新古今和歌集

仮名序

やまとうたは、昔あめつち開けはじめて、人のしわざいまだ定まらざりし時、葦原中国の言の葉として、稲田姫素鵞の里よりぞつたはれりける。しかありしよりこのかた、その道さかりに興り、その流れいまに絶ゆることなくして、色にふけり、心をのぶるなかだちとし、世をおさめ、民をやはらぐる道とせり。

かゝりければ、代々のみかどもこれを捨てたまはず、えらびをかれたる集ども、家々のもてあそびものとして、詞の花のこれる木のもとかたく、思ひの露もれたる草がくれもあるべからず。しかはあれども、伊勢の海きよき渚の玉は、ひろふとも尽くることなく、泉の杣しげき宮木は、ひくとも絶ゆべからず。ものみなかくのごとし。うたの道またおなじかるべし。

これによりて、右衛門督源朝臣通具、大蔵卿藤原朝臣有家、左近中将藤原朝臣定家、前上総介藤原朝臣家隆、左近少将藤原朝臣雅経らにおほせて、むかしいま時をわかたず、たかきいやしき人をきらはず、目に見えぬ神仏の言の葉も、うばたまの夢につたへたる事まで、ひろくもとめ、あまねく集めしむ。

をのをのえらびたてまつれるところ、夏引の糸のひとすぢならず、夕の雲のおもひ定めがたきゆへに、緑の洞、花かうばしきあした、玉の砌、風すゞしきゆふべ、難波津の流れをくみて、すみ濁れるをさだめ、安積山の跡をたづねて、ふかき浅きをわかてり。

万葉集にいれる歌は、これをのぞかず、古今よりこのかた七代の集にいれる歌をば、これを載する事なし。たゞし、詞の苑にあそび、筆の海をくみても、空とぶ鳥のあみをもれ、水にすむ魚のつりをのがれたるたぐひは、昔もなきにあらざれば、今も又しらざるところなり。すべてあつめたる歌二千ぢ二十巻、なづけて新古今和歌集といふ。

春霞立田の山に初花をしのぶより、夏は妻恋ひする神なびの郭公、秋は風にちる葛城の紅葉、冬は白たへの富士の高嶺に雪つもる年の暮まで、みなおりにふれたる情なるべし。しかのみならず、高き屋にとをきをのぞみて、民の時をしり、末の露もとの雫によそへて、人の世をさとり、たまぼこの道のべに別れをしたひ、あまざかる鄙の長路に都をおもひ、高間の山の雲居のよそなる人をこひ、長柄の橋の浪にくちぬる名をおしみても、心中にうごき、言外にあらはれずといふことなし。いはむや、住吉の神は片そぎの言の葉をのこし、伝教大師はわがたつ杣の思ひをのべたまへり。かくのごとき、しらぬ昔の人の心をもあらはし、ゆきて見ぬ境の外のことをもしるは、たゞこの道ならし。

そもそも、むかしは五たび譲りし跡をたづねて、天つ日嗣の位にそなはり、いまは八隅知る名をのがれて、藐姑射の山に住処をしめたりといへども、天皇は子たる道をまもり、星の位はまつりごとをたすけし契りをわすれずして、天の下しげき事わざ、雲の上のいにしへにもかはらざりければ、よろづの民、春日野の草のなびかぬかたなく、よもの海、秋津島の月しづかにすみて、和歌の浦の跡をたづね、敷島の道をもてあそびつゝ、この集をえらびて、永き世につたへんとなり。

かの万葉集はうたの源なり。時うつり事へだたりて、今の人しることかたし。延喜のひじりの御代には、四人に勅して古今集をえらばしめ、天暦のかしこきみかどは、五人におほせて後撰集をあつめしめたまへり。そののち、拾遺、後拾遺、金葉、詞華、千載等の集は、みな一人これをうけたまはれるゆへに、聞きもらし見をよばざるところもあるべし。よりて、古今、後撰のあとを改めず、五人のともがらを定めて、しるしたてまつらしむるなり。

そのうへ、みづから定め、てづから磨けることは、とをくもろこしの文の道をたづぬれば、浜千鳥あとありといへども、わが国やまと言の葉始まりてのち、呉竹のよゝに、かゝるためしなんなかりける。

このうち、みづからの歌を載せたること、古きたぐひはあれど、十首にはすぎざるべし。しかるを、今かれこれえらべるところ、三十首にあまれり。これみな、人の目たつべき色もなく、心とゞむべきふしもありがたきゆへに、かへりて、いづれとわきがたければ、森のくち葉かず積り、汀の藻くづかき捨てずなりぬることは、道にふける思ひふかくして、後の嘲りをかへりみざるなるべし。

時に元久二年三月廿六日なんしるしをはりぬる。

目をいやしみ、耳をたふとぶるあまり、石上ふるき跡を恥づといへども、流れをくみて、源をたづぬるゆへに、富緒河のたえせぬ道を興しつれば、露霜はあらたまるとも、松ふく風の散りうせず、春秋はめぐるとも、空ゆく月の曇なくして、この時にあへらんものは、これをよろこび、この道をあふがんものは、今をしのばざらめかも。

春歌上

1 春たつ心をよみ侍りける 摂政太政大臣

みよし野は山もかすみて白雪のふりにし里に春は来にけり

2 春のはじめの歌 太上天皇

ほのぼのと春こそ空に来にけらし天の香具山かすみたなびく

3 百首歌たてまつりし時、春の歌 式子内親王

山ふかみ春とも知らぬ松の戸にたえだえかかる雪の玉水

4 五十首歌たてまつりし時 宮内卿

かきくらし猶ふる里の雪のうちに跡こそ見えね春は来にけり

5 入道前関白太政大臣、右大臣に侍ける時、百首歌よませ侍けるに、立春の心を 皇太后宮大夫俊成

今日といへば唐土までも行く春を都にのみと思ひけるかな

6 題しらず 俊恵法師

春といへば霞みにけりな昨日まで波間に見えし淡路島山

7 題しらず 西行法師

岩間とぢし氷も今朝は解けそめて苔のした水道もとむらむ

8 題しらず よみ人知らず

風まぜに雪は降りつつしかすがに霞たなびき春は来にけり

9 題しらず よみ人知らず

時はいまは春になりぬとみ雪ふる遠き山べにかすみたなびく

10 堀河院御時百首歌たてまつりけるに、残りの雪の心をよみ侍りける 権中納言国信

春日野の下萌えわたる草のうへにつれなく見ゆる春のあわ雪

11 題しらず 山部赤人

明日からは若菜摘まむとしめし野に昨日も今日も雪は降りつつ

12 天暦御時屏風歌 壬生忠見

春日野の草はみどりになりにけり若菜摘まむと誰かしめけむ

13 崇徳院に百首歌たてまつりける時、春の歌 前参議教長

若菜摘む袖とぞ見ゆるかすが野の飛火の野辺の雪のむらぎえ

14 延喜御時の屏風に 紀貫之

行きて見ぬ人も忍べと春の野のかたみにつめる若菜なりけり

15 述懐百首歌よみ侍けるに、若菜 皇太后宮大夫俊成

沢に生ふる若菜ならねど徒らに年をつむにも袖はぬれけり

16 日吉社によみてたてまつりける子日の歌 皇太后宮大夫俊成

さざ波や志賀の浜松ふりにけり誰が世に引ける子日なるらむ

17 百首歌たてまつりし時 藤原家隆朝臣

谷河のうち出づる波も声たてつうぐひすさそへ春の山かぜ

18 和歌所にて、関路鶯といふことを 太上天皇

鶯の鳴けどもいまだ降る雪に杉の葉しろきあふさかの関

19 堀河院に百首歌たてまつりける時、残りの雪の心をよみ侍ける 藤原仲実朝臣

春来ては花ともみよと片岡の松のうは葉にあわ雪ぞ降る

20 題しらず 中納言家持

まきもくの桧原のいまだくもらねば小松が原にあわ雪ぞ降る

21 題しらず よみ人知らず

今さらに雪降らめやも陽炎のもゆる春日となりにしものを

22 題しらず 凡河内躬恒

いづれをか花とは分かむふるさとの春日の原にまだ消えぬ雪

23 家百首歌合に、余寒の心を 摂政太政大臣

空はなほかすみもやらず風冴えて雪げにくもる春の夜の月

24 和歌所にて、春山月といふ心をよめる 越前

山ふかみなほかげさむし春の月空かきくもり雪は降りつつ

25 詩を作らせて歌にあはせ侍しに、水郷春望といふことを 左衛門督通光

みしま江や霜もまだひぬ蘆の葉につのぐむほどの春風ぞ吹く

26 詩を作らせて歌にあはせ侍しに、水郷春望といふことを 藤原秀能

夕月夜しほ満ちくらし難波江のあしの若葉を越ゆるしらなみ

27 春歌とて 西行法師

降りつみし高嶺のみ雪解けにけり清滝川の水のしらなみ

28 春歌とて 源重之

梅が枝にものうきほどにちる雪を花ともいわじ春の名だてに

29 春歌とて 山部赤人

あづさゆみはる山近く家居して絶えずききつるうぐいすの声

30 春歌とて よみ人知らず

梅が枝に鳴きてうつろふ鶯のはね白たへにあわ雪ぞ降る

31 百首歌たてまつりし時 惟明親王

鶯のなみだのつららうちとけてふる巣ながらや春を知るらむ

32 題しらず 志貴皇子

岩そそぐたるひの上のさ蕨の萌えいづる春になりにけるかな

33 百首歌たてまつりし時 前大僧正慈円

あまのはら富士の煙の春のいろの霞になびくあけぼののそら

34 崇徳院に百首歌たてまつりける時 藤原清輔朝臣

朝がすみふかく見ゆるや煙たつ室の八島のわたりなるらむ

35 晩霞といふことをよめる 後徳大寺左大臣

なごの海の霞の間よりながむれば入日をあらふおきつしら浪

36 をのこども詩を作りて歌にあはせ侍しに、水郷春望といふことを 太上天皇

見わたせば山もとかすむ水無瀬川夕べは秋となにおもひけむ

37 摂政太政大臣家百首歌合に、春の曙といふ心をよみ侍ける 藤原家隆朝臣

霞立つすゑのまつやまほのぼのと波にはなるるよこぐもの空

38 守覚法親王、五十首歌よませ侍けるに 藤原定家朝臣

春の夜の夢のうき橋とだえして峰にわかるるよこぐもの空

39 如月まで梅の花さき侍らざりける年、よみ侍ける 中務

知るらめやかすみの空をながめつつ花もにほはぬ春を嘆くと

40 守覚法親王家五十首歌に 藤原定家朝臣

大空は梅のにほひにかすみつつくもりもはてぬ春の夜の月

41 題しらず 宇治前関白太政大臣

折られけりくれなゐ匂ふ梅の花今朝しろたへに雪は降れれど

42 垣根の梅をよみ侍りける 藤原敦家朝臣

あるじをば誰ともわかず春はただ垣根の梅をたづねてぞ見る

43 梅花遠薫といへる心をよみ侍ける 源俊頼朝臣

心あらばとはましものを梅が香にたが里よりか匂ひきつらむ

44 百首歌たてまつりし時 藤原定家朝臣

梅の花にほひをうつす袖のうへに軒漏る月のかげぞあらそふ

45 百首歌たてまつりし時 藤原家隆朝臣

梅が香にむかしをとへば春の月こたへぬかげぞ袖にうつれる

46 千五百番の歌合に 右衛門督通具

梅のはな誰が袖ふれしにほひぞと春や昔の月にとはばや

47 千五百番の歌合に 皇太后宮大夫俊成女

梅の花あかぬ色香もむかしにておなじかたみの春の夜の月

48 梅花にそへて大弐三位につかはしける 権中納言定頼

来ぬ人によそへて見つる梅の花散りなむ後のなぐさめぞなき

49 返し 大弐三位

春ごとに心をしむる花の枝に誰がなほざりの袖か触れつつ

50 二月雪落衣といふことをよみ侍ける 康資王母

梅散らす風も越えてや吹きつらむかをれる雪の袖にみだるる

51 題しらず 西行法師

とめこかし梅さかりなるわが宿を疎きも人はおりにこそよれ

52 百首歌たてまつりしに、春歌 式子内親王

ながめつる今日は昔になりぬとも軒端の梅はわれを忘るな

53 土御門内大臣の家に、梅花留袖といふ事をよみ侍けるに 藤原有家朝臣

散りぬればにほひばかりを梅の花ありとや袖に春風の吹く

54 題しらず 八条院高倉

ひとりのみながめて散りぬ梅の花知るばかりなる人はとひこず

55 文集嘉陵春夜詩、不明不暗朧々月といへることを、よみ侍りける 大江千里

照りもせず曇りもはてぬ春の夜の朧月夜にしくものぞなき

56 祐子内親王藤壺に住み侍けるに、女房・上人など、さるべきかぎり物語りして、春秋のあはれ、いづれにか心ひくなど、あらそひ侍けるに、人々おほく秋に心をよせ侍ければ 菅原孝標女

