我手へ握り潰して置いて、 他日再び國王の時世とも爲つた日に我が手柄を申立る一ヶ條に加へる積なのだ。

けれど爾う疑はれては成らぬから、又も尤もらしく思案して 蛭「併し森江さん此の當人は -- 」彼れは自分の氣が咎めるから團友太郎の姓名を口にするのさへ恐れて、 唯「當人」としか云はぬ、友太郎の名が腹の底を針で衝く樣に(こた)へるのだ 蛭「此の當人は既に何處かで放免せらたのでは無いですか」

森江氏「放免せられたなら直ぐに私の(もと)へ歸つて來る筈です、 決して未だ放免せられては居ません」蛭「では直ぐに此の願書(ねがいしよ)を内閣へ轉逹致します」

斯うウケあつて森江氏を歸したけれど、轉逹せぬ願書(ねがいしよ)效目(きゝめ)のある筈がない、 此後森江氏は矢つ張り蛭峰の手を經て三度まで追願(つゐぐわん)を發した、 爾うして其間にも蛭峰を尋ね「餘り貴方の御親切に甘える樣ですが」 と前置を置いては催促した事が幾度(いくたび)と云ふ數が知れぬ、 けれど其度に蛭峰の巧な口先に(まる)められて了つた。

其の中に悲しや百日の日は經つた、拿翁(なぽれおん)の再度の治世が百日間で有つた事は、 歴史家ならずとも一般讀者の知つて居る所である、百日の後、拿翁(なぽれおん)は、 音に名高いウオタルーの最後の敗軍の爲め、今度は二度と歸る(よし)も無き、 セントヘレナの孤島へ送られた、英雄の末路、悲しむ可きではあるが、是は自業自得である、 是よりも猶ほ悲しむ可きは、之が爲めに全く此世に救ひ出される見込みのなくなつた團友太郎である、 前途限りのない、十九歳の少年で、地の底深き土牢の眞暗な(へや)の中に身を動かす空地もなしに生涯を送るのだ。


更新日:2003/12/29

巖窟王 : 二四 監獄巡視


拿翁(なぽれおん)の再度の島流しと共に、再び前の國王路易(るい)十八世が位に(なほ)つた、 蛭峰は時こそ來れと直ぐに箪笥の底から彼の勳章を取出て胸に輝かせることになつた。

爾して許婚の儘で婚禮の延びて居た米良田(めらだ)令孃禮子とも直ぐに婚禮を濟ませた、 けれど其の割に彼れは出世しなかつた、 多分彼れが國王の蒙塵(もうぢん)の間辭職もせずに拿翁(なぽれおん)の政府へ踏留まつて居たので國王の信用が減じたのであらう、 王黨の有力者の中に彼れの留任を多分は父のお陰だらうと見て取り非難した人もあつた、 勿論彼れは國王に向つて、自分の彼の時の手柄を仄めかし、暗に出世の催促もした、幾分か強迫の意をも用ひた、 爾して自分の握り潰してゐた森江氏の願書(ねがいしよ)なども參考品と云ふ積で國王に呈し、 團友太郎が何れほど危險な國事犯者であつたかを思はしめた、其れや此れやで、 彼れはヤツと檢事補の「補」の字だけを取除く事が出來て、末席ながらも唯の檢事となり、 任所もツーローンと云ふ所へ移された、是でも榮轉の中ではある。

森江氏は最早や團友太郎を救ひ出す望みが絶えた爲め、殆ど自分の子でも失つた樣に落膽(らくたん)し此後は少しも樂しい月日とて無く暮した、 併し森江氏よりは猶ほ落膽の甚だしいのは、友太郎の父である、次は許婚のお露である。

此外の人々譬へば段倉や、次郎や毛太郎次は何うしただらう、 段倉は拿翁(なぽれおん)愈々(いよ〜)歸國して帝位に復すした時に、 直ぐにも友太郎が牢から出て必ず自分へ復讐するだらうと思ひ逃げる積で森江氏から添書を貰つて西班(すぺいん)の或商人に雇はれた、 折角友太郎を陷穽(おとしあな)に入れて自分が其の後の船長に取立てられてゐたのに不義の富貴は長くは續かなかつた、 併し彼の樣な、轉んでも只は起きぬ男だからその中に又出世して何處からへ顏を出す事になるだらう、 次郎の方は只管(ひたすら)にお露の機嫌を取り出來る限りの親切を盡してゐたが拿翁(なぽれおん)の最後の徴兵令を發した時、 又も兵隊に驅り入られ、ウオタルーの戰爭にも望んだ、併し彼れのお露への親切は全く甲斐のない譯ではなかつた、 お露は友太郎の行方が分らなくなつて以來唯だ心細く思ふ所へ、兄同樣の次郎から日夜に慰められるので、 幾分其の親切を感じ、次郎が兵隊には入つて立つ時には「何うか兄さん、御無事に早く歸つて來て下さいよ」 と云つた、勿論斯る場合に從妹として當然發す可き言葉ではあるけれど、 其の調子が何とやら次郎の耳へは、當然よりも以上の温かさを含んでゐる樣に聞えたので、 彼れは無事にさへ歸つて來れば何うにでもして此女を妻にする事が出來るだらうとの幾分の好望を抱いて出發した。

毛太郎次も一時は兵隊に取られた、けれど彼れは年も次郎より八歳も上で且は妻もある身ゆえ實戰の場所へ出される樣な事はなく、 唯運搬などの事務に使はれ、其れも僅に二ヶ月ばかりで歸された。

兎に角も斯樣な樣で、少しも馬港(まるせいゆ)を離れなかつたのは友太郎の父とお露と森江氏ぐらいのものであるが、 父の方は路易(るい)王の復位より二ヶ月目に、失望の餘りに病となりお露の手に介抱せられて亡くなつた、 其の葬儀一切は總て森江氏が引受けた、當時森江氏の地位として、 國王から國事犯人と目指されてゐる者の父を斯く迄世話する事は非常に危險な譯であつた、けれど氏は、 此の世話を自分の務めと思ひ、務めの爲めには何の樣な危險でも構はぬと云つて見る人々の感心する程に盡した、 若し此(さま)を友太郎が知る事が出來たなら、定めし感涙に(むせ)んだらう。

*    *    *    *    *    *    *

けれど友太郎は勿論此(さま)を知る事は出來ぬ、 地の底幾間(いくけん)の穴の中に、埋まつた樣に入れられてゐて此(さま)ばかりでなく總て人間浮世の(さま)を、 風の便りにも聞く事は出來ぬのだ、路易(るい)王の復位して一年の後であるが政府から各國へ監獄巡視の官吏を派遣した、 泥阜(でいふ)の要塞でも巡視官を迎へる爲に、典獄が先に立つて樣々の準備を初めた、 多少の普請もする、客室(きやくま)も作る、先づ此荒果た要塞に取つては幾年來例のないことである。

友太郎は穴の底で(かすか)に此物音を聞いた、尤も物音の聞える樣な穴ではない、 頑丈な建物の奧深い所に在るのだから、人間の物音は一切聞えぬのだけれど、 其の中に居れば自然と視官聽官が鋭くなる、長く此の土牢にゐる人は、 此建物の屋根の端から、下の海の(おもて)に落ちる雨流(あまだれ)の音までも聞取ると云ふ事だ、 可哀相に友太郎も()う爾う成り掛けてゐる。

巡視官は間もなく着いて、牢の室々(へや〜)を殘らず廻り、 親しく囚人一々に就いて何か訴へる事はないかと聞いた、何の囚人も、 何の囚人も返辭は全く一つである、無實の罪で捕はれたから早く放免して下さい、 (まかなひ)が惡いから健康を害します、是より外に何の訴へる事もない樣だ、 巡視官は典獄に向ひ、巡視官「政府が全國の囚人を視察させるのは無益です、 一人を見れば萬人を見たのも同じ事です、此外に幾等か容子の違つた囚人は有りませんか」と問ふた、 典獄「アヽ、あります、あります、發狂して牢番などに危害を加ふる恐れのある爲め、 土牢の底へ入れてあるのが」と思ひ出した樣に答へた。

貴重な人身を地の底に埋て置いて、殆ど忘れた樣でゐるとは、忘れられる者こそ災難である、 巡視官「では土牢に降りて行つて見ませう、薄暗い所でせうネ」 典獄「殆ど眞暗です、尤も暗い所に慣れて、囚人の方は爾ほどに暗くは思はぬ相ですが、 吾々には、燈光(あかり)なしには(とて)も行かれません」 巡視官「では何うか燈光(あかり)の用意を」


更新日:2003/12/29

巖窟王 : 二五 二人の囚人


(やが)燈光(あかり)の用意は出來た、巡視官は(ぢき)に土牢を指して立たうとした、 典獄「少しお待ち成さい、囚人が何の樣な暴行を働くやも知れませんから、 吾々は護衞の爲に兵卒を連て行かねば成りません」斯く云つて牢番に兵卒を迎へさせた。

兵卒に來る間に、巡視官は又尋ねた「土牢には幾人居ります」 典獄「卅四號室に一人、ズツと離れた廿七號室に一人」巡視官「都合二人ですな」 典獄「ハイ土牢へ入れて置く樣な重大な罪人は爾う澤山はありません、 尤も昔は一時に四十人も入れられたといひますけれど、私が赴任して以來は、 一番多い時が三人でした、時によると一人もない事もあります」巡視官「今ゐる囚人の名を何といひます」 典獄は漏す可からざる祕密をでも漏す如く聲を潛めて 「廿七號室にゐるのが伊國(いたりや)梁谷(はりや)法師といふのです」 巡視官が(いさゝ)か驚いた容子で「アヽ彼の伊國(いたりや)統一を企てた、 有名な革命者が此牢に捕はれてゐるのですか、先年彼れが捕縛された事は聞きましたゆゑ、 無論何處かに閉ぢ込められてゐる事とは思ひましたが此牢とは知りませんでした、 シテ今一人は」典獄「ハイ今一人卅四號室にゐるのは、 是も矢張梁谷(はりや)法師に劣らぬ程の國事犯者でせう、 其の筋の命令が中々嚴重でした、姓は團、名は友太郎」

巡視官「此方は聞いた事のない名ですな」云ひつゝ手帳を出して二人の名を書記した。

是れ此の二人の囚人が此の長い物語りの根本である事は、(あらた)めていはずとも、 讀む人の既に察してゐる所だらう。

其の中に、巡視官へ一人、典獄へ一人合せて二人、護衞の兵士が、 劍の附いた銃を肩にして牢番に(つい)て來た、「サア」といつて巡視官は立上つた。

土牢の入口は穴倉の入口の樣なものである、石を(たゝ)んだ廊下から下へ入るのだ、 勿論廊下の入口に重い戸があり、廊下から土牢へ行く入口に又戸がある、 二重にも三重にも(とざ)されてゐる、第一の大戸から既に暗くなつて、 第二の大戸を拔けると、早濕(しめ)りを帶びた土牢の臭氣が分る、 巡視官は進み兼ねて巡視官「此樣な中に能く人間が活てゐられますネ」といひ、躊躇した上又進んだ。

穴の底に土塊(つちくれ)の如く(しや)がんでゐた團友太郎は、尋常(たゞ)ならぬ物音に、 振り向いて見ると、(いつ)も來る牢番が燈光(あかり)を持て、 二人の官吏を案内してゐる、傍に兵隊も附てゐる、此樣では其の一人は多分典獄、 一人は典獄より上の役人に違ひないと察した、早一行が此穴の中へ、 戸を開いて入り込んで來る。

アヽ友太郎が、唯だ一度典獄に逢ひ度いと思つたのは幾月幾囘ぞ、 今は典獄より猶上の役人が來たとあつては又と得難い場合である、 茲で自分の事情を述べねば何時の日にか又思ひを遂げる事が出來やう、彼れは全く我を忘れて、 飛び附く樣に巡視官の前に進んだ、二人の兵士は直に友太郎の胸に劍の先を突附けた、 巡視官は、此囚人が狂人と聞いてゐる丈に、驚き恐れて三歩ほど背後(うしろ)に退いた。

巡視官「成るほど危險だ、暴行の容子が見える」友太郎は此語が耳に入ると共に、 「今狂人と思はれては萬事休する事と思ひ、友太郎「イヽエ、私は狂人ではありません、 暴行などは決して致しません、此牢に入れられて以來、何うか典獄にお目に掛り度いと、 聞分けのある人に自分の事情を、唯だ一言で好いから陳じ度いと、 此の牢番に言出た事が幾度(いくたび)あつたか數を知りません、 牢番の來る度に其れより外の言葉は殆ど吐いた事はありませんのに、 今に至る迄、其の願ひが屆かず、唯だ此身の不運不幸を歎いてのみゐましたが、 今は計らずも、高官と見受けるゝ貴方方の來臨を得ましたから、 今こそ云はねば成らぬ時と、我知らず飛び立たのです、何うか私が發狂せねば成らぬ位地には立つてゐても、 未だ發狂はしてゐぬ事をお認め下さい、其の上で私のいふ言葉をお聽き下さい」

是だけの順序ある言葉を吐く者が、何で狂人であらう、巡視官は典獄を顧みて 巡「如何なる狂人でも、正氣に(かへ)つてゐる時間があると聞きますが、今が此囚人の、 正氣に歸つてゐる時間でせうか」典獄は帽子を脱いで手に持つてゐる、 爾して其の露出(むきだし)の頭を幾度(いくたび)か埀れて 典獄「爾です、爾です、發狂する程の者は、其の發狂でない時間には普通の囚人より餘ほど順序を能く立てゝ物をいひます、 先刻申た第廿七號の如きも、此囚人と同じ經過でした、丁度此樣な時があつたのです」 友太郎は此言葉で愈々(いよ〜)此人を典獄と知り、今一人を典獄の上を取締る中央政府の人と知つた、 友「若し私を猶ほ發狂と思召すなら如何なる事をでも問ふてお試し下さい、 決して私の心の未だ狂つてはゐぬ事が分りますから」言葉の中には、 無限の恨みと切に懇願する樣な調子とが現はれてゐる。

巡視官「イヤ兎に角今は狂人とは思はぬ、其の方の言ふ事を、 誠意の言葉として聞いて遣るが、其の方は(まかなひ)を改良して慾いとでもいふのか」 友太郎「イヽエ(まかなひ)は結構です、 此土牢の中で幾年經つたか知りませんが此通り活てゐるのは(まかなひ)の惡くない爲であるとお思ひ下さい」 實に意外な返辭である、外の囚人には全く類がない、巡視官は(いさゝ)か注意の度を増した容子で 「では罪がないのに捕はれたといふのか」友太郎「罪があるかないか、 其れは取調べを受けねば自分にも分りませんが、兎に角一度取調べて下さいと願のです、 私は何の取調べも裁判も受ず、自分で何の爲とも知らずに此土牢に入れられたのです、 斯ういふ譯で牢へ入れると唯一言の宣告さへ受れば、幾年牢へ入れられても(いと)ひません、 何うか宣告を願ひます、宣告を、爾して其の上で如何やうにも處分して頂きませう」 益々異樣な言立である、異樣ではあるが無理ではない、巡視官「では其方は何の裁判も受けなかつたといふのか」

全く裁判を受けないのだ、裁判を受けずして年限も分らずに土牢の中へ幽せられる、 是れ友太郎ならずとも(こら)へ得ぬ所である、若し裁判をさへ受くれば、 必ず我身に罪はない、放免せられるに極つて居ると友太郎は思つて居るのだ。

()しや無罪に成らずとも、裁判をさへ受ければ幾年間禁錮するといふ期間だけでも分る、 期間が分れば、何れ丈けの辛抱で苦痛が終ると自分の心で當にする事が出來るのだ、 (せめ)ては其れ丈の當でも得たい、 何の當もなく何の期限も分らず全くの暗の(さま)で此私の暗の土牢に閉ぢ込められて、 是れが何うして(こら)へられやう、()れば彼れは巡視官の問ひに答へ、 「ハイ未だ裁判も宣告も受けぬのです、宣告を聞く外に、私は何の望みもありません」 實に憐む可き望みであり、巡視官も(いさゝ)か心を動かしたらしい。

典獄は其れが辛いのだ、巡視官が此囚人を狂人でない樣に思ひ、 狂人でないのを狂人扱ひにするのかと思ふては、典獄自身の此後の出世にも障る、 彼れは急いで友太郎に向ひ「其方は大層穩和に成つたなア此牢番を床几で叩き殺さうとした頃は此樣ではなかつたが」 友太郎「ハイ彼の時は入り初めでまだ氣が立つて居たのです、永い入牢で私は其樣な勇氣もなくなりました、 全く心が挫けて了つたのです」 巡視官「永い入牢とて其方は何時捕はれた」友太郎「千八百十五年二月廿八日の午後二時の婚禮の席から」 巡視官「今が十六年六月三十日だから、十七ヶ月に成つたのだな」友太郎は驚いた 「私が入牢してから未だ只た十七ヶ月にしか成らぬのですか、 私は數十年の長さを感じます」巡視官「獄中の月日は長いだらうよ」 友太郎は感慨に堪へぬ調子で「長い筈です、私は船長になる約束を得、 其上に最愛の女と結婚する事になつて、明日と云ふ日は何れほどか樂しからうと、 生涯の最も嬉しい時に成つて居まして、其の時突然捕縛せられたのです、 其後の事が何う成つたか、此後が何うなるか少しも分らず、 其れに日頃が、限りのない廣い海の上を我家とし晴々と暮した水夫ですもの、 其れを此樣な暗い所へ入れて置くとは、()しや何の樣な罪が有つても餘りに罰が重過ます」 心が其儘、口へ溢れて出る樣に聞える。

全く巡視官は同情を催した、默然とはして居るけれど其の容子は爭はれぬ、友太郎は力を得て 「何うかお願ひです、貴方のお力で、裁判を受けられる樣にして下さい」

巡視官「此方の力で直々に汝を何うする事は出來ぬが、 兎も角も何とか仕樣の有るものかないかも調べて見やう」友太郎は平伏して 「有難う御座います」眞に巡視官の一語が何れほど彼に有難かつたか知れぬ。

巡視官「シタが其方は、捕はれて誰の手に掛つた」 友「蛭峰檢事補の手に掛ました、アノ方にお聞き下されば」 巡「蛭峰氏は(つと)にツーロンに轉任した、今は聞くにも此馬港(まるせーゆ)には居ぬ」 友太郎は合點が行つた樣に叫んだ「其れで分りました、アノ方が居ぬから私は此樣に捨置かれるのです、 アノ方さへ居て呉れゝば -- 」アヽ彼れは未だ蛭峰を恩人か何ぞの樣に思つて居る、 此言葉を若し蛭峰に聞かせたなら、彼れも慚死しても足らぬ程に氣が咎めたことだらう、 巡「蛭峰當人は居ぬにしても、何か其の方の事に付き其人の書いたものがあらうと思ふ、 蛭峰の書いたものなら全く信を置いて好いのか」 友「ハイ彼の方が私の件に就て書いたものなら少しも間違ひはありません、 全くお信じ下さつて好いのです」此言葉が何れほど自分の身に害になつたか、知らぬのが情ない。

巡視官は呑み込んだ樣で此室から立つた、典獄も兵隊も、牢番の持つて居た燈光(ひかり)も一時に去つて、 室は元の通りの暗には成つたが、其の中で友太郎は、幾分か明い所が出て來た樣に感じた、 今までは全くの絶望、全くの斷念で居たのだが、今は或は助かるか知らんとの望みが出來た、 大に過ごし易い樣な氣がし始めた。

けれど、未だ知らぬのだ、生なか此望みの出來たのがん、何れほど辛さを増すかも知れぬ、 遂げぬ望みを抱くのは、絶望と斷念の辛さより遙に甚い、可哀想に彼れ友太郎は又此の望みの出來たが爲に、 境遇が一入(ひとしほ)切に苦しくなるのだ、遂げぬ望みと知らずに居る中が幸かも知れぬ。

典獄は茲を立て幾間(いくけん)か進んだ後、巡視官に向ひ 「今の囚人に關する記録をお調べに成りますか」巡「無論調べます、 けれど今一人の囚人を見た上で、茲で出ませう、一旦出ては(とて)も再び入て來る勇氣は起きませんから」 實に其通りである、(よし)や巡視の爲にもせよ、 誰が二度と此の暗黒な陰氣な(しめ)り臭い所へ入つて來る氣になるものか、 巡「次の囚人は餘ほど竒妙な發狂です」巡「先刻お話しの梁谷(はりや)法師でせう」 典「爾です、彼れは發狂して以來、獄中の苦痛を感ぜぬ事に成つたと見え、 暴れもせねば訴へ事もせず、爾して身體(からだ)などもズツと肥えて來ました」 巡視「左樣、此樣な土牢に居る者は、發狂して何事も知らず感ぜずと云ふ(さま)になる方が餘ほど幸でせう、 シタが梁谷(はりや)は何の樣な發狂です」典獄「實に可笑しいですよ、 彼れは牢の外へ莫大な寶を置いて來た樣に自分に思ひ詰めて居るのです、 其中を百萬圓だけ政府へ分て遣るから、何うか其れで自分へ自由を賣つて呉れと云ふのです」 巡「成るほど、百萬圓の賞金を出すから放免して呉れと云ふのですね」 典「爾して此額が年々に上るのです、 初めの年は百萬圓と云ひ次は二百萬圓だけ差出すといひ三年目には三百間圓分るからといひました、 今は三年目ですから、貴方が行けば必ず、祕密の面會を請ひ、 五百萬圓だけ差出すからといひますよ、イヤ其の言ひ方が 「如何にも熱心で、如何にも誠らしいから竒妙です」いふ中に早其室に着き、 牢番に戸を開かせて一同其の中へ入込んだ、中の囚人は果して何の樣な人だらう。


更新日:2003/12/29

巖窟王 : 二六 例の五百萬圓


梁谷(はりや)法師、梁谷法師、此の名高い人の名は歴史を讀んだ人は知つて居る筈である。

伊太利(いたりや)と云ふ國を一つの國家に固めて了つたのは、誰もガリバルヂやカブールの手際だと思つて居る、 けれど其前に()だ人がある、伊國(いたりや)の統一を唱へた人と、 其統一の實行を試みた人と、即ち梁谷法師が其の一人なのだ。

極古い所では有名なマキヤベリ、之は統一論者で、 次は毒殺とか毒藥とか云ふ事の元祖の樣に思はれて居るシーザア、ボルジオ、 是は統一の實行者である、是等の人々の頃から目論まれて居る事を、 梁谷法師が遣り掛けて失敗し、ガリバルヂやカブールが受繼いで成功したのだ、 成功すれば英雄豪傑、失敗すれば只の人、イヤ只の人よりも猶劣る、牢の中で死んで了ふのだ、 之を思ふと憐れなものである。

けれど彼れ梁谷法師は、失敗しても只の人ではない、 彼れが宰相スパナダの後裔たるスパナダ家の書記生から何の樣に身を起したか、 彼の辛抱、彼れの奮發、彼れの知識、彼れの學問、到底他人の及ぶ所ではない、 殊に其道徳も堅固であつた、爾うして法師の身ながら政治の事を憂慮する、 恐らくは日本の日蓮にも比す可き人で有つたのだらう。多分其樣な生れ附で有つたに違ひないが、 唯途中で(つまづ)いた所を直樣捕へられて、土牢に底に埋められ、 再び世に出て元の儘の仕事を繼ぐと云ふ事が出來なかつたので、 持つて生れた半分の腕前も人に認められずに終つたのだ。

巡視官が此梁谷の居る土牢の中へ入つた時、此法師は、壁の毀れた赤土で石の床へ丸い輪を書き其中へ幾何學の線を引いて、 一生懸命に考へて居た、巡視官の足音にも氣の附かぬ容子であつた、 全體牢の中の人が、線を引いたり角度を計算したりするのは、(やゝ)もすると、 其實壁の厚さを測量したり、建物の中の屈曲を考へたりして居る者で、 牢破りの下地であると、通例の典獄ならば見て取るのだけれど、 此の泥阜(でいふ)の土牢ばかりは、到底人間業で破る事が出來ぬのだから其の樣な心配はない、 之を破るには地球を破る力が要るのだ、其れに此法師が既に狂人と思はれて居るので、 猶更典獄も此人のする事に深い意味のある樣にも思はぬ。

併し彼れ梁谷は牢番の持つてゐる燈光(あかり)が自分の書いて居る線の上に光を及ぼすと、 同時に顏を上げ、見慣れぬ高官の來たのに驚いた、 驚くと同時に彼れは自分が五年來着替た事のないボロ〜゛の着物を着て居るのを耻ぢたのか、 直に寢臺(ねだい)の上敷を取つて身に卷いた、唯此一事でも彼が仲々何事にも能く氣の附く事が分る。

巡視官「何か其の方の願ひ度い事はないか」と問ふに答へて「何もありません」 是れも意外な答へである、團友太郎の返辭と同じほど巡視官を驚かせた、 巡視官「其の方は未だ此方が何者と云ふ事を知らぬのだな、 此方は中央政府から故々(わざ〜)各地の囚人を視察の爲に派遣せられたので -- 」 梁谷の(まなこ)は此言葉に初めて熱心の光を放ち「左樣ですか、其れでは大に申上げる事があります、 典獄に幾度(いくたび)言ひましたとて人を識る(まなこ)がなく、 (いたづら)に狂人の言と聞流して了ひますから -- 」 典獄は巡視官の背を突いて「ソレ初まります、例の五百萬圓が」と細語(さゝや)いた、 梁谷は此樣な事には氣も留めずに言葉を續けて「實は典獄以上の方の來る時を、 祕かに待つて居たのです、巡視官の見えましたのは實に千載一遇の思ひが致します」

是も狂人にしては餘り言葉が調ひ過て居る、典獄「言葉の旨いのに(だま)されては可けませんよ」 と又も小聲で注意した、巡視官は輕く點首(うなづ)いて置いて 「何うも典獄を無視(ないがしろ)にして言立ては、主人の相當でないのだから其儘に聞く譯にも行き難いが、 此牢の食物は何うだ」法師は此問を賤しむ容子で「エヽ食物は何うも料理店の樣には行きませんが、 先土牢並だと思ひます、其の樣な細事ではなく、私は一身にも國家にも更に重大な事件に就きお願ひがあるのです」 典獄は傍より、自分の豫言が當つて來るのを自慢する(さま)である。

愈々(いよ〜)五百萬圓ですよ」巡視官「國家は土牢の底に居る囚人から何も重大な忠告を受る必要を持たぬだらうよ」 梁谷「必要、不必要の鑑定はお聞取りの上に願ひ、兎も角も、人を退けて貴方と差向ひの懇談を願ひ度いのです」 獄「ソレ、ネ」巡「其樣な事は出來ぬ」梁谷は(いさゝ)か失望の(てい)である、 暫しの間ど考へて「イヤ、其れならば止むを得ません、典獄の居る所で申ませう」と云ひ、 更に言葉の調子を重くして「私の言葉は一言一言皆眞實ですから其積でお聞き下さい、 私は在所に巨萬の財貨を隱してあります、私が牢氏すれば、誰も其の寶を知る者がなく、 遂に地中の物と爲つて了ひます、何うか私は其中の五百萬圓を政府に納めて、 其の賞として牢から出して頂き度いのです」

金高までも典獄の豫想した通りであるので、巡視官は心の底で(ほゝゑ)んだ 「其れは非常な大金だ、全體何處に隱してある」梁谷「茲から凡そ百里ほどの所です」 典獄は(かたはら)から「百里も行く中には何度でも逃亡する事が出來る、 今まで幾等もある手ですよ」巡視官「其金は其の方の物であるか」梁谷は少し澱んだが 「勿論私の權利です、私より外に、其の金を知る者が無く、 ()しや知つたとて(おれ)の物だと云ふ權利のある人は、今は此の世に一人もないのです」 巡視官は典獄に向ひて「イヤ成るほど言葉が誠しやかだ、前以て貴官の話を聞いて居なかつたなら全く釣込まれる所ですよ」 梁谷「私は深く宗教に歸心して居る法師です、私が虚言を吐くとお思ひですか」 法師は全くの法師でも土牢の中に居て此樣な事を云ふは、餘り場外れの樣に聞える、 土牢から出る爲には幾等法師だとて虚言を吐くを(いと)ふものかと、巡視官は此樣に思つた。


更新日:2003/12/29

巖窟王 : 二七 此外の處分なし


誠の事を云ふのに嘘と思はれ、熱心に爭へば發狂の爲と云はれる、 是ほど情ない事が有らうか、梁谷法師は典獄と巡視官とに向つて云つた 「私が入牢以來、此大金の事を云ふは殆ど貴方に逢ふ(たび)ですが、嘘ならば此樣に、 四年も五年も變らずに繰返す事が出來ませうか、 發狂ならば此樣に一つの思想が少しも(みだ)れずに永續する事が出來ませうか」

同じ狂人でも場所や境遇が替らぬ以上は容體も思想も幾年經つても變らぬのが幾等もある、 此言葉は未だ巡視官を動かすに足らぬ。

尤も巡視官の動かぬのも無理はない、其樣な大金が誰も知らぬ所に隱されてあらうとは思はれぬ、 有つた所で此法師が唯一人知つて居る筈もない、 先づ普通の考へで云へば誰でも嘘とか狂人の言葉とか看做(みな)すのが當然である、 ()して此手で逃亡を企てるは幾等も囚人に例のある事なのだ。

法師は全く悔しさに堪へぬ(さま)である「()しや狂人の言葉にした所で、 實地に試して見れば好いでせう、何うか私を、嚴重に縛つた上で其處まで連れて行つて下さい、 爾して私のいふ所を掘つて其の大金が出なかつたら、元々ではありませんか、 其の時は私を縛つた儘で此牢に連れて歸り、生涯狂人扱ひにして好いでせう、 試して見ずに、初めから私の言葉を嘘とするのは餘り分らぬ仕方です」

巡視官「其樣な寶があるなら、其方が放免せられる時まで、 默つて獨りで隱して居るが好からう」梁谷「若し私が牢死すれば何う致します、 可惜(あたら)其の大金は埋沒して終ります」 巡視官「政府は其樣な金を豫算に入れて居ぬのだから埋沒したとて惜みはせぬ」 法師は全く失望した「アヽ何とか貴方がたに信ぜられる樣な言葉はないのでせうか」

實に其の樣な言葉がないのだ、法師は思ひ附いた樣で、 「アヽ斯う致しませう、私が必ずしも其の場へ行かずとも、何處其處と言葉で云へば其の場所は明かに分りますから、 何うか私を此牢へ置いた儘で、貴方が行つてお掘り下さい、爾して果して其の金が有つたら、 其の中から五百萬圓を引去つて爾して私を放免して下さい、 茲で貴方が宜しい爾すると名譽に賭けて誓つて下されば、私は貴方の誓ひを信じ直ぐに其の場所をいひますから」 如何にも尤もな考へである、是より以上に、誠と思はれ相な言葉はない。

是れが若し昔の國王が政府ならば、兎も角も言葉に從つて其の場所を調べて見る位の手續きはしただらう、 昔の國王は全く自分を神聖の者と信じて居て、自分のする事に間違ひはないと思ひ、 若し笑ふ者が有つたら直に捕へて刑に處したが、今の政府や王樣は爾うは行かぬ、 世の物笑ひといふ事を、痛く恐れる、若も一囚人の言葉を信じ大金があるものと思つて實地檢査の役人を派出したと分つては、 其れが爲に位置の土臺が覺束なく成りもする。

巡視官は最早聞かぬ振で、「此牢の食物は何うだ先刻の返事では能く分らぬが」 梁谷法師「五百萬圓を六百萬圓にしても、實地をお調べ下さる事は出來ませんか」 巡視官「食物は何うだと問ふのだよ」法師「其の額を倍にすれば何うでせう一千萬圓に」 巡視官「此方は問には答へずに」法師「貴方もです、私の問には答へず、 ナニ耳有つても節穴同然の人に()う何事もいふに及びません、政府は私の訴へを聽いて呉れずとも、 神は必ず、遲かれ早かれ聽いて呉れます」

斯う云つて身に纒ふて居た寢臺(ねだい)の上敷を元に復し、再び床に俯向いて、 先ほど書き掛けて有つた幾何學的の計算に又取掛つた、巡視官の言葉も耳には入らぬ。

巡視官は典獄に向ひ「何を計算して居るのだらう、數字など書いてあるが」 典獄「例の寶を數へて居るのでせう、何時でも斯うですよ」 巡視官「此法師は入牢の前に其の樣な大金を得相な場合でも有つたのだらうか」 典獄「得た夢を見たのでせう、爾うして氣が違つて目が覺めたのですアハヽヽ」と自分の洒落に感心する樣に笑つた。

何だか巡視官は氣に掛る所が有る、牢を出つゝも「ハテナ、 彼が莫大な軍用品を集めた譯でもなし其とも彼の仕へて居たスパナダ家に昔から其の樣な大金でも」 と呟くは何も法師の(さま)に發狂とのみも思はれぬ所が有る爲である、 (やが)て思ひ切つた樣に、「いや、スパナダ家は彼れの通の貧乏だつた矢張嘘を云つて居るのだ」 斯う云つて去つて了つた、是れで此梁谷法師の願ひの脈が全く絶えた。

此後で巡視官は、團友太郎への約束を守り、典獄の許へ在る囚人の記録を調べて見た、 團友太郎と標題(みだし)を附けてある一個條は手蹟が他と違つて居る、 是れ丈は代理檢事蛭峰が書いたのだ、殊に罪状として記してあるのは左の通りである。

團友太郎
拿翁(なぽれおん)の歸國に最も力を盡したる一人、過激なる王朝轉覆論者、 放免せば人心煽動の恐れあり、公に裁判するは非常の危險ある見込。

裁判に引出してさへ人心を激動させる恐れがある、成るほど是では裁判に附せぬのも無理はない、 斯樣な危險の人物を單に人間社會から取退けて、人の知らぬ所へ隱して了ふのは、 ()だ此頃では政府の祕密政略と爲つて居た、 ()してや囚人自らが恩人の樣に認めて居る蛭峰檢事補が是れを書いたのだから能々(よく〜)の事に違ひない、 巡視官は自ら筆を取つて、右の記録の餘白へ「如何とも此外の處分なし」と、書添へた、 是れで團友太郎の脈も絶えた。


更新日:2003/12/29

巖窟王 : 二八 卅四號、廿七號


「如何とも此外に處分なし」と巡視官の書添た語で全く友太郎の脈は絶えたけれど、 友太郎自身は爾とは知る筈がない。

今にも自分が裁判に引出されるかと思ふと、絶望した身に聊かの勇氣が附いて來た、 裁判をさへ受ければ此身は放免せられるに極つて居ると、此樣に思ふて居るのだ、 ()しや放免せられぬにしても宣告の文言に依り自分が何時まで牢の中に置かれるといふ期限が分るのだ、 是だけでも今の身に比べれば非常な幸福(さいはひ)である。

のみならず裁判所へ連行かれる道だけでも廣い天を仰ぐ事が出來る、 外の新しい空氣を呼吸する事も出來る、アヽ青空、アヽ空氣、人間と生れた者に、 天然に許されて居る天と空との二つさへ、土牢に居る身に取つては非常な(たまもの)の樣に感ぜられる。

只此感じの爲に、氣の持方、身に振方も輕く爲つた、今まで月日と云ふものを知らず又知らうとも思はなかつたものが、 何うか月日だけは()う忘れぬ樣に仕たいと思ひ、 巡視官から千八百十六年の六月卅日と聞いたのを元とにして壁に一日一日、 一本づつの筋を附け之を(かぞ)へて今日は幾日と見定める事にした、 其の筋は矢張り壁の(こは)れ赤土を以て附けるのだ。

一週間經てば筋が七本となるのだ、其の七本を越えぬ中に何とか巡視官から沙汰があるに違ひないと、 毎朝寢臺(ねだい)から起きて降るのが樂しい樣に成つた、爾して走り寄つては壁の筋を數へた、 是れが彼れの土牢へ入れられてからの初めての樂しみで有つたが、 悲しや此樂しみは更に苦しみを深くする前置たるに過ぎなかつた。

七日は經た、音沙汰が無い、八日も九日も十日も經た、彼はソロ〜()れ初めた。 十五日二十日、三十日、アヽ何と待遠い事であらう。

オヽ、自分の考へが惡かつたと、獨り思ひ直したのは一月の餘經つた後である、 如何に巡視官が請合ふたとて、旅先の事だもの何と處分が出來るものか、 必ず巴里なる中央政府の許に歸り、中央の裁判所か司法省へ言立て其の上に何とか手續きをして呉れるのだらう、 多分は全國の監獄を(めぐ)るのであらうから、二ヶ月經たねば、巴里へ歸るまい、 爾だ二ヶ月、待遠くはありけれど二ヶ月待つた、イヤ三ヶ月か知らん、 三ヶ月待つたけれど便りがない、終に半年、終に一年。

一年の後には元より猶甚い絶望の底に沈んで了つた、巡視官さへ此身を見捨てたのだ、 其れとも巡視官が來たと思つたのが夢でゞもあつたのか知らん、 實際來た事のない巡視官を、來た事のある樣に、自分の氣の狂ひで、 思ひ違へたのか知らんと自分で自分を疑ふに至つた、心が是だけ微弱になつたのだ。

其の頃に、今までの典獄が他に轉任して新な官吏が其の後任と爲つて茲へ赴任した、 舊典獄は大抵下役を引連れて去り、新典獄の方は一々囚人の名を覺えるといふ事が面倒でならぬ、 其れが爲に今まで團友太郎として知られて居た此土牢の囚人は總ての囚人と同じく、 名で呼ばれずに(へや)の番號で呼ばれ「卅四號」といはれる事になつた、梁谷法師も同じ事である、 之は「廿七號」と名づけられた、若し此の泥阜(でいふ)の要塞へ來て、 團友太郎といふ囚人が居るか、梁谷法師といふ者が居るかと問ふ人が有つても、 名簿を調べた上でなければ答へ得る人がない。

斯の如くにして、團友太郎は、世間から忘れられたのみならず、監獄の掛り員からも忘れられ掛けて居る、 少くとも其の名前だけは早殆ど忘れられたのだ。


更新日:2003/12/29

巖窟王 : 二九 怨に相當の復讐


巡視官にさへ見捨てられたと分つてからの團友太郎の景状(ありさま)は、言ふにも忍びぬ(ばか)りである。

()う何年を經たのか、順序を正して附けてある壁の筋も殆ど數へ切れぬ、 此頃彼れの切に感じたのは、唯一人といふ淋しさでである、 世に出たいと云つた所で其の望みは叶はぬが(せめ)て誰か相手が慾しい、 活た人間の顏が見たい、自分の外に誰でも自分の傍に居れば好い。

アヽ人は到底自分一人で暮されるものでない、敵でも味方でも、何かなくては、 (とて)も長い間の我慢は出來ぬ、それを我慢すれば、 通例の人なら病氣になり、それより強い人ならば發狂する、病氣の末は死である、 發狂の果は一忘である、死ぬのも忘れるのも、共に人の人たる所を失ふのだ、 人間でなくなるのだ、團友太郎は何時人間でなくなるのだらう。

唯だ見る事の出來るのは牢番の顏ばかりである、けれど牢番は囚人に取つて決して人間の樣には見えぬ、 單に活た壁、活た戸の樣に見えるのだ、()なきだに厚く()なきだに堅い牢の壁、 牢の戸が、此もののあるが爲に一入脱け出る邪魔と爲るのだだ、 場合に由れば抵抗もし我を取押へもし、聲も出し力も出す、 又血も出るといふ極めて恐ろしい閂木(かんぬき)なのだ、 此樣なものの顏を見たとて何で自分の心が慰められやう、此儘で話相手も何もなしに居ては、 若しや人間の言葉をさへ忘れはせぬか知らん、聲が萎縮(ゐじ)けて出ぬ事になりはせぬか知らん、 唖でも聾でも何でも好い、誰か居て呉れゝばそれに向つて話だけでも仕て見るのに。

と云つて叶はぬ望みである、(いつ)そ自分だけで、 聲を出して獨言(ひとりごと)でもいへば幾等かは紛れるか知らんと思ひ、 (あたか)も聞手が我が前に居るかの樣に、獨りで話も仕掛けて見た、 空洞の樣な土牢の壁に響く我聲が恐ろしい、確に地獄の聲である、人間の聲とは思へぬ。

之を思ふと、世の人は怖じ畏るゝ重懲役の囚人が幾等()しかも知れぬ、 苦役は苦役でも同じ囚人と一緒に居て一緒に働くのだ、 人間の顏も見、人間の話もする、確に人間らしい所が殘つて居る、 何故此身を懲役人には仕て呉れぬのであらう、強盜、人殺、其の樣な罪名は構はぬ、 何でも人間の中に居たい。

團友太郎が若し多少學問か經歴のある男なら、 或は(むづ)かしい問題を考へるとか過た歴史を記憶から引出して眼前の事の樣に想像し、 是とし非としなどして、幾等かは紛れる事もあらうけれど、 憐む可し彼れは僅に十九歳迄しか人間の世に居なかつた、自分の身にさへ唯だお露を思初めた事の外に歴史はない、 學問とては諸國の言葉をこそ知れ、自分から問題の出る樣な學問は少しもない。

(かつ)て彼れは同じ此の土牢の中に、大金の事ばかり云つて居る狂法師がある樣に牢番から聞いた事を覺えて居る、 狂法師といへば極めて危險な相手だらうけれど其の人でも好い同居したい、 同居して介抱でもすれば何れほど歳月を消し易いかも知れぬ、 斯う思つて終に牢番に説き、狂法師と同居の事を典獄へ願ひ出た、 典獄は打笑つた「狂人と狂人とを一緒に置いて(たま)るものか」 と、自分では果して此二人の囚人が何の樣な狂人であるかを見屆けた事さへないのに。

無論願ひは斥けられた、是れで殆ど百計は盡きた(さま)とは爲つたが、 盡きた外に只一つ殘つて居た、其れは幼い時に母から聞覺えた祈祷の文句である。

水夫と爲つて海に出て以來、暴風雨にでも逢つた時の外は神に祈つた事がない、 祈祷(いのり)の文言も大抵は忘れて居る、けれど之を思ひ出さうといふに身を委ね、 幾日かは氣が紛れた、爾して實際少しづつ思ひ出して、之を口に唱へて見ると、 以前に何の事だか夢中で有つた其の文句が一々我が心に徹して來る、 唱へれば唱へるだけ、神と自分と接近する樣な氣がして、 一時はアヽ遠からず神に救はれるのだ、神の(いま)す間は何も絶望する事はないと此樣にさへ思ふ樣になつた。

此思ひの浮ぶだけ實際神に救はれて居るのだらう、彼れの身に、 神が未だ附いてゐるのだらうけれど幾日、幾夜、祈りは只管(ひたすら)に繰返しても土牢の壁は明かぬ、 依然たる相手も何もない囚人に境遇である。

幾年月續いたかは知らぬが、果は又其の反動が來た、氣の安まつた後の反動は其の前の苦しみよりも猶ほ苦しい、 彼れは何も彼も唯だ恨めしい最初の(さま)に歸つたのだ。

最初の恨みは、相手もなしに、單に自分の身が大事の時に捕はれたといふ悔しさ情なさに過ぎなかつた、 今度の恨みは相手がある、全體誰が此身を此樣な目に遭はせたゞらう、 露ほども罪を犯す念のない者を、誰が嫌疑を受けさせて捕へさせたのだらう、 誰だかは知らぬけれど確に其の樣な者が有つた、蛭峰檢事補が無名の密告状を出して示し、 此筆跡に覺えがあるかといひ、尚も其の方は人に怨まれてゐるから注意せよといはれた。

誰だらう、誰だらう、一人だか二人だか知らぬけれど、アノ密告状を出した者こそ此身の(かたき)である、 怨みを返さずに置かれやうか、密告状の文句に依り其の差出人は分らぬか知らんと、 是も考へ、考へて、大方は思ひ出し、心の中で讀み返して見ると、 何うしても此身を罪に落とさうとの執念深き心が文字の外に籠つて居る樣に思はれる。

何者なれば、斯くも慘酷に此身の生涯を揉潰したゞらう、 目を(えぐ)らるれば目を(えぐ)り返せ、齒を()かるれば齒を()き返せ、 是れが復讐の本來である、何の樣にしたならば此怨みに相當の復讐が出來るだらうと、 是より後は日となく夜となく唯其の思案に心を碎き、 肝腎其の身が如何なる名案も行ひ得ぬ境遇に居る事には氣が附かぬ程であつた。


更新日:2003/12/29

巖窟王 : 三〇 自殺、自殺


父が人に殺さるれば、子が其殺した人を殺す、是が復讐である。 誠に能く分つて居る、殺されたから殺し(かへ)すのだ、命に向つて命を報ゆるのだ、 目に向つて目、齒に向つて齒を、報いるのと少しも違つた所は[な]い。

唯團友太郎の樣な怨みは何の樣に復讐すれば好い、是れ友太郎が思案を凝す所である、 敵を殺して了へば好いだらうか、否、否、爾うは行かぬ、 我が身の活ながら土牢の底に埋められた苦しみは命を絶たるゝ如きではない、 生涯を揉潰されたのだ、時々刻々殺された上に亦殺され、 絶間もなく此身から命を引拔かれて居る樣なものである、 我が相手をも之と同じ樣な苦しい目に逢はさねば復讐といふに足らぬ。

死ぬより上の事はない、殺すより上の復讐は出來ぬと世の人はいふだらう、 けれど殺せば其の時限りで其の人の苦痛は終るのだ、 幾日幾月幾年とも長さの知れぬ我が苦痛と我が恨みは此れでは晴れぬ、 矢張り其の人に幾日幾月幾年とも限りの知れぬ苦しみを(かへ)さねば成らぬ、 今の我が身の景状(ありさま)に於て、 敵が若し苦痛の其れ切り終るのを、寧ろ有難いと思つて敵に謝さねば成らぬ、 其れだから敵にも丁度是れだけの苦痛を與へ(いつ)そ殺されるのが幾等有難いかも知れぬと思ふ迄に不幸と苦痛との極點まで陷擠(おしおとし)て遣らねばならぬ。

彼れは幾日、幾夜、此の思案に暮し明したかも知らぬ、 其の手段、此手段と工夫のある丈は仕盡した。

アヽ彼れは此樣に、人を恨むなどといふ事は知らぬ親切な快活な、 恩をこそ記せ恨みは直に忘れて了ふ性質の男であつた、 輕い美しい爾して(さば)けた氣の男であつた、 此男を驅つて日夜復讐に餘念もない迄に至らせたのは、無慘といふも愚である。

彼れは考へ盡した頃、(あたか)も初めての樣に氣が附いた、(あゝ)、此樣な事を考へて何に成るだらう、 如何に好い工風が浮んだとて此土牢に閉ぢられて居る身が何うして其れを行ふ事が出來るだらう。

斯う思ふと共に彼れは、今度こそ最早や寸分の思ひ返す道のない極度の絶望には沈んだ、 生きて此樣な事を思ふだけ、益々我身を苦しめるものである、 何故死んで此苦痛を逃れる考へが早く出なんだらう、爾うだ、死ぬより外はない、 自殺、我命をなくするが此身に取つての唯だ一つの逃路(にげみち)である。

何うして死ねば好いだらう、手巾(はんけち)を繋いで窓に掛け首を(くゝ)る是れ一。

壁に首を打附けて、頭を碎いて死する是二。

爾は云へ首を(くゝ)るといふ死状(しにざま)は、友太郎の樣な少年には何だか活智(いくぢ)ない樣な氣がする、 何も死ぬる身が手段など選ぶには及ばぬけれど其處が人間の通有の自負心である、 死ぬるにも綺麗に死に度い、其れでは頭を碎く外はない。

殆ど之に決したが、若しも死んだ後で、父が我が死骸を引取る事にでも成つて形の(くづ)れた我が顏を見たならば、 何れ程か悲しむだらう、何うか形を(くづ)さずに、自殺とは分らぬ樣に、 爾だ天然に病死した者と思はれる樣に死に度い。

其れには絶食して餓死(うゑじに)するのみである、是れは聊か時日が掛る、 今初めて今直に死ぬるといふ譯には行かぬ、けれど友太郎は此れに定めた。

此決心が定まつて、友太郎が何れほど堅く之を守つたかは實に感心の外はない、 或醫學者がいふてゐるのに、人間の自殺は自分が呼吸(いき)を詰るのが一番手輕であるが、 併し物を以て(しめ)るより外に、決して人間には自分の呼吸(いき)の盡きる迄呼吸(いき)せずに居る力はないと。

けれど友太郎は其の力があつた、初めの中は牢番の持つて來る物を、總て()べた振で、 糞尿の(どぶ)へ捨てた、後には捨る力もなくなつた、是れも幾日だか幾夜だか、 唯昏々と生と死の間に徘徊して居たが、遂には自分で、愈々(いよ〜)死る間際に成つたのだと思ふ時が來た、 最後の祈りを神に捧げ、人間以外の(さかい)へ導いて貰はうと此樣に思つて、 身を引摺つて寢臺(ねだい)から降りたが、目が眩んで一歩も歩めぬ、 其の身は直に(かたはら)の壁に(たふ)れ掛つた。

壁に(もた)れて聊か息を繼がうとする折しも壁の中のズツと奧底に、 何やら叩く樣な響きがあつた、若し壁に(もた)れずに居たならば此響きは聞えなかつただらう、 イヤ今までに聞えて居たのだけれども壁に(もた)れぬ爲に聽き得なかつたのだ。

身體(からだ)の疲れた丈に彼れは非常に神經が(たか)ぶつて居る、 此の響きと共に、(みだ)れて居る腦髓へ樣々の考へが取留もなく浮んだ、 響きは何者が何の爲に起すんだらう。

能く聞けば壁の中だか地の底だか疑はしい、けれど確に物を以て物を叩き(こは)してゐる樣である、 音ほど()ほどでないけれど其の度に自分の(もた)れてゐる壁が微震するのだ、 是れも身體(からだ)の丈夫な人には恐らくは感ぜぬだらう、衰へてゐる丈けに、 一切の抵抗力の盡て居るだけに(やう)やく分るのだ。

幾等死を決しても、囚人の心に消ゆる暇なく燃てゐるのは、自由を得度いとの希望である、 若や此の音が、壁か床かを叩き破つて逃げやうと云ふ囚人の破牢の企てゞはあるまいか、 若や我が室に接近して我れを救ふちいふ親切な人の仕業(しわざ)ではあるまいか、 其の樣な人のあるあとは思はぬけれど兎に角も聞定めずにはゐられぬ。

疲れた身の支へ難さに、床の上に平伏したが、猶も聽いた、 聽けば聽くだけ、何うも囚人の仕業(しわざ)らしく思はれる、 時々は休む樣に()んでゐる時はあるけれど又聞える、是れは、 此音の元を聞定めるまでは兎に角も死なずに待つてゐて見ねばならぬ、 分つた上で死るとも遲くはない、或は神が我が身に、 ()だ逃れる道は必ずしも盡ては居ぬ事を知らせる爲に、 我身を起して此の壁へ寄らせたのかも知れぬ。

(さいはひ)に牢番が先刻置いて行つた肉汁(そつぷ)が、 皿に入れて(へや)の入口に在る。

友太郎は徐々(そろ〜)(にじ)ろ寄つて其の皿を取り肉汁(すうぷ)(のど)(うるほ)して、 先づ自分の身へ力を附けた。


更新日:2003/12/29

巖窟王 : 三一 例の物音


一椀の肉汁(すうぷ)も幾分か友太郎の身に生氣を附けた、イヤ死んでは成らぬ、死んでは成らぬ、 兎に角も壁に響く(かすか)な物音が誰の仕業(しわざ)であるか其れを見定める迄は此命を保存して置かねばならぬ。

若しや此の物音が、我身の此牢から出られる發端では有るまいかと、 此樣に疑ふと何と無く氣が騷いで、疲れた身體(からだ)も動悸が打つ、 ()ア身を大事にして分る時まで氣永く待つてゐねば成らぬ。

此時が夜の九時頃である、再び彼れは寢臺に歸つた、爾して夜の明けるまで、 夢だか(うつゝ)だか同じ物音の絶えず聞える樣な氣がした。

夜が明けて見ると物音は()んでゐる、昨夜少しばかり胃に食物を入れた爲めか今までに覺えぬ程の餓を感じ、 (かすか)に胃の底に痛みを覺えるけれど、氣持は、昨日より幾分か力が附いた樣でも有る、 今若しも此望みが、今までの總ての望みと同じく又消えて了つたなら何うであらう。

其の中に牢番が朝飯を持つて來た、何しろ幾日も絶食した身が急に平生ほど喰べては病氣に成らうも知れぬからと、 早自分で用心する氣の出たのは、死を祈つてゐた身の餘り得手勝手であると我身ながら極りも惡い、 けれど兎も角も身は大事だ、又も肉汁(すうぷ)だけを飮み、外に三日に一度與へて呉れる魚の肉の、 骨の無い所を少し(むし)つて喰べた、勿論身體(からだ)に病氣が有ると云ふのでは無く、 健康なものを無理に自分で攻め付けてゐたのだから、少し攻め方を弛めさへすれば直に力が囘復するのだ、 僅ばかりの食物で、甚く不足は感ずるけれど早氣分だけ殆ど常に(かへ)つた。

爾して又も壁に耳を當て聞いてゐると、朝の十時とも思はれる頃又彼の音が聞え初め中食(ちうじき)の頃に成つて()んだ、 けれど午後に又初まつた、何だか最初よりは其の音が荒々しい、其れとも幾分か近く成つた爲に、 能く聞えるに至つたのかも知れん。

此翌日に及んで、或は典獄が職人を入れて隣の室をでも修繕してゐるのでは無からうかとの疑ひが起きた、 若し爾ならば此身の助かる發端では無くて此土牢の益々堅固になる知らせと同じ事だ、 仲々喜んでなどはゐられぬ。

若し是れが囚人の仕業(しわざ)で、牢破りの企てならば、此方(こつち)から物音を送れば、 必ず驚き恐れて止めるで有らう、大工か職人ならば其の樣な事に頓着せぬ、好し、 之を先づ試して見やうと思ひ、唯だ一脚充てがはれてある腰掛臺を持つて來て、 音が此の邊から聞こゑると思ふ壁の局部を、其の脚で強く叩いた、 只一叩きであるけれど、向ふの音はピタと止んだ。

(さて)は確に囚人である、此牢を破つて居るのだ、斯う思ふと無益に驚かせて止めさせたのが遺憾に堪へぬ、 今に再び初まるか知らんと、耳を澄して待つてゐると、日が暮れても初まらぬ。

全く誰かに勘附かれたと悟り其の企てを中止したのだ、誠に濟まぬ事をした、 何れ程か向ふは失望したであらう、イヤ向ふが中止すれば今度は此方(こつち)で企てゝ遣らう、 向ふが何んでも此方(こつち)へ向つて掘つて來る所で有つたに違ひ無いから、 此方(こつち)から向ふへ掘つて行けば好いのだらう。

斯うなると少年だけに氣み輕い、直にも着手したい樣に思つて牢の中を見廻したが牢を破る樣な道具の此中に在る筈は無い、 爾して而も牢の壁はセメントで固めたもので巖の樣に成つてゐる、 思ふは易いが行ふは實に難い。

けれど難い事は今初めて知る譯で無いのだから(あら)ためて驚きはせぬ、 見廻す目先に留まつたのは自分が食噐に用ふる皿で有る、 之れでも道具に使へるだらうと直に取上げて床の上に落して碎き其の(かけら)の中で、 最も鋭く見えるのを二片(ふたひら)取つて隱した。

若し陶噐(せともの)(かけら)泥阜(でいふ)の要塞が破れたなら其れこそ天下の竒觀であるけれど、 彼れ自身は爾は思はぬ、先づ着手は夜に入つてからと待つて居る中に、 牢番が夕飯を送つて來たが、噐の(こは)されて居るのを見て多少機嫌を損じたけれど 「噐物を(こは)すと減食の罰に遭ふぞ」と叱つた儘、 皿の(かけら)は拾ひもせずに立去つて又暫くして外の皿を持つて來た。

(かけら)を其まゝ殘して呉れる有難さは譬へ樣が無い、食事の後で友太郎は、之を拾ひ集め、 (へや)の隅へ隱して置いて、其上で自分の寢臺を取退()け、 晝間は其影に隱れて了ふ所へ先づ傷を附け初めた。

丁度此邊が、向ふから物音の聞えた見當に當るらしい、壁のセメントを、 皿の(かけら)で引掻いて又引掻き、 (かけら)の角が丸くなれば又碎いて角を付けては引掻き夜の二時に及ぶまで魂氣(こんき)能く續けたが、 熱心と云ふは(えら)いものだ、疲れて寢る頃には粉になつて落ちたセメントが手の(ひら)に滿ちる程で有つた。

翌朝、食事の後に又も寢臺を動かして着手したが、昨夜着けた傷の大きさで計算して見るに、 毎日十時間づつ二年の間續けたなら、人間の脱けられる大きさの穴を、 凡そ三間位掘り込む事が出來さうだ、今まで幾年經つたのか、 壁に附けた筋の(こよみ)も三年ほどで止めたけれど()う六年は經つて居やう、 入獄の初めから若し遣つて居たなら既に牢の外まで突拔けて居るかも知れぬのにと今更殘念な感じもする。

段々と掘るに從ひ、又割合に潰れ易い所も有り、此日の中に壁に塗込んである石にまで屆いた。 石の周圍(まはり)を掘り減らして、一度に石一個を拔き取る事が出來れば其の跡は一日掘つたよりも大きな穴と爲り、 石から石へと意外に進歩が早いかも知れぬ。

掘る事三日に及んで、石一つを外し得たが、無論牢番の來る頃には其の石を元へ差込み寢臺も元の通りにして置くのだ、 けれど若し是よりも(でか)い石に出會(でつくは)せば、 (てこ)で無くとも幾分か長い力の有る鐡噐で無くては可けぬ譯だが、 (せめ)ては火箸でも好いから手に入らぬか知らんと、 只管(ひたすら)肝膽(たんかん)を碎きつゝ今度は又(やゝ)大きな石を拔き得た。

丁度此時である。數日來()んで居た例の物音が又も壁の向ふから聞えて來た、 今度は石を拔いた跡の穴へ首だけ突つ込んで聞くのだから能く聞える、 確に壁を引掻いて崩して居るのだ、是れで見ると一度は物音に驚いて止めたけれど、 其の後別に危險らしい事が無いので又安心して取掛ッたものと見える。

何の道具で遣つて居るのか兎に角餘程進歩して居ると見え時々槌で叩く樣な音もする、 此方(こつち)の仕事は(まる)兒戲(まゝごと)の樣なものだから向ふへ聞える筈が無いが、 其れにしても早晩は穴と穴との出會(でつくは)す時が有らう、之を思ふと自分でも怪しい程氣が勇んで、 殆ど疲れると云ふ事を知らぬ。


更新日:2003/12/29

巖窟王 : 三二 誰だ、誰だ


皿の(かけら)で壁のセメントを崩し、 セメントの中の石を二個(ふたつ)まで拔取つたと云ふ事は幾等其石が小さいにせよ聊か異樣に聞えるが、 其れは囚人と云ふ者が何れほど牢を破るのに熱心であるかを、知らぬ人の怪しむ所である。

一本の針さへ與へて呉れゝば歐羅巴全體の何れほど堅い石牢でも破つて見せると云つた牢破りの名人も有る、 又懷中時計の發條(ぜんまい)を小さい卷いた儘で靴足袋(くつたび)の中へ入れて居て、 五たびまで牢を破つた囚人もある、皿の(かけら)で壁に石二個くらゐは少しも怪しむに足らぬ。

けれど皿の(かけら)では最早間に合はぬ事に成つた。 二つ目の石を外して三つ目になると、今までのよりも大きくもあり深くもあり、 何か鐡の道具がなければ到底動かす事が出來ぬ、鐡の道具、鐡の道具と、只管(ひたすら)に搜したが、 目に留る所では寢臺の左右の縁に小さい欄干(てすり)の樣に鐡の條鋼(すぢがね)が附いてゐる、 併し之は(ねぢ)緊着(しめつ)けてあるのだから、(ねぢ)を廻す機械がなくては取外せる譯でない、 今一つは窓の格子である、之も鐡だ、而も寢臺の欄干(てすり)よりは十倍も大きいのだ、所が之も駄目だ、 今まで別に牢を破る氣の有つた譯ではないけれど悔しさの餘りに此の格子に(しが)み附いて搖すぶつて見た事は幾度(いくたび)もある、 此の格子を外すのは壁の石を外すより幾等難いか知れぬ、イヤ實際此の格子を外す事が出來る樣なら何も壁を崩す必要はないのだ。

爾うすると差當り手に合ひ相なのは、毎日牢番の持つて來る鍋より外はない、鍋は無論鐡だ、 其の中へ肉汁(そつぷ)を入れて持つて來て、皿へ移して立去るのだ、 何うか彼の鍋を其のまゝ茲へ置いて行かせる樣にせねばならぬ、 鍋に差込んである柄は長さ一尺近くも有つて是も鐡製だから此の柄を暫し借用する事が出來れば(てこ)の代りにする事も出來る、 大抵の石なら、之を間へ入れて捻ぢ動かせば、拔けぬといふ事はあるまい、 只の一夜でも或は一時間でも好いから此の鍋を置かせ度い、 置かせるには又皿を(こは)すが近道ではあるが爾う屡々 (こは)しては疑はれる恐れもあるから、 今度は日の暮に牢番の來た時に、(つまづ)かねば成らね樣な所へ其の皿を出して置いた。

計略が圖に當つて、其の晩、 鍋を提げて格子の中へ這入つて來た牢番は果して自分で(つまづ)いて皿を蹴飛ばし再び用ひられぬ樣に碎いて了つた、 彼れは痛く怒つたけれど自分の粗忽らから仕方がない、再び新しい皿を取りに歸らうとするのを友太郎は呼留て 「ナニ故々(わざ〜)皿を取つて來て下さらずとも私は鍋から(ぢか)に戴きますよ」 牢番は土牢の入口を降りたり昇つたりする面倒の助かるのを喜んで「爾うだ鍋の儘置いて行かう」と云ひ、 少しの禍心(わるぎ)も浮べずに立去つた。

此夜友太郎が此鍋の柄を拔いて、仕事の(はか)を行かせた事は今までの二日間にも優つた、 可なり大きな石を、夜の明ける迄に又一つ拔取つた。

夜の明けると共に、石を元の通りに差込み、柄も元の通り鍋へ附けて、 爾して寢臺で壁の穴の口を隱し其上へ寢て居ると、間もなく牢番は新しい鍋に肉汁(すうぷ)を盛て來て 「お前の樣な亂暴な男に皿を充行(あてが)つては置かれぬ、一週間の中に二枚も碎くのだから、 若し外の囚人に此眞似をせられては政府が身代限りをする事にもなる」 眞逆(まさか)に政府の財政を囚人の毀損する皿の爲に影響を受けはせぬけれど、 牢番の懷には確に影響するのだ、皿小鉢の樣なものは總て牢番負擔(ふたん)なのだ、 「此の古い方の鍋を皿の代りに茲へ置切りにするから、サア肉汁(すうぷ)も此鍋へ注いで置くよ」

全く友太郎は神が自分の仕事を扶けて呉れる樣に思つた、 鍋を此處(こゝ)へ置切りに置いて呉れるとは何といふ仕合せであらう、 是れで若し此穴を、壁に盡る所まで掘貫く事が出來ぬなら、其れは誰の所爲でもない、 自分の熱心が足らぬのだ。

此樣に思つて、牢番の來る少し前には其柄を鍋に差して置き牢番が立去れば直に取外して仕事に掛る、 殆ど夜晝の別はない、數日の中に大方自分の身體(からだ)だけ這入つて了ふ程の穴になり、 掘出したセメントは窓から風に飛ばしたち(どぶ)の中に捨たりして、 益々都合よく進んだが、斯うなると此方(こつち)の仕事も向ふへ聞える樣に成つたのか、 向ふは又止めて了つた。

何でも此方(こつち)を疑つて又も控へた事であらう、向ふが控へれば猶更此方(こつち)が早く進んで行かねば成らぬ、 何の樣な人だか知らぬが早く穴と穴とが出合して其人の顏を見たい、 ()しや牢破りの目的は逹し得ずとも二人言葉を交へる事が出來る樣に成れば、 唯ゞ其れ丈けでも何れ程の仕合か知れぬ、又二人の間に何の樣な智慧の出やうも知れぬ。

掘つては又掘り、間斷なく進んだ揚句に、今度こそは鍋の柄の力に、 イヤ人間の力に到底及ばぬ邪魔が出來た、其れは壁の中に鐡板のは入つて居る事を見出したのだ。

鍋の柄が外面(うはつら)(すべ)る許りで少しも傷を附ける事が出來ぬ、 初めは又石だと思つたが能く見ると石ではない、 平たく板の樣に續いた鐡である、知らなんだ知らなんだ、 是程迄の用心を仕てあらうとは、是で何も彼も水の泡だ、 何の樣な道具があつても此ればかりは通す事が出來ぬ、 恨めしさの餘りに推しても見た、叩いても見た、爾して最後には聲を放つて泣いた 「アヽ神よ、神、今まで、空しい望みを起させ、終には成功するものとのみ思はせて置いて、 此の障害に遭はすとは餘りに非道です、殘酷といふものです」 彼れは再び絶食して此世を去る外は無いと、早や前の悲しい決心に歸り掛けた。

けれど其實此鐡板は、其れほど廣いものではない、所々へ横に入つて居るのだから其上か其下を掘れば好いのだ、 爾と氣の附かぬのが不覺である。

殆ど泣入つた友太郎の耳へ、何處からか忽ち人の聲の響きが聞えた、 アヽ鐡板を隔てた向ふからの聲である「誰だ、誰だ、其處で神の御名(みな)を呼んで、 爾して絶望して泣いて居るのは」

確に此身への問ひである。

一時は恐ろしさに震へ上つた、實に穴の中で鐡の分子に響きを傳へて聞える聲は人間の聲とは思へぬ、 物凄い音である、けれど恐れは少しの間で、忽ち燃ゆる程の熱心と爲り、 耳を鐡板に當る樣にして聞いたけれど再び聞えぬ。

何しろ向ふから穴を掘つて居た相手に違ひない、友太郎は神に次いで此人を頼りにして居る、 此人が有ればこそ自分も自殺を思ひ留まり、茲まで穴を掘つて來たのだ 「爾いふ貴方は何方(どなた)です、()う一度何うか聲を聞かせて下さい」 請ひに應じて聲は再び聞えた「お前は誰だ」友「不幸な囚人です」 彼の聲「何處の國の」友「彿國(ふらんす)の」聲「シテ姓名は」 友「團友太郎」聲は獨り言の樣に「フム土牢にでも居るから名高い國事犯者でゞもあるかと思へば一向聞いた事がない、 相手にならぬ俗人か知らん」友「俗人ではない水夫です、水夫です」 殆ど四邊(あたり)を構はずに打叫んだ。


更新日:2003/12/29

巖窟王 : 三三 穴の向ふと此方とで


穴の向ふと此方(こちら)とで鐡板を隔てゝの話は、勿論顏も見えぬ、其人に障つて見る事も出來ぬ、 (やみ)の中での話よりも猶(はか)ないのだ。

向ふも囚人には極つて居るが何の樣な人だらう、自分と同じ樣に鐡板に突當つて絶望して居るのか知らん、 イヤ其聲と物言ひ振の沈着(おちつい)て居る所を見ると少しも絶望はして居らぬらしいと、 樣々の想像が雨霰(あめあられ)の樣に念頭を打つて來る。

けれど何しろ有難い、幾年かの間だか、牢番といふ活た壁に向つての外、 言葉を交へた事のない身が、兎に角も似寄つた境遇の人を語らふのだ。 眞に友太郎は渇した人が甘泉(かんせん)出會(であは)した想ひである。

相手も多分同じ思ひであらうか「お前は何れほど永く此牢に入つて居る」 友「千八百十五年の二月廿八日から」相手「何の罪で」 友太郎「何の罪も犯さぬのに」相手「イヤ何の罪と疑はれて」 友太郎「拿翁(なぽれおん)の島から歸るのを助けたといふ嫌疑を受けて」 相手は痛く驚いたらしい「何だ拿翁(なぽれおん)の島から歸る、では最早、 彼れは帝位から落ちでもしたのか」友太郎「千八百十四年にホンテンブローで捕はれてエルバの島へ流されたのです、 ですが其れをさへ知らぬとは貴方は何時から此牢に居るのです」

相手は問ふ事は好むけれど答へる事は好まぬらしい、 是で見ると友太郎の樣な何の隔ても祕密もない打明けた人間とは違ひ、 思慮綿密で、喜びや悲しみの爲に心の度を外す樣な事の無い一種の英雄では有るまいか、 其の聲にも言葉にも何と無く自然に、尊敬の意を生ずる樣な重味が有る、 「コノ(おれ)か、(おれ)は千八百十一年から茲に居るのだ」 (さて)は自分より四年も前から捕はれて居るのだ、 何うして其の長い年月を辛抱が出來たゞらうと、怪しむと共に友太郎は戰慄した、 世には吾よりも猶ほ上の苦しみを受けて居る人もある、牢を破らうとするのは當り前だ。

相手は何事か考へると見へ暫し無言で有つた末「()う穴を掘るのは見合すが好い」 (さて)は此人は我れを見捨る積りか知らん、其れとも我を疑ふのか、 友太郎「エ、エ」相手「只聞き度いのはお前が掘て來た穴は地から何れほど高い」 友太郎「少しも高くはありません土牢の床と同じ事です」 相手「何うして穴の口を隱してある」友太郎「寢臺を其の入口に當て」 相手「折々寢臺を檢査される恐れはないか」 此問で見れば確に此人は友太郎の不注意から事が露見せぬかと氣遣ふて居るのである、 友太郎「私の入牢以來一度も其の樣な事はありません」相手「お前の(へや)の前は何の樣な所か」 友太郎「石甃(いしだゝみ)の廊下です」相手「其廊下は何處へ出られる」 友太郎「役所の庭へ出るのです」相手は絶望と聞ゆる聲で唯一言「馬鹿め」と叫んだ。

是は友太郎を叱つたのでは勿論ない、自分で自分を叱つたのだらう、友太郎「何事です」

相手「測量が間違つた、出發點で極些細な違ひが、茲へ來て取返しの附かぬ食違ひと爲つた、 折角此の穴を掘つて、同じ土牢の中へ出るとは、エエ、運の盡きだ、 七年來の苦心經營が全く水の泡に成つた」

如何にも悔し相である、()ては此人、七年も此穴を掘つて居たのか知らん、 其れでは定めし遠い部屋から遙々(はる〜゛)と茲まで掘つて來たのに違ひない、 其の揚句に其穴が自分の(へや)と同じ樣な土牢へ出ると知れては、成る程殘念な事であらう、 牢を出やうとの企てが却つて牢へ入る企てと爲つたのである、 其人が齒を噛切(かみし)めて殘念がる樣が何だか目に見える樣な氣がする。

友太郎「貴方は何處へ此穴を掘拔く積りでした」相手「無論牢の外へだ、 初めに二個(ふたつ)の案を立てたが、此方(こつち)の方が確だらうと見込んだのが間違ひだつた、 ()う一つの案に從ひ、掘直す外はない、アヽ更に又七年掛るか、 何うか其間、此身の健康が續けば好いが」

何たる(えら)い決心だらう、七年掛つて掘つた穴を捨て、更に是から七年掛つて別に掘直す積りで居るのだ、 友太郎は是ほど驚いた事はない、更に七年、更に七年、此樣な氣の長い人が人間世界にあるだらうか、 と云つて到底出來る見込のない所だから七年が八年掛つても成るほど掘直す外はないかも知れん、 斯う思ふと()う勇氣も決心も挫けて了つた、友太郎「牢の外の何の樣な所へ掘拔くのですか」 相手「要塞の壁、即ち海の岸にある石崖へ掘拔くのさ」益々驚く可き決心である、 友太郎「海の岸へ掘拔けば、海へ落ちる許りですが」 相手「海より外に逃路(にげみち)があると思ふか」 成るほど海に出るより外には逃げ出る道はない、他の所へ掘拔けば再び捕へられる許りである、 友太郎「でも海へ出て何うします」相手「近邊の島へ泳ぎ附くのさ」

泳ぎに掛けては魚にも負ぬ程の水夫も此勇ましい決心には感服せぬ譯には行かぬ 「貴方は其れほど泳げますか」相手「間違へば溺れる迄さ、土牢より海の中が寢心(ねごゝろ)が宣いだらう」 如何にも一死を賭しての仕事である「贊成です、贊成です」友太郎は打叫んだ。

けれど先方は贊成を請ふ意はないと見える、成る程人の贊成を當にする樣では、 此樣な牢破りは企てられない、相手「お前は是きりで穴を掘るのは止めて了はねば(いけ)ないよ、 覺られぬ樣に穴を(うめ)、追つて(おれ)から何とか沙汰のあるまで靜かに控て居るが好い」 言葉は殆ど命令である。愈々(いよ〜)此身を此まゝ捨てゝ了ふ積らしい、 友太郎「其れにしても貴方は誰ですか、其れ丈を私へ聞かせて下さい」 相手「(おれ)か、(おれ)は爾さ」とて少し澱み「廿七號の客仁だよ」 廿七號、是れぞこれ、典獄からも牢番からも狂人と思はれて居る、梁谷法師である、 友太郎は爾とまでは、知らぬけれど、兎に角廿七號いへば卅四號の我(へや)とは餘ほど離れて居ねば成らぬ、 其距離を茲まで地の底を掘つて來たとすれば一人の力で如何にも七年は掛つたゞらうと、 唯感心を深くする許りである、其れに付けても情ないのは何故此人が此身を信じて呉れぬのだらう、 名を明かす事さへ避け、 此身を見捨てる心に見えるのは何とかして思ひ直させる工風はあるまいかと殆ど情ない樣な氣がした。


