お氣に召すまゝ:目次
坪内逍遙(1859-1935)譯のシェークスピヤ(1564-1616)作「お氣に召すまゝ」です。
底本:昭和九年十月廿五日印刷、昭和九年十一月五日發行の中央公論社、新修シェークスピヤ全集第十九卷。
お氣に召すまゝ
シェークスピヤ 作
坪内逍遙 譯
更新日: 2003/02/16
お氣に召すまゝ:登場人物
登場人物
- 前公爵、フランス國バーガンディーの領主、アーデンの荒林中に謫居す。
- フレデリック、新公爵、兄公爵の所領の簒奪者。
- エーミエンズ,ヂュークヰーズ、謫居中の前公爵に隨侍せる貴族。
- ル・ボー、新公爵の侍臣。
- チャールズ、新公爵の抱へ力士。
- オリワ゛ー、前公爵の老臣たりし故士爵ローランド・ボイスの長男。
- ヂュークヰーズ・ド・ボイス、オリワ゛ーの第一弟
- オーランドー、オリワ゛ーの第二弟。
- アダム、デニス、オリワ゛ーの家僕。
- タッチストーン、新公爵の弄臣(阿呆職ともいふべきもの)。
- 學士・オリワ゛ー・マーテクスト、田舎教師。
- コリン、老いたる牧羊者。
- シルヰ゛ヤス、若き牧羊者。
- ウィリヤム、田舎娘オードリーに戀慕せる田舎青年。
- 婚禮の神ハイメンに扮する人物。
- ロザリンド、前公爵の女、後に男裝してギャニミードと假稱す。
- シーリヤ、新公爵フレデリックの女、後にアリイーナと假稱す。
- フィービー、羊飼ひの女。
- オードリー、田舎娘。
-
其他、貴族ら、侍童ら、侍者ら、獵師ら。
場所
オリワ゛ーの宅、新公爵の館、其他は悉くアーデンの林中。
(Jaquesと稱する人物、本篇中に、二人出づ。前公爵に侍せる貴族の方はヂュークヰーズと發音するを正當とすれど、
オリワ゛ー第一弟としての同名者は、或ひはヂャック、或ひはヂュークヰーズ、或ひはヂューク、
或ひはヂュークスと發音す。但し、二人物とも同じ呼び名となしおく方寧ろ穩當なるべし。)
更新日: 2003/02/16
お氣に召すまゝ:第一幕 第一場
第一幕
第一場 オリワ゛ーの家の庭内。
-
オリワ゛ーの末弟オーランドーと老僕アダムが出る。
- オーラ
- アダム、おれの記えてるところぢゃャ、斯ういふ風なんだ……親爺は、遺言して、
おれにはたった一千クラウンだけを遺して、さうして、あの兄貴に、(おのしがいふ通り)、
祝福してやる代りに、おれを大事に掛けて育てろ、とさういった。
それがおれの不幸のはじまりだ。仲の兄のヂュークヰーズは學校へ遣って貰ってゝ、
さうして立派な成績を得てゐるといふ噂だのに、おれは、宅で、土百姓扱ひにされてゐる。
いゝや、むしろ家畜竝に小屋の中へ押込められてゐるといったはうが當然だ。
だって、これがおれの身分相應といへるかい、牡牛同然の扱ひを受けてゐるのが?
兄貴の乘る馬のはうが優だ。奴らは足らふく食はして貰って滑々してやがるばかりか、
藝までも爲込まれてる、そのために高い給料を拂って、調馬師まで傭ってある。けれども現在の弟のおれは、
何の恩惠も受けない、只身體が大きくなるばかりだ。それだけの恩惠なら、
掃溜を漁ってゐる宅のどの家畜だって受けてゐらァ。
兄貴はおれに何もくれないばかりぢゃァない、自然がおれに附與した或物さへも、
おれから奪ッちまふやうな優待をしてゐる。三度の食事も作男共と一しょにさせて、
まるで弟扱ひにはしないやうにして、育て方で以て、出來るだけ、おれを下品にしよう〜としてゐる。
アダム、これがおれの忍耐の出來ない所以だ。お父さんの精神を受けついでゐるおれだ、
いつまでこんな卑屈を忍從してゐるものか?もう忍耐が出來ない。 けれども、どうしていゝかは分らない。
- アダム
- あそこへ旦那さまが……お兄樣が……お見えになりました。
- オーラ
- アダム、あッちへ離れてゐて、聞いてゐて見な、どんなに兄貴がおれを侮辱するかを。
アダム退る。オリワ゛ーが出る。
- オリ
- おい〜!こゝで何をしてゐなさるんだ?
- オーラ
- なんにもしちゃゐません。何一つ製へることも教へられちゃゐないんですもの。
- オリ
- ぢゃ何をぶちこはしてゐるんだ?
- オーラ
- へッ、神さまが折角お製作になった慘めな弟一疋を、あなたのお手傳ひをして、
ぶちこはして、懶惰者にしようとしてゐるのです。
- オリ
- 何を馬鹿な!すッこんでて、もっと眞面目に働きなさい。
- オーラ
- わたしは豚の番人をして、奴らと一しょに、籾殼を食はんけりゃならんのですか?
わたしはどんな駄々羅使ひをして財産を亡くしたのでせう、こんな素寒貧になるてのは?
- オリ
- おい、こゝは何處だといふことを知ってますか?
- オーラ
- 然々、知ってますとも。あなたの宅の庭です。
- オリ
- だれの前にゐるのだか、知ってますか?
- オーラ
- 然、わたしの前にゐる人がわたしを知ってゐるよりも知ってゐます。
あなたはわたしの一番上の兄さんです。あなたが紳士なら、わたしを弟だと御存じでなくちゃならん筈です。
あなたは惣領だから、世間の習慣からいふと、わたしよりも長者です。
けれども其同じ習慣が、飽くまでも、わたしをあなたの同胞にします、
よしんばわたしが二十番目の末ッ子であらうと何であらうと。
わたしもあなたも同樣にお父さんの子です、あなたは先きへ生れたから、お父さんに幾らか縁が近いと言や近いけれど。
- オリ
- 何だと、二才めが!
と憤激して撲たうとするを、たやすく突放しつゝ
- オーラ
- だめだよ、兄さん、わたしに叶ふもんですか?
と又かゝって來るのを取りひしいで、忽ち喉元を掴む。
- オリ
- (もがきながら)手向ひするのか、惡黨!
- オーラ
- 奴隸ぢゃありません。わたしは士爵ローランド・ド・ボイスの三男です。
ボイスがわたしの父です。ボイスともある人が奴隸を生んだとふ其男こそ惡黨です。
あなたが兄さんでなけりゃ、此手でさういふことをいふ其舌の根を引ッこ拔いてしまふまでは、
わたしは此手を此喉から離さないだらう。さういふことをいふのは、自分を自分で惡口してるんだ。
アダム見かねて割って入る。
- アダム
- お二人さま、まァ〜、まァ〜!お父さまの事を思し召して、お仲なほりをなさいませ。
- オリ
- (もがきつゝ)離せ、これ。
- オーラ
- 氣が向くまでは離さない。よきお聽きなさい。お父さんは、遺言状で、 わたしを十分に教育しろとあなたにお命じになったのに、
あなたはわたしを土百姓同樣に育てゝ、紳士らしい修養は、 てんで與へないやうに、見せもしないやうになすった。
お父さんから受けついだ精神が成長して來た以上、
もう忍耐しちゃゐませんぞ。え、紳士の稽古事を、これから、させて下さるか?
で無けりゃ、お父さんが遺言状でわたしに遺して下すったあのほんの少しばかりの財産を分けて下さるか?
え?さうすりゃ、あれで以て、わたしは自分の運命を買ひます。
と兄を突放す。
- オリ
- で、どうしようといふのだ?乞食をするか、それが失くなったら? ぢゃ、ま、家へお入り。おれは最早お前の世話なんかしない。
幾らか其文句通りにしてやらうよ。往ッちまってくれ。
- オーラ
- こッちの權利を主張する以上にあなたを苦しめる必要はないのです。
- オリ
- (アダムに)ぼけ犬め、汝も一しょに出て行け。
- アダム
- 御襃美は「ぼけ犬」でございますか?いかさま、長の御奉公で齒が脱けてしまった。
あゝ、大旦那さま、どうぞ御安樂に!大旦那さまなら、こんなことはおっしゃるまい。
オーランドーとアダムと入る。
- オリ
- (見送って)え、それまでに?増長しやァがって!今に此無禮を懲してくれる。
あの一千クラウンはくれてやりゃしないぞ。……こら、デニス!
と奧に向って呼ぶ。家僕デニスが出る。
- デニ
- お呼びでござおましたか?
- オリ
- 公爵のお抱へ力士のチャールズがおれに會ひたいといって來なかったか?
- デニ
- へい、もうお出でになってます。是非お目にかゝりたいといってをられます。
- オリ
- こゝへ呼べ。(デニス入る。オリワ゛ーぢッと考へ込んで)さうだ、これが妙法だらうて。 明日の相撲を……
力士チャールズがでる。
- チャー
- お早うございます。
- オリ
- や、チャールズさん、新御殿に何か新聞はありませんか?
- チャー
- どういふ新聞も御殿にはございません、舊聞ばかりです。
例の前公爵が御舎弟の新公爵さまにお國をお奪られなすって、今は亡命者になってお出でなされるといふことや、
三四人の貴族さんが其後を追って、我れと追放人になられ、 其所領地や歳入は悉く新公爵さまのお寶になッちまったといふことや、隨って、
亡命者の殖えるのを、わざと放任しておゝきになさるといふことぐらゐのものです。
- オリ
- 前公爵の姫さんのロザリンドさんは、どうしました、お父さんと一しょに御追放ですか?
- チャー
- いや〜。あの方のお從姉妹の新公爵さまのお姫さんが、搖籃の頃から御一しょにお育ちになすったんで、
あの方が大好きで、あの方が御追放になるなら從いて行きなさらうといふんです、
別れて一人ッきりになるくらいなら、死んぢまふとおっしゃるんです。で、あのお方は御殿にお留まりです。
さうして叔父御さまのお殿さまも、お姫さまに負けず、あの方を可愛がっておいでゝす。
- オリ
- 前公爵は何處へ御坐らっしゃらうといふのだらう?
- チャー
- もう既に、アーデンの杜へお着きで、あそこにお棲まひだとかいひます。さうして陽氣な手合が大勢御一しょにゐて、
昔のイギリスのロビン・フッド同樣の生活をしておいでだとかいひます。 それから、毎日のやうに、陸續とわかい紳士共が參加して、
まるで黄金時代よろしくといふ風に、苦勞知らずに、月日を飛ばせておいでなさるとかいひます。
- オリ
- え、君は、明日新公爵のお前で、相撲を取るのですか?
- チャー
- はい、さやうです。それで、一寸お知らせに來たのです。内々うけたまはる所によると、
御舎弟のオーランドーさんが、變妙で以て、わたしと勝負をしようとしてござるといふことですが、
明日は、わたしも名譽のために取るんですからね、手や足をおッぺしょられるのをまぬかれようてには、
よっぽど骨が折れませうです。御舎弟はまだ若くもあり、羸弱でもある。
あんたの事を思ふから、負かしたくないですけれども、自分の名が大事だから、やって來なさりゃ、
負かさないわけにもいかん。だから、あんたを思ふから、お知らせに來たんです。
其思ひ立ちをやめさせなさるがいゝ。でなきゃ、どんな恥を掻きなさらうと忍耐へて下さい。
自身で求めてさっしゃるこんで、わしの好き好んでするこッちゃァないから。
- オリ
- チャールズさん、ありがたう、其御深切は、きッと今に十分にお報いしますよ。
わたしも弟の其思ひ立の事は聞いたから、どうかして止させようと、間接にはいろ〜骨折って見たんだが、聽かない。
チャールズさん、實際、あの野郎はフランスで第一等といふ剛情者なんです、野心滿々で、
能ある者といへば、だれでも嫉む、現在の兄のわたしに對してすらも内々わるだくみをしてゐる。
だから、存分になさいよ。君があいつの指をへし折らうと、頸ッ骨をへし折らうと、
わたしはかまはない。で、よく考へてなさい。生中些ばかし恥をかいたり、
又は十二分の名譽を得なかったりすると、奴は君に毒藥を飮ませかねないよ。
何等かの奸計で君をおとしいれかねないよ。何等かの手段で君の命を取ッちまはないぢゃおかない奴だよ。
といふのは、……殆ど涙ながらにいふのだが……實際、あんな惡青年は、又と今、ありゃァしないからね。
兄の口から庇っていってさうなんだ。若し有りのまゝをさらけ出すことゝなりゃ、
此顏を眞赤にもして泣き出さなけりゃならん、さうすりゃ君は愕いて蒼褪ッちまふくらいのもんだ。
- チャー
- あゝ、お訪ねして、うけたまはってよかった。奴が明日やって來たら、思ひ知らせてやりませう。
奴が二度と一人立で歩くやうだったら、わたしはもう晴れの勝負はしませんや。 ぢゃ御機嫌よろしう!
- オリ
- 御機嫌よう。(チャールズ入る。)さ、あのあばれ小僧めを煽てゝ出してやらう。
多分、これであいつを押片附けることが出來るだらう。實に、何故だか知らんが、おれはあいつが憎い、
あいつ程癪に障る奴はいない。けれどもあいつは品がある、學校へも入れず、學問もさせないけれども、
氣立が高尚で、人を魅する徳があって、世間一般からおそろしく可愛がられてゐる。
で、おれは有れども無きが如くだ。が、それも最早長いことぢゃあるまい。
あの相撲取が竒麗に始末してくれさうだ。つまり、あの小僧をおだてゝ出掛けさせりゃいゝのだ。 どれ、とりかゝらう。
入る。
更新日: 2003/02/16
お氣に召すまゝ:第一幕 第二場
第一幕
第二場 新公爵の館の前の芝地
-
新公爵フレデリックの女シーリヤ姫と前公爵の女ロザリンドが出る。
- シーリ
- よう、ロザリンドさん、ねえ、陽氣におなりなさいね。
- ロザ
- シーリヤさま、わたし、これでも、出來る以上に快濶にしてゐる積りですの。
それだのに、もっと陽氣になれとおっしゃるの?追放の父を忘れる法を教へて下さいません以上、
どんな非常な愉快なことをでも、あなたがわたしに記憶させることは出來ませんのよ。
- シーリ
- それで分るわ、あなたは、わたしがあなたを思ふほどにわたしを思ってくれないのが。わたしは、
若しかあなたのお父さまの叔父さまがあなたの叔父さんのわたしの父さまの公爵を逐ひ出しなすったとしてもよ、
あなたがわたしと一しょにさへゐて下されば、わたしは、あなたの爲に、あなたのお父さまを、
どうにかして、自分のお父さまだと思ふやうにしてよ。あなたもさうしてくれさうなものだわ、
若しあなたに、眞實わたしがあなたを思ふ通りに、わたしを思ってくれる心があれば。
- ロザ
- ぢゃ、自分の今の境遇を忘れて、あなたの身になって、愉快にしませう。
- シーリ
- わたしの父は、わたしの外には、子供がありません、此後もありますまい。
だから、父が亡くなれば、あなたが此國の後嗣になるのよ。だって、 父があなたのお父さまから無理に奪った領地は、
わたしは大事のあなたへ悉皆お返し爲ようと思ひますもの。
えゝ、誓ってお返し爲ます。若し此誓ひを破ったら、わたしを化物にでも變らせて下さい。
ですから、ロザリンドさん、陽氣になさいね。
- ロザ
- ぢゃ、これからは陽氣にしませう、さうしていろんな面白い遊びを工夫しませう。
……かうッと。男の人を戀して見ることは、どう?
- シーリ
- いゝでせうよ、戲譃になら。 けれども眞面目に男の人に戀をするのはお止しなさいね。
戲譃するにしても、いざといふ場合に赤い顏をしないで、
安全に退却の出來る程度でおしなさいね。
- ロザ
- ぢゃ、どういふ遊びをしませう?
- シーリ
- 平氣で肅と坐ってゝ、あの運命の車の輪を氣隨者のおせっかい女神を馬鹿にしてやらうぢゃありませんか?
あいつが鼻ァ明かされて、これからは一切平等に、 幸と不幸とを分配致しますといふやうにするために。
- ロザ
- 出來るものなら、さうしたいわ、あの女神の恩惠は、あんまり見當ちがひですから。
澤山にくれるのもいゝけれど、とりわけ、女には見さかひなしにくれるんですもの。
- シーリ
- ほんとにさうよ。運命のお庇で美しく生れ附いた人は、きッと不貞節な人よ。
さうして貞節に生れ附いた人は、きッと不噐量な人よ。
- ロザ
- あら、あなたは運命の爲事と自然のそれとを混同なすってよ。
運命の領分は世の中に出てからの幸不幸だけですの。自然の生れ附きは別なの。
公爵家に仕へてゐる「弄臣」(阿呆職)タッチストーン、
手に自分のと同型の斑色の竒妙な服裝をさせた偶人の胸像を其頭飾りにした一尺棒を持ち、
鈴の幾つも附けてある妙な帽子をかぶって出る。(これは道外方の勤める役である。)
- シーリ
- 別なの?だって、自然が人を美しく生み附けたからッて、 運命の所爲で火傷なんかして見ッともなくなることがあるぢゃないの?
よしんば、自然が、運命を嘲弄する怜悧らしい辯才をわたしたちに生み附けておいてくれたからッて、
(といひつゝタッチストーンの方を見て)運命めが其怜悧らしい辯舌を中止させるように、
あゝいふ阿呆をよこしたんぢゃなくッて?
- ロザ
- (同じくタッチストーンを見つゝ)なるほどね、こりゃ自然のはうが負けましたわ。
運命が自然の製作へた白癡を使って、同じく自然の製作へた頓智の邪魔をさせるんですから。
- シーリ
- 事によると、これは運命のせゐではなく、自然のせゐでせうよ。
自然がわたしたちの持前の鈍い頓智だけで運命を論じるのは無理だと思って、 あの白癡を砥石代りに送ってくれたのかも知れません。
「人の愚かを砥石に、我が智慧を研げ」とやらいひますもの。……
(フールに)どうしたえ、お怜悧さん!どこをうろついてるのさ?
- タッチ
- お姫さま、お父さんのお前へいらっしゃらねばなりませんよ。
- シーリ
- お使ひをうけたまはって來たの?
- タッチ
- (物體ぶって)いゝえ、手前名譽に懸けまして、決してさやうではございません。
けれども、あなたをお呼び申して來いと仰せつかって來たのでございます。
- ロザ
- 阿呆さん、お前さんどこでそんな誓言を習って來たの?
- タッチ
- さる勳爵士の方から習ひました。右の勳爵士さんは、嘗て、其名譽に懸けて、誓言されました、
此玉子煎餠はたしかに旨い、此芥子はたしかにまづいと。が、手前は飽迄も主張します、
其玉子煎餠こそまづかったのです、其芥子こそ旨かったのです。 と申したものゝ、其勳爵士の誓言が僞誓でもないので。
- シーリ
- どうしてさうなの?博識屋さん、その證明が出來て?
- ロザ
- さ、しっかり智慧を働かせて御覽。
- タッチ
- お二人とも、さ、立ってお進みなさい。頤を撫でて、其お髭を誓言に懸けて、手前をば「わる者だぞ」と御誓言なさい。
- シーリ
- (笑ひながら)もしわたしに髭ヶ有ったら、其髭によって誓言します、お前はわる者だ。
- タッチ
- 若し手前がわる者であったら、其わる者たることによって誓言します、いかさま、果してわる者であったら、
わる者でもありませう。けれどもあなたは、もと〜在りもしないもので誓言なすったんだから、
それは頭で誓言になっちゃゐませんや。それと同じに、
今お話した勳爵士も、もと〜持ってもゐない癖に、名譽を懸けて、といったんだから、
間違っても僞誓にゃなりませんや。大將或ひは昔は持ってたかも知れないが、玉子煎餠や芥子にぶッつかる以前に、
とうに誓ひなくしてしまってゐたんでさ。
- シーリ
- ねえ、だれの事をいふの?
- タッチ
- お父さまフレデリックさまのお氣に入りのさる人の事で。
- シーリ
- お父さまのお氣に入ってゐりゃそれで十分の名譽ぢゃないの?
もうなんにもおいひでない。そんな蔭言をいふと、今に酷い目に逢ひますぞ。
- タッチ
- なさけないこッた、怜悧な連中が阿呆盡すのを怜悧に批評することさへも阿呆にゃ許されないのか?
- シーリ
- ほんとに、いまいことをいふねえ。たまに言ふ阿呆の知言をさへ、言はせないやうにしてからといふものは、
智者のたまさかの阿呆らしい行ひが尚ほと目に立つやうになった。……あそこへル・ボーさんが來ました。
- ロザ
- きッと又、いろんな新聞を口一ぱいにして持って來たのでせう。
- シーリ
- さうして、鳩が雛に物を食べさすやうに、それをわたしたちの耳へ押込まうとするんでせう。
- ロザ
- さうしたら、嘸、新聞でお腹が一ぱいになるでせう。
- シーリ
- 食べ肥ったら、賣物には妙でせうよ。
公爵の侍臣ル・ボーが出る。氣取って物を言ふ男なので、姫たちに嘲弄されるのである。
ル・ボーさん、今日は。何か珍らしいことが有りまして?
- ルボー
- お姫さま、惜しいことに、お見落しになりましたよ、大變に結構なお見物を。
- シーリ
- (わざと聞きちがへて)編み物、絹の?毛絲の?
- ルボー
- 何とおっしゃいます、はて、どうお答へいたしませうやら?
- ロザ
- お智慧次第、御運次第によ。
- タッチ
- でなければ、宿命の命ずるまゝにね。
- シーリ
- うまいわね、だけど鏝細工といふ警句よ。
- タッチ
- (ルボーの身振で)いや、若し手前が品位を保ちませんやうですと……
- ロザ
- 持前の臭みがふいになってしまふのね。
(品位の言語はrankで、臭氣といふ意味がある。ロザリンドは其意味に取って飜弄するのである。)
- ルボー
- (呆れて)どうも驚き入りましたなァ。手前は、
面白いお相撲のありましたのをお見落しになったといふことをお知らせ申しに參ったのでしたのに。
- ロザ
- では、せめて其模樣をお話しなさいな。
- ルボー
- ぢゃ、其發端をお話しますから、もしかお氣に召したら其後段を御覽遊ばすがよろしい。
最も面白い勝負はこれからでございますから。しかも、今に、こゝへ參って致しますのですから。
- シーリ
- ぢゃ、其、もう濟んぢまった發端といふのを。
- ルボー
- さて、まづ、一人の老人と三人の息子がございまして……
- シーリ
- まるで、話し出しは昔話のやうね。
- ルボー
- 骨骼の逞しい、風采の立派な、其三人の者が……
- ロザ
- 頸から廣告札をぶらさげて「右の通り普く布逹せしめ候ふものなり」ッ。
- ルボー
- さて、其三人の中の最年長者が公爵お抱への力士チャールズと相撲ひましたが、
チャールズは忽ち其男を抛げ倒して、其肋骨を三枚まで折りました。存命は先づ覺束なさゝうです。
二番目の男も同樣でした。又、三番目も。三人とも倒れたまゝでゐます。
憫然さうに、其父の老人は手負の倅共に縋り附いて、情けない聲で歎いてゐますので、
傍らの者一同が一しょになって泣いてゐます。
- ロザ
- まァ、憫然さうに!
