末よければ總てよし
シェークスピヤ 著
坪内逍遥 譯
年の若い伯爵バートラム、其母で今は寡婦となってヰるルーシロン老伯夫人、 伯夫人の保護を受けてゐるうら若い婦人ヘレナ、 及びフランス王の命を受けて若い伯爵のバートラムをフランスの朝廷に迎へようために使者となって來てをる老貴族ラフュー、 いづれも黒色の喪服を著て出る。
伯夫人入る。
バートラムとラフューと入る。
(傍白)ありゃ御一しょに往く人。おバートラムの友人で、今度フランス朝廷へ随行するペーローレスが出る。 輕薄な紳士、バートラムよりは身分は下だが、齢 はずッと上である。
(モナークは「國王」の義にも取れるが、 當時エリザベス女王の朝廷内で有名になってゐたモナーコーといふ變人のスペイン人のことゝも取れる。 其噂は「戀の骨折損」に見えてゐる。「お妃さん」と戯れて呼びかけたのに對して、 應酬を試みたのである。)
侍童出る。
入る。
入る。
入る。
コーネット(一種の喇叭)盛奏。病中のフランス王が侍者に扶 けられて、 手に書状を持って出る。貴族ら、侍者ら從ふ。
バートラムとラフューとペーローレスと出る。
盛奏。入る。
伯夫人、執事リナルドー及び伯夫人の弄僕 (阿呆役)ラワ゛ッシュ出る。
なぜならわっちは彼 の唄を唄ふ、
だれでも眞理と思うてる彼 の唄。
「夫婦 になるのは運命沙汰だが、
郭公が啼くのは生得生來 。」
彼女 はいふ、此わしの綺麗な顏が原因か、
ギリシャ人がトロイを攻めて荒したのは?
あほらしい、たわけたことを、あほらしい。
これがまァ、プライヤム王の自慢の市 か?
といひつゝ立って溜息、吐息、
と言ひつゝ立って、溜息、吐息、
それから言うたのが、斯 ういふ名句。
いけない九人の一人が善けりゃ、
いけない九人の一人が善けりゃ、
とにかく、十人の一人は善い子。
入る。
わたしの若い時がやッぱりさうだった。「自然」の子である以上、 かういふことは免れられない。此(戀といふ)執事入る。
目を泣きヘレナ出る。
入る。
コーネット盛奏。フランス王が二組の若い貴族連に陪侍され、 序幕の時よりも一段持病が重った體 で、寢椅子に倚 りかゝったまゝで、 侍者に擔 かれて出る。貴紳の一組はフロレンスへ出陣する者、 他の一組はシエンナへ出陣する者、共に王に告別すべく參入したのである。 バートラム、ペーローレス及び其他の者も從ふ。
王は侍者に介抱され、寢椅子に倚 りかゝったまゝ、擔 かれて、 舞臺のやゝ奥の方へ退 る。
貴族ら入る。
王は寢椅子に倚 りたるまゝで、又、侍者に擔 かれて、 前へ出る。老貴紳のラフューが從ふ。
バートラムとペーローレス入る。
此うち王及び其陪侍者らの居場所が定まる。
(「宥免 は勿論の事、 若しおれの此立たぬ腰が立ちでもする吉左右 を持って來たのなら、 褒賞をさへ與へたいと思ってゐる」の義。 それを頓智自慢のラフューはわざと曲解して、 王を慰めるために、戯言 を言ふ。)
だが(成るものなら、これが逆になって)、御前がお膝を突かせられて、 「ゆるしてくれ」とおっしゃり、手前が御命令して、お立たせ申すことが出來ましたらなァ!(「御宥免下さるべき理由となる女醫を同行いたしました」の義。)
入る。
ラフューがヘレナを連れて出る。
と入る。
盛奏。入る。
伯夫人とフール(弄僕 )と出る。
(「はて、ま、あなた!」は原文の"O Lord, Sir!"の假譯。 當時の英國宮中の流行語。)
雙方へ別れて入る。
バートラム、ラフュー及びペーローレス出る。
王、ヘレナ竝 びに侍者ら出る。
(「フォリオ」にはmort du vinaigreとあるが、何の義とも解しがたい。 こゝに載せた似而非 フランス語の誓言はコリヤーの訂正に係るものだが、 これとても何の義だか、殆ど解らんとせられてゐる。按 ふに、「死」は一切衆生の克服者とされてゐるから、 多分「死を司る神の敗北」といふ積りの誓言でもあらうか?)
