末よければ總てよし : 目次


タイトル:末よければ總てよし (All's Well That Ends Well, 1602)
著者:シェークスピヤ (Shakespeare, 1564-1616)
譯者:坪内逍遥 (1859-1935)
底本:新修シェークスピヤ全集第二十一卷『末よければ總てよし』
出版:中央公論社
履歴:昭和九年十二月廿五日印刷、昭和十年一月五日發行

末よければ總てよし

シェークスピヤ 著

坪内逍遥 譯


目次


更新日:2004/06/10

末よければ總てよし : 登場人物


登場人物


更新日:2004/06/10

末よければ總てよし : 第一幕 第一場


第一幕

第一場 ルーシロン。伯夫人邸の一室。

年の若い伯爵バートラム、其母で今は寡婦となってヰるルーシロン老伯夫人、 伯夫人の保護を受けてゐるうら若い婦人ヘレナ、 及びフランス王の命を受けて若い伯爵のバートラムをフランスの朝廷に迎へようために使者となって來てをる老貴族ラフュー、 いづれも黒色の喪服を著て出る。
伯夫人
わが子をお渡し申しますのは、夫の見送りを二度する思ひでございます。
バート
お母さま、わたくしも、往くのは、又お父さまに死別れる思ひです。 けれども陛下に後見されてゐる身分ですから、(おほせ)に從はんけりゃなりません。
ラフュ
奥さん、王はあなたに取っては御良人、 また(とバートラムに)あんたにはお父さんともおなりなされませう。 あの通り、悉く結構なお方です、きッと御深切になされますよ。 (バートラムに)あんたのやうな立派な人格は深切氣のない者にも好意を起させませうからね、 まして有り餘る王の御好意が不足する筈はありませんよ。
伯夫人
陛下は御全快遊ばしさうでございますか?
ラフュ
いゝや、陛下はもう御侍醫たちをお(しりぞ)けになりました。 彼等の治術を御信じになって、長い間やきもきと御快癒を御待望遊ばしたのですが、 其 (かひ)もなく、月日が經つに連れて、空しく御絶望遊ばされたのです。
伯夫人
(ヘレナを顧みて)此若い婦人の亡くなった父御は……おゝ、 亡くなるといふ事は何といふ悲しい事でありませう!……立派な方でもあり、 上手なお醫者でもありました。あの方が十分に腕を(ふる)ひなされば、 或ひは人間が(まる)で死なぬやうにもなり、死の神は爲事(しごと)がなく、 遊んでばかりゐようかとさへ思はれました。あゝ、王のお爲に、 若しあの人が生きてゐましたなら、御難病もついお治りなさいませうのにねえ。
ラフュ
其方は何といふ御仁でございましたな?
伯夫人
其道では有名でした、が、さうあって當然なお人でございました。 ヂェラード・デ・ナーボンと申しましてね。
ラフュ
なるほど、あの仁は偉い人でしたよ。王も、つい此間(こなひだ)、非常に御稱讚なすって、 亡くなったのを惜しんでをられました。若し醫學の力で長命が出來るものなら、 死をも克服し得るほどの伎倆があったさうですね。
バート
王のお(なや)みになってますのは、何といふ御病氣なのです?
ラフュ
瘻ですよ。
バート
つひぞ承はりませんでした。
ラフュ
あんまり世間に弘まらんやうにいたしたいのです。 ……此御婦人がヂェラード・デ・ナーボンさんの令嬢ですかい?
伯夫人
獨り子でございますの。遺言によってわたくしが世話をしてをりますのですが、 きッと教育の力で立派な婦人になりませう。遺傳した性質が良いのですから、 學べば學ぶほど良くなります。不良性の者は生中(なまなか)立派な才能を持ってゐると、 あゝ、惜しいことに、と言はれます。其才能が利ともなり害ともなりますからね。 ところが、極純な此子の場合は、それが利となるばかりです。 正しい氣質を遺傳してゐるんですから、貞淑に育ちます。
ラフェ
お讃めなすったので、嬢さんは涙をこぼしておいでだ。
伯夫人
讃められた時には、その鹽水で鹽梅をするのが、處女には、一等よう似合ひます。 あの子は、亡父(とうさん)の事を(おも)ひ出すと、いつでもあの通り泣き出して、 生き〜した頬の色をなくしてしまひますのよ。……ヘレナ、もうお泣きでない。 よ、およしてばね。でないと、ほんとに悲しいのではなく、拵へてゐるのだと思はれますよ。
ヘレナ
さァ、拵へてもをりますけれど、ほんとに悲しいのでもございます。 (と又泣く。父の追憶よりも實はバートラムさまにお別れするのが悲しいといふ意である。)
ラフュ
いや、程々の御愁歎は死者へのお務めでございますが、 それが極端となると、生者の仇敵ともなりまするぞ。
伯夫人
其お言葉をどう解しませうか?生者と愁歎とが(かたき)どしになるとしますと、 それが(愁歎が)やがて極端となって命を()るとでも解しませうか? (或ひは(せい)が愁歎の敵となって、それに克たうとさへ(つと)めれば、 極端までいった愁歎は、極まれば必ず通ずる道理で、つい自然に死滅するとやうに解しませうか?)
バート
(横合から)お母さま、御祝福を。
ラフュ
(伯夫人に)とおっしゃるのは?
伯夫人
(ラフューには答へずに)バートラムよ、(と手を(かざ)して) 御寵福を戴きますやうに!姿も行ひもお父さまのやうに! 情慾をして徳性の領域を侵さしめんやうに!(うぢ)、素性を辱しめませんやうに! 多數を愛し、少數を信じ、だれにも不都合なことはせず、敵には實際的によりも可能的に我が力量を示し、 又、友達は、常に己が命の(かぎ)を掛けて、大切に保存なさい。 無言のために非難されるのはよいが、多辯のために(そし)られないやうに。 其他、天が賜はらうとおぼしめし、わしが戴かせたいと思ふ善い事が、 すべて(そなた)の身に備はりますやう!(とバートラムにキッスをしてから、 往きかけてラフューに)では、御機嫌よろしう。 宮中勤めの經験のない者でございます。どうぞ御指導下さいまして。
ラフュ
陛下にお(つか)へなされる以上、大丈夫、幸福なお身となられませう。
伯夫人
天よ、陛下を守らせられませ!……御機嫌よう、バートラム。
伯夫人入る。
バート
(ヘレナに)あんたの望む限りの最上の善い事があんたの心任せになるやうに! 母はあんたの主人だ、どうか慰めてやって下さい。
ラフュ
(ヘレナに)さやうなら、嬢さん。お父さんの御信用をお落しなさらんやうに。
バートラムとラフューと入る。
ヘレナ
(傍白)おゝ、それッきりであったら!……お父さんの事を思ってゐるんぢゃァない。 こんなに泣くのはお父さんのためぢゃァない、あの方の事を思ってゐるのよ。 ……お父さんはどんな人だったかも(おぼ)えてゐやァしない。 バートラム様のお顏しか(おも)ひ出せない。わたしゃもう駄目。 死んだも同然、バートラムさまがいらっしゃらなけりゃ。 あの方を思ふのは、天上の或お星に(こが)れて、 夫婦(めをと)になりたいと望むのにも同じい程に、 身分がちがふ。(とて)もあの方の圓座には坐れない、 せい〜゛(はす)に射すお光りを戴くのを有りがたいと思ってゐなけりゃならない。 身に餘る戀の望みが身を苦しめる。獅子に戀をして連れ添はうとする牝鹿は、 命をなくするのが(きま)り。けども、此身はどうならうと、 常住(しょッちゅう)(そば)にゐて、お顏を見てゐて、 あの弓形のお眉を、あの鷹のやうなお目を、あのお(びん)の縮れ毛を、 此胸の繪板へ寫すのが嬉しかった。あのなつかしいお顏の特徴は心の底にまでも沁みてゐる。 けども、もう往っておしまひになった。これからは其思ひ出を拜んでゐるより外にしゃうがない。 ……おや、だれだらう?……
バートラムの友人で、今度フランス朝廷へ随行するペーローレスが出る。 輕薄な紳士、バートラムよりは身分は下だが、(とし)はずッと上である。
(傍白)ありゃ御一しょに往く人。お(とも)の方だと思ふと、なつかしい。 けども名代の(うそ)ッつきで、低能で、(とて)も臆病な人らしい。 けども其いけない癖が役に立つのよ、あの人には善く似合ふので。 正直でも頑固な人は寒風(さむかぜ)に吹き(さら)されてゐる時分なんかに、 とかく聰明(りこう)な人が薄著(うすぎ)をして(ふる)へてゐるのに、 愚か者が温い重ね著して、其人の主人顏をしてゐる。
ペーロ
お妃さま、御機嫌よろしう!
ヘレナ
まァ、モナークさま、あなたも!
(モナークは「國王」の義にも取れるが、 當時エリザベス女王の朝廷内で有名になってゐたモナーコーといふ變人のスペイン人のことゝも取れる。 其噂は「戀の骨折損」に見えてゐる。「お妃さん」と戯れて呼びかけたのに對して、 應酬を試みたのである。)
ペーロ
どういたしまして。
ヘレナ
ぢゃ、わたくしもね。(お妃さんなんぞぢゃなくってよ。)
ペーロ
如何(どう)して處女性を守らうか、てなことを考へていらしッたのでせう?
ヘレナ
(えゝ)。あなたは一寸 軍人(いくさにん)らしい方ですから、 おたづねしますが、ねえ、男は處女性の敵でせう。 どうしたら男といふ敵を防ぐことが出來ませうか?
ペーロ
近寄せないがいゝですよ。
ヘレナ
でも襲って來ますわ。わたしたちの處女性は勇敢ですけれど、 防禦するとなると、弱いのよ。 しッかり抵抗する法を教へて下さいましな。
ペーロ
ありませんねえ。男が攻め寄せたりといふと、だん〜土臺を掘り崩して、 つまり、爆破せずにゃおきませんからねえ。
ヘレナ
(あは)れな處女性を、どうぞさういふ人達からお守り下さい! あの、男を爆發させる兵法といふものはありませんの?
ペーロ
なァに、處女性が爆破されりゃ男は忽ち爆發しますよ。 あなた自身で崩壊口を拵へて、男を爆破なさるのです、尤も、 貴女のお城(童貞)も陷落しますがね。 だが、永久に處女性を保たうてィのは自然國の政策としては賢明ぢゃないですよ。 處女性の損失は、其實、其増加ですからね。それを(なく)しない以上、 處女てィものは手に入りませんよ。あなた方は處女製造料で出來ておいでなのです。 處女性は一度失(なく)すりゃ、十度も手に入ります。しまひ込んでおくと、 永久に(なく)なりますよ。お友達になさるにゃ冷た過ぎますよ。 さらんぱんになさいよ!
ヘレナ
いゝえ、わたくしは、それがために、少々鬪って見ようと思ってますの、 たとひ處女で死んでもようござんすから。
ペーロ
だって、殆ど辯じやうがないですよ、てんで自然律に違背してゐますからね。 處女性を辯護しようとすると、そら、お母さんたちをわるくいふことになりませう。 そりゃ明かに御不幸でさ。自殺者、あれが(取りも直さず)處女ですよ。 處女で終るのは己れを殺すのですから、あらゆる神聖區域外の公道へ埋葬されんけりゃなりませんよ、 自然に(もと)った自暴自棄の罪人として。處女性には蛆が()きます、 乾酪のに似た蛆が。で、削片(けづりへげ)までも食ふ、 われとわが胃袋までも食ひつくして死ぬんです。のみならず、處女性は我儘で、 高慢で、不精で、己惚(うぬぼれ)が強いんです、 それはお宗規で第一等に禁制(きんぜい)になってる惡徳でさァ。 あんな物ァしまっておかないこと。きッと御損になりますから。七里けッぱい! 使へば、一年間に二つになりますぜ。いゝ利殖ぢゃありませんか? (しか)も元が減るわけぢゃァなしさ。ねえ、さらんぱいになさいよ!
ヘレナ
それを自分の好きなやうに(なく)するには、どうしたらいゝでせう?
ペーロ
さァ、わざと下手にやるですね、さういふことを決して好かないてィ人を好くですな。 處女性は(しま)ッとくと艶の脱ける代物(しろもの)です。 長く(しま)ッとくほど値打が減ります。賣れるうちに手離すに限る。 注文されるうちに早く應じるがいゝです。處女性は齢を取った廷臣の帽子同様です、 流行(はやり)におくれてるから、立派には見えるが、成ってゐないといはれます。 とうに(すた)った楊枝や胸飾りよろしくです。 頬邊(ほッぺた)には()う花がなつめ椰子、 「棗椰子(なつめやし)なら、饅頭や雜炊に入れてございます」ッてなことになりますよ。 (ひね)た處女性は、いはゞ、フランスの萎びた梨でさ。 見ざまがわるくて、汁氣がない。まるで、萎びた梨でさ。 早く食や立派に食へるんだが、さうなると、萎びた梨でさ。 え、おかゞさまで?
ヘレナ
いゝえ、わたし處女性はまだ……あちらへお出でになりゃ、 あなたの御主人は千人もお好きな方がお出來でせう、阿嬢(おかア)さんだの、 情人さんだの、御親友だの、鳳凰さんだの、大將さんだの、大敵さんだの、 指導者さんだの、女神さんだの、君王さんだの、顧問官さんだの、 謀叛人さんだの、親愛さんだの、些細な大望さんだの、高慢な謙遜さんだの、 聞き苦しい諧音さんだの、不調和な妙調さんだの、信仰の目的さんだの、 なつかしい(わざは)ひさんだのといふ山ほどの綽號(あだな)を、きッと、 あのお(めくら)さんのキューピッドを名附け親にして、 可愛いとお思ひの方へお()げなさるのでせう。 さうなりゃあの方が……どういふことをなさるか、それは解らないけれど。 神さま、どうぞあの方をお守り下さいまし!朝廷はお學問をなさる處なのだから、 どうぞあの方の……
ペーロ
え、あの方の?とおっしゃるのは?
ヘレナ
お爲になりますやうにねえ。情けないわねえ……
ペーロ
何が情けないですか?
ヘレナ
お爲になるやうにと願ったっても、只、(くう)にさう思ふばかしで、 先きへは通じやしないもの。賤しい生れのわたしたちは、 下等な運星に願ひ事を遮斷されてゐますから、戀しいと思ふお人達の爲にどんなにお祈りをしたからッて、 獨りでさう思ふばかしで、いよいよの間際まではそれを知らせることも出來ず、 感謝されることもないのですわねえ。
侍童出る。
侍童
ペーローレスさん、殿さまがあなたをお呼びなすってゞす。
入る。
ペーロ
ヘレナさん、さよなら。(おも)ひ出しゃ、朝廷にゐても、あなたの事を考へますよ。
ヘレナ
ペーローレスさん、あなたは或慈悲深い運星さんの下でお生れでしたのねえ。
ペーロ
軍神(マーズ)の下で生れたんですよ。
ヘレナ
わたしきッとさうだったと思ってますの。
ペーロ
なぜです?
ヘレナ
常住(しょッちゅう)戰爭に關係しておいでゞしたもの、 きッと軍神(マーズ)さんの下でお生れだったらうと思ひましてよ。
ペーロ
(しか)もそれがぐん〜昇ってゆく最中にね。
ヘレナ
いゝえ、どちらかといふと、降り加減の時でしたらう。
ペーロ
どうして?
ヘレナ
でも、戰爭となると、あなたは後へお退(さが)りでせう。
ペーロ
そりゃ、その、さうしたはうが都合のいゝ場合にはです。
ヘレナ
お逃げになるのも都合が好いでせう、けんのんな時には。 つまり、勇氣と危惧性(けんのんしゃう)とが相談して、 あなたに良い(はね)を拵へてあげたわねえ。 さうしてそれがあなたにはよく似合ってよ。
ペーロ
(一寸しょげて)忙しい最中ですから、巧いお返辭が出來ません。 が、今に立派な廷臣さんになって歸って來ます、 さうすりゃいろ〜御教授しますぞ、あなたが廷臣の忠告てィのを聴いて、 それを理解する器量があればだ。だが、其器量がなけりゃ、 其有りがたさもわからず、物知らずのまゝでお果てなさるんだ。 さよなら。お暇があったら、お祈りをなさい。ね、お金があったら、 親友をお忘れなさるな。いゝ御亭主を持って、大事にされたら、 大事になさいよ。ぢゃ、さよなら。
入る。
ヘレナ
天の力でなくてはと思ふ事を、人間の手で成就することもある。 運を(つかさど)る空の下にも随分自由な餘地がある。 つまり、自分たちが機敏でないから、何事も緩漫になって(はかど)らないのだ。 わたしどうして如是(こんな)大それた望みを起すやうになったんだらう? 戀しいとは思っても、其戀を遂げる見込みはないのに。 いゝえ〜、身分はどんなに違ってゐても、自然の親和からそれが同輩のやうに結ばり合ひ、 同類のやうに接吻することもある。人間の爲事(しごと)を智慧でばかり量って、 (たま)にしか無い事は二度とは望まれないやうに言ふ人は、 到底、突飛な、非常な事は出來ないとばかし思ってゐる。 失戀の爲に發憤して伎倆を見せようとした女なんかは、 (なるほど)、今までには無かったらうけれど!…… 王の御難病……此見込みは外れるかも知れない、 けれども決心した以上、どこまでもやって見よう。
入る。

更新日:2004/06/10

末よければ總てよし : 第一幕 第二場


第一幕

第二場 フランスの都パリス。佛王宮の一室。

コーネット(一種の喇叭)盛奏。病中のフランス王が侍者に(たす)けられて、 手に書状を持って出る。貴族ら、侍者ら從ふ。
フロレンス人とシエンナ人が格鬪(つかみあひ)をはじめて、既に五分々々の戰爭をしたが、 今まだ(さかん)にいがみあってゐる。
貴 甲
はい、そんなやうな報道でございます。
いや、全く(たし)かなこった。 こゝに(此書面に)從弟(じゅうてい)オーストリヤがそれを證言してゐる、 多分、フロレンス人はすぐさま援兵を送られたいと申して來るであらうといふことを書き添へて。 が、予が親友(オーストリヤ公)は(あらかじ)めそれを不利と斷じて、 應援は拒否したがよからうといふ風にいってゐる。
貴 甲
賢明にして忠實なる公の御忠告でございますれば、十分御信用遊ばすが當然でございませう。
いや、其返答までも(したゝ)めてよこしてくれた。だから、 フロレンスは、もう拒絶されてゐる、(其使者の)參らんうちに。 だが、タスカニーの戰況を觀んと望む紳士連は勝手にいづれへなりと加はるがいい。
體操や功名に飢ゑてをりまする人達には良い教習所でございませうて。
だれだ、來たのは?
バートラムとラフューとペーローレスと出る。
貴 甲
あれはルーシロンの若伯爵バートラムでございます。
(前へ來て敬禮するバートラムに)おゝ、君は父さんにそっくりの顏附をしてゐる。 氣に廣い造化が、錇卒(さうそつ)ではなく、 むしろ極念入りに君を製造したと見える。 どうか父さんの徳性をも遺傳してゐてくれるやうに! よう來てくれましたパリスへ。
バート
謹んで感謝と忠勤とを陛下に(さゝ)げまする。
あゝ、わしの此體が、わしが君の父さんと仲よしで、 初めて(いくさ)に出て、互ひに腕前を試みた時分のやうに、強健であったらなァ! 父さんは其ころの兵法に熟通してゐたものだ。第一等の勇者の教へを受けてゐたよ。 長い間働いたものだ。が、わしら二人とも(とし)にゃ克てない、 だん〜萎びて働けなくなッちまった。が、父さんの話をすると、元氣が附く。 父さんは若いころは洒落が巧かったよ。今の若い手合とても随分 戯言(じようだん)をいふが、 それが齒牙に掛けられないで、(いたづ)らにさげすまれる、 つまり、其輕薄さを掩ふだけの品位なり徳なりがないからだ。 父さんは全くの廷臣だったよ、俊鋭ではあったが辛辣ではなく、昂然としてはゐたが、 輕蔑はせなかった。若しさうでない場合があったなら、それは同輩が無禮をした時だけだ。 彼れの廉恥心は、まるで時計のやうに、 どういふ時には惡口(あくこう)を言ひ返すべきかといふ最も適当な分秒を彼れに知らせた、 すると、舌がまた其指針通りに働いたものだ。 目下の者をば別位置の者のやうに重んじて、下級者共へ立派な頭を下げて名譽がらせ、 身を(へりくだ)って、つまらんやつらにも讃められたものさ。 あゝいふ仁が今の若い者の良い手本になる、あれの後を追って見ると、 今の者共は退歩者だといふことが解るだらう。
バート
父の名は其墓によってよりも、陛下の其思召で立派に後世に傳はります。 墓誌は(とて)もお言葉ほどの證明を與へてはくれません。
あゝ、もう一度會ひたいわい!彼れの口癖のやうに……今でも其聲が聞えるやうだ。 言ふことが氣持がよく、それを又空しく聞流させるやうなことはなく、 きッと耳へ植ゑ附けて、生長させ、實を結ばせたものだ。…… 「もうおさらばにしよう」……慰み事が果てゝしまって、 先生少々欝(ふさ)ぎ氣分になると、時々さういったものだ…… 「もうおさらばにしようて。油が切れて、燃えなくなって、 新しい物でなけりゃ鼻汁(はな)もひッかけない若いやつらに、 (くすぶ)る蝋燭の(しん)扱ひにされるよりゃァ。 やつらは著物の新型以外を批判する智慧はないのだ。 流行(はやり)が變るよりも早く氣の變る手合だ」といふのが彼れの志望(こゝろざし)だったよ。 わしは後れはしたが、やッぱり同じ志望(こゝろざし)だ。 もう蝋も蜜も(かも)すことの出來ん身だから、 一日も早く巣から解放されたい、さうして他の職蜂に位置を譲りたい。
貴 乙
いや、陛下は衆人(みんな)に慕はれておいでになります。 一等御疎遠にしてをります者でも、お見えにならんとなれば、 眞先(まッさき)に淋しがりませう。
さァ、存在を認められてはゐるよ。……(バートラムに)伯よ、 父さんの侍醫であった男が死んだのはいつだっけかなう? 有名な男だったが。
バート
もう六ヶ月ほどになります。
あの男が生きてゐれば、療治させて見るのだに。……(侍醫に) 腕を貸してくれ。(と立ちあがりつゝ) 他の者共(他の醫師共)がいろ〜の治術でわしを疲勞させをった。 生命力と病ひめが戰ってゐる、氣まぐれに。……よう來てくれました。 わしの子のやうに思ふわい。
バート
ありがたうございます。
盛奏。入る。