浅みどり花もひとつにかすみつつおぼろに見ゆる春の夜の月

57 百首歌たてまつりし時 源具親

難波潟かすまぬ浪もかすみけりうつるもくもるおぼろ月夜に

58 摂政太政大臣家百首歌合に 寂蓮法師

今はとてたのむの雁もうちわびぬおぼろ月夜のあけぼのの空

59 刑部卿頼輔、歌合し侍けるに、よみてつかはしける 皇太后宮大夫俊成

聞く人ぞなみだは落つるかへる雁なきて行くなるあけぼのの空

60 題しらず よみ人知らず

故郷にかへるかりがねさ夜ふけて雲路にまよふ声きこゆるなり

61 帰雁を 摂政太政大臣

忘るなよたのむの沢をたつ雁も稲葉の風のあきのゆふぐれ

62 百首歌たてまつりし時 摂政太政大臣

帰る雁いまはのこころありあけに月と花との名こそ惜しけれ

63 守覚法親王の五十首歌に 藤原定家朝臣

霜まよふ空にしをれし雁がねのかへるつばさに春雨ぞ降る

64 閑中春雨といふことを 大僧正行慶

つくづくと春のながめの寂しきはしのぶにつたふ軒の玉水

65 寛平御時后の宮の歌合歌 伊勢

水の面にあや織りみだる春雨や山の緑をなべて染むらむ

66 百首歌たてまつりし時 摂政太政大臣

ときはなる山の岩根にむす苔の染めぬみどりに春雨ぞ降る

67 清輔朝臣のもとにて、雨中苗代といふことをよめる 勝命法師

雨降れば小田のますらをいとまあれや苗代水を空にまかせて

68 延喜御時屏風に 凡河内躬恒

春雨の降りそめしよりあをやぎの糸のみどりぞ色まさりける

69 題しらず 大宰大弐高遠

うちなびき春は来にけり青柳のかげふむ道に人のやすらふ

70 題しらず 輔仁親王

みよし野のおほ川のべの古柳かげこそ見えね春めきにけり

71 百首歌の中に 崇徳院御歌

嵐吹く岸のやなぎのいなむしろ織りしく波にまかせてぞ見る

72 建仁元年三月歌合に、霞隔遠樹といふことを 権中納言公経

高瀬さす六田の淀のやなぎ原みどりもふかくかすむ春かな

73 百首歌よみ侍ける時、春歌とてよめる 殷富門院大輔

春風のかすみ吹きとくたえまよりみだれてなびく青柳のいと

74 千五百番歌合に、春歌 藤原雅経

しら雲のたえまになびくあをやぎの葛城山に春風ぞ吹く

75 千五百番歌合に、春歌 藤原有家朝臣

青柳のいとに玉ぬく白つゆの知らずいく世の春か経ぬらむ

76 千五百番歌合に、春歌 宮内卿

薄く濃き野辺のみどりの若草にあとまで見ゆる雪のむらぎえ

77 題しらず 曾禰好忠

あらを田の去年の古根のふる蓬いまは春べとひこばえにけり

78 題しらず 壬生忠見

焼かずとも草はもえなむ春日野をただ春の日に任せたらなむ

79 題しらず 西行法師

よし野山さくらが枝に雪降りて花おそげなる年にもあるかな

80 白河院、鳥羽におはしましける時、人々、山家待花といへる心をよみ侍けるに 藤原隆時朝臣

さくら花咲かばまづ見むと思ふまに日かず経にけり春の山里

81 亭子院歌合歌 紀貫之

わが心春の山辺にあくがれてながながし日を今日も暮らしつ

82 摂政太政大臣百首歌合に、野遊の心を 藤原家隆朝臣

おもふどちそことも知らず行き暮れぬ花のやどかせ野べの鶯

83 百首歌たてまつりしに 式子内親王

いま桜咲きぬと見えてうすぐもり春に霞める世のけしきかな

84 題しらず よみ人知らず

臥して思ひ起きてながむる春雨に花の下紐いかに解くらむ

85 題しらず 中納言家持

行かむ人来む人しのべ春かすみ立田の山のはつざくら花

86 花歌とてよみ侍ける 西行法師

吉野山去年のしをりの道かへてまだ見ぬかたの花を尋ねむ

87 和歌所にて歌つかうまつりしに、春の歌とてよめる 寂蓮法師

葛城や高間のさくら咲きにけり立田のおくにかかるしら雲

88 題しらず よみ人知らず

いそのかみ古き都を来て見れば昔かざしし花咲きにけり

89 題しらず 源公忠朝臣

春にのみ年はあらなむ荒小田をかへすがへすも花を見るべく

90 八重桜をおりて、人のつかはして侍ければ 道命法師

白雲のたつたの山の八重ざくらいづれを花とわきて折らまし

91 百首歌たてまつりし時 藤原定家朝臣

白雲の春はかさねてたつた山をぐらのみねに花にほふらし

92 題しらず 藤原家衡朝臣

吉野山はなやさかりに匂ふらむふるさとさらぬ嶺のしらくも

93 和歌所歌合に、羇旅といふことを 藤原雅経

岩根ふみかさなる山を分けすてて花もいくへのあとのしら雲

94 五十首歌たてまつりし時 藤原雅経

尋ね来て花に暮らせる木の間より待つとしもなき山の端の月

95 故郷花といへる心を 前大僧正慈円

散り散らず人もたづねぬふるさとの露けき花に春かぜぞ吹く

96 千五百番歌合に 右衛門督通具

いそのかみふる野のさくら誰植ゑて春は忘れぬ形見なるらむ

97 千五百番歌合に 正三位季能

花ぞ見る道のしばくさふみわけて吉野の宮の春のあけぼの

98 千五百番歌合に 藤原有家朝臣

朝日かげにほへる山のさくら花つれなく消えぬ雪かとぞ見る

春歌下

99 釈阿、和歌所にて九十の賀し侍しおり、屏風に、山に桜さきたるところを 太上天皇

さくら咲く遠山鳥のしだり尾のながながし日もあかぬ色かな

100 千五百番歌合に、春歌 皇太后宮大夫俊成

いくとせの春に心をつくし来ぬあはれと思へみよし野の花

101 百首歌に 式子内親王

はかなくて過ぎにしかたを数ふれば花に物思ふ春ぞ経にける

102 内大臣に侍ける時、望山花といへる心をよみ侍ける 京極前関白太政大臣

白雲のたなびく山のやまざくらいづれを花と行きて折らまし

103 祐子内親王家にて、人々、花の歌よみ侍けるに 権大納言長家

花の色にあまぎるかすみたちまよひ空さへ匂ふ山ざくらかな

104 題しらず 山部赤人

ももしきの大宮人はいとまあれ桜かざして今日もくらしつ

105 題しらず 在原業平朝臣

花にあかぬ歎はいつもせしかども今日の今宵に似る時は無し

106 題しらず 凡河内躬恒

いもやすくねられざりけり春の夜は花の散るのみ夢にみつつ

107 題しらず 伊勢

山ざくら散りてみ雪にまがひなばいづれか花と春にとはなむ

108 題しらず 紀貫之

わが宿の物なりながら桜花散るをばえこそとどめざりけれ

109 寛平御時后の宮の歌合に よみ人知らず

霞たつ春の山辺にさくら花あかず散るとやうぐひすの鳴く

110 題しらず 山部赤人

春雨はいたくな降りそさくら花まだ見ぬ人に散らまくも惜し

111 題しらず 紀貫之

花の香にころもはふかくなりにけり木の下かげの風のまにまに

112 千五百番歌合に 皇太后宮大夫俊成女

風かよふ寝ざめの袖の花の香にかをるまくらの春の夜の夢

113 守覚法親王、五十首歌よませ侍ける時 藤原家隆朝臣

この程は知るも知らぬも玉鉾の行きかふ袖は花の香ぞする

114 摂政太政大臣家に五首歌よみ侍けるに 皇太后宮大夫俊成

またや見む交野のみ野のさくらがり花の雪散る春のあけぼの

115 花歌よみ侍けるに 祝部成仲

散り散らずおぼつかなきは春霞たつたの山のさくらなりけり

116 山里にまかりてよみ侍ける 能因法師

山里の春の夕ぐれ来て見ればいりあひのかねに花ぞ散りける

117 題しらず 恵慶法師

桜散る春の山べは憂かりけり世をのがれにと来しかひもなく

118 花見侍ける人にさそはれてよみ侍ける 康資王母

山ざくら花のした風吹きにけり木のもとごとの雪のむらぎえ

119 題しらず 源重之

はるさめのそぼふる空のをやみぜず落つる涙に花ぞ散りける

120 題しらず 源重之

雁がねのかへる羽風やさそふらむ過ぎ行くみねの花も残らぬ

121 百首歌めしし時、春歌 源具親

時しもあれたのむの雁のわかれさへ花散るころのみ吉野の里

122 見山花といへる心を 大納言経信

山ふかみ杉のむらだち見えぬまでをのへの風に花の散るかな

123 堀河院御時百首歌たてまつりけるに、花歌 大納言師頼

木のもとの苔の緑も見えぬまで八重散りしけるやまざくらかな

124 花十首歌よみ侍けるに 左京大夫顕輔

ふもとまで尾上の桜ちり来ずはたなびく雲と見てや過ぎまし

125 花落客稀といふことを 刑部卿範兼

花散ればとふ人まれになりはてていとひし風の音のみぞする

126 題しらず 西行法師

ながむとて花にもいたく馴れぬれば散る別れこそ悲しかりけれ

127 題しらず 越前

山里の庭よりほかの道もがな花ちりぬやと人もこそ訪へ

128 五十首歌たてまつりし中に、湖上花を 宮内卿

花さそふ比良の山風ふきにけり漕ぎ行く舟のあと見ゆるまで

129 関路花を 宮内卿

あふさかやこずゑの花をふくからに嵐ぞかすむ関の杉むら

130 百首歌たてまつりし、春歌 二条院讃岐

山たかみ峰の嵐に散る花の月にあまぎるあけがたのそら

131 百首歌めしける時、春歌 崇徳院御歌

山たかみ岩根の桜散る時はあまの羽ごろも撫づるとぞ見る

132 春日社歌合とて、人々、歌よみ侍けるに 刑部卿頼輔

散りまがふ花のよそめはよし野山あらしにさわぐみねの白雲

133 最勝四天王院の障子に、吉野山かきたる所 太上天皇

みよし野の高嶺のさくら散りにけり嵐もしろき春のあけぼの

134 千五百番歌合に 藤原定家朝臣

桜色の庭のはるかぜあともなし訪はばぞ人の雪とだにみむ

135 ひととせ忍びて大内の花見にまかりて侍しに、庭にちりて侍し花を硯のふたにいれて、摂政のもとにつかはし侍し 太上天皇

今日だにも庭を盛とうつる花消えずはありとも雪かとも見よ

136 返し 摂政太政大臣

さそはれぬ人のためとやのこりけむ明日よりさきの花の白雪

137 家の八重桜をおらせて、惟明親王のもとにつかはしける 式子内親王

八重にほふ軒端の桜うつろひぬ風よりさきに訪ふ人もがな

138 返し 惟明親王

つらきかなうつろふまでに八重桜とへともいはで過ぐるこころは

139 五十首歌たてまつりし時 藤原家隆朝臣

さくら花夢かうつつか白雲のたえてつねなきみねの春かぜ

140 題しらず 皇太后宮大夫俊成女

恨みずやうき世を花のいとひつつ誘ふ風あらばと思ひけるをば

141 題しらず 後徳大寺左大臣

はかなさをほかにもいはじ桜花咲きては散りぬあはれ世の中

142 入道前関白太政大臣家に、百首歌よませ侍ける時 俊恵法師

ながむべき残の春をかぞふれば花とともにも散るなみだかな

143 花歌とてよめる 殷富門院大輔

花もまたわかれむ春は思ひ出でよ咲き散るたびの心づくしを

144 千五百番歌合に 左近中将良平

散るはなのわすれがたみの峰の雲そをだにのこせ春のやまかぜ

145 落花といふことを 藤原雅経

花さそふなごりを雲に吹きとめてしばしはにほへ春の山風

146 題しらず 後白河院御歌

惜しめども散りはてぬれば桜花いまはこずゑを眺むばかりぞ

147 残春の心を 摂政太政大臣

吉野山花のふるさとあと絶えてむなしき枝にはるかぜぞ吹く

148 題しらず 大納言経信

ふるさとの花の盛は過ぎぬれどおもかげさらぬ春の空かな

149 百首歌中に 式子内親王

花は散りその色となくながむればむなしき空にはるさめぞ降る

150 小野宮の太政大臣、月輪寺花見侍ける日よめる 清原元輔

誰がためか明日は残さむ山ざくらこぼれて匂へ今日の形見に

151 曲水宴をよめる 中納言家持

からびとの舟を浮かべて遊ぶてふ今日ぞわがせこ花かづらせよ

152 紀貫之、曲水宴し侍ける時、月入花灘暗といふことをよみ侍ける 坂上是則

花流す瀬をも見るべき三日月のわれて入りぬる山のをちかた

153 雲林院の桜見にまかりけるに、みな散りはてて、わづかに片枝にのこりて侍ければ 良暹法師

尋ねつる花もわが身もおとろへて後の春ともえこそ契らね

154 千五百番歌合に 寂蓮法師

思ひ立つ鳥はふる巣もたのむらむ馴れぬる花のあとの夕暮

155 千五百番歌合に 寂蓮法師

散りにけりあはれうらみの誰なれば花のあととふ春の山風

156 千五百番歌合に 権中納言公経

春ふかくたづねいるさの山の端にほの見し雲の色ぞのこれる

157 百首歌たてまつりし時 摂政太政大臣

初瀬山うつろう花に春暮れてまがひし雲ぞ峰にのこれる

158 百首歌たてまつりし時 藤原家隆朝臣

吉野川岸のやまぶき咲きにけり嶺のさくらは散りはてぬらむ

159 百首歌たてまつりし時 皇太后宮大夫俊成

駒とめてなほ水かはむ山吹のはなの露そふ井出の玉川

160 堀河院御時、百首歌たてまつりける時 権中納言国信

岩根越すきよたき川のはやければ波をりかくるきしの山吹

161 題しらず 厚見王

かはづなく神なび川に影見えていまや咲くらむ山吹の花

162 延喜十三年、亭子院歌合歌 藤原興風

あしびきの山吹の花散りにけり井手のかはづは今や鳴くらむ

163 飛香舎にて藤花宴侍けるに 延喜御歌

かくてこそ見まくほしけれよろづ代をかけてにほへる藤波の花

164 天暦四年三月十四日、藤壺にわたらせ給ひて、花おしませ給ひけるに 天暦御歌

円居して見れどもあかぬ藤浪のたたまく惜しき今日にもある哉

165 清慎公家屏風に 紀貫之

暮れぬとは思ふものから藤の花咲けるやどには春ぞひさしき

166 藤の松にかゝれるをよめる 紀貫之

みどりなる松にかかれる藤なれどおのが頃とぞ花は咲きける

167 春の暮つかた、実方朝臣のもとにつかはしける 藤原道信朝臣

散り残る花もやあるとうちむれてみ山がくれを尋ねてしがな

168 修行し侍けるころ、春の暮によみける 大僧正行尊

木の下のすみかも今は荒れぬべし春し暮れなば誰か訪ひこむ

169 五十首歌たてまつりし時 寂蓮法師

暮れて行く春のみなとは知らねども霞に落つる宇治のしば舟

170 山家三月尽をよみ侍ける 藤原伊綱

来ぬまでも花ゆゑ人の待たれつる春も暮れぬとみ山辺の里

171 題しらず 皇太后宮大夫俊成女

いそのかみふるのわさ田をうち返し恨みかねたる春の暮れかな

172 寛平御時后の宮の歌合歌 よみ人知らず

待てといふに留らぬ物と知りながら強ひてぞ惜しき春の別は

173 山家暮春といへる心を 宮内卿

柴の戸をさすや日かげのなごりなく春暮れかかる山の端の雲

174 百首歌たてまつりし時 摂政太政大臣

明日よりは志賀の花園まれにだに誰かは訪はむ春のふるさと

夏歌

175 題知らず 持統天皇御歌

春過ぎて夏来にけらししろたへの衣ほすてふあまのかぐ山

176 題知らず 素性法師

惜しめどもとまらぬ春もあるものをいはぬにきたる夏衣かな

177 更衣をよみ侍りける 前大僧正慈円

散りはてて花のかげなきこのもとにたつことやすき夏衣かな

178 春を送りて昨日のごとしといふことを 源道済

夏衣きていくかにかなりぬらむ残れる花は今日も散りつつ

179 夏のはじめの歌とてよみ侍りける 皇太后宮大夫俊成女

折りふしもうつればかへつ世の中の人のこころの花染の袖

180 卯花如月といへる心をよませ給ひける 白河院御歌

卯の花のむらむら咲ける垣根をば雲間の月のかげかとぞ見る

181 題知らず 大宰大弐重家

卯の花の咲きぬる時はしろたへの波もてゆへる垣根とぞ見る

182 齋院に侍りける時神館にて 式子内親王

忘れめやあふひを草にひき結びかりねの野辺の露のあけぼの

183 葵をよめる 小侍従

いかなればそのかみ山のあふひ草年は経れども二葉なるらむ

184 最勝四天王院の障子に淺香の沼かきたる所 藤原雅経

野辺はいまだ浅香の沼に刈る草のかつみるままに茂る頃かな

185 崇徳院に百首歌奉りける時夏の歌 持賢門院安芸

桜あさのをふの下草しげれただあかで別れし花の名なれば

186 題知らず 曾禰好忠

花散りし庭の木の間もしげりあひてあまてる月の影ぞ稀なる

187 題知らず 曾禰好忠

かりにくと恨みし人の絶えにしを草葉につけてしのぶ頃かな

188 題知らず 藤原元真

夏草は茂りにけりなたまぼこの道行き人もむすぶばかりに

189 題知らず 延喜御歌

夏草は茂りにけれどほととぎすなどわがやどに一声もせぬ

190 題知らず 柿本人麿

なく声をえやは忍ばぬほととぎす初卯の花のかげにかくれて

191 賀茂に詣でて侍りけるに人の時鳥鳴かなむと申しける曙片岡の梢をかしく見え侍りければ 紫式部

郭公こゑ待つほどはかた岡の森のしづくに立ちや濡れまし

192 賀茂に籠りたりける暁ほととぎすの鳴きければ 弁乳母

郭公み山出づなるはつこゑをいづれの里のたれか聞くらむ

193 題知らず よみ人知らず

五月山卯の花月夜ほととぎす聞けども飽かずまたなかむかも

194 題知らず よみ人知らず

おのがつま恋ひつつ鳴くや五月やみ神なび山の山ほととぎす

195 題知らず 中納言家持

郭公一こゑ鳴きていぬる夜はいかでか人のいをやすくぬる

196 題知らず 大中臣能宣朝臣

郭公鳴きつつ出づるあしびきのやまと撫子咲きにけらしな

197 題知らず 大納言経信

二声と鳴きつと聞かば郭公ころもかたしきうたた寝はせむ

198 待客聞時鳥といへる心を 白河院御歌

郭公まだうちとけぬしのびねは来ぬ人を待つわれのみぞ聞く

199 題知らず 花園左大臣

聞きてしも猶ぞ寝られぬほととぎす待ちし夜頃の心ならひに

200 神館にてほととぎすを聞きて 前中納言匡房

卯の花のかきねならねど時鳥月のかつらのかげになくなり

201 入道前關白右大臣に侍りける時百首歌よませ侍りける時鳥の歌 皇太后宮大夫俊成

むかし思ふ草のいほりのよるの雨涙な添へそ山ほととぎす

202 入道前關白右大臣に侍りける時百首歌よませ侍りける時鳥の歌 皇太后宮大夫俊成

雨そそぐ花たちばなに風すぎてやまほととぎす雲に鳴くなり

203 題知らず 相模

聞かでただ寝なましものを郭公なかなかなりや夜半の一声

204 題知らず 紫式部

誰が里も訪ひもや来ると郭公こころのかぎり待ちぞわびにし

205 寛治八年前太政大臣高陽院歌合に時鳥を 周防内侍

夜をかさね待ちかね山のほととぎす雲居のよそに一声ぞ聞く

206 海邊時鳥といふことをよみ侍りける 按察使公通

二声と聞かずは出でじ郭公いく夜あかしのとまりなりとも

207 百首歌奉りし時夏歌の中に 民部卿範光

郭公なほひとこゑはおもひ出でよ老曾の森の夜半のむかしを

208 時鳥をよみける 八条院高倉

ひとこゑはおもひぞあへぬ郭公たそがれどきの雲のまよひに

209 千五百番歌合に 摂政太政大臣

有明のつれなく見えし月は出でぬ山郭公待つ夜ながらに

210 後徳大寺左大臣家に十首歌よみ侍りけるによみて遣しける 皇太后宮大夫俊成

わが心いかにせよとてほととぎす雲間の月の影に鳴くらむ

211 時鳥の心をよみ侍りける 前太政大臣

ほととぎす鳴きているさの山の端は月ゆゑよりもうらめしきかな

212 時鳥の心をよみ侍りける 権中納言親宗

有明の月は待たぬに出でぬれどなほ山ふかきほととぎすかな

213 社間時鳥といふことを 藤原保季朝臣

過ぎにけりしのだの森の郭公絶えぬしづくを袖にのこして

214 題知らず 藤原家隆朝臣

いかにせむ来ぬ夜あまたの郭公またじと思へばむらさめの空

215 百首歌奉りしに 式子内親王

声はして雲路にむせぶほととぎす涙やそそぐ宵のむらさめ

216 千五百番歌合に 権中納言公経

ほととぎす猶うとまれぬ心かな汝がなく里のよその夕ぐれ

217 題知らず 西行法師

聞かずともここをせにせむほととぎす山田の原の杉のむらだち

218 題知らず 西行法師

郭公ふかき峰より出でにけり外山のすそに声の落ち来る

219 山家暁時鳥といへる心を 後徳大寺左大臣

をざさふく賤のまろ屋のかりの戸をあけがたに鳴く郭公かな

220 五首歌人々によませ侍りける時、夏歌とてよみ侍りける 摂政太政大臣

うちしめりあやめぞかをる郭公啼くやさつきの雨のゆふぐれ

221 述懷に寄せて百首歌よみ侍りける時 皇太后宮大夫俊成

今日はまた菖蒲のねさへかけ添へて乱れぞまさる袖のしら玉

222 五月五日薬玉遣し侍りける人に 大納言経信

あかなくに散りにし花のいろいろは残りにけりな君が袂に

223 局ならびに住み侍りけるころ五月六日もろともにながめ 明してあしたに長き根を包みて紫式部に遣しける 上東門院小少将

なべて世のうきになかるる菖蒲草今日までかかるねはいかが見る

224 返し 紫式部

何ごととあやめはわかで今日もなほ袂に餘るねこそ絶えせね

225 山畦(さんけい)早苗といへる心を 大納言経信

さ苗とる山田のかけひ漏りにけりひくしめ縄に露ぞこぼるる

226 釈阿に九十賀給はせ侍りし時、屏風に五月雨 摂政太政大臣

小山田にひくしめ縄のうちはへて朽ちやしぬらむ五月雨の頃

227 題知らず 伊勢大輔

いかばかり田子の裳裾もそぼつらむ雲間も見えぬ頃の五月雨

228 題知らず 大納言経信

みしま江の入江の真菰雨降ればいとどしをれて刈る人もなし

229 題知らず 前中納言匡房

真菰かる淀の沢水ふかけれどそこまで月のかげはすみけり

230 雨中木繁といふ心を 藤原基俊

玉がしは茂りにけりなさみだれに葉守の神のしめはふるまで

231 百首歌よませ侍りけるに 入道前関白太政大臣

さみだれはをふの河原の真菰草からでや波のしたに朽ちなむ

232 五月雨の心を 藤原定家朝臣

たまぼこのみち行人のことづても絶えてほどふるさみだれの空

233 五月雨の心を 荒木田氏良

さみだれの雲のたえまをながめつつ窓より西に月を待つかな

234 百首歌奉りし時 前大納言忠良

あふち咲くそともの木蔭つゆおちて五月雨晴るる風わたるなり

235 五十首歌奉りし時 藤原定家朝臣

さみだれの月はつれなきみ山よりひとりも出づる郭公かな

236 大神宮に奉りし夏歌の中に 太上天皇

郭公くもゐのよそに過ぎぬなり晴れぬおもひのさみだれの頃

237 建仁元年三月歌合に雨後時鳥といへる心を 二条院讃岐

五月雨の雲間の月の晴れゆくを暫し待ちけるほととぎすかな

238 題知らず 皇太后宮大夫俊成

たれかまた花橘におもひ出でむわれもむかしの人となりなば

239 題知らず 右衛門督通具

行くすゑをたれしのべとて夕風に契りかおかむ宿のたちばな

240 百首歌奉りし時夏歌 式子内親王

かへり来ぬむかしを今とおもひ寝の夢の枕に匂ふたちばな

241 百首歌奉りし時夏歌 前大納言忠良

たちばなの花散る軒のしのぶ草むかしをかけて露ぞこぼるる

242 五十首歌奉りし時 前大僧正慈円

さつきやみみじかき夜半のうたたねに花橘のそでに涼しき

243 題知らず よみ人知らず

尋ぬべき人は軒端のふるさとにそれかとかをる庭のたちばな

244 題知らず よみ人知らず

郭公はなたちばなの香をとめて鳴くはむかしの人や恋しき

245 題知らず 皇太后宮大夫俊成女

橘のにほふあたりのうたたねは夢もむかしのそでの香ぞする

246 題知らず 藤原家隆朝臣

ことしより花咲き初むる橘のいかでむかしの香に匂ふらむ

247 守覺法親王五十首歌よませ侍りける時 藤原定家朝臣

夕ぐれはいづれの雲のなごりとて花たちばなに風の吹くらむ

248 堀河院御時、后の宮にて、閏五月郭公といふ心を、をのこどもつかうまつりけるに 権中納言国信

郭公さつきみなづきわきかねてやすらふ声ぞそらに聞ゆる

249 題知らず 白河院御歌

庭のおもは月漏らぬまでなりにけり梢に夏のかげしげりつつ

250 題知らず 恵慶法師

わが宿のそともに立てる楢の葉のしげみに涼む夏は来にけり

251 摂政太政大臣家百首歌合に、鵜川をよみ侍りける 前大僧正慈円

鵜飼舟あはれとぞ見るもののふのやそ宇治川の夕闇のそら

252 摂政太政大臣家百首歌合に、鵜川をよみ侍りける 寂蓮法師

鵜飼舟高瀬さし越す程なれやむすぼほれゆくかがり火の影

253 千五百番歌合に 皇太后宮大夫俊成

大井河かがりさし行く鵜飼舟いく瀬に夏の夜を明かすらむ

254 千五百番歌合に 藤原定家朝臣

ひさかたの中なる川の鵜飼舟いかに契りてやみを待つらむ

255 百首歌奉りし時 摂政太政大臣

いさり火の昔の光ほの見えてあしやの里に飛ぶほたるかな

256 百首歌奉りし時 式子内親王

窓近き竹の葉すさぶ風の音にいとどみじかきうたたねの夢

257 鳥羽にて竹風夜涼といふことを人々つかうまつりしに 春宮権大夫公継

窓ちかきいささむら竹風吹けば秋におどろく夏の夜のゆめ

258 五十首歌奉りし時 前大僧正慈円

むすぶ手にかげみだれゆく山の井のあかでも月の傾きにける

259 最勝四天王院の障子清見關かきたる所 左衛門督通光

清見がた月はつれなき天の戸を待たでもしらむ波の上かな

260 家百首歌合に 摂政太政大臣

かさねても涼しかりけり夏衣うすきたもとにやどる月かげ

261 摂政太政大臣家にて詩歌を合せけるに水邊自秋涼といふことをよみ侍り 藤原有家朝臣

すずしさは秋やかへりてはつせ川ふる川の辺の杉のしたかげ

262 題知らず 西行法師

道の辺に清水流るる柳かげしばしとてこそ立ちとまりつれ

263 題知らず 西行法師

よられつる野もせの草のかげろひてすずしく曇る夕立の空

264 崇徳院に百首歌奉りける時 藤原清輔朝臣

おのづから涼しくもあるか夏衣ひもゆふぐれの雨のなごりに

265 千五百番歌合に 権中納言公経

露すがる庭のたまざさうち靡きひとむら過ぎぬ夕立の雲

266 雲隔遠望といへる心をよみ侍りける 源俊頼朝臣

十市には夕立すらしひさかたの天の香具山雲隠れ行く

267 夏月をよめる 従三位頼政

庭の面はまだかわかぬに夕立の空さりげなく澄める月かな

268 百首歌中に 式子内親王

ゆふだちの雲もとまらぬ夏の日のかたぶく山に日ぐらしの声

269 千五百番歌合に 前大納言忠良

夕づく日さすや庵の柴の戸にさびしくもあるかひぐらしの声

270 百首歌奉りし時 摂政太政大臣

秋近きけしきの森に鳴く蝉のなみだの露や下葉染むらむ

271 百首歌奉りし時 二条院讃岐

鳴く蝉のこゑも涼しきゆふぐれに秋をかけたる森のした露

272 螢の飛びのぼるを見てよみ侍りける 壬生忠見

いづちとかよるは螢ののぼるらむ行く方知らぬ草のまくらに

273 五十首歌奉りし時 摂政太政大臣

螢飛ぶ野沢にしげるあしの根の夜な夜なしたにかよふ秋風

274 刑部卿頼輔歌合し侍りけるに納涼をよみ侍りける 俊恵法師

ひさぎおふる片山蔭にしのびつつ吹きけるものを秋の夕風

275 瞿麦露滋といふことを 高倉院御歌

白露の玉もて結へるませのうちに光さへ添ふとこなつの花

276 夕顔をよめる 前太政大臣