更新日:2003/12/29

巖窟王 : 三四 其穴から頭を


暫し友逹に別れるさへ情無く思ふのが人の常だ、 ()して友太郎は、土牢の底に幾年か居て初めて言葉を交へた人に、 早や是れ切り捨てられるかと思へば恨みに堪へぬ。

此人が七年も掛つて、二十七號の(へや)から此三十四號の(へや)の底まで穴を掘て來た苦辛(くしん)と、 其穴の測量違ひといふ事を知つて、猶此上に七年掛つても掘直すといふ勇氣とは、 確に我身の師とも父とも仰ぐに足る人である、我身の自殺の心を飜へさせたのも實は此人、 我身に壁の底を二尺でも三尺でも掘穿つ勇氣を起させたのも矢張此人、 今此人に見捨てられるのは我身の生涯を掻消すにも等しいのだ「貴方は私を疑ふのですか」 と彼れは叫んだ、相手は當惑げに苦く笑ふて居た容子だ、何だか笑ひ聲が聞える樣に思はれる、 友太郎は一入(ひとしほ)聲を(せつ)にして 「私は正直な男です、決して、貴方の企てを牢番に悟らせる樣な事はしません、 何うか手下に加へて下さい、若し此まゝ見捨てられるなら死んで了ふ一方です、 何うか私を死なさぬ樣に! -- 」相手「(おれ)の顏さへ見ずに、 (おれ)を力にするとは可笑いぢやないか、アヽお前は未だ年の行かぬ、 爾だ人を疑ふ心さへない若者だと見えるな、聲も何だか若さうだ、全體幾歳(いくつ)になるのだ」 友太郎「()幾歳(いくつ)になりましたか久しく月日の記録を止めましたから知りませんが、 千八百十五年に捕はれた時十九歳でした」相手「フヽ、其れでは今廿六歳に成つて居るのだ」

十九歳より二十六歳、實に人生活氣の盛りと云つても好い、 其の間を土牢の底に活埋にせられて居たとせば、唯是だけで、 誰とて其の(むご)たらしさを感ぜずにはない、 「アヽ其れでは氣の毒だ」との聲が相手の口から洩れた、爾して引續いて 「十九の歳に捕はれて廿六歳まで世間を見ずか、其れでは未だ浮世の惡い風の爾浸みては居ぬ筈だから正直だらう」 友太郎「決して貴方の爲にならぬ樣な事はしませんから」相手「アヽお前は見も知らぬ(おれ)に泣附いて、 好い事をしたよ、(おれ)は初めから、加擔者を得る積りはないのだから無論お前を捨て置く所であつた、 けれど年を聞いて見ると氣の毒だ、出來るものなら何とか仕やう、()ア氣永く待つて居るがよい」 友太郎「氣ながくとて、何時まで待ちます」相手「(おれ)(とく)と熟考した上で、合圖をするよ」

(とく)と熟考した上で、若しも見捨てるといふ方へ心が飜へられては大變である、 友太郎「何うか貴方が私の(へや)へ來るか(さも)無くば、 私が貴方の(へや)へ參りませう、一緒に逃げ出る事が出來れば此上もありませんが、 ()し出來ずとても互に愛する人の話をしませう、私は話をせずに居る事は()う我慢出來ません、 貴方も定めし人に話し度い樣な懷かしい人があるでせう」相手は又笑つた、 「お前は子供の樣な事を云つて居る、(おれ)には其樣な者は何もない、 全く此世の獨り者だ」友太郎「其れならば猶更ら私を愛して下さい、 貴方が若ければ私は兄と思ひ年取つて居れば父と思つて敬ひます、 私には父がありますけれど、今まで活て居られますやら、其れに又、 妻と極つた女もありましたけれど、今まで私の事を思つて居て呉れます事か、 其れも分らず、今の所貴方の外に愛する人は無いのも同じ事です」 相手「お前の樣に人懷(ひとなつ)こい男は初めてらよ、 仲々面白い、兎に角(おれ)の合圖を待つてお出で」 友太郎「合圖は何時です、先刻も問ひましたが」相手「明日にも」此一語を殘して相手は去つた樣だ、 友太郎は暫く耳を澄した後で穴を出て、其入口を(いつ)もの通り寢臺で隱し 「明日にも」との一語を口の中で繰返して、明日に成つて、愈々(いよ〜)逢はれるならば何の樣な人だらう、 言葉の容子では確に英雄豪傑といふ者に似て居るらしい。

戀人が約束を待つも是れほど心が騷ぎはせぬ、眞に一日の經つのを待ち兼たが、 翌朝食事が濟むと間もなくである、穴の奧から、地を掘る樣な音が聞えた、 是が確に合圖であると、直に其入口に蓋をすてある石を取除け、 中へ身體(からだ)を突込んで見ると、掘つて居るのは多分鐡板の向ふだらうと思つてゐたのに、 爾ではない自分の足の下である、アヽ鐡板を避けて下から掘つて來るのだ。

考へて見ると此土牢は昔武噐を入れた穴倉でゞもあらうか、 地の底へ掘込んで作つたもので前は番人の行通(ゆきかよ)ふ廊下に成つて居るけれど左右と(うしろ)の三方は天然の大地である、 大地に鐡の板のあるのは異樣だけれど土の崩れたるするのを防ぐ爲に此樣にして塗固めたものらしい、 其れだから隣室までの壁の厚さが幾尺あるかも分らず、 今我が足の下で掘つて居る相手は背後(うしろ)の方から斜に茲へ掘つて來て、 今まで何處の(へや)へも出なかつたのだらう、 牢番の足音で考へても廊下が樣々に曲つて居る容子だから廿七號の(へや)は此(へや)から背後(うしろ)の方角に當り遠く背中合せに成つて居ると見える。

此樣に思ふうち其の身の(しやが)んで居る足の下が搖るぐ樣に感じた、 友太郎は身を退て其搖るいだ所を眺めて居ると忽ち土が陷込んで人の出られる程の井戸の樣な穴が出來た、 其穴から頭に續いて肩と手とを出したのは懷かしい彼の相手である、 友太郎は其の肩に手を掛けて牛蒡(ごぼう)拔きに其人を拔き上げて(なかば)抱き(なかば)引摺つて自分の(へや)へ連れ入れた、 眞に彼は只嬉しさに夢中であるのだ。


更新日:2003/12/29

巖窟王 : 三五 己は伊國の法師梁谷だ


(なかば)引摺(ひきず)る樣にして友太郎が、此人を我室(わがしつ)に連れ入つた時の心は、 唯だ懷かしさ、唯嬉しさに、他に何事をも考へる事は出來ぬ、 全く夢中の(さま)で彼れは此人を、窓の所まで引いて行つた 「()ア能く貴方の顏を見せて下さい」

今は夜ではないのだから、幾等穴倉の底でも多少は明るい、 七年間此中に慣れた目には何も彼も能く見分ける事が出來るのだ、 けれど彼れは其上にも能く見んとて窓の所へ引いて行つた、 引かれる人も、此の眞情の溢れる樣な振舞には抵抗し得ぬと見える。

見れば此人、髮も髭も蓬々(ぼう〜)と延びて、 實に友太郎が曾て浮世に居た時に見た事のある人間とは全く違つて居る樣に思はれる、 是で見ると自分とても無論浮世の人とは全く違つたに違ひない。

年は、確に六十、イヤ幾等か其れよりも上に見える、けれど其實は年取つたのではなく艱難の爲に老いたのかも知れぬ、 髮は眞白である、髭髯(ひげ)だけは爾でなく猶若々しい所もあるが殆ど膝に埀れる程の長さである、 身體(からだ)何方(どちら)かといへば先づ小柄の方ではあるが、 骨と筋との逞しい所を見ると、力が強くて如何にも牢破りといふ樣な恐ろしい仕事に()げぬ人とは見て取れる。

友太郎は殆ど此人を放し得ぬ、牢を出られるか出られぬか其樣な事には頓着はない、 唯だ相手の出來たのが嬉しいのだ、而も自分より優る相手、年も知識も剛勇も、 全く自分の師、自分の父と仰いでも好い。「阿父(とつ)さん、阿父(とつ)さん」と彼は叫んだ 「何うか私に阿父(とつ)さんといはせて下さい」

此人は何の樣に感じたのか、其の濃い長い眉毛の底に深く落込んで光つて居る(まなこ)は友太郎の顏より少しも離れぬ、 けれど其光りに嬉しさが籠つて居るか腹立しさゞ籠つて居るかは少しも分らぬ、 唯冷然と靜かなるは物に動ぜぬ鐡心石腸の人と見える、所謂(いはゆ)る喜怒色に現はれぬ者であらう、 喜怒は現はれぬ、けれど決して獰猛の相ではない、慈悲の相だ、惡相ではない、 善人だ、見れば見るほど威もあり恩もあつて自然に尊敬の念が生ずる。

此人は暫くして「分らぬ、少しも土牢の地理が分らぬ、此(へや)(おれ)(へや)より、 少くも一丈五尺は低いのだ」と云つて(おもむろ)に友太郎を推退けて立上つた、 今以て自分の測量の間違ひが心に滿ちて居ると見える、爾して牢中を見廻したが、 此室には二個の窓がある、一個は入口で、(いつ)も牢番が開いて這入つて來る戸の脇に在るのだが、 今一個は横手の壁のズツと高い所に在る、之は窓といふよりも穴である、 (やうや)く人の頭が出る程の大きさしかない上に、 餘り床から離れて居るので幾等延び上つたとて之から外を(のぞ)く事は出來ぬ。

此人は友太郎の寢臺を取つて其の窓の下へ持つて行き、猶ほ其の上へ腰掛臺を載せ、 自分が上つて伸あがり其の窓を(のぞ)かうとした、けれど未だ屆かぬから、 意味ありげに友太郎を顧みた、今まで此人のする事を到底合點し得ぬ樣に、 空しく眺めて居た友太郎は其の意を察して自分が寢臺の上に立ち背を梯子の樣にすると此人は點首(うなづい)て其の背に攀ぢ上つたが、 身の輕い事は輕業師の樣である、爾して凡そ五分間ほど外を眺めた末、 又輕く降りて、「アヽ駄目だ、何處へ何う穴を掘ても此土牢を逃出す事は到底出來ぬ、 未だ神が許して下さらぬのだ」

惆然(てうぜん)として云つたけれど早や斷念(あきら)めて了つたのか、 深く愚痴を(こぼ)す樣な容子もない、友太郎「何故です」相手「此窓が海の方へ向ふて居る事は、 浪の音でも分つて居るが、此の先は總體に巖石に成て居る、 詰り巖石の一部を切割て此牢を作つた樣なものだから海の方へは一寸も掘て行く事が出來ぬ」 此一言は生涯此牢を破る事の出來ぬといふ宣告に等しいのだ、友太郎は落膽の(かうべ)を埀れた。

此人は靜かに寢臺を元の所へ持つて行き今しも自分が此室の這入つて來た壁の穴を(あらた)めて 「イヤ此樣に不細工に取崩しては牢番に悟られる恐れがある、石一個差込める穴があるかないか分らぬ樣にして置かねば、 と云つてもお前は道具がないから是より上の事は出來なんだであらう」 友太郎「ですが貴方は何か道具をお持ちですか」其人「(おれ)は道具を(こしら)へる丈に四年掛つた、 今思ふと丁度道具の出來上つた頃が、お前が此牢へ這入つた時分だつたらう、 其れから今まで七年の間に、五十尺以上穴を掘つた、 (おれ)(へや)から此(へや)まで眞直に測れば凡そ四十尺の距離だらうが屈曲の爲めに十尺以上延びて居る、 斯う掘る事の出來たのも道具のお蔭だ」 如何に道具があるにもせよ七年掛つて五十尺の拔路(ぬけみち)を掘り得たとは唯だ其根氣に驚服する外はない、 友太郎「其れ程の事を成さつて今は()う脱け出る事が出來ぬものと斷念(あきら)めて了ふのですか」 其人「神の意だから仕方がない、神が脱け出す事を許さぬ記しに海の方面を巖石で(ふさ)いである、 神の意に背いて何事が出來るものか」深く敬神の人である事も是で分る、友太郎「道具があつても」 其人「土なら()しや石の樣に堅く成つてゐても少しづゝ掘ることが出來るけれど天然の岩石は掘る道がない、 實際茲へ來る迄に五十尺の中三十五六尺までは殆ど石ほど堅く土が固まつてゐたけれど堅くとも土は土だ、 (おれ)は神の意を疑はなんだが最早如何とも仕方がない」 といひつゝ今の穴の中から何やら道具の樣な物を取り出し「牢の中で、 是より以上の鋭利な道具が出來ようか」と示した、見れば(けやき)の柄の付いた大きな(のみ)である、 世間の(のみ)に比べては、(のみ)と名を付けるさへ恥かしい程だけれど、 土牢の産物としては全く驚く可くである、友太郎「是れだけで五十尺の穴を」 其人「イヤ、外に未だ色々の道具が出來て居る、けれど巖石には叶はぬ」

兎に角にも友太郎の感服は深くなるばかりである、 「牢の中で此樣な事を成さる貴方は全體誰ですか、何うか私を子と思つてお名前を知らせて下さい」 其人は初めて友太郎の眞情を諒したのか、枯木の樣な其顏を、聊か柔げて 「(おれ)伊國(いたりー)の法師梁谷だ」


更新日:2003/12/29

巖窟王 : 三六 何の樣な時節


梁谷法師、梁谷法師、()ては牢番から狂人の樣に聞いたは此の人で有つたのか、 友太郎は思はずも「では貴方が彼の、牢番から -- 」眞逆(まさか)に狂人とは云ひ兼て 「病氣の樣に言觸(いゝふ)らされて居る法師ですか」梁谷法師は聊か笑みて 「爾だ、少し氣骨のある人間が牢に入れば大抵狂人と見做される、 お前も多分は狂人と思はれて此土牢へ降されたので有らうが、成ほど他の凡々の囚人とは違つて居る、 其れ丈が頼もしい」頼もしいとの一語、是れが初めて友太郎の對する同情らしい言葉である、 友太郎は眞に嬉しい、此樣な大人物に、 露ほどでも頼もしく感ぜられるかと思へば自分の地位が幾段も上つた樣な氣がして又も熱心に法師の手を握つた。

法師「お前の樣な若い者を土牢の中へ置くのは如何にも可哀想であるけれども、 神の意だから服從する外はない」友太郎は勇氣が滿ちた樣である 「イヽエ神の意は、我々を救ふて下さるに在るのです、貴方と私とを斯う引合せたのが其の證據です、 之から力を併せて、二人で此牢を出る事に働きませう、貴方一人でさへ茲まで穴を掘たとすれば、 若い私に同じ事出來ぬ筈はありません[、]二人力を合せば、()しや海岸の方は岩で塞がつてゐるにしても、 岩の盡きる處まで掘る事も出來ませう」

梁谷法師は無限の憐みを(おもて)に浮べ「アヽ年の若さといふものは羨ましいものだ、 出來ぬ事まで出來る樣に思つて勇んでゐる」友太郎「何故是が出來ません」 梁谷「地を掘て、其の掘り出した土を何處へ隱す。 第一に其の隱す場所さへないではないか」友太郎は初めて氣が附いた状である、 成ほど土を捨るのに、限りもなく廣い場所がなければ、限りもなく長い穴は、 力が有ても掘る事は出來ぬ、友太郎「ですが貴方は五十尺も穴を掘て其の土を何處へ捨てました」 自分の掘たのは未だ五尺にも足らぬのだから(どぶ)へ投入れても事が濟んだ、 眞に梁谷法師の方は何樣に其土を處分した、 梁谷「(おれ)の居る(へや)には入口に昔の段梯子の樣なものが殘つてゐて其下に隱れて古い井戸と見える大きな穴がある、 (おれ)は土牢へ入つて間もなく其穴を見附たから、初めて脱牢の心を起した、 此古井戸の埋まるまで、外の所に穴を掘れば必ず海岸か何處かへ出られるだらうと、 其れまで其の古井戸のあるのを、(おれ)の逃亡を告げ給ふ神の御心だと思ひ、 其の深さをも測定した上で初めたのだが、今は其の古井戸も(おれ)の入れた土で塞がつて了つた、 ()う一尺の土を入れゝば必ず牢番に見露(みあら)はされる」 成るほど其考へでは如何(どう)ともする事が出來ぬ。

友太郎は當惑氣に考へる間に梁谷法師は言葉を繼ぎ「此の泥阜(でいふ)の要塞は海へ突出た高い岬で、 三方が(こと〜゛)く海だから、何方(どつち)へでも氣永く掘つて行けば海へ出られる、 其中で此方(こつち)へ來るのが最も海へ近いのだから、(おれ)()う遠からず、 出られると思つて居たが此(へや)の間近へ出て岩に當り進むことが出來ぬから其岩を廻る積りで穴を曲げたけれど、 今此の窓から見た容子では其岩が、是から先の全海岸を包んで居るのだから、 何うにも進む事が出來ぬのだ」友太郎「では貴方は、更に反對の方角へ掘直す樣に仰有(おつしや)りましたが」 「法師其れは此の窓に上らぬ前の事だ、上つて見た所では三方ともに皆岩だよ」 友太郎「イヽエ、其れでも反對の方へ穴を掘るのに其の土を何處へ隱すお見込でした」 法「今まで掘つた此方の穴へ入れて了ふ積りであつた」成るほど、簡單な考へである。

「貴方の智慧ならば外にも工夫が有りませう、海岸の方へでなく、役所の庭に方へ掘拔いたら何うでせすか」 梁谷「番兵に捕はる(ばか)りさ」友太郎「イヽエ、夜中ならば番兵が一人か二人しか居ない時もありませうから、 貴方と私との力で番兵を叩き殺して逃げる事が出來ますよ」 梁谷は嫣々(つく〜゛)と友太郎の顏を見て「(おれ)は法師の身だから、 何の樣な場合でも自分の爲に人を殺すといふ事は出來ぬ、人を殺す程ならば自分を殺す」 短い言葉に凛乎(りんこ)とした強い力が籠つてゐる、 友太郎は又嘆服(たんぷく)して梁谷の顏を見上げた、 梁谷「(おれ)が若し人を殺すのを(いと)はぬならば、 (おれ)(とく)の昔伊國(いたりや)の改革を仕果(しおほ)せて居る、 ()しや事敗れて捕縛される時に逢つても捕吏を殺して逃げて了ふ、 其も出來ずに此牢へ入つたとしても、地の下へ穴を掘る必要はない、不意に番兵を襲ひ、 直に殺して其の着物を剥取り、自分が牢番の姿に成つて、番兵の目を(くら)ませて茲を立去ることも出來るのだ」

「成るほど爾です、何で今まで私に其智慧が出なかつたのでせう」 と友太郎は殆ど殘念な樣に叫んだ、梁谷「ソレ其智慧の出ないだけ、 お前は善人に生れてゐるのだ、神の目から見る日には、 人を殺して成功する者よりも自分を殺して失敗する人間が何れほど勝つて居るか知れぬ」 友太郎は初めて此樣な高尚な説教に接した、眞に此人の心は何れほど廣く、 何れほど憐みが深いのだらうと合點の行き兼ねある程である、 「全く其樣なものでせうか」梁谷「お前は感心して聞く丈愈々(いよ〜)見込のある男だ[、] 先づ餘り絶望せずに何事も神に(すが)つて、(おれ)と一緒に、 時の來るを待つが好い」友太郎「土牢の囚人へも時といふものが來ませうか」 梁谷「來るか來ぬかは神の意だから人には分らぬ、一生涯待つ積りでゐる外はない、 お前は昔からの名高い牢破りを知つてゐるか、ビウホード侯爵がビンシーン要塞から逃たのも、 ヂブカイ僧正がレビクの牢を逃れたのも、或はラチウドがバスチル獄を脱け得たのも決して自分丈の力ではない、 熱心に神に(すが)つて爾して油斷もなく事をする者には殆ど人間の信ずる事の出來ぬ樣な好機會を授けて下さる、 お前は(おれ)が一旦は失敗しても長い生涯には何の樣な時節、 何の樣な機會が來ぬとも分らぬ」長い生涯との一語は友太郎が身震ひするほど恐ろしく思ふ所ではあるけれど、 又一方には心の底に、今までにない氣丈夫な所が出來て來た樣に感じた 「何うか私を今から貴方の弟子にして色々の事を教へて下さい」全く此の法師に魅せられて了つた。


更新日:2003/12/29

巖窟王 : 三七 教師と弟子


此人を師とも父とも仰がば、()し脱牢の望みは屆くも屆かぬとも、 何れほど、幸福といふもののない牢の中では幸福であるか知れぬ、 眞に、友太郎は梁谷法師が測量を誤つて此の(へや)まで穴の道を掘つて來たのを天に謝した、 天が猶ほ我が身を見捨て給はぬ知らせである。

是より彼れは梁谷法師の(へや)に行き、梁谷法師を伴ひて我が(へや)に歸りもした、 全く月日の過ごし易くなつたことは何れ程だか分らぬ。

單に穴の道を見た丈でも梁谷法師が世に又とない程の人傑(じんけつ)と云ふ事が分る、 穴の道には廣い所もあり狹い所もある、けれど手製の不充分な道具を以て、 而も牢番の目を忍び掘拔いたものとすれば、()し七年の月日は掛つたにしても唯驚く外はない。

けれど是れよりも更に驚く可きは法師が其(へや)に作つてある樣々の細工物である。

法師の(へや)の中の細工物は今も記憶に存してゐるのみか、博物館に傳はつてゐるのもある、 大抵の讀者が傳へ聞いてゐる所だらうから詳しくは書くに及ばぬが、 其の一二を擧ぐれば、窓から洩る少しの明りを利用して、壁に筋を引き地球の廻轉と循環とを計つて、 毎日晝の中だけは時間が分る樣に成つてゐる、云はゞ一種の日時計とも言ふ可きで、 而も毀れたり停つたりする世間の人の時計よりは確である、 牢の中で何の道具もなしに時計を作るといふ囚人が外にあらうか。

一週に何囘か充行(あてが)はれる肉の中で、少しづつ脂の處を取溜て之で燈油を作り、 夜になると(ひそ)かに(あか)りを點し、其の光りで「伊國(いたりー)統一策論」といふ書を著した、 法師の名が、文學の上に()た政治の上に今以て一段の地位を占めて人に記憶せられてゐるのは此著述の爲である。

尤も牢の中で書を著はした人は外にもあらう、(しか)し紙も筆も墨もなく土牢の中で、 紙も筆も墨も自分で作り爾して書を著はした人は多くはあるまい、 其れも一方に大なる脱牢の企てを行ひつゝである。

無から有を生ずる事は人間に力では出來ぬ事と極つてゐるけれど、 法師の仕た事は殆ど無から有を生じた樣なものだ、墨は室の一方に、 昔の火を()いた跡のあるのを掘返して木炭の混つてゐる黒い土を取り、 日曜の(たび)に一杯づつ與へられる葡萄酒に解かしたのだ、 所々に赤インキを以て註を入れてあるのは自分の手を魚の骨で突いて出した血であるのだ。 紙は、是れも牢番から與へられる手巾(はんけち)肉紾(しやつ)とを割き其の金巾(かなきん)を、 (ぱん)の屑で作つた糊に伸し紙の樣に滑かにしたのである、筆は之も矢張り、 魚の軟骨を削つてペンと同じ形にしたものだ、鵝鳥の羽のペンと大して違ひはない。

斯る細工に用ふる刄物は、古い(かね)の手燭を石で叩いて作つた小刀である、 地を掘るに用ひた(のみ)と同じ原料から出來たのだ、爾して之等の品物を、 壁にある石を拔き取り其の中を掘り凹めて其の穴へ始末してある、 穴は石を元通りに差込めば牢番の目にも見破る事が出來ぬ。

此樣にして(へや)の壁には戸棚とも云ふ可き穴が兩三ヶ所ある、 其一ヶ所から法師が最後に取出し友太郎に示したのは繩の梯子である、 愈々(いよ〜)牢を脱け出る時の用意に作つた事は分つてゐるが、何の原料を以て作つたゞらう、 實は寢臺に張詰てある粗巾(づつく)を剥がし其下に詰てある絲切(いときれ)を取つて編むのだといふ事で、 是れは此法師が此泥阜(でいふ)の要塞へ來る前にアエンステルの牢にゐる時に着手し都合三個の寢臺から少しづゝ取集めて出來たといふ事である。

牢の中にゐてさへ是ほどの仕事が出來るのだから、若し外に居たなら成るほど一國の政府から恐れられたのも無理はない、 けれど法師は友太郎の問ひに答へて云つた、「若し牢へ入らなんだなら、 樣々の事に氣が散るから、却つて凡人に成つて了ふよ、 お前は鐡を打つて見よ、強く打てば火を發するだらう、人間も是だ、 牢の壁で腦力の發散を防ぎ其智慧へ甚く壓力を加へると、常には出ぬ程の熱を出すのだ」 友太郎は此の言葉に感心し「私も智識さへあれば牢の中で幾等か仕事の出來る所であつたかも知れません、 何うか是から貴方の智識を少しづゝ分けて下さい」 法師は好い弟子を得て喜ぶ樣な調子で「分けては遣らうが、 ナニ(おれ)の智識とて爾う澤山はないのだよ、 (おれ)はスパナダ家の祕書を勉めてゐる間に同家の藏書五千卷を、 大抵は目を通したが、其中で實際精讀して爲になると思つたのは十分の一にも足らぬ、 其れ丈は幾度も讀返し、殆ど(こと〜゛)く記憶してゐるが(おれ)智識と云へば唯其れ丈から得たものである、 猶も其中で本統の益になる粹を拔けば二年か二年半でお前に教へて了ふ事が出來る程しか無いのだ」 二年か二年半、今までならば身震する友太郎だけれど、 今は感心の餘りに其の長さに氣が付かぬ状で「(わづか)二年ぐらゐで」 法師「爾さ二年の間、(おれ)が一心に成つて教へ、お前が一心に成つて習へばお前の智識は(おれ)と同じ程になる」 友太郎「では何うか教へて下さい、一生懸命に學びますから」 法師「世の中に居るとは違ひ、牢の中ゆゑ進歩が早い、けれど其の智識の應用と云ふ事は是れは其の人々の才に在る事ゆゑ、 年數に限らない、お前は仲々良い腦力を以て居るのだから充分に應用も出來るだらう」

友太郎の氣質と天性とを能く見拔いて、是より法師は學問智識を、 最も巧に順序を立てゝ教へ初めた、教へらるゝに從つて益々面白みの加はるが學問の常、 教へる方も弟子の進むだけに愈々(いよ〜)張合が出て來るので、 兩個(ふたり)は幾月か殆ど牢破りなどと云ふ餘念のない景状(ありさま)であつた。


更新日:2003/12/29

巖窟王 : 三八 誰を怨めば好いでせう


法師は教ふる中に友太郎が非常の天才である事を見出した、 何うして水夫の樣な勞働者に天が是ほどの良智良能を與へて置いたか、 合點の行かぬ程である、全く一を聞いて十をも百をも知る力があるのだ。

初めに法師が二年掛れば教へて了ふと云つたのは、 實は其より以上の事は到底呑み込み得ぬだらうと思つた爲である、 所が實際教へて見ると、法師が二年に教ふる積りであつた丈の事は半年も掛らずに覺えて了ひ、 猶ほ益々學んで益々深く解する状である爲め、果は歴史から神學哲學の樣な高尚な學問をさへ教ふる事になつた、 之が爲めに友太郎の人柄は一年の後には殆ど別人の樣になり、 水夫とは誰も信ぜぬだらうと思はるゝ迄に至つた。

(しか)し幾等教へても滾々(こん〜)として盡きぬ此法師の學力のも深く感ぜねば成らぬ、 學力(ばか)りでなく智慧の動き方の鋭い事は、友太郎が何を問ふても殆ど星を指す樣に答へる、 決して(あやま)つて外れると云ふ事がない。

此人にならば、我胸の中に、兼て(おほい)なる不審として(わだか)まつてゐる我が入牢の仔細も、 必ず解釋が出來るだらうと、友太郎は此樣に思ひ、或時、話の(ついで)に 「私は是非とも貴方のお考へを願はねば成らぬ事があります、私の入牢は誰を恨めば好いのでせう」 と問出した。

實に(むづ)かしい問である、自分にさへ誰の仕業(しわざ)か分らぬものを、 此法師の知る筈がない、けれど法師は驚かぬ「(おれ)の問ふ丈けの事に(こと〜゛)くお前は返事すれば、 出來る丈け考へて見やう」といひ、是れより友太郎に商船巴丸に乘込中の事から、 婚禮の席で捕はれる迄の事を、 細かく問ひ初めたが(むづ)かしいとはいへ人心の反覆を知悉(しりつく)す人に取つては推量の及ばぬ事柄はない、 早くも法師の疑ひは段倉と次郎との二人に落ちた。

段倉は出世の(かたき)と友太郎を狙ふ可き地位、次郎は戀の(かたき)と友太郎を恨む身である、 爾して密告状の爲めに友太郎の捕まつた事も分つてゐる上は、此二人の中でなくて誰が密告状などを出すものか、 密告状の文句も、蛭峰檢事補に示されて、幾度も讀み返し、其後も心の中で、 絶間なく繰返した爲め、()だ友太郎の記憶に鮮かに存してゐる、イヤ實際友太郎は、 死ぬ時まで此文句を忘れぬだらう、殆ど實物を讀み聞ける如くに、此文句を法師の前に述べたから、法師は、 之に依りて段倉の外に、友太郎の斯る祕密を知る者のない事などを考へ、 猶も段倉と次郎と、力を合せたと認む可き形跡はないのかと問ひ詰めた。

此の問に會つて初めて友太郎は、彼の酒店(さかみせ)で段倉と次郎と毛太郎次と三人、 酒を呑んでゐた樣なぞを思ひ合せ殆ど目が醒めた樣な氣がした、 爾して其の時の三人の有樣より、又三人の日頃の振舞など自分の知つてゐる丈の事を繰返すと、 法師は猶豫もなく斷言し「では必ず、文筆の逹者な段倉が起草して次郎といふ奴に授けたのだ、 毛太郎次一人が非常に醉つてゐたとはいへば必ず其の事を悟られぬ樣に(わざ)と酒を(すゝ)めたのだ」

成る程爾である、其れにしても此身が裁判の宣告さへも受ずに入牢したのは何の爲であらう、 是は流石の法師も餘ほど頭を惱ます(てい)で有つたが、徐々に蛭峰檢事補が友太郎に對して取調べた時の容子を聞き 「フム肝腎の密書を、お前の爲だと云つて燒いて了つた、ハテナ檢事補に在るまじき事をする、 何でも此の檢事補が怪しいなア」是のみには友太郎は服する事が出來ぬ、 「エヽ此の檢事補が、イヽエ初めから終りまで私に同情を寄せて呉れたのは此の檢事補一人です」 法師「サア其の同情を寄せるのが怪しい、檢事補といふ職は、被告に同情など寄せ可きものでない、 同情の底に、深い企計(たくみ)を隱して居たとしか見られぬが、ハテな」 とて又暫し考へて「成るほどお前に手紙を燒いて見せてか、第一に此の所爲が疑はしい、 被告の眼前で其の樣なことをするとは、深くお前の胸に有り難いとの感じを起させる手段だな、 爾して密書の宛名を決して他言せぬ樣に誓はせた。其れでは其の宛名の人を保護する計略か知らん、 シタが宛名は何とあつた」友太郎「野々内」法師「ウム野々内、ヘロン街の革命黨ではあるまいな、 昔隨分名高かつた -- 」

友太郎「其の人です、其の人です確にヘロン街です」法師「オヽ野々内、 (おれ)とは幾囘も文通した男だ、政治上の意見が同じな爲め、 互に國外の同志者と崇めてゐた、彼れを保護する檢事補といへば、若しや -- イヤ其の檢事補の名は何といふ」友太郎「蛭峰檢事補といふのです」

蛭峰と聞くより法師は顏に怒りの色を浮かべ「其の蛭峰が、友太郎、お前を此の土牢へ入れたのだ」 友太郎「其の樣な事はありません、若し私を此の後救ひ出して呉れる人があるなら、 必ず其の人だらうと私は思つてゐます」法師「愚か、愚か、 野々内の名が分れば其奴(そやつ)は自分が免職されるか()なくとも出世の道が絶えるので、 其の手紙をも燒きお前の生涯をも揉み潰したのだ、友太郎、蛭峰は確に野々内の息子だぞ」 友太郎は頭の上に百雷の落掛つた樣な氣がした「エ、蛭峰が」 法師「爾うだ、蛭峰といふのは野々内の母方の姓で、昔は可也(かなり)の名家で有つたが數十年前に其家が絶えて了つた、 公けに蛭峰といふ姓を繼ぐ事の出來るのは野々内の息子より外にない、 多分野々内といふ名高い革命家の姓では、出世の道が覺束ないから、 自分の血筋に名家の姓を傳はつてゐるのを幸ひ、公に其れを名乘る事にしたのだらう、 其樣な人なら、檢事補として大切な證據書類を燒く樣な事もしやう、 書類は燒いても團友太郎といふ活た證據が殘つてゐるから其れを此通り土牢の底へ埋めて了つたのだ」 初めて合點の行つた友太郎は餘りの事で座に堪へぬ、全く顏の色を替へて自分の(へや)へ退いたが、 夜に入つても翌朝になつても法師の(もと)へ顏を出さぬ、 法師は聊か氣遣つて晝過ぎに友太郎の(へや)へ行つて見ると彼は悔しげに頭の毛を掻挘(かきむし)り、 寢臺の眞中に端坐(たんざ)して窓に注いだ(まなこ)をのみ光らせて居た。


更新日:2003/12/29

巖窟王 : 三九 脱獄の再擧


誰を怨んで好いのだらう、今までは自分の(かたき)が分らなかつた。 誰の仕業(しわざ)で此身は、有もせぬ罪の密告を受け、 誰の仕業(しわざ)で裁判も宣告も受けずに土牢の底に埋められたか、 幾等考へても推量が屆かなかつた。

今は梁谷法師の推量で何も彼も(てのひら)を指す樣に分つて了つた、 實に密告者は段倉と次郎である、爾して我を土牢に埋めたのは蛭峰檢事補である、 考へれば考へる丈け其次第が能く分る、愈々(いよ〜)疑ふ餘地のない程に成つて來る。

全く一夜を友太郎は考へ明した、何で今まで此の明白な事柄が分らなかつたのであらう、 實に自分の愚かさが合點が行かぬ、若しも牢に入れられた頃此事が分つたならば、 夜となく日となく天に祈り、今までの中に彼等を(のろ)ひ殺して呉れたものを、 天に口なし天に手無しとはいへ、我が身の斯までの苦痛、彼等の斯までの殘虐が、 如何でか天に通ぜざらんや、祈りては又祈り我が一命を天に捧げて哀願せば、 天は或は火を降らして彼等惡人を燒殺したかも知れぬ、 我が身が受けた丈けの苦痛を彼等に受けさせねば百年千年、我が魂は安まる時がない。

彼れは再び復讐の念を燃やす事には成つた、何うしても此牢を拔出して、 一たび彼等の前に立ち、團友太郎が地の底へ埋められたまゝ終る男でないことを知らさねば成らぬ、 といッて何うすれば此の牢を出られるのか、其れを思ふと又絶望の一方である。

夜も晝も、是よりして彼れは天に祈つた、我が身を此牢より救ひ出し、 此の(あだ)(かへ)さしめ給へ、其れが出來ずば、 (ゆる)い火を天から降らし少しづつ徐々(そろ〜)と彼れ等を燒殺し給へとの祈祷が絶えず彼れの唇頭(しんとう)に懸つてゐた。

(しか)し彼れは、斯る間にも學問は怠らぬ、若しも此願ひが天に屆き、 牢を出られる時が來ても學問が不足では充分に復讎の手段を案じ得ぬかも知れぬ、 案じ得ても行ひ得ぬかも知れぬ、我が身體(からだ)の力、心の力、 智慧の力を總て養つて置かねば成らぬ、肝腎養つた其力を、 用ふる時もなく此牢の中に老死ぬれば何うするだらうとの懸念は彼れの心に浮かび出る餘地がない。

一年、二年、又空しく經て了つたが、其の間に、 何時の頃よりか知らぬけれど彼れの師と頼む梁谷法師の容子が少しづゝ變つて來た、 元は少しも物事に動ぜぬ氣質で喜びも悲しみも人には悟らせなかつたけれど、 次第に心が沈む状が何事に付けても現はれる樣になつた、時々は深い溜息を洩らす事さへある。

(あゝ)此英雄も終に獄中の苦しみに打負けて、(せつ)に身の上の果敢無(はかな)さを感ずるのか知らん、 折があれば脱牢の再擧を説き勸めて見やうかと友太郎が此樣に思ふうち、 或時法師は殆ど獨り言の樣に、イヤ心の底で呟く言葉が我知らず外に洩れた樣に 「エヽ、牢番さへなければ」との一語を發した、友太郎は飛び附く樣に 「我が師よ、我が父よ、牢番や番兵などは、有つてもないと同じ事です、 眞逆(まさか)の時には友太郎が掴み殺して了ひます」 法師は惆然(てうぜん)として「其れが()けぬのだ、何時かもいふた通り、 自分の爲に人を殺す事は神が許さぬ、(おれ)の奉ずる宗教は其の樣な趣意ではない」

話は是だけで止めて了つたが、此後三月ほどを經て法師は突然に「お前は力は強いのか」と問ふた、 友太郎は無言で彼の(のみ)を取り、之を二つに折曲げて、又元の通りに引延ばし 「此通りです、私の腕力は、水夫の中にも疑ふ者がありませんでした」法師は滿足の(てい)で 「お前は何の樣な場合でも決して牢の番人を殺したり又は傷つけて血を流す樣な事を『せぬ』と約束するか」

友太郎は其の意を察して「師よ、吾々は罪なくして此樣に捕はれてゐるのです、 牢を拔出すのは當然です、權利です、其の權利を行ふのに、若し邪魔をする奴があれば、 過日も貴方に教へられた正當防衞です、護衞の者を二人や三人殺すのは、 場合に由り止むを得ぬではありませんか」法師は又歎じて「お前が其の樣な意見では()う斷念する一方だ」 と如何にも落膽の(てい)でいつた、友太郎は眞實の父にでも(すが)る樣に法師の身に(すが)り附き 「許して下さい、師よ、私は唯だ貴方の命の儘に從ひます、 貴方から差圖のない中は決して血を流す樣な事はしません」 法師「では最後の場合に至るとも人に傷を付けぬと誓ひを立てるか」 友太郎「誓ひます、誓ひます」

法師「其れでは最一(もひと)つ企てがある」といひつゝ、彼の襯衣(シヤツ)金巾(かなきん)で作つた紙へ、 手製の墨汁(インキ)で書いた圖面の樣なものを出して示した、能く見れば、 法師の室と友太郎の室とを(もと)にして推量を以て作つた牢の案内圖である、 廊下の屈曲から牢番のゐる所まで(こと〜゛)く記してある、友太郎「是を何うするのです」

法師「(おれ)は此(へや)に居る間は能く分らなかつたが、お前の室の位地を知つてから今まで幾年の間、 日夜唯だ此牢の組織をのみ考へたが今は自分で、目で見た通りに分つて來た、其れで此圖を作つたのだが、 お前の(へや)へ通ふ穴の或點から二尺横へ掘つて行けば丁度夜の番兵の立つ足の下へ逹するのだ、 其處へ大きな穴を開け、落し穴を作つて、爾して(やみ)の夜を待ち、 番兵が立つた所で、下から其の立つて居る甃石(しきいし)を外し、番兵を穴の底へ落し込んで、 直に猿轡(さるぐつわ)()ませ、海岸の方へ逃げて、繩梯子で塀を越えて、 海の水際へ下られる」友太郎は喜んで「直に實行に着手しませう」 法師「實行の手段も其れ〜゛考へ定めてあるが、 其の番兵の陷穴(おとしあな)へ落ちた時、お前は血を流さぬ樣に、 猿轡(さるぐつわ)()ませる事が出來ると思ふか」 友太郎「出來ますとも血も流さねば聲を立てさせません、請合ます」法師「では着手しやう」 相談は直に極つて、此日の暮ると共に愈々(いよ〜)第二の破牢の企てが初められた、 何の樣に成功するだらう。


更新日:2003/12/29

巖窟王 : 四〇 藥を、藥を


番兵の足の下へ陷穽(おとしあな)を掘ることは、是れが實に最後の工夫であらう、 此外には脱牢の手段はもう決してない。

兩人(ふたり)は直に其の夜から着手した、出來揚がるまで凡そ一年餘り掛かる見込である、 二人で一年餘り掛かれば、梁谷法師が一人で五年掛かつた穴の三分の二以上も掘れるだらう。

穴は元の穴の中程から、横の方へ枝の樣に掘つて行くのだ、 掘つた土は今までの穴の廣い所へ積上げもし、又兩人の(へや)の壁から少しづゝ投捨てもし、 猶其の上に乾かせる事の出來る部分は、乾かせて()にして夜風に吹き飛ばさせるのだ、 其の辛苦と氣の長さは仲々話しに成つたものではない。

けれど遂には成功した、實に人の辛抱と云ふものは(えら)いものだ、 尤も是より外に世に出られる見込みがなければ、 全く必死の決心を以て掛かるのだから無理もない、早い(たと)へが蟻でさへ、 可成に大きな穴を一日か二日の間に掘るではないか、兩人(ふたり)は十八ヶ月ほど掛かつたのだ、 但し(さいはひ)な事には、穴の廊下の下へ近づくに連れ、土が幾分(ゆる)くなつて、 お(まけ)に中から古い材木だの釘だの鐡板の屑などが出た、 此の邊は昔何かの爲めに一旦掘返した事の有る所なのだ、 勿論材木は朽ちてゐるし、鐡の類は腐食してゐて、(しやう)も分らぬ程だけれども、 其の中に聊か役に立つ所はある、其等が氣の永い梁谷法師の手に掛かつて、 大鑿(おほのみ)も二挺出來た、繩梯(なわばしご)の端へ、付ける鉤なども頑丈なのが出來た、 兎も角も餘程の便宜と爲つて、末に行くほど仕事が早く運んだ。

愈々(いよ〜)計略が圖に當つて、穴の底へ這入つて見ると頭の上に番兵の足音が聞えるのだ、 穴の天井の樣に成つてゐる甃石(しきいし)一枚を下から外せば番兵は落込むのだ、 何時(なんどき)でも落込せる事が出來る樣に下から木や石を積み上げて支へてある、 支へを外せば直に目的が逹するのだ。

斯うなると實に嬉しい、二人は唯風か雨かの(やみ)の夜を待つ(ばか)りだ、 イヤ是も待つたに及ばぬ、出來揚がつた時が丁度其の樣な(やみ)の夜で有つた、 是れも天の助けであらうと兩人(ふたり)は勇氣が滿々て工事の疲れをも覺えぬ、 別に荷物を用意する必要も無いのだから直に今夜實行とすると云ふ事になり、 先づ友太郎が先に陷穴(おとしあな)の底へ行き、轟く胸を推し鎭めて支への積柱(つみばしら)に手を掛け、 番兵の足が此の陷穴(おとしあな)の天井に乘るのを待つてゐた。

梁谷法師の方は、友太郎の(へや)に置いてある彼の繩梯(なわばしご)を持つて來る爲に茲を去つたが、 其の中に友太郎の頭の上には番兵の足音が遠くから徐々(そろ〜)と聞えて來る、 ()う三分とも經ぬうちに番兵は穴の上に立つ事に爲るのだ、 實に危機一髮とは此時で有らう、此危機一髮の時に(あた)り友太郎の(へや)の方から悲痛な苦痛に叫ぶ法師の聲が聞えた、 實に一種の絶叫である。

何の爲にかは知らぬけれど尋常(たゞごと)ではない、法師の身に何か異變が有つたのか知らんと、 友太郎は驚いて直に自分の(へや)へ引返した、見れば法師が繩梯子を持つた儘で穴の入口に倒れてゐる。

眞暗の中では有るが、法師の發明した獸脂の燈火(ともしび)が聊か燃殘つてゐる。

其れに友太郎は、早幾年か暗い土牢に慣れた上、殊更に暗い穴の中で、夜晝なしに仕事をした爲め、 ()しや眞暗闇の中に於ても物を見る事が出來る程に成つてゐる、 全く(ふくろう)の目や猫の目の樣、少しの光線で物を見る作用が非常に發逹したのだ、 是れらは長く暗い所にのみ働いてゐる人に聞けば分る事である、 坑山の穴の中に(とざ)された人でも二週間經れば薄々物色(ものいろ)を見分けると云ふ事である。

「何うしました貴方は」と云ひつゝ友太郎は法師を抱上げた、 法師は顏に少しの血色も無い、全く冥府(あのよ)の人かとも思はれる、 爾して()術無(せつな)い聲で「イヤ大變な事に成つた、友太郎、 (おれ)()う駄目だよ、持病の發作に逢つたのだ」 友太郎「エ、持病とは」法師「オヽ一種の止動病(てんかん)の樣な(やまひ)だ、 是れが(おれ)の血筋に在るのだ、父も祖父(せんぞ)も是れで死に、 (おれ)も牢に入る一年前に此發作に襲はれたが、其の時は名醫の力で囘復した、 其の醫者の言葉に、體格が確だから事に由ると二度目迄は助かるかも知れぬが三度目は決して助からぬと云はれたが、 今が其の二度目だが最初よりは餘ほど劇しい、何うも助かり相もない」

此の場合に此の病氣、(そもそ)も何たる不幸だらう、()つた今まで冥助を(あた)へて呉れる樣に思はれた天が、 今は見し給ふたのか知らん、友太郎「其の樣な心細い事を仰有(おつしや)つては(いけ)ません、 何が何でも私が助けて上げます」法師「オヽ能ういふて呉れた、 兎も角も(おれ)(へや)まで抱いて行つて呉れ、(へや)には藥が有るのだから」

藥まで持つてゐるとは流石に用心深い人である、けれど友太郎は感心などはして居られぬ、 直に穴の中を引摺る樣にして法師を(へや)へ連れて行き、其寢臺へ上らさうとすると、 法師は益々苦しい聲で「待て、藥は寢臺の足の、掘凹めた穴の中に入つてゐる瓶の儘だから、 其瓶を取り出して呉れ、寢臺を引繰返してだよ」友太郎は手早く其言葉に從つて、 寢臺の脚の裏を(あらた)めると、成るほど木の栓が有つて之を拔くと、 箱の樣に穿つた中に、赤い水藥の入つた小瓶が有る「是ですか」 法師「オヽ其れだ〜、(おれ)の最初の發病を直して呉れた名醫カバニス氏が次の用意だとて呉れたのだ[、] 人に呑ませて貰ふ外には、呑み方の無い藥だ、待て、待て、コレ友太郎、 今に(おれ)身體(からだ)に甚い痙攣が起り、 其の時は(おれ)は自分でも防ぎ切れぬ程の非常な叫び聲を發するに極つてゐるから何うか其時には毛布で(おれ)の口を塞ぎ、 猶も其の上からお前の身體(からだ)で壓付けて、其の聲が洩れぬ樣にして呉れ、 若し洩れたなら牢番のゐる所へ迄も聞え、何の樣な事に成らうも知れぬ」 友太郎「分りました、先づ藥を、藥を」法師「イヤ未だ呑まれぬ、 痙攣と共に其の齒を噛切(かみしば)り、 其の後は全く死人と同樣に身體(からだ)(こは)ばり無論呼吸もなくなつて了ふのだから其時まで待つて呉れ、 爾して全く死人の通りに成つたのを見屆けて、其の上で彼の(のみ)を以て齒と齒を捻開(ねぢあ)け、 此の藥を八滴か十滴、(おれ)の口へ埀らして呉れ、爾すれば或は生返るかも知れぬ、 決して周章(あわ)てゝ、(おれ)身體(からだ)に脈のあるうちに此の藥を飮ませては(いけ)ないよ、 脈の絶えた後でなければ却つて害をなすのだから」といふうちに早全身に強い強い痙攣が初まつた、 爾して全く苦痛の爲めに絞り出さるゝ樣に耳をも(つんざ)く程の叫び聲を發した、 友太郎は今受けた差圖の通り早くも毛布を其口に當て猶も自分の身體(からだ)で其上から聲の洩れぬ樣に壓迫した。


更新日:2003/12/29

巖窟王 : 四一 恩を返す道


實に法師の病は恐ろしいほど劇しい發作であつた、其の叫び聲は、 友太郎が壓迫して牢の外へ聞えぬ樣にしたけれど、 引續いて起つた總身の痙攣は友太郎の力では如何ともする事は出來なかつた。

噛〆めた齒の間から泡を吹き、眼は張裂くかと思はれる程廣がつて、 兩の目の球も脱け出さうに見えたが、顏は一旦紫色になり又青くなり、 手も足もイヤ身體(からだ)中が(こと〜゛)く引絞らるゝ樣に顫へて居たが、 長久しくして鎭まつた。鎭まると共に死人の樣に成つて了つた。

脈もない、呼吸もない、其上に身體(からだ)も冷えて、何うやら硬化(かたま)り掛けて居る容子である、 友太郎は恐ろしさに堪へぬけれど、今が法師の差圖を實行する時と思ひ、 (まづ)(のみ)を取つて、噛切て居る齒と齒との間を捻開け、 瓶の藥を差圖の通りに十滴だけ埀らし込んだ。

是で生返るか知らん、返らぬか知らん、或は藥の呑ませ方が遲過はしなかつたか、 早過ぎはしなかつたかと、樣々の懸念に胸を苦しめ只管(ひたすら)法師の顏をのみ見詰めて居るうち、 大方夜の明け放れる頃となつて、極少しだけれど、青い顏に血色の還つて來る樣に見えた、 引續いて、呼吸(いき)も眞に蟲の息ほどだけれど通ひ初めた、有難い、 藥の效能があつたのだ、此分ならば遠からず全く此世の人に成るのだらうと思ふうち、 早(いつ)も牢番が見廻りに來る刻限となつた。

殘念だけれど暫し茲を外さねば成らぬ、早や土牢の大戸を開く樣な音も聞える、 全く去るに忍びぬ心を以て、友太郎は地の下の穴へ潛り込み、 中から手を出して蓋の石を引込んで、成丈出入口の分らぬ樣にして置いて我(へや)へ歸つた、 眞に危い所であつた、歸ると間もなく、牢番が戸口から覗き込み、 「ウム、別に異状はないな、では直に食事を持つて來て遣るワ」とて退いた。

食事中の友太郎の心配は(たと)へるに物もない、 早く法師の(へや)へ行つて容子を見たい。

彼れが再び法師の(へや)へ忍んで行つたのは、二時間の後である、 法師は早全く生氣に返つて居る、痛く疲れた樣子ではあるが、寢臺の上で首だけを上げ 「オヽ友太郎か、お前の正直、忠實には唯感服の外はない、我が子、我が子」と打叫んだ、 今まで友太郎は此法師を「父よ」「師よ」と呼んだ事は幾度(いくたび)だか知らぬけれど、 法師は愚痴な人情には感動せぬ氣質で、絶えて「我子」といふ樣な親しい言葉は發しなかつた、 今度ばかりは餘ほど感動したと見える。

友太郎「意外に早くお直り成さつて此んな嬉しい事はありません」 法師「(おれ)()う、お前が此牢を出た事とのみ思つて居た」 友太郎「エ何で其樣な事を」法師「イヤ昨夜直にも逃出される樣に總ての準備が出來て居るのだから、 定めし逃出したゞらうと思つたのさ」友太郎は恨めしげに怒り 「貴方は其れほど私を薄情とお認めでしたか」 法師「イヤ薄情ではない、(おれ)を捨て逃げ行くのが當り前だよ、多年の苦心で、 (やうや)く脱獄の道を開き、牢の中の支柱を一つ(はづ)しさへせば、何も彼も思ふ通りに行く事と爲り、 サア愈々(いよ〜)といふ間際に(おれ)が病氣に倒れたのだもの、 (おれ)に構ふてなど居られるものか、(おれ)は今朝生氣に返り、獨りでさう思つた、 アヽ友太郎は夜前の中に逃果(にげおほ)せたな、 其れにしても(おれ)に藥だけは呑ませて呉れたと見える、 其れだから(おれ)が此通り生返つたのだ、藥を呑ませる間だけでも踏留まつたとは、 實に珍しい親切な男だと實は心で謝して居た」 友太郎「師よ、師よ、貴方は情ない事を仰有(おつしや)る、 私は今日牢番の來る時まで此(へや)に居たのです」 法師「許して呉れ友太郎、お前は實に、此世に二人とない高尚な心を持つて居る、 其れを世の中一般の不人情な人と同視したのは惡かつた、惡かつた」法師は目に涙を湛へた。

友「惡いも何もありません、()ア其樣な事を仰有(おつしや)らずに、 氣を丈夫に持て早く()くお成りなさい、其上で一緒に牢を出ますから」 法師は限りなく失望の調子で「其れが出來ぬ事に成つた。(おれ)は此前の發病の時は、 生氣に(かへ)つて唯だ總身の(だる)いのを感じたに止まつたが今度は半身不隨になつた[、] 右の手右の足が少しも利かぬ」友太郎「では其は」法師「イヤ直る事ではない、 醫師カバニス氏が豫言した、()しや第二の發作の時に命だけは助かるにしても、 身體(からだ)は必ず利かなくなると」友太郎「身體(からだ)が利かねば私が(おぶ)つて逃て差上げます」 と少しも、躊躇も狐疑もせぬ、法師「(おぶ)ふとて、平地とは違ひ、 外へ出れば海を泳いで逃げるのだ、半身不隨の人を背負ふて、何うして泳ぐ事が出來やう、 イヽヤ其れは理論的にも分り切つて居る、何と云つても出來ぬ事だ、 お前は水夫だ、人並外れて泳ぎに上逹して居たとしても、一町と泳がぬ中に溺れるに極つて居る、 一番近い島へ迄も五哩はあるのだから、コレ友太郎、(おれ)は自分の爲にお前を引留めては成らぬ、 今まで一緒に逃げやうと云つた約束は取消すから、お前は一人で逃て呉れ、 イヤ少しも(おれ)を氣の毒とは思ふに及ばぬ、 (おれ)愈々(いよ〜)といふ間際に此樣な事に成つたのも、畢竟は神の御心だ、 神が未だ(おれ)を救ふて下さらぬのだ、(おれ)は神の御心に逆らふては何事もせぬのだから、 コレ何うかお前だけ獨りで逃る事に極めて呉れ」

眞に他事もない頼みである、友太郎は斷乎として「イヤ私は其樣な男ではありません、 死んでも約束に(しが)み附きます、貴方の生きて居る間は、 決して貴方を捨て一人逃る樣な卑劣な事は致しません」 何たる(けな)げな心だらう、法師は全く感極まつて泣いた 「我子よ、我子よ、天がお前の樣な人生に又とない正直者を(おれ)に授けて呉れたのだ、 お前の正直に乘じて、其れでは一緒に止まつて呉れといふには忍びぬけれど、 (おれ)は此恩を返す道がある、ではお前の言葉に甘える、 ナニ(おれ)は此次の第三囘の發病では死ぬるのだから、其時まで茲に居て呉れ」 友太郎「居ますとも、イヤ第三囘の發病には牢の外で逢ふ樣に、 貴方が少しでも能く成れば(きつ)と救ひ出して差上げますよ」 法師「兎も角も氣遣はしいにアノ陷穽(おとしあな)を、 アノ儘に置いては番人が廊下を歩み下に空洞の樣な響きがする爲め怪しんで(あらた)める事に成るかも知れぬ、 お前愈々(いよ〜)(おれ)と一緒に踏留まるとすれば、一時でも彼の穴を埋潰して置かねば成らぬ」

情ない事をいふ、艱難辛苦で(やうや)く掘上げた穴を又潰さねば成らぬとは、 (しか)し如何にも尤もな用心である、友太郎「潰しませう、私は一人で行つて、 爾です、アノ陷穽(おとしあな)に成つて居る部分だけは十時間も掛かれば埋切る事が出來ますから」 法師「では氣の毒だが爾して呉れ、あれが潰れねば安心して居られぬ、其の代り友太郎、 アレを潰し終るまで(おれ)の所へ來るには及ばぬから」 友太郎は心得て退いたが、是より全く此日一日と其の夜一夜を穴埋に掛かつて了つた、 埋るのは掘るより容易だ、一日一夜に潰し終つて又翌日の朝、其の事を知らせに梁谷の(へや)に行き 「()う少しも、足音などで怪しまれる恐れはありません」と云つた、 梁谷法師は徹頭徹尾、友太郎の正直な事を見拔得て 「オヽ友太郎、定めし殘念でもあらう、失望でもあらう、けれど悔んで呉れるな、 (おれ)は其の代り爾うだお前の恩返しに、何百萬と數の知れぬ寶を半分お前に分けて遣る、 其の寶のある所を、直に今茲で教へて遣る」アヽ寶、寶、 此法師が發狂して寶の事を云ふことは兼て聞及んで居たが發病の響きで又も元の發狂に(かへ)つたかと、 友太郎は一方(ひとかた)ならず驚いた。


更新日:2003/12/29

巖窟王 : 四二 金貨にて凡そ二……


法師が寶の事を言出すとは、全く元の發狂に(かへ)つたものに違ひないと、 友太郎は斯う思つて、且悲しみ且憐む色を、我知らず顏の(おもて)に現はした。

早くも法師は其れと見て「オヽ友太郎よ、誰とても其の樣な大金が(おれ)の所有であらうとは思はぬから、 (おれ)が此事を言出せば直に發狂と思ふのは無理も無い、 けれどお前に限つては(おれ)の狂人でない事を能く知つて居るのだから、 眞逆(まさか)(おれ)の言葉を疑ひはせぬだらう」疑ひはせぬだらうとて、 疑はずに居られぬ、病氣前なら兎も角も、病氣の爲に必ず腦の中樞に故障が出來たのだ、 とは明ら樣に爾とは言ひ難いから、友太郎は曖昧に 「ナニも今茲で寶の事などをいふに及ばぬではありませんか、 貴方の病氣が全然(すつか)り直つた上で緩々(ゆる〜)と伺ひませう」 法師「イヤ今の中に急いで云ふて置かねば成らぬ、何時(なんどき)(おれ)が三度目の發病に逢ふかも知れぬ、 若し此事を誰にも誠と思はせる事が出來ずに死ねば全く取返しが附かぬのだ、 (おれ)より外に其の寶のある事を知つて居る者は外に一人もないのだから」

一人も知らぬ寶が世にらう筈がない、愈々(いよ〜)我師は自分の腦の中に浮かべて居る幻影を誠の事と思ひ詰め、 其れを此身に信じさせる所存であるのだ、言ふが儘に其の言葉を聞いてゐては益々幻影が勝を制し、 大した發狂でない容體を眞の發狂にして了ふかも知れぬ。

何とか言葉を設けて此處を外し度い、 外してゐれば其中には幻影が小さく凋んで了ふだらうと只管(ひたすら)立去る口實を案ずるけれど法師は其の暇を與へぬ 「コレ友太郎、お前にまで發狂と思はれては(おれ)は立つ瀬がない、 イヤ發狂なら發狂で能い、さうだ狂人の囈語(うはごと)だと思つて終りまで(おれ)の言葉を聞いて呉れ、 (おれ)は確な證據をまで示して説明するのだから、聞終れば眞逆(まさか)に信ぜぬ譯には行くまい」

言ひ度い丈言はせては大變である、何とか此事を思ひ出しさへせぬ程に忘れさせて了ひ度い、 けれど其の手段がない。

法師「お前まで(おれ)の言葉を信じて呉れぬならば、(おれ)()う絶望の外はない、 絶望して本統に發狂するかも知れぬ」聞くも發狂、聞かぬも發狂、 眞に逃れる道はないのかも知れん。

只管(ひたすら)友太郎が當惑する間に、法師は何處から取出したか、黒い釘の樣な物を取り出し 「()ア兎も角も、之を見て呉れ、(せつ)に願ふから」と友太郎に渡した、 友太郎は其の言葉に背きも成らぬ、詮方(せんかた)なく受取つてよく視ると釘ではない、 古い燻つた紙切を、細かに卷いたものである。友太郎「之を何うするのです」 法師「先づ伸して、中に何が書いてあるか讀んで見ろ」友太郎はヤツとの事で伸ばした、 伸ばしても亦元の通りに卷き縮まらうとするのは多年卷いてあつた爲である、 幾度(いくたび)も伸ばし直して中を見ると、火の中からでも拾ひ上げたのか、 端は燒け(ちぎ)れて、焦げた跡のみ殘つてゐる、 爾して表面には黄色い樣な墨で何か文字が書いてある、明瞭(はつきり)とはせぬけれど其れを讀むと、

「此の寶は……
「羅馬の金貨にて凡そニ……
「の最も遠き……第二の穴……
「……相續人たる……
「彼れ一人の所有に屬することを宣言す

先づ斯の如きもので、切れ〜゛には讀めるけれど、何の事だか少しも意味を爲して居ぬ。

法師「何うだ友太郎」友太郎「私には何事だか少しも分りません」 法師「フム分るまい、初めて讀んだばかりでは分る筈は無いのだが、 (おれ)には能く分つてゐる、(おれ)は此の意味を研究する爲に殆ど畢生の心血を絞り盡した程だから、 (しか)し先づ、事の次第を順に初めから話して聞かさう」いふ折しも廊下の外で不意に牢番の足音が聞えた、 (いつ)もなら牢番の來る刻限ではないけれど今朝梁谷の尋常ならぬ容體を見た爲に故々(わざ〜)見廻りに來たのだらう。

友太郎はホッと一呼吸した、(やうや)く法師の傍を離れ得る時が來た、 牢番の近づかぬ中にと、(あわ)てゝ穴の中へ潛り込み、靜かに自分の(へや)へは歸つたが、 何でも是れ切りで暫く法師の(へや)へ行かぬ樣にして居れば、 自然と法師の腦中の幻影も收まるだらう、直に行つては燃る火を煽り立てる樣なものだからと此日一日は自分の(へや)へ引込んだ儘で居た。

すると夕飯が濟んで少し(ばか)り經た頃に、法師が、利かぬ身體(からだ)を引摺り、 自分の方から友太郎の(へや)へ、穴の道を潛つて出向いて來た、 其の熱心には驚かずには居られぬ、單に腦中の幻影のみの爲ならば、 果して斯まで熱心になる事が出來るだらうか。


更新日:2003/12/29

巖窟王 : 四三 扨て其大金


利かぬ身を引摺て、故々(わざ〜)穴の道を拔けて來た法師の熱心は實に驚く可きものである、 是れが狂人の所爲だらうか。

若し狂人で無いとせば -- アヽ狂人でないとせば、其の一心に信じて居る寶は、 必ず確な證據がある事に疑ひないと、初めて友太郎は此樣に心が動いた。

狂人でなくば實に大變である、智慧分別總て萬人に優れて居る此法師が、 斯う迄に思ひ詰めるとは萬に一つも間違ひのないものと認めねば成らぬ、 狂人だらうか狂人であるまいか。

友太郎は走り寄つて「貴方は能く茲まで來る事が出來ました」といひ、 殆ど初めて法師を此(へや)へ入れた時の樣に、 穴の中から其身體(からだ)を引出して寢臺の上へ(すわ)らせ、 自分は床几を取つて其前に腰を掛けた、 法師「(おれ)が利かぬ身を引摺つて穴の道を拔けて來るのは大抵の事ではない、 お前も是をも、矢張り狂人の熱心と思ふのか」 恨む樣な爾して叱る樣な語氣を帶びて居る、友太郎は唯だ(かうべ)を埀れ 「濟みません」と()びるのみだ。

法師「何も濟まぬ事はない、此通り土牢に入れられて居る法師が、 世に聞いた事もない樣な大金の話しをするのだから發狂と思ふは當然といふものだ、 (おれ)は敢て咎めはせぬ、兎に角も事の次第だけを聞いて呉れ」 今は友太郎も拒む力がない「ハイ伺ひませう」と神妙に身を構へた。

嬉しげに法師は胸を撫でゝ諄々(じゆん〜)と説き出した 「能く聞け、(おれ)が仕へて居た宰相スパダ家といふは其の昔羅馬第一等の金持で、 他國の人さへ金持を形容するにはスパダの樣に富んで居るなどゝいつたものだ、 今でも其の言葉が一種の諺に成つて殘つて居る、其方も定めし聞いたゞらう、 スパダの樣に金持だといふ言葉を」友太郎「ハイ伊國(いたりい)で聞いた事が有ります」 法師「今から三百餘年前即ち千四百九十八年である、當時の法師ヘンリ八世と有名な該撒(しいさあ)勃日(ぶるじを)が、當時の困難極まる財政を處理する爲めに此スパダ家の主人を宰相兼大藏大臣に取立てた、 其れが爲にスパダ家は其後代々苗字の上へ宰相といふ語を加へるのだ、 所が其頃は、斯樣な大金持へ官職を送り、爾して陪食を命じて置いて料理の中へ毒を盛り其者を殺し、 其遺産を勃日(ぶるじを)と法師とが沒收した、歴史を讀んだ者は皆知つて居る、 第一に宰相に取立られて毒殺されたのが貴族カプララ、其次がベンチボグリヨ、 三番目がスパダである、お前は是を聞いた事が有らう」

友太郎「ハイ該撒(しいさあ)勃日(ぶるじを)が其の樣な毒殺をした事は小學校で讀んだ羅馬史にも有りました」

法師「所が、スパダを毒殺して直に其遺産を調べた所が、不思議なことには、 其の數知れぬと言ひ傳へられて居る金銀財寶が少しも無い、 イヤ少しは有つたが法王らの豫期した百分の一にも千分の一にも足らなかつた、 無論是れはスパダが前の二人の例を知つて居るから或は毒殺されるかも知れぬと氣遣うて何處かへ隱したのだ、 隱して自分の子孫へ傳へると云ふ計算を運んで置いたのだ、法師等も其れを疑ひ、 直樣スパダ家の書類を綿密に檢査したけれど少しの手掛もない、 果は屋敷を取崩して地の底まで掘返したけれど隱して有る所が分らず、百計盡きて其儘に止んで了つた、 何としたとてない物を取り出す譯には行かぬから其儘に止む外はなかつたのだ」

暫らく法師は息を吐いて「此スパダには男の子が一人あつた、是が後を()ぎ、 其後代々子孫が續いたけれど、終に先祖の隱した金は分らず、唯殘つて居る地面のお陰で、 貧しいながらもスパダ家を支へて來たのだ、 けれど(いづ)れの代の當主も何うか先祖の隱した寶を搜し出し度いと云ふ希望で、 苦しい中から書記を雇ふて、家に傳はる書類を繰返しては繰返し、 此上に詮議の仕やうがないといふ所迄に詮議した、 (まづ)其詮議が凡そ二百年にも(わた)つたゞらうか、 其れでも分らぬから是れも同じく泣寢入とは成つたのだ、所が最後の當主、 即ち(おれ)を書記にして居たスパダは珍しい人傑(じんけつ)で、 政治上にも樣々な働きを現はし、宰相といふ先祖の官名通り本統の宰相の職にも一時は就た程であるが、 此人が政治運動を初める前に又も詮索を初める氣になり、 國中に最も適任の書記を求て遂に(おれ)を採用した、 (おれ)は兼て此人と共々に伊國(いたりや)の統一を企てる協議などもした事があるのだから[、] 若此寶を搜し出せば其の統一論も實行が出來易いと思ひ全く必死の決心で從事した、 尤も(おれ)より前に此寶の詮索に殆ど生涯を委ねた代々の書記が十八人もあつたのだ、 十八人の學者が遂に解釋し得ずに終つた問題を(おれ)に至つて解いたといへば、 學者の自負心も滿足する譯だから、 (かた〜゛)(おれ)は前の十八人の熱心を一身に集めたといふ程の勢で着手した、 勿論誰が考へても、其先祖が大事を取り人に分らぬ樣な隱語で以て何處かへ何とか書記してあるに違ひないのだ、 其隱語を搜し出すのが一つの仕事、搜し出せば其隱語を解釋するのは又一つの仕事、 隨分難題であるけれど書類は一々順序を立て、文字は(こと〜゛)く綴り直して有と在らゆる隱語の原則で解剖し、 數字は(こと〜゛)く順にも逆にも計算し、人間の力の及ぶ丈の仕事は仕盡したが、 (しか)し分らぬ、其れでも(おれ)は失望せぬ、何故かと云へば先祖が毒殺せられる前に、 確に正金のみ(羅馬の金貨で)二百萬圓は有つた筈だといふ事が樣々の計算から分つて來たので、 隱した事が少しも疑ふ餘地のない事に成つて、今の金に換算すれば、 二百萬が凡そ一千五百萬圓ほどに當るのだ、何と、一國の革命を仕果(しおほ)せるに足るではないか、 外に金塊、銀塊も澤山ある筈、其れに珠玉寳石の類に至つては其前の先祖から幾代の間買集めたのが殆ど信用の出來ぬ額である、 其等も一纒めになつて、何處へか隱してなくては成らぬ。

「今云ふと嘘の樣に聞えるけれど、一々歴史が有るのだから信ぜぬ譯に行かぬ、 其れに(おれ)の樣に取調べると、益々其の信念が強くなるのだ、 愈々(いよ〜)さうとすれば、(さて)其の大金、其の寶は、何處へ何うして隱して有るのだらう、 是が分らぬ筈はない」


更新日:2003/12/29

巖窟王 : 四四 一枚の白紙


梁谷法師「サア大金を隱してあるには極つてゐるから、其の所在(ありか)を解釋せねば(おれ)の役は濟まぬ、 (おれ)は義務の心から、政治上の野心から、又學者としての自負心から、 眞に心血を絞る樣な忍耐を以て詮索に從事した、 餘り(おれ)の熱心が甚かつたものだから雇主スパダも感心し、 若し見附出した日には半分を汝に與へるとて確な契約書まで作られた、 けれど到頭見出す事が出來なかつた[、]其中にスパダは病死した。

「病死する數日前に、 自分で病の重い爲め到底助からぬと知つてから更に前の契約を廣くして(おれ)を財産一切の相續人に取極めた、 勿論スパダには妻子骨肉もなし、親類とても遺産や相續に口を出す程の權利のある近い血筋は一人もないのだから、 其身の最も忠實であつた此(おれ)を相續人にする外はなかつたのだ。

「此の樣な譯だから若し先祖の隱した財産が出たならば純然(おれ)の所有に歸するのだ、 ()しや出ぬからとても(おれ)の權利に屬してゐるのだ、 けれどもスパダの死ぬる頃は()う絶望してゐた、 先祖の隱した財産といふのも痴人の夢であつたらうとて病床で苦笑ひをせられた。

愈々(いよ〜)スパダの葬式が濟んで後、計算して見ると家も田地も前々から抵當に成つてゐて、 此儘持續けては利子を拂ふ道もない、 之を若し債主に渡せばヤツとの事で書類庫(しよるいぐら)だけが浮いて出る勘定だから(おれ)詮方(せんかた)なく其通りに運び、 書類庫(しよるいぐら)を自分の假住居(かりすまゐ)として、 不要な書類だけを賣り初めた、賣らねば生活の費用がない、 若し多少の利益があれば其れを旅費に全國を遊説し、政治上の同士を求める積りであつた。

「所が其の前から、(おれ)はスパダと共に過激な政論者とか危險な政治的運動者とか認められ、 樣々の嫌疑を受けてゐたのだから、(うち)や地面や書籍などを賣つた事が愈々(いよ〜)異樣に解釋せられ、 全く一旗擧げる準備の樣に認められたのだ。

「賣り殘した書類の中に、スパダ家の系圖書が一册あつた、或日(おれ)はスパダの生前の知遇に酬ひる爲め、 其の傳を編纂したいと思ひ其の系圖書を机の上に廣げて讀んで居たが、 數日來餘り身心を勞した爲め、其の疲れが出たか、机に(もた)れたまゝ眠つて了つた、 爾して何時間かの後に目を覺して見ると、早夜に入つて室中が眞暗である、 何處に燐寸(マツチ)があるやら分らぬ爲め、 煖爐(すとーぶ)に燃殘つて居る火を反古へ吹附け之で(らんぷ)を點ける積りで、 机の上を探つたが紙もない、今思ふと實に之が大金の所在の分る發端であつた。

「實に友太郎、何の事業でも偶然の助けを得ねば決して出來るものではない、 人間の力は極めて微弱だ、助けがなければ何の樣に努めても失敗に終るのだ、 (さて)其助けを「偶然」とも云ひ、多くの世人は運とも云ふが、 其の運、其の偶然の、中に明かな神の御心が籠つて居る、畢竟するに油斷なく熱心が張り詰めて居ればこそ神が、 偶然に樣に運の助けを送るのだ、油斷のある人間は其の助けを捕へる事が出來ぬ、 空しく來た運を取り逃がすのだから失敗に終るのだ、 (おれ)は机の上を探つても紙がないから、讀み掛けの系圖書を取り上げた、 此の系圖書の初めに、古い白紙が一枚插まつて在る事を兼て見て知つてゐる、 何うして插まつたか知らぬけれど勿論白紙の事だから少しも惜む所はない、 (たゞち)に之を拔き取つて、火の所へ持つて行き、透かして見て愈々(いよ〜)白紙である事を見極めた上之に火を吹附けたが、 火の移つて燃初めると同時に、白紙と思つた其紙に、何やら文字が現はれた。

此時、恰も電光の閃く樣に、(おれ)の腦髓へ一種の(あかり)が差込んだ、 アヽ此紙が祕密の書置である、先祖が用心の爲め、火に(あぶ)れば現はれる一種の魔墨(まずみ)を以て、 此紙へ大金の事を書いて置いたのだ。

(おれ)(たゞち)に其の紙を揉み消した、 此の時の(おれ)の胸の騷ぎ方は、(たと)へ樣のなみ程である、 動悸の音が耳へ響き、暫しは鎭めることが出來なかつた、(おれ)は暗闇の中で神に祈つた、 此の身が幾年も寢食を忘れて搜した事を、神が唯だ一(せき)に知らせて下さつた、 深く其の恩を謝さねば成らぬ、何うか此の白紙がスパダ家の先祖の遺言であれかしと、 全く半時間ほど頭をも上げ得ずに、自然と祈りが口から出た。

祈り終つて、今度は靜かに机の抽斗から他の紙を取り出して(らんぷ)を點した、 爾して今の燃殘りの紙を(あらた)めた、悲しいかな、三分の一は早なくなつてゐる、 けれど殘る部分で判斷の出來ぬ事はない」