(これはペーローレスの獨語への返辭ではなく、 王の健康體を評した前の獨白の繼ひ足しであらう。) 以下、此二人は大分立離れて傍観してゐる。
娘よ、あれを見な。あの若い貴族共はまだみんな獨身で、三四人の若い貴族が出る。バートラムも出る。
と貴族の一から離れる。
と貴族の二から立離れる。
と又立離れる。
ヘレナはかまはず立離れる。
むゝ、では、バートラムよ、その娘を迎へなさい。それが君のバートラム、輕蔑の表情をして、顏を背ける。
此うちヘレナはきッと諦めたらしく
ペーローレスとラフューだけを殘して、皆入る。 二人は留って此結婚の批評をする。
と照れかくしに肩を怒らして歩き廻る。
悠然として入る。
と言ひも終らんうちに、ラフューが又出る。
入る。
バートラム出る。
入る。
ヘレナとフールと出る。
ペーローレス出る。
ペーローレス入る。
入る。
ラフューとバートラムと出る。
ペーローレス出る。
(「カスタード」は牛乳、鶏卵、砂糖、香味などを混ぜ合せてどろ〜に蒸して饅頭の如く製したもの。 エリザベス朝には、ロンドン市長の大宴會に際して、餘興として、 特に巨大なるカスタードを製し、宴闌 なるころ、弄僕 (道外役)をして其中へ躍り込ませるのが例であったといふ。 こゝではペーローレスを「汝は卑劣な幇間 なり」と罵るための比喩たるに過ぎない。)
入る。
ヘレナ出る。
(見送って)やい、國へ往け。おれは國へは決して歸らんぞ、太鼓の音が聞えたり、 劍がヘレナ殘りをしげに入る。
入る。
フロレンスの公爵が侍者をつれて出ると、二人のフランス貴族が一隊の兵をひきゐて出る。
伯夫人とフールが出る。
と開封して讀みかける。
入る。
こりゃよくないこった、向う見ずの我儘者めが、王の有りがたい「嫁を御
膝下 へさしだします。彼女 は、 王をお治し申しましたが、わたくしを滅してしまひました。 わたくしは迎へはしましたが、共寢 はいたしません。 いつまでもさうしようと決心してをります。 わたくしの脱走に關しては、いづれ知らせがございませうが、豫 め申し上げておきます。世界が相應に廣い以上、 わたくしは遥かに立離れてをる積りでございます。 あなたへの孝道は忘れはいたしません。あなたの不幸なり
倅
バートラム。」
フールまた出る。
入る。
ヘレナと二紳士出る。
「おのしがおれの此脱ける筈のない指輪を手に入れ、 さうしておれのおそろしい御宣告です。胤 に相違ない子供を生んで見せ得る時が來たら、 おれを夫と呼ぶがいゝ。が、さういふ「時」は決して「無い」と言っておく。」
と泣く。
二紳士を案内して入る。
入る。
盛奏。フロレンス公爵、バートラム、ペーローレス及び兵士ら出る。 太鼓手竝 びに喇叭手ら從ふ。
入る。
伯夫人と執事と出る。
「私 は聖 ヂェーキーズ様へ參詣に參ります。僭上 な戀をいたしました償罪 に、跣足 で冷い地面を蹈まうとお誓ひしました。 お手紙を戰場へお送りになりましてお勸め遊ばせ、 大事の旦那さまの御子息が急いでお歸りになりますやうに。 お邸 で安からにお暮し遊ばすやう、私 は遠くから一生懸命にお名を呼んでお祈りします。 えらい御苦勞をおさせしました私 の罪をお赦し下さいますやうお執成 し下さいませ。 あの方を朝廷の御親友から引分け、敵と野宿させて、 どんな立派な方にでも死や危險の附き纒ふ戰場へお送りした憎いヂューノー(嫉妬神)は私 です。 あの方は「死」や私 にはお立派過ぎて物體ない。 「死」は私 が戴きまして、あの方をお救ひいたします。」