更新日:2004/06/10

末よければ總てよし : 第一幕 第三場


第一幕

第三場 ルーシロン。伯夫人邸の一室。

伯夫人、執事リナルドー及び伯夫人の弄僕(フール)(阿呆役)ラワ゛ッシュ出る。
伯夫人
さ、聽きませう。あの()の事を如何(どう)だといふのです?
執事
奥さま、手前が、平素、及びまする限り、御機嫌に叶ひまするやうにと相勤めましたことは、 手前の從來の經歴によりまして、お察し下さいますやうに。 われとわが功労を御披露に及びましては、あまり無遠慮でもあり、 汚い心ともおぼしめされませうから。(といひつゝ傍にゐる弄僕(フール)へ思入れをする。)
伯夫人
弄僕(フール)を見返りて)あいつはこゝで何をしてゐるの? ……(弄僕(フール)に)あッちへ行きなさい。 おのしには困るといふ苦情をいろ〜聽いてゐます、 それをわしは悉皆(みんな)信じてはゐない。 が、信じないのはわしが氣短かでない爲です。 さういふ事をおのしがやりかねないことも、 やり得る力のあることも、わしは十分に知ってゐます。
フール
へい、そりゃ御存じでございませうよ、手前が貧乏人だてことは。
伯夫人
いかにも。
フール
へい、ゐかんにも、貧乏人でございますよ、もっとも、 金持必ずしも艶羨(えんせん)すべきぢゃありませんが。時に、 若し御好意様によりまして、世の中へ出られますやうなら、(世帶が持てませうなら) お女中のイズベルと一しょに如何(どう)にかやって行きたいと存じますんですが。
伯夫人
物貰ひをする氣かい、そんなことをして?
フール
へい、此場合は御好意様をお貰ひ申したいので。
伯夫人
此場合とは?
フール
イズベルと手前の場合で。御奉公は親譲りぢゃございませんのですから、 二代目を(こさ)へますまでは天福(おめぐみ)様は戴けなからうと存じます、 餓鬼なら(神様のお譲りで)天福(おめぐみ)ださうでございますが。
伯夫人
どういふわけで結婚するのか、そのわけをお言ひ。
フール
肉體(からだ)の奴が要求しますのです。肉めが驅り立てますんで。 「惡魔に驅られりゃしょことがない」のでございます。
伯夫人
(戯れて)あなた様の御理由はそれッきりですか?
フール
いゝえ、まだ外に神聖な理由ッてのがございます。
伯夫人
それが承はられませうか?
フール
手前は、甚だ不品行な人間でありましたのです、 あなたをはじめあらゆる生き身のお方達とおんなじにね。 で、その懺悔の爲に結婚しますのです。
伯夫人
不品行を悔むのよりも結婚を悔むのが先きになるだらうよ。
フール
手前には友人がございません。ですから(さい)の縁引きで友達をこさへようと思ひます。
伯夫人
さういふ友達は、つまり、おまひの敵になりますよ。
フール
いゝえ、奥さま、そりゃ御淺薄ですよ。どういたしまして、立派な友人でございまさ。 だって、手前が(くたび)れきってるとこへ來て、代理を勤めてくれます。 やつらが牛馬の代りに畑を(うね)ってくれます、と其収穫はみんな手前の物になります。 間男されになる代りには、やつらを奴隷にします。 (さい)を嬉しがらせてくれるのは、つまり、手前の骨肉を慰めてくれるんです、 手前の骨肉を慰めてくれるのは、手前を愛してくれるんで、手前を愛してくれるのは親友でござんせう。 かるが故にです、(さい)接吻(キツス)するやつは親友でございまさ。 人間は在形(ありかた)のまゝで滿足し得さへしりゃ、 結婚を怖がるにゃ及びませんや。なぜなら、若い清教徒(ピューリタン)のシャーボンも、 老齢(としより)の舊教信者のポイサムもです、 (ハート)はお宗旨でどう離れ〜゛になってゐませうとも、 (ヘッド)は一つです。月竝の鹿とおんなじに角突合ひをいたしまさ。
伯夫人
まァ、いつも〜そんな口ぎたないわる口ばかりいふのかい(おのし)は?
フール
へい、手間は豫言者でございます。一等信實に近いことを申し上げます。(と節を附けて)
なぜならわっちは()の唄を唄ふ、
だれでも眞理と思うてる()の唄。
夫婦(めをと)になるのは運命沙汰だが、
郭公が啼くのは生得生來(しゃうとくしゃうらい)。」
伯夫人
あッちへ往きなさい。後で又話をするから。
執事
いかゞでございませう、()れにお命じになって、 ヘレナさんをお呼び遊ばしては。あの方の事で申し上げたいことがございますのです。
伯夫人
あの嬢さんにわたしが用があるといひな。ヘレナの事だよ。
フール
(節を附けて)
彼女(あれ)はいふ、此わしの綺麗な顏が原因か、
ギリシャ人がトロイを攻めて荒したのは?
あほらしい、たわけたことを、あほらしい。
これがまァ、プライヤム王の自慢の(まち)か?
といひつゝ立って溜息、吐息、
と言ひつゝ立って、溜息、吐息、
それから言うたのが、()ういふ名句。
いけない九人の一人が善けりゃ、
いけない九人の一人が善けりゃ、
とにかく、十人の一人は善い子。
伯夫人
何だッて!十人の一人は善い子だッて?まァ歌ひこはしッちまってるんだよ。
フール
どういたしまして、訂正してゐますので。善い女の子は十人に一人と。 神さまが年中世界をさういふ風に御差配下さいますと善うございますのに! 十の一の女だけは無疵となります、手前が牧師(寺領僧)でございましても。 十中一人はと申しまさ!星が變に光るたび(彗星の出るたび)に、 又、地震がゆるたびに、たった一人だけ善良な女が生れるやうだと、 大ぶ富籤が改良されませうて。だが、 男は其一本を()()てるまでに大概心臟を絞り切ってしまひませう。
伯夫人
さ、あッちへ行って、いひつけた通りにおし!
フール
嗚呼、男子にして女子の命を奉ずるとは!(しか)し差支へはない。 「正直」は清教徒(ピューリタン)ぢゃァないけれど、差支へはあるまい、 高慢な(むね)を包む黒上被(くろうはぎ)の上へ謙遜な白袈裟(しらげさ)を掛けたからッて。 ……へい〜、只今參ります。御用は、ヘレナさんをこゝへお呼び申して來ること。
入る。
伯夫人
(執事に)そこで。
執事
奥さまにはあの方を悉くお愛し遊ばしていらっしゃいますと存じます。
伯夫人
はい、全く。あの子の父が遺言までして託して死にましたので。 それに、他に何がなくも、あの子自身だけで、今ッくらゐ可愛がられる權利を正當に有ってゐるのです。 支拂ってゐるよりも借りてゐるはうが多いのです。ですから、 あれが要求する以上を拂ふのが當然だと思ひます。
執事
奥さま、實は、手前、最近、あの方の、ついお傍近くにをりましたのです、 そんなところにをりますのを御當人は決してお望み遊ばさなんだ時分に、 何か、たった一人で、頻りとおっしゃってゞございました。 他人の耳へそれが入らうとは、夢にも思っていらっしゃらないやうでございました。 其事柄は、若殿さまを戀ひ慕っておいでなさるてことでございます。 斯うおっしゃるんです。 「二人(ふたアり)の身分を斯んなにまで違はせた運笑みは女神(にょじん)ぢゃない、 品位の同等な者ばかりに力を添へるキューピッドは男神(をがみ)でも何でもない、 其御家來が襲はれてゐるのに、救はうとも、身受けしようともなさらぬダイヤナさんは、 決して處女の女王(にょわう)さまではないなぞと、いかにも悲しさうにおっしゃいました。 娘さんがあんな情けない聲で愚痴をおっしゃるのは、手前はじめて承はりました。 こりゃ早速お知らせ申すべきだと存じました、これが元で、 萬一何事か出来(しゆつたい)しますやうでは、 (あらかじ)め御承知置き遊ばさねばならんことでございますから。
伯夫人
正直によう知らせてくれました。どうか、餘所(よそ)へは洩さないでね。 或はさうぢゃないかと度々(たび〜)心附いたこともありましたけれど、 どうもあやふやなのでね、半信半疑でゐましたの。さ、もう退(さが)っとくれ。 その事はおまひさんの胸にしまっといてね。有りがたう、深切に正直に知らせておくれで。 後に又、話をしませう。……
執事入る。
わたしの若い時がやッぱりさうだった。「自然」の子である以上、 かういふことは免れられない。此(戀といふ)(とげ)嫩若(うらわか)い薔薇には附き物。 わたしたちの血なんだ。血がありゃ此れも生れる。若い心に強烈な愛の情が起った時には、 斯ういふ徴候が、自然の眞理の證明として現はれて來る。昔を(おも)ふと、 わたしたちにも斯うした過失(あやまち)は幾らもあった。 けれども其時分にはそれを過失(あやまち)とも思ってゐなかった。……
ヘレナ出る。
目を泣き(はら)してゐる。なるほど。(今見るとよく分る。)
ヘレナ
何の御用でございます?
伯夫人
ヘレナや、ねえ、わたしはあんたのお母さんでせう。
ヘレナ
いゝえ、御主人さまでいらっしゃいます。
伯夫人
いゝえ、お母さんですよ。なぜ母さんではいけないのです。 今わたしが「母さんだ」といった時、あんたは(まむし)でも見附けたやうな顏をしました。 「母さん」がどうしましたの、そんなに(ぎよツ)とおしなのは? はい、わたしはあんたの母さんですよ。わたしはあんたをわたしの生んだ者達の名簿中に記入してゐます。 有りうちの事です、養女が實子同様になり、 他種(よそだね)から選り取った接穂(つぎほ)が、育って、 本來生(ほんらいせい)のやうになるてことは。 あんたはわたしに母としての産苦(さんく)をさせた人ではないけれど、 わたしは、あんたの爲に、母としての苦労をしてゐます。…… おや、どうしたのですよ!おまひの母さんだとわたしがいふと、 おまひの血が凝結(こゞ)りでもするのかい?どうしたの、そんな、 今にも降り出しさうな、七色の虹神(アイリス)さんがおまひの目の廻りへ出來るのは? なぜなの?わたしの(むすめ)といふことが、なぜ?
ヘレナ
あなたのお子ぢゃありません。
伯夫人
いゝえ、母さんですよ。
ヘレナ
おゆるし遊ばして、ルーシロンの伯爵様が、どうして、まァ、 わたくしのお兄様におなり遊ばす筈はございません。 わたくしは卑しい者、あの方は御名譽の御血統、 わたくしの兩親にはどういふ名も位もございません。 あの方は悉く(たっと)い御身分。御主人さまであり、 お殿さまでございます。わたくしは死ぬまでも御家來になってゐたいと存じます。 お兄さまなんぞと申すのは、とんだことでございます。
伯夫人
では、わたしも母さんぢゃないのかい?
ヘレナ
あなたはわたくしのお母さんでいらっしゃいます。と申すことが、 眞實(ほんたう)に出來まして、それでゐて、若殿さまが、 わたくしのお兄さまでなかったらと存じます!でなければ、 二人(ふたアり)ながらのお母さまでいらっしゃいましたからッて、 わたくし少しも(かま)ひませんのですの、 わたくしがあの方のお妹さんでさへなければ。 ねえ、もし、わたくしがあなたのお子になりますれば、 あの方はわたくしのお兄さまにおなりになるより外に爲様(しやう)がないのでございませうか?
伯夫人
いゝえ、あります、あんたを嫁にすることが出來ます。が……もしや…… 母子(おやこ)といふことを大層氣にしておいでだが、 其事を思っておいでなのぢゃないかい?おや、また眞蒼(まツさを)になって? 戀ぢゃないかと心配してゐたのが(あた)ったのね! これでおまひが淋しがる謎が解けました、鹽ッぱい涙の(もと)も知れた。 今ぢゃ誰れにも見え透いてます、(せがれ)を慕っておいでといふことが。 色に出てしまってゐるんだから、どんな(つくろ)ひ上手だって駄目、 さうでないとは言はれませんよ。だから、ほんとの事をおいひ。 だが、言ふなら、さうだとお言ひ。だって御覽よ、頬邊(ほッぺた)が白状してますわよ、 かたみ代りに。おまひの目にも見えるだらう、自分の身のこなしにそれが明かに現はれてゐるのが、 現はれ方は顏のとは(ちが)っても。罪深い心や非道な固意地(かたいぢ)があればこそ、 口をつぐませて、事實を疑惑させるのです。おいひよ、え、さうか? 若しさうなら、可なり大きな絲鞠(いとまり)をこしらへてしまったわね、おまひは。 さうでなけりゃ、無いとお誓ひ。どちらにしても、命じますよ、 眞實(ほんたう)の事をお言ひ、神さまに成り代って、おまひの爲を計るんだからね。
ヘレナ
奥さま、おゆるし下さいまし!
伯夫人
(せがれ)を愛してゐるのですか?
ヘレナ
どうぞ御堪忍遊ばして!
伯夫人
(せがれ)を愛してゐますか?
ヘレナ
奥さま、あなたはお愛しにならないのですか?
伯夫人
持ってお廻りでない。わたしの愛するのは義務です、それは世間が當然としてゐることです。 さ、さ、好きか、嫌ひかを打明けておいひよ、もう十分露見してゐるんだから。
ヘレナ
ぢゃ、(と跪きつゝ)かう膝を突きまして、天道さまやあなたのお前で、 先づあなたに、それから天道さまに、白状いたします、成程御子息様をお慕ひ申してをります。 ……わたくしの身寄りの者は貧乏ではございましたけれど、正直でございました。 わたくしの戀も其通りです。 御立腹遊ばさないで下さいまし、わたくしがお慕ひ申したからとて、 御子息さまには(さは)りません。僭越なお願ひを申し上げたり、 物をさし上げたりして、附き(まと)ひはいたしません。 此身にそれだけの價値(ねうち)が出來るまでは、奥さまにならうなぞとは思ひません、 どうしたらそんな價値(ねうち)が附くかは知りませんけれど。 お慕ひ申しても駄目だ、どんなに(こが)れても無駄だとは存じてゐます。 けれども其幾ら()いでも洩る(ふるひ)(かひ)ない戀の盡きる瀬のない水を無駄にしては()ぎ込み〜してをります。 さういふ風に、わたくしは印度人のやうに、間違った信心を抱いて、 太陽(おひさま)を拜んでゐます、拜んでゐる者を見おろしていらっしゃっても、 それを何者とも御存じのない太陽(おひさま)を。もし、奥さま、 あなたのお愛しになる方をお愛し申しましたからッて、お憎しみ下さいますな。 御晩年のお貞淑さでお若いころが察せられまするあなた様、若しか昔、 正しい、清い、ダイヤナとキューピッドとを一つといふやうな戀を遊ばしたことがございますなら、おゝ! 憫然(かはい)さうだとおぼしめして下さいまし、わたくしのやうな、 駄目と知りつゝも戀ひ慕はないわけにはいかない者の境遇を。 捜してゐながら捜し出さうとも()得ないで、謎のやうに生きてゐて、 有りがたがって死んでゆきます者のことを。
伯夫人
近いうちにパリスへ往かうと思ってゐたんぢゃないかい? え、ほんとの事をおいひ。
ヘレナ
はい、さう思ってをりました。
伯夫人
何のために?ほんとの事をおいひ。
ヘレナ
ほんとの事を申します、神さまにお誓ひして。御存じでございます通り、 父はわたくしに或 奇異(ふしぎ)(きゝめ)のある稀代な處方書(しょはうがき)(のこ)しておいてくれました、 それは父が讀書と實驗とで何にでも利くと信じたのを書き集めておいたのでございます。 父はそれを大切にしまっておくやうに申し附けました、 世に知られてゐるのよりも以上の效能のある處方だからと申して。 とりわけ、御絶望と承はりをりまする王さまの御難病に、 きッと利くといふ療治法が書いてございますのです。
伯夫人
ぢゃ、それがあんたがパリスへ往かうとした理由なのかい?え?
ヘレナ
若殿さまの事から、思ひ附きましたのです、でなければ、 パリスや藥や王さまの事なんかは考へもいたしませんでございましたらう。
伯夫人
だが、ヘレナや、假にあんたがさう申し出たとして、王がそれを御嘉納になるとお思ひか? 王は御侍醫たちと(おンな)じお意見(かんがへ)だよ。王も醫者は駄目だとお見限りだし、 醫者たちも、醫療の法はないと考へてゐますよ。醫學が全力を傾けてさへも、 御危險が救へないといふ場合に、どうして見すぼらしい無學な小娘なんぞに信頼して、 御療治をおさせなさることが出來ませう?
ヘレナ
いゝえ、其處方には、其道では無類といはれてをりました父の伎倆以外の或力が存在してをります、 そしてそれが幸運の星に惠まれてわたくしの神聖な遺産となるだらうやうに存じます。 ですから、若し參ってもよいといふお許しがいたゞけますれば、 王さまの御療治のために御奉仕をするのを此身の幸福だと存じます、 どんなに長い間でも。
伯夫人
きッと御療治が出來ると信じますか?
ヘレナ
はい、信じてをります。
伯夫人
では、ヘレナや、喜んで許します、費用も出してやります、 附き添ひの事も承知してゐます。王宮へいったら、わたしの身寄りの者へよろしくいって下さい。 わたしは(こゝ)でおまひの試みが成就するやう神さまに祈ってゐませう。 明朝(あした)お立ち。ねえ、出來るだけの手助けは必ずしてあげますよ。
入る。

更新日:2004/06/10

末よければ總てよし : 第二幕 第一場


第二幕

第一場 パリス。フランスの王宮。

コーネット盛奏。フランス王が二組の若い貴族連に陪侍され、 序幕の時よりも一段持病が重った(てい)で、寢椅子に()りかゝったまゝで、 侍者に()かれて出る。貴紳の一組はフロレンスへ出陣する者、 他の一組はシエンナへ出陣する者、共に王に告別すべく參入したのである。 バートラム、ペーローレス及び其他の者も從ふ。
(一方の貴紳らに)ぢゃ、御機嫌よう!今言った戰法を遺却しないやうにな。…… (他の貴紳らに)それから、君たちも、御機嫌よう! 今のわしの忠告を一同で分配して下さい。が、若し雙方が今わしの言った全部を受けてくれゝば、 それだけ(はなむ)けの範圍が擴げられるから、 雙方とも受用が十分になるわけだ。
貴 甲
あっぱれ武人たる資格を得まして歸朝いたしまするが、 其際には御全快の(てい)を拜し得られることゝ期望いたしてをります。
いや〜、それは駄目らしい。けれどもわしの内心は、 まだ(あなが)ちこれを以て一命にかゝはる重患とも自白してはをらんが。 さよなら、若い貴族たち。わしの生き死にはかまはず、君たちは、どうか、 立派なフランス人の子たるに恥ぢん働きをして下さい。 ローマ帝國の惡弊ばかりを遺傳してゐる衰殘の民族たる(かみ)イタリーをして、 君たちのやって來たのは、小當(こあた)りに名譽を捜しなどに來たのではなく、 頭から名譽を獲得すべく來たのだといふことを知らしめておやんなさい。 最も勇敢な大望者さへも尻込みする場合に、 君たちは驀進して、大手柄をして、美名を博しなさい。ぢゃ、御機嫌よう!
貴 乙
どうか御健康が御意(ぎょい)のまゝに御囘復あらせられますやう!
イタリーの娘どもに用心なさい。われ〜フランス人は、娘共に要求された時、 それを拒絶する言葉を有ってをらんなぞと善く(ひと)がいふ。 從軍前に捕虜にならんやうになう。
貴 甲・乙
御誡告の段々、たしかに拜承いたしました。
御機嫌よう!……(侍者に)おい、來てくれ。
王は侍者に介抱され、寢椅子に()りかゝったまゝ、()かれて、 舞臺のやゝ奥の方へ退(さが)る。
貴 甲
(バートラムに)あゝ、閣下、わたしたちが出掛けますのにあなたがお殘りとは(意外です)!
ペーロ
(横合から)そりゃあの火花君(活齑な若紳士)の所爲(せゐ)ぢゃありません。
貴 乙
すばらしいんですよ今度の戰爭は!
ペーロ
全く。手前も嘗てすばらしい戰爭に出てゐたことがありましたっけが。
バート
命令で抑留されたのです、わたしは、「まだ若過ぎるの」、「來年なら」だの、 「まだ早い」だのと、やかましく言はれて。
ペーロ
さういふ心持でおいでなさるのなら、ねえ、君、大膽に脱け出したまへよ。
バート
こゝにゐりゃ女襯衣(スモック)前驅(さきばしり)(おほ)せ附かるのが(きま)りだ、 滑ッこい(しきがはら)の上を靴をキュー〜いはせて歩く役だ、 名譽は賣り切れッちまひ、劍は舞蹈用のしかなくなる時まで。 By Heaven!(誓言ッ!)脱け出してくれよう、目を盗んで。
貴 甲
さういふ盗み方は名譽でさ。
ペーロ
ねえ、伯、おやんなさいよ。
貴 甲
わたしは從犯だ。……ぢゃ、御機嫌よう。
バート
(握手しつゝ)あなたに生え附いてゐるわたしだ。別れるのは割かれる思ひだ。
貴 甲
(ペーローレスに)隊長、御機嫌よう。
貴 乙
ぢゃ、ペーローレス君!
ペーロ
(一同に)英傑諸君、僕の劍と諸君の劍とは親類です。……ねえ、輝く火花諸君、 いや、勇士諸君……スパイニアイ族の隊長にスピューリオーといふ男がゐますがね、 こゝに(と左の頬をおさへて)左の頬邊(ほッぺた)に戰功の徽章(きしゃう)たる刀瘢(きずあと)のある男ですが、 (この)(と(つか)を叩いて)劍がやッつけたのです。 お逢ひになったら、僕がまだ生きてゐるといって、何といふか、聞いて來て下さい。
貴 甲
はい、承知しました。
貴族ら入る。
ペーロ
軍神(マーズ)があんたゝち教習生を可愛がられるやうに!…… (バートラムに)あんたはどうしますね?
バート
(ふと奥の方を見て、脣にあてゝ)しッ!……王が!
王は寢椅子に()りたるまゝで、又、侍者に()かれて、 前へ出る。老貴紳のラフューが從ふ。
ペーロ
(急いでバートラムを促して立離れながら)ねえ、あゝいふ立派な人達には、 もっと十分に禮儀を盡さなくッちゃいけませんよ。御送別の挨拶が控へ目で、 冷淡すぎますたよ。もっと〜親しくなさい。 あの手合は現代のお(かんむ)り連(流行兒(はやりっこ)の標本)でさ、 第一等の星(流行)の感化で、歩く、食ふ、しゃべる、何でもかでも生ッ粋といふところをやってまさ。 先導者が惡魔だっても、あゝいふ舞蹈にゃァ()いてゆくべし。 さ、()いてらッしゃい、もっと念入りにお暇乞(いとまご)ひをなさい。
バート
ぢゃ、さうしよう。
ペーロ
立派な手合でさ。逞しい劍客になりませうぜ、あの手合は。
バートラムとペーローレス入る。
此うち王及び其陪侍者らの居場所が定まる。
ラフュ
(王の前に跪いて)御前、御 宥免(いうめん)下さいまし、 手前を、(不束(ふつゝか)な)御報告を。
(歎息して)立てれば褒美がやりたいくらゐだ。
(「宥免(いうめん)は勿論の事、 若しおれの此立たぬ腰が立ちでもする吉左右(きつさう)を持って來たのなら、 褒賞をさへ與へたいと思ってゐる」の義。 それを頓智自慢のラフューはわざと曲解して、 王を慰めるために、戯言(じようだん)を言ふ。)
ラフュ
では(と起ち上りて)斯う立ち上りまする、 御 宥免(いうめん)(の資料)を持參いたしたのですから。……
(「御宥免下さるべき理由となる女醫を同行いたしました」の義。)
だが(成るものなら、これが逆になって)、御前がお膝を突かせられて、 「ゆるしてくれ」とおっしゃり、手前が御命令して、お立たせ申すことが出來ましたらなァ!
わしもさうしたいと思ふ。おまひの頭を叩き割っておいて、 「ゆるしてくれ」といふ積りだから。
ラフュ
いや、外れました。(其お言葉は道具外れでございます。)……時に、かやうでございます。 御全治疑ひなしと申す療治法がございますが、おぼしめしは?
無い。
ラフュ
おや!王狐さまの癖に葡萄をめしあがらない?いや〜、結構な葡萄ですから、 お手が(とゞ)きゃ、めしあがりませう。えゝ、石にも生命を吹き込み、 岩をも生し、(御病中の)陛下(あなた)にでも、御陽氣、 御活齑にカナリー踊りを踊らせ申さうといふ名醫を見附けて參ったのでございます。 其者が一寸手を觸れますれば、(とうに亡くなられた)ピピン王も再生され、(手の働かん筈の) シャーレマンどのが(ペン)を取って戀歌を書かれようといふ程の(げん)があります、 其娘への戀歌を。
その娘とは何だ?
ラフュ
はて、女醫者でございます。もう一人だけ參ってをります、 若し御引見遊ばしますなら。さて、全くのところ、 斯く戯言(じようだん)口調で申し上げましたものゝ、 其實、大まじめなのでございます、即ち、女性ではあり、 若くもあり、申し條といひ、智慮といひ、操守といひ、いやはや、年甲斐もなく、 (おどろ)き入りましたと自白いたさねばならん程の人物なのでございます。 拜謁を願ってをります。お會ひになって願意を聽いてお遣はしになりませ。 その上で、たんと手前をお笑ひ下さい。
では、ラフュー、其 驚絶物(きょうぜつぶつ)をつれておいでなさい、 君と共に驚歎しよう、或ひは(其反對に)むしろ君がそれを(おどろ)いたのを驚いて、 君の(おどろ)きを取消してやらうから。
ラフュ
では、お間に合せませう、多分、全日とは暇取りますまい(ぢきに連れて參ります。)
入る。
いつもあれだ、つまらんことを物々しく吹聽するのが定例(きまり)(の男)だ。
ラフューがヘレナを連れて出る。
ラフュ
(はね)があるのかと思ふ程に早いな。
ラフュ
いや、こッちへ〜。……あれが陛下でいらせられる。 思ってゐる通りを申し上げなさい。あんたは謀叛人らしくも見える、 が、陛下はさういふ謀叛人を恐れなさらん。 わしはクレシダの叔父だ、敢て二人だけ差向ひにしておいて、はい、 さやうなら!
と入る。
娘よ、おまひの用といふのはわしの爲になる事なのか?
ヘレナ
はい、さやうでございます。わたくしの父はヂェラード・デ・ナーボンと申しまして、 老練な醫者でございました。
あの仁なら知ってゐる。
ヘレナ
御存じと承はりますれば、もう父の御吹聽は差控へませう。 父は最期(いまは)(とこ)の上で種々(いろ〜)の處方書をわたくしにくれました。 其中で、とりわけ、多年實驗して一等大切な、又とない秘法と致してをりましたのを、 第三の目とも思ひ、自身の兩眼よりも大切に、きッと保存せいと申し附けました。 で、其通りに致してをりましたところ、陛下さまが、ちょうど其なつかしい父の遺法でなら、 大丈夫、お治りになるわるい御病氣にお罹りと承はりましたゆゑ、 恐れながら、其秘藥を適用しまして、御療治を申し上げたいと存じまして、 參上いたしたのでございます。
誠志(こゝろざし)はかたじけない。が、其療法は信じかねる。 碩學(せきがく)の侍醫共すら手を退()き、醫學會全部が、 もう斯うなっては到底人力を以てして自然の衰弱を復しやうはないと見限った今となって、 其見込みのない病ひを(まが)ひ醫者に弄ばせなどして、 わが分別力に汚名を與へ、生中(なまなか)の迷ひを(かも)してはならんわい。 療治の法はないと思ってゐながら、無法な療治を珍重したりして、 國王の威信を裏切ってはならんからなう。
ヘレナ
では、苦勞が無駄になったのをも忠義の爲と諦めまして、 もう強ひてお勸めしようとは致しますまい。此上は、 相當な御恩命だけをいたゞきまして、お(いとま)いたしたうございます。
無論、それくらゐのことはしてやる、療治しようとしてくれた誠志(こゝろざし)が有りがたい、 もっと生きてゐてくれといってくれる者に言ふ程の禮はいふ。 が、わしは十二分に危篤だと心得てをるが、おまひは更にそれを知らず、 又、治す(すべ)をも知らんのだ。
ヘレナ
療治は無用とお諦め遊ばした以上、試しにわたくしに療治させて御覽になったとて、 お(さは)りにはなりますまいと存じます、最大事業を御完成遊ばすお方(神さま)でも、 時には(かひ)ない者をばお使ひになります。ですから、聖書に、 士師たちの嬰兒(あかご)でありました時分には、 嬰兒(あかご)にも智慧者があったと見えてをります。 大洪水が平凡な泉から沸き出しましたし、偉いお方がお信じにならなかったにも拘らず、 奇蹟が起って、大海が干潟になりました。大丈夫と豫期したことが、 存外屢l(しば〜)外れ、(とて)も駄目だと絶望し切ってゐたことが、 案外にも(あた)ることがございます。
いや、もう聽くべきでない。娘よ、さやうなら。折角の骨折だったが、 その申し出でを受けん以上は、其報酬は、 感謝の言葉以外何も遣れん。骨折賃は自辨にせい。
ヘレナ
(歎息して獨語的に)不思議に吹き込まれた霊感も斯うして只の息で吹き消される。 人間は外見でばかり推量するけれど、全知全能のお方はそんなことはなさらない。 天の御冥助を人間 (わざ)のやうに思ふのが、 われ〜人間の第一等の僭越なのだ。……もし、わたくしに骨折らせて見て下さいまし。 わたくしの力ではない、天の力を御試驗遊ばせ。 わたくしは見込みましたこと以上を御吹聽する山師なぞではございません。 きッとお治し申す力がある、きッとお治り遊ばすと存じてもをり、 信じてもをるのでございます。
それほど自信してをるのか?幾日かゝったら治し得ると思ふか?
ヘレナ
大慈悲さま(神さま)がお惠み下さいますれば、 日の神を乘せた馬が二度と巡廻を()果てませんうちに、 金星(ヘスペラス)が暗い西方の(もや)の中で二度とは其眠さうな燈火(あかし)を消しませんうちに、 又、日時計が(そツ)と經つ刹那を刻んで、まだ二十四囘とは通り果てませんうちに、 御衰弱は御體内から脱け去って、御病根は全く枯れ、御健康が悉く御囘復になりませう。
その確信が、若し間違ったら、どうする?
ヘレナ
恥知らず、向う見ずの阿婆摺(あばずれ)女と忌はしい流行唄(はやりうた)に作られて、 さん〜゛に(はじ)しめられ、(そし)られまするのをも、 又は處女たる此身にどんな惡名を附けられまするのをも、 いゝえ、尚ほ其上に、淺ましい拷問に掛けられて、責め殺されまするのをも覺悟してをります。 おのしには、何か有りがたい聖靈が(のりうつ)って、 弱い器官によって強大な福音を傳へさせられるかのやうに思はれる。 常理では不可能としか思はれんが、理外の理としては信ぜられる。 命は惜しかるべき筈だのに、殊に、おのしは、凡そ生效(いきがひ)とせられるあらゆるものを、 (例へば)若さを、美を、智慧を、勇氣を、 (いやしく)も幸福な若い者が幸福と名づける限りを身に備へてをるのに、 それをば敢て(あやふ)うしてもと申すには、 必ずや非常に(おどろ)くべき命がけの伎倆(おぼえ)があるに相違ない。 では、可憐な醫師よ、おのしに療治させて見ようが、萬一、 わしが死ねば、それはおのしを殺す處方になるぞよ。
ヘレナ
若しも時を違へましたり、申し上げた通りの御療治が出來ませんでしたら、 御容赦なく、當然の事として、死刑に行はせられますやうに。 (げん)がなければ御死刑を其御報酬にいたゞきますが、 (げん)が有りましたら、何を下さいます?
望むがいゝ。
ヘレナ
叶へて下さいませうか?
いかにも、此 寶梃(セプター)に懸けて、昇天の希望に懸けて。
ヘレナ
では、わたくしが此人と申す夫を、王さまの御權力で、 わたくしに持たせて下さいまし。決して、 フランスの王族方から擇びまして、卑しい身が御 連枝(れんし)又は御直影に連れ添って、 名を高めようなんぞといふ僭上(せんじゃう)な望みはございません。 お願ひしてもお差支へがなく、下さいましても御不都合のない御家臣の中から擇びますのです。
(うなづいて)これが約束の手だ。(と握手して)條件通りになれば、 望みを叶へてやるから、時日を選んで療治にかゝってくれ。 わしは、決心した以上、いつでもよい。尚ほいろ〜尋問すべきだが、どこから參ったかを、 だれが一しょかをも尋問すべきだが、それを知ったからとて餘計に信任することゝもなるまい。 いや、尋問もされず、疑はれもせんで歡迎されるのを仕合せだと思ふがいゝ。…… こら、だれか手を貸してくれ!……約束通り立派に成功すれば、きッと其功に報いてやるぞ。
盛奏。入る。