白露のなさけ置きけることの葉やほのぼの見えし夕顏の花

277 百首歌よみ侍りける中に 式子内親王

黄昏の軒端の荻にともすればほに出でぬ秋ぞ下にこととふ

278 夏の歌とてよみ侍りける 前大僧正慈円

雲まよふ夕べに秋をこめながらかぜもほに出でぬ荻のうへかな

279 太神宮に奉りし夏の歌の中に 太上天皇

山里のみねのあまぐもとだえしてゆふべ涼しきまきのした露

280 文治六年女御入内屏風に 入道前関白太政大臣

岩井汲むあたりの小笹たま越えてかつがつ結ぶ秋のゆふ露

281 千五百番歌合に 宮内卿

片枝さす麻生の浦梨はつ秋になりもならずも風ぞ身にしむ

282 百首歌奉りし時 前大僧正慈円

夏衣かたへ涼しくなりぬなり夜や更けぬらむゆきあひの空

283 延喜御時、月次屏風に 壬生忠岑

夏はつる扇と秋のしら露といづれかまづはおきまさるらむ

284 延喜御時月次の屏風に 紀貫之

みそぎする河の瀬見れば唐衣ひもゆふぐれに波ぞたちける

秋歌上

285 題しらず 中納言家持

神なびのみむろの山の葛かづらうら吹きかへす秋は来にけり

286 百首歌に、初秋の心を 崇徳院御歌

いつしかと荻の葉むけの片よりにそそや秋とぞ風も聞ゆる

287 百首歌に、初秋の心を 藤原季通朝臣

この寝ぬる夜の間に秋は来にけらし朝けの風の昨日にも似ぬ

288 文治六年女御入内屏風に 後徳大寺左大臣

いつも聞く麓の里とおもへども昨日にかはる山おろしの風

289 百首歌よみ侍りける中に 藤原家隆朝臣

昨日だに訪はむと思ひし津の国の生田の森に秋は来にけり

290 最勝四天王院の障子に、高砂かきたるところ 藤原秀能

吹く風の色こそ見えねたかさごの尾の上の松に秋は来にけり

291 百首歌たてまつりし時 皇太后宮大夫俊成

伏見山松のかげよりみわたせばあくるたのもに秋風ぞ吹く

292 守覚法親王、五十首歌よませ侍りける時 藤原家隆朝臣

明けぬるかころもで寒しすがはらや伏見の里の秋の初風

293 千五百番歌合に 摂政太政大臣

深草の露のよすがをちぎりにて里をばかれず秋は来にけり

294 千五百番歌合に 右衛門督通具

あはれまたいかに忍ばむ袖のつゆ野原の風に秋は来にけり

295 千五百番歌合に 源具親

しきたへの枕のうへに過ぎぬなり露を尋ぬる秋のはつかぜ

296 千五百番歌合に 顕昭法師

みづぐきの岡の葛葉も色づきて今朝うらがなし秋のはつ風

297 千五百番歌合に 越前

秋はただこころより置くゆふ露を袖のほかとも思ひけるかな

298 五十首歌たてまつりし時、秋歌 藤原雅経

昨日までよそにしのびし下荻のすゑ葉の露にあき風ぞ吹く

299 題しらず 西行法師

おしなべて物をおもはぬ人にさへ心をつくる秋のはつかぜ

300 題しらず 西行法師

あはれいかに草葉の露のこぼるらむ秋風立ちぬ宮城野の原

301 崇徳院に百首歌たてまつりける時 皇太后宮大夫俊成

みしぶつき植ゑし山田に引板はへて又袖ぬらす秋は来にけり

302 中納言、中将に侍りける時、家に山家早秋といへる心をよませ侍りけるに 法性寺入道前関白太政大臣

朝霧や立田の山の里ならで秋来にけりとたれか知らまし

303 題しらず 中務卿具平親王

夕暮は荻吹く風のおとまさる今はたいかに寝覚せられむ

304 題しらず 後徳大寺左大臣

夕されば荻の葉むけを吹く風にことぞともなく涙落ちけり

305 崇徳院に百首歌たてまつりける時 皇太后宮大夫俊成

荻の葉も契ありてや秋風のおとづれそむるつまとなりけむ

306 題しらず 七条院権大夫

秋来ぬと松吹く風も知らせけりかならず荻のうは葉ならねど

307 題を探りて、これかれ歌よみけるに、信太のもりの秋風をよめる 藤原経衡

日を経つつ音こそまされいづみなる信太の森の千枝の秋かぜ

308 百首歌に 式子内親王

うたたねの朝けの袖にかはるなりならすあふぎの秋の初風

309 題しらず 相模

手もたゆくならす扇のおきどころわするばかりに秋風ぞ吹く

310 題しらず 大弐三位

秋風は吹きむすべども白露のみだれて置かぬ草の葉ぞなき

311 題しらず 曾禰好忠

朝ぼらけ荻のうは葉の露みればややはださむし秋のはつかぜ

312 題しらず 小野小町

吹きむすぶ風はむかしの秋ながらありしにも似ぬ袖の露かな

313 延喜御時、月次屏風に 紀貫之

大空をわれもながめて彦星の妻待つ夜さへひとりかも寝む

314 題しらず 山部赤人

この夕べ降りくる雨は彦星のと渡るふねのかいのしづくか

315 宇治前関白太政大臣の家に、七夕の心をよみ侍りけるに 権大納言長家

年を経て住むべき宿のいけ水は星合のかげも面馴れやせむ

316 花山院御時、七夕の歌つかうまつりけるに 藤原長能

袖ひぢてわが手に結ぶ水のおもにあまつ星合の空を見るかな

317 七月七日、たなばた祭する所にてよみける 祭主輔親

雲間よりほしあひの空見渡せばしづこころなき天の川波

318 七夕の歌とてよみ侍りける 大宰大弐高遠

たなばたの天の羽衣うちかさね寝る夜すずしき秋風ぞ吹く

319 七夕の歌とてよみ侍りける 小弁

たなばたの衣のつまはこころして吹きなかへしそ秋の初風

320 七夕の歌とてよみ侍りける 皇太后宮大夫俊成

たなばたのと渡る舟の梶の葉にいく秋かきつ露のたまづさ

321 百首歌のなかに 式子内親王

ながむればころもですずしひさかたの天の河原の秋の夕ぐれ

322 家に百首歌よみ侍りける時 入道前関白太政大臣

いかばかり身にしみぬらむたなばたのつま待つ宵の天の川風

323 七夕の心を 権中納言公経

星あひの夕べすずしきあまの河もみぢの橋をわたる秋かぜ

324 七夕の心を 待賢門院堀河

たなばたのあふ瀬絶えせぬ天の河いかなる秋か渡り初めけむ

325 七夕の心を 女御徽子女王

わくらばに天の川浪よるながら明くる空にはまかせずもがな

326 七夕の心を 大中臣能宣朝臣

いとどしく思ひ消ぬべしたなばたの別のそでにおける白露

327 中納言兼輔家屏風に 紀貫之

たなばたは今やわかるるあまの河かは霧立ちて千鳥鳴くなり

328 堀河院御時百首歌中に、萩をよみ侍ける 前中納言匡房

河水に鹿のしがらみかけてけり浮きてながれぬ秋萩のはな

329 題しらず 従三位頼政

狩衣われとは摺らじ露しげき野原の萩のはなにまかせて

330 題しらず 権僧正永縁

秋萩を折らでは過ぎじ月くさの花ずりごろも露に濡るとも

331 守覚法親王、五十首歌よませ侍りけるに 顕昭法師

萩が花まそでにかけて高円のをのへの宮に領巾ふるやたれ

332 題しらず 祐子内親王家紀伊

置く露もしづこころなく秋風にみだれて咲ける真野の萩原

333 題しらず 柿本人麿

秋萩の咲き散る野辺の夕露に濡れつつ来ませ夜は更けぬとも

334 題しらず 中納言家持

さを鹿の朝立つ野辺の秋萩に玉と見るまで置けるしらつゆ

335 題しらず 凡河内躬恒

秋の野を分け行く露にうつりつつわが衣手は花の香ぞする

336 題しらず 小野小町

たれをかもまつちの山の女郎花秋とちぎれる人ぞあるらし

337 題しらず 藤原元真

女郎花野辺のふるさとおもひ出でて宿りし虫の声や恋しき

338 千五百番歌合に 左近中将良平

夕さればたま散る野辺の女郎花まくらさだめぬ秋風ぞ吹く

339 蘭をよめる 公猷法師

ふぢばかまぬしはたれともしら露のこぼれて匂ふ野べの秋風

340 崇徳院に百首歌たてまつりける時 藤原清輔朝臣

薄霧のまがきの花の朝じめり秋は夕べとたれかいひけむ

341 入道前関白、右大臣に侍りける時、百首歌よませ侍りけるに 皇太后宮大夫俊成

いとかくや袖はしをれし野辺に出でて昔も秋の花は見しかど

342 筑紫に侍りける時、秋野をみてよみ侍りける 大納言経信

花見にと人やりならぬ野辺に来て心のかぎりつくしつるかな

343 題しらず 曾禰好忠

おきてみむと思ひし程に枯れにけり露よりけなる朝顏の花

344 題しらず 紀貫之

山がつの垣ほに咲ける朝顏はしののめならで逢ふよしもなし

345 題しらず 坂上是則

うらがるる浅茅が原のかるかやの乱れて物を思ふころかな

346 題しらず 柿本人麿

さを鹿のいる野のすすき初尾花いつしか妹が手枕にせむ

347 題しらず よみ人知らず

をぐら山ふもとの野辺の花薄ほのかに見ゆる秋のゆふぐれ

348 題しらず 女御徽子女王

ほのかにも風は吹かなむ花薄むすぼほれつつ露にぬるとも

349 百首歌に 式子内親王

花薄まだ露ふかし穂に出でばながめじとおもふ秋のさかりを

350 摂政太政大臣、百首歌よませ侍けるに 八条院六条

野辺ごとにおとづれわたる秋風をあだにもなびく花薄かな

351 和歌所歌合に、朝草花といふことを 左衛門督通光

明けぬとて野辺より山に入る鹿のあと吹きおくる萩の下風

352 題しらず 前大僧正慈円

身にとまる思を荻のうは葉にてこのごろかなし夕ぐれの空

353 崇徳院御時、百首歌めしけるに、荻を 大蔵卿行宗

身のほどをおもひつづくる夕ぐれの荻の上葉に風わたるなり

354 秋歌よみ侍りけるに 源重之女

秋はただものをこそ思へ露かかる荻のうへ吹く風につけても

355 堀河院に百首歌たてまつりける時 藤原基俊

秋風のややはださむく吹くなべに荻の上葉のおとぞかなしき

356 百首歌たてまつりし時 摂政太政大臣

荻の葉に吹けば嵐の秋なるを待ちける夜半のさをしかの声

357 百首歌たてまつりし時 摂政太政大臣

おしなべて思ひしことのかずかずになほ色まさる秋の夕暮

358 題しらず 摂政太政大臣

暮れかかるむなしき空の秋を見ておぼえずたまる袖の露かな

359 家に百首歌合し侍けるに 摂政太政大臣

物おもはでかかる露やは袖に置くながめてけりな秋の夕暮

360 をのこども詩を作りて歌にあはせ侍しに、山路秋行といふことを 前大僧正慈円

み山路やいつより秋の色ならむ見ざりし雲のゆふぐれの空

361 題しらず 寂蓮法師

さびしさはその色としもなかりけりまき立つ山の秋の夕暮

362 題しらず 西行法師

心なき身にもあはれは知られけりしぎたつ沢の秋の夕ぐれ

363 西行法師すゝめて百首歌よませ侍りけるに 藤原定家朝臣

見わたせば花も紅葉もなかりけり浦のとまやの秋の夕ぐれ

364 五十首歌たてまつりし時 藤原雅経

たへでやは思ありともいかがせむ葎のやどの秋のゆふぐれ

365 秋歌とてよみ侍ける 宮内卿

思ふことさしてそれとはなきもの秋の夕べを心にとぞとふ

366 秋歌とてよみ侍ける 鴨長明

秋風のいたりいたらぬ袖はあらじただわれからの露の夕暮

367 秋歌とてよみ侍ける 西行法師

おぼつかな秋はいかなる故のあればすずろに物の悲しかるらむ

368 秋歌とてよみ侍ける 式子内親王

それながら昔にもあらぬ秋風にいとどながめをしづのをだまき

369 題しらず 藤原長能

ひぐらしのなく夕暮ぞ憂かりけるいつもつきせぬ思なれども

370 題しらず 和泉式部

秋来れば常磐の山の松風もうつるばかりに身にぞしみける

371 題しらず 曾禰好忠

秋風の四方に吹き来る音羽山なにの草木かのどけかるべき

372 題しらず 相模

あかつきの露もなみだもとどまらで恨むる風の声ぞのこれる

373 法性寺入道前関白太政大臣家の歌合に、野風 藤原基俊

高円の野路のしの原末さわぎそそや木がらし今日吹きぬなり

374 千五百番歌合に 右衛門督通具

ふかくさの里の月かげさびしさもすみこしままの野辺の秋風

375 五十首歌たてまつりし時、杜間月といふことを 皇太后宮大夫俊成女

大荒木のもりの木の間をもりかねて人だのめなる秋の夜の月

376 守覚法親王、五十首歌よませ侍けるに 藤原家隆朝臣

有明の月待つやどの袖のうへに人だのめなる宵のいなづま

377 摂政太政大臣家百首歌合に 藤原有家朝臣

風わたる浅茅がすゑの露にだにやどりもはてぬ宵のいなづま

378 水無瀬にて十首歌たてまつりし時 左衛門督通光

武蔵野や行けども秋のはてぞなきいかなる風か末に吹くらむ

379 百首歌たてまつりし時、月歌 前大僧正慈円

いつまでかなみだくもらで月は見し秋待ちえても秋ぞ恋しき

380 百首歌たてまつりし時、月歌 式子内親王

ながめわびぬ秋より外の宿もがな野にも山にも月やすむらむ

381 題しらず 円融院御歌

月影の初秋風とふきゆけばこころづくしにものをこそ思へ

382 題しらず 三条院御歌

あしびきの山のあなたに住む人は待たでや秋の月を見るらむ

383 雲間徴月といふ事を 堀河院御歌

しきしまや高円山の雲間よりひかりさしそふゆみはりの月

384 題しらず 堀河右大臣

人よりも心のかぎりながめつる月はたれともわかじものゆゑ

385 題しらず 橘為仲朝臣

あやなくも曇らぬ宵をいとふかなしのぶの里の秋の夜の月

386 題しらず 法性寺入道前関白太政大臣

風吹けば玉散る萩のした露にはかなくやどる野辺の月かな

387 題しらず 従三位頼政

今宵たれすず吹く風を身にしめて吉野の嶽の月を見るらむ

388 法性寺入道前関白太政大臣家に、月歌あまたよみ侍けるに 大宰大弐重家

月見れば思ひぞあへぬ山高みいづれの年の雪にかあるらむ

389 和歌所の歌合に、湖辺月といふことを 藤原家隆朝臣

鳰のうみや月のひかりのうつろへば浪の花にも秋は見えけり

390 百首歌たてまつりし時 前大僧正慈円

ふけゆかばけぶりもあらじしほがまのうらみなはてそ秋の夜の月

391 題しらず 皇太后宮大夫俊成女

ことわりの秋にはあへぬ涙かな月のかつらもかはるひかりに

392 題しらず 藤原家隆朝臣

ながめつつ思ふも寂しひさかたの月のみやこの明けがたの空

393 五十首歌たてまつりし時、月前草花 摂政太政大臣

故郷のもとあらのこ萩咲きしより夜な夜な庭の月ぞうつろふ

394 建仁元年三月歌合に、山家秋月といふことをよみ侍し 摂政太政大臣

時しもあれふるさと人はおともせでみ山の月に秋風ぞ吹く

395 八月十五夜和歌所歌合に、深山月といふことを 摂政太政大臣

深からぬ外山の庵のねざめだにさぞな木の間の月はさびしき

396 月前風 寂蓮法師

月は猶もらぬ木の間もすみよしの松をつくして秋風ぞ吹く

397 月前風 鴨長明

ながむればちぢにもの思ふ月にわが身一つの嶺の松かぜ

398 山月といふことをよみ侍ける 藤原秀能

あしびきの山路の苔の露のうへにねざめ夜深き月をみるかな

399 八月十五夜和歌所歌合に、海辺秋月といふことを 宮内卿

心あるをじまの海士のたもとかな月宿れとは濡れぬものから

400 八月十五夜和歌所歌合に、海辺秋月といふことを 宜秋門院丹後

わすれじな難波の秋の夜半の空こと浦にすむ月は見るとも

401 八月十五夜和歌所歌合に、海辺秋月といふことを 鴨長明

松島やしほ汲む海士の秋の袖月はもの思ふならひのみかは

402 題しらず 七条院大納言

こと問はむ野島が崎のあまごろも波と月とにいかがしをるる

403 和歌所の歌合に、海辺月を 藤原家隆朝臣

秋の夜の月やをじまのあまのはら明けがたちかき沖の釣舟

404 題しらず 前大僧正慈円

憂き身にはながむるかひもなかりけり心に曇る秋の夜の月

405 題しらず 大江千里

いづくにか今宵の月の曇るべきをぐらの山も名をやかふらむ

406 題しらず 源道済

心こそあくがれにけれ秋の夜のよふかき月をひとり見しより

407 題しらず 上東門院小少将

かはらじな知るも知らぬも秋の夜の月待つほどの心ばかりは

408 題しらず 和泉式部

たのめたる人はなけれど秋の夜は月見て寝べきここちこそせね

409 月を見てつかはしける 藤原範永朝臣

見る人の袖をぞしぼる秋の夜は月にいかなるかげか添ふらむ

410 返し 相模

身に添へるかげとこそ見れ秋の月袖にうつらぬをりしなければ

411 永承四年内裏歌合に 大納言経信

月影の澄みわたるかな天の原雲吹きはらふ夜半のあらしに

412 題しらず 左衛門督通光

たつた山夜半にあらしの松吹けば雲にはうときみねの月かげ

413 崇徳院に百首歌たてまつりけるに 左京大夫顕輔

秋風にたなびく雲のたえまよりもれ出づる月の影のさやけさ

414 題しらず 道因法師

山の端に雲のよこぎる宵の間は出でても月ぞなほ待たれける

415 題しらず 殷富門院大輔

眺めつつ思ふに濡るるたもとかないくよかは見む秋の夜の月

416 題しらず 式子内親王

宵の間にさてもやぬべき月ならば山の端近きものは思はじ

417 題しらず 式子内親王

ふくるまでながむればこそ悲しけれ思ひもいれじ秋の夜の月

418 五十首歌たてまつりし時 摂政太政大臣

雲はみなはらひはてたる秋風を松にのこして月をみるかな

419 家に月五十首歌よませ侍ける時 摂政太政大臣

月だにもなぐさめがたき秋の夜のこころも知らぬ松の風かな

420 家に月五十首歌よませ侍ける時 藤原定家朝臣

さむしろや待つ夜の秋の風ふけて月をかたしく宇治の橋姫

421 題しらず 右大将忠経

秋の夜のながきかひこそなかりけれまつにふけぬる有明の月

422 五十首歌たてまつりし時、野径月 摂政太政大臣

行くすゑは空もひとつのむさし野に草の原より出づる月かげ

423 雨後月 宮内卿

月をなほ待つらむものかむらさめの晴れゆく雲のすゑの里人

424 題しらず 右衛門督通具

秋の夜はやどかる月も露ながら袖に吹きこす荻のうはかぜ

425 題しらず 源家長

秋の月しのにやどかる影たけておざさが原に露ふけにけり

426 元久元年八月十五夜、和歌所にて、田家見月といふ事を 前太政大臣

風わたる山田のいほをもる月や穂波にむすぶ氷なるらむ

427 和歌所歌合に、田家月を 前大僧正慈円

雁の来る伏見の小田に夢覚めて寝ぬ夜の庵に月をみるかな

428 和歌所歌合に、田家月を 皇太后宮大夫俊成女

稲葉吹く風にまかせて住む庵は月ぞまことにもりあかしける

429 題しらず 皇太后宮大夫俊成女

あくがれて寝ぬ夜の塵のつもるまで月にはらはぬ床のさむしろ

430 題しらず 大中臣定雅

秋の田のかりねの床のいなむしろ月やどれともしける露かな

431 崇徳院御時、百首歌めしけるに 左京大夫顕輔

秋の田に庵さす賤の苫をあらみつきとともにやもり明かすらむ

432 百首歌たてまつりし秋歌に 式子内親王

秋の色はまがきにうとくなりゆけど手枕馴るるねやの月かげ

433 秋の歌のなかに 太上天皇

秋の露やたもとにいたく結ぶらむ長き夜飽かずやどる月かな

434 千五百番歌合に 左衛門督通光

さらにまた暮をたのめと明けにけりつきはつれなき秋の夜の空

435 経房卿家歌合に、暁月の心をよめる 二条院讃岐

おほかたの秋のねざめの露けくはまた誰が袖にありあけの月

436 五十首歌たてまつりし時 藤原雅経

払ひかねさこそは露のしげからめ宿るか月の袖のせばきに

秋歌下

437 和歌所にて、をのこども歌よみ侍りしに、夕べの鹿といふことを 藤原家隆朝臣

下紅葉かつ散る山の夕時雨濡れてやひとり鹿の鳴くらむ

438 百首歌奉りし時 入道左大臣

山おろしに鹿の音高く聞ゆなり尾上の月にさ夜や更けぬる

439 百首歌奉りし時 寂蓮法師

野分せし小野の草ぶし荒れはててみ山に深きさをしかの声

440 題知らず 俊恵法師

嵐吹く真葛が原に啼く鹿はうらみてのみや妻を恋ふらむ

441 題知らず 前中納言匡房

妻恋ふる鹿のたちどを尋ぬればさやまが裾に秋かぜぞ吹く

442 百首歌奉りし時秋の歌 惟明親王

み山べの松のこずゑをわたるなり嵐にやどすさをしかの声

443 晩聞鹿といふことをよみ侍りし 土御門内大臣

われならぬ人もあはれやまさるらむ鹿鳴く山の秋のゆふぐれ

444 百首歌よみ侍りけるに 摂政太政大臣

たぐへくる松の嵐やたゆむらむおのえにかへるさを鹿の声

445 千五百番歌合に 前大僧正慈円

鳴く鹿の声に目ざめてしのぶかな見はてぬ夢の秋の思を

446 家に歌合し侍りけるに鹿をよめる 権中納言俊忠

夜もすがらつまどふ鹿の鳴くなべに小萩が原の露ぞこぼるる

447 題知らず 源道済

寝覚して久しくなりぬ秋の夜は明けやしぬらむ鹿ぞ鳴くなる

448 題知らず 西行法師

小山田の庵ちかく鳴く鹿の音におどろかされて驚かすかな

449 白河院鳥羽におはしましけるに田家秋興といへることを人々よみ侍りけるに 中宮大夫師忠

やまざとの稲葉の風に寝覚して夜ふかく鹿の声を聞くかな

450 郁芳門院の前栽合によみ侍りける 藤原顕綱朝臣

ひとり寝やいとど寂しきさを鹿の朝臥す小野の葛のうら風

451 題知らず 俊恵法師

立田山梢まばらになるままに深くも鹿のそよぐなるかな

452 祐子内親王家歌合の後、鹿の歌よみ侍りけるに 権大納言長家

過ぎて行く秋の形見にさを鹿のおのが鳴く音も惜しくやあるらむ

453 摂政太政大臣家の百首歌合に 前大僧正慈円

わきてなど庵守る袖のしをるらむ稲葉にかぎる秋の風かは

454 題知らず よみ人知らず

秋田守る仮庵つくりわがをればころも手さむみ露ぞ置きくる

455 題知らず 前中納言匡房

秋来ればあさけの風の手をさむみ山田の引板を任せてぞきく

456 題知らず 善滋為政朝臣

郭公鳴くさみだれに植ゑし田をかりがねさむみ秋ぞ暮れぬる

457 題知らず 中納言家持

今よりは秋風寒くなりぬべしいかでかひとり長き夜を寝む

458 題知らず 柿本人麿

秋しあれば雁のつばさに霜振りて寒き夜な夜な時雨さへ降る

459 題知らず 柿本人麿

さを鹿のつまどふ山の岡べなる早稲田は刈らじ霜は置くとも

460 題知らず 紀貫之

刈りてほす山田の稲は袖ひぢて植ゑしさ苗と見えずもあるかな

461 題知らず 菅贈太政大臣

草葉には玉と見えつつわび人の袖のなみだの秋のしらつゆ

462 題知らず 中納言家持

わが宿の尾花がすゑにしら露の置きし日よりぞ秋風も吹く

463 題知らず 恵慶法師

秋といへば契り置きてや結ぶらむ浅茅が原の今朝のしら露

464 題知らず 柿本人麿

秋されば置くしら露にわがやどの浅茅が上葉色づきにけり

465 題知らず 天暦御歌

おぼつかな野にも山にも白露のなにごとをかは思ひおくらむ

466 後冷泉院のみこの宮と申しける時尋野花といへる心を 堀河右大臣

露繁み野辺を分けつつから衣濡れてぞかへる花のしづくに

467 閑庭露滋といふことを 藤原基俊

庭のおもにしげる蓬にことよせて心のままに置ける露かな

468 白河院にて野草露繁といへる心ををのこどもつかまつりけるに 贈左大臣長実

秋の野の草葉おしなみ置く露に濡れてや人の尋ね行くらむ

469 百首歌奉りし時 寂蓮法師

物思ふそでより露やならひけむ秋風吹けば堪へぬものとは

470 秋の歌中に 太上天皇

露は袖に物思ふ頃はさぞな置くかならず秋のならひならねど

471 秋の歌中に 太上天皇

野原より露のゆかりをたづね来てわが衣手に秋かぜぞ吹く

472 題知らず 西行法師

きりぎりす夜寒に秋のなるままに弱るか声の遠ざかり行く

473 守覚法親王家五十首歌中に 藤原家隆朝臣

虫の音もながき夜飽かぬふるさとになほ思ひそふ松風ぞ吹く

474 百首歌中に 式子内親王

跡もなき庭の浅茅にむすぼほれ露のそこなる松虫のこゑ

475 題知らず 藤原輔尹朝臣

秋風は身にしむばかり吹きにけり今や打つらむ妹がさごろも

476 題知らず 前大僧正慈円

衣うつおとは枕にすがはらやふしみの夢をいく夜のこしつ

477 千五百番歌合に秋歌 権中納言公経

衣うつみ山の庵のしばしばも知らぬゆめ路にむすぶ手枕

478 和歌所歌合に月のもとに衣を打つといふことを 摂政太政大臣

里は荒れて月やあらぬと恨みてもたれ浅茅生に衣打つらむ

479 和歌所歌合に、月のもとに衣をうつといふことを 宮内卿

まどろまで眺めよとてのすさびかな麻のさ衣月にうつ声

480 千五百番歌合に 藤原定家朝臣

秋とだにわすれむと思ふ月影をさもあやにくにうつ衣かな

481 擣衣をよみ侍りける 大納言経信

故里に衣うつとは行く雁や旅のそらにも鳴きて告ぐらむ

482 中納言兼輔家屏風歌 紀貫之

雁なきて吹く風さむみ唐衣君待ちがてにうたぬ夜ぞなき

483 擣衣の心を 藤原雅経

みよし野の山の秋風さ夜ふけてふるさと寒くころもうつなり

484 擣衣の心を 式子内親王

千たびうつ砧のおとに夢さめて物おもふ袖の露ぞくだくる

485 百首歌奉りし時 式子内親王

ふけにけり山の端ちかく月さえてとをちの里に衣うつこゑ

486 九月十三日夜月くまなく侍りけるを詠めあかしてよみ侍りける 藤原道信朝臣

秋果つるさ夜ふけがたの月見れば袖ものこらず露ぞ置きける

487 百首歌奉りし時 藤原定家朝臣

ひとり寝る山鳥の尾のしだり尾に霜おきまよふ床の月かげ

488 摂政太政大臣、大将に侍りける時、月歌五十首よませ侍りけるに 寂蓮法師

ひと目見し野辺のけしきはうらがれて露のよすがに宿るつきかな

489 月の歌とてよみ侍りける 大納言経信

秋の夜はころもさむしろかさねても月の光にしく物ぞなき

490 九月ついたちがたに 花山院御歌

秋の夜ははや長月になりにけりことわりなりや寝覚せらるる

491 五十首歌奉りし時 寂蓮法師

村雨の露もまだひぬまきの葉に霧たちのぼる秋のゆふぐれ

492 秋の歌とて 太上天皇

さびしさはみ山の秋の朝ぐもり霧にしをるるまきの下露

493 河霧といふことを 左衛門督通光

あけぼのや川瀬の波のたかせ舟くだすか人の袖のあきぎり

494 堀河院御時百首歌奉りけるに霧をよめる 権大納言公実

ふもとをば宇治の川霧たち籠めて雲居に見ゆる朝日山かな

495 題知らず 曾禰好忠

やま里に霧のまがきのへだてずは遠方人の袖も見てまし

496 題知らず 清原深養父

鳴く雁の音をのみぞ聞く小倉山霧たち晴るる時にしなければ

497 題知らず 柿本人麿

垣ほなる荻の葉そよぎ秋風の吹くなるなべに雁ぞ鳴くなる

498 題知らず 柿本人麿

秋風に山飛び越ゆるかりがねのいや遠ざかり雲がくれつつ

499 題知らず 凡河内躬恒

はつ雁の羽かぜすずしくなるなべにたれか旅寝の衣かへさぬ

500 題知らず よみ人知らず

雁がねは風にきほひて過ぐれどもわが待つ人のことづてもなし

501 題知らず 西行法師

横雲の風にわかるるしののめに山飛びこゆる初雁の声

502 題知らず 西行法師