更新日:2003/12/29

巖窟王 : 四五 天の口、天の手


紙の燒け殘つた部分の文字で大體の推量は出來たけれど、 猶も(おれ)は紙の廣さや文字の綴りの長短などを計り、 非常な苦心で遂に一字殘らず知る事が出來た、 先づ此の二片(ふたひれ)の紙切を綴合(つぎあは)せて讀んで見ろ」といひ、 法師は紙切二枚を友太郎に渡した、友太郎は左の如く讀み下した。

餘は一四八九年四月廿五日……法王殿下より陪食を命ぜ……られたるも餘はカブララ、 ベン……チボグリヨと同じく毒殺せ……られ我が先祖以來の財産を沒……收せられんことを恐る、 餘の一……子ギドウ、スパダよ、餘が亡き後……にて汝獨りモンテ、クリスト島に行き…… 曾て餘が汝を連れ……行きて示したる彼の巖窟の中……を搜索せよ、 此家の寶一切を……餘……は(ひそか)に彼の巖窟の底に埋め……置けり而して此の寶は先…… 祖以來積來りしものにして羅馬の金貨にて凡そ……二百萬クラウンあり彼の島の東……端なる岩角に上陸し海…… 岸に添ひ左に曲り最も遠き……所に見ゆる最も高き岩の頂きを一直線に眺……めて進まば第一の穴を經て第二の穴…… に逹するは汝の知れる如くなり、金貨の外に生金、生銀、珊瑚、寳石夜光……珠、先祖以來の一切の高貴なる粧飾……品、 美術品等を合せ七個の大箱に……納め穴の中なる地底に埋……もれるなり、 汝の外に餘の遺……産を爭ふ者なしと雖も念の爲餘は宣言す……餘の一子ギドウ、 スパダが餘の相續者なり、餘の遺し……たる財産は總て彼れ一人の所有に屬することを……

讀むに從ひ友太郎は、梁谷法師が決して發狂でなく、其の云ふ寶が、 確な根據に基いて居る事を知つた。實に驚かずには居られぬ、 法師が初めて紙燭に文字の現はれた時に驚いたのと凡そ同じ程に驚いた。 法師「何うだ友太郎、()だ疑ひが殘つてゐるか」 友太郎は詫入る樣に「今まで疑つたのが濟みません」 法師「ナニ疑ひが解けたら其れで好いが -- 」友太郎「シテ貴方は、 此の書を此の通り解讀して其れから何となされました」 法師「直にモンテ、クリスト島を指して出發したのだけれど餘り人目を引いては成らぬから(おれ)は極祕密に出發したが、 其れが却て惡かつた、兼て目を附けてゐた探偵が、(おれ)の出發の仕方を怪しみて、 追掛て來て(おれ)を捕へ、矢張ちお前の場合と同じ樣に大した詮議も加へずに牢へ入れた」 友太郎「其から今まで引續いて -- 」法師「爾さ、未だモンテ、クリスト島に逹せぬ中に捕はれて、 此取りの有樣だから」友太郎「其れは定めし殘念な事で有つたでせう」 法師「(おれ)の殘念は察して呉れ、尤も(おれ)はスパダへ仕へる以前から、 著書や檄文の爲め、極めて過激な革命家だと信じられ、種々重大な嫌疑を受けて居るのだから、 捕まつた時に()う、終身牢に置かれるのだと思つた、 其れだから何うか此の身の自由を買たいと幾度となく此大金の事をいふけれど却つて其れが爲狂人と認められ、 イヤ今思ふと却つて幸で有つたかも知れぬ、狂人と思はれたが爲、お前に此寶を傳へる事が出來るのだ」 友太郎「エ、私に」法師「勿論さ、半分はお前の物だと約束したでは無いか、 (しか)(おれ)は此通り、片腕の全部と片足の一部分が不隨に成つて、 最早牢を脱け出す見込もなく、(おそ)かれ早かれ茲で死ぬるに極つて居るから、 其場合には寶の全部はお前の物だ」友太郎「私の物とて、 私は其大金や寶に對し何の權利もありませんが」法師「ない事はない、 此(おれ)の子ではないか、時々(おれ)を父と呼ぶではないか、 (おれ)がお前を相續人に定めるからお前の權利が生ずるのだ」

土牢の中に居て相續人を定めるとは實に異樣に聞えるけれど、 梁谷は何うしても彼の大金に對し相續人なしには死なれぬと云ふ程に思ひ詰めて居る、 爾して猶も言葉を繼ぎ「()しや相續人に定めぬとても、 主のない寶は見出した人の物になる、(おれ)が死ねばお前の外に之を見出す者はないから、 何が何でもお前の物だ、けれど茲で明かに(おれ)の相續人と定めて置けば、 他日其寶を使ふにも、氣の咎める所がなく、安心して使はれる丈好いだらう」 友太郎は眞に其の眞情を有難く感じた、けれど寶は、何時牢を出られるとも知れぬ身に、 手の屆かぬものである、相續と云ふも名ばかりで謝する張合もない譯だ、 法師は其の心を察したか「コレ友太郎、(おれ)(いつ)も云ふ神意とは茲の事だ、 (おれ)が此牢へ入つたのは、神が(おれ)をお前に逢はせる爲、 お前の此牢へ來た -- のも矢張(おれ)に逢はせ、 お前の手を以て此寶を何かの道に使はせる爲である、 天に口なし人をして言はしむ、天に手なし、人をして行はしむ、 天が今(まさ)に、(おれ)の口を借りお前に寶の所在を教へて居る、 他日お前の手を以て此寶を使はせる神意であるのだ、 (おれ)は斷言して置く、お前は神の助けに依り、此牢を出る樣な時が來る、 其時には成るほど梁谷法師のいつた通りだと思ひ、 寶を何かに使ふといふ神の意が自ら合點が行くだらう、 決して手の屆かぬ寶だと、(あだ)に思ふ場合でない、 神の恩を感じねば成らぬ」深い信仰の心を以て熱心に言聞かされ、 ()ては其の樣なものか知らと、友太郎は我れ知らず(かうべ)が下つた。


更新日:2003/12/29

巖窟王 : 四六 第三囘の發病


實に天が法師の口を借りて我が身に寶の在所(ありか)を教へるのであらうか、 他日我が身の手を借りて其の寶を使はえるのであるか。

斯う思ふと友太郎は何だか、其の身が此土牢へ入れられたのも恨めしくない樣な氣がした、 眞に天の配劑で、我が身が此寶を使ふ人に選び出され、其れが爲に此牢へ入れられる樣な廻り合せに成つたのかも知らん。

愈々(いよ〜)爾とすれば何時、何の樣にして此牢を出られるのだらう、 怪しむさへも何だか夢の樣な氣がせらるゝ。

何にしても法師の半身不隨の直る時までは牢を出る事が出來ぬ、 何うでも此身は一心に法師の介抱をせねば成らぬ、爾うして法師の囘復を天に祈る外には、 此身の用事といふものはない。

此樣に思ひ詰めて彼れは是より只管(ひたすら)に法師を介抱した、けれど無益であつた、 法師の片手、法師の片足は枯果た木の樣である、力の芽を吹く時が絶えて來なかつた。

娑婆では定めし花の咲く春だらう、定めし月の照る秋だらうと、 推量の出來る時候を、又も幾度(いくたび)となく牢の中で經た、 けれども終に逃出す樣な場合は來ず、其の上に生憎、何十年に一度と云ふ監獄の修繕の時が來たと見え、 先年法師と友太郎とで逃路を掘つて置いた彼の廊下の方面が、殆ど地の底から改築せられた、 ()しや法師が囘復して再びアノ樣な逃路(にげみち)を作らうとしても今度は到底見込みがない。

斯うなると月日が長い、最早法師が病氣に成つて以來、二代も三代も經た樣な氣がする、 其間も法師は絶えず友太郎を教育し友太郎の性格を天晴の人物に仕立て上げる事のみを樂しみ、 爾うして合間々々には大金の使ひ道などを、彼れ是れと想像しては語つて聞かせる。

其の言葉に依ると、成るほど二百萬クラウン以上の金を充分に働かせるのは實に六かしいものである、 二百萬の兵を使ふよりも熟練を要するかも知れぬ、其代り又、 之を巧に働かせる時には實に恐ろしい程の大な仕事が出來る、 凡そ人間の範圍に在る目的なら、何の樣な事でも逹せぬものはない樣だ。

友太郎は注意して其の言葉を聞いた、爾うして其の後では、 必ず其の方法を自分の復讐といふ大目的に應用し、是だけの金を、 何う使へば何れ程の復讐が出來るだらうと心の底で研究した。

研究したとて實際に其の研究を行ふ時が來るだらうとは思はぬ、 唯だ彼れ是れ想像して工風する丈でも(せめ)てもの腹癒(はらいせ)である。

復讐の工夫は長い月日の間だから幾樣にも出來た、 殆どあり餘るほど胸に貯へてゐる事には成つた、唯其の工夫を唯の一つも十分の一も行ふ眞似事が出來ぬのが情ない、 (いつ)そ工夫などせぬ方が増か知らと自分でも疑ふ時も有つた。

或夜の事、矢張り此樣な事をのみ思ひ廻して寢臺の上で、 眠りも得ずに夜を更かしてゐると(たちま)ち法師の(へや)の方から、 鋭い叫び聲が聞えた、勿論五十尺以上隔てゝ居るから、 聞えたとても能くは分らぬ、けれど何でも法師の聲に違ひない、 前の發病の時に聞いた絶叫と似た樣にも思はれる、 (さて)は法師の常に恐れる第三囘の發病が來たのか知らんと、 友太郎は枕を蹴る程に起き上り、(たゞち)に法師の(へや)へ穴の道の許すだけ早く馳せて行つた。

果して其通りである、法師の顏は前の發病の時よりも猶優る苦痛の樣を浮べ、 物いふさへも(やうや)くにて「オヽ友太郎、能く來て呉れた、 到頭第三囘の發病が遣つて來た」友太郎「エ、エ」法師「今度こそは助からぬから、 是が(いとま)だ、お前の手を握らせて呉れ」友太郎は氣も顛倒する(ばか)りに 「牢番を呼んで、醫者でも來て貰ひませうか」法師「其樣な事が出來るか、 お前が牢番を呼べば直に穴の道まで覺られて何の樣な目に遭ふか知れぬ」 成るほど其れは爾である「でも何とかせねば」法師「イヤ何としても今度は助からぬ」 友太郎「其の樣な事は有りません、先の病氣にも命を取留る事が出來たのだから、 今度も必ず取り留ます、取り留ます」法師「イヤ前のと違ふ、(おれ)には()う、 命の絶える事が能く氣持に分つてゐる、何としたとて無益だ、 何うか今夜を生涯の分れだと思つて呉れ」友太郎「エ、生涯の分れ -- 貴方に分れては私が只一人、 何うして此の土牢の底にゐられませう、何とかして取留ねば、父よ、父よ、 何とか工夫が有りませう、何うか差圖をして下さい、 オヽ先に用ひた藥が有りませう、未だ十分殘つてゐる筈です」と云ひながら、 法師の寢た儘の寢臺を、片方だけ輕々と持上げて其脚に在る隱し穴から赤い彼の藥を取出した、 法師「何うしたとて無益だけれど其方の念晴しに差圖だけは殘して置く、 先に仕た事と同じ樣に、(おれ)の死に切つた樣になる時を待ち、 今度は十二滴だけ其藥を(おれ)の口に埀らし込んで呉れ、 爾して半時間ほど待、何の效目(きゝめ)も見えぬ時は、 ある丈の藥を殘らず口へ注ぎ込んで呉れ、何うせ無益は無益だけれど」

「無益などゝ其の樣な心細い事をいはずに何でも生返ると言つて下さい、氣さへ確なら必ず -- 」と言葉の猶終らぬうち、 法師の身に大痙攣が初まつて、聲も立てた、(もが)きもした、 先に見た(さま)より何も彼も一入(ひとしほ)劇しく、 全く兩眼も露出(むきで)るかと思はれる樣とは成つたが、(もが)(もが)きに、 叫び叫びて到頭死人と成つて了つた。

其の叫んだ聲は、言葉には成つてゐぬけれえど、最後に友太郎の聞分け得たのは 「大金」「モンテ、クリスト島」といふ語に能く似て居た。

是れ切若しも此の人が死んで了へば何うしやうとの念が友太郎の心に滿ちて又滿ちた、 けれど如何とも仕方がない、差圖の通りに、前の時に行つた通りに、 全く死人の(さま)と爲つて了ふのを待つた、爾して彼の藥を十二滴、 噛〆めた齒を(のみ)で開いて埀らし入れた、けれど今度は何の效能もない。

()う此の上は最後の手段に訴へる一方に最後の手段は藥を殘らず埀らし込むので之で若し效目(きゝめ)がなくば何としやう、 イヤ何とも仕樣がないのだから何でも之で生返らせねば成らぬのだ。

一心込めて神の助けを祈りつゝ、半時間經たと思ふ後に、 瓶の藥殘らずを其の口に注込んだ、前の分量より倍以上もある、 是れが法師の靈に通じたのか、全身に再び強い痙攣を引起し、 又も齒をキリ〜と噛鳴らして兩の目を張裂けるほどに開いた。 (まなこ)に浮かぶ苦痛の(さま)は何とも(たと)へるに物がない、 爾して其の(まなこ)(いたづら)に空を射て光つたが、 幾等靈藥の力でも天の定めた壽命に勝つ事は出來ぬ、目を開いた以上には何の(しるし)もない、 夜の明ける頃に及んで全く冥府の人に成り終つた事が分つた、 友太郎は寢臺の下に轉がつて慟哭した。


更新日:2003/12/29

巖窟王 : 四七 恐ろしい新思案


友太郎が慟哭するのは無理もない、父とも師とも頼む梁谷法師に死なれて、 後は此土牢に唯だ自分一人と爲つて了ふのだ。

()して此法師の、深い慈愛と限りなき智慧とを考へ、 又其死状(しにさま)(いた)ましさなどを考へ合すと泣くより外はないのである。 心の底から浸々(しみ〜゛)と悲しさが迫上げて來る。

けれど泣いてゐられる時ではない、早夜も明けて牢番の見廻る刻限も近いのだ、 見咎められては大變だから、必死の思ひで心を取直し、 先其邊を片附けて、誰にも此(へや)に法師より外に人のゐた事を覺られぬ樣に仕て置いて、 靜かに自分の(へや)に歸つた、此時は朝の七時である。

間もなく牢番が見廻つた、けれど何事もなく立去つた、立去つて更に法師の(へや)を見廻るのだ。 法師の(へや)で牢番が何の樣に驚くだらう、法師の死骸を何の樣に取扱ふだらう、 何だか見屆けずにはゐられぬ樣な心地がする、儘よ忍んで行つて其容子を伺つてや[ら]う。

燈火(ともしび)に引かれる夏蟲の樣な思ひである、 友太郎は再び穴の道に入り、法師の(へや)の直傍まで行つて耳を澄ますと、 丁度牢番が法師の死を知つて驚き叫ぶ所である、 間もなく外の牢番をも呼んで來た、次には典獄をも呼んで來る容子である。

其暇に再び自分の(へや)へ歸り、何氣なく食事を濟せて又も穴の道を今の所まで行つて見た、 間もなく典獄も來て、法師からの使ひで醫師も來た、兵卒も來た、 爾して一同の間に樣々法師の生前の事を噂する聲も立つたが、其中に醫師は法師の身體を(あらた)め終つたと見え 「ハイ典獄全く事切れてゐます」典獄「勿論、事切れといふ事は一目見ても分かつてゐますが、 規則だから何うか死骸の足の(かゝと)へ、赤く燒いた熱鐡を當て見て頂きませう、 爾うして愈々(いよ〜)命の殘つてゐぬ事を確めるのが最後の手續ですから」

醫師「爾するにも及ばぬ程、明白ですけれど規則には從ひませう」 (たゞち)に典獄からの差圖に應じて誰だか一人熱鐡を取りに去つたらしい、 後から又典獄が醫師に向ひ、雜話の樣に「イヤ幾等囚人でも死んで見ると可哀相です、 殊に此の第二十七號は、尤も無害な囚人で、私の赴任以來一度でも苦情をなど言ひ立てた事はないのです、 全く土牢の中に滿足してゐたと見えます、 此樣な囚人こそ()しや五十年牢の底へ捨て置いたとて破牢などの恐れはないのです」 友太郎は典獄の愚さを感ぜぬ譯に行かぬ、醫師「元は過激な革命論者であつた樣に聞きましたが……」 典獄「發狂の爲めに全く氣質が一變したと見えます、此樣な無害なのが死ぬると可哀相ですから成る丈け、 葬るにも新し相な袋へ入れて遣りませう」斯ういつて更に又一人をば、袋を取りに遣つた容子だ。

(さて)は棺に收める代りに袋へ入れて埋めるのだと見える、 其中に前の一人が熱鐡を持つて、次の一人は袋を持つて、共に歸つて來たらしい、 典獄「オヽ一番大きな(こて)を燒いたのか」火花の散るかと思はれる程眞赤に燒けてゐるのだから、 之を當て見れば少しの疑ひも殘りはせぬ、 其の實行は誰が仕てゐるか知らぬけれど(やが)て肉に火を當てた樣な音がして、 引き續いて友太郎のゐる穴の中へまで其の臭氣が傳はつた、 是れで全く法師が此世にない人と極つたかと思へば殆ど斷腸の思ひである。

醫師「最う疑ひはありません、全くの死骸と爲つてゐるのです」典獄は牢番に向つてだらう 「其れであ(たゞち)に此死骸を今持つて來た袋へ入れ、 爾して成規の通り今夜の十二時に(いつ)もの墓地へ(かつ)いで行つて葬つて遣れ」 牢番等は一同で死骸を袋へ入れ終つた樣である、爾して其のうちの一人が問ふた、 「ハイ、夜の十二時まで誰か一人、茲に殘り死骸の番をしてゐませうか」 典獄は笑つた「ナニ番をするに及ぶものか、袋の儘で其の時刻まで(ほう)つて置けば好い」 斯う云つて一同は去つて了つた。

(やゝ)あつて友太郎は又も法師の(へや)へ入つたが、 見れば其の死骸は果して袋に包まれて寢臺の上に横たはつてゐる、 最早此人と我が身とは、幽界(あのよ)明界(このよ)とを隔てゝゐるのだから、 交はる可き道が絶えた、爾すれば此身は再び元の唯一人といふ淋しい境涯に歸らねば成らぬ、 イヤ既に其の境涯に歸つたのだ、アヽ此後の、限りもなく長い月日を何うして獨り送る事が出來るものか、 此身も直に法師の後を追ひ冥府(あのよ)の人と成つて了ふ外はない。

眞に友太郎は、死んで法師の後を追ふ心になつた、生存(いきながら)へて此上苦痛を長くする事は到底耐へ得ぬ所である、 死せば苦痛は其の儘で終るのだ、爾して冥府(あのよ)で法師に逢ふ事が出來るかも知れぬ、 爾うだ死ぬるには茲に隱れてゐて、牢番を一人叩き殺せば好い、 爾すれば死刑に處して呉れるだらう。

殆ど思ひ定めんとはしたけれど、今までに苦心に苦心を重ね、 唯だ牢を出る事をのみ考へてゐた身が何うして本統に死を求める事が出來よう、 殊に死刑といふ死に樣は心持の好いものではない、 イヤ、イヤ、死なれぬ、此の身には未だ復讐といふ負債がある、 再び世に出て此の負債を返さねばならぬ、復讐のみか恩を受けて未だ返し得ぬ場合もあるだらう、 怨と同じく恩をも返して了はねばならぬ、眞實返す事が出來るや否やは分らぬけれど、 (せつ)に法師に教へられ戒められた事もある、 自然に命の盡きる迄は一生懸命に自分の命へ獅噛(しが)み附いてゐねばならぬ。

爾うだ、爾うだ、()だ死んでなるものか、死ぬるのは何時でも出來る事である、 再び死ぬる氣の起らぬ樣に法師の死骸に對し堅い誓ひを立てゝ置かうと、 活た法師に(すが)る樣に其の袋に對し「師よ、父よ、貴方は死んで此の牢を出で、 私は活て此の牢に殘りますが」と言掛けたが、此の時(たちま)ち、 電光の射る樣に、恐ろしい新思案が友太郎の腦髓に差込んだ、 「アヽ何故法師の方は此の牢を出るのだらう、何故我が身は此の牢から出られぬのだらう、 其れは生と死との別である、死人となれば我身でも出られるのだ、 死人と爲つて此の袋の中へ這入つてゐれば牢番が(かつ)いで此身を墓地とやらまで持つて行つて呉れるのだ、 法師の死骸を拔出して其の後へ我が身が這入つてゐたら何うだらう」

(あん)まり恐ろしい考へであるが爲に、自ら思ふて自ら身を震はせた。


更新日:2003/12/29

巖窟王 : 四八 袋の中


友太郎は身を震はせて立上つた、餘まり恐ろしい考へである、 死んだ人に成代つて自分の身を棺の中、イヤ棺同樣の袋の中に入れ、 牢番に(かつ)がれて此の土牢を脱け出るとは、 よしや出來る事であるにしても唯だ思ふだけで戰慄する。

彼れは自分の額へ手を當た、實に腦髓を攪亂(かきみだ)される樣な心地がするのだ、 目が眩んで頭蓋骨も張り裂けるかと思はれる程に頭痛がするのだ、 果して此の思案の行はれる事か行はれぬ事かを考へる力さへない、 空しく(へや)の中を二度三度歩いて廻つた。

爾して何にもせずに何にも云はずに、自分の(へや)へ歸つて來た、 歸つても暫し唯だ胸騷ぎのするのみである、之を能く落附けねば何を考える事もで出來ぬ、 (やが)て彼は寢臺の上に仰向き臥して胸を撫でた、爾して考へられる丈け考へた、 イヤ考へ樣と勉めた。

幾時間かを經たが、唯だ増すものは淋しさである、土牢の中に何の聲も何の音もない、 實に其の靜かさが自分を壓迫(おしつ)ける樣である、 壓迫(おしつ)けて蒸殺される樣な氣がする、同うして此淋しさを(こら)へてゐる事が出來やう、 此後の長い月、長い年、唯物淋しさが増すのみである、何の變化、何の視る物、 聽く物も現はれて來ぬのである、アヽ何が何でも彼の思案を實行せねば成らぬ、 實行する外はない。

卒然立つて彼れは法師の(へや)へ行つた、今は傍目(わきめ)も振らぬ(さま)である、 心に浮かぶ一切の恐れや一切の妄想を、浮かばぬ中に揉消して、 彼の袋から法師の死骸を引出した、爾して之を自分の(へや)へ持つて來て、 (あたか)も自分が寢てゐると見える樣に、自分の寢臺の上に寢かした。

此時は早世の七時を過ぎてゐる、最早牢番の見廻りもないけれど、 ()し見廻つた處で、此身が常の如く寢てゐるとしか思ひはせぬ。

更に其身は法師に(へや)に雪、袋の中に這入つた、 同うやら法師の死骸と見える樣に法師の死骸が在つた通りに、其跡へ横はつた。

(やうや)く思案らしい思案の出來る事になつたのは此袋の中に身を落着けてからである。

典獄の差圖では、夜の十二時に(いつ)もの墓地へ(かつ)いで行つて葬れとの事であつたが、 若し(かつ)いで行く其の途中で、袋の中が死人でなくて生た人だと分つたなら、 何としやう、其の時には直樣中から袋の縫目を切破り、立現はれて牢番を叩き殺して逃げるのだ、 其の用意に彼れは法師の作つた小刀を持つてゐる、實は袋の粗末な事をも見屆け、 隨分切破れる事をも確めてある。

或は途中に無事に行き墓の中へ葬られたら何うであらう、 勿論囚人を埋めるのだから爾う丁寧に深く埋めて厚く土を掛ける筈はない、 埋められた後で、上を跳退け、地の(おもて)へ立現はれて立去るのだ。

若し其れも是も思ふ樣に行かず、途中で現はれて牢番等に叩き殺されるか、 或は埋められた其の穴が深く、上から掛けられた其の土が重くて跳返すことが出來ぬ如き場合には何としやう。

其れこそは此方(こちら)の望む所である、其のまゝ此世の苦痛を終るのだ。

何うしても助かりたいといふ人にこそ失策は有れ、生よりも死を望む身に失策のある筈はない、 失策すれば死ぬるのだから、其まゝ本望が屆くのだ、何う間違つても死ぬるより上の事はないのだから、 即ち自分の目的の逹するより外はあり得ぬのだ、 助かれば好し助からねば猶好しとの兩天秤を掛けた仕事なのだ。

斯う何も彼も諦めを附けて了つた積りではあるが、心の底の(いづ)れにか、 未だ諦め切れぬ所があると見え、思案の定まると共に又も動悸が打ち初めた、 自ら鎭まらうとしても鎭まり得ぬ、眞に身體中に波が打つたのだ、 爾うして額には脂汗が湧いて出る。

或は此身は、袋の中で此まゝ死ぬか知らんとも怪しんだ、動悸の高さと苦しさは全く死際かと思はれる程である、 爾うだ死ぬのだ、必ず法師が此身を導いて呉れるのだと此樣に思つて、 更に死を待つといふ氣に成つた、アヽ、早く死が來れば好い、早く此世を去つて見たいと、 斯う覺悟が定まると共に動悸は止んだ、爾うして其反動であるか、 心も身體も死人の樣に靜かに成つた、全く寂寞と落着いて了つた。

落着き切つた頃である、三人の牢番が松明を照して遣つて來た、 其明りが袋の粗い布の目から洩れて、分かり、爾うして人の影も散々と袋の上へ落ちる。

松明を持つたのが、(いつ)も此の(へや)へ食物を運んで來る奴である、 此奴(こやつ)(まづ)頭分(かしらぶん)だと見え他の二人を差圖してゐる 「サア一人は足の方を、一人は頭の方を、爾だ、爾して()つぐのだ」 聲に應じて二人は袋の兩端へ手を掛けて持上げた、頭の方の一人「痩せた老人にしては仲々重いぞ」 足の方の一人「成るほど重い」


更新日:2003/12/29

巖窟王 : 四九 監獄の墓地


松明を持つてゐる牢番は嘲笑(あざわら)ふ樣にいふた「重いとて知れたものだよ、 お前等が怖氣(おぢけ)だつて、早自分の腰が半分拔掛つてゐるから其れで猶更重い樣に思ふのだ」

此の言葉で、(かつ)ぐ二人は「何の」といふ氣を出したらしい、 荒々しく袋の中の友太郎を持上げて寢臺から擔架の上へ移した、 若し今の言葉がなくして、一同が此の死骸の重いのを怪しんで、 袋の中を(あらた)めでもしたなら何うだらう、其れこそ一椿事が引起る所だつた、 けれど彼等は、勿論袋の中に、法師の死骸より外の物が入つてゐやうとは思ひも寄らぬ、 其のまゝ擔架のの兩端を(かつ)ぎ上げつゝ、甲「時に(おもり)は何うしたんだ」 之は松明を持つた奴が問ふた、(かつ)ぐ奴「茲から(おもり)を付けて行くには及ばぬ、 墓場の邊に置いてあるよ」甲「成ほど其で好い。葬る時に付けるのか」

(おもり)とは何の事だらうと友太郎は袋の中で怪しんだが、 アヽ此奴(こやつ)等の間に定まつてゐる何かの符牒に違ひないと思ひ直した、 間もなく擔架の兩端は上がつた、乙「オヽ松明が爾う早く行つては(おれ)等は暗闇で躓くよ、 石段を上つて廊下の外へ出る迄は緩々(ゆる〜)と行つて貰はねば」 甲「臆病者め、明りが遠くなれば恐ろしいのだな、其樣な事で牢番が勤まるか」

牢番が勤まらねば男でないと思つてゐる樣な口調である、 (やが)徐々(しづ〜)と歩み出して、石段を上つた、 爾して又少し行くと外の夜風の、冷やかに當る事が袋の中にも分かつた、 暫らくすると早や監獄の構内を出たと見え、浪の音も近く聞える。

墓地は海岸に沿ふてゐるとみえる、一歩一歩が浪の音に近くなる、 爾して(かつ)ぐ奴等の足が段々と高い所へ上る樣子だ、 アヽ何でも岬の頂邊(てつぺん)に在るのだな。

樣々に思ふうち、三人の歩みが止まつた、甲「茲で好い、茲で好い」 聲に應じて袋は擔架と共に大地へ置かれた、乙「オヤ確此邊に彼の(おもり)を置いた積りだが、 何れ松明を貸して呉れ探すから」甲「ソレ」といふたのは松明を渡したのだだらう、 松明の其處彼處と振照される樣も分る、其れにしても(おもり)とは何であらう、 此樣に搜す所を見るに確に此身を葬る爲めに、なくて成らぬ品と見える、 アヽ、地を掘る道具へ此奴等が附けてある異名だらう、 鋤か鍬の樣なものに違ひない。

餘つぽど友太郎は、此間に袋を切破つて、逃やうかと思つて、 手に小刀(ないふ)を持つて居るし、イザといへば咄嗟の間に袋を切破る用意をしてゐるけれど、 聊か躊躇した、待つ中には(もつ)と好い場合が來るかも知れぬ。

松明は又も擔架の傍へ戻つて來た、乙「あつた、あつた、之を結び付ければ好いのだ」 とて地上へ何か一物を置いたが全く眞の(おもり)らしい、 置く時にはヅシンと地響きがする樣に聞えた、 其の(おもり)を結び付けるとは何處へ結び付けるのだらう、 疑ふ間もなく袋の上から堅く友太郎の足を縛つた、アヽ(おもり)を足へ結び付けたのだ、 繩目の爲に足が痛い程である。

甲「其れで好い、サア(おれ)が一二三の聲を掛けるから餘つぽど甚く、 振つて惰力(はずみ)を附けねば(いか)ぬよ、 何時かも翌日向ふの岩へ打上げられて甚く典獄に叱られたことがあるから」

何の事だか益々分からぬ、乙丙共に「好し來た」といひ、 擔架の上から頭だけを持上げた。

乙「是れほど此の岬が出つ張つてゐるから眞直に落た所で、水際より餘程先の方へ行くよ」

丙「其れに水際からして、深さの知れぬほど深いのだもの」

(さて)は、(さて)はと、友太郎の心に何だか合點の樣なものが浮び掛けた、 浮んで未だ驚く間もないうちに、甲の奴から號令の聲が掛つた、 「サア一ー、二ー」聲と共に友太郎の身は強く惰力(はずみ)を附ける樣に、 中に振られた、爾して「三アーン」と掛ける聲諸共、其奴等の手を放れて空中に投げられた。

アヽ此泥阜(でいふ)を要塞で墓地といふのは海原の事をいふのだ、 海が即ち監獄の墓地なのだ、爾して葬るといふのは、海に冠さる千仞の崖の上から、 死骸へ重い〜鉛の(おもり)を附けて投落として、 再び浮び上らぬ樣に水底へ沈めて了ふのだ、船員の船で死んだのを水葬するのと同じ事である。

友太郎は袋の中で、其の身が(おもり)と共に、空中を下へ下へと落ちて行くのを感じた、 勿論非常な速力で落ちるけれど餘つぽど崖が高いと見え、 仲々落ちる間が長い、充分に合點して充分に驚く暇が有つた、 彼れは長い叫び聲を落ちる途中で發した、(おもり)を附けての水葬では到底助かる道が無いと知つた、 (やゝ)ありてと揚がる水烟と共に、叫び聲は溺れて消えた、 跡は唯浪の怒る漫漫の海である、何處に沈んだか海の(おもて)一痕(こん)をも留めぬのである。


更新日:2003/12/29

巖窟王 : 五〇 一天墨の如く


千仞(せんじん)の崖の上から海の(おもて)まで落ち着く間の空中で友太郎は自分が水葬せられる事と合點も行つた、 驚きもした、爾うして驚いて叫びもした。

足にも重い重い(おもり)が附いてゐる、海に落れば直ちに沈む一方である、 と云つて沈まぬ工夫は無い。

一旦は沈んでも、直に袋を切破り、(おもり)をも切捨てゝ、 自分の呼吸(いき)の盡きぬうちに水面へ浮び上らねば成らぬと、 此樣にまで考へる暇が有つた、イヤ暇の有つた譯では無い、 必死の危險に腦髓が非常に早く働いたのだ、爾して身體が水の(おもて)に附く迄に、 早彼は袋の中から右の手だけ出し得てゐた。

後で思ふと(おもり)に附いてゐたのが却つて(さひはひ)で有つたかも知れぬ、 (おもり)も無しに落とされたなら、身體を横にして投られたのだから横に水の上に落る所で有つたゞらう、 横に落ては水に打たれて身體が破裂して了ふ、破裂せぬ迄も非常な怪我をするに極つてゐる、 只(さひはひ)に足に附いた(おもり)の爲に引かれた足の方が下に爲り直立して水に入つた、 其の勢は實に凄じい、一時に水面の幾尺下へ落込んで猶ほも底へ底へと、 驚く可き速力で(おもり)の爲に引込まれる、奈落の底まで逹せねば止まらぬのだ、 友太郎は出てゐた右の手で、(まづ)ヤツと袋を掻退け、身體だけを出して、 次には小刀(ないふ)を以て(おもり)を切り初めた、一通りの事では切れぬけれど、 有る丈けの力を盡した爲、終には切れた、切れると共に、 兩の手と兩足で水を踏張る樣にして、水面へ浮かび上つた。

幾等魚ほど泳ぐと云はれた友太郎にしても此丈けの、 間息を詰めてゐる事の出來たのは殆ど不思議だ、 是れが今ホンの一瞬の間も遲かつたなら必ず呼吸(いき)が盡きて水を呑み、 ()しんば水面に浮ぶとも死人と爲る所であつた。

水面に浮かんで二度ほど息をして又底へ潛り込み、一生懸命に水底を泳いだ、 泳いでは浮かぶ浮んでは又泳ぎ凡そ六七囘目に水面に浮んだ時に、 初めて氣が附いて見ると一天墨の如く掻曇つて、風も出てゐる、 何だか暴風雨(あらし)が來かけてゐる樣である、 之が陸の上なら、逃げる身に取り暴風雨(あらし)は何よりも有難いが、 海の上では之が爲に舟さへも覆へされる、牢番の水葬には助かつて、 暴風雨(あらし)の爲に更に水葬せられるのか知らん。

振向いて泥阜(でいふ)の崖を見ると、暗い中に未だ松明が光つてゐる、 何でもアノ牢番等が、友太郎の落る時の叫び聲を聞き異樣に思つて()だ海の(おもて)(のぞ)いてゐるのだ、 (のぞ)いたとて此の闇に分かる事では無い。

けれど友太郎は又潛つた、爾して今度浮んで見ると最う松明は無くなつてゐる、 何だか有難い樣な氣もする、とは云へ此の後は何うして助かる事が出來やう、 何處へ泳ぎ着けば好いのだらう。

兼て梁谷法師と研究した事も有る、のみならず、此邊は幼い時から絶間無く航海した所だから能く知つてゐる、 一番近いのがレトンノー島で、其れに並ぶのがボメーグ島だ、 けれど此の二つの島には人家が有る、泳ぎ着けば直に怪しまれて捕へられる。

何でもチブレン島まで行かねばならぬ、此の島は、島と云ふよりも海の(おもて)に出た大きな巖だから、 人家も無し見咎められる恐れも無い。

人家の無い島へ着いて、後は何うする、何を食ふて餓を凌ぐ、 其の樣な事を考へる暇が無い、何でも泥阜(でいふ)の岬から三哩餘り離れてゐるから、 二時間も泳げば逹せられる、幸ひに風も其方角へ吹いてゐる樣である。

とは云へ眞ツ暗な海の(おもて)で、其島が見えるでは無し、 少しでも方角を取違へれば飛んでも無い事になるのだ、 (まづ)延び上る樣にして四方を見ると、遙彼方に一點の星が見える、 星では無いブラニエルの燈臺で有る、有難や、有難や、是れさへ有れば方角を見違へる事は無いと、 (やうや)くに大體の思案だけ定めて只管(ひたすら)チブレン島を指して泳ぐうちに空は追々に暴初(あれはじ)めた、 叩くは雨、(なぐ)るは風、段々に浪を煽つて、人間の力では泳ぎ切れぬ程になつて來た。


osawa 更新日:2003/12/29

巖窟王 : 五一 チブレン島


死人に代つて獄を出ると云ふ如き大膽な思案を友太郎に起させたのは、 是れが法師の能く云ふた天意では有るまいか。或は法師の靈が此の思案を授けたのでは有るまいか。

山の樣な怒濤に揉まれながらも友太郎の心は、弛まずに神の助けを信じてゐる、 我身を水底に沈まぬだけに支へてゐれば必ず何處かへ流れ着いて助かる事になるだらう、 唯此の樣に思ふて風雨とも浪とも鬪つてゐた。

其の見込は間違はなかつた、彼の力が殆ど盡きて、最早如何とも仕難い頃、 彼は()ある岩の上に打上げられた、此の岩が、即ち彼の目指してゐたチブレン島である。

身體の疲れは一方(ひとかた)で無いけれど、氣が立つてゐるから中々挫けはせぬ、 (たゞち)に岩の高い所まで攀ぢ上り、 (やみ)の中に四方を眺めて方角を案ずるとブラニエルの燈臺の光りに依り茲がチブレン島だと分かる、 目指す島へと着いたけれど、()て此上は何しやう、四方の暗黒よりも、 我身の上の寸前が猶更暗黒である。

雨は()ほどでも無いけれど風と波とは益々激しい、殊に雷鳴さへも加はつた、 兎に角夜の明ける迄と、岩の被さつて蔭と爲つてゐる樣な所を探し茲に身を潛めたが、 間も無く海の(おもて)より、人の悲鳴する聲が聞える樣に感じた。

(もと)より怒濤の間から()くは聞き分られぬけれど、 若しやと思つて再び岩の高い所へ上り、此方彼方と透かして見てゐる間に、 パツと閃く電光(いなづま)が海の(おもて)を隈なく照した、 此光りに分かつたのは茲より五六丁の沖合に一艘の漁船が波に捲かれて(くつがへ)り、 今や(あたか)も二人三人の乘組員が海底へ(さら)へ込まれる所である、 先に聞えた悲鳴の聲は此人々の叫びで有つたのだ。

船をさへ碎く程の浪だから其中へ落ちた人の助かると云ふ事は(とて)も出來ぬ、 再び閃く(いなづま)の光に見れば、海は唯だ山の樣な浪の重り合つて狂ふ(ばか)りで舟も無ければ人も無い、 全く沈溺して了つたのである、殊に友太郎が此岩へ打上げられた時から見ると波の荒れ方が幾倍も強くなつてゐる、 沈んだ人逹は最う此世の人では無いに違ひ無い。

舟に乘つてゐた人々は沈溺して、却て袋に入れて(おもり)まで附けられて、 爾して海底に沈められた人は助かる、實に不思議なものである、 助かるのも人間の力では無く、死ぬるも人間の力で無い之が神技(かみわざ)で無くて何であらうか。

再び岩の蔭に歸つて友太郎は神に謝した、爾して暫らく身を落ち着けてゐる間に、 雨も風も次第に鎭まつて、夜も(やうや)くに明け放れた。

天は昨夜の荒れに似ず青々と晴渡つてゐる、あれ丈の雲、 あれ丈の風が(わづか)數時間の中に何處へ收まつたゞらうかと怪しまれるけれど、 友太郎に取つては却つて不安心である、 日が出て後に若し泥阜(でいふ)の要塞から望遠鏡を以て此島を見れば此身の茲にゐる事まで分るに極つてゐる、 何うか其樣な事の無い中に、通り合す舟でも有れば好い。

けれど浪だけは、昨夜の餘波で()だ荒れてゐた、 三たび岩の上へ登つて四方を見渡しても舟らしき物は見えぬ、 如何とも仕方が無い、早や東の水平線が、日の出る樣に紅くなつた、 最う泥阜(でいふ)の要塞で一切の役人が起きるのに間も有るまい、 起きて若牢番が此身のゐた土牢へ朝飯を運んで行けば直ぐに此の身の逃げた事が分る、 昨夜此の身が崖の上から落とされた時、途中、我知らず驚き叫んだから、 牢番等は其聲を聞て怪しみ今朝は殊更早く法師の部屋から此身の(へや)を見廻るかも知れぬ。

囚人の逃げた場合には、据附けの大砲を放つて塞の(うち)總體へ警報を傳へると聞いてゐるが、 今に其の警報が聞えはせぬか、今に幾艘の小舟が追人(おつて)の乘せて此島へ漕寄せはせぬかと、 樣々に氣遣ふ中彼方に見ゆつ馬耳塞(まるせーゆ)の港口から一艘の帆船が出た、 未だ波の荒いのに出て來る所を見れば、禁制品を取り扱ふ密輸入者の舟でも有らうか、 何にしても有難い、何うか早く聲の屆く邊まで來て呉れゝばと、 只管(ひたすら)其の方を注意するに、幼い頃から水夫で育つた友太郎の目には直に分る、 確にレグホーン港の方へ行く航路を取つてゐるらしい、爾すれば此島からは聲の屆かぬほど遠い所を通るのだ、 何とか此舟を呼び寄せる工風は有るまいかと、 空しく四邊(あたり)を見廻したが是れも天の惠みだらうか此島の一方の水際に何だか赤い物が有る、 是れを取つて目印に、高く差上げて打振ればと思ひ、 直樣水際へ行きて拾ひ上ぐるに水夫の冠る帽子である、 多分は昨夜沈沒した漁船の漕手が被つてゐたものであらう。

之れを取つて岩の上に立ち、船の成るたけ近附いた時、打振り、打振り、 救を求むる合圖をすると船は(やうや)くにして見認たらしい、 針路を此方(こなた)に振向けて、次第々々に近づいた、けれど浪は高し足場も惡し、 船が直接に此島へ着く事の出來ぬのは分つてゐる。

間近くなつた頃を計り、友太郎は今拾つた赤い帽子を冠つたまゝ、其船の所まで泳いで行つた、 高い浪を掻分けて進む手際が一廉(ひとかど)の水夫とは分つてゐる、 爾して船の傍まで行くと船の方から「(えら)い、(えら)い」と聲を掛けて勵まして呉れ、 綱を投げて之れに(すが)らせ、苦も無く救ひ上げて呉れた。

船長らしき一人は、友太郎の姿を見て「ヤ何と云ふ水夫だ、 髮ならば十年に手入れした事の無い樣に伸びて髯の長さが六寸も有るとは」 友太郎は尤もらしく「昨夜の(あれ)で、丁度此處へ沈んだ漁船の船手です、 使ふて下されば充分役には立ちますから、レグホーンまで載せて下さい」 船長「丁度水夫を雇ひたい所だから、腕次第では期限を定めて雇ふても好いが、 何だか氣味の惡い容貌だなア、第一此の髮の毛は何うしたのだ」 友太郎「是れは何です、アノ、少し心願が有つて頭へ櫛や剪刀(はさみ)を觸れぬ事にしてゐましたが、 其れが(やうや)く屆いたから最う何時(なんどき)でも刈込ます」 云ふ折しも泥阜(でいふ)要塞の方に當り、大砲の音が聞こえた、 見れば監獄の屋根の邊に白い煙が一團となつて立上つてゐる、 確に友太郎の逃亡が分かつたのだ、船長は鋭い(まなこ)で友太郎をジツと視詰め 「エゝ泥阜(でいふ)要塞で大切な囚人が逃げたと云ふ警報だぜ、 彼所(あそこ)から逃げる奴は大抵海へ來るに極ツてゐるぜ」疑ふ語調である。


更新日:2003/12/29

巖窟王 : 五二 我姿を鏡に寫した


茲で若し看現(みあら)はされては大變である、友太郎は必死の思ひで、 平氣の色を裝ひ、唯だ「爾ですか」と輕く答へた。

果して此の答へが船長の疑ひを解いたか否やは分からぬけれど、 兎も角も昨夜泥阜(でいふ)の要塞から逃げ出した人の容子とは見えぬ程に沈着(おちつい)てゐた、 其れに船長自身が法律を潛つて密輸人に從事する樣な職業の男だから、 通例の人ほどは逃亡人を(かく)まふてならぬと云ふ感じが強く無い、 逃亡人で有らうが有るまいが、知らぬ顏で雇ひ、知らぬ顏で使つて自分の用を足させればよいのだ。

全く此船は密輸入の船である、船長自身が持主で有つて、 ゼノア府の人だと云ふ事も後で分かつた、友太郎の身に取つては、 外の船に救はれたよりも、此の船に救はれたのが却つて幸ひだつたのかも知れぬ。 餘り法律の目に觸れ度く無い人が、法律の目を避ける船に救はれたのだ。

其れは(さて)置いて、海の人が海の人に親切なのは當然の事とは云へ實に感心す可き程である、 よしや海賊の船で有つても難船の水夫を拾ひ上るに躊躇せぬ、 拾ひ上げれば必ず及ぶだけの手當をする、誰も彼も他日自分が救はれる人になるかも知れぬなどの懸念が有るので、 自ら茲に至るのだ。

間も無く友太郎は着物をも食事をも與へられた、爾して身體の疲れも聊か休まつた頃、 試驗の爲であらう、船の最も大切な舵を任された、 舵に(つか)まる身體の容子で水夫の腕前は直に分かる、 勿論友太郎は幼い頃から舵に(つか)まつて育つた男、 殊に此の地中海の案内は自分の家の樣に能く知つてゐる、 茲で(まづ)腕を見せて暫らくは此船に潛んでゐやうと云ふ氣が有る爲め充分に働いて見せた、 其れに船長が使ふ地中海岸各地の言葉は悉く使ふ事が出來るので、 場合に依り船長の代理も勤まる男と一同に認められた。

船がレグホーンへ着く頃である、友太郎は休み番と爲つたので、水夫の一人に向ひ 「今日は幾日だらう」と問ふた、自分の身が幾年幾月牢に居て、今は幾歳に成つてゐるかそれを第一に知りたいのだ、 梁谷法師が病氣に成らぬ前は年月日とも分つてゐたけれど、 其後は壁の(こよみ)を廢した爲め精密な見當は立たぬ、問はれた水夫は猶豫も無く 「今日は二月の廿八日よ」と答へた、實に不思議と云つても好い、 昔友太郎が森江氏の持船巴丸に乘つて、彼のエルバの島の寄り拿翁(なぽれおん)の將軍から密書を托され、 歸つて馬耳塞(まるせーゆ)へ入港したのと同じ月同じ日である、 友太郎の心には此月此日が刻印の樣に殘つてゐる、友太郎「年は今何年だ」 問はれた水夫「年と問ふ奴があるか、千八百廿九年では無いか」

(さて)は土牢の中で、一日の違ひも無く滿一四年を過ごしたのだ、 入牢が三月の一日で有つた、其時は十九歳の青年で有つたが今は卅二歳と爲つてゐる、 アヽ土牢の中に滿一四年、何うして其樣な辛抱が出來たゞらう、 今思ふと身震ひがする、どれにしてもアノお露は何うしたゞらう、 老た我が父は何うなつただらう、憎い段倉や蛭峰などは何の樣に仕て居るだらうと、 限りも無き感慨が胸に迫る。

愈々(いよ〜)レグホーンへ着き、船長から雇入の約束と共に、 給金の幾分が前貸せられた、實は船長が永く此男を雇ふて置きたいのである、 爾して一時の上陸を許された。

十五年目に、人間の踏む同じ土を踏むかと思へば實に轍の魚が海に歸つた心持にも優るのである、 けれど嬉しさに任せて餘り我が姿を往來の人に見せては何の樣な事に成らうとも知れぬ、 土地の案内は知つてゐるから成るだけ淋しい町を通り、 ()づ着物一(かさね)を買調へ、次に理髮店に入つて髮を刈り髭を剃せた、 是だけで外に用事は無いのだから直に船へ歸らうと思つたが、 其れにしても我が顏我が(かたち)は何の樣に成つてゐるか知らんと、 理髮店の主人に鏡を借り、永年逢はなんだ戀しい人に逢ふ樣な積りで我が姿を鏡に寫した。


更新日:2003/12/29

巖窟王 : 五三 時が來た


鏡に寫つた、友太郎の顏形は、何の樣だらう、牢へ入る前に比べて何うだらう。

十九の歳から卅三歳まで、滿一四年を土牢の中に暮せば、決して容貌が變らずに出て來る事は出來ぬ。

入牢前の彼は、少しも人情の陰險な事を知らず、艱難を知らず、 惡事を知らぬ清淨無垢な玉の樣な少年であつた、顏とても豐に肥えて圓く穩かに、 爾して腹の中が悉くその(おもて)に現はるゝと云ふ樣で、 誰とても之れに向つては心が解けずにはゐられぬ樣な相で有つた。

今は全く違つてゐる、圓かつた顏が長くなり、爾して少しも角の無かつた頬に聊か頬骨が現はれてゐる、 爾して目に縁も元の平で有つたとは違ひ眉の下から凹んだ(まなこ)が落込んだ樣に見える、 是等は痩た爲でも有らうが、痩た許りではない、艱難の爲である、永い間の難行苦行の爲である、 口許なども甚く締つて、何處と無く「決心」と云ふものが現はれてゐる。

友太郎自身は爾も感ぜぬけれど、顏總體に、美しさの代りに凄味が現はれてゐる、 それも惡人の凄味では無い、何うかすると高僧などの顏に在る樣な氣高い凄味で有る、 此顏に永く視詰められてゐれば誰とて(まなこ)を埀れぬ譯には行かぬ。

又身體とても總體に變つて居る、入牢前は未だ充分に發逹せぬ少年の姿勢が失せなんだが、 今は實の入る所には充分に實が入つて、眞に「立派」に成つてゐる、 何方(どつち)かと云へば痩形の方では有るけれども、痩たなりに力が滿ちて、 條鐡(すぢがね)の入つた樣に見える、眞に是が男盛りと云ふものだらうか、 何ものを相手にしても、又何事を引受けても、確に健鬪して行く事が出來相である、 一四年の月日は(あだ)に過ごしたけれど、天與の身體は少しも損害を受けてゐぬので有る、 通常の順序通りに發逹して來たのである。

友太郎は鏡を見終つて心の中に笑んだ、實に變れば變るものである、 誰が見たとて今の我身を昔の團友太郎と思ふものか、 ()しや我父とても、雇主の森江氏とても見違へるに違ない、 許嫁であつたお露とてもイヤお露の事は()あ云ふまい。

髮は刈り髯は剃り、爾して先刻買つた新しい水兵の服を着けて戸外(おもて)へ出ると、 天にも地にも自由の氣が滿々てゐる樣に感ぜられる、 全體人間自由の樂しさと云ふ事は一旦牢に入つた事のある人で無ければ本統に味はふ事が出來ぬ、 何も樂しみに道具立の要るものでは無い、天の高いのが既に嬉しい、 地の廣にのが既に喜ばしい、何より自分の身體が、何處へでも隨意に歩んで行かれるのが眞に是ほど樂しい事は無い、 行きたくば行き、止まりたくば止まる、天に舞ふ鳥、淵に戲れる魚とても、 この自由と云ふより上の樂しみは持つて居ぬ。

身も輕く心も輕く、羽化登仙(うかとうせん)の想ひで船に歸つた、 船長も水夫も、髯蓬々(ぼう〜)(さま)で拾ひ上げた怪物の樣な男が、 斯う立派にならうとは思はなんだので、(いづ)れも風采を見たゞけで尊敬の念を生じた、 確に友太郎は、之を水夫の中に置けば神とも崇められる可きほど氣高い處があるので、 船長は樣々の事を聞いた、幾個(いくつ)の歳から何と云ふ船に乘り、 何處を航海して給料は何れほど得て居たなどと、之れに對して、友太郎は、 成たけ尤もらしく答へた、船長の望みは少くも一年は此船に勤めて呉れと云ふのであつた、 けれど一年は勤められぬ、三ヶ月と云ふ事で承諾した。

勿論長く此船に潛んでゐられる譯では無い、第一にモンテ、クリストの島に行き、 巖窟(いはや)の中の寶を取り出さねばならぬ、第二にはその寶を以て、憎い人、 戀しい人をも尋ね、それ〜゛思ひ定めてある應報に着手せねばならぬ、目には目を酬いよ、 恩には恩、恨みには恨みを歸せ、此れが此身の生涯の仕事である、 神の司どると云ふ因果應報を、自分の手で附與するのだ、生涯を委ねても猶ほ足らぬを恐れる程だから、 無駄に月日を過ごす事は出來ぬ。

三月の中には、幾分も給金が溜るだらい、幾等寶が巖窟(いはや)の中に轉がつてゐるにしても、 素手で取り出す事は出來ぬ。取出すには道具も要る、旅費も要る、 (つゞ)めて云へば其れだけの資本が要るのだ、何しろ此船の奉公が其資本を作るには屈強である。

思案は悉く()まつて、是より此船で、地中海の諸方の沿岸を航海した、 目的(めあて)としてゐるモンテ、クリストの島の附近をも幾度(いくたび)となく航海した、 島の容子は今も昔も變りはない、相變らず岩を疊み上げた樣になり、相變らず、 海の(おもて)(こつ)として(たか)く起り、爾して相變らず無人の島となつてゐる、 昔茲へ隱した寶ならば今以てその儘存在してゐねばならぬ、 此附近を通る度に友太郎は胸の躍る樣な氣がした、梁谷法師の事をも思ひ出し自分が自由を得た有難さを思ひ廻した、 けれど肝腎、何うして此島へ近づくと云ふ方法を思ひ付かぬ、誰れにも疑はれぬ樣に上陸せねばならにのだからと、 人知れず肝膽を碎くうち、早船長の約束の三月の月日も殘り少なく成つたが、好い時には、 都合の好い事ばかり續くものである、地中海に浮んで居る幾艘の密輸船が、何處か無人の島に寄合つて、 獲物分配の會議を開くと云ふ時が來た、爾して其場所、其無人島は、モンテ、クリスト島と定まつた。


更新日:2003/12/29

巖窟王 : 五四 モンテ、クリスト島


(いよ〜)モンテ、クリスト島へ上陸の出來る時が來た、 待てば海路の日和とは此事である、密輸入船の船頭等が會議の爲に此島へ集まるのだから、 誰とて特に友太郎へ目を付ける者は無い、全く友太郎は誰にも怪しまれずに此島へ上陸する事が出來るのだ、 此樣な好機會が、願ふたとて又と來やうか。

船はレグホーンの港から出發するのだ、明日出發すると云ふ前夜は、 友太郎に取つて最も氣の揉める一夜で有つた、愈梁谷法師に教へられた巖窟(いはや)に入る事が出來るかと思へば、 胸のみ騷いで眠るに眠られぬ、巖窟の中から大金を取出して、我思ふ計畫が悉く行はれる樣になれば何うだらう、 それとも若し、巖窟の中に、何かの間違ひで大金が無くなつて居る樣な事は有るまいか、 それから其れと心配も出で希望も出で、心の中は亂れた麻の樣に(もつ)(から)まるのみで有つた、 其中に(やうや)く夜が明け、漸く出發の時とは成つた。

其頃の船の速力は、順風に帆を揚げて、極々輕い早い船が一時間に八ノツトより十ノツトで有つた、 其の速力でレグホーンから、クリスト島まで、凡そ二晝一夜で行かれる、 出帆してから翌日の日の暮に首尾能く島の片蔭に錨を卸した。

他の船は未だ(ちやく)して居ぬ、明朝までに追々着する事であらう。

友太郎は早く上陸したいとの念に堪へぬ、けれど船長から其命令が下らぬから、殆ど待ち兼て船長に問ふた 「我々は何時上陸するのです」船長「船の中で夜を明すより外は無い、 上陸したとて人家も無ければ雨露(うろ)を凌ぐ樣な巖窟(いはや)も無しさ」

氣にも留ずに船長の發する偶然の言葉だけれど、巖窟(いはや)も無しとの一句が甚く友太郎の胸に(こた)へた、 眞に巖窟が無いとすれば巖窟の中の寶とても無論有る筈が無いのだ、 今まで待ちに待ち、樂しみに樂しんだ其寶が梁谷法師の空想に過ぎなんだのか知らんと、 一時は此樣にまで思つたが、イヤ何巖窟はあつても船長が知らぬのだらう、 實は誰にも知られる樣な所へ大金を隱して置く筈が無い、船長の知らぬのは、 却つて大金が今以て無事に隱れてゐる記しだらうと此樣に思ひ直した。

夜の明ける迄に、果して他の船も追々茲に集まつた、 爾して船長から船員一同に上陸隨意を言ひ渡されたのが朝の六時頃であつた、 言ひ渡しに應じて第一に上陸すたのは友太郎である、 此時彼の心地は、昔閣龍(ころんぶす)がサンサルバドルに上陸した時の心地と多くは違はぬ。

友太郎は兼て誰にも怪しまれぬ樣に島内を見廻る爲に、獵銃を買調へて置いた、 上陸すると共に之を肩にし、獵に行くのだと稱して、獨り、島の中の岩山に入り、其姿を隱した、 尤も此島は岩又岩で疊み上げた樣に成つてゐて草木は多くは無く從つて鳥獸も澤山に居ぬけれど、 山羊の類が多少棲息してゐる、其れに餘り銃獵者の來ぬ處だけに、射留る事も難くは無い。

島の一方では盛んに密輸入の獲物分配會議や、交易會議が開かれてゐる、 水夫の多くは其方に氣を取られ、誰れも友太郎の所行には目も留ぬ(さま)である、 其間に友太郎は小山羊一頭を射て持歸り、之れを一同に與へ、後程茲を立つ時に、 料理しては食はうと約束して又去つた。

爾して今度は、彼のスパダの遺言に記してあつた差圖に從ひ、海岸を(あらた)め初めたが、 (いづ)れの岩も苔や海草に蔽はれてゐて、曾て人の通つた跡だらうと思はれる處も無い、 勿論三百年前の事であるから今まで其跡の殘る筈も無いけれど、 肝腎の巖窟と思はしきものが見當らぬのである。

けれど綿密に注意して、漸く岩の處々に昔足場の爲に石を缺いたかと思ふ樣に凹みのあるのに心附いた、 之れとても或は苔に隱れ、或は雜木の根に掩はれなどしてゐるので、 尋ね兼る處もあるけれど、水際の東西に、その凹みが點々と繼續してゐる處を見ると、 天然や偶然とは思はれぬ、アヽ是れが我を導く手掛である、 何處に初まつたかは分らぬけれど、遺言書に從へば多分は島の東端から來てゐるのだらう、 是れを傳ふて行きさへせば、その盡る處が寶のある處に違ひない。

根氣能く尋ねて、終にその點々が()ある雜木の茂りの中へ入つて了つてゐる事を見究めた、 此茂りが、多分は巖窟の入口に成つてゐるのだらう、是を推し分けて進めば、(たゞち)に巖窟が、 或は猶ほも戸の樣な物でもあつて入口を隱してゐるか、(いづ)れにしても、 尋ぬ可きは茲である。

是れまで當りと付けて置けば、此後更に船も水夫も、船長も、 一切の何人も立寄つてゐぬ時に改める事をせねばならぬ、 斯う思案を取極めて茲を去り、再び岩の最高所まで上つて見ると早や午後五時かと思ふ程に日は傾き、 會議も終り、船も多くは去つた後である、爾して我船の水夫等が、草原(くさはら)(つど)て、 先刻與へた山羊を料理し、今や食事を初めやうと云ふ時である、 食事の濟み次第に船に歸つて又茲を出帆するのだ。

水夫等は友太郎の姿が岩の上に現はるゝを見て「早く、早く」と呼び立てた、 彼等は友太郎を此馳走の振舞主と立てゝゐるのだ、 友太郎は呼ばるゝ儘に岩又岩を傳ふて其處で急がうとしたが、 忽ちに足を踏外して凡そ一丈の餘も深い岩の割目の樣な所へ轉げ落ちた。


osawa 更新日:2003/12/29

巖窟王 : 五五 巖窟


友太郎が岩の間に落ちたと見て二三の水夫は(すぐ)に其所に馳せて來た。

見れば落ちて倒れたまゝ起きも得せず、殆ど氣絶した(てい)である、 兎も角も船まで運ばねば介抱が出來ぬとて水夫の一人が抱起さうとした所、 友太郎は苦しげに叫んだ「動かされては骨が碎ける樣に痛むから此まゝ茲へ置いてくれ」

(やが)て船長までも來たけれど如何とも仕方が無い、何分にも身體の痛みが激しい容子で、 身體に手をさへ添へて呉れるなと請ふのである、()ればとて船の出帆が最う差迫つてゐるので、 是非に船までと、船長が繰返して言ひ張つたけれど、友太郎は、 今此身を動かす程なら(いつ)そ一思ひに叩き殺してくれ、 到底船まで運び行かれる苦痛には堪へ得ぬと答ふるのみである。

友太郎一人の爲に船の出帆を延すと云ふ譯には行かぬ、尋常の船ならば兎も角も、 法律と税關吏の目を潛つて商賣する密輸入の船だけに、一刻の間違ひも船全體が拿捕せられる事にもなるのだ、 全く止むを得ぬ次第ゆゑ、友太郎一人を此島に殘して出帆すると云ふ事になつた。

出帆しても七日目には又此沖を通航するゆゑ、其時に茲へ立寄り、 救ふて連れ歸つて遣ると云ふ事になつた、 其れにしては七日間の食物が無くてはならぬからとて(ぱん)と鑵詰の肉などを充行(あてが)ひ、 猶ほも友太郎の請ひに依り、若しも明日にも身體の自由が利く事になれば、 雨露(うろ)の凌ぎに何處かへ穴を掘り救はれるまで其中で寢起きせねば成らぬとて穴掘用の撞木鍬(しゆもくくは)一挺と斧一挺とを、 船から持つて來て授け、爾して船は立去つた。

船が最早一里以上も立ち去つたと思はれる頃、友太郎は(おもむろ)に立ち上がり、 「アヽ何うかして此身唯一人此島に殘り度いと、種々(いろ〜)に口實を案じて居るうちに、 思はず岩の上から辷り落ちたので、自然に屈強の口實が出來たのは幸だつた、 本統に何も彼も、運の神が助けて呉れる樣である」

獨り呟いて岩の上に上り、四方の海を見渡したが、遠い船は早や海の上を飛ぶ鳥の影かと見えるほど小さく見え、 最後に茲を出た自分の乘込船とては大方水平線に隱れ掛けて居る、是ならばと安心して、 前に見た海岸に出で、先づ島の東の端から再び(あらた)め初めるに、昔宰相スパダが此島へ密航して、 多分は船を此所へ隱して繋いだゞらうと思はれる樣な岩蔭の灣も有る、 茲から遺言書に有る差圖通りに辿つて行くと、何うしても先刻見屆けて置いた彼の茂りの所が穴の入口に當るのだ。

此時は既に黄昏の頃とは成つてゐた、けれど怯まず、先づ茂る雜木を推開き、 開き難い所だけを斧を以て切開き、奧へ〜と進み入るに其行き止まりに、太い岩が立つて居る、 是れが何うやら巖窟(いはや)の入口らしい、入口の戸として之を建てゝ有るのだらう。

けれど十人も掛らねば此石が仲々動き相にも無い、若し宰相スパダが獨り茲へ忍んで來たとすれば、 何うして此石を建てたのだらう、右見左見(ともかうみ)眺めたが流石は永く土牢で、 物事の推量にのみ心を委ねた丈け、又智慧逞しい梁谷法師の教を受けた丈に、 間も無く合點する事が出來た、此石は上の方から(すべ)らせて茲まで落したので、 天然の重さを利用した爲に一人の力で茲へ立てる事が出來たのだ、 上下の地形から考へて其事には疑ひを容れる餘地が無い、爾うすれば自分も矢張り其樣な工風が有るに違ひ無い、 宰相スパダとても、此石を獨りで建てた上に、又獨りで取退けもし、幾度も茲へ來たものだらうから。

斯う思つて又も智慧を絞つたけれど終に其の工風が浮かばぬ、 其うちに日も全く暮れたから一夜を此石の蔭で、考へつゝ明したが、夜開けて後聊か心に浮かぶ事が有つた。

此朝も第一には岩の上に登り、此島に人も居ず又近海に船も無い事を見定めて置いて、 彼の巨石(おほいし)周圍(まはり)を掘つて見た、 果して其の一方に一個の(やゝ)平偏(ひらつた)い石を栓とも楔とも云ふ可き樣に()め込んである、 是で以て石の一方の重みを支へて居るのだ。

勿論年經た事で有るから、巨石(おほいし)と楔石の間を隱す爲に掛けた土には草も生え苔も蒸し、 別々の石とは見えぬ樣に成つて居る、 けれども若し此楔を拔取る事が出來れば巨石(おほいし)は自然に此方(こつち)へ傾いて何處かへ人の入られる程の隙間が出來るに違ひ無い。

とは云へ下の石には上の巨石(おほいし)の重さが加はつて居るのだから矢張ち一人で拔取る事が出來ぬ、 若し火藥で以て破裂させては何うだらうと思ひ、試みたが、 石へ火藥を入れるだけの穴を穿つ道具が無いから充分の奏功は無い。

今度は手頃の槍を切つて之を(てこ)にした、爾して楔石の周圍(ぐるり)の土を掘退けて、 最早好からうと思ふ頃、之に(てこ)を當て、捻動(ねぢうご)かしたが、 此方は幾分の功が有る。

幾度(いくたび)か掘つては、又幾度(いくたび)(てこ)を當て、少しづつ、 楔の石を動かして、終に其身の力が最う此上には續かぬと云ふ頃になつて漸く楔石を外し得た、 之の外れる迄に巨石(おほいし)も少しづゝ、少しづゝ傾いたが、 終には見込通り上の方へ人の這入れる丈けの隙間が出來た。

石の上に登り、其隙間を(のぞ)いて見ると中は果して岩穴である、一四年の間土牢の暗さに慣れた彼の目には、 穴の中が暗くとも大抵は分るけれど、存外穴の中が暗くないのだ、何處からか明りの差込む所が有る樣に思はれる、 其れに巨石(おほいし)の裏が攀ぢて上り下り出來る樣な形である、是れで先づ目的の第一歩は逹した、 此後は穴の中に入り寶の有無を(あらた)めるのみである。


更新日:2003/12/29

巖窟王 : 五六 巖窟の祕密


確に此岩は、楔の作用で、傾けて其隙間から中へ這入り、出た後で又楔を食ませて直立させ、 其隙間を(ふさ)ぐ事にして有つたものらしい、若し相當の道具で持つて來れば最も能く隙間を開ける事は出來る。

けれど此上隙間を大きくする必要は無い、 自分の身體だけ這入れば好いのだが友太郎は彼の撞木鍬(しもくくは)を持つたまゝ中に這入つた、 此中に這入つて見ると、此のモンテ、クリスト島の組織が分る、 全く岩と岩とが重なり合つて出來た島で、岩の間に空氣の通ふ空隙が有る、 茲から(のぞ)けば空も見える光線(ひかり)も茲から射込むのである、 併し是れは未だ眞の巖窟(いはや)では無い、巖窟の入口たるに過ぎぬ。

少し奧の方へ行くと、穴が盡きて行き留りに成つて居る、何だか寶を隱すには淺過ぎる樣な氣がする、 生金(せいきん)ばかりも羅馬の金貨に換算して二百萬クラウントと云ふのだから、 其の呼聲だけで考へても餘ほど大事に餘ほど深い穴へ埋めて有り相に思はれる、 其れとも此行留りの奧に猶ほ祕密の道でも有るのか知らんと、考へつゝ四邊を見廻す間に自分の踏んで居る地盤に、 何だか空洞(うつろ)の樣な響きがあるのを感じた、(さて)はと思ひ、 能く(あらた)めると地盤の一部に圓い石の蓋がある、爾して其の中央に鐡の(くわん)が附いて居て、 此(くわん)で此蓋を引上げる樣に成つて居る。

友太郎の胸は(にはか)に轟いた、法師の言葉とスパダの遺言とは全く事實である、 眞に寶を隱して有るに非ずば何で此樣な石の蓋など有るものか、 蓋の下は必ず寶の有る穴倉なのだ、斯う思ふと何だか氣味が惡い、 嬉しさよりは氣遣はしさが先に立つ、若しや何者かゞ、近邊で偸視(ぬすみみ)て居る樣な事は有るまいか、 滿に一つも他人に見認められては大變である。

再び穴の外に走り出で、岩の最も高い所へ上り八方を見廻した、 勿論見る人の有る筈が無い、目に遮る海の(おもて)に船らしいものも見えぬ、 是れならばと安心して又も穴の中に入り、彼の蓋の(くわん)へ木の(てこ)を入れて引起すに、 重い事は重いけれど漸く上つて、中ば石段に成つて居て、容易に下へ降りられる、降りて見て初めて知つた、 之は穴倉では無い之れが即ち眞の巖窟(いはや)なんだ。

茲にも猶ほ薄明りの差す處が有る、其を頼りに隈無く(あらた)めたが寶らしいものは無い、 茲に至つて聊か失望の氣が生じた、 スパダが寶を隱すことは隱したけれど必ず該撒(しいざあ)勃日(ぶるじを)が其後から()いて來て其れと知り、 スパダを殺した後で取出したのだ、矢張り寶は梁谷法師の空想に過ぎなかつたのだ。

餘り殘念である、之れが無ければ殆ど牢を出た甲斐も無い、 復讐の案は有つても其れを實行する事は出來ず、(わづか)に自分の身を支へる爲に、 矢張り水夫として人に雇はれ、聲も無く香も無き裏に生涯を葬らねば成らぬ、 諦め度くても諦められぬ、(せめ)ては寶の一部分でも、何處かに取遺されて有りは仕まいか、 何が何でも此儘には立ち去られぬ。

再び友太郎は地盤を隈なく踏鳴らして見た、今度は何處も空洞(うつろ)らしい響きは發せぬ、 何處までも實の入つた地質である、次には悔し半分に、撞木鍬(しゆもくくは)を以て四方の壁を叩いて見た、 此叩いたのが彼の運の未だ盡きぬ所である、叩くに應じて壁の一方からバラバラと音がして何か落ちた、 見れば壁土の樣なものである、石で固まつた天然の穴の壁に壁土の有らう筈は無い、 更に其處を能く見ると天然では無い、土で塗つて石の樣に彩色(いろど)つたもので有る。

是れが巖窟(いはや)の祕密で無くて何で有らう、更に撞木鍬(しゆもくくは)(ふる)つて亂打したが、 其所へ大きな穴が開いて、一時に一尺四方ほどの土が崩れ落ちた、 若し該撒(しいざあ)勃日(ぶるじを)が此穴へ來たとしても此壁には手を附けなんだと見える、 イヤ手を附けぬ所を見ると此穴へは來なんだのだ、爾すれば寶は無事で居る。

重かつた鍬も、此勇氣で輕々と揮廻(ふりまは)される事に爲つた、 殆ど鍬が手に在るか否やを覺えぬ、打つた上を又打つて崩した上を又崩しする中に、 瓦亂々々(がら〜)と穴總體へ響く音とゝもに、大きく(くづ)れたのは、 石の交つた土の壁である、友太郎は鍬の先で石を退け、 (あた)かも(さき)に土牢の壁を掘つた樣に茲を掘つて、跡に出來た穴を覗くと此中は眞暗である。

是こそはスパダの寶倉なのだ、中からは濕つた樣な臭が蒸れて出る、 (やみ)に慣れた友太郎の(まなこ)でも充分に見て取れぬから、 暫く古い空氣の出替はらせる迄と、 穴の外から枯枝など取つて來て松明を作り(まつち)を打つて之の火を付け、 終に壁の穴を向ふへ這入つた、是れで巖窟(いはや)は總體で三段に成つて居る事が分つた。

寶倉、寶倉、友太郎は足の地に附くと共に、寶の箱が埋まつて居る事を知つた、 確に其身は箱の上に立つて居るのだ、地に立つて居るのとは音も違ひ、足の(こたへ)が違ふ、 (すぐ)に又鍬を上げ、地を打ち込むと、鍬先に當るのは鐡の音である、次に打ち降ろせば木の音である、 別に埋めると云ふ程深くは土を掛けても無いのだから、瞬く暇に、 長さ三尺幅二尺ほど掘つたが、現はれたのは木製の箱の上部で、鐡の帶を以て締てある、 最初に鍬に當つたのが鐡の此帶なのだ。 撞木鍬(しゆもくくは)の端の所で、此帶を捻切(ねぢき)るのは難くは無い、 難くとも難いを覺えぬ、帶をも殘らず切つて了つて猶も鍬の先で、 箱の蓋を開いて見た、開くと共にアツと驚き、叫ぶ聲を制し得なんだ。


更新日:2003/12/29

巖窟王 : 五七 一廉の紳士と爲つて


地中に埋まツて居る寶を掘出したと云ふ(ため)しは昔から幾等も有る、 殆ど各國各時代に在るだらう、けれど其一切を集めた所で、 友太郎が今此モンテ、クリストの島で掘出した寶には及ぶまい。

偶然に掘出したのでは無い、三百年來スパダ家で、之が爲に全國屈指の學者をまで雇ふて搜した寶である、 其れがスパダ家の滅亡と共に、正當に梁谷法師に傳はり、梁谷法師が死ぬると共に又正當に友太郎に傳はつたのだから、 ()しや何人が掘出すとも又は掘出さずとも、友太郎の物である、 友太郎が之れを掘出したのは全く年に積れば、三百年、人數を云へば幾十人の、詮索に詮索した最後の結果と云ふものである。

友太郎が開いた箱は生金(せいきん)の入つて居る分で有つた、 中から發する色黄[注:黄色の誤り{[?]](きいろ)}な光りに、彼は(まなこ)を射貫れた樣に叫んだが、 驚きか喜びか唯だ彼が心は騷ぐのみである、幾度(いくたび)彼は穴の外、穴の内に走り出、 走り入つたかは知れぬ、人は居ぬかと島々の所々を眺め、若し船が近よりはせぬかと海の總體をも見渡した、 爾して最後に愈々(いよ〜)此寶を數へ樣とした時に何だか目の(くら)む樣な氣がした、 寶の前へ尻餠を()いて、唯だ太い息を()くのみであつた。