更新日:2004/06/10

末よければ總てよし : 第二幕 第二場


第二幕

第二場 ルーシロン。伯夫人邸の一室。

伯夫人とフール(弄僕(ろうぼく))と出る。
伯夫人
さ、こゝへおいで。躾けのない其方(おのし)としては、 此上もないといふ役目を申し附けますから。
フール
へい〜、躾けはともかくも、食ひ氣は十分といふ手竝を現はして參りませう。 たかゞ、朝廷への御用でござんせう。
伯夫人
たかゞ、朝廷だッて!ぢゃ、どういふところを特別扱ひにします、 朝廷をすらそんな風に鼻であしらふやうぢゃ?「たかゞ、朝廷へ」だッて!
フール
でも、奥様、神様から行儀てィものを幾らか心得させていたゞいてをりますんですから、 朝廷へ參ったって何の事もございませんや。 (すね)を曲げる、帽子を脱ぐ、手を嘗める、黙ってゐる、 そんなことぐらゐが出來ん者は、(すね)も手も脣も帽子もない奴でございまさ。 そんな奴は、要するに、朝廷にゃ向きませんや。手前はです、手前は、 ちゃんと萬人向きといふ口上を準備(ようい)してをります。
伯夫人
萬人向きとは融通の利く口上だねえ。
フール
どんな(おゐど)にも合ふ理髪店の椅子よろしくでさ。 尖り(げつ)にでも、平坦尻(ぺちゃんこげつ)にでも、 肥滿尻(ふとツちよげつ)にでも、何尻にでも。
伯夫人
どんなことを言ひ掛けられても、それで間に合ふのかい?
フール
へい、しっくり合ひます、代言人に十グロート、琥珀織娘(タフイータむすめ)(淫賣婦) にフランス金貨(禿頭)、トム(太郎作)の指にチップ(お松)の()の輪、 シュローヴ・サンデー(懺悔火曜日前の日曜)に揚煎餅、五月(さつき)祭にモーリス踊り、 穴に釘、間男されに頭に角、怒鳴り野郎にがみ〜阿魔(あま)、 坊主の口に尼の脣。いや、腸詰めの皮と中實(なかみ)と程に。
伯夫人
ぢゃ、どんなことを言ひかけられても、其れで以て返辭が出來るの?
フール
(かみ)は公爵さまから、下は巡査にまでも間に合ひまさ。
伯夫人
どんな場合にでも間にあふといふ口上ぢゃ、滅法界に大きなもんだらうねえ。
フール
いゝえ、存外小ッぽけなもんでさ、學者として、正直な處を申しますればね。 こゝにちゃんと持ってをりますよ、附屬品も一切揃へまして。 手前をば廷臣さんと御假定になって、おたづね遊ばせ。 お覺えなすっておいて御損はありませんや。
伯夫人
ぢゃ、若返るためにね、出來ることなら。 馬鹿者になって問ひますよ、返辭を聽いて怜悧(りこう)になれる積りで。 ……では、ねえ、あんたは廷臣さんですか?
フール
(氣取って)「はて、ま、あなた!」……これッきりでさ、 もう誤魔化し濟みです。さ、もっと〜、百ばかりも。
伯夫人
もし、わたくしは不束者(ふつゝかもの)でございますけれど、 あなたをお慕ひ申してをりますのです。
フール
(又氣取って)はて、ま、あなた!……矢繼ぎ早に、矢繼ぎ早に、御遠慮なく。
(「はて、ま、あなた!」は原文の"O Lord, Sir!"の假譯。 當時の英國宮中の流行語。)
伯夫人
こんな粗末な物は、(とて)もあなたにゃ召しあがれませんわねえ。
フール
はて、ま、あなた!……いや、もっと手づよく、大丈夫ですから。
伯夫人
あなたは、つい此間、お鞭撻(ぶた)れ遊ばしたやうでございますねえ。
フール
はて、ま、あなた!……さ、おかまひなく。
伯夫人
()たれゝ、「はて、ま、あなた」だの、「おかまひなく」だのと(わめ)かれるかい、 おまひ?(反語的に)なるほど、「はて、ま、あなた!」 という挨拶は()たれてゐて言ひさうな口上ですよ。 さういふ挨拶ばかりしてゐたら、(さぞ)()たれるに都合がよからうよ。
フール
(しょげて)こんなにしくじった事はなかった、「はて、ま、あなた!」で。 (調法な)物も長く使ってるうちにゃ役に立たない事もあるなァ。
伯夫人
面白さうに、阿呆めとこんなことを言って、時間つぶしをしてさ、 わたしもいゝ世帶持だわねえ。
フール
はて、ま、あなた!……そら、又、うまく嵌った。
伯夫人
もう終結(おしまひ)。さ、用事を。……(手紙を渡して) これをヘレナにわたして、すぐに返辭を書かせとくれ。 身寄りの者や(せがれ)によろしくね。大したことぢゃないの。
フール
なるほど、大した御挨拶ぢゃございませんねえ。
伯夫人
何さ、大した骨折でもないといふのさ、此使ひは。わかって?
フール
へい、十分に。脚よりも先きに參り著きます。
伯夫人
戻りも急いでね。
雙方へ別れて入る。

更新日:2004/06/10

末よければ總てよし : 第二幕 第三場


第二幕

第三場 パリス。佛王宮の一室。

バートラム、ラフュー及びペーローレス出る。
ラフュ
奇蹟(ミラクル)はもう昔話だと誰れしもいひます。學者達の説で原因の解らん不思議な事件も、 平凡な、普通な事と思ひ()され、随って一知半解の知識を楯に、 畏怖すべき事をも輕んじます、正體の知れん恐ろしい物には服従してをるはうが當然だのに。
ペーロ
いや、實に、是りゃァ近年に於ける最も稀有な事件ですよ。
バート
全くだ。
ラフュ
名醫が悉く見放したのに……
ペーロ
手前もさう申すのです、ゲーレンもパラセルサスもですよ……!
ラフュ
博學な、信憑すべき人達までが……
ペーロ
全く。手前もさう申すんですよ。
ラフュ
到底、御療治は出來んと……
ペーロ
はい、その通り。手前もさう申してゐるんですよ。
ラフュ
(とて)もお助かりになる筈はないと……
ペーロ
全く。もう、大丈夫、駄目と……
ラフュ
おあぶない、お亡くなりになる、と思ひ込んでをったところでしたのに。
ペーロ
正に其通り。手前もさう申さうとしてゐたところでしたよ。
ラフュ
實に、これは、現代の珍事だと申してよろしい。
ペーロ
いかにも。之を彼の何でお讀みになるとです……そら、何とか言ひましたっけなァ?
ラフュ
「下界の行動者に於ける天界的 效驗(かうけん)の顯示」てのだらう。
ペーロ
はい、それですよ。その事を申さうとしたのですよ。
ラフュ
はて、あんたの海豚(いるか)はわしのよりは敏活(すばや)くはないと見える。 實際、わしがいはうとするのは……
いや、不思議です、實に不思議です、といふのが要點ですよ。
不敬虔な、極めて非道な者でない以上、これを、その……
ラフュ
天が御手(みて)を下されて……
ペーロ
さやう。それ〜。
ラフュ
極めて弱い……
ペーロ
脆い者を、お使ひになって、大いなる威力を、空前絶後の事を行はしめられたので、 かういふ事があるとすればです、(ひと)り王の御難病が治ったばかりではなく、 われ〜一同の上にも……
ラフュ
或ひは有りがたいことが起るかも知れん。
ペーロ
手前も正にさう申さうとしたところでしたよ。全くお言葉の通り。 ……あ、王が見えさせられた。
王、ヘレナ(なら)びに侍者ら出る。
ラフュ
(健康となれる王の様子を遠くから見やりて) オランダ人の所謂(いはゆる)ラスチッグ(強壯)て御様子だ。 わしだって齒が脱けきらんうちは若い娘が好もしいて。 あの御様子ぢゃあの娘とコラントが踊れさうだ。
ペーロ
"Mort du vainqueur!"……(ぢッと見て、驚いて、獨語的に)ありゃヘレナぢゃないか?
(「フォリオ」にはmort du vinaigreとあるが、何の義とも解しがたい。 こゝに載せた似而非(えせ)フランス語の誓言はコリヤーの訂正に係るものだが、 これとても何の義だか、殆ど解らんとせられてゐる。 (おも)ふに、「死」は一切衆生の克服者とされてゐるから、 多分「死を司る神の敗北」といふ積りの誓言でもあらうか?)
ラフュ
全くさう思ふ。
(これはペーローレスの獨語への返辭ではなく、 王の健康體を評した前の獨白の繼ひ足しであらう。) 以下、此二人は大分立離れて傍観してゐる。
(侍者らに)朝廷にゐる貴族共をみんなこゝへ呼んで來てくれ。…… (ヘレナに)わしの救濟者よ、患者の傍にお掛け。 さうして逸してゐた感覺をおまひのお(かげ)で取戻した此 (すこや)かな手から、 改めて約束の物を遣るといふ保證を受取るがいゝ、 おまひが名指しさへすれば、すぐ其者を遣さうから。……
三四人の若い貴族が出る。バートラムも出る。
娘よ、あれを見な。あの若い貴族共はまだみんな獨身で、 (さい)はわしの授與次第だ、わしは彼等の君主であって、 そして父でもあるから、否とは言はれんのだ。遠慮せず選ぶがいゝ。 選ぶ權力がおまひにある、が、否む權力は彼等にはない。
ヘレナ
(進んで、貴族らに)あなたがた御めい〜が、愛の御神の御意(ぎょい)で、 お美しい貞淑な御愛人をお儲けになりますやうに!是非、御めい〜に……只お一人の外は。
ラフュ
(ヘレナの(しとや)かなのを見て、感心し、例の戯謔(おどけ)氣分で)いや、 わしは栗毛のカータルめをも(わしの愛馬をも)、其附屬品一切(馬具一切)をもくれてやる、 あの若造共のやうに、齒が滿足で、やっと髭が少々といへる身分なら。 (あの候補仲間になれるものなら。)
(ヘレナに)よく見な。一人だって立派な血統でない者はないぞ。
ヘレナ
皆様、……天がわたくしにお命じになりましたので、 わたくしが陛下の御病氣をお治し申しました。
貴族ら
そのやうに承はって、あなたの事を天に感謝してゐます。
ヘレナ
わたくしは單なる一處女でございますが、單に處女であると申し得られるのを、 此上もない富裕な身分と存じまする。……陛下、もう(すま)しました。 此赤うなった頬の色が(そツ)とわたくしに申してをります、 「おまひが(恥かしいのを(こら)へて)選んだ爲に斯う(さツ)と赤うなったものの、 若し其方におまひが嫌はれたら、此赤い色が死人(しびと)のゝやうに白くなって、 二度と此色は見られまい」と。
さ、選びなさい。おのしの愛を拒絶する者は、取りも直さず、 予の愛を拒絶するものであることを思ひ知らせるから。
ヘレナ
(天を仰いで)清淨神(ダイヤナ)さま、もうわたくしはあなたの御祭壇を、 翔ぶやうにして離れます、さうして一等高い、力強い戀愛神(ーナス)さまへ、 只もう一生懸命でお祈りします。……皆さま、わたくしの願ひを聽いて下さいませうか?
貴の一
(一等間近にゐるので)はい、許しもしますよ。(聽くばかりでなく。)
ヘレナ
(貴族の一に)ありがたうございます。外に申すことはございません。
と貴族の一から離れる。
ラフュ
(此體を遠目に見てゐて、例の戯謔(おどけ)氣分で) わしもあの仲間へ入って選ばれたいわい、命にかゝはる惡目なぞを投げるよりは。
ヘレナ
(貴族の二の傍へ進みて)もし、あなたの其お立派な御威嚴のあるお目は、 わたくしが何か申し上げようとしますと、威嚇(おどか)すやうに、 「こりゃ(ラヴ)よ、もっと身分を高めろ、今、愛を願ってゐる此女なぞの、 此卑しい女の愛なぞの二十倍以上にも」とおっしゃってゐるやうでございますのよ。
貴の二
(やゝあわてゝ)いゝえ、わたしはあんたで澤山ですよ。
ヘレナ
只今申した通りに遊ばせ、きッとヂョーヴさまがお許しになりませう。 では、御免遊ばせ。
と貴族の二から立離れる。
ラフュ
(遠目で見て、不審さうに)みんながあの娘をいやだといふのか? おのれの(せがれ)共なら毆り附けてやるか、 でなきゃトルコへやって閹官(ユーナック)にでもしてくれるのに。(罰當りめ!)
ヘレナ
(貴族の三に近附きて)お手を取るかと御心配遊ばすな。 決して、そんな不埒はいたしません。御誓約に天惠(おめぐみ)のございますやうに! 奥さまには、ずっとお立派なお成り遊ばしますやう!
と又立離れる。
ラフュ
あの若造どもは氷りでゝも出來てゐるのか、一人も(うん)といはんらしい。 あいつらは、きッとイギリス人の私生兒だ。フランス人が生んだんぢゃない。
ヘレナ
(貴族の四に)あなたはまだ根ッからお若くッて、 お立派なお仕合せな御身分でいらっしゃいます、 わたくしなんぞにお子を儲けさせ遊ばすのは勿體なうございます。
貴の四
いゝえ、わたしはさうは思はない。
ヘレナはかまはず立離れる。
ラフュ
(バートラムの方を見やって)でも、まだ一粒殘ってゐる、葡萄が。 (フランス(だね)の男が。)おまひの父親(おやぢ)は、 (よもや麥酒(エール)育ちぢゃあるまい)、葡萄酒を飲んだ男だらう。 (フランスだらう。)だが、萬一、おまひが驢馬(低能)ではないてことになると、 とうに見拔いてゐた積りでゐた俺が(多分驢馬だらうと鑑定してゐたおれが)小僧ッ子 (物知らず)といふことになる。
ヘレナ
(バートラムの傍へ進んで恭々しく)わたくしはあなたをお擇びするなぞとは申しません。 いゝえ、生きてをりまする限り、此身を(さゝ)げて御奉公いたしましてお差圖を受けまする。 ……(王に向ひて)此方でございます。
バートラム、輕蔑の表情をして、顏を背ける。
むゝ、では、バートラムよ、その娘を迎へなさい。それが君の(さい)なのだ。
バート
わたくしの(さい)ですッて!陛下、どうか斯ういふ事は、 自分の目で取舍(しゅしゃ)させていたゞきたうございます。
バートラム、君は承知してゐないのか、あれがわしの爲にしたことを?
バート
承はってゐます、けれどもあれを(さい)にせねばならん理由を承はらうとは思ひません。
病床からわしを(たす)け起してくれたのは彼女(あれ)だ。
バート
陛下をお起し申したからッて、その爲に、 わたくしが(たふ)れなければならんといふことがございませうか? わたくしは彼女(あれ)をよく存じてゐます。 亡父が養育し遣はしました貧乏な醫師の(むすめ)でございます。 あれをわたくしの(さい)にッ!……(獨語的に)永久に大侮辱を蒙ったはうがいゝ!
君が彼女(あれ)を輕蔑するのは、(ひと)へに爵位が無い爲だな。 爵位なら、それはわしが授けます。奇怪千萬なことだ、 われ〜お互ひの血は、其色も、其目方も、其温度も、 一しょにすれば(まる)で區別のなくなるものであるのに、 (やれ、高いの、やれ、(ひく)いのと)大懸隔があるもののやうに扱ふとは! 假に彼女(あれ)は美徳其者だとする……君が嫌ふ貧乏醫者の(むすめ)といふ事は別として ……すると、君は美徳を嫌って名を求めることになるが、 それはよしたはうがいゝ。どんな卑しい處も、そこから美徳、善行が發すれば、 そこが忽ち位附けられて高尚になる。榮爵で威張り返ってゐても、 徳行が伴はねば、それは腐爛した名譽だ。善はそれのみでも善である、名がなくとも。 惡とてもさうだ。其本來性のまゝで、さう認められる、 名稱の力を借りない。彼女(あれ)は若くて、怜悧(りこう)で、標到(きりやう)もよい。 それらは「自然」から(ぢか)に得たものなのだが、それが(眞の)名譽を育てる。 名譽の家に生れても、其父祖のやうでないと、それは甚しい名譽の汚辱だ。 祖先に頼らないでわが行實(ぎゃうじつ)で得るのが(まこと)の名譽だ。 (ことば)(といふ物)は(みじめな)奴隷だ。墓誌に濫用され、記念碑に刻まれて、 空世辭(からせじ)をいふ役を勤める、其癖、眞の名譽ある骨を塵芥(ちりあくた)だの、 「忘却」だのゝ墓の中に(うづも)れしめて、(だんま)りでゐることが多い。 どう返答するね?君が此女(これ)を只一處女として好くことさへ出來れば、 其他はわしがこしらへてやる。其身と美徳だけが持參品だ。名譽と富とはわしが添へる。
バート
彼女(あれ)を愛することはわたくしには出來ません。敢て愛しようとも思ひません。
(怫然として)敢て取舍(しゅしゃ)しようとすると、君に爲になるまいぞ。
此うちヘレナはきッと諦めたらしく
ヘレナ
御前さま、御全快遊ばしましたのを何よりと存じます、他の事はどうでもよろしうございます。
わしの名譽にかゝはるからは、それを護るために王權を使用せねばならん。 ……(バートラムに)こら、彼女(あれ)の手を取りなさい、おまひには過ぎた授け物だ。 年少の癖に、輕蔑を以て予の愛をも彼女(あれ)の徳をも擯斥(ひんせき)いたすとは、 不埒至極だ。こら、思ひも及ばんのか、予の重みを彼女(あれ)の不足分に加へれば、 (きさま)なんかは(さを)のとこまでも跳ね上るぞ。 (きさま)の名譽をどこへ植ゑ附けようと、それは予の心任せだといふことを知らんのか! 輕蔑をやめて、(きさま)の爲を思って予に意思に從へ。其傲慢が通ると(おも)ふな、 (きさま)の運命は、臣たるの本務として、予のいふまゝにならねばならんのだ、 それを要求する權力が予に在る。反省せんと、若氣の無知から心得ちがひをして困惑に陥っても、 もう決して顧みてはやらんぞ。予に憎しみと返報とが、 政道の名で容赦なく其身に掛かるぞ。さ、返辭をせい。
バート
(恐れ入って)陛下、どうぞ御勘辨を。お目がね通りにいたしますから。 陛下のお言葉で、どんな名譽を得、どんな官職にも就きまするのを考へますと、 つい先刻まで賤蔑(さげす)んでゐました者をも、 御推讚をいたゞきました以上、高貴な生れの者とも心得ます。
彼女(あれ)の手を取って、(さい)にするといってやりなさい。 きッと釣合ふやぬしてやる。身分が違ふといふなら、同等以上にしてやる。
バート
さやういたします。
好運と國王の恩寵とが此婚約を贊翼するやうに!式だけは、 今生れたての此訓示で直ぐにも今夜執り行はしめようが、賀宴は、 身寄りの者の來るのを()って、後日開くことにしよう。 彼女(あれ)を愛すれば(取りも直さず)わしへも忠勤となるわけだが、 さうでないと、心得ちがひとなるぞ。
ペーローレスとラフューだけを殘して、皆入る。 二人は留って此結婚の批評をする。
ラフュ
(おつに威張って歩き廻ってゐるペーローレスに)もし〜、……ちょいとお話がある。
ペーロ
何か御用ですか?
ラフュ
あんたのお殿さんの御主人が御變説なすって、まァ、けっこうでしたねえ。
ペーロ
變説!わたしの殿さん!わたしの主人ですって!
ラフュ
さやう。それが今いった言葉ですよ。が、それがどうしました?
ペーロ
聞捨てにならんお言葉です、其意味が解りゃ血を流さゞるを得ないお言葉ですぞ。 わたしの主人ですって!
ラフュ
だって、あんたはルーシロン伯の伴人(ともびと)だらうぢゃないか?
ペーロ
どんな伯にだって、わたしは友人(ともびと)です。友人(いうじん)です。 あらゆる伯の友です。(いやしく)も男たる者の友です。
ラフュ
伯の(をとこ)たる者の友かね?そりゃ伯の主人たる人物とは別格だね。
ペーロ
(さん〜゛辱しめられながら、わざと擬勢して、へらず口に) あんたは(敵手(あひて)にするにゃ)老人過ぎる。わかったかね? 老人過ぎますよ、あんたは。
と照れかくしに肩を怒らして歩き廻る。
ラフュ
おい、おれは男だよ、立派に。おまひなんかは幾歳(いくつ)になったって男にゃァなれないんだ。
ペーロ
(睨み附けて)すぐにもやッつけるところだが、けふは(こら)へてやる。
ラフュ
二度會食して、(初手は)(おまひ)を相應に話せる男だと思ってゐたんだ。 漫遊談なんぞも聽いてゐられるはうだった。肩掛けだの、小旗だのと來ては、 こりゃァあんまり詰め込み過ぎてゐるわいと思ったっけが、 とう〜見附けた。もう見失っても惜しかない。たかゞ、 怒鳴り附けてやる以外に爲様(しやう)のないやつだ。いや、それすらも物體ないくらゐだ。
ペーロ
(わざと擬勢して)若し老齡といふ特權を持ってゐなけりゃァ……
ラフュ
調子に乘って怒り過ぎると、正體を試されるぞ。其正體はだ…… どうか雌鶏(めんどり)(臆病者)でございませんやうに! ぢゃ格子窓どん、さよなら。開けて見るにゃ及ばん、見透かされてるからね。 手を貸しさ。(別れに握手しよう。)
ペーロ
(握手しつゝ)あんたは甚大なる侮辱を手前にお與へなすった。
ラフュ
さァ、滿腔の誠意を以てな。君は當然さうされべき人物なんだからなう。
ペーロ
さうされべき筈はありません。
ラフュ
あるとも、十二分に。わしは分厘たりとも割引はせんよ。
ペーロ
(わざと擬勢したが、ぢッと怒りを自制したらしく粧って)いや、 賢明(りこう)になっておかう……
ラフュ
成るべく賢明(りこう)にならうとするがいゝ、其逆(馬鹿根性)が附き廻ってゐるんだからなう。 今に其肩掛で縛られて、其小旗で()ちのめされることがあったら、 奴隷の名譽てものが解るだらう。おまひと知合に、いや、 ともかくも見知っておかうとしたのは、いざといふ場合に、 やつなら知ってゐると言はうためなのだ。
ペーロ
(憤激を粧って)あんたは手前に最も忍ぶべからざる憤激をお與へなさる。
ラフュ
それが永久に續く地獄の苛責であるといゝなう、 おれの力ですることは高が知れてゐるから。 もう實行する時代は過ぎたからなう。で、斯う通り過ぎる、 老脚が運んでくれ次第に。
悠然として入る。
ペーロ
(見送ってへらず口に)おまひにゃ息子がある、 今にそいつがおれの此 (はぢ)(そゝ)いでくれる。 ……下劣な、汚はしい、下劣な、ぢゝい貴族め!…… いや、忍耐(がまん)しよう、權力にゃ拘束てものがないんだから。 必ずあの老爺(ぢゞい)めを()ちのめしてくれる、 具合のいゝ時に出逢ひさへすりゃ、やつがどんな偉い貴族だからッて、 かまふもんかい!老人だからッて容赦するもんか、譬へば…… ()ちのめしてくれる、若し此次ぎに(つら)を出しゃがりゃァ!
と言ひも終らんうちに、ラフューが又出る。
ラフュ
おい、こら、君のお殿さんの御主人が御結婚だよ。どうだ、珍聞だらう? 新規に奥方様が出來たわけだ。
ペーロ
(妙に開き直って)どうか、眞實(ほんと)にお願ひしますから、 もう大概になすって下さい、さういふ侮辱のお言葉は。 ありゃわたしを優遇してくれられる貴族さんですよ。 お(かみ)として(つか)へりゃ御主人ですが。
ラフュ
(かみ)とはだれだ?神さまのことか?
ペーロ
さよです。
ラフュ
へッ、君の主人なら惡魔だ。おい、なぜ君は(と(ふり)をして) こんな風に兩腕を引絞るやうにするんだ? なぜ兩袖を筒袴(ずぼん)のやうにするよ? 餘所(よそ)の家來共がさういふことをするからか? 鼻の邊へ膝頭を持ってったらよからうに。 あゝ、もう二時間も年が若けりゃ毆りつけてくれるのだに。 (きさま)は、だれが見ても氣持のわるくなり奴だ。 だれだって毆りつけてやりたいと思ふ。多分、 (きさま)は證人の腹ごなしの相手にとて(こしら)へられた野郎なのだらう。
ペーロ
こりゃァどうも、實に酷い、不當千萬な御待遇です。
ラフュ
やい、馬鹿ッ!(きさま)は、イタリーでは、 石榴(ざくろ)(にん)を盗んだといふ(かど)()たれをった。 浮浪人なんだ(きさま)は、漫遊家ぢゃァない。 貴族や名家に對して、うぬが身分、才徳が許す以上の無禮な、 不遜な言動をいたしをる。もう何も(きさま)には言ふに及ばん、 只一言附け添へれば、悪黨(あくたう)ッ!……さよなら。
入る。
ペーロ
よろしい、けっこう。ぢゃ、さうだ。よろしい、けっこう。 ……ま、當分 内密(ないしよ)にしておかう。
バートラム出る。
バート
(しをれて)もう駄目だ。いやァな思ひばかりせなけりゃならんことになッちまった。
ペーロ
どうしたんです?
バート
僧官の前で表向きに誓約させられッちまった、けれども僕はあの女を(さい)にゃしない。
ペーロ
え、どうしたといふのです?
バート
おゝ、ペーローレス、無理やりに結婚させられたんだよ! 僕はこれからタスカニーの戰爭に參加するよ。あの女とは決して寢ない。
ペーロ
いかさま、此フランスは犬小屋ですよ、人間が足を蹈み入れる價値はありませんや。 ぢゃ、戰場へ!
バート
(おふくろ)から手紙が來てゐるんだが、何用だか、僕はまだ知らない。
ペーロ
そいつァ早くおしらべなさい。さ、さ、戰場へ!家にゐて(かゝ)ァどんといちゃついてゝ、 猛り立って躍り跳ねる軍神(マーズ)の乘料をでも抱き止めようといふ腕ッ節を、 女の腕でへな〜にするやうな男は、名譽を匣入(はこい)りにして、人にみせないで、 腐らせッちまふんです。さ、さ、外國へ!フランスは馬小屋ですよ。 こゝにゐりゃ駄馬になります。だから、さ、さ、戰場へ!
バート
さうしよう。彼女(あれ)(やしき)へ戻して、(おふくろ)へ、 (手紙で)、僕が彼女(あれ)を嫌って、逃げ出した理由(わけ)を知らさう。 王へも書いて遣さう、口ぢゃ言ひにくいことを。。つい今、王から貰った物で、 同族連が戰ってゐる戰場へ行く支度だけは出來る。 暗い宅だの、厭な(さい)だのに比べりゃ、戰爭は苦役ぢゃない。
ペーロ
つい、又、氣が變りゃしませんかい?大丈夫?
バート
部屋へいって尚ほ相談しよう。やつは直ぐ送り返して、 僕は明朝(あした)出陣する、やつは勝手に獨りで泣くがいゝや。
ペーロ
はて、跳ねたり蹴ん(まり)!いゝ音だ。いや、堪らん。 「若くて妻帶、わが身の災難。」さ、さ、出かけたり、 女は思ひ切って捨てたり。さ、さ、王のなされ方は無法ですよ。 だが、(しツ)!しかたがない。
入る。