白雲をつばさにかけて行く雁の門田のおもの友したふなる

503 題知らず 前大僧正慈円

大江山傾く月のかげさえて鳥羽田の面に落つるかりがね

504 題知らず 朝恵法師

むら雲や雁の羽風に晴れぬらむ声聞く空に澄める月かげ

505 題知らず 皇太后宮大夫俊成女

吹きまよふ雲ゐをわたる初雁のつばさにならす四方の秋風

506 詩に合せし歌の中に山路秋行といへることを 藤原家隆朝臣

秋風の袖に吹きまく峰の雲をつばさにかけて雁も鳴くなり

507 五十首歌奉りし時、菊籬月といへる心を 宮内卿

霜を待つ籬の菊のよひの間に置きまよふいろは山の端の月

508 鳥羽院御時内裏より菊を召しけるに奉るとて結びつけ侍りける 花園左大臣室

九重にうつろひぬともしら菊のもとのまがきを思ひわするな

509 権中納言定頼

今よりはまた咲く花もなきものをいたくな置きそ菊の上の露

510 枯れゆく野べのきりぎりすを 中務卿具平親王

秋風にしをるる野辺の花よりも虫の音いたくかれにけるかな

511 題知らず 大江嘉言

寝覚する袖さへさむく秋の夜のあらし吹くなり松虫のこゑ

512 千五百番歌合に 前大僧正慈円

秋を経てあはれも露もふかくさの里とふものは鶉なりけり

513 千五百番歌合に 左衛門督通光

いり日さすふもとの尾花うちなびきたが秋風に鶉啼くらむ

514 題知らず 皇太后宮大夫俊成女

あだに散る露のまくらに臥しわびて鶉鳴くなる床の山かぜ

515 千五百番歌合に 皇太后宮大夫俊成女

とふ人もあらし吹きそふ秋は来て木の葉に埋む宿の道しば

516 千五百番歌合に 皇太后宮大夫俊成女

色かはる露をば袖に置き迷ひうらがれてゆく野辺の秋かな

517 秋の歌とて 太上天皇

秋ふけぬ鳴けや霜夜のきりぎりすやや影さむしよもぎふの月

518 百首歌奉りし時 摂政太政大臣

きりぎりす鳴くや霜夜のさむしろに衣かたしきひとりかも寝む

519 千五百番歌合に 春宮権大夫公継

寝覚する長月の夜の床さむみ今朝吹くかぜに霜や置くらむ

520 和歌所にて六首歌つかうまつりし時秋の歌 前大僧正慈円

秋ふかき淡路の島のありあけにかたぶく月をおくる浦かぜ

521 暮秋の心を 前大僧正慈円

長月もいくありあけになりぬらむ浅茅の月のいとどさびゆく

522 摂政太政大臣、左大将に侍りける時、百首歌よませ侍りけるに 寂蓮法師

鵲の雲のかけはし秋暮れて夜半には霜や冴えわたるらむ

523 櫻のもみぢはじめたるを見て 中務卿具平親王

いつの間に紅葉しぬらむ山ざくら昨日か花の散るを惜しみし

524 紅葉透霧といふことを 高倉院御歌

薄霧のたちまふ山のもみぢ葉はさやかならねどそれと見えける

525 秋歌とてよめる 八条院高倉

神なびのみむろの梢いかならむなべての山も時雨するころ

526 最勝四天王院の障子に鈴鹿川かきたる所 太上天皇

鈴鹿川ふかき木の葉に日かずへて山田の原の時雨をぞ聞く

527 入道前關白太政大臣家に百首歌よみ侍りけるに紅葉を 皇太后宮大夫俊成

心とや紅葉はすらむたつた山松は時雨に濡れぬものかは

528 大堰川にまかりて紅葉見侍りけるに 藤原輔尹朝臣

思ふ事なくてぞ見ましもみぢ葉をあらしの山の麓ならずは

529 題知らず 曾禰好忠

入日さす佐保の山べのははそ原曇らぬ雨とこの葉降りつつ

530 百首歌奉りし時 宮内卿

立田山あらしや峰によわるらむわたらぬ水も錦絶えけり

531 左大将に侍りける時、家に百首歌合し侍りけるに、柞(ははそ)をよみ侍りける 摂政太政大臣

柞原しづくも色やかはるらむ森のしたくさ秋ふけにけり

532 左大将に侍りける時、家に百首歌合し侍りけるに、柞(ははそ)をよみ侍りける 藤原定家朝臣

時わかぬ浪さへ色にいづみ川ははその森にあらし吹くらし

533 障子の絵に、荒れたる宿に紅葉散りたる所をよめる 源俊頼朝臣

故郷は散るもみぢ葉にうづもれて軒のしのぶに秋風ぞ吹く

534 百首歌奉りし、秋歌 式子内親王

桐の葉もふみ分けがたくなりにけり必ず人を待つとならねど

535 題知らず 曾禰好忠

人は来ず風に木の葉は散りはてて夜な夜な虫の声よわるなり

536 守覺法親王家五十首歌よみ侍りけるに 春宮権大夫公継

もみぢ葉の色にまかせて常磐木も風にうつろふ秋の山かな

537 千五百番歌合に 藤原家隆朝臣

露時雨もる山かげのした紅葉濡るとも折らむ秋のかたみに

538 西行法師

松にはふ正木のかづら散りにけり外山の秋は風すさぶらむ

539 法性寺入道前関白太政大臣家歌合に 前参議親隆

鶉鳴く交野に立てる櫨紅葉散りぬばかりに秋かぜぞ吹く

540 百首歌奉りし時 二条院讃岐

散りかかる紅葉の色は深けれど渡ればにごるやまがはの水

541 題知らず 柿本人麿

飛鳥川もみぢ葉ながる葛城の山の秋かぜ吹きぞしくらし

542 題知らず 権中納言長方

あすか川瀬々に波よるくれなゐや葛城山のこがらしのかぜ

543 長月の頃、水無瀬に日頃侍りけるに、嵐の山の紅葉、涙にたぐふよし、申し遣はして侍りける人の返り事に 権中納言公経

もみぢ葉をさこそあらしの払ふらめこの山もとも雨と降るなり

544 家に百首歌合し侍りける時 摂政太政大臣

立田姫いまはのころの秋かぜにしぐれをいそぐ人の袖かな

545 千五百番歌合に 権中納言兼宗

行く秋の形見なるべきもみぢ葉も明日は時雨と降りやまがはむ

546 紅葉見にまかりてよみ侍りける 前大納言公任

うち群れて散るもみぢ葉を尋ぬれば山路よりこそ秋はゆきけれ

547 津の國に侍りけるころ道濟がもとに遣しける 能因法師

夏草のかりそめにとて来しかども難波のうらに秋ぞ暮れぬる

548 暮の秋思ふこと侍りけるころ 能因法師

かくしつつ暮れぬる秋と老いぬれどしかすがに猶物ぞ悲しき

549 五十首歌よませ侍りけるに 守覚法親王

身にかへていざさは秋を惜しみ見むさらでももろき露の命を

550 閏九月盡の心を 前太政大臣

なべて世の惜しさにそへて惜しむかな秋より後の秋の限りを

冬歌

551 千五百番歌合に初冬の心をよめる 皇太后宮大夫俊成

おきあかす秋のわかれの袖の露霜こそむすべ冬や来ぬらむ

552 天暦の御時、神な月といふ事を上におきて、歌つかうまつりけるに 藤原高光

神無月風にもみぢの散る時はそこはかとなくものぞ悲しき

553 題知らず 源重之

名取川やなせの浪ぞ騒ぐなる紅葉やいとどよりてせくらむ

554 後冷泉院御時、うへのをのこども、大井河にまかりて、紅葉浮水といへる心をよみ侍りける 藤原資宗朝臣

いかだ士よ待てこと問はむ水上はいかばかり吹く山の嵐ぞ

555 後冷泉院御時、うへのをのこども、大井河にまかりて、紅葉浮水といへる心をよみ侍りける 大納言経信

散りかかる紅葉流れぬ大井河いづれゐぜきの水のしがらみ

556 大堰川にまかりて落葉滿水といへる心をよみ侍りける 藤原家経朝臣

高瀬舟しぶくばかりにもみぢ葉の流れてくだる大井河かな

557 深山落葉といへる心を 源俊頼朝臣

日暮るれば逢ふ人もなしまさき散る峰の嵐の音ばかりして

558 題知らず 藤原清輔朝臣

おのづから音するものは庭の面に木の葉吹きまく谷の夕風

559 春日社歌合に落葉といふことをよみて奉りし 前大僧正慈円

木の葉散る宿にかたしく袖の色をありとも知らでゆく嵐かな

560 春日社歌合に落葉といふことをよみて奉りし 右衛門督通具

木の葉散るしぐれやまがふわが袖にもろき涙の色と見るまで

561 春日社歌合に落葉といふことをよみて奉りし 藤原雅経

移りゆく雲にあらしの声すなり散るかまさ木のかづらきの山

562 春日社歌合に落葉といふことをよみて奉りし 七条院大納言

初時雨しのぶの山のもみぢ葉を嵐吹けとは染めずやありけむ

563 春日社歌合に落葉といふことをよみて奉りし 信濃

しぐれつつ袖もほしあへずあしびきの山の木の葉に嵐吹くころ

564 春日社歌合に落葉といふことをよみて奉りし 藤原秀能

山里の風すさまじきゆふぐれに木の葉みだれてものぞ悲しき

565 春日社歌合に落葉といふことをよみて奉りし 祝部成茂

冬の来て山もあらはに木の葉降りのこる松さへ峰にさびしき

566 五十首歌奉りし時 宮内卿

からにしき秋のかたみやたつた山散りあへぬ枝に嵐吹くなり

567 頼輔卿家歌合に落葉の心を 藤原資隆朝臣

時雨かと聞けば木の葉の降るものをそれにも濡るるわが袂かな

568 題知らず 法眼慶算

時しもあれ冬は葉守の神無月まばらになりぬもりの柏木

569 題知らず 津守国基

いつのまに空のけしきの変るらむはげしき今朝の木枯の風

570 題知らず 西行法師

月を待つたかねの雲は晴れにけりこころあるべき初時雨かな

571 題知らず 前大僧正覚忠

神無月木々の木の葉は散りはてて庭にぞ風のおとは聞ゆる

572 題知らず 藤原清輔朝臣

柴の戸に入日の影はさしながらいかにしぐるる山辺なるらむ

573 山家時雨といへる心を 藤原隆信朝臣

雲晴れてのちもしぐるる柴の戸や山風はらふ松のしたつゆ

574 寛平御時后宮の歌合に よみ人知らず

神無月しぐれ降るらし佐保山のまさきのかづら色まさりゆく

575 題知らず 中務卿具平親王

こがらしの音に時雨を聞きわかで紅葉にぬるる袂とぞ見る

576 題知らず 中納言兼輔

時雨降る音はすれども呉竹のなどよとともに色もかはらぬ

577 十月ばかり、常磐の杜を過ぐとて 能因法師

時雨の雨染めかねてけり山城のときはの杜のまきの下葉は

578 題知らず 清原元輔

冬を浅みまだき時雨とおもひしを堪へざりけりな老の涙も

579 鳥羽殿にて旅宿時雨といふことを 後白河院御歌

まばらなる柴のいほりに旅寝して時雨に濡るるさ夜衣かな

580 時雨を 前大僧正慈円

やよ時雨もの思ふ袖のなかりせば木の葉の後に何を染めまし

581 冬歌中に 太上天皇

深緑あらそひかねていかならむ間なくしぐれのふるの神杉

582 題知らず 柿本人麿

時雨の雨まなくし降ればまきの葉も争ひかねて色づきにけり

583 題知らず 和泉式部

世の中に猶もふるかなしぐれつつ雲間の月のいでやと思へど

584 百首歌奉りしに 二条院讃岐

折こそあれながめにかかる浮雲の袖も一つにうちしぐれつつ

585 題知らず 西行法師

秋篠やとやまの里やしぐるらむ生駒のたけに雲のかかれる

586 題知らず 道因法師

晴れ曇り時雨は定めなき物をふりはてぬるはわが身なりけり

587 千五百番歌合に冬歌 源具親

今はまた散らでもながふ時雨かなひとりふりゆく庭の松風

588 題知らず 俊恵法師

み吉野の山かき曇り雪ふればふもとの里はうちしぐれつつ

589 百首歌奉りし時 入道左大臣

まきの屋に時雨の音のかはるかな紅葉や深く散り積るらむ

590 千五百番歌合に、冬の歌 二条院讃岐

世にふるは苦しきものをまきの屋にやすくも過ぐる初時雨かな

591 題知らず 源信明朝臣

ほのぼのと有明の月の月影に紅葉吹きおろす山おろしの風

592 題知らず 中務卿具平親王

もみぢ葉をなに惜しみけむ木の間より漏りくる月は今宵こそ見れ

593 題知らず 宜秋門院丹後

吹きはらふ嵐の後の高峰より木の葉くもらで月や出づらむ

594 春日社歌合に暁月といふことを 右衛門督通具

霜こほる袖にもかげは残りけり露より馴れしありあけの月

595 和歌所にて六首歌奉りしに冬歌 藤原家隆朝臣

ながめつついくたび袖にくもるらむ時雨にふくる有明の月

596 題知らず 源泰光

さだめなくしぐるる空の叢雲にいくたび同じ月を待つらむ

597 千五百番歌合に 源具親

今よりは木の葉がくれもなけれども時雨に残るむら雲の月

598 題知らず 源具親

晴れ曇る影をみやこにさきだててしぐると告ぐる山の端の月

599 五十首歌奉りし時 寂蓮法師

たえだえに里わく月のひかりかな時雨をおくる夜半のむら雲

600 雨後冬月といふ心を 良暹法師

今はとて寝なましものをしぐれつる空とも見えず澄める月かな

601 題知らず 曾禰好忠

露霜の夜半におきゐて冬の月見るほどに袖はこほりぬ

602 題知らず 前大僧正慈円

もみぢ葉はおのが染めたる色ぞかしよそげに置ける今朝の霜かな

603 題知らず 西行法師

をぐら山ふもとの里に木の葉散れば梢に晴るる月を見るかな

604 五十首歌奉りしに 藤原雅経

秋の色をはらひはててやひさかたの月の桂に木からしの風

605 題知らず 式子内親王

風さむみ木の葉晴ゆく夜な夜なにのこる隅なき庭の月かげ

606 題知らず 殷富門院大輔

我が門の刈田のおもにふす鴫の床あらはなる冬の夜のつき

607 題知らず 藤原清輔朝臣

冬枯の森の朽葉の霜のうへに落ちたる月のかげのさむけさ

608 千五百番の歌合に 皇太后宮大夫俊成女

冴えわびてさむる枕に影見れば霜ふかき夜のありあけの月

609 千五百番の歌合に 右衛門督通具

霜むすぶ袖のかたしきうちとけて寝ぬ夜の月の影ぞ寒けき

610 五十首歌奉りし時 藤原雅経

影とめし露のやどりを思ひ出でて霜にあととふ浅茅生の月

611 橋上霜といへることをよみ侍りける 法印幸清

かたしきの袖をや霜にかさぬらむ月に夜がるる宇治の橋姫

612 題知らず 源重之

夏刈の荻の古枝は枯れにけり群れ居し鳥は空にやあるらむ

613 題知らず 藤原道信朝臣

さ夜ふけて声さへ寒きあしたづは幾重の霜か置きまさるらむ

614 冬歌中に 太上天皇

冬の夜の長きを送る袖ぬれぬあかつきがたの四方のあらしに

615 百首歌奉りし時 摂政太政大臣

笹の葉はみ山もさやにうちそよぎ氷れる霜を吹くあらしかな

616 崇徳院御時百首歌奉りけるに 藤原清輔朝臣

君来ずは一人や寝なむささの葉のみ山もそよにさやぐ霜夜を

617 題知らず 皇太后宮大夫俊成女

霜がれはそことも見えぬ草の原たれに問はまし秋のなごりを

618 百首歌中に 前大僧正慈円

霜さゆる山田のくろのむら薄刈る人なしにのこるころかな

619 題知らず 曾禰好忠

草のうへにここら玉ゐし白露を下葉の霜とむすぶ冬かな

620 題知らず 中納言家持

鵲のわたせる橋に置く霜のしろきを見れば夜ぞ更けにける

621 上のをのこども菊合し侍りけるついでに 延喜御歌

しぐれつつ枯れゆく野辺の花なれど霜のまがきに匂ふ色かな

622 延喜十四年尚侍藤原滿子に菊宴賜はせける時 中納言兼輔

菊の花手折りては見じ初霜の置きながらこそ色まさりけれ

623 同し御時大堰川に行幸侍りける日 坂上是則

影さへに今はと菊のうつろふは波のそこにも霜や置くらむ

624 題知らず 和泉式部

野べ見れば尾花がもとの思草かれゆく冬になりぞしにける

625 題知らず 西行法師

津の国の難波の春は夢なれや蘆のかれ葉に風わたるなり

626 崇徳院に十首歌奉りける時 大納言成通

冬深くなりにけらしな難波江の青葉まじらぬ蘆のむらだち

627 題知らず 西行法師

寂しさに堪へたる人のまたもあれな庵ならべむ冬の山里

628 東(あづま)に侍りける時、都の人に遣はしける 康資王母

あづま路の道の冬草繁りあひて跡だに見えぬわすれ水かな

629 冬歌とてよみ侍りける 守覚法親王

むかし思ふさ夜の寝覚の床さえて涙もこほるそでのうへかな

630 百首歌奉りし時 守覚法親王

立ちぬるる山のしづくも音絶えてまきの下葉に垂氷しにけり

631 題知らず 皇太后宮大夫俊成

かつ氷りかつはくだくる山河の岩間にむせぶあかつきの声

632 題知らず 摂政太政大臣

消えかへり岩間にまよふ水の泡のしばし宿かる薄氷かな

633 題知らず 摂政太政大臣

枕にも袖にも涙つららゐてむすばぬ夢をとふあらしかな

634 五十首歌奉りし時 摂政太政大臣

水上やたえだえこほる岩間よりきよたき川にのこるしら波

635 百首歌奉りし時 摂政太政大臣

かたしきの袖の氷もむすぼほれとけて寝ぬ夜の夢ぞみじかき

636 最勝四天王院の障子に、宇治川かきたる所 太上天皇

橋姫のかたしき衣さむしろに待つ夜むなしき宇治のあけぼの

637 最勝四天王院の障子に宇治川かきたる所 前大僧正慈円

網代木にいさよふ波の音ふけてひとりや寝ぬる宇治のはし姫

638 百首歌の中に 式子内親王

見るままに冬は来にけり鴨のゐる入江のみぎは薄氷りつつ

639 摂政太政大臣家歌合に、湖上冬月 藤原家隆朝臣

志賀の浦や遠ざかりゆく波間より氷りて出づるありあけの月

640 守覺法親王家五十首歌よませ侍りけるに 皇太后宮大夫俊成

ひとり見る池の氷に澄む月のやがて袖にもうつりぬるかな

641 題知らず 山部赤人

うばたまの夜のふけ行けば楸おふる清き川原に千鳥鳴くなり

642 左保の川原に千鳥の鳴きけるをよみ侍りける 伊勢大輔

行く先はさ夜更けぬれど千鳥鳴く佐保の河原は過ぎうかりけり

643 陸奥國にまかりける時よみ侍りける 能因法師

夕されば汐風越してみちのくの野田の玉川ちどり鳴くなり

644 題知らず 源重之

白浪にはねうちかはし浜千鳥かなしきものはよるおひと声

645 題知らず 後徳大寺左大臣

夕なぎにとわたる千鳥波間より見ゆるこじまの雲に消えぬる

646 堀河院に百首歌奉りけるに 祐子内親王家紀伊

浦風に吹上のはまのはま千鳥波立ち来らし夜半に鳴くなり

647 五十首歌奉りし時 摂政太政大臣

月ぞ澄む誰かはここにきの国や吹上の千鳥ひとり鳴くなり

648 千五百番歌合に 正三位季能

さ夜千鳥声こそ近くなるみ潟かたぶく月に汐や満つらむ

649 最勝四天王院の障子に鳴海の浦かきたる所 藤原秀能

風吹けばよそになるみのかたおもひ思はぬ浪に鳴く千鳥かな

650 同し所 左衛門督通光

浦人のひもゆふぐれになるみ潟かへる袖より千鳥鳴くなり

651 文治六年女御入内屏風に 正三位季経

風さゆるとしまが磯のむらちどり立居は波の心なりけり

652 五十首歌奉りし時 藤原雅経

はかなしやさても幾夜か行く水に数かきわぶる鴛のひとり寝

653 堀河院に百首歌奉りける時 河内

水鳥のかもの浮寝のうきながら浪のまくらにいく夜経ぬらむ

654 題知らず 湯原王

吉野なるなつみの川の川淀に鴨ぞ鳴くなる山かげにして

655 題知らず 能因法師

閨のうへに片枝さしおほひ外面なる葉広柏に霰降るなり

656 題知らず 法性寺入道前関白太政大臣

さざなみや志賀のから崎風さえて比良の高嶺に霰降るなり

657 題知らず 柿本人麿

矢田の野に浅茅色づくあらち山嶺のあわ雪寒くぞあるらし

658 雪のあした基俊がもとへ申し遣し侍りける 瞻西上人

常よりも篠屋の軒ぞうづもるる今日はみやこに初雪や降る

659 返し 藤原基俊

降る雪にまことに篠屋いかならむ今日は都にあとだにもなし

660 冬歌あまたよみ侍りけるに 権中納言長方

初雪のふるの神杉うづもれてしめゆふ野辺は冬ごもりせり

661 思ふこと侍りけるころ初雪降り侍りける日 紫式部

ふればかくうさのみまさる世を知らで荒れたる庭に積る初雪

662 百首歌に 式子内親王

さむしろの夜半のころも手さえさえて初雪しろし岡のべの松

663 入道前關白右大臣に侍りける時家の歌合に雪をよめる 寂蓮法師

降り初むる今朝だに人の待たれつるみ山の里の雪の夕暮

664 雪のあした後徳大寺左大臣のもとに遣しける 皇太后宮大夫俊成

今日はもし君もや訪ふとながむれどまだ跡もなき庭の雪かな

665 返し 後徳大寺左大臣

今ぞ聞くこころは跡もなかりけり雪かきわけて思ひやれども

666 題知らず 前大納言公任

白山にとしふる雪やつもるらむ夜半にかたしく袂さゆなり

667 夜深聞雪といふことを 刑部卿範兼

明けやらぬねざめの床に聞ゆなりまがきの竹の雪の下をれ

668 上のをのこども暁望山雪といへる心をつかうまつりけるに 高倉院御歌

音羽山さやかにみする白雪を明けぬとつぐる鳥のこゑかな

669 紅葉の散れりける上に初雪の降りて侍りけるを見て 藤原家経朝臣

山里は道もや見えずなりぬらむ紅葉とともに雪の降るらむ

670 野亭雪をよみ侍りける 藤原国房

寂しさをいかにせよとて岡べなる楢の葉しだり雪の降るらむ

671 百首歌奉りし時 藤原定家朝臣

駒とめて袖うち払ふかげもなし佐野のわたりの雪のゆふぐれ

672 摂政太政大臣、大納言に侍りける時、山家雪といふことをよませ侍りけるに 藤原定家朝臣

待つ人のふもとの道は絶えぬらむ軒端の杉に雪おもるなり

673 同し家にて所の名を探りて冬歌よませ侍りけるに伏見里の雪を 藤原有家朝臣

夢かよふ道さへ絶えぬくれたけの伏見の里の雪のしたをれ

674 家に百首歌よませ侍りけるに 入道前関白太政大臣

降る雪にたく藻の煙かき絶えてさびしくもあるか塩がまの浦

675 題知らず 山部赤人

田子の浦にうち出でて見れば白たへの富士の高嶺に雪は降りつつ

676 延喜御時歌奉れと仰せられければ 紀貫之

雪のみやふりぬとは思ふ山里にわれも多くの年ぞつもれる

677 守覚法親王、五十首歌よませ侍りけるに 皇太后宮大夫俊成

雪降れば峰のまさかきうづもれて月にみがける天の香具山

678 題知らず 小侍従

かき曇りあまぎる雪のふる里を積らぬさきに訪ふ人もがな

679 題知らず 前大僧正慈円

庭の雪にわが跡つけて出でつるを訪はれにけりと人は見るらむ

680 題知らず 前大僧正慈円

ながむればわが山の端に雪しろし都の人よあわれとも見よ

681 題知らず 曾禰好忠

冬草のかれにし人のいまさらに雪ふみわけて見えむものかは

682 雪のあした大原にてよみ侍りける 寂然法師

尋ね来て道わけわぶる人もあらじ幾重もつもれ庭のしら雪

683 百首歌中に 太上天皇

このごろは花も紅葉も枝になししばしな消えそ松のしら雪

684 千五百番歌合に 右衛門督通具

草も木も降りまたがへたる雪もよに春待つ梅の花の香ぞする

685 百首歌召したる時 崇徳院御歌

御狩する交野のみ野に降る霰あなかままだき鳥もこそ立て

686 内大臣に侍りける時家の歌合に 法性寺入道前関白太政大臣

御狩すと鳥だちの原をあさりつつ交野の野辺に今日も暮しつ

687 京極關白前太政大臣高陽院歌合に 前中納言匡房

御狩野はかつ降る雪にうづもれて鳥立も見えず草がくれつつ

688 鷹狩の心をよみ侍りける 左近中将公衡

狩りくらし交野の真柴折りしきて川瀬の月を見るかな

689 埋火をよみ侍りける 権僧正永縁

中々に消えは消えなで埋火のいきてかひなき世にもあるかな

690 百首歌奉りし時 式子内親王

日数ふる雪げにまさる炭竈のけぶりもさびしおほはらの里

691 歳暮に人に遣はしける 西行法師

おのづからいはぬを慕ふ人やあるとやすらふほどに歳の暮れぬる

692 年の暮によみ侍りける 上西門院兵衛

かへりては身に添ふものと知りながら暮れ行く年を何慕ふらむ

693 年の暮によみ侍りける 皇太后宮大夫俊成女

へだてゆく世々の面影かきくらし雪とふりぬる年の暮かな

694 年の暮によみ侍りける 大納言隆季

あたらしき年やわが身をとめくらむ隙行く駒に道を任せて

695 俊成卿家に十首歌よみ侍りけるに歳暮の心を 俊恵法師

歎きつつ今年も暮れぬ露の命いけるばかりを思出にして

696 百首歌奉りし時 小侍従

思ひやれ八十ぢの年の暮なればいかばかりかはものは悲しき

697 題知らず 西行法師

昔おもふ庭にうき木を積み置きて見し世にも似ぬ年の暮かな

698 題知らず 摂政太政大臣

いそのかみ布留野のをざさ霜を経て一よばかりに残る年かな

699 題知らず 前大僧正慈円

年の明けてうき世の夢の醒むべくは暮るとも今日は厭はざらまし

700 題知らず 権津師隆聖

朝毎のあか井の水に年暮れてわが世のほどのくれぬるかな

701 百首歌奉りし時 入道左大臣

いそがれぬ年の暮こそあはれなれ昔はよそに聞きし春かは

702 年の暮に身の老いぬることを嘆きてよみ侍りける 和泉式部

かぞふれば年の残りもなかりけり老いぬるばかり悲しきはなし

703 入道前関白、百首歌よませ侍りける時、歳暮の心をよみて遣はしける 後徳大寺左大臣

いしばしる初瀬の川のなみ枕はやくも年の暮れにけるかな

704 土御門内大臣家にて海邊歳暮といへる心をよめる 藤原有家朝臣

行く年ををじまの海士のぬれごろもかさねて袖に波やかくらむ

705 土御門内大臣家にて海邊歳暮といへる心をよめる 寂蓮法師

老の波越えける身こそあはれなれことしも今はすゑの松山

706 千五百番歌合に 皇太后宮大夫俊成

今日ごとに今日や限と惜しめども又も今年に逢ひにけるかな

賀歌

707 みつぎ物ゆるされて、国富めるを御覧じて 仁徳天皇御歌

高き屋にのぼりて見れば煙たつ民のかまどはにぎはひにけり

708 題知らず よみ人知らず

はつ春のはつねの今日の玉菷手にとるからにゆらぐ玉の緒

709 子の日をよめる 藤原清正

子の日してしめつる野辺の姫小松ひかでや千代のかげを待たまし

710 題知らず 紀貫之

君が世の年のかずをばしろたへの浜の真砂とたれかしきけむ

711 亭子院六十御賀屏風に若菜摘める所をよみ侍りける 紀貫之

若菜生ふる野辺といふ野辺を君がため万代しめて摘まむとぞ思ふ

712 延喜御時屏風歌 紀貫之

木綿だすき千年をかけてあしびきの山藍の色はかはらざりけり

713 祐子内親王家にて櫻を 土御門右大臣

君が世に逢ふべき春の多ければ散るとも桜あくまでぞ見む

714 七條の后の宮五十賀屏風に 伊勢

住の江の浜の真砂をふむ鶴はひさしきあとをとむるなりけり

715 延喜御時屏風歌 紀貫之

年ごとに生ひそふ竹のよよを経てかはらぬ色を誰とかは見む

716 題知らず 凡河内躬恒

千歳経るをのへの松は秋風のこゑこそかはれ色はかはらず

717 題知らず 藤原興風

山川の菊のしたみづいかなればながれて人の老をせくらむ

718 延喜御時屏風歌に 紀貫之

祈りつつなほなが月の菊の花いづれの秋か植ゑて見ざらむ

719 文治六年女御入内屏風歌 皇太后宮大夫俊成

やまびとの折る袖匂ふ菊の露うちはらふにも千世は経ぬべし

720 貞信公家屏風に 清原元輔

神無月もみぢも知らぬ常磐木によろづ代かかれ峰の白雲

721 題知らず 伊勢

山風は吹けど吹かねどしら浪の寄する岩ねは久しかりけり

722 後一條院生れさせ給へりける九月月隈もなかりける夜に大二條關白中將に侍りけるに時若き人々誘ひ出でて池の舟に乘せて中島の松陰さし廻す程をかしく見え侍りければ 紫式部