- タッチ
- ルボーさま、お姫さまたちのお見落しのお見物てのはそれですか?
- ルボー
- さうとも、無論。
- タッチ
- なるほど、人間はだん〜怜悧になるんだなァ。
肋ッ骨をおッぺしょるのがお姫さんたちのいゝ見物だてのは、おれ今日はじめて知った。
- シーリ
- わたしもよ、ほんとに。
- ロザ
- でも、まだ外に希望者がありますの?そんな骨を叩き折るやうな音樂をまだ外に經驗したがる者がありますの?
シーリヤさま、わたしたちそんな野蠻なものを見ませうかしら?
- ルボー
- こゝにおいでになる以上、いやでもそれを御覽になるわけです。
こゝで勝負する筈になってゐますから。もう其準備をしてゐます。
- シーリ
- (一方を見て)きッと、あそこへ來たのがそれです。ぢゃ、こゝにゐて見ませう。
喇叭の音。新公爵フレデリック、貴族ら、つゞいてオーランドー、チャールズ及び侍者ら出る。
- 新公
- さ、はじめい。いくら諭しても聽かんのだから、どういふことがあらうと、それは彼れの向う見ずの自ら招くところだ。
- ロザ
- (ルボーに)あの男がその人ですの?
- ルボー
- はい、あの男です。
- シーリ
- まァ、まだ若いわ!けれども勝ちさうだわ。
- 新公
- (二女を見て)おゝ、阿女と姪か!そッと來てゐて相撲を見ようといふのか?
- ロザ
- はい、お許し下さいますならば。
- 新公
- 面白くなからうぜ、多分。相手が不釣合すぎるから。氣の毒なので、
あの青年をいろ〜と説諭して止めさせようとしたが、聽かん。お前たちから改めて説得して見たらよからう。
- シーリ
- ルボーさん、あの人をこゝへ呼んで下さい。
- 新公
- それがいゝ。わしは席を避けよう。
と席を離れる。
- ルボー
- (オーランドーらの方へ)相撲の勝負を望まれる御仁、お姫樣がたのお召しですぞ。
- オーラ
- 謹んで仰せをうけたまはります。(とシーリヤ)とロザリンドとの前へ進む。)
- ロザ
- 若いお人、お前さんは力士のチャールズに立合を挑んだのですか?
- オーラ
- いゝえ、さうぢゃありません。 チャールズが一般の人に立合を挑むんです。で、わたくしも、他の手合と一しょに、
あの男と力くらべをして見ようと思ったのです。
- シーリヤ
- 若い人、お前さんはまだ若いのに大膽すぎます。あの男の大力の爲に酷い目に逢った人たちをば見ましたらう。
それを目でも覩、分別でも知っておいでなら、かういふ不釣合な立合は危險だと用心なさるのが當然です。
ねえ、御自分のためです、身の安全といふことを考へて、此立合はお止めなさい。
- ロザ
- ねえ、さうなさいよ。さうしたからとて、お名前にさはることはありません。
わたしたちが此相撲の中止を公爵さまに願ったことにしますから。
- オーラ
- お姫さまがたの折角のお言葉に背くのは寔に相濟みませんが、どうか、
憎い奴だとお思ひ遊ばさないで下さい。どうか、その美しい、やさしいお目でわたくしを後援なすって、
勝負させて見て下さいまし。負けたところが、不幸者が、
たかゞか一人恥辱を蒙るに過ぎないのです。殺されたところが、いっそ死にたいと願ってゐた者が、
只一人死ぬに止まるのです。朋友に迷惑を懸けることもありません、
泣いてくれる友だちとてもないのですから。世間の損害にもなりません、てんで無財産なんですから。
只此世の中に生きてゐるといふだけの男ですから、居なくなりゃ、其穴ぐらゐは、 すぐ優な人間で埋ります。
- ロザ
- わたしは非力だけれども、此力なりと、お前さんに與げたいわ。
- シーリ
- わたしのもよ、此方のゝ足しに。
- ロザ
- ぢゃ、お大事に。どうかわたしの豫想してゐるやうでないやうに!
- シーリ
- どうぞ思ふ存分お勝ちなさるやうに!
二女退る。
- チャー
- さ、さ、地面へねんねこせいをしたがってる若い豪傑は何處にゐるんだ?
- オーラ
- こゝにゐます。けれどもねんねこはしません、もっと行儀よく立合ふ積りです。
- 新公
- 只一番だけだぞ。
- チャー
- (皮肉に)いゝえ、大丈夫でございます。初めの手合せをすら止めろと懇々お諭しになりましたくらゐですもの、
二度目をお命じにならうやうはございませんよ。
- オーラ
- へッ、後で嘲弄が出來るなら、先きにはない筈だがな。が、まァ、お出でなさい。
喇叭を吹き鳴らす。
- ロザ
- (氣を揉んで)ハーキュリーズさま、どうぞ、あの人を守って下さい!
- シーリ
- 人の目に見えないやうになれるものなら、あの強い男の脚をすくひたいわ。
二人相撲ふ。
- ロザ
- おゝ、ま、偉いこと、あの若い人は!
- シーリ
- 電光が此目から出るものなら、どッちか負けるかは定ってるのだけれど。
チャールズが抛げられる。喝采。
- 新公
- もうよし〜。
- オーラ
- いゝや、まだいけません。まだ全力を盡しちゃゐません。
- 新公
- (席を離れてチャールズに)チャールズ、どうした?
- ルボー
- 物をいひ得ません。
- 新公
- あッちへ連れてゆけ。……青年、汝の名は何といふ?
- オーラ
- オーランドーといひます。士爵ローランド・ド・ボイスの三男です。
- 新公
- だれか他の者の子であったらよかったになう。汝の父は、世人に敬愛せられてゐたが、
おれには始終仇敵であった。けふの働きも、若し汝が他の血統の者であったら、
滿足にも思ったらうが。さよなら。中々勇敢な青年だ。あゝ、他の者の子であるといってくれたらなァ!
公爵、從者ら、ルボー入る。
- シーリ
- (ロザリンドに)わたしが父でしたら、あんなことはいはないでせうに。
- オーラ
- (獨白的に)士爵ローランドの三男だと名宣り得るのをこそ名譽だと誇ってゐるんだ。
フレデリック公爵の後嗣にするからといったって、此名譽を捨てるものか!
- ロザ
- (シーリヤに)わたしの父は士爵ローランドを自身の靈魂のやうに愛してゐました。
さうして世人一同も父と同感でした。あの若い人をあの方の息子さんだと知ってゐたら、わたし泣いてまでも止めて、
先刻のやうな冐險はさせなかったでせう。
- シーリ
- ロザリンドさん、ねえ、あの人に謝びませうよ、さうして元氣を附けてやりませうよ。
父の意固地な氣質が情けなくッてならないわ。……(オーランドーに)ねえ、今のお手柄は、
みんなの豫想してゐた以上でありましたことよ。若しあなたが夫としても、此通り、
人の豫想以上に深切でお在りのやうなら、つれそふ人は定めし幸福でありませう。
- ロザ
- あなた(と頸の掛けてゐた金鎖を脱して、恰も其前に跪くオーランドーに渡しつゝ)
どうぞこれを身に附けて下さい、若しもわたしが運命の神に見離されて事を缺く身の上でなかったら、
もっと何かあげたいのですけれど。……(シーリヤに)さ、いらっしゃいな。
- シーリ
- 諾。……(オーランドーに)さやうなら、お若い方。
二人行きかける。
- オーラ
- (ぼんやり見送りつゝ)有りがたうとさへ言へないのか?勇氣も分別もみんな抛げ出されてしまった!
こゝに立ってゐるのは木偶の棒だ、生命のない只の棒片だ。
- ロザ
- (此獨り言を聞きちがへたらしく、見返って)呼んでゐるわ。……(獨白的に)おちぶれたので、
わたし見識までなくしたのか知ら?……何の用だか聽いて見よう。(戻って來て)お呼びでしたの?……
ねえ、ほんとにお手柄でしたことね、抛げられたのは、あなたを憎がってゐる者ばかしぢゃなくってよ。
- シーリ
- (戻って來て)よ、いらっしゃいな。
- ロザ
- はい〜。……(オーランドーに)さやうなら。
ロザリンドとシーリヤは入る。
- オーラ
- (恍惚と見送って)どうしたのか?くゎっとして、それで以て舌が重くなってしまった!
物がいへない。お姫さんは何か話がして見たさうであったけれども。
おゝ、意氣地なしのオーランドー。汝は抛げられたんだぞ、チャールズにだか、 もっとずっと弱い或人にだか知らんが。
ルボー出る。
- ルボー
- もし〜、好意上、君に忠告します、早くこゝをお立退きなさい。
君の今日の手柄は十分賞讚され、喝采され、愛顧されて當然なのだが、公爵は、
君のしたことを妙な風に誤解しておいでなさる。一體お氣むづかしい御性質なのだ。
どう、おむづかしいかといふことは、そこは一寸いひかねるから、 ま、よろしく想像しておいて下さい。
- オーラ
- ありがたう。時に、少々うけたまはりたいことがあります。 先刻こゝにおいでになってゐたお姫さんお二人のうちの、
どちらが新公爵のお子さんですか?
- ルボー
- どちらも新公爵のお子ぢゃァない、氣立からいふと。が、實際、お小さいはうのがお子さんです。
もう一人の方は前公爵のお子さんですが、お國を押領なすった叔父御さんに引留められて、 そのお姫さんのお相手役をなすってゞす。
お二人の仲のよさは肉親のお姉妹以上です。とこrが、最近になって、
公爵はあの柔和な姪御をお憎がりはじめなすった。其理由はといふと、
民衆が前公爵を思ふ餘りに、あのお姫さんを氣の毒がり、 しきりに其淑徳をほめたてるからといふに外ならんのです。きッと、今に、
あのお姫さんの難儀になるやうなことが突然持ち上るでせうよ。……ぢゃ、御機嫌よう。
此後、世の中がよくなるやうなことがあったら、改めて御懇親を結ぶことにしませう。
- オーラ
- 御深切の段決して忘却しません。御機嫌よう。
ルボー入る。
烟から潛り出て火の中へ戻るのか?暴虐な公爵のところから、暴虐な兄貴のとこへ歸って往かんけりゃならん。
……だが、あのロザリンドさんの氣高さ!
更新日: 2003/02/16
お氣に召すまゝ:第一幕 第三場
第一幕
第三場 同じく館の一室
-
シーリヤとロザリンドが出る。
- シーリ
- まァ!どうしたの、ロザリンドさん!キューピッドさん、どうかしてあげて下さいね! ……え、口をきかない?
- ロザ
- むだ口はきゝません。
- シーリ
- 成程、むだ口はおきゝでないでせう、けれどもわたしには口をきいて下さいね。
よ、飽滿して、頭が逆上となるほど聽かせて下さいな。
- ロザ
- そんなことをすりゃ、從姉妹が、二人とも病人になッちまひますわ。
一人は用の口で逆上上ッちまふでせう、 さうして一人は、既うとうに逆上ッちまってるのですから。
- シーリ
- どうしてゞす?あんたのお父さまのことを思って?
- ロザ
- いゝえ、幾らかはわたしの子のお父さんのことを思ってゞす。……
おゝ、ま、何といふ辛い、刺々した憂き世でせう!
- シーリ
- なんの、此位は祭禮の惡戲よ、子供たちが抛げ附ける栗の毬ですのよ。
一寸でも脇道へ蹈み込めば、すぐ袴にさういふものが搦みつくのは定りよ。
- ロザ
- 著物にくッついたのは拂ひ落すことも出來ますけれど、わたしのは、心に、栗の毬が搦みついてゐますの。
- シーリ
- 一つエヘンと咳をしたらどう?飛び出してしまひさうなのね。
- ロザ
- でも、堰けば堰くほど募るといひますわ。
- シーリ
- よう、そんな心持なんか、思ひ切って抛げ出しておしまひなさいよ。
- ロザ
- だって、抛げ出さうとしても、それがずっとわたしよりも強いのですもの!
- シーリ
- おゝ、隨分お大事に!其うちには、きッとそのお相撲にお勝ちの時も來ませう。
……それはさうと、戲談は止して、眞面目なお話をしませうよ。
ねえ、ほんとに、どうしてさう急に好きになっておしまひなの、あの士爵ローランドの末ッ子さんをさ?
- ロザ
- 父があの人のお父さんを深愛してゐましたもの。
- シーリ
- だから、あなたが其息子さんを深愛するといふ理窟が立ったんですの?
そんな風にいへるものなら、わたしはあの人を憎まなけりゃならんわ、 わたしの父さまがあの人のお父さんを憎んだんですもの。
けれどもわたしオーランドーさんを憎まないわ。
- ロザ
- どうぞ憎まないで下さい、わたしのために。
- シーリ
- 憎まれなからうぢゃなくって?さういふ人柄ぢゃなくって?
- ロザ
- ですからさ、わたしが好くのですの。わたしが好くんだから、あなたも好いて頂戴。
……(一方を見て)あれ、あそこへ公爵さまが。
- シーリ
- 腹を立ってゐるらしい目附をして。
新公爵フレデリック、貴族らと共に出る。
- 新公
- (ロザリンドに)おい、身の安全を思ふなら、大急ぎで支度をして、すぐ出て行きなさい。
- ロザ
- (驚いて)叔父さま、わたくし?
- 新公
- うん。此十日間に、若し此館の附近二十哩にうろついてゐるやうだと、命はないぞ。
- ロザ
- (跪いて)お願ひでございます、どうぞわたくしの不埒の仔細をお知らせなすって下さいまし。
若しわたくしが自分を知り、自分の思考や慾望を意識してゐますのなら、晝も夢を見てゐたり、
氣が狂ってしまってゐたりするのでなければ、……決してそんなことはないと思ってゐます……
若しさうでない以上、叔父さま、わたくしは、つひぞ、かりそめにも、
あなたの御機嫌を損ねるやうなわるいことをした覺えはございません。
- 新公
- さういふのは謀叛人どもの定りだ。口でいひわけをするのを聽くと、
どいつもこいつも美徳其者のやうに無罪潔白だ。おれは汝を信じないといへば、それで澤山だ。
- ロザ
- でも、それだけではわたくしを謀叛人になさることは出來ません。 どういふ證據がおありですか、おっしゃって下さい。
- 新公
- 汝は前公爵の實女だ。それで十分だ。
- ロザ
- (起ち上って)それはあなたが父の領地をお取りにならなかった時分からさうでした。
父を追放なさらなかった時分からさうでした。血統で謀叛する者はありません。 よしんば親しい者からは遺傳するといふ例がありますにしても、
わたくしには關係がありません。父は謀叛人なんかぢゃございませんもの。
ですから、どうぞ誤解して下さいますな、零落してゐるから、或ひは謀叛でも企むだらうなんぞと。
- シーリ
- (進んで父の前に跪いて)父上、どうぞわたくしの申し上げることをお聽き下さいませ。
- 新公
- はい、聽きませう。彼女は、お前のために留めておいたのだ。
でなけりゃ、とうに彼女の父と共に放浪させたのだ。
- シーリ
- 引留めておいて下さいとわたしがお願ひしたのぢゃありませんでした。
御自分のお慈悲でなすったことです。わたくしはあの方の價値を知るには、
まだあの時分は、少さ過ぎました。けれども今は知ってゐます。
若しあの方が謀叛人なら、わたくしもさうです。わたくしたちは一しょに寢もし、起きもし、
習ひもし、遊びもし、食べもし、何處へ往くにしても、ヂューノー神の白鳥のやうに、 始終一しょにつながりあって、往きましたもの。
- 新公
- あいつはお前なんぞの手に合ふ代物ぢゃァない。あいつのあのやさしらしさや、あの無口らしさや、
あの堪忍づよさが頗る愚民どもの心を魅するのだ。で、奴等はあいつを憫然さうがる。
お前は馬鹿だ。あいつがお前の名譽を奪ってゐるのを知らん。お前はもっとずっと立派にも美しくも見える、
あいつがゐなくなれば。だから、默ってゐな。一旦いひわたした嚴命はもう取消すことは出來ん。 あいつは追放したのだ。
- シーリ
- ぢゃ、其嚴命をわたくしにも言ひわたして下さいませ。わたくしはあの方に別れては生きてをられません。
- 新公
- 此馬鹿が!……ロザリンド、早く支度をしな。 時おくれになると、おれの嚴命に二言はない、誓って死刑に處するぞ。
新公爵は、貴族らをつれて入る。
- シーリ
- おゝ、ロザリンドさん、あなたこれから何處へ往かうとするの? 父さまを交換ッこしませうか?わたしのを獻げませうか?
ねえ、どうぞ決してわたし以上に悲しがって下さいますな。
- ロザ
- でも、わたしの方が悲しいわけが多いわ。
- シーリ
- いゝえ、そんなことはないわ。どうぞ機嫌をなほして下さい。 父は現在の子のわたしをも追放したぢゃないの?
- ロザ
- 何の、そんなことが。
- シーリ
- え?なくッて?ぢゃ、ロザリンドさんには眞實心がないのね、二人の身は一心同體だと思ふ程の眞實心が。
引別けられてゐる氣なの?え、あなた別れる氣なの?いゝえ。父さまには、
わたし別に後嗣を求させることにするのですから、よ、
駈落する工夫をして下さいよ、何處へ往くことにするか、何を持って行くかをさ。 此變り目をも、此悲しみをも、御自分一人の身にしょって、
わたしを置きざりにするやうなことをして下さるな。わたしは、
わたしたちに同感して蒼ざめてゐるあの天に誓ひに懸けて、あなたが何といったって、從ひて行くのよ。
- ロザ
- だって、どこへ往きませう?
- シーリ
- アーデンの杜で叔父さんを搜して見ませう。
- ロザ
- でも、それは、あんまり危險でせう、若い女の身で、あんな遠いところまで旅をするのは!
美の、賊を牽くは、金よりも速しといひますの。
- シーリ
- わたしは下賤の者の服裝をして、顏を黄土か何かで汚しますわ。
あなたもそうなさい。さうすれば、わる者に襲はれるやうなこともなくって、旅が出來ませう。
- ロザ
- それよか、わたしは竝以上に丈が高いのですから、
すっかり男の服裝をしたら、どう?腰には立派な短劍をぶらさげて、手には豬突槍を持って、
さうして……胸にはどんな弱い女心が潛んでゐるにもせい……外面だけは勇者顏をして、
内實を押しかくして、虚威張をして、強さうにしてゐませうよ、
世間の多數の臆病な男たちが、實際さうしてゐるやうにね。
- シーリ
- 名を何と呼びませう、あなたが男になったら?
- ロザ
- ヂョーヴ神のお侍童以下の名はいやですから、ギャニミードと呼んで下さいね。 あなたは何といふ名にするの?
- シーリ
- わたしの身の上に因んだ名にしたいから、もうシーリヤではなく、アイリーナ(さすらひ)としませう。
- ロザ
- それはさうと、あの道化者の阿呆をお父さんの此館から盜み出して伴れてったら、如何?
旅の間の慰藉ぢゃなくって?
- シーリ
- あれは、わたしに從ひてなら、世界中をでも歩き廻るでせうよ。
あれを伴れ出すことはわたしに任せて下さい。さ、早く往って、寶石や何かを取纒めて、
一等都合のいゝ時刻を選んで、追手がかゝっても大丈夫逃げおほせられるやうな途を取ることを考へませうよ。
さ、斯うして、時分で好んで自由の身になるのよ、追放されるのぢゃないわ。
二人とも入る。
更新日: 2003/02/16
お氣に召すまゝ:第二幕 第一場
第二幕
第一場 アーデンの林中
-
フランスの國境、フランダルス附近と假定された大荒林中の一部である。
こゝへ前公爵が其腹心の貴族エーミエンズ其他二三人を從へて出る。
いづれも山林に住んでゐる特殊民らしい服裝をしてゐる。
- 前公
- 何と、仲間の人たと、謫居生活の兄弟たち、習慣となると、
此質素な生活が、極彩色の華美な驕奢よりも却って氣持がよいではないか?
嫉妬偏執で充ちた朝廷よりも、此荒れた林のはうが、遙かに安全ではないか?
こゝで感ずる辛さは、たかゞ、アダムの受けた艱苦、氣候の變化、例へば、 冬の寒風の氷のやうな牙や其怖ろしい怒號の聲ぐらゐのものだ。
寒風が來てわしの體を咬んだり撲ったりする時に、寒さに縮み上りながら、わしは、
いつもほゝ笑んで、かういふ、「これは追從ぢゃない。こいつらは、實際のまゝ、
有りのまゝを鋭く感ぜさせてくれる良顧問官だ」と。逆境はゆたかに人を利する。
逆境は、彼の醜惡な毒蝦蟇のやうに、其頭の裡に寶玉を藏してゐる。
俗塵と掛けはなれた吾々の此幽居では、木々が物をいふ、清水が書物の役廻りをする、
石が岩が説教をする。何もかもが良い教訓になる。此生活を變へようとは思はんよ。
- エーミ
- 運命の殘虐な待遇をも、さういふ風に、平穩な、愉快な意味に御飜譯遊ばして、
悠然として御自適遊ばされまするのを結構なことゝ存じまする。
- 前公
- どりゃ、また、鹿狩に出掛けようか?とはいふものゝ、憫然さうに、 あの斑服を被てゐる阿呆どもは、
此林の町の本來の土着民であるのだのに、其領域内で以て、雁股の鏃で、
あいつらの肥った臀を射貫くのかと思ふと憫然でもある。
- 貴の甲
- いかにも、仰の如く、あの沈鬱性のヂュークヰーズなどは頻りにさう申してをります、
其點から申すと、御前は、あの暴横な御舎弟以上の押領罪をお犯しなされてゐる、と斷言してをります。
今日もエーミエンズ卿とわたくしとが、槲の木蔭に彼れが横になってをるのを見かけましたから、
そっと其そばへ參って見ましたが、其槲は此林中を喧鳴って流れてをりまする小河の岸邊に、
年を經た太い根を流れへ覗き込ませて生えてゐる老木でございますが、そこへ、一疋の慘めな、
群離れをした牡鹿の、獵矢で手を負ったらしい奴が、苦しみながらやって參りました。
其慘めなけだものは、實際、其革衣が今にも破裂してしまふかと思ひまする程に、えらい勢ひで、
腹に波を打たせて唸りました、大粒の涙が、憫然さうに、ぽた〜と、 その無邪氣な鼻脇を傳って流れました。
と、其憫然さうな獸めをあの沈鬱性のヂュークヰーズが熟と見つめて、
急流の崖ぎはに突立って、自分も涙をぽた〜と落して、河の水嵩を殖してをりました。
- 前公
- で、ヂュークヰーズが何とかいったか?それを見て、何か教訓めいたことを言ったらう?
- 貴の甲
- はい、申しました。いろ〜さま〜゛の比喩を竝べました。先づ、
鹿が涙で徒らに水嵩を増すのをば斯う評しました。
「憫然さうな鹿よ、汝は、世俗がする通りに、無駄な寄附をしてゐる、
多過ぎるほど水を持ってる河へ汝の分まで注ぎ込んで、何になる?」と。
それから、其鹿が、其天鵝絨仕立の友逹に見すてられて、 ひとりぼっちだといふのを斯う評しました。
「もっともだ。とかく不幸は伴を失ふ」と。やがて一群の足らふく食ったらしい鹿どもが、
前件の鹿のすぐ傍を、暢氣さうに跳ね廻って、見向きもしないで、通り過ぎるのを見ますと、斯ういひました。
「さう〜、駈けて通んな、足らふく食って脂ぎってる手合は。それは當世流だ。
そこにゐる慘めな破産者なんかを見返る遑はない筈だ!」と。
かやうに、彼れは、手きびしく、國家をも、都會をも、朝廷をも、いや、人間生活一切を、
頭から痛罵しまして、人間はどいつも、こいつも、簒奪者だ、暴逆者だ、とりわけ、獸類を、
其天賦自然の住所内に於て、脅して殺すなんぞは最も酷いことだと罵ってをります。
- 前公
- で、君たちは、彼れを、其瞑想中のまゝで、おいて來たのか?