更新日:2004/06/10

末よければ總てよし : 第二幕 第四場


第二幕

第四場 王宮中の別室。

ヘレナとフールと出る。
ヘレナ
お母さまから御 (ねんご)ろのお便りを下すったが、お加減はおよろしいの?
フール
およろしくはありません、ですが、御健康です。お元氣です、が、 およろしくはありませんよ。ですが、お喜びなさいまし、至極およろしいのです、 決してどう御不加減といふこともありません、が、およろしくはありません。
ヘレナ
お宜しいのなら、どうおわるいのだい、およろしくないとおいひなのは?
フール
實は、その、至極およろしいのです、只二點だけ困ったことがございますので。
ヘレナ
二點とは?
フール
一點はです、まだ天へお昇りでないて事でございます。 早く神さまがお呼びになればいゝのに!もう一つは、 まだ下界においでだてことでございます。早くあちらへお遣しになればいゝのに!
ペーローレス出る。
ペーロ
嬢さん、御好運でありますやうに!
ヘレナ
わたくしの好運を祈って下さいます其御深切はよう存じてをります。
ペーロ
さァ、御好運であるやう、又、 いつまでもさうしてお續きであるやうにと常住(しょッちゅう)祈ってをりましたよ。 ……おゝ、(やっこ)さん、老夫人は御機嫌かい?
フール
さァ、あんたがあのお(しわ)をお貰ひになり、手前があのお金をいたゞきますやうなら、 おほせの通りで結構だと存じます。
ペーロ
おほせの通り?おりァ何も言ひやしないよ。
フール
それだけのお怜悧(りこう)なんでさ、あんたは。大概の者は、 あゝ、早く主人が駄目になりゃいゝなんて喋説(しやべ)りますがね。 (なンに)も言はず、(なンに)もせず、(なンに)も知らず、 (なンに)も有たんてィのがあんたのお價値(ねうち)でさ。 何一つないてィのと大してちがひませんところがね。
ペーロ
(怒って)いッちまへ!(きさま)悪黨(ネーヴ)だ。
フール
(ネーヴ)の前では(きさま)(ネーヴ)だとおっしゃるが當然ですよ。 すなはち、手前の前で、(きさま)(ネーヴ)、こりゃ(たう)を得てゐますよ。
ペーロ
へッ、(きさま)は中々頓智のある阿呆(フール)だな。目附けたぞ。
フール
御自分のお智慧で目附かりましたか、乃至(ないし)手前がお教へ申したので、 目附かりましたか?……とにかく、お捜し(がひ)がございましたね。 ですが、お手元をお捜しになりましても、阿呆種(あはうだね)は相應に目附かりまして、 世間が喜びさうなお笑ひ草が随分と殖えませうて。
ペーロ
此阿呆めは所謂(躾けは不足だが)食ひ氣は十分といふやつだ。…… 奥さん、伯は今夜御出立ですよ、急な御用が出來ましたので。 あなたの愛の大特權たる式を直ぐお擧げになるのが當然だといふことは、 よく御承知になっちゃァゐますが、(よんどこ)ろなくお延ばしになるのです、 但し其 遷延(せんえん)中に、其缺陷期にです、樂しい、甘い御快樂を十分に蒸溜なすって、 溢るゝ滿悦を以て「未來」を其 縁際(ふちぎは)までも一ぱいになさらうといふお考へです。
ヘレナ
其外にも、まだ何か申し附けがございますか?
ペーロ
あなたは、早速、何か當然らしいお口實をお設けになって、 急いで王からお暇をおいたゞきになるのがよろしい、といふお吩咐(いひつけ)です。
ヘレナ
まだ其外に何か命ぜられましたか?
ペーロ
お暇が出ましたら、すぐに伯のとこへおいでになって、 別のおっしゃりつけをお聽きになるやうにと。
ヘレナ
何事もあの方のおっしゃる通りにします。
ペーロ
さうお傳へしませう。
ペーローレス入る。
ヘレナ
(フールに)ねえ、來とくれよ。
入る。

更新日:2004/06/10

末よければ總てよし : 第二幕 第五場


第二幕

第五場 同じ處の別室。

ラフューとバートラムと出る。
ラフュ
だが、よもやあの男を武人だとはお思ひぢゃあるまい。
バート
いゝえ、たしかに勇敢な男です。
ラフュ
そりゃ當人の口からお聞きなのだらう。
バート
いゝえ、他にも確實な證據があるんです。
ラフュ
すると、わたしの時計は狂ってゐる。頬白だと思ったやつが雲雀(ひばり)だといふことになるから。
バート
大丈夫、あの男は博識でもあり、又、勇敢でもありますよ。
ラフュ
すると、わたしは彼れの經験を、彼れの勇氣を輕蔑したことになって、濟まない。 が、まだ、どうも、それを後悔しようといふ氣にはなれんので、危險(けんのん)だ。 ……あ、あそこへ、(あの)(じん)が來ました。 では、どうか宜しくお扱ひ下さい。親睦を求めませうから。(仲直りをしませうから。)
ペーローレス出る。
ペーロ
(バートラムに)何もかもおっしゃった通りになります。
ラフュ
(だしぬけに)あの男の仕立屋はだれですね?
ペーロ
え?
ラフュ
おゝ!あの男はよく知ってゐます。はい、ありゃ良い職人ですよ、 良い仕立屋ですよ。
バート
(ペーローレスに傍白)彼女(あれ)は王の(とこ)へ往きましたかい?
ペーロ
はい。
バート
彼女(あれ)は今夜出立しますか?
ペーロ
お命じになりさへすれば?
バート
手紙は書いたし、大事の物は(はこ)()れたし、馬の準備もさせといた。 これで、今夜、新婦(あれ)をこちらの物にさへすれば、始り即ち終りといふことになるが。
ラフュ
(半獨語的に)良い漫遊家なら、大抵、宴席の端に掛ける、 (列席の一同へ話を聞かせるに都合のいゝやうに。)が、 三分の二までは(うそ)ッぱちで、 知れ切ったことを種にして駄法螺の千萬だらを(なら)べる奴は、 一度聞いて貰って、三度も()たれる……や、隊長、御機嫌よう。
バート
(ペーローレスに)あんたとあの方との間に、何か遺恨があるのかい?
ペーロ
どうして閣下の御不興を招いたのか、ちッとも心得ません。
ラフュ
招くどころか飛び込んで來たのだ、長靴ごと、拍車ごと、 カスタードへ跳び込む弄僕(フール)よろしくといふ風にね。 さうしてお住居(すまひ)はと訊かれないうちに急いで跳び出して逃げるだらう、君は。
(「カスタード」は牛乳、鶏卵、砂糖、香味などを混ぜ合せてどろ〜に蒸して饅頭の如く製したもの。 エリザベス朝には、ロンドン市長の大宴會に際して、餘興として、 特に巨大なるカスタードを製し、宴 (たけなは)なるころ、 弄僕(フール)(道外役)をして其中へ躍り込ませるのが例であったといふ。 こゝではペーローレスを「汝は卑劣な幇間(ほうかん)なり」と罵るための比喩たるに過ぎない。)
バート
閣下は何かお勘ちがひをしていらっしゃるのだらうと思ひます。
ラフュ
いや、奴が祈禱](きたう)}してゐるのを見たからッて、斯うします。 さよなら、御機嫌よう。ねえ、あの輕い木の實にゃ決して核はありませんよ。 あの男の靈魂(たましひ)は著物です。重要な事に關してあの男を信じちゃいけませんよ。 わたしはあゝいふ連中を飼ってゐたこおtがあるから、よく知ってゐます。 (ペーローレスに)はい、さよなら。君の事を當然以上に善くいっておいたよ、 惡に對しても善を行ふべきだからね。
入る。
ペーロ
馬鹿貴族ですよ、あの男は。
バート
(躊躇しながら)さうらしいねえ。
ペーロ
お知りあひぢゃないのですか?
バート
うん、よく知ってるよ。けども、世間ぢゃ立派な人物のやうにいってゐるぜ。 ……あ、厄介物が來た。
ヘレナ出る。
ヘレナ
おっしゃりつけ通りに、王へお話をいたしまして、すぐ立ってもよいといふお許しを得ました。 只、其前に、あなたに内々で何かお話がしたいとおっしゃいました。
バート
承知した。……ねえ、ヘレナ、わたしのする事を不思議に思っちゃいけないよ、 此場合に不相當なことをするのは、わたしとしてはせにゃならんことをせないのを。 わたしは斯ういふ事にならうとは豫期してゐなかった。だから、 大きに迷ってゐるんだ。そこで、あんたに懇願せざるを得ない、 どうか直ぐ(やしき)へ歸って下さい。何故かと不思議にお思ひだらうが、 其理由をたづねないで。といふのは、これには外部(うはべ)に見えない大切なわけがある、 其用件は、それを知らないあんたなんぞにゃ、(とて)も解らない重大な事なんだから。 ……(書状を出して)これを母へ。二日經ちゃ又逢ふでせうから、よく分別してね。
ヘレナ
(なンに)も申しません。お吩咐(いひつけ)通りにします。
バート
さ、さ、もう止さう。
ヘレナ
わたくしの卑しい運星の力では、 身に餘る此度(こんど)の好運を身に釣合ふやうにはしてくれませんから、 只忠實にお勤めして、それで其不足を補はうと存じてをります。
バート
そんなことはもう止さう。大急ぎなんだから。さよなら。急いで國へお歸り。
ヘレナ
もし、あの、(と(はにか)みながら)失禮でございますが。
バート
え、まだ何かいふことがあるの?
ヘレナ
かういふ立派な富を自分のだと申しますのは、(まこと)に僭越でございますけれど、 ……(恥かしさうに、又いひにくさうに)國法の許しを得て、 自分の(もの)となりました以上、どうかして、それを、 せめて臆病な盗人(ぬすびと)のやうに、盗ませていたゞきたいと存じます。
バート
何が欲しいといふのだ?
ヘレナ
あの、何を、ちょいとしたものを、……何でもないのでございます。 それはわたくし申し上げられませんけれど、……いゝえ、申しませう…… あかの他人や(かたき)同士は、別れる時にでも、キッスはいたしません。
バート
(わざとわからぬ振して)おい〜、ぐづ〜してちゃいけないよ、 さ、急いで馬に乘って。
ヘレナ
(本意なげに)はい〜、お吩咐(いひつけ)通りにいたします。
バート
ねえ、他の者はどこにゐますか?……さよなら。
ヘレナ殘りをしげに入る。
(見送って)やい、國へ往け。おれは國へは決して歸らんぞ、太鼓の音が聞えたり、 劍が(ふる)へたりする間は。……さ!
ペーロ
さ、さ、勇敢に!
入る。

更新日:2004/06/10

末よければ總てよし : 第三幕 第一場


第三幕

第一場 フロレンス。公爵の館の一室。

フロレンスの公爵が侍者をつれて出ると、二人のフランス貴族が一隊の兵をひきゐて出る。
で、君たちは此 (えき)の根本的理由を、もう悉く聽きなすったわけだ。 が、之を決するためには、既に今まで(おびたゞ)しく血を流した次第だ。 而もまだ大ぶ血に渇してゐる。
貴 甲
殿下の御主張は(只今承はった所によると)、如何にも神聖だと存ぜられますが、 敵の申し條は非道でもあり、随って内心怖れてもゐるらしく思はれます。
だから、從兄のフランス王が、かういふ正しい戰爭に兵を貸されたいと願ったのに對して、 胸を閉ぢられたのが、わしは不思議でならん。
貴 乙
殿下、わが政府の底意は、到底、普通人の門外觀(もんぐわいくわん)としての外は、 何等申し上げることも出來ませんのですから、手前は敢て愚見は陳じません、 從來とかく押當推量をしては失策してをりますから。
王の意思であらう。
貴 甲
ですが、(王はどう思はれませうと)、 われ〜若い者共は、安樂過ぎるのに飽食(もた)れ切ってをりますから、 其腹ごなしに、これから毎日のやうに參るでございませう。
(よろこ)んでさういふ人達を迎へて、及ぶ限り、あらゆる名譽を與へるやうにしよう。 君たちはめい〜身分を承知の筈だが、いゝかい、上級の者が倒れゝば、 それは、つまり、君たちの利益になるのですぞ。明日は戰場へ。

更新日:2004/06/10

末よければ總てよし : 第三幕 第二場


第三幕

第二場 ルーシロン。伯夫人の一室。

伯夫人とフールが出る。
伯夫人
(ヘレナの手紙を讀み了りて)(せがれ)彼女(あれ)と一しょに來ないといふことの外は、 何もかもわしが望んでゐた通りになりました。
フール
若殿さまはどうも餘ッぽどお(ふさ)ぎ性だと存じますねえ。
伯夫人
どういふことを觀てさういふ風に考へました?
フール
だって、お殿さまは、お長靴を御覽遊ばしちゃァ、鼻唄をお歌ひになります、 それから襞飾りをお(なほ)しになりながらもお歌ひになり、 人に何かお尋ねになってもお歌ひになり、お齒をおせゝりになってもお歌ひになります。 さういふ(ふさ)ぎ癖の方で、 唄一つの爲に素的(すてき)莊園(やしき)を賣った方を存じてゐます。
伯夫人
(別の手紙を開封しかけながら)かうッと、何を書いてよこしたか、いつ歸って來るのか知ら。
と開封して讀みかける。
フール
(獨語的に)おれは朝廷へ往って來てから、もうあのイズベルは厭になった。 此邊の娘ッ子やイズベルなんかは、(とて)も朝廷の娘ッ子やイズベルとは比べ物にならんわい。 おれのキューピッドは駄頭(どたま)(はた)きみじかれてしまった。 愛しちゃゐても、根ッから元氣がない、お老爺(ぢいさん)が金を(かはい)がるといふ格だ。
伯夫人
(讀みかけてびっくりして)まァ、これは、何をいってゐるのか!
フール
はて、書いてある通りの事が言ってありませうて。
入る。
伯夫人
(讀む。)

「嫁を御 膝下(しっか)へさしだします。彼女(かれ)は、 王をお治し申しましたが、わたくしを滅してしまひました。 わたくしは迎へはしましたが、共寢(ともね)はいたしません。 いつまでもさうしようと決心してをります。 わたくしの脱走に關しては、いづれ知らせがございませうが、 (あらかじ)め申し上げておきます。世界が相應に廣い以上、 わたくしは遥かに立離れてをる積りでございます。 あなたへの孝道は忘れはいたしません。

あなたの不幸なり(せがれ)
バートラム。」

こりゃよくないこった、向う見ずの我儘者めが、王の有りがたい(おほせ)に背きをるとは! 皇帝にだって賤蔑(さげす)まれる筈のないあの立派な娘をば見下げをって、 王の逆鱗に觸れるやうなことをしをるとは!
フールまた出る。
フール
おゝ、奥さま!只今あちらで、情けないお知らせを聞きました、 お二人のお武士(さむらひ)さんと若奥さまから。
伯夫人
どんな事を?
フール
いや、(しか)し其お知らせには、幾らかお喜びになっていゝこともございます。 御子息さまは、手前が思ってましたほど、それほど早くは殺されはなさりさうにありませんから。
伯夫人
まァ、どうして(せがれ)が殺されるんです。
フール
さァ、只今承はりました通り、果して脱走なすったのでございますとです、 それが押ッ立った場合にはです、よしんば子供衆は出來ても、 成人(おとな)が亡くなりますからね。……(一方を見て) あの人達が見えましたから、委細の事をお聞き遊ばせ。 手前は只脱走なすったて事だけ承はりましたのです。
入る。
ヘレナと二紳士出る。
紳の一
奥方、御機嫌よう!
ヘレナ
お母さま、殿さまは()っておしまひになりました。 もうお歸りにはなりません。
紳の二
いや、そんなことはありませんよ。
伯夫人
ま、ぢッと心を沈著(おちつ)けてお考へよ。……もし、あなたがた、 わたくしは何度も何度も随分氣まぐれな喜びや悲しみに出逢ひつけてをりますから、 そのどちらに對ひ合っても、初めッから女々しくなるやうなことはありません。 ねえ、もし、(せがれ)はどこにをりますのです?
紳の二
奥方、手前がお目にかゝったのは、フロレンス公爵の旗下(きか)に御參加なさらうとて、 御出陣になる途中でした。と申すのは、手前共は、 あッちからやって參った者で、朝廷への或用務が濟み次第、 再びあッちへ引返すのでございますから。
ヘレナ
お母さま、お手紙を御覽遊ばして?(愁然として一通の書状を出して) これがわたくしの旅行免状でございます。 (冥途へでも何處へでも行けといふお(ゆる)し状でございます。)
「おのしがおれの此脱ける筈のない指輪を手に入れ、 さうしておれの(たね)に相違ない子供を生んで見せ得る時が來たら、 おれを夫と呼ぶがいゝ。が、さういふ「時」は決して「無い」と言っておく。」
おそろしい御宣告です。
と泣く。
伯夫人
(二紳士に)その書状をあなたがたが御持參になりましたのですか?
紳の一
さやうです。さういふ内容の御書面とは存ぜず持參したのをお氣の毒に存じます。
伯夫人
(ヘレナに)ねえ、機嫌をお直し。若しおまひが此歎きを獨り占めにしておしまひだと、 わしの分までも横奪(よこどり)することになりますぞ。 ()れは、けふまではわしの(せがれ)であったが、 もう()れの名をわしの血統(ちすぢ)から洗ひ落してしまひます。 おまひばかりが子です。……(二紳士に)では、フロレンスへ參りましたか?
紳の二
さやうです。
伯夫人
義勇兵になりに?
紳の二
はい、さういふ立派なお志氣(こゝろざし)からです。 公爵は、御子息に、きッと、能ふ限り、相當の御名譽を授與されるでございませう。
伯夫人
あなたがたはあちらへお歸りでございますか?
紳の一
はい、出來るだけ大急ぎで。
ヘレナ
(書状を讀みつゝ)「(さい)を有たん身とならん以上は、 フランスでは何物をも有たない!」……まァ、情けない!
伯夫人
そんなことが書いてあるのかい?
ヘレナ
はい。
紳の一
恐らく、それは、手の勢ひでお書きなすったので、 お心の底では決してさう思っておいでなのぢゃあるまい。
伯夫人
(さい)を有たん身とならん以上は、フランスでは何物をも有たない!」 (こゝ)彼女(あれ)の外には、 (せがれ)の爲に結構過ぎる物といっては(なンに)もないのに。 彼女(あれ)は、あんな無作法な若い者共が常に十人もお給仕をしてゐて、 お(ひい)さまとか、奥方さまとか呼ぶ其(御主人の)お殿さまにだって相當してをりますのに。 ……だれが(せがれ)と一しょにゐました?
紳の一
御家来が一人、それから手前が嘗て逢ったことのあります紳士が一人御一しょでした。
伯夫人
ペーローレスといふ男ぢゃありませんの?
紳の一
はい、其方です。
伯夫人
あれなら不道徳な、甚だよくない男です。(せがれ)の遺傳性がよくても、 あいつに感化されゝばいけなくなります。
紳の一
なるほど、あの男はあんまり、あの、何が過ぎてゐるはうですよ、 で、その、おそろしく自分が何の積りでゐます。
伯夫人
(改めて會釋して)ようこそおいで下さいました。……どうぞ、 (せがれ)にお會ひになりましたら、どんなに戰場で働いても、 失くした名譽だけの物はもう(とて)も得られないぞとおっしゃって下さいまし。 尚ほ其他の事は書面にしますから、御持參を願ひます。
紳の二
何御用でも、御意通りに、相勤めます。
伯夫人
とんだことを、恐れ入ります。手前におきましても。 どうぞ、こちらへ。
二紳士を案内して入る。
ヘレナ
「妻を有たん身とならん以上は、フランスでは何物をも有たない。」 フランスでは何物をも有たない、妻を有たない身とならん以上は! ルーシロン、あなたは(なンに)も有たんとおっしゃるの、フランスでは。 ぢゃ、何もかも(もと)の通りに。あゝ、お氣の毒な!あなたをお國から逐ひ出して、 情け容赦もない戰場へかよわいお體を(さら)させましたのはわたしなのですかねえ? 美しい目の一齊射撃を受けていらしったあなたを、陽氣な朝廷から逐ひ出して、 煙硝を吹き出す鐵砲の(まと)にならせましたのはわたしなのですかねえ? おゝ、亂暴な火の勢ひに()ッかって驅け走る鉛の使者よ、(銃丸よ)、 (ねら)ひを誤って飛んでくれ!無疵で濟む空氣をばどんな音を立てゝ貫くとも、 わたしの殿御には觸ってくれるな!だれが彼方(あのかた)()たうと、 其 (まと)にならせたのはわたしです。だれが彼方(あのかた)の胸を襲はうと、 さういふ目に逢はせたのはわたしです。わたしがしたのぢゃなくっても、 そんな御最期をおさせする原因はわたしなんだ。 あゝ、いっそ空腹(ひもじ)がって吠え廻ってゐる獅子にでも逢ひたい。 いっそ此世の中に有りと有る不仕合せをわたし一人で脊負ったはうがいゝ! いゝえ、ルーシロン、歸っていらっしゃいよ、たとひ戰場で冒險を遊ばしても、 たかゞ、名譽の御負傷です、わるくすると、お命にかゝはります。 わたしは立退(たちの)きます。お歸りにならないのは、わたしがこゝにゐるからです。 それだのに、こゝに留ってゐられませうか?いゝえ、いゝえ、極樂の風が吹いて、 天使たちがお給仕をして下さりませうとも、わたしはこゝを立退(たちの)きます、 わたしが駈落ちをしたといふ憫れな噂があなたのお耳を慰めるやうにします爲に。 さ、夜よ、來ておくれ、晝よ、暮れておくれ!今、みじめな盗人(ぬすびと)が、 暗くなるのを待って、逃げ出さうとしてゐます。
入る。