曇なく千年にすめる水の面にやどれる月の影ものどけし

723 永承四年内裏歌合に池の水といふ心を 伊勢大輔

池水のよよに久しく澄みぬればそこの玉藻もひかり見えけり

724 堀河院の大嘗會御禊に日ごろ雨降りてその日になりて空晴れて侍りければ紀伊典侍に申しける 六条右大臣

君が代の千歳のかずもかぎりなく曇らぬ空の光にぞ見る

725 天喜四年皇后宮の歌合に祝の心をよみ侍りける 前大納言隆国

住の江に生ひそふ松の枝ごとに君が千歳の数ぞこもれる

726 寛治八年關白前太政大臣高陽院歌合に祝の心を 康資王母

万代をまつの尾山のかげしげみ君をぞ祈るときはかきはに

727 後冷泉院をさなくおはましける時卯杖の松を人の子に賜はせけるによみ侍りける 大弐三位

相生の小塩の山のこ松原いまより千代のかげを待たなむ

728 永保四年内裏子の日に 大納言経信

子の日する御垣の内の小松ばら千代をば外の物とやは見る

729 永保四年、内裏子日に 権中納言通俊

子の日する野辺の小松を移し植ゑて年のを長く君ぞ引くべき

730 承暦二年内裏歌合に祝の心をよみ侍りける 前中納言匡房

君が代は久しかるべきわたらひや五十鈴の川の流絶えせで

731 題知らず よみ人知らず

常磐なる松にかかれる苔なれば年の緒ながきしるしとぞ思ふ

732 二條院御時、花有喜色といふ心を、人々つかうまつりけるに 刑部卿範兼

君が世に逢へるは誰も嬉しきを花は色にも出でにけるかな

733 同し御時南殿の花の盛りに歌よめと仰せられければ 参河内侍

身にかへて花も惜しまじ君が代に見るべき春の限りなければ

734 百首歌奉りし時 式子内親王

天の下めぐむ草木のめもはるにかぎりも知らぬ御世の末々

735 京極殿にてはじめて人々歌つかうまつりしに松有春色といふことをよみ侍りし 摂政太政大臣

おしなべて木のめもはるの浅緑松にぞ千世の色はこもれる

736 百首歌奉りし時 摂政太政大臣

敷島ややまとしまねも神代より君がためとやかため置きけむ

737 千五百番歌合に 摂政太政大臣

濡れてほす玉ぐしの葉の露霜に天照るひかり幾世経ぬらむ

738 祝の心をよみ侍りける 皇太后宮大夫俊成

君が代は千代ともささじ天の戸やいづる月日の限なければ

739 千五百番歌合に 藤原定家朝臣

わが道を守らば君を守らなむよはひはゆづれすみよしの松

740 八月十五夜和歌所歌合に月多秋友といふことをよみ侍りし 寂蓮法師

高砂の松もむかしになりぬべしなほゆく末は秋の夜の月

741 和歌所の開闔になりてはじめて參りし日奏し侍りし 源家長

もしほ草かくとも尽きじ君が代の数によみ置く和歌の浦波

742 建久七年入道前關白太政大臣宇治にて人々に歌よませ侍りけるに 前大納言隆房

嬉しさやかたしく袖につつむらむ今日待ちえたる宇治の橋姫

743 嘉応元年、入道前関白太政大臣、宇治にて、河水久しく澄むといふ事を、人々よませ侍りけるに 藤原清輔朝臣

年経たる宇治の橋守こととはむ幾代になりぬ水のみなかみ

744 日吉の禰宜成仲七十賀し侍りけるに遣しける 藤原清輔朝臣

七十ぢにみつの浜松老いぬれど千代の残りはなほぞはるけき

745 百首歌よみ侍りけるに 後徳大寺左大臣

八百日ゆく浜の真砂を君が代のかずにとらなむ沖つ嶋もり

746 家に歌合し侍りけるに春の祝の心をよみ侍りける 摂政太政大臣

春日山みやこの南しかぞおもふ北の藤なみ春にあへとは

747 天暦御時大嘗會主基備中國中山 よみ人知らず

常磐なる吉備の中山おしなべて千歳をまつのふかき色かな

748 長和五年大嘗會悠紀方風俗歌近江國朝日郷 祭主輔親

あかねさす朝日のさとの日影草豐のあかりのかざしなるべし

749 永承元年大嘗會悠紀方屏風近江國守山をよめる 式部大輔資業

すべらぎを常磐かきはにもる山のやま人ならし山かづらせり

750 寛治二年、大嘗会屏風に、鷹の尾山をよめる 前中納言匡房

とやかへるたかの尾山の玉椿霜をば経とも色はかはらじ

751 久寿二年大嘗會悠紀方屏風に近江國鏡山をよめる 宮内卿永範

曇なきかがみの山の月を見て明らけき世を空に知るかな

752 平治元年大嘗會主基方辰日參入音聲生野をよめる 刑部卿範兼

大江山越えていく野の末とほみ道ある世にも逢ひにけるかな

753 仁安元年、大嘗会悠紀歌奉りけるに、稲舂歌 皇太后宮大夫俊成

近江のや坂田の稲をかけつみて道ある御世のはじめにぞつく

754 寿永元年大嘗會主基方稲春歌丹波國長田村をよめる 権中納言兼光

神代より今日のためとや八束穂に長田の稲のしなひそめけむ

755 元暦元年大嘗會悠紀歌青羽山 式部大輔光範

立ちよれば涼しかりけり水鳥の青羽の山のまつのゆふかぜ

756 建久九年大嘗會主基屏風に六月松井 権中納言資実

常磐なる松井の水をむすぶ手の雫ごとにぞ千代は見えける

哀傷歌

757 題しらず 僧正遍昭

末の露もとの雫や世の中のおくれさきだつためしなるらむ

758 題しらず 小野小町

あはれなりわが身のはてやあさ緑つひには野べの霞と思へば

759 醍醐の御門かくれ給ひてのち、弥生のつごもりに、三条右大臣につかはしける 中納言兼輔

桜散る春の末にはなりにけりあままも知らぬながめせしまに

760 正暦二年諒闇の春、桜の枝につけて、道信朝臣につかはしける 藤原実方朝臣

墨染のころもうき世の花盛をり忘れても折りてけるかな

761 返し 藤原道信朝臣

あかざりし花をや春も恋つらむありし昔をおもひ出でつつ

762 弥生のころ、人にをくれて歎きける人のもとへつかはしける 成尋法師

花ざくらまだ盛にて散りにけむなげきのもとを思ひこそやれ

763 人の、桜をうへをきて、その年の四月になくなりにける、又の年はじめて花さきたるを見て 大江嘉言

花見むと植ゑけむ人もなき宿のさくらは去年の春ぞ咲かまし

764 年頃すみ侍ける女の身まかりにける四十九日はてて、なを山里に籠りゐてよみ侍ける 左京大夫顕輔

誰もみな花のみやこに散りはててひとりしぐるる秋のやま里

765 公守朝臣母、身まかりてのちの春、法金剛院の花を見て 後徳大寺左大臣

花見てはいとど家路ぞ急がれぬ待つらむと思ふ人しなければ

766 定家朝臣、母の思ひに侍ける春の暮につかはしける 摂政太政大臣

春霞かすみし空のなごりさへ今日をかぎりの別なりけり

767 前大納言光頼、春身まかりにけるを、桂なる所にてとかくして帰り侍けるに 前左兵衛督惟方

立ちのぼる煙をだにも見るべきに霞にまがふ春のあけぼの

768 六条摂政かくれ侍りてのち、植へをきて侍りける牡丹のさきて侍けるをおりて、女房のもとよりつかはして侍ければ 大宰大弐重家

形見とて見れば歎のふかみぐさ何なかなかのにほひなるらむ

769 おさなき子の失せにけるが植へをきたりける昌蒲を見て、よみ侍りける 高陽院木綿四手

あやめ草たれ忍べとか植ゑ置きて蓬がもとの露と消えけむ

770 歎くこと侍りけるころ、五月五日、人のもとへ申つかはしける 上西門院兵衛

今日くれどあやめも知らぬ袂かな昔を恋ふるねのみかかりて

771 近衛院かくれ給ひにければ、世をそむきてのち、五月五日、皇嘉門院にたてまつられける 九条院

菖蒲草引きたがへたる袂にはむかしを恋ふるねぞかかりける

772 返し 皇嘉門院

さもこそはおなじ袂の色ならめ変らぬねをもかけてけるかな

773 住み侍りける女なくなりにけるころ、藤原為頼朝臣妻、身まかりにけるにつかはしける 小野宮右大臣

よそなれど同じ心ぞ通ふべきたれもおもひの一つならねば

774 返し 藤原為頼朝臣

一人にもあらぬおもひはなき人も旅の空にや悲しかるらぬ

775 小式部内侍、露をきたる萩をりたる唐衣をきて侍りけるを、身まかりてのち、上東門院よりたづねさせ給ひける、たてまつるとて 和泉式部

置くと見し露もありけりはかなくて消えにし人を何に例へむ

776 御返し 上東門院

思ひきやはかなく置きし袖の上の露を形見にかけむものとは

777 白河院御時、中宮おはしまさでのち、その御方は草のみ茂りて侍りけるに、七月七日、わらはべの露とり侍けるを見て 周防内侍

浅茅原はかなく置きし草の上の露をかたみと思ひかけきや

778 一品資子内親王にあひて、昔のことども申出だしてよみ侍ける 女御徽子女王

袖にさへ秋のゆうべは知られけり消えし浅茅が露をかけつつ

779 例ならぬことをもくなりて、御髪おろし給ひける日、上東門院、中宮と申ける時、つかはしける 一条院御歌

秋風の露のやどりに君を置きてちりを出でぬることぞかなしき

780 秋のころ、おさなき子にをくれたる人に 大弐三位

別れけむなごりの袖もかわかぬに置きや添ふらむ秋の夕露

781 返し よみ人知らず

置き添ふる露とともには消えもせで涙にのみも浮き沈むかな

782 廉義公の母なくなりてのち、女郎花を見て 清慎公

女郎花見るに心はなぐさまでいとどむかしの秋ぞこひしき

783 弾正尹為尊親王にをくれて歎き侍けるころ 和泉式部

ねざめする身を吹きとほす風の音を昔は袖のよそに聞きけむ

784 従一位源師子かくれ侍りて、宇治より新少将がもとにつかはしける 知足院入道前関白太政大臣

袖ぬらす萩の上葉の露ばかりむかしわすれぬ虫の音ぞする

785 法輪寺に詣で侍とて、嵯峨野に大納言忠家が墓の侍けるほどに、まかりてよみ侍ける 権中納言俊忠

さらでだに露けき嵯峨の野辺に来て昔の跡にしをれぬるかな

786 公時卿母、身まかりて歎き侍けるころ、大納言実国もとに申つかはしける 後徳大寺左大臣

悲しさは秋のさが野のきりぎりすなほ古里に音をや鳴くらむ

787 母の身まかりにけるを嵯峨野辺におさめ侍ける夜、よみける 皇太后宮大夫俊成女

今はさはうき世のさがの野辺をこそ露消えはてし跡と忍ばめ

788 母身まかりにける秋、野分しける日、もと住み侍りける所にまかりて 藤原定家朝臣

玉ゆらの露もなみだもとどまらず亡き人恋ふるやどの秋風

789 父秀宗身まかりての秋、寄風懐旧といふことをよみ侍ける 藤原秀能

露をだに今はかたみの藤ごろもあだにも袖を吹くあらしかな

790 久我内大臣、春ごろうせて侍ける年の秋、土御門内大臣、中将に侍ける時、つかはしける 殷富門院大輔

秋深き寝覚にいかがおもひ出づるはかなく見えし春の夜の夢

791 返し 土御門内大臣

見し夢を忘るる時はなけれども秋の寝覚はげにぞかなしき

792 忍びてもの申ける女、身まかりてのち、そのいゑにとまりてよみ侍ける 大納言実家

馴れし秋のふけし夜床はそれながら心の底の夢ぞかなしき

793 陸奥国へまかれりける野中に、目にたつさまなる塚の侍けるを、問はせ侍ければ、これなん中将の塚と申すと答へければ、中将とはいづれの人ぞと問ひ侍ければ、実方朝臣の事となん申けるに、冬の事にて、霜枯れの薄ほのぼの見えわたりて、おりふしものがなしうおぼえ侍ければ 西行法師

朽ちもせぬその名ばかりをとどめ置きて枯野の薄形見にぞ見る

794 同行なりける人、うち続きはかなくなりにければ、思ひ出でてよめる 前大僧正慈円

ふるさとを恋ふる涙やひとり行く友なき山のみちしばの露

795 母の思ひに侍ける秋、法輪にこもりて、あらしのいたく吹きければ 皇太后宮大夫俊成

うき世には今はあらしの山風にこれや馴れ行くはじめなるらむ

796 定家朝臣母、身まかりてのち、秋ごろ墓所ちかき堂にとまりてよみ侍ける 皇太后宮大夫俊成

稀にくる夜半もかなしき松風を絶えずや苔のしたに聞くらむ

797 堀河院かくれ給てのち、神無月、風のをとあはれにきこえければ 久我太政大臣

物思へば色なき風もなかりけり身にしむ秋のこころならひに

798 藤原定通身まかりてのち、月あかき夜、人の夢に殿上になん侍とて、よみ侍ける歌 (よみ人知らず)

故郷をわかれし秋をかぞふれば八とせになりぬありあけの月

799 源為善朝臣身まかりにける又の年、月を見て 能因法師

命あればことしの秋も月は見つわかれし人に逢ふよなきかな

800 世中はかなく、人々おほくなくなり侍けるころ、中将宣方朝臣身まかりて、十月許、白河の家にまかれりけるに、紅葉のひと葉のこれるを見侍て 前大納言公任

今日来ずは見でややみなむ山里の紅葉も人も常ならぬよに

801 十月許、水無瀬に侍しころ、前大僧正慈円のもとへ、ぬれて時雨のなど申つかはして、次の年の神無月に、無常の歌あまた詠みてつかはし侍し中に 太上天皇

思ひ出づる折りたく柴の夕煙むせぶもうれし忘れがたみに

802 返し 前大僧正慈円

思ひ出づる折りたく柴と聞くからにたぐひも知らぬ夕煙かな

803 雨中無常といふことを 太上天皇

亡き人のかたみの雲やしぐるらむゆふべの雨にいろはみえねど

804 枇杷皇太后かくれてのち、十月許、かの家の人々の中に、たれともなくてさしをかせける 相模

神無月しぐるる頃もいかなれや空に過ぎにし秋のみや人

805 右大将通房身まかりてのち、手習ひすさびて侍ける扇を見出だして、よみ侍ける 土御門右大臣女

手すさびのはかなき跡と見しかども長き形見になりにけるかな

806 斎宮女御のもとにて、先帝のかゝせ給へりける草子を見侍て 馬内侍

尋ねても跡はかくてもみづぐきのゆくへも知らぬ昔なりけり

807 返し 女御徽子女王

いにしへのなきに流るるみづぐきは跡こそ袖のうらによりけれ

808 恒徳公かくれてのち、女のもとに、月明き夜しのびてまかりてよみ侍ける 藤原道信朝臣

ほしもあへぬ衣の闇にくらされて月ともいはずまどひぬるかな

809 入道摂政のために万灯会をこなはれ侍けるに 東三条院

水底に千々の光はうつれども昔のかげは見えずぞありける

810 公忠朝臣身まかりにけるころ、よみ侍ける 源信明朝臣

物をのみ思ひ寝覚のまくらには涙かからぬあかつきぞなき

811 一条院かくれ給ひにければ、その御事をのみ恋ひ歎き給て、夢にほの見え給ひければ 上東門院

逢ふ事も今はなきねの夢ならでいつかは君をまたは見るべき

812 後朱雀院かくれ給て、上東門院、白河にこもり給にけるをきゝて 女御藤原生子

憂しとては出でにし家を出でぬなりなど故郷にわが帰りけむ

813 おさなかりける子の身まかりにけるに 源道済

はかなしといふにもいとど涙のみかかるこの世を頼みけるかな

814 後一条院中宮かくれ給てのち、人の夢に (よみ人知らず)

故郷に行く人もがな告げやらむ知らぬ山路にひとりまどふと

815 小野宮右大臣身まかりぬときゝてよめる 権大納言長家

玉の緒の長きためしにひく人も消ゆれば露にことならぬかな

816 小式部内侍見まかりてのち、常にもちて侍ける手箱を誦経にせさすとて、よみ侍ける 和泉式部

恋ひわぶと聞きにだに聞け鐘の音にうち忘らるる時の間ぞなき

817 上東門院小少将身まかりてのち、常にうちとけて書きかはしける文の、ものの中に侍けるを見出でて、加賀少納言がもとへつかはしける 紫式部

誰か世にながらへて見む書きとめし跡は消えせぬ形見なれども

818 返し 加賀少納言

亡き人を忍ぶることもいつまでぞ今日の哀は明日のわが身を

819 僧正明尊かくれてのち、久しくなりて、房なども石蔵にとりわたして、草おひ茂りて、ことざまになりにけるを見て 律師慶暹

亡き人の跡をだにとて来て見ればあらぬさまにもなりにけるかな

820 世のはかなきことを歎くころ、陸奥国に名あるところどころ書きたる絵を見侍りて 紫式部

見し人の煙になりしゆうべより名ぞむつまじき塩釜のうら

821 後朱雀院かくれ給ひて、源三位がもとにつかはしける 弁乳母

あはれ君いかなる野辺の煙にてむなしき空の雲となりけむ

822 返し 源三位

思へ君燃えしけぶりにまがひなで立ちおくれたる春の霞を

823 大江嘉言、対馬になりて下るとて、難波堀江の蘆のうら葉にとよみて下り侍にけるほどに、国にてなくなりにけりときゝて 能因法師

あはれ人今日のいのちを知らませば難波の葦に契らざらまし

824 題しらず 大江匡衡朝臣

夜もすがら昔のことを見つるかな語るやうつつありし世や夢

825 俊頼朝臣身まかりてのち、常に見ける鏡を仏に造らせ侍とてよめる 新少将

うつりけむ昔の影やのこるとて見るにおもひのます鏡かな

826 通ひける女のはかなくなり侍にけるころ、書きをきたる文ども、経の料紙になさんとて取り出でて見侍けるに 按察使公通

書きとむる言の葉のみぞみづぐきの流れてとまる形見なりける

827 禎子内親王かくれ侍てのち、?子内親王かはりゐ侍ぬときゝて、まかりて見ければ、なに事もかはらぬやうに侍けるも、いとゞ昔おもひ出でられて、女房に申侍ける 中院右大臣

有栖川おなじながれはかはらねど見しや昔のかげぞ忘れぬ

828 権中納言道家母、かくれ侍にける秋、摂政太政大臣のもとにつかはしける 皇太后宮大夫俊成

限りなき思のほどの夢のうちはおどろかさじと歎きこしかな

829 返し 摂政太政大臣

見し夢にやがてまぎれぬ吾身こそ問はるる今日もまづ悲しけれ

830 母の思ひに侍けるころ、又なくなりにける人のあたりより問ひて侍ければ、つかはしける 藤原清輔朝臣

世の中は見しも聞きしもはかなくてむなしき空の煙なりけり

831 無常の心を 西行法師

いつ歎きいつ思ふべきことなれば後の世知らで人の過ぐらむ

832 無常の心を 前大僧正慈円

皆人の知りがほにして知らぬかな必ず死ぬるならひありとは

833 無常の心を 前大僧正慈円

昨日見し人はいかにと驚けどなほながき夜の夢にぞありける

834 無常の心を 前大僧正慈円

蓬生にいつか置くべき露の身は今日のゆふぐれ明日のあけぼの

835 無常の心を 前大僧正慈円

我もいつぞあらましかばと身し人を忍ぶとすればいとど添ひ行く

836 前参議教長、高野に籠りゐて侍けるが、病かぎりになり侍ぬときゝて、頼輔卿まかりけるほどに、身まかりぬときゝて、つかはしける 寂蓮法師

尋ね来ていかにあはれとながむらむ跡なき山の峰のしら雲

837 人にをくれて歎きける人につかはしける 西行法師

亡き跡の面影をのみ身に添へてさこそは人の恋しかるらめ

838 歎くこと侍ける人、問はずとうらみ侍ければ 西行法師

哀とも心に思ふほどばかりいはれぬべくは問ひこそはせめ

839 無常の心を 入道左大臣

つくづくと思へば悲しいつまでか人の哀をよそに聞くべき

840 左近中将通宗が墓所にまかりて、よみ侍ける 土御門内大臣

おくれゐて見るぞ悲しきはかなさをうき身の跡となに頼みけむ

841 覚快法親王かくれ侍て、周忌のはてに墓所にまかりて、よみ侍ける 前大僧正慈円

そこはかと思ひつづけて来て見れば今年の今日も袖は濡れけり

842 母のために粟田口の家にて仏供養し侍ける時、はらからみなまうで来あひて、古き面影などさらにしのび侍けるおりふししも、雨かきくらし降り侍ければ、帰るとて、かの堂の障子に書きつけ侍ける 右大将忠経

たれもみな涙の雨にせきかねぬ空もいかがはつれなかるべき

843 なくなりたる人の数を卒塔婆に書きて、歌よみ侍けるに 法橋行遍

見し人は世にもなぎさの藻塩草かき置くたびに袖ぞしをるる

844 子の身まかりにける次の年の夏、かの家にまかりたりけるに、花橘のかほりければよめる 祝部成仲

あらざらむ後忍べとや袖の香を花たちばなにとどめ置きけむ

845 能因法師身まかりてのち、よみ侍ける 藤原兼房朝臣

ありし世に暫しも見ではなかりしをあはれとばかりいひて止みぬる

846 妻なくなりて又の年の秋ごろ、周防内侍がもとへつかはしける 権中納言通俊

問へかしな片しく藤の衣手になみだのかかる秋の寝覚を

847 堀河院かくれ給てのち、よめる 権中納言国信

君なくてよるかたもなき青柳のいとどうき世ぞおもひ乱るる

848 通ひける女、山里にてはかなくなりにければ、つれづれと籠りゐて侍けるが、あからさまに京へまかりて、あか月帰るに、鶏鳴きぬ、と人々いそがし侍ければ 左京大夫顕輔

いつのまに身を山がつになしはてて都を旅と思ふなるらむ

849 奈良の御門をおさめたてまつりけるを見て 柿本人麿

久方のあめにしをるる君ゆゑに月日も知らで恋ひわたるらむ

850 題しらず 小野小町

あるはなくなきは数添ふ世の中にあはれいづれの日まで歎かむ

851 題しらず 在原業平朝臣

白玉か何ぞと人の問ひしとき露とこたへて消なましものを

852 更衣の服にてまいれりけるを見給ひて 延喜御歌

年経ればかくもありけり墨染のこは思ふてふそれかあらぬか

853 思ひにて人のいゑに宿れりけるを、その家に忘草の多く侍りければ、あるじにつかはしける 中納言兼輔

亡き人をしのびかねては忘草おほかる宿にやどりをぞする

854 病にしづみて、久しく籠りゐて侍けるが、たまたまよろしくなりて、内にまいりて、右大弁公忠、蔵人に侍けるに、会ひて、又あさてばかりまいるべきよし申て、まかり出でにけるまゝに、病をもくなりて限りに侍ければ、公忠朝臣につかはしける 藤原季縄

悔しくぞ後に逢はむと契りける今日を限といはましものを

855 母の女御かくれ侍りて、七月七日よみ侍ける 中務卿具平親王

墨染のそでは空にもかさなくにしぼりもあへず露ぞこぼるる

856 うせにける人の文の、ものの中なるを見出でて、そのゆかりなる人のもとにつかはしける 紫式部

暮れぬまの身をば思はで人の世の哀を知るぞかつははかなき

離別歌

857 陸奥國に下りける人に装束贈るとてよみ侍りける 紀貫之

玉鉾の道のやまかぜ寒からば形見がてらに著なむとぞおもふ

858 題知らず 伊勢

忘れなむ世にも越路のかへる山いつはた人に逢はむとすらむ

859 浅からず契りける人の、行き別れ侍りけるに 紫式部

北へ行く雁の翅にことづてよ雲のうはがきかき絶えずして

860 田舎へまかりける人に、旅衣つかはすとて 大中臣能宣朝臣

秋霧のたつたびごろも置きて見よ露ばかりなる形見なりとも

861 陸奥國に下り侍りける人に 紀貫之

見てだにも飽かぬこころを玉鉾のみちの奥まで人の行くらむ

862 逢坂の關近きわたりに住み侍りけるに遠き所にまかりける人に餞し侍るとて 中納言兼輔

逢坂の関にわが宿なかりせば別るる人はたのまざらまし

863 寂昭上人入唐し侍りけるに装束贈りけるに立ちけるを知らで追ひて遣しける よみ人知らず

きならせと思ひしものを旅衣たつ日を知らずなりにけるかな

864 返し 寂昭法師

これやさは雲のはたてに織ると聞くたつこと知らぬ天の羽衣

865 題知らず  源重之

ころも川みなれし人のわかれには袂までこそ浪は立ちけれ

866 陸奥國の介にてまかりける時範永朝臣のもとに遣しける 高階経重朝臣

行末にあふくま川のなかりせばいかにかせまし今日の別れを

867 返し 藤原範永朝臣

君にまたあふくま川を待つべきに残すくなきわれぞ悲しき

868 大宰師隆家下りけるに扇賜ふとて 枇杷皇太后宮

すずしさはいきの松原まさるとも添ふる扇の風なわすれそ

869 亭子院宮の滝御覧じにおはしましけるに御共に素性法師召し具せられて參りけるを住吉の郡にていとま給はりて大和に遣しけるによみ侍りける 一条右大臣

神無月まれのみゆきに誘はれて今日別れなばいつか逢ひ見む

870 題知らず 大江千里

別れての後もあひ見むと思へどもこれをいづれの時とかは知る

871 成尋法師入唐し侍りけるに母のよみ侍りける 成尋阿闍梨母

もろこしもあめの下にぞありと聞く照る日の本を忘れざらなむ

872 修行に出で立つとて人のもとに遣しける 道命法師

別路はこれや限りのたびならむ更にいくべきここちこそせね

873 老いたる親の七月七日筑紫へ下りけるに遥に離れぬる事を思ひて八日の暁追ひて舟に乘る所に遣しける 加賀左衛門

天の河そらにきこえし舟出にはわれぞまさりて今朝は悲しき

874 實方朝臣の陸奥國へ下り侍りけるに餞すとてよみ侍りける 中納言隆家

別路はいつもなげきの絶えせぬにいとどかなしき秋の夕暮

875 返し 藤原実方朝臣

とどまらむ事は心にかなへどもいかにかせまし秋の誘ふを

876 七月ばかり美作へ下るとて都の人に遣しける 前中納言匡房

みやこをば秋とともにぞたちそめし淀の河霧いくよ隔てつ

877 みこの宮と申しける時太宰大貳實政学士にて侍りける甲斐守にて下り侍りけるに餞賜はすとて 後三条院御歌

思ひ出でばおなじ空とは月を見よほどは雲居に廻りあふまで

878 陸奥國の守基頼の朝臣久しく逢ひ見ぬよし申していつ上るべしとも言はず侍りければ 藤原基俊

帰り来むほど思ふにも武隈のまつわが身こそいたく老いぬれ

879 修行に出で侍りけるによめる 大僧正行尊

思へども定なき世のはかなさにいつを待てともえこそ頼めね

880 にはかに都を離れて遠くまかりにけるに女に遣しける よみ人知らず

契り置くことこそ更になかりしかかねて思ひし別ならねば

881 別の心をよめる 俊恵法師

かりそめの別と今日を思へどもいさやまことの旅にもあるらむ

882 別れの心をよめる 登蓮法師

帰り来むほどをや人に契らまし忍ばれぬべきわが身なりせば

883 守覺法親王五十首歌よませ侍りける時 藤原隆信朝臣

誰としも知らぬわかれの悲しきは松浦の沖を出づる舟人

884 登蓮法師筑紫へまかりけるに 俊恵法師

はるばると君が分くべき白浪をあやしやとまる袖にかけつる

885 陸奥國へまかりける人に餞し侍りけるに 西行法師

君いなば月待つとてもながめやらむ東のかたの夕暮の空

886 遠き所に修行せむとて出でたちける、人々、別れ惜しみてよみ侍りける 西行法師

たのめおかむ君も心やなぐさむと帰らむ事はいつとなくとも

887 遠き所に修行せむとて出でたちける、人々、別れ惜しみてよみ侍りける 西行法師

さりともとなほ逢ふことを頼むかな死出の山路を越えぬ別は

888 遠き所へまかりける時師光餞し侍りけるによめる 道因法師

帰り来む程を契らむと思へども老いぬる身こそ定めがたけれ

889 題知らず 皇太后宮大夫俊成

かりそめの旅のわかれと忍ぶれど老は涙もえこそとどめね

890 題知らず 祝部成仲

別れにし人はまたもやみわの山すぎにしかたを今になさばや

891 題知らず 藤原定家朝臣

忘るなよやどる袂はかはるともかたみにしぼる夜半の月影

892 都の外へまかりける人によみて贈りける 惟明親王

なごり思ふ袂にかねて知られけり別るる旅のゆくすゑの露

893 筑紫へまかりける女に月いだしたる扇を遣はすとて よみ人知らず

都をばこころをそらに出でぬとも月見むたびに思ひおこせよ

894 遠き國へまかりける人に遣しける 大蔵卿行宗

別路は雲居のよそになりぬともそなたの風のたより過ぐすな

895 人の國へまかりける人に狩衣遣はすとてよめる 藤原顕綱朝臣

色深く染めたる旅のかりごろもかへらむまでの形見とも見よ

羇旅歌

896 和銅三年三月、藤原の宮より奈良の宮にうつり給ひけるとき 元明天皇御歌

飛ぶ鳥の飛鳥の里をおきていなば君が辺は見えずかもあらむ

897 天平十二年十月、伊勢国に行幸(みゆき)し給ひける時 聖武天皇御歌

いもにこひわかの松原見わたせば汐干のかたにたづ鳴き渡る

898 もろこしにてよみ侍りける 山上憶良

いざこどもはや日の本へ大伴の御津の浜松待ち恋ひぬらめ

899 題知らず 柿本人麿

あまざかる鄙のなが路を漕ぎくれば明石のとよりやまと島見ゆ

900 題知らず 柿本人麿

ささの葉はみ山もそよに乱るなりわれは妹思ふ別れ来ぬれば

901 帥の任はてて、筑紫より上り侍りけるに 大納言旅人

ここにありて筑紫やいづこ白雲の棚びく山の西にあるらし

902 題知らず よみ人知らず

朝霧に濡れにし衣ほさずしてひとりや君が山路越ゆらむ

903 あづまの方にまかりけるに、浅間の岳に煙のたつを見てよめる 在原業平朝臣

信濃なる浅間の嶽に立つけぶりをちこち人の見やはとがめぬ

904 駿河の国うつの山にあへる人につけて京に遣はしける 在原業平朝臣

駿河なる宇都の山辺のうつつにも夢にも人に逢はぬなりけり

905 延喜御時屏風の歌 紀貫之

くさまくらゆふ風寒くなりにけり衣うつなる宿やからまし

906 題知らず 紀貫之

白雲のたなびき渡るあしびきの山のかけはし今日や越えまし

907 題知らず 壬生忠岑

東路のさやの中山さやかにも見えぬ雲居に世をやつくさむ

908 伊勢より人に遣しける 女御徽子女王

人をなほ恨みつべしや都鳥ありやとだにも問ふを聞かねば

909 題知らず 菅原輔昭

まだ知らぬ故郷人は今日までに来むとたのめしわれを待つらむ

910 題知らず よみ人知らず

しなが鳥猪名野を行けば有馬山ゆふ霧立ちぬ宿はなくして

911 題知らず よみ人知らず

神風の伊勢の浜荻をりふせてたび寝やすらむあらき浜辺に

912 亭子院御ぐしおろして山々寺々に修行し給ひける頃御供に侍りて和泉國日根といふ所にて人々歌よみ侍りけるによめる 橘良利

故郷のたびねの夢に見えつるは恨みやすらむまたと訪はねば

913 信濃のみ坂のかたかきたる繪に園原といふ所に旅人宿りて立ち明したる所を 藤原輔尹朝臣

立ちながら今宵は明けぬ薗原や伏屋といふもかひなかりけり

914 題知らず 御形宣旨

都にて越路の空をながめつつ雲居といひしほどに来にけり

915 入唐し侍りける時いつほどにか歸るべきと人の問ひ侍りければ 法橋ちょう然

旅衣たちゆく浪路とほければいさしら雲のほども知られず

916 敷津(しきつ)の浦にまかりて遊びけるに、舟にとまりてよみ侍りける 藤原実方朝臣

船ながらこよひばかりは旅寝せむ敷津の浪に夢はさむとも

917 いそのへちの方に修行し侍りけるに一人具したりける同行を尋ね失ひてもとの岩屋の方へ歸るとてあま人の見えけるに修行者見えばこれを取らせよとてよみ侍りける 大僧正行尊