- 貴の乙
- はい、其泣いてをりまする鹿のそばで、同じく泣いて、評をしてをりますまゝで、おいて參りました。
- 前公
- 其場所を教へて貰ひたい。わしは憂悶最中の彼れの逢ふのが好きだ。さういふ際に、彼れは、最も多く警句を吐くから。
- 貴の甲
- すぐ案内いたします。
更新日: 2003/02/16
お氣に召すまゝ:第二幕 第二場
第二幕
第二場 新公爵の館の一室
-
新公爵と貴族らと出る。
- 新公
- (怒氣を含んで)だれも知らなかったといふことがあるものか?
そんなことがあらう筈がない。館のうちに不埒な奴があって、承知してゐて、させたことに相違ない。
- 貴の甲
- お目にかゝったと申す者は一人もございません。
お姫さまのお部屋附の腰元たちは御寢なっておいでのをお見受けしたさうでございますが、早朝に見ますと、
お床は藻脱の殼であったと申します。
- 貴の乙
- 御前、あの穢い道化者も、日頃をかしがってお召使ひになってをりますあの阿呆めも居りません。
お姫さまのお附のヒスピリヤに聞きますと、お姫さまとお姪御さまとが、
つい此間お抱へのチャールズを抛げましたあの若い力士の事を 非常に賞めておいで遊ばすのを立聞いたことがあったと申しました。
で、彼女は、何處へいらせられましたにせよ、 きッとあの青年がお伴をしてゐるだらうと信じ切ってをります。
- 新公
- あの青年の兄を呼べ。其好男子めを引ッ張って來い。若し居なけりゃ、兄をこゝへ連れて來い。 あいつに命じて搜し出させる。早くしろ。
駈落ちした阿呆共を引戻すための探索には、ぐづ〜してゐちゃならんぞ。
入る。
更新日: 2003/02/16
お氣に召すまゝ:第二幕 第三場
第二幕
第三場 オリワ゛ーの家の前。
-
オーランドーとアダムが左右より出て逢ふ。
- オーラ
- だれだ?
- アダム
- おや、若旦那さま?おゝ、若さま!おゝ、大事の若旦那さま!おゝ、先殿さまのお形見さま!
まァ、何でこんなとこへござらっしゃりますんだ?なぜあんたは生中のお徳なんかゞあって、
人に好かれなさるのです?なぜさうやさしくって、逞しくって、勇敢であらっしゃるんだ?
なぜあの氣むづかしい公爵さまのお抱への力士なんかを抛げ殺すやうな馬鹿ァなことをなさいましたのだ?
あんたの手柄話はもうとうに聞えて來てをります。若旦那あんたは知らっしゃりません歟、或種類の人逹には、
生中の徳が身の仇になることを?あんたがそれだ。若旦那、あんたの噐量、才能は、
聖げな、殊勝な顏をしてゐて、あんたを裏切る惡者でございますぞ。
あゝ、ま、何て世の中だ是れは!立派な、うつくしいものを身に附けてるのが、それが其人の身の毒になる!
- オーラ
- ま、どうしたといふのだ?
- アダム
- おゝ、不幸なお人!此扉の中へ入っちゃいけません。
此屋根の下にはあんたの徳を嫉む敵が住んでゐます。お兄さんが……いやいや、お兄さんぢゃない、
が、あの息子さん……でもない……あの方のお父さまとつい申し上げかけた其お方の息子さんだとはいひたくない
……其お人があんたの手柄話を聞いて、今夜あんたがこゝへ泊らっしゃるのを俟って、
家ごと、焚き殺さうと企んでゐなさります。若し爲損じれば、 又何か他の手段であんたを殺さうとしてござらっしゃります。
そのわるだくみを漏れ聞きました。こゝへ入っちゃいけません。此家は屠殺場と同じです。
こはい、おそろしい處です。入っちゃいけません。
- オーラ
- だって、それぢゃァ、どこへ往けといふんだ?
- アダム
- どこへなりと……こゝだけはいけません。
- オーラ
- え?ぢゃ、どこへでも往って、乞食をしろといふのか?それとも、公道で切取強盜でもしろといふのか?
さうでもしない以上、爲やうがなからうぢゃないか?けれども、どんなに窮したって、そんなことはいやだ。
それよりか不倫非道の兄の手にかゝったはうがいい。
- アダム
- そりゃいけません。わしの手に金が五百クラウンあります。お父さまに御奉公して、
つましくして溜めた金です、齡ィ取って、足腰が不具な用しか足さなくなって、
人に見離されて、隅ッこへ抛り込まれようといふ時分の看護婦にしようとしてゐた金です。
それをもっていらっしゃいまし。鴉をさへ憫然がり、雀をさへお助けなさる神さま、
どうぞ此老人めをお慰め下さい!さ、こゝに金がございます。悉皆差上げます。
お伴をさせて下さいまし。齡は取ってもまだ逹者でございます。若い時分に血を沸かせる燒酎なんか飮まず、
洒ァつくな面ァして體をこはす惡い病氣に罹るやうな、不品行もしませなんだから。
だから、わしの晩年は健全な冬だ、霜が降っても順當だ。お伴をさして下さい。
どんな御用だって、爲事だって、若い者竝に勤めますから。
- オーラ
- おゝ、善良な爺よ、昔の忠實な奉公人の生形見といふのはおのしだ。
むかしは義務の爲に汗を流して奉公したものださうだ、報酬なんかの事は思はずに!
おのしは今の世には向かない人間だ。今は、だれしも、立身出世のためばかりに精を出す、
さうして出世したりといふと、即座に怠けはじめる。おのしはさうぢゃない。
だが、折角だが、わたしの世話をするのは朽木に手入れをするやうなもんだ。
どんなに骨折って培養してくれたからって、花一つ咲き得やしまいよ。これどもまァ從ひて來な。
とにかく一しょに出掛けて、さうしておのしの其若い時分の儲けがなくなってしまはないうちに、
何か知ら下賤の生計を搜し當てることにしよう。
- アダム
- 旦那さま、さ、いらっしゃいまし、お伴します。此息の根のつゞく限りは、忠實にお伴します。
十七から今日まで、もう八十年近くこゝに住んでゐましたが、けふが此土地の見納めです。
十七なら、大抵、まづ、出世口を搜しに出掛ける齡なのだが、八十ぢゃ些と晩過ぎる。
でも、つまり、旦那さまに御奉公の爲殘しをせんやうにして死ぬに越したことはなからうと思ってをります。
二人とも入る。
更新日: 2003/02/16
お氣に召すまゝ:第二幕 第四場
第二幕
第四場 アーデンの林中。
-
ロザリンドは武家の青年らしく扮裝して手槍を持ち、ギャニミードと假稱し、
シーリヤはアイリーナと假稱して羊飼の少女らしく扮裝し、 阿呆職の服裝のまゝのタッチストーンを從へて出る。
三人ともおそろしく疲勞した體で、互ひにもたれあひ、又、介抱し合って、
よた〜として出て來て、とゞ、めい〜、離ればなれに木かげに憇ふ。
- ロザ
- おゝ、ヂューピター!あゝ、氣が疲れた、氣が疲れた。
- タッチ
- 氣なんざかまはない、脚さへ疲れなけりゃいゝんだけれど。
- ロザ
- (シーリヤに聞えぬ程の聲で)わたしだって、實は、男すがたに恥をかかせても、
女らしく泣きだしたいくらゐよ。けれども、かよわい者の氣を引立てなけりゃならないんだ、
筒袴は女袴の前では弱腰を見せちゃならないんだ、それが世の中の定りなんだ。だから……
(大きな聲で)アイリーナ、よう、しっかしなさい!
- シーリ
- (哭き出しさうな聲で)ねえ、堪忍して下さいね、わたしを。わたし迚も歩かれないのよ。
- タッチ
- さァ、あんたを金にしろッたって、そいつァ困難でさ、こりゃ願ひ下げだ、いっそ堪忍して貰はう。
金にするにゃ元金が要るが、あんたの懷は寒さうだからね。
- ロザ
- (四下を見て)かうと、こりゃもうアーデンの森だね。
- タッチ
- さやう、すなはち、是れが噫……洞!……いよ〜おれはお怜悧さまだ。
家にゐた時分のはうがずっと優だった。けれども、旅は憂いもの、辛いものだ。
- ロザ
- その通りよ、さう思ッといで。
老人の牧羊者のコリンと若い牧羊者のシルヰヤスと出る。
御覽、だれか來た。若い男と老人とが、何かむづかしい顏をして、話しをしながら來る。
- コリン
- そんな風にすりゃ、尚ほと女が男を馬鹿にするわな。
- シル
- おゝ、コリン、お前はわしがどのくらゐ彼女に焦れてゐるかを知らんのだ。
- コリン
- 大抵察してゐる。おれだって、昔は女に惚れたこともあった。
- シル
- いんにゃ、コリン、お前は齡寄だから、諒察がないんだ、よしんば若い時分に、
夜中の枕に愚癡をいふほどの色戀をさっしゃったからッて。だが、若しわしのやうに戀ひ焦れたことがありゃ……
わし程のはあらう筈はないけれども……其時分にゃ、隨分氣が變になって、いろんな馬鹿もさっしゃったらうなァ。
- コリン
- いろんなことをしたよ、忘れッちまったけれども。
- シル
- あゝ、ぢゃ、お前のは心底からの戀ぢゃァないや!戀の爲にしたことは、どんなちょッぴりした馬鹿なことでも、
記えてゐないやうぢゃァ戀をしたんぢゃないよ。わしが今するやうに、
のべたらに相手の女をほめちぎって聽手を困らしたり、女の事ばかし思ひつめて、獨りで、だしぬけに、
駈け出すやうでなくッちゃァ。(といふうちに、立上がって)おゝ、フィービー!フィービー!フィービー!
と叫びつゝ駈けて入る。
- ロザ
- (木かげで見てゐて)あゝ、氣の毒な羊飼の男!お前の胸の傷を思ひやるにつれて、 つい自分のが痛み出して來た。
- タッチ
- わしのもだ。わしも戀をしてゐた時分にゃ、或石を相手にして、劍を叩き附けて、
さうしてさういったっけ、「ヂューン(女の名)の奴の許へ今夜やって來やがると承知しねえぞッ」と。
それから、彼女の使ふ砧の槌や、彼女があの可愛らしい、
皸だらけの手で乳汁ィ搾るあの牝牛の乳ッ首をキッスしたっけ。
それから豌豆を彼女に見立てゝ、口説きたてたっけ、
其莢から取出した二粒の豆を又元へ戻しながら、泣きの涙でさういったっけ、
「此二つをわしのために肌身に附けてゐてくれろ」ッて。ほんたうの戀人てものは、
おつりきな踊を踊るもんさね。つまり、人の命は無情だてから、そこで、いよ〜首ッたけとなると、
人は無上に馬鹿を盡すんだらうて。
- ロザ
- 自分で意識してゐる以上の警句といふのはそれだらう。
- タッチ
- 居敷を摺り剥かうが、向う脛をへし折らうが、そんなことに頓着しないで洒落れのめすのがわしの專門でさ。
- ロザ
- (これを聞き流して、歎息しつゝ歌ふ。)
あゝ、ヂョーヴ、ヂョーヴ!
いぢらし、あの田舎男、
わが身にぞつまさるゝ。
- タッチ
- わしの身にもだ。といったものゝ、もうおれのは黴だらけだ。
- シーリ
- (弱々しい聲で)ねえ、だれかあの老人に聽いて見て下さいね、お金をやったなら、
何か食べるものをくれないでせうか?あゝ、もう死にさうだ。
- タッチ
- (起ち上って、コリンに)おゝい、田舎ッぺい!
- ロザ
- しッ!何といふ呼びかたです!
- コリン
- 呼ばったかね?お前さんは何だね?
- タッチ
- お前よりは身分のいゝもんだ。
- コリン
- わしよりもわるかったら、さぞ慘めだらう。
- ロザ
- (タッチストーンに)しッ、お默り。……や、今日は。
- コリン
- はい〜。今日は。はい、皆さま、今日は。
- ロザ
- ねえ、お爺さん、どこか休息をさせて、物を食べさせてくれる處が此森の中にあるなら、案内して貰ひたいね。
勿論、代價は拂ふよ、好意でさうしてくれゝば格別だが。こゝにゐる若い娘が、
旅疲れで、おそろしく弱って、息もたえ〜゛になってゐるのだ。
- コリン
- お竒麗なお方、あゝ、それはお氣の毒さまなことだ。そのお難儀を救ってあげられる身代でわしがあったらと、
自分の爲でなく、その娘さんの爲に思ふんだが、わしは他人に使はれてゐる羊飼です、
何十疋といふ羊の、其毛の一筋もわしの物ぢゃない、わしの主人は怖ろしく吝嗇い人で、
他人に深切を盡して、後生を願ふやうな人でない。おまけに、今ちょうど、其小屋も、羊も、牧場も、
賣物になってゐます。それに、今は不在でもあり、羊小屋には食はっしゃる物とては何もない。
が、ま、來て見さっしゃい、出來るだけのおもてなしはわしがします。
- ロザ
- その羊や牧場を買はうといふ相手はだれだね?
- コリン
- つい先刻こゝにゐたあの若い男でござります。 あの男は別段買ひたがってゐるわけぢゃござりませんがね。
- ロザ
- ねえ、もし差支へがないなら、其小屋や牧場や羊をお前が買っちゃどうだい?代金はわたしたちが出してやる。
- シーリ
- さうしてお前の給金をも上げてやります。わたしはこゝが氣に入った。こゝに住みたい。
- コリン
- はい、大丈夫、買はれますとも。では、ござらっしゃいまし。
よくお査べなすった上で、土地も、收入も、此生活も、
お氣に入るやうであったら、すぐお金をいたゞいて買ひ取りまして、律義に御奉公いたしませう。
皆々入る。
更新日: 2003/02/16
お氣に召すまゝ:第二幕 第五場
第二幕
第五場 同じく林中。
-
エーミエンズ、沈鬱家のヂュークヰーズ及び其他が出る。
- エーミ
-
(歌ふ。)緑なす木の下に
來りて共に臥し、
鳥の音に聲を合せ、
面白く歌ふたはん人よ。
來、こゝへ、來、こゝへ、來。
こゝには敵はあらず、
敵はたゞ
眞冬のあらし。
- ヂュー
- もっと、どうか、もっと。
- エーミ
- だって、ヂュークヰーズ君、あんまり歌ったら、君は陰氣になるでせう。
- ヂュー
- けっこう。どうか、もっと。わたしは、歌を聽いてゐると、いゝ心持に陰氣を吸ひ出す、
鼬が鷄卵を吸ふやうに。どうか、お願ひだ、もっと。
- エーミ
- わたしは聲が惡いから、迚も君を樂しますわけにゃいかない。
- ヂュー
- 樂しませて下さいとはいはない。歌って下さいといふんだ。さ、もっと。
もう一節。一節といふんでせう?
- エーミ
- 御隨意に。
- ヂュー
- 名義なんかどうでもいゝ。貸借關係なんかはないんだから。歌って下さいよ。
- エーミ
- ぢゃ、お需めによって、いや〜ながら、歌ふかね?
- ヂュー
- ぢゃ、わたしも、つひぞ禮なんか言はん流儀だが、禮をいはうかね? だが、とかく會釋といふ奴は猿猴が二疋出くはしたといふ格構だて。
わたしは頻りに有難がって辭儀をされると、はゝァ、おれは此男に二錢玉をやったかな、
こいつは乞食だっけかなと思ふのが定りだ。……さ、さ、歌って下さい。 (他の者に)歌はない連中は、默って〜。
- エーミ
- ぢゃ、今のを歌ッちまはう。……諸君、その間に宴會の準備をして下さい。
公爵は此木かげで召し食らうといふのだ。……公爵は朝から君を搜しておいでゝしたよ。
- ヂュー
- わたしはまた朝から見つけられないやうにしてゐた。公爵は議論ずきで、困ッちまふ。
わたしだって考へてりことはいろ〜あるが、只自分だけで承知してゐて、自慢げに吹聽はしない流儀だ。 ……さ、歌って下さい、さ。
歌ふ。(皆一齊に。)
塵の世の名利を捨てゝ、
青天白日に、
野や森に食を求め、
それをもて足れりとせば、
來、こゝへ、來、こゝへ、來。
こゝには敵はあらず、
敵はたゞ
冬のあらし。
- ヂュー
- 君、その節に合ふ替歌を一つ聞かせよう、昨日作ったんだ、興の來なかったにも拘らず。
- エーミ
- さうすりゃ、わたしが歌ってあげよう。
- ヂュー
- かういふのだ。
どこッかの馬鹿者が
いくぢなく敵に媚び、
財寶も、安樂も
悉く捨てたとせば、
ダッカダミ、ダッカダミ、ダ。
こゝには智者はをらず。
馬鹿ばかり、
馬鹿者ばかり!
- エーミ
- そのダッカダミといふのは何です?
- ヂュー
- これはギリシャ語の呪文でさ、馬鹿者どもを魔の輪の中へ呼び輯める時の。
わたしは眠られりゃァ眠ッちまひたい、けれども眠られなけりゃ、エヂプトの上流社會全體を罵倒してやる。
- エーミ
- ところで、わたしは公爵を搜して來よう。宴會の準備が出來たから。
左右へ別れて入る。
更新日: 2003/02/16
お氣に召すまゝ:第二幕 第六場
第二幕
第六場 同じく林中。
-
オーランドー疲勞し切ったアダムを介抱しつゝ出る。
- アダム
- 旦那さま、もう迚もあるかれません。あゝ、ひもじい、苦しい!
世話なしに、こゝへ埋めて貰ひませう。さやうなら、旦那さま。
- オーラ
- おい〜、アダム、どうしたといふのだ!そんな弱い氣になっちゃいけない。ひっこたへろ。
元氣を出しなよ。しっかりしなよ。此荒れた森の中に、何か野獸がゐるなら、ぶッつかって、
おれがそいつに食はれるか、そいつを殺しておのしぬ食はせるかしよう。
さう自分で弱ッちまっちゃ、神經で死んぢまふ。頼むから、元氣を出してくれ。
うんとひッこたへてくれ。ぢきに戻って來るからね。何も食ひ物を持って來得なかったら、
其時、勝手に死ぬがいゝ。戻らないうちに死ぬやうぢゃ、おれの苦勞を無にするといふもんだぞ。
……感心々々!元氣さうになった。すぐ歸って來るぞ。……(行きかけて)といったものゝ、
此寒い風に曝してもおかれまい。……おい、どッかの木蔭へでもおぶッてやらう。
(とアダムを肩に掛けやうとして)なァ、食ふ物がない爲に死なせるやうなことはしないよ、
此森の中に何か生物がゐる以上。よ、アダム、しっかりしろ!
と肩にかけて入る。
更新日: 2003/02/16
お氣に召すまゝ:第二幕 第七場
第二幕
第七場 同じく林中。
-
食卓の準備が整へられてある。前公爵、エーミエンズ及び其他の貴族ら、
いづれも謫竄者らしき服裝で出る。
- 前公
- 獸類にでも化けたかな、どこにも彼れらしい人間が見附からんところを見ると。
- 貴の甲
- 御前、彼れは、つい只今まで、こゝにをりましたのです。愉快さうに唄を聽いてをりましたのです。
- 前公
- 調子はづれの彼れが音樂を面白がるやうぢゃ、宇宙の律呂が破壞される時が近づいたのかも知れん。
さ、あれを搜して來なさい。わしが用があるといったと、さういひなさい。
ヂュークヰーズが、いかにもをかしさうに笑ひ顏をして出る。
- 貴の甲
- (それを見て)あッちからやって來てくれました、おかげでわたくしは助かりました。
- 前公
- (ヂュークヰーズに)おい〜、どう遊ばしたのだい!閣下の御臨席を乞ふために、
一同がどんなに苦勞してゐたか分らんよ!え、愉快さうぢゃないか?
- ヂュー
- (いかにもをかしさうに)阿呆めが、阿呆めが!阿呆めが森の中にゐました、
斑の衣裳を着た一人の阿呆めが。……(俄かに澁面を作って)あゝ、情けない、
慘めな世の中だ!……全くの事です、一人の阿呆めがゐましたよ。そいつは、横になって日向ぼッこりをしてゐて、
運命の女神を罵倒してゐました、中々旨いことをいって。けれども全くの阿呆なんですよ。
で、わたしが、「今日は、阿呆さん」とやらかすと、奴め、
「いや〜、天が福ひを與れるまでは予を阿呆なんぞと呼ばっしゃるな」と、斯うです。
それから、奴め、巾着から日時噐を取出して、どんよりした目附でそれを眺めて、仔細らしく
「もう十時だ。世の中がどう進むかゞこれで分る。九時であったのはつい一時間前のこッた。
もう一時間經つと十一時になる。あゝ、斯うして一時々々と人間が段々熟していって、
さうして段々と腐るんだ。そこに曰くがある」と、斯ういふんです。
阿呆めが物識めかして、感慨ぶってるのを聽くと、わたしはたまらなくをかしくなって、
鷄のやうに聲を擧げて笑ひ出したんですが、奴の時噐の約一時間は、
笑ひが止らなかったのです。あゝ、立派な阿呆!素敵な阿呆!いや、着るべきものは斑の衣裳です。
- 前公
- どういふ阿呆だね、それは?
- ヂュー
- 立派な、素敵な阿呆です!もとは御殿に奉公してゐたのです。奴は、苟も若くて美しい婦人がたならば、
おのづからそれを御承知あるべきだなぞといっています。奴は、其腦髓の中に、といっても、
航海中に食ったビスケットのお剩りほどに干乾びきった腦味噌の隅ッこに、
不思議な觀察を詰め込んでゐて、そいつを時々支離滅裂のまゝで吐き出します。あゝ、わたしは阿呆になりたい!
斑の衣裳が着たいなァ!
- 前公
- 着たけりゃ着せてやらう。
- ヂュー
- それで念願が逹きました。但し、以後は、
わたくしを怜悧者だなんぞと思し召すやうな間違ったお考へを全くお捨てになるやうに願ひます。
同時に、勝手次第な熱を吹く自由を、風のやうな自由をわたくしにお許し下さい。
それが阿呆の特權ですから。ところで、わたくしの阿呆口に罹って最も多く痛手を負ふ手合は、
いつも最も澄して笑ってゐなければなりませんぞ。え、なぜだとおっしゃるんですか?