更新日:2004/06/10

末よければ總てよし : 第三幕 第三場


第三幕

第三場 フロレンス。公爵の館の前。

盛奏。フロレンス公爵、バートラム、ペーローレス及び兵士ら出る。 太鼓手 (なら)びに喇叭手ら從ふ。
君はわが騎兵の大將だ。 わしは君を深愛し且つ信任して必ず大功を立てられるであらうと思ってゐる。
バート
わたくしの力には餘り過ぎる重任ではございますが、 殿下のおために、どんな危險を冒しましても、努力して、 (せめ)を果さうと存じてをります。
では、出陣なさい、「運命」が君の愛人となって、 好運な兜の上に、優渥(いうあく)眷顧(けんこ)を垂れるやうに!
バート
大軍神(だいマーズ)よ、手間は只今から御隊伍中の一員と相成ります。 どうか、手前を、自ら考へてをります通りの人間になすって下さい、 さうなれば、きッと軍鼓を熱愛し、戀愛を嫌惡して御覽に入れますから。
入る。

更新日:2004/06/10

末よければ總てよし : 第三幕 第四場


第三幕

第四場 ルーシロン。伯夫人邸の一室。

伯夫人と執事と出る。
伯夫人
おや、まァ!お前さん平氣で此手紙を受取ってゐたのかい? わたしへ手紙をよこすやうぢゃ、こんなことをしさうだてことが、 大抵解ってゐたらうぢゃないかね?もう一度讀んで御覽。
執事
(讀む。)
(わたくし)(セント)ヂェーキーズ様へ參詣に參ります。 僭上(せんじゃう)な戀をいたしました償罪(しゃうざい)に、 跣足(はだし)で冷い地面を蹈まうとお誓ひしました。 お手紙を戰場へお送りになりましてお勸め遊ばせ、 大事の旦那さまの御子息が急いでお歸りになりますやうに。 お(やしき)で安からにお暮し遊ばすやう、 (わたくし)は遠くから一生懸命にお名を呼んでお祈りします。 えらい御苦勞をおさせしました(わたくし)の罪をお赦し下さいますやうお執成(とりな)し下さいませ。 あの方を朝廷の御親友から引分け、敵と野宿させて、 どんな立派な方にでも死や危險の附き纒ふ戰場へお送りした憎いヂューノー(嫉妬神)は(わたくし)です。 あの方は「死」や(わたくし)にはお立派過ぎて物體ない。 「死」は(わたくし)が戴きまして、あの方をお救ひいたします。」
伯夫人
まァ!何といふ針のやうな、鋭い言葉だらう、穩かに言ひ廻してはあるが。 リナルドー、いつもは思慮のあるお前さんが、 どうしてうっかり脱け出させてしまったのです? わたしが會って話しをすれば、何とか思ひ直させることも出來たものを、 引きすかされてしまったわね。
執事
まことに相濟みません。昨晩これをお渡し申しましたなら、 或は追ひ附いてお引止めすることが出來たかも知れませんでしたのに。 もっとも、追ッかけて來ても、無駄だぞといふお書添へはございますけれど。
伯夫人
あんな不徳な夫をこれほどに思ふとは、ほんとに天使のやうな貞女! 彼女(あれ)の祈りでもなけりゃ(せがれ)は幸福にゃ生きられません、 天も彼娘(あのこ)の祈りなら、喜んでお聽きになって、 (せがれ)の不埒に對してのお怒りをも、お和げ下さるであらう。 さ、さ、リナルドー、あの不徳者の處へ嫁女(よめぢょ)の事を知らせてやって下さい。 (せがれ)めは彼娘(あのこ)を輕んじ過ぎてゐますから、 思ふさま彼娘(あのこ)を重んじて書いて下さい。 わたしが非常に歎いてゐることを(せがれ)は殆ど思ひやりをらん、 それをも手きびしう書いて下さい。使ひには適任の者をね。 彼女(あれ)立退(たちの)いたと聞いたら、(せがれ)は戻って來るだらうし、 彼娘(あのこ)もそれを聞いたら、戀しさの餘り、多分、歸ってくることゝもならう。 二人ともわたしは可愛い、どッちがどッちとも言へない程に。 使ひの準備をして下さい。氣も重いし、(とし)(せゐ)で體も利かないが、 悲しみめが涙を出せといひ、歎きめが口をきけといひをる。
泣きながら入る。

更新日:2004/06/10

末よければ總てよし : 第三幕 第五場


第三幕

第五場 フロレンスの市壁外。

フロレンスの老寡婦と其娘ダイヤナ及び其附近の市人(しじん)で年増のマリヤナ、 處女ワ゛イオレンタ、其他、男女若干人出る。
寡婦
いゝえ、おいでなさいよ。もうぢきにこゝへ見えるよ。 見そこなふといけない。
ダイヤ
フランスの伯爵さんは一等立派なお手柄をなすったといふ噂ですのよ。
寡婦
さァ、敵方の一等えらい大將を捕虜にしなすった上に、 御自身で(敵の)公爵さんの弟さんを殺しなすったといふ評判だよ。
このうちタケット調の喇叭が聞えてくる。
無駄足をしたのだ、わたしたちは。きッとあッちの路を行きなすったのだ。 (聞き耳を立てゝ)ほらね!喇叭で解るだらう。
マリヤ
さ、さ、歸りませう。評判を聞きゃそれで澤山だとして。……ねえ、ダイヤナさん、 あのフランスの伯爵さんにゃ用心なさいよ。處女は童貞が名譽よ。 それ以上のお(たから)はないのですからねえ。
寡婦
わたしあんたがあの方のお連れの方に引ッぱられなすったことをお隣へ話しましたのよ。
マリヤ
あゝ、あいつねぇ。畜生ッ!ペーローレスて男よ。 あの若い伯爵に汚はしい事を勸めて取持役をする奴なの。 ダイヤナさん、あの人達に御用心なさいよ。約束したり、誓言したり、(そび)いたり、 物をくれたり、いろんな色事の道具を使ひますけれど、みんな(うそ)ッぱちよ。 それで以て多勢の娘たちが騙されましたの。さうして疵物になるといふ怖い先例があるんだのに、 後から〜同じ目に逢ふ人が盡きないてのは情けないことねえ。 これ以上御忠告するにゃ及ばないでせう。おとなしいあんたのことだから、 童貞をなくなさるといけないからとさへいや、十分御用心なさるでせうから。
ダイヤ
はい、決して御心配下さいますな。
ヘレナが廻國者の服装で出る。
寡婦
大丈夫でござんせうよ。……御覽なさい、お巡禮さんが來ますよ。 ありゃきッとわたしのとこへ泊る人ですよ、お互ひに紹介しあって、 お客を手前方へよこされますからね。……(ヘレナに)お巡禮さん、 御機嫌さま!どちらへお參詣でございます?
ヘレナ
(セント)ヂェーキーズ・レ・グランドさまへ參りますのです。 ……廻國者たちは、いつもどこで旅宿(やど)を取るんでござんす?
寡婦
つい此木戸(市門)の傍の(セント)フランシスにお泊りでございます。
ヘレナ
こゝを往けばよいのですか?
寡婦
はい、さやうでございます。……
遠くでマーチが聞える。
あら!こッちへ見えますよ。……お巡禮さん、 今こゝを兵隊さんが通ってしまはれますのでお待ちでございますれば、 わたくしがお宿まで御案内いたします、あなたのお宿は女主(おかみ)さんは (笑みを含みて)よゥく存じてをりますから、自分も同様に。
ヘレナ
(察して)あなたが女主(おかみ)さんですか?
寡婦
はい、お氣に召しますればでございます。
ヘレナ
ありがたう。ぢゃ、お待ちしませう。
寡婦
あなたはフランスからいらっしゃいましたでせう?
ヘレナ
はい、さうです。
寡婦
今、こゝへ、お國の方で大手柄をなすった方がお見えになりますよ。
ヘレナ
それは何といふ人ですか?
ダイヤ
ルーシロンの伯爵さまです。さういふ方を御存じでございますか?
ヘレナ
(ぎょッとしながら)たゞ、あの、立派な方だといふ噂だけは聞いてますが、 お顏は知りません。
ダイヤ
どういふお方かは存じませんけどもね、 こゝでは大層重んぜられておいでゞございます。 フランスから逃げていらしった方だといふ評判でございますよ、 王さまがお氣に召さん方をお嫁にせいとおっしゃったとかいふので。 そんなことがございまして?
ヘレナ
(えゝ)、ほんとです。わたしそのお嫁さんを知ってゐます。
ダイヤ
伯爵さんのお下役の方は、其女の方を、さん〜゛惡くおっしゃってゞございますの。
ヘレナ
何といふ名の人です。
ダイヤ
ペーローレスさんといふ人です。
ヘレナ
おゝ!讃めるのなら、あの人のいふことだって信ぜられます。 又は、あの伯爵さんに比べては、といふのなら、あのお嫁さんは、 勿論、名を二度と呼ぶ値打もありませんの。 あの方の長所(とりえ)は品行でせう。 (つひ)ぞ貞操を疑られなすったといふことは聞きません。
ダイヤ
まァ!お氣の毒な方ねえ。奥さんでありながら、お殿さんに嫌はれなさるといふは、 何て辛いことでせう!
寡婦
きッと其方は、おいとしいことだ、……さぞ歎いておいでなさるだらう。 ……ねえ、此娘は其方へとんだ意地わるをしかねますまいよ、 當人にそんな氣がありでもすりゃ。
ヘレナ
とおっしゃるのは?もしや、あの色好みの伯爵さんが、 此方を玩弄物(おもちゃ)にでもしようとなさるのぢゃなくッて?
寡婦
さうなのですよ。處女の(みさを)を破るためのいろんな手管だの、 手蔓(てづる)だのを使って、お言ひ寄りなさるんですけれど、 吾女(むすめ)は十分用心をして、少ゥしも(みさを)を汚されないやうにしてをりますの。
マリヤ
神さま、どうぞ其通りにお守り下さいませ!
喇叭盛奏。
寡婦
そら、見えましたよ。……
太鼓手、旗手らと共に全フロレンス軍が出る。バートラムやペーローレスも出る。
あれが公爵さまのお總領のアントーニオーさまでございます。…… あれがエスカラスさんです。
ヘレナ
フランス人といふのは、どれです?
ダイヤ
あの方です、飾り羽根を附けておいでの方です。 勇ましい立派な方です。奥さんをお可愛がりなさるとよいのに! 正しいお方だと、尚ほと立派だのに。……ねえ、お綺麗な方でせう?
ヘレナ
好いた方ね。
ダイヤ
御品行がよくないのは惜しいわねえ。……(ペーローレスを見附けて) あいつ、あいつがさういふ風にさせますのよ、あの方を。 わたしが奥さんなら、毒を飲ましてやるわ。
ヘレナ
どの人です、それは?
ダイヤ
肩飾りを附けてゐるあの猿野郎よ。なぜあいつ(けふは)(ふさ)ぎ込んでゐるんでせう?
ヘレナ
負傷でもしたのでせう。
ペーロ
(氣取って、考へ込んで、獨語的に併し聞えよがしに)陣太鼓を()られるとは!むゝ。
マリヤ
何だか、おッそろしく考へ込んでてよ。……御覽、わたしたちを目附けましたよ。
此うちペーローレス女連へ目禮する。
寡婦
まァ、七里けっぱい!
マリヤ
(ペーローレスに向って、但し聞えない程度の聲で)其取持顏の深切振もよ! (同じく七里けっぱいよ!)
バートラム、ペーローレス、士官、兵士ら皆入る。
寡婦
兵隊さんは通ッちまひました。さ、お巡禮さん、お宿へ御案内いたしませう。 お誓約で以て、是非ともヂェーキーズさまへお懺悔參りにいらっしゃらうといふお方達が、 もう四五人も宅へ來ていらっしゃいますのよ。
ヘレナ
ありがたうござんす。あの、 此お主婦(かみ)さんや此お(ねえ)さんと今夜一しょにお夜食が食べたいと思ひます、 承諾して下されば、お禮をいってお拂ひはわたしがいたします。それから、 尚ほお報いに、此お(ねえ)さんのお役に立つ或教訓をもお(さづ)けしませう。
マリヤ・ダイヤ
ありがたう存じます。お受けいたします。
一同連れ立って入る。

更新日:2004/06/10

末よければ總てよし : 第三幕 第六場


第三幕

第六場 フロレンス市の前の陣營。

バートラムとフランスの貴族甲、乙が出る。此二人は兄弟で、 姓はDumainデューメインであるが、呼び名は原作には現はしてない。 (アーングの舞臺用には、此場はバートラムの下宿の一室となってゐる。 それは一八一一年にケムブルが此作を上演した際の通りである。 其際、ケムブルは、兄の名をデューメイン、弟の名をLewisリューヰスとした。)
貴 甲
いや、閣下、さうなさいよ。やらせて御覽なさいよ。
貴 乙
それで以て奴の卑劣漢たることがお解りにならんやうなら、以後、 手前を御輕蔑下さい。
貴 甲
大丈夫、あいつは大うそつきですよ。
バート
それまでわたしの目は(くら)んでゐるとお思ひですか?
貴 甲
こりゃ全く手前自身の直接知識から、何等の惡意もなく、 親戚同様の者と思ってゐていふのですが、あいつは最も明かに卑怯者ですよ、 無量無數の虚言者(うそつき)ですよ、常住(しょッちゅう)、 破約ばかりしてゐるやつです、閣下が信任なさるべき何等の資格もないやつです。
貴 乙
性格をよく御承知にならないで、有りもせぬ美徳を有るやうに思って、 御信用になってゐると、早晩、 ある重大な場合に危險な目にお逢ひなさる(おそ)れがあります。
バート
おゃ、どういふやうな事をさせて見たら、それを知ることが出來ませうか?
貴 乙
太鼓を(あの敵に奪はれた身方の太鼓を)取返して來いとお命じになるに限ります、 容易(たやす)く取返し得られるやうに高言を吐いてゐますから。
貴 甲
手前が、フロレンス人の一隊を……やつが敵だか身方だか見分け得ない兵士ばかりを選んで ……ひきゐて、突然(だしぬけ)にやつを襲ってくれます。 ふん縛って目隱しをさせますから、テントへ引ッぱってゆきゃ、やつめ、 きッと敵の陣所へ連れ込まれたと思ふでせう。糺問(きうもん)に及ぶ際には、 閣下(あなた)も御臨席下さい。卑怯者だから、怖ろしさの餘りに、 命さへ助けてくれゝばといって、悉く閣下(あなた)に背いて、 破誓(はせい)のためにうぬの靈魂がどうならうと、そんなことには(かま)はず、 知ってゐる限り、あなたのお爲にならんことを、ペラ〜しゃべるのは受け合ひです。 若しこれが間違ったら、わたしを何事をも判斷することの出來ん人間だとお思ひなすって下さい。
貴 乙
おゝ!いゝ笑ひ(ぐさ)ですから、太鼓を取返しにおやりなさい。 やつめ、さうするには妙計があると高言してゐますから。 やつの爲事(しごと)のどん底までも見極めて、溶解して御覽になりゃ、 金と見えてゐたのはえたいの解らない鑛石だてことがお解りになります、 さうしてやつを太鼓野郎扱ひになさらないうちは、 (とて)もあなたのお贔屓目は醒めませんよ。……あゝ、來ましたよ。
(「太鼓野郎扱ひ」とは打擲(ちゃうちゃく)する、侮蔑するの義。)
ペーローレスがやはり氣取って、考へ込んでゐる風を裝って出る。
貴 甲
(バートラムに傍白)おゝ!いゝ笑ひ草ですよ、やつが()るといふ以上、 氣分任せにしておゝきなさい。是非、太鼓を取返して來いとお命じなさい。
バート
(ペーローレスに)おい、どうしたね!あんたはあの太鼓の事が怖ろしく氣になると見えるね。
貴 乙
(ペーローレスに)馬鹿々々しい!うッちゃっときなさいよ。 たかゞ太鼓だ。
ペーロ
(開き直って)「たかゞ、太鼓だ」ッて!え、「たかゞ、太鼓だ」ですかね? あんな風にして()くしてゐながら!へッ、けっこうな號令でしたよ…… 身方の兩翼を突貫して、身方の兵が四分五裂に及ぶなんてィのは!
貴 乙
あゝいふ號令も(あなが)ち非難すべきぢゃありませんよ。 戰爭中の災厄です、シーザー自身とても止めることは出來なかったでせう、 彼れが號令を司ってゐたとしても。
バート
さァ、あゝいふ結果になったのを大して非難することも出來ないがね。 (しか)し、太鼓を()られたのは多少の不名譽にゃ相違ない。 といったって、取返しやうはない。
ペーロ
取返されないことはなかったのでしたよ。
バート
さうだったかも知れないが、もう駄目だ。
ペーロ
いや、駄目ぢゃありませんね。 名譽が正當な功勞者に與へられる例は稀有だといふやうな弊習さへなけりゃ、 あの太鼓なり、どの太鼓なり、取って來て御覽に入れる。 でなきゃ、hic jacet(ヒック・ヂャセット)でさ。(一死あるのみでさ。)
「ヒック・ヂャセット」とは「こゝに横臥(わうぐわ)す」の義。 墓誌(ぼし)の定例文句。)
バート
あんたに其勇氣があるならやって下さい。 若しあんたの老巧な兵略で以てあの名譽の軍器を(もと)の陣營へ囘復することが出來るとお考へなら、 大勇猛心を起してやって下さい。わたしは、こりゃ立派な勲功たるべき企てだと讃美するよ。 成功すりゃ、公爵は、それを稱讚されるは勿論、 御身分相當の報償を下さるに相違ない、あんたの功勞を十分に認めて。
ペーロ
ぢゃ、武人の手を誓ひに懸けて、やりませう。
バートラム
だが、ぐづッかしてゐちゃいけないよ。
ペーロ
今夜著手します。先づ、直ぐ様、難局打開案を幾通も起草します。 さうして大丈夫といふ成案を得て、勇氣を固めて、決死の覺悟をします。 夜半までにゃお知らせしますでせう。
バート
殿下にあらかじめお知らせしてもいゝかい?
ペーロ
成否は解りませんが、やるてことだけは誓っておきます。
バート
君の勇敢なのは(かね)て知ってるんだから、 武人として成し得られる限りは、成し得るだらうと信じてるよ。
ペーロ
わたしは多辯するを好まない。
大氣取りで入る。
貴 甲
(其背中へ浴せるやうに、傍白)魚が水を好く以上にはね。…… 閣下、不思議な男ぢゃありませんか、(とて)も出來ないと知ってゐながら、 如何にもやりさうに公言するとは!「()なけりゃいっそ地獄へ!」と (表向きは)言ってゐながら、其實(そのじつ)()るよりゃ地獄へ行ったはうがいいと思ってゐやがるとは!
貴 乙
あなたは手前共ほどには御存じないのですよ。あいつは(そツ)と人に取入ることが上手ですから、 一週間ぐらゐは本體を見せませんが、一旦お見附けになりゃ逃がしッこはありません。
バート
だって、兩君は、彼れは、あれほど眞面目に主張しながら、 まるッきり()なからうとお思ひですか?
貴 甲
まるッきりしませんよ。きッと何か工夫して歸って來て、 二つ三つ尤もらしい譃](うそ)}を叩き附けますよ。 だが、もう殆ど追ひ詰めてしまったから、今夜はやつめを斃して御覽に入れます。 あんなやつを御信用なさるべきぢゃありません。
貴 乙
あの狐めを、皮を()ぐ前に、おもちゃにしてお慰みに供しませう。 やつを眞先(まッさき)(いぶ)したのは老ラフュー卿でしたよ。 いよ〜假裝が剥がれたら、何てまァ小鰮(いわしッこ)よろしくの野郎だとおっしゃって下さい。 そりゃ今夜中に解りますから。
貴 甲
小枝を捜しにいって來なくちゃならん、((もち)を塗るために)、 (つか)まりさうだから。
バート
弟さんはわたしと一しょに來て下さい。
貴 甲
御意次第に。さやうなら。
貴族甲入る。
バート
さ、例の家は案内して、あんたに噂をした娘を見せよう。
貴 乙
しかし、堅過ぎる女だとおっしゃったでせう。
バート
それだけが疵さ。まだたった一度しか話をして見ないが、 おそろしく(ひやゝ)かです。だが、あの、今われ〜が罠に掛けようとしてゐるあの馬鹿を使って、 艶書(ふみ)をやったり、物をやったりしたのです、 それをみんな返してよこしたがね。そこまでは()って見たのさ。 綺麗な女ですよ。見にいかないかい、あんた?
貴 乙
はい、まゐりませうとも。
入る。

更新日:2004/06/10

末よければ總てよし : 第三幕 第七場


第三幕

第七場 フロレンス。寡婦の家の一室。

ヘレナと寡婦と出る。
ヘレナ
わたしを其當人でないとお疑ひだとすると、どうそれを證明しやうもない、、 肝腎の地盤をなくするより外には。(欺さうと思ふ當のルーシロン伯と名宣りあふより外には。)
寡婦
今こそ斯う落ちぶれましたものゝ、わたくしの生れは卑しうはございませんのでしたので、 斯うした事は根ッから致したことがございません、ですから、 假にも不名譽になりますやうな事は致したくないのでございます。
ヘレナ
わたしとてもそれは望みません。先づね、わたしを信じて下さい。 あの伯はわたしの夫です。それから、極内(ごくない)で、 あなたゞけにお話し()たことは、一言々々皆な事實です。 ですから、あなたがわたしを助けて下すったからッて、 不道徳になる氣遣ひはないでせう。
寡婦
御信用いたします。御様子で以て、高い御身分の方だとおふ(たし)かな證據が見えましたから。
ヘレナ
お金の収まってゐる此 巾著(きんちゃく)をお取りなすって下さい、 御深切を買ふ爲の當座の手附けに。いよ〜助けて下さるとなれば、 尚ほ此上に幾らもお報ひをいたします。伯はあなたの娘さんに淫らな戀を爲掛けて、 いろ〜と責め寄せて口説き落さうとしてをられるのですから、 あのお子にわざと(てい)よく(うん)とおっしゃらせて下さいな、 それから、どういふ風にすべきかはわたしたちが差圖することにして。 先方(むかう)逆上(のぼせ)てゐるんですから、 あのお子の望む通りの事を何でもしますよ。 伯の嵌めておいでのあの指輪は、御先祖から代々、 四五代も前から次ぎ〜へと傳はって來たお(たから)なのですから、 伯は一等大事にしてをられます、けれども、癡情(ぢじゃう)逆上(のぼ)せて、 邪慾を遂げたいと思ってをられる時分には、惜しいとも思はれますまい、 後になってどう悔まれませとも。
買ふ
それで御趣意がすっかり解りました。
ヘレナ
ぢゃァ、正しい事だといふことも解りましたらう。 お娘御が、いふまゝになるらしく思はせて、 あの指輪を貰って下さればいゝのです。それから、いつ出會ふかといふことを約束して下さればいゝのです。 つまり、わたしが代って其時間を充します、其間、あのお子は避けておいでになるのです、 全く清淨に。事が濟めば、あのお子の結婚費として、別に三千クラウンさしあげます。
寡婦
よろしうございます。娘にどうしむければよいか、又、いつ、どこで、 どういふ風に其正しい詐欺をいたせばよろしいかをお教へ遊ばして下さいまし。 あの方は毎晩おいでになります、いろんな樂人をお連れになり、 彼れの爲にお作りの不相應な唄なんか歌はせなさります。 軒先へお出でにならんやうにと幾ら小言を申して見ても駄目でございます、 まるで命掛けといふんですから。
ヘレナ
ぢゃ、今夜、もくろんだ通りに()って見ませう。 若しそれが成功すれば、(彼方(あツち)は)本意は非道でも、 行ひは正當、(此方(こツち)は)行ひも正當なりゃ、本意も正當、 だからどッちも罪惡にはならないで濟む、けれども、罪の深い事には違ひない。 (彼方(あツち)は邪淫を望むのだし、此方(こツち)はともかくも詐欺を行ふのだから。) ……とにかく著手しませう。
入る。