わが如くわれを尋ねばあまを舟人もなぎさのあとと答へよ

918 湖の舟にて夕立のしぬべきよし申しけるを聞きてよみ侍りける 紫式部

かき雲り夕立つなみの荒ければ浮きたる舟ぞしづごころなき

919 天王寺に參りけるに難波の浦に泊りてよみ侍りける 肥後

さ夜ふけて葦のすゑ越す浦風にあはれうちそふ波の音かな

920 旅の歌とてよみ侍りける 大納言経信

旅寝してあかつきがたの鹿のねに稲葉おしなみ秋風ぞ吹く

921 旅の歌とてよみ侍りける 恵慶法師

わぎも子が旅寝の衣薄きほどよきて吹かなむ夜半の山かぜ

922 後冷泉院御時上のをのこども旅の歌よみ侍りけるに 左近中将隆綱

葦の葉を刈り葺くしづの山里にころもかたしき旅寝をぞする

923 頼み侍りける人に後れて後初瀬に詣でて夜泊りたりける所に草を結びて枕にせよとて人のたび侍りければよみ侍りける 赤染衛門

ありし世の旅は旅ともあらざりきひとり露けき草まくらかな

924 堀河院百首歌に 権中納言国信

山路にてそぼちにけりな白露のあかつきおきの木木の雫に

925 堀河院百首歌に 大納言師頼

草まくら旅寝の人はこころせよありあけの月も傾きにけり

926 水邊旅宿といへる心をよめる 源師賢朝臣

磯馴れぬこころぞ堪へぬ旅寝する葦のまろ屋にかかる白浪

927 田上にてよみ侍りける 大納言経信

旅寝する葦のまろ屋の寒ければつま木こり積む舟急ぐなり

928 題知らず 大納言経信

み山路に今朝や出でつる旅人の笠しろたへに雪つもりつつ

929 旅宿の雪といへる心をよみ侍りける 修理大夫顕季

松が根に尾花刈りしき夜もすがらかたしく袖に雪は降りつつ

930 陸奥國に侍りける頃八月十五夜に京を思ひ出でて大宮の女房のもとに遣しける 橘為仲朝臣

見し人も十布の浦風おとせぬにつれなく澄める秋の夜の月

931 關戸の院といふ所にて羇中見月といふ心を 大江嘉言

草枕ほどぞ経にけるみやこ出でて幾夜か旅の月に寝ぬらむ

932 守覚法親王家に五十首歌よませ侍りけるに、旅の歌 皇太后宮大夫俊成

夏刈の葦のかりねもあはれなり玉江の月のあけがたの空

933 守覚法親王家に五十首歌よませ侍りけるに、旅の歌 皇太后宮大夫俊成

立ちかへりまたも来て見む松島やをじまの苫屋波にあらすな

934 守覚法親王家に五十首歌よませ侍りけるに、旅の歌 藤原定家朝臣

こととへよ思ひおきつの浜千鳥なくなく出でしあとの月影

935 守覚法親王家に五十首歌よませ侍りけるに、旅の歌 藤原家隆朝臣

野辺の露うらわの浪をかこちてもゆくへも知らぬ袖の月影

936 旅歌とてよめる 摂政太政大臣

もろともに出でし空こそ忘られぬ都の山のありあけの月

937 題知らず 西行法師

都にて月をあはれと思ひしは数にもあらぬすさびなりけり

938 題知らず 西行法師

月見ばと契りおきてしふるさとの人もや今宵袖ぬらすらむ

939 五十首歌奉りし時 藤原家隆朝臣

明けばまた越ゆべき山のみねなれや空行く月のすゑの白雲

940 五十首歌奉りし時 藤原雅経

故郷の今日のおもかげさそひ来と月にぞ契る小夜のなか山

941 和歌所月十首歌合の次に月前旅といへる心を人々つかうまつりしに 摂政太政大臣

忘れじと契りて出でし面影は見ゆらむものをふるさとの月

942 旅の歌とてよみ侍りける 前大僧正慈円

東路の夜半のながめを語らなむみやこの山にかかる月かげ

943 海濱重`夜といへる心をよみ侍りし 越前

いく夜かは月をあはれとながめきて波におりしく伊勢の浜荻

944 百首歌奉りし時 宜秋門院丹後

知らざりし八十瀬の波を分け過ぎてかたしくものは伊勢の浜荻

945 題知らず 前中納言匡房

風寒み伊勢の浜荻分け行けばころもかりがね浪に鳴くなり

946 題知らず 権中納言定頼

磯馴れてこころも解けぬこもまくら荒くなかけそ水の白浪

947 百首歌奉りし時 式子内親王

行末は今いく夜とかいはしろの岡のかや根にまくら結ばむ

948 百首歌奉りし時 式子内親王

松が根のをじまが磯のさ夜枕いたくな濡れそあまの袖かは

949 千五百番歌合に 皇太后宮大夫俊成女

かくてしも明かせばいく夜過ぎぬらむ山路の苔の露の筵に

950 旅にてよみ侍りける 権僧正永縁

白雲のかかる旅寝もならはぬに深き山路に日は暮れにけり

951 暮望行客といへる心を 大納言経信

夕日さす浅茅が原の旅人はあはれいづくに宿をかるらむ

952 摂政太政大臣家歌合に覊中晩嵐といふことをよめる 藤原定家朝臣

いづくにか今宵は宿をかりごろもひもゆふぐれの嶺の嵐に

953 旅歌とてよめる 藤原定家朝臣

旅人の袖吹きかへす秋かぜに夕日さびしき山のかけはし

954 旅歌とてよめる 藤原家隆朝臣

故郷に聞きしあらしの声も似ずわすれぬ人をさやのなか山

955 旅歌とてよめる 藤原雅経

白雲のいくへの峰を越えぬらむ馴れぬあらしに袖をまかせて

956 旅歌とてよめる 源家長

今日は又知らぬ野原に行き暮れぬいづれの山か月は出づらむ

957 和歌所歌合に羇中暮といふことを 皇太后宮大夫俊成女

ふるさとも秋は夕べをかたみとて風のみおくる小野の篠原

958 和歌所歌合に羇中暮といふことを 藤原雅経

いたづらに立つや浅間の夕けぶり里とひかぬるをちこちの山

959 和歌所歌合に羇中暮といふことを 宜秋門院丹後

都をば天つ空とも聞かざりき何ながむらむ雲のはたてを

960 和歌所歌合に羇中暮といふことを 藤原秀能

草まくらゆふべの空を人とはばなきても告げよ初かりの声

961 旅の心を 藤原有家朝臣

ふしわびぬ篠のを笹のかり枕はかなの露やひとよばかりに

962 石清水歌合に旅宿嵐といふことを 藤原有家朝臣 藤原有家朝臣

岩がねの床にあらしをかたしきて独や寝なむさよの中山

963 旅の歌とて 藤原業清 藤原業清朝臣

誰となき宿のゆふべを契にてかはるあるじを幾夜とふらむ

964 羇中夕といふ事を 鴨長明 鴨長明

枕とていづれの草に契るらむ行くをかぎりの野べの夕暮

965 東の方へまかりける道にてよみ侍りける 民部卿成範 民部卿成範

道のべの草の青葉に駒とめてなほ故郷をかへりみるかな

966 長月のころ初瀬に詣でける道にてよみ侍りける 禅性法師 禪性法師

初瀬山夕越え暮れてやどとへば三輪の桧原に秋かぜぞ吹く

967 旅の歌とてよめる 藤原秀能 藤原秀能

さらぬだに秋の旅寝はかなしきに松に吹くなりとこの山風

968 摂政太政大臣家歌合に、秋旅といふことを 藤原定家朝臣

忘れなむ待つとな告げそなかなかにいなばの山の峰の秋風

969 百首歌奉りし時旅歌 藤原家隆朝臣

契らねど一夜は過ぎぬ清見がた波にわかるるあかつきの空

970 千五百番歌合に 藤原家隆朝臣

故郷にたのめし人もすゑの松待つらむそでになみやこすらむ

971 歌合し侍りける時旅の心をよめる 入道前関白太政大臣

日を経つつみやこしのぶの浦さびて波より外の音づれもなし

972 堀河院御時百首歌奉りける時旅歌 藤原顕仲朝臣 藤原顕仲朝臣

さすらふるわが身にしあれば象潟や蜑の苫屋にあまたたび寝ぬ

973 入道前関白家百首歌に旅の心を 皇太后宮大夫俊成

難波人葦火たく屋にやどかりてすずろに袖のしほたるるかな

976 題知らず 権僧正雅縁

また越えむ人もとまらばあはれ知れわが折りしける峰の椎柴

974 題知らず 前右大将頼朝

道すがら富士の煙もわかざりき晴るる間もなき空のけしきに

975 述懐百首歌よみ侍りける、旅の歌 皇太后宮大夫俊成

世の中はうきふししげし篠原や旅にしあればいも夢に見ゆ

977 千五百番歌合に 宜秋門院丹後

おぼつかな都にすまぬ都鳥こととふ人にいかがこたへし

978 天王寺に參り侍りけるに俄に雨降りければ 江口に宿を借りけるに貸し 西行法師

世の中を厭ふまでこそ難からめかりのやどりを惜しむ君かな

979 返し 遊女妙 遊女妙

世の中を厭ふ人とし聞けばかりの宿に心とむなと思ふばかりぞ

980 和歌所にてをのこども旅の歌つかうまつりしに 藤原定家朝臣

袖に吹けさぞな旅寝の夢も見じ思ふかたより通ふうら風

981 和歌所にてをのこども旅の歌つかうまつりしに 藤原家隆朝臣

旅寝する夢路はゆるせ宇都の山関とは聞かずもる人もなし

982 詩を歌にあはせ侍りしに、山路秋行といへる心を 藤原定家朝臣

みやこにも今や衣をうつの山ゆふ霜はらふ蔦の下みち

983 詩を歌にあはせ侍りしに、山路秋行といへる心を 鴨長明

袖にしも月かかれとは契り置かず涙は知るやうつの山ごえ

984 詩を歌にあはせ侍りしに、山路秋行といへる心を 前大僧正慈円

立田山秋行く人の袖を見よ木木のこずゑはしぐれざりけり

985 百首歌奉りし、旅歌 前大僧正慈円

さとりゆくまことの道に入りぬれば恋しかるべき故郷もなし

986 初瀬に詣でて歸さに飛鳥川のほとりに宿りて侍りける夜よみ侍りける  素覚法師

故郷へ帰らむことはあすか川わたらぬさきに淵瀬たがふな

987 東の方へまかりけるによみ侍りける 西行法師

年たけてまた越ゆべしと思ひきやいのちなりけりさ夜のなか山

988 旅の歌とて 西行法師

思ひ置く人の心にしたはれて露わくる袖のかへりぬるかな

989 熊野へまゐり侍りしに、旅の心を 太上天皇

見るままに山風あらくしぐるめり都もいまは夜寒なるらむ

恋歌一

990 題知らず よみ人知らず

よそにのみ見てややみなむ葛城や高間の山のみねのしら雲

991 題知らず よみ人知らず

音にのみありと聞きこしみ吉野の滝は今日こそ袖に落ちけれ

992 題知らず 柿本人麿

あしびきの山田守る庵に置くかびの下焦れつつわが恋ふらくは

993 題知らず 柿本人麿

石の上布留のわさ田のほには出でず心のうちに恋ひや渡らむ

994 女に遣はしける 在原業平朝臣

春日野の若紫のすりごろもしのぶのみだれかぎり知られず

995 中將更衣に遣しける 延喜御歌

紫の色にこころはあらねども深くぞ人をおもひそめつる

996 題知らず 中納言兼輔

みかの原わきて流るるいづみ河いつ見きとてか恋しかるらむ

997 平定文家歌合に 坂上是則

その原やふせやに生ふる帚木のありとは見えて逢はぬ君かな

998 人の文つかはして侍りける返り事にそへて、女に遣はしける 藤原高光

年を経ておもふ心のしるしにぞ空もたよりの風は吹きける

999 九條右大臣の女にはじめて遣しける 西宮前左大臣

年月はわが身に添へて過ぎぬれど思ふ心のゆかずもあるかな

1000 返し 大納言俊賢母

諸共に哀といはずは人知れぬ問はずがたりをわれのみやせむ

1001 天暦御時歌合に 中納言朝忠

人伝に知らせてしがな隠沼のみごもりにのみ恋ひや渡らむ

1002 はじめて女に遣しける 大宰大弐高遠

みごもりの沼の岩垣つつめどもいかなるひまに濡るる袂ぞ

1003 いかなる折にかありけむ、女に 謙徳公

から衣袖にひとめはつつめどもこぼるるものは涙なりけり

1004 左大将朝光、五節舞姫奉りけるかしづきを見て、遣はしける 前大納言公任

天つ空豊のあかりに見し人のなほおもかげのしひて恋しき

1005 つれなく侍りける女に師走の晦日に遣しける 謙徳公

あら玉の年にまかせて見るよりはわれこそ越えめ逢坂のせき

1006 堀河関白、文などつかはして、「里はいづくぞ」と問ひ侍りければ 本院侍従

わが宿はそことも何か教ふべきいはでこそ見め尋ねけりやと

1007 返し 忠義公

わがおもひ空の煙となりぬれば雲居ながらもなほ尋ねてむ

1008 題知らず 紀貫之

しるしなき煙を雲にまがへつつ世を経て富士の燃えなむ

1009 題知らず 清原深養父

煙立つおもひならねど人知れずわびては富士のねをのみぞなく

1010 女に遣しける  藤原惟成

風吹けば室の八島のゆふけぶり心の空に立ちにけるかな

1011 文遣しける女に同し司の上なりける人通ふと聞きて遣しける 藤原義孝

白雲のみねにしもなど通ふらむ同じみかさの山のふもとを

1012 題知らず 和泉式部

今日も又かくやいぶきのさしも草さらばわれのみ燃えや渡らむ

1013 題知らず 源重之

筑波山端山繁山しげけれど思ひ入るにはさはらざりけり

1014 また通ふ人ありける女のもとに遣しける 大中臣能宣朝臣

われならむ人に心をつくば山したに通はむ道だにやなき

1015 はじめて女に遣しける 大江匡衡朝臣

人知れずおもふ心はあしびきの山した水の湧きやかへらむ

1016 女を物越しにほのかに見て遣しける 清原元輔

匂ふらむ霞のうちのさくら花おもひやりても惜しき春かな

1017 年を經て言ひわたり侍りける女のさすがにけ 大中臣能宣朝臣

幾かへり咲き散る花を眺めつつもの思ひ暮らす春に逢ふらむ

1018 題知らず 凡河内躬恒

奥山の峰飛び越ゆる初雁のはつかにだにも見でややみなむ

1019 題知らず 亭子院御歌

大空をわたる春日の影なれやよそにのみしてのどけかるらむ

1020 正月雨降り風吹きける日女に遣しける 謙徳公

春風の吹くにもまさるなみだかなわがみなかみも氷解くらし

1021 たびたび返事せぬ女に 謙徳公

水の上に浮きたる鳥のあともなくおぼつかなさを思ふ頃かな

1022 題知らず 曾禰好忠

かた岡の雪間にねざす若草のほのかに見てし人ぞこひしき

1023 返事せぬ女の許に遣はさむとて人のよませ侍りければ二月ばかりによみ侍りける 和泉式部

あとをだに草のはつかに見てしがな結ぶばかりの程ならずとも

1024 題知らず 藤原興風

霜の上に跡ふみつくる浜千鳥ゆくへもなしと音をのみぞ鳴く

1025 題知らず 中納言家持

秋萩の枝もとををに置く露の今朝消えぬとも色に出でめや

1026 題知らず 藤原高光

秋風にみだれてものは思へども萩の下葉の色はかはらず

1027 忍草の紅葉したるに付けて女のもとに遣しける 花園左大臣

わが恋も今は色にや出でなまし軒のしのぶも紅葉しにけり

1028 和歌所歌合に久忍戀といふことを 摂政太政大臣

いそのかみふるの神杉ふりぬれど色には出でず露も時雨も

1029 小野宮歌合に、忍恋の心を 太上天皇

わが恋はまきの下葉にもる時雨ぬるとも袖の色に出でめや

1030 百首歌奉りし時よめる 前大僧正慈円

わが恋は松を時雨の染めかねて真葛が原に風さわぐなり

1031 家に歌合し侍りけるに、夏恋の心を 摂政太政大臣

空蝉の鳴く音やよそにもりの露ほしあへぬ袖を人のとふまで

1032 家に歌合し侍りけるに、夏恋の心を 寂蓮法師

思あれば袖に螢をつつみてもいはばやものをとふ人はなし

1033 水無瀬にて、をのこども、久恋といふことをよみ侍りしに 太上天皇

思ひつつ経にける年のかひやなきただあらましの夕暮のそら

1034 百首歌中に、忍恋を 式子内親王

玉の緒よ絶えなば絶えねながらへば忍ぶることの弱りもぞする

1035 百首歌中に、忍恋を 式子内親王

忘れてはうち歎かるるゆうべかなわれのみ知りて過ぐる月日を

1036 百首歌中に、忍恋を 式子内親王

わが恋は知る人もなしせく床のなみだもらすな黄楊の小まくら

1037 百首歌よみ侍りける時、忍恋 入道前関白太政大臣

忍ぶるにこころの隙はなけれどもなほもるものは涙なりけり

1038 冷泉院、みこの宮と申しける時、さぶらひける女房を見かはして、いひわたり侍りける頃、手習しける所にまかりて、物に書き付け侍りける 謙徳公

つらけれど恨みむとはたおもほえずなほ行くさきを頼む心に

1039 返し よみ人知らず

雨こそは頼まばもらめたのまずは思はぬ人と見てをやみなむ

1040 題知らず 紀貫之

風吹けばとはに波こす磯なれやわがころも手の乾く時なし

1041 題知らず 藤原道信朝臣

須磨の蜑の浪かけ衣よそにのみ聞くはわが身になりにけるかな

1042 薬玉を女に遣はすとて男にかはりて 三条院女蔵人左近

沼ごとに袖ぞ濡れけるあやめ草こころに似たるねを求むとて

1043 五月五日馬内侍に遣しける 前大納言公任

時鳥いつかと待ちし菖蒲草今日はいかなるねにか鳴くべき

1044 返し 馬内侍

さみだれはそらおぼれする時鳥ときになく音は人もとがめず

1045 兵衞佐に侍りける時五月ばかりによそながら物申し初めて遣しける 法成寺入道前摂政太政大臣

時鳥こゑをば聞けど花の枝にまだふみなれぬものをこそ思へ

1046 返し 馬内侍 馬内侍

時鳥しのぶるものをかしは木のもりても声の聞えけるかな

1047 時鳥の鳴きけるは聞きつやと申しける人に 馬内侍

心のみ空になりつつほととぎす人だのめなる音こそなかるれ

1048 題知らず 伊勢

み熊野の浦よりをちに漕ぐ舟のわれをばよそに隔てつるかな

1049 題知らず 伊勢

難波潟みじかき葦のふしのまもあはでこの世を過ぐしてよとや

1050 題知らず 柿本人麿

み狩する狩場の小野のなら柴の馴れはまさらで恋ぞまされる

1051 題知らず よみ人知らず

有度浜の疎くのみやは世をば経む波のよるよる逢ひ見てしがな

1052 題知らず よみ人知らず

東路の道のはてなる常陸帯のかごとばかりも逢ひ見てしがな

1053 題知らず よみ人知らず

濁江のすまむことこそ難からめいかでほのかに影を見せまし

1054 題知らず よみ人知らず

時雨降る冬の木の葉のかわかずぞもの思ふ人の袖はありける

1055 題知らず よみ人知らず

ありとのみおとに聞きつつ音羽川わたらば袖に影も見えなむ

1056 題知らず よみ人知らず

水茎の岡の木の葉を吹きかへし誰かは君を恋ひむとおもひし

1057 題知らず よみ人知らず

わが袖に跡ふみつけよ浜千鳥逢ふことかたし見てもしのばむ

1058 女の許より歸り侍りけるに程もなく雪のいみじう降り侍りければ 中納言兼輔

冬の夜の涙にこほるわが袖のこころ解けずも見ゆる君かな

1059 題知らず 藤原元真

霜こほりこころも解けぬ冬の池に夜ふけてぞ鳴くをしの一声

1060 題知らず 藤原元真

なみだ川身も浮くばかりながるれど消えぬは人の思なりけり

1061 女に遣しける 藤原実方朝臣

いかにせむくめぢの橋の中空に渡しも果てぬ身とやなりなむ

1062 女の杉の實を包みておこせて侍りければ 藤原実方朝臣

たれぞこの三輪の桧原も知らなくに心の杉のわれを尋ねる

1063 題知らず 小弁

わが恋はいはぬばかりぞ難波なる葦のしの屋の下にこそたけ

1064 題知らず 伊勢

わが恋はありその海の風をいたみ頻りによする波のまもなし

1065 人につかはしける 藤原清正

須磨の浦に蜑のこりつむ藻塩木のからくも下にもえ渡るかな

1066 題知らず 源景明

あるかひもなぎさに寄する白波のまなく物思ふわが身なりけり

1067 題知らず 紀貫之

あしびきの山下たぎつ岩浪のこころくだけて人ぞこひしき

1068 題知らず 紀貫之

あしびきの山下しげき夏草のふかくも君をおもふころかな

1069 題知らず 坂上是則

をじかふす夏野の草の道をなみしげき恋路にまどふころかな

1070 題知らず 曾禰好忠

蚊遣火のさ夜ふけがたの下こがれ苦しやわが身人知れずのみ

1071 題知らず 曾禰好忠

由良のとをわたる舟人かぢをたえ行方も知らぬ恋のみちかな

1072 鳥羽院御時上のをのこども寄風戀といふ心をよみ侍りけるに 権中納言師時

追風に八重の塩路を行く舟のほのかにだにもあひ見てしがな

1073 百首歌奉りし時 摂政太政大臣

かぢをたえ由良の湊による舟のたよりも知らぬ沖つしほ風

1074 題知らず 式子内親王

しるべせよ跡なきなみに漕ぐ舟の行方も知らぬ八重のしほ風

1075 題知らず 権中納言長方

紀の国や由良の湊に拾ふてふたまさかにだにもあひ見てしがな

1076 法性寺入道前關白太政大臣家の歌合に 権中納言師俊

つれもなき人の心のうきにはふ葦の下根のねをこそはなけ

1077 和歌所歌合に忍戀をよめる 摂政太政大臣

難波人いかなる江にか朽ちはてむ逢ふ事なみにみをつくしつつ

1078 隱名戀といへる心を 皇太后宮大夫俊成

蜑のかるみるめをなみにまがへつつ名草の浜を尋ねわびぬる

1079 題知らず 相模

逢ふまでのみるめ刈るべき方ぞなきまだ波馴れぬ磯のあま人

1080 題知らず 在原業平朝臣

みるめ刈るかたやいづくぞ棹さしてわれに教へよ海人の釣舟

恋歌二

1081 五十首歌奉りしに、寄雲恋 皇太后宮大夫俊成女

下もえに思ひ消えなむけぶりだにあとなき雲のはてぞ悲しき

1082 摂政太政大臣家百首歌合に 藤原定家朝臣

靡かじなあまの藻塩火たき初めて煙は空にくゆりわぶとも

1083 百首歌奉りし時戀歌 摂政太政大臣

恋をのみすまの浦人藻塩垂れほしあへぬ袖のはてを知らばや

1084 恋の歌とてよめる 二条院讃岐

みるめこそ生ひぬる磯の草ならめ袖さへ波の下に朽ちぬる

1085 年をへたる恋といへる心をよみ侍りける 源俊頼朝臣

君恋ふとなるみの浦の浜ひさぎしをれてのみも年を経るかな

1086 忍戀の心を 前太政大臣

知るらめや木の葉降りしく谷水の岩間に漏らす下のこころを

1087 左大将に侍りける時、家に百首歌合し侍りけるに、忍恋の心をん 摂政太政大臣

洩らすなよ雲ゐるみねの初しぐれ木の葉は下に色かはるとも

1088 恋歌あまたよみ侍りけるに 後徳大寺左大臣

かくとだに思ふこころをいはせ山した行く水の草がくれつつ

1089 題知らず 殷富門院大輔

洩らさばやおもふ心をさてのみはえぞやましろの井手の柵

1090 忍戀の心を 近衛院御歌

恋しともいはば心のゆくべきにくるしや人目つつむおもひは

1091 見れど逢はぬ戀といふ心をよみ侍りける 花園左大臣

人知れぬ恋にわが身は沈めどもみるめに浮くは涙なりけり

1092 題知らず 神祇伯顕仲

物思ふといはぬばかりは忍ぶともいかがはすべき袖の雫を

1093 忍戀の心を 藤原清輔朝臣

人知れず苦しきものはしのぶ山下はふ葛のうらみなりけり

1094 和歌所歌合に忍戀の心を 藤原雅経

消えねただしのぶの山の峰の雲かかる心のあともなきまで

1095 千五百番歌合に 左衛門督通光

限あればしのぶの山のふもとにも落葉がうへの露ぞいろづく

1096 千五百番歌合に 二条院讃岐

うちはへてくるしきものは人目のみしのぶの浦のあまの栲縄

1097 和歌所歌合に依忍増戀といふことを 春宮権大夫公継

忍ばじよ石間づたひの谷川も瀬をせくにこそ水まさりけれ

1098 題知らず 信濃

人もまだふみみぬ山のいはがくれ流るる水を袖にせくかな

1099 題知らず 西行法師

はるかなる岩のはざまに独ゐて人目思はでものおもはばや

1100 題知らず 西行法師

数ならぬ心の咎になしはてて知らせでこそは身をも恨みめ

1101 水無瀬戀十五首歌合に夏戀を 摂政太政大臣

草ふかき夏野わけ行くさを鹿の音をこそ立てね露ぞこぼるる

1102 入道前關白右大臣に侍りける時百首歌人々によませ侍りけるに忍戀の心を 大宰大弐重家

後の世をなげく涙といひなしてしぼりやせまし墨染のそで

1103 大納言成通文遣しけれどつれなかりける女を後の世まで恨み殘るべきよし申しければ よみ人知らず

たまづさの通ふばかりに慰めて後の世までのうらみのこすな

1104 前大納言隆房中將に侍りける時右近の馬場の引折の日まかれりけるに物見侍りける女車より遣しける よみ人知らず

ためしあればながめはそれと知りながら覚束なきは心なりけり

1105 返し 前大納言隆房

いはぬより心や行きてしるべするながむる方を人の問ふまで

1106 千五百番歌合に 左衛門督通光

ながめわびそれとはなしにものぞ思ふ雲のはたての夕暮の空

1107 雨の降る日女に遣しける 皇太后宮大夫俊成

思ひあまりそなたの空をながむれば霞を分けて春雨ぞ降る

1108 水無瀬戀十五首歌合に 摂政太政大臣

山がつの麻のさ衣をさをあらみあはで月日やすぎ葺けるいほ

1109 欲言出戀といへる心を 藤原忠定

思へどもいはで月日はすぎの門さすがにいかが忍び果つべき

1110 百首歌奉りし時 皇太后宮大夫俊成

逢ふことはかた野の里のささの庵しのに霧散る夜はの床かな

1111 入道関白、右大臣に侍りけるとき、百首歌の中に忍恋 皇太后宮大夫俊成

散らすなよ篠の葉草のかりにても露かかるべき袖のうへかは

1112 題知らず 藤原元真

白玉か露かと問はむ人もがなものおもふ袖をさして答へむ

1113 女に遣しける 藤原義孝

いつまでの命も知らぬ世の中につらき歎のやまずもあるかな

1114 崇徳院に百首歌奉りける時 大炊御門右大臣

わが恋はちぎの片そぎかたくのみ行きあはで年の積りぬるかな

1115 入道前關白家に百首歌よみ侍りける時遇はぬ戀といふ心を 藤原基輔朝臣

いつとなく塩焼く海士のとまびさし久しくなりぬ逢はぬ思は

1116 夕恋といふことをよみ侍りける 藤原秀能

藻塩焼くあまの磯屋のゆふけぶり立つ名もくるし思たえなで

1117 海辺恋といふことをよめる 藤原定家朝臣

須磨の蜑の袖に吹きこす塩風のなるとはすれど手にもたまらず

1118 摂政太政大臣家歌合によみ侍りける 寂蓮法師

ありとても逢はぬためしの名取川朽ちだにはてね瀬々の埋木

1119 千五百番歌合に 摂政太政大臣

歎かずよいまはたおなじ名取川瀬々の埋木朽ちはてぬとも

1120 百首歌奉りし時 二条院讃岐

なみだ川たぎつ心のはやき瀬をしがらみかけてせく袖ぞなき

1121 摂政太政大臣、百首歌よませ侍りけるに 高松院右衛門佐

よそながらあやしとだにも思へかし恋せぬ人の袖の色かは

1122 戀の歌とてよめる よみ人知らず

忍びあまり落つる涙をせきかへし抑ふる袖のようき名もらすな

1123 入道前關白太政大臣家歌合に 道因法師

くれなゐに涙の色のなり行くをいくしほまでと君に問はばや

1124 百首歌の中に 式子内親王

夢にても見ゆらむものを歎きつつうちぬる宵の袖のけしきは

1125 語らひ侍りける女の夢に見えて侍りければよみける 後徳大寺左大臣

覚めて後夢なりけりと思ふにも逢ふは名残の惜しくやはあらぬ

1126 千五百番歌合に 摂政太政大臣

身に添へるその面影も消えななむ夢なりけりと忘るばかりに

1127 題知らず 大納言実宗

夢のうちに逢ふと見えつる寝覚こそつれなきよりも袖は濡れけれ

1128 五十首歌奉りし時 前大納言忠良

たのめ置きし浅茅が露に秋かけて木の葉降りしく宿の通ひぢ

1129 隔`河忍戀といふことを 正三位経家

忍びあまり天の河瀬にことよせむせめては秋を忘れだにすな

1130 遠き境を待つ戀といへる心を 賀茂重政

たのめてもはるけかるべきかへる山いくへの雲の下に待つらむ

1131 摂政太政大臣家百首歌合に 中宮大夫家房

逢ふ事はいつといぶきの嶺に生ふるさしも絶えせぬ思なりけり

1132 摂政太政大臣家百首歌合に 藤原家隆朝臣

富士の嶺の煙もなほぞ立ちのぼるうへなきものはおもひなりけり

1133 名立戀といふ心をよみ侍りける 権中納言俊忠

なき名のみ立田の山に立つくもの行方も知らぬながめをぞする

1134 百首歌の中に戀の心を 惟明親王

逢ふことのむなしき空の浮雲は身を知る雨のたよりなりけり

1135 百首歌中に、恋の心を 右衛門督通具

わが恋は逢ふをかぎりのたのみだに行方も知らぬ空の浮雲

1136 水無瀬戀十五首歌合に春戀の心を 皇太后宮大夫俊成女

面影のかすめる月ぞやどりける春やむかしの袖のなみだに

1137 冬戀 藤原定家朝臣

床の霜まくらの氷消えわびぬむすびも置かぬ人のちぎりに

1138 摂政太政大臣家百首歌合に暁戀 藤原有家朝臣

つれなさのたぐひまでやはつらからめ月をもめでじ有明の空

1139 宇治にて、夜恋といふことを、をのこどもつかうまつりしに 藤原秀能

袖のうへに誰ゆゑ月は宿るぞとよそになしても人の問へかし

1140 久戀といへることを 越前

夏引の手びきの糸の年へても絶えぬおもひにむすぼほれつつ

1141 家に百首歌合し侍りけるに、祈恋といへる心を 摂政太政大臣

幾夜われ波にしをれて貴船川そでに玉散るもの思ふらむ

1142 家に百首歌合し侍りけるに、祈恋といへる心を 藤原定家朝臣

年も経ぬいのるちぎりははつせ山をのへの鐘のよそのゆふぐれ

1143 かた思ひの心をよめる 皇太后宮大夫俊成

うき身をばわれだに厭ふ厭へただそをだにおなじ心と思はむ

1144 題知らず 権中納言長方

恋ひ死なむ同じうき名をいかにして逢ふにかへつと人にいはれむ

1145 題知らず 殷富門院大輔

明日知らぬ命をぞ思ふおのづからあらば逢ふ世を待つにつけても

1146 題知らず 八条院高倉

つれもなき人の心はうつせみのむなしきこひに身をやかへてむ

1147 題知らず 西行法師

何となくさすがにをしき命かなあり経ば人や思ひ知るとて

1148 題知らず 西行法師

思ひ知る人ありあけの世なりせばつきせず身をば恨みざらまし

恋歌三

1149 中関白かよひそめ侍りける頃 儀同三司母

忘れじの行末まではかたければ今日かぎりの命ともがな

1150 忍びたる女をかりそめなる所に率てまかりて歸りてあしたに遣しける 謙徳公

限なく結びおきつる草まくらいつこのたびをおもひ忘れむ

1151 題知らず 在原業平朝臣

思ふには忍ぶる事ぞまけにける逢ふにしかへばさもあらばあれ

1152 人のもとにまかり初めてあしたに遣しける 廉義公

昨日まで逢ふにしかへばと思ひしを今日は命の惜しくもあるかな

1153 百首歌に 式子内親王

逢ふことを今日まつが枝の手向草いく世しをるる袖とかは知る

1154 頭中将に侍りける時、五節所のわらはに物申し初めて後、尋ねて遣はしける 源正清朝臣

恋しさにけふぞたづぬるおく山の日かげの露に袖は濡れつつ

1155 題知らず 西行法師 

逢ふまでの命もがなと思ひしはくやしかりけるわが心かな

1156 題知らず 三条院女蔵人左近

ひとごころうす花染の狩衣さてだにあらで色やかはらむ

1157 題知らず 藤原興風

逢ひ見てもかひなかりけりうば玉のはかなき夢におとる現は

1158 題知らず 藤原実方朝臣

中々に物思ひ初めてねぬる夜ははかなき夢もえやは見えける

1159 忍びたる人と二人臥して 伊勢

夢とても人に語るな知るといへば手枕ならぬ枕だにせず

1160 題知らず 和泉式部

枕だに知らねばいはじ見しままに君かたるなよ春の夜の夢

1161 人にもの言ひはじめて 馬内侍

忘れても人に語るなうたたねの夢見てのちもながからぬよを

1162 女に遣しける 藤原範永朝臣

つらかりし多くの年は忘られて一夜の夢をあはれとぞ見し

1163 題知らず 高倉院御歌

今朝よりはいとどおもひをたきましてなげきこりつむ逢ふ坂の山

1164 初会恋の心を 源俊頼朝臣

葦の屋のしずはた帯のかた結び心やすくもうち解くるかな

1165 題知らず よみ人知らず

かりそめにふしみの野辺の草まくら露かかりきと人に語るな

1166 人知れず忍びけることを文など散らすと聞きける人に遣しける 相模

いかにせむ葛のうら吹く秋風に下葉の露のかくれなき身を

1167 題知らず 藤原実方朝臣

あけがたきふた見の浦に寄る浪の袖のみ濡れておきつしま人

1168 題知らず 伊勢

逢ふことの明けぬ夜ながら明けぬればわれこそ帰れ心やは行く

1169 九月十日あまりに、夜ふけて和泉式部が門をたたかせ侍りけるに、聞き付けざりければ、朝(あした)に遣はしける 大宰帥敦道親王

秋の夜の有明の月の入るまでにやすらひかねて帰りにしかな

1170 題知らず 藤原道信朝臣

心にもあらぬわが身の行きかへり道の空にて消えぬべきかな

1171 近江更衣にたまはせける 延喜御歌

はかなくも明けにけるかな朝露のおきての後ぞ消えまさりける

1172 御返し 更衣源周子

あさ露のおきつる空もおもほえず消えかへりつる心まどひに

1173 題知らず 円融院御歌

置き添ふる露やいかなる露ならむ今は消えねと思ふわが身を

1174 題知らず 謙徳公

思ひ出でて今は消ぬべし夜もすがらおきうかりつる菊のうへの露

1175 題知らず 清慎公

うばたまの夜の衣をたちながらかへるものとは今ぞ知りぬる

1176 夏の夜女の許にまかりて侍りけるに人靜まる程夜いたく更けて逢ひて侍りければよめる 藤原清正

みじか夜ののこりすくなく更け行けばかねてもの憂き有明の空

1177 女みこに通ひ初めてあしたに遣しける 大納言清蔭

明くといへばしづ心なき春の夜の夢とや君を夜のみは見む

1178 彌生の頃終夜物語して歸り侍りける人の今朝はいとど物思はしきよし申し遣したりけるに 和泉式部

今朝はしも歎きもすらむいたづらに春の夜ひと夜夢をだに見で

1179 題知らず 赤染衛門

心からしばしとつつむものからに鴫のはねがきつらき今朝かな

1180 忍びたる所より歸りてあしたに遣しける 九条入道右大臣

わびつつも君が心にかなふとて今朝も袂をほしぞわづらふ

1181 小八條の御息所に遣しける 亭子院御歌

手枕にかせる袂の露けさは明けぬと告ぐるなみだなりけり

1182 題知らず 藤原惟成

しばし待てまだ夜は深し長月の有明の月は人まどふなり

1183 「前栽の露おきたるを、などか見ずなりにし」と申しける女に 藤原実方朝臣

起きて見ば袖のみ濡れていとどしく草葉の玉の数やまさらむ

1184 二条院御時、暁帰りなんとする恋といふことを 二条院讃岐

明けぬれどまだ後朝になりやらで人の袖をも濡らしつるかな

1185 題知らず 西行法師

おもかげの忘らるまじきわかれかななごりを人の月にとどめて

1186 後朝戀の心を 摂政太政大臣

又も来む秋をたのむの雁だにもなきてぞ帰る春のあけぼの

1187 女のもとにまかりて心地例ならず侍りければ歸りて遣しける 賀茂成助

誰行きて君に告げまし道芝の露もろともに消えなましかば

1188 女の許に物をだに言はむとてまかれりけるに空しく歸りてあしたに 左大将朝光

消えかへり有るか無きかのわが身かなうらみて帰る道芝の露

1189 三条関白女御入内のあしたに遣はしける 花山院御歌

朝ぼらけ置きつる霜の消えかへり暮待つほどの袖を見せばや

1190 法性寺入道前關白太政大臣家歌合に 藤原道経

庭に生ふるゆふかげ草のした露や暮を待つ間の涙なるらむ

1191 題知らず 小侍従

待つ宵に更けゆく鐘の声聞けばあかぬわかれの鳥はものかは

1192 題知らず 藤原知家

これもまた長きわかれになりやせむ暮を待つべき命ならねば

1193 題知らず 西行法師

有明はおもひ出あれや横雲のただよはれつるしののめの空

1194 題知らず 清原元輔

大井川ゐせきの水のわくらばに今日とたのめし暮にやはあらぬ

1195 今日と契りける人のあるかと問ひて侍りければ よみ人知らず

夕暮に命かけたるかげろふのありやあらずや問ふもはかなし

1196 西行法師、人々に百首歌よませ侍りけるに 藤原定家朝臣

あぢきなくつらき嵐の声も憂しなど夕暮に待ちならひけむ

1197 戀の歌とて 太上天皇

たのめずは人を待乳の山なりと寝なましものをいさよひの月

1198 水無瀬にて戀十五首歌合に夕戀といへる心を 摂政太政大臣

何故と思ひも入れぬ夕べだに待ち出でしものを山の端の月

1199 寄風戀 宮内卿

聞くやいかにうはの空なる風だにもまつに音する習ありとは

1200 題知らず 西行法師

人は来で風のけしきもふけぬるにあはれに雁の音づれて行く

1201 題知らず 八条院高倉

いかが吹く身にしむ色のかはるかなたのむる暮の松風の声

1202 題知らず 鴨長明

たのめ置く人もながらの山にだにさ夜ふけぬればまつ風の声

1203 題知らず 藤原秀能

今来むとたのめしことを忘れずはこの夕暮の月や待つらむ

1204 待戀といへる心を 式子内親王

君待つと閨へも入らぬまきの戸にいたくな更けそ山の端の月

1205 恋歌とてよめる 西行法師

たのめぬに君来やと待つ宵の間の更け行かでただ明けなましかば

1206 恋歌とてよめる 藤原定家朝臣

帰るさのものとや人のながむらむ待つ夜ながらの有明の月

1207 題知らず よみ人知らず

君来むといひし夜毎に過ぎぬれば頼まぬ物の恋ひつつぞ経る

1208 題知らず 柿本人麿

衣手に山おろし吹きて寒き夜を君来まさずは独かも寝む

1209 左大將朝光久しう音づれ侍らで旅なる所に來あひて枕のなければ草を結びてしたるに 馬内侍

逢ふことはこれや限のたびならむ草のまくらも霜枯れにけり

1210 天暦の御時間遠にあれやと侍りければ 女御徽子女王

馴れゆくはうき世なればや須磨の蜑の塩焼衣まどほなるらむ

1211 逢ひて後逢ひがたき女に 坂上是則

霧深き秋の野中のわすれ水たえまがちなる頃にもあるかな

1212 三條院みこの宮と申しける時久しう問はせ給はざりければ 安法法師女

世の常の秋風ならば荻の葉にそよとばかりの音はしてまし

1213 題知らず 中納言家持

足引の山のかげ草結び置きて恋ひや渡らむ逢ふよしをなみ

1214 題知らず 延喜御歌

東路に刈るてふ萱のみだれつつ束の間もなく恋ひや渡らむ

1215 題知らず 権中納言敦忠

結び置きし袂だに見ぬ花薄かるともかれじ君しとはずは

1216 百首歌中に 源重之

霜の上に今朝ふる雪の寒ければ重ねて人をつらしとぞ思ふ

1217 題知らず 安法法師女

ひとり臥す荒れたる宿のとこの上にあはれ幾夜の寝覚しつらむ

1218 題知らず 源重之

山城の淀のわか菰かりに来て袖の濡れぬとはかこたざらなむ

1219 題知らず 紀貫之

かけて思ふ人もなけれど夕されば面影絶えぬ玉かづらかな

1220 宮仕し侍りける女を語らひ侍りけるにやむごとなき男の入り立ちて言ふけしきを見て恨みけるを女あらがひければよみ侍りける 平定文

偽をただすのもりのゆふだすきかけつつ誓へわれを思はば

1221 人に遣しける 鳥羽院御歌

いかばかり嬉しからまし諸共に恋ひらるる身も苦しかりせば

1222 片思ひの心を 入道前関白太政大臣

わればかりつらきを忍ぶ人やあると今世にあらば思ひあはせよ

1223 摂政太政大臣家百首歌合に契戀の心を 前大僧正慈円

ただ頼めたとへば人のいつはりを重ねてこそは又も恨みめ

1224 女を恨みて今はまからじと申して後なほ忘れ難く覺えければ遣しける 左衛門督家通

つらしとは思ふものからふし柴のしばしもこりぬ心なりけり

1225 頼むる事侍りける女わづらふ事侍りけるがおこたりて久我内大臣のもとに遣しける よみ人知らず

たのめこし言の葉ばかり留め置きて浅茅が露と消えなましかば

1226 返し 久我内大臣

あはれにも誰かは露を思はまし消え残るべきわが身ならねば

1227 題知らず 小侍従

つらきをも恨みぬわれに習ふなようき身を知らぬ人もこそあれ

1228 題知らず 殷富門院大輔

何か厭ふよも長らへじさのみやは憂きに堪へたる命なるべき

1229 題知らず 刑部卿頼輔

恋ひ死なむ命は猶も惜しきかな同じ世にあるかひはなけれど

1230 題知らず 西行法師

あはれとて人の心のなさけあれな数ならぬにはよらぬ歎を

1231 題知らず 西行法師

身を知れば人の咎とも思はぬにうらみ顏にも濡るる袖かな

1232 女に遣はしける 皇太后宮大夫俊成

よしさらば後の世とだにたのめ置け辛さに堪へぬ身ともこそなれ

1233 返し 藤原定家朝臣母

頼め置かむたださばかりを契にてうき世の中の夢になしてよ

恋歌四

1234 中将に侍ける時、女につかはしける 清慎公

宵々に君をあはれと思ひつつ人にはいはで音をのみぞ泣く

1235 返し よみ人知らず

君だにも思ひ出でける宵々を待つはいかなるここちかはする

1236 少将滋幹につかはしける よみ人知らず

恋しさに死ぬる命を思ひ出でて問ふ人あらばなしと答えよ

1237 恨むる事侍りて、さらにまうで来じと誓言して、二日ばかりありてつかはしける 謙徳公

別れては昨日今日こそ隔てつれ千世しも経たる心地のみする

1238 返し 恵子女王

昨日とも今日とも知らず今はとて別れしままの心まどひに