其なぜは、村の教會堂へ行く、あの「畦」程に判然と分ってゐまさ。といふのは、
阿呆に手ひどく諷刺すられた時には、假令痛いと感じたからって、
わざと平氣な顏をして餘所事らしく笑ってゐるのが怜悧といふものですからね。
でないと、お怜悧連中の阿呆らしさが、阿呆の一寸した諷刺のお庇で、
却って大げさに目立つといふわけになるんですから。斑の衣裳をわたくしに着せて下さい。
勝手に思ふことを言ひ散らす特權を與へて下さい。さうすりゃ、わたしは此バチルスだらけの穢い世の中を、
全然掃除して、清淨にします、みんながわたしの苦い藥を服んでさへくれりゃァ。
- 前公
- 馬鹿をいへ!お前のすることは大概分ってゐる。
- ヂュー
- え、ぢゃ、三文がたの賭をしませう。善い事以外に、わたくしが何をするでせう?
- 前公
- いたづらに罪惡を摘發するといふ最もよくない罪惡を犯すに過ぎない。何故といふに、
お前自身がもと〜放蕩者なんだ、獸類と擇ぶ所のない肉的な男だった。だから、それは、
つまり、お前の多年の放逸な、無慚な生活中に見聞きしたあらゆる汚らはしい社會の病弊や、害毒を、
露骨に世上へ吐き出すに外ならんので、有害無益だ。
- ヂュー
- なァに、よしんば驕奢を罵倒するにしても、個人の攻撃はしません。
驕奢の弊害は、大海のやうに、天下に彌漫してゐます、苟も使ふ金のある限り、
退潮にゃなりません。今の町の女は、やくざな其背中に、
王女同然の高價な代物をのッけてゐるといったからって、決して或個人の迷惑にゃなりません。
一人だって、出て來て、わたしの事を刺たのだ、酷いといふ筈はない。あッちにも、こッちにも、
さういふ女だらけの時分には。どんな下等社會の者だって、やい、此晴衣は、
汝のお庇で買ったんぢゃァないや、餘計な世話を燒きなさんななぞとはいふまい。
言やァ、自分からわたしの諷刺の目的物でございと名宣って出るやうなものですから。
さ、して見るとです。して見ると、どうでございますね?わたくしの諷刺のために、
どういふよろしくないことが出來しませうかね?その諷刺が適中すれば、其人は何かわるい事をそてゐるのです。
わるい事をした記えがない以上、わたくしがどう惡口しようと、 我れ關せず焉で居られさうなものです。……おや、だれか來た?
オーランドーが拔劍して足早に出る。
- オーラ
- ま、待て、もう食ふことはならんぞ。
一同驚いて立ちあがる。
- ヂュー
- なァに、まだ些とも食やしないや。
- オーラ
- いや、食ふことはならん、飢ゑて死にかゝってゐる者があるから。
- ヂュー
- 何だ、この種がはりの牡鷄めは?
- 前公
- やい、汝は困窮のために、かやうな不敵な振舞ひをするのか?
或ひは、まるで作法といふものを辧別へてうぃらんからのこと歟、さやうな無法なことを申すのは?
- オーラ
- 其一條の方が中ってゐる。絶體絶命の場合となったので、作法を顧みるに遑がないのだ。
もとは内地の相應の家で育ったものだ。とにかく、食ふのをお控へなさい。
此方の望みを遂げないうちに、其果物を只一つでも食はうとする者は、斬ッちまふぞ。
- ヂュー
- さうむちゃくちゃと來ては、斬られるより外に爲方がない。
- 前公
- 何が望みだ?腕力を以てするよりも穩和な口上を以てするはうが、却って吾々共の心を動かすであらうぞ。
- オーラ
- 空腹のために餓死しようとしてるのです。食ふ物をいたゞきたい。
- 前公
- さァ〜、席に着いて、たんとお取りなさい。歡迎します。
- オーラ
- そんなにやさしくおっしゃって下さるのですか?……まことに濟みませんでした。實は、
かういふ荒れ果てた森の中のことですから、萬事が野蠻だらうと思って、わざと高飛車に申しかけて見たのでした。
此あまさかる荒林中の、晝尚ほ薄昏い木蔭で、 隙行く駒の過ぐるのを見やりもしないで暮しておいでのあなたがた、
若しあなたがたが嘗ては都にもお住みで、教會堂へ人を輯める鐘の音をも聞き、
歴々の盛宴にも招かれ、目蓋の涙をも拭ひなすったことがあって、
慈悲、憐愍の何たるかをも心得ておいでなさるのなら、穩和の口上でお願ひをしても、
きッと聽いて下さるでありませうから、わたくしは、深く只今の失禮を慚ぢ入って、早速劍を收めます。
- 前公
- いかにも、わたしたちは、都に住んでゐたものだ。また、聖い鐘の音が教會堂へ人を寄せるのをも聞いたものだ。
また、歴々の宴席へも招かれ、慈悲が釀した涙を拭ったこともあった。だから、穩和に、
靜かに席に着いて、何なりと、欲しいと思ふ物を取っておあがりなさい。
- オーラ
- では、暫時お食事をお見合せ下さい。牝鹿が仔を搜して來て食べさせるやうに、わたしにも一寸往って、
仔鹿をつれて來ますから。實は、一人の憫然さうな爺がゐます、全くの忠義な心から、
疲れ足を引きずって、わたくしに從って來た奴です。まづ、
彼れに……老いと飢ゑとの二つの苦しみで死にかけてゐる彼れに……食はせた上でなければ、 わたくしは一口だっていたゞきません。
- 前公
- ぢゃ、搜しておいでなさい。歸って來なさるまでは、何にも手はつけますまい。
- オーラ
- ありがたうございます。その御深切に冥加あらしめたまへ!
と入る。
- 前公
- われ〜ばかりが不幸ではないのだ。此廣い世界の劇場では、
われわれが演じてゐるそれよりも、一層あさましい場面が演ぜられてゐるのだ。
- ヂュー
- 人間世界は悉く舞臺です、さうしてすべての男女が俳優です。
めいめいが出たり入ったりして、一人で幾役も勤める、一生は先づ七幕が定りです。
初めは誰れしも赤ん坊で、乳母の手に抱かれて、おぎゃァ〜といって、涎を埀らす。
その次は鼻を鳴らして泣く小學生徒。鞄をぶらさげて、起きて洗ったばかりのてら〜顏をして、 いや〜學校へと蝸牛のやうに歩く。
その次は情人。火爐よろしくの溜息をして、 其意中の女の眉附か何かを讚めちぎった哀れな小唄を口づさむ。
それから軍人。竒態な猛烈な誓言が口を衝いて出る。口髭は豹よろしくで、
おッそろしく體面を氣にして、喧嘩ッ早いこと此上なし、水泡のやうな名譽の爲にでも、隨分、
大砲の筒口へ向って行く。その次が裁判官。賄賂の閹鷄のお庇で、
肚は布袋よろしくだが、目附は閻魔大王、型にはめて刈り込んだ髭、
いろんな格言を知ってゐれば普通の裁判事例は何でも心得てゐて、其役目をも勤める。
第六となると、痩せこけた、上草履でとぼ〜あるきの道外爺さんに變る。
鼻に眼鏡、腰には巾着、丹念に保存したものゝ、若い時分の筒袴は、
其衰へた脛には、滅法界もなく太過ぎる。さうして太かった男らしい聲も今は子供聲へ逆戻りして、
細々と口笛のやう。とゞのつまりの、此變な、複雜な劇の大詰は、 第二の小兒と變って、一切空に歸すのです、すなはち、無しづくし、
齒なし、目なし、味覺なし、何にもなし。
オーランドー半死のアダムを介抱しつゝ出る。
- 前公
- さ、さ、其爺さんをこゝへおろして、物を食べさせなさい。
- オーラ
- 彼れのために、厚くお禮を申します。
- アダム
- さうおっしゃって下さい。(公爵に)自分ではお禮を申すだけの口さへきゝかねます。
- 前公
- さ、さ、たべなさい。身の上の事なんかも聽きたいが、まァ、それは後にしよう。
……何か音樂を奏してくれ。(エーミエンズに)なう、何か歌ひなさい。
- エーミ
- (歌ふ。)
吹けよ、吹けよ、冬の風、
恩知らぬ人ほどに
なんぢは酷くはあらず。
なんぢの牙は利からず、
目に見えざれば、
吐く息は荒けれども。
さらば歌へ、緑り葉の柊を!
愛も虚僞、友垣も虚僞ぞかし。
あはれ、歌へ、柊を!
をかし、をかし、此浮世。
凍れ〜、冬の空、
恩を忘るゝ人ほどには
寒さは身にしこたへず。
雪霜いかに降るとも
辛くはあらず、
忘恩の怨みほどに。
さらば歌へ、緑り葉の柊を!
愛も虚僞、友垣も虚僞ぞかし。
あはれ、歌へ、柊を!
をかし、をかし、此浮世。
此間公爵とオーランドーと何か囁きつゞけてゐる。
- 前公
- (話の切れ目らしく)若し君が果して士爵ローランドの子息であるなら……
今そっと君が事實さうだとおったが……又、わたし自身の目も、
君の面貌に故士爵の像がそっくり生寫しに畫き出されてあるやうに認めるのだが……
果してさうなら、眞に歡迎する。わたしは君のお父さんを深く愛してゐた元の公爵なのだ。
わたしの窟へ來て、聞き殘した身の上話をして下さい。……爺さん、汝もよく來た。
肩にかけてやるがいゝ。……(オーランドーに)さ、手を。 (手をとって)互ひに身の上話をしよう。
皆々入る。
更新日: 2003/02/16
お氣に召すまゝ:第三幕 第一場
第三幕
第一場 新公爵の館の一室。
-
新公爵フレデリック、貴族ら及びオリワ゛ーが出る。
- 新公
- その後會はん?おい〜、そんな筈はない。おれが寛大であればこそだが、でなかったら、
行方不明の弟の代りに汝を誅戮して、當座の腹癒をしかねないぞ。
さ、注意して、さがし出して來なさい、どこに潛んでゐようと。夜を日に繼いで探して來なさい。
生死は問はん、が、十二ケ月以内に彼れを引ッ立てゝ來んに於ては、
汝は此國にをられんと思ひなさい。汝が自分の物と稱してをる土地も何もかも、
苟も取上げるに足る限りのものは悉く沒收してしまふぞ、
汝の身に係る嫌疑を、弟の口述によって、弁疏し得ない以上は。
- オリ
- おゝ、それはあんまりなお沙汰でございます! 手前はつひぞ弟めを可愛いなんぞと思ったことはございませんのに。
- 新公
- 尚ほわるい。……さ、こいつを門外に追ひ出せ。其筋の役人どもに命じて彼れの家、屋敷、
領地等を押收する手續をさせろ。早くしろと申しつけて、彼れを放逐せい。
皆々入る。
更新日: 2003/02/16
お氣に召すまゝ:第三幕 第二場
第三幕
第二場 アーデンの林中。
-
オーランドー、林人の服裝をして、手に一葉の紙片を持って出る。
やがて木の幹にそれを釘附にする。
- オーラ
- おれの作った歌よ、そこに掛かってゐて、おれの切なる戀の證據人になってくれ。(と天を仰いで)
それから、夜の女王と崇めるお月さん、あなたは、其清淨な目で以て、其天上の蒼い圓座から、
わたしの一生を支配しさうなあの女獵師の名を讀みおろしてゐて下さい。……おゝ、ロザリンド!
……此邊の木どもをば、おれの手帖代りにして、其幹へおれの思ふことを刻み附けておかう。
此森の中にゐる限りの者の目が、至る處で、お前の淑徳が讚美してあり證明してあるのを見るやうにするために。
さ、走れ〜、オーランドー。一本々々の木毎に、あの美しい、淨らかな、 迚も言葉に言ひあらはせないあの人の名を刻みつけろ。
と走りつゝ入る。
老牧羊者のコリンとタッチストーンが出る。
- コリン
- タッチストーンさん、此田舎暮しが氣に入りましたかね?
- タッチ
- さァ、田舎暮しといふ點からは頗る結構だがね、農家生活といふ點からはつまらないね。
閑靜だといふ點からは氣に入ったがね、寂しいといふ點はいけないねえ。
田園生活といふ點は面白いが、御殿の生活振と違ふといふ點でくさ〜するよ。
暮しの質素なのはわたしの心持にしっくりだがね、物が豐富でないので、どうもお氣に召さんね。
……時に、何か、君の心得てる浮世の教訓てなものを聽きたいねえ。
- コリン
- 別段心得てる事もございませんがね、先づ、だれでも病氣になればなるほど、體も、心も、術なくなりまさ。
それから、金も、財産も、滿足もなくなっちゃァ、
それは三つの最ち善い友逹をなくしたんでさ。雨の本來は物を濡らす、
火の本來は物を燒く。牧場がよければ羊が肥える。夜の暗い第一の原因は太陽がゐなくなるからでさ。
それから、生得の智慧が足らん上に、人力で智慧を授かるといふこともせなかった人逹は、それは、
多分、躾がない人か、血統がよくない人かであらう、てなことを心得てゐる位ゐのものでさ。
- タッチ
- これこそ自然の哲學者だ。……君、御殿にゐたことがあるかい?
- コリン
- うんにゃ、ございません。
- タッチ
- ぢゃァ、駄目だ。地獄へ落ちるぜ。
- コリン
- いゝや、極樂へ行かれる積りです。
- タッチ
- 駄目々々。燒き損ひの鷄卵同樣、お駄佛々々!
- コリン
- 御殿にゐなかったからかね?そのわけは?
- タッチ
- だって、御殿にゐなかった以上、行儀、作法なんか見たこともあるまい。
行儀、作法を見たこともないものは、亂暴、狼藉な振舞ひをするに相違ない。
亂暴、狼藉といへばわるいことだ。ところでわるいことをすれば、地獄へ墮ちる。 爺さん、お前は迚も助からないよ。
- コリン
- とんでもないこッた。御殿で好い作法になってることだって、田舎へ持ってくれば馬鹿々々しくなりまさ。
田舎ですることを御殿へ持って行きゃァをかしいやうにね。いつゥか、お前さんが、御殿ぢゃァ、挨拶するに、
大きい聲をしない、手を嘗め合ふとといはっしゃったっけが、そいつァ穢からう、 田舎でやらかしたら。
- タッチ
- といふのは?さ、その證例は?
- コリン
- だって、わしらは常住牧羊を扱ってるんでさ。
奴らの毛皮は脂肪で以てにちゃ〜してまさ。
- タッチ
- だって、御殿の人の手だって汗を掻かうだらうぢゃないか?羊の脂肪と人間の汗と、どう異ふい?
淺薄々々!もっと上等の證例を出したり。さ。
- コリン
- それに、わしの手は硬いやな。
- タッチ
- 硬ければ脣ざはりが速くって、尚ほ可い。淺薄!もっとしっかりした例を。さ。
- コリン
- それに、羊の疵療治をするから、樹脂なんかゞ手にへばりついてますだ。
お前さま、樹脂を嘗め合へといはっしゃるかね? 御殿の人たちの手は麝香なんかで佳い香ひがしてるさうだに。
- タッチ
- おや〜、淺薄な男!ロースや鞍下に比べるとすると、肉は肉でも、お前なんかは腐った切出しだよ!
智慧者に教へを聞いて、自分のいったことをよく考へて見な。麝香は樹脂よりも下等なものだぜ。
ありゃ猫の糞だよ。……やりなほし〜。
- コリン
- お前さまの御殿仕込みの口前にゃ、迚も叶はないから、止めだ。
- タッチ
- ぢゃ、駄目のまゝで止めるかい?地獄へ墮ちる氣かい?やれ〜、淺薄な男だ!神さま、
どうか截開を仰せ附けられませ!ちッと鈍血を拔かないことにゃ人間竝になりさうにない。
- コリン
- (ふくれて)もし、わしは正直な勞働者でございます。わしは食ふ物も儲ける、着る物も儲ける、
だれの怨みも買はない、だれの幸福も羨まない、他人が益を得れば喜びます、
自分が損をしたのは斷念めます。わしの第一等の自慢は、たのしみは、
牝羊どもが草を喰ふのや仔羊どもが乳を吸ふのを見てることだ。
- タッチ
- それがまた一つのわるいことだ。牡と牝をつるませたりなんかして生計を立てるてィのは。 閹羊の慶菴になったり、
牝に馬鹿にされてる耄羊にやっと一年子の仔羊をおッつけたり、酷いことをする。
其罰でさへも地獄へ落ちないとすると、惡魔も羊飼だけは願ひ下げにするてなことでもあるんだらう。
逃れッこはないわけだからね。
- コリン
- (一方を見て)あそこへギャニミードさまがござった、わしの新しい旦那さまのお兄さまの。
ロザリンドが、前の場の如く、男裝して出る。オーランドーが歌を書き附けた紙片を、
來る道の木の幹から剥ぎ取って來たらしく、それを讀みつゝ出る。
- ロザ
- (讀む。)
東の端より西印度に及ぶも、
ロザリンドの如き寶玉はあらず。
彼女のめでたさは、風に駕して、
世界中にロザリンドの名を傳ふ。
上なく美しく畫かれたる女の像も
ロザリンドに比ぶればいと醜し。
何者の面をも心に止めおく勿れ、
ロザリンドの美しき面の他は。
そんな阿呆駄羅文句でよけりゃ、八年間、おッ通しにでも製りつゞけて御覽に入れるよ、
もっとも、食ふ間と眠る間とだけは別だが。まるで、牛酪賣女が、
ぞろ〜揃って、朝市へお出かけといふ句調だ。
- ロザ
- (睨んで)馬鹿が!
- タッチ
- ちょッと見本を。
若し牡鹿にして牝鹿を欲せば
彼れをしてロザリンドの後を追はしめよ。
若し牡猫の其配を求むるあらば
すべからくロザリンドをば求めしむべし。
冬の衣は裏を要す、痩せたる姫將た然り。
刈る者は束ねて縛るを要す、
而して後にロザリンドと共に車に。
いと甘き果實にいと酸き皮あり、
ロザリンドは恰も然らん果實ぞ。
なつかしげなる薔薇を手折らん男は
戀の刺に逢ひ又ロザリンドに逢ふべし。
かういふのはがたくり調といふんだ。……
あんたはどうしてそんな穢い歌を持ってゐるんです。
- ロザ
- 馬鹿、お默り!木に掛けてあったのを取って來たんだ。
- タッチ
- いかさま、こゝらの木には下等な物が生りますねえ。
- ロザ
- 其木へお前を接いで、それからメドラー(西洋くわりん)を接がうよ。さうすると、
それが此邊での此上もないお先ッ走りの果物になるだらう。
お前は……メドラーは只さへ早く腐るんだから……まだ半分も熟さないうちに腐っちまふだらうからね。
- タッチ
- 感心。けれども、感心に旨いのか、不味いのかは、此森に批判させることにしませう。
シーリヤが紙片を手に持ち、それを讀みつゝ出る。
- ロザ
- しッ!あそこへ妹が來た、何か讀みながら。(タッチストーンに)そッちへ寄ッといで。
- シーリ
- (讀む。)
などて此あたりを荒れ地とは呼ぶ?
人の往來絶えたればか?あらず。
われ言の葉を木毎々々に掛けん。
いみじき訓への言葉を示さん。
或ひは、人生はいともみじかし、
世の旅は正に走るがごとし、
隻掌能く全生の幅を掩ふと。
或ひはまたいと固くも結ばれぬる
友垣の破れにし事に就きて。
就中、最も麗しき枝々には、
もしくは一語々々の終りには、
われわがロザリンドの名を書きおかん、
讀む限りの者に、天が此縮圖中に示したまへる
あらゆる精靈たちの粹を知らせんために。
蓋し、天は、之が爲に、造化に命じて、
一個人の身神内に
すべての圓滿美を輯めさせたまひにき。
こゝに於て造化は諸るの精粹を拔きぬ。
先づ、ヘレンの芳頬より、而も其心は取らず。
次ぎにはクレオパトラの尊嚴より、
更に又、アトランタの最長所より、
及び彼の眞摯なるルークリースの温淑より。
かくして、ロザリンドは、種々の素によりて、
あまたの面、あまたの目、あまたの心より、
もろ〜の神の神ぱかりにて
無上の襃譽を博すべく造られたり。
天は彼女にかゝる美徳を有しめられぬ、
あはれ、われは、彼女の奴となって死なん爲に生きん。
- ロザ
- おゝ、やさしらしい説教師!おゝ、村の聽衆に、長い〜戀の説教を聽かせながら、
「諸君、どうか御辛抱」とさへもいはないのね、お前さんは!
- シーリ
- (二人を見て)ま、どうしたの!いつ歸って來て?(コリンに)お爺さん、少しあッちへ往ッてとくれ。
(タッチストーンに)よ、お前も一しょにお往き。
- タッチ
- (コリンに)さ、さ、お爺さん、名譽の退却をしようよ。輜重一切を車に載せて、
ではないが、小ちゃい袋をお手々に持ってだ。
- シーリ
- (ロザリンドに)此歌を讀んで?
- ロザ
- えゝ〜、讀んだとも、讀み飽きたほどよ。その筈さ、中には、語數も、脚の數も、
定格以上に多い歌があるんだもの。
- シーリ
- 脚の數の多いのはいゝぢゃないの?歌の意味をよく運ぶでせうから。
- ロザ
- でも、其脚韻は大抵片ちんばだったから、意味を運びかねて、句が跛引いてゐましたの。
- シーリ
- それはさうと、あなたの名が此邊の木に幾らも〜掛けてあるのを、不思議だとはお思ひでなくって?
- ロザ
- さァ、もう九日の七日分ぐらゐは不思議がってゐたのよ、あなたのいらっしゃる前に。
なぜなら、御覽なさい、棕櫚の木に掛けてあった此歌を。わたしは、ピサゴラスの時以來、
こんなに歌に作られたことはないわ、……あの時分は、わたしアイヤランドの鼠であったっけが、 もう殆ど記えちゃゐないわ。
- シーリ
- だれがしたのだか、御ぞんじ?
- ロザ
- 男でせうか?
- シーリ
- 頸に鎖を掛けてませう、もとあなたが持ってた金鎖を。おや、顏の色が變ってよ!
- ロザ
- ねえ、だァれ?
- シーリ
- おゝ!思ひ合った人逹が首尾よくめぐり逢ふといふことは中々むづかしいことよ。
けれども大地震で以て大きな山が取除けられて、それで廻り逢ふといふことも、隨分あるわ。
- ロザ
- よう、だれですてば?
- シーリ
- ま、ほんとに不思議よ!
- ロザ
- ねえ、後生、お願ひ、よう、をしへて頂戴よ、だァれ?
- シーリ
- おゝ、ほんとに〜〜、こんな不思議ッたらありゃしないわ?けれどもほんとに不思議よ、
どうもかうも言ひやうのないほど不思議よ!
- ロザ
- まァ、わたしの顏の色が!あなたは、わたしが男の裝をしてゐる以上、
心の中まで筒袴仕立になってゐると思って?もう一寸と躊躇いていらっしゃると、
南洋發見航海以上の大事件よ。ねえ、どうぞすぐ知らせて下さい、よう、早くさ。
其人の名をいふには、お酒が口の細い壜からちびり〜出るやうに、吃り〜言ってくれゝばいゝねえ。
言はないでもなし、さうかといって、突ッと言ッちまふのでもなく。
よう、口の栓をお拔きなさいね。よ、其知らせが飮みたいからさ。神さまのお製へになった人?
どんな樣子の人?帽子の似合ふ頭の人?髭の似合ふ顏附の人?
- シーリ
- いゝえ、髭はほんの少ゥし。
- ロザ
- なァに、髭なんかは今に神さまがお生やしなさるわ、殊勝にしてれば。
わたし髭はどうでもいゝわ、頤のはうを知らせて下さりゃ。
- シーリ
- オーランドーさんよ、あの力士をしょひなげにすると一しょに、あなたの心もひッくり返した人よ。
- ロザ
- 人を!戲談いひッこなし。よう、眞面目に、正直におっしゃいよ。
- シーリ
- ほんとにあの人よ。
- ロザ
- オーランドー?!