此樣な事では成らぬと自分を勵ましもし又梁谷法師の事から其言葉から、 此寶の來歴や、兼て思ひ定めた此寶の使ひ道などを考へもして、漸く心が定まつたが、 中々數へ切る樣な數では無い、生金(せいきん)は殆ど今鑄分けたものかと思はれるほど新しい生子(なまこ)に成ツて居て、 生子一本の目方が、小さいのは五百匁も有らうか、重いのは其の二倍三倍にも及ぶらしい、 大小を取混ぜて三百本までは數へたが、未だ仲々底は見えぬ。

猶ほ外に埋まつて居る中の二箱を開けて見た、一箱は金貨である、 一箱は珠玉寳石である、金貨も寳石も(かぞ)へ切れぬけれど寳石の方は兩の手に(すく)ふて十杯まで汲出して見たが、 何處までも夜光珠(だいやもんど)紅珠(るびい)の樣な貴中の貴と云はれる類である。

遺言状に有ツた七箱を悉く今掘出す事は出來ぬけれど兎も角も其七箱が無事に存して在る事だけは、 鍬の先で少しづゝ掘つて見て突留た、梁谷法師の推量では多分今の金に積つて二千萬圓は有るだらうとの事で有ツたが、 確に其の幾倍にも上つて居るらしい。

此樣な事をして居る間に又日が暮れた、 友太郎は一夜を寶の傍で明したが、假令(たとへ)無人の島であツても心配は一通りで無い、 心配と云ふよりは寧ろ恐ろしいのだ、恐れる筈は無いけれど恐ろしい、 凡そ友太郎の生涯に是ほど恐ろしい一夜は又と無いと云ツても可い、 眠らうと思つても眠りが來ぬ。

翌朝珠玉を二握りほど自分の衣嚢(かくし)へ入れ其他の寶は悉く元に納めて了ツた、 唯だ夜光珠(だいやもんど)、眞珠、寳石の類ならば一握りでも大きな身代である。

是で彼の密輸入船が茲へ寄港する迄に、岩窟(いはや)の内外を、元の通りの有樣に復して置く事に決した、 全く元の通りに出來ぬけれど、成たけ、人が見ても分らぬ樣に箱にも土を掛けて其上を踏固め、 壁の穴も石や土で修繕(つくろ)ひ、穴の入口の外の茂りまで、 綿密な注意を以て、出來るだけの手を入れた。

破つて這入るには唯だ一日で充分で有つたけれど、元の通りに見せ掛けるには五日ほど掛つた、 爾して最早や是で好いと思ふ頃、密輸入船が歸つて來た。

船長も水夫一同も此一航海で非常に大儲けを得たと云ひ痛く喜び合つて居る、 爾して友太郎が之に加はり得なかつたのを、氣の毒な樣に誰も云つた、 シテ其一人前の分配を聞けば、一番低い者でさへ五十圓、役の高いのは百圓近くにも成つたとの事である。

總て密輸入船は其の水夫へ幾分か株主の樣な權利を持たせ、 役に應じて配當をするのだ、友太郎は羨む樣子に見せ掛て居たけれど、 心の中では可笑しい樣に感じた、 自分の懷中に入つて居る豆粒ほどの珠一個が水夫と船長との儲けを引くるめたよりも多いのだ。

猶も友太郎は怪我の痛みが充分には直らぬ樣な風をして船に乘移つた、 實は最う契約の三ヶ月が切れる時であるのだから雇繼がれぬ用心をも兼て居る、 是から舟が又元のレグホーンへ着くが否や彼は上陸し、(まづ)猶太(ゆだや)人の開いて居る質店に行き、 珠の中の一番小さい五個を選出(えりだ)し、賣り度いと言込んだ、 猶太(ゆだや)人は目を光らせ、一個を二千五百縁づつに買取つた、 少しも珠の來歴などを問ひはせぬ、自分も之を買ふが爲に千圓ほどは儲かるのだから、 餘り問試(とひこゝろ)みて買ふ事の出來ぬ不正の品とでも分るのが恐ろしいのだ、 其上に猶も「此樣な質の珠なら幾個(いくつ)でも買ます」と言ひ足した。

二日の後には友太郎は、水夫では無く一廉(ひとかど)の紳士と爲つて、 船へ暇乞(いとまごひ)の爲に歸り、不意に親類の遺産を相續して金持に成つたから水夫を()めるのだと披露した[、] 船長は何うかして引止めやうと莫大な増給の約束などを持出したけれど(もと)より無效である、

水夫一同へも、彼等に取つて驚く可き程の置土産を與へた、水夫の中にジャコボと云ふ伊國(いたりや)の男があつた、 此男初めて友太郎が此船に救はれた時から、深く友太郎の技量と人の爲りに敬服して、 友太郎の爲になる事は何でも先に立つて勤める樣にして居たが、友太郎の方でも、 追つて充分正直な腹心の手下が要ると思ふ爲め、三月の間に(をり)さへ有れば此男の氣質を試し、 殆ど犬よりも正直で、丁度犬が其飼主に忠義な樣に、友太郎に忠實な事を見拔き得た、 全く此男ならば何の祕密を托しても安心なものである。

(まづ)此男をと思ひ定め、翌日友太郎は小舟一艘を買ひ、其れに金百圓を添て與へ 「ジャコボや(おれ)の雇人に爲り此の小舟の船頭に成つて呉れ」」と頼んだ、 ジャコボの喜びは非常である、犬ならば何れほど尾を()る事だらうと怪しまれる程の(さま)で深く其恩を謝し 「何の樣な仕事でも致します」と誓つた、早速友太郎が之に言ひ附けた用事は 「直ぐ此舟で馬耳塞(まるせーゆ)に行つて上陸し、今より十四五年前、 アリー街に住んで居た團友藏と云ふ老人の事、 及び西國村(すぺいんむら)に住ナ居たお露と云ふ女の其後の成行如何を聞合せて、 (すぐ)にモンテ、クリスト島まで歸つて來い」と云ふのであつた。


更新日:2003/12/29

巖窟王 : 五八 戀しい消息


父友藏は何うしただらう、お露の身は何うなつたゞらうとは、 一四年來絶間も無く友太郎の氣に懸ツて居た心配である、 今は其等を聞定める爲め、ジャコボを馬港(まるせーゆ)へ立たせたから、 遠くも無く其邊の消息が分るであらう。

ジャコボの船が出帆して間も無く、友太郎はゼノア市へ行つた、 茲は空前絶後の大航海者 閣龍(ころんぶす)を産んだ土地だけ有つて、當時造船術に於て、 地中海第一と云はれ、殊に各國の貴族や物持が贅澤に作る遊山船は此市で作らせるを見榮とした、 此市ほど堅牢で而も快速力の船を作り得る場所は他に無かつたのだ、 丁度友太郎の着いた時に其港で試運轉をして居る遊船が有つた、 之は英國の豪家 何某(なにがし)が四千 (ふらん)にて(あつら)へたとの事で、 今までゼノア市で作つた中の第一等と云ふ事で有つた、 船の知識を充分に備へて居る友太郎は此船の言分(いひぶん)の無い出來を見て取り(すぐ)に其の製造者を尋ね、 我が方へ六千 (ふらん)にて賣渡して呉れずやと言込んだ、 六千 (ふらん)とは非常な利益だから造船者の心は動いた、 殊に注文主が埃及へ向けて立ち今より一月の後でなければ歸らぬとの事で、 其間に別に一艘を新に作る事も出來る爲め、(つひ)に造船者は友太郎の意に應じた。

(すぐ)に友太郎は造船者を連れ、此市で手堅く銀行業を營んで居る猶太(ゆだや)人の店に行き、 店主と共に奧の間へ退いたが、(やが)て出て來るが否や、 店主は欣々(きん〜)として造船者に六千 (ふらん)を拂ひ渡した、 造船者は幾度も友太郎に拜謝して「若し船長が御入用なら何の樣な人をでも雇ふて差上げます」と云つた、 けれど友太郎は自分で船を動かすのが道樂だと答へて之を斷り、更に船の中へ祕密の倉庫を作り加へて呉れと命じた。

祕密の倉庫は曾て友太郎が梁谷法師に教へられた案が有る、 其案を其まゝ授けて作らせたが間も無く思ふ通りに出來揚がつたので、 友太郎は唯だ一人其船に乘込んだ、土地の人々は聞傳へて、 港の邊に群がり、何か興行物をでも見る樣に見物したが、 自由自在に友太郎が其船を(あやつ)(さま)には(いづ)れも意外な思ひをした。

見る中に船は港を出て西南の方に去つた、見る人々は樣々に想像して、 或は西班(すぺいん)へ行くのだらうと云ひ、イヤ阿弗利加へ行くのだらう、 イヤ彿國(ふらんす)英國(いぎりす)だと所在(あらゆ)る地名を數へ上げたけれど、 誰とてモンテ、クリスト島へ行くとは思ひ得なかつた。

實際此船はモンテ、クリストの無人島へ行つたのである、而も(わづか)に三十六時間で島に逹したのは驚く可き速力である、 斯くて友太郎は、昔スパダが船を着けたゞらうと思はれる小灣へ船を隱し、是より三日の間、 巖窟(いはや)の中に在る寶を、船の祕密倉庫に移し入れるに身を委ねた、 三日とは云へ一人の力だから移し終る事は出來なんだけれど、容易に今の貨幣に引替へる事の出來る分だけを、 移し得られる丈移し入れ、其後は矢張ち巖窟(いはや)へ隱して置いた、 今度は其れ〜゛の道具をも用意して來たのだから、巖窟(いはや)の内も外も、 何人にも分らぬ樣、又分つても入込むことの出來ぬ樣に手當をする事が出來た。

次に友太郎は船で島の周圍(ぐるり)幾度(いくたび)も乘廻し島の外側の案内を見究め、 又次には上陸して島の内部を悉く(あらた)めた、島は其大部分が天然に花崗石(みかげいし)の固まツた樣なもので、 此儘では何の(やく)にも立たぬけれど、樣々の長所も短所も有る、 能く手を入れれば短所も除く事が出來、長所は益々發させる事も出來る、 彼は見終わつた後に此島全體を、伊國(いたりや)政府から買取る事に決した、 何の收穫も所得も無い此島だから安い(あたひ)で喜んで賣るに極つて居る、 買取つて我領地とも()た記念ともして存するのだ。

出發より八日目の夕方に至りジャコボの船は、命令の通此島へ歸つて來た[、] ジャコボは近海の船乘仲間に廣く知られて居る男だから、 早や自分の船へは其れ〜゛水夫などをも載せて居る。

此船の近づくを見るより、友太郎は愈々(いよ〜)我が父友藏と、 我妻たるに定まつて居たお露との戀しい消息を知る時が來たと思ひ、 殆ど自ら制し得ぬ迄に胸を轟かせた、(やが)てジャコボ一人を我船に乘り移らせ 「何うだツた、ジャコボ」平氣な樣に問ふ言葉に、無量の感慨が籠ツて居る、 ジャコボ「ハイ、友藏と云ふ老人は千八百十五年の秋に末に死んだ相です、 其れから西國村(すぺいんむら)のお露と云ふ女は矢張り其頃から何處へ行つたのか今以て誰も見た者が無いと云ふことです」

友太郎は、夜一夜を獨り船室の中で泣き明した。


巖窟王 : 五九 印度邊の豪族


我が父が死んだと云ふ事も、お露が行方知れずに成ツた事も、 友太郎に取つて()まで意外と云ふでは無い、或は此樣な事では有るまいかと幾分想像して居たのだ、 爾だ、意外では無いけれど唯だ悲しい。

是で此身は全く此世の中に一人者とは成ツたのだ、廣い世界に誰一人團友太郎を懷かしく思つて呉れる人は無い、 恐らくは記憶して居て呉れる人さへ無いのだらう、嗚呼、土牢の中に一四年、 辛い事は辛いけれど、今は過ぎ去つた後だから其辛さは盡きたものと云つても可いが、 唯だ其間に自分の戀しい人、懷かしい人、自分を慕ふて呉れる人、 思ふて呉れる人などが悉く無く成つたに至つては恨まぬ譯に行かぬ、 幾年幾月を經るとても盡きぬ恨は是れだらう、月日と共に深くこそなれ薄らぎはせぬ。

嗚呼此身は眞に人間界の獨り者、成功も失敗も幸も不幸も、 誰からも喜ばれもせず悲しまれもせぬ、何をしたとて構ふものか、 誰に(はゞか)る處もない、兼て思ひ定めて居る事を思ふ存分に行へば好い。

其れにしても父は何の樣に死んだ、お露は何の樣にして行衞知れずに成つた、 ジャコボの聞いて來た丈ででは少しも分らぬ、とは云へ此上を彼に探らせる譯には行かぬ、 此上の事を托するには幾分か自分の素性、自分の祕密を打明けねば成らぬ、 自分の素性、自分の祕密、是れは最う土牢の中に葬り、 自分は生れ替ツて來た樣な者だから、勿論誰にも打明ける事は出來ぬ、 何も彼も自分の胸に疉んだまま自分獨りで運ばねば成らぬ。

是れより友太郎の船は地中海岸の諸々の港に寄り、色々と必要の準備を整へるに凡そ一月ほど掛つたが、 何しろ限り無き金力を以て、幾等でも代價を拂つてする事だから、 何の用意とても一として思ふ通りに運ばぬことは無い。

愈々(いよ〜)準備の調ふと共に船はジャコボの小舟を護衞の樣に連れ、 馬耳港(まるせーゆ)の港に入つた、茲は即ち十五年前、 友太郎が捕吏の手で、夜中に舟の載せられて泥阜(でいふ)の要塞に送られた出發點なのだ、 船が着くと共に檢疫官も來た、税關の檢査官も來た、殊に檢査官には憲兵が附いて居る、 昔友太郎を護送したのと同じ樣な憲兵であるのだ、其姿を見ては今更の樣に身震ひのするのを制し得ぬ。

船は一切の檢査を無事に受けた、船主の名は柳田卿と成つてゐる、卿と云ふからは無論貴族だらう、 柳田と云ふ姓も英國の貴族らしく、又友太郎の人柄から身の(こしら)へも英國貴族の忍びの姿の樣に見え、 船の中の作りは無論贅澤に貴族の遊山船である、船の買入證書や、 船籍の登録まで、同じ名前で式の如く、之れはゼノアとレグホーンとの政廳で濟んで居る。

首尾能く友太郎は上陸したが、茲は自分の故郷である、 見る物總て我が目には昔眤(むかしなじ)みの姿であるのに、 我身一つが誰に向つても他人である、斯う思つて限り無き感慨に胸も迫る樣に覺え、 暫し心を落着けんと隈無く海岸を漫歩するうち二人ほど昔知り有つた水夫の、 見違へるほど年取つて居るのに逢つた、 此方(こつち)が向ふを漸く思ひ出す程だから向ふは(とて)此方(こつち)を思ひ出す事は出來まいと思ふけれど、 何だか認められはせぬかと、危む樣な氣が有つて、其度に勉めて知らぬ顏をして擦違つたが、 少しも思ひ出される容子は無い、其れは其筈である、初めてレグホーンの理髮所で自分の姿を鏡に寫した時、 自分でさへ全く見違へた程だものを、 (やが)て三人目に行逢つたのは昔し巴丸の船中で自分の差圖を受けて居た水夫の一人である。

若し此男さへ自分を見知る事が出來ねば其外は大丈夫である、 ()しや段倉其者に逢つたとても差支は無いと、之を試驗の樣に思ひ、 (すぐ)に其男を呼留めて、此土地の案内を其れから其れと詳しく問ふて見た、 問ふ間絶えず其男の顏を見詰たけれど、少しも心附く容子が見えぬ、 全く初對面の人と信じて居る、問終つて分れるに臨み、 金貨二個を禮だと云つて其者の手に握らせたが、其者は少し行き過ぎて心附き 「モシ、モシ」と呼還して馳せて來た「貴方は金貨と銀貨をお間違へに成りました、 是れは二個(ふたつ)とも十圓金貨ですが」とて差出した 「オヽ爾だつたか、併し氣が附いて呼返して呉れたお前の正直と親切には感心した、 サア襃美として是れだけお前に遣る」と云ひ更に同じ金貨二個(ふたつ)を出して與へ、 其男の目を圓くして驚くのを「ナニ辭退に及ばぬ、後で私の健康の爲め一杯、 祝ひ酒でも呑んで呉れ」と制し、後をも見ずに其のまゝ去つた、 後に水夫は幾度も金貨を推戴(おしいたゞ)いて 「彼れは必ず、金の中に轉がつて居る印度邊の豪族が漫遊に來たのだらう、 ドレ仲間の者等にも一杯振舞、彼の方の健康を祈るとしよう」斯う云つて此水夫も立去つたが、 全く其の言葉の通り、眞に友太郎とは知らぬ、此豪族の爲に壽盃を上げた。


更新日:2003/11/10

巖窟王 : 六〇 竒癖の人


有難がる水夫に分れ、後をも見ずに友太郎は立去つたが、指して行く方は昔我父の住んでゐたアリー街である。

行く道に小高い丘がある、丘の上から父の住んだ家の屋根が見える、 友太郎は其の屋根を見降ろした、實に今昔(こんじやく)の感に堪へぬ、 土地の有樣は少しも昔しと變らぬのに、尋ぬる人は早や此世には居ぬのである、 昔ならば、彼の家の中、彼の屋根の下に、兩手を廣げて我身を迎へて呉れる人が有ツたのに、 今は無いのだ、嗚呼何故、(もつ)と早く、父の健康で居る間に歸つて來る事が出來なんだらう、 何故父は我歸る今日の日まで生ながらへて居て呉れる事が出來なんだらう、思へば恨めしい事である。

心弱くては叶はぬと兼て(はらわた)を鐡石の如く鍛へし積の男なるも暫しがほど我知らず涙に暮たが(やが)て思ひ直して丘を下り、 能く覺えて居る道を通つて我家とは云ふはれぬ家の前に立つた、 家は貧しい人々に、中を區切つて貸す爲に建てた大きな構へで、五階(づくり)に成つて居て、 其入口に差配人の控へて居るは、他の斯る建物と多く違ひは無い、 さうして其差配人の顏も昔の人では無い。

之れに向ツて先づ「貸間が有るか」と問ひ「無い」と斷られた、 更に「其れでは五階に在る二號室を見せて貰ひ度い」と請ふた、 其れが我父我身の住んだ(へや)である「イヤ五階の二號は人が住んで居ますから」 と之も斷られた「イヤ人の住んで居る事は知つて居るが、是非とも見度い事が有る故、 何うか其人の許しを得て、見る事の出來る樣に取計らふて呉れ」と、 何よりも力ある例の金貨を握らせて(おし)て請ふた、 金貨は今の世の魔藥である、因業な差配人も之には敵する事が出來ぬ、 (たゞち)受收(うけおさ)めて「承知して呉れるか呉れぬか、兎に角願ふて見ませう」 とて五階を指して上ツて行つたが、(やが)て歸つて來て 「承知して呉れました、サアお上りなさい」と早や自分で案内する樣に身構へた。

「イヤ、案内には及ばぬ」とて獨り長い其の段階(だんばしご)を上つて、 二號の入口へ行つて見ると、中に住むは初めて所帶を持つたと覺しい若い夫婦である、 (あゝ)此樂しげな境涯は、此身にも有る所であつたのに、 有り得ずして遂に又と來ぬ事に成つたのだ、此身は斯る境涯に立つ可き頃を土牢の底で送ツたのだ、 見る物何一つとして感慨の種ならぬは無い。

(やが)て若夫婦の、親切に計つて呉れる儘に中に入り、廣くも無い室中を見廻したが、 壁だけ其後塗替へた(あと)の見えるのみで外は昔と變ツて居ぬ、 けれど父の遺身(かたみ)とも見る可きは、室附(へやつき)の寢臺の外に何も無い、 更に窓の所を見ると、三鉢ほど盆栽が有つて草花が咲いて居る、此鉢こそは我が父が、 絶えず四季折々の花を植、我身の留守に是のみが樂しみだと云はれた其同じ鉢である、 何だか父の魂魄(たましひ)が猶ほ其邊に殘つて居る樣な氣もする。

若夫婦は友太郎の目に涙の露の宿るを見て、定めし仔細の有る事で、 昔の由縁(ゆかり)を尋ねるのだらうとは見て取つたらしい、 間も無く靜かに(へや)の外に出た、後に友太郎は何も彼も打忘れて鉢の前に膝を折り、 拜む樣に埀れた(かうべ)を暫しが間擧げ得なかつた。

漸く心附いて起き直り、去るに忍びぬ心を(むちう)ち、涙を拭ふて(へや)の外で出て見ると、 彼の若夫婦は廊下の盡きる處の窓から(かうべ)を並べて外に出し遠い景色を眺めて居て、 戸の音で此方(こつち)を向いた、友太郎は無言の儘恭々(うや〜)しく禮して謝意を表し、 其まゝ四階に下つたが、又其の廊下の一方に白髮(しらが)頭の老婆が何事をかして居るを見留めた、 若しや此人なら知つて居樣かと思ひ「若し此の四階に仕立職人毛太郎次と云ふ人の居た事を知りませんか」と尋ねた、 老婆は(あざけ)る樣に笑つて「其れは一昔し以前の事です、 今ではボントガーの街道で尾長屋と云ふ宿屋を開いて居るのです」と、言ひ捨てゝ自分の(へや)に入つた。

是れより友太郎は再び差配人に付き、此家(このや)の持主の名を聞いて立去ツたが、 次には其の持主の(もと)に行き、柳田卿と云ふ名を以て此家全部を二萬五千(ふらん)に買取つた、 眞の眞價(ねうち)よりは一萬(ふらん)も高いけれど、唯だ父の居た五階の(へや)を、 父の居た頃の儘で存して置きたいので、値段の高下(かうげ)は問ふ處で無い、 數日の中に彼の五階の若夫婦は此家を管理して居る公證人から竒妙な通知を受けた、 其れは此家中の何階でも、又何の(へや)でも隨意に選びて引移られよ、 家賃は五階の(へや)のゐて拂ツてゐたゞけで可し、引越料は五百(ふらん)を與へると云ふので有つた、 此樣な有難い通知は無いので、聞く人皆羨みもし、怪しみもして、 樣々に噂したけれど誰とて誠の仔細を推量し得るは無く、 終に新持主が竒癖の人だらうと云ふに歸して終ツた。

此又次に此邊の人々が驚いたのは、程遠からぬ西國村(すぺいんむら)の或漁師の家へ、 土地に見慣ぬ一紳士が來て、十五六年前に死んだのか逃亡したのか兎に角も消えて了つた女の事を問ひ、 翌日其家へ禮だと云つて新しい漁船一艘に新しい地引網一具を添へて送つたとの事である、 是れも噂の末が紳士の竒癖だらうと云ふに歸して止んだが、其紳士が何處にゐるかは誰も知る者が無く、 只僅に馬に乘ツてボントガーの街道を指して行くのを認めたと誰云ふと無く言ひ傳へたのみである、 ボントガーの街道とは毛太郎次の開いて居る宿屋、尾長屋の在る所なのだ。


更新日:2003/11/10

巖窟王 : 六一 贈り物


果して此竒癖の紳士は或人が見受けたと云ふ如く、 馬に乘りてボントガー街道を指して行つたのだらうか。

ボントガーの街道に、晝は旅人の休み所、 夜は其の安泊りと爲る一軒家が有る、是れが即ち毛太郎次の開いて居る尾長屋と云ふ宿屋なのだ、 一頃は軍隊などの往來の爲め多少の繁昌をも得たけれど今は見る影も無く淋れて居る。

今しも主人(あるじ)の毛太郎次は戸外(おもて)に立つて長い街道を右左に見渡したが、 午後二時の炎天に大抵の旅人が何處かに休んで居るとみえ目に遮る人影もない、 「エツ、人ツ子一人通らぬは、客を待つより晝寢でもする方が餘つぽど()しだ」 と恨めしげに呟いて家に入つたが、暫らくすると入口に、人が馬から降りる樣な音がして彼の夢を驚かせた。

久しく客に(かつ)へて居る丈け彼は跳起きて戸口に出たが、 見れば五十二三歳の僧侶姿の人が、馬を入口の横手に繋ぎ此家へ入る所である、 毛太郎次は力一ぱいの世辭を述べて迎へ入れ、最も風通しの好い床几を寄せて(すわ)らせるに、 法師は毛太郎次の顏を熟々(つく〜゛)眺めて 「一餘年前馬港(まるせーゆ)のアリー街に住んで居た仕立職人の毛太郎次と云ふはお前かへ」 毛太郎次は少し怪しみ「ハイ私ですが、何の御用で」法師はホツと安心の息を()き 「アヽ(やつ)と尋ね當てた、私はお前に渡して呉れとて人から贈り物を頼まれて來たので」 異な話では有るけれど贈り物とは何しろ耳寄である「ヘ、私へ贈り物を」

法師「イヤお前一人で無い、外の人へも分るのだが、何しろ金目の品物だから間違ひが有つては成らぬ、 先づ、能く聞糺(きゝたゞ)した上で無ければ」金目の品とは愈々(いよ〜)以て有難い 「イヽエ幾等お問合せ成さつても私より外に毛太郎次と云ふ者は有りません、 仕立職人で有つた粕場(かすば)毛太郎次は」 法師「爾々粕場毛太郎次、其の粕場毛太郎次はお前に違ひ無いけれど(とく)と事情を聞糺(きゝたゞ)さねば」 毛「何うか何でもお聞き下さい、外にお客も有りませず、唯だ長患ひの妻が二階に居る許りで、 洩れ聞く者も有りませんから、ですが貴方は空腹では有りませんか」 法師「イヤ何も慾しうは無い、唯だ長い話だから咽喉を潤す物が有れば」 毛「其れなら丁度、上等の葡萄酒が有りますから持つて參りませう」

福の神でも舞込んだ樣に思ひ、 イソ〜と退いたが(やが)て穴倉の底から昔し繁昌した頃仕入れて賣殘つて居る一瓶を持つて來て 「お寺さんでも是は一口召上つて好いでせう」とて注ぎ出した、 法師は(わづか)に唇の端を潤し、再び毛太郎次の顏を凝視して 「今から十幾年前だと云ふから、最うお忘れかも知らぬが、 アリー街でお前と同じ家の五階に住んで居た友太郎といふ水夫を知つて居るかへ」 毛太郎次は喫驚(びつくり)して「エヽ、友太郎、團友太郎、知つて居ますとも、 彼は私の親友でした」親友と云ふ程でも無かつた樣に思はれるけれど、 斯うさへ云へば間違ひは無いと察して居る、「彼れは()ア不幸な男でしたが、 其後何うなりましたか、猶だ生て無事で居ますか」法師「イヤ死んだよ」 毛「オヽ死にましたか可哀相に」法「死んだに就いて、お前の贈り物と云ふのが其の遺物だ、 片身分けの樣な物だ」毛「エ、片身分け、餘ほどの身代でも殘して」 法「イヤ遺さうにも彼はツーロンの獄で牢死したのだから、身代を作る筈は無いが」

牢死と聞いて顏を青くした、彼の入牢には其身も幾分か關係が無いとは云はれぬ、 ()し關係と云ふ程では無くとも、無實の密告を受けた事を知つて居り、 隨分其の無實な事を其筋へ言立る事の出來たのを言立ずに居て、 其の當座は痛く氣に掛つた事も有つた、之を親友とすれば聊か實意の足らぬ親友である、 其後とても友太郎は何うなつたゞらう、何處の牢へ入れられたゞらうなど怪しんだ事も有る、 怪しむ度に、何と無く濟まぬ樣な氣がして餘り心持は好く無かつたのである、 「ヘエ、ツーロンの獄で牢死しましたか」法「ハイ牢死しましたよ、 私は法師である爲、其の死際に典獄から招かれて當人の臨終(いまは)の望みを聞取つたが、 誠に可哀相で有つた」。

眞に其時の事を思ひ出したのか、法師は(かうべ)を埀れて暫し涙に暮る(てい)で有つたが、 (やが)(おもて)(たいら)にして「此友太郎と同じ牢室に英國の大金持が居られた、 友太郎が甚く其人へ親切を盡したと云ふ事で其人は牢を出る時、 自分の()めて居た指環を拔いて友太郎へ與へて行つたと云ふ事だ、 友太郎が私へ云ふには此指環に在る夜光珠(だいやもんど)が五萬(ふらん)の値打は在ると云ふ事だから私の死んだ後で何うか此夜光珠(だいやもんど)を賣り、 其金を私の友逹へ分けて下さいとの事であつた、私は法師の身で夜光珠(だいやもんど)の値打などは分らぬけれど、 兎に角其言葉に從ふ爲め今度馬港(まるせーゆ)に來て其道の商人に鑑定させたが餘ほど性質が優れて居るので五萬(ふらん)にならば何處の玉屋でも引取ると云ふ事だ、 豆粒ほどの珠が五萬(ふらん)とは、何と驚いた譯では無いか、 ()ア見てお呉れ、コレ此夜光珠(だいやもんど)だよ」 とて法衣の中から小さい箱を取出し、其蓋を開けて中を示した。


更新日:2003/12/29

巖窟王 : 六二 暮内法師


小箱の中を一目見て毛太郎次は「アツ」と叫んだ、 彼は仕立職人で有ツたゞけに、服裝や飾物の事は幾等か知つて居る、 夜光珠(だいやもんど)良否(よしあし)や値打なども多少は分る、 眞に稀世の品質である、晝も(まばゆ)い許りに燦爛(さんらん)として光ツて居る 「エ、法師さん之を友太郎の友逹へ分けるのですか、其友逹とは誰々です、幾人です、 友太郎には私の外に爾多くの友逹が有ツたとは思はれませんが」

此熱心な状を見て法師は早目的に逹する事と見て取つたらしい、 先づ大事相に箱の蓋を閉ぢて懷中に納め「友太郎の名指したのは五人だが -- 」 五人とすれば平等に分けても一人前、一萬(ふらん)には成るとの計算が早や毛太郎次の胸には浮んだ、 毛「エ、五人、爾して平等に分るのですか」法師「平等では有るが、 最早死んだ人もあらうし、又同じ友逹の樣に見えても其實、 友太郎から遺身(かたみ)を受ける程の實意の無かつた人も有らうし、 兎も角も五人の中で實意の有つた者だけへ分て呉れと云ふのである」 毛「()ア其五人の名を聞かせて下さい」法「一人は一緒に船に乘つて居た男で段倉と云ふのだ」

「エ、エ、段倉を、友太郎は親切な友人だと思つて居たのですか」 法師は聞かぬ振で「()一人は -- 私は其名を忘れたよ、 後で手帳で見れば分るが、何とか云ふ若い女性で、友太郎と婚禮する許りと爲つて居た相だが」 毛「其れは西國村(すぺいんむら)のお露です」 法「爾々、お露、お露、其れから今一人はお露の從兄の次郎と云つた、 其れにお前と、是より外に友太郎には友逹と云ふ者は無かつた相だ」

毛太郎次は前額に脂汗を浮め「アヽ、友太郎は段倉や次郎の樣な者を友逹と思ツて居たのですか」 法「思ツて居たから私に頼んだ譯である」毛「では矢張段倉や次郎にも分るのですね」 法「其れは無論の事」毛「でも若し、 友太郎が友逹と思つても其實友逹では無くて友太郎へ(あだ)をした樣な事でも有れば何うします、 譬へば眞に友逹の心を持つて居た者は其中に唯一人しか無いと分れば」

法「其時には、其一人へ此夜光珠(だいやもんど)を與へる外は無い」 毛「全くですか」法「何で私は法師の身で嘘などを云ふものか」

益々毛太郎次が前額の汗は多くなつた、彼は煩悶に堪へぬ樣である、 (やが)て指を折りつゝ「お露と、次郎と、段倉と、此の毛太郎次と、 オヤ其れでは四人ですが、法師さん、最一人は誰ですか」 法「今一人は亡なられた、私は昨日馬港(まるせーゆ)で其事を聞定めたが友太郎の父の友藏と云ふ者だ、 最う一四年前に死んだ相だ」毛「其死んだ時の樣とても次郎や段倉は知りません」 法「お前は知つて居るかエ」毛「知つて居るのは私一人でせう、 病氣で死んだのでは有りませんよ」今度は法師が驚いた「エ、エ、病氣でなくて」

毛「餓死んだのです」

「何餓死んだ、犬猫でさへ食ふ物は有るのに、人間の中に居て人間が餓死ぬるとは」 と、法師は叫ぶ樣に云ひ、涙を浮かべた、毛「爾です、私も氣の毒に思ひ、 時々は見舞に行きましたけれど、(へや)の戸を閉ぢて誰をも入れませんでした、 けれど私は戸の穴から中を(のぞ)いて能く知つて居ます」 法「では誰も介抱する人無しに」毛「ハイ、友太郎の父を介抱すれば其筋から何の樣な疑ひを受けるかも知れなかつたのです、 けれど死際には介抱した人が二人あります、其れは友太郎の雇主で有つた森江氏とお露とです、 森江氏は死んだ跡の葬式まで營んで遣られました」

法師は聞終つて暫しがほど(かうべ)を埀れた、全く不憫の思ひに何事も心に移らぬ樣である、 けれど毛太郎次の方は死んだ人より夜光珠(だいやもんど)の方が氣に掛つて居る 「法師さん、斯う申しては失禮ですが、 此父が死んだからには此世に友太郎の友逹と云ふ者は私より外にありませんよ」 法師は漸く(おもて)(たいら)げて(かうべ)を上げた 「では段倉や次郎は最う死んだのか」

毛「死にはしませんけれども」法「死にはせぬとけれど何うした」 毛「死にはせぬけれど、友太郎の友逹では無いのです」法「何で」

「何で」と問はれて彼は身を(もが)くより外は得せぬ、 「其れを云はねば其夜光珠(だいやもんど)を賣つた金を彼等にも分けるのですネ、 云ひませう、云ひませう」漸く決心したらしく見える折しも、二階の方から 「お前、素性も分らぬ人樣に、考への無い事をお云ひで無いよ」と制する聲が聞えた、 引續いて階段(はしごだん)を降りて來るは、永く血の道にでも惱んで居るらしく見える顏色も青褪めた卅四五の女である、 多分は毛太郎次の妻だらう、元は可也の美人で有つたと猶だ見受けられる所も有る、 毛「ナニ考への無い事を云ふのでは無い、()アお前も來て法師さんに夜光珠(だいやもんど)を見せて貰へ、 何うか法師さん、今のを妻にも拜ませて遣つて下さい」法師は點頭(うなづい)て再び彼の夜光珠(だいやもんど)を取出し、 身を引摺つて降りて來た妻の目先に光らせたが、之は女だけに夫よりも亦一入(ひとしほ)、 玉の事には詳しい「オヤ本物だよ」とて、殆ど眼玉の出て來るかと思はれるほど慾し相に眺め、 法師が再び元へ納めるが否や亭主に向ひ「お前、云ふならば云ふも好いけれど、 先づ法師さんのお名を聞いてからにお仕よ」流石に女の、用心深く、餘ほど法師を疑つて居たのが、 珠の光の爲め柔いだのである、法師は輕く笑んで「オヽ私は伊國(いたりや)の暮内法師だよ」 暮内法師と云ふ名を聞いた事が有るか無いかは知らぬけれど、毛太郎次は妻に向ひ 「其れ見なよ、名高い和尚さんぢや無いか」妻「でも相手はお前、 二人ともお前の樣な活智者(いくぢな)しとは違ひ、今飛ぶ鳥を落とす勢に成つて居るから、 お前の口から古い惡事でも洩れたと知れば、何の樣な(あだ)をするかも知れぬ」 此(ことば)で見れば、次郎、段倉、二人とも今は餘ほどの勢力ある身と爲つて居ると見える、 毛「だつて、(おれ)無言(だまつ)て居たとて、襃美に此樣な夜光珠(だいやもんど)を呉れると云ふでは無し、 構ふものか、(おれ)は云ふよ」妻「云ふならお前の勝手にお言ひ、 後で睨まれる樣な事が有つても私は知らぬから」と(うま)く責任を夫に歸し、 爾して逹て止めもせず、萬一の(わざはひ)には自分は逃れ、 夜光珠(だいやもんど)には自分も有附く樣(たくみ)に繩張をして元の二階へ上つて行つた。


更新日:2003/11/10

巖窟王 : 六三 赤い皮の財布


愈々毛太郎次が、法師の望みに應じて昔の事を話すことに成つた、 斯うなると法師は果して何の樣な事を聞くだらうと痛く心が鼓動する状である。

段倉の事も此毛太郎次の口で分るだらう、彼は今何うして居る、次郎は其後何うなつた、 行方知れずと云ふお露の事も或は幾分か分るかも知れぬ、友太郎の憎い人、 戀しい人、誰が友太郎の敵にして誰が友太郎の友である、今此毛太郎次より聞かずして誰に聞くことが出來る。

法師は心の激動を隱す爲めだらう、戸口の馬を見廻るに假托(かこつ)けて暫し座を立つた、 毛太郎次の方も人の身の祕密を口外するのだから餘ほど大事を取らねば成らぬと思ふと見え、 先づ窓から首だけ出して往來の左右を眺めた、けれど全く「人ツ兒一人通らぬ」は先刻彼の獨り呟いた通りである、 爾うして次に、彼れは自分と法師の爲に二個の座を設けた、此所へ、馬に飼秣(かひば)など與へ終ツて歸り入ツた法師は、 漸く心を取鎭め得たと見え顏色も(たひら)であるが猶ほ何かの用心にて二個の座の中、 最も自分の顏が多く蔭に成る樣に向いて居る方を選んで座した。

毛太郎次も座に着いて「ですが法師さん其前に友太郎の牢死した景状(ありさま)を私へ聞かせて下さい、 彼は誰かを甚く恨んでは居ませんでしたか」法師は少し考へて「イヤ別に恨む樣子も見えなんだが、 唯だ其身が何故に牢へ入れられたか其れが少しも合點が行かぬと怪しんで居た、 自分は何の罪をも犯さぬに何故此樣な目に逢ふだらうと幾度(いくたび)も問ふ樣に云ふたが、 死際には、アヽ死んで天へ登れば何も彼も分るだらう、 何の爲に何うして此樣な目に逢つたのか其れの分るのが(せめ)てもの樂しみだと、 此樣に諦めた容子であつた」毛太郎次は恐ろしげに殆ど身を震はし[、] 毛「では今時分は何も彼も分つて居るのでせう、最う隱したとて無益ですねえ」 法「爾とも、彼の在天の靈が其の隱した事を察すればお前の冥利も惡いと云ふものの」 毛「イヽエ、此世に於て此事を知る者は唯私一人です、彼が自分で知る事の出來なんだのは當り前です」 法「オヽ其れでは何うか第一に彼が捕縛せられた仔細から話して呉れ」

毛太郎次は言葉に力を込め「云ふ上は、有つた事を有つた儘に(なら)べます、 友太郎の捕はれたのは二人に嫉まれたが元なんです」法「二人とは」 毛「お露を友太郎に取られたのを妬む次郎と、友太郎が船長に成るのを羨む段倉とが、手紙を以て密告したのです、 其手紙は馬港(まるせーゆ)から西班村(すぺいんむら)へ行く道に在る酒店(さかみせ)で書いたのです」 法師は、思はず叫ばふとして「アヽ我師梁谷、我師梁谷、御身の明察には」 毛「オヤ貴方は何うか成さいましたか」法「イヤ友太郎の友人と認めた奴が、 却つて其樣な事をしたとは、餘り驚いたからさ」

毛「眞に二人の不實には驚きますよ、初め其事を言ひ出したのは段倉です、 彼は次郎がお露を取られた絶望に自殺するなど云つて居るのを(おだ)て、 ナニ友太郎を密告すれば好いのだと言ひ、自分で密告状の文を作り、 自分の左の手で、人に看破られぬ樣に書認め郵便箱へ入れさへせば好い樣にして、 爾して實は笑談(ぜうだん)だと云ひ、其れを次郎が拾つて郵便に出したのです」 全く梁谷法師の推量した通りである、法「お前は其樣な事を誰から聞いた」 毛「自分の目で見たのです」

法「見たけれど其れを止めやうとは()なんだのだナ」 毛「ハイ段倉が無理に酒を(すゝ)め私を泥醉に仕て置いて此樣な事をしたのです、 其の時には私は見ましたけれど能くは合點が行かず、醒めて後に思ひ出し、 爾うして其翌日婚禮の席へ捕吏(とりて)が踏み込んだとき、 初めて何も彼も合點が行きました」法「合點が行つたけれど、 別に其筋へ向つて無實の密告だと言つて出もせなんだのか」 毛「イヽエ私は餘り友太郎が可哀相だと思ひ直に其席で段倉を責め、 其筋へ訴へると云ひました、けれど段倉が今其樣な事をして若し友太郎と共謀と疑はれたら何うする、 密告は笑談(ぜうだん)から出たにしても友太郎は國事犯者の密書を取次などしたことは事實だから、 共謀と見做され何の樣な目に逢ふかも知れぬと云はれ、自分の身が大事だから、 其れも爾かと、其まゝ私は默つて了ひました、イヽエ法師さん、 是ばかりは私の活智(いくぢ)が無かつたのです、 其後も友太郎の事を思ひ出す度に、誠に默つて居たのが濟まなんだと、後悔に堪へませんでした、 だから貴が茲へ來て初めて友太郎の名を云つた時にも、直に其の心が起り、 實は胸を刺される樣な氣がしました、全くです、是ばかりは友太郎が天に居て私の心の底を見拔いても構ひません、 少しも違ひ無いのですから」全く實情を吐いて居るには相違無い、 法「では、友太郎への實意は有つたけれど、其實意を實行する勇氣が無かつたのだ、 成るほどお前だけは未だ友太郎の友人の中である」毛「友人ですとも、 私の外に是だけ實意の有つた者が何處に在ります」

何處にと(なじ)る程の實意では無いけれど先恕するに足るのだ、 毛太郎次は猶も語を()ぎ[、]毛「其れには友太郎の父が死んだ時でも、 葬式の費用は先刻申しました通り森江氏が出しましたけれど、 實際手を下して葬つたのは、同じ家の四階五階に住んで居た人逹の相談で私が引受けたのです、 棺の世話から穴の差圖、一切外廻りの事まで皆、一人でして了ひました、其證據には今まで、 森江氏が葬式の費用を辯ぜようとして其(へや)煖爐(すとーぶ)の上へ置いて行つた財布を私が持つて居ます、 赤い皮の財布ですが一切の仕拂をして、其財布だけが殘りましたのを、 是は遺身(かたみ)としてお前が持つが好からうとお露までも云ひました、 其事は今でも覺えて居る人が有りませうから、證人を立てる事も出來るのです」 法師は聊か毛太郎次を見揚げたのか「成るほど其れでは實意が有つたのだ、 友太郎が若し生前に之だけの事を知れば、お前の勇氣の足りなんだのを責るよりも、 此親切を有難く思ふだらう、併し聞き度い事は、猶だ此上に澤山ある」


更新日:2003/11/10

巖窟王 : 六四 不正直のお蔭


法師が次に問ふたのは森江氏の事であつた「其の森江氏はよほど親切にせられたと見えるな」 毛太郎次「ハイ其れは其れは森江氏が友太郎の身の上を心配せられた事は話にも優ります、 彼が捕はれると(すぐ)に其筋へも色々運動されました、何しろ其時は國王の政府で有つて、 少しでも拿翁(なぽれおん)黨の爲に骨を折る人は皆其の筋から睨まれましたけれど、 森江氏は危險も忘れて奔走したのです、其れから拿翁(なぽれおん)の復位と爲るが否や、 今度こそはと幾度(いくたび)と無く蛭峰檢事補の所へ押掛て行き、 友太郎放免の願書を出しました、多分は願書の數が廿通にも及んだでせう」

法師「其願書は總て蛭峰の手を經て出したのか」毛「爾です、 何でも蛭峰が、自分で特別に奧書を附けて遣ると云つた相です」 之だけで蛭峰が其願書を握り潰した事が分る、法師は「エヽ惡人奴」と叱る言葉を漸く發せずに(こら)へ得た状である。

「其れでも功能が無かつたものですから、自分で巴里へ出て直訴するとまで云つて居られましたが、 丁度其頃から森江家の不幸が初まりました」法師は驚き[、] 法「エ、エ、森江家の不幸とは」毛「持船が二艘まで一夜の暴風雨(あらし)に沈沒したのです、 何でも森江家の損害は非常だらうと云ふ噂で、 手形なども甚く取附けられ森江氏は血眼(ちまなこ)に成つて騷いで居ました、 其うちに世は又も國王の時代と爲つた爲直訴も無益と云ふ事に成つたのです」 法「其樣な間でも猶も森江氏は、友太郎の父の世話をもせられたのか」 毛「爾です友藏老人の所へは三十遍ほども尋ねて來られたでせう、けれど老人が、 自分の餓て居る状を見られるのが辛い爲でせう、戸を閉ぢて一頃は森江氏をさへ、 お露をさへ、中へ入れぬ程にしてゐました、 丁度老人が死んだ頃などは森江氏の取引先に破産が有つて其れが爲に非常な損害を受け、 人の事には振向いてゐられぬ程の場合でしたのに、其れでも友藏老人の事を忘れませんでした」

法師は情に迫つて聞き兼た状である「アヽ世には其樣な親切の方も有るのか」 と云ひ立上つて暫し床の上を徘徊した、爾して漸く心を取鎭めて元の座へ(かへ)り[、] 法「シテ今は森江氏は何うしてゐる」毛「今でも矢張り先祖代々の銀行と船主の業を續けてはゐますけれど、 其後も商業上の不幸ばかり續き、作る船も作る船も、皆沈んだり、 暗礁に乘上げたりして、其上に取引先の躓きの爲に損害を受たのも幾度と云ふ數か分りません、 唯先づ舊家と云ふ信用で、表面(うはべ)だけは支へてゐますけれど、 今では持船も一番古い巴丸と云ふのが一艘殘つて居るのみで、 是も先頃印度へ航海し最う(とつ)くに歸る頃ですけれど未だ歸らず、 或は何處かで沈んだのでは無いかと世間の人まで氣遣ふてゐる相です[、] 此船が歸りさへすれば、積荷の藍が今非常に()が出てゐますゆゑ、 多分に儲けも有り銀行の信用も囘復しませうが、若し沈んだとでも分ツたなら、 無論破産するだらうと、數日前に馬港(まるせーゆ)から來た人も話してゐました、 何でも法師さん正直な人間は決して此世の繁昌は得られません、森江氏でも私でも、 同じ事です」と飛んだ比較を附けて云つた。

法師は較べ方の不都合には氣も附かぬ「森江氏には大勢の家族が有るのか」 毛「ハイ妻も有り子も有ります、長男は一昨年から士官學校を卒業し、 何處かの兵營附きに成つてゐなせう、次は女で、 之れは近頃何とか云ふ青年と結婚の約束が出來たと聞きますけれど森江氏が破産すれば自然に縁談も破れませう」 法師は深く嘆息して「森江氏が破産に瀕する迄に立到るとは、人間の運命ほど分らぬものは無い」

毛太郎次は前の意見を繰返して「何うしても不正直な者で無ければ榮えませんよ」 法師「其樣な事は無い、善には善、惡には惡の酬いが何時か來ずには止まぬ」 毛太郎次「では私にも善の酬いの來る時が有りませうか」此男に善の報いとは聊か覺束無い樣である、 法「友太郎がお前に遺品(かたみ)を寄越すと云ふのも矢張り報いでは無いか」 毛「其れは成るほど善の報いでは有りますけれど、到底私の樣な正直一方の人間は、 段倉などの樣に、どえらい榮には有附きません」 法「オヽ段倉は其樣に榮えて居るのか、段倉や次郎の事は、 何しろ友太郎に頼まれて來たのだから森江氏の事よりも一層詳しく聞いて見ねば成らぬ」

是れで問題は段倉の事に移つた、毛「榮えて居るにも、彼れは今では貴族ですよ」

法「エ、段倉が貴族」毛「ハイ大金の出來た爲に、國家に功勞が有つたとか云ひ男爵を授かつたのです、 今では段倉男爵と云ひ巴里の銀行社會で飛ぶ鳥をも落す程です」 法「何うして彼が、イヤ詰らぬ船乘で有つたと云ふ段倉が、其樣な金持に」 毛「彼は拿翁(なぽれおん)が歸ると間もなく森江氏に乞ひ、添書を貰つて西班(すぺいん)に或銀行へ住込み、 少しの間に支配人にまで取立てられました、其れから此國と西班(すぺいん)と戰爭の起つた時、 兵糧方を請負ふて、餘程の金を儲けたと云ひますが、其れを資本(もとで)に相場へ手を出し、 多くの人の失敗する中で、彼は資本を五倍にも十倍にも殖やして、 遂には銀行家の娘を妻に貰ひましたが、好い時には好いもので、 其妻が餘ほどの財産を遺して死にました、爾して今では、是も貴族で金滿の後家さんを後妻に迎へて居るのですが、 此後家さんが朝廷に餘程勢力を持つて居た内大臣の娘だ相です、 其勢力で到頭彼は貴族の仲間入が出來たのです、金と云つては何百萬圓あるか知れず、 (うまや)には何萬圓と云ふ名馬が十頭も居るのでせう」 法師は開いた口が塞がらぬ許りである「成るほど其れは(えら)いものだ、 したが彼の、次郎の方は」毛「是れも同じほど出世して居ますから、 それで不正直な奴には叶はぬと云ふのです、何うでせう友太郎を密告した奴が、 云はゞ憎む可き罪人ですが、其の罪人が二人とも出世して、獨り正直を守つた此毛太郎次だけが、 其日にも困つて居ます」法「其れにしても次郎と云ふのは、 漁師の息子で教育も何も無い男だと聞いて居るのに、 何うして爾う出世が出來たゞらう」毛「法師さん、矢つ張り不正直のお蔭ですよ」 (しき)りに不正直を羨んで居る。


更新日:2003/11/10

巖窟王 : 六五 野西子爵


何うして次郎の樣な者が爾う出世する事が出來たゞらう、 暮内法師と名乘る此人は殆ど開いた口が塞がらぬ程である。

其れと見て取つた毛太郎次は「誰だつて彼の出世は合點が行きませんわ、 よほどの祕密が有るに違ひ無いのです、表面では分らぬけれど、 何でもよほど不正直な事をしたのです、唯其の不正直が少しも分らぬのが妙ですよ」 法師「()ア其の誰にも分つて居る表面の履歴だけでも聞きたいものだ」

毛「其れは斯うですよ、拿翁(なぽれおん)が歸つた時、 彼は兵隊に取られましてリグニーの戰場へ出張しました、 其處で彼は或將官の護衞兵と成つて居ましたが、其將官が敵に内通して英國へ出奔したのです、 出奔の時に、彼へ同行を勸めました、多分は彼が其將官の祕密を嗅ぎ知つたから、 將官も同行を勸めねば成らぬ事になつたのでせう、彼は一も二も無く同行を承諾したと見え、 一緒に敵國へ落ましたが、若も拿翁(なぽれおん)の朝廷が續いて居れば彼は無論軍法會議で死刑に處せられる所ですが、 運の好い奴は違つたもので、間も無くて拿翁(なぽれおん)は亡び、 又も元の國王が位に(かへ)る事と爲りましたので彼は其將官と共に却つて賞與を得、 英國から歸つた時は、早や唯の兵卒が少尉に爲つて居ました、 爾して此國へ歸ると同時に特別に中尉に昇されました、勿論彼を引連れた其將官が朝廷のお覺えも目出度く、 陸軍の長官になりましたから勝手に彼を引上げたのでせう、それから西國(すぺいん)と戰爭の始まつた時、 彼は又一段出世して左官相當と爲り戰場へ向ひましたが、 西國(すぺいん)は彼の生れ故郷でせう、其れだから彼は地理や風俗にも詳しく、 味方を率て誰れも知らぬ間道から拔け()けしたり、 それはそれは人の驚くほどの手柄を立て、其戰爭中に、特別特別で何度昇進したか知れません、 それに彼は其戰爭で丁度兵糧請負の段倉と一緒に成つたものですから、 段倉へ樣々の便利を與へ、敵の不正な商人を連れて來て段倉と結託させたり、 或は陸軍省の通手(つて)を開いたりして、段倉からよほどの配當を得たのでせう、 爾して戰爭が終つて巴里へ歸つた時には可也な金持ちと爲つて、 陸軍の大佐と爲り戰爭中第一の有功者として子爵に取立てられました、 何しろ陸軍で彼ほど出世の早い男は無いと云ふ事です、今では次郎と云つたとて誰も知る者は無く、 野西子爵と云はねば分りません」

法師は呆れた樣で「オヽ、野西子爵、(えら)い者だなあ、爾して陸軍大佐か」 毛太郎次「イヽエ、今では大佐よりも上で居ます」法師「何うして」 毛「陸軍の少將です、今から十年の中には中將か大將にまで成るのでせう、 ()アお聞き成さいよ、西國(すぺいん)の戰爭後は御存じの通り引續き泰平で、 軍人の出世する場合が無いのでせう、所が希臘が土耳古(とるこ)に向ツて獨立の戰爭を開きました、 (いづ)れの國も希臘が勝てば好いと祈る樣な譯で、此國とても、 公然とは希臘を助けは仕ませんけれど、軍人が自分の一量見で希臘へ行く事を大目に見たのです、 其れだから野心のある軍人は我も〜と希臘へ行きましたが無論野西子爵の次郎も行つたのです、 行くと何しろ西國(すぺいん)戰爭で戰功第一に立てられたと云ふ武名がある者ですから(すぐ)にヤミナ州の州王の參謀長に成り、 休戰の時なども州王に代つて土耳古(とるこ)へ使に遣られると云ふ程に信用せられたのです、 其れから遂に州王はヤミナ城の戰ひで敗れ、討死する迄の憐れな次第には成りましたけれど、 其の死ぬる前に、次郎へ非常な大金を與へたのです。 何うでせう彼が其の州王から賜はツた遺産だと云ひ此國へ持つて歸つた金が、 銀行の爲替で、百萬圓だツたと云ひますよ、是れは間違ひは有りません、 銀行の爲替で、誰れも知つて居るのですから」法師は口の中で 「アヽ其金が怪しいな、ヤミナへ出張して詮議すれば又手段が出て來るわ」と呟いた。

毛「其で歸ると(すぐ)に少將に上されたのです、少しの間の仕事で百萬圓儲けて官等まで進むとは彼奴、 何の樣な祕傳を知つて居るのでせう、イヤ仲々彼奴などとは云はれません、 ヘルダー街の廿七番地に立派な屋敷を構へ、貴族中でも最も羽振の好い人と爲つて居ますから」

「分つたヘルダー街の廿七番地か」と云ひ法師は手帳に書留た、 是れで先づ段倉と次郎との事は分つたが、法師の心には唯二人よりも猶氣になる一人がある、 法師は少し躊躇した末、ヤツと其一人の事を問ひ出した「したが、 アノお露とか云つた女は -- 何でも行衞知れずになつたとか聞いたが、其後、 到頭行衞知れずで終つたゞらうか」毛太郎次が返辭する間も法師は動悸の打つ樣である、 毛太郎次は打笑つた「ハヽヽヽ行衞知れずなどと、其樣な事を云ふと笑はれますよ、 當時此彿國で一と云つて二とは下らぬ貴婦人の事を」 法師は驚きに飛び上がらぬ許りである「エ、お露!とか云ふ女も矢張り大身代を(こしら)へたのか」


更新日:2003/11/10

巖窟王 : 六六 嬉しいだらう


漁師村の娘お露が、此國で二とは下らぬ貴婦人に成つて居るとは、 是れほど合點の行かぬ事は無い、女の身で何うして爾う出世する事が出來たゞらう。

アヽお露の出世、お露の出世、若しお露の爲を思ふ人が之を聞けば兎も角も喜ばねば成らぬ、 法師は果して之を聞いて嬉しいだらうか、或は腹立しいだらうか、 滿足だらうか絶望だらうか、何しろ顏色が尋常では無い。

「ナニお露が、自分の手で身代などを作りますものか、夫のお蔭で身が光るのです」 夫のお蔭、(さて)は既に夫が有るのだ。

實は有る筈である、許婚の團友太郎が牢に入つてから早十五年になるのだもの、 年頃の女が眞逆(まさか)に十五年も亭主を持たずに、歸らぬ人を待つて居る筈は無い。

法師は咽喉に詰る樣な聲で漸く「ハア,お露が夫を持つたのか」 靜かに問ふのは必死に自分の心を壓附けて居るのである、毛太郎次「ハイお露は今、 立派な子爵夫人です、巴里で何事でも貴婦人の催しが有れば野西子爵夫人露子の名前の出ぬのは無い程だと云ふ事です」 法「ナニ野西子爵夫人、エ、野西とはアノ次郎と同じ姓では無いか」 毛「ハイお露は次郎の妻と成つたのです」

人も有らうに次郎の妻 -- 毛「詰り次郎が友太郎を密告した眞の目的を逹したのです、 彼が友太郎を密告したのは、お露を自分の妻にしたい一念から出たのですもの」 法師は聞いて唯呻くのみである、暫らくにして「浮氣、浮氣、又の名を女とや」と、 有名な古人の句を、悲しげな聲で口吟(くちづさ)みつゝ嘆息した。

法「それにしてもお露が能く次郎の妻に成る事を承知したものだ」 毛「爾です、友太郎と永い間の許婚で、愈々婚禮と云ふ席で友太郎が捕はれたのですから、 其後で次郎の妻に成つたのは少し變には聞えます、けれど法師さん、 貴方のお話しの通り既に友太郎が死んだとあつて見れば今咎める所も有りません」 法「それは爾うだ」と答へる聲は又も咽喉に詰るかと疑はれた。 「それでも」と法師は言ひ掛けた「お露が婚禮したのは未だ友太郎の死なぬ中だツたらう」 と云ひ相に見えたが、語を轉じて「それでも、何の樣にしてお露が承知した、 其婚禮は何時頃だつた」毛「お露は全く友太郎を死んだものと思つたのでせう、 友藏老人もお露に向ひ最う友太郎は死んだのか殺されたのか何れにしても此世には居ぬのだと幾度(いくたび)も云ツた相です、 其頃のお露の身は隨分可哀相では有りました、何しろ夫と極めて居た人は不意に捕はれ行方知れずとなり、 爾して兄の樣に思ひ、頼みとして居る次郎は徴兵に取られたのですから、 イヽエお露は次郎の惡人と云ふ事を知らず、友太郎を密告した罪人と云ふ事は猶更知らず、 唯だ從兄妹で幼い頃から育ツた縁で全く次郎を頼りにして居たのです、 其れだから(いつ)馬港(まるせーゆ)と巴里との街道の四辻に立ち、 朝から晩まで悲し相に彷徨(さまよ)ふて居ましたが、馬港(まるせーゆ)の方から友太郎が歸りもせず、 巴里の方から次郎の便りも無し、見る人が皆お露を慰める程でした、 所が或る時次郎が少尉の軍服を着て突然歸つて來たのです、其時お露の喜びは何れほどだつたか分りません、 併し若し友藏老人が活きて居たならお露も次郎に縁附くなどと云ふ事はせなんだでせう、 次郎もさうと察したのか其時は縁談の事も云はずに立去ツたやうですが、 其後友藏老人が死ぬると間も無く、時分は好しと察したのか又も次郎が、 今度は一段上の軍服を着けて歸り、到頭お露を説き落としたのです、けれどナニ、 お露は最う六ヶ月待つて呉れと云ふたのです、六ヶ月の間、友太郎の歸るのを待もし、 歸らぬを悔みもして、愈々六ヶ月經つて初めて婚禮したのです、 友太郎の捕はれた時から數へれば、十八ヶ月、滿一年と半經つた後なのです」

「オヽ滿一年半も待つたとは驚く可き貞女だ、友太郎も定めし滿足だらう」 と法師は(あざけ)る樣に云ふた、全く法師の心ではお露を最早や魂の腐ツた女と見て、 愛想を盡かしての言葉だらう[、]毛「最も次郎は、若しも友太郎が生きて歸ツて來はせぬかと其れのみが恐ろしかツたと見え、 婚禮から五日目か六日目に(すぐ)にお露を此土地から連れて去りました、其去る時に、 私は丁度友太郎と婚禮の披露をして其酒店に居ましたが、お露は其前を通る時、 多分友太郎と此店の樓上で一年前に婚禮の披露をしたのかと思ひ出したのでせう、 踏む足も蹌踉(よろめ)いて氣絶するかと見受られました」 法師「けれどお露は、其後は定めし樂しい月日を送つて居るだらう、何も氣に掛る事なども無しに」 聊か未練な問では有るが、法師はお露が次郎と婚禮を喜んだか、 喜ばずに詮方(せんかた)無く行ふたか、又喜んだとすれば何れほど深く喜んだか、 其邊の景状(ありさま)を聞かずには能う居ぬと見える、毛太郎次「爾うですネエ、 表面(うはべ)は何の不自由も無く、幸福に違ひ有りませんが、 内心では決して樂しい月日を送つては居ないでせう、常に何事か氣に掛つて居るのです、 友太郎の事が氣に成るのか或は友太郎が死んだとも()まらぬ中に婚禮して其後も死んだ確報の無いのが氣に掛るのか、 何しろ(ふさ)ぎ込んだ婦人と爲つて了ひましたよ、 娘の頃とは全く違つて居ます」法「其樣な事が何うして分る、 お前は其後お露に逢つたのか」毛「ハイ、逢つたと云ふ程では無くとも、見受けました、 二度見受けました」法「「何處で、何うして」


更新日:2003/12/29

巖窟王 : 六七 尋常の法師では


何處で何うして毛太郎次が其の後お露に逢つたのだらう、 法師の問は極めて熱心である。毛太郎次「一度は次郎が西國(すぺいん)の戰爭に出た留守の間です、 お露は次郎が立つ時にヘビナン海濱へ來て其の歸るまで逗留して居ました、其時は幾度も見受けました、 或時は話なども致しましたが」法師「逗留中、お露は何をして居た」 毛「餘念も無く息子を教育して居たのです」

此返事に法師は又驚いた容子である「オヽ息子を、お露には息子が有るのか」 毛「ハイ次郎との間に出來て、名を武之助と云ふのです」 法師「其れをお露が、能く教育などする事が出來たものだ、自分が無教育の身で有らうに」 毛「法師さん、貴方は未だお露の人柄を知らぬのです、眞にアノ女は、 若し女王にして遣れば立派な女王の役が勤まる女ですよ、 漁師村に居る時は漁師の娘で有つたのですが、少尉の妻になれば少尉の妻らしく、 又左官の妻になれば左官の妻らしく、何處までも勉強して自分の身を引上げるのです、 巴里へ行つてから非常に色々の稽古や學問をした相です、音樂でも、繪でも、 讀書でも、今では是れ一つ出來ぬと云ふ事は有りあますまい」 法師は呆れて口も塞がらぬ状である「アヽ爾うかなア、併し、 お前は何だかお露が面白からぬ月日を送ツて居る樣に云つたぢや無いか」 毛「其れは爾です其頃でも、何だか陰氣に(ふさ)ぎ込んで、 昔娘で居た頃とは(まる)で容子が違ツて居ました、私は思ひました、 色々な稽古事をしたのも全く自分の心を紛らせる爲なんだらうと、 爾ですよ、友太郎の生死も分らぬ中に婚禮したのが絶えず自分の氣に掛かり心で心を責るのです」

「其樣なものか知らん」と法師は熟々(つく〜゛)嘆息した、爾して暫くして、 「二度目には何處で逢つた」」毛「是れは、自分の恥を申さねば分りませんが、 不景氣で、私も首が廻らぬ樣に成つた時です、何程(いくら)考へても凌ぎの附け樣が有りませんので、 段倉や次郎の事を思ひ出し、彼等に無心を云はうか知らん、眞逆(まさか)に昔の友逹を忘れも仕まいと、 此樣に思ひまして、先づ段倉の所へ行きましたが、酷い奴です私には逢ひません、 其れから次郎の所へ行くと、是れは留守でした、仕方が無いからスゴ〜歸り掛けますと、 上から私の肩の邊へ財布が落て來ました、見上げると二階の窓から子爵夫人のお露が首を出して居たのです、 尤もお露は(すぐ)に顏を引つ込ませて其窓を閉ぢましたけれど、 其時の顏は前に逢つた時よりも又一入(ひとしほ)悲し相で色も青く、 何だか此女は遠からず(しな)びて了ふか知らんと此樣に思ひました、 何でも自分の身が悲しいから其れで人の不幸にも同情を寄せ、 財布を投げて呉れたりするのです、其後もお露は隨分貧民に金や品物を施します相で、 慈善家の中に指を折られるとか申します、其れから私は立去つて其財布を開けて見ますと五十圓入つて居ます、 其れ()り逢ひませんけれど今でも矢張り(ふさ)いで居るだらうと思ひます、 イヤ別に(ふさ)ぐと云ふでは無くとも(ふさ)いだ婦人に成つて了つたのです」

是れだけで毛太郎次の話は盡きた、けれど法師は猶だ聞き度い事が有る、 (あたか)餘所事(よそごと)の樣に「其れでは定めしアノ蛭峰檢事補とても餘ほど出世した事だらうなア」 毛太郎次は考へて「サアあの人は私の友逹で無いから、其後何う成つたか知りません、 私は唯だ見受けた許りで(ことば)を交へた事も無く、其後も別に思ひ出しも仕ませんでした、 併しお待なさいよ、爾う〜友太郎が捕縛されてから間も無く、ハテな一年も經つてからでしたか、 何でも米良田家の令孃と婚禮して何處かの地方に轉任に成りましたよ、 定めし出世はして居ませうが、此土地では噂する人さへ有りません」

語り終つて毛太郎次は、嘆息と共に繰返して「何うしても法師さん、 不正直な奴には叶ひませんよ、私の樣な正直者は活智(いくぢ)なしです、 幾等(いくら)稼いでも好い事が降つて來ません」 法師は彼の夜光珠(だいやもんど)を取出して「イヤ爾では無い、 お前の正直には此樣な報いが有る、サア」と云つて、毛太郎次に差出した、 毛太郎次は今更の樣に驚き「エ、之を私へ」法師「爾うさお前の話を聞いて見るとお露も次郎も段倉も、 友太郎の友人とは云はれぬ、最う此遺品(かたみ)を分けて遣る事は出來ぬから、 唯一人今まで友逹らしい心を持つて居るお前に遣るのだ」毛太郎次は伏拜んだ 「法師さん、正直に云へば私も一時は友太郎を恨んだ事もありました、十九や廿歳(はたち)で、 早や船長にも取立てられるとは生意氣なと、羨ましさの餘り癪に障り、何う仕て呉れやうか知らんと此樣にも思ひましたが、 けれど決して彼を眞實に害する氣は無かつたのです、其れを彼が死際までも親切に私を覺えて居て、 遺品(かたみ)を贈る樣に遺言するとは有難過て何とも云ひ樣がありません、 其れに貴方の親切、正直は、私の正直に上越します、 此夜光珠(だいやもんど)を、貴方が默つて自分の物にしたとて誰も知る者はありませんのに、 其れを故々(わざ〜)持つて來て下さるとは今の世に二人とはありません、 本統に何うお禮をすれば好いでせう」法師「ナニも禮など云はれる筈では無い -- 」 と云ひ掛たが忽ち思ひ出した樣に「オー其禮には先刻お前が持つて居ると云つた、 赤い皮の財布を私は貰うて行かう」毛「エ、赤い皮の財布とは、 アヽ森江氏が友藏老人の(へや)で、煖爐(すとーぶ)の上へ置いて行つたアノ財布ですか」 と云ひ(すぐ)に立て持つて來た、今は赤い皮の色も褪めて大方黄喰(きば)んで居るけれど、 成ほど十四五年前に森江氏が持つたゞらうと思はれる形である、 法「是も正直な行ひの記念だ、貰ふて行つて好からうねえ」 毛太郎次「何うかお持ち下さいまし」法師は之を受納め「イヤ縁があつたら又逢はう」 一語を殘して、戸外(おもて)に出で、乘つて來た馬に乘り飄然として立去つた、 (そもそ)も此法師が尋常(たゞ)の法師で無い事は、既に讀む人の察した通りである、 是より更に何の樣な事をするかは、此の物語りの眼目である。


更新日:2003/11/10

巖窟王 : 六八 イヽエ即金で


暮内法師と自稱する客の飄然として去つた後に、毛太郎次は、 夜光珠(だいやもんど)(ひね)り廻して、暫しが程は其の光に醉つた状であッたが、 何時の間にか二階から降りて來た妻の聲の驚かされた、 妻「餘りの事で誠とは思はれぬぢや無いか」毛太郎次「本統に爾よ、 嘘の樣だけれど誠だから有難いわ、()ア此夜光珠(だいやもんど)の光を見ろ」 とて妻の目の前に輝かせた、妻「餘り光り過るよ、私は此樣なのを見た事が無い、 若しや(にせ)ではあるまいか」毛「(にせ)に此樣なのがあるものか」 妻「でも本物なら呉れる筈が無いからさ」

毛太郎次は愕然として「何だ、眞物(ほんもの)なら呉れる筈が無い、フム、成るほど、 其れも爾うだ、アノ法師が友太郎に頼まれたのを着服して了ッたとて誰も知る筈は無い、 眞物(ほんもの)なら着服する所だなア、イヤ併し(にせ)ぢや無い、(おれ)の目が確だよ」 妻「だッて此頃では眞物(ほんもの)よりも能く光る贋物が出來ると云ふぢや無いか」 毛太郎次の顏は忽ち曇つた「爾うかなア、若し(にせ)ならば大變だぞ、 アヽ好い事が有る、(おれ)は是から直に此珠をボーケヤの市場へ持つて行つて鑑定して貰ふ」 妻「爾、爾、早く爾うお仕よ、アノ市場(いちば)へは(いつ)でも巴里から珠玉類の商人が來て居るから」 毛「爾よ、幾等(いくら)に引取るか聞いて見れば分る」妻「若し五萬(ふらん)と云つたなら直に賣つてお了ひよ」 毛太郎次は少しの間に仕度をして市場を指して急ぎ去ッた、妻は其の後姿を見送ッた末、 座に歸つて「五萬(ふらん)とは大層なお金だよ、爾うだ見る事も無い大金では有るけれど、 貴族の樣な暮しをするには未だ足らぬ、何故十萬(ふらん)で無いのだらう」 慾の(ふくろ)に底が無いとは此事で有る、此樣な者に彼の寶が手に入つて果して椿事無しに濟むだらうか、 玉を抱いて罪ありとは昔からも云ふ事だ。

*    *    *    *    *    *    *

是より幾日かの後である、馬港(まるせーゆ)の市長の邸へ、年頃卅二三と見える商人風の旅人が尋ねて來た、 手に手鞄包(てかばん)()げて居るのは商品の見本か書類でも入れて居やうか、 身體の容子と言葉の訛では英國の人らしい、此人、市長に面會を求め 「私は伊國(いたりや)の羅馬に本店の有る富村銀行の書記長ですが、 兼て當地の森江商會とは、或相場事件を共にして目下十萬(ふらん)以上の貸越しに成つて居ます、 所が近頃森江商會に付いて種々の不評判を聞きますので、探聞の爲に參つたのです」と云ひ、 市長自身の意見を求めた、市長は心配氣に答へて「イヤ何う云ふ譯か、 森江商會には近來不幸な事ばかり續いて、其の信用を疑ふ人の多くなつたのは事實です、 私自身もアノ銀行へ多少の金を預け金も有りますけれど何しろ當地の舊家と云ひ殊に頭取森江良造氏が極めて嚴重な人物ですから、 其人を信用して取引を續けて居るのです、世人(せにん)の取沙汰に由ると、 持船巴丸の安否が分る迄は大した變も有るまいと申します」旅商「若し巴丸が入港せぬ時には」 市長「巴丸に不幸な事でも有つたと分れば、森江氏を尊敬して居る預金者として猶豫せずに取付けませう、 其時には -- 」旅商「其時には支拂ひを停止しませうか」市長「イヤ爾う迄斷言も出來ませんが、 何しろ森江氏に取つては苦境でせう、併し森江商會の状態は私よりも監獄總長に聞く方が能く分ります、 總長は森江商會へ廿萬からの金を預けて居ますから」

旅商(たびしやう)は是れを聞き、一禮を述べて茲を去つたが、直ちに監獄總長の(やしき)に行つた、 爾して同じ事を云つて同じ樣に尋ねた、總長は之を聞くと共に殆ど絶望の色を以て 「イヤ私は自分の娘の婚資其他を合せ二十萬圓預けて有り、來る十五日定期の盡きる日ですから、 其日に引出す事を兼てから通知して有ります、所がツイ今から一時間ほど前です、 森江良造氏が自分で來て、當日までに若し持船巴丸が入港すれば、 十萬圓は當日拂ひ、殘る十萬圓は來月の十五日まで萬一ヶ月待つて呉れと懇談して歸りました」 旅商「其れは殆ど支拂停止の樣な樣ですかね」 總長「停止では無く破産です」旅商「ハア破産、では貴方の債劵も殆ど -- 」 總長「ハイ全く虚空です、實に心痛に堪へません」 旅商「では私が其債劵を買ひませう」總長の顏は忽ち輝いて又雲り 「非常に割引して半値位にも買はうと云ふのですか」旅商「イヽエ富村銀行は其樣な不當な事は致しません、 買ふならば額面通り二十萬圓に買ふのです」總長は怪しまぬ譯には行かぬ、 破産に瀕した森江商會の債劵を額面通りに買入れるとは殆ど狂氣の沙汰にも等しい、 大金を持つて其捨て所に困る人が無ければ()ぬ事である、 總長「無論延べ金で」旅商「イヽエ即金で」と云ひつゝ、 鞄包(かばん)の口を開いて示した、中には紙幣が幾十萬と數の知れぬほど詰つて居る、 總長の顏は喜びの現はれるのを制し得ぬ「爾して下されば眞に私の一家は浮び上りました、 シタが富村銀行は何故其樣な事をするのです」旅商「何故だか書記長の私には分りません、 其れは頭取の方寸に在る事です、併し多分は、當地に森江銀行の樣な競爭者に有るのが營業上の邪魔に成りますから、 此機に乘じて買潰す計畫でせう」總長「成る程、分りました、其計畫が私共に取つては天の助けです、 貴方への手數料は幾等(いくら)でも差上げますから」旅商「イヤ其れには及びません」 總長は彼の、法師の惠みに逢つた毛太郎次の樣に夢かと疑ふ状である。