泣きながら入る。
フロレンスの老寡婦と其娘ダイヤナ及び其附近の市人 で年増のマリヤナ、 處女ワ゛イオレンタ、其他、男女若干人出る。
無駄足をしたのだ、わたしたちは。きッとあッちの路を行きなすったのだ。 (聞き耳を立てゝ)ほらね!喇叭で解るだらう。このうちタケット調の喇叭が聞えてくる。
ヘレナが廻國者の服装で出る。
あら!こッちへ見えますよ。……お巡禮さん、 今こゝを兵隊さんが通ってしまはれますのでお待ちでございますれば、 わたくしがお宿まで御案内いたします、あなたのお宿は遠くでマーチが聞える。
喇叭盛奏。
あれが公爵さまのお總領のアントーニオーさまでございます。…… あれがエスカラスさんです。太鼓手、旗手らと共に全フロレンス軍が出る。バートラムやペーローレスも出る。
此うちペーローレス女連へ目禮する。
バートラム、ペーローレス、士官、兵士ら皆入る。
一同連れ立って入る。
バートラムとフランスの貴族甲、乙が出る。此二人は兄弟で、 姓はDumainデューメインであるが、呼び名は原作には現はしてない。 (アーングの舞臺用には、此場はバートラムの下宿の一室となってゐる。 それは一八一一年にケムブルが此作を上演した際の通りである。 其際、ケムブルは、兄の名をデューメイン、弟の名をLewisリューヰスとした。)
(「太鼓野郎扱ひ」とは打擲 する、侮蔑するの義。)
ペーローレスがやはり氣取って、考へ込んでゐる風を裝って出る。
「ヒック・ヂャセット」とは「こゝに横臥 す」の義。墓誌 の定例文句。)
大氣取りで入る。
貴族甲入る。
入る。
ヘレナと寡婦と出る。
入る。
前の幕に出た貴族甲が五六人の兵卒と共に、ペーローレスを待伏せするために、出る。
一同一隅に忍ぶ。
ペーローレス出る。
と言ひも終らぬうちに、奥で太鼓を打つ。(警報。)
ペーローレスびッくりする。と貴族甲が大聲で、出鱈目の言葉で、號令を掛ける。
と埋伏 してゐた兵士らが左右からばら〜と駈け出して來て、駭 きあわてるペーローレスを取卷いて
といひもあへず、ペーローレスを捕縛し、目隱しをしようとする。
ペーローレスを警護して、貴族の甲と兵の二だけを殘して皆入る。
又しばらく警報。(太鼓の音。)
入る。
バートラムとダイヤナと出る。
入る。
甲、乙のフランス貴族と二三人の兵士出る。
どうしたんだ!おまひの旦那は?一僕出る。
どうなすったのです?もう夜中過ぎぢゃありませんか?バートラム出る。
兵士數人入る。
兵士らが目隱しをさせたペーローレスを引立てゝ出る。
と暗にバートラムを當てこする。
此うちに兵の一はペーローレスの口供 を筆記しをはる。
貴族の一即ちデューメインが怒って手を揮 り上げてペーローレスを撲 たうとする。
バートラムが怒って、手をあげて撲 たうとする。傍 の者がとめる。
「彼れが誓言せん時、
黄金 を投ぜしめて、取りたまへ。
彼れは借用し了れば、曾て其借りを支拂ひしことなし。
巧みなる約束は既に半 成れるなり。
約束は須 らく巧みなるべし。
彼れは後日となりては借を拂はず。先づ拂はしめよ。
ダイヤンよ、且つ言へ、一武人が斯く卿に語りたりと、