更新日:2004/06/10

末よければ總てよし : 第四幕 第一場


第四幕

第一場 フロレンス。市前のフランスの陣營。

前の幕に出た貴族甲が五六人の兵卒と共に、ペーローレスを待伏せするために、出る。
貴 甲
此生垣の隅からでなくちゃ來る路はない筈だ。突撃する時分に、 どんな言葉でもいゝから怖ろしさうなことをいふんだぞ。 自分でも解らん言葉でもいゝ、 やつのいふことは(ちツ)とも解らないといふ(ふり)をするんだから。 此中で、だれか一人だけ通辯役になるんだ。
兵の一
隊長、どうかわたしを通辯役にして下さい。
貴 甲
其方はあの(じん)と知合ぢゃないか?聲を知られてやしないか?
兵の一
大丈夫、知られちゃゐません。
貴 甲
だが、こちとらに返辭をする時にゃ、どんな風の陳奮漢(ちんぷんかん)をいふ?
兵の一
あなたがおっしゃるやうなことをいひます。
貴 甲
こちとらは敵方に(やと)はれてゐる外國兵だと思はせなけりゃいけないぜ。 やつァ少しづつ此附近の國語を聞き齧ってゐるんだから、 めい〜が想ひ附きの出鱈目をいやァいゝ、通じなくても何でもいゝから、 さうしてお互ひに解るらしくしてゐりゃ、それで以て目的は達せられるんだ。 (からす)の言葉で澤山だ。がァ〜言ってりゃそれでいゝんだ。 通辯役の其方は餘ッぽどうなくやらんけりゃいかんぞ。…… おい、隱れろ!やって來たぞ。二時間ばかり眠てごまかして、 それから戻って來て、眞面目くさって、 鍛ひ上げて來た(うそ)()かうといふのだ。
一同一隅に忍ぶ。
ペーローレス出る。
ペーロ
十時だ。もう三時間も經ちゃ、歸ってもいゝ時刻になるだらう。 どんな風のことをそたといったものか? 成程と思はせるにゃ餘ッぽど有理(もっとも)らしいことでなけりゃいけない。 やつらめ燻しはじめやがった。近ごろは不面目めがつい戸口へ來て叩き立てやがる。 (今にも恥を掻きさうだ。)おれの舌はあんまり向う見ず過ぎるが、 心のはうは用心ぶかくて、軍神(マーズ)さんも、其子分さんも眞平だ、 舌の言ふことなんか當に爲得(しえ)ない。
貴 甲
(傍白)とう〜本音を吐きゃがったな。
ペーロ
太鼓を取返しになんか行かれるもんか?出來なきこッたと解ってもゐるし、 てんでそんな氣はないんだから。幾らか傷をこさへていって、 こりゃ働いて受けたのだといはんけりゃならん。だが、かすり傷ぐらいぢゃいくまし。 「たった如是(こんな)ことで濟んだか?」といふだらうから。 だが、大きいやつァいやだ。……どうして、何を證據に? ……舌め、(きさま)はもう牛酪賣(バタうり)の口へでも移住させるぞ、 さうして其代りにバヂャゼッドの騾馬(うさぎうま)でも買はなくちゃならん、 喋説(しやべく)って如是(こんな)危險な目に逢はしゃがるなら。
貴 甲
(傍白)あれほど自分が解ってゐながら、よくあんなことが出來たものだ。
ペーロ
上被(うはぎ)を切り裂くか、此 (スペイン)()をこぼすかして、 役に立つといゝがなァ。
貴 甲
(傍白)いや、さうはさせないよ。(さうは問屋でおろさないよ。)
ペーロ
或ひは、此髭を剃ってしまって、計略のために斯うしたといはうか?
貴 甲
(傍白)駄目だよ。
ペーロ
著物を水へ沈めて、引ッ剥れたといはうか?
貴 甲
(傍白)役にゃ立つまいよ。
ペーロ
おれは(とりで)の窓口から、外堀を目がけて飛んだといっても……
貴 甲
(傍白)その掘の深さは?
ペーロ
三十 (ひろ)もある掘へ……
貴 甲
(傍白)どんな太偉(どえら)い誓言を三十もしたって、信用はされないよ。
ペーロ
何でもいゝから、敵の太鼓さへ手に入ちゃァ、これを取返して來たといってくれるんだが。
貴 甲
(傍白)おい、今に聞えるぞ、敵の太鼓が。
ペーロ
敵の太鼓さへ手に……
と言ひも終らぬうちに、奥で太鼓を打つ。(警報。)
ペーローレスびッくりする。と貴族甲が大聲で、出鱈目の言葉で、號令を掛ける。
貴 甲
スローカ・ムーヴーソス、カルゴー、カルゴー、カルゴー。
埋伏(まいふく)してゐた兵士らが左右からばら〜と駈け出して來て、 (おどろ)きあわてるペーローレスを取卷いて
一同
カルゴー、カルゴー、カルゴー、憲繝ェ繝、繝ウ繧ー繝サ繝代繝サ繧ウ繝ォ繝懊縲√き繝ォ繧エ繝シ縲
といひもあへず、ペーローレスを捕縛し、目隱しをしようとする。
ペーロ
(恐怖して)おゝ!償金、償金!目隱しはしないで下さい。
兵の一
ボスコス・スロモルドー・ボスコス。
ペーロ
きッとあんた。ちはモスコス聯隊の諸君でせう。けれども、あゝ、 言葉が通じないために命を亡くしなけりゃならん。 ヂャーマニーの方か、デンマークの方か、低地オランダの方か、イタリーの方か、 フランスの方がおいでなさるなら口をきいて下さい。 フロレンス方を破る大秘密をお知らせしますから。
兵の一
ボスコス・ヲ゛ーワ゛ドー。おれにゃ解る。おまひの國の(ことば)を話すことが出來る。 ……(進み寄って)ケレリボントー、……おい、お祈りに取りかゝんな、 おまひの胸元にゃ十七本の短劍(ダッガー)が向けられてゐるぞ。
ペーロ
(慄へあがりて)おゝ!
兵の一
おゝ!お祈りだ〜。マンカ・レワ゛ニヤ・ダルチ。
貴 甲
オスコルビダルチョス・ヲ゛リヲ゛ルコー。
兵の一
大將どのは(おまひ)をまだ助けてやってもいゝてっておいでなさる。 目隱しをしたまゝで連れてって、とにかく(おまひ)のいふ事を聽いて見ようとおっしゃるんだ。 申し上げる事次第で、命が助かるかも知れんぞ。
ペーロ
おゝ!命だけは助けて下さい、身方の陣中の秘密は何もかもお話し()ますから、 兵力の事も、計畫も。びッくりなさるやうな事までお話し()ますから。
兵の一
眞實(ほんと)の事をいふか?
ペーロ
虚言(うそ)()いたら、地獄へ落して下さい。
兵の一
アコルドー・リンク。……さ、來い。まづ御猶豫だけは貰へたぞ。
ペーローレスを警護して、貴族の甲と兵の二だけを殘して皆入る。
又しばらく警報。(太鼓の音。)
貴 甲
(兵の二に)さ、いって、ルーシロン伯やおれの兄にさういへ、 山鴫(やましぎ)(つかま)へたが、二人から沙汰のあるまでは目隱しをしておくと。
兵の二
承知しました。
貴 甲
身方の秘密を何もかも言ひさうだといひな、こちとらを敵方だと思って。
兵の二
さう申しませう。
貴 甲
それまでは眞昏闇(まッくらやみ)にして、幽閉(おしこ)めておかう。
入る。

更新日:2004/06/10

末よければ總てよし : 第四幕 第二場


第四幕

第二場 寡婦の家の一室。

バートラムとダイヤナと出る。
バート
あんたの名はフォンチベルだと(ひと)から聞いてゐたっけ。
ダイヤ
いゝえ、ダイヤナと申します。
バート
名にし負ふ女神(をんながみ)さんだね。あんたは其名に恥ぢない上に割増し附きだ! だが、あんたはそんな綺麗な容子をしてゐながら、まるッきり戀愛を知らないのかい? 若い心に情の火が燃えないやうぢゃァ、あんたは娘ぢゃァなくッて石塔だよ。 死ぬと、ちょうどそんな風になるんだ、冷たい、すげない人だ、あんたは。 ねえ、あんたのお母さんが可愛いあんたを生んだ時分のやうにおなりよ。
ダイヤ
其時分、母は(みさを)を守ってゐました。
バート
あんたゞってさうぢゃないか?
ダイヤ
いゝえ、母は只務めを盡したまゝです、あなたが、奥さんにお盡しなさると(おンな)じ務めを。
バート
その事はもうお止しよ!わたしに誓言を破らせようとするのはお止しよ。 ありゃ無理やりに(さい)にさせられたんだ。 だが、君を愛するのは、こりゃ全く愛せざるを得なくなって愛するんだ。 だから、君のためになら、いつまでも、いつまでも、どんな事でもするよ。
ダイヤ
さうでしょ、わたしどもがお役に立つ眞はねえ。けれども、 いゝほど花を摘んでおしまひになると、わたしたちを何の色香もない、 われとわが身を刺す(とげ)ばッかりの薔薇にしといて、あゝ、 何も香もない、と嘲弄なさるんですわ。
バート
あんなに誓言をしたぢゃァないか。
ダイヤ
たび〜誓言をなすったからッて眞實(ほんたう)とは申せませんけれど、 眞實(ほんたう)の誓言なら、たった一度率直に誓ったのでも眞實(ほんたう)だと信ぜられます。 神聖でない物なんかは引合ひには致しません、いつでも天上のお方を御保證にします。 ぢゃ、ねえ、若しわたしが、天帝さまを引合ひにして、 あなたを深愛しますと申しましたら、あなたは其誓言をお信じ遊ばして、 内實はあなたの不爲(ふため)を思ってゐましても? そんなのは駄目でせう、愛してゐると名を指して誓言をしましても、 惡意を持ってゐますのぢゃァ。ですから、あなたの御誓言は只お言葉だけよ、 つまらないお約束なのよ、奥印なしの。とにかく、わたしはさう思ひますの。
バート
思ひ直して下さいよ、思ひ直して。そんなに神聖的な殘酷を言ひたまふな。 戀愛は神聖ですよ、わたしは全く正直ですよ、 あんたのわるくいふ男の手管なんかは決して知らない。 もうそんなにそっけなくしないで。わたしの病氣を治して下さい、 わたしは死ぬほどに思ってゐるんだ。わたしの(もの)になるといって下さい、 わたしの心は今と同じに、いつまでも變らないから。
ダイヤ
男といふ者は斯ういふ谷間では繩をこさへる者らしいわねえ、 わたしたちに身を捨てさせるために。(わたしたちを堕落させるために。) ……その指輪を下さいね。
バート
さァ、貸してあげませうよ。こりゃどうしたって()げッちまふことは出來ないんだから。
ダイヤ
下さらない?
バート
こりゃ、その、先祖代々わたしの家の名譽として傳はってゐる(たから)なんだからね、 これをなくすりゃ大きな恥で、世間の物笑ひになるんだから。
ダイヤ
わたしの名譽も、其指輪とおんなじですわ。わたしの童貞も、 先祖から傳はった家の寶ですから、それをなくすれば世間の大きな物笑ひになりますの。 さういふ風に、あなた御自身のお言葉で、わたしの名譽の保護者が出來ましてよ、 お攻め遊ばしても駄目よ。
バート
(思ひ切って)さ、この指輪をお取り。家も、名譽も、いや、命までも君にやるよ。 何でも君のいふまゝになるよ。
ダイヤ
ぢゃ、夜中になりましたら、わたしの部屋の窓を叩いて頂戴、 母さんに聞き附けられないやうにしときますから。 そこで、あなたにきッと御誓言を願っておくことがございます、あの、 わたしを處女でなくしておしまひになりました時に、どうぞ一時間きりで、 (なンに)もおっしゃらないで、歸って下さいね。 それには非常に大切な譯があるのですの。それは、 此指輪をお返しする時には解りますから。 それから、其時、あなたの指に別の指輪を嵌めてあげます、 どう後々成り行きませうとも、前に()た事の記念になりますやうにねえ。 ぢゃ、さよなら、それまでは。どうぞお間ちがへのないやうにね。 あゝ、あなたは望みが叶ったけれども、わたしはもう望みがなくなッちまひましたわ。
バート
下界で天(天堂)を得たよ、わたしは、君を口説き落したら。
入る。
ダイヤ
(獨白)その事で天(神さま)とわたしにお禮をおっしゃい、長生をして! つまり、さうなりますのよ。……お母さんが教へて下すった、 あの方がどういふ風にお口説きだかといふことを、 まるであの方の胸を見透しておいでのやうに、男の誓言は(きま)りきったものだといって。 今の奥さんが亡くなりゃ正式の結婚をするとさへお誓ひだった。 だから、わたしもかついでやったの。フランス人は、結婚するといったって、 大うそつきだから、わたしは死ぬまでも處女(むすめ)でゐるわ。 けれども、これは身代りだから、だましたっても罪ぢゃあるまい、 先方(むかう)が不正なんだから。

更新日:2004/06/10

末よければ總てよし : 第四幕 第三場


第四幕

第三場 フロレンスの陣營。

甲、乙のフランス貴族と二三人の兵士出る。
貴 甲
君は母堂(おふくろさん)からの手紙をあの人に渡さなかったらう?
貴 乙
一時間も前に渡したよ。何か胸に(こた)へることは書いてあったらしい。 あれを讀むと、殆ど別人のやうになったもの。
貴 甲
あゝいふ良い細君を、あゝいふ可憐な婦人を捨てるといふのは不都合だよ。 さん〜゛わるくいはれるのも當然だ。
貴 乙
殊に、永久に王の不興を招いてしまったよ、王は彼れの幸福になるやうにと、 恩惠を施されたのであったのに。時に、話しとくことがあるが、 こりゃ君の胸だけに秘しておいて下さい。
貴 甲
君が口外すると同時に、その話は死ぬよ、僕の胸が、取りも直さず、墓穴だ。
貴 乙
あの仁は此フロレンスの或若い最も清淨だといふ評判の淑女を誘惑したのさ。 今夜其女の(みさを)を汚して慾を滿たさうとしてゐる。記念の指輪を女にやって、 淫らな約束に成功して大得意だ。
貴 甲
神よ、さういふ謀叛が僕らには(きざ)しませんやうに! 有りのまゝだとすると、一體、こちとらはどういふ動物だか?
貴 乙
自分を裏切る動物さ。すべて謀叛の常例(きまり)として、 とゞの詰り、露顯に及んで、無慚の最期といふことになるんだが、あの仁も、 あゝいふ自分の品位を(そこな)ふやうなことを企てゝ、 而もそれを自分で口走って、汚名を浴びるのだ。
貴 甲
不正なことをしてゐながら、自分からそれを吹聽するなんてのは醜惡だらうぢゃないか? ……ぢゃ、今夜は來ないね?
貴 乙
夜中過ぎまでは來ないよ、約束で縛られてるから。
貴 甲
もう(ぢき)其時刻だ。あの仁の仲間を目の前で解剖して、 どうしてこんな贋物(がんぶつ)を大切さうに嵌め込んでゐたのかと、 われとわが分別力を疑はせて見るのは愉快だよ。
貴 乙
ぢゃ、來るまでは、放擲(うツちや)ッとかう、 あの仁が顏を出しゃ彼奴(きゃつ)は參ッちまふに相違ないからね。
貴 甲
時に、此戰爭の事で、君、何か聞いたかい?
貴 乙
和議が始まりさうだといふことですよ。
貴 甲
いゝや、もう調ったよ、和議は。
貴 乙
ぢゃ、ルーシロン伯はどうするだらう? もっと(かみ)(イタリー)の方へでも行くかな? 或ひはフランスへ歸るか?
貴 甲
そんなことをいってるやうぢゃ、君はあんまりあの仁の内密を知らないね。
貴 乙
知ってゐてたまるものか!大抵、あの仁の()てることは知らない。
貴 甲
ねえ、あの仁の細君は二月ほど前に(やしき)を脱け出したのだよ、 (セント)ヂェーキーズ・レ・グランドへ參詣するといふ口實で。 で、其神聖な務めを最も嚴肅に成し遂げて、そのまゝそこに住み込んでゐたんだが、 やさしい性質だけに、とう〜心痛の餌食となって、つまり、 泣き死に息を引取って、今は天國で唄を歌ってるといふわけさ。
貴 乙
どうしてそれが證明されるんです?
貴 甲
當人の手紙で、主要な部分は(たし)かだと解った、死際までの消息は。 死んだてことを當人がいふ筈はないが、それは該地(そのち)の領主が保證したんだよ。
貴 乙
伯はその知らせを聞いたのですかい?
貴 甲
(あゝ)(たし)かに事實だと信ぜしむるに足る保證を得てゐるよ、 くはしい事情に關して。
貴 乙
ほんとに氣の毒なこッたねえ、あの仁がそれを聞いて喜ぶといふのは。
貴 甲
人間は、どうかすると、おそろしく損をしてゐながら、 喜んでゐることがあるよ!
貴 乙
かと思ふと、得をしてゐながら、おそろしく悲歎に暮れてゐることもある! あの仁は、こゝで武勇を得た名譽を、國へ歸りゃ、ちょうど同程度の恥で消しッちまふんだね。
貴 甲
人間の一生は善と惡を綯交(なひま)ぜの絲で編んだ網だ。 時々、過失のために笞打れなけりゃ、随分、美徳を自慢してもをられるだらう。 また、罪惡を犯しちゃァ絶望しッちまふだらう、 幾らかの美徳に慰められることがなかったなら。……
一僕出る。
どうしたんだ!おまひの旦那は?
旦那は、只今、(まち)で公爵さまにお逢ひになりまして、 お暇乞(いとまご)ひをなさいました。明朝(あした)フランスへ御出立でございます。 王さまへの御推薦状を公爵さまからお戴きになりました。
貴 乙
(隱語的に)そりゃァ必要以上だらう、よしんば推讚し得られる以上の推讚であってもだ。
貴 甲
王は酷く酸ッぱいのだから、よッぽど甘くしなけりゃいけなからう。 (王は大不興だから、よッぽど推讚したり辯護したりせなけりゃいけなからう。)……
バートラム出る。
どうなすったのです?もう夜中過ぎぢゃありませんか?
バート
いや、今夜は約十六件の用事を、おの〜一ヶ月もかゝらうといふやつを、 息繼ぎあへずやッつけて來たのです。公爵にお暇乞(いとまご)ひをしたり、 其近親の人達に告別したり、(さい)を埋葬したり、悼辭(たうじ)を讀んだり、 歸国を母へ知らせたり、宰領を傭ったり。それから、さういふ主な爲事(しごと)の外に、 いろんな小さい用をもしたのです。一等しまひのが一等重大なのだが、 そりゃまだこれからです。
貴 乙
若しそれがむづかしい御用で、さうして今朝御出立といふのであって見りゃ、 お急ぎにならなけりゃいけますまい。
バート
いや、其用がまだ濟まんといったのさ、後で聞くやうぢゃ困るから。 時に、阿呆(フール)と兵士の問答は聞くことが出來ますか? さ、あのまやかし模範を引ッ張り出して下さい。 やつめ僕を騙しゃァがった、二枚舌の豫言者のやうに。
貴 乙
(兵士に)やつを引ッ張って來い。……
兵士數人入る。
憫然(かはい)さうに、勇士野郎め、夜どほしストックにかゝってゐたんですよ。
バート
かまったことァない。當然でさ、長い間拍車を簒奪してゐやァがったんだ。 (勇士づらをしてゐやァがったんだ。)どんな風をしてゐます?
貴 乙
今も申した通り、ストックに掛かってゐますよ……いや、おたづねの本旨(ほんし)通りに申すと、 牛乳(ミルク)をこぼした小娘のやうに泣きましたよ、 モーガン(兵士の名)を兄弟僧(フライヤー)だとでも思ったか、 懺悔をしました、物心を知ってから、今日までのストックに掛かった災難をです。 どんなことを懺悔したとお思ひです?
バート
僕の事は(なンに)も言ひませんでしたか?
貴 甲
やつの懺悔は筆記してありますから、やつの前で讀むことにしませう。 閣下の事があっても、たしかに有る筈ですが、默ってお聽きにならんけりゃいけませんよ。
兵士らが目隱しをさせたペーローレスを引立てゝ出る。
バート
何てざまだ!覆面をさせられやがって僕の事をいふ筈はない。
貴 甲
しッ!しッ!目なしがやって來た!……ポートタルタロッサ。
兵の一
(ペーローレスに)拷問に掛けろといふ御命令だが、さうしなくッても白状するか?
ペーロ
白状します、責められなくても。焼き饅頭のやうに締め附けられたりしちゃ(なンに)も言へません。
兵の一
ボスコー・チマルチョー。
貴 甲
ボブリビンドー・チカルモルコー。
兵の一
どうもお慈悲深いことです。……大將どのが、書面によって(おまひ)を訊問させるから、 それに答へろといふ御命令だ。
ペーロ
正直にお答へします、生きる積りですから。
兵の一
(讀む。)「第一に、公爵の騎兵力は幾何(いくばく)なりやを問へ。」此お答へは?
ペーロ
五六千騎です。けれども(とて)も弱くて役にゃ立ちません。 兵隊はあッちこッちに散らばってゐますし、將校連は(とて)もつまらんやつらばかりです、 手前の名譽、信用に懸けて、正直に申します、生きる積りでありますから。
兵の一
その通り記録してもいゝか?
ペーロ
どうぞ。はい、お誓ひいたします、どのようになりとお(したゝ)め下さい。
バート
やつにゃどうでもいゝんだ。……何て、ま、罰當りだあいつは!
貴 甲
閣下、それはお考へちがひです。これはペーローレス氏といふ……本人にいはせると…… 兵術家です。あの肩飾りの結び玉には戰爭の學理全部を収め、 あの短劍の鞘の(こじり)には其實施力を貯へてゐるといふ英傑でございます。
貴 乙
僕はもう決して人を信じない、其劍を清淨(きれい)にしてゐるからッて。 又、決して何でも出來る乙男だなんぞと思はないぞ、どんなに身ぎれいにしてゐるからッて。
と暗にバートラムを當てこする。
此うちに兵の一はペーローレスの口供(こうきよう)を筆記しをはる。
兵の一
よし。もう書き取った。
ペーロ
只今五六千騎と申しましたっけが、……正直に申します……ほゞそこいらとお書きなすって下さい、 正直に申し上げますから。
貴 甲
ほゞ事實らしいな。
バート
だが、禮をいふわけはないよ、いふことがいふことだ。
ペーロ
つまらんやつらばかりだといふ一件はようごすか?
兵の一
よろしい、それも書いた。
ペーロ
ありがたうございます。事實は事實です、そいつらは實際つまらんやつらです。
兵の一
(又讀む。)「歩兵力は幾何(いくばく)なりやを問へ」こりゃどうだ?
ペーロ
はい、今を限りの命だっても、正直に申します。かうッと。 スピューリオが一百五十人。セバスチャンが若干(そこばく)。 コラムバスが若干(そこばく)。ヂェーキーズが若干(そこばく)。 ギルシヤンとコスモーとロド ックとグラチアイがおの?二百五十人、 わたしの組のチトファー、ヲ゛ーモンド、ベンチアイが 各自(めい〜)二百五十人。 といふのですから、名簿上、腐ったのも、健全なのも引ッくるめて、 たしかに一萬五千頭以上ぢゃありません。 其うち半分は外套の雪を拂ふのさへ(こは)がってます、 うっかりやらかすと體が粉碎(こな〜゛)になりますからね。
バート
(貴甲、乙に)あいつをどう處分しませうね?
貴 甲
どうもしますまいよ、禮をいってやりませうよ。…… (小さい聲で兵の一に)おれの性質の事を訊いて見てくれ、 公爵の氣受けはどうかてことを。
兵の一
(書き留めを了りて)よし。それも書いた。……(又讀む。) 「問へ、フランス仁の大尉にてデューメインといふ者陣中に在りや否や。 彼れに對する公爵の信用は如何、彼れは勇敢なりや、正直なりや、兵術に老巧なりや、 彼れを十分の金額を以て(まいな)ひせば、背叛(はいはん)せしめ得べきや否や。」 こりゃどうだ?知ってるだけの事をいへ。
ペーロ
どうぞ一ヶ條づつお答へさせて下さい。一つ〜゛お訊ね下さい。
兵の一
此デューメイン大尉といふのを知ってるのか?
ペーロ
知ってます。もとはパリスの補綴屋(つゞくりや)の年季小僧でしたっけが、 代官のとこの女阿呆(をんなフール)を……否といふことの出來ん唖の阿呆(フール)を…… 孕ませたので、叩き出されました。
貴族の一即ちデューメインが怒って手を()り上げてペーローレスを()たうとする。
バート
いや、失敬だが、まァ〜お手は!もっとも、あいつの頭は、 今に落ッこちてくる瓦で以てやられるんですけれど。 (風前の燈火ではあるが。)
兵の一
で、その大尉は、今現に、フロレンス公爵の陣中にゐるのか?
ペーロ
たしかにをります。(とて)も下等な人物です。
貴 甲
(バートラムに)そんな手前の顏を御覽なさるな。今度は閣下の番ですよ。
兵の一
公爵の氣受けは?
ペーロ
公爵は彼れを手前のつまらん下役と思ってをられるんですから、 過日も隊から放逐しろといふ命令が下りました。 その書面は、多分、此 衣嚢(かくし)にありませう。
兵の一
ぢゃ、さがして見よう。
ペーロ
(困って)いや、よく考へて見ると、どうでしたっけか? 公爵の他の直筆と一しょに、テントのあの状插(じゃうさし)に插しといたかも知れません。
兵の一
衣嚢(かくし)を捜させまいとするを、かまはず、探って)こゝにあらァ。 こりゃ手紙だ。讀んでやろか?
ペーロ
(不安げに)それぢゃァないでせうよ。
バート
通辯役めが巧くやってますね。
貴 甲
すてきに。
兵の一
(讀む。)「ダイヤナよ、あの伯爵は愚者なり、されど黄金はゆたかなり……」
ペーロ
(あわてゝ)そりゃちがひます、公爵のぢゃありません。 そりゃ、あの、フロレンスの、或立派な、ダイヤナといふ娘へ忠告するために書いといたものです、 ルーシロン伯といふ、馬鹿の癖に、多情(すけべゑ)な小僧ッ子に誘惑されるなてことを忠告するために。 どうかそりゃァ元へ戻しといてください。
バートラムが怒って、手をあげて()たうとする。(はた)の者がとめる。
兵の一
いや、先づこれから讀ませて貰はう。
ペーロ
全く、その、正直に其娘の爲を思って、忠告をしようとしたのですよ。 といふのは、其伯は危險な、淫亂な少年でして、處女に於ける鯨なので、 目に附く限りの幼魚を悉く食ひ物にするのですから。
バート
(傍白)うぬ、罰當りの兩面(二枚舌)野郎め!
兵の一
(讀む。)