更新日:2003/11/10

巖窟王 : 六九 其代りにお願が


「イヤ手數料には及びません、正金廿萬圓の受取を式の通り署名してお作り下されば債劵と引替に正金を差上げます」 旅商人は何處までも正直である、監獄總長の喜びは益々高まる(ばか)りだ。

斯く云ひつゝ旅商は、フト思ひ出した樣に「手數料は要りませんが、 オヽ其代りに貴方へお願ひがありまする」と、云ふ顏には輕い笑が浮んで居る、 總長も同じく笑んで「願ひとなら、聞かぬうちに承諾しても宜しい」 旅商「私は子供の頃に英國から伊國(いたりや)へ移つた者ですが、其頃 伊國(いたりや)で變な法師に教育を受けました、 聞けば其の法師が、其後何でも此土地の牢へ入れられたとか云ひますが、 兼てから(ついで)があれば、此土地へ立寄つて、其の法師が何う成つたか聞き度いと思つて居ました」 總長は少し考へ「伊國(いたりや)の法師で此土地の獄へ、ハテ其樣な者はありませんが、 イヤお待ち成さいよ、無いでもありません、其名は何と」 旅商「其頃は梁谷と云ひましたが獄へは何と云ふ名前で入りましたか」 總長「アヽ梁谷、梁谷、其れならば先頃死にましたよ、イヤ妙な囚人で、 其の又死んだ事に就き不思議な事情が起りましたので先日も人に話ましたが -- 」 旅商「ハア死にましたか(それ)は可哀相に」總長「シタが私から聞きたいは、 彼の法師が何か大きな身代などに關係した事がありますか」 旅商「左樣ですねえ、富村銀行に今まで預け金が、殘つて居ますけれど」 總長「エ、富村銀行に今まで預け金が、其れは非常な大金ですか」 旅商は笑ひながら「ハイ大金ですよ、廿年來の利子とも加へて(わづか)に七八十圓ですから」 總長「其れ()りですか」旅商「其れ()りです、最も之は彼の法師が無報酬で數人の子弟を教育しましたので、 其の親逹が月謝の積で、彼の勘定にして銀行へ月々貯金預けをしたのです、 其れが今でも帳尻に殘ッて居ますので、私は書記長の職務として、 法師の其後を知り度いと思ッたのです」總長は可笑しさを禁じ得ぬ如く顏を(くづ)して 「アノ法師は幾百萬と數知れぬ大金を持つた積で死にましたよ、典獄が狂人だと云ひましたが、 全く狂人でした」」旅商「兎に角私はアノ法師に就いての公の記録を拜見したいのです」 總長「其れは私の書齋へ行けば監獄の記録が其他の公書と共に、 悉く備はッてゐますから、御自分で繰つて御覽なさい」

廿萬圓の手數料に、唯だ狂法師の記録を見せよと云ふは、 五萬 (ふらん)夜光珠(だいやもんど)を與へて其代りに赤い革の古財布を所望するより猶ほ一層輕い望みだから、 總長は直に此人を書齋へ連れて行き、多く簿册(ぼさつ)の中から一册を取出して 「法師の事は此册の中に在る筈です」とて差示した。

旅商「イヤ、是よりも、大事の取引を先に濟ませませう、何うか受取をお書き下さい」 總長「オヽ私は安心の餘り取引を忘れる所でした」と云ひ、 早速受取を認めなどし、茲で取引を濟ませて了つた、爾して總長は、 自分の命をでも拾つた樣に廿萬圓の紙幣を運んで奧の方へ(しりぞ)いた、 定めし妻子にも其れを示して共々幸運を語り合つて居るのだらう。

獨り書齋に殘された旅商は、直に彼の簿册を開き、容易に梁谷法師の所を見出したが、 此所は唯一應目を通したのみで、更に團友太郎に關する部分を開いた。

茲には蛭峰の署名で、友太郎を尋問した記事も有る、けれど事實とは痛く違つて非常な過激な扇動者の樣に書き、 爾して無論、友太郎が蛭峰其人の父、野々内の父、野々内へ宛てた密書を持つて居た事などは記して無い、 最後に其の罪案を總括して

拿翁(なぽれおん)の歸國に最も力を盡したる一人 ▲過激なる王朝轉覆者 ▲放免せば人心煽動の恐れあり ▲公に裁判するは非常の危險ある見込

と、記して有るは曾て監獄巡視官が見た通りである、爾して其の餘白の所に、 (やゝ)違ッた筆跡で「如何とも此外の處分無し」と書いて有る、 是れは巡視官が書入れたのだと、旅商は合點したらしい。

外に段倉の作つた密書も有る、其封筒も其の儘着いて居る、 封筒に在る郵便の消印で、友太郎が捕はれた前夜に投凾した事も分る、 次に森江氏から拿翁(なぽれおん)の朝廷へ宛てた願書も有る、 願書には、實際友太郎が非常に拿翁(なぽれおん)へ忠義であつた事を書いて、 前の蛭峰の記事と符合する樣に成つて居る、多分蛭峰が文句を口授したのだ、 爾して其の願書を握り潰し置いて其後再び路易(るい)王の治世と爲るに及び、 手柄顏に其れを路易(るい)に示した事は、是もお餘白に蛭峰の手で路易(るい)王への奧書を書入れてあるので分る、 旅商は()と滿足の(てい)で、此願書と段倉の密告状及び封筒とを切取ッて自分の衣嚢(かくし)へ深く收めた。

此所へ丁度彼の總長が歸つて來た。


更新日:2004/12/30

巖窟王 : 七〇 其れ程能く見破る事が


旅商は段倉の密告書と森江氏の願書とを切取つて、猶滿足せぬと見え、 入つて來た總長に向ひ「アヽお蔭樣で、梁谷法師の死んだ事情や、 其日が今から五月餘り前、本年二月末の日で有つた事なども分りましたが、 其れにしても先刻貴方が、何か此法師の死んだ時に不思議な椿事が起つた樣にお話しでしたが、 其の椿事とは何の樣な事ですか、(ついで)ながら伺つて置き度いと思ひます」 極めて自然の樣に問ふた。

總長は未だ嬉しさが醒めぬ状で、()と機嫌よく「私は官に就て以來、 監獄の事のみ使はれ、一頃は巡視として全國の牢屋を悉く巡檢も仕ましたが、 何しろ此法師の死んだ時に起つた樣な事件は、外で聞いた事が有りません」 ()ては此人が曾て友太郎や梁谷の土牢を見巡つた其の巡視官であつたのだ、 旅商の今讀んだ蛭峰の調書の餘白へ「如何とも此外の處分無し」と書入れたのも此人なのだ、 旅商は此語を聞いてジッと總長の顏を見詰た。

總長「梁谷法師は發狂の爲に土牢へ入れられて居ましたが、其の所から凡そ五十尺も離れた同じ土牢の中に、 極めて過激な拿翁(なぽれおん)黨の一人が、之れも發狂と見做されて入れられて居たのです、 今思ふと之は發狂では無く、極めて過激な、極めて大膽な陰謀者でした、 名前は團友太郎と云ひ、十九歳の時に捕はれたと云ひますが、 (わづ)か十九歳で早國事犯に與し其の首謀者と云ふ程の嫌疑を得たのだから一通りの人間で無い事は分つて居ます、 此男が地の下を五十尺の間、梁谷法師の牢へまで隧道(とんねる)の樣な穴を掘つたのです」 旅商「ヘエ、土牢の中で、地を掘る樣な道具が得られますか」 總長「イヤ其男が作つたのです、何うして作つたかは知りませんけれど、 鍬や(のみ)や其他の樣々の道具が牢の中に殘つて居て、 私も一見しましたが決して外から持ち込んだ品では無いのです、 爾して其隧道(とんねる)を往來して梁谷法師と交通を開きました」

「成るほど其れは大變な奴ですねえ」と旅商は感心の(てい)で答へた、 總長「實に大變物ですよ、私も其獄を巡視した時、其の友太郎にも逢ひました、 眼の凄さから顏に異樣な鋭い所の有るなど、一見して尋常の人で無いと思ひました、 今でも其の青白い凄い顏が目に附いて居る樣な氣が仕ます、幾年經つても私は其顏を見れば、 群集の中でも見破る事が出來るだらうと思ひます」果して其れほど能く見破る事が出來るだらうか、 旅商は怪しむ樣に再び總長の顏を凝視した。

「何でも此男は法師を語つて破牢を企てる積りで、法師の(へや)へ尋ねて行つたのだと見えます」 旅商「所が法師が死んだから其企ても無駄に成つたと云ふんでせうね」 總長「サア其處が椿事です、仲々工風に富んだ奴と見え、 (ひそか)に法師の死骸を自分の(へや)へ持つて來て自分の樣に見せ掛て寢臺へ置き、 爾して自分が死骸の代りに袋の中へ入つて居たのです」旅商「エヽ袋とは」 總長「袋とは棺の代りに死人を入れるのです、何でも友太郎の積では、 其袋へ這入つて居れば、死人として牢から運び出され、 墓地へ持つて行つて葬られる其時に土を跳退(はねの)けて逃ると云ふ所存だつたでせう」 旅商「成るほど椿事です、さうして遂に其通り逃げましたか」 總長「所が其獄では死人を土葬にするのでは無く、 袋の儘三十六(ポンド)の鉛の(おもり)を附けて海へ水葬するのです、 牢番共が彼を崖の上へ運んで行き、式の通り(おもり)を附け、幾十丈の高い所から、 海の最も深い所へ投込ました、彼は袋の中でさうと氣が附き、よほど驚いたものと見え叫び聲を發した相です、 牢番共は其聲を聞いて法師が蘇生したのかと怪しみましたけれど、既に投げた者を、取返しは附きません」 旅商「爾して友太郎は終に何うなりました」總長「其のまゝ水底の藻屑と爲つて了つたのです、 高さの知れぬ崖から落とされて、勿論水に着いた時身體が碎けて大抵は即死か氣絶をするのです、 爾して直に三十六(ポンド)(おもり)で水の底へ引込まれますもの、 何うして逃れる事など出來ませう」旅商「シタが死骸は上りましたか」 總長「今云ふ通り底の藻屑と爲つたのです、上がる筈がありません」 旅商「では政府でも友太郎を死んだ者と見て了つたのですな」 總長「勿論です、事實死んだの違ひ無いからで水葬された者と見做したのです、尤も、 それから翌日になつて牢番共が土牢を見廻つて初めて、 その次第が分り兎も角も式の通り號砲を放ちなどして騷ぎましたけれど、 既に水底へ葬られた者を今更如何とも仕方が無く、 更に今度は間違ひの無い法師の死骸を水葬して全く事が終つたのです」

聞終つて旅商は「若しその人が生てゞも居れば、獄中で梁谷法師の臨終の模樣なども分りませうに、 それでは致し方もありません、 併し法師の死んだ事がさう確である上は子弟の恩義として八十圓許りの其預金に幾等か足して、 墓でも建て遣りませう」と云ひ猶も總長に禮を述べて旅商は立去つたが、口の中では 「フム團友太郎は政府の目で全くの死人と成つて了つたし、何事も思つたよりも好い都合に進んで行くは」 と滿足げに呟いて居た。


更新日:2003/12/29

巖窟王 : 七一 森江商會


富村銀行の書記と稱する此の旅商人は何の爲に森江商會の債劵を買受たゞらう、 彼は森江氏の取引ある先々を尋ね同じ樣な口實を以て、 大小に拘はらず其の債劵を買集めて居た、多分は富村銀行が、 森江氏を商賣(かたき)と見て早く破産させる策略だらうと大抵の人は推量した。

併し森江氏の商店は、斯樣にして破産を早めずとも實際破産を免れぬ場合に立到つて居る、 其の景状(ありさま)は、店の前を通行する唯の往來の人にも分る程である。

數年前までは、馬耳港(まるせーゆ)の人々が、金さへあれば森江商會に預けると云ふ風に成つて居た、 森江商會が全く此土地の共有の金庫の樣に見做されて居たのだ、其れが爲に、 店の繁昌は非常なもので、往來の人にも見ゆる窓の中の人の顏が(いづ)れも晴やかに輝き、 爾して大小の雇人が皆忙しげに家の中を小足(こあし)に駈けて居る樣であッた。

其れが今は大方空家の状である、窓の中の廣い事務室に、陰氣な會計長が苦い顏をして、 唯一人、何の仕事をするのか、無言に控へて居るのみである、 店先に朝から晩まで引きも切らずに群集した取引人も、 今は午前に一人、午後に一人と云ふ樣である、其れも來るのは必ず金を引出す人ばかりで預けに來る人は無い、 其れだから來る人の足音が一々此家總體の神經へ、刄音(やいばおと)の樣に(こた)へるのだ。

數の知れぬ程居た雇人が一人去り二人去り、皆暇を取つて了つて唯殘つて居るは江馬仁吉と云ふ廿三四の手代一人、 小暮傳助と云ふ會計一人、單に之のみである。

何故此二人が殘つたと云へば江馬は貧しからぬ家の息子で森江氏の一女緑孃と許婚に成つて居る、 若しも此家に萬一の事があらば共々に沒落すると云ふ決心を持つて居るのだ、 會計の傳助と云ふは頭取森江氏の父の代から使はれて居る老僕である、 久しく會計局の小使を勤めて居たが、會計の局に當る人が皆追々に辭職したので終に會計と云ふ重い責任の地位に取上げられた。

唯此二人で、馬耳塞(まるせーゆ)第一と云ふ大商店の事務が取り切れる譯では無いが、 今は商店が有つて事務がないから二人でも足りて行くのだ、 殊に此會計の小暮は、會計で有りながら此商店に破産の樣な時が來やうとは少しも思はぬ、 自分が茲へ奉公して以來四十年、年々月々に、支拂ふものを一文の不足も一刻の猶豫も無く支拂ふて來た會社が、 何で支拂ひをせぬ樣に成るものかと其の確信の堅い事は、老水夫が、 海の水の涸ぬのを信じて居るよりは猶強い程である。

既に彼が會計に成つて數ヶ月來、此店へ金の入つて來る事とては一文も無いけれど、 出す可き金は、彼が計算して店主森江氏に其の書附を渡すと必ず森江氏から其丈けの金を以て來て渡される、 何時までも此通りに違ひ無いと、唯是だけの考へで、 其實森江氏が何れほど辛い算段で其金を持つて來るかと云ふ事には少しも氣が附かぬ、 けれど、森江氏に取つては血を吐くよりも辛いのである、 家産の中で金に代へる事の出來る物は悉く代へて了つて金に代へられぬ物までも、 代へる工風は有るまいかと苦心する程であるのだ、先月の支拂ひが、 實に其の最後で有ッた、之は自分の妻の身に着ける飾物から、 娘の頭の物までも賣拂つて調へたのだ、其れも此土地で賣拂つては落た信用を益々落とすのみであるから、 (ひそか)にボーケヤの市場へ出張して自分の手で賣拂つて來た。

何の樣な事をしてなりと巴丸が印度から歸る迄は此店を支へて居ねば成らぬと決心してゐる、 けれど其の巴丸の歸るのが甚だ覺束無い、此船より數日後れて印度を出た船は、 (とつ)くに此港へ入つて居るけれど巴丸だけは着かぬ、 其中に日は經つ許りで、早眼前に押寄せて拂はねば成らぬ口が、今月も廿萬、來月も廿萬ほど有るのだ、 此支拂の日が恐らくは、森江商會破産の日と爲るだらう。

丁度此樣な場合で、爾無きだに淋しい一家が、(まる)で忌中とでも云ふ樣に(ふさ)ぎ込で居る所へ、 或日伊國(いたりや)の富村銀行の祕密書記と云ふ男が入つて來た、 先此店の書記長とも云ふ可き江馬仁吉が逢つて其來意を尋ねると頭取森江氏へ直接にで無ければ云ふ事の出來ぬ用事であるとの返辭である。 (いづ)れにしても此店の心配を増す事柄には違ひ無いから成る可く森江氏の耳へは入れずに濟まさうと思ふけれど仕方が無い、 江馬は會計の小暮を呼んで相談した、勿論富村銀行と云ふのは永年の取引先で有るのだから、 その祕密書記とも云ふ者を故無く追返す譯には行かぬ、殊に小暮は()ほど頭取に苦痛を與へる事とも思はぬから 「私が頭取の居間へ案内して進ぜませう」と云ひ、事も無げにその祕密祕書を引連れる樣にして二階へと上つて行つた、 上るその段梯子で、丁度上から降りて來る緑孃に行逢つた、祕密書記と云ふ男は異樣に孃の顏を眺めた。


更新日:2003/11/10

巖窟王 : 七二 無論金件です


階段を降りて來た緑孃は滿十七歳になつた許りで、女子の最も可憐に見える時代である、 殊に天性、清い美しい顏だちで、誰とて一目見れば見直さずに居るられぬ樣な氣持がする、 彼の祕密祕書と云ふが、ジッとその顏を見たのも怪しむには足らぬ、 何の念慮も無いけれど(まなこ)をその方へ引寄せられる樣に感じたのだらう。

祕密祕書を案内して居る小暮會計は「孃樣、阿父樣(おとうさま)はお居間でせうね」と問ふた、 孃「多分さうでせう、此方のお名前を伺ッて行つて爾申して御覽な」と、 何だか氣兼を帶びた樣に云ふのは可哀相に、浮世の浪風に當ッた事の無い此令孃さへ、 我家我店の尋常ならぬ不幸不運を感じ知つて、(おのづか)ら尋ねて來る人毎に心配するものと見える、 爾して孃が此書記の顏を見返した(まなこ)の中には「何うか、借金の事ならば父へ手甚く催促して下さらぬ樣に」 と、願ふ心が籠つてゐるかと疑はれる、書記は存外に愛想の無い聲で 「イヤ初めて森江氏へお目に掛るのですから名前を申しても分りません」と答へた、 孃は泣出し相な顏で階段を降り、江馬仁吉の居る(へや)に入つた。

書記は一寸(ちよいと)振返る樣にしたけれどその儘上つた、爾して森江氏の居間の入口に立つた、 先小暮の方が中へ入つたが暫くして出來り「サア、主人がお目に掛ると申します」と傳へた、 書記が引違へに中へ入つて見ると、森江氏は厚い會計簿を開いて、 顏色を青くしてゐるは、自分の借金の口數をでも調べてゐたものらしい、 實に變れば變るものである、十六年前の彼の團友太郎が此人に分れた頃は、 此人、卅六歳で猶だ何處にか青年の面影も殘つてゐたが、今は五十の坂を越えた、 併し未ださう衰へる年では無いけれど、(かしら)は大方白髮(しらが)に成つて、 顏には深く心配の筋が刻み込まれてゐる、全く苦勞に更けたのである。

書記の姿を見ると共に森江氏は帳簿を閉ぢた、閉ぢる時に何だか溜息が洩れた樣である、 爾して靜かに書記の顏を見て「私へ何かお話がある樣に、今會計から聞きましたが」 書記「ハイ爾です、今私が何處から來たかも會計が申したでせうネ」 何だか早や談判らしい語氣を帶てゐる、森江氏「ハイ富村銀行の祕密祕書と」 書記「其通りです、今日(こんにち)參りました用談は外でもありません、無論金件です」 無論金件とは分つて居る、取引銀行の書記だから無論金件に違ひは無いが、 其れでも此一語が胸に(こた)へる。殊に言葉の調子では何やら嚴重に談じられ相である、 昔ならば人を恐れるなどと云ふ事の夢にも無かつた人だけれど、 今は何よりも人が恐ろしい、書記は語を繼いで「實は私共の銀行が、 此度夥しい金額を當國で支拂はねば成りませんので、 兼て支拂確實を以て有名な貴方のお店から出た手形を少からず引き取りました、 勿論期限が來ればお拂ひ下さるに極つては居ますけれど、同業の(よしみ)を以て、 一應お知らせ申して置く可きと思ひまして」森江氏「ハア、私共の振出した手形を」 書記「ハイ隨分澤山に持つて居ます」森江氏は病人が醫師に向ひその病名を尋ねる樣に恐々 「シテ澤山とは何れほどです」書記は無言で、先づ取り出したのは、 監獄總長から買取ッた廿萬の債劵である、爾して森江氏の見終るを待ち冷やかに 「御承知でせうネ」森江氏「ハイ是だけの金子(きんす)を、確に總長から預かッて居るのです」 書記「何時お拂ひです」森江氏「半分は今月の末、半分は來月の末」

何氣無く云ふ積ではあらうけれど森江氏の聲は震へて居る、 書記「外に猶だ、小口ですけれど今月の十五日期限の手形が少しばかりあります、 是は總體で、(わづか)に三萬五千圓ばかりですが、兎も角も貴方の記名と成つて居ますゆゑ」 と云ひ又差出した、森江氏は之を見て「確に私の記名です」と云ひつゝも、 今までは如何なる擔保よりも確だと尊重せられた森江良造の記名が、 茲で初めて不渡りの汚名に陷る時が來たかと思へば、身を切らるゝ想ひもするだらう、 無理にその想ひを隱して「一切で是丈ですか」書記「イヤ猶だあります、 來月の十日支拂ひの分と、廿日支拂の分が」と云ひ又二通取り出した、 是は森江氏が當地の取引先、ソイルドと云ふ商店とパスカルと云ふ商人とに宛て振出したものである、 雙方とも十萬圓の上である、書記は念を推す樣に「初めのをも合せ、 總體で四十八萬、三千二百五十圓です」森江氏「四十八萬三千二百五十圓」と機械的の聲で繰返した。

書記は容赦も無く、青褪めて居る森江氏の顏を鋭く見詰て 「極打明けて申ますが勿論貴方の信用を疑ふ譯ではありませんけれど、併し -- 」 併しと云ひて更に言葉へ重みを附け、「當地の人の説を聞きますと、 貴方が是だけの支拂には應じ得ぬ樣にも云ひますが」全く森江氏の面色は土の如しで有る、 と云つて自分の名に對し屈しては居られぬ場合である、殆ど必死の力を絞り集めた樣な聲で 「私の父が頭取で有つた卅五年間と、私がその後を(つい)でからの廿五年間合せて今日(こんにち)まで六十年の間、 一度でも信用を疑はれた事の無い森江商會です」と、何うから言切るだけは言切つた。


更新日:2003/11/10

巖窟王 : 七三 一艘の帆前船


全く六十年間、信用を疑はれた事の無い森江商會である、 ()しや今は何れほどの末路に際したりとも、 その頭取たる者が同業銀行の祕密祕書と名乘り男に、弱味を見せて成るものか、 森江氏が立派に言切つたのは當然である、辛くは有らうが當然である。

イヤ言切つたが、實は餘り立派では無かつた、物心覺えて數十年來、 嘘一つ()いた事の無い森江氏である。嘘一つ()かねば成らぬ場合に迫られたのは此頃が初めてゞある、 現在自分の心で、今月來月の中に到底五十萬近い支拂ひの出來ぬを知つて、 それを出來る樣に言ひ切るのだもの何うして立派な聲、立派な言葉、 立派な語調が出やうものぞ、言切たその言葉が、何と無う憐れげに聞えた。

けれど書記の顏には別に憐みの色が現はれたとも思はれぬ、彼は唯打解けた樣な、 爾して詰問する樣な、異樣な調子で「イヤ森江さん、爾う仰有(おつしや)るのは當然です、 誰とて貴方の地位に立てばその通りに言切りませう、けれど私へ對しては見得外聞を顧みる場合では有りますまい、 茲で伺ふ事は此席限りで、外へは決して洩れませんから、何うか貴方の名譽に誓つた眞實の言葉を聞かせて下さい、 全く貴方は紳士の言葉を以て、此支拂ひが無事に出來ると云ひますか」 斯うまでに推し問はれては、おれでもと云ふ勇氣は無い。

森江氏は惆然(てうぜん)と打萎れた、爾して暫らく考へた末、 到底此樣な大債權者に對しては隱し(おほ)せる事は出來ぬと悟つた容子で 「イヤ()う云はれゝば私も腹藏の無い所を申さねば成りません、 實に面目無い次第ですが目下私の運命は唯持船巴丸の安否一つに繋がつて居るのです、 此船が無事に入港しますれば、當商店の信用も多少は囘復し、何とか支拂ひだけの融通は附きませうが、 イヤ附かずとも附けねば成らぬと決心してるのです」書記「若しその船が入港せずば」 森江氏「此良造の運の盡です、支拂停止しる外はありません」

書記も嘆息の樣な物を洩らした、けれど、柔かな顏を示す可き場合で無い、 猶も極めて眞面目に「爾すると巴丸が貴方の最後の頼みですね」森江氏「最後の頼みです」 書記「何とか力を借る友人はありませんか」森江氏「商人には取引先はありますけれど、 友人はありません、信用の盡きた後で誰が助けて呉れませう」 書記「さうすると此最後の頼みの絶ゆる時は」森江氏「全く此商會の破産です、 森江一家の滅亡です」

書記は思ひ出した樣に「オヽ私が茲へ來る時、丁度、港へ一艘の帆前船が着きましたが、 若しや貴方の云ふ巴丸ではありませんか」森江氏「ハイそれが巴丸が出て、 次の又次に印度を出たジロンと云ふ船です、實は店の若い者が一人、 時々屋根の物見臺に上り、入港の船を見てから私へ知らせて來るのでその船の入港も直に分りました」 書記「巴丸の次の次に出た船が着いたのです、それだのに」森江氏「ハイ斯うなれば最う何も彼も打明けます、 それだのに未だ巴丸が着きません」書記「事に依ると今のジロン號とやらで巴丸の消息が分りませう」 森江氏は堪へ兼ねた状で、忽ち顏に兩手を當た「イヤ(いつ)そ便りの分らぬ方が好いのです、 巴丸が印度を出たのは本年二月の二日です、最う一ヶ月前に入港してゐる筈ですのに、 今以て入港しません、此れは決して無事な船に在る事では無いのです、 何うか私はその便りを聞度く無いと思ひます、聞かぬうちは、今に歸るか、 歸るかとの見込が何時までも續いてゐますが、聞けばそれ切絶望です」 何たる心細い實状だらう、聞かぬ中は猶だ見込が續いてゐるとは、 併し氏の今の位置としては眞に此樣なものだらう。

氏は兩手の陰で泣いて居るらしい、書記も再び嘆息しやうとしたが、 其時階段の方から異樣な足音が聞えて來た、森江氏は是れが自分の恐れてゐた便りとでも感じたのか()と立上つて 「アノ物音は何だらう、何だらう」とて戸の所まで進んだが、 勇氣が盡きたと見え、又蹌踉(よろめ)いて元の椅子に倒れた、 その中に足音は近づいた、確に六七人もくるらしい響きである、 けれど割合にその進みは遲い、何だか躊躇しつゝ來るのかとも思はれる。

(やが)て外から此(へや)の戸の錠を、鍵で開かうとする音も聞えた。 森江氏「ハテな此戸の鍵は孃と小暮の外に持つては居ぬが」と云ふ聲の(もと)に、 又一方の戸を同じ樣に開いた者がある、(そもそ)も此(へや)には店の方と、 奧の方とへ雙方(さうはう)に戸があるのだ、先に開いたのが奧の方で、 次に店の方からの戸が開いた、爾して奧の方から入つて來たのは先刻の緑孃である、 孃の目には涙が一ぱいに湛へて「阿父樣(おとうさま)阿父樣(おとうさま)」森江氏は此叫び聲で、 何も彼も悟つた、愈々先刻入港したジロン號と云ふのが、森江氏の運の盡と云ふ悲しい便りを持つて來たのだ、 森江氏「オヽ、愈々巴丸が沈沒したのか」店の方から續いて入つた小暮も尋常(たゞ)ならぬ聲で 「何うか旦那樣氣を確にお持ち下さい」

是れぞ森江一家が沒落と事極まる時である、(へや)の中に唯何と無う悲しい空氣が滿々た樣な氣がする。


更新日:2003/11/10

巖窟王 : 七四 漏水が初まりました


「巴丸が沈んだのか」と森江氏は再び問うた、小暮は「旦那樣お氣を確に」 と云ふたに似ず早自分が落膽した、「ハイ誠に殘念な次第です」とて泣出した。

殘念と云ふ位では濟まぬ、最後の望みを繋いで居た持船の沈沒だから、 是れで此一家が亡びて了ふのだ、引き續いて森江氏の妻君が、 江馬仁吉に(すが)る樣にして蹌踉(よろ)めきながら此(へや)へ上つて來た、 爾して娘と左右に森江氏の手を取つて彌々(よゝ)と泣いた。

此中で一番確なのは森江氏自身である、最も重い責任を背負つて居るから、(くづ)れるにも(くづ)れられぬのだ 「その知らせは先程入港したジロン號が持つて來たのか」小暮「ハイ」 森江氏「船は沈んで -- シタが乘組員は何うなつた」小暮「船長も水夫も助かりました、 ジロン號に救はれて歸ッて來たのです」森江氏は眞實、天に謝する樣な調子で 「水夫の助かッたのは、それは何よりも有難い」と聊か安心の聲を洩らした。

人の上に立つ者は斯う無くては成らぬ、寶よりも人を愛する心が無くては、 人が人の上に立たせては置かぬ。

此聲に應じて、外から廊下の戸を推し開いたのは七人の水夫である、 彼等は敬禮する樣に立並んでは居るが、その衣服の状を見れば、 實に憐れむ可きものである、何れほどの艱難を冐して一命だけを助けて歸ッたかと云ふ事が分る、 彼等は今森江氏が、乘組員の助かッたのを謝した言葉に感涙したと見え、 (いづ)れも(かうべ)を埀れてゐる。

彼等の姿を見るよりも、第一に驚いたらしく見えたのは彼の富村銀行の祕密祕書と名乘り男である、 彼は(あたか)も數十年相見ざる舊友にでも巡り逢ッたかと疑はれる程の状で、 兩手を廣げて水夫等の方に進み掛けたが、その途中で何事をか思ひ出した樣に忽ち足を止め、 爾して更に椅子を引いて室の最も暗い隅の方に退き、 餘り人目に觸れぬ樣に隱れて了ッた、但し場合が場合だから誰も此人の異樣な振舞には氣が附かなかつた。

森江氏は憐れみを帶びた(まなこ)で、水夫一同を見遣り、「併し、何の樣にして沈沒した」 江馬仁吉は進み出て水夫の(かしら)らしき一人に向ひ 「サア、奈良垣、お前から申上げたが好からう」奈良垣と指名されしは、 最う五十をも越した老水夫である、心得て森江氏の前へ出で 「實は船長から申上げるのですが、船長郷間(がうま)氏は救はれて歸る途中、病氣に成り、 パルマへ上陸しました、多分二三日の中に歸つて來ませうから、 今は私の知つてゐるだけの事を申上げて置きます」と先づ斷つて置いて、

「沈沒の次第は斯うです、吾々がプランクの岬を廻り、ボカドルの岬を指し西南へ進んでゐる時でしたが、 南の空に黒過る雲の現はれたのを郷間船長が認め、奈良垣、何だか厭な雲では無いか帆を少し降ろさうかと云ひました、 此時はあるだけの帆を殘らず張つて居たのです、何うも私も、 良く無い雲と思ひましたから、先づ本檣(ほんしやう)の大帆を卸しましたがその中に雲は早吾々の頭の上に廣がり、 風も次第に強くなつて參りました、その容子では必定颶風になるのです、 船長も其れに應じて樣々の差圖を與へ前檣(ぜんしやう)の帆を二個(ふたつ)減らし、 更に帆旗を卸して了ひ、殘る帆も出來る丈け縮めて了へとの命令を下しました、 一同は必死に成ッて其の命令を行つたのです」

説き來るに連れ、(へや)の中は寂然(ひつそり)と靜まり返ッたが、彼の祕密祕書は我れ知らず聲を出し 「イヤ其れ丈では猶だ手弛(てぬる)かッた、アノ近海の颶風は格別の恐ろしいから、 前檣の帆を四個共に縮めて了ひ、後檣の帆を一個殘してズッと低く張らねば」と云ふた、 何だか自分が船長として今其場合に命令を發して居る樣な状である、 餘ほど彼は、自らその邊の海に慣れて、船の事にも詳しいと見える、 それが爲に、此話を自分の事の樣に聞いて居るのだ。

奈良垣は(まなこ)を放つて此書記の顏を見た、けれど暗い隅に居る爲め、 能くは見えぬ「イヤ吾々はそれよりも猶上の用心をしたのです、 直に風を横に切つて、ズッと外洋(そとうみ)へ出たのです」 書記「唯だその一方だが、併しそれには船が古過ぎた」奈良垣は至言に服する状である 「爾です、全く船が古過ぎました、外洋(そとうみ)を指して逃げる中非常な大暴(おほあれ)と成り、 凡そ十二時間も搖られましたが、その間に漏水(みづもれ)が初まりました、 風は漸く止みましたけれど、今度は漏水(もり)の爲に沈む譯と爲りましたから、 直に喞筒(ぽんぷ)を掛け、水夫一同の力を之に加へましたけれど、 喞筒(ぽんぷ)の力は水の入る早さに追附きません、水の掻出しを初めて四時間の後には到底助からぬ事が分りました、 私は一同に向ひ云ひました、何うせ一度死ぬるのだから、 一同茲を死ぬ場所に定めやうでは無いかと、船長はイヤ待てと云ひ、 急いで自分の(へや)に飛び降りましたが、直に一挺の短銃(ぴすとる)を持つて來て、 少しでも喞筒(ぽんぷ)の手を弛める者が有れば「射殺すぞと叱りました」 書記は又聲を放ッて「感心、感心、全く爾う無くては成らぬ」


更新日:2003/12/29

巖窟王 : 七五 海の雇人


短銃(ぴすとる)を取つて水夫を差圖した船長の手柄には、彼の富村銀行の書記のみで無く聞く者皆感心した、 併し奈良垣は書記の稱讚にも頓着なく語り續けた。

「吾々は此時まで滿十二時間、喞筒(ぽんぷ)を握つて居たのです、 何うして爾う身體が續いたかと今思ふと自分ながら怪しい程の氣が致しますけれど、 眞に命懸けの場合には非常の力が出るものです、けれど致し方が有りません、 喞筒(ぽんぷ)に休めの無いと同じく、船に漏れて入る水も休みが無く、 少しづゝ少しづゝ、其の(かさ)が増して來ます、一時間に凡そ二寸位づゝ、 ハイ二寸とは極めて(わづか)で有りますけれど、十二時間續くと二尺の上に屆きます、 其れより前に既に三尺も入つて居ましたから、(あは)せて五尺に及びました、 何うにも斯うにも最う仕方が有りません、 頑固な船長も『愈々吾々は船を捨てて自分の命を助けねば成らぬ時が來た』と叫びました、 誰とて否やを云ひませう、吾々は船を大事には思ひますけれど船より自分の命を愛します、 更に船長から『短艇(ぼーと)を卸せ』との號令の掛るのを待ち兼ねて短艇(ぼーと)を卸し、 吾々七人之に乘りました、後で思ふと全く一刻の猶豫も出來ぬほど危險が差し迫ッて居たので。

「其れでも船長は後へ殘りました、何と云ッても短艇(ぼーと)へ乘移らうと仕ませんから、 私が再び親船へ乘り、船長の腰を抱いて短艇(ぼーと)へ投込む樣にして、爾して再び小船へ歸りましたが、 此時、親船は、水で船室が張裂けました、異樣な物音と共に水面をグル〜と舞ひ初め、 三遍ほど廻つて、終に沈みました、後には大きな渦が卷くのみでした。

「其より吾々は小船で海上を三晝夜漂ひました、食ふ物も飮む物も無いのです、 三日目の晝、ジロン號の通るのを遙に見受けましたから、 救助を請ふ信號を傳へてヤッと救はれ、此通り歸つて來たのです」

語り終つて我が後に並ぶ水夫一同を顧み「何と皆の衆、今私が旦那樣へ申上げた所に、 何處か間違ひでも有りは仕まいか」と問ふた、一同は異口同音に「イヤ少しも違つた所は無い」と答へた。

森江氏は靜かに聞終つたが少しも恨めしい顏はせぬ「「イヤ一同の能く働いて呉れた事は唯感心の外は無い、 シタが一同の給金は今日までは何れほどに爲つて居る」奈良垣「イヽエ貴方の持船を沈めた上に、 當り前に給金を戴いては濟みません、幾等でもお見計らひで」 給金の外に樂しみの無い水夫等が斯うまで云ふは日頃森江氏が深く雇人に歸服せられて居る事が分る、 森江氏「イヤ船の沈んでも無事に歸つても同じ樣に神に謝さねば成らぬ、 兎も角も月給は幾月分殘つて居る」奈良垣は止むを得ぬと云ふ語調で、 「其れでは -- ハイ丁度三ヶ月殘つて居ます」森江氏は會計に向ひ 「小暮、其れでは一同へ二百(フラン)づゝ拂ふて遣つて呉れ、 今までならば未だ其上に二百(フラン)を別に永年正直に勤めて呉れた襃美として與へる所で有るけれど、 今は(わづか)に殘つて居る金子(きんす)も、人の金子(きんす)で、 自分の物と云はれぬのだから、殘念ながら仕方が無い」

奈良垣は更に仲間一同へ向ひ小聲で何やらん相談した末「二百(フラン)も拂つて戴いては濟みませんから、 一同、三月分の月給の内金として五十(フラン)づゝ戴いて置き度いと申します、 後は何時までゞも待ます事に -- 」森江氏「イヤお前逹の好意は深く森江良造の胸に徹する、 けれど其れには及ばぬから一同二百(フラン)づつ受納めて呉れ、 爾して早く他の雇主を求め、口の有り次第、其人に雇はれて呉れ」

他の人に雇はれよとは解傭の言ひ渡しと同樣である、 奈良垣は痛く驚いた容子で暫しは言葉も出なんだが漸くにして又一同と相談を遂げ 「一同永らく當家に奉公した者で、今更外の船主に雇はれる心は有りませんから、 新な船をお作りに成るまで、主人を定めずに待つて居ると申します、 其れとも何か吾々に對して御立腹の(かど)でも有りませうか」

此正直な、爾して忠義な言葉を聞き森江氏はホロリと一滴の涙を埀らした 「イヤ何で立腹をするものか、有り體に云へば是れ切りで新な船を作らぬのぢや、 作るだけの資力が無いのぢや、其れだから何うか一同、新な主人を取つて呉れ」 奈良垣「エ、資力が無いと仰有(おつしや)りますか、其れほどならば決して給金などお拂ひ下さるに及びません、 巴丸が水底に沈んだ後で、何で吾々が給金を慾しがりませう、(のう)皆の衆」 一同「爾とも爾とも」奈良垣「吾々は船より後へ、命が殘つて居るのが幸ぢや無いか、 月給などは戴かずとも、水夫の身に不自由は無い、(のう)皆の衆」

陸の雇人は、皆自分の口實を作り、一人去り二人去つて皆居爲く成つたのに、 其れよりも遙に勞多くして給料の少き海の雇人は何うして斯まで實意を盡して呉れるのだらう、 森江氏は益々堪へ難い思ひでは有るが「イヤ茲の所は何うか私の言ひ條を立てゝ呉れ、 此後に又も顏を合せる時も來やうから、サア小暮、(おれ)の差圖通りにせよ、 オイ仁吉、お前も下へ行つて、(おれ)の差圖が能く行はれるか見屆けて呉れ」

斯う云つて漸く一同を下に降ろした、後に殘るは、妻と娘と、 彼の富村銀行の書記で有る、森江氏の眞の難場は、是から初まると云ふものだ。


更新日:2003/11/10

巖窟王 : 七六 船乘新八


水夫等が二階から立去つた後に、森江氏は妻と娘に、心配氣に其顏を差窺(さしのぞ)かれつゝ默然として控へた。 實に巴丸の沈沒は此一家に取つて最大の打撃である、唯一縷だけ繋がつて居た命の綱が切れたのだ、 何と考へても破産の外は無い事に成つたのだ。

妻も娘も能く其事を知つて居る、女の身として、泣き出すより外に、出來る事とては無いけれど、 餘り悲しさが深いので容易に涙が出ぬ、若しも此時森江氏の顏に露ほどでも、 此不幸に堪へ得ずして絶望する樣な色が現はれたならば、妻も娘も忽ち聲を放つて泣いたゞらう、 唯森江氏は其事を知つて居るから必死の思ひで絶望の色を制して居る、 幾等此家此商店が破産には極つても、取引銀行の書記の前で妻子と共に泣沈む事は、 男として出來ぬ所である。

けれど森江氏は(こら)へ兼ねた、此上妻娘を傍に置いては、泣かずに身を支へる事は出來ぬ、 早く兩女(ふたり)を下へ遣ッて何とか彼の書記に挨拶せねば成らぬ、(やが)て氏は妻に向ひ 「少し此紳士と密談が有るのだから」と云つた、是れだけで其意を察し妻は娘に目配せして先づ立去ッた、 確に自分の(へや)へ泣きに行つたのだらう、娘も續いて立ッたが、是れは立去る前に彼の書記に目を注いだ。 此人の一存で、何れほど我が父の苦痛が重くなるかも知れぬと氣遣ふから、 成るべく慈愛を請ふて行き度いのだ、書記を眺めた其顏には、哀願の色が現はれて居る。

是で緑孃が此書記に哀願の意を傳へるのは二度目である、先には階段の途中で逢つて此通りに仕たので有ッた、 書記は其意を察して憐れみの念慮を起したのか點首(うなづ)く樣に孃の顏を見返した、 孃は我哀願の採用されたのを見屆け得たと云ふ如き容子で茲を去つた。

後に森江氏は書記に向つた、最う多辯を弄する場合で無い「貴方の御覽の通りです、 此森江良造の最後の頼みを、天が碎いて了ひました」全く何うでも仕て呉れと身を差出したにも均しいのだ、 と云つて書記も、何うにもする事は出來ぬと見え「實にお氣の毒です」と云つた切りだ。

爾して凡そ五分間も二人は顏を見合せたのみで有つた、 森江氏は大債主とも云ふ可き此書記から宣告せられるのを待つて居るのだ、 書記は又森江氏が、何うして呉れとか斯うして呉れとか、 何とか望みらしい言葉を云ひ出るのを待つて居るのだけれど、 森江氏の胸には咄嗟の間で、何うして呉れと云ふ案も立たぬ、 書記は待兼たと見え終に口を開いた「差當り此私が第一の債主だらうと思ひますから、 若し私の方で日延の相談に應ずれば、其間に何とか整理の御工風は有りませんか」 日延とは姑息な策では有るけれど、負債に進退の(きはま)つて居る人に取つては此の姑息の策が實に有難いのだ、 死ぬると極ッた病人が今日死ぬるのを、明日まで生延びさせて貰ふ樣なものである。 森江氏「エ、日延、其樣な事が、書記たる貴方の一存で取計らはれますか」 書記「ハイ、私は頭取から全權を任されて居るのです、頭取の權内に在る事なだ私の權内に在るのです」

森江氏「今まで既に盡せる丈の事は盡しましたから、此上に整理の工風とても無い樣なものですけれど、 其れでも茲で若し二ヶ月も日延が出來れば森江良造は死物狂ひで、整理の出來る丈け試みます」 書記「成ほど、二ヶ月の間に」森江氏「信用の盡きた身を以て二ヶ月の猶豫を請ふとは、 餘り蟲の好い願ひですけれど」書記は存外手柔かに「イヤ、私共の銀行とても、 成る可く貴方に整理の猶豫を與へ、我が損失を輕く仕たいのです、 待つて遣れば取立てる事の出來るものを、追立る爲に直に破産に陷らせ、 元も子も失ふ事は、隨分今までも有ッた經驗です、 私は充分貴方が手を盡す事の出來る樣に、ハイ三ヶ月の日延を承諾致しませう」

三ヶ月とは實に望外で有る、是だけ有れば或は其間に、何の樣な工風が出ぬとも限らぬ、 森江氏は有難さに堪へぬ如く書記の手を取つて謝した、書記は何等の情をも其顏に現はさず 「今日が七月の五日ですから、十月五日まで待つとして、手形を切直しませう」

十月五日、今より丁度三ヶ月の後である、其日まで森江商會の途炭場(とたんば)は延びたのである、 書記「十月五日の午前十一時に、私は一分も違へずに再び茲へ參りますから」 森江氏「其時までには支拂の道が附きませう」と云ひ腹の中では「若し附かねば自殺です」と呟いた。

是より(たゞち)に江馬仁吉を呼び手形の書替に取掛らせ、少しの間に日延の手續きを運んで了ッた、 凡そ如何なる商店でも、五十萬近くの金を三ヶ月も猶豫して貰へば大いに息を繼く事の出來るのは無論である、 巴丸と共に命數の盡きたとも云ふ可き此の商會とても、 若し蘇生する道が有れば此の延期の爲に蘇生せねば成らぬ、森江氏は繰返して書記に謝したが、 書記は今謝されるよりも三月の後に正金で返され度いのだから、 ()ほど喜んだ色も無く別れを告げた、爾して階段の所まで行くと、 茲には又緑孃が待つて居て、心配げに書記の顏を見 「誠に三月も日延をして下さつた相で、母が大層喜びました、能くお禮を申せとて私へ -- 」 書記「イヤ孃樣、貴女(あなた)へ願つて置く事が有りますよ、 今から二月か三月の後、必ず貴女(あなた)の御手許へ、船乘新八よりと記した一通の手紙が參りますから、 受取り次第に貴女(あなた)は其手紙を開き、中に書いてある差圖を其通りに行つて下さいよ、 異樣な差圖かも知れませんけれど、決して惡い事では有りませんから」 異樣な差圖よりも此願が實に異樣である、船乘新八と云ふ名前も、 昔から名高い阿拉伯亞夜話(あらびやんないと)に出て居る名で其の名を以て手紙を寄越すとは何の意味だか少しも分らぬ、 併し孃は承知した「若し其の差圖に從ふのが貴方へのお禮の記しになるのなら、 私は充分に從ひます」書記「忘れては(いけ)ませんよ」 念を推して階段を下り、早店の土間には出た、茲には先程の水夫長奈良垣と云ふ男が、 會計小暮から拂ひ渡された給金を、衣嚢(かくし)にも入れずに持つて、 返さうか何うしやうと思案する如くに徘徊して居る、書記は之に向ひ 「少し話しが有るから、私と一緒に來て下さい」と云ひ、手と取らぬ許りにして立去つた。

此書記の云ふ事、爲す事、總て常の人とは變つて、何だか合點が行かぬ事のみである、 何か異樣な事を目論で居るのには違ひ無い。


更新日:2003/12/29

巖窟王 : 七七 神さへ見捨てた


何か異樣な目論見を企て。居るので無ければ此書記のすることは全く合點が行かぬ、 彼は富村銀行の書記だと云つて居るのに何故「船乘新八」と云ふ名を以て他日緑孃へ手紙を寄越すなどゝ云ふのだらう、 或は彼のほかに「船乘新八」と云ふ昔の物語りの本に名高い人と同じ名の男が有るのだらうか、 孃も後におよんで幾度(いくたび)と無く怪しんで考へた、けれど是等の事は分る時までは、 考へたとて分りはせぬ。

其れに彼が、歸り掛けに巴丸の水夫長奈良垣をば、酒を呑ませると云つて連れ去つたのも異樣である、 銀行の書記などが仕さうな事では無い、果して彼は奈良垣を何處へ連れて行つて了ッたゞらう、 是れ切で奈良垣の姿は其の馬耳塞(まるせーゆ)に見え無く成つた、 少くとも森江家の人々の目に觸れ無くなつた、イヤ奈良垣のみで無く彼の下に居た六人の水夫も全く消えた樣である、 何處に居るとも、新に何と云ふ船主に雇はれたとも分らぬ、 尤も或人の噂で奈良垣が大層有福相に新しい水夫の服を着けて港の邊を忙しげに歩んで居るのを見たと云ふ事は聞えた、 併し果して事實か否やは突留る事も出來ぬ、イヤ今の森江家に取つては突留る必要も無い。

()一つ怪しいのは病氣の爲にバルマへ上陸して養生して居るとの事で有ッた郷間船長と云ふのが、 同じく何の便りも無い、此人は船長で有りながら其船を沈めたのに、 ()し自分の過失で沈めたのでは無いとしても、義務として森江家へ一度は來ねば成らぬ、 又月給の受取る分も有るのだから權利としても來ねば成らぬ、 奈良垣の言葉では兩三日の中にも歸り來る樣に云ッたのに、何しろ合點し難い所である。

併し是等は(さて)置いて、書記の立去つた後で、森江家では聊か息が繼げる樣な鹽梅で有つた、 何しろ五十萬圓と云ふ大口が三月も日延べに成つたのだから其のお蔭で、 他の小口の拂ひは滯り無く濟ませて行く事が出來る、世人が多分は巴丸の沈沒の分ると同時に破産するだらうと思つた商店が、 依然として毎朝無事に戸を開るのだ、(さて)は十五日に破産するのか知らん、 イヤ卅日(みそか)には屹度(きつと)破産するだらうと段段噂の方も延びて行くが翌月、 翌々月に及んでも猶だ不思議に支へて居る。

尤も此間に森江氏が勉強した事は非常で有る、全く彼の書記に約束した通り死物狂ひに成つて正金の囘收などを初めた、 尤も囘收と云つた所で()う囘收するだけの貸金は無いけれど、 是れでも舊家で有るから古い分や何かゞ、殘らぬ樣で殘つて居る、 其れに三月の間だから、其中に期限の來る樣な分も多少は有るのだ、 若し森江商店に少しでも命の續く道が有るなら森江氏の此勉強ででも續かねば成らぬ、 全く氏は夜も目も寢ぬ程に奔走して居るのだ。

けれど如何せん總體の上で勘定が足らぬ事に成つて居る、獨り富村銀行の書記だけは、 今取立てを急いで其れが爲に破産させ、取れるものをも取れぬ樣にしては詰らぬからとの事で、 三月の延期を聞いて呉れたけれど他の債主は決して爾では無い、 何でも破産せぬ中に取立てねば成らぬと全くアベコベの考へを以て、 日頃から延期す可き筈のものまで延期せぬ、無遠慮に取立に來る、 斯樣な譯だから森江氏が篤と計算して見ると、富村銀行への支拂の期限たる十月五日までに、 何うしても一萬五千圓しか積立てる事が出來ぬ、一萬五千圓で五十萬圓の拂ひを、 イヤ是は云ふ迄も無い、これでは到底計算にも何にもならぬ。

唯だ此人の最後の見込は、最早や此土地では到底融通の道が無いのだから、 巴里へ上京して運動して見やうかと云ふに在るのだ、 自分の土地でさへ出來ぬ金が他郷で出來る筈は無いけれど、今の場合は、 出來ぬからと云つて試みずには居るられる譯では無い、 其れに巴里には、自分の篤く世話をした段倉が、四百萬圓からの身代を造ッて、 有名な銀行者に成ッて居る、今の彼ならば千萬圓の融通でも出來るのだ、仕て呉れる氣にさへ成れば、 自分の金へは一文も手を附けずに()る事も出來るのだ、 彼の身の立つまでには隨分盡されぬ事迄も盡して遣つたのだから、 事情を打ち明けたなら或は意外に又親切な話を仕て呉れるかも知れん。

此樣な空頼みで巴里へ出張したのが九月の末方である、今まで人に物一つ頼んだ事の無い身を以て、 元の雇人へ頭を下げるのは實に辛い、唯背に腹は替られぬ爲である。

家では妻も娘の緑孃も、凡そ其邊を察して明け暮れ神にのみ祈つて居た、 けれど神さへ見捨たと云ふものであらう、愈々四日の後が支拂日と云ふ十月の一日に、 森江氏は悄然として巴里から歸つて來た、全く段倉が義理も恩も無く舊主人の頼みを拒絶したのだ、 ()う此上は、手段も何も無いのである、 嗚呼十月の五日は果して此森江氏一家へ何の樣な日と爲るだらう、 一家の人々、唯だ想ふてさへ身を切られる樣な心地がする。


更新日:2003/11/10

巖窟王 : 七八 一通の手紙を差出した


悄然として巴里から歸つて來た森江氏は、妻にも娘にも何事をも云はぬ、 溜息一つさへ聞かせぬ、成丈(なるたけ)妻子へ悲しみを掛けまいと思つて居るのだ、 けれど氏が勉むれば勉むるだけ、妻子の方は察するのである、察して悲しさを増すのである。

氏は殆ど常の通り妻と娘とを抱き〆めて眞情を表した上、靜かに自分の(へや)に入り、 會計長小暮を呼び寄せた、爾して暫しが程、戸を〆めて、何事を話したか知らぬが餘ほど重大な意味で有つたと見え、 (やが)て此室を出た小暮は、自分で自分の毛を掻むしる樣にして會計室へ退く状が、 何にか恐ろしさの爲に發狂でもしたのかと疑はれる許りで有つた、(かく)と見た森江氏の細君は(たゞち)に目配せした、 孃は小暮の傍に馳倚つて「何事であつたえ」と小聲で問ふた。

小暮は返辭する餘裕も無い、唯だ(まなこ)を圓くして 「此樣な事が、信ぜられませうか」と呟いて立去つた、嗚呼、問はずとも分つて居る、 森江氏は最早百計盡きたが爲め、愈々破産の意を會計に傳へたのだ、 間も無く小暮が、會計の帳簿と有金を一纒めにした袋とを持つて森江氏の室へ行つたので愈々爾うと分る。

此夜妻子は額を突合せて、密々(ひそ〜)と心配を語つて居た、 何と心配したとて追附く事では無いけれど心配せずには居られぬのだ、 (いつ)もなら家内一同()くに寢た頃であるのに、家の主人(あるじ)一室(ひとま)に籠つて出て來ぬので、 猶更氣に掛る所があり、寢るにも寢られぬのである、其中に眞夜中の時計が聞えた、 森江氏も此音に氣が附いたのか、間も無く室を出で、妻子の居る室の脇を通り寢室に退いたらしい、 森江夫人は娘に向ひ「サア、阿父樣(おとうさま)もお休みの樣だから和女(そなた)も退いてお(やす)みなさい、 私も寢る事にしますから」と云つた、娘は「ハイ」と云つて寢に行つた、 その後に夫人は凡そ卅分ほども考へて居たが、如何にも心配に堪へぬから、(ひそ)と森江氏の寢室を(のぞ)きに行つた、 行くと其身より先に(のぞ)いて居る者がある、それは娘だ、是れも心配の爲め、 寢たと見せ掛け容子を見に來たのである、娘は拔足で母の傍に寄り、 殆ど聞取れぬ程の小聲で「お書物を仕て居らつしやいますよ」 母は「爾う」と云つて、同じく(のぞ)いた、 成るほど前額(ひたひ)に手を當てゝ何か考へつゝ徐々(そろ〜)と筆を動かして居る、 餘ほど大切な書類と見える。

娘の方では爾までも氣に附かぬけれど母の方は氣が附いた、書いて居る其紙が公證に用ふる罫紙である、 確に遺言状を認めて居るのだ、其の心中は知る可しである。

翌日は何事も無かつた、多分十月五日と云ふ大事の來る迄は何事も無いのだらう、 併し唯だ森江氏が、(いつ)もより妻子に對して親切な事が目に立つた、 何も口には云はぬけれど親切である、殆ど痛はる程に見える、 晩餐が濟んで再び居間に退かうとする時森江氏は娘を我が膝へ抱寄せた、 爾して離し得ぬ樣な状で、娘の顏を我が胸の(あた)りへ推當て居た、後で娘は母に云ふた 「阿父樣(おとうさま)はアノ樣に靜かにして居らつしやるけれど大層胸に動悸が打つて居ましたよ」 と、母は返す言葉も無く歎息した。

次の二日は別に變つた事も無かッたが何しろ一家が益々陰氣に成行くのみで母娘は心配に堪へぬから長男の眞太郎と云ふへ、 至急に歸れとの手紙を出した、(そもそ)も此眞太郎が前にも少し記したが、 父の營業を繼ぐよりも軍人たることを志願して既に士官學校を卒業し、 少尉と爲つて居る隊に附いて居る、年は廿二歳だけれど、 勇氣も氣概も優れて居る爲に隊中の評判も好く、遠からず昇級も見えて居るのである、 尤も其の軍人と爲つた事は父が贊成しなかつたけれど、 兎も角も一家の中で最も多く父を動かす力の有るのは此眞太郎で有る、 之が歸ッたとて此家の難場を如何ともする事は出來ぬけれど、其れでも今は長男たる者が父の傍を離れて居る可き場合で無い、 共々に家に居て呉れさへせば、其れ丈で母も氣丈夫に感ずるのだ。

愈々明日が難場と云ふ四日の夕方である、森江氏は兼ねて娘に與へて有る我居間の鍵を取り上げた、 娘は其事を母に話すと「明日は成る丈け、和女(そなた)阿父樣(おとうさま)の傍を離れぬ樣に仕て居てお呉れ」 と母は云つた、更に此事を未來の夫たる江馬仁吉に話すと、彼の返辭も殆ど同樣で 「少しでも貴方は父上の傍を離れては(いけ)ません」と云ふので有ッた、 森江氏の胸に何の樣な決心が着いて居るかは妻にも仁吉にも薄々 (さと)られて居るのだ。

愈々明けて大難場の日とは成ッた、娘は朝飯後、直ぐに父の室に行ッた、 けれど「暫く來ずに居て來れ」と(いつ)に無く(すげ)なく斷られた、 詮方(せんかた)無く階段を上ッたり下ッたり其れとは無く見張る樣に仕て居たが、 早十時と爲ッて、幾度(いくたび)目かに階段を上ッた時、其の中程の、 丁度此前に富村銀行の書記と云ふ人に出會つた邊に、見知らぬ人が立つて居て、 強い伊國(いたりや)の訛を帶びた言葉で「貴方は緑孃ですか」と問はれた、 何事とも知らず「ハイ」と答へると「では直に之を(ひら)いてお讀み下さい」と一通の手紙を差出した、 受取つて見ると寄越した人は「船乘新八」とある、孃は殆ど忘れて居たが思ひ出した、 爾う、爾う、アノ書記が確、他日此名で手紙の來る時が有るからと云ッた、 中には最も異樣な事柄が記してあるとは知る(よし)も無く直に其場で封を切ッた。


更新日:2003/12/29

巖窟王 : 七九 此の短銃を何う成さる


「水夫新八より」とした此手紙、何の爲、何事を云つて來たのだらう、 緑孃は直に封を切ッて讀み下した。

此手紙を讀み次第に、(たゞち)にアリー街十五番地の家までお出向成さる可く候。 其家の入口に居る差配の老人の向ひ五階の二號室の鍵を呉れと御申聞け成され候はゞ(たゞち)に鍵を渡し申す可くに付き、 其れを受取りて五階に上り、二號室の中を御(あらた)め成さる可く候

是れ丈でも實に異樣な手紙である、緑孃は知らぬけれど、アリー街十五番と云ふは昔團友太郎父子が住んだ貸家である、 其の五階の二號室は、即ち友太郎の父友藏老人が死んだ場所で、 先頃竒癖の紳士が住人を他へ移らせて空にした室なのだ、孃は猶讀み續けた。

二號室の煖爐の上なる棚に古い赤き革の財布有之候

赤い革の財布とは昔孃の父森江氏が友藏老人の爲に丁度其の所へ置いて來た事がある、 其れは彼の尾長屋の主人(あるじ)毛太郎次が先頃暮内法師と稱する人にも語ッたのだ、 けれど、孃は勿論之をも知らぬ。

赤い革とは云へ、十數年經て色も褪め大方黄ばみたる財布の候、 此財布は當然、御身の父上に屬す可き品に候故、其れを取りて歸り來り、 今日(こんにち)の午前十一時までに父上に御渡し成さる可く候、若し時刻が後れては、 飛んでも無き事と相成り申す可く候
父上の御爲に候間、少しも疑はず少しも猶豫せずに御出向成さる可く候、 御身は先頃、船乘新八の手紙の差圖に從ふ可しと約束成され候、決して約束には背く者に之れ無く候

孃は讀み終ッて、顏を上げたが、此手紙を持つて來た使は早や何處かへ去ッたと見え、姿が無い、 何處から何の樣な人に頼まれて持つて來たのか、其れを聞き度いと思ふけれど仕方が無い、 孃は再び讀み直したが、本文の末に左の如く追加がある。

右の家へは御身一人にて行かねば無益に候、若し代人を遣るとか、 他の人を連れて行かば、差配人は決して鍵を渡し申さず候
但し、御身單身にても危險など云ふ事は少しも無之候

勿論此の晝間、人通りもある平和な土地、平和な家に於て危險などの有る筈は無い、 けれど孃は樣々に考へた上句(あげく)、一層重く心に(こた)へたのは約束と云ふ事である、 「約束には背くものに之れ無く候」成るほど約束には背いては成らぬ、 何うしても行かねば成らぬ、殊に十一時と云へば()う間も無いのだ。

猶何だか落着き得ぬ樣な氣がするので、直に下へ降りて江馬仁吉に此手紙を示し約束の事をも話した、 仁吉も何の事だか少しも合點が行かぬけれど「其樣な約束がお有り成さるなら今更躊躇する事はありません、 直にお出でなさい、貴女(あなた)の父上が、約束に背く勿れと常に仰有(おつしや)るでは有りませんか」 孃「だつて」仁「だつてとて約束ですもの、私がアリー街の入口まで送つて上げませう、 爾して其處で餘所(よそ)ながら見張つて居ます、若しも貴女(あなた)が其家へ這入つて、 出て來るのが遲い樣なら、私は直に其家へ、ハイ五階の二號室まで上つて行つて上げますから」 ()う躊躇する所は無い「其れなら」とて孃は直に仁吉に送られて行つた。

出る門口(かどぐち)で出會つたのは陸軍少尉の服を着けた立派な青年である、 孃は叫んだ「アラ兄さん、阿母(おかあ)さんが何れほど心配して待つて居ませう、 早く顏を見せて安心させてお上げなさい、委細の容子は阿母(おかあ)さんがお話しなさるでせう、 私も直ぐ後程は歸りますから」此青年は、母と孃とが呼び寄せた兄の眞太郎である 「阿母(おかあ)さんからの手紙の容子で、大抵は察して居るが、 何しろ氣遣はしい」此言葉と共に妹は外、兄は内へと立分れた。

内へ入つた眞太郎は直に母の許に行き、母が涙ながらに語る顛末で、今日(こんにち)唯今、 此森江家滅亡の時が來た事を知つた、知つたとて如何とも仕方が無い、 唯此場合に一家の心配を一身に集めて居る父の心を慰めて見るのみである、 斯う思つて母に分れ、父の室へ行つて見ると堅く戸が閉まつて居る、 叩いても返辭が無い。

何うすれば好からうと、思案と共に戸の外に立つて居ると父の寢室の方で何やら物音が聞えた、 (さて)はと思つて其所へ行つて見ると、父は今しも手に小さい筥sはこ》の樣なものを持つて、 自分の室を指し出て來る所で有つたが、眞太郎の顏を見るより、 隱れる樣に又寢室に退かうとした、けれど眞太郎が爾はさせぬ、 續いて其寢室へ入つて見ると父は今の小筥(こばこ)を自分の外被(うはぎ)(すそ)の方へ隱して居る、 其小筥(こばこ)が何であるかは、見慣れた眞太郎の目には明かである、 短銃(ぴすとる)を二挺並べ入れた(はこ)なのだ、眞太郎は母に聞いた事も有り、 聲も(せは)しく「阿父(おとう)さん、貴方は此の短銃(ぴすとる)を何う成さるのです」 殆ど叱る樣に問ふた。


更新日:2003/12/29

巖窟王 : 八〇 一挺は私が用ひます


「此の短銃(ぴすとる)を何う成さるのです」と叱る樣に問ふ眞太郎の言葉に、 父森江氏は返辭をせぬ、唯口の中で「エヽ、此樣な邪魔が入りはせぬかと氣遣ッた」 と呟くのみである。

眞太郎は再び問ふた「阿父(おとう)さん、阿父(おとう)さん短銃(ぴすとる)で何を成さるのです」 父は止むを得ぬと見たらしい、極めて眞面目な顏、極めて嚴重な言葉で 「コレ眞太郎、其方は兼て家名の大切な事を知り、又人間には命を以て責任に替ねば成らぬ場合がある事を知つて居やう、 篤と事の次第を説明して聞かせるから、父の居室(ゐま)まで來い、 併し女々しい心など起して呉れるな」自殺するから其譯を聞けと言はぬ許りである、 聞いても女々しく留立するなと、言はぬ許りである、是ほどの危機が又と有らうか。

森江氏は眞太郎を從へて居間に入り、何にも言はずに、 唯臺帳を開いて示した、眞太郎も、何も言はずに之を見た。

勿論何にも言ふに及ばぬ、計算表の上に此家の破産が分つて居る、 今日(こんにち)の正午十二時に、拂はねば成らぬ額が五十萬圓、 之に對して一切の有金が一萬五千二百五十七圓、之が破産で無くて何であるか、 眞太郎は恨めしげに此表を見詰て居たが、(やが)て「阿父(おとう)さん、 盡すだけの手は、殘らず盡したのですか」父「殘らず盡した」 眞太郎「其れで、十二時迄に、入つて來る可き金は此外に無いのですか」 父「無いのだ」眞太郎「金策の道は少しもありませんか」父「少しも無い」

()う此上に問ふ可き所は無い、是だけの問、是だけの答へで、 如何とも仕樣のない事が身に浸みるほど能く分ッた、眞太郎は重い息を洩らして 「成るほど支拂を請求に來る時が破産の時です」父「其通りだ、 破産の不面目を血を以て洗ふ外は無い、生きて居ては言譯が出來ぬのだ」 眞太郎は合點の行つた樣な語調で「阿父(おとう)さん有難う御座います、 此の短銃(ぴすとる)の一挺は私が用ひます」

到底父の死を止める(よし)が無いのだから、自分も共に死なうと言ふのだ、 父は短銃(ぴすとる)を取らうとする眞太郎の手を推退けて 「其方には母と妹があるでは無いか、母と妹を誰が養つて行く」 眞太郎は當惑氣に身を震はせて「では、私に、生殘ッて母と妹を養へと仰有(おつしや)るのですか」 父「爾うだ爾う命ずるのだ、其方は世間の青年と違ひ、物に動ぜぬ氣質を以て、 何の樣な場合にも靜かに能く考へる事が出來る、父は此上に何にも言はぬ、 獨りで篤と考へて決定せよ、父と一緒に死ぬのが義理か、 生き殘つて家族に對し又世間の人に對して殘務を盡すのが義理か」 眞太郎は(やゝ)久しく默然として考へた、遂に頭を上げて「阿父(おとう)さん、 私は生殘ります」

眞に(けな)げな決心である、死ぬのは此場合に誰にでも出來る、 生殘らうと言ふのは大勇士の(わざ)である、父「オヽ、其れでこそ(おれ)の息子だ、 (おれ)が死ねば世間の人の思惑も一變し、今まで嚴重に催促した人逹も、 待つて遣らふと言ふ氣に成るから、其方は充分に力を盡して此森江の家を再興せよ」 眞「再興します、再興します」言ひ切つたが又暫らくして「ですがお父さん、 貴方がお死に成されずとも再興が出來はしませんか、茲は一旦、 止むを得ず破産しても貴方と私とで力を合せば」森江氏「イヽヤ、 其れは今も云ふ通りである。(おれ)が生きて居ては、世間の債主が少しの慈悲をも加へぬから、 何とする事も出來ぬ、生ては再興の見込は無いが、死すれば其の見込が出るのだ、 死すれば人が許して呉れる」眞太郎「何うも致し方がありません」

相談は全く極つた、父は死し、息子は生存(いきながら)へるのだ、 父は()と落着いた聲で「此家の再興が出來る時には第一に此の富村銀行への債務を果して呉れ、 多くの債主の中で、何故か知らぬけれど、(おれ)に對して慈悲の心を現はしてくれたのは此銀行である」 眞「心得ました」父「此銀行への今日の拂ひは正午十二時の約束だけれど、何しろ五十萬に近い事ゆえ、 多分は其れよりも一時間前即ち十一時には其の書記が念を推しに來て、 爾して十二時まで待つて居る事になるだらう、(おれ)は最後の場合までは、 活て居ねばならぬのだから、十一時の時計の音と、一緒に此世を去る積だ、 此外に()う云ふ事は無い、サア下へ行け」

話は悉く極まつたとて、何で子として、從容として立去る事が出來やう 「オヽお父さん、お父さん」と叫び、父の身に抱附いた、父も我知らず抱〆て 「オヽ眞太郎、是が別れだ」眞太郎「何とか工風はありますまいか」 父は靜かに眞太郎を拂ひ退け「何度云ふても、工風が無ければこそ、 茲に立到ッたのだ、其方は軍人であるのだから、人には死す可き時のある事を知つて居るだらう、 サア下へ行け」實に軍人なればこそ、父の言葉が分るのだ 「致し方が有りません、阿父(おとう)さん、更ば」父「眞太郎、更ば」 告別の言葉と共に眞太郎は下に降つた。


更新日:2003/11/10

巖窟王 : 八一 不思議


若し十一時の時鐘が鳴る前に、彼の富村銀行の書記が來る事もあらば、 其の書記の來たと共に直に自殺せねば成らぬ、是れが森江氏の決心である。

爾れば氏は眞太郎の降りて行くと共に會計小暮を呼んだ、 是は何時でも彼の書記が來れば直に知らせよと言附ける爲である。

小暮は來た、彼は三日前に、此家が愈々分散と言ひ渡されて以來、 可哀相に夜の目も寢ずに心配して居るのだ、幾等心配したとて追付く事では無いけれど、 天性の正直な心が寸刻も落着く事が出來ぬ、只つた三日間の間であるけれど、 殆ど二十年も年取つたかと見え、(たゞ)に其顏が變つたのみか、踏む足までも、 杖に(すが)る可き必要が有るやうに見える。

彼は森江氏の差圖を聞いて「心得ました、彼の書記が店の入口を跨げば、 直に其の瞬間にお知らせ申します」請合つて退いた、 けれど彼は下へ降りぬ、直に次の間に控へ、茲から店の方を(のぞ)いて居る、 其心は何と無く主人の容子を氣遣はしく思ふから成るべく其の傍近くに居度いのだらう、 全く彼は忠僕の標本とも云ふ可しだ。

彼が次の室へ退くと共に森江氏は室に掛つて居る時計を見た、十一時七分前で有る、 幾等長くても自分の命は()う七分時間しか無いのだ、 死ぬと極つた時には自然と時の經つのも早い樣に感ずる。 何だか時計の劍の動くのが目に見える樣だ。

先づ短銃(ぴすとる)を取つて檢査した、何處に一點の異常も無い、 此時()う五分しか無い事に成つて居る、覺悟の上にも覺悟した身だけれど、 猶ほ氣に掛る所はある、其れは妻と娘とである。急がしく筆取つて三行ばかりの短い告別状を二通認めた、 一通は妻へ、一通は無s目へである、其れでも未だ二分ほどある、更に又一通、 是は息子眞太郎へ宛「委細の遺言は寢室の箪笥の中に在り」と唯一行を認めた、是れで唯一分間の命とは成つた。

一分間でヤット死なれるのだ、短銃(ぴすとる)を取り上げた、爾して其の筒先を口に(くは)へた、 口から射込んで、上の方へ腦髓を打貫くのだ、是が一番未練の無い仕方である、 ()う狙ひの狂ふ恐れは無いから、鷄頭(ひきがね)を引上げた、是が全く此世の分れ、 若し目を開けたら何の樣な未練が出やうも知れぬと目は依然として閉ぢた儘である、 嗚呼此樣な推し迫つた瞬間が、又と有らうか、時計の針は終に殆ど十一時の所に行つた、 爾して愈々打ち初めやうとした間際である、下から急がしく上つて來る足音が聞えた、 アヽ彼の書記が來たのを知らせる爲の足音である、此足音が此室へ入るより先に我が命は盡きるのだと全く、 森江氏は鷄頭(ひきがね)を引かうとしたが、此時早し彼時遲しとは此事で有らう、 忽ち「阿父(おとう)さん助かりました」と叫んで森江氏の手に(しが)み附いた者がある、 誰と問ふ迄も無く其の聲でも分つて居る、即ち娘の緑孃なのだ、孃は息迫切(いきせきき)つて居る、 聲は耳を(つんざ)く樣に甲走らせて「()阿父(おとう)さん、是を御覽下さい、 是を御覽下さい、助かりました、此一家が助かりました」

短銃(ぴすとる)は早娘の手の中にある、其の鷄頭(ひきがね)も孃の手で靜かに、 無事に、卸された、爾して孃は父なる前なる卓子(てーぶる)の上へ、殆ど投附ける樣に或る一物を置いた。

森江氏は其身が既に冥界(あのよ)に入つたのか猶ほ此世に居るかと疑ふ状で、 ()と靜かに目を開き、娘の投出した一物をジツと見た、 一物とは赤い革の古い財布で何だか見覺えもある樣だ、 財布の右と左の端に紙の束を結んである、右の方を(あらた)めると、是ほど意外な、 是ほど不思議なことがあらうか、 先の日富村銀行の書記が持つて來た幾枚の手形、債劵、其額は併せて凡そ五十萬圓、 悉く受取濟と記して式の通りに棒を引いて有る、爾して左の方は、 札の樣な紙切に「緑孃の婚資」と記し晝も(まぶ)しき樣な夜光珠(だいやもんど)が添えてある、 其の大きさは胡桃(くるみ)の實ほどある、金目にすれば幾十萬圓と云ふのであらう。

「是は全體何うしたのだ」と森江氏は驚き叫んだ、緑孃「アリー街十五番地の五階の二號室に在りました」 町の名も家の番地も、爾して室の番號も、森江氏に耳に初めてゞは無い 「何と云ふ、アリー街の十五番地」緑孃「ハイ五階の狹い室の中の煖爐(すとーぶ)の棚の上に」 森江氏は、忽ち思ひ出した、昔其室には誰が住んで居た、此財布は其の煖爐(すとーぶ)の棚の上に、 其頃、何う云ふ譯で誰が置いた、其財布が其室から、而も我身に對する五十萬の受取と、 娘に對する大なる婚資とを以て現はれて來るとは、是が夢で無くば竒蹟(みらくる)である。

若しも嬉しさの爲に人が死ぬるものならば此時森江氏は頓死する所だらう。 全く魂の拔取られた人の樣に、開いた口が塞がらぬ[、]口の中で「不思議だ -- 不思議だ」と呟くのみで有ッた。