成人は相親しむも可なり、童 をしてキッスせしむる勿れと。
重ねて誡告す、彼れ伯爵は正に愚者なり、
前には支拂ふとも、有して後には支拂ふことなし。
彼れが卿に誓ひ聞えし如くに、同じく卿を思ふペーローレス。」
と離れる。
さ、身に廻りを見ろ。だれか知ってる人があるか?目隱しを取りながら
バートラムと貴族甲、乙さん〜゛嘲弄しておいて入る。
入る。
入る。
ヘレナ、寡婦及びダイヤナ出る。
入る。
伯夫人とラフューとフールと出る。
と言ひすてゝ入る。
フール出る。
入る。
ヘレナと寡婦とダイヤナとが二人の從者をつれて出る。
あの人に頼めさうだ、陛下へのお取次が、若しあの人が骨折ってくれゝば。…… (出迎へて)御機嫌よろしう!一紳士出る。
入る。
弄僕 のラワ゛ッシュとペーローレスとが出逢ふ。ペーローレスは襤褸 を著てゐる。
(ラフュー)もし、こゝに運命のごろにゃァがをります、 すなはち「運命」の猫てィのが。但し麝香猫ぢゃありません。そいつが申します、 「運命」の御不機嫌のラフュー出る。
入る。
と行きかける。
Paroles(ペーローレス)を、人名ではなく普通名辭だとすると、 フランス語のParole(語)の複數であるから、 単數即ち只一語ではない、と洒落れたのである。)
王がお見えになる。あの喇叭で解る。……こら、改めて後に喇叭の音。
入る。
盛奏。王、伯夫人、ラフュー、貴族ら、紳士ら、警護兵ら出る。
入る。
バートラム出る。
あゝ、此老いたる一筋々々の髭に懸けて、亡くななられたヘレナどのは、 可憐な婦人であったが、ちょうど此様な指輪を、 先だって朝廷からおバートラム一箇 の指輪をわたす。とそれを熟 と見て
どう成り行かうとも、既に得た證據によって、予の危惧が空でないのは解る、 むしろ空しく油斷してゐたのを自責せねばならん。…… あッちへ連れてゆけ!追って警護兵がバートラムを捕へる。
トいひ〜引立てられて入る。
前の場の一紳士が出る。
「妻死せば必ず娶るべしと幾度も誓言いたされ候ふゆゑ、 恥かしながら、ルーシロン伯の心に從ひ候ふところ、獨身となられし今日 、 其誓約を破り、妾 の節操を奪ひしまゝ、告別もせず、 フロレンスを立退 かれ候ふ間、御裁判を願はんため、 其後を追ひ、お國へ參り候ふ。嗚呼、王陛下、正邪は御手 のまゝと存じ候ふ、何卒 御裁判下されたく候ふ。さなき時は、 誘惑者榮えて、不幸の女身を滅し候ふ。ダイヤナ・キャピレット。」
(伯夫人に)奥さん、ヘレナは虐殺されたのではないかと思ふよ。紳士と二三の侍者入る。
バートラム護衛されて又出る。
前の紳士が寡婦とダイヤナをつれて出る。
ラフュー入る。
とわざと先刻に指輪を見せるやうにする。
ラフューがペーローレスをつれて出る。
と白頭翁 のラフューを指ざす。
と又ラフューを指ざす。
御前さま、どうぞ暫く。其指輪の持主の寶石屋を呼びにやりましたから、 其人がわたくしの保釋人になってくれます。其お殿さんは、 御自身御存じの通り、わたくしをお辱しめをなさいましたけれども、 決して害をお與へになりましたわけではございませんから、 お訴へは取下げます。わたくしの寡婦入る。
寡婦がヘレナをつれて出る。
バートラムも驚いて目ばかりきょろつかせる。
と駈け寄って、抱擁して泣く。
盛奏。
王が觀衆に向って述べる。
入る。