- シーリ
- えゝ、オーランドーよ。
- ロザ
- あら、どうしよう!こんな男の裝をしてるんだもの!あの方何してゐて、あなたが逢った時?
何と言ってたの?どんな顏してゝ?どんな裝をしてゝ?どうして此處へ來たの?
聞いて見て下すって?今どこにゐるの?何てって分れたの?いつまた逢ふの?すぐ一口でいって下さい。
- シーリ
- 一口でいふには、巨人怪とかいふお化の大きな口でも借りて來なけりゃ、言へないわ。
わたしの齡の者の口には滿り過ぎてよ。あなたの問ひに、一々然り、否をいふのは、お宗旨問題に答へるよりも、 むづかしいわ。
- ロザ
- あの方わたしが此森にゐて、男の裝をしてることを知ってゝ? お相撲を取った時とおなじに、元氣な顏をしてゝ?
- シーリ
- ま、戀人のいふことに一々答へるのは微塵を算へるよりも骨が折れてよ。
どんな風かはあなた自身でお檢めなさい、わたしは逢った時の生のまゝをいふから。
木の下に落ッこちてた槲實のやうに横になってゐたのを見附けたの。
- ロザ
- その槲の木をヂョーヴの樹と呼びませう、そんな立派な槲實を落ッことすんだから。
- シーリ
- (戲れて、鄭重に)ま、どうか、暫くお聽き取り下さいまし。
- ロザ
- (同じく氣取って)さ、申せ。
- シーリ
- その木の下に、大の字形になって、手を負った勳爵士のやうに横になってゐましたの。
- ロザ
- さぞ痛はしく見えたでせう。けれども背景が佳いから、好い画面だわ。
- シーリ
- 其舌を叱って下さい、話の腰を折ってしやうがないから。……獵師のやうな裝をしてゐたの。
- ロザ
- おゝ、怖い!わたしの心を射殺しに來たのだわ。
- シーリ
- あら、また調子をはづさせてよ、お囃子なんか入れさせないで歌ッちまはうと思ってるのに。
- ロザ
- だって、わたし女でせう?思ったことは言はずにゃをられないわ。……さ、あとを、さ。
- シーリ
- わからなくなッちまふわ。……(一方を見て)ちょいと!あの人が來たのぢゃなくって?
オーランドーとヂュークヰーズが話しながら出る。
- ロザ
- (同じく見て)さうよ。隱れて見てませう。
二人退る。
- ヂュー
- 御同伴下すって有りがたう。だが、實は、獨りでゐたはうがよかったんだ。
- オーラ
- わたしとてもです。けれども、世間の習慣上、御同行を謝します。
- ヂュー
- 以後お心易く。成るべくお目にかゝらんやうにしたい。
- オーラ
- どうか、此後は御別懇を願ひたくない。
- ヂュー
- どうか、今後は、木の幹の竒麗な處へ、戀歌なんぞを汚らしくお書きつけなさらんやうに。
- オーラ
- どうか、今後は、下手々々と拾ひ讀みなんかして、折角の歌を臺なしになさらんやうに。
- ヂュー
- 君の戀人の名はロザリンドかね?
- オーラ
- さやうです。
- ヂュー
- 氣に入らない名だね。
- オーラ
- 親御が名を附けた際に、君の御機嫌を取らうとは思はなかったさうです。
- ヂュー
- 丈は高いかね?
- オーラ
- わたしの胸あたりまではありませう。
- ヂュー
- 中々旨い答へを貯へてるね。金細工の妻さん連に知合が多いかなんかで、
それであの手合の指輪の銘て奴を暗記してるといふわけかね?
- オーラ
- ぢゃァないよ。けれども、君が繪招牌式で問を掛けるから、こッちも同じ式で答へるのさ。
- ヂュー
- 君の舌は中々機敏だ。アタランタ姫の踵で出來てるのだらう。さ、一しょに掛けないかね?
(と木の根へ腰をおろして)二人で此慘めな世の中を罵倒してやらうぢゃないか?
- オーラ
- わたしは自分以外の者を罵らうとは思はない。自分が一等よくない。
- ヂュー
- 戀なんかするのはよくないね。
- オーラ
- よくないかも知れないけれど、君の一等よい行ひとも取換ッこはしたくないね。 君とはもう物もいはれない。
- ヂュー
- さう〜。わたしは阿呆めを搜してゐたんだ、君に逢ったあの時。
- オーラ
- 阿呆は河へ落ちて死んだよ。覗いて御覽、見えるでせうよ。
- ヂュー
- のぞきゃ、おれの影が映るだらう。
- オーラ
- それが即ち阿呆だ、でなきゃ零だ。
- ヂュー
- おれはもう君とは一しょにゐない。さよなら、戀の專賣屋さん。
- オーラ
- お名殘をしからず存じます。さよなら、悲觀專門先生。
ヂュークヰーズ入る。
- ロザ
- (シーリヤに)わたし生利な馬丁といふ呼吸で物をいひかけて、
からかって見ませう。……(オーランドーに)おい〜、獵師さん!
- オーラ
- はい〜。何か御用ですか?
- ロザ
- ねえ、何時でせう?
- オーラ
- 森の中にゃ時計はありません。何時なんて判然分りッこありません。
- ロザ
- ぢゃ、森には眞正の戀人はゐないと見える。ゐりゃ、一分毎に溜息をして、
一時間毎にうん〜唸る筈だから、時噐がなからうと、
時刻の徐くさく經つのをちゃんと算へ通してゐさうなものだ。
- オーラ
- なぜ駸々と經つ時刻といはないのです?さういっても可いぢゃありませんか?
- ロザ
- いゝや。時の歩みの遲い速いの感じは人によって異ふ。だれとは時が悠然と歩み、
だれとは地鞴を踏み、だれとは駈けッくらをし、だれとは停立ッちまふかを話さうかね?
- オーラ
- 地鞴を踏むのはだれとですか?
- ロザ
- 若い娘とですね、いよ〜婚禮と定ってから、其日が來るまでの間の時です。
それがたった一週間であっても、いよ〜までに七年もかゝるやうに當人には思はれるんでさ。
- オーラ
- だれとは悠然と歩みますか?
- ロザ
- ラテン語の讀めない僧さんや持病に痛風のない富豪とですね。
一方は書が讀めないから樂々と眠られまさ。
又、一方は痛み所がないから毎日陽氣に暮す。一方には、
人を癯せさせて精根を疲らせる學問といふお荷物がないし、
一方には、重い、じれったい貧乏といふお荷物がないから、時が、樂さうに、 ゆったり〜歩きまさ。
- オーラ
- で、時が駈ッくらをする相手は?
- ロザ
- 絞罪臺へ引ッ張られて行く盜賊です。どんなに徐々と歩く積りでも、
時のはうで駈足をしてるやうに、奴自身は思ふのです。
- オーラ
- 時が立止ッちまふ相手は?
- ロザ
- 休課中の裁判官連です。其間は全然眠てばかりゐますから、てんで時の經つのを御ぞんじなしです。
- オーラ
- 君は何處にお住ひです?
- ロザ
- あの娘と一しょにゐます、妹です。此森の、いはゞ女袴の縁飾てったやうな隅ッこに住んでゐます。
- オーラ
- こゝの生れですか?
- ロザ
- えゝ、ちょうど南京鼠が生れた處に住んでゐるやうにね。
- オーラ
- 語調は如是田舎の人のやうぢゃありませんね。
- ロザ
- 折々、人にさういはれるんでさ。實は、わたしの叔父に當る僧さんが……
若い時、内地にゐたんでしたが……それが物の言ひ方を教へてくれたんでした。叔父は數竒者でした。
風雅人といふ意味でも、色事師といふ意味でも。戀愛を愼めといふお説教をよくやらかしたもんでした。 幸ひに、わたしは女と生れなかったから、
叔父が婦人全體の大弱點であるやうにいってゐた戀愛なんかに惱まされるやうなことはありませんや。
- オーラ
- 婦人の大弱點だと叔父さんがいってなすったことの中で、主なのは何でした?
- オーラ
- 主なのッてのはありませんね。みんな、二錢銅貨がお互ひに似てるやうに、似たりよったりでさ。
一つだけ聞きゃ滅法界もないやうだが、其次ぎのを聞きゃ、それもまた滅法界もないのです。
- オーラ
- ねえ、一つ二つ話して下さい。
- ロザ
- いや、御免です、病人になら、藥も與りますけれどね。現に、此森の中にも、
一人の病人がゐまさ、若木の幹へもてって、「ロザリンド」と女の名を刻みつける男がゐまさ。
山査子に戀歌を書いて掛けておいたり、木莓に哀れッぽい文句をぶらさげたりします、どれも、どれも、
ロザリンドといふ女を崇拜してたらしい文句なんです。あゝいふ戀愛師に出ッくはしたなら、
一番意見してやらうと思ふでさ、たしかに戀わづらひをしてゐるらしいからね。
- オーラ
- それはわたしです、全く戀わづらひをしてゐるのです。どうぞ療治して下さい。
- ロザ
- 君の顏には、ちっとも叔父のいったやうな症候が見えてゐないよ、
叔父は診察法を教へてくれたんだけどね。燈心草の籠の中なんかに入れられてゐる人 (戀の捕虜なぞになってゐる人)とは見えないね。
- オーラ
- で、その症候といふのは?
- ロザ
- まづ、頬が削ける。ところが、君はさうではない。次に目が凹んで縁が青くなる。君はさうでない。
髭は長び放題。君はさうでない。と言ったものゝ、君の髭は、本來が末ッ子の收入といふ程度だから、
これは君の罪ぢゃないね。それから、筒袴の比もは解け放題、帽子の額卷は剥れ放題、
袖口の鈕釦は脱れ放題、又、靴の紐も結ばず、其他、何もかも、
うッちゃりっぱなしの、だらしのない樣子がなくちゃァならんのだが、君はさうでない。
君の身裝は整然としたもんだ、自分の事を忘れッちまって、 他人の事を思ってばかりゐる人のやうぢゃァない。
- オーラ
- あゝ、どうかして、實際、戀をしてゐるのだといふことをあなたに信じて貰ひたい。
- ロザ
- わたしに?わたしに信ぜしめることが出來りゃァ、君が戀してる其婦人にも信ぜしめることが出來るよ。
その女は必然ぢきに信じるよ、口ぢゃ何といはうとも。今日びでも、女といふ者は、
其點だけは、良心に背いて譃をいふもんだよ。それはさうと、實際、君かい、
いろんな木へもってって、ロザリンドを歎美する妙な歌を引ッ掛けるのは?
- オーラ
- さうです、全く。ロザリンドの、あの雪のやうな手に懸けて誓ひます。わたしです、 不幸なわたしです。
- ロザ
- だがね、實際、戀愛してるんですか、あの歌の通りに?
- オーラ
- 歌にも論にも言ひ盡されるやうなんぢゃありません。
- ロザ
- 戀人て者は全く狂人同然の者さね。だから、暗室に押込めて、狂人とおなじに、
撲り附ける必要があるんでさ。けれども大抵はそんな目には逢はせないで以て療治することになってるのは、
つまり、此病氣はあんまり有りふれてゐて、撲らうとする其當人までが、とかく此病ひにゃ罹ってるからだ。
だが、わたしはね、説諭して治さうと思ってます。
- オーラ
- だれかを今までに治したことがありますか?
- ロザ
- 一人だけあります。ま、こんな風に。其男に、假にわたしを其相手の女だと思はせることにしてね、
毎日わたしを口説きに來させたのです。ところで、わたしは氣まぐれな惡戲者だからね、
或時は悲しんで見せる、或時は女らしくやさしくする、或時は心變りもする、待ち焦れもする、
好いても見せる、或ひは高ぶる、ふざける、惡戲をする、淺はかにも見せる、
或ひは浮氣らしくもする、ぽろ〜と涙を落す、にこ〜と笑ふ。喜怒、哀樂、何もかもやって見せるが、
どの情も心底からといふのぢゃァない。まづ、男も、女も、若いうちは、大概そんな風のもんです。
で、今は好いてるかと思ふと、すぐ嫌ひになる。今はちやほやしてるかと思ふと、すぐ跳ねつける。
今は泣いてるかと思ふと、すぐもう唾を吐きかける。とゞのつまり、其わたしの相手の男は、
狂人ひめいた戀から眞性の氣ちがひになッちまって、もう〜浮世は捨てたといって、
僧さんになって山に籠ッちまひましたよ。それで以て戀わづらひは治った。
其同じ療治法を君の肝の臟にも試って見ようぢゃないか?それを、健全な羊の心臟同樣、
ちょッぴりとでも戀の痕なんかないやうにしてあげるよ。
- オーラ
- 治して貰ひたくない。
- ロザ
- わたしゃ治したいねえ、わたしを假にロザリンドと呼んで、
毎日わたしの小屋へ來て口説いて下さりゃァそれで可いんだ。
- オーラ
- ぢゃ、さうしませうか?君の家は何處です?
- ロザ
- 一しょに來たまへ、案内するから。其途々、君の此森での居どこをも聞かう。行きますか?
- オーラ
- 行きますとも。さ、お若衆さん。
- ロザ
- いゝえ、ロザリンドさんとお呼びよ。……さ、妹、行かうよ。
更新日: 2003/02/16
お氣に召すまゝ:第三幕 第三場
第三幕
第三場 同じく林中。
-
タッチストーンが躍り跳ねるやうにして、田舎娘オードリーの手を引きながら出る。
ヂュークヰーズが少し後れて出て、木かげにて樣子を見てゐる。
- タッチ
- さ、早く〜。山羊はおれが飼ってやるよ。え、これさ、どうだ、え?え、オードリー?
(得意さうに)して見ると、まだ是れで好男子かな?こんな顏色でも好いたらしいかい?
- オー
- (解しかねて)え、がんしょくだって!はれ、ま!どんながんしょくだね?
- タッチ
- かうしてあのしと山羊共との間におれがゐるのは、あの昔の變妙來な詩人オヰ゛ッドて男が、
山羊よろしくの野蠻人の國へ流し物になったて格だぜ。
- ヂュー
- (傍白)おや〜、とんでもない比較だ、ヂョーヴ神が茅屋根へ天降ったといふほどに、不釣合だ。
此間、オードリーは果物をむしゃ〜と食ってゐる。
- タッチ
- (洒落がオードリーに通じないので、大げさに歎息して)折角の名句が理解されなかったり、
折角の洒落が犬死したりした時ほど情けないことはないね、
安宿へ泊って大旅館竝の勘定を取られるよりも情けないや。……ほんとになァ、
神さまがお前をもう少と詩的に生み附けといてくれりゃよかったに!
- オー
- してきてのは何のことだね?譃ォ吐かんてことかね?
正直てことかね?
- タッチ
- いんにゃ。正直てこッちゃァない。何故ッて、およそ詩的てものはだ、
佳い詩ほど譃ッぱちだらけのものだ。戀人は、とかく、詩を作る。
詩にかこつけて言ふことは、みんな譃ッぱちだって可いんだからなァ。
- オー
- それでわしを神さまが詩的に生み附けりゃよかったとお言ひかね?
- タッチ
- さうだ。お前はおれに、何もかも正直に言ふ、と言ふだらう。そこだ。
もしお前が詩人だったら、あゝは言ったものゝ、ありゃ譃だらうと、
折々は思ふことも出來るんだがね。
- オー
- ぢゃ、正直はいけないかね?
- タッチ
- いけない、お前は顏が竒麗だからなァ。竒麗な上に正直であって見な、そら、美にして貞なりだらう。
それぢゃァ、砂糖に蜜といふもんだ。あんまり過ぎらァ。
- ヂュー
- (傍白)阿呆め、中々あぢを言ふ!
- オー
- だって、わし竒麗でないわよ。だから、せめて正直者になってゐたいわよ。
- タッチ
- いかさま、みっともないお引摺どのに、正直なんて結構な物をくれてやるのは、
薄汚い皿へ凝った料理を盛るやうなもんだからなァ。
- オー
- わしはお引摺ぢゃァないわよ、みっともない顏だからって。
- タッチ
- もっともないだけで、先づ澤山と思ってるがいゝ。お引摺にゃァ何時でもなれるから。
それはともかくとして、おれはお前と結婚するよ、 そのために隣り村のオリワ゛ァー・マーテクストさんを頼み込んでおいた、
けふ此處へ來てくれて、おれたち二人の式を行ってくれる筈だ。
- ヂュー
- (傍白)こりゃ是非見たいものだ。
- オー
- どうぞ神樣お守り下さい!
- タッチ
- アーメン!若しこれが氣の弱い男であったら、實行を躊躇するかも知れない。こゝにゃ林があるきりで、
お宮もなけりゃ、角の生えた奴等の外に會衆らしいものも居ないのだからなァ。けれども關ったことァない。
勇氣を出せ!角と聞くと氣になるが、要するに、止むを得ないもんなんだ。古語に曰くだ、
「人多くは其富の際限を知らず」と。その通り。とかく、人にゃ角は附き物、
而も際限知らずと來てゐる。はて、爲方がないや、嚊の御持參品だ、手製ぢゃない。
角が生える?如何にも。下等社會ばかりかい?どういたしまして。最上等のお歴々の鹿どのにも、
痩ッぽちの鹿同樣の素敵な角が生える。だから獨身者は幸福だといへるかい?
いんにゃ。城壁で嚴重に固めた市府のはうが竝の村落よりは結構である如くに、
女房持の角の生えた額のはうが、獨身者の素額よりも優な如く、
角のあるはうがそれのないよりも優だ。……(一方を見て)オリワ゛ーさんが來なすった。
田舎牧師學士オリワ゛ー・マーテクスト出る。
オリワ゛ー・マーテクストさん、ようこそ。此木の下ですぐやってくれますか? 或ひはお堂まで行きますか?
- 牧師
- 婦人を與れるお人はござらっしゃらんのかね?
- タッチ
- え、貰ふなんて、そんな不見識なことァわしは嫌ひだ、結婚するのに。
- 牧師
- いゝや、與れる役をする人がいなければ、結婚の式は成立たんことになります。
- ヂュー
- (木かげからつか〜と進んで出て)さァ〜、式を御執行なさい。わたしが其役を勤めようから。
- タッチ
- (ヂュークヰーズに)や、今日は、何とやらさん。(仔細らしく)お丈夫ですか?
いゝところでお目にかゝりましたね。先日は、まことにどうも。いや、圖らずお目にかゝって、恐悦至極です。
え、なに、ほんの些細な内證事なんで。さ、どうか、お帽子をお召しなすって。
- ヂュー
- 細君を娶らうといふんですか?
- タッチ
- 牡牛には軛、馬には手綱、鷹には鈴、ちょうどそれとおンなじに、
男には女房が附き物です。鳩でさへ嘴を突ッつき合はせますからね。
- ヂュー
- だが、都會で育った君が、こんな籔の中で、宿無しのやうに、式を擧げるでもあるまい。
え?教會へ往って、十分婚禮の何たるかを心得てゐる僧さんを頼んだらよからう。
あの(とマーテクストへ思入れして)男なんかは、まるで羽目板でもおッつける氣で君たちを一しょにしようとするのだ。
こんな風にして一しょになると、すぐに生木の歪むやうに反り返って、又ばら〜になッちまふよ。
- タッチ
- (傍白)おれは、どッちかといふと、此 僧さんに結婚させてもらったはうが可いのだ。
といふのは、此僧は、どうせ本式にはやらないんだから、後になって、嚊を追ひ出さうて時に、
いゝ口實が出來るからだ。
- ヂュー
- さ、一しょにおいで、忠告することがある。
- タッチ
- さ、さ、オードリー、來なよ。……さよなら、オリワ゛ーさん。(歌ふ。)
おゝ、わがいとしのオリワ゛ー、
おゝ、わがいみじのオリワ゛ー、
われをば見すてたまふな。
ではないや。
行きね、疾く、
去りね、疾く、
おぬしのお世話にはならじわれは。
と歌ひつゝ、タッチストーン、オードリー、ヂュークヰーズ入る。
- 牧師
- (舌打をして)なんのことだ。もう二度とあゝいふ馬鹿者共にちゃうさい坊にされるこッちゃァないぞ。
入る。
更新日: 2003/02/16
お氣に召すまゝ:第三幕 第四場
第三幕
第四場 同じく林中。
-
ロザリンドとシーリヤが出る。
- ロザ
- (ひどく萎れて)もう何もいって下さるな。わたしゃ泣きたい。
- シーリ
- お泣きなさいね。けれども涙といふものは男には似合はないものだといふことをお忘れなさるな。
- ロザ
- だって、泣かずにをられますか?
- シーリ
- 悲しいのは御もっともよ。だから、お泣きなさい。
- ロザ
- あの人の髮の毛はどうも浮氣者らしい色をしてゐるわ。
- シーリ
- ヂューダの髮の毛だってあの人のほどあゝ赤褐色には畫いてないわ。
きッとあの人の接吻なんかは虚僞の塊よ。
- ロザ
- いゝえ、あの人の髮の毛の色は佳い色ですわ。
- シーリ
- いゝ色ですとも。栗色ほど好い色はありませんもの。
- ロザ
- あの人に接吻されるのは、聖晩餐の麺麭をいたゞいたやうに、 神聖いのです。
- シーリ
- あの人の清純な脣は[女|爭]娥さんから買って來たのです。
ウィンター(嚴冬)宗の尼逹の接吻だってあの人のほどに神聖ではないのです。 氷のやうに清淨なのだから。
- ロザ
- 今朝來ると約束しておきながら、なぜ來ないのでせう?
- シーリ
- きッと不眞實な人よ。
- ロザ
- あなた然う思って?
- シーリ
- えゝ。まさか巾着切とも、馬どろばうとも思やしませんけれど、戀の眞實といふことだけは、
あの人は、底の深い盃ほどに、又は蟲の食ッちまった胡桃ほどに、空洞だらうと思ふわ。
- ロザ
- 不眞實?
- シーリ
- えゝ、戀をすりゃ。けれどもまだ戀をしちゃゐないやうだわ。
- ロザ
- だって、眞實、わたしを戀してゐたと、あの人が誓言したのを、あなた聽いてゐたぢゃないの?
- シーリ
- 「ゐた」と「ゐる」とは異ふわ。それに、 戀人の誓言は酒店の給仕人の口でする勘定以上には確實ぢゃなくってよ。
兩方とも、出鱈目をいふんですから。あの人は、此森で、あなたのお父さまにお仕へしてゐるさうです。
- ロザ
- その父にわたし昨日逢ひまして、何かと話をしましたの。父が、わたしの身分はと訊きましたから、
あなたと同等の身の上の者ですといったら、父は笑ひ出して、もう歸ってもいゝといひましたの。
ですが、お父さんの事なんかお互ひにどうでもいゝぢゃなくて? オーランドーさんのやうな人がゐて見れば。
- シーリ
- ほんとに立派な人ね!あの人は歌も上手に作るし、辯舌もいゝし、誓言も立派にするし、
さうしてそれをまた立派に破りもするわ、而も眞二つにさ、相手の胸を横裂にするやうにして破るのよ、
まるで、下手くその騎士が槍の仕合をするとて、只一方へばッかし暗雲に馬を突ッ走らせて、
突當って、天晴な馬鹿者らしく、手槍をぶち折ってしまふやうに。とにかく、
若氣さがさせたり、馬鹿げさがさせたりすることが上手よ。……(一方を見て)だれか來たわ!