併し不思議は是れに止まらぬ、是よりも更に大なる、殆ど驚天動地とも云ふ可き不思議が、 別に此一家へ推し寄せて居た。


更新日:2003/09/30

巖窟王 : 八二 天の意


十五年も前に、人の不幸を憐んで其家の煖爐(すとーぶ)の棚へ置いて來た革の財布が、 今まで棚に在らう筈は勿論無い、其財布は、其金と共に、 イヤ金と云へば四五十圓でも有ッたらうか、其時に其れ〜゛使ひ果した事が確に記憶にも殘つて居る、 而も其財布が今まで同じ棚の上に在つた、今度は森江氏の身に取り、五十萬の正金にも同じく、 一命にも同じく、又家名總體にも同じな受取りと外に娘への立派な婚資まで添ふて、嗚呼、 此れが夢にだも有り得る事だらうか、陰徳には陽報ありとは云ふけれど、此身が財布を置いたのは陰徳と云ふ程でも無い、 唯盡す可き當然の務めを盡したのだ、併し其報ひが、斯うまで(でか)く、 斯うまで大切の時に來やうとは、有難過るとも冥加に餘るとも殆ど云ひ樣が無い、 (よし)んば天の助けとても、決して斯うまで厚かる可き筈は無い。

筈は無くても事實は事實、無いとする事は勿論出來ぬ、 「シタが娘、和女(そなた)は何うしてアーリー街十五番地の五階へ行つた」 娘は「先づ之を御覽下さい」と云ひ、彼の「船乘新八」と署名した手紙を出し、 且つ先に彼の富村銀行の書記が、若し此名前の手紙が來たら、 少しも疑はずに其差圖に從へと云つた事から、今日江馬吉に相談して、 アリー街の入口まで送られて行つた事まで言葉短に説き明した。

「アヽ其れでは富村銀行の彼の書記が、決して尋常の書記ではない、 初めから(おれ)を助けて呉れる積りで仕て居たのだ、其れにしても彼は何者だらう、 神の使ひよりも有難い」眞に森江氏は暫しがほど伏拜んだ。

更に此後の事であるが、森江氏から富村銀行へ問合せた所「當行には其樣な書記もなく、 又近頃、彿國(ふらんす)の方へ人を出した事もなく、森江商會の手形を買入れた事もない、 必ず誰かが當銀行の名を濫用したのだらう」と言ふ意味の返事が來た。

拜み終つて森江氏が(かうべ)を上ぐるを待ち、娘は又言ふた、 「其れでも私の歸る時に、何う言ふ譯か仁吉はアリー街の入口に待つて居ませんでした」 と少し不足らしく言ふた、此所へ「イヤ、孃樣待つて居られぬ事柄が出來ました」 と言ひつゝ轉がり込む樣に入つて來たのは江馬仁吉自身である、 彼は呼吸(いき)も世話しく「私が待つて居る所へ常に波止場に居る子供が大變な事を知らせて來ましたから、 私は港の方へ飛んで行きました」森江氏「大變な事とは」仁吉「旦那樣、巴丸が入港しました」 森江氏は一言に「巴丸は沈んだではないか、其樣な事を笑談(ぜうだん)にも言ふ可き場合では無いッ」 殆ど叱り飛ばす樣に言ふた、仁吉「イヽエ、私が見て來たのだから確です、 何うか直に、御自身で海岸へ行つて御覽下さい」言ふ聲の終らぬうち、息子眞太郎も上つて來た 「阿父(おとう)さん巴丸が沈沒した樣に仰有(おつしや)ツたは何かの間違ひでした、 海岸の船見番所が、巴丸の入港の信號を掲げました」會計小暮も遣つて來た、 彼は「巴丸、巴丸」と連呼する外、何事をも言ひ得ぬ状である。

森江氏は自分の心が一種の幻想病に罹つたかと迄に疑つた、 けれど財布の一條に比べて見れば沈んだ船が入港せぬとも限らぬ 「兎も角も自分で行つて見るより外はない、三人まで同じ事を言ふからは、間違ひにしても何か理由(わけ)が有るだらう」 斯う言つて立上り一同と共に階段を下り掛けると森江氏の夫人も 「實に不思議な事もあるではありませんか」と言ひつつ一行に加はツた。

一同で、間もなく波止場まで行つて見ると、茲には大勢の人が集つて、 口々に巴丸の事を言つて居る、爾して此一行を見ると道を開いた。

如何にも船見番所には巴丸入港の信號が出て居る、其れのみでない、 今しも棧橋へ寄らうとして居るのは、巴丸の通りの船で、 其の(へさき)には巴丸の通りに「巴丸、馬港(まるせーゆ)森江商會持船」と塗込んである、 爾して甲板には、巴丸の水夫を彼の奈良垣が指揮して居て、 舵樓(だろう)の傍で森江氏に目禮して居るのは郷間船長である、のみならず、 税關吏が(あらた)めた積荷も悉く高價な印度の物産で、 出帆の時に森江氏が差圖した通り藍と藥種とが一番多いのだ、金目に積れば、 「丁度相場に値の出て居る場合ゆゑ幕大な儲けである、 嗚呼「巴丸」「巴丸」群集の中から「森江氏萬歳」の聲が起つた、 爾して森江氏の傍へ來て握手を求むる者は引きも切らぬ。

*    *    *    *    *    *    *

此混雜に紛れて、物影から現はれた一紳士が有る、森江一家の人々の喜びに狂する状を、 ()と滿足げに瞥見して、何人の注意も引かずに、海岸の石段を降り、 水際に立つて「ジャコボ、ジャコボ」と二聲(ふたこゑ)呼んだ、 ジャコボとは既に記した名前である、呼ばれると一艘の小舟を漕いでジャコボは岸に寄つた、 彼の紳士は輕く之に乘り、(わづか)に先の方に碇泊して居る一艘の遊船に漕着けて乘移つた、 是れ此紳士、果して何者であるかは殊更云ふにも及ばぬ所である。

此紳士は猶も遊船の窓から海岸の景状(ありさま)(のぞ)いて居たが、 (やが)て慨然として窓を離れ「アヽ善人に善の報い、 思ふ通り何事も旨く行つたのは全く善を助ける天の意に從ッて愈々惡を懲さねば成らぬ。 アヽ惡を罰するのは善を賞するよりも六かしい、今日(こんにち)唯今限り、 一切の人情を此身から絞り捨て、唯だ復讐の凝り固まりと爲らねば成らぬ。 此決心を貫かねば男でない、今の事よりも一層手際能く仕果(しおほ)せて、 何れほど天罰の恐ろしいかと云ふ事を世の人々へ知らせて呉れねば成らぬ」と呟き終つて、 更に熱心に神へ祈願を込めて居たが、是より二時間の後には、早何處(いづこ)へ向け出帆したか、 此船は此港の附近にはもう見えなかつた。


更新日:2003/12/29

巖窟王 : 八三 嗚呼無人島


一紳士が、森江一家の喜びを後に見て船に乘つた時から早八九年を經た、 其間彼の紳士は何をして居る事やら音も沙汰もない、若し此人が其船の窓の下で神に祈願を籠めた通り、 復讐の凝固りと爲ッたのなら定めし其後の月日を準備の爲めに送ッて居る事であらう、 此人が森江家の善に非常の善を報いた樣に、 惡人の惡に非常な報いを降り下らせる積りならば九年や十年も其の準備に掛るだらう、 如何なる力を以てするとも準備なしに大なり仕事の出來るものではない。 紳士の去つたのが千八百二十九年で有ッたが今は千八百卅八年である、 若し準備が出來たとすれば、果して何の樣な準備だらう[、] 併し未だ何處へも現はれて來ぬ所を見ると未だ準備が終らぬのかも知れん。

此年の初めである、伊國(いたりや)の都羅馬府に、世界に名高い戒食節(かあにばる)と云ふ祭がある、 其(さかん)な事は、(まる)で全都を發狂させる程の状で、 凡そ何れの國へ行つたとて是れほど愉快な祭禮はない、(おい)も若きも貴きも賤しきも、 異形な服裝をして假面(めん)を被つて誰とも分らぬ樣にして市街を練廻り、口々に歡呼して、 菓子や花などの投附け合をし、樂しみといふ樂しみは悉く演ぜられる、 全く滿都(まんと)を快樂の舞臺にした樣なものだ。

其れだから羅馬の戒食節(かあにばる)と云へば、各國から見物に行く、 見物に行つて自分も假面(めん)を被つて祭の中の人と爲るのだ。

其れは()て置き、彿國(ふらんす)から此年の祭を見やうとて故々(わざ〜)出張した人の中に二人の若紳士がある。 何うせ樂しみの爲に故々(わざ〜)出張するのだから金錢には不自由のない人逹だ、 其一人は男爵毛脛(けすね)安雄と云ふのだ、是れは此物語りの初めの頃に、 共和黨の祕密倶樂部で暗殺された樣に記した毛脛(けすね)男爵の一子である、 毛脛將軍の殺された事に就ては彼の蛭峰檢事補の父野々内等が深く疑はれ追跡せられた事も讀者が記憶して居る所であらう。

今一人は子爵野西武之助と云ふのだ、是れも記憶の能い讀者には初めての名前ではない、 野西子爵と云ふのは昔團友太郎とお露を爭ふた西國村(すぺいんむら)の次郎の事である、 武之助は次郎とお露との仲に出來た一子(むすこ)なのだ、是れは毛太郎次が暮内法師に話した物語りの中にも見えた、 其子が今は廿歳を越して立派な青年に成つて居る。

殊に父が今、飛ぶ鳥を落す程の勢があるので、其子武之助まで交際場裡(かうさいぢやうり)の引張凧の樣に成つて居る、 尤も武之助は氣質も容貌も骨格も總て父母の良い部分のみを享けて生れたのか、 言ひ樣のない出來で、多少は學問も出來、取分けて武術や體操が能く出來る、 凡そ巴里で娘を持てる母親として此武之助を娘の婿夫(むこ)に慾しがらぬはない程である、 此樣な身分も、交際場裡の歡迎も飽き、 何うか知らぬ人ばかりの中へ行つて我身の値打を試し度いと思ふ心で伊國(いたりや)へ遣つて來たのだ、 自分の容貌と才智と丈でも必ず到る處に大騷ぎをせられるだらうと、此樣に思ふのが青年の常である。

安雄の方は外務省へも出仕した事があつて曾て書記官見習として公使に就て此國へ來て居た事もある、 今度も多少は公務を帶びて居る、其れが爲に、國は一緒に出たけれど、 途中で武之助と分れて獨りフロレンスへ立寄つた、茲で用事を濟ませて羅馬で落合ふ約束に成つて居る、 所が幸に其用事が、兼て期したよりも三日程早く濟んだ、 其の三日を何の樣に暮さうかと色々思案したが、日頃銃獵を好む爲め、 地中海の島で兎でも()らうと思ひ立ち、レグホーンの港から船を雇ふて、 先づ拿翁(なぽれおん)の爲に名高いコルシカ島へ行つた、 これど茲には大した獲物もなかつた、詮方(せんかた)なしに、 (せめ)ては拿翁(なぽれおん)の居た跡でも尋ねやうとしたけれど是も別に見物する程の物はない、 何だか物足らぬ心地がするので、歸る船中で何處か外に通常の獵場はあるまいかと船頭に問ふた、 船頭は少し職業が違ふから山で獵をする事は深くは知らぬ、二三人の水夫と相談した末 「爾ですね、モンテ、クリスト島なら、誰も人が住まつて居ぬから、鳥や獸も未だ鐵砲の恐ろしい事を知らぬでせう」 と極めて簡單な鑑定でクリスト島へ案内する事になつた、何しろ無人の島で獵をするとは、 物の本にある魯敏遜(ろびんそん)克兒曹(くるーさう)の身の上にも似て居るから、 歸國の後に話をして交際場裡(かうさいぢやうり)をヤンヤと云はせる事が出來るだらうと、 當人も大に乘氣になつて舟を急がせた。

嗚呼、モンテ、クリストの無人島、十年以前に、茲に團友太郎が寶を探り、 引續いてタスカニーの政府から全島を買入れた事は是も讀者の知つて居る所である、 今は何の樣に成つて居やう、果して無人の儘だらうか、安雄は果して何の樣な獲物の話を交際場へ持出す人と爲るだらう。


更新日:2003/11/10

巖窟王 : 八四 此島に大變な豪い人が


舟は日の暮に及んで、漸くモンテ、クリスト島の近くまで行つた、 島へ着くのは夜に入り相である、此樣な小舟で、無人島へ着いて、 何うして夜を明かす事が出來やう、安雄は聊か心細くも成つたので、 船頭に問ふと、船頭は平氣なものである、「船の中が寒ければ、 (をか)へ上つて岩の蔭へ寢れば好いでせう、岩で屏風の樣に、 取圍んだ所もありますから、其れにナニ、食物は晝間貴方の射た鷗がありますから、 岩の蔭で火を焚いて、旨く私が料理して上げますよ」と少しも屈託のない調子である。

四邊(あたり)が眞暗に成つてから島へ着いたが、 船頭等は燈火(あかり)なしにも四邊(あたり)を見る事が出來ると見え、 屈曲の多い海岸に添ひ平氣に船を操つて居る、多分は屏風の樣な岩が有ると云つたその蔭の所まで漕いで行く積りだらう、 暫く行くと島の一角から焚火の光が見えた、船頭は驚いた振で舟を留めた。

安雄「無人の島だと云つたのに誰か火を焚いて居るではないか」 船頭「爾です、イヤ無人の島だけに、時々密輸入商や海賊などが立寄る事があるのです」 海賊と聞いては餘り好い心地はせぬ、安雄「何だ、今の世に海賊と云ふ樣なものがあるのか」 船頭「ありますとも、羅馬の附近には山賊さへ住んで居るではありませんか」 成るほど羅馬の廓外(くわくがい)なる山の(ほら)に、山賊の群が居て時々里へ降つて來て、 追剥などを働くけれど、政府が之を取鎭め得ぬ事は、羅馬通と自稱する安雄が兼て知る所である、 けれど今更逡巡(しりごみ)する事は彿國兒(ふらんすじ)の顏としても出來ぬ所だから 「フム海賊などゝ面白いものがゐるのだなア」と何氣なく言ひ捨てた。

船頭「兎も角も私が泳いで行き、何者か見屆けて來ますから靜かに待つてゐて下さい」 斯う云つて早くも着物を脱ぎ、音もさせずに水に入つたのは流石に商賣である、 其後で水夫の一人は安雄に向ひ「海賊など云ふものは餘ほど氣前の好いものですよ、 物を積んだ船をこそ襲ふけれど、此樣な小な舟を舟だとも思ひはしません、 若し貴方が、此島へ獵の爲に來たのだが腹が空たから[注:空たならの誤り?]、 之を(あぶ)つて呉れと云つて晝間の鷗でも差出せば喜んで反對(あべこべ)に馳走します」 斯う聞くと安心が出て、是も話の種だから、海賊の饗應をも受けて見やうかとの心が浮んで來た、 安雄「併し果して海賊だか何だか!」水夫「其れは分りません、 實は此島に大變な(えら)い人が一人、住んで居るのですよ、 彼處(あそこ)に火を焚いて居るのが其人の兒分(こぶん)かも知れません」 安雄「(えら)い人とは」水夫「贅澤な遊山船に乘つて此の地中海を果から果まで乘廻して居るのです、 時に依ると印度へ迄も行き又英國などへも行くと云ふ噂ですが、 何しろ何れ程の金を持つて居るのか分りません、確に知つた人はありませんけれど、 千萬圓とか金を出して有名な富村銀行を自分の物にして居るなどと云ふ人もあります」 安雄は皆まで信じはせぬけれど「其れが海賊の親方か」 水夫「ナニ海賊ではありません、船乘新八と自分では名乘る相ですが、 多分は何處か外國の大金持でせう、此の地中海を航海する者は何うかすると其人や其の遊船などを見受けますが、 人を助けるのが好きだと見え海賊でも陸の賊でも隨分其人の恩を受けたのがると云ひます」

益々珍しい話である[、]安雄「其樣な人が此島に、別莊でも立てゝ居るのか」 水夫「イヽエ巖窟(いはや)の中へ王樣の住む所よりも立派な宮殿を造り、 人間にはない樣な寶物を集めて住んで居るのです、誰も我々の仲間に、 其處まで見た者はありませんけれど、ゼノア邊の船長が、 何うかして其巖窟(いはや)へ案内せられ、夜徹(よどほ)し馳走を受けて返されたと云ふ事です、 其船長から直々に話を聞いた人は幾等も有りますよ」安雄「此船の船頭は、 其樣な事を知らぬと見えるな、知つて居れば此島を無人島などと云ふ筈はない」 水夫「イヤ知つて居ますよ、知つては居ますけれど、其の人が此島に居る時は、 餘りないのです、大抵は何處かへ出て居るのですから、矢張ち無人の島も同じ事です」 安雄「其樣な立派な宮殿を後に殘して、留守勝にして居ては、後で他人に荒されるだらう」 水夫「所が不思議です、誰が幾等詮索したつて其巖窟の入口が分らぬのです、 私共も時々茲へ上陸して搜しますが茲だらうかと思ふ樣な所は二三箇所ありますけれど、 巖又巖で塞がつて居て、蟻の通る隙間もないのです、 噂では其船乘新八が何か呪文を(とな)へると忽ち巖が自然に開き宮殿の入口を現はすのだなどゝ云ひますが」 安雄は笑つて「イヤ其れは大變だ、(まる)亞拉比亞物語(あらびやんないと)に在る昔話だ」

話も益々興に入る所へ船頭は泳ぎ返つた、爾して先づ水夫に向ひ 「今夜は遊船の主人が還つて居るのだよ、火は其の手下どもが焚いて居るのだ」 斯う云つて更に安雄に向ひ「旦那、貴方は運の好い方ですよ、 彼所(あすこ)に火を焚いてゐる者等の主人が貴方に晩餐の馳走をしたと云ふのです」 船頭「私が、問はれたから云ふたのです、何でも彿國(ふらんす)から戒食節(かあにばる)を見に、 故々(わざ〜)來たお客らしいと」安雄は何となく胸が躍つた。


更新日:2003/12/29

巖窟王 : 八五 昔話の境遇


巖窟の中に其樣な立派な居所を造つて住んで居るとは何の樣な人だらう、 今聞いた水夫の話を()しや十分の一にしても、よほど異樣な人物に違ひない、 而も此身が其人の饗應を受るとは、全く昔話の境遇に入る樣な竒談である、 安雄は一も二もなく承知して「其れは何より有難い」と答へた。

船頭「ですが一つ斷つて置かねば成らぬ事があります、 巖窟の中へ入るには手巾(はんかち)で目隱しをして行かねば()けません、 是れは其主人が他人に巖窟の入口の祕密を知られては成らぬと云ふ用心でせう」 目を蔽ふて宮殿の樣な所へ連れ行かれるとは、益々昔話である 「實に面白い、フム餘ほど異樣な人物と見えるなア、併し危險な事は有るまいか」 船頭は半ば笑ッて「何で危險な事が有りませう、貴方は未だ其人の事を聞いた事が無いと見えますね」 安雄「イヤ今水夫から細々(こま〜゛)と聞いて驚いて居る所なんだ」 船頭「何しろ先は數の知れぬ程の金持ちで、人を助けたり救つたり其樣な事ばかりしてゐるのですもの、 貴方の身に危險な事などは毛ほども有るまいと思ひますよ」 安雄「けれど其實は海賊か密輸入者の頭領だらう」 船頭「誰が其樣な事を云ひました、海賊が何うして此人の樣な贅澤な眞似が出來ます、 能くは何者だか知りませんけれど、何でも何處かの貴族か大金持ちですよ、 其れが贅澤を仕飽きて此島の巖窟へ普請したのでせう」と、熱心に辯護する程に云ふは、 其人が斯る者にまで多少の人望を得て居る事が分る、船頭は猶ほ語を繼いで 「今彼處(あすこ)に火を焚いてゐる五六人の中に二人は何處かの山賊だと云ふ事です、 政府に追はれて逃げ場の無いのを、此人が自分の遊船で救ひ取つたので、 明日は何處とかの港へ無事に連れて行つて上陸させて遣る相です、 餘ほどの慈悲深い人ですよ」安雄は思案しながら聞いてゐたが「目を隱されても好いから、 其れでは馳走に成るとしやう」確に山ほどの話の種が一夜の中に得られ相である。

船は間も無く、島の近くへ着いた、見れば水夫らしい者が六人、 焚火で山羊の子を丸焙にしてゐる、其中の何れが山賊だかは分らぬが、 (いづ)れも色の黒い骨組の逞しい者共である、 (やが)て陸に上ると安雄は約束を守り「サア是れで(おれ)の目を縛つて呉れ」と云ひ手巾(はんかち)を出した、 船頭は直に安雄の目を隱した、其れと共に誰だか安雄の手を取ッた、 多分は是れが案内者であらう。

手を引かれて凡そ五分間ほど歩んだが、無論焚火の傍も通ッた事は、 空腹へ旨ま相に(こた)へる丸焙の匂ひでも分つてゐる、 夫れから矢張り海岸を離れずに進んだ事も、風の容子や水の音で分る、 但し自分の足を踏む所は、多くは草の上で、時々には平な敷石かと思はれる所も有る、 進み進んで、少し水際から横へ曲つたかと思ふ時、行く手から「誰だ」と伊國(いたりや)語で鋭く問ふ聲が聞えた、 是れは巖窟(いはや)の入口を守る番人に違ひ無い、手を引いてゐる男は、 東邦の國語らしい響きの聲で、何やら答へて其まゝ進んだが、是からが愈々巖窟(いはや)だ、 道は段々と下りになり、爾して空氣も違ふ樣だ。

行くうちに、空氣が又違つた、今度は香水で(しめ)したかと思はれる、 微妙な匂が浮んで居て、自然と心持ちも引立つ樣に思はれる、多分は仙人の郷に入るのが此樣な心持ちだらう、 爾して踏む足の下も最早草ではない、音もせぬが足に感應(こたへ)もない樣な深い絨段(じうたん)である、 早座敷の中へ入れられたのだ。

斯く思ふと同時に、案内者が手を放した、間もなく自分の面前に、人の氣配があッて 「イヤ好くお出で下さッた、サア何うか目隱しをお取り下さい」と云ふ聲がした、 是れは聊か外國の訛を帶びて居るけれど立派な彿國(ふらんす)言葉である。

聲に應じて目隱しを取外して見ると其身は異樣な一紳士の前に立つて居る、 年の頃三十八九、或は四十でもあらうか、身には東方の貴族が用ふる樣な金の綾で織出した長被(ながぎ)を着け、 頭には房の着いた土耳古(とるこ)の赤い帽を戴いて居る、成るほど何處かの國王とも見える、 其顏は何となく蒼白くて、(まなこ)の異樣に光る所は、 聊か物凄い樣にも感ぜらるゝけれど、先づ總體に於て、餘ほどの美男子である、 貴族らしく見える所もある、何にしても凡の人物ではない、 其の光る(まなこ)とても唯だ凄いのみではなく、愛も憎みもあつて、 怒る時には猛獸をも戰慄(をのゝ)かせ、喜ぶ時には小兒をも(なつ)けると云ふ(たち)である、 爾して何だか人の心の奧底をまで讀んで取るかと思はれる、身體は寧ろ痩せた方だ、 世に云ふ中背の少し高い者で、極めて恰好よく出來て居る。

併し安雄の最も驚いたのは、室内の華美贅澤な状である、國王の樣に住んで居ると聞いたが國王とて斯まで立派な室は持たぬ、 安雄は外交官の端にも連らなり隨分奢りを以て有名な朝廷の樣をも見たけれど此室にのみは魂をまで奪はるゝかと自ら疑ふ程に感じた、 室中眞珠や寳石で、星の(きら)めく樣に成つて居る。


更新日:2003/11/10

巖窟王 : 八六 心の誓ひ


昔話に聞く龍宮とても此室より以上の事はないだらう、安雄は見惚(みと)れて恍然(うつとり)として居たが、 主人の謝辭の樣に「イヤ來客の目を隱して案内すると云ふ事は、 此上もない無禮ですが、全く止むを得ざるに出た事は幾重にもお察しを願ひ度いのです、 茲は私の隱れ家で、入口の祕密が人に分れば今迄の樣に世間から隱遁してゐる事が出來難くなります、 其れに私は一年の中、三百日ほど他へ出て居ますゆゑ、留守の間に自分の隱居所を荒される樣な事があるも辛く、 其れや是れやで、此の巖窟(いはや)の入口は、誰も目を開いて來るのを許さぬと、 斯う云ふ事に兼て定めてあるのです、特に貴方の爲に其定めを破る譯にも行きませず、 失禮とは知りながら他の人同樣に取扱ひました」何故にさう迄も用心して特に安雄を呼入れたのだらう、 其れほど入口の祕密を知られるのが怖ければ招き入れぬが好さ相なものであるのに、 併し安雄の心に斯樣な疑ひなど起る暇はない、何しろ多く見た事のない、 此龍宮を見る運に廻り合せたのが嬉しい「イヤ目を隱されるは愚、 ()しや手足を縛られても、此樣な仙窟へ招かれるのは榮譽です」

主人は先づ安雄に座を與へて、自分も腰を卸した、 安雄は何の上に自分の腰が乘つて居るか殆ど疑はしい程に思ふ、椅子の面が柔かで、 何だか空中に浮んでゐる樣な感じがする、主人「斯うお目に掛つて互に話を仕ますのに、 何か呼ぶ可き名がなくては、拍子がよくありません、何うか私を呼ぶには新八とお云ひ下さい、 私は船乘新八と世間から呼ばれてゐます、貴方を何と呼びませう」 敢て本名を聞かうと云ふではない、實の所本名を聞かずとも既に知つてゐるのだらう、 安雄はさうとも思はぬから本名まで明かし度くない 「イヤ貴方が昔話で有名な船乘新八ならば私も其昔話に在る荒田院(あらだゐん)と呼ばれませう」 主人は全く打解けた調子と爲り「では荒田院(あらだゐん)さん、 不意の事とは別に用意とてもありませんけれど、晩餐を差上げる爲にお招き申した譯ですから、 先づ食堂へ御案内致しませう」とて室の左の方へ振向いた、 安雄も同じく其方へ振向いて見ると壁の所に絹の埀幕が掛つてゐる、 是れが食堂への入口であらう、「何うぞ」と安雄は唯だ簡單に答へ主人に續いて立上つた。

埀幕を開くと短い廊下がある、今の室も此廊下も、 組細工(もざいく)の天上からヴエニスの製と思はれる綺麗な硝燈(らんぷ)が下つてゐて、 明るきこと晝の如しである、廊下を通り盡すと愈々食堂である、 廣さは三十人も會食する事が出來るだらうか、其眞中に唯數人を圍ませる丈の卓子(ていぶる)を置いてある。

室中の立派な景状(ありさま)は、云ふ迄もない、イヤ言ひ樣がない、室の四隅に、 名手の彫刻したと思はれる大理石の天使(えんじえる)の立像があつて(おの〜)其手に(かご)を提げてゐる、 爾して其(かご)には地中海を中にして幾百方里の國々で特に名産と稱される果實の類が累々と金宇形(すゞなり)に盛上げて有る、 何うして斯うも取集める事が出來るだらう。

前の室と此室と、何方(どつち)が贅澤の度が優るだらう、此室にゐる間は無論此室の方が優つた樣に思はれる、 安をは全く目を(こす)つて夢ではないかと見廻した、間もなく一人の給仕が現はれた、 是れは眞黒な黒奴である、給仕の仕方は驚く可きほど能く心得てゐて殊に主人の目配ばせを言葉よりも能く合點する状は、 何うして斯うも仕込んだものかと怪しまれる、安雄は話の端緒がないから、 先づ此給仕の事を賞め「何うしてお手に入れましたか珍しい給仕ですねえ、 行儀が正しくて、爾して靜かで」主人は微笑して「靜かな筈です、舌を拔いて有るのですもの」 安雄「エヽ舌を」安雄は驚かぬ譯に行かぬ。

主人「彼は御覽の通りのヌビア人ですがチウニス國王の後宮へ、 庶人の許されてゐる區域よりも近く歩み入つた罰として非常な刑を受けたのです、 最初の日、舌を拔き、次の日は手、又次は足と、段々切取つて最後に首を切ると、 斯う云ふ慘酷な言ひ渡しで有りましたが、其時私が行合はせ、其事を聞きましたから、 餘り慘酷な仕方と思ひ、國王へライフル銃一挺と外に東洋製の鋭利な(かたな)一個を差し出し彼の命を買取つたのです、 其れが丁度、舌を拔かれた翌日で有つた爲め、彼は舌だけを失ツて助かりましたが、 外の黒奴と違ひ、彼は國へ歸り度いなどの心は露ほども起しません、 何うかして私の船が其國の邊へ近づきますと、彼は恐れに身を震はしてゐるのです、 憐れむ可き者では有りますが、私を全く命の親と心得、犬よりも忠實に勤めてゐます、 何しろ舌のないのは、使ふに不便な樣では有りますけれど、 此方(こちら)の云ふ言葉は能く聞き分けますから、差し支へはありません、 其れに主人が何の樣な祕密を見聞きしましても、他言すると云ふ事が出來ませんから、 今では私も傍近く使ふ僕は、舌のない者に限ると云ふ程に思つてゐます」

チウニスの國に舌拔きの刑があるとは兼て聞いてゐる、 舌を拔かれて人爲の唖と爲つて生てゐる者のある事も亦聞いてゐる、けれど、 其樣な者に接するのは今初めてゞある、暫しがほど安雄は食氣もなくなる程に感じたが、 併し天然の空腹に勝つ事は出來ぬ、其れに舌無男の運んで來る物が一として珍味ならざるはなしと云ふ程ゆゑ、 間もなく、何事にも構はずに食ひ初めた。

食ふのみでなく、聞き度い事も多少はある。安雄「貴方は其樣にして常に各國を廻つて居ますか」 主人「實は心に誓つた事があツて其爲に年中旅から旅へ渡ツて居ます」 極めて機嫌能く答へたけれど「心の誓ひ」と云つた時には(まなこ)の底に凄い樣な光が見えた、 安雄「貴方は餘ほどの艱難にお遭ひ成さツたと見えますね」 主人はハツと驚いた状で、暫し安雄の顏を見詰めた末「何で其樣にお思ひです」 安雄「イヤ、貴方の顏色、貴方の聲、(まなこ)、物言ひ、 爾して貴方の暮し方まで總て一方(ひとかた)ならぬ履歴を表してゐる樣に思はれます」 主人は半ば打消す樣に「イヽエ世に私ほど幸福な者はありませんよ、 全く氣儘勝手と云ふ言葉を其儘です、行きたい所へ行き、 仕度い事をして人間の裁判が間違つてゐると思へば其の被告が山賊でも海賊でも救ひ出して刑罰を逃れさせて遣り、 人の知らぬ樣な手段を以て最も確實に善を勸め惡を懲し、 云はゞ天にも代ツた積りで正しい裁判を行ツて行くのです、 ()しや貴方にしても、一度(ひとたび)私の境涯を味はへば再び還ツて人間の社會へ歸り度くないと思ひます、 何か人間の社會へ還ツて是非仕遂げ度いと云ふ目的でもなければ -- 」 安雄「假令(たと)へば復讐とでも云ふ樣な」主人「エ、エ」復讐との言葉に主人は再び安雄の顏を見詰めた。


更新日:2003/10/04

巖窟王 : 八七 不老不死の靈液


安雄が問ふ樣に「復讐」の一語を吐いたのは、世に云ふ偶中と云ふものである、 深い意味があつて云ふたのではないけれど圖星に當ツた、主人は驚いて安雄の顏を見 「何で、復讐などゝ、思ふのです」

安雄「何でとて、見受けた所で、貴方は社會から甚く(いぢ)められて、 社會の或者を酷く恨んでゐる人の樣に見えます、 其れだから若しや社會に對して大なる復讐を企てゝ居るのではないかと思ふのです」 主人は異樣に打笑ツた「アハヽハ、其れは未だ當りません、私は世の中を憎むのではなく世の中を悟つたのです、 大に悟つた哲學者です、併し悟つた丈けの所は多少實行して見たいと思ひますから遠からず彿國の都巴里府へも、 出掛けて行きますよ」安雄も以前の問を深くは追窮する必要がない、 更に主人の言葉に應じ「勿論巴里の事情は能く御存じでせう」 主人「イヽエ初めて行くのですから能くは知りません」

此樣な贅澤な、而も旅行好と自ら云ふ人が、 金錢にも時間にも何不足ないのに今まで巴里を知らぬと云ふ筈はなさ相に思はれる、 けれど是れも爭ふ可き事柄でないのだから安雄は全く信じた振で 「オヤ巴里を能く御存じがないなら、私が御案内しませう、今日(こんにち)の御馳走に對する恩返しに、 爾です、何うか貴方がお出の時に、丁度私が居合せば好いのですが」 主人「案内して下さるのは有難いが、或は私は忍びの旅行かも知れません」

話は其れから其れと限りもないが、安雄の腹には限りがある、後から〜と黒奴の運んで來る珍味又珍味で、 安雄の胃は滿ちて了ツた、安雄「アノ黒奴は名を何と云ひますか」 主人「亞黎(あり)と呼びます」成るほど黒奴には有觸れた名前である、此所へ又黒奴が來て、 最早や食事が終ツたので、今度は室の四隅に在る彼の大理石の立像の手から果實の(かご)を外し、 之を以て來て卓子(てーぶる)の上に置いた。

此食事中に唯だ一つ異樣であツたのは此主人が、唯だ話をする許りで何一品自分の口へ入れなんだ事である、 安雄と共に(たべ)てゐる樣に見せ掛てゐても、其實は唯だ箸を弄する許りで、 ()べずに皿を下て了ふのだ、宗教の或派では、 復讐を目論む者は決して自分の(あだ)と同じ家の内で一緒に食事をせぬと成つてゐるのだが、 或は其樣な爲ではあるまいかと、一時安雄は怪しんだけれど、 何も自分の身が此主人の敵とか(あだ)とか云ふ譯はないのだから、 直に思ひ直し、其身が此人の既に食事の濟んだ後へ來たのだらう、 此人は腹が滿()ちいから唯だお客への持做(もてな)しに()べる樣な風をしてゐるのだと、 斯う思つて自分で疑ひを掻消した。

果實(くだもの)の次に亞黎(あり)は立派な銀の蓋物を持つて來て之を卓子(てーぶる)に置いた、 其の持つて來る状が外の食ひ物を運んで來る状とは(まる)で違ふ、 (あた)かも神前に供物を捧げるとでも云ふ樣な恭々(うや〜)しさである、 安雄は不審に堪へぬ、此蓋物の中に何が入つてゐるのだらう、 暫らくして「是は何です」と云ひつゝ其蓋を取つて見た、中には何か、 緑色の濃い汁がある、今までに見た事のない飮料である、 問ふ樣に主人の顏を見上ると、主人は滿足の(てい)で頬笑んでゐる 「ハイ、是れは人間界にないと云つても可い不老不死の靈液です」 安雄も笑つて「エ不老不死の」主人「ハイ昔ヂュビター神に供へたと云ふのが是れなのです、 東方の或る山に産する草から製したものですが、外には決してないのです」 安雄「之を呑むと命が延びますか」主人「イヤ眞逆(まさか)に命が延びもしないでせうが、 併し呑んで見れば如何にも靈液と云ふ事が分ります、凡そ是ほど味の好いものは他に無いでせう、 私は常に之を用ひてゐますが、兎に角珍しい強壯の力を以てゐる事は確かです」 安雄「最上の強壯劑である爲に靈液と云ふのですか」 主人「イヤ身體と精神とを強壯にする許りで無い、心を非常に爽快にするのです、 之と云つて(たと)へる物が有りませんけれど、或人種は阿片を喫します、 喫した後で非常な樂しみを覺えると云ひますが、此靈液は、 阿片の有害に反對して有效です、阿片は徒に妄想を養ひますが、此靈液は心の確實な働き呼起します、 之を呑めば全く陶然として又人間に不如意の事を忘れ、 何の樣な大事業でも出來ると云ふ確信が生ずるのです」云ひつゝ主人自ら一匙を(すく)ひ、 仰向いて(おもむろ)に呑下した、兎に角も毒で無い事は是で分る、物は試しと、 安雄も亦一匙を(すく)つて呑んだ。

成るほど珍味で有る、別に旨いと云ふ味では無いけれど、神妙な香氣があツて心身へ沁みて行く樣な心持と爲り、 何とも(たと)へ樣の無い好き感じが全身へ滿ち渡つて來る「ハテな此の香氣は、 成るほど類が有ません、之を製する草の名は何と云ひます」 主人「亞拉比亞の言葉で『ハツチス』と云ふのです」安雄「アヽ是れがハツチスですか、 如何にも神仙の喰べる靈草だと聞いてはゐました、ハツチスならば全く得難い珍味です」 主人「併し()う此上には差上げる珍味もありませんから、 次の間へ行つて煙草でも呑みませう」

次の間は又此室の次に在るのだ、安雄は主人に從つて入ツた、 茲は食堂より狹く一人の居間と云ふ樣に出來てゐる、主人「是を貴方の居間へ供へませう」 安雄は室中を見廻したが、其の贅澤に出來て居る事は云ふ迄も無い、 殊に目を驚かせるは床に敷詰めた毛皮である、西伯利亞(しべりや)の熊、喜望峯の赤豹、 諾威(のーるえい)の狐を初め王侯さへも容易に得られぬ樣な皮ばかりを組細工(もざいく)に切合せて、 人をして深い夏草の上を歩む樣な思ひ有らしむるのだ、 煙草も各國の最上等が備はつて、琥珀其他の貴重なる煙管(パイプ)まで添へてある、 安雄「一たび仙窟に入れば歸るのが厭になります、此次は何處でお目に掛る事が出來ませう」 主人「巴里で無ければ、何うせ遠國です、私の多く居るのはカイロ府か、イスパンか、 バグダツドの樣な所ですから」安雄「ナニ世界の果でも容易ですよ、 何だか私は羽が生へて何處へでも飛んで行かれる樣な氣が致します」 主人「アヽ靈液が靜々と效て來るのです、其樣な氣がして、一身の上に、 少しも困難な事のない樣に感ずるのが其の效目(きゝめ)です」

全く靈液の效目(きゝめ)か知らん、安雄は次第に、心持が爽かに且つ樂しくなり飄々として、 風に乘つて天に昇る樣な思ひと爲り、何時と云ふ(さかい)もなしに又何處と云ふ感じもなしに眠ツて了ひ、 全く面白い夢の中の人と爲つた。

知らず明朝、目の醒めた時は、何の樣な境遇に自分の身を見出すだらう。


更新日:2003/12/29

巖窟王 : 八八 望遠鏡


翌朝目の覺める迄に安雄は樣々の夢を見た、其夢たるや(つね)に見る夢とは違ひ、 眠る前の事から引き續いて自分が此巖窟(いはや)の中の宮殿に逗留し、 非常な款待を受け、非常な幸福を得た上に、何一つ意の如くならぬはなき世界の大人物にまで出世した景状(ありさま)であつて、 爾して其の感じの少しも夢らしく無く、全く事實の樣に感じた、東洋の話に在る廬生の夢とは多分此樣な夢だらう、 粟の飯を(かし)ぐ間に五十年の閲歴を歴々(あり〜)と見て、 覺めての後に怪しんだと云ふのだから、全く相似た夢である。

覺めたのは朝の何時頃であるか自分には分らぬが、身邊(あたり)が薄暗い、別に日も差しては居ぬ、 矢張り自分が宮殿の主人である樣な積りで呼鈴(よびりん)を鳴らさうと手を差し延べて見たが其樣な物はない、 ハテナと思ツて探る中に段々と正氣に還り、何だか今までの事が何處からと云ふ境目は分らぬけれど夢であつたらしく感じた、 先づ起き直つて自分の寢床を見た、多分は盡善盡美(じんぜんじんび)とも云ふ樣な柔かい寢臺である可きだのに、 爾でない、乾た枯草を澤山に積んで、其上にフワリと寢てゐるのだ、枯草に天然の(かんば)しい匂があつて、 其れが恰も室中に香水を吹いて有る樣な感じを與へて居た、 全く狐に(ばか)された人が初めて我に歸つたと同じ事である。

其れでも猶此覺めたのが却つて眞の夢ではないかと、此樣に疑つて立上つた、 爾して室中を歩み廻つて見ると室は(いは)の穴で有る、穴ではあるが、 今云ふ枯草の外に敷物もなければ、壁もない、壁は天然の(いは)の儘で、 昨夜塗込んであつた金銀珠玉は何處へ行つた、贅澤な裝飾、贅澤な噐具一切が影も形もない、 餘り怪しいから安雄は(あたか)も拍子拔のした物の樣に打笑ツた。

其れから猶も穴の四方を(あらた)めて見ると其一方が入口、即ち出口の樣に成ツてゐる、 茲を歩み出て、外を見ると海岸で有る、海には自分の乘つて來た船が有ツて、其左右には白い女浪男浪が寄せては又還して居る、 (をか)には自分の舟の船頭や水夫が、確に見覺えの有る其顏々を集めて朝飯を(たべ)て居る。

全く狐に(ばか)されたらしい、けれど其れにしても合點が行かぬ所が有る、 「ハテな、何處迄が眞事(まこと)で有ツて、何處からが夢だらう」 と後へ後へと考へ直して見ると、ハツチスと云ふ靈草の液を呑んだ迄が誠で、其後が夢だらう、 彼の靈液と云ふのが、兼て聞く阿拉比伯のハツチスでは無く、其實阿片の樣な魔草の類では無かツたゞらうか、 何でも腦髓に異常の働きを生ずる力が有るには違ひ無い、或は身體までも其毒を受けて居るかも知れぬと思ひ、 體操をする樣に先づ手足を動かして見ると、是れは不思議で、(いつ)もより總ての機關が爽かで、 確に健康を増した樣な氣がする、力も何だか加はツた心持ちだ、(さて)は毒藥では無かツたのだと、 安心して外へ出て見ると、(あさひ)の光りも、空氣の鮮かさも格別に心持が好い、 アヽ全く靈液で有ツた、アノ樣なものを、 常に持藥の樣に呑んで居れば眞に何の樣な大事業でも出來る事に成るだらうと此樣にさへ感じた。

先づ船頭等の居る所へ歩んで行くと、彼等は安雄の顏を見て笑ツて居る、爾して云ふた 「お客樣、今朝ほど巖窟(いはや)の旦那が、 貴方がお目覺になツたら何うか宜しく申して呉れと私共へお言傳(ことづて)でした」 安雄「エ、巖窟(いはや)の旦那とは」船頭「船乘新八と名乘る方です、昨夜貴方を饗應した」 安雄「オヽ、船乘新八などと、實際に爾う名乘る人間に有つたに違ひ無いのか」 船頭「ハイ、其れで其の旦那が仰有(おつしや)りますには、止むを得ず西國(すぺいん)の方へ行くから、 (あし)からず思召し下される樣に貴方へ申して呉れと、丁寧に -- 」 安雄「其れは殘念、()う少し早く目が覺めれば好かつたのに」悔いたとて今は及ばぬ。

「シタが船頭、其人は何方(どつち)へ去つた」と安雄は追掛けて問ふた、 船頭「何方(どつち)へ、アレ、彼處(あすこ)に未だ其船が見えて居ます、 帆を張揚げて居るアノ遊船を御覽なさい」とて沖の方を指示した、 成るほど唯の船とは趣の違つて見ゆる一艘が、微風に帆を張つて進んで居る 「彼の船に巖窟の主人、船乘新八が乘つて居るのか、 今ならば未だ望遠鏡で見れば能く分る、早く(おれ)の望遠鏡を取つて呉れ」 勿論銃獵に爲に來たのだから望遠鏡は肩に掛けて居た、其れを船の中に置てある、 船頭が(かしこ)みて船に行き、其望遠鏡を取つて來るのを待兼る程に思ひ、 受取つて早速彼の船を眺めると、是れは不思議、確に昨夜(ゆうべ)の我を持做(もてな)した巖窟の主人が、 着物も()た昨夜の儘で船の(とも)の方に立ち、之れも此方(こつち)を見る積りか、 我と同じく望遠鏡を手に持つて此方(こつち)へ正面に向つて居るのだ、 彼の靈藥を呑んだ迄の所は愈々夢では無かツたのだ。


更新日:2003/11/10

巖窟王 : 八九 鬼小僧


安雄が未だ望遠鏡から目を離さぬ中に、向ふも亦望遠鏡を出して此船の方を見た、 爾して分れを惜む印と見えて手巾(はんかち)を上げて打振つた、 安雄は之に答禮しやふか仕まいかと聊か躊躇した。 彼の船乘新八と云ふ昨夜の主人が此身に對しての持做(もてな)し方は(まる)で狐が人を化かす樣な仕業(しわざ)で、 饗應には違ひないけれど、之に向ツて禮など云ふは何だか自分の愚を表する樣な氣持も有る、其れに、萬事向ふの仕た事が、 餘り意想外で而も餘り手際が好すぎるから癪に障る樣な氣もして若し出來る事なら反對に向ふを驚かせて復讐も仕て遣り度いと殆ど之ほどの念も動いた。

けれど禮儀作法を以て立つ巴里の紳士が、日頃自慢の禮儀作法に於て、 此の素性さへ分らぬ巖窟の主人に後れを取つてはならぬ、斯う思つて(やが)て自分も手巾(はんかち)を取り、 同じく打振つて答禮を濟ませた。所が今度は向ふの船から、パツと白い煙が上り、 爾して引續いて(かすか)に號砲の音が聞えた、 安雄は何の意味とも合點し得なんだのに、船頭が注意した 「其れ巖窟の旦那が貴方へ禮砲を放ちました」是れには聊か當惑した、 同じ禮砲を以て答へる事は出來ぬのだ。けれど幸ひ獵銃が有るから、直に又之を取り空中に向つて一發放つた、 其響が向ふの船まで屆いたか否やは分らぬ又向ふの主人が感心したか()た笑ひを催したかそれも分らぬ。

此時船頭等は獵銃で思ひ出した樣に「お客樣今日一日此島で獵暮(かりくら)しますか」 安雄は獸を獲るよりも昨夜の巖窟(いはや)の中の宮殿を(あらた)めて見たい、 「何でも好いから松明の樣なものを(こしら)へて呉れ」 船頭は其意を察して笑ひを催し「ハゝゝ私共も巖窟の話を聞き及んで、 幾度松明を以て其の入口を搜したか知れませんが、到底(とて)も分らぬものと斷念(あきら)めて了ひました」 安雄「何でも好い松明を(こしら)へて呉れ」仲々強い決心である。

船の在る薪の中から燃るのを取り、(やが)て手頃の松明が出來た、 直に安雄は之を以て先刻自分が目を覺した岩の穴に入り、凹んだ所は叩いても見、 高い所は()すつても見などして、有らん限りの手を盡したが、 昨夜の宮殿の入口とも思しき所は一箇所も無い、 唯だ腹立しく感ぜられるのは此岩穴の天上も四壁も異樣に(くすぶ)つてゐる一事件で有る、 是れは此身と同じく松明を以て茲を詮鑿(せんさく)した人が幾人も有る證據なのだ、 爾して其等の人々が皆失敗した事も分つてゐる。如何とも仕方が無いから絶望して穴を出で、 猶も銃を持つて島の其處此處を經廻(へめぐ)ツた、けれど何等の合點の行く所も無かツたが、 子山羊を二匹射留め獲たから之を船頭に渡し料理せよと命じて置いて、 再び前の岩の穴に入り、今度は前よりも亦綿密に(あらた)めた、 けれど其の結果、イヤ其の無結果は前と同じ事に歸した。

再び船に歸つて沖を見ると新八の乘つてゐる先刻(さつき)の船は()う、 遙に彼方に千鳥の影かと思ふほど小さく見えてゐる、 實に驚く可き速力である、望遠鏡を出したとて()う屆かぬ、 「船頭、船頭、アノ新八とやらは西國(すぺいん)の方へ行くと云ふた相だけれど船は確に反對の方へ向つてゐるぜ」 船頭「それはアノ船に昨夜(ゆうべ)見た鬼小僧の手下が二人乘つてゐますからそれを伊國(いたりや)の何處かの海岸へ無事に上陸させて遣る爲でせう」 安雄は合點し得ぬ「鬼小僧とは」船頭「オヤ貴方は未だ鬼小僧の名を聞いた事はありませんか、 羅馬の附近にゐる山賊の(かしら)ですが」安雄「アゝ爾々、鬼小僧と云ツたなア」 船頭「昔から山賊は澤山あツても鬼小僧の樣なのは無いと云ひます」 安雄「山賊の手下など助けるのに故々(わざ〜)道寄りをするのか、 確に五十里以上の損になるのに」船頭「アノ旦那は人を一人助けるに五十里や百里の道寄りは何とも思ひません、 何處までゞも出張して罪人を逃亡させる状は、(まる)で各國の政府を馬鹿にした樣なものです、 其れだから、此地中海の山賊、海賊、密輸入者でアノ旦那を親の樣に崇めぬ者は一人も無いでせう」 聞けば聞くほど異樣な人物である、殆ど人傑(じんけつ)と云つても好い、 安雄「でも其樣な事をすれば何處かの政府で彼の人を捕縛するだらう」 船頭は嘲笑(あざわら)ふ樣に「ヘン捕縛、何處の政府に其樣な力が有りませう、 第一等の速力を持つた巡洋艦で追掛けたとてアノ遊船には追附きません、 一時間に三里は必ず後れます、其れに彼の旦那が、隱れる積りに成れば誰の家へでも匿まつて貰ふ事が出來るのです」 と全く自分が新八の子分にでも成つて居る樣に強く襃める。

爾う迄も勢力の有る人を微々たる我が一人の力で、突留やふと思ふのは、全く無益な仕事であると、 安雄は遂に斷念して、元のレグホーンへ歸ツた、爾して幾日の後に豫定の通り羅馬府へ乘込んだが、 宿はパストリニ館と云つて兼て泊り附けの家で、茲に既に同行の子爵野西武之助が着いて待受て居る、 所が其室が、二階の片隅に在ツて兩人(ふたり)の合宿するには狹過る感じがある、 是を我慢しては巴里紳士の名折れにも爲るのだから、早速館主を呼び、 野西子爵の金の威光をも仄めかして、今一室借受け度いと云ひこんだが、 館主の返事が意外である。實は東方の或豪族へ二階總體を、 貸切つてあるけれど永いお(なじ)みの爲に特別に其の方に乞ひ此の片隅だけを取除けて置いたと云ふのだ、 (やゝ)もすれば反對の金の威光で此方(こつち)を追ひ出し想な見幕である。


更新日:2003/12/29

巖窟王 : 九〇 猿の樣に身輕く傳ふて


此宿の廣い二階を一人で貸切るとは何處の贅澤家だらうと、安雄は痛く怪しんだ、 けれど、知らぬ他人の事を推して問ふは何だか羨ましさの爲の樣で此方(こつち)の品格にも障るから(わざ)と問ふのを控へて了ツた。

併しナニ、祭禮を見るのは二階の窓から首を出すには限らぬ、 それより馬車を借り、市中を練廻ツて自分が祭禮中の人と爲り餘所(よそ)の二階から見卸されるのが却つて面白いのだから、 馬車さへ借りれば居間の狹い廣いは何うでも好いと、此樣に武之助と相談を仕直して、 更に宿の主人(あるじ)を呼び、祭禮の間、馬車を借入れ置く樣に命じた、所が之も失望である、 「何うして祭禮中、馬車を借りるには二週間前に言ひ込んで置かねば(いけ)ません、 今は()う差迫ツた事ゆゑ、羅馬中の馬車は悉く約束濟と爲り、 唯の一輌でも借得る見込がありません」と云ふのが館主(あるじ)の言葉であツた。

殘念に堪へぬけれど仕方が無い、其れにしても兎に角市中の馬車屋を悉く聞合せて呉れ、 費用は幾等でも(いと)はぬからと、(たつ)館主(あるじ)に言ひ附けて、 ()と不愉快に其日は暮した、夜に入つて後、館主(あるじ)は再び來て 「祭日迄なら幾等でもありますが、當日は何うしても借りられません、 破損して平日に用ひられぬ樣な古馬車まで、殘らず借主が附いて居ます」と斷ツた、 安雄の方は兼ねて此市の樣子を知つて居るから、無理も無いと諦めたが、 武之助は殊に我儘一方に育ツた身だけに、不平の遣り場が無い、 ()と立上つて「安雄君、此樣な館主(あるじ)を相手にしたとて仕方が無い、 今夜幸に月も出て居るし、圓劇場(ころしうむ)の古跡でも見て來やうでは無いか」と云ひ、 早や室を出さうにした。

圓劇場(ころしうむ)とは、世界中の歴史に存する最も有名な古跡の一で有らう、 昔其の建物の中で、何の樣な大竒觀が興行せられたかは茲に説く必要は無い、 兎も角も羅馬に遊ぶ人としては此圓劇場(ころしうむ)の古跡を見ぬ人は無く、 見れば其の寫眞を土産として持歸らぬは無い、 讀者の多くは()しや親しく此古跡を見ぬにしても、寫眞では必ず見たで有らう、 今は建物も大部分は雨風に(くづ)れて見る影も無いけれど、 其の規模の大なる状で昔何れほど莊麗で有つたかゞ察せらる。

其れは(さて)置き、武之助の立つに續き安雄も立ち 「行かう、併し君、市中を通つて行くか、町の廓外を通つて行くか」 武之助「市中は見飽きて居るから、外から行かう、外には色々の古跡も有ると云ふでは無いか」 安雄「好からう」とて相談の一決せんとすると見て、館主(あるじ)は驚いて引留め 「此夜中に廓外へ出ては大變です、今では誰一人、夜に入つて町の外の道を通る人は有りません」 武之助「何で」館主「何でとて貴方は鬼小僧の出沒する事を未だお聞きにな成りませんか」 安雄の方は鬼小僧の名に、成ほど主人(あるじ)の留るが合點が行つた、武之助は怪しんで 「鬼小僧とは何だ」安雄「君、大膽な追剥だよ、山賊だよ」武之助「大膽とへ何の樣な事をする」 館主「旅人を捕へて山の(ほら)へ連れて行き、 今より幾時間の中に幾等々々の身請金(みうけきん)を取寄せよと命ずるのです、 其金が出來ねば時間を待つて直に射殺します、其手に罹つた人が幾人あるか知れません」 武之助「警察で其れを許して置くのか、(まる)で無政府の状では無いか」 安雄「君は此國の無政府同樣な状を今知つたか」館主(あるじ)は聊か自分の國を辯護する樣に 「イヤ警察でも放つて置くと云ふ譯では無いが、何分にも先が巧で手に合はぬのです、 一昨年も嚴しく鬼小僧を詮索し、殆ど捕へる許りに追詰めましたが、 本體も知れぬ船乘新八とか云ふ者が、救ふて船に載せ、警察の屆かぬ所へ連れて行き、 一年も經つて此國へ歸した相です、其頃から此國で最も名高いのは船乘新八と鬼小僧です」 船乘新八と云ふ名は安雄の耳に刻印の樣に殘つて居る、 問はずに耐へる事が出來ぬ「船乘新八とは何者だ、海賊かへ」 館主「何者ですか、私は見た事も有りませんが、人を助けるのが道樂だとか噂されてゐます、 海賊などでも勿論無く、何でも東方の何國(どこ)かの王樣が姿を變へて居るのだらうと云ふ人も有ります、 けれど全く其素性を知る者は無いのです」

武之助は、話を事實とは聞かぬ、唯だ主人(あるじ)が徒に人を嚇すのだらうと思ひ 「毛脛君、館主(あるじ)の親切は親切として、夜の更けぬ中に、サア行かうでは無いか」 と云ひ、館主を有るか無しに見做して安雄を引立て茲を出た、爾して市中の馬車を捉へ、 (わざ)と廓外から圓劇場(ころしうむ)へ行けと命ずるけれど、館主の恐れが無根で無いと見え、 何の御者も皆戰慄(おのゝ)いて逃て了ふ、詮方(せんかた)無く市中を通る事にして馬車には乘つたが、 武之助は見掛けに寄らぬ大膽な所の有る氣質と見え、山賊の出る處を通らなんだのを眞實殘念に思つた容子で有ツた。

(いよ〜)圓劇場(ころしうむ)へ着くと馬車の馭者は案内者と變じ、 先へ立ツて樣々の事を説き明しつゝ兩人(ふたり)を導いたが安雄の方は既に七八囘も茲に來た事が有つて、 案内の文句は聞飽きてゐる、武之助を案内者に任せて置いて獨り一方の(くづ)れた階段の下に行き、 柱の根に腰を掛けて(やす)んで居た、其うちに近邊(きんぺん)の寺院から夜の十時を報ずる鐘の音が聞えたが、 其れと殆ど同時に何處からか、高貴な卷煙草の(くゆ)る匂ひが傳はつて來た、 ()ては誰か此邊に他の見物が居ると見える、 煙草の匂ひは最上等で先の夜モンテ、クリスト島の巖窟(いはや)の中で馳走に成ツたものにも匹敵する樣に思はれる、 何の樣な人だらうと怪しむと共に、フト自分の身を認められずに其人のする事を見て居やうとの氣が起り、 (くづ)れた階段の下へ潛り込む樣に見を寄せると、間も無く煙草の(ぬし)が二(けん)許り先の方へ立現はれた。 丁度壁の影に成つて其顏は見えぬけれど姿は一廉(ひとかど)の紳士らしい。 爾して容子は誰か人を待つ(てい)である、美人と忍び逢ふ約束でも有るのかと、 詰らぬ想像の浮ぶ所へ、高い壁の窓を猿の樣に身輕く傳ふて此紳士の足許(あしもと)へ降り立つた者がある、 美人では無い是も男だ、此男餘り高く無い聲で「伯爵、お待たせ申して濟みません」 伯爵と云はれた人「オヽ鬼小僧か、ナニ(おれ)も今茲へ來た許りだ」 安雄は動悸が高や打つた、窓から來たのが鬼小僧なのだ、けれど是よりも猶驚く可きは紳士の聲である、 確にモンテ、クリスト島の彼の巖窟の主人の聲と聞取られる。


更新日:2003/12/29

巖窟王 : 九一 正直者か


話のみ聞いてゐた鬼小僧が、今目の前に現はれて、而も彼の怪しむ可き巖窟の主人と會合するとは實に思ひ設けぬ所である、 尤も巖窟の主人船乘新が鬼小僧を救ふた事も先刻聞いた、其外に此人が、 道樂の如く樣々の罪人を助ける事も亦聞いてゐる、 今まで其等の唯だ人の噂に止まる事とのみ思つてゐたが今面前に此の會合を見ては、 噂のみでは無いと分る。

安雄は全く息を殺し、兩人(ふたり)の言葉に耳を傾けてゐた、 鬼小僧は猶も詫の樣に「伯爵、(もつ)と早く來るべきでしたが、 別甫(べつほ)に逢ふのが手間取りまして」 何の爲に伯爵と云ふかは分らぬけれど、伯爵と云はれて別に自ら怪しみもせず、 當然の尊稱を受る樣な語調で「別甫(べつほ)とは誰だ」と問返した。 此聲で愈此伯爵が巖窟の主人と同人らしく思はれる、 鬼小僧「アノ私の手下日比野が捕はれてゐる牢屋へ政府から附けてある牢番です」 伯爵「フム政府の牢番と懇意にするなどゝは、其方(そち)も仲々能く手を廻はしてゐると見えるな」 鬼小僧「ハイ牢番と懇意にして置くは何よりも大事ですよ、 何時私自身が捕はれぬとも限りません、獅子が網に罹ツたのを、 鼠が其の結び目を食ひ破つて遣つたと云ふ話もあるぢやありませんか、 私も他日必ず別甫(べつほ)の樣な小鼠に網の結び目を噛んで貰ひ度い時が來ませう」 暗に自分を獅子に比べてゐるのは流石に山賊の巨魁である、 伯爵「別甫(べつほ)に逢つて其れから何うした」 鬼小僧「愈々日比野が助からぬ事を聞きました、明後日の午後二時、戒食節(かあにばる)の祭が初まる前に、 血祭として死刑に處せられる者が二人あります、伯爵、其一人が日比野ですよ」 伯爵は更に驚く容子も無く「爾して今一人は、矢張り其方の手下であるのか」 鬼小僧「イヽエ、是は何處かの寺の小使だ相ですが、非常な惡人です、 自分の捨子であつて寺の長老に拾ひ上げられ、(まる)で子の樣に育て上げられたのに、 其恩を忘れて少しの事から其の長老を叩き殺したと云ふのです、 其れだから此奴は死刑の中で最も重い寸斷の刑に處せられるのです」

寸斷の刑と聞いて安雄は思はず身を震はせた、寸斷と云へば嬲り殺しである、 今以て伊國(いたりや)に此刑のある事は知つてゐるが、其實行せられるのを聞いた事はない、 伯爵「成る程其れは甚い惡人だ、親同樣の恩人、而も僧侶を殺すとは寸斷が適當だらう、 日比野も其樣な惡人では無いのか」鬼小僧は力を込め 「何うして日比野は大膽な男では有りますが、人を殺した事は無いのです、 其れだから單に首を切られる丈で寸斷の刑では無いのです、 けれど伯爵、寸斷では無いにしても命を取られるのは同じ事です、 日比野の樣な者の命を取るとは、餘り甚過ます、何うしても私は彼を助けます」

伯爵は暫し考へて「何うして助ける」鬼小僧「手下の亂暴な奴二十人ほどを集め、 短劍を拔揃へて死刑の場所へ躍り込み、役人を殺して置いて日比野を(さら)ツて逃げるのです、 此樣な事をすれば幾等活智(いくぢ)の無い政府でも嚴しく私共を追詰るに極ツて居ますから、 其時は又何うか貴方の船へ匿まつて戴き度いと、其れで今夜は其お願ひに御面會を願ツたのです」 伯爵は一も二も無く「其れは()かん、死刑を行ふ役人は、唯だ職を守ると云ふ丈だから、 其れを殺すと云ふ亂暴な企てには(おれ)(くみ)する事は出來ぬ、 能く貴樣は心得て居て呉れ、此の船乘新八は、人を助ける企てには加膽するが、 殺す可き人で無い者を殺す樣な企てには決して力を貸さぬのだから」

斷然と言ひ切ツた、安雄は是れを聞いて聊か感心した、 此人は唯だ道樂に罪人を助けるのでは無く、助け可き者と助け可からざる者との間に多少は差別を立てゝ居る事も分る、 其れに自分で此の船乘新八と言ふ所を見れば、此人が彼の巖窟の主人である事は最早や一點の疑ひも無いのだ、 其れが彼の伯爵と言はれるのは、アヽ此の山賊等が恩に感ずる餘り勝手に附けた尊稱だらう、 鬼小僧は暫し當惑の(てい)で有ツたが「でも私は手下を見殺しにする事は決して出來ません」 伯爵「ナニ見殺しにするには及ばぬ、愈助ける可き奴ならば、(おれ)が助けて遣る」 と、全く生殺與奪の權を自分の隨意にする事が出來るかの樣な語調である、爾して更に 「ドレ日比野と言ふ奴は、平生何の樣な仕事をして居る、一應(おれ)に話して見ろ」 鬼小僧「正直な男ですから平生私が山塞(さんさい)の門番をさせたり、大切な使ひなどに出すのです、 腕力は強い手下は幾等も有りますが、腕力の上に心の正直を兼ねた手下は容易に得られません」 正直との一語は伯爵の心を決せしめた「フム正直者か、では(おれ)が助けてやる」 鬼小僧「貴方が受合つて下されば、()う助かツたも同じ事です、 今からお禮を申して置きます、ですが伯爵、既に死刑とまで極ツた者を、 何うして貴方は助けますか」と感心に堪へぬ樣な聲を以て問返した。


更新日:2003/10/04

巖窟王 : 九二 初めて怪物の顏を


「では(おれ)が助けて遣る」と、事も無げに受合ふ此「伯爵」の言葉には、 隱れて聞く安雄も驚かぬ譯に行かぬ、眞に何うして其樣な罪人を助ける事が出來るだらう。

伯爵は鬼小僧の問ひに答へ、「ナニ、今ならば助ける見込が有るのだよ、 丁度法王の政府から、(おれ)に莫大な寄附を勸めてゐる時だから、 (おれ)が日比野の命と替事(かへごと)に仕やうと云へば多分は承諾するだらう、 法王が承諾すれば是ほど確な事は無い」()ては此「伯爵」既に法王の朝廷に對してまで少からぬ勢力を以てゐると見える、 鬼小僧「分りました、其れでは、矢張り私共は短劍を隱して刑場へ行き、 見物人に紛れて待つてゐます、爾して愈刑場へ法王から急使が來て此罪人を放免すると言へば私共は知らん顏で立去りますし、 其樣な急使も見えず日比野が首切臺へ引上されたなら、直に一同で跳り出て日比野を救ひます」 伯爵「イヤ其れには及ばぬ、當日の朝になれば(おれ)の運動が屆いたか、 屆かぬか分るのだから」鬼「貴方には分りませうが、私共には」伯爵「イヤお前逹にも分る、 (おれ)は祭禮を見る爲に大通りなるロスボリ館の表二階の三窓を借切つて有るのだが愈運動が屆いたなら、 直に其の合圖として眞中の窓の幕を赤い十字の附いたのと掛替へて置く、 若し運動が屆かねば、三窓とも一樣に黄色い幕を張つて置くから、 其れを見て事の成否を知るが好い」鬼「成程其れなら分ります、 貴方のお宿の窓ですか」伯爵「ナニ(おれ)の宿では無いよ、 宿とはズツと離れたロスボリ館だよ」鬼「分りました、ロスボリ館ならば大通の第一等の場所だから直に知れます」

安雄は益々此伯爵の贅澤には驚いた、祭禮の當日に第一等の場所を三窓まで占領するとは、 餘ほどの金力と餘ほどの勢力とが無くば出來ぬ事である、伯爵「では是で分れやう、 (おれ)は用談の濟んだ後まで佇立(たゝずん)でゐる暇はないから」 鬼小僧「御尤もです、シタが伯爵、此お禮は何とすれば好いでせう、 何の樣な難題をでも私へお命じ下さい、假令(たと)ひ百里や千里離れた所からでも、 貴方のお差圖が來れば、直に從ひます、()う、差圖を送れば差圖通りに運んだものとお思ひ下さつて良いのです」 伯爵は()と眞面目に「他日必ず其方の此言葉を試驗する時が有らう、其時に成つて驚かぬ樣にせよ」 と殆ど命令の樣に言ひ渡した。

是で二人は左右へ分れ去ツた、爾して其の足音が全く消えて了つた頃、 丁度武之助が案内者に連れられて此間近くへ下りて來たから、 安雄は共々に殘る部分を見物して夜の十二時頃自分の宿へ歸ツたが、歸る道々も唯だ怪しさの忘れられぬのは彼の伯爵である、 何れ程の金力と勢力とがあツて、何の樣な事をしてゐるか更に想像が附かぬ、 何も詮索する必要も無いけれど何だか詮索して見たい、何だか油斷の出來ぬ事柄の樣に感じられる。

武之助の方は、歸る道も市中に祭禮の準備が出來てゐるのを見て、 唯だ馬車の無いのを悔しがり「巴里の紳士が一輛の馬車をも借り得ぬとは、 後々までに人に顏向けも出來ぬ不面目では無いか」と言ひ殆ど悲憤慷慨とも言ふ可き程の状である、 之が爲に翌日は二人早朝より手を分けて、馬車の借入に奔走したけれど遂に其の目的が屆かぬ、 全く車と名の附く物は、悉く約定濟に成つてゐて如何とも仕方が無い、午後の六時頃に及び二人は不愉快に宿へ歸つて來たが、 安雄の方は聊か自ら慰める所がある樣に「野西君、此樣な時には考へたとて()い智慧が出ないから、 少しの間劇場へでも行き氣を變て歸つて來て、爾して又相談を仕やうでは無いか」と言つた、 武之助は唯だ腹立たしげに「此樣な無禮な土地で、 芝居を見たとて仕方が無い」安雄「イヽヤ僕は、 馬車を借得な代かつたりに[注:借得なかつた代りに?]ジー婦人から芝居見物の案内を受て來た」 ジー婦人とは曾て此國から巴里へ旅行し大に交際場に歡迎せられ武之助も知り合と爲つてゐる貴婦人である 「其案内は僕も一緒にと言ふのかい」安雄「其れは無論さ」 ジー夫人の名に對して武之助も漸く行く氣になり仕度も匆々(さう〜)に宿を出た。

何しろ各國の人が入り込んでゐる際だから劇場の繁昌は漕分られぬ程である、 此中で第一流の棧敷を占め、ジー婦人と共に見物するは大いに面目を施すに足るのだから、 兩人とも暫しは不平をも忘れてゐたが、此夜此場中に、ジー婦人よりも誰よりも、 滿場の視線を一身に引き集めた一人があつた、其れは上等中の上等とも言ふ可き棧敷を、 唯だ一人で占めて餘念も無く音樂に耳を傾けてゐる一少女である、年は十六か七、でもあらうか、 衣服は()と地味な色合であるけれど、金目には積れぬほどの寳石が手首や胸の邊に輝いて、 爾して其の仕立は確に希臘の貴族又は皇族の着けるのと同じものである、 皇族にもせよ、皇族で無いにせよ、斯る少女が唯一人劇場に來るとは餘り例の無い事であるのみならず、 その容貌は美しい上に何だか不幸の人とも云ふ樣な悲しげな面影が見ゆるので、 誰も此少女を何者かと怪しむのを禁じ得ぬ、勿論安雄も之を怪しむ一人である、 彼は怪しさの餘りにジー夫人に聞いた所、夫人も何者か知らぬけれど、 毎夜此劇場へ來て同じ所で同じ樣に見物し爾して其棧敷を見ると實は一人で無い樣だ、 何だか其の背後(うしろ)の暗い所に、保護者だか供人(ともびと)だか潛んで居る樣に見える、 供人(ともびと)にしても顏ぐらいは現はし相なものだのに、其現はさぬのが亦怪しさの一つにもなる。

此樣に思ふて猶も見てゐると、一幕も終りと爲り、少女は歸る積りか立上つた、 爾すると背後(うしろ)に潛んでゐた怪物も續いて立つた、此時安雄は初めて怪物の顏を見る事が出來た、 驚くべ可し此人は、確にモンテ、クリストの巖窟で自分を饗應した主人であり、 船乘新八と自稱する人である、即ち昨夜鬼小僧に禮を言はれてゐた「伯爵」であるのだ。


更新日:2003/11/10

巖窟王 : 九三 明朝の九時を以て


實に、此「伯爵」のする事は、何から何まで普通の人と容子が變ツて居る、 巖窟の中に宮殿を造ツたり、圓劇場(ころしうむ)の古跡で山賊に忍び逢ツたり、 爾して今夜自分だけ人目に觸れぬ樣に、棧敷の隅に身を隱して音樂を聞いてゐるなど、 何の意味だか想像も屆き兼ねる。

其れのみで無く棧敷の全面へ推立てゝ有つた彼の美人は何者だらう、 衣服(みなり)の状では希臘の貴族の姫君としか見えぬけれど、姫君ともある者が、 唯一人で男子に連れられてゐるのも怪しい、其れとも此「伯爵」が實は希臘の貴族で有ツて、 美人は其娘か知らん、イヤ親子と言ふ程年が違ツてもゐぬ樣だ、何にしても合點の行かぬ事ばかりだから、 安雄は益々「伯爵」の素性を突留め度い樣になツた、()し突留ると迄には行かずとも幾等か深く探り知り度いと思ひ、 ジー夫人と武之助へは少し頭痛がする故先へ歸るとの意を告げて此座を立つた。

今此劇場の出口へ行けば、 多分は「伯爵」と姫君の樣な美人とが何方(どつち)へ歸つて行くのか其れを見る事が出來るだらうと思ふのだ、 爾して人を押分けつゝ出口へ行つて見ると兩個(ふたり)の姿は見えぬ、自分が人を推し分てゐる中に早立去つたものらしい、 直に又外へ出ると右にも左にも馬車の音は聞えるけれど、 何れを「伯爵」の馬車と當りを附ける便りも無いのだから又其中には何處かで廻り合ふ事も有らうと、 餘義無く思ひ直して町に出た。

何方(どつち)かと言へば安雄は、物事を考へ込む方の性分である、 町へ出て月の照つてゐる状を見ると樣々の物思が浮ぶから劇場にゐるよりは月下の漫歩が餘程面白いと思ひブラブラと歩んで居た。 其間に最も考へに浮かんだのは、無論伯爵の事と、明日(あした)の馬車の算段である、 雙方とも思はしい決着に逹せぬから凡そ一時間の餘も漫歩を續けた上、 遂に我が宿パットリニ館へ歸つて見ると、武之助の方が先に歸つてゐて「どうだ君、 馬車の工夫が附いたのか」と言ふのが第一の問である。 「イヤ其の工夫が附けねばこそ、今まで考へながら散歩してゐたのだ」との返辭に對し、 武之助は「僕は餘り殘念だから館主(あるじ)を呼んで山々責めて遣ツた、館主(あるじ)も困ツて、 では()う一應、何とか奔走して見ませうとて立去つたが、何うせ無益では有らうけれど、 ()う返辭の有る時分だ」と言ふ折しも館主は滿面に笑を浮かべて 「第一等の馬車が手に入りましたよ」と言ひつゝ茲へ入つて來た、 武之助は「本統か」と跳上り、安雄は「有難い」と胸を撫でた。

武之助「其れ見よ、本統に奔走すれば、出來るでは無いか、 車賃を貪る爲に、最後の場合まで無いものと隱して置いたのだらう」 と笑談(ぜうだん)半分に冷かせば、館主は眞氣(むき)になり 「イヽエ、金で借る馬車は全く一臺も無いのです、無賃の馬車だから借る事が出來ました」 無賃とは意外である[、]安「何うして無賃の馬車が、ハテ誰かの親切で」 館主「ハイ、貴方がたのお困りの事を聞きまして、巖窟島(いはやじま)伯爵が、 其れなら(おれ)のを貸て遣らうといはれました、伯爵の馬車なら、並ぶものも無いほど立派です」