「彼れが誓言せん時、黄金(こがね)を投ぜしめて、取りたまへ。
彼れは借用し了れば、曾て其借りを支拂ひしことなし。
巧みなる約束は既に(なかば)成れるなり。
約束は(すべか)らく巧みなるべし。
彼れは後日となりては借を拂はず。先づ拂はしめよ。
ダイヤンよ、且つ言へ、一武人が斯く卿に語りたりと、
成人は相親しむも可なり、(わらべ)をしてキッスせしむる勿れと。
重ねて誡告す、彼れ伯爵は正に愚者なり、
前には支拂ふとも、有して後には支拂ふことなし。
 彼れが卿に誓ひ聞えし如くに、同じく卿を思ふ

ペーローレス。」

バート
其歌をやつの前額(ひたひ)に貼り附けて、 さうして軍隊中を笞で()ちのめしつゝ引廻すといゝ。
貴 乙
(傍白)でも、あの男はあなたの御信友ですよ。博學な言語學者で、 兵法萬能の軍人ですよ。
バート
僕は何物をも忍耐(がまん)するが、猫だけは眞平だ。 あいつは其猫だ、僕にゃァ。
兵の一
(ペーローレスに)大將どのゝ顏色で察すると、おまひは絞罪にされさうだぞ。
ペーロ
ねえ、もし、是非どうぞ一命だけは!死ぬのを怖れるんぢゃありませんけれど、 犯した罪が多いんですから、定命(ぢゃうみゃう)のある限り懺悔生活がしたいのでございます。 生かしといて下さいまし、穴牢でも、ストックでも、生きてさへゐられりゃかまひませんから。
兵の一
何もかも白状すりゃ助けることが出來るかも知れん。だから、デューメイン大尉の事を、 もう一遍。公爵の氣受けや勇氣の事だけは濟んだが、正直だか、どうだか、あの男は?
ペーロ
僧菴からでも鶏卵(たまご)を盗まうといふ男ですよ。 強奪だの、強姦だのと來ては、ネッサスよろしくです。 誓言は守らないと頭から公言してゐます、 約束を破る力と來てはハーキュリーズ以上です。 盛んにぺら〜と譃](うそ)}を()きます、 (して見ると)「眞實」は馬鹿かなとお思ひなさる程です。 爛醉(へゞれけ)になってる時が、まァ一等良い時でせう。 まるで(ぶた)のやうになって()てしまひますから、 害はしません、夜著を汚す位ゐのことで。だが、それを皆なが知ってますから、 藁床(わらどこ)()かすんです。正直ッてことッたら、ま、 それくらゐでございます。つまり、正直者の有ってゐない物を悉皆(みんな)有ってる代りに、 正直者の有ってゐるべき物を(なンに)も有っちゃゐないのです。
貴 甲
僕ァ今の話しッぷりで彼奴(あいつ)が好きになりかけた。
バート
君の正直さnの説明でかい?七里けっぱいだ、僕は! あいつはいよ〜以て猫だ。
兵の一
戰爭にゃ老練なのか、あの大尉は?
ペーロ
さァ、太鼓手を勤めたことがありますよ、イギリスの旅役者の先導をして。 (廣告係りをして。)……譃](うそ)}はいひたくない…… えゝ、軍人としては、其外には、……やッぱり、イギリスで、 マイルエンドといふ處で、「二列になれッ!」て號令を掛ける名譽役を勤めてたことがあったゞけです。 もっと名譽を表彰したいのですが、たしかなことはこれッくらゐしか知りません。
貴 甲
悪黨(あくたう)根性も此位ゐ度外れとなると、其稀有といふ點で幾らか(つぐな)ひが附く。
バート
畜生め!いよ〜猫だ。
兵の一
さういふ(やす)ッぽい男だとすると、訊ねるまでもなく、 賄賂をやりゃ謀叛するに相違ないなァ。
ペーロ
カーデキュ!(八ペンス)も貰へば、 うぬがお救ひ(靈魂救濟)の無條件所領(フィー・シムプル)(全權)をでも賣りますよ、 其遺産の全部をでも。あらゆる餘産(リメインダース)からそれを切り離して、 永久に他人に相續させてもかまはないと言ひます。
兵の一
あの男の弟の、もう一人のデューメインはどうだ?
貴 乙
(獨語的に)なぜおれの事なんか訊くんだ?
兵の一
あの男はどうだ?
ペーロ
同じ巣で育った(からす)です。善い點ぢゃ兄貴ほどに偉くなく、 惡いはうぢゃずッと偉いのです。臆病者としては兄貴以上です、 兄貴も第一等と評判されてる一人ではありますが。 やつは退却となると、馬丁(べったう)より足が早いのですが、 前進となると、忽ち痙攣を(おこ)します。
兵の一
(きさま)は命さへ助かりゃフロレンスの領主に裏切をするか?
ペーロ
はい、公の騎兵隊長のルーシロン伯にも叛きます。
兵の一
(そツ)と大將どのに申し上げて御意を承はらう。
と離れる。
ペーロ
(獨語、傍白)もう太鼓を叩くのは止さう。太鼓は七里けっぱいだ! 偉さうに思はれたさと彼の多情(すけべゑ)な若造伯を(だま)さうといふためばッかりに如是(こんな)危險を冒しッちまった。 だって、あそこに伏兵がゐようとは、だれだって思ひ附かないからなァ!
兵の一
(戻って來て)おい、駄目だよ、死なゝくちゃならんよ。 大將どのがいはれるには、(きさま)は身方の秘密を敵に知らせる叛逆人である上に、 立派な人物として尊重されてゐる人達をさん〜゛讒誣(ざんぷ)した、 (とて)も正しい爲事(しごと)の役に立つやつではないと。だから、 死なゝくちゃならない。……おい、首斬り役、こいつの首を斬りな。
ペーロ
おゝ、神よ!ねえ、生かしといて下さい。 せめて死に目を見させて下さい。(此目隱しを取って下さい。)
兵の一
よろしい、ぢゃ、友達に暇乞(いとまご)ひをするがいゝ。……
目隱しを取りながら
さ、身に廻りを見ろ。だれか知ってる人があるか?
バート
(嘲弄敵に一揖して)お早う、隊長どの!
貴 乙
(同じく一揖して)御機嫌よう、ペーローレス隊長!
貴 甲
おめでたう、大隊長!
貴 乙
隊長、何かラフュー卿へお言傳(ことづて)はございませんかね、 手前はこれからフランスへ參りますが?
貴 甲
隊長どの、あんたがルーシロン伯の爲にダイヤナとかへお送りのあの歌の寫しを一枚頂きたいねえ。 え?僕が臆病者でないと、腕力で以て取立てるんだがねえ。が、さよなら。
バートラムと貴族甲、乙さん〜゛嘲弄しておいて入る。
兵の一
隊長、おまひはやられッちまったよ。それでもまだ其肩飾りにゃ、 結びッ玉が殘ってるなァ。
ペーロ
(例の減らず口で)計略にかゝっちゃァだれだってやられるよ。
兵の一
おい、おまひと同程度の恥を掻いた女ばッかり住んでるといふ國でも見附けなよ、 さうした破廉恥國てィ國の開祖になれるかも知れない。さよなら。 おれもフランスへゆくんだ。あそこでおまひの噂をしようよ。
入る。
ペーロ
でも、まァ、有りがたや。おれの心臟が大きけりゃ、(恥を知ってりゃ)、 これが爲に破裂するんだらうが。もう隊長は止めだ。 でも食ったり飲んだり眠ったりは隊長竝みに出來るだらう。 生來(しゃうらい)のまゝで生きていかう。 うぬの法螺吹きであることを知ってる者は、用心するがいゝ、 いつかは化けの皮が剥がれて、大馬鹿になるから。 劍よ、錆びろ!赤い頬邊(ほッぺた)よ、冷めろ! ペーローレスよ、恥は掻いても命だけは助かれ! 馬鹿にされたお(かげ)で榮えろ! 生きてる限りの人間にゃ、居どこもありゃ暮し道もある。 ……あいつらに()いてゆかう。
入る。

更新日:2004/06/10

末よければ總てよし : 第四幕 第四場


第四幕

第四場 フロレンス。寡婦の家の一室。

ヘレナ、寡婦及びダイヤナ出る。
ヘレナ
あなたがたのどういふ御迷惑にもならないといふことを十分に認めていたゞくために、 キリスト教國中で第一等といふ王さまのお一人をわたしの保證人にしませう。 わたしの望みを遂げようとすれば、どうしても其方の王座の前に跪く必要があるのですから。 わたしは其お方のお命にもかゝはる大事の場合に、おぼしめし通りのお勤めをしたのです、 韃靼人の石に胸からでも感謝の情を溢れさせて禮をいはせる程のお役目を勤めたのです。 聞けば、陛下はマーセールズに御滯在ださうですが、あそこへは好い便があります。 ようござんすか、わたしは死んだことになってるんですよ。 解隊になれば、夫は急いで歸國します。そのフランスへ、若し天の御冥助があり、 又、お慈悲深い王のお許しがあれば、わたしたちは會はうと思ってゐる其人よりも先きに著きませうよ。
寡婦
奥さま、喜んで御用を勤めます、今までのお召使ひには先例のございませんほどに。
ヘレナ
おかみさん、わたしもまた、(つと)めて其御深切のお報ひをいたしますよ、 今までのお友だちには先例のなかったほどに。全く天の御配劑ですわね、 わたしをお娘御のお嫁資(よめいりれう)に、あの子をわたしの道具に、 さうして夫を設けさせて下すったのは、だが、男といふ者は不思議なものねえ! さん〜゛嫌ってゐる者をも可愛いと思ふことが出來るとは、淫ら心に騙されて、 只さへ暗い夜を闇にして、さうだと思ひ込んでゐる時には! さういふ風に、好き心は、好かない者をも其處に居もせぬ其人だと思って、 戯れる。……尚ほ此事に就いては後でね。ダイヤナさん、お氣の毒ですけれど、 わたしが、不束(ふつゝか)ながら、お差圖しますから、もう少しわたしの爲に盡して下さいね。
ダイヤ
死と(みさを)とを一しょに往かせて下さいますれば、 わたしどんなお吩咐(いひつけ)でもきッとお言葉通りにお勤めいたします。
ヘレナ
どうぞ、もう少しの間ね。けれども斯ういふ口の下に、 (陽氣な、樂しい)夏が來ます、野薔薇に棘ばかりでなく葉が繁って、 痛いばかりでなく美しくもなります。さ、出かけませう。 車の準備(ようい)は出來てゐます。時が經ちゃ生き返ります。 「末よければ總てよし」ですの。「終局(をはり)(かんむり)」です。 道行きはどうあらうとも、おしまひが名譽よ。
入る。

更新日:2004/06/10

末よければ總てよし : 第四幕 第五場


第四幕

第五場 ルーシロン。伯夫人邸の一室。

伯夫人とラフューとフールと出る。
ラフュ
いや〜〜。息子さんは、あのぼろきれ琥珀織(タフィータ)野郎の惡感化で、 あゝおなんなすったんです、あいつのあの毒サフランは國ぢゅうの 若い者を……まだ焼きの(とほ)らない連中を…… すっかり眞黄色にしッちまはないぢゃおかなかったのですよ。 お嫁さんもまだ生きておいでなら、息子さんもこゝにおいでなすって、 王のお目がねでずっと御立身なすったのですよ、 あの赤尻尾の花蜂なんかに交際(つきあ)ってゐなさらなけりゃァ。
伯夫人
あんな男と知合ひにならなければようござんした。 あいつの爲に、此世に生れて來たこともなかった立派な〜貞女が死んでしまったのでございます。 彼女(あれ)が私の血を分けた者であり、私に母としての一等辛い苦しみをさせた者でありましたとて、 あんなに可愛いとは存じませんでしたらう。
ラフュ
善良な婦人でしたよ、善良は婦人でしたよ。生菜(なまな)十種(といろ)も摘んでも、 あゝいふ良い味のは中々見附かりませんよ。
フール
へい、全く、あの方は生菜(なまな)の中のマヨナラといふところで、 でなきゃお惠み草(芸草)で。
ラフュ
それらは野菜ぢゃないわい。ありゃみんな嗅ぎ草だ。
フール
へい、手前はネブカトネザーの大王さんぢゃありませんから、 草の事はあんまり心得ちゃをりません。
ラフュ
(おまひ)は一體何が職業なんだ、(ネーヴ)か、阿呆(フール)か?
フール
女の人にゃ阿呆(フール)の役、男の人にゃ(ネーヴ)の役でございます。
ラフュ
さう區別するわけは?
フール
男なら、其おかみさんをごまかして、下役になります。
ラフュ
いかさま、悪黨(ネーヴ)といふ役廻りだわい。
フール
さうして、其おかみさんには、例の棒切(ボーブル)をやりましてお役に立てます。
ラフュ
なるほど、(きさま)は立派に(ネーヴ)(悪黨)でもあり、阿呆(フール)でもあるなう。
フール
御奉公いたしませう。
ラフュ
いや、眞平々々。
フール
お使ひ下さらなけりゃ、あなたに負けない偉い方に御奉公します。
ラフュ
だれに?フランス人か?
フール
いゝえ、イギリスのお名前でございます。ですが、 同じ御面相でもフランス人のお方のはうがお(さか)んでございます。
ラフュ
だれのことをいふのだ?
フール
黒太子(ブラック・プリンス)さまです。御別名は黒闇(くらやみ)の王さま。 お替へ名は惡魔さまです。
ラフュ
(財布を出して)これを取んな、さ。巾著(きんちゃく)だ。 何もこれで(きさま)を誘惑して、 今の話の旦那さんから引離さうとするのぢゃァない。いつまでも奉公しな。
フール
中で生れましたんですから、 手前は火の澤山(ふんだん)にあるとこが戀しいのですよ。 今お話し爲ました旦那のとこにゃァ火がうんとあります。 が、あのお方様は世界の御領主さまですから、あの御宮中にお留り遊ばすがけっこうでござんせう。 手前共には門の小さい家が相當です。偉い方はそれをくゞるのを狹がりますが、 頭を下げりゃくゞれますよ。ですが、大抵は脾弱(ひよわ)ですからね、 花の咲く路を傳って、火のうんとある大きな門(地獄)へ往きますよ。
ラフュ
さ、さ、往け〜。もううるさくなりかけた。先きへ知らせておく、 (きさま)とは喧嘩したくないから。さ、さ、往け〜。 おれの馬に氣を附けてくれ、惡戯(いたづら)をしないでな。
フール
手前がやつらに惡戯(いたづら)をすりゃ、取りも直さず、 駄馬(ヂェード)の惡癖(碌でなしの惡戯)ですが、 爲方(しかた)がありませんや、天性がさせるんですからね。
と言ひすてゝ入る。
ラフュ
皮肉な、いたづら好きの野郎め!
伯夫人
全くですの。過ぎ去りました主人(あるじ)の慰み相手になってをりましたお(かげ)で、 今も尚ほ宅にをりますのですが、それで以て無禮御免の特權を得ました積りで、 気儘に駈け廻りますのです、どこといふ(きま)りもなしに。
ラフュ
いや、氣に入りましたよ、わるかありませんよ。……時に、 ちょうどあなたにお話し爲ようとしてゐたところでした、それは、 あの御婦人がお亡くなりになり、さうして御子息がお歸りになると承はって以來の事ですが、 手前は御主君、王陛下に、どうか、 手前 (むすめ)のためにお言葉添へを下しおかるゝやうにと頻りにお願ひに及んだのです。 といふのは、まだ二人とも幼少であったころ、 陛下御自身のお思ひ附きで(おほ)せいだされたことなのでしたよ。 で、陛下は其通り履行しようとお約束なすって下されたのです。 これは御子息に對されての陛下の御不快を和げるには究竟(くっきゃう)の事だと思ふのですが、 いかゞでせうな?
伯夫人
大變にけっこうだと存じます。首尾よくさうなりますことを望みまする。
ラフュ
陛下はマーセールズから早馬でお越しになる筈です、 三十歳であられた時同様の御元氣で。明日はお著きでせう。 でなかったら、知らせた者が(うそ)()いたのです、 決して間違った報告をせぬやつが申したのですが。
伯夫人
それは嬉しいことです、息のあるうちにお目にかゝれるとは。 (せがれ)は今晩著くと手紙で申しこしました。どうぞ、 御一同の御會合まで、あなたにもお留り下さいまして。
ラフュ
さァ、どういふ風にしたら、一等 (てい)よく列席が出來るだらうかと考へてをるところです。
伯夫人
只、その、御身分柄をお申し立てになればよろしうございませう。
ラフュ
さァ、その點では、大ぶ特權を得てゐまして、有りがたいことに、 まだそれが役に立ちさうですて。
フール出る。
フール
あゝ、奥さま!あそこへ若殿さまがお見えになりました、 お顏に天鵞絨(びろうど)小片(きれ)をお貼りになりまして。 其下はお傷だか何だかは天鵞絨(びろうど)に訊かなきゃわかりません。 とにかく立派な天鵞絨(びろうど)綴片(つぎきれ)です。 左のお頬のは二年半 (むし)りてィのですが、 右の頬は露出(むきだし)です。
ラフュ
立派な働きで受けた傷なら即ち立派な傷なら名譽の晴著なのだが、 多分、さういふ傷らしい。
フール
ですが、まるで切り形を附けた牛肉てィお顏附でさ。
ラフュ
さ、往って御子息にお目にかゝりませう。早く若い軍人さんと話がして見たい。
フール
へい、一ダースもそんな方達がおいでゝございますよ、粋な、 様子のいゝ帽子をかぶって、(とて)も品のいゝ羽根を著けて、 どの方にでも頭を下げて、頤をひょこ〜やっておいでゝございまさァ。
入る。

更新日:2004/06/10

末よければ總てよし : 第五幕 第一場


第五幕

第一場 マーセールズ。街上。

ヘレナと寡婦とダイヤナとが二人の從者をつれて出る。
ヘレナ
夜も晝も非常に急いで、旅をしたんですから、さぞおくたびれなすったでせう。 けどもよんどころなかったわねえ。わたしの爲にかよわいお身で、 夜を日に繼いで疲勞(くたび)れる辛い旅をして下すった御深切は、 どうしたって忘れません、必ずお報いしますよ。……(一方を見て) あゝ、ちょうどいゝ!……
一紳士出る。
あの人に頼めさうだ、陛下へのお取次が、若しあの人が骨折ってくれゝば。…… (出迎へて)御機嫌よろしう!
紳士
あなたにも。
ヘレナ
ねえ、もし、一度フランスの朝廷でお目にかゝりました事がございませう。
紳士
さァ、以前はちらにをりました。
ヘレナ
甚だ失禮でございますが、御深切なお方だといふ世間の評判を信じまして、 極さし迫りました場合ですから、むづかしい作法を捨てまして、 不躾にお願ひ申します、どうぞ、御常例のやうに御好意をお盡し下さいますやうに、 決して御恩は忘れませんから。
紳士
その御用とおっしゃるのは?
ヘレナ
と申しますのは……此願書を王さまへお屆け下さいまして、拜謁の願へますやう、 あなたの御權力でお執成(とりな)し下さいますやうに。
紳士
王はこゝにはおいでぢゃありませんよ。
ヘレナ
えッ、こゝには!
紳士
おいでぢゃありませんよ、全く。昨晩お立ちになりました、 いつもとちがって、お急ぎで。
寡婦
おや、まァ、骨折損でしたわねえ!
ヘレナ
いゝえ、末さへよければ總てよしです、たとひ間拍子がわるくて、 物事がちぐはぐになっても。……もし、どちらへおいでになりました?
紳士
さァ、ルーシロンへいらせられたでございませう。わたしもあそこへ參るのです。
ヘレナ
もし、お願ひがございます、あなたはわたくしどもよりは先きに御拜謁遊ばすでせうから、 どうぞ此書(これ)を陛下へおあげ遊ばして下さいまし。 さう遊ばしても決して御迷惑にはなりませんで、失禮ながら、寧ろ、 (よいことをしてくれたと)王がお禮をあなたにおっしゃいませうと存じます。 わたくしもお後からまゐります、方法の盡されまする限り、急ぎまして。
紳士
盡力いたしませう。
ヘレナ
必ずお禮を申し上げることにいたします、どういふことになりませうとも。 ……(寡婦らに)又、馬に乘らねばなりません。(從者に)さ、さ、 往って支度させて下さい。
入る。

更新日:2004/06/10

末よければ總てよし : 第五幕 第二場


第五幕

第二場 ルーシロン。伯夫人邸の内庭。

弄僕(フール)のラワ゛ッシュとペーローレスとが出逢ふ。ペーローレスは襤褸(ぼろ)を著てゐる。
ペーロ
ねえ、ラワ゛ッシュ君、此手紙をラフュー卿へとゞけて下さい。 ねえ、君、以前はあんたに最も好く思はれてゐたんですよ、 しょッちゅう新鮮な著物を()てゐた時分にはねえ。 ところが、今ぢゃァ「運命」さんの御機嫌がわるいために、泥んこに零落(おちぶ)れて、 其手ひどい御勘氣の餘臭(よしう)をまだ大ぶ手ひどく脊負(しょ)ってあるいてをるのです。
フール
(むさくろしさに顏をそむけながら)なるほど、 「運命」さんの御勘氣てものは(とて)(むさ)いもんだねえ、君がいふやうに、 果してさう手ひどく臭ふもんだとすると。おれは、もうこれから、 「運命」が牛酪炙(バタやき)にしてくれる魚は食ふまい。 (といひながら鼻をつまんで)おい、風上に立ってちゃいけない。
ペーロ
もし、鼻をつまみなさるにゃ及びませんよ。たゞ譬喩(たとへ)に言ったまでですから。
フール
譬喩(たとへ)だって、臭けりゃ鼻をつまむよ。だれがいふ譬喩(たとへ)だっても。 もっと遠くへ行ってくれたまへ。
ペーロ
どうか此手紙をとゞけて下さい。
フール
ぺッ!そッちへいって下さい。運命の便器どんのとこからお殿さまのとこへ手紙かい! ……あ、あそこへ其方が見えた。……
ラフュー出る。
(ラフュー)もし、こゝに運命のごろにゃァがをります、 すなはち「運命」の猫てィのが。但し麝香猫ぢゃありません。そいつが申します、 「運命」の御不機嫌の(むさ)い養魚池へ落ッこちまして泥んこでございますッて。 どうぞ此鮒をよろしくお取扱ひ下さいまし、けちな、死にかゝった、 間の抜けたと自分でも承知してゐる悪黨(あくたう)らしうございますから。 手前の愉快な比喩(シミリー)てィのを聞いて、 凹埀(へこた)れてるのが憫然(かはい)さうでございます。 よろしくお願ひ申します。
入る。
ペーロ
閣下、手前は「運命」めに手ひどく引ッ掻かれました者でございます。
ラフュ
わしに頼みといふのは何だ?今さら彼女(あれ)の爪を切って見てもはじまるまい。 引ッ掻くといふのは、其方が何か彼女(あれ)にわるいことをしたからだらう。 善良なのが運命の本來だ、長く悪黨(あくたう)を榮えさせておく筈はない。 さ、カーデキュー(八ペンス)くれてやる。判事連に願って運命と仲直りをさせて貰へ。 おれは他に用があるから。
と行きかける。
ペーロ
どうか、たった一言だけお聽き下さいますやうに。
ラフュ
もうたった一ペンニーだけといへ。さ、やらうから。言葉のはうは止してくれ。
ペーロ
閣下、手前はペーローレスでございます。
ラフュ
それぢゃ一言以上だぞ。……(とくと顏を見て)おや! 手を出しなさい。太鼓はどうしたね?
Paroles(ペーローレス)を、人名ではなく普通名辭だとすると、 フランス語のParole(語)の複數であるから、 単數即ち只一語ではない、と洒落れたのである。)
ペーロ
おゝ、閣下!手前は、眞先(まッさき)にあなたに(正體)見附けられました。
ラフュ
え、さうかい?さうして眞先(まッさき)(おまひ)を(目通りから)見失ったのもわしだ。
ペーロ
閣下、どうかお言葉添へで、幾らかお惠みにあづかれるやうにして下さいまし、 あなたのお(かげ)でこんな身になりましたのですから。
ラフュ
この野郎めが!おれに神様と惡魔と二役一度に勤めさせようといふのか? 惠むのは神様の役だが、そんなにするのは惡魔の爲事(しごと)だ。……
喇叭の音。
王がお見えになる。あの喇叭で解る。……こら、改めて後に(たづ)ねろ。 ゆうべ其方の噂をしてゐたのだ。其方は阿呆でもあり悪黨でもあるのだが、 まさか食はずにもゐられましわい。さ、さ、ついて來い。
ペーロ
(天を仰いで)神さま、ありがたうございます。
入る。