コリンが出る。
- コリン
- もし、お孃さま、旦那さま、先だって、
わたしと芝地で話をしてゐたあの戀わづらひをしてゐる羊飼男のことをお尋ねなさいましたっけが、
それ、あの、高慢ちきめな村の女のことを、さげすまれながら、ほめちぎってゐましたあの羊飼のことを。
- シーリ
- その羊飼がどうしたといふの?
- コリン
- もしか心から思ひ込んで蒼ざめるほどになってる者と、それをさげすんで、嫌って、
高慢な赤い面ァしてる者とがして見せるお芝居を御覽なさらうといふのなら、
ちょッぴりお出かけなさいまし。御案内します、御覽なさる氣なら。
- ロザ
- おゝ、ぢゃ、往って見よう。戀人たちの姿を見るのは、戀に惱んでゐる者の慰めになる。
その場所へつれてッとくれ、わたしは其芝居の仲間入して、狂言廻しをしよう。
入る。
更新日: 2003/02/16
お氣に召すまゝ:第三幕 第五場
第三幕
第五場 同じく林中。
-
シルヰ゛ヤスとフィービーと出る。
- シルヰ゛
- フィービーさん、嫌ひなさんなよ。よう、頼むからよ。 好かないなら好かないでもいゝけれど、そんな酷いことをいひなさんな。
人を殺すのを商賣にしてゐる首斬役でせへ、罪人が覺悟して首を差延べると、
斧を振下ろす前に、詫言をいふさうだ。人殺しを役目にしてる者よりも酷い心を持つかねあんあんたは?
ロザリンド、シーリヤ、コリンが出て、樣子を窺ふ。
- フィー
- わたしゃ首斬役なんかにゃなりたくないわよ。だから、逃げるわよ。お前さんに害を與へたくないからさ。
わたしの目がお前さんを殺すとおひいだね。成るほど、御もっともよ、さうもありさうなことよ。
ちょッと埃が入ってさへ、臆病に慌てゝ、戸を閉めるやうな、脆い、かよわい目のこッたからね、
人を苦しめたり、殺したりしさうなことよ!ぢゃ、今、わたしが、一生懸命にお前さんを睨んでよ。
若し此目に痛手を負はせる力があるなら、今こそお前さんを殺し得るだらう。
さ、氣絶する眞似をして御覽。さ、ぶったふれて御覽よ。それが出來ないなら、おゝ、
譃も好い加減におしよ、わたしの目を人殺だなんて!
さ、どこへどんな手傷を負はせましたよ、わたしの目が?
ちょッと針で突ッついたって疵の痕は殘るわ。藺草へ凭れてゐてさへ、
葉を壓しつけた痕が掌に暫くは消えない。けれども斯う熟と睨んだわたしの目は、
お前さんにどういふ怪我をもさせないぢゃないの?またさせる筈もないのさ。
- シルヰ゛
- おゝ、フィービーさん、どんなこッてあんたが……しかも近いうちに……ある竒麗な若い男の人に逢って、
戀といふものゝ力を思ひ知る時があるかも知れない、若しさういふことがありゃ、その時にゃ、
戀の鋭い鏃はどんな目に見えん痛手を負はせるものかゞ分るだらう。
- フィー
- ぢゃ、その時が來るまで、傍へおいでゝない。その時が來たら、たんとわたしを馬鹿におしな、
氣の毒がらないで。ま、それまでは、お前さんを氣の毒がるわけにはいかないのよ。
- ロザ
- (進んで出て、フィービーに)どういふわけで、そんなに慳貪にするんです?君は、一體、どういふ女だ、
氣の毒な男を頭くだし一氣に罵倒して好い氣になってゐる君は?よしんば多少標致がいゝからッて
……かう見たところ、寢る時に蝋燭が要らないといふ程度以上の顏ぢゃァないやうだが……
そんなに威張って酷いことをいふ必要はないぢゃないか?え、どういふわけだ、
なぜさうわたしの顏を見詰めるんだね?君は、わたしには、造化が賣物にする竝の人間だとしか見えんよ。
フィービー、此間、ロザリンドの顏ばかり見詰めて、うっとりとなってゐる。
(シーリヤに)おや〜〜、あの女はわたしの目を生捕りにしょうとするのらしい!……
(フィービーに)駄目だよ、高慢屋さん、わたしを生捕らうとしたって、駄目だよ。
そんなインキ色の眉毛や、そんな黒い絹絲よろしくの髮毛や、そんなガラス玉のやうな目の玉や、
そんなクリーム色の頬ぺたぐらゐぢゃ、わたしの心を君の脚下に拜跪させることは出來ないよ。
……(シルヰ゛ヤスに)君も馬鹿だねえ、なぜあの女の後を負ひ廻すのだ、
靄澤山の南國ぢゃあるまいし、溜息の風の吹き通し、涙の雨の降り通しといふ風に?
君のはうがあの女より千倍も立派だぜ。君たちのやうな馬鹿者が、
とかく不噐量な子供をどし〜製造するんだ。あの女を自惚れさせるのは、鏡ではなくッて、君だ。
君がほめ立てるもんだから、あの女が鏡を見た時よりもずっと立派だらうと思ひ込むんだ。
……(フィービーに)おい、娘さん、身の程を知んな、そこへ膝を突いて、斷食でもして、
結構な人に慕って貰ふお冥加を天に感謝するがいゝ。内證で忠告してやる、買手があるうちに賣りなよ。
何處でゝも賣れるといふ代物ぢゃないよ。此人に詫びて、いふことを聽いて、
此人を可愛がるがいゝ。見ッともない癖に高慢だと、それこそ一等見ッともない。 さ、若い衆、此女をつれて行きな。……さよなら。
- フィー
- お若衆さん、ねえ、一年もつゞけて、さういって叱ってゝ下さい。
わたしはあの人に口説かれるよりも、あんたにさうして叱られてゐたいわ。
- ロザ
- あの男は君の見ッともない顏に惚れたんだが、(といひさして、シルヰ゛ヤスらを見かへり)
あの女は怒鳴ってるわたしに惚れたらしい。若しさうなら、あいつがお前に苦い顏を見せるたんびに、
わたしは尚ほ手ひどく怒鳴ってやらう。……(フィービーに)なぜさうわたしを見るんだ?
- フィー
- 憎く思はないからさ。
- ロザ
- おい、わたしに惚れるのはお止しよ。わたしは酒の上の誓言以上に當のならん男だからね。それに、
君をわたしは好かない。わたしの居どこが知りたけりゃ知らしとくが、
それはすぐあッちの橄欖の木の澤山生えてる處だ。……妹、往かうか?……若い衆、うんと口説いて見な。
さ、妹。……娘さん、威張らないで、やさしくしてやんなよ。目はだれにでもあるが、
あの男ほど藪睨みの男はない。さ、羊のとこへ往かう。
ロザリンド、シーリヤ、コリン入る。
- フィー
- 亡くなった田園詩人さん(マーローをいふ)、今日になって初めてお前さんの名文句の偉いのを知ったわよ。
「眞に戀せし者、たれかは只一目見て戀ひざりし?」
- シル
- フィービーさん……
- フィー
- (しばらくして)え、何とかいって?
- シル
- フィービーさん、憫然さうだと思って下さい。
- フィー
- シルヰ゛ヤスさん、まことに濟まなかったわね。
- シル
- すまなかったといって下さるやうぢゃ、頼もしい。戀ひ焦れてゐるのを見て、
すまんとおひいなのなら、どうぞわたしを可愛がって下さい。さうすりゃ、わたしは助かるし、 あんたも氣が濟むといふもんだから。
- フィー
- 憫然さうだとは思ってよ。深切でしょ。
- シル
- ぢゃ、夫婦になって下さい。
- フィー
- そりゃあこぎよ。……シルヰ゛ヤスさん、あんたを厭な人だと思ってたのはもう過去になったけどね、
まだ愛するといふ程にはなっちゃゐないわよ。けどもあんなたは戀の話がうまいから、今までとは違って、
これからは、あんたと始終話をしもしやうし、何かと頼むこともあるでせう。
これど頼まれるといふことだけで滿足して、それ以上の報酬を求めてはいやよ。
- シル
- わたしの戀は全くの清い戀なんだから、戀に飢ゑ凍えてゐるんだから、落穗ほどの愛想でもいって貰へば、
大きな收穫は、たっとひ他に取られてしまっても、たんまり刈り入れをしたやうに思ひませう。
時たまでいゝから、笑ひ顏を見せて下さい。わたしはそれで生きて行きます。
- フィー
- あんたは、今まで、わたしに物をいってたあの若い人を知ってゝ?
- シル
- よくは知らないけれど、折々逢ったことはある。あの人は、お爺さんの地主さんから、 家と牧場とを買った人だ。
- フィー
- あの人のことを尋ねたからッて、わたし惚れてるんでも何でもなくッてよ。
怒りッぽい小僧ッ子ね、あの人。でもうまいわね、いふことが。
だけど口前なんか何になるものか?でも聽いてゐて、氣持のよくなるやうな口前は、わるくないわね。
ちょッと可愛いとこのある男だわ。大してぢゃないけれど。おそろしく威張ってるわね、
でも、そこが似合ってよ。立派な男になりさうね。一等いゝのはあの顏の色よ。
いふことは憎らしいけれど、顏を見てると、憎らしいのを忘れッちまふ。
丈はあんまり高かァない、けども齡にしちゃァ高いはうだわ。脚はまァ人竝のはうだけれど、
ま、けっこうよ。脣の眞赤だったこと!頬ぺたに交ってゐた色よりもずっと濃ッて、艷があって、
本gとダマスク薔薇の紅白雜色ほどの差ひがあってよ。
ねえ、シルヰ゛ヤスさん、若しかどッかの女が、今わたしがしたやうに、細ァかにあの人を見ようもんなら、
あぶなくあの人に惚れるでせうよ。けどもわたしは、惚れもしなけりゃ憎みもしない。どちらかといへば、
惚れるよりか憎むはうが當然よ。だって、あの人何のわけもなくッて、わたしを惡口したでせう?
わたしの目が黒いの、髮の毛が黒いのといったでしょ。さうです、わたしをさげすみました。
わたし何故いひ返してやらなかったらう?けどもそりゃどうでもいゝわ。
うッちゃッとくのは赦しておくのぢゃないんだから。馬鹿にした手紙を一通書いてやらうや。
あんたそれを持ってって下さい。ねぇ、往ってくれて?
- シル
- 往って來るとも。
- フィー
- すぐ書くわ。いふことは、頭にも、胸にもあるの。手ひどくいってやるは、ぶっきらぼうに。 ……さ、おいでよ。
入る。
更新日: 2003/02/16
お氣に召すまゝ:第四幕 第一場
第四幕
第一場 同じく林中。
-
ロザリンド、シーリヤ、ヂュークヰーズ出る。
- ヂュー
- 以後はどうかお心易う。
- ロザ
- 君は泣蟲の沈鬱家だとかいひますね。
- ヂュー
- さやう。泣くことが笑ふことよりも好きです。
- ロザ
- 笑ふ人も泣く人も極端となってはたまらない人間ですね、世間一般からは醉ひどれ以上に嫌はれまさァ。
- ヂュー
- でも、愁然として口をつぐんでゐるのはいゝもんです。
- ロザ
- どれぢゃ榜示杙になるのもいゝことになる。
- ヂュー
- わたしの沈鬱は學者のとは異ふ、あれは嫉妬だ。音樂家のともちがふ、あれは空想だ。
廷臣のともちがふ、あれは倨傲だ。軍人のともちがふ、あれは功名心だ。
法律家のともちがふ、あれは政略だ。婦人のともちがふ、あれは氣むづかしいのだ。
情人のともちがふ、あれは以上一切を引ッくるめたものだ。
わたしの沈鬱はわたしの特有だ、いろんな物からいろんな要素を拔き輯めて來て製したもので、
つまり、多年の旅行中に得た種々の瞑想を追憶する所から生じた一種風がはりの沈鬱なのです。
- ロザ
- 旅行家ですか!ぢゃ、沈鬱にお成りなさるのも尤もだ。他人の地所を見に行くために、
自分の地所を賣り飛ばしたお仲間でせう。さうしていろんな地所を檢分に及んだ代りに、
嚢中は無一物、すなはち、目は大きに富んだが、手はすッてん〜といふわけでせう。
- ヂュー
- さやう、いろんな經驗をしましたよ。
- ロザ
- で以て沈鬱家になったのですか?わたしは經驗のお庇で、沈鬱家込むくらゐなら、
阿呆を相手に馬鹿を爲盡して愉快になりたいね。おまけに、わざ〜旅行までするなんて!
オーランドー出る。
- オーラ
- おゝ、御機嫌よう、ロザリンドさん!
- ヂュー
- (それを見て)ぢゃ、もうお暇だ、御機嫌ようだ、君がさういふ白をいふ段となったら。
(と行きかける。)
- ロザ
- (わざとオーランドーの來たのに氣が附かぬらしく裝って、ヂュークヰーズに)さよなら、旅行家先生。
舌ッ足らずのやうな口のきゝやうをして、見慣れない服を着て、自分の國の長所を貶し、
なぜこんな國に生れた、なぜこんな顏附に自分を生みつけてくれたか、と神さまゝで呪ふが可い、
でなきゃ、君がイタリーで遊山船に乘ったとは信じないよ。……(ヂュークヰーズ入る。)
おや、オーランドーさん、一體、君は何處へ往ってゐたの?それで以て戀人なのかい!
二度とこんな違約をするんなら、もう逢はないよ。
- オーラ
- ロザリンドさん、たった一時間おくれたばかしですよ。
- ロザ
- え、たったゞって?戀の約束の一時間をたったゞって!只の一分を千に割った其只一つ分だけの時間をだって、
戀の約束上で破るやうな男は、キューピッドにほんの肩をちょッと叩かれた程度の戀の手負で、 心臟はてんで無傷でせうよ。
- オーラ
- どうも濟まなかった。
- ロザ
- いゝえ、そんなに緩慢してるのなら、もう逢ひません。
わたし蝸牛に戀をしかけられたはうが優だから。
- オーラ
- 蝸牛に?
- ロザ
- さうさ、でん〜蟲にさ。彼奴は緩慢いけれども、家を脊負って歩いてゐる。
あなたは多分あれだけの物はくれやしまい。それに、頭に男の宿命を載けてゐる。
- オーラ
- といふのは?
- ロザ
- 角のことさ。あなたゝちが細君から頂戴する筈の物を。だが、初めッから準備してかゝってゐるから、
自然と豫防にもならうといったやうなわけさ。
- オーラ
- 淑女は角なんか製造しやしない。わたしの大事のロザリンドさんは淑女です。
- ロザ
- といふのは、わたしのこッてせう?
- シーリ
- (此時、横合から口を出して)あの方は假にあなたをさう呼んでゐるものゝ、 もっと竒麗なロザリンドさんが他にあるのよ。
- ロザ
- (浮かれて)さ、さ、わたしを口説いて御覽、けふはわたし上機嫌なんだから、諾といひさうよ。
さ、何といはうとするの、わたしがあなたの眞のロザリンドであったら?
- オーラ
- 先づ、物をいふより先きに接吻します。
- ロザ
- いゝえ、まづ、物をいったはうがいゝわ。いふことがなくなって困ったら、キツスするのがいゝでせう。
演説上手も絶句をすると唾をする。戀人も絶句したら……最上等のてれかくしはキツスよ。
- オーラ
- 若しそれを拒絶されたら?
- ロザ
- すれば、どうぞと歎願する段取になるだらうから、そこに自ら言ひ草の種が出來る。
- オーラ
- 焦れぬいて戀人の前へ出ながら、言ひ草がなくなって手持無沙汰になるなんてことがるでせうか?
- ロザ
- ありますとも、わたしが其婦人であれば。でなきゃわたしは餘ッぽどの蓮ッ葉よ。
- オーラ
- え、ぢゃ、わたその願ひは叶はないでせうか?
- ロザ
-
いゝえ、長居は御隨意です、けれども願ひは叶ひませんといひますの、
わたしが。わたしはロザリンドでせう?
- オーラ
- 假に君をさう呼ぶのさへ嬉しいのです、あの人の噂をしてゐたいのが山々ですから。
- ロザ
- で、わたしはその人に代って、「いやですよ」と斯ういふ。
- オーラ
- すると、正眞正銘の其當人のわたしは、焦れて死んでしまふ。
- ロザ
- いゝや、代人をお使ひなさいよ。開闢以來もう六千年にもなるだらうが、
つひぞまだ當人自身が死んだてことはありませんよ、戀のために。
トロイラスはギリシャ人の棍棒で腦髓を叩きみじかれて死んださうです、けれども其れ以前に、
戀愛關係上、死んでもいゝ破目になってゐたのです。あれなんぞが戀人の一標本です。
リヤンダーなんぞも、あれが暑くてたまらない土用の夜中でなかったら、ヒーローが尼さんにならうが、
なるまいが、平氣でもっと長生してゐたでせう。先生は、つまり、暑くてたまらんので、
ヘレスポントで海水浴をしてゐたんです、と急に痙攣が來て、溺死したんです。
それを昔の間拔けな傳記家がセストスの尼僧ヒーローの爲に死んだと思ったのです。
けれどもみんな譃です。人間は昔から死んでは蛆に食はれ、
死んでは蛆に食はれしたけれども、一人だって戀の爲に死んだものはありゃしません。
- オーラ
- 眞のロザリンドさんには、そんな料簡でゐて貰ひたくない、なぜなら、
あの人が憎さうに睨んだりなんかすりゃ、わたしは殺されッちまふから。
- ロザ
- 何の、睨んだぐらゐで蠅一疋だって死ぬものか!だが、これから氣を變へて、 どうやら靡きさうなロザリンドさんになるからね、
何なりと要求して御覽、諾といふから。
- オーラ
- ぢゃ、ロザリンドさん、わたしを愛して下さい。
- ロザ
- はい〜、年が年中でも。
- オーラ
- で、良人にして下さるか?
- ロザ
- はい、二十人分でも。
- オーラ
- え、何ですって?
- ロザ
- あなたは善良でせう?
- オーラ
- その積りです。
- ロザ
- ぢゃ、善良な代物は餘計に仕入れて損はしないでせう?さ、妹、お前さん牧師の役をして、
わたしたちを結婚さしとくれ。オーランドーさん、手を。……え、妹、どう?
- オーラ
- (シーリヤに)式を行って下さい。
- シーリ
- わたし文句を知らないわ。
- ロザ
- まづ、初めに、「オーランドーよ、卿は……」
- シーリヤ
- 分ってよ。……オーランドーよ、卿はこれなるロザリンドを妻とせん心なりや?
- オーラ
- はい、さやうです。
- ロザ
- だが、いつ?
- オーラ
- 今です。式が濟み次第に。
- ロザ
- ぢゃ、あんあてゃ斯ういふのよ、「ロザリンドよ、われは卿を妻としてめとったり」と。
- オーラ
- ロザリンドよ、われは卿を妻としてめとったりッ。
- ロザ
- 「とった」ッて?「捕った!」とおっしゃる前に、先づ逮捕状をお示し下さい。
といったものゝ、わたし、あなたを夫に取りますわ。……おや〜! 牧師さんよりも娘さんのはうがずっと足が早うございます。
女の思想は常に實行に先き立つのが定りですからね。
- オーラ
- すべて思想は先きへ〜と飛びます。翼が生えてますから。
- ロザ
- そこで夫婦になったら、どのくらゐの間一しょにゐる積り?
- オーラ
- 永久に、只の一日も遺さず。
- ロザ
- 「只の一日」とおもひ、「も遺さず」だけは餘計よ。いゝえ〜。男は言ひ寄る時だけが春で、
夫婦になッちまふと、もう冬です。娘でゐる間は五月の花時のやうだが、
夫持になると同時に、忽ち空模樣が變るのです。わたしは嫉妬を燒きますよ、
バーバリー産の雄鳩が牝鳩を燒くやうに。怒鳴りますよ、雨に逢った鸚鵡のやうに。
それから尾無し猿よりも珍らしい物を欲しがり、野猿よりも氣が變り易いでせうよ。
噴水盤のあのダイヤナの像のやうに、故もなく涙を瀧のやうに流すでせう、
而もあなたが愉快がってる最中に。かう思ふと、鬣狗の啼き聲のやうな聲を出して笑ふでせう、
あなたが眠たがってる耳の傍で。
- オーラ
- 眞のロザリンドさんはまさかそんなぢゃあるまい。
- ロザ
- いゝえ、きッとわたしのする通りにするでせう。
- オーラ
- おゝ、でもあの人は怜悧ですから。
- ロザ
- さ、怜悧であればこそさういふことをするのです。怜悧なものほど我儘なものです。
女の智慧を閉め込んでごらんなさい、窓から飛び出します。窓を閉めて御覽、鍵穴から出る。
それを止める、烟突から烟と一しょに飛び出します。
- オーラ
- そんな見當のちがった智慧を有った女を妻にしたものこそ、
流行言葉の「智慧さん何處へ?」を始終口にしてゐなけりゃなるまい。
- ロザ
- いゝえ、そんな口のわるひ言ひ草は、其細君の智慧が、だれかの寢床へさまよって行きさうになった時分にこそ、
お言ひなさい。
- オーラ
- さまよって行ったのを若し見附けたら、女は何と答へるでせう?
- ロザ
- あなたを搜しに來たのだといふでせう。唖でない以上、
女でうまく分疏をし得ない者はありゃしません。わるい事をしておいて、
それを反對に夫の故にし得ないやうな女に子供を育てさせりゃ阿呆にしッちまひます。
- オーラ
- 時に、ロザリンドさん、これから二時間ばかりあッちに往って來ますよ。
- ロザ
- あら、あなた、二時間なんて、そんなに長い間、いやァよ。
- オーラ
- 公爵の御宴席に列しなけりゃならんのです。二時になりゃ又來ます。
- ロザ
- (ひぞって)はい、ぢゃ、勝手になさい、勝手になさい。そんなだらうと思ってました。
(泣きさうになって)みんながさういってたの、わたしもさう思ってたの。
うまい口前で以て煽てゝ、諾といはせておいて。たかゞ、 一人の人間の捨てられ者が出來たんだ。死んぢまふから、いゝわ。
と泣く。オーランドー心配して介抱する。と忽ち笑ひ出す。オーランドーやっと安心する。
- ロザ
- ぢゃ、二時間待つの?
- オーラ
- えゝ、さうです。
- ロザ
- ぢゃ、誓文、眞實、神かけて、其他、さしつかへのない限りの誓言によって、
若しかあなたは此約束をちょッぴりとでもお破りだと、一分だっても時刻をおくらせると、
わたしはあなたを非常に情けない破約者、非常な虚喝の戀人、
迚もロザリンドとかお呼びの其婦人なんぞには釣合はない不眞實の骨頂男だとしますよ。
だから、わたしの此言葉をよく記えてゐて、約束をお守りなさい。
- オーラ
- あなたが眞のロザリンドであっても、此上はないといふやうに忠實に守ります。
- ロザ
- 「時」はすべての不埒者を審査する裁判官です。「時」に試驗させませう。さよなら。
オーランドー入る。
- シーリ
- あなたは酷いわ。今の問答の中で、さん〜゛女の事をわるくお言ひだったわ。
あなたの其の裝を引ンめくって、此鳥めは自分の巣を自分で突ッつき毀しましたと、
わたしはいはなけりゃ承知しなくってよ。
- ロザ
- おゝ、あなた、よう、察して下さいよ、よう、よう、よう!