巖窟島(いはやじま)伯爵といふ一語が竒異に安雄の耳に響いた「エ、巖窟島(いはやじま)伯爵とは誰の事だ」 館主「オヤ貴方は未だ巖窟島(いはやじま)伯爵の名を聞いた事が無いのですか、 此二階を借切つてゐる方で、此室だけを貴方がたの爲に空けて下さツたのも矢張り其伯爵ですが」 安雄の胸には益々異樣な感じが起きる、勿論その親切は有難いけれど、 見ず知らずの人に爾まで恩を受けるのは餘り心持の好く無い所が有る 「野西君、君は何と思ふ、爾まで知らぬ人の親切を受ける事は」 武之助は唯嬉しさに前後正體無しだ、「吾々巴里の貴族として到る處にそれ位の尊敬を受けるのは當然の事だ」 館主(あるじ)は言葉を添へて「イヽエ、伯爵は馬車を三臺お持ちですから、若しやと思ひ私が、 餘所事の樣に貴方がたの事を申したのです、何でも人の迷惑と言へば無言(だまつ)看過(みすご)す事の出來ぬ、 其れは其れは親切な方ですから、では失禮だけれど、何うか(おれ)の馬車を持つて行き、 出來る事なら(おれ)の馬車とは言はずに(おまへ)が外から借て來た樣に言ふて貸て上げろと斯う言はれましたが -- 」 武之助「ソレ見給へ其樣な親切を無にする事が出來るものか」 安雄「無にはせぬ、無にはせぬが若し吾々を相當に尊敬するならば、 其樣な事を言はずに明白に自分の馬車と名乘つて貸て呉れるが好いではないか、 爾して我々へ返禮の道を與へて呉れるが相當では無いか」館主(あるじ)は手を打つて笑ツた 「イヤ貴方は皆まで聞かぬから爾う仰有(おつしや)るのです、 伯爵は今申す通り云はれましたが、直ぐに又考へ直し、イヤ其れよりは、 (おれ)が同宿の客としてお目に掛り後々の交際をも願ツて其上でお貸申すが却ツて禮儀だらうと言はれました」 武之助は笑ツて「紳士、紳士、其れを本統の紳士と言ふのだ、 何でも巴里の交際社會などをも曾て蹂躙した事のある紳士に違ひ無いぜ、 爾うと分れば吾々の方から名刺を通じて交際を求めぬのは不敬である」 言ふ言葉の終るか終らぬに又給使が入つて來た。

爾して一枚の名刺を差し出した、其の表には「伯爵巖窟島(いはやじま)友久」とあつて給使の用向は、 隣室の(よしみ)に交際を願ひ度いが何時伺へば好からうと問ひ合せの爲である、 安雄の胸も全く解けた「成るほど斯うまで作法を守られるなら、吾々から訪問せねば成らぬ」 武之助「直に今夜尋ねやうでは無いか、壁一重しか隔てゝ居ぬから」 安雄「イヤ幾等隣の室でも早十二時だから明朝九時に此方(こちら)から伺ひ度いと返辭しやう」

明朝九時を以て(いよ〜)尋ねて見れば何の樣な人だらう、何の樣な面會が濟むだらう。


更新日:2003/12/29

巖窟王 : 九四 巖窟島伯爵


伯爵巖窟島(いはやじま)友久とは、勿論安雄の初めて聞く名であるが「巖窟(いはや)」と言ひ「島」と言ふ事は、 今以て彼の心に掛ツて居る、モンテ、クリストの島と、何だか縁故のある樣にも思はれる、 ハテ何の樣な人だらう、明朝の面會は何の樣な事になるだら[う]と、自分ながら怪しいほど待遠い。

夜、夢にも見た所も、總てモンテ、クリスト島に縁を引く此事ばかりである -- 船乘新八 -- 山賊鬼小僧 -- 圓劇場(ころしうむ) -- 日比野の死刑 -- 希臘の皇女かとも思はるゝ美人 -- など其れから其れと走馬燈籠の樣に現はれて來た、爾して翌朝は[毎?(いつ)]もより早く起きた。

起きても猶氣に掛るから、念の爲にと思ひ、館主(あるじ)を呼んで 「今朝、血祭に何の樣な死刑が有る」と聞いた、「アヽ死刑ならば既に囘状が廻りました、 其寫しを持つて來ませう」と館主(あるじ)は答へて直に一枚の書附を持つて來たが、 是れは(さき)の夜圓劇場(ころしうむ)で船乘新八と鬼小僧は約束してゐた通りで有る、 此死刑に遭ふ一人を果して船乘新八が約束通り救ふ事が出來るだらうかなどゝ、 自然に怪しむ色を館主(あるじ)は見て「アヽ此死刑を見たいのですね、 之もお氣の毒ながら、今からでは間に合ひません、刑場を見る事の出來る近傍の家の窓は殘らず予約濟に成つてゐますから」 安雄は全く見度く無い事は無い、鬼小僧の手下と言ふ日比野なる者が何の樣に助けられるか、 船乘新八の勢力が果して既に死刑と極つた人を助け得るほど手廣いのか其邊をも見屆け度いのである 「其れでは巖窟島(いはやじま)伯爵は其邊の窓を若し借て有はせぬのか」 館主「オヽ彼の伯爵ですか、彼の方ならば、何事の見物にも必ず第一等の場所を取つて有ります、 成るほど伯爵と御一緒に行けば好いのです」

其中に武之助も起き、伯爵を訪問する仕度も出來、又、時も約束の刻限とは爲つた、 之より兩人(ふたり)館主(あるじ)に連れられて、伯爵の室には行つたが、 館主(あるじ)が戸を叩くと共に、(あたか)も待設けてゐた樣に直に中から、 貴族の家の取次らしい男が戸を開き、二人を應接間に通した、應接間は入口から三つ目の室である、 手前の二室は空てゐるが、如何に贅澤な人とはいへ一人の旅寓に斯う幾間も借て置くとは、 而も今は何れの宿屋の一室も日頃に十倍するほどの貸料を徴するのに、 全く此の巖窟島伯爵といふは、金錢を湯水の樣に振播て居る人に違ひ無い、 其れのみならず、三個の室の造作や飾附の立派な事は、唯驚くの外は無く、 兩人とも我知らず田舍者の樣に室中を見廻した、(やが)て案内者は兩人(ふたり)を應接間に殘して其又奧の室へ退いたが、 此時奧の方から「ガズラ」といふ希臘の樂噐を(しらべ)る樣な()(たへ)なる()(かすか)に聞えた、 安雄は昨夜見た希臘美人の事を、思ひ出し、忽ち耳を澄せたけれど、 (あひ)の戸の閉ぢられた爲め其の()は聞えぬ事に成つた。

安雄は武之助に向ひ「此樣に贅澤を極めてゐる伯爵といふは何者だらう?」 武之助「サア何處かの大金持が素性を隱して旅してゐるのだらう」 言ふ中に一方の戸を開き、靜かに歩み入つたのは伯爵である、 武之助の方は直に立ツて恭々(うや〜)しく挨拶をもしたが、 安雄は餘りの驚きに暫しの間は口をも開き得なかつた、 何うだらう此の巖窟島伯爵といふのがモンテ、クリスト島の巖窟(いはや)の主人なのだ、 船乘新八なのだ、巖窟島伯爵とは自分で附けた好い加減の名だらうか、 イヤ水夫等が話した通り彼のモンテ、クリスト島を買取ツて、 爾して其島から此名を取つて附けたのだらうか、 それにしても斯う華美(はで)やかに暮して、公然伯爵と稱するからは、 稱する丈けの資格は有る人に違ひ無い、 野西武之助の父次郎の樣に自分一代で爲つた貴族であるかそれとも先祖からの貴族であるか、 (いづ)れにしても伯爵は伯爵だらう。

伯爵は武之助の次に安雄の顏を見、驚いた樣に「オヤ」と言ひ掛けたが、 安雄が(とみ)に返辭せぬ爲め、()ては先夜、 モンテ、クリスト島で逢つた事を包んで呉れとの身振だらうと合點したらしい、 勿論自分の方へ禮を言はれる可き事柄をば、(たつ)て賓客に思ひ出させるは無作法である、 伯爵は其邊の事に心附いたと見え、武之助へ挨拶したのと一樣に安雄へも挨拶して 「實は貴方がたが馬車の爲にお困りの事を()う少し早く聞けば、 直に私から何とか申して出る所でしたのに、館主が昨夜まで少しも其樣な事を私の耳へ入れぬものですから」 とて言ひ出の遲かツたを悔む樣に言ふは、何處迄も立派な貴族である。

追々話は三人の間に熟して來た、伯爵は馬車を貸す丈けの親切に止まらず、猶ほ案内する樣な口調で、 大通りのロスボリ館の二階も祭禮見物の爲め三窓だけ借りて有りますから二窓だけは何うか貴方がたお二人でお使ひ下さい」 と、言つた、大通りの窓を二個(ふたつ)まで占領するのは充分巴里兒(ぱりつこ)の鼻を高くするに足るのだから、 武之助は其點で痛く喜び、又安雄は其窓の眞中へ果して赤い十字の記しある埀幕を掛けて有るや否やを見たいとの心で、 同じく喜んで禮を述べ、猶も話を今朝の死刑の事へ向けて行くと、伯爵は又思ひ出した樣に 「オヽ其死刑の場所にも、確一窓借受けて置く樣に家扶へ言ひ附けて置きましたが、 御一緒に參らうでは有ませんか」

初めて逢ふた間だけれど、早や餘ほど親しい知り合の樣には成ツた、 ()も此の巖窟島伯爵が、昔泥阜(でいふ)の要塞で滿一四年の長い月日を土牢の中に埋められて居た團友太郎で有ることは、 既に讀者の何人にも分つて居る所である、爾して安雄の友武之助は友太郎の一人の婦人を爭ふた彼の次郎の息子であるのだ、 此會合は全く偶然に出來た事の樣に見えるけれど、斯う偶然に見える樣に會合する爲め、 巖窟島伯爵は何れほど長い苦辛(くしん)した事だらう。


更新日:2003/11/10

巖窟王 : 九五 意の如くする積です


此伯爵の、何から何まで行き屆くには唯だ感服の外は無い、 安雄と武之助を死刑見物に誘ふたのみならず、猶ほ兩人(ふたり)に向ひ、 姿を變へて祭禮に出るならば樣々の衣裳をも借調へて有るのだから氣に入つたのを選取(えりと)つて着けられよといひ、 次には食堂に案内して朝餐を饗應し、又次には喫煙室にも伴ふた。

其の仕向(しむき)が一々斷るにも斷り切れぬ樣に、眞情から出て來るのだ、 殊に朝餐の料理とても其後の煙草とても、何うして斯う贅澤な品ばかりを取揃へる事が出來たかと怪しまれる許りだから、 巴里を出て以來料理の好く無いのに閉口してゐた武之助に取つては取分けて有難く思はれた。

食事の間に安雄は、寸斷の刑といふのが餘り殘酷では無いかと言ひ出した、 伯爵は異樣に熱心を現はして「イヽエ殘酷か殘酷で無いかは、刑に在るので無く、 人に在るのです、譬へば(わづか)に一年の懲役でも、之を罪の無い者に施せば非常な殘酷です、 寸斷の刑とても非常な惡人に施せば未だ輕過ぎるかも知れません」 安雄「でも人の命を取るのが刑罰の頂上です、命を取る上に猶寸斷と言ふ樣な嬲り殺し同樣の事をするとは」 伯爵は妙に眼を光らせて、「けれど人生には命を取られるよりも上に猶だ何れほど辛い事が有るか知れません、 私などは -- 」と言ひ掛けたが忽ち言ひ直して「私などの意見に由れば、首切臺で一思ひに殺されるのは、 此世に()きた人に取つては殆ど慈悲だと思ひます、人間は何うせ一度は死ぬのですもの、 苦痛も無く殺されるなら、何うとでも諦め樣が有るのです、 之に反して世の中には何と諦めても諦めの附かぬ程の苦痛が有ります、 此樣な苦痛を人に與へた者には、決して唯の死刑では足りません、死刑よりも幾倍も辛い責苦を加へて遣らねば」 武之助は傍より「詰まり貴方の主義は、復讎主義ですネ」 伯爵は又異樣に武之助の顏を見て「爾です、復讎主義です、目には目を報いよ、齒には齒を報いよです」

是より伯爵は自分の見た各國の刑罰などを話初めたが、話に實の入つた爲か皿の一品をも口には入れぬ、 安雄は先の夜彼の巖窟の中の晩餐でも此人が何一品をも食はなんだ事を思ひ出し、 何か譯の有る事では有るまいかと怪しんだ、併し伯爵は、恰も一緒に(たべ)て居るかの樣に、 (ないふ)(ふおーく)をとを以て、皿の肉を散々に切細裂(きりこまさ)いて居る、 肉に向つて、自ら寸斷の刑を施して居るのだ。

最一(もひと)つ此食事中に安雄が氣の附いたのは、此伯爵が呼鈴(よびりん)を鳴らすに一度一度、 其數と鳴らし方の違ふ事である、爾して其數に應じ又音に應じて、 (さき)の夜に見た彼の舌の無いと言ふ黒奴の給使が其れ〜゛違つた品物を持つて來る、 確に鳴らし方が樣々の符牒に成つて居るのだ、安雄は感心して「伯爵、 貴方の身には私共の羨ましい事ばかりですが、中にも尤も羨ましいのは、 眞に召使ひの者が貴方の意の通りに勤めて行く一事ですよ、 成らう事なら私共も此樣に給仕され度いと思ひます」伯爵は微笑して 「自分の召使ひをさへ意の如く動かす事が出來ねば(とて)も世間の事を意の如く動かして行く事は出來ぬと言ふのが私の確信です」 武之助も感心した樣に「眞に貴方は世間の事を意の如く動かして行くのでせうね」 伯爵は重々しい言葉で「ハイ意の如く動かす積りです」

食事の後で伯爵は又呼鈴を異樣に鳴らした、今度は家扶(かふ)とも思はれる五十近い男が現れた、 伯爵は之に向ひ「春田路(はるたぢ)さん、衣裳も馬車も、ロスボリ館の窓も差圖通りにしてありますか」 春田路(はるたぢ)とは妙な姓であると武之助は感じた、安雄の方は、姓よりも、 何だか此男が、先の夜自分の目を隱させて巖窟(いはや)の中まで手を取つて案内した人では無いかと感じた、 春田路は唯だ伯爵の問ひに對し「ハイ」とのみ答へて默禮して退いた。

(いよ〜)三人、刑場を向けて茲を出た、其道で馬車がロスボリ館の前を通つたから、 安雄は祕かに其窓を見上げると、三つの中の眞中に赤い十字架の着いた幕が埀れて居る、 ()ては此伯爵が鬼小僧への約束通り、日比野を救ひ得たものと見える、 斯う思つて伯爵に向ひ「今日(こんにち)の死刑は確に兩人(ふたり)ですね」と問ふて見た、 伯爵は極めて平氣に「昨夜、法王の朝廷の者から聞きましたが其中の一人は赦される樣な話です」 (いよ〜)伯爵の勢力は驚く可きものである。


更新日:2003/12/29

巖窟王 : 九六 辛い修業


(やが)て一同は刑場の(ほとり)に着いた、茲でも安雄と武之助の驚いたのは、 伯爵の贅澤である、全く死刑を見物するのに第一等の場所を借切て有る、 眞に此伯爵が何れ程の身代を以て一日何れ程づつ使ツて居るかは、想像も及ばぬ所だ。

此樣な人が若し巴里へでも行つたとしたら全く風の木葉(このは)を卷く如くに交際場を卷くだらうと、 武之助は此樣に思ひ、借切て有る二階に上つて窓の所へ身が落着くや否や伯爵に問ふた、 「貴方は巴里へはお出に成りませんか」伯爵は「ハイ今明年の中に必ず行く積りです」 武之助は早自分が案内者と爲つて此人を交際場へ手引する名譽を思ひ、 ()と嬉しげに「失禮ながら、私が紹介者に成りますから、何うぞ、 何方(どちら)へも寄らず私の家へお着き成さる樣に願ひます」 伯爵に取つては惡く無い請ひと見える、()と機嫌好く「必ず爾う致しませう」と答へた、 併し安雄の方は武之助とは全く反對で、 此樣な贅澤な知り人の來る時に巴里に居ては何の樣な目に遭ふやも知れぬから其時は必ず他國へ避けて居る事に仕やうなどと早取越して思案するは中々用心深い所の有る氣質と見える。

斯る中に時刻は來た、兩人(ふたり)の囚人は群集の中に引かれて、首切臺の傍に連れ行かれた、 先に立つのが日比野で後から引立られて行くが寸斷の刑と宣告されて居る赤鳥と云ふ惡人である、 今や(いよ〜)日比野の方が、首切臺に載せられやうとする瞬間に、馬に乘つて法王からの急使が來た、 ()ては是は伯爵の勢力の爲であると安雄は今更の樣に驚いた、群集の者が、 何事かと且怪しみ、且は馬の(ひづめ)に掛られじと推し合ふて道を開く中を通り急使は刑吏に一通の書面を渡した、 刑吏は讀終つて、群集にも聞える樣に『一人は赦される事に成りました』 群集は喜びよりも失望の聲で『特赦、特赦』と口々に叫んだ。

日比野の方は自分が許されると知つて居るから、何事も知らぬ顏をして泰然と落着いて居る、 赤鳥は飛び附く樣に刑吏に向ひ「一人とは誰です、誰が殺されます、私ですか、私でせう」 刑吏は振捨てゝ日比野に向ひ「汝は法王の慈悲を以て許されたのだ」と言ひ渡した、 此時の赤鳥の怒りは實に見ものであツた。

「日比野が赦される、其樣な事は有りません、彼は私と一緒に死ぬる筈です、 彼を赦すと云ふ事は有りません、私は彼が殺されねば決して死にません」 と云ひ(まなこ)を光らせ齒を剥出して日比野に飛び掛からうとした、 刑吏は左右前後より此赤鳥を取つて押へた、けれど彼の抵抗は凄じい状である、 ()るやら突飛ばすやら眞に獅子奮迅である、 何が何でも日比野を捕へて自分と共に死なせねば成らぬと決心して居る。

伯爵は瞬潑(またたき)もせず見詰めて居たが、殆ど奮慨する樣な語調で、 安雄と武之助に向ひ「何うでせう人間の心の險しい事は之で分るでは有りませんか、 彼は自分の死を恐れるよりも日比野の助かるのを悔しがるのです、 他人が助かると助かるまいと自分の身には何の關係も無いのでは有りませんか、 若し之が獸類で有つて御覽なさい、共に屠殺場へ引出されて一方助かると知れば、 必ず同類の一匹でも死なずに濟むのを喜びます、()しや喜ばぬ迄も、 自分と共に死なせ度いなどゝ其れは爲に(もが)く樣な事は決して有りません、 アヽ人は神が自分の身に(かた)どり充分の愛を()めて作つたのだと云ひますのに、 同類の苦痛を喜ぶこと此通りです、同類が自分と一緒に死の苦痛を受くれば、 其れが爲に自分の死の苦痛が堪へ易い樣に思ふのです、此樣な邪慳な、 我の強い生物が又と他に有りませうか、是れが汝隣人を愛せよと言ひ渡された者のする事でせうか」

眞に伯爵は我を忘れた状である、之と同時に二萬以上も有る見物が口々に赤鳥を罵ツた、 日比野の方は如才が無い、衆人の眼が、(もが)く赤鳥に注いで居る間に、 密々(ひそ〜)と刑臺を降り早何處へか消えて了ツた、其中に刑吏は赤鳥を押へ附けた、 爾して定めの刑に行ツて了ツた。

寸斷の刑は、昔ほど殘酷には行はぬ、第一に咽喉(のどぶえ)を切り、其命を滅ぼした上で其胸を開くのだ、 當人に取つては尋常(たゞ)の死刑と、大なる相違は無い、 併し見る人に取つては目も當られぬ状で有る、安雄も武之助も愈々(いよ〜)と云ふ場合には、 恐ろしさから隱れる樣に首を埀れ、少しも實状の無慘な景状(ありさま)を見なかつたが、 獨り伯爵のみは身動きもせずに、目を張開いて見終つた、併し其辛さは顏を隱した安雄や武之助にも劣らなんだと見えて、 前額(まへびたひ)には脂汗が湧き出て居た、何故斯うも伯爵は殘酷な事を見るのが好きで有らう、 好きでは無い、自分が此後行はねば成らぬ大なる仕事の爲に、自分の膽力を練つて居るのだ、 唯だ膽力を練るが爲に、今までとても何れほど辛い修業を經て來たか分らぬのだ。

此死刑が濟むと間も無く戒食節(かあにばる)の初まる可き合圖として寺院の鐘が響き渡つた、 待に待つた此祭禮は、何の樣に幕が開いて何の樣に終る事やら……。


更新日:2003/10/06

巖窟王 : 九七 立派な彿國語


羅馬の戒食節(かあにばる)と云へば、既に記した通り全市(こぞ)つての假裝舞踏である、 無禮講である、世界中に是れほど(さかん)な、是ほど面白い祭禮は又と無い。

赤鳥の刑が終ると共に、又合圖の鐘が鳴ると共に、何處から出ると無く町と云ふ町は悉く馬車と人とで滿ちた、 人は悉く異形な打扮(いでたち)をして、假面を以て其顏を隱して居る、 馬車は悉く花や果物や菓子を滿載して居る、さうして摺れ逢ふ毎に、 互に菓子などを他の馬車へ投附けるのだ、菓子の雨、果物の雨が到る處に降つて居るので、 仰山に云へば天地の竒觀、人間の樂園を目前(まのあ)たりに造り出すのだ、 安雄も武之助も(いにしへ)の武士に姿を變へて此中へ交つて居る、 伯爵の方はロスボリ館の二階から見物するとて去つた。

安雄も何方(どつち)かと云へば二階から見物する人に成度いが、 土曜日から火曜日まで四日續く祭禮の初日だから今日は先づ武之助への附合に馬車の人とは爲つて居る、 武之助の方は伯爵から二階を充行(あてが)はれて居る事などは全く忘れた樣である、 町から町へ、馬車を進めて手當り次第に花や果物の投げ合をして居るが、 心の中では、斯うする間に必ず大なる艷聞の端緒が開けるだらうと期して居る。

勿論羅馬中の美人は殘らず此祭禮に出て居るのだ、假面を被つて居る爲に(いづ)れが(いづ)れと分らぬけれど、 時々は何かの粗匆(そさう)に紛らせて互に假面(めん)を落して見える事が有る、 武之助は、若しも「之れは」と思ふ美人に逢へば自分の假面(めん)を落す積りで有る、 假面(めん)を落して我が素顏を見せさへすれば、 恐らく此國の婦女子で其の引力に抵抗する者は有るまいと云ふ程に自信して居る、 其れも無理は無い、彼の母の美しい顏を承けて仲々の美男子で有るが上に、 巴里では年頃の令孃逹に、五月蠅いほど追廻されて居る、 是れは父母の威勢や財産が手傳ふて居るのだけれど爾は思はぬ、 巴里に於てさへアノ通りだから此土地では何事も唯だ意の儘だと信じて居る、 何でも小説に有る樣な波瀾を起して、巴里へ土産話として持つて歸らねば成らぬと、 安雄にも其意を打明けて爾して堅く決心して居るのだ。

多くの馬車の中で、唯武之助と似寄つた道を取つて居るのが有る、 是れは此國の古代の農家の子女に打扮(いでたつ)た人が四五人乘つて居るが、 必ず美人の一隊に違ひ無い、時々武之助の馬車と離れるけれど次の四辻へ行くと又廻つて來て一緒になる、 初めは偶然で有つたけれど、後には武之助の方で、成る可く一緒に成る樣に勉める事と成つたのだから、 繁々逢ふのは怪しむに足らぬ、逢ふて向ふの馬車へ花を投込み、 又向ふから菓子を此方(こなた)へ投附けなどした事は幾度(いくたび)と數が分らぬ、 其中に一度である、武之助の投た花束を美人の一人が拾はうとして俯向(うつむ)く拍子に其の假面(めん)が落ちた、 粗匆(そさう)で無く、大方此方(こなた)へ其顏を見せる爲で有らうと武之助は合點したが、 全く故々(わざ〜)見せる丈の値打の有る顏で有ツた、武之助は其の美しい(まなこ)、 愛らしい口許に全く魂を取られて了ツた。

何でも此美人を、他の女と見違へぬ樣にせねば成らぬと思ひ、 能く見分けの附く目標(めじるし)が有る、其れは此美人が右の肩の邊に赤いリボンを縫附けて居るので有る、 此次に又馬車の廻り逢つた時武之助は事に托して自分の假面(めん)を脱ぎ此美人に素顏を示した、 美人は直に索菫(すみれ)の花束を取つて此方(こなた)へ投付けた、 武之助は之を拾ふより早く自分の唇に當て、 接吻の意を示して爾して其花を自分お胸の(ぼたん)穴に指して晩まで大事に保存した。

此後は美人と武之助との間に交通が繁くなる許りで有る、 或時は幾丁の間離れずに並んで進み、絶え間なく花か果物を取交した事も有る、 若し武之助にして、斯くも見知らぬ男子に親しげにする女は尋常者(たゞもの)で無いと云ふ所に氣が附いたならば、 却つて用心もする所で有らうが、其樣な事に少しも氣の附かぬのは是非も無い。

此夜、宿へ歸つて後、武之助は安雄に向ひ、斯うまで外國の美人に懇意を求められて其れを無視しては失禮だから、 明日は花束の中へ(ふみ)を忍ばせて贈らねば成らぬと語つた、安雄は一應、 ()めたけれど仲々聞き相も無く、 相當の禮を盡さねば其れが爲に國際問題でも起るかの樣に思ひ詰めて居る容子だから、 ()めても無益と(つひ)に其意に任せて置いた。

翌日も武之助の胸には昨日の索菫(すみれ)が附いて居る、花は凋んでも戀は仲々凋まぬのだ、 爾して昨日の通り幾度(いくたび)も美人と以心傳心の交渉が有ツた、 其の交渉の(いづ)れかの機會に、兼て用意し居た艷書を花束と共に贈ツたのは無論である。

又夜に入ッて宿に歸ッて後、何處からか武之助の許へ小使らしい男が持つて來たとて一通の手紙が屆いた、 武之助は大滿足の面持で、自慢たら〜゛安雄に開き示した、 其の文句は左の如しである。

何事も父母の許しを得ねば成らぬ私に忍び逢へよとは御無理に候、 去れど無禮なる目的は露ほども無しとの御言葉に從ひ、 明後火曜日の夜七時にポンテシノ寺の庭にて御目に斯かる可く候、 成る可く人違ひなどを防ぐ爲め貴方は左の肩に赤いリボンを附け、 蝋燭を以て寺の門の石段の上に御立ち成さるべく候、御存じの通り、火曜日の夜は祭禮の終る時にて、 何人も蝋燭を持ち互に消し合する事に候へば其時農女の服を着けた私が貴方の蝋燭を消しに參り候ゆゑ、 無言にて寺の庭の人無き所まで私の後に附き御出下さるべく候、 尤も馬車の用意も致し置き候、お心の變らぬと、人に悟られぬを專一に願候。

手蹟も仲々見事で、言葉は立派な彿國語である、充分教育の有る女とは是で分かる。


更新日:2003/11/10

巖窟王 : 九八 何處に隱れて了つたか


寺の庭で忍び逢ふとは、如何にも小説にも有り相な話である、武之助の滿足は譬へ樣がない、 彼は安雄に向ひ幾度(いくたび)も繰返して「エ、君、餘ほど教育の有る女だぜ、 僕は確に之を令孃だと斷言する、筆蹟と文章の美しい事を見て呉れ給へ」と云つた。

教育の有る令孃が、果して見ず知らずの紳士と、(わづか)に祭禮に花の投合をした位で、 又(わづか)其の紳士から艷書を受取つた位で、此樣な返辭を寄越し、 此樣に寺の庭で密會しやう(など)と云ふだらうか、 用心深い安雄の方は何だか不安心に思ひ「僕が若し君ならば、此手紙を受取つた丈けで、 既に土産話の種が出來たのだから、此上の深入りはせぬ所だ、 何事も切揚が肝腎だから、茲で君が切上げて見給へ、何れほど話しが美しくて且奧ゆかしいか知れん、 其女は何の樣な女だツたらう、(もし)寺の庭で愈々其の密會を遂げたなら何の樣な事に成る所だつたらうと、 後々までも聞く人が殘念がるから何時迄經つても話の興が盡きぬと云ふものでは無いか」 理を盡しした忠告だけれど、武之助は唯邪魔の樣に思ふのみだ、 「僕は決して土産話の爲に此樣な事をするのでは無い、熱心だよ、事に依ると此土地に半年以上も留まる事になるかも知れぬ、 爾して國へ歸る時には多分()う獨身の男子で無いだらうと思ふ」 早や此女と婚禮までする積りと爲つて居るらしい、安雄「併し君、 知らぬ他國で知らぬ婦人と密會する危險をも考へ給へ」 武之助「彼の女が僕と密會するのを危險と感ぜぬのに僕の方で危險と思ふて濟むものか」 殆ど手も附けられぬとは此事である。

「併し君、火曜日の夜は僕も一緒にブラシヤノ侯爵の夜會へ案内を受けて居るぜ、此方が先約だから」 と安雄は猶も引留に掛つた、是が友人の親切と云ふものだらう、 武之助「先約だつて夜會は翌朝の四時頃まで續くでは無いか、 其れ迄には密會を濟せて出席する事が出來やう、若し出來ずとも仕方が無い、 後で何うとも詫をする、ナニ決して君に迷惑を掛ける樣な事はせぬから、 是ばかりは僕の隨意に任せて置いてくれ給へ」最う如何とも止め樣が無い。

翌日も翌々日も祭禮は一入(ひとしほ)(さかん)に引續いたけれど武之助は最う馬車には乘らぬ、 巖窟島伯爵から許されたロスボリ館の窓に寄り胸に猶も凋んだ索菫(すみれ)の花を插して唯だ見物するのみで有ツた[、] 女の方も何うしたか姿を見せぬ。

愈火曜日の夕方とはなツた、間も無く祭禮が終るので花火を揚げれば競馬も有る、 眞に四日の間、層々と重なツて來た波が茲で(くづ)れると云ふ状である、 人氣の立つて居る景状(ありさま)が唯だ凄じい、武之助は手紙で差圖せられた通りに肩へ赤いリボンを、 目立つほど長く着けてポンテシノの邊に進んだ、爾して花火も濟み、 競馬も終るや、モツコレトと稱する蝋燭を賣る聲が、町の隅々に響き渡ツた、 武之助は直に之を買取ツて燭火行列の中に入つたが、行列は全く一種の戰爭で有ツた、 互に自分の燭火を保存して他人の燭火を消さうとするのだ、 是が愈祭禮の終結(おはり)だから、安雄も之に加はツたが、 併し自分の爲よりは寧ろ武之助のする事を見張ツて居る爲である。

武之助は體操にも武術にも熟逹した男だから誰が來ても、 巧に外して決して自分の燈火(ともしび)を消されぬ、又人の燈火(ともしび)を消すと云ふ事もせぬ、 是より外に大事の目的を持つて居るのだ、群集の中を推分け、漸く寺の門まで行き、 約束の通り石段の上に立つたのは、最う祭禮終結の時間と爲る間際である、 安雄の方は此時、半町ほども振離されながら油斷なく武之助を見て居た。

石段の上に立つや否や武之助は「我れ茲に在り」と云ふ合圖の如く燈火(ともしび)を高く指上げた、 すると(あたか)も此合圖を待つて居た樣に何處からか女が馳せ寄ツた、 衣服は一昨日(をとゝひ)見た通りで有る、爾して女は直に武之助の手に縋り燈火(ともしび)を消し、 其儘手を引くのか引かれるのか安雄の目の屆かぬ寺の庭の奧の方へ共々に一塊りの樣になツて立ち去ツた、 丁度此時、芝居の幕が下る樣に、祭禮終結の鐘が鳴つた、此祭禮の一つの不思議は秩序正しくて一同が能く時を守るに在る、 鐘の()と共に町々に滿ちて居る幾千萬の燈火(ともしび)が一時に消えた、 丁度宵暗(よひやみ)の時であるが爲に羅馬の全市は全くの(やみ)と爲つた、 誠に戒食節(かあにばる)の終る瞬間ほど物凄い變化は無いと、多くの旅人が其の旅行記に書いてあるが、 全く其通りである、勿論通斯樣な譯であるから、彼の武之助の姿とても何處へ隱れて了ツたか尋ねる(よし)も無いのだ。


更新日:2003/12/29

巖窟王 : 九九 山賊の陷穽


今が今まで晝をも欺く程で有ツた羅馬の全市が黒暗々の巷とは爲ツた、 耳に聞ゆるは、八方に散じ去る馬車の音と人の足音である。

安雄は暫し(たゝず)んで居たけれど、武之助の行方を突留ることも出來ぬから、 間も無く氣拔けした状で宿に歸ツた、歸れば直にブラシヤノ侯爵の宴會に行かねば成らぬ、 けれど武之助と一緒に案内を受けて居るのだから、彼の歸る迄は待ツて居やうと思ひ、 先馬車の用意などさせて置いて、十一時まで待つた、けれど武之助は未だ歸らぬ、 何と無く氣遣はしく思ふけれど此上に待つて居ることは出來ぬのだから、 宿の主人に向ひ、若し武之助の便りが分れば直に使ひを以て知らせて呉れと頼んで置いて宿を出た。

(やが)てブラシヤノ侯爵の家へ着くと、勿論他の來客は既に揃つて居て(いづ)れも安雄の遲刻を責め、 且は武之助の共に來ぬを怪しんだ、安雄は詮方(せんかた)無しに先侯爵に向ひ、 詫る樣に、今夜武之助の未だ歸館せぬ次第を語つた、侯爵は勿論の事、 傍に聞いて居る客一同(いづ)れも心配氣に顏色を變て驚いたから、 ()ては彼のポンテシノの寺の庭の密會にそれほど危險な意味が有るのだらうかと怪しみ 「併し何で貴方がたは其れほど心配を感じますか」と問ひ返した、 誰も直接には返辭せぬ、或人は「イヤ此節は此羅馬市街が非常に物騷で、 夜は男子でさへ獨行するを見合す程ですから」と云ひ、又或人は 「(やみ)の夜にタイバア河の(ほとり)へ行く事は何時の世とても餘り安全な事では有りません」と云つた、 曖昧な言葉の中に多分は何か特別な危險の意を(ほのめ)かせて居るのだらうと思ふけれど能くは察する事が出來ぬ、 或は追剥の事をでも云ふのかしらん、唯だ是位に解釋した。

(いづ)れにしても人々の斯うまで云ふは決して尋常(たゞ)では無い、 今からでも、何うか武之助を尋ねる工風は有るまいかと、 安雄が獨り(ひそか)に氣を揉む折しも、主人侯爵は下僕(しもべ)の者から何事をか聞取つて安雄の傍に來り 「只今貴方のお宿から使ひの者が來た相です」安雄は直ぐに「武之助の事に就てでせうね」 と問ひ返した、侯爵「爾です、野西子爵から貴方へ宛た、 至急の手紙を誰だか持つて貴方の宿を來て居るから直ぐにお歸り下さいと云ふのです」 武之助から至急の手紙とは愈々以て尋常(たゞごと)で無い、安雄は胸を躍らせつゝ 「(いづ)れにしても異樣です[、]兎に角私は失禮ですけれど歸つて來ます」 侯爵「私も遺憾ながら其れに贊成します」

安雄は直ぐに茲を立出で、宿から來た使の者をも自分の馬車の背後(うしろ)へ乘らせ、 急いで宿の前まえ歸つて見ると人通りの全く絶えた暗い往來に、 一人の男が帽子を目深に被つて立つて居る、背後(うしろ)に居る使の者は安雄に向ひ 「彼が野西子爵からの使だといふのです、至急の手紙を持つて居ます」 安雄は馬車を留めさせた、薄氣味が惡いけれど、降りて其男の傍に行き 「お前は野西子爵の使者(つかひ)か」男は無愛想極まる聲で「先づ私に問はせて下さい、 貴方は誰です」安雄「(おれ)は男爵毛脛安雄だ」男「アヽ貴方が毛脛男爵ですか、 其れなら私は野西子爵からの使です、是を御覽下さい」とて差し出すは手紙である、 安雄「お前は直ぐ返事を持つて行くのか」男「爾です」安雄「では二階へ上り、(おれ)の室まで來い」 男は窓の明りを恐れる樣に逡巡(しりごみ)して「イヽエ、私は茲で待ちます」

安雄は自分の室へ馳昇つて、其の手紙を開いて見た、 餘ほど急いで書いたものと見え鉛筆が(みだ)れて居るけれど武之助が自身で(したゝ)めたものたるは明白である、 其の文句は、

「安雄君、僕の紙入に二千四五百圓の金は未だ殘つて居る筈なり、 何とぞ、其金に君の持合せを加へ、總額四千圓として此使に渡して呉れ給へ、 僕の一命は全く其金に繋がれり、君よ僕は今、初めて羅馬に山賊の有る事を知れり」とある。

全く武之助は山賊の陷穽(おとしあな)に罹つたのだ、彼の密會が山賊の陷穽(おとしあな)で有ツたのだ、 爾して此の四千圓と云ふは、山賊が武之助に言渡した身請の金で有るのだ、 右の文句の次に、猶ほ左の如く追記して有る、是れは武之助が書いたのでは無く、 山賊が書いたもので、一種の奧書ともいふべきものだ。

「明朝の六時迄に、前記四千圓の金を確に餘の手に納めずば、 子爵野西武之助君は此世に無き人と爲るべし、鬼小僧(しるす)

是れが鬼小僧の大膽な手段で有る、安雄は震ひ上る程に感じたけれど、手紙の差圖に從ふより外は無い、 直に武之助の箪笥を開き其中から一切の金子(きんす)を取出して之を自分の有金と合せて計算して見るに三千五百餘圓にしか逹せぬ、 明日になれば殘る五百圓の都合は何うにでも附くけれど、今は夜も既に十二時だから、 如何とも仕方が無い、安雄は暫し考へて、忽ち思ひ出したのは又も巖窟島伯爵の事である。


更新日:2003/11/10

巖窟王 : 一〇〇 捕はれて居るのは何處


全く巖窟島伯爵に頼るより外に無い場合である、安雄は直に宿の主人を呼び、 伯爵の猶だ起きて居らるゝや否やを問ひ、 若し起きて居らるゝなら直に面會の出來る樣(はか)らひ呉れとの旨を頼んだ、 主人(あるじ)は心得て退いたが間も無く歸ツて來て「伯爵がお待です」と傳へた、 安雄は(たゞち)に武之助からの手紙を卷き、之を持つて主人(あるじ)の後に()いて行ツた。

(いつ)も伯爵に逢ふ室とは違ひ、安雄に取つては初めての一室である、 見れば茲が書齋だと見え、其の眞中に伯爵が坐し、硝燈(らんぷ)の下に一心不亂の状で何か調べて居る、 安雄は聊か驚いた、今まで此伯爵をば、贅澤の外に餘り藝の無い一種遊惰の金滿家たるに過ぎぬ樣にも思ツたが、 此夜更まで獨り調べ物に從事して居るとは、遊惰の裏面に又非常な勤勉を包んで居ると見える、 其れにしても何を調べて居たのだらうと、見ぬ振で(のぞ)いて見ると、 綿密な巴里の地圖である、自分で製圖したのか人に作らせたのか兎に角出版に爲つて居るものでは無い、 猶ほ能く氣を附けると、四方の壁に隙間も無いほど同じ樣な綿密な地圖が掛つて居て(しか)も餘ほど能く調べたものと見え、 所々に朱や其外の繪の具を以て種々の記號を書入れてある、 大將や大軍師の敵國を攻める作戰計畫にも斯うまで綿密な注意は出來ぬで有らう、 此樣に安雄が感心する状を伯爵は見て笑ひを帶び「商賣でも事業でも眞に遺漏無く手段を盡さうと思へば、 何うしても地圖の調が肝腎です」と、(あたか)も其身が商賣の爲に地圖を調べて居るかの如くに言ひ()した、 此辨解らしい言葉が果して事實で有るや否やは今安雄が想像し得る所で無い。

安雄は人の事よりも自分の用事に歸り「夜更けに斯く拜眉(はいび)を願ひましたのは、 野西武之助が非常な災難に逢ひましたので -- 尤も自分で招いた樣なものでは有りますけれど」 伯爵は驚いて「エヽ野西子爵が災難、とは何の樣な」安雄「鬼小僧と云ふ山賊に捕はれて今甚い目に逢つて居る容子ですから」 と云ひつゝ彼の手紙を出して示した、伯爵は無言で讀終り「成る程、鬼小僧は甚い事をする、 四千圓の身請を寄越せと云[ふ]のですね、失禮ですが今其れ丈のお持合せがお有りですか[、] 若し無くば -- 」と極めて安雄の言ひ出し易い樣に道を開くは、何處まで親切な人か分らぬ、 安雄「有る事は有りますが、五百圓ほど足りませぬので」伯爵は皆まで言はさぬ、 直ぐに傍らの抽斗を拔き取ツて「サア此内から御入用だけお持ち下さい」とて、 差し出した、中には金貨と銀行劵が數の知れぬほど詰まツて居る、 爾して猶も言葉を繼ぎ「此樣な場合に、貴方が第一に私へ御相談下さらずば、 私は遺憾に堪へません」安雄「無論、誰の所へも行かず、第一に貴方の所へ參ツたのです、 併し伯爵、私は金錢の助力を請ふ爲では無く、貴方が交渉して下されば、 身請金(みうけきん)を出さずに事が濟みはせぬかと思ひましや故」 伯爵は何の意味かと訝る樣に、無言で安雄の顏を眺めた。

直に安雄は「イヤ、鬼小僧は甚く貴方に恩を受けてゐる相ですから、 貴方が口を利いて下されば」伯爵は謙遜の樣に「イヽエ私は、 人に恩といふ程の恩を掛けた事は有りませんが」 安雄「ハイ貴方の方では恩とはお思ひになさらずとも、先では深く恩に感じて居るでせう、 譬へば過日彼の手下の彼の日比野といふ者を助けてお遣りなさつた件なども」 伯爵は驚き怪しんで眉を顰めた「エ[、]私が日比野を助けて遣たなどと、何うして貴方は其樣な事まで御存じです」 安雄「何うしてゞも宜しいでは有ませんか、兎に角も知つて居るのですから」 伯爵は此祕密を知られたのを、驚きことすれ敢て迷惑に感ずる容子は無い 「私は人を助けたからといつて其恩を言ひ立てに其人から報酬を受るに類する所行をするのは餘り好みませぬ、 日比野を助けた事なども鬼小僧の頼みに由つた譯ですけれど、 自分では成るたけ忘れ度いと思つて居ます、併し野西武之助君を救ふ爲には其樣な事を云つて居られませんから、 直ぐに私が其の捕はれて居る所へ出張しませう」安雄「では私も同行します、 何か短銃(ぴすとる)の樣なものを持つて行きませうか」 伯爵「イヤ力盡(ちからづく)では(とて)も彼に勝つ事は出來ませんから利噐も金錢もりません、 併し武之助君が捕はれて居るのは何處ですか、此手紙には有りませんが、 ハテな手紙を持つて來た使に聞けば分りますな、使は今、 貴方の室にでも居るのですか」安雄「イヽエ、彼は外に居るのを安全と思ふ容子で、 此家の前に(たゝず)んで居るのです」伯爵「では是へ呼上げて問ひませう」 と云ひ直ぐに窓を開いて(かうべ)を出し、異樣に口笛を吹鳴らした、 兼て定まツてゐる合圖と見え此聲に應じ、暫くして階段を上ツて來た男の顏、 能く見れば彼の(さき)の日死刑臺から降りて去ツた日比野である。


更新日:2003/12/29

巖窟王 : 一〇一 土牢と云ふ言葉に


(さき)の日死刑臺から逃れ去つた其の日比野が、早斯かる使に來るとは、 安雄も意外に感じたが伯爵も驚いた容子である「オヽ日比野、貴樣だつたか」 問ふ聲は伯爵の口を衝いて出た、日比野は返辭もせずに(たゞち)に伯爵の前に平伏し、 伯爵の兩手を取つて之に接吻するは、命を救はれた其恩を謝する積りで有るのだらう、 (あたか)も犬が主人の手を(なめ)る樣な状である。

伯爵は機嫌能く「オヽ未だ(おれ)を忘れぬと見えるな、()あ起きよ、 問ふ事が有るのだから」命に應じて起き直りつゝ「私が救はれて未だ一週間にも爲りません、 其れだのに貴方の恩を忘れては何としませう、生涯決して忘れません」 伯爵「生涯といへば永いことだぞ、爾う約束せぬが無難だらう」日比野は「イヽエ、 生涯が幾等永くても忘れません」といひ掛けたが、傍に見知らぬ安雄の居るのを見、 忽ち口を(ふさ)いだ、伯爵「ナニ日比野、此方は(おれ)の友人だ、 少しも恐れるには及ばぬ、先づ野西子爵が(どう)して鬼小僧に捕はれたか其の次第から聞かせてくれ」

日比野は安心した状で「(いつ)も祭禮の時には同じ手段で、必ず若い紳士を捕へますよ、 鬼小僧の妾テレサといふのが珍しい美人だものですから馬車で市中を練歩き、 是はと思ふ紳士に向ひ、時々容子有りげに顏を見せるのです、 野西子爵とやらも全く其手に掛かツたのです」伯爵も安雄も此打開けた返辭に、 思はず笑を催した、安雄「鬼小僧が、自分の妾に、其樣な事を許すのか」 日比野「許しますとも、自分が傍に居て、一々此紳士彼の紳士と差圖をして居るのです」 安雄「では彼の馬車に鬼小僧も乘つて居たのか、何だ女ばかりの乘合と見えたのに」 日比野「馬車の中に女はテレサ一人です、其外皆少年の男子です、 身體が小さいから彼の樣な服を着けて假面(めん)を被れば女の姿に見えるのです」 安雄「シテ鬼小僧は何處に居た」日比野「矢張り假面(めん)を被ツて御者を勤めて居たのです」

(さて)は彼の馬車の御者が鬼小僧自身で有ツたのかと、安雄は身が震ふほどに驚いた、 爾とも知らず其日人の眼の下で、其人の妾と樣々の合圖を爲し、非常な艷福を得た如く思ふとは、 實に(おぞ)ましさの骨頂と云ふものだ、安雄が斯く思ふて呆れる間に[、] 伯爵「シタが、其れから何うして野西武之助君を捕へた」日比野「其れから手紙の遣取と爲り、 今夜祭禮(まつり)の終る刻限にポンテシノの寺の庭で忍び逢ふ事と極つたのです、 爾して其約束の通り野西子爵が來ましたからテレサの弟が同じ風をして子爵の手を取り、 寺の庭へ引入れて、小聲で子爵に向ひ、山の麓に私の別莊が有るから其處まで行きませう、 其積りで馬車を待たせて有ますが其別莊ならば番人の外に誰も居ませんから緩々(ゆる〜)とお話も出來ますからと斯う云ひました、 子爵は喜んで、自分が引立る樣に手を取つてテレサの弟を、寺の背後(うしろ)に居た馬車に乘せ、 自分も後から乘つて急がせたのです」安雄「では何の苦も無く一直線に鬼小僧の居る山の(ほら)へ進み込んだのだな」 日比野「ハイさうさせる計略で有ましたが、子爵が馬車の中で、樣々に戲れて、 テレサの弟も本性を隱して居る事が出來ぬ程に成りましたから、 忽ち用意の短銃(ぴすとる)を取出し、子爵の顏に差附けて、 (ふざ)けるなと怒鳴り附けて自分の顏を現はしました、 私は其馬車の御者を勤めて居ましたから、篤と其時の状を見ましたが、 子爵は餘ほど驚いた容子でした、暫しが程は言葉も出ずに唯だ相手の顏を見詰て居ましたが 「アヽ分ツた、笑談(ぜうだん)にしては餘り殘酷過る、全く誘拐(かどはかし)(たぐひ)だ」 斯う叫んで、直に短銃(ぴすとる)を奪ひ取りに掛りましたが、 此時は早や馬車の左右の窓から鬼小僧の屈強の子分が四人まで飛び込んで子爵の兩手を(しか)と捕へた後で有ましたから無益でした、 直に子爵は最早や抵抗はせぬのだから、貴樣等の望みを聞かせよと云ひました、 手下等は斯樣な事には慣れて居ますから、返辭もせずに其儘繩を掛やうと致しましたが、 其れには及ばぬ何の樣にでも貴樣等の意に從ふからと云ひ、 是から四人に捕はれたまゝ終に山塞(さんさい)へつれて行かれたのです」 伯爵「爾して今は」日比野「山塞(さんさい)の土牢へ入れられて居るのです」 土牢と云ふ言葉に伯爵は殆ど顏色を變へた「其れでは直に(おれ)が行つて -- 」 安雄「伯爵、私も一緒に」伯爵「サア行きませう」眞に取る物も取敢ず立上つた、 安雄「馬車の用意でもさせねば()けますまい」 伯爵「イイエ私は夜の夜半(よなか)でも、直に外出の出來る樣、 必ず馬車の用意をさせて有ます、法律を逃れる人でも、 私ほどは用意は屆いて居ぬでせう」眞に其通りである、一つの呼鈴(よびりん)を鳴らして下に降れば、 早や馬車は入口へ廻つて居る、一分の猶豫も無く安雄と共に之に乘り、 猶ほ日比野をも其背後(うしろ)に乘せサンサバシヤンの山洞(さんどう)を指し矢を射る如くに走らせた。


更新日:2003/12/29

巖窟王 : 一〇二 サンサバシヤンの山洞


サンサバシヤンの山塞(さんさい)は、羅馬から、馬車で急げば一時間で行かれるのだ、 昔は茲に寺が有ツて其の洞穴は人の死骸を埋めた所だと云ふ事である、 是れは、歴史にも見えて居るから疑ふ所は無い。

斯る履歴の有る(ほら)だから、今では誰も行く人が無い、 物好な旅人とても、死骸の洞穴と聞いては見物に行く心も起らぬ、 身震ひして縮み込んで了ふのだ、其れを幸ひとして茲に本據を定めたのが鬼小僧である、 彼が何れほど大膽で、世の常の山賊と違ふかと云ふ事も是で分る。

馬車の進むに從ひ、安雄は曾て讀んだ事のあるサンサバシヤン寺の歴史などを思ひ出し、 何の樣な所へ行くかと實は安き心も無かツたのである、けれど其中に馬車は山の麓に着き、 是よりは路が狹くて徒歩(かち)で無くては進まれぬと云ふ所に逹した、 第一に日比野が馬車を降りて案内者と爲り伯爵と安雄とが之に續き、 最後には御者と爲つて馬車に乘つて來た舌無しの亞黎(あり)が從つた、 夜は早や一時を聊か過て下弦の月が赤く東の空に顯はれたけれど(くぼ)い山道を照しはせぬ、 松明無しに進むのは至極の困難で有るけれど、(さいはひ)日比野が道の容子を細かに(そら)んじて居て、 木の根岩角(いわかど)、一々の注意する。

行くこと幾丁にして寺の古跡の門にも當るかと思はれる所に逹した、 此の所には番兵が立つて居て、足音を聞くや否や伊國(いたりや)語で「誰だ」と咎めた、 勿論日比野の説明で無事に通る事を得たが、 是から先は道の一曲り毎に番兵が居る、成るほど斯うも嚴重では、 不屆きな羅馬の警察が何うとも爲し得ぬのは怪しむに足らぬ。

行く中に(ほら)の門とは爲ツた、此の所から深い穴の中へ降るのだ、 降り盡せば平地に成つて、平地の行き詰る所に、昔寺の奧の院でも有つたかと思はれる圓い柱が幾本も有つて、 其柱を力に假小屋とも云ふ可き普請が出來、薄暗い硝燈(らんぷ)を吊るして有つた、 伯爵は足を留め、安雄を顧みて小聲に「アレが鬼小僧ですよ」と云つて硝燈(らんぷ)の下に、 圓い柱に寄つて居る人影を指さした、能く見る事が出來ぬけれど、年の頃は三十餘り、 骨格も逞しい男が餘然(よねん)も無く物の本を讀んで居る、 (そもそ)も鬼小僧が多少の文字を解して常に亞歴山王(あれきさんどる)該撒(しーざー)の傳を愛讀した事は、 今以て話や文書にも殘つて居るが、多分は此時も其類の英雄傳を讀んで居る所で有つたのだらう、 安雄は氣味惡る惡る猶も眸子(ひとみ)を定めて見ると、彼の傍には幾人の手下が、 匍匐(はらばひ)も有れば安坐(あぐら)を組むものも有り、樣々にして七八人も待ツて居る容子だ。

此時、最後の番兵は人の氣配を感じたと見え「誰か居るのか」と一喝した、 聲に應じて鬼小僧は忽ち其の書物を投捨て短銃(ぴすとる)を取ツて此方(こなた)を狙ふた、 其れに續いて匍匐(はらばひ)の男、安坐(あぐら)の男、 皆起き直ツて大將の下知一つで躍り掛らん身構へである、 安雄は今此瞬間の間に我身は微塵にもせられるかと怪しんだが伯爵は少しも騷がぬ 「オヽ鬼小僧、(おれ)入來(じゆらい)を迎へるのに、餘り禮式が仰々し過ぎるでは無いか」 と笑ひを帶びて言ふた。

一語の效用(きゝめ)は殆ど咒文の如しである、彼鬼小僧は短銃(ぴすとる)を投捨てゝ 「オヤ伯爵閣下ですか、何うして此樣な所へ、而も夜の今時分」と叫び、 飛び下りて來て平伏した、伯爵は叱る樣に「其方は(おれ)の約束を破ツたでは無いか、 (おれ)の身體は勿論の事、(おれ)の友人一切へは決して危害を加ぬと兼て誓ふた言葉は、 未だ忘れた譯でも有るまいに」鬼小僧は何の事か合點し得ぬ「イヤ伯爵、 決して御恩に背く樣な事柄は」伯爵「せぬとは云はさぬ、今夜其方は野西子爵を此の山洞(さんどう)へ、 捕へて有るとの事では無いか」鬼小僧は眞實驚いて「エ、野西子爵が貴方の友人」 伯爵「無論の事(おれ)と同じ宿に居られて -- 」鬼小僧「イヤ其樣な事は少しも知りませず」 伯爵「宿は知らずとも乘つて居られた其馬車は幾度(いくたび)も其方は見た(おれ)の馬車である、 其れにも心附かなんだと云ふのか」

鬼小僧は(かしら)を地に附け「全く馬車には氣が附きませんでした、 貴方の御紋が附いて居る譯では無し、同じ黒塗の馬車が幾百幾千輛も有ました中ゆゑ」 伯爵は安雄を顧み「何の樣に此者を罰すれば貴方は御滿足が出來ますか」 安雄は細い聲で「罰するに及びません、武之助を無事に救ふて歸る事さへ出來れば」 鬼小僧は初めて伯爵の外に人の來て居る事を知つたと見え、 不安心氣に(かうべ)を擧げて安雄の方を透かし見た、伯爵「ナニ此方は、 野西子爵の手紙を持つた其方の使ひが尋ねて行つた毛脛男爵である、心配する事は無い」 と云ひ、彼の身請金(みうけきん)を記した手紙を、小僧の顏の邊に投與へた。

實に伯爵の勢力は驚く可しである、小僧は安雄に向ひ「重々私の過ちです、 何うか貴方からも伯爵へお取做(とりなし)を」伯爵「ナニ其れには及ばぬ、 毛脛男爵も別に其方を罰するには及ばぬと云はれるから、直に子爵野西武之助を受取つて歸るとしやう、 子爵は定めし無事だらうな」小僧は手下を顧みて「野西子爵は何うして居られる」 手下の一人「先刻まで歌など歌つて居られましたが一時間ほど靜まりました、 何うして居られるか見て來ませうか」伯爵「其れには及ばぬ、(おれ)が行くからサア子爵の居る所へ案内をせよ」 鬼小僧は自ら立つて硝燈(らんぷ)を取り「サア此方(こちら)へ」と案内をした。

其れに從ひ、安雄と伯爵は又奧深く進んだが、此の先は全く土牢とも云ふ可き所である、 昔團友太郎が捕はれた泥阜(でいふ)要塞の土牢とは違ツて居るけれど、崖の樣な所へ横に掘込んだ深い穴は、 熊か虎でも入れて置き相な備へで、外に鐡柵まで結んで有るは、 土牢と云ふより外に名前は無い、伯爵は先づ小僧の差出す燈火(ともしび)の光で其中を(のぞ)いて見たが、 是れだけは流石彿國の紳士として感心せねば成らぬ、土牢の中の藁の上で、彼の武之助は心地よげに眠ツて居る。


更新日:2003/12/29

巖窟王 : 一〇三 伯爵の巴里乘込


土牢に捕はれて、心地好げに眠ツて居るとは、見掛けに寄らぬ大膽な所が無くてはならぬ、 尤も巴里の紳士の教育は、何の樣な恐ろしい場合にも氣を引立てゝ愉快げに身を持つと云ふに在るので、 ()しや土牢の中に於ても()た又首切臺の上に於ても矢張り此の巴里風を吹かせて居ねば成らぬ、 爾も無くば眞の巴里兒(ぱりつこ)とは云はれぬのだ、一つは斯る教育の爲にも在るだらうと云へ、 何しろ一同、武之助の眠ツて居る状には感心を禁じ得なかつた。

先に立つた鬼小僧は、此寢顏を掻消すが惜いと云ふ樣に、暫し武之助の顏を眺めた末 「子爵、子爵」と搖り起した、武之助は手を伸ばし、次に目を(こす)り、鬼小僧の顏を見て、 猶も眠相な聲で「オヽ、誰かと思へば矢張り夜前の追剥殿か、(もつ)と寢かして置いて呉れゝば好いのに、 丁度ブラシヤノ侯爵の宴會で舞踏して居る夢を見て居た、アヽ肝腎の所で起された」 云ひつゝ時計を出して眺め「未だ一時半では無いか、夜も明けぬのに何で起した」 鬼小僧「喜ばしい吉報をお知らせする爲にです、貴方の身が自由に成ました、 直に是でお歸り成さツて可いのです」武之助は猶ほ眠さが消えぬ 「拿翁(なぽれおん)が云ふたぢや無いか、吉報の爲ならば決して(おれ)を起すには及ばぬと、 エ、誰か身請金(みうけきん)を持つて來て呉れたのか」 鬼小僧「イヽエ、爾では有ません、身請金(みうけきん)よりも有力な、 私の恩人が來られたのです」武之助「恩人とは誰だな」と云ひつゝ漸く(かうべ)を擧げて眺め 「オヽ毛脛安雄君、必ず君が來て呉れるだらうと僕は全く安心して居た、 君の親切は謝するに餘り有だよ」安雄「イヤ僕では無い巖窟島伯爵だよ、 今夜茲へ來て此通り君を救ふことの出來たのは全く茲に居られる伯爵のお蔭だから」 武之助は伯爵の名を聞いて「エ、又も伯爵の恩に成ツたのか」と云ひつゝ跳起きて、 鬼小僧が持つて居る硝燈(らんぷ)に透かして見て「オヽ伯爵、 貴方が羅馬に居合さねば、我々の此度の羅馬滯在は、何から何まで失敗に終る所でした」 とて眞に感謝に堪へぬ如く鬼小僧の後に附いて直に土牢の外に出で、 伯爵の手を握らうとする樣に自分の手を差延た。

伯爵は其手を見て、()と當惑氣に身を震はせた、(かたき)の末と握手する事は、 心が咎めて許さぬので有らう、けれど暫くにして詮方(せんかた)無しと思つたか、 漸く手を差出した、武之助は之に氣附かで、熱心に其手を握り〆めたが、 唯其手の、石の如く堅くして且冷やかに、全く血管の無い物を握る樣に感じたのは、 後に至ツて思ひ當る時の來るまで、聊かながら怪しんだ所で有る。

安雄の方は、確に伯爵が握手を躊躇した状を見て取ツた、爾して何か仔細の有る事では無からうかと氣遣ふた、 併し此夜は是だけで何事も無く此處を引上げたが兎も角も伯爵の親切と勢力とは深く武之助の心に印した、 ()て翌日に至ツては、昨夜の禮として(たゞち)に伯爵の室を訪ふたが、 伯爵は只管(ひたす)ら武之助の眠ツて居た勇氣を襃めて、自分の親切は成る丈け些細な事の樣に言消さうと勉めて居る、 天晴れ紳士たる心榮(こゝろばえ)は此一事にも見えて居るから、 武之助は益々心服の念を深くし是非とも一度巴里に來て我父母にも、 親しく禮を云はせる機會を與へられよと切望した。

武之助の父母と聞き伯爵は、何の樣に、又何れほど、心を動かしたかも知れぬ、 けれど日を經るに從つて、武之助は此切望は次第に伯爵の心を動かしたと見え、 愈々武之助が此羅馬を立つ時には、伯爵より堅く武之助へ約束した、 其れは來る五月の廿一日午前十時半を一分も(たが)へずに、 伯爵自ら巴里ヘルダー街なる子爵野西丈の玄關に訪ふと云ふ事である、 爾して武之助より伯爵への約束は丁度其日の其刻限には交際社會の有力な人々を我家へ集め、 來着次第に共々に箸を取る樣、食事の用意まで調へて置くと云ふので有ツた。

嗚呼五月廿一日、是れが巖窟島伯爵の巴里乘込である、 巴里へ乘込んで何の樣な活劇が演ぜらるゝだらう、 神より外に知る人はない、此約束が出來た後で伯爵は深く深く、神に謝した、 實に幾年幾月、唯だ一つの大なる目的を逹せんが爲に、人の想像も及ばぬ程の苦心を以て、 夜も晝も一寸の油斷無く奔走し經營し、世界の果から果、社會の隅から隅まで、 材料を集め準備を盡し、今は漸く目的の戰場たる巴里へ乘込む迄に推し寄せた、 是等の過去つた跡を顧みれば伯爵自ら自分の力で出來た事とは思はぬ、 (ひとへ)に神の(たす)けとして眞實に感謝する外は無い、 猶ほ此上に神の力を請ふて、鬼神の外は爲し得ぬ程の大仕事を仕果せば成らぬ、 只管(ひたすら)伯爵が神に祈るのは當然といふ可き事だ。

武之助が巴里へ立つに臨み、伯爵は安雄に問ふた「貴方は巴里へ歸りませんか」と、 安雄は心(ひそ)かに此伯爵の勢力を恐れる事に成つた、 此伯爵の巴里行が決して自分等の身に幸福とは成らぬと信じた 「ハイ私は當分ベニス府に留まります」と彼は答へた、爾して其言葉通りにした。


更新日:2003/12/29

巖窟王 : 一〇四 五月廿一日


愈々伯爵が巴里に乘込む約束の五月廿一日とはなツた。

野西武之助は約束通り、伯爵を待受る爲め數日前より、其々用意を運び、 今日は最う手を下す用事も無いから、客室(きやくま)の次の()(すわ)り、 卓子(ていぶる)の一方に時計を置き之を眺めつゝ新聞紙を讀んで居る。

時計は十時少し前である、伯爵の來着するまで最う一時間とは無い、 「伯爵は極々嚴重に時間を守る人だと云ふが、羅馬から旅をして、 眞に約束通り十時卅分に來るだらうか、若し來たなら、 眞に彼の人は何事をも自分の思ふ通り寸分違へずに運ぶ人と云はねば成らぬ、全く豪傑だ」 呟きつゝも眼は更に新聞紙に注いだが何か目に留まつた事が有ると見え、ニツと笑んだ 「オヤ〜(おれ)の事を出して有るは何うして探るか仲々早いものだなア」 と感心の(てい)で讀み下した、其記事は 「子爵野西家の長子武之助氏と男爵段倉家の長女夕蝉(ゆふせみ)孃との間に結婚の内約()ぼ出來たりと聞く 猶又愈此内約の進む時には夕蝉孃の父段倉男爵より孃に百萬(ふらん)の婚資を附すならんと云ふ」と有る、 武之助は別に嬉し相でも無い、「ナニ未だ内約といふ程でも無いのだ、 併し出來たと言ひ切らずに()ぼ出來たと書いて有るだけ、先づ事實を得て居るといふ可しだ」 獨り批評する所へ、登ツて來たのは給仕である、「膳部其他は殘らず用意が出來ました、 外に御用事は有ませんか」武之助「先づ無い」といつて立たせ掛けたが又呼留め 「爾だ、阿母(おかあ)さんと阿父(おとう)さんに、爾う申して置いて呉れ、 兼てお話し申した羅馬の恩人が多分今日は來る積りですから、 午後に成れば茲へ來て何うかお目に掛ツて下さいと」

武之助の父母と巖窟島伯爵が愈々此處で廻り合ふとすれば、何の樣な事に成らう、 併し誰とて此廻り合ひを初對面としか思はぬ人は無い。

給仕の心得て退いた後へ、入つて來たのは此日の來客の一人、當時の内閣官房長出部嶺(でぶれい)男である、 此人の私行上には薄々多少の非難が無いでも無かツたけれど、兎に角交際場に有數の人で、 殊に貴婦人社會から大騷ぎをせられて居た、其れも其筈である年は卅四五、 顏は極めて美しく衣服着飾とても全く流行の粹を集めた(こしら)へである、 武之助は()と懇意らしく之を迎へ「イヤ(いつ)も案内の時刻より卅分以上は後れ、 人をジラして置いて現はれるを政略としてゐる貴方が時間前にお出とは實に意外です」 出部嶺(でぶれい)男は、前額(ひたひ)を押へ「イヤ昨夜諸國の公使へ重要の通信を發するに殆ど徹夜して、 今朝は頭痛に堪へぬから、氣を轉ずる爲に來たのです、併し今夜の來客は」 武之助「極選り(すぐ)つた五六人です、ですが昨夜其樣な通信などを成さるとは又内閣の動搖ですか」 出「イヽエ幾等此頃の内閣が早く(たふ)れるとても、組織以來未だ二ヶ月に足りません、 通信は既に新聞にも出て居るから最う祕密でもありません、 西班(すぺいん)の革命黨の首領ドン・カーロが捕はれた件に關してゞす」 武之助「其れならば定めし株の相場にも變動が有ませうね」出「イヤ株屋などといふものは何の樣な耳を持つて居ますか、 政府と同時に此事を知り既に段倉男などは一昨日から今日までに百萬圓儲けました、 オヽ段倉男といへば貴方は未來の嶽父ですから段[注:男の誤りか?]の利益は孃の婚資に必ず好影響を及ぼしませう、 是れは貴方の爲に、祝さねば成ません、アハヽヽ」打笑ツて冷かす樣にいへば、 此方(こなた)も同じく冷かす樣に「私より貴方こそ、段倉夫人と共に甘い儲けが有ませう」 何の事だか分らぬけれど出部嶺(でぶれい)は聊か顏を赤め 「イヤ貴方まで世間の風評(うはさ)を信じては困りますよ」と眞面目に辨解する樣にいふた。

此所へ又一人、交際家としては聊か武骨に過ぎるかと思はれる卅格好の紳士が來た、 武之助は立つて此人を出部嶺(でぶれい)男に引合せた 「是れは當時、有名な急激新聞の主筆者猛田猛(たけだたけし)氏です」 流石に交際家だけに出部嶺男は早や懇意と敵意とを旨く加味して 「アヽ貴方が猛田猛(たけだたけし)氏ですか、私は貴方の新聞を讀まずに嫌つて居る一人ですが」といへば、 猛田(たけだ)も同じ調子で「其れは五分五分です、私もお目に掛かつた事無しに貴方を攻撃して居るのですから」 出部嶺「併し猛田さん、貴方の筆力を以て我々の黨派へ贊成して下されば、 其れこそ貴方は富貴榮逹意の如しです」猛田「私の贊成を得んには、 何うか先づ貴方がたが(せめ)て六ヶ月も續く内閣を組織して下さい」 出部嶺「イヤ爾ういはれては一言も有ません」と早や座談に花が咲き掛けた。


更新日:2003/12/29

巖窟王 : 一〇五 森江大尉は此人です


現内閣の官房長官と反對新聞の主筆記者とを招いたのは、異樣な組合せである、 出部嶺は其の異樣なのに氣が附いたか、猛田との話しが少し途切れると直に武之助に向ひ 「今日は猶外に -- 誰々が來ます」と問ふた、武之助「砂田(いさだ)伯と陸軍大尉森江眞太郎氏です」

異樣ではあるけれど、武之助の注意は分つて居る、 政治、文學、交際の三社會から代表者ともいはれる程の流行兒(はやりつこ)を選集め、 其れに軍人を一名加へたのだ、巖窟島伯爵を巴里の社交界へ正體する爲めの小宴としては尤も宜しきを得たものだ。

唯だ軍人社會から何故森江眞太郎を選んだのだらう、森江の姓眞太郎の名は、 其父なる馬港(まるせーゆ)の船主森江良造の姓名と共に讀者の覺えて居る所である、 此人は軍人中の交際家であるだらうか、イヤ決して爾ではない、唯だ此人が此頃阿弗利加でで、 自分の命を顧みず人の命を救ふたといふ最も竒特の行ひがあつた爲め、 目下到る處で評判せられ、一時の英雄(ひーろ)と立られて居るから、其れで招待したのだ、 殊に其の助けられた當人が同じく招かれて居る砂田(いさだ)伯其人で()る、 伯は阿弗利加の旅行から歸つて以來、自分が森江大尉に救はれた話を非常に珍談として交際社會へ繰返して居る。

時計が十時を廿分ほど過た頃、戸表(おもて)から馬車の着いた音が聞えた、 爾して直に階段を上つて來る二人連の足音は砂田伯と森江大尉である、 伯の顏は誰にも知れてゐるけれど森江大尉の顏は知らぬ人が多い、 伯は之を一同へ紹介する樣に「私が阿弗利加の内地で六人の土人に捕はれ、 首を()められて居る所へ、單身飛び込んで、六人を投倒し又は蹶散(けち)らしなどして私を救ひ、 爾してアルゼルへ歸る迄三日の間自分の食を廢して私を養はれた森江大尉は此方です」 森江は極り惡げに唯だ(かうべ)を埀れたが一同は今更感心に堪へぬ樣に勇士の()と謙遜な顏を眺めた。

武之助は更に一同に向ひ「今日私は諸君に紹介致します珍客も矢張り人の命を助けた方です、 其の助けられた當人が即ち斯く申す武之助です」一同は驚いた、 其中に獨り新聞記者猛田猛は一度其話を聞いた事が()ると見え 「オヽ羅馬で山賊の洞穴から貴方を救ひ出したといふ巖窟島伯爵とやらですか」 砂田伯は眉を顰め、「ナニ、巖窟島伯爵、其樣な伯爵、何國(いづく)の貴族名鑑でも見たことが無い」 武之助「けれど確に貴族で有る事は一目見れば分りますよ」猛田は語を添へ 「イヤ私は武之助君から其話を聞き新聞に出さうと思ひ、羅馬の方へも問合せましたが、 武之助君が鬼小僧といふ山賊に捕まつた事も其の巖窟島伯爵が救ふた事も事實です、 殊に巖窟島伯爵といふのは餘ほどの勢力の有る人と見え東方では此頃非常な評判だといふ事です」 砂田伯「イヤ其樣な人ならば、是非お目に掛かりたい、 併し何うも巖窟島といふのは聞いた事の無い家筋だから」 武之助は羅馬へ[注:羅馬からの誤りか?]立つ時に毛脛安雄から樣々の事を聞いてゐる 「イヤ巖窟島といふのは地中海の在るモンテ、クリスト島の事で、此頃其伯爵は其島をタスカニーの政府から買つたのです」 砂「ハテな彼の樣な岩ばかりの島では(とて)も伯爵の領地とするに足らぬ筈だが」 武之助「所が其島の巖窟の中へ非常な宮殿を作り各國の帝王も羨む程の贅澤を盡して居ると申します、 爾して人を其中へ入れるには入口の祕密を知らせぬ爲め目隱しをして連れて行く相ですが」 砂「其れでは(まる)で昔話に在る人だ」今まで無言で居た森江大尉も何か思ひ當る事の有る樣に 「其樣な話しは私も老水夫奈良垣といふ者から聞きました、 何でもモンテ、クリスト島の巖窟の中へ、入口の分らぬ宮殿を建て不思議な贅澤をして居る人が有ツて、 何うかすると其の邊を航海する船頭等が連れ込まれて饗應を受けるとかいひました」 自分の命を救はれた森江の言葉に砂田伯は初めて信じた樣に 「イヤ貴方が爾ういへば間違ひは有りますまい、其れは實に珍しい人にお目に掛かる、 併し野西子爵、其の方は何時に來ます」武之助「十時半に來る約束です」 砂「何處から」武之助「羅馬から」砂「羅馬からでは爾う時間までも當にする事は出來ますまい」 武之助「通常の人ならば出來ませんが巖窟島伯爵だから出來やうと思ひます、 何でも人間の及ばぬ事をする人です」

餘り披露が大仰な爲め一同は笑を催した、砂田伯「併し今が丁度十時半ですよ」 聲と共に時計は十時半を報じた、其の響きの未だ消えぬ中に取次の者は 「巖窟島伯爵がお見えに成りました」と注進した、一同振向いて入口を見れば、 何處から何うして來たのか、馬車の音も、階段を登る音もせずに、顏の色の青白い紳士が此室の入口に立つて居る、 是が巖窟島伯爵だとは、一同の胸に、問はずと知れた。


更新日:2003/12/29

巖窟王 : 一〇六 三個の碧精


一同の前に立つた巖窟島伯爵は、年も卅四五にしか見えぬ、羅馬から三百里の道を旅して來た人であるけれど、 衣服は馬車の中で着替たと見え全くの仕立卸しで(ごみ)一つ附いては居ぬ、 爾して帽子手袋、襟飾に至るまで流行の粹を集めたもので、()しや、 此まゝ直に朝廷の宴會へ出たとしても差支への無い程である、 殊に其の顏の青白い所まで貴族らしい天然の容貌を一層引立てる樣に見える、 隨分出部嶺や砂田伯は人の短を見出すに目の早い人だけれど寸分の落度を見出す事が出來ず却つて自分の方に此人から笑はれる所が有りはせぬかと、 (にはか)に氣遣ふて(おの)が衣服を見廻した。