更新日:2004/06/10

末よければ總てよし : 第五幕 第三場


第五幕

第三場 同處。伯夫人邸の一室。

盛奏。王、伯夫人、ラフュー、貴族ら、紳士ら、警護兵ら出る。
彼女(あれ)といふ寶石を失ったので、わしの財産高がずっと貧弱になった。 つまり、息子さんは、癡情に目が(くら)んで、 彼女(あれ)の眞價を見抜くことが出來なかったのだ。
伯夫人
御前、もう過ぎ去りましたことでございます。どうか、あれは、 燃え盛る油と火の勢ひが強い爲に、理性の力でもどうとも致しやうがなく、 自然の謀叛とも申すべき若氣の過ちであったとおぼしめして下さいませ。
いや、奥さん、もう何もかも赦しもしたし、忘れもしたよ、一時は、憎さに、 返報を是非してやらうと其機會を(ねら)ったりしたっけが。
ラフュ
是非申し上げておきますることは……いや、先づ以てお許しを願ひまするが…… あの伯は、陛下にも、其母御にも、其夫人にも、非常な不埒を働いたわけでございますが、 (しか)就中(なかんづく)彼れ自身に對して大きな害悪を行ったのでございます。 彼れは、其美は、最も(觀察に)富める(まなこ)をも(おどろ)かし、 其物言ひは衆の耳を魅し、其完徳は、他に仕へることを嫌ふ傲慢な者にも (甘んじて)御主人様と呼ばれるに足る賢夫人をば(自ら求めて)亡しましたのでございます。
亡した物を讃めるのは、辛い追憶をさせることである。……彼れをこゝへお呼びなさい。 もう調停は濟んだ。一目見れば何もかも消滅するだらう。 赦免なんか乞はせないはうがいゝ。大不埒はもう死んだ、其遺骸は、 わしはもう「忘却」其者のどん底へ埋めてしまってゐる、 生中(なまなか)持ち出して思ひ出させないがいゝ。 犯罪者ではなく、全くの無關係者として、こゝへ來させるがいゝ。 さうさせるのがわしの意思だと申し傳へい。
紳士
かしこまりました。
入る。
(ラフューに)あんたの(むすめ)のことを何といってゐます? お話しなすったか?
ラフュ
何もかも陛下の御意次第だと申してをります。
ぢゃ、結婚させようよ。彼れに大きな名譽を與へる書面が來てゐる。
ラフュ
それで彼の仁の面目が直りまする。
バートラム出る。
(バートラムに)わしは餘り好天氣機嫌ではないぞ。 (バートラム王の前に跪く。)日光も射すが(あられ)も降る。 しかし光線が非常に(うらゝ)かに射す時には、 雲脚(くもあし)がおのづから亂れて散る。ずッと進みなさい。 もう快晴となった。
バート
陛下、悉く後悔いたしてをります、どうぞ御 宥免(いうめん)を。
何もかも濟んだ。既に過ぎ去った事に就いては、もう一言もいはんことにして、 すぐさま要件を實行しよう。といふのは、わしはもう老年だから、 極取急いで申し渡しても、それが果されんうちに、 いつ「時」の足が(そツ)と忍び寄(って妨げ)るかも知れん。 おまひは、此卿の(むすめ)(おぼ)えてゐるか?
バート
只今でも感歎いたしてをります。一等初めにわたくしはあの婦人を擇びました、 意志を舌に言はせるだけに世馴れてをりません頃に。 其幻影が深くわたくしの眼中に印象されてをりました爲に、 それがあらゆる他の婦人の容貌を歪んだ醜い物とのみ輕蔑させる欺瞞眼鏡(だましめがね)となりまして、 綺麗な顏をも(さげす)みました。或ひは、 ありゃ盗み物たるに過ぎんなぞと罵りました。 どんな好い姿や格構をも極めて醜惡な物の如くに(其 欺瞞眼鏡(だましめがね)が) 伸縮させました。それが原因で、萬人が讃め、自分自身も、 亡してからは、愛するに至りましたあの婦人までが、 目に不快を覺えさせる塵芥(ちりあくた)と見えましたのです。 辯疏(いひわけ)はよく立った。彼女(あれ)を愛してゐたといったので、 大精算から數十桁を控除することが出來るぞ。しかし時後れの愛は、 仁赦が緩漫に行はれたと一般、「その善き者は既に世に亡き者」と叫んで、 當事者に痛恨を覺えしめるに止まる。とかく、人間は向う見ずで、 重大な(たから)を有ってゐながら、それを輕んじ、墓に収めて後、 はじめて其 (あた)ひを知ることが多い。ともすれば、 自ら欺く憎惡の爲に親友を亡き者にし、程經て其死骸に對って()く。 愛がありゃ覺醒して其過ちを見て歎くが、恥を知らん憎惡は午後(ひるすぎ)までも()通す。 ……これは可憐なヘレナの(とむら)ひ鐘として彼女(あれ)の事は忘れ、 美しいモードリンへ愛の進物(しんもつ)を贈るがいゝ。 主要な約束はもう濟んでゐるから、彼れに二度目の結婚式を擧げさせる日を待つばかりだ。
伯夫人
おゝ、天よ、何卒(なにとぞ)其結婚をして初度(しょど)のよりも幸福ならしめたまへ! でなければ、二人が會ひます前に、此身をば終らしめたまへ!
ラフュ
さ、さ、これからはわしの家と同化(ひとつにな)られる婿どの、 拙女(むすめ)へ何か、彼女(あれ)の心に光りを與へ、喜ばせて、 飛んで(こゝ)へ來させるやうな愛の(しるし)を遣って下さい。
バートラム一箇(ひとつ)の指輪をわたす。とそれを(ぢッ)と見て
あゝ、此老いたる一筋々々の髭に懸けて、亡くななられたヘレナどのは、 可憐な婦人であったが、ちょうど此様な指輪を、 先だって朝廷からお(いとま)して出てゆかれる時分に、 あの娘が嵌めてゐるのを見た。
バート
あれのぢゃありませんよ。
(指輪に目を附けて)おい、わしにも見せて下さい。實は、 先刻から、話をしながら、折々それへ目を附けてゐたのだ。 (とラフューから受取りて、とくと見て)此れは本來わしのであったよ。 わしがそれをヘレナに遣った時、わしは彼女(あれ)に申し附けた、 若しも助力の必要を感ずる時があったら、これを證據にせい、 必ず救ってやると。彼女(あれ)には極めて大切な品なのだが、 もしやそれを(だま)して()ったのではないか?
バート
恐れながら、陛下、どうおぼしませうとも、その指輪は決して彼女(あれ)のではございません。
伯夫人
いゝえ、(せがれ)、わたしも見ましたよ、それを彼女(あれ)が嵌めてゐるのを。 さうして彼女(あれ)はそれを命よりも大事にしてゐました。
ラフュ
はい、手前もたしかに見ました嵌めてをられたのを。
バート
(ラフューに)お思ひちがひですよ、彼女(あれ)は見たことさへもない筈です。 それはフロレンスで、或窓口から紙に包んで或者が私は投げ附けた品です。 其紙には投げた女の名が書いてありました。其女は身分のあります者で、 それでもう私と婚約したと存じてゐましたところ、私が既に妻があると打明けまして、 名譽上、再婚はしがたいと(とく)と申し聞かせましたので、 泣く〜(よんどこ)ろなく承諾はいたしましたものゝ、 どうしても其指輪だけは受取りませんでした。
いや、あのプルータス(財寶の神)と(いへど)も…… 劣等金屬の質をも光澤をも自在に變化させる不思議な藥液を知ってゐて、 あらゆる自然界の秘密に通じてゐるプルータスと(いへど)も…… 其金に指輪に關しては、(わし)の知識にゃ及ぶまい。 それはわしの(もの)であり、又、ヘレナの(もの)であったのだ、 だれから其方が手に入れたにもせよ。さすれば、其方に果して能くおのれのしたことを囘憶し得る以上、 彼女(あれ)のだと白状いたせ。又、どういふことをして強奪したかを申せ。 彼女(あれ)は聖者たちを保證として、結婚の當夜、 寢床(ふしど)に於て其方に與ふる以外には決して手離さんと予に誓ったのだ。 又は大厄難に際したならば、予の許へ送ってよこすと誓ったのだ。
バート
彼女(あれ)は見たことさへも無い筈でございます。
(きさま)(たし)かに(いつは)りを申してをる、 予が()ふる筈はないわい。不快な臆測はしたくないが、 頻りに危惧の念が浮ぶ。萬一、(きさま)が殘忍不仁の心を起して ……よもやそんな事はあるまいと思ふが……(しか)し何ともいへない。 (きさま)はあれをおそろしく憎んでゐた、さうして彼女(あれ)は死んだ。 といふ事は此指輪を見たので信ぜられる、でなきゃ、予自身彼れの臨終に立合はん以上信ぜられんわい。 ……そいつを引ッ立てい。……
警護兵がバートラムを捕へる。
どう成り行かうとも、既に得た證據によって、予の危惧が空でないのは解る、 むしろ空しく油斷してゐたのを自責せねばならん。…… あッちへ連れてゆけ!追って取捌(とりさば)くから。
バート
萬一其指輪を彼女(あれ)のだと御證明になることが出來ますれば、 私がフロレンスで彼女(あれ)と同衾いたして夫となったといふ事をも御證明になることが出來るでございませうが、 彼女(あれ)は未だ曾てフロレンスへ參ったことなぞはございません。
トいひ〜引立てられて入る。
不祥な想像が頻りに浮んで、氣になってならぬ。
前の場の一紳士が出る。
紳士
陛下、或ひはお咎めを蒙りまするかも(はか)られませんが、 (と跪いて書面を捧げながら)これはフロレンスの一女からの請願書でございます、 自身(拜謁の上)捧呈すべきでございますが、四五驛間相後れましたので。 手前は風姿(ふうし)、言語とも賤しからぬ右の(あは)れなる請願書の懇嘱に打負かされまして、 御執達に及ぶのでございますが、今ごろはもう著しました筈でございます、 陛下と其身とに關する儀でお願ひをするのだ、と可憐な、簡短な口上を述べましたのですが、 重要事件たることは其顏色に見えてをりました。
(書面を讀む。)
「妻死せば必ず娶るべしと幾度も誓言いたされ候ふゆゑ、 恥かしながら、ルーシロン伯の心に從ひ候ふところ、獨身となられし今日(こんにち)、 其誓約を破り、(わらは)の節操を奪ひしまゝ、告別もせず、 フロレンスを立退(たちの)かれ候ふ間、御裁判を願はんため、 其後を追ひ、お國へ參り候ふ。嗚呼、王陛下、正邪は御手(おんて)のまゝと存じ候ふ、 何卒(なにとぞ)御裁判下されたく候ふ。さなき時は、 誘惑者榮えて、不幸の女身を滅し候ふ。ダイヤナ・キャピレット。」
ラフュ
(半獨語的に)手前は婿を買ひ出しに(いち)へ參り、定税を拂って、 あいつを賣り拂ひます。あれはもう止めにいたします。
おい、ラフュー、こりゃ神々が君のためを思って、 斯ういふ風に露顯せしめられたのだ。……其願ひ人どもをさがしてまいれ。 ……急いで伯をもう一度連れて來い。……
紳士と二三の侍者入る。
(伯夫人に)奥さん、ヘレナは虐殺されたのではないかと思ふよ。
伯夫人
若しそんなことをしたのなら、御嚴罰を!
バートラム護衛されて又出る。
(皮肉に)解らんやつだ、妻を狼だとでも思ってゐるのか、 其方は夫といはれようとする段となると逃げ廻る、 而もまだ結婚しようとしてゐる。……
前の紳士が寡婦とダイヤナをつれて出る。
ダイヤ
御前さま、わたくしはフロレンスでキャピレットと申す古い家柄の、 不幸(ふしあはせ)な女でございます、お願ひの筋はもう御存じと承はりました、 此上はどうぞ御憐愍をお掛け下さいませ。
寡婦
わたくしは此者の老母でございます、此お訴訟の事で、 身も心も苦勞をいたしてをりまする、若しお助けが願へませんと、 命も名譽もなくしてしまひさうでございます。
伯、こゝへ來なさい。この女どもを知ってゐますか?
バート
はい、御前、彼等を存じてゐないとは決して申し得ません、 またさう申さうとも思ひません。外に、何か手前に關して御訴訟申しましたか?
ダイヤ
(バートラムに)なぜあなたは御自分の妻をそんなに他人らしくなさるのです?
バート
御前、あれは手前の(さい)なんぞぢゃございません。
ダイヤ
若しあなたが御結婚を遊ばせば、此手をお捨てになるでございませうが、 これはわたくしのでございます。又、神さまへの御誓言をもお捨てゞございませうが、 それとてもわたくしのでございます。又、あなた御自身をもお遣はしになるでございませうが、 それもわたくしのでございます。なぜなら、わたくしとあなたとは同心一體なのでございますから、 あなたと御結婚なさる御婦人はわたくしとも御結婚なさらにゃなりますまい。 雙方へ結婚なさるか、でなけりゃ決して御結婚は出來ますまい。
ラフュ
(バートラムに)かういふことが評判になった上は、拙女(むすめ)はあなたには(めあは)せられない。 彼女(あれ)の夫にはされない。
バート
陛下、あの女は、其以前、わたくしがよい笑ひ草にしてをりました愚かな狂女なのでございます。 あんな者を相手に致しまして、假にも(わたくし)が名譽を降さうなぞとおぼしめされませんやうに。
行實(ぎゃうじつ)でさう思はせてくれない以上、氣を轉じて其方の身方になるわけにはいかん。 今思ってゐるよりもずっと正しい人物だといふ證明をするがいゝ。
ダイヤ
御前さま、どうぞあの人に誓言をおさせ遊ばして、私を處女でなくしましたことは、 きッと無いと申しますか、どうか、お問ひ下さいまし。
それに對してどう返辭をする?
バート
あれは圖々しい女です。兵營へ參る卑しい娼婦なのでございます。
ダイヤ
御前さま、それはとんでもない濡れ衣をお著せなさるのでございます。 若しも(わたくし)がそんな者でございましたなら、廉價に(わたくし)をお買ひなさることが出來ました筈です。 あれは全くの虚言(うそ)でございます。 おゝ!此指輪を御覽下さいまし、類のないほどの高貴な、 高價な品でございますのに、これをあの方は兵營の卑しい女にお遣はしになったことになります。 若しも(わたくし)がさうなれば。
伯夫人
(せがれ)は赤面してをります。あれのでございます、きッと。 六代以前から、遺書によって、相續者へ、相續者へと讓り傳へまして、所有もし、 著用もしてをりました寶石でございます。その女が彼れの妻だと申すことは、 其指輪が立派に證據立てゝをります。
(ダイヤナに)たしか、其方は、此朝廷内に、 其方の證人となり得る者がゐるのを見たと申したかのやうに思ふが。
ダイヤ
はい、申し上げはしましたが、 あんな下等な人物を證人にいたしますのは(いと)はしうございます、 ペーローレスと申す者でございますが。
ラフュ
先刻あいつに逢ひましたっけ、果して彼れの事ですなら。
(ラフューに)さがして連れて來て下さい。
ラフュー入る。
バート
彼奴(あいつ)が何になりませう?あいつはあらゆる惡徳を備へた有名な大うそつきでありまして、 (とて)も正直に申し上げ得られないやうな卑劣な人物でございます。 何を申し立てませうとも、あいつなぞの申すことが(わたくし)を是非する筈はございません。
あの女は其方の指輪を持ってゐるぞ。
バート
持ってをりませう。若氣の淫ら心から、つい好もしく存じまして、 戯れなぞしましたところ、身分のちがふのを存じてをります彼女(あれ)は、 (わたくし)を釣らうとして、わざと(つれ)なくいたしましたので、 (わたくし)はいよ〜狂氣の如く熱衷しました。 戀愛の常例として、()かれゝばます〜募るのでございます。 で以て、つまり、現代的の容色と巧い口前に騙されまして、 彼女(あれ)の申すまゝに、もっと廉價に買へます物を、 指輪を遣はしまして手に入れたのでございます。
ダイヤ
(歎息して)(こら)へるより外にしゃうがない。 あなたはあんな立派な初めの奥さんを逐ひ出した方です、 わたしを虐待なさるのは當り前です。けれども、どうぞ…… 不道徳なあなたを私は夫とはしません……指輪を取りにおよこしなさい。 お返し()ます。わたしのを返して下さい。
バート
持っちゃゐない。
其方のはどんな指輪だ?
とわざと先刻に指輪を見せるやうにする。
ダイヤ
お持ち遊ばしていらっしゃるのに好う似てをります品でございます。
此指輪を知ってゐるか?こりゃつい先刻(さッき)まで彼れのであった。
ダイヤ
それが寢所で(わたくし)があの方にあげました指輪でございます。
ぢゃ、これを其方が窓から彼れへ投げたといふ先刻(さッき)の話は(うそ)になるわい。
ダイヤ
(わたくし)の申し上げましたことは事實でございます。
ラフューがペーローレスをつれて出る。
バート
(王に)其指輪が彼女(あれ)(もの)だと申すことは自白いたします。
巧く移轉するな、羽根が一つ動いてもびくつくなう。 ……あれが今いった男か?
ダイヤ
さやうでございます。
(ペーローレスに)こら、……予が命ずるぞ、正直に申せ、 主の怒りなぞを恐れるな、正當に申し立てる以上は、 予が(かば)って遣はすから。……彼れ(とバートラムを指ざし)と此女 (とダイヤナを指ざして)とに關して存じてをることを申し立てろ。
ペーロ
恐れながら、主人は立派な紳士でございましたが、 紳士方に有りうち惡戯(いたづら)はいたされました。
こら〜、要點を申せ。……此女を愛してをったか?
ペーロ
へい、愛してをられました。が、其愛し方は、でございますか?
さァ、その愛し方は?
ペーロ
紳士がたが婦人を愛されまするやうに、でございました。
といふのは?
ペーロ
愛してはをられましたものゝ、愛しちゃをられませんでした。
(きさま)が下司であって下司でないかの如くになう。 ……何といふ二枚舌野郎だこいつは!
ペーロ
手前は(けち)な人間でございます、何でも御命令通りにいたします。
ラフュ
あいつは好い太鼓でございますが、やくざな饒舌漢(おしゃべり)でございます。
ダイヤ
あんたは彼の方がわたしに婚約をなさいましたことを御存じですか?
ペーロ
おれは、言はうと思ってゐる以上の事をも知ってゐる。
その知ってゐる限りを申すか、どうだ?
ペーロ
へい、申し上げます。……手前は、(ぜん)申しました通り、 取持役をいたしましたのです。いや、そればかりでなく、 主人はあの婦人を愛しました、一時は狂氣(きちがひ)のやうになりまして、 セータンだの、リムボー(地獄境)だの、復讐神(フューリーズ)だの、 其他何だのかんだのと口走りました。まだ其時分は大ぶ信用されてをりましたので、 床入りをした日取から、婚約をしたこと、其他いろんな事件をも心得てはをりますが、 それを喋説(しゃべ)りますと、怨まれますから、存じちゃゐますが、申し上げません。
それでもう喋説(しゃべ)っちまったぢゃないか、(正式に)結婚しましたといひ得ない以上は? だが、(きさま)の證明ぶりは甚だ狡いわい。暫く引退(ひきさが)ってゐろ。 (ダイヤナに)此指輪は其方のだといったな?
ダイヤ
さやうでございます。
どこで買った?又は、だれに貰った?
ダイヤ
貰ひも買ひもいたしません。
だれに借りた?
ダイヤ
借りもいたしません。
ぢゃ、どこかで拾ったのか?
ダイヤ
拾ひもいたしません。
それらのどの手續きでも得なかったとすると、どうして彼れに遣はすことが出來た?
ダイヤ
あの方にあげもいたしません。
ラフュ
この女めはメリヤスの手袋で、取るも穿()めるも自由自在でございますわい。
この指輪は予の(もの)なのだ。それを予が彼れの初めの妻へ遣はしたのだ。
ダイヤ
あなた様のか、(せん)の奥さんのかでございませう、多分。
()へかねて)此女を引ッ立てろ。不埒なやつだ。牢へ入れろ。 そらから彼奴(あいつ)をも……(ダイヤナに)どこでこれを手に入れたかを申さんと、 今すぐ死刑に處するぞ。
ダイヤ
それは申し上げられません。
其女をひッたてろ。
ダイヤ
御前さま、保釋をさし出しませう。
いかさま、(きさま)は淫賣婦らしい。
ダイヤ
いゝえ、決して。萬一、男に逢ひましたなら、それはあなたでしたらう。
白頭翁(はくとうをう)のラフューを指ざす。
では、なぜあの男を告訴したのだ?
ダイヤ
惡事をなさいましたからです、けれども惡事をなすったのぢゃありません。 あの方はわたくしを處女ではないと御誓言なさいませう、 けれどもわたくしは處女でございます、其わけをあの方は御存じありません。 もし、御前さま、わたくしは決して淫賣婦なぞではございません、 萬一わたくしが處女でなければ、此御老人の奥さんでございませう。
と又ラフューを指ざす。
(たまりかねて)不埒なたは言を申すやつだ。此女を牢へつれてゆけ。
ダイヤ
お母さん、保釋人をつれて來て下さい。……
寡婦入る。
御前さま、どうぞ暫く。其指輪の持主の寶石屋を呼びにやりましたから、 其人がわたくしの保釋人になってくれます。其お殿さんは、 御自身御存じの通り、わたくしをお辱しめをなさいましたけれども、 決して害をお與へになりましたわけではございませんから、 お訴へは取下げます。わたくしの臥床(ふしど)をお汚しになったことは御存じの通りです、 其時奥さんは御懐姙遊ばしたのです。奥さんはお亡くなりになったのですけれど、 赤さんは今にもお生れになりませう。それが私の謎々でございます。 亡くなった方が生きておいでゝす。其わけは今に解りませう。
寡婦がヘレナをつれて出る。
(見て愕いて)此目の働きを狂はせる魔法使ひでもゐるのではないか? 現實(ほんと)の物を見てゐるのか?(幻影(まぼろし)ではないか?)
バートラムも驚いて目ばかりきょろつかせる。
ヘレナ
(バートラムに)いゝえ、あなた。御覽になってゐるのは、 妻の影です。名ばかりあって、物はないのです。
バート
(恥入って)名でもある、(じつ)でもある。……おゝ、ゆるしてくれ!
ヘレナ
おゝ、あなた!わたしが其娘の姿でゐた時には、大層御深切にして下さいましたわね。 そこにあるのがあなたの指輪です。それから、そら、これがあなたのお手紙です。 斯う書いてあります。「おれの指輪から此指輪を取って、子を生んだなら、云々(しか〜゛)。」 ……其通りになりました。二つともお望み通りになりましたからは、 あなたを夫と呼ぶことが出來ませうか?
バート
(深く慚愧した(てい)で)御前、仔細(わけ)を明かに知らせてくれますれば、 わたくしは彼女(あれ)を親愛いたします、以後、永久に親愛いたします。
ヘレナ
若し其わけが明かにならないで、(うそ)(いつは)りともなるやうなら、 あなたとわたしとは行く末まで永久に絶縁いたしますやうに!…… (伯夫人に)おゝ、お母さま!お達者なのを現に見てゐるのでございませうか!
と駈け寄って、抱擁して泣く。
ラフュ
(貰ひ泣きをしかけて)目へ玉葱の臭ひがして來た。 今にも涙が出さうだ。(ペーローレスに)おい、太鼓野郎どん、 ハンケチを貸してくれ。(受取って)はい、有りがたう。(やしき)で待ってゐな、 (おまひ)を相手にして何か慰みをしようから。 (握手か介抱かをしようとするのを排けて)禮儀はよしてくれ、 (おまひ)のは(きたな)いから。
一部始終を話してくれ、心持よく事實の全體を呑み込まして貰ひたいから。 (ダイヤナに)おまひはまだ摘まれなかった蕾 ()、 それなら夫を選ぶがいゝぞ、嫁資(よめいりしろ)はわしが出してやらうから。 察するに、おまひは、正しい方法で以て手助けをして、ある婦人を以前(もと)通り奥さんにし、 また、自分をば以前(もと)の通りの處女にしておいたらしい。 それやこれやの顛末は、今にはっきり解るだらう。先づ、萬事上首尾。 末が斯うめでたく収まれば、苦いことは過ぎ去って、 甘いことばかりがこれからます〜迎へられるわい。
盛奏。

閉場詞

王が觀衆に向って述べる。
 
(しばゐ)が果てゝ見ますと、王は物貰ひなのでございます。 どうぞや皆さまのお氣に入りますやうに、といふ此お請願(ねだり)さへ叶ひますれば、 「總て末よし」でございますから、きッとお報いをいたします、 いよ〜ます〜御機嫌に叶ふやうにと勉強 (つかまつ)りまして。 では、お客さま方は御辛抱、手前共は藝勉強。 お手をお貸し下さいまして、どうかよろしく御奬勵を。 (拍手して下さいまし。)
入る。

更新日:2004/06/10