わたしの此戀の深さはどのくらゐ深いか、何十尋深いか知れたものぢゃなくッてよ! 底が知れないのよ、ポルチュガルの灣のやうにね。
- シーリ
- てんで底がないのでせう、戀しひといふ心が流れ込むと一しょに、つうと拔けッちまふんでせう。
- ロザ
- いゝえ、わたしの戀がどのくらゐ深いかは、あのヰ゛ーナスさんの惡戲ッ兒に判斷して貰ひます、
悒鬱が胎を下し、むら氣が孕ませ、狂氣が生ませたあの目ないの、
自分が見えないもんだから、人をも盲にするいだづら小僧に。ねえ、アイリーナさん、
わたしゃどうしてもオーランドーさんの顏を見ずにはをられないのよ。わたし、
どこかの木蔭へ往って、あの人が歸って來るまで、溜息ばかりしてゐませう。
- シーリ
- ぢゃ、わたしは居眠りしませう。
入る。
更新日: 2003/02/16
お氣に召すまゝ:第四幕 第二場
第四幕
第二場 同じく林中
-
ヂュークヰーズと、貴族らと、獵師らが射殺した鹿を携へて出る。
- ヂュー
- 此鹿を殺したのはどなたですか?
- 貴の甲
- わたしです。
- ヂュー
- (一同に)ぢゃ、あの先生を、ローマの凱旋者よろしくといふ風にして、
公爵の許へ連れてゆきませう。勝軍の標章に、
鹿の角を頭に載けたらよからう。獵師、何か相當した歌はないかい?
- 獵師
- ございます。
- ヂュー
- 歌ってくれ。節なんかどうでもいゝ、賑かでさへありゃ。
- 獵師
- (歌ふ。)
鹿を射とめて何をか得たる?
斑毛皮に二本の角を。
さらば家路へ歌もろともに。
(皆々此囃子言葉だけを同音に歌ふ。)
角を戴ぐともおさげすみあるな。
生れぬ前から身に附いた飾り。
おぬしの父さも 其又父さも
おぬしの父さも 戴いだ角よ。
角よ、角よ、あな面白の
角を笑ふな、さげすむ勿れ。
入る。
更新日: 2003/02/16
お氣に召すまゝ:第四幕 第三場
第四幕
第三場 同じく林中。
-
ロザリンドとシーリヤが出る。
- ロザ
- まァ、御覽なさい!二時は過ぎッちまったでせう?(すねて)オーランドーさんが何人も來てることね!
- シーリ
- (とぼけて)こりゃきッと、戀しい餘りの憂さはらしに、弓と矢を持って、
出掛けて行ったんでせう……晝眠でもしに。……(一方を見て) あら、だれか來てよ。
シルヰ゛ヤスが出る。
- シル
- お若衆さま、あんたへのお使ひに參りました。フィービーさんがこれをお渡し爲てくれといひました。
何が書いてあるか、わし知りませんけれど、それを書いてた時に、
こはい顏をして焦々してゐましたゞから、荒ッぽいことが書いてもありませうけれど、
こらへてくださいまし、わし何も知らないで使ひに來たんでございますから。
- ロザ
- (讀みつゝ)忍耐其者だってこんな手紙を受取りゃ、こらへかねて怒鳴るだらうよ。
これが忍耐出來りゃどんなことだって忍耐が出來る。
彼奴はわたしを見ッともない男だの、無作法な男だの、威張り返ってるの、
よしんば男が鳳凰ほどに世の中に少なからうとも、迚もわたしを愛することは出來ないの、
なんのといふ。やれ〜!あいつに好かれようなんてことァ思っちゃゐないのに、
なぜこんなことをいってよこしたか?あゝ、分った、若い衆、こりゃ君が製作へて來た僞手紙だらう。
- シル
- とんでもない!何が書いてあるかわし些も知りゃしません、 全くフィービーさんが自分の手で書いたんで。
- ロザ
- おい〜、馬鹿だねえ、君はもう戀の斷崖へ來てるよ。
わたしあれの手は見たよ。革のやうな、砂石色の手だ。古手袋を穿めてると思ったら、
それが手だった。賄女の手だ。が、それはともかくも、
此手紙は彼れが書いたんぢゃないね。男の智慧で男の手で書いたもんだ。
- シル
- いゝえ、あの人が書いたのです。
- ロザ
- だって、亂暴な、殘酷な文句だ、喧嘩口調だ。わたしに喰ってかゝってる。
トルコ人が基督教徒に喰ってかゝるやうに。女のやさしい心で、こんな鬼のやうな、
黒ン坊の女のいふやうな、腹の中は更に又黒さうな文句なんかゞ思ひ附かれる筈はない。
讀んで聞かせようか?
- シル
- へい、どうぞ、それはまだ些も聞いちゃゐませんから。
常住酷いことばかし言はれつけてゐますけれど。
- ロザ
- わたしに向っても、それをやってるんだ。ま、此酷たらしさをお聽き。(讀む。)
姿を牧羊者とやつさせたまへる神にてや存す、少女一人、
君のために、心をも身をも焦し候ふ。
どうだ此怒鳴り方は?
- シル
- それが怒鳴ったのでございますかね?
- ロザ
- (又讀む。)
なにとて、神にて存しましながら、斯くばかり賤しき女の心を惱ましめたまふぞ?
こんな酷い惡口をいった女があるだらうか?
わらはを慕ひて絶えず打守る人の目も候ひしかど、
未だ曾て其目には動かされ候はざりしが、
わたしを獸類だといふんだ。
君のうるはしき御目のさげすみは、わらはの胸に戀の焔を燃しそめ候ふ。
あゝ、あの御目のやさしく見えまさん時しもや、いかなる不思議の力をか持ち給はんずらん!
罵り叱らせたまへる折にだに戀しまつり候ふを、若しもや乞ひ祷りたまはん時にはいかならんずらん!
此戀書を御許に持ち行けるをのこは、
わらはの斯くも戀ひまつれるをばつゆ知らず候ふ。いなやの御返言は彼れに託したまへ。
あはれ、うら若き君の心よ、わらはの此誠を、わらはの心づくしを受けたまひてよ、
然らずば、此者に言づてゝ、否とのたまはせ、たゞちにも死なん術を考へ定め候ふべく候ふ。
- シル
- それが叱ってるのでございますかね?
- シーリ
- ま、憫然さうな若い衆!
- ロザ
- 憫然さうだといふの?憫然さうなことはないよ。……おい、お前、
こんな女が可愛いのかい?え、お前を馬鹿にして、道具に使って、勝手な熱を吹くやうな女を。
もう忍耐が出來ない!さ、歸って往きなさいあの女のところへ、
……お前は戀のために骨拔になッちまってゐる、……さうして斯うあの女においひ。
若しわたしが可愛いと思ふならば、お前を可愛がれ、若しお前を可愛がらなければ、
わたしは彼れのいふことは決して聽かない、お前が彼れの爲に懇願しない以上は。
お前がほんとの戀人なら、早く、何もいはないで、歸って行きな。 また誰れだか來たやうだから。
シルヰ゛ヤス入る。
オーランドーの兄のオリワ゛ーが旅裝にて出る。
- オリ
- お早うございます。御存じならば、どうかお教へ下さい、此森はづれの、
橄欖の木で生垣が出來てゐる羊小屋といふのは、どの邊でございませう?
- シーリ
- こゝから西です、すぐあちらの谷間です。楊柳の竝木のあるちょろちょろ流れを右に見ていらっしゃると、
そこへ出ます。けれども、今はみんな留守ですよ、だァれもゐません。
- オリ
- (二人をつく〜゛見てゐたが)聞いたことが見る目の助けになるものなら、服裝はかやう〜、
年配は云々だと噂に聞いた所によって貴下がたをお見知り申すべきです。
「其少年は女かとも思ふほど色が白くて、(兄さんらしいよりも)姉さんらしい振舞ひ。
婦人のはうは丈も低く、色もいくらか黒く」云々、といひました。
あなたがたが、今おたづねした羊小屋にお住ひのかたでせう?
- シーリ
- 自慢さうにお答へするほどぢゃありませんが、さうです。
- オリ
- わたしはオーランドーに頼まれて參りました、ロザリンドさんと彼男が呼んでゐる其お方に、
此血の附いた手巾をお渡し爲てくれといひました。あなたですか?
- ロザ
- はい。で、こりゃ、どうしたのです?
- オリ
- まづ、自分の恥を申さねばなりません。わたしが誰れであるか、どうして、なぜ、又、
どこで其ハンケチがそんな風になったかをお知らせしようといふには。
- シーリ
- さ、どうぞ、それを。
- オリ
- オーランドーは、先刻、あなたがたに、一時間後にはきッと戻って來るとお約束をして、
お別れして、戀の甘い又苦しい空想を味ひつゝ、森の中を辿り〜やって行きましたところ、
とんだことが起ったのです!彼れが何心もなく、ふと傍を見ると、ま、何がそこへ現はれたとお想ひです?
槲の根がたに、幾千年と年を經て、枝は苔蒸し、悄枯れのした槲の根がたに、
慘めな、髮も髭も延び放題の、襤褸を着た男が仰向けに眠ってゐて、其首筋には青い、
金ぴかりに光った大蛇がぐる〜と卷き附いてゐて、鎌首を鋭く働かせて、ちょうど今、
其男の開いてゐる口めがけて飛び附かうtしてゐるとこだったのです。 けれどもオーランドーが近づいたので、急にずるとうねり出して、
忽ち叢の中へ這ひ込んで行ってしまったさうです。 と、其叢には、尚ほ別に、乳房の乾き切った一疋の牝獅子がゐて、
其頭を地面に附けて、猫が鼠を覘ふやうに身構へをして、
眠てゐる男が、若し身動きしたなら、すぐ飛びかゝらうとしてゐたのでした。
死んでゐる者を食はないといふのがあの獸の獸王らしい特質なんです。
それを見つゝ、オーランドーは眠てゐる男に近づいたのでしたが、よく見ると、 それは自分の兄であったのです。
- シーリ
- おゝ、そのお兄さんのことは、あの人がよく噂をしてましてよ。
さうして、人間でないといってよい程の酷い人だといってました。
- オリ
- さういったのも道理です、全く酷い男でしたから。
- ロザ
- ま、それよりもオーランドーさんのことを。あの人は兄さんを其飢ゑてる獅子の餌食にさせッちまったのですか?
- オリ
- さ、二度までも然うもしようかと思って、行きかけたさうですけれども、
復讐心よりもずっと高尚な友情が働いたので、……見殺しにしたっても當然なのですけれど、
さすがに肉親の誠心が働いて、見捨てかねて、其獅子と鬪って、
忽ち奴を斃したのでした。さうして其挌闘の最中に、わたしはあさましい眠りから覺めました。
- シーリ
- ぢゃ、あなたがあの人のお兄さんなの?
- ロザ
- あの人が救ったといふのはあなたですか?
- シーリ
- 何度もあの人を殺さうとしたのはあなたですの?
- オリ
- さやうでした。けれどもそれは過去の事です。わたしはさやうでしたと申すのを憚りません。
今は改心して別人となりましたので、安心がありますから。
- ロザ
- 此手巾に血が附いてるのはどうしたのです?
- オリ
- 今に話します。……一部始終の話を、わたしが此荒れ果てた森の中へ來たまでの身の上話を、 二人で涙ながらに語り合った後で、つまり、
わたしをば先の殿さまのお存なさるところへ案内してくれました。
と、殿さまは新しい衣服を下しおかれた上に、いろ〜と御款待下されて、弟に介抱をお命じになりました。
で、弟はすぐわたしを自分の洞穴へつれて行って、そこで初めて着物を脱ぐと、
彼れ腕の爰ンとこを獅子に幾らか咬み取られてゐたんです。
さうして始終血が出てゐたのでした。で、彼れは、一旦は氣絶したのでした、其際、
頻りにロザリンドさん〜、と呼びつゞけてゐました。やっとのことで、息を吹き返させて傷口を繃帶し、
もうこれならば大丈夫となった時、彼れがわたしに、どうか、お約束に背いたお詫びかた〜゛此事をお知らせして、
此血の附いた手巾をロザリンドさんと此間うち呼んでゐた方へお渡し爲てくれといって、
土地不案内のわたしをこちらへ使ひによこしたのでした。
此話のうちにロザリンドは悶絶する。二人は驚く。
- シーリ
- (介抱しつゝ)あら、まァ!しっかりなさいよ、兄さん!ガニミードさん!
- オリ
- 血を見ると氣絶する方はよくあります。
- シーリ
- そればかりぢゃないのよ。……兄さん、ガニミードさん。
ロザリンド息を吹き返す。
- オリ
- あゝ、お氣が附いた。
- ロザ
- (弱々しく)宅へ行きたい。
- シーリ
- つれてってあげるわ。……ねえ、ちょいと、兄を抱いてやって下さいね。
- オリ
- (介抱しつゝ)さ、しっかりなさい。そんな弱いこッちゃいけない。え、男ぢゃないですか。
- ロザ
- (弱々しく)ないのです、全く。あゝ、女の眞似は巧いもんだと賞めてくれる人があるでせうよ!
ねえ、弟さんにさういって下さい、中々巧く女の眞似をしたと。あゝ、あゝ!
- オリ
- 眞似どころか、どうして、まるで本氣としか思はれなかったでしたよ、顏色から、何から。
- ロザ
- 全く眞似なんです。
- オリ
- ぢゃ、うんと勇氣を出して、男になる眞似をなさいよ。
- ロザ
- さうしてゐますの。けども、實際、女に生れ附いたはうが當然だったんでせう。
- シーリ
- あら、だん〜蒼ざめて來てよ。さ、家へ行きませうよ。……ねえ、あなた御一しょに。
- オリ
- 參りませう、弟を赦して下さるか、どうか、といふロザリンドさんの御返辭をいたゞかないぢゃァ歸られませんから。
- ロザ
- それはどうかしませう。とにかく、わたしが巧ァく女の眞似をしたといふことを傳へて下さい。 さ、行きませうよ!
皆々入る。
更新日: 2003/02/16
お氣に召すまゝ:第五幕 第一場
第五幕
第一場 同じく森の中。
-
タッチストーンとオードリーが出る。
- タッチ
- 今に好い機があるだらう。ま、待ってな。
- オー
- あの坊さんで澤山だったもの、あの方があんなことをいったけれど。
- タッチ
- いや、あのサー・オリワ゛ーは生臭過ぎるよ、あのマーテクストぢゃ酷過ぎるよ。
それはさうと、オードリー、此森にゃ君に執心してゐる青年が一人ゐるぜ。
- オー
- あゝ、知ってるわ。でも、あんな男、どうもかうもあったもんぢゃなくってよ。あそこへ來たわ、あの人が。
- タッチ
- 田舎者に逢ふことは僕に取っちゃ山海の珍味だ。頓智家と生れ附いた者は忙しいや。 一番駄洒って見ざるを得ないね。是非に及ばんね。
オードリーに戀着してゐる田舎青年ウィリヤム出る。
- ウィリ
- オードリーさん、今日は。
- オー
- 今日は、ウィリヤムさん。
- ウィリ
- (タッチストーンに)へい、御機嫌よう、今日は。
- タッチ
- (大丙に)はい〜、今日は。あ、お冠り、お冠り。かまはず、お冠りなさい。 君は幾歳ですね?
- ウィリ
- 二十五です、へい。
- タッチ
- 好い年配だね。ウィリヤムといふ名かい?
- ウィリ
- ウィリヤムです。
- タッチ
- 好い名前だね。此森で生れたのかい?
- ウィリ
- へい、お庇さまで。
- タッチ
- 「お庇さまで」は好い返辭だね。……で、君の身代は?
- ウィリ
- 中ッくらゐなんで。
- タッチ
- 「中ッくらゐ」ッてのは好いね、頗る尤も好いね。
けれども餘り好くははないね。ほんの中くらいッてとこだからね。 ……怜悧かい、君は?
- ウィリ
- へい、相應に怜悧です。
- タッチ
- こりゃ巧く答へたね。それで思ひ出したよ、諺に曰くさ、「愚者は己れを賢なりと思へども、
賢者は己れを愚なりと知る」。(ウィリヤムの呆れて口を開いてゐるのを尻目に掛けて)昔の、
さる異端の哲學者は、葡萄を食はうとした時にゃ、必ず口をわんと開いて、
それを口ン中へ入れたさうだ。すなはち、葡萄は食ふべきもの、
口は開くべきものッてね。……君は此娘が好きかい?
- ウィリ
- へい。
- タッチ
- さ、手をお出し。(と握手して)學問をしたかい、君は?
- ウィリ
- いゝえ。
- タッチ
- ぢゃ、かういふことを教へてあげよう。持つは……持つなりッてね。
如何となれば、酒を高脚盃から玻璃杯へ注けると、一方が一ぱいになると同時に、
一方が空になるといふのは修辭學上の一種の比喩だからね。すなはち、
彼自身が彼であることに關しては、著述家たちの間に何等の異議もないのだ。
そこで、君即ち汝は彼自身ぢゃァない、
予即ちわたしが彼即ち彼人だからね。
- ウィリ
- 彼人てのは誰かね?
- タッチ
- 此女と夫婦になる筈のあの人さ。だから、其方如き農夫はよろしく斷念しろといふんだ。
俗語でいへば、止せ……交際することを……田舎言葉で言や、つきあふのを……此婦人と……
婦人といふのは女といふことだぜ。それをみんな寄せると、「此婦人と交際することを斷念しろ」となるんだ。
「でないと、農夫、落命に及ぶぞッ。」それをもっと分るやうにいふと、命が無いぞ、
更にくはしくいふと、汝をおれが殺す、押しかたづける、
生きてる汝を死んでる汝にする、汝の自由を束縛化する、
汝に毒を飮ませる、でなきゃ笞で打ちのめすか、
鋼鐵でとッちめるかする、或ひは黨略を以て汝をおとしいれる、
然らざれば術策を弄して汝をやッつける。殺しかたは百五十種もある。 だから、怖いぞ。早く往ッちまへ。
- オー
- 速くお逃げ、ウィリヤムさん。
- ウィリ
- (ひどく怖れて)御機嫌ようござらっしゃれ。
逃げて入る。
コリン出る。
- コリン
- 旦那さまと孃さまとが搜してござらっしゃる。さ、さ、早くござらっしゃれ!
- タッチ
- さ、おッ走るだ!おッぱしるだ!さ、さ、おれも往くから。
入る。
更新日: 2003/02/16
お氣に召すまゝ:第五幕 第二場
第五幕
第二場 おなじく林中。
-
オーランドーとオリワ゛ーが出る。
- オーラ
- 只ちッと逢ったばかりで、そんなに好きになるなんてことがありますか?
ほんの只少しの間話をしたばかりぢゃありませんか?それで言ひ寄ったんですか?
言ひ寄ったら、諾といったんですか?で、あなたは、一生連れ添ふ氣ですか?
- オリ
- あんまり早急だの、先方が貧乏人だの、知交が淺いの、
言ひ寄ったのもあんまり唐突なら、承諾したのもあんまり輕率だのと、 そんなことを言ひなさんな。愛し合ってゐりゃ可いぢゃないか?
わたしも愛してればアイリーナも愛してるのだから、それなら仲よく連れ添へるだらうと贊成してくれ。
お前の爲にもなるよ。なぜならば、お父さんの家、やしき、財産、即ちローランド家の物一切は、
わたしは悉くお前さんに讓ッちまって、向後はこゝに住んで、一生羊飼で終る積りだから。
- オーラ
- 贊成します。明日にも式をお擧げなさい。其席へ、公爵さんをはじめ御家來一同を招きませう。
往って、アイリーナさんに其準備をおさせなさい。なぜなら、あれ、もうあそこへ、 ロザリンドさんが來ましたから。
ロザリンド出る。
- ロザ
- 兄さん、御機嫌よう。
- オリ
- 妹、君も。
- ロザ
- おゝ、オーランドーさん、心臟に繃帶をしておいでなさるのを見ると、わたし悲しくッて〜……
- オーラ
- なァに、腕ですよ。
- ロザ
- 獅子の爪で心臟に傷をお受けになったとばかし思ってましたの。
- オーラ
- 傷は受けましたけれど、獅子の爪の爲ではなくッて、ある婦人の目の爲です。
- ロザ
- お兄さんが話しましたか、わたしがあなたの手巾を見た時に、 上手に女の眞似をしたことを?
- オーラ
- あゝ。が、それよりも一層不思議なことをも。
- ロザ
- お聞きなすった。わかってよ。ほんたうよ。あんな唐突なことてはないわ。
牡羊の角突きあひぢゃあるまいし、「來た、見た、勝った」といふ例のシーザーの高言ぢゃあるまいし、
二人は嗚呼と溜息したと思ふと、もう愛し合ってゐるんですもの。愛しあったかと思ふと、
又溜息をして、溜息をしたかと思ふと、お互ひに其理由を尋ね合って、理由を知るや否や、
其治療法に取り掛ったんですもの。そんな風に、とん〜と階子段を組み上げてって、
結婚といふ頂上まで直ぐ登り詰めようとしてますの。二人とも、もう〜夢中です。
どうしても一しょにならうとしてます。梃でも、棒でも、迚も、 もう二人を引分けることは出來やしません。
- オーラ
- 明日式を擧げさせることになるでせう。わたしは其席へ公爵さんをお招きする積りです。
……だが他人の目にばかり幸福を見せておくといふのは、ま、何と辛いことだらう!
望みを遂げて兄貴は嬉しからうと思へば思ふほど、わたしの胸のうちは、明日は、さぞ辛い、悲しいことだらう!
- ロザ
- わたしが明日ロザリンドさんの役廻りをすれば好いぢゃないの?
- オーラ
- もう迚も眞似事だけぢゃ生きてゐられない。
- ロザ
- ぢゃ、もう、くだらないことをいって貴下をくさ〜させるのは止しませう。
ぢゃ、大眞面目で聽いて下さい、仔細があって、改めていふのですから。 わたしはあなたを立派な才能をお備へになった紳士だと思ってゐます。
これは決してわたしの眼識を誇るためにいふのぢゃありません、
只あなたの爲に或事をしようために……わたしのいふことを信用していたゞきたいと思ふ爲にいふので
……それ以上の目的は何もありません、決して自分のためではありません。ですから、
どうぞ信じて下さい。實は、わたしは、三つの歳から其道の奧義を極めた、
かといって決して邪法などではない或神術に精通した先生の教へを受けて、
いろんな不思議を行ふ力を持ってゐるのです。若しあなたがロザリンドさんを、
あなたの擧動に見えてゐるほど、それほど、實際深く愛しておいでになるならば、 お兄さんが妹アイリーナをお娶りになると同時に、わたしが、
あなたにもロザリンドさんを娶らせるやうにしませう。 わたしはロザリンドさんが今どういふ窮境におちいってをられるかをもよく知ってゐます。
あなたさへ差支へなければ、明日、あなたの目の前へあの人を、正のまゝで、
而も邪法の危險なしに、連れて來ることは、決して出來ないことぢゃありません。
- オーラ
- 眞面目でいふのですかそれは?