此二人に斯うまで感心せられるのは、交際社會の入場試驗に及第しや樣なものだ、 是から二人の口で伯爵の噂は、尤も尊敬す可き人として、到る所に廣がるのだ。

先づ武之助から一々此人々の名をいふて引合せたが、伯爵は森江大尉の名を聞いたとき我知らず懷かしげに手を差し延樣として、 忽ち又何氣なき容子に返ツた、けれど心は親が子に引かさるゝ樣に此の大尉に引かされる所があると見え、 何と無く大尉の傍を離れ兼ねる樣な趣があツた。大尉も何故だか、 今まで初對面の人に對して覺えの無いほど此伯爵には心の底から打解ける樣に感じた、 若し何等の妨げも無く思ふ儘にする事の出來る世ならば、伯爵は此大尉を抱上げて 「オヽ此廣い世に唯一人の愛す可き者よ」と叫んだかも知れぬ。

引合せが濟むと直に武之助はいつた「サア伯爵、お約束の通り食堂の支度が出來て居ます、 直に皆樣と食堂へ」伯爵は此語を聞き、自分の聊か遲かつたのを咎められる樣に感じたのか 「最少し早く來着す可きでしたが、三百里の道ゆゑ樣々の故障があり、 其れに又此國では私人の馬車が郵便馬車を追拔く事を禁じられて居ますので、豫定より二三分遲れました」 三百里の道で二三分後れてさへ明かに其理由が分つて居るとは何たる規則正しい人だらうと是(いづれ)も尊敬の種になツた。 (やが)て一同は食堂に入り卓子(てーぶる)には就たが、(いづ)れも此伯爵が、 三百里先の羅馬から直に茲に着いたゞらうかといふのが第一の疑ひである、 猛田猛が此の疑ひを代表して「馬車でお通しでは定めしお疲れでせう」と遠廻しに探ツた 「ハイ疲れぬ爲に半分は眠つて參りました、眠るのが私の旅行法です、 丁度巴里の入口で目の覺める樣に積ツては置きましたが、聊か寢過て、 急に馬車の中で鞄包(かばん)を開いて衣服を着け替るやら大に狼狽致しました」 笑を含んでいふ状に僞りで無い事が分つて居る。

出部嶺は不審して「爾う隨意に眠る事が貴方にはお出來ですか」 伯爵「ハイ眠りを催す一種の藥を持つて居ますので」益々耳新しい答へである、 森江大尉「其樣な藥があれば、軍隊に用ひたなら」伯爵「ハイ軍隊は何時でも警報を聞いて目を覺さねば(いけ)ませんが、 催眠藥は一定の時間の經つまで容易に覺めぬから軍隊には用ひられません」 武之助は兼て此伯爵がハツチスといふ草を用ひてゐるを聞いた事がある 「伯爵、矢張り其藥は亞拉比(あらびや)の靈草で製するのですか」 砂田伯も續いて「イヤ多分阿片の類でせう」巖窟島伯爵は一時に雙方へ答へた 「御兩所のお尋ねが半分づつ當つてゐます、 私が手づから廣東(かんとん)で選んだ最純粹の阿片と阿拉比(あらびや)のハツチス草の精とを混合した丸藥です」 新聞記者は實物を見ねば滿足せぬ、猛田「今其殘りを若しお持ならば拜見し度いものですが」 伯爵は笑つて衣嚢(かくし)から何物をか取出した。

「此中に未だ六七粒有りますが、是を飮んで眠れば、心身ともに全く新な勇氣を以て覺めるのです」 猛田は受取つて(にほひ)を嗅いだが藥よりも其の容れた噐に驚き 「イヤ此の容噐は非常に珍品ですねえ」と叫び、手から手へ次の出部嶺男に渡して示した、 眞に得難い品である、殆ど鷄卵ほどの大さの碧精(えめらるど)をば中を(えぐ)りて、 金の蓋を附けたもので、殆ど値打に積る事が出來ぬ「イヤ、碧精(えめらるど)碧精(えめらるど)」 と出部嶺は見て叫んだ、次に並ぶ砂田伯は、家に先祖以來の寳玉の多いのを以て、 朝廷にも劣らぬ程と自信して居る人である「ドレ私に」と云つて受取つたが、 暫らく打眺めて殆ど顏色を變た「イヤ是ほどの良質で、是ほどの大きさのは、 昔伊國(いたりや)の某豪家に三個揃ツて有つたと云ふ傳説を聞いた外、 私さへも見た事は有りません、是は元から此通り中を()ツて有りましたか」 伯爵は又輕く(ゑみ)て「イヤ私も三個揃へて持つて居ましたから其の中の一個を藥入れとして(えぐ)らせたのです」 無瑕(むきず)の玉を(えぐ)らせるとは何たる贅澤だらう、 砂田伯は開いた口が(ふさ)がらぬ。 猛田「此頃土耳古(とるこ)國王が絶世の碧精(えめらるど)を得たと云ふ噂を聞きましたが」 出部嶺「他の二個は何う成されまして」伯爵「人の命と替る爲に、一は土耳古(とるこ)國王へ獻じました、 王は直に長劍(さあべる)(つか)(かしら)へ取附けたと云ふ事です」 武之助「何の樣な人の命とお替成さツたのです」伯爵「王の後宮へ賣込まれた女奴隸の中に極めて憐む可き一少女が有りましたから」 (さて)は羅馬の劇場で伯爵と同じ棧敷に居て、希臘の皇女では有るまいかと思はれた彼の美人が其一少女か知らん、 彼れならば絶世の碧精(えめらるど)を以て買ふ値打も有ると、武之助は獨り腹の中で合點した、 砂田伯「爾して今一つは」伯爵「之れも人の命と取替に、之れは羅馬法王に獻じました」 武之助「其れは日比野を救ふ爲ですね」伯爵「爾だツたかも知れません」 眞に此伯爵は非常と云ふよりも猶上の人であると一同は只管(ひたすら)に敬服した。

中にも砂田伯は、 三個揃へて此碧精(えめらるど)を持つて居たとは傳説に聞いた伊國(いたりや)の昔の豪家の血筋を引く人に違ひ無い、 其れでは贅澤も無理は無いと、競爭の角も折れた。


更新日:2003/12/29

巖窟王 : 一〇七 人を驚かす人


此樣にして巴里の社會に現はるれば、歡迎せられぬ筈は無い、 身分は能く分らずとも伯爵の肩書が有つて言葉も作法も亦身形(みなり)も其の肩書に相當し、 金は幾等有るか分らずに、世界に又と無い寶物(たからもの)を惜氣も無く人に贈り其の上に王侯をも法王をも知つて居り、 山賊にも海賊にも隔て無く交ツて、總ての社會に對し測るべからざる勢力を持つたのみか、 其の履歴は奧深くして推量が屆かず、其の話しは皆面白く、其の振舞は悉く人の意表に出て居る、 此樣な人が人を驚かさねば世に人を驚かす人は無い、一座の面々は(いづ)れも思ふた、 眞に此伯爵こそは交際場を席捲するだらうと。

話しは是より、武之助が羅馬の山賊に捕ツた事から伯爵が之を救ふた事に渡ツた、 伯爵は少しも自分の手柄を手柄とせず、唯だ當然の事の樣に言做(いひな)すには(いづ)れも亦敬服した、 記者猛田は問ふた「何うして貴方は其の樣な山賊から敬はれます」と伯爵の答へは淡泊だ 「彼が未だ山賊に成らず、牧場の小僧で有ツた頃、私が彼に道を問ひ、親切に教へて呉れた禮として金貨一枚を與へました、 彼は生れて初めて金貨を手にしたとて痛く喜びましたが、其の後、レグホーン港で、 夜中に海へ身を投げた男を通船(かよひせん)へ救ひ上げました、私の方では顏を知らぬに向ふでは覺えて居ました」 出部嶺「其れが即ち彼だつたのですネ」伯爵「爾です、今は山賊と爲つて鬼小僧といはれ、 警察から追詰められて、何處かへ泳ぎ着く積りで海へ入つた所、浪が荒くて溺れる所で有つたといひました、 其後も大抵似寄つた事で彼は手下などを兩三度も唯だ法律の手から救ふたり(かくま)ふたりして遣つたに過ぎぬのです」 成程其れでは敬はれる筈では有るが、併し彼や手下を法律の手から救ふたと事も無げにいふ其事が、 非常の勢力を持つて人で無ければ出來ぬ事である。

彼樣な勢力を持つ伯爵は、()も何者だらう、出部嶺は心の内で勘案した、 今我々の政府が全國に三萬人の警吏を有し探偵費として二千萬(ふらん)を支出して居るのだから内閣官房長たる自分の力を以て此伯爵の素性を探れば決して探れぬ事は無い、 相手が到る處に足跡を殘す樣な非常な偉人だけに猶ほ更探り易い譯で有ると、 爾して其の意を、少しの折を得て猛田や砂田伯に細語(さゝや)き、且つ其の後に全く警察に命じて探れるだけ探らせたが、 伯爵の言葉が悉く眞事(まこと)をいふことは分つたけれど其の素性は少しも分らなんだ、 是は後の事だけれど記して置く。

更に此席の話しは、旅行の事から美術の事に渡ツたが伯爵の知らぬ土地はない、 知らぬ土地は唯此巴里ばかりの樣だ、實に類の少い旅行家である、 其れよりも美術の事は又詳しい、少くも幾百萬の金を美術の爲に使ひ捨た人で無ければ是ほどの美術の知識は無い、 凡そ上流社會で最も賞美されるのは美術の知識で、 大抵の(にはか)紳士が輕蔑を招くのは此知識の乏しい爲である、 此知識さへ有れば、充分に由緒正しい舊家の人と見做されるのだ、 若し伯爵が巴里の上流へ泳ぎ入らんが爲めに、美術の知識まで養ふとすれば非常な苦心、 勉強で有つたに違ひ無い、何れほど伯爵が用意して掛ツて居るかと云ふ事が此一事でも推量せられる。

食事が終ツて茶菓の時に爲ると、猛田は詫る樣に伯爵に向ひ 「私は今日(こんにち)衆議院で段倉男爵の財政意見を傍聽する爲めに皆樣より聊か早くお(いとま)を申さねば成ません」 伯爵は段倉の名に、何かを思ひ出した樣に「段倉銀行の頭取では有ませんか」 猛田「爾です」伯爵「此國では銀行頭取が衆議院とやらで演説するのですか」 猛田「銀行頭取たる上に衆議院に議席を占めて居て、未來の大藏大臣を以て目されて居ますもの」 驚く可き出世ですとの評語が伯爵の口から洩れ相にも見えたが、(たゞち)に 「其の段倉男爵なら私もお目に掛らねば成りません、其人の銀行が私の是からの取引銀行になるのです、 實は土耳古(とるこ)の國立兩替店、希臘の希臘銀行、 及び羅馬の富村銀行から私が總て其の段倉男爵の銀行を指定せられて來たのですから」

羅馬の富村銀行と聞いて熱心に問を發したのは森江大尉である、 「伯爵、貴方は其富村銀行と長いお取引ですか」伯爵「ハイ十年來」 森江「私の一家は其富村銀行から非常な恩を受けて居るのです、 先年父が破産に瀕しました時、其銀行は銀行者に有るまじき程の親切を以て父を救ふて呉れ、 其れが爲に馬港(まるせーゆ)に在る私の一家は全く昔の繁昌に立返ツたのですが、 其後富村銀行へ向ひ返金を言ひ込みましたら、少しも金を貸した覺えが無いと云ふのです、 五十萬(ふらん)の金と、百萬(ふらん)以上の貨物を積んだ船一艘、 確に其銀行の代理人が父へ贈つたに相違在りませのに、 其銀行は返金を受ける譯が無いと言張り、恩を謝せられるのも拒むのです、 此事實は此席に居る方は皆聞知つて居られますが、私共は大恩を負ふて其を報する事が出來ず、 心苦しく思ふて居ます、(どう)か貴方のお力で、 イヤお(ついで)の節で好いですかが(どう)か詳しく詮議する樣に其銀行へお傳へ下されませんでせうか」 伯爵は眉を顰め「イヤ私は唯取引だけゆゑ、其銀行へ其樣な事を傳へる筋が有ませんよ、 其れに向ふの帳簿に貸が無いなら貴方の方で恩を受けたと云ふ樣な義務も有るまいと思ひますが、ねえ皆樣」 砂田伯は贊成し「爾ですとも、其れだのに森江大尉は其れを氣に掛け先逹ても私などへお話しでした」 森江は當惑げに「でも確に非常の惠みを受けた事は、私が自分の目で見て知つて居ますもの」 伯爵は()と眞面目に「眞に其樣な惠が有つたならば其れは貴方一家の正直に對する天の惠みと云ふものでせう、 確に(おれ)が貸したと云ふ本人が現はれぬからは、安心して居るが好いでせう」 一同皆之を當然の裁判として贊成した。


更新日:2003/12/29

巖窟王 : 一〇八 金の捨て所


眞に巖窟島伯爵の言葉は、其の行ひと共に、驚く可きか、敬ふ可きか、爾無くば羨む可きか。 此の三つの中である。一として平々凡々の事柄は無い。

客一同は(いづ)れも、此伯爵に、成るだけ親切を盡し成るたけ氣に入られて成るたけ交誼を深くしたいとの念を起した、 爾れば食事が終つて喫煙室へ移るが否や、砂田伯は發議した 「伯爵は羅馬から初めて此巴里へ來て、馬車を降りずに此家へ着いたとすれば未だ旅館の極らぬ事は無論だらうから、 吾々で然る可き宿なり家なりを搜して上げやうでは有りませんか」 出部嶺「贊成です」猛田「贊成です」武之助は思案しつゝ「直に私の此家を宿に御用立ませう」 砂田伯「イヤ其では伯爵は却つて御心配だらう、我々一同、 茲と思ふ所を指名して見やうでは無いか」と云ひ、是より皆、 思ひ思ひに自分の知る旅館や貸別莊などを數へ上げた、獨り無言で居るのは森江大尉一人である。

出部嶺は大尉に向ひ、「貴方も何處か心當りが有りませう」と促した、 森江「私は皆樣と違ひ、流行社會の容子などは少しも存じませんから、無言で控へて居たのです、 けれど若し伯爵が、清くて靜かな家が望ましいとでも仰有(おつしや)るなら一箇所、 申上げる所が有ります」伯爵は此大尉の言葉に最も心が動いた樣だ、 直に大尉の方へ顏を向けた、大尉「其れは外でも無く、私の妹が、 所天(をつと)の江馬仁吉と共に住んで居るメズレー街の屋敷です」 伯爵は屋敷の状を聞くよりも、大尉の妹や所天(をつと)の事を聞き度いものと見える、 異樣に熱心を現はして「ハヽア、貴方にはお妹がお有りですか」 森江「ハイ兄の口から襃めるのは變ですが、全く天女の樣な心掛を持つた妹です」 伯爵「シテ最う良人(をつと)をお持ちで」森江「ハイ先刻申しました、私の父が、 富村銀行に救はれた後、間もなく婚禮したのです、今は彼れ是れ滿九年に成ります」 伯爵「定めし幸福に暮して居られませうねえ」森江「ハイ夫婦仲も睦じく、 全く何不足もなく暮して居ますが、幸ひ其の屋敷が餘ほど廣くて、 空地なども澤山に有るものですから、若し貴方が其家の一部を宿にして下さらば必ず妹も其良人(をつと)も、 私の滿足を思ふて喜びませう」

伯爵は惜む樣に「其樣な幸福な家庭ならば私も是非一度は伺ツて其御夫婦にお近附が願ひ度いと思ひますが」 森江「其れは私から願ふ所です」伯爵「が併し、私は至つて我儘者ゆゑ、 人樣の屋敷の一部を拜借する譯にも行くまいと思ひ、實は羅馬を出發する數日前に、 從者を一人、此巴里へ寄越して有ります、(おれ)の着く迄に、然るべき家を借り造作萬端手落ちなく運んで置けと命じまして」

此の言葉にも一同は又驚かされた、何らる手廻しの好い人だらう、 出部嶺「貴方は巴里へ來るは初めてだと仰有(おつしや)ツても從者の中には巴里の事情に通じた者がお有りだと見えますね」 伯爵「イヽエ其從者も巴里は初めてゞす、而も阿弗利加のヌビヤ人で舌が無くて、 口を利く事も出來ぬ者ですが」武之助は合點して「アヽ亞黎(ありー)ですね、 亞黎(ありー)を先へお寄越し成さツたのですか」 砂田伯「其の樣な者に家の借り入れ其の他の事が出來ませうか」 伯爵「ハイ(あた)かも犬が主人の氣風を知つて居る樣に亞黎(ありー)は私の氣風を知り、 何事をさせても、最も私の趣味に適する樣に運びます、皆樣には怪しい程に聞えませうが、 今日も亞黎(ありー)は私が來着する事を察し、ホテンブロー邊で待ち受けて居て、 爾して私の馬車へ此樣な書類を投込みました、彼は全く良い獵犬(かりいぬ)の天性を備へて居ます、 何の樣な森の中へ入れても自分の勘だけで必ず獲物を捕へます」と云ひ、 衣嚢(かくし)から一通の書附を出して示した、 一同は呆れつゝ是を見れば家屋借入契約書の片割で勿論借り入れた其家の町名番地も記して有る、 砂田伯「是は驚く外は無い」武之助「伯爵の成さる事は總て此樣な調子です、 だから私は人間以上だと云ふのです」猛田「何うしても亞拉伯亞物語(あらびあんないと)中の人です」 出部嶺は半疑ふけれど、伯爵の容子は少しも嘘らしい所が無いので、 止むを得ず其疑ひを掻消た。

砂田伯「其れでは吾々が伯爵へ盡す手段は、爾うだ重なる二三の劇場で、 第一等の棧敷を借り上げるに在るのだ」猛田「左樣です、劇場ならば新聞記者と云ふ私の受持ちとして、 借入れの役目を勤めませう」伯爵は又之を遮ツて「イヤ折角の御親切ですが、之も私より一日前に、 執事を巴里へ立たせまして -- 」武之助「執事とはアノ春田路と云ふ -- 」 伯爵「ハイ春他事に巴里の劇場へ殘らず棧敷を取つて置けと命じました、 是も今頃は多分運んで居るでせう」巴里の劇場殘らずとは何と云ふ豪擧だらう、 成るほど金の捨所に困つて居る人としか思はれぬ。

然らば此上、何の世話を以て、伯爵に好意を示せば好からうと一同は飽倦(あぐ)んだ形で暫し顏を見合せたが、 今度は出部嶺が思ひ附いた「是ばかりは未だ伯爵のお手が屆いて居ぬだらう、 吾々は是を以てする外に一方無しだ、何うです諸君、絶世の美女を、 お妾として吾々の勢力で御周旋申さうでは有りませんか」


更新日:2003/12/29

巖窟王 : 一〇九 嗚呼何の樣な對面


何から何まで伯爵の用意が行屆いて居るので、 眞に絶世の美人を世話するより外に此伯爵を(よろこ)ばせる手段は無い樣に見えた。

絶世の美人と聞いて武之助は再び思ひ出した、伯爵が羅馬の劇場で伴ふて居た彼の希臘の皇女の事を -- 。 彼れは皇女では無い唯の美人だ、伯爵の話しに寄ると、 土耳古(とるこ)國王の(きさき)の一人として賣込まれる所を買取つたと云ふが多分はは彼の美人だらう、 (いづ)れにしても絶世の美人と云ふのは彼の事で、 假令(たとひ)出部嶺や砂田伯が自分等の勢力で何處を何う搜したとて彼女より上の美人を見附ける事は出來ぬだらうと、 武之助は腹の中で笑んだ。

果せる哉伯爵は、絶世の美女と云ひ妾と云ふを聞いて、 口を開いたが聊か笑談(ぜうだん)の氣味を帶びた口調だけれど熱心で有る 「イヤ皆樣、私は妾よりも(もつ)と自由自在に虐待しても差支の無い者を連れて居ますよ、 其れは女の奴隸です」奴隸の一語に一同は又驚いた、武之助は口を添た 「年は十七八で、其れこそ世界に又と無い美人です」伯爵は笑ひながら「皆樣は、 失禮ながら奴隸を持ツた事は無いでせう、奴隸ならば()しや殺したとて構ひませんから」 猛田「何の樣な奴隸です、何うして得ました」伯爵「先刻申した碧精(えめらるど)で買取つたのです、 土耳古(とるこ)の後宮へ、奴隸商人が賣込むに極ツて居たのを、 私が其商人へは金を遣り、皇帝へは碧精(えめらるど)を贈り、 雙方の承諾を得て買入れました」何たる異常な事柄だらう、 砂田伯「成るほど奴隸の方が女君(みすつれす)より結構です、 彼の碧精(えめらるど)と代へる程なら全く絶世の美人に違ひ無い」 出部嶺「併し伯爵、此國では奴隸を所有することは出來ません、此國へ入ると共に其奴隸は自由の身と爲り、 逃て了ひませう」伯爵「奴隸が何うして此國の制度などを知りますものか」 出部嶺「當人は知らずとも誰かゞ話して聞かせませう」伯爵は眞面目に 「逃るのは必ず、獨り立の見込みが出來た上での事でせう、 私の許に居るよりも外の好い位地が出來て其れで逃て行くなら私は滿足です、 畢竟其女の境遇を憐れんで買取つて遣つたのですから」と、 少しの惜氣をも以て居ぬ容子である。

惜氣の無い一少女に、而も唯だ土耳古(とるこ)皇帝の後宮に賣込まれつと云ふ境遇の憐れのみの爲に、 奴隸商人へは(定めし大金)を與へ土耳古皇帝へは碧精(えめらるど)を獻じたとは、 如何に限りの無い身代を持つた人にしても餘り贅澤に過ぎた仕方で有ると、 獨り(ひそか)に怪しんだのは新聞記者の猛田である、彼は人知れず呟いた 「其の奴隸には定めし深い仔細が有らう、必ず伯爵の身に取つて特別に其れ丈けの値打が有るに違ひ無い、 何かの用に供するが爲に違ひ無い、若しも今後何か異常の仕事でも企てる事が有れば必ず其女が役立つて居るだらう」 是れ丈は見拔いた積りで有るけれど(さて)其女を伯爵が何の樣な役に立てる積りかと云ふ事は、 千思萬考しても猛田の考へ得ぬ所で有ツた。 兎も角も一同は、伯爵に對して何等の厚意を表す可き道が無いと云ふ事に極り、 今は仕方が無いから、他日伯爵の身に何等かの必要が出來た時、 一同力を惜まずに伯爵へ盡さと云ふ相談に極ツた、伯爵は之に對し禮を述べた 「イイエ皆樣、私は旅の身で、皆樣に何の樣な厚意を受けても恩返しの手段が無からうと思ひますから、 全く御心配は御無用です、唯だ私は諸君の御勢力の爲めに、是から交際場裡へ入込むにも萬事都合が好からうと思ひ、 之を何よりの厚恩と感じます」勿論伯爵の勢力を以て交際社會に入るのは何の雜作も無い事だ、 如何に()かましい社會でも此伯爵ならば兩手を開いて迎へるのだ、 其れを此樣に謙遜して云ふのは益々愛す可き人物であると(いづ)れも胸の中に、 伯爵に對する春風を湛へて散じた。

散ずるに臨み、出部嶺は武之助に向ひ細語(さゝや)いた 「ナニ今の我政府の警察力を以て探れば伯爵が其實何者かと云ふ事は直ぐに分る、 僕の考へでは何處か東方の小さい專制國の君主か君主の隱居とでも云ふ樣な身分で、 忍びの旅行をして居るのだと思ふ、何しろ分り次第君に内々で知らせますよ」 併し此約束は終に履行に逹せなかつた、猛田猛は又、獨言(ひとりごと)の樣に云つた 「是から議院で段倉男の演説を聞きますが、其筆記よりも伯爵の事の記事が何れほど讀者を喜ばせるか知れませぬ」 愈々伯爵は新聞記事の方でも巴里人を驚動(きようどう)させるのだ。

一同の去つた後へ、伯爵と武之助と共に殘ツたが、暫らく無言に爲つて了ツた、 是れは定めし之から武之助の父及び母と顏を合すのだと思ひ、 滿身の勇氣を呼集めて居るのだらう、廿餘の年に分れた、團友太郎とお露、爾して次郎、 嗚呼何の樣な對面となる事だらう。


更新日:2003/12/29

巖窟王 : 一一〇 戀か恨か


客一同の立去つた後に伯爵は特に森江眞太郎の住居(すまゐ)を詳しく武之助に聞いた、 武之助も()くは知らぬけれどメズレー街十四番館で妹の所天(をつと)と同居すて居ると丈けは知つて居るから答へた、 伯爵は其番地を心に留めて猶何事かを考へる容子で有るのは、何時尋ねて行くのが好からうかとの思案らしい、 何で彼の大尉が斯うまで深く伯爵の氣に叶つたゞらうと、 武之助は大尉が此席で伯爵に語つた言葉などを繰返して考へて見たけれど、 別に他の客と(かは)つた程の事を云ふた譯でも無し何うしても合點が行か無かつた。

其れは(さて)置いて、武之助は兼て伯爵に見せる積りで別室へ古噐物などを陳列して置いたから、 二三の雜話が濟むと「何うか伯爵、私の道樂も御覽下さい」と云つて立上つた、 伯爵「願ふ所です、貴方の道樂とは盆栽ですか繪畫ですか、其れとも刀劍の類ですか」 問ひつゝ案内せられ、未だ武之助が返辭せぬ間に其の別室へ歩み入つた、伯爵は嘆賞して 「イヤ若い巴里紳士に古噐の(たしな)みが有るとは感心です」とて、 端の方から見初めたが、唯だ驚くの外無いのは伯爵の眼力である、 (いづれ)の時代、(いづれ)の國の品物でも、 武之助が買入るゝ時に商人や鑑定家などに聞いた所よりも此伯爵が詳い程である、 終に武之助は詮方(せんかた)無くして、「イヤ私などの持つて居るのは、 何うせ貴方のお目には少しも珍しくは有りますまいが、兎も角、 お目の高い方に見て戴いたのは何よりも滿足です」伯爵「イヽエ仲々珍しく無い事はありません、 殊に、私の敬服するのは一品も模造品の無い事です、 伊國(いたりや)邊では何處の貴族の珍藏品中にも必ず幾個かは贋物が(まじ)つて居ますのに貴方の什物(じふぶつ)には其れが有りません、 古噐物愛玩家の第一に誇る可きは決して稀世の珍を澤山に集めたと云ふのでは無く、 (にせ)(つか)まされぬと云ふに在るのです、言替れば眼識が大事です」 武之助「眼識ならば、貴方の如く、贋物の有る無しを(たゞち)に見極める人こそ第一等の名譽です」

語りつゝ又奧深く進み一方の窓の所まで行くと、窓の明りを程能く受ける(ほとり)の壁に額が掛つて居る、 額に描いたは年の頃廿五六と見える美人が人待顏に海の方を眺めて(うれ)ひを帶びた姿である、 爾して其美人の服が他の土地には無い西國村(すぺいんむら)の漁師の娘が着ける一種の(かは)ツた仕立である、 伯爵は之を見ると共に殆ど顏の色を變へ、暫し言葉が出なんだが、漸くにして、何事かと怪しむ武之助に向ひ 「是は定めし名高い女俳優(をんなやくしや)でせうね」武之助は少し不機嫌 「エ、女俳優(をんなやくしや)、是れは私の母ですが」伯爵は後悔に堪へぬ状で、 「オヽ貴方の母上、其れは何うも失禮な事を申しました、私又見慣れぬ服を着けて居ますので、 定めし俳優(やくしや)でも有らうかと」武之助は初めて合點の行つた樣に 「イヤ其服は父も大層非難したのです、實は今より十年ほど前、 父が外國へ行つた留守に母が多分は其の歸りを待兼る意味を寫させたのでせう、 名高い畫工に描かせましたが、其の服だけは私も合點が行きません、 或は其の頃小説でも讀んで、其の中に在る女の服を取つたのでは有るまいかと思ひます」

武之助には此服が分らずとも伯爵には分り過るほど能く分る、 既に此女が野西夫人と云ふ貴い身分と爲つたのに、殊更漁師の娘で有ツた昔の服を着けて描かせたのは、 心の底に猶昔を忘れ兼る所が有る爲めである、爾して人を待つ状は果して今の人を待つて居るのだらうか、 昔の人を待つ思ひの、包み兼ねたる心から、斯は意を寓したのでは有るまいか、 顏の何れかは知らぬけれど何と無く(うれ)はしく見ゆるのも、唯だ粧ふた色では無い、 幾年幾月、形には嬉しさを示しても心の底に、濟まぬ思ひの(わだか)まツて掻消す(よし)も無い爲めに、 長い月日に顏にまで自と其の(うれ)ひの刻まれる事に成つたのでは有るまいか。

石心鐡腸の伯爵だけれど、是を思ふと一語を發し得ぬ事に成ツた、 發すれば必ず聲が震ふて武之助に怪しまれるのだ、是れは憎みの爲だらうか、 (そもそ)も又も愛の爲め心の底の舊創(ふるきず)に痛みを覺える爲めだらうか、 嗚呼戀、嗚呼恨みか、伯爵より外は知る事が出來ぬ、イヤ伯爵自身と雖も、 實は知る事が出來ぬかも知れぬ。

武之助は言葉を繼ぎ「父が、母と和合の缺けたのは、唯だ此繪の出來た時ばかりですよ、 私が知つてから今日が日まで此外には一度も、爭ふ樣な事の有ツた(ためし)が有りません、 貴族社會でも仲の好い夫婦と云へば必ず私の父母が引合に出るのです、 けれど此時ばかりは父が不機嫌な色を示し、此樣な畫は燒いて了へと云ひました、 勿論燒捨る事は出來ませんから、私が呉れと云つて茲へ掛けたのですが、斯樣な譯ゆゑ、 父の畫像と並べずに母の繪姿ばかり孤獨に掛かり貴方に女俳優(をんなやくしや)とか怪しまれる事に成つたのです」

説明の漸く終る折しも、此室へ通じて居る一方の廊下の方から人の足音が聞えて來た、 武之助「アヽ貴方にお禮を云ふ爲に、父が彼所(あすこ)へ參りましたよ」


更新日:2003/12/29

巖窟王 : 一一一 子爵夫人露子


(もと)より武之助の父にも母にも逢ふ覺悟で來たのだから、其の父の足音[を]聞いたとて驚く筈は無い、 然り、驚く筈は無いけれど伯爵は驚いた。

今まで窓の明りが自分の顏へ差す樣に立つてゐたけれど、急に背後(うしろ)へ差す樣な位置に振向いた、 成るべく自分の顏を影にする樣に立直したのだ、爾とは武之助は氣が附かなんだけれど、 後に至ツて思ひ當る時が有ツた、(やが)て父野西子爵は近づいて伯爵と全く顏を合せて立つた、 伯爵の顏は暗いけれど子爵の顏には、窓の明りが滿面に映つて居る、 嗚呼此人が廿餘年前地中海岸の漁村西國村(すぺいんむら)で次郎と云はれた賤民だらうか、 鼻は高く口は締り、(まなこ)にも一種の威光を輝かせて居るは、何うして生れながらの貴族である、 誰が此人を漁師の息子と思ふものぞ。

伯爵は、地位の爲めに人の容貌が斯くまでに變るものかと驚いた、けれど次郎は次郎である、 一目見る時には餘ほど違ツた樣に見えたけれど、見るに從ひ、 今以て殆ど一日も忘れる暇のない程に伯爵の目に附いて居る昔の容貌が現はれて來る、 成る程自分と云ふ念の非常に強い相合(さうがふ)である、 唯だ自分の慾の爲には人の何の樣な目に逢はせるも(いと)はぬと云ふ恐ろしい氣合が、 滑らかな皮の下に潛んで居る樣に思はれるのは伯爵の氣の所爲(せゐ)ばかりでは無い、 年は伯爵より幾歳(いくつ)か上で有つたから四十は(とう)に越えて居るが、 (かしら)にも霜を置いて五十を越えた人の樣に見える、 是も心の底に(いづ)れかに、自ら咎め自ら恐れて、 絶えず安心の出來ぬ所が有る爲に年よりも更けたものに違ひない。

少しの暇に伯爵は樣々の事を見て取つたけれど、 子爵の方は伯爵の姿に對して何の感じも無く唯だ我子の恩人と思ふのみの一心で有る 「アア巖窟島伯爵、委細は武之助から聞いて能く存じて居ます、 貴方には御禮を申さねばならぬ事ばかりで、 何うか其の機會を繪たいと思つて居ましたが今日(こんにち)はお尋ね下さツて本懷の至りです」 言葉までも確に貴族んい成つて居る、伯爵は靜かな聲で「イヤ鄭重なお言葉には痛み入ます、 貴方の軍人としての名譽は、私の如き他國の民とて聞及ばぬ者は無く、 一度は面會の榮を得たいと思つて居ましたが、此頃又伺へば更に政治界にも御出陣で、 特に貴族議院として一方(ひとかた)ならずお骨折りの(よし)に聞きます、 政治に對しても寸功も無い私の如き懶民(らんみん)より見れば國家の爲に斯まで忠勤を盡さるゝは敬服に堪へません」

多分此言葉は兼て伯爵が、考へ定めて置いた所だらうが、國家に忠勤と云ふ一句が殊の外、 子爵の虚榮心を(よろこ)ばせた、今まで初對面の人に曾て示した事の無い程の笑顏と爲り 「サア何うか安坐成さツて」とて、伯爵に椅子を與へ、其の身も腰を卸して、 ()と打解けた態度と爲り、打解けた話しに移ツたが、此時、 子爵の來た同じ一方の廊下から徐々(しづ〜)と歩み來て、 此室の入口に近づいたのは子爵夫人露子である。

夫人は()(しとや)かに、何の足音をも立てなんだ爲め、 誰も夫人が入口に近づいた事を知らず、益々話しに深入りするのみで有ツたが、 夫人は先づ入口から半身を出し、靜かに此方(こなた)の容子を見た。 多分は我子武之助の命の親と云ひ武之助が襃めて止まぬ巖窟島伯爵とは何の樣な人だらうと怪しんだのであらう、 怪しんだ爲に、常の如く歩み入るのを躊躇したのであらう。

半身を出して此方(こなた)を見、能く見えぬ伯爵の顏を、 何と思ふたのか、殆ど驚き叫ばん程の状であつた、全く二足三足、蹌踉(よろめ)いて元の廊下に引下つた、 爾して胸に手を當てたは動悸を推し鎭める爲めであらう、 暫くして顏に怪しみの色を浮べ、又進み出た。

進み出たのは(しか)と見屆ける爲めと見える、爾して再び此方(こなた)へ出した顏は、 此世の人とは思はれぬほど蒼褪めてゐた、其れのみで無い、足に身を支へる力さへ無くなつたものか、 兩手で入口の柱に(つか)まり術無(せつな)げに息をしつゝ、透かす樣にして伯爵の暗い顏を眺めてゐたが、 (やが)て口の中で、「爾で無い、爾で無い、爾である筈が無いのだ」と呟き、 自ら其の身を引立て此方(こなた)へ歩み入らうとしたけれど猶(つか)まつた其の柱を放し得ぬ。

此方(こなた)では爾とも知らぬ伯爵と子爵、話しも段々に進み、 「何うか伯爵、私の妻にも親しくお禮を申させて下さる樣に」 伯爵「今日は夫人にまでお目に掛かる積りでは有ませんでしたけれど、 折角ですからお目通りを致して置きませう」(あゝ)伯爵は、最早や自分の氣が充分に落着いたから、 夫人に逢ふても差支はないと思ひ(そめ)たと見える、 爾して猶ほ自分の目を慣らせて置く積りの樣に壁に掛かツた彼の繪姿を見上たが、 此時一方に座してゐた武之助は驚いた樣に入口に向ツて立ち「オヤ阿母(おかあ)さん、 貴方のお顏色の惡い事は、()ア何う成さツたのです」 と氣遣はしげに叫んだ、伯爵も子爵も此語に入口の方へ一樣に振向いた。


更新日:2003/12/29

巖窟王 : 一一二 窓から誰か


「何う成さツた」と問はれて子爵夫人露子の方は、之では成らぬと氣を取直したらしい、 今まで踏む足も定まらぬ程に見えた身が、忽ち柱から離れ、何の異状もなく、(ゆる)やかに、 殆ど女皇の歩むかと思はれる樣に歩んで此室へ入つて來た、唯取直すことの出來ぬのは蒼くなツた顏の色だけである、 爾して伯爵子爵及び武之助の前に立ツた、定めし必死の想ひで自分の身へ力を付けたのであらう。

「イヽエ、何うもしませんけれど、其方(そなた)の命を助けて下さツた方と聞き、 何とお禮を申せば好いかと考へてゐたのです」輕く言開きはしたが、 聲も仲々 (いつ)もの樣に爽かでない、中は猶ほ騷いでゐるのだ、 其の騷いでゐるのを察つせられまいと、直に言葉を續けて伯爵に向ふた 「委細は度々武之助から聞いて居りますが、當家が貴方から受けた大恩は、 何の樣にお禮を申ても盡きません、武之助は私共夫婦の仲の一人息子、 貴方が助けて下さらねば、當家の血筋は彼と共に盡きる所で有つたかも知れません」 伯爵は口の中で「何う致しまして」と云ふたらしい、 爾して餘り恭々(うや〜)し過ると思はれるほどに(かうべ)を埀れた、 是れは子爵夫人よりも一入(ひとしほ)蒼い自分の顏色を暫し隱して紛らせる爲だらう。

(やが)て伯爵も氣を取直し得た、爾して更に(かうべ)を上げた時は、 少しも心が動いた跡が無く、單に恭々しい丈の賓客で有る「イヽエ、御子息を助けたなどと、 少しも其樣な手柄では有りません、唯だ誰でも爲す可き事を、誰でも爲す樣に爲したと云ふに止まるのです、 其れを其の樣に御禮など仰有(おつしや)られては、此後參上が出來難く成りますから」 此後屡此家へ「參上」する積りは此一語の中に籠つて居る、 子爵「伯爵最う何うか此家を我家と思ひ、案内も無くお出下さる樣にお願ひします」 子爵が是れだけ打解けた言葉を吐くは眞に珍しい、餘程此伯爵の云つた世辭に醉はされたに違ひ無い、 子爵夫人も語を繼いで「實に武之助は、貴方の樣な方とお近附を得て仕合せですよ、 イヽエ武之助のみならず當家の仕合せです」果して當家の仕合せだらうか、 伯爵は聊か笑みて再び「何う致しまして」といふた、 此笑たるや畫工も寫す事が出來ず、人相見も其意味を解剖する事が出來ぬ。

兎に角も伯爵は、今日は此上に長居す可きで無いと思つた、 一度斯うして近附にさへ成つて置けば、後は自分の都合の能い場合に、 又何時でも尋ねて來て長居する事が出來る、其れに又子爵の方も、 實は何時迄も客の相手に成つて居られぬ日で有るのだ、 伯爵が早やお(いとま)と云ふ下拵(したごしら)へに時計を出して眺めると子爵も同じく時計を眺め 「伯爵、今日(こんにち)は何うか夕刻に私の歸つて來るまで(ゆつ)くりとお話を願ひます、 私は今日二時から開かれる貴族院へ、外交の事に就き演説の通告をして有りますので、 三時間ほど失禮せねば成りません -- 」段倉は衆議院で財政意見を演説し、 次郎は貴族院で外交の意見演説をする、誠に妙な世の中だ、 政治とは此樣な淺薄なものか知らんと、伯爵は腹の中で獨り嘲ると禁じ得なかつた[、] 子爵「私の居ぬ間に、妻も武之助も悠々(ゆる〜)とお話などを伺ひ度いでせう」 伯爵「イヤ私も今日は是でお(いとま)にせねば成りません、 實は旅行馬車を當家の玄關へ直に着けた樣な始末で、 未だ自分の住居(すまゐ)がどの樣な家だか、其れさへ見屆けませんので、 是から行つて種々差圖をも與へねば成りませんから」

實に子爵夫人も全く座に堪へぬらしい、必死の思ひで、 氣を引立てゝ居たけれど、多分は腹の中には樣々の疑ひやら心配やら、 麻を亂した樣に(もつ)れ結ばり、早く自分の室へ退いて、 氣を落着けて考へて見度いのであらう「成るほど其樣な御事情なら、 今日(こんにち)お引き留め申すは却つて御迷惑か知れません、 お住居(すまゐ)が出來上がれば、又此方(こちら)からも伺ふ事に致しませう」 伯爵「ハイ其節は是非何うか」武之助は傍から伯爵の功徳を述べ立てる樣に 「阿母(おかあ)さん、伯爵のお住居(すまゐ)は必ず今夜一夜の中に雜作から飾附けまで悉く出來上りますよ、 羅馬から三百里の道を晝夜兼行で一分も違へずに來る方ですもの、 御自分では二三分後れたと仰有いましたけれど丁度時計の鳴るのと一緒のお出でした、 私は明日貴方のお住居(すまゐ)へ伺ひますよ、エ、伯爵明日伺つて好いでせう」 伯爵「はい何うか」今日(こんにち)は是だけで澤山だと愈々伯爵は思ひ出した樣に 「アヽ羅馬で馬車を拜借した御恩を茲で返しませう、伯爵、 旅行馬車の儘では不似合ひですから、お馬車の調整が出來るまで、幾日でも私のをお使ひ下さい」 伯爵「イヽエ、多分春田路が馬車の用意をして有るだらうと思ひます、 兎に角お玄關にまで出て見ませう」斯う云つて子爵と武之助に送られて二階を下ツた、 勿論子爵夫人露子の方だけは其儘二階に留まつた。

爾して、(やが)て玄關へ出て見ると、實に驚かざるを得ん、 果して二頭立の馬車が待つて居て其御者は成るほど武之助が羅馬で見た春田路とかいふ家扶(かふ)である、 爾して其馬車は、第一流の馬車師コルレルの作つたもので、 馬はドレークといふ有名な伯樂が數日前に一頭七千圓づつに値を附けられて拒絶したとて流行社會に知れ渡つて居る逸物である、 伯爵は先祖代々から斯る馬車に乘慣れて居る人の樣に、()と鷹揚に、 ()と自然に之の乘り、何氣なく今辭して來た二階の方を眺め上げたが、 丁度子爵夫人の居た邊の窓の埀幕が、風も無いのに異樣に動いて居た、 窓から誰か(のぞ)いて居て急に引込んだものとしか思はれぬ。


更新日:2003/12/29

巖窟王 : 一一三 田舍の別莊


伯爵は、武之助の父母と初めての面會に、勿論長居する積りはなかつた、 唯だ此後親密に交際するだけの道をさへ開いて置けば好いのだ。

交際する中には何の樣な機會も來る、來なければ自分で作る、 作る丈けの準備も目算も悉く調つて居る。

眞に伯爵が此巴里へ入込むまで何れほどの準備を調へたかと云ふ事は、 此後の伯爵の仕事を見れば自と分る、全く十年の間、夜の目も寢ずに其準備に掛ツて居たと云つてもよい、 何れほど(えら)い大將軍が何れ程の大戰爭を催すにも、恐らく是れほどの準備は無いだらう、 其れは其筈で有る、伯爵が是れから巴里で開かうと云ふ戰ひは殆ど人間業には出來ぬほどの大事業で、 又人間業には出來ぬほど竒兵を使ふのだもの、 準備に夜の目も寢なかつた通り是れから其實行にも亦夜の目も寢ぬ程にせねば成らぬ。

尤も伯爵が、自分の極めた目的を果すのに、何れ程の熱心と、何れ程の手際と、 何れほどの智慧を以て居るかは、既に森江家を救つた一條でも分つて居る、 全く千古の智者とも云ふ可き梁谷法師の智慧を悉く相續して居るのだ、 恩を報ゆるに(えら)い樣に、怨みを報ゆるにも矢張り(えら)いだらう、 イヤ恩は淺く、怨みは深い、恩よりも幾倍の手際を以てせねば、其の深い、深い、 終天の怨みに相應するとは云はれぬ。

其れは(さて)置き、 黒奴亞黎(ありー)が借り入れた伯爵の住居(すまゐ)と云ふは巴里中の最も贅澤な場所に數へらるゝエリシー園の添ふた立派な屋敷である、 今辭した野西子爵の邸からは、早い馬車だから十分間とは掛からぬ、 (わづか)に其の十分足らずの間で有ツたけれど、極めて繁華の所を通るのだから、 二十人以上の紳士に逢ツた、(いづ)れの紳士も擦れ違ひ樣皆振向いて、伯爵の馬と車とを見た、 自分等が餘り値段の高いので埀涎しながらも手に入れ得なんだ品だから、 中にも物好にか羨ましさにか一丁も引返して馬車の中なる主人公の顏を(のぞ)いた人さへ有る。

(やが)て屋敷の玄關に着いた、伯爵は直に降りて、續いて降りる春田路に向ひ 「(おれ)の名刺は出來たのか」と問ふた、春田路「ハイ、お差圖の通り、 巴里第一の彫刻師を尋ね、待つて居て、此家の番地まで書入れたのを仕立させ、 最初の一枚が出來るや否や、直に段倉男爵の(やしき)へ置いて參りました、 爾して殘りはお居間の棚へ持つて來て有ります」アヽ伯爵は第一に次郎の野西子爵を()ひ、 次には早段倉の許へも自分の來着を報じて名刺を通じたと見える、 機敏とは此樣な事を云ふのだらう、此向で見れば次郎と段倉とを合せて三尊とも云ふ()き怨敵、 彼の蛭峰の其後の事今の事をも突留て、其人に對する然る可き手筈をも定めて有るに違ひ無い。

次に伯爵は「春田路、公證人は來て居るか」と問ふた、 春田路「ハイ、應接間にお待申して居る筈です」伯爵「では(おれ)を案内せよ」 といぇ、春田路と共に應接の間に入れば、背の低い眞面目な五十格好の問はでも公證人と分る一人が控へて居る、 伯爵は言葉をさへ無駄には捨てぬ「賣買の契約證書が出來て居るなら拜見しませう」 傍に立つ春田路は聊か怪しむ體である。此家ならば既に賣買の手續が濟んで居るのに、 其れとも亦別に家屋でも買入るゝのか知らん、公證人「ハイ出來て居ます」言葉と共に差出した、 伯爵は之を受取つゝ最も何氣無い體を示して春田路に向ひ 「今後買ふ此別莊は何處とかに在ると云ツたな」自分の買ふ家の町所をさへ知らぬのか知らん、 春田路「私は存じません」人の前で驚いた顏などした事の無い公證人も目を剥いて 「エお二人とも御存じが無いのですか」伯爵「知る筈が有ません、 今日の十時半に初めて羅馬から着き、其前に此巴里の土を踏んだ事が無いのですもの」 公證「オヽ巴里へ初めての御出ですか、其れならば御尤もです、 お買取の別莊は『オーチウル』に在るのです」とて地圖樣の物をまで取出した。

何の故だか知らぬけれど「オーチウル」と云ふ地名を聞いて春田路は聊か色を變へた、 多分は何事をか思ひ出したのであらう、伯爵は地圖を(あらた)めつゝ 「オヽ此樣な所ですか、私は田舍の別莊と聞いて、百姓家でも有る附近かと思つたら、 是では矢張り巴里の町續きですね、何だつて春田路、お前は此の町續きに在る家を田舍の別莊などと云つた」 春田路「伯爵、恐縮ですが其れは閣下の思ひ違ひでせう、私は一度も別莊を買ふなどのお差圖を受けた事は無く、 今承はるが初めてゞす」伯爵は忽ち思ひ出した樣に打笑ひ「オヽ爾々、忘れて居た、 此別莊の方はお前に托したのでは無かつた、新聞の廣告に出て居るのを見て書記に言附け、 此公證人の許まで手紙で言込ませたので有つた、廣告には極めて閑靜な別莊と書いて有つたのに」 公證人は今破談せられては手數料が消えて了ふ「イエ、田舍も同樣です、 オーチウルの中でも極靜かな所です、吹上(ふきあげ)小路ですから」 吹上小路の名に春田路は又一入(ひとしほ)驚いた「伯爵閣下、廣告の文面に(いつは)りが有つたのですから、 斷つて好いのです、私が斷りませう」餘ほど吹上小路を恐れると見える 「イヤ、見屆けずに買入れを申込んだが(おれ)粗匆(そさう)だ、 既に證書まで造らせたものを破談にしては、顏にも掛かる、別莊の一つや二つ、 不用の時は番人へ與へても好い、五萬五千圓持つて來て此公證人へ直ぐに支拂へ」 伯爵の命令は一言でも爭ふを許さぬ、又一刻の猶豫をも禁じて有る、春田路は、 眞に詮方(せんかた)なく〜といふ状で嘆息を呑込んで退いた、 公證人の方は安心の息を(ほつ)()いた、後に伯爵は公證人に向ひ 「今までの持主は誰ですか」公證人「米良田伯爵家です」 伯爵「ハテな、聞いた樣な名だけれど思ひ出せぬ」公「ブルボン朝廷の忠臣ともいはれた家筋で、 其一人息女(むすめ)が今より廿幾年前に馬耳塞(まるせーゆ)からニームへ轉任した檢事補櫃嶺といふ方に縁附たのです」 伯爵「何だか聞いた樣でも有る」


更新日:2003/12/29

巖窟王 : 一一四 古い祕密が


米良田伯といひ蛭峰檢事補といふ名は、無論伯爵が初めて聞く名ではないのだ、 今伯爵の買取らうとする其家が、此二人の名に縁が有るとは、偶然だらうか、それとも實は、 此名に縁が有る所を見込んで伯爵が買ふ事に成つたのだらうか。

伯爵の氣質を知る人は決して判斷に苦しまぬ、伯爵の爲す所に、 偶然に出た事柄は一つもない、何から何まで、深く考へ遠く(おもんぱ)かり、 偶然らしく見える樣仕向けた後に實行するのである、 何で伯爵が偶然に蛭峰の關係の有る家を買ふものか、 偶然に買つた家が偶然に蛭峰に關係が有るなどと、 世間の事は爾う旨く行くものではない、幾年と苦心の結果、 今漸く此樣な家も手に入る機會が廻り來たのだ。

唯春田路が痛く此家の在るオーチウルの土地を恐れる容子のあるのは何故だらう、 是も偶然では無いのだらうか、春田路の何者かといふ事が分る時にはそれも自然に分るだらう。

間もなく春田路は、伯爵の命じた通り五萬五千圓の金を幾束の銀行劵で持つて來た、 伯爵は(たゞち)に之を公證人に拂ひ渡し、猶公證人から其の家の番人に宛た差圖書をまで得て、 買取手續を落なく濟せた。

公證人の去つた後に伯爵は、晝夜放さず首に掛けた巾着を出して、 その中から書類を取出して今受取つた家屋の明細書と引き合せ 「アヽ吹上小路廿八番地、是れに間違ひは無い」と獨り滿足げに點首(うなづ)いた。

次に又春田路を呼び、再び馬車の用意を命じて置いて、其間に何やら三通ほどの手紙を書いたが、 其れの終ると共に又呟き「フム、春田路がニームの牢から救ひ出された時、 (おれ)にイヤ暮内法師に白状したのは決して事實の總體では無い、 (わづか)に其一部分だ、併し彼はコルシカ島の人間だけも迷信深く、 其れに又(おれ)(そむ)けば何の樣な目に逢ふかも知れぬと云ふ恐れが有る、今日は必ず白状する、 何でも彼の白状と此方(こつち)の調と少しも相違せぬ事を見屆けた上で無ければ實行に着手する譯に行かぬ、 サア兎も角も是から行かう」

斯う云つて玄關へ出ると、馬車の用意も出來、新に雇ふたと見え馭者も馬丁も揃ふて居る、 伯爵は送つて來た春田路に向ひ「サア其方も同乘するのだ」春田路は當惑氣に 「オーチウルへですか」伯爵「爾うだ吹上小路だ、(おれ)の家風は家扶(かふ)が其樣に主人の差圖を問返すのを許さぬ、 唯だハイと云つて同乘すれば好いのだ」嚴しい言葉に低頭して伯爵と同乘した。

此時は早や日が暮れて馬車は硝燈(らんぷ)を點けて居る、伯爵は途中で先刻書いた三通の手紙を自分で投凾した外は、 馬車の中で殆ど身動きもせぬ程に何事かを考へて居た、(やが)て吹上小路に着くと、 春田路は餘ほど神經に障る事があると見え、聲を震はせ 「吹上小路は何番地へ着けさせますか」伯爵「廿八番地へ」春田路は思はず叫んだ 「エ、エ、廿八番地」伯爵「妙に驚くが、其方は此邊を能く知つて居るのか」 春「能くは知りませんけれど」曖昧に答へたけれど伯爵は推して問詰めもせぬ。

廿八番地とは盡處(はづれ)で有る、殆ど一軒家の形を爲して居る、 (やが)て馬車が着くと伯爵は、猶も震ふて逡巡(しりごみ)する春田路を叱り 「サア、先へ降りて(おれ)に肩を借さぬか」春田路は餘儀無く命に從つて伯爵を扶け卸し、 次に其門の戸を叩いた、中より戸を開いた番人は最早六十に近い老人だ、 伯爵の差出した公證人の書を開き見て「到頭此家が賣れましたか、七年來米良田伯は御自身で此家をお出に成つた事が無く、 買人(かひて)も借手も附きませんから私は唯だ毎日掃除する許りでしたが」 伯爵「オヽ今までの持主が其樣に捨て置かれたのか」番人「ハイ、米良田伯は蛭峰さんへ縁附けた孃樣がお亡なり成さツて以來、 御容子が(すぐ)れませんので、別莊などへは唯の一度も」 伯爵「オヽ成るほど先刻公證人からも此持主の娘御が蛭峰氏へ縁附た樣な噂を聞いたが、 全く其の通りなのか」何だか其れとは無く念を推す容子である、 番人「蛭峰さんは御存じの通り今では大檢事に出世され二度目の奧樣にお子までも出來、 最う先の奧樣の事はお忘れの容子ですけれど、米良田伯の方では忘れる暇は有ません」 と老の繰言(くりごと)を繰返して居る。

氣永く聞終つて伯爵は、春田路を顧み「サア家の中を見やう、提燈を持つて先へ入れ」 春田路は未だ震ひが留まらぬ、「生憎提燈の用意が有ません」 伯爵「馬車の硝燈(らんぷ)を片方(はづ)して持つて行けば、好いでは無いか」 如何とも仕方が無い、春田路は其言葉の通りにして先へ立ツたが、一歩(ひとあし)毎に立留る、 幽靈にでも逢ひはせぬかと恐れる樣な状である、伯爵は此状を見て 「愈々此家に蛭峰の古い祕密が葬られて有るワ」と口の中に呟き、 聲に出しては「サア早く二階へ上ツて見よ」と促した。


更新日:2003/12/29

巖窟王 : 一一五 此梯子は人殺しの


如何にして此家に蛭峰の古い祕密が潛んで居るか、其仔細は分らぬけれど、 伯爵は獨りで合點した容子である、爾して「サア早く二階へ上ツて見よ」と命じた其聲は一方(ひとかた)ならず鋭かツた、 殆ど否やを云ふ餘地の無い程に聞えた。

けれど春田路は躊躇した、伯爵は再び云ふた「何をグズグズして居るのだ」 春田路は止むを得ず二階の階段に近づいたが、迷信の深いコルシカ人の常と見え、 右の手で籤を切る樣な事をし、口に何やらと咒文を唱へ、恐ろしさにに堪へぬ如く總身を震はせて階段を上ツた、 何が此二階の上の恐る可き一物でも有るのだらうか。

一應二階總體を見廻つたが、何も恐る可きものは無い、唯一方の隅の方に、 夜は猶更晝でも陰氣に見え相な寢室が有る、中は何う成つて居るか分らぬが、 此寢室の出入口より少し離れて、下へ降る階段が有る、是れ此世に幾等も類の有る裏梯子なのだ、 伯爵は之に目を留め「ハテ此の裏梯子は何處へ通じて居るのか、 春田路、之を降つて見よ」此一語に春田路は、頭から冷水をでも浴せられたかと疑はれる程に震へ上ツた 「イヽエ伯爵、此梯子は、此梯子は」伯爵「此梯子が何うしたのだ」 春「降りて見ずとも分ツて居ます、(うしろ)の庭へ出る所です」 伯爵は異樣に笑ひ「其方は妙な事を云ふぢや無いか、 (おれ)は何も此梯子が何處へ出られるのか其方の意見を聞くのぢや無い、 降つて見ろと命ずるのだ」春「でも是は」と云つて益々 逡巡(しりごみ)し、 更に前後も知らぬ樣に打叫んで「アヽ、人間業では有りません、丁度貴方が、 此屋敷を買ふ事になるとは、其上、私を連れて此二階に上り、そして此梯子を、 私に降れと仰有る事に成るとは」伯爵は聞かぬ振で「其方が降り得ぬなら、 ドレ(おれ)が一人で行く、其硝燈(らんぷ)此方(こつち)へ寄越せ」 春田路の手から硝燈(らんぷ)を取つた、彼は又絶叫した、眞に必死の聲である 「(いけ)ません、此梯子は人殺しの……」伯爵は皆まで聞かず早や下に降つた、 春田路は最早仕方が無い、前額(ひたひ)に脂汗を流しつゝ、(てすり)(つか)まつて身體の震ふを制し、 漸くに(したが)つて降つた。

下は廊下である、伯爵は直に其戸を開いた、成るほど外は、春田路の云つた通り後庭である 「アヽ其方の言葉に違はぬワ、サア(おれ)と共に庭に來い」春田路は最早楯を突く力も無い。

庭に出ると、空は(ところ)(まだら)に曇り、 月が見えたり隱れたろして居る、春田路は深き息と共に「アヽ丁度此樣な夜で有ツた」と呟いた、 伯爵は少し向ふの方なる樹の影に行き、芝生の小高い所に立ち 「コレ春田路、其方は何か人殺しと云ふ樣な語を吐いたが、(おれ)の買入れた家へ、 其樣に怪痴(けち)を附けるとは不埒では無いか、何が人殺しだ、其仔細を云へ」

春田路は其聲も耳に入らぬ、唯だ恐れに夢中と爲ツた状である、 其言ふ事さへ囈語(うはごと)としか思はれぬ「アレ、アレ、丁度其處です、 彼が今の裏梯子から下り、薄暗い月明りの其子を埋めたのは伯爵の足の下です」 伯爵「其方は何を云ふ、氣でも違つたのでは無いか」 春田路「私が彼の胸に短劍を刺したのも其時です、彼は丁度、 貴方が今立つて居る通りに立つて居ました」伯爵「彼とは全體誰の事だ」 春田路「彼蛭峰です」伯爵「何だ蛭峰、唯だ蛭峰とばかりでは分らぬが」 春田路「其頃馬耳塞(まるせーゆ)からニームに轉任した檢事補蛭峰重輔です」 伯爵「何だ檢事補の蛭峰、其れならば先刻も聞いたが、其人を其方が」 春田路「ハイ、刺しました、刺しました、伯爵、其の私が丁度此處へ廻り來て、 此樣に問はれる事になるとは全く、神か惡魔の差し圖です、 有體(ありてい)に白状して了へと私に命ずるのです、 今まで誰にも眞の顛末を話した事は無く、唯だニーム牢で暮内法師に一部分を話した丈ですが、 餘り廻り合せが恐ろしく成つて來ましたから、茲で貴方に殘らず申上げて了ひます」 伯爵は我事成れりと云ふ滿足の意を隱して、何氣なく「オヽ其れは面白からう、 (おれ)も此家を買つた上は、此家に就ての事柄は殘らず聞かねば成らぬ、 少しも(いつは)りの無い所を話して聞かせ」春田路「ハイ、自分から申上ると云ふ上は、 曲げも隱しも致しません」とて芝生の上に身を卸たは何の樣な事を白状する爲だらう。


更新日:2003/12/29

巖窟王 : 一一六 コルシカ人の仇討


「殘らず申上げて了ひます」とて、茲で伯爵に、 此家の事と自分の事とを白状しやうとして居る家扶(かふ)春田路は自ら云ふた通りコルシカ島の人である、 此島人の氣質は讀む人の(かね)て聞知る所で有らう、樣々の迷信が有ツて、 執念が深く、一旦斯うと思ひ定めた事柄は何事を犧牲にしても果さねば止まぬのである、 既に歐羅巴全州の人幾百萬の命を(おの)が野心の爲に戰場の露と消えさせ、 生涯悔るを知らなかつた拿翁(なぽれおん)其人も此島の産である、 殊に此島の習慣で最も名高いは「ヴエンデタ」として知らるゝ復讎である、仇討である、 コルシカ人の復讎と聞けば、何國(いづこ)の人とても戰慄する。

其れは(さて)置き春田路は説き出した「極々初めから申ますが、 私は自分より廿歳ほど年上の兄の手で育てられた男です、父母には幼い頃に分れましたから兄を父、 兄の妻を母の樣に思ふてゐました、勿論コルシカ島の者ですから熱心な拿翁(なぽれおん)黨の一人で、 兄の方はウオルターの最後の一戰にも從軍しました、其一戰に破れた後です、 拿翁(なぽれおん)は遠い島に流され、兄は行衞も知れぬ事に成ました、 私共は日夜心配してゐますと、或日兄から手紙が參りました、 其の手紙にはポーン、ドガーの尾長屋と云ふ宿屋の二階に潛んでゐるが一錢も金も無く、 殊には拿翁(なぽれおん)黨の落武者と知れゝば反對黨の兵士に甚く虐待せられる恐れも有り、 今は身動きも出來ぬ状だから、何うぞ金子を送ツて暮れと有ました、 けれども其の通りの時ですから手紙では送られませず、餘儀無く私が持つて行きました。

「此の尾長屋と云ふ宿屋は昔から密輸入品を船頭から預かる暗い商賣の宿屋でした、 其主人が刑に處せされ、長く空家と爲つてヲたのを馬塞(まるせーゆ)の毛太郎次と云ふ者が買ひました[、] 私共は海の上で生活するコルシカ人の常で、多少は密輸入に關係した事も有ますから、 勿論其の長尾屋をも毛太郎次をも知つて居ました、 兄が潛伏したのも其樣な縁故の爲でせう、爾して私は遙々(はる〜゛)と尾長屋へ行つて見ますと、 門口に多勢(おほぜい)の人立がして居ます、何事かと群集を掻分けて見ると、 群集の眞中に私の兄が殺され、血に塗れて倒れて居ます。

「仔細を聞くと反對黨の無頼漢に、背後(うしろ)から刺されて、 其の刺した奴は逃去つたと云ふのです、幾等拿翁黨の落武者にもせよ私の兄は兵士です、 大將が敗北しても兵士は場合に依り次の政府から恩賞にも(あづか)るのが今までの常では有りませんか、 其れを反對(あべこべ)に、白晝公然殺されるとは餘り甚い仕方ですから、私は直に其の筋へ訴へ、 犯人を搜索して貰ふ積りでニームの檢事局を馳附けました、 其の時私へ逢つた檢事が馬耳塞(まるせーゆ)から轉任した蛭峰重輔といふ者です。 「伯爵、閣下は未だ蛭峰といふ奴が何れほど邪慳な惡人といふ事を知りますまい、 イヤ彼れ程の惡人を見た事はお有り成さらぬでせう、滑らかな美しい顏をして居て心の底は鬼の樣な、 惡魔の樣な、譬へ樣の無い奴です」伯爵は苦笑ひを催して「オヽ其の樣な惡い奴かなア」 春田路「惡いにもお話しに成りません、何の樣に私が嘆願しても犯人搜索の命を發して呉れぬのです、 彼は反對黨の者を苦しめたり殺したりするのを政府への忠勤だと思つて居ました、 餘り私は腹が立つから白晝公然と人を殺した犯人を、今の政府は搜索する力が無いのですかと問ひました、 彼はイヤ力が無いのでは無いが、コルシカ人は氣狂ひだから、自分で何か殺される樣な事をしたのだらうといひ、 又今は既に國王の政府と爲つてゐるのだから横領者に(くみ)したコルシカ人の爲に力を盡す事は出來ぬと云ひ、 最後には私を(おど)かして、此土地に永居すると只は歸さぬぞ、 (おれ)の叱りを受けぬうちに早く立去れと云ひました、伯爵閣下、 此樣な事をいはれて私は無言(だま)つて居られませうか、餘り悔しくて成らぬから、 此奴(こやつ)を殺すのが兄の仇打だと思ひました、其れだから彼に向ひ、 貴方はコルシカ人のヴエンデタを御存じですかと云ひました、 此の一語を聞き彼は忘れて居た事をでも思ひ出した樣に顏の色を變へましたが、 (やが)てセヽラ笑ひ、コルシカ島では其の樣な事も出來やうが、 此國では爾は行かぬと云ひました、其の時の彼の顏の凄じかつた事は、 畫にも有りません、確に彼は私を捕縛して牢へでも入れる氣に成つたのです、 私は爾と見て、此國でヴエンデタが行はれるか行はれぬか、氣永く御覽なされば分りますと云ひ、 其切り後をも見ずに逃げて了ひました、彼は餘ほど仇打を恐れたと見え、 嚴重に私を搜しましたが、其の手は食ひません、私は人の家の床下や木の(うろ)などに潛みながら、 折さへ有らば(あだ)を討たうと、彼を附け狙ふて居たのです。」


更新日:2003/12/29

巖窟王 : 一一七 其箱を深く埋め


春田路は言葉を續けて「蛭峰も餘ほど私の復讎を恐れたと見えます、 彼は其の後決して單身では外出せぬ樣に成りました、一方には、 私を詮索させつゝ一方には其の樣に用心するとは彼仲々食へぬ奴です、 けれど私は(ひる)みません、此(あだ)(かへ)さねば、コルシカ島へ還つて島人に合せる顏が有りません、 少しでも隙さへ有れば彼を(うかゞ)ひ、彼が偶々(たま〜)外出すれば必ず私は後から()け行つて、 其の行先を見屆ける樣にしました「彼は薄々其の容子を覺り、(とて)も其のまゝニームに居ては私の復讎を免れぬと思ひ、 他の地方へ轉任を請ふたと見えます、間も無く花西(ぱあせーる)の檢事局へ移りました、 勿論私も花西(ぱあせーる)へ移りました。

「此の前後に於て彼を殺す場合が隨分無いでも無かつたのですが、 私は彼を殺す丈では滿足が出來ません、彼を殺して爾して自分の身は逃げ去らねば成りません、 其れだから何うか何人も見ぬ所、何人も救ひなど來ぬ所へ彼を(おび)き寄せ度いと其れのみを苦心しました、 伯爵、天は常に善人に(くみ)します、終に其の時が自然(ひとり)でに來ました。

「或時私は彼を()けて此のオーチウルまで來ましたが、途中で彼の姿を見失ひました、 其の後も、一月に二三度は必ずオーチウルへ來る事を見屆けましたが、 大抵彼が此地へ着くのは夕暮頃でした、何でも是れは祕密の仕事をする爲だらうと思ひ、 愈々此のオーチウルこそ「ヴエンデタ」を果す場所だと思ひ詰めました、其れから必死に氣を附けると、 彼は馬又は馬車で此地のホテルへ着き、爾してホテルの裏口から單身で忍び出るのです、 爾うして彼に行く先は、何うでせう伯爵、私が今此通り話して居る此家です、 其れだから私は貴方が此家をお買入れに成つて茲へ私を連れて來る事に成つたのを、 人間業では無く神の差圖だと申すのです」伯爵は氣を(いら)つ容子で 「其の樣な考へなどは後で聞かう、先事實だけ早く云へ」

春田路「彼は決して此家の表門から入らず、必ず裏門から此庭へ忍び込むのです、 忍び込むと中から十八か九ぐらゐに見える美人が待焦れてゐる樣に彼を縁側まで迎へ、 手を引合つて、今貴方のお下り成さつた裏梯子から二階へ上るのです、其れは私が幾度も見屆けましたのです、 是を見屆けた時の私の喜びは何うでせう、 愈々天が仇討の場所をまで與へて呉れたのだと私は神に感謝し(たゞち)花西(ぱあせーる)から此土地へ移りました。

「爾うして此土地の安宿に身を潛めつる萬に一つの仕損じも無い樣に、 此家の中の逃路なども見極め、且は蛭峰を迎へる彼の美人が何者かと云ふ事までも聞定めましたが、 美人は年が若いが或男爵の後家さんで單に男爵夫人と呼ばれるのです、 其の上の事は誰も知る者は有ませんでした、所が私は或夜此庭の案内を見屆けに來た時に、 その美人が(ゆる)い着物を着て縁側を散歩してゐる所を見て、 確に姙娠(みもち)で其れも早や臨月に近い事を見屆けました、 是は定めし蛭峰の(たね)だらうが、産み落せば二人とも一方(ひとかた)ならず名譽に障らう、 ハテ何の樣に世間を(ごま)かす積か知らんと、此樣な事まで疑ひました、 併し此疑ひの分るのは餘り遠くも無かつたのです。

「數日の後私は此家の下僕(しもべ)が馬に乘り大急ぎで花西(ぱあせーる)へ向けて出て行くのを見屆けました、 是れは(てつ)きり蛭峰を迎へに行くのだから、兼ての本望を逹するのは今夜だと思ひ、 最も鋭利な短劍を用意して此庭に忍んでゐました、すると、夜の八時頃に下僕(しもべ)(ほこり)だらけに成つて歸り、 其れから廿分も經ぬうちに蛭峰が忍んで來ました、彼は(たゞち)(いつ)もの通り二階へ上りましたが、 其の後は此家總體が(ひつ)そりとして、何時彼が歸るのか少しも想像が付きません。

「けでどナニ、朝までゐられる身では無い事が分つて居ますから、何でも今夜、 彼が此家から歸る時が、仇討を行ふ時だと、斯う思つて待つてゐますと、 丁度眞夜中、十二時と云ふ時に彼は片手に鋤を持ち、片手に長さ二尺、 深さ一尺ほども有る箱の樣なものを小脇に挾んで現はれました、 餘り異樣な打扮(いでたち)だから私は呆氣に取られ暫し茫然として見てゐますと、 彼は非常に恐れを帶て居る樣に、四邊(あたり)を見廻しつゝ此庭へ出、丁度伯爵、 今貴方が立つて居る所へ來て穴を掘初めました、オヽ私は思ひ出しても氣持が惡く成ります、 彼は掘つた穴へ其の箱を深く埋め、又其上へ土を掛ました、 爾して其土を踏固め、上に又芝草を置き、少しも掘つた跡の分らぬ樣にして立去らうと致しましたが、 今を過しては私の目的の逹する時は有りません。

「其の前から私は彼の背後に忍び寄ツて居ましたが、コルシカ人の「ヴエンデタ」を思ひ知れといふより早く彼を抱いて、 短劍を胸の(あた)りへ突刺しました、彼は私の言葉を聞いたか聞かぬか、 叫びもせず倒れました、私は流れ出る血に、血迷ふたのか、一時何事をも忘れて彼の死體の傍で躍りましたが、 (やが)て氣が附いて、捨てた鋤を取り、彼の埋めた其の箱を取出しました、 初めから私は此箱に大なる疑ひを起しましたから、後の穴は誰も氣の附かぬ樣に、 元の通りに土を入れて踏固め、草をも植ゑて、其の上、其の箱を持つたまゝ、 兼て手筈を附けて有る潛り戸から此庭を出ました、此時は夜の二時過ぎで有つたでせう、 道行く人も有りませんから直にセイヌ河の(つゝみ)まで行き、 短劍を以て其の箱を開いて見ますと、何うでせう、中から出たのは産まれた許りの赤兒の死體です[。]」


更新日:2003/12/29

巖窟王 : 一一八 美しい男の子


「オヽ産まれた許りの赤兒が」と伯爵は驚き叫び、(たゞち)に語を繼ぎ 「其の箱の中から出たといふのか、勿論最う息は絶へて居たのだらうな」 春田路は其の時の事を思ひ出して痛く神經を刺戟せらる状で有る、 熱心の言葉を持て語り續けた。

「ハイ、勿論呼吸は絶えて居ましたけれど猶だ餘温(ほとぼり)が有りました、 私は直に河へ投込んで了はうかと思ひましたけれど、今其の兒の父を刺殺した手を以て直に其の兒を河へ投込むとは、 幾等死骸にもせよ忍びぬ所が有りました、殊に其の死顏が、 月に照されて笑を浮かべて居る樣にも見え、世にも珍しいほど美しい男の子で有りましたから、 若しや猶だ何處かに命が殘ツては居はせぬかと、私は其の身體中を(あらた)めました、 何處にも傷は有りません確に窒息の手段で殺されたもので有ります、 幸私は戰爭の時病院に使はれた事も有り、多少應急手當は知つて居ますから、 其の肺へ空氣の入る樣に、暫しが間、人工呼吸を施して見ました、 何うでせう其の兒が生還りました。

「生還つたは嬉しいが、實は始末が附きません、人一人殺した身が赤兒を抱いて居られるものでも無し、 是は何うしても育兒院の入口へ捨て置く外無いと思ひました。 幸此オーチウルの盡所(はづれ)に育兒院が有る事を知つてゐましたから、 直に其門まで抱いて行きましたが、イヤ待て、唯捨てゝは他日此兒が成人した時、 果して此兒といふ記しが無い、何か記念になる所は有るまいかと思ひましたが、 眞逆(まさか)に其の兒の身體へ傷を付ける譯にも行きません、 詮方(せんかた)無く其の(くる)まつてゐる衣服を(あらた)めて見ますと、 是じや古い風呂敷の樣な絹の(きれ)です、縱横に縞が有つて、 端の方にHの字とNの字を並べて縫付けて有るので、アア是れが屈強の(しるし)だと思ひ、 其の二字を眞中から横に切裂き、他日繼ぎ合せれば分る樣にし、 其の半片を私が持ち、半片を兒の肌に着けて捨ました」 伯爵「オヽ其れは感心な用心で有つた、其れから」 「ハイ其れから育兒院の入口の石段へ、其の兒を置きました、 育兒院といふものは誠に親切に出來て居るもので、 石段の脇の柱に半鐘が掛かつて居て、兒を捨る者は此半鐘を叩けと掲示して有ります、 直に半鐘を叩きました、確に其中で目を覺した人が有つて起きて來る容