1239 入道摂政久しくまうで来ざりけるころ、鬢掻きて出で侍けるゆするつきの、水入れながら侍けるを見て 右大将道綱母

絶えぬるか影だに見えば問ふべきを形見の水は水草ゐにけり

1240 内に久しくまいり給はざりけるころ、五月五日、後朱雀院の御返事に 陽明門院

方々に引き別れつつ菖蒲草あらぬねをやはかけむと思ひし

1241 題しらず 伊勢

言の葉の移ろふだにもあるものをいとど時雨の降りまさるらむ

1242 題しらず 右大将道綱母

吹く風につけても問はむささがにの通ひし道は空に絶ゆとも

1243 后の宮久しく里におはしけるころ、つかはしける 天暦御歌

葛の葉にあらぬわが身も秋風の吹くにつけつつうらみつるかな

1244 久しくまいらざりける人に 延喜御歌

霜さやぐ野辺の草葉にあらねどもなどか人目のかれまさるらむ

1245 御返し よみ人知らず

浅茅生ふる野辺やかるらむ山がつの垣ほの草は色もかはらず

1246 春になりてと奏し侍りけるが、さもなかりければ、内より、いまだ年もかへらぬにやとのたまはせたりける御返事を、かへでの紅葉につけて 女御徽子女王

霞むらむ程をも知らずしぐれつつ過ぎにし秋の紅葉をぞ見る

1247 御返し 天暦御歌

今来むとたのめつつふる言の葉ぞ常磐に見ゆる紅葉なりけり

1248 女御の下に侍けるにつかはしける 朱雀院御歌

玉ぼこの道は遥かにあらねどもうたて雲居にまどふころかな

1249 御返し 女御熈子女王

思ひやる心は空にあるものをなどか雲居にあひ見ざるらむ

1250 麗景殿女御まいりてのち、雨降り侍ける日、梅壺女御に 後朱雀院御歌

春雨の降りしくころは青柳のいと乱れつつ人ぞこひしき

1251 御返し 女御藤原生子

青柳のいと乱れたるこの頃はひと筋にしも思ひよられじ

1252 又つかはしける 後朱雀院御歌

青柳の糸はかたがたなびくとも思ひそめてむ色はかはらじ

1253 御返し 女御藤原生子

浅みどり深くもあらぬ青柳は色かはらじといかがたのまむ

1254 早うもの申ける女に、枯れたる葵を、みあれの日つかはしける 藤原実方朝臣

古へのあふひと人は咎むともなほそのかみの今日ぞわすれぬ

1255 返し よみ人知らず

枯れにける葵のみこそ悲しけれ哀と見ずや賀茂のみづがき

1256 広幡の御息所につかはしける 天暦御歌

逢ふ事をはつかに見えし月影のおぼろげにやは哀ともおもふ

1257 題しらず 伊勢

さらしなや姨捨山の有明のつきずもものをおもふころかな

1258 題しらず 中務

いつとても哀と思ふをねぬる夜の月は朧げなくなくぞ見し

1259 題しらず 凡河内躬恒

更級の山よりほかに照る月もなぐさめかねつこの頃のそら

1260 題しらず よみ人知らず

天の戸をおしあけがたの月見れば憂き人しもぞ恋しかりける

1261 題しらず よみ人知らず

ほの見えし月を恋しと帰るさの雲路の浪に濡れて来しかな

1262 人につかはしける 紫式部

入る方はさやかなりける月影をうはの空にも待ちし宵かな

1263 返し よみ人知らず

さして行く山の端もみなかき曇りこころのそらに消えし月影

1264 題しらず 藤原経衡

今はとて別れしほどの月をだに涙にくれてながめやはせし

1265 題しらず 肥後

面影のわすれぬ人によそへつつ入るをぞ慕ふ秋の夜の月

1266 題しらず 後徳大寺左大臣

憂き人の月は何ぞのゆかりぞと思ひながらもうち眺めつつ

1267 題しらず 西行法師

月のみやうはの空なる形見にて思ひも出でばこころ通はむ

1268 題しらず 西行法師

隈もなき折りしも人を思ひ出でてこころと月をやつしつるかな

1269 題しらず 西行法師

物思ひて眺むる頃の月の色にいかばかりなるあはれ添ふらむ

1270 題しらず 八条院高倉

曇れかしながむるからに悲しきは月におぼゆる人のおもかげ

1271 百首歌の中に 太上天皇

忘らるる身を知る袖のむら雨につれなく山の月は出でけり

1272 千五百番歌合に 摂政太政大臣

めぐりあはむ限はいつと知らねども月な隔てそよその浮雲

1273 千五百番歌合に 摂政太政大臣

わが涙もとめて袖にやどれ月さりとて人のかげは見えねど

1274 千五百番歌合に 権中納言公経

恋ひわぶるなみだや空に曇るらむ光もかはるねやの月かげ

1275 千五百番歌合に 左衛門督通光

いくめぐり空行く月もへだてきぬ契りしなかはよその浮雲

1276 千五百番歌合に 右衛門督通具

いま来むと契りしことは夢ながら見し夜に似たるありあけの月

1277 千五百番歌合に 藤原有家朝臣

忘れじといひしばかりのなごりとてその夜の月は廻り来にけり

1278 題しらず 摂政太政大臣

思ひ出でて夜な夜な月に尋ねずは待てと契りし中や絶えなむ

1279 題しらず 藤原家隆朝臣

忘るなよ今は心のかはるとも馴れしその夜のありあけの月

1280 題しらず 法眼宗円

そのままに松のあらしも変らぬを忘れやしぬるふけし夜の月

1281 題しらず 藤原秀能

人ぞ憂きたのめぬ月はめぐり来てむかしわすれぬ蓬生の宿

1282 八月十五夜和歌所にて、月前恋といふことを 摂政太政大臣

わくらばに待ちつる宵もふけにけりさやは契りし山の端の月

1283 八月十五夜和歌所にて、月前恋といふことを 藤原有家朝臣

来ぬ人を待つとはなくて待つ宵の更け行く空の月もうらめし

1284 八月十五夜和歌所にて、月前恋といふことを 藤原定家朝臣

松山と契りし人はつれなくて袖越す浪にのこる月かげ

1285 千五百番歌合に 皇太后宮大夫俊成女

ならひ来し誰が偽もまだ知らで待つとせしまの庭の蓬生

1286 経房卿家歌合に、久恋を 二条院讃岐

あと絶えて浅茅がすゑになりにけりたのめし宿の庭の白露

1287 摂政太政大臣家百首歌よみ侍けるに 寂蓮法師

来ぬ人を思ひ絶えたる庭の面の蓬がすゑぞ待つにまされる

1288 題しらず 左衛門督通光

尋ねても袖にかくべきかたぞなきふかきよもぎのつゆのかごとを

1289 題しらず 藤原保季朝臣

かたみとてほの踏み分けしあともなし来しは昔の庭の荻原

1290 題しらず 法橋行遍

なごりをば庭の浅茅に留め置きて誰ゆゑ君が住みうかれけむ

1291 摂政太政大臣家百首歌合に 藤原定家朝臣

忘れずはなれし袖もや氷るらむ寝ぬ夜の床の霜のさむしろ

1292 摂政太政大臣家百首歌合に 藤原家隆朝臣

風吹かば峰に別れむ雲をだにありしなごりの形見とも見よ

1293 百首歌たてまつりし時 摂政太政大臣

いはざりき今来むまでの空の雲月日へだててもの思へとは

1294 千五百番歌合に 藤原家隆朝臣

思ひ出でよ誰がかねごとの末ならむ昨日の雲のあとの山風

1295 二条院御時、艶書の歌めしけるに 刑部卿範兼

忘れゆく人ゆゑ空をながむればたえだえにこそ雲も見えけれ

1296 題しらず 殷富門院大輔

忘れなば生けらむ物かと思ひしにそれも叶はぬ此世なりけり

1297 題しらず 西行法師

疎くなる人をなにとて恨むらむ知られず知らぬ折もありしを

1298 題しらず 西行法師

今ぞ知る思ひ出でよと契りしは忘れむとてのなさけなりけり

1299 建仁元年三月歌合に、遇不遇恋の心を 土御門内大臣

あひ見しは昔がたりのうつつにてそのかねごとを夢になせとや

1300 建仁元年三月歌合に、遇不遇恋の心を 権中納言公経

あはれなる心の闇のゆかりとも見し夜の夢をたれかさだめむ

1301 建仁元年三月歌合に、遇不遇恋の心を 右衛門督通具

契りきや飽かぬわかれに露おきし暁ばかりかたみなれとは

1302 建仁元年三月歌合に、遇不遇恋の心を 寂蓮法師

恨みわび待たじいまはの身なれども思ひ馴れにし夕暮の空

1303 建仁元年三月歌合に、遇不遇恋の心を 宜秋門院丹後

忘れじの言の葉いかになりにけむたのめし暮は秋風ぞ吹く

1304 家に百首歌合し侍けるに 摂政太政大臣

思ひかねうちぬる宵もありなまし吹きだにすさめ庭の松風

1305 家に百首歌合し侍けるに 藤原有家朝臣

さらでだにうらみむとおもふ吾妹子が衣の裾に秋風ぞ吹く

1306 題しらず よみ人知らず

心にはいつも秋なる寝覚かな身にしむ風のいく夜ともなく

1307 題しらず 西行法師

あはれとて問ふ人のなどなかるらむもの思ふ宿の荻の上風

1308 入道前関白太政大臣家の歌合に 俊恵法師

わが恋は今をかぎりとゆふまぐれ荻吹く風の音づれて行く

1309 題しらず 式子内親王

今はただ心の外に聞くものを知らずがほなる荻のうはかぜ

1310 家歌合に 摂政太政大臣

いつも聞くものとや人の思ふらむ来ぬ夕暮のまつかぜの声

1311 家歌合に 前大僧正慈円

心あらば吹かずもあらなむよひよひに人待つ宿の庭の松風

1312 和歌所にて歌合侍しに、あひてあはぬ恋の心を 寂蓮法師

里は荒れぬ空しき床のあたりまで身はならはしの秋風ぞ吹く

1313 水無瀬の恋十五首の歌合に 太上天皇

里は荒れぬ尾上の宮のおのづから待ち来し宵も昔なりけり

1314 水無瀬の恋十五首の歌合に 藤原有家朝臣

物思はでただおほかたの露にだに濡るれば濡るる秋の袂を

1315 水無瀬の恋十五首の歌合に 藤原雅経

草枕結びさだめむかた知らずならはぬ野辺の夢のかよひ路

1316 和歌所の歌合に、深山恋といふことを 藤原家隆朝臣

さてもなほ問はれぬ秋のゆふは山雲吹く風も峰に見ゆらむ

1317 和歌所の歌合に、深山恋といふことを 藤原秀能

思ひいる深き心のたよりまで見しはそれともなき山路かな

1318 題しらず 鴨長明

ながめてもあはれと思へおほかたの空だにかなし秋の夕暮

1319 千五百番歌合に 右衛門督通具

言の葉のうつりし秋も過ぎぬればわが身時雨とふる涙かな

1320 千五百番歌合に 藤原定家朝臣

消えわびぬうつろふ人の秋の色に身をこがらしの森の下露

1321 摂政太政大臣家歌合に 寂蓮法師

来ぬ人をあきのけしきやふけぬらむうらみによわるまつ虫の声

1322 恋の歌とてよみ侍りける 前大僧正慈円

わが恋は庭のむら萩うらがれて人をも身をあきのゆふぐれ

1323 被忘恋の心を 太上天皇

袖の露もあらぬ色にぞ消えかへる移ればかはる歎せしまに

1324 被忘恋の心を 藤原定家朝臣

むせぶとも知らじな心かはら屋にわれのみたけぬ下の煙は

1325 被忘恋の心を 藤原家隆朝臣

知られじなおなじ袖には通ふともたが夕暮とたのむ秋かぜ

1326 被忘恋の心を 皇太后宮大夫俊成女

露はらふねざめは秋の昔にて見はてぬ夢にのこるおもかげ

1327 摂政太政大臣百首歌合に、尋恋 前大僧正慈円

心こそゆくへも知らね三輪の山杉のこずゑのゆふぐれの空

1328 百首歌中に 式子内親王

さりともと待ちし月日ぞうつりゆく心の花の色にまかせて

1329 百首歌中に 式子内親王

生きてよも明日まで人はつらからじこの夕暮を問はばとへかし

1330 暁恋の心を 前大僧正慈円

暁のなみだやそらにたぐふらむ袖に落ちくる鐘のおとかな

1331 千五百番歌合に 権中納言公経

つくづくと思ひあかしのうら千鳥浪の枕になくなくぞ聞く

1332 千五百番歌合に 藤原定家朝臣

尋ね見るつらき心の奥の海よ汐干のかたのいふかひもなし

1333 水無瀬の恋の十五首歌合に 藤原雅経

見し人のおもかげとめよ清見潟そでにせきもる浪のかよひぢ

1334 水無瀬の恋の十五首歌合に 皇太后宮大夫俊成女

ふりにけり時雨は袖に秋かけていひしばかりを待つとせしまに

1335 水無瀬の恋の十五首歌合に 皇太后宮大夫俊成女

かよひ来しやどの道芝かれがれにあとなき霜のむすぼほれつつ

恋歌五

1336 水無瀬恋十五首歌合に 藤原定家朝臣

白栲の袖のわかれに露おちて身にしむいろの秋かぜぞ吹く

1337 水無瀬恋十五首歌合に 藤原家隆朝臣

おもひいる身はふかくさの秋の露たのめしすゑや木枯の風

1338 水無瀬恋十五首歌合に 前大僧正慈円

野辺の露は色もなくてやこぼれつる袖より過ぐる荻の上風

1339 水無瀬恋十五首歌合に 左近中将公衡

恋ひわびて野辺の露とは消えぬとも誰か草葉を哀とは見む

1340 水無瀬恋十五首歌合に 右衛門督通具

問へかしな尾花がもとの思草しをるる野辺の露はいかにと

1341 家に恋十首歌よみ侍ける時 権中納言俊忠

夜の間にも消えゆべきものを露霜のいかに忍べとたのめ置くらむ

1342 題しらず 藤原道信朝臣

あだなりと思ひしかども君よりはもの忘れせぬ袖のうは露

1343 題しらず 藤原元真

同じくはわが身も露と消えななむ消えなばつらき言の葉も見じ

1344 頼めて侍ける女の、のちに返事をだにせず侍ければ、かのおとこに代りて 和泉式部

今来むといふ言の葉もかれゆくに夜な夜な露の何に置くらむ

1345 頼めたることあとなくなり侍にける女の、久しくありて問ひて侍ける返事に 藤原長能

あだごとの葉に置く露の消えにしをある物とてや人の問ふらむ

1346 藤原惟成につかはしける よみ人知らず

打ちはへていやは寝らるる宮城野の小萩が下葉色に出でしより

1347 返し 藤原惟成

萩の葉や露の気色もうちつけにもとよりかはる心あるものを

1348 題しらず 花山院御歌

よもすがら消え返りつるわが身かな涙の露にむすぼほれつつ

1349 久しうまいらぬ人に 光孝天皇御歌

君がせぬわが手まくらは草なれや涙の露の夜な夜なぞ置く

1350 御返し よみ人知らず

露ばかり置くらむ袖のたのまれず涙の川の滝つせなれば

1351 陸奥の安達に侍ける女に、九月ばかりつかはしける 源重之

思ひやるよその村雲しぐれつつあだちの原に紅葉しぬらむ

1352 思ふこと侍ける秋の夕暮、独りながめてよみ侍ける 六条右大臣室

身に近く来にけるものを色かはる秋をばよそに思ひしかども

1353 題しらず 相模

色かはる萩の下葉を見てもまづ人のこころの秋ぞ知らるる

1354 題しらず 相模

稲妻は照さぬ宵もなかりけりいづらほのかに見えしかげろふ

1355 題しらず 謙徳公

人知れぬ寝覚の涙ふり満ちてさもしぐれつる夜半の空かな

1356 題しらず 光孝天皇御歌

涙のみうき出づる蜑の釣竿の長き夜すがら恋ひつつぞぬる

1357 題しらず 坂上是則

枕のみ浮くと思ひしなみだ川いまはわが身の沈むなりけり

1358 題しらず よみ人知らず

おもほえず袖に湊の騒ぐかなもろこし舟の寄りしばかりに

1359 題しらず よみ人知らず

妹が袖わかれし日より白たへのころもかたしき恋ひつつぞ寝る

1360 題しらず よみ人知らず

逢ふことのなみの下草みがくれてしづ心なくねこそなかるれ

1361 題しらず よみ人知らず

浦にたく藻塩のけぶり靡かめや四方のかたより風は吹くとも

1362 題しらず よみ人知らず

忘るらむとおもふこころの疑にありしよりけにものぞ悲しき

1363 題しらず よみ人知らず

憂きながら人をばえしも忘れねばかつ恨みつつなほぞ恋しき

1364 題しらず よみ人知らず

命をばあだなる物と聞きしかどつらきがためは長くもあるかな

1365 題しらず よみ人知らず

いづ方に行き隠れなむ世の中に身のあればこそ人もつらけれ

1366 題しらず よみ人知らず

今までに忘れぬ人は世にもあらじおのがさまざま年の経ぬれば

1367 題しらず よみ人知らず

玉水を手にむすびても試みむぬるくば石のなかもたのまじ

1368 題しらず よみ人知らず

山城の井手の玉水手に汲みてたのみしかひもなき世なりけり

1369 題しらず よみ人知らず

君があたり見つつを居らむ伊駒山雲なかくしそ雨は降るとも

1370 題しらず よみ人知らず

中空に立ちゐぬ雲の跡もなく身のはかなくもなりぬべきかな

1371 題しらず よみ人知らず

雲のゐる遠山鳥のよそにてもありとし聞けば詫びつつぞぬる

1372 題しらず よみ人知らず

昼は来て夜はわかるる山鳥のかげ見るときぞ音は泣かれける

1373 題しらず よみ人知らず

われもしかなきてぞ人に恋ひられし今こそよそに声をのみ聞け

1374 題しらず 柿本人麿

夏野行くをじかの角のつかのまもわすれず思へ妹がこころを

1375 題しらず 柿本人麿

夏草の露わけごろも着もせぬになどわが袖のかわくときなき

1376 題しらず 八代女王

みそぎするならの小川の川風に祈りぞわたる下に絶えじと

1377 題しらず 清原深養父

うらみつつ寝る夜の袖の乾かぬは枕のしたに潮や満つらむ

1378 中納言家持につかはしける 山口女王

あしべより満ち来る汐のいやましに思ふか君が忘れかねつる

1379 中納言家持につかはしける 山口女王

塩釜のまへに浮きたる浮島のうきておもひのある世なりけり

1380 題しらず 赤染衛門

いかに寝て見えしなるらむ転寝の夢より後はものをこそ思へ

1381 題しらず 参議篁

うち解けて寝ぬもの故に夢を見て物思ひまさる頃にもあるかな

1382 題しらず 伊勢

春の夜の夢にありつと見えつれば思ひ絶えにし人ぞ待たるる

1383 題しらず 盛明親王

春の夜の夢のしるしはつらくとも見しばかりだにあらば頼まむ

1384 題しらず 女御徽子女王

ぬる夢にうつつの憂さも忘られて思ひ慰むほどぞはかなき

1385 春夜、女のもとにまかりて、朝につかはしける 大中臣能宣朝臣

かくばかり寝で明しつる春の夜をいかに見えつる夢にかありけむ

1386 題しらず 寂蓮法師

涙川身も浮きぬべき寝覚かなはかなき夢のなごりばかりに

1387 百首歌たてまつりしに 藤原家隆朝臣

逢ふと見てことぞともなく明けぬなりはかなの夢の忘れ形見や

1388 題しらず 藤原基俊

床近しあなかま夜半のきりぎりす夢にも人の見えもこそすれ

1389 千五百番歌合に 皇太后宮大夫俊成

あはれなりうたたねにのみ見し夢の長き思にむすぼほれなむ

1390 題しらず 藤原定家朝臣

かきやりしその黒髪のすぢごとにうち臥すほどは面影ぞたつ

1391 和歌所歌合に、遇不逢恋の心を 皇太后宮大夫俊成女

夢ぞとよ見し面影も契りしも忘れずながらうつつならねば

1392 恋歌とて 式子内親王

はかなくぞ知らぬ命を歎きこしわがかね言のかかりける世に

1393 恋歌とて

過ぎにける世々の契も忘られで厭ふ憂き身の果ぞはかなき

1394 崇徳院に百首歌たてまつりける時、恋歌 皇太后宮大夫俊成

思ひわび見し面影はさておきて恋せざりけむをりぞこひしき

1395 題しらず 相模

流れ出でむうき名にしばし淀むかな求めぬ袖の淵はあれども

1396 おとこの久しくをとづれざりけるが、忘れてやと申侍ければ、よめる 馬内侍

つらからば恋しきことは忘れなでそへてはなどかしづ心なき

1397 むかし見ける人、賀茂の祭の次第司に出で立ちてなん、まかりわたるといひて侍ければ 馬内侍

君しまれ道のゆききを定むらむ過ぎにし人をかつ忘れつつ

1398 年ごろ絶え侍にける女の、くれといふ物尋ねたりける、つかはすとて 藤原仲文

花咲かぬ朽木の杣の杣人のいかなるくれにおもひいづらむ

1399 久しくをとせぬ人に 大納言経信母

おのづからさこそはあれと思ふまに誠に人のとはずなりぬる

1400 忠盛朝臣かれがれになりてのち、いかゞ思ひけん、久しくをとづれぬ事をうらめしくやなどいひて侍ければ、返事に 前中納言教盛母

習わねば人の問はぬもつらからで悔しきにこそ袖は濡れけれ

1401 題しらず 皇嘉門院尾張

歎かじな思へば人につらかりしこの世ながらの報なりけり

1402 題しらず 和泉式部

いかにしていかにこの世にありへばか暫しも物を思はざるべき

1403 題しらず 清原深養父

嬉しくば忘るることもありなましつらきぞ長き形見なりける

1404 題しらず 素性法師

逢ふことの形見をだにもみてしがな人は絶ゆとも見つつ忍ばむ

1405 題しらず 小野小町

我身こそあらぬかとのみたどらるれ問ふべき人に忘られしより

1406 題しらず 大中臣能宣朝臣

葛城やくめ路にわたす岩橋の絶えにし中となりやはてなむ

1407 題しらず 祭主輔親

今はとも思ひなたえそ野中なる水のながれは行きてたずねむ

1408 題しらず 伊勢

思ひ出づやみののを山のひとつ松契りしことはいつも忘れず

1409 題しらず 在原業平朝臣

出でていにし跡だにいまだ変らぬに誰が通路と今はなるらむ

1410 題しらず 在原業平朝臣

梅の花香をのみ袖にとどめ置きてわが思ふ人は音づれもせぬ

1411 斎宮女御につかはしける 天暦御歌

天の原そことも知らぬ大空におぼつかなさを歎きつるかな

1412 御返し 女御徽子女王

なげくらむ心を空に見てしがな立つ朝霧に身をやなさまし

1413 題しらず 光孝天皇御歌

逢はずしてふる頃ほひの数多あれば遥けき空にながめをぞする

1414 女のほかへまかるを聞きて 兵部卿致平親王

思ひやる心も空にしら雲の出で立つかたを知らせやはせぬ

1415 題しらず 凡河内躬恒

雲居より遠山鳥の鳴き行くこゑほのかなる恋もするかな

1416 弁更衣久しくまいらざりけるに、賜はせける 延喜御歌

雲居なる雁だに鳴きて来る秋になどかは人の音づれもせぬ

1417 斎宮女御、春ごろまかり出でて、久しうまいり侍らざりければ 天暦御歌

春行きて秋までとやは思ひけむかりにはあらず契りしものを

1418 題しらず 西宮前左大臣

初雁のはつかに聞きしことづても雲路に絶えてわぶる頃かな

1419 五節のころ、内にて見侍ける人に、又の年つかはしける 藤原惟成

小忌衣去年ばかりこそならざらめ今日の日影のかけてだに問へ

1420 題しらず 藤原元真

すみよしの恋忘草たね絶えてなき世に逢へるわれぞ悲しき

1421 斎宮女御まいり侍りけるに、いかなる事かありけん 天暦御歌

水の上のはかなき数もおもほえず深き心しそこにとまれば

1422 久しくなりにける人のもとへ 謙徳公

長き世の尽きぬ歎の絶えざらばなににいのちをかへて忘れむ

1423 題しらず 権中納言敦忠

心にもまかせざりける命もてたのめも置かじ常ならむ世を

1424 題しらず 藤原元真

世の憂きも人の辛きもしのぶるに恋しきにこそ思ひわびぬれ

1425 忍びて語らひける女の親、聞きていさめ侍ければ 参議篁

数ならばかからましやは世の中にいと悲しきは賤のをだまき

1426 題しらず 藤原惟成

人ならば思ふ心をいひてましよしやさこそは賤のをだまき

1427 題しらず よみ人知らず

わがよはひ衰へゆけば白たへの袖の馴れにし君をしぞおもふ

1428 題しらず よみ人知らず

今よりは逢はじとすれや白たへのわがころも手の乾く時なき

1429 題しらず よみ人知らず

玉くしげあけまく惜しきあたら世を衣手かれて独かも寝む

1430 題しらず よみ人知らず

逢ふ事をおぼつかなくてすぐすかな草葉の露の置きかはるまで

1431 題しらず よみ人知らず

秋の田の穂むけの風のかたよりにわれは物思ふつれなきものを

1432 題しらず よみ人知らず

はし鷹の野守の鏡えてしがなおもひおもはずよそながら見む

1433 題しらず よみ人知らず

大淀の松はつらくもあらなくにうらみてのみもかへる波かな

1434 題しらず よみ人知らず

白波は立ち騒ぐともこりずまの浦のみるめは刈らむとぞ思ふ

1435 題しらず よみ人知らず

さして行くかたはみなとの浪高みうらみてかへる海人の釣舟

雑歌上

1436 入道前関白太政大臣家、百首歌よませ侍りけるに、立春の心を 皇太后宮大夫俊成

年暮れし涙のつらら解けにけり苔の袖にも春やたつらむ

1437 土御門内大臣家に山家殘雪といふ心をよみ侍りける 藤原有家朝臣

山かげやさらでは庭に跡もなし春ぞ来にける雪のむらぎえ

1438 圓融院位去り給ひて後船岡に子日し給ひけるに參りて朝に奉りける 一条左大臣

あはれなりむかしの人を思ふには昨日の野辺に御幸せましや

1439 御返し 円融院御歌

引きかへて野辺の気色は見えしかど昔を恋ふる松はなかりき

1440 月あかく侍りける夜袖の濡れたりけるを 大僧正行尊

春来れば袖の氷も解けにけり漏り来る月のやどるばかりに

1441 鶯を 菅贈太政大臣

谷深み春の光のおそければ雪につつめるうぐひすの声

1442菅贈太政大臣

降る雪に色まどはせる梅の花うぐひすのみやわきてしのばむ

1443 枇杷左大臣の大臣になりて侍りけるよろこび申すとて梅を折りて 貞信公

遲くとくつひに咲きぬる梅の花たが植ゑ置きし種にかあるらむ

1444 延長のころほひ五位藏人に侍りけるを離れ侍りて朱雀院承平八年またかへりなりて明くる年睦月に御遊び侍りける日梅の花を折りてよめる 源公忠朝臣

百敷にかはらぬものは梅の花折りてかざせる匂いなりけり

1445 梅の花を見給ひて 花山院御歌

色香をば思ひも入れず梅の花常ならぬ世によそへてぞ見る

1446 上東門院、世をそむき給ひにける春、庭の紅梅を見侍りて 大弐三位

梅の花なに匂ふらむ見る人の色をも香をもわすれぬ世に

1447 東三條院女御におはしましける時圓融院つねに渡り給ひけるを 聞き侍りて靭負の命婦が許に遣しける 東三条入道前摂政太政大臣

春霞たなびきわたる折にこそかかる山辺はかひもありけれ

1448 御返し 円融院御歌

紫の雲にもあらで春がすみたなびく山のかひはなにぞも

1449菅贈太政大臣

道の辺の朽木の柳春来ればあはれむかしとしのばれぞする

1450 題知らず 清原深養父

昔見し春は昔の春ながらわが身ひとつのあらずもあるかな

1451 堀河院におはしましける頃閑院の左大將の家の櫻を折らせに遣はすとて 円融院御歌

垣越しに見るあだびとの家桜はな散るばかり行きて折らばや

1452 御返し 左大将朝光

をりにことおもひやすらむ花桜ありし行幸の春を恋ひつつ

1453 高陽院にて花の散るを見てよみ侍りける 肥後

万世をふるにかひある宿なれやみゆきと見えて花ぞ散りける

1454 返し 二条関白内大臣

枝ごとの末まで匂ふ花なれば散るもみゆきと見ゆるなるらむ

1455 近衞司にて年久しくなりて後上のをのこども大内の花見にまかれりけるによめる 藤原定家朝臣

春を経てみゆきに馴るる花の蔭ふりゆく身をもあはれとや思ふ

1456 最勝寺の櫻は鞠のかゝりにて久しくなりにしをその木年古りて風に倒れたるよしを聞き侍りしかば をのこどもに仰せて異木をその跡に移し植ゑさせし時まかりて見侍りければあまたの年々暮れにし春まで立ちなれにける事など思ひ出でてよみ侍りける 藤原雅経

馴れ馴れて見しはなごりの春ぞともなどしらかわの花の下蔭

1457 建久六年東大寺供養に行幸の時興福寺の八重櫻盛りなりけるを見て枝枝に結び付け侍りける よみ人知らず

故郷とおもひな果てそ花桜かかるみゆきに逢ふ世ありけり

1458 籠りゐて侍りける頃後徳大寺左大臣白川の花見に誘ひければまかりてよみ侍りける 源師光

いさやまた月日の行くも知らぬ身は花の春とも今日こそはみれ

1459 敦道のみこの許に前大納言公任の白川の家にまかりて 又の日みこの遣 和泉式部

をる人のそれなるからにあぢきなく見しわが宿の花の香ぞする

1460 題知らず 藤原高光

見ても又またも見まくのほしかりし花の盛は過ぎやしぬらむ

1461 京極前太政大臣家に白河院御幸し給ひて又の日花の歌奉られけるによみ侍りける 堀河左大臣

老いにける白髪も花も諸共に今日のみゆきに雪と見えけり

1462 後冷泉院御時、御前にて、翫新成(しんじやうの)桜花といへる心を、をのこどもつかうまつりけるに 大納言忠家

桜花折りて見しにも変らぬに散らぬばかりぞしるしなりける

1463 後冷泉院御時、御前にて、翫新成(しんじやうの)桜花といへる心を、をのこどもつかうまつりけるに 大納言経信

さもあらばあれ暮れ行く春も雲の上に散る事知らぬ花し匂はば

1464 無風散花といふことをよめる 大納言忠教

桜ばな過ぎゆく春の友とてや風のおとせぬよにも散るらむ

1465 鳥羽殿にて花の散り方なるを御覧じて後三條内大臣に給はせける 鳥羽院御歌

惜しめども常ならぬ世の花なれば今はこのみを西に求めむ

1466 世をのがれて後、百首歌よみ侍りけるに、花歌とて 皇太后宮大夫俊成

今はわれ吉野の山の花をこそ宿のものとも見るべかりけれ

1467 入道前關白太政大臣家歌合に 皇太后宮大夫俊成

春来れば猶この世こそ忍ばるれいつかはかかる花を見るべき

1468 同し家の百首歌に 皇太后宮大夫俊成

照る月も雲のよそにぞ行きめぐる花ぞこの世の光なりける

1469 春の頃、大乗院より人に遣はしける 前大僧正慈円

見せばやな志賀の唐崎ふもとなるながらの山の春のけしきを

1470 題知らず 前大僧正慈円

柴の戸に匂はむ花はさもあらばあれ詠めてけりな恨めしの身や

1471 題知らず 西行法師

世の中を思へばなべて散る花のわが身をさてもいづちかもせむ

1472 東山に花見にまかりて侍るとてこれかれ誘ひけるをさしあふ事ありて留まりて申し遣はしける 安法法師

身はとめつ心はおくる山ざくら風のたよりに思ひおこせよ

1473 題知らず 源俊頼朝臣

さくらあさのをふの浦波立ちかへり見れどもあかず山梨の花

1474 橘爲仲朝臣陸奥に侍りける時歌あまた遣しける中に 加賀左衞門 加賀左衛門

しら波の越ゆらむすゑのまつ山は花とや見ゆる春の夜の月

1475 橘爲仲朝臣陸奥に侍りける時歌あまた遣しける中に 加賀左衞門 加賀左衛門

おぼつかな霞たつらむたけくまの松の隈もる春の夜の月

1476 題知らず 法印幸清

世をいとふ吉野の奥のよぶこ鳥ふかき心のほどや知るらむ

1477 百首歌奉りし時に 前大納言忠良

折りにあへばこれもさすがにあはれなり小田の蛙の夕暮の声

1478 千五百番歌合に 藤原有家朝臣

春の雨のあまねき御代を頼むかな霜に枯れ行く草葉もらすな

1479 崇徳院にて林下春雨といふことをつかうまつりけるに 八條前太政大臣

すべらぎの木高き蔭にかくれてもなほ春雨に濡れむとぞ思ふ

1480 圓融院位去り給ひて後實方朝臣馬命婦と物語し侍りける時山吹の花を屏風の上より>投げこし給ひて侍りければ 實方朝臣

八重ながら色も變らぬ山吹のなど九重に咲かずなりにし

1481 御返し 円融院御歌

九重にあらで八重咲く山吹のいはぬ色をば知る人もなし

1482 五十首歌奉りし時 前大僧正慈円

おのが浪に同じ末葉ぞしをれぬる藤咲く田子のうらめしの身

1483 世をのがれて後、四月一日、上東門院太皇太后宮と申しける時、衣がへの御装束奉るとて 法成寺入道前摂政太政大臣

唐衣花のたもとに脱ぎかへよわれこそ春のいろはたちつれ

1484 御返し 上東門院

から衣たちかはりぬる春のよにいかでか花の色を見るべき

1485 四月の祭の日まで花散り殘りて侍りける年その花を使少將のかざしに賜ふ葉に書きつけ侍りける 紫式部

神代にはありもやしけむ桜花今日のかざしに折れるためしは

1486 いつきの昔を思ひ出でて 式子内親王

ほととぎすそのかみ山の旅枕ほのかたらひし空ぞわすれぬ

1487 左衞門督家通中將に侍りける時祭の使にて 神館に泊りて侍りける暁齋院の女房の中より遣しける よみ人知らず

立ち出づるなごりありあけの月影にいとどかたらふ時鳥かな

1488 返し 左衛門督家通

いく千世と限らぬ君が御代なれどなほ惜しまるる今朝の曙

1489 三條院の御時五月五日菖蒲の根を時鳥の形に作りて 梅の枝に据ゑて人の奉りて侍りけるをこれを題にて歌つかうまつれと仰せられければ 三条院女蔵人左近

梅が枝にをりたがへる時鳥こゑのあやめも誰か分くべき

1490 五月ばかりものへまかりける道にいと白くくちなしの花の 咲けりけるをこれはなにの花ぞと人に問ひ侍りけれど申さざりければ 小弁

打ちわたす遠方人にこととへど答へぬからにしるき花かな

1491 五月雨空晴れて月あかく侍りけるに 赤染衛門

五月雨の空だに澄める月かげに涙のあめは晴るる間もなし

1492 述懷百首歌中に五月雨 皇太后宮大夫俊成

五月雨はまやの軒端のあまそそぎあまりなるまで濡るる袖かな

1493 題知らず 花山院御歌

ひとりぬる宿のとこなつ朝な朝ななみだの露に濡れぬ日ぞなき

1494 贈皇后宮にそひて春宮にさぶらひける時、少将義孝ひさしく参らざりけるに、撫子の花につけて遣はしける 恵子女王

よそへつつ見れど露だになぐさまずいかにかすべき撫子の花

1495 月あかく侍りける夜人の螢を包みて遣したりければ雨降りけるに申し遣しける 和泉式部

思あらば今宵の空は問ひてまし見えしや月のひかりなりけむ

1496 題知らず 七条院大納言

思あれば露は袂にまがふかと秋のはじめをたれに問はまし

1497 后宮より内に扇奉り給ひけるに 中務

袖のうら波吹きかへす秋風に雲のうへまですずしからなむ

1498 業平朝臣の装束遣して侍りけるに 紀有常朝臣

秋や来る露やまがふと思ふまであるは涙の降るにぞありける

1499 早くより、わらはともだちに侍りける人の、年頃へて行きあひたる、ほのかにて七月十日頃、月にきほひてかへり侍りければ 紫式部

廻り逢ひて見しやそれともわかぬ間に雲隠れにし夜はの月かげ

1500 みこの宮と申しける時、少納言藤原統理(むねまさ)、年頃なれつかうまつりけるを、世を背きぬべきさまに思ひたちけるけしきを御覧じて 三条院御歌

月影の山の端分けて隠れなばそむくうき世をわれやながめむ

1501 題知らず 藤原為時

山の端を出でがてにする月待つと寝ぬ夜のいたくふけにけるかな

1502 參議正光朧月夜に忍びて人の許にまかれりけるを見あらはして遣しける 伊勢大輔

浮雲は立ちかくせども隙もりて空ゆく月の見えもするかな

1503 返し 参議正光

浮雲にかくれてとこそ思ひしかねたくも月隙もりにける

1504 三井寺にまかりて日ごろ過ぎて歸らむとしけるに人々なごり惜しみてよみ侍りける 刑部卿範兼

月をなど待たれのみすと思ひけむげに山の端は出で憂かりけり

1505 山里に籠りゐて侍りける人の問ひて侍りければ 法印静賢

思ひ出づる人もあらしの山の端にひとりぞ入りし有明の月

1506 八月十五夜和歌所にてをのこども歌つかうまつり侍りしに 民部卿範光

和歌の浦に家の風こそなけれども波吹く色は月に見えけり

1507 和歌所歌合に、湖上月明といふことを 宜秋門院丹後

夜もすがら浦こぐ舟はあともなし月ぞのこれる志賀の辛崎

1508 題知らず 藤原盛方朝臣

山の端におもひも入らじ世の中はとてもかくても有明の月

1509 永治元年、譲位近くなりて、夜もすがら月を見てよみ侍りける 皇太后宮大夫俊成

忘れじよ忘るなとだにいひてまし雲居の月のこころありせば

1510 崇徳院百首歌奉りけるに 皇太后宮大夫俊成

いかにして袖に光のやどるらむ雲居の月はへだてこし身を

1511 文治の頃ほひ、百首歌よみ侍りけるに、懐旧歌とてよめる 左近中将公衡

心にはわするる時もなかりけりみよの昔の雲のうへの月

1512 百首歌奉りし時、秋歌 二条院讃岐

むかし見し雲居をめぐる秋の月いまいくとせかそでにやどさむ

1513 月前述懷といへる心をよめる 藤原経通朝臣

うき身世にながらへばなほ思ひ出でよ袂にちぎる有明の月

1514 石山に詣で侍りて月を見てよめる 藤原長能

都にも人や待つらむいし山のみねにのこれる秋の夜の月

1515 題知らず 凡河内躬恒

淡路にてあはとはるかに見し月の近きこよひはところがらかも

1516 月のあかゝりける夜あひ語らひける人のこの頃月は見るやと言へりければよめる 源道済

徒らに寝てはあかせどもろともに君が来ぬ夜の月は見ざりき

1517 夜更くるまで寢られず侍りければ月の出づるをながめて 増基法師

天の原はるかにひとりながむれば袂に月の出でにけるかな

1518 能宣朝臣大和國待乳の山近く住みける女の許に夜更けてまかりて逢はざりけるを恨み侍りければ よみ人知らず

たのめこし人をまつちの山の端にさ夜更けしかば月も入りにき

1519 百首歌奉りし時 摂政太政大臣

月見ばといひしばかりの人は来でまきの戸たたく庭のまつ風

1520 五十首歌奉りしに山家月の心を 前大僧正慈円

山ざとに月は見るやと人は来ず空ゆく風ぞ木の葉をも訪ふ

1521 摂政太政大臣大將に侍りし時月歌五十首よませ侍りけるに 前大僧正慈円

有明の月のゆくへをながめてぞ野寺の鐘は聞くべかりける

1522 同し家の歌合に山月の心をよめる 藤原業清朝臣

山の端を出でても松の木の間より心づくしのありあけの月

1523 和歌所歌合に深山暁月といふことを 鴨長明

よもすがらひとりみ山野まきの葉にくもるもすめる有明の月

1524 熊野に詣で侍りし時奉りし歌の中に 藤原秀能

奥山の木の葉の落つる秋風にたえだえみねの月ぞのこれる

1525 熊野に詣で侍りし時奉りし歌の中に 藤原秀能

月澄めばよものうき雲そらに消えてみ山がくれを行く嵐かな

1526 山家の心をよみ侍りける 猷円法師

ながめあびぬ柴のあみ戸の明方に山の端ちかくのこる月影

1527 題知らず 花山院御歌

暁の月見むとしもおもはねど見し人ゆゑにながめられつつ

1528 題知らず 伊勢大輔

ありあけの月ばかりこそ通ひけれ来る人なしの宿の庭にも

1529 題知らず 和泉式部

住みなれし人影もせぬわが宿に有明の月のいく夜ともなく

1530 家にて月照水といへる心を人々よみ侍りけるに 大納言経信

住む人もあるかなきかの宿ならし葦間の月のもるにまかせて

1531 秋の暮に病にしづみて世をのがれ侍りにける、又の年の秋九月十余日、月くまなく侍りけるによみ侍りける 皇太后宮大夫俊成

思ひきや別れし秋に廻りあひてまたもこの世の月を見むとは

1532 題知らず 西行法師

月を見て心うかれしいにしへの秋にもさらにめぐり逢ひぬる

1533 題知らず 西行法師

夜もすがら月こそ袖にやどりけれむかしの秋をおもひ出づれば

1534 題知らず 西行法師

月の色に心をきよくそめましやみやこを出でぬわが身なりせば

1535 題知らず 西行法師

棄つとならば憂世を厭ふしるしあらむ我には曇れ秋の夜の月

1536 題知らず 西行法師

ふけにけるわがみのかげをおもふまにはるかに月の傾きにける

1537 題知らず 入道親王覚性

ながめして過ぎにしかたを思ふまに峰より峰に月はうつりぬ

1538 題知らず 藤原道経

秋の夜の月に心をなぐさめてうき世に年のつもりぬるかな

1539 五十首歌召しし時 前大僧正慈円

秋を経て月をながむる身となれり五十ぢの闇をなに歎くらむ

1540 百首歌奉りしに 藤原隆信朝臣

ながめても六十ぢの秋は過ぎにけりおもへばかなし山の端の月

1541 題知らず 源光行

心ある人のみ秋の月を見ばなにをうき身のおもひでにせむ

1542 千五百番歌合に 二条院讃岐

身のうさに月やあらぬとながむれば昔ながらの影ぞもり来る

1543 世をそむきなむと思ひ立ちけるころ月を見てよめる 寂超法師

ありあけの月よりほかにたれをかは山路の友と契り置くべき

1544 山里にて月の夜都を思ふといへる心をよみ侍りける 大江嘉言

都なる荒れたる宿にむなしくや月にたづぬる人かへるらむ

1545 長月の有明のころ山里より式子内親王に贈れリける 惟明親王

思ひやれなにを忍ぶとなけれども都おぼゆるありあけの月

1546 返し 式子内親王

有明のおなじながめは君も問へ都のほかも秋のやまざと

1547 春日社歌合に暁月の心を 摂政太政大臣

天の戸をおしあけがたの雲間より神代の月のかげぞ残れる

1548 春日社歌合に暁月の心を 右大将忠経

雲をのみつらきものとて明かす夜の月や梢にをちかたの山

1549 春日社歌合に暁月の心を 藤原保季朝臣

入りやらで夜を惜しむ月のやすらひにほのぼの明くる山の端も憂し

1550 月あかき夜定家朝臣に逢ひて侍りけるに歌の道には志深き事はいつばかりよりの事にかと尋ね侍りければ若く侍りし時 西行に久しくあひ伴ひて聞き習ひ侍るよし申してそのかみ申ししことなど語り侍りて歸りてあしたに遣しける 法橋行遍