- ロザ
- 命に懸けて眞面目です。命は、魔術を使ふ身でも、極めて大切ですけれど。
ですから、ま、晴着でも着て、お友逹衆をお招きなさい、明日は、あなたさへ其氣なら、 ロザリンドさんと式を擧げることになるんですから。
シルヰ゛ヤスとフィービーと出る。
あ、あそこへ、わたしに惚れてる女とあの女に惚れてる男が來ました。
- フィー
- お若衆さん、あなたは酷いわ、わたしの書翰を他に見せるなんて。
- ロザ
- 關ふもんかね。君には、成るべく苛く、憎てらしく當らうといふのが、わたしの目的なんだから。
君はその若い衆に心底から慕はれてるぢゃないか?え、其人を可愛がっておやりよ、君を拜んでるよ其人は。
- フィー
- よ、シルヰ゛ヤスさん、此人に話しておやり、戀てものはどんなもんだかを。
- シル
- 戀てものは溜息だらけ、涙だらけのものです、わたしがフィービーさんの事を思ふと、 いつでも、さうなんです。
- フィー
- さうしてわたしも、ガニミードさんの事を思ふと、いつでも、さうなんです。
- オーラ
- さうしてわたしも、ロザリンドさんの事を思ふと、いつでもさうなんだ。
- ロザ
- さうしてわたしも、女でない人の事を思ふと、いつでもさうなんだ。
- シル
- 戀てものは眞實づくめ、勤勞づくめのものなんです、さうしてわたしはフィービーさんの爲になら、 いつでも、さうなんです。
- フィー
- さうしてわたしは、ガニミードさんの爲に、いつでも、さうなんです。
- オーラ
- さうしてわたしは、ロザリンドさんの爲に、いつでも、さうなんだ。
- ロザ
- さうしてわたしは、女でない人の爲に、いつでもさうなんです。
- シル
- 戀てものは取とめのない妄想づくめ、見たい、逢ひたいの情慾づくめ、敬ひ通し、拜み通しで、
命の事は何でもかんでも致しますといふ義務づくめ、
自分は無いも同然の謙遜づくめ、辛抱づくめ、じれったさづくめ、潔白づくめ、苦勞づくめのものなんです。
さうしてわたしはフィービーさんの爲にさうなんです。
- フィー
- さうしてわたしはガニミードさんの爲にさうなんです。
- オーラ
- さうしてわたしはロザリンドさんの爲にさうなんだ。
- ロザ
- さうしてわたしは、女でない人の爲にさうなんです。
- フィー
- (ロザリンドに)若しさうなら、なぜあなたはわたしがあなたに戀をするのをいけないといふのです?
- シル
- (フィービーに)若しさうなら、なぜあなたはわたしがあんたに戀をするのをいけないといふのです?
- オーラ
- (獨白的に)もしさうなら、なぜあなたはわたしがあなたに戀をするのをいけないといふのです?
- ロザ
- (オーランドーに)どうしてあなたがそんなことをいふの?
「なぜあなたはわたしがあなたに戀をするのをいけないといふのです」なんて。
- オーラ
- こゝにゐもせねば聞きもしない女にいってるのです。
- ロザ
- ねえ、もうこんな鸚鵡返しは止しませうよ。まるでアイヤランドの狼が月夜に遠吠してるやうだ。
(シルヰ゛ヤスに)わたしの力で出來りゃ、今にどうかしてあげるよ。 (フィービーに)わたしに出來ることなら、君を可愛がってもやるよ。
(一同に)とにかく明日一しょにならう、みんな。 (フィービーに)若しわたしが妻を娶るやうなら君を娶るよ。わたしは明日結婚するんだから。
(オーランドーに)若しわたしの力で男子に滿足を與へることが出來れば、必ず君をも滿足させますよ、 君は明日細君を娶るんですが。
(シルヰ゛ヤスに)若し君の氣に入る者が君の物になりゃ、それで滿足だといふのなら、
きッと滿足させてあげるよ、君も明日細君を迎へることになるんだが。
(オーランドーに)ロザリンドさんが戀しければ、是非あしたいらっしゃい。 (シルヰ゛ヤスに)フィービーさんが戀しければ、是非おいで。
わたしは女は嫌ひだが、とにかく、一しょにならう。さよなら。きッといひ渡しましたよ。
- シル
- お約束はちがへません。
- フィー
- わたしも。
- オーラ
- わたしも。
皆々入る。
更新日: 2003/02/16
お氣に召すまゝ:第五幕 第三場
第五幕
第三場 同じく林中。
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タッチストーンとオードリーが出る。
- タッチ
- 明日はめでたい日だ。明日は結婚するんだ。
- オー
- ほんとに〜、わたし嬉しいわ。所帶持になりたいッたって、何にもいやらしいことぢゃないわねえ。
あ、あそおへ浪人の殿さまのお侍童さんが二人來てよ。
前公爵の侍童二人出る。
- 童の甲
- よいところでお目にかゝりました。
- タッチ
- や、よいところで。さ、さ、こゝへ來て、一つ歌って下さい。
- 童の乙
- かしこまりました。眞中へお掛けなさい。
- 童の甲
- すぐにやッつけようかね、咳拂ひをしたり、痰を吐いたり、風邪を引きましてなんて言ひッこなしに?
ありゃ聲のわるいといふ前觸れだらう、え?
- 童の乙
- さうとも。二人一しょにね、馬に乘かってるヂプシーのやうにね。
(歌ふ。)
若い男とさるおむすとが
ヘイやホー、あ、ヘイやホー、ヘイ、ノンノー!
手に手、取りあうて、麥畑通る。
頃は春先き、嫁取り時節、
鳥もさへづる、浮かれて鳥も。
戀に嬉しい春ぢゃもの。
高う伸びたるライ麥ばたけ、
ヘイやホー、あ、ヘイやホー、ヘイ、ノンノー!
中に臥轉んだ其若い同志。
頃は春先き、嫁取り時節、
鳥もさへづる、浮かれて鳥も。
戀に嬉しい春ぢゃもの。
そして歌ふた此田舎唄、
ヘイやホー、あ、ヘイやホー、ヘイ、ノンノー!
人の一生は、なァ、花一時よ。
頃は春先き、嫁取り時節、
鳥もさへづる、浮かれて鳥も。
戀に嬉しい春ぢゃもの。
それが定なら、今こそ時よ。
ヘイやホー、あ、ヘイやホー、ヘイ、ノンノー!
今こそ戀路の其峠みち。
頃は春先き、嫁取り時節、
鳥もさへづる、浮かれて鳥も。
戀に嬉しい春ぢゃもの。
- タッチ
- いや、お小さい紳士さん、今の唄はあんまり内容の豐かな唄ぢゃァなかった、けれども、
さすがに節のはうは、存外間が拔けてゐたね。
- 童の甲
- いゝえ、そんなことァありません。間なんか拔けやしません。 調子は脱しゃしませんもの。
- タッチ
- いかさま。だが、今のやうな唄を聞いてるのは、とにかく暇づぶしだね。……さよなら。
神さまに、もっと聲をよくしてお貰ひ!……さ、オードリー。
皆々入る。
更新日: 2003/02/16
お氣に召すまゝ:第五幕 第四場
第五幕
第四場 同じく林中。
-
前公爵、エーミエンズ、ヂュークヰーズ、オーランドー、オリワ゛ー及びシーリヤ出る。
- 前公
- オーランドー、お前は、其少年が、果して約束通り、實行し得るだらうと信じてゐるのか?
- オーラ
- 半信半疑でございます。當にしながら怖れて、只その怖れてることばかりを意識してをります者共のやうに。
ロザリンド、シルヰ゛ヤス、フィービー出る。
- ロザ
- 御免を蒙りまして、もう一度、改めて、約束の條々に念を押します。 閣下はわたくしがロザリンドさまを連れて參りますれば、
あの姫さんをこゝにをられるオーランドーさんにお遣はしになるのですね?
- 前公
- さやう、姫と共に遣るべき王國が、たとひ幾つあらうとも。
- ロザ
- (オーランドーに)それから、あなたは、必ずお姫さんを奧さんにするとおいひですね、 わたしが連れてさへくれば?
- オーランドー
- さうします、たとひ幾つ王國を貰ってわたしが其國の王になったからって。
- ロザ
- (フィービーに)君はわたしと結婚するといったね、わたしさへ諾といへば?
- フィー
- さうします、其一時間後で死んでもいゝから。
- ロザ
- だが、若しわたしと結婚するのをいやだといふやうなことがあれば、 君は此深切者の若い衆と夫婦になる筈だったね?
- フィー
- さういふ約束です。
- ロザ
- (シルヰ゛ヤスに)君はフィービーと夫婦になるといったね、彼女が諾とうへば?
- シル
- はい、彼の人と夫婦になるのと死ぬのが一しょでありましても。
- ロザ
- わたしは、すべて是等をまんべんなく滿足させますといふお約束をしたのでした。
おゝ、殿さま、どうか閣下は、お姫さんをお遣はしといふお約束をお守り下さい。
オーランドーさん、あなたはお姫さんをいたゞくといふ約束を。
フィービー、君はわたしと夫婦になるか、若しいやだといふ場合には、此若い衆と一しょになるといふ約束を。
シルヰ゛ヤス、君は、彼女が若しわたしを嫌ったら、彼女と夫婦になるといふ約束を。
では、お暇します、是等一切の不安定を解除するための準備をして來ます。
ロザリンドとシーリヤ入る。
- 前公
- あの羊飼の少年の顏に、どことなく我女の面影があるやうに思ふ。
- オーラ
- 御前、實は、わたくしも、はじめて彼れに逢ひました時、もしやお姫さんの弟御ではないかと存じました。
けれども、彼れは、全く此森の中で生れましたもので、あれの叔父に、
偉い魔法つかひがありまして、それにいろ〜の怖ろしい妖術を多少教へ込まれたやうに申してをります。
其叔父は、今尚ほ、此森のどこかに隱れ棲んでゐるさうでございます。
タッチストーンとオードリーと出る。
- ヂュー
- こりゃ第二のノアの大洪水がはじまるのかも知れない。頻りに雌雄の一對が方舟へとやって來る。
あそこへ來たのは妙なけだものです。あれは、どこの國でも、阿呆と呼んでゐます。
- タッチ
- (物體らしく會釋して)御一同へ謹んで御挨拶を申し上げまする!
- ヂュー
- 御前、よう來たとおっしゃってやって下さいまし。
わたくしが屡々此林中で逢った斑服の先生といふのは彼れでございます。
御殿にゐたこともあると斷言してゐます。
- タッチ
- それをお疑ひならば、手前を煉獄へお掛け下さい。朝廷舞蹈もやったことのある手前です。
さる貴婦人にお愛想を申したこともある手前です。親友には臨機應變、仇敵には肝膽相照した手前です。
裁縫師を三軒まで破産させた手前です。四たび口論をして、あぶなく一度決鬪するとこでした。
- ヂュー
- どうして決鬪しないで濟んだね?
- タッチ
- いよ〜立合はうといふ段になって、決鬪條規第七因でない以上、駄目だtいふことを發見したんです。
- ヂュー
- といふのは?……御前、面白い奴でござんせう?
- 前公
- 面白い男だ。氣に入った。
- タッチ
- (公爵に)ありがたう。手前からも御同樣に。……さて、本日は、
當田舎の番ひたがってゐる連中と誓約したり破約したり致します爲に、
敢て御推參いたしたのでございます。婚儀上誓約いたしますものゝ、浮氣の加減で、いつ破約するか知れません。
はい、これに居りまする處女は、不標致者ではございますが、
手前の縁女でございます。他人が貰って行きさうにないものを娶らうといふのが、はい、
手前の氣まぐれでございます。とかく、豐かなる淑徳は、彼の吝嗇者同樣、貧しい家に住んでをりまする。
眞珠が汚い牡蠣の中に在りますやうなもので。
- 前公
- いや、どうも、頓智が口を衝いて出るといふ男だ。
- タッチ
- えゝ、馬鹿者の放つ箭だとか何とか、 其他それに類する種々の面白い病句(妙句)なぞもございますことですが……
- ヂュー
- おい〜、それよかも第七因一件を。どういふわけで第七因でなけりゃ決鬪が出來ないんだね?
- タッチ
- 第七級の虚言てのに相當してゐなけりゃいけないんです。……
此問答の間にオードリーが、おひ〜退屈して、不作法な風をすることもある。
タッチストーンはそれを氣にして、いろいろと世話をやく。
おい、オードリー、そんな見ッともない樣子をしちゃいかんよ。……はい、かういふわけです。
手前が、ある時、さるお役人の髭の格構を見ッともないといったんです。すると、その男から、
「聞けば、君は、拙者の髭を見ッともないと仰せられたさうだが、手前に於ては、
見ッともよいやうに存じてをる」、と斯ういってよこしたんです。 此程度の反詰を殿上人式反詰といひまさ。其時、
手前が押返して「いや、不格好です」といってやり、さうして先方が「いや、これは自分の好みでござる」
といってよこすやうだと、此程度のを穩和式の嘲答とおひまさ。ところで、 もう一度押返して「いや、不格好です」といふと、
先方は「君の批判力は齒牙に掛くるに足らず」と斯ういひます。こゝまでくると、
野人式の返答といひまさ。若し更にそれを押返して「いや〜不格好だ」といふと、
先方が「貴殿は虚言家だ」といひます。この程度のを勇敢的詰責といひます。
それを更に捻ぢ返して、「いや、不格好だ」といふと、先方は「嘘を吐け!」といひます。
これが所謂挑戰的峻拒です。その次ぎが間接的虚言と直接的虚言です。
- ヂュー
- で、君は、何度髭のわる口をいったんだい?
- タッチ
- 間接的虚言以上には進まないやうにしてゐたのです。先方でも直接的虚言には逹しないやうに用心してゐました。
ですから、劍を拔いて、只長さを比べる眞似をしたゞけで別れッちまひました。
- ヂュー
- その虚言の等級てのは、君は、いるでも順序通りに言へるかい?
- タッチ
- 勿論でさ、ちゃんと印刷になってる本で決鬪するんですから。
あなたがたに行儀作法の書が在るのとおんなじです。其等級は斯うです。
第一が殿上人式反詰、第二が穩和式嘲答、第三が野人式返答、
第四が勇敢的詰責、第五が所謂挑戰的峻拒、第六が間接的虚言、第七が直接的虚言です。
此うち、直接的虚言といふのゝ外は、みんな避けられるんです。 直接的とても、「若し」といふ一言で以て避けられるんです。
七人の裁判者がどうも斯うもし得なかった爭論が、いざ決鬪といふ間際になって、
當人同志が、ふいと「若し」てことを考へ出して、「若し君がかう〜いったのなら、
我輩もかう〜いったに相違ないけれど」といったと同時に、握手をして、仲よしになッちまった例があるんです。
「若し」て言葉は唯一の仲裁役なんです。大變な效力を有ってまさ。
- ヂュー
- 御前、不思議な奴でござんせう?何事でも心得てゐますよ。けれども阿呆なんです。
- 前公
- あの男は、其阿呆らしさを例の隱形馬に代用して、その蔭に潛んでゐて、 自由に諷刺の箭を射放つのだ。
此時、婚儀の神ハイメンに扮したる男、式の如き花冠をいただいて、
寛い紫衣を身に纒って、手に炬火を持って出る。と、それに續いて、
ロザリンドとシーリヤが出る。同時に靜かなる音樂がはじまる。
- ハイメ
-
其時、天にも歡樂あり、
平かに下界の物みな
和解しぬれば。
領主の君よ、女御を受取りたまへ、
ハイメンが只今天上より伴ひ降りぬ。
然り、こゝへ將て來りぬ、
此姫の手と彼れのとを繋ぎたまへ、
心と心とを永久に合せつべく。
- ロザ
- (公爵の脚下に膝まづきて)此身をお手元に獻げます、
わたしはあなたの子でございますから。(起ち上ってオーランドーに)あなたにも此身を獻げます、
わたしはあなたの妻ですから。
- 前公
- 此目が間違ってゐなければ、お前はたしかにわたしの女だ。
- オーラ
- 此目が間違ってゐなければ、あなたはたしかにロザリンドさんです。
- フィー
- 此目で見る姿が間違ってゐないのなら、あゝ、もう、わたしの戀は駄目だ!
- ロザ
- わたくしにはお父さまはない、若しあなたがお父さまでないなら。又、夫もない、
若しあなたが其人でないなら。又、、女とは結婚しないよ、お前が其女でない以上。
- ハイメ
- しッ!しッ!しづかに〜。此不思議な出來事の結末を附けることにしよう。
こゝに握手すべき八人の人々こそあれ、そをばハイメンが縁の紐にて結び合さん、
互ひの眞情にいつはりのなからんには。
(ロザリンドとオーランドーに)
卿と卿とをば、いかなる艱難も得分たじ。
(シーリヤとオリワ゛ーに)
卿と卿とは、心と心と相繋りて離れじ。
(フィービーに)
卿は須らく此(とシルヰ゛ヤスに)男の眞情に報ゆべし。
さらずば婦人を其夫に迎へざるべからず。
(タッチストーンとオードリーに)
卿と卿とは必ず常に相伴ふべし、
冬には汚き霙や霜どけが附物にてある如くに。 いざや、婚禮の歌を歌ひ奏る間に、互ひに來し方を語りあひ、尋ねあふべし、
如何にして斯くめでたく會合し結局するに至りしかを語りあひて、理由を知りて怪訝を減除すべし。
(歌ふ。)
結婚は大ヂューノー神の無上の御惠、
おゝ、共に食べ、共に眠る嬉しき契り!
都々に人殖ゆるはハイメンの力なり、
あはれ、結婚を高く崇めよ、
崇めよ、高く〜〜、讚め稱へよ、
ハイメンの神を、各都市の守り神を!
- 前公
- (シーリヤに)おゝ、姪よ、よう來てくれましたな!我女と呼んでも當然なのだお前は、 よう來てくれました。
- フィー
- (シルヰ゛ヤスに)約束は反故にゃせられないから、わたしはお前さんを夫にしませうよ。
これから、お前の深切を、心から嬉しく思ふやうにしませう。
此時、オリワ゛ーのすぐ弟でオーランドーの次ぎの兄に當るヂュークヰーズ・ド・ボイス出る。
- ボイス
- 一二言申し上げたいことがございます。此お立派なお集りの席へお知らせを持って參りましたわたくしは、
故サー・ローランドの第二子でございます。フレデリック公爵には、連日、
此森へお歴々の方々がお集りになります由を御傳聞になりました結果、
實は、一軍隊をお招集へになり、御自身御引率で、御出發遊ばされ、
お兄上さまをお召捕の上、劍にもお掛けなさらうといふお目的で、 既に此彼れ果てた森の端れまでお着きになりましたところ、
圖らずも一人の老僧にお出逢ひになりまして、其者と御問答數囘の後、飜然として御悔悟遊ばされ、
右のお企をたゞちに御中止なされましたのみならず、此世をお舎てなされ、
國君の冠を御浪人遊ばしていらせらるゝお兄上さまへ御返納なされますると同時に、
お兄上さまのお後を追って流浪しをられまする人々へも、 それ〜゛悉く領地を返し與へらえまする旨を仰せいだされましてございます。
右は、手前一命に懸けて、決して相違のないことでございます。
- 前公
- よう知らせてくれました。それこそは、此お前の兄弟たちの婚禮に取っての、
此上もない土産物だ。一方へは(とオリワ゛ーを見やって)押收された領地を、
又、一方へは(とオーランドーを見返り)國土全部を……一大公領國を……
與へることになるのだから。……が、先づ、此林中に於て、こゝでめでたく開始されもし、
開展もされもした其事の結局を附けることにしよう。其上で、各人に、……予と共に、辛い、
長い日夜を善く忍耐しつゞけてくれた此一組の幸福な人々に……
再び手に入る幸運を、其身分々々に應じて、頒つことにしよう。
けれども、ま、それまでは、圖らずに俄かに手に入った榮譽や官職のことなぞはわざと忘れて、
もとのまゝの心持で、純な田舎遊びをしよう。さ、音樂をはじめなさい!さうしてお前たち、
新夫婦連は、歡喜雀躍の總躍をなさい。
- ヂュー
- (ド・ボイスに會釋して)えゝ、御免下さい。只今承はった所によると、現領主は、
俄かに宗教生活に入られて、御殿住居の驕奢や榮華を悉く抛棄せられる事となったらしいのですが、 實際さうなんですか?
- ボイス
- はい、實際です。
- ヂュー
- ぢゃ、わたしは其方へ往くことにしよう。さういふ發心者からは、
いろ〜聞くに足り、學ぶに足る事があるもんだ。……(前公爵に)昔に復る御榮華を御享樂遊ばせ。
御忍耐と御人徳との當然の御結果でございます。……
(オーランドーに)眞情の報酬としてお迎へなすった奧さんとむつまじくなさい。
……(オリワ゛ーに)領地と戀人と歴々の友人たちとを大切になさい。
……(シルヰ゛ヤスに)久しい辛抱の效があって嬉しからうね、仲よくしなさい。
……(タッチストーンに)君たちは澤山いがみあふが可い、物の二月と經つたんうちに、
戀の船旅の食料が品切れになるだらうから。……さ、皆さん、お樂しみなさい。 わたしは舞蹈仲間には不向きな男だ。
と行きかける。
- 前公
- 待て、ヂュークヰーズ、待て。
- ヂュー
- 御遊興は拜見したくありません。此後の御模樣は、お住み捨ての洞の中に住んでゐて、 風の便りに承はりませう。
入る。一座暫く寂となる。やゝあって
- 前公
- さ、やったり〜。いつもの通りに、例の遊びをはじめよう、面白く愉快に終るのは定ってゐるから。
一同起ち上って總躍となる。躍りが濟むと、一同入り、
ロザリンドに扮する役者だけ殘りて、次ぎの閉場詞を述べる。
閉場詞
- ロザ
- えゝ、お姫さま役者が閉場口上を述べるのは例のないことでして、
少々いかゞはしうございますが、殿さま役者に開場口上をいはせるのと、 ま、おッつかッつでもございませうか?
由來、美い酒には常春藤の招牌が無用だといふのですなら、
佳い演劇には閉場詞なんぞは要らない筈です。
けれども、通例、美い酒店には良い常春藤が招牌に掛けてありますやうなもんで、
旨い閉場詞は佳い演劇をます〜佳くするといふ次第でもございませう。
ところで、わたくしはどうでございませう?わたくしには旨い口上なんか言へる筈はないのですから、
わたくしの辯舌を以て諸君のお氣に叶ふやうに演劇を取做すなんてことは出來やしません!
かといって、こんな裝をしてるのですから、乞食の眞似をして、 「どうぞやお冥加に」とお願ひするのも不似合でございませう。
で、祈り掛けるより外に爲樣がないのです。 先づ、御婦人がたから始めます。……婦人たちよ、自分は和女たちに命ずる、
和女たちが果して男子たちを親愛するならば、心に叶ふ限り、此演劇を愛好なさい。
次ぎに、男子たち、おことたちにも命ずる、おことら婦人たちを親愛するならば……
くす〜笑っておいでなさるところを見ると、お憎しみになるお方はないと認めますが
……御男子、御婦人とも、どうか御合體の上、此演劇を御歡賞下さいますやうに。
若しわたくしが女でございましたなら、わたくしは、好いたらしいと存じますお髭のお方や、 好もしいとお見受けするお顏附のお方や、
これはおそれると申さない限りの御口中のお方々とはキッスをもいたしたいのですが、
其美いお髭の、其美いお顏の、其清らかなお口中のお方々が、
かやうに申し上げました以上、……かやうにお辭儀をいたしましたら、 ……御機嫌よく手前にお暇を賜はりますことゝ信じます。
入る。
お氣に召すまゝ(完)
更新日: 2003/02/16