あやしくぞ帰さは月の曇りにし昔がたりに夜やふけにけむ

1551 故郷の月を 寂超法師

故郷のやどもる月にこととはむわれをば知るや昔住みきと

1552 遍照寺にて月を見て 平忠盛朝臣

すだきけむ昔の人はかげ絶えて宿もるものはありあけの月

1553 あひ知りて侍りける人の許にまかりたりけるにその人ほかに住みていたう荒れたる宿に月のさし入りて侍りければ 前中納言匡房

八重葎しげれるやどは人もなしまばらに月の影ぞすみける

1554 題知らず 神祇伯顕仲

鴎ゐるふぢ江の浦のおきつ洲に夜舟いさよふ月のさやけさ

1555 題知らず 俊恵法師

難波がた汐干にあさるあしたづも月かたぶけば声の恨むる

1556 和歌所歌合に、海辺月といふことを 前大僧正慈円

和歌の浦に月の出しほのさすままによる啼く鶴の声ぞかなしき

1557 和歌所歌合に、海辺月といふことを 藤原定家朝臣

藻汐くむ袖の月影おのづからよそにあかさぬ須磨のうらびと

1558 和歌所歌合に、海辺月といふことを 藤原秀能

明石がた色なき人の袖を見よすずろに月もやどるものかは

1559 熊野へ詣で侍りしついでに切目宿にて海邊眺望といふ心を男どもつかうまつりしに 源具親

ながめよと思はでしもやかへるらむ月待つ波の海人の釣舟

1560 八十に多く餘りて後百首歌召ししによみて奉りし 皇太后宮大夫俊成

しめ置きて今やとおもふ秋山のよもぎがもとに松虫の鳴く

1561 千五百番歌合に 皇太后宮大夫俊成

荒れわたる秋の庭こそあはれなれまして消えなむ露の夕暮

1562 題知らず 西行法師

雲かかる遠山畑の秋さればおもひやるだに悲しきものを

1563 五十首歌人々によませ侍りけるに述懷の心をよみ侍りける 守覚法親王

風そよぐしのの小篠のかりのよを思ひ寝覚に露ぞこぼるる

1564 寄風懷舊といふことを 左衛門督通光

浅茅生やそでにくちにし秋の霜わすれぬ夢を吹くあらしかな

1565 寄風懷舊といふことを 皇太后宮大夫俊成女

葛の葉のうらみにかへる夢の世を忘れがたみの野べのあきかぜ

1566 題知らず 祝部成仲

白露は置きにけらしな宮城野のもとあらの小萩末たわむまで

1567 法成寺入道前太政大臣女郎花を折りて歌よむべきよし侍りければ 紫式部

女郎花さかりの色を見るからに露の分きける身こそ知らるれ

1568 返し 法成寺入道前摂政太政大臣

白露はわきても置かじ女郎花こころからにや色の染むらむ

1569 題知らず 曾禰好忠

山里に葛はひかかる松垣のひまなくものは秋ぞかなしき

1570 秋の暮に身の老いぬることを嘆きてよみ侍りける 安法法師

百年の秋のあらしは過ぐし来ぬいづれの暮の露と消えなむ

1571 頼綱朝臣津の國の羽束といふ所に侍りける時遣しける 前中納言匡房

秋果つるはつかの山のさびしきに有明の月を誰と見るらむ

1572 九月ばかりに薄を崇徳院に奉るとてよめる 大蔵卿行宗

花薄秋の末葉になりぬればことぞともなく露ぞこぼるる

1573 山里に住み侍りける頃嵐烈しきあした前中納言顕長が許に遣しける 後徳大寺左大臣

夜半に吹くあらしにつけて思ふかな都もかくや秋は寂しき

1574 返し 前中納言顕長

世の中にあきはてぬれば都にも今はあらしの音のみぞする

1575 清涼殿の庭に植ゑ給へりける菊を位去り給ひて後おぼし出でて 冷泉院御歌

うつろふは心のほかの秋なれば今はよそにぞきくの上の露

1576 長月のころ野宮に前栽植ゑけるに 源順

頼もしな野の宮人の植うる花しぐるる月にあへずなるとも

1577 題知らず よみ人知らず

山河の岩ゆく水もこほりしてひとりくだくる峰の松かぜ

1578 百首歌奉りし時 土御門内大臣

朝ごとにみぎはの氷ふみわけて君につかふる道ぞかしこき

1579 最勝四天王院の障子に阿武隈川かきたる所 藤原家隆朝臣

君が代にあふくま川のうもれ木も氷の下に春を待ちけり

1580 元輔が昔住み侍りける家のかたはらに清少納言住みける頃雪いみじう降りて隔ての垣も倒れて侍りければ申し遣しける 赤染衛門

あともなく雪ふるさとは荒れにけりいづれ昔の垣根なるらむ

1581 御惱み重くならせ給ひて後雪のあしたに 後白河院御歌

露の命消えなましかばかくばかり降る白雪を眺めましやは

1582 雪に寄せて述懷の心をよめる 皇太后宮大夫俊成

杣山や梢におもる雪折に堪へぬなげきの身をくだくらむ

1583 仏名のあした、けづり花を御覧じて 朱雀院御歌

時過ぎて霜にかれにし花なれど今日は昔のここちこそすれ

1584 花山院下りゐ給ひて又の年御佛名に削り花につけて申し侍りける 前大納言公任

程もなく覚めぬる夢のうちなれどそのよに似たる花の色かな

1585 返し 御形宣旨

見し夢をいづれを世ぞと思ふ間に折をわすれぬ花の悲しさ

1586 題知らず 皇太后宮大夫俊成

老いぬとも又も逢はむと行く年に涙の玉を手向けつるかな

1587 題知らず 慈覚大師

大方に過ぐる月日をながめしはわが身に年の積るなりけり

雑歌中

1588 朱鳥五年九月紀伊國行幸の時 河嶋皇子

白波の浜松が枝のたむけぐさ幾世までにか年の経ぬらむ

1589 題知らず 式部卿宇合

山城の岩田の小野のははそ原見つつや君が山路越ゆらむ

1590 朱鳥五年九月、紀伊国行幸の時 在原業平朝臣

葦の屋の灘の塩やき暇なみ黄楊のをぐしもささず来にけり

1591 題知らず 在原業平朝臣

晴るる夜の星か河辺の螢かもわが住む方に海人のたく火か

1592 題知らず よみ人知らず

しかの蜑の塩焼く煙風をいたみ立ちはのぼらで山にたなびく

1593 題知らず 紀貫之

難波女の衣ほすとて刈りてたく葦火の煙立たぬ日ぞなき

1594 長柄の橋をよめる 壬生忠岑

年経ればくちこそまされ橋柱むかしながらの名だに変らで

1595 長柄の橋をよめる 恵慶法師

春の日のながらの浜に船とめていづれか橋と問へど答えぬ

1596 長柄の橋をよめる 後徳大寺左大臣

朽ちにけるながらの橋を来て見れば葦の枯葉に秋風ぞ吹く

1597 題知らず 権中納言定頼

沖つ風夜半に吹くらし難波潟あかつきかけて波ぞ寄すなる

1598 春須磨の方にまかりてよめる 藤原孝善

須磨の浦のなぎたる朝は目もはるに霞にまがふ海人の釣舟

1599 天暦御時屏風の歌 壬生忠見

秋風の関吹き越ゆるたびごとに声うち添ふる須磨の浦なみ

1600 五十首歌よみて奉りしに 前大僧正慈円

須磨の関夢をとほさぬ波の音を思ひもよらで宿をかりける

1601 和歌所の歌合に關路秋風といふことを 摂政太政大臣

人住まぬ不破の関屋の板びさし荒れにし後はただ秋の風

1602 明石の浦をよめる 源俊頼朝臣

あま小舟苫吹きかへす浦風にひとりあかしの月をこそ見れ

1603 眺望の心を 寂蓮法師

和歌の浦を松の葉ごしにながむればこずえに寄する海人の釣舟

1604 千五百番歌合に 正三位季能

水の江のよしのの宮は神さびてよはひたけたる浦の松風

1605 海邊の心を 藤原秀能

今さらに住み憂しとてもいかがせむ灘の塩屋の夕ぐれの空

1606 娘の齋王に具して下り侍りて大淀の浦に禊し侍るとて 女御徽子女王

大淀の浦に立つ波かへらずは松のかはらぬ色を見ましや

1607 大貳三位里に出で侍りにけるを聞しめして 後冷泉院御歌

待つ人は心ゆくともすみよしの里にとのみは思はざらなむ

1608 御返し 大弐三位

住吉の松はまつともおもほえで君が千年のかげぞ恋しき

1609 教長卿名所歌よませ侍りけるに 祝部成仲

打ちよする波の声にてしるきかな吹上の浜の秋の初かぜ

1610 百首歌奉りし時海邊歌 越前

沖つ風夜寒になれや田子の浦の海人の藻塩火たきまさるらむ

1611 海邊霞といへる心をよみ侍りし 藤原家隆朝臣

見わたせば霞のうちも霞みけりけぶりたなびく塩釜の浦

1612 大神宮に奉りける百首歌の中に若菜をよめる 皇太后宮大夫俊成

今日とてや磯菜摘むらむ伊勢島や一志の浦のあまのをとめ子

1613 伊勢にまかりける時よめる 西行法師

鈴鹿山うき世をよそにふり捨てていかになりゆくわが身なるらむ

1614 太神宮に奉りける百首歌中に、若菜をよめる 前大僧正慈円

世の中を心高くもいとふかな富士のけぶりを身の思にて

1615 東(あづま)の方へ修行し侍りけるに、富士の山をよめる 西行法師

風になびく富士の煙の空に消えて行方もしらぬわが思かな

1616 五月のつごもりに、富士の山の雪しろくふれるを見て、よみ侍りける 在原業平朝臣

時知らぬ山は富士の嶺いつとてか鹿の子まだらに雪の降るらむ

1617 題知らず 在原元方

春秋も知らぬときはの山里は住む人さへやおもがはりせぬ

1618 五十首歌奉りし時 前大僧正慈円

花ならでただ柴の戸をさして思ふ心のおくもみ吉野の山

1619 題知らず 西行法師

吉野山やがて出でじと思ふ身を花ちりなばと人や待つらむ

1620 題知らず 藤原家衡朝臣

厭ひてもなほ厭はしき世なりけり吉野のおくの秋のゆうぐれ

1621 千五百番歌合に 右衛門督通具

一筋に馴れなばさてもすぎの庵に夜な夜な変る風の音かな

1622 守覺法親王五十首歌よませ侍りけるに閑居の心をよめる 藤原有家朝臣

誰かはと思ひ絶えてもまつにのみ音づれて行く風は恨めし

1623 鳥羽にて歌合し侍りしに山家嵐といふことを 宜秋門院丹後

山里は世の憂きよりも住みわびぬことのほかなる峰の嵐に

1624 百首歌奉りしに 藤原家隆朝臣

滝の音松のひびきも馴れぬればうちぬるほどの夢は見せけり

1625 題知らず 寂然法師

ことしげき世を厭れにしみ山辺にあらしの風も心して吹け

1626 少将高光、横川にまかりて、かしらおろし侍りけるに、法服つかはすとて 権大納言師氏

奥山の苔のころもにくらべ見よいづれか霧の置きまさるとも

1627 返し 藤原高光

白露のあした夕べにおくやまの苔のころもは風もさはらず

1628 能宣朝臣大原野に詣でて侍りけるに山里のいとあやしきに住むべくもあらぬ樣なる人の侍りければ何處わたりより住むぞなど問ひ侍りければ よみ人知らず

世の中を背きにとては来しかどもなほ憂き事はおほはらの里

1629 返し 大中臣能宣朝臣

身をばかつをしほの山と思ひつついかに定めて人の入りけむ

1630 深き山に住み侍りける聖のもとに尋ねまかりけるに庵の戸を閉ぢて人も侍らざりければ歸るとて書きつけける 恵慶法師

苔の庵さして来つれど君まさでかへるみ山の道ぞつゆけき

1631 聖後に見て返し 恵慶法師

荒れ果てて風も障らぬ苔の庵にわれはなくとも露はもりけむ

1632 題知らず 西行法師

山深くさこそ心は通ふとも住まであはれを知らむものかは

1633 題知らず 西行法師

山かげに住まぬ心はいかなれや惜しまれて入る月もある世に

1634 山家送年といへる心をよみ侍りける 寂蓮法師

立ち出でてつま木をりこし片岡のふかき山路となりにけるかな

1635 住吉の歌合に山を 太上天皇 

奥山のおどろが下も踏みわけて道ある世ぞと人に知らせむ

1636 百首歌奉りし時 二条院讃岐

ながらへて猶君が代を松山の待つとせしまに年ぞ経にける

1637 山家松といふことを 皇太后宮大夫俊成

今はとてつま木こるべき宿の松千世をば君となほ祈るかな

1638 春日歌合に松風といへることを 藤原有家朝臣

われながらおもふか物をとばかりに袖にしぐるる庭の松風

1639 山寺に侍りけるころ 道命法師

世をそむく所とか聞く奥山はものおもふにぞ入るべかりける

1640 少將井の尼大原より出でたりと聞きて遣しける 和泉式部

世をそむく方はいづくもありぬべし大原山はすみよかりきや

1641 返し 少将井尼

思ふことおほ原山の炭竈はいとどなげきの数をこそ積め

1642 題知らず 西行法師

たれ住みてあはれ知るらむ山里の雨降りすさむ夕暮の空

1643 題知らず 西行法師

しをりせで猶山深く分け入らむ憂きこと聞かぬ所ありやと

1644 題知らず 殷富門院大輔

かざしをる三輪の繁山かき分けて哀とぞ思ふ杉立てる門

1645 法輪寺に住み侍りけるに人の詣で來て暮れぬとて急ぎ侍りければ 道命法師

いつとなきをぐらの山のかげを見て暮れぬと人の急ぐなるらむ

1646 後白河院栖霞寺におはしましけるに駒牽の引分の使にて參りけるに 藤原定家朝臣

嵯峨の山千世にふる道あととめてまた露わくる望月の駒

1647 嘆くこと侍りけるころ 知足院入道前関白太政大臣

佐保川の流ひさしき身なれどもうき瀬にあひて沈みぬるかな

1648 冬の頃大將離れて嘆くこと侍りける明る年右大臣になりて奏し侍りける 東三条入道前摂政太政大臣

かかるせもありけるものを宇治川の絶えぬばかりも歎きけるかな

1649 御返し 円融院御歌

昔より絶えせぬ川の末なれば淀むばかりをなに歎くらむ

1650 題知らず 柿本人麿

もののふの八十うぢ川の網代木にいさよふ波の行方知らずも

1651 布引の滝見にまかりて 中納言行平

わが世をば今日か明日かと待つかひの涙の滝といづれ高けむ

1652 京極前太政大臣布引滝見にまかりたりけるに 二条関白内大臣

みなかみの空に見ゆるは白雲のたつにまがへる布びきの滝

1653 最勝四天王院の障子に、布引の滝かきたる所 藤原有家朝臣

ひさかたの天つをとめがなつごろも雲居にさらす布引の滝

1654 天の川原を過ぐとて 摂政太政大臣

むかし聞く天の河原を尋ね来てあとなき水をながむばかりぞ

1655 題知らず 藤原実方朝臣

天の川通ふうき木にこと問はむ紅葉の橋は散るや散らずや

1656 堀河院御時百首歌奉りけるに 前中納言匡房

真木の板も苔むすばかりなりにけり幾世経ぬらむ瀬田の長橋

1657 天暦御時屏風に國々の所の名を書かせさせ侍りけるに飛鳥川 中務

定めなき名には立てれど飛鳥川早く渡りし瀬にこそありけれ

1658 題知らず 前大僧正慈円

山ざとに独ながめて思ふかな世に住む人のこころながさを

1659 題知らず 西行法師

山里にうき世いとはむ友もがな悔しく過ぎしむかし語らむ

1660 題知らず 西行法師

山里は人来させじと思はねどとはるることぞ疎くなりゆく

1661 題知らず 前大僧正慈円

草の庵をいとひても又いかがせむ露のいのちのかかる限りは

1662 都を出でて久しく修行し侍りけるに問ふべき人の問はず侍りければ熊野より遣しける 大僧正行尊

わくらばになどかかは人のとはざらむ音無川に住む身なりとも

1663 相知れりける人の、熊野に籠り侍りけるに遣はしける 安法法師

世をそむく山のみなみの松風に苔のころもや夜寒なるらむ

1664 西行法師百首歌すすめてよませ侍りけるに 藤原家隆朝臣

いつかわれ苔のたもとに露おきて知らぬ山路の月を見るべき

1665 百首歌奉りしに山家の心を 式子内親王

今はわれ松のはしらの杉の庵に閉づべきものを苔ふかき袖

1666 百首歌奉りしに山家の心を 小侍従

しきみ摘む山路の露にぬれにけりあかつきおきの墨染の袖

1667 百首歌奉りしに山家の心を 摂政太政大臣

忘れじの人だに訪はぬ山路かな桜は雪に降りかはれども

1668 五十首歌奉りし時 藤原雅経

かげやどす露のみしげくなりはてて草にやつるる故郷の月

1669 俊恵法師身まかりて後年頃遣しける薪など弟子どもの許に遣すとて 賀茂重保

煙絶えて焼く人もなき炭竈のあとのなげきを誰かこるらむ

1670 老いて後津の國なる山寺にまかり籠れりけるに寂蓮尋ねまかりて侍りけるに庵の樣住み荒らして哀れに見え侍りけるを歸りて後とぶらひ侍りければ 西日法師

八十ぢあまり西の迎へを待ちわびて住みあらしたる柴のいほりぞ

1671 山家の歌あまたよみ侍りけるに 前大僧正慈円

山里に訪ひ来る人のことぐさはこのすまひこそうらやましけれ

1672 後白河院隱れさせ給ひて後百首歌に 式子内親王

斧の柄の朽ちし昔は遠けれどありしにもあらぬ世をもふるかな

1673 述懷百首歌よみ侍りけるに 皇太后宮大夫俊成

いかにせむ賤が園生の奥の竹かきこもるとも世の中ぞかし

1674 老の後昔を思ひ出で侍りて 祝部成仲

あけくれは昔をのみぞしのぶ草葉ずゑの露に袖ぬらしつつ

1675 題知らず 前大僧正慈円

岡のべの里のあるじを尋ぬれば人は答へず山おろしの風

1676 題知らず 西行法師

古畑のそばのたつ木にゐる鳩の友よぶ声のすごきゆふぐれ

1677 題知らず 西行法師

山賤のかた岡かけてしむる野の境に立てる玉のをやなぎ

1678 題知らず 西行法師

しげき野をいくひと村にわけなして更に昔を忍びかへさむ

1679 題知らず 西行法師

むかし見し庭の小松に年ふりてあらしのおとを梢にぞ聞く

1680 三井寺燒けて後住み侍りける坊を思ひやりてよめる 大僧正行尊

住み馴れしわがふるさとはこの頃や浅茅が原に鶉啼くらむ

1681 百首歌よみ侍りけるに 摂政太政大臣

ふる里はあさぢがすゑになりはてて月に残れる人のおもかげ

1682 題知らず 西行法師

これや見し昔住みけむ跡ならむよもぎが露に月のかかれる

1683 人のもとにまかりてこれかれ松の陰に下りゐて遊びけるに 紀貫之

蔭にとて立ちかくるればからころも濡れぬ雨ふる松の声かな

1684 西院の邊りに早うあひ知れりける人を尋ね侍りけるに菫摘み侍りける女知らぬよし申しければよみ侍りける 能因法師

いそのかみふりにし人をたづぬれば荒れたる宿に菫摘みけり

1685 主なき宿を 恵慶法師

古へを思ひやりてぞ恋ひわたる荒れたる宿の苔のいはばし

1686 守覺法親王五十首歌よませ侍りけるに閑居の心を 藤原定家朝臣

わくらばに問はれし人も昔にてそれより庭の跡は絶えにき

1687 ものへまかりける途に山人あまた逢へりけるを見て 赤染衛門

なげきこる身は山ながら過ぐせかし憂き世の中に何帰るらむ

1688 題知らず 柿本人麿

秋されば狩人越ゆる立田山たちても居てもものをしぞ思ふ

1689 題知らず 天智天皇御歌

朝倉や木のまろ殿にわがをれば名のりをしつつ行くは誰が子ぞ

雑歌下

1690菅贈太政大臣

足曳きのかなたこなたに道はあれど都へいざといふ人のなき

1691菅贈太政大臣

天の原あかねさし出づる光にはいずれの沼かさえ残るべき

1692菅贈太政大臣

月毎に流ると思ひしますかがみ西の浦にもとまらざりけり

1693菅贈太政大臣

山別れ飛びゆく雲の帰り来るかげ見る時はなほたのまれぬ

1694菅贈太政大臣

霧立ちて照る日の本は見えずとも身は惑はれじよるべありやと

1695菅贈太政大臣

花と散り玉と見えつつあざむけば雪ふる里ぞ夢に見えける

1696菅贈太政大臣

老いぬとて松はみどりぞまされけるわが黑髪の雪の寒さに

1697菅贈太政大臣

筑紫にも紫生ふる野辺はあれどなき名かなしぶ人ぞ聞こえぬ

1698菅贈太政大臣

刈萱の関守にのみ見えつるは人もゆるさぬ道べなりけり

1699菅贈太政大臣

海ならずたたへる水の底までに清きこころは月ぞ照らさむ

1700菅贈太政大臣

彦星の行きあひを待つかささぎのわたせる橋をわれにかさなむ

1701菅贈太政大臣

流れ木と立つしら波と焼く塩といづれかからきわたつみの底

1702 題しらず よみ人知らず

さざなみや比良山風の海吹けば釣するあまの袖かへる見ゆ

1703 題しらず よみ人知らず

白波の寄する渚に世をすぐす海士の子なれば宿もさだめず

1704 千五百番歌合に 摂政太政大臣

舟のうち波の下にぞ老いにけるあまのしわざも暇なの世や

1705 題しらず 前中納言匡房

さすらふる身は定めたる方もなしうきたる舟の浪に任せて

1706 題しらず 増賀上人

いかにせむ身をうき舟の荷を重みつひの泊やいづくなるらむ

1707 題しらず 柿本人麿

蘆鴨のさわぐ入江の水の江の世にすみ難きわが身なりけり

1708 題しらず 大中臣能宣朝臣

あしがもの羽風になびく浮草の定めなき世を誰かたのまむ

1709 渚の松といふことをよみ侍ける 源順

老いにける渚の松の深みどり沈める影をよそにやは見る

1710 山水をむすびてよみ侍りける 能因法師

あしびきの山下水に影見れば眉しろたへにわれ老いにけり

1711 尼になりぬと聞きける人に、装束つかはすとて 法性寺入道前関白太政大臣

馴れみてし花の袂をうちかへし法の衣をたちぞかへつる

1712 后に立ち給ひける時、冷泉院の后の宮の御額をたてまつり給へりけるを、出家の時、返したてまつり給ふとて 東三条院

そのかみの玉の簪をうちかへし今はころものうらを頼まむ

1713 返し 冷泉院太皇太后宮

尽きもせぬ光の間にもまぎれなでおいて帰れるかみのつれなさ

1714 上東門院出家ののち、黄金の装束したる沈の数珠、銀の箱に入れて、梅の枝に付けてたてまつられける 枇杷皇太后宮

かはるらむころもの色をおもひやる涙や裏の玉にまがはむ

1715 返し 上東門院

まがふらむ衣の玉に乱れつつなほまだ覚めぬここちこそすれ

1716 題しらず 和泉式部

潮のまによもの浦々尋ねれど今はわが身のいふかひもなし

1717 屏風の絵に、塩釜の浦かきて侍けるを 一条院皇后宮

古への海人やけぶりとなりぬらむ人目も見えぬしほがまの浦

1718 少将高光、横河に登りて頭下し侍にけるを聞かせ給てつかはしける 天暦御歌

都より雲の八重立つおく山の横川の水はすみよかるらむ

1719 御返し 藤原高光

ももしきのうちのみ常に恋しくて雲の八重立つ山はすみ憂し

1720 世をそむきて、小野といふ所に住み侍けるころ、業平朝臣の、雪のいと高う降り積みたるをかき分けてまうで来て、夢かとぞ思おもひきやとよみ侍けるに 惟喬親王

夢かとも何かおもはむうき世をば背かざりけむほどぞ悔しき

1721 都の外に住み侍けるころ、久しうをとづれざりける人につかはしける 女御徽子女王

雲ゐ飛ぶ雁の音近きすまひにもなほ玉章はかけずやありけむ

1722 亭子院降りゐ給はんとしける秋、よみける 伊勢

白露は置きてかはれどももしきの移ろふ秋はものぞ悲しき

1723 殿上離れ侍りてよみ侍ける 藤原清正

天つ風ふけひの浦にゐる鶴のなどか雲居にかへらざるべき

1724 二条院、菩提樹院におはしましてのちの春、昔を思ひ出でて大納言経信まいりて侍ける又の日、女房の申つかはしける よみ人知らず

いにしへの馴れし雲居を忍ぶとや霞を分けて君たづねけむ

1725 最勝四天王院の障子に、大淀かきたる所 藤原定家朝臣

大淀の浦に刈りほすみるめだに霞にたえてかへる雁がね

1726 最慶法師、千載集書きてたてまつりける包紙に、墨をすり筆を染めつゝ年ふれど書きあらはせることのはぞなきと書き付けて侍ける御返し 後白河院御歌

浜千鳥ふみ置く後のつもりなばかひある浦に逢はざらめやは

1727 上東門院、高陽院におはしましけるに、行幸侍りて、堰き入れたる滝を御覧じて 後朱雀院御歌

滝つ瀬に人の心をみることはむかしに今もかはらざりけり

1728 権中納言通俊、後拾遺撰び侍けるころ、まづ片端もゆかしくなど申て侍ければ、申合せてこそとて、まだ清書もせぬ本をつかはして侍けるを見て、返しつかはすとて 周防内侍

あさからぬ心ぞ見ゆる音羽川せき入れし水の流ならねど

1729 歌たてまつれと仰せられければ、忠峯がなど書き集めてたてまつりける奥に書き付けける 壬生忠見

言の葉のなかをなくなく尋ぬれば昔の人に逢ひ見つるかな

1730 遊女の心をよみ侍ける 藤原為忠朝臣

独寝て今宵も明けぬ誰としもたのまばこそは来ぬも恨みめ

1731 大江挙周はじめて殿上ゆるされて、草深き庭に下りて拝しけるを見侍て 赤染衛門

草分けて立ちゐる袖のうれしさに絶えず涙の露ぞこぼるる

1732 秋ごろわづらひける、をこたりて、たびたびとぶらひにける人につかはしける 伊勢大輔

嬉しさは忘れやはする忍草しのぶるものを秋のゆふぐれ

1733 返し 大納言経信

秋風のおとせざりせば白露の軒のしのぶにかからましやは

1734 ある所に通ひ侍けるを、朝光大将見かはして、夜一夜物語りして帰りて、又の日 左大将済時

忍草いかなる露かおきつらむ今朝はねもみな顕はれにけり

1735 返し 左大将朝光

浅茅生を尋ねざりせばしのぶ草思ひ置きけむ露を見ましや

1736 わづらひける人の、かく申侍ける よみ人知らず

長らへむとしも思はぬ露の身のさすがに消えむ事をこそ思へ

1737 返し 小馬命婦

露の身の消えばわれこそさきだためおくれむものか森の下草

1738 題しらず 和泉式部

命だにあらば見つべき身のはてを忍ばむ人のなきぞ悲しき

1739 例ならぬこと侍りけるに、知れりけるひじりの、とぶらひにまうで来て侍ければ 大僧正行尊

定めなき昔がたりを数ふればわが身もかずに入りぬべきかな

1740 五十首歌たてまつりし時 前大僧正慈円

世の中の晴れゆく空にふる霜のうき身ばかりぞおきどころなき

1741 例ならぬこと侍けるに、無動寺にてよみ侍ける 前大僧正慈円

頼み来しわが古寺の苔の下にいつしか朽ちむ名こそ惜しけれ

1742 題しらず 大僧正行尊

繰返しわが身のとがを求むれば君もなき世にめぐるなりけり

1743 題しらず 清原元輔

憂しといひて世をひたぶるに背かねば物思ひ知らぬ身とやなりなむ

1744 題しらず よみ人知らず

背けどもあめの下をし離れねばいづくにもふる涙なりけり

1745 延喜御時、女蔵人内匠、白馬節会見けるに、車よりくれなゐの衣を出だしたりけるを、検非違使のたゞさんとしければ、いひつかはしける 女蔵人内匠

大空に照るひの色をいさめても天の下には誰か住むべき

1746 例ならで太秦に籠りて侍けるに、心細くおぼえければ 周防内侍

かくしつつ夕べの雲となりもせばあはれかけても誰か忍ばむ

1747 題しらず 前大僧正慈円

思はねど世を背かむといふ人の同じ数にやわれもなりなむ

1748 題しらず 西行法師

数ならぬ身をも心のもちがほにうかれてはまた帰り来にけり

1749 題しらず 西行法師

おろかなる心のひくにまかせてもさてさは如何につひの思は

1750 題しらず 西行法師

年月をいかでわが身に送りけむ昨日の人も今日はなき世に

1751 題しらず 西行法師

うけがたき人の姿にうかび出でてこりずや誰もまた沈むべき

1752 守覚法親王、五十首歌よませ侍けるに 寂蓮法師

背きても猶憂きものは世なりけり身を離れたる心ならねば

1753 述懐の心をよめる 寂蓮法師

身の憂さを思ひ知らずはいかがせむ厭ひながらも猶過ぐすかな

1754 述懐の心をよめる 前大僧正慈円

なにごとを思ふ人ぞと人問はば答へぬさきに袖ぞ濡るべき

1755 述懐の心をよめる 前大僧正慈円

いたづらに過ぎにし事や歎かれむうけがたき身の夕暮の空

1756 述懐の心をよめる 前大僧正慈円

うち絶えて世に経る身にはあらねどもあらぬ筋にも罪ぞ悲しき

1757 和歌所にて、述懐の心を 前大僧正慈円

山里に契りし庵や荒れぬらむ待たれむとだに思はざりしを

1758 和歌所にて、述懐の心を 右衛門督通具

袖に置く露をば露としのべどもなれ行く月や色を知るらむ

1759 和歌所にて、述懐の心を 藤原定家朝臣

君が代にあはずは何を玉の緒の長くとまでは惜しまれじ身を

1760 和歌所にて、述懐の心を 藤原家隆朝臣

おほかたの秋の寝覚の長き夜も君をぞ祈る身をおもふとて

1761 和歌所にて、述懐の心を 藤原家隆朝臣

和歌の浦や沖つ潮合に浮かび出づるあはれ吾身のよるべしらせよ

1762 和歌所にて、述懐の心を 藤原家隆朝臣

その山とちぎらぬ月も秋風もすすむる袖に露こぼれつつ

1763 和歌所にて、述懐の心を 藤原雅経

君が代に逢へるばかりの道はあれど身をば頼まず行末の空

1764 和歌所にて、述懐の心を 皇太后宮大夫俊成女

惜しむともなみだに月も心から馴れぬる袖に秋をうらみて

1765 千五百番歌合に 摂政太政大臣

浮き沈み来む世はさてもいかにぞと心に問ひて答へかねぬる

1766 題しらず 摂政太政大臣

われながら心のはてを知らぬかな捨てられぬ世のまた厭はしき

1767 題しらず 摂政太政大臣

おしかへし物を思ふは苦しきに知らずがほにて世をや過ぎまし

1768 五十首歌よみ侍けるに、述懐の心を 守覚法親王

長らへて世に住むかひはなけれども憂きにかへたる命なりけり

1769 五十首歌よみ侍けるに、述懐の心を 権中納言兼宗

世を捨つる心は猶ぞなかりける憂きを憂しとは思ひ知れども

1770 述懐の心をよみ侍ける 左近中将公衡

捨てやらぬわが身ぞつらされいともと思ふ心に道をまかせて

1771 題しらず よみ人知らず

憂きながらあればある世に故郷の夢をうつつにさましかねつつ

1772 題しらず 源師光

憂きながらなほ惜しまるる命かな後の世とて頼みなければ

1773 題しらず 賀茂重保

さりともとたのむ心の行末も思へば知らぬ世にまかすらむ

1774 題しらず 荒木田長延

つくづくと思へばやすき世の中を心と歎くわが身なりけり

1775 入道前関白家百首歌よませ侍けるに 刑部卿頼輔

河船ののぼりわづらふ綱手縄くるしくてのみ世を渡るかな

1776 題しらず 大僧都覚弁

老らくの月日はいとどはやせ川かへらぬ浪に濡るる袖かな

1777 よみて侍ける百首歌を、源家長がもとに見せにつかはしける奥に、書き付けて侍ける 藤原行能

かき流す言の葉をだに沈むなよ身こそかくてもやまがはの水

1778 身の望みかなひ侍らで、社のまじらひもせで籠りゐて侍けるに、葵を見てよめる 鴨長明

見ればまづいとど涙ぞもろかづらいかに契りてかけ離れけむ

1779 題しらず 源季景

同じくはあれないにしへ思ひ出のなければとても忍ばずもなし

1780 題しらず 西行法師

何処にも住まれずは唯住まであらむ柴のいほりの暫しなる世に

1781 題しらず 西行法師

月のゆく山に心を送り入れてやみなる跡の身をいかにせむ

1782 五十首歌の中に 前大僧正慈円

思ふことなど問ふ人のなかるらむ仰げば空に月ぞさやけき

1783 五十首歌の中に 前大僧正慈円

いかにして今まで世には有明のつきせぬものを厭ふこころは

1784 西行法師、山里よりまかり出でて、昔出家し侍しその月日に当りて侍ると申たりける返事に 前大僧正慈円

うき世出でし月日の影の廻り来てかはらぬ道をまた照らすらむ

1785 大神宮歌合に 太上天皇

おほぞらにちぎるおもひの年も経ぬ月日もうけよ行末の空

1786 前僧都全真西国の方に侍ける時、つかはしける 承仁法親王

人知れずそなたを忍ぶ心をばかたぶく月にたぐへてぞやる

1787 前大僧正慈円、ふみにては思ふほどのことも申つくしがたきよし、申つかはして侍ける返事に 前右大将頼朝

陸奥のいはでしのぶはえぞ知らぬかき尽してよつぼの石ぶみ

1788 世中の常なきころ 大江嘉言

今日までは人を歎きて暮れにけりいつ身の上にならむとすらむ

1789 題しらず 清慎公

道芝の露に争ふわが身かないづれかまづは消えむとすらむ

1790 題しらず 皇嘉門院

何とかや壁に生ふなる草の名よそれにもたぐふわが身なりけり

1791 題しらず 権中納言資実

来し方をさながら夢になしつれば覚むる現のなきぞ悲しき

1792 松の木の焼けけるを見て 性空上人

千歳経る松だにくゆる世の中に今日とも知らでたてるわれかな

1793 題しらず 源俊頼朝臣

数ならで世にすみの江の澪標いつをまつともなき身なりけり

1794 題しらず 皇太后宮大夫俊成

憂きながら久しくぞ世を過ぎにけるあはれやかけし住吉の松

1795 春日社歌合に、松風といふことを 藤原家隆朝臣

春日山谷のうもれ木朽ちぬとも君に告げこせ峰のまつかぜ

1796 春日社歌合に、松風といふことを 宜秋門院丹後

なにとなく聞けばなみだぞこぼれぬる苔の袂に通ふ松風

1797 草子に葦手長歌など書きて、奥に 女御徽子女王

皆人のそむきはてぬる世の中にふる社の身をいかにせむ

1798 臨時祭の舞人にてもろともに侍けるを、ともに四位してのち、祭の日つかはしける 藤原実方朝臣

衣手のやまゐの水に影見えしなほそのかみの春ぞこひしき

1799 返し 藤原道信朝臣

古への山ゐの衣なかりせば忘らるる身となりやしなまし

1800 後冷泉院御時大嘗会に、ひかげの組をして、実基朝臣のもとにつかはすとて、先帝御時思ひ出でて、添へていひつかはしける 加賀左衛門

たちながらきてだに見せよ小忌衣あかぬ昔の忘れがたみに

1801 秋夜きりぎりすを聞くといふ題をよめと、人々に仰せられて、おほとのごもりにける朝に、その歌を御覧じて 天暦御歌

秋の夜のあかつきがたのきりぎりす人づてならで聞かましものを

1802 題しらず 大中臣能宣朝臣

みづぐきの中にのこれるたきの声いとしも寒き秋の声かな

1803 題しらず 小野小町

木枯の風にもみぢて人知れずうき言の葉のつもる頃かな

1804 述懐百首歌よみける時、紅葉を 皇太后宮大夫俊成

嵐吹く峰のもみぢの日に添へてもろくなりゆくわが涙かな

1805 題しらず 崇徳院御歌

うたたねは荻吹く風に驚けどながき夢路ぞ覚むる時なき

1806 題しらず 宮内卿

竹の葉に風吹きよわる夕暮の物のあはれは秋としもなし

1807 題しらず 和泉式部

夕暮は雲のけしきを見るからにながめじと思ふ心こそつけ

1808 題しらず 和泉式部

暮れぬめり幾日をかくて過ぎぬらむ入相の鐘のつくづくとして

1809 題しらず 西行法師

待たれつる入相の鐘の音すなり明日もやあらば聞かむとすらむ

1810 暁の心をよめる 皇太后宮大夫俊成

暁とつげのまくらをそばだてて聞くもかなしき鐘の音かな

1811 百首歌に 式子内親王

暁のゆふつけ鳥ぞあはれなる長きねぶりを思ふまくらに

1812 尼にならんと思ひ立ちけるを、人のとゞめ侍ければ 和泉式部

かくばかり憂きを忍びて長らへばこれよりまさる物もこそ思へ

1813 題しらず 和泉式部

たらちねのいさめし物をつれづれと眺むるをだに問ふ人もなし

1814 熊野へまいりて大峰に入らんとて、年ごろ養ひたてて侍りける乳母のもとにつかはしける 大僧正行尊

あはれとてはぐくみたてし古へは世をそむけとも思はざりけむ

1815 百首歌たてまつりし時 土御門内大臣

位山あとをたづねてのぼれども子をおもふ道になほ迷ひぬる

1816 百首歌よみ侍けるに、懐旧歌 皇太后宮大夫俊成

昔だに昔と思ひしたらちねのなほ恋しきぞはかなかりける

1817 述懐百首歌よみ侍けるに 源俊頼朝臣

ささがにのいとかかりける身の程を思へば夢の心地こそすれ

1819 夕暮に蜘蛛のいとはかなげに巣かくを、常よりもあはれと見て 僧正遍昭

ささがにの空にすがくも同じことまだき宿にも幾夜かは経む

1820 題しらず 西宮前左大臣

光待つ枝にかかれる露の命消えはてねとや春のつれなき

1821 野分したる朝に、おさなき人をだに問はざりける人に 赤染衛門

荒く吹く風はいかにと宮城野のこ萩が上を人の問へかし

1822 和泉式部、道貞に忘られてのち、ほどなく敦道親王かよふと聞きて、つかはしける 赤染衛門

うつろはでしばし信太の森を見よかへりもぞする葛のうら風

1823 返し 和泉式部

秋風はすごく吹けども葛の葉のうらみがほには見えじとぞ思ふ

1824 病限りにおぼえ侍ける時、定家朝臣、中将転任のこと申とて、民部卿範光もとにつかはしける 皇太后宮大夫俊成

小笹原風待つ露の消えやらでこのひとふしを思ひ置くかな

1825 題しらず 前大僧正慈円

世の中を今はの心つくからに過ぎにし方ぞいとど恋しき

1826 題しらず 前大僧正慈円

世を厭ふ心の深くなるままに過ぐる月日をうち数へつつ

1826 題しらず 前大僧正慈円

一方に思ひとりにし心にはなほ背かるる身をいかにせむ

1827 題しらず 前大僧正慈円

何故にこの世を深く厭ふぞと人の問へかしやすくこたえむ

1828 題しらず 前大僧正慈円

思ふべきわが後の世はあるか無きか無ければこそは此の世には住め

1829 題しらず 西行法師

世を厭ふ名をだにもさはとどめ置きて数ならぬ身の思出にせむ

1830 題しらず 西行法師

身の憂さを思ひ知らでややみなましそむく習のなき世なりせば

1831 題しらず 西行法師

いかがすべき世にあらばやは世をも捨ててあなうの世やと更に思はむ

1832 題しらず 西行法師

何事にとまる心のありければ更にしもまた世の厭はしき

1833 題しらず 入道前関白太政大臣

昔より離れがたきはうき世かなかたみに忍ぶ中ならねども

1834 歎く事侍りけるころ、大峰に籠るとて、同行どももかたへは京へ帰りねなど申てよみ侍ける 大僧正行尊

思ひ出でてもしも尋ぬる人もあらばありとないひそ定なき世に

1835 題しらず 大僧正行尊

数ならぬ身を何故に恨みけむとてもかくても過ぐしける世を

1836 百首歌たてまつりしに 前大僧正慈円

いつかわれみ山の里の寂しきにあるじとなりて人に問はれむ

1837 題しらず 源俊頼朝臣

うき身には山田のおしねおしこめて世をひたすらに恨み侘びぬる

1838 年ごろ修行の心ありけるを、捨てがたき事侍りて過ぎけるに、親などなくなりて、心やすく思ひ立ちけるころ、障子に書き付け侍ける 山田法師

賤の男の朝な朝なにこりつむるしばしの程もありがたの世や

1839 題しらず 寂蓮法師

数ならぬ身はなきものになし果てつ誰が為にかは世をも恨みむ

1840 題しらず 法橋行遍

たのみありて今行末を待つ人や過ぐる月日を歎かざるらむ

1841 守覚法親王、五十首歌よませ侍けるに 源師光

長らへて生けるをいかにもどかまし憂き身の程をよそに思はば

1842 題しらず 八条院高倉

うき世をば出づる日ごとに厭へどもいつかは月の入る方を見む

1843 題しらず 西行法師

なさけありし昔のみ猶忍ばれて長らへまうき世にも経るかな

1844 題しらず 藤原清輔朝臣

長らへばまたこの頃や忍ばれむ憂しと見し世ぞ今は恋しき

1845 寂蓮、人々勧めて百首歌よませ侍けるに、いなび侍て熊野に詣でける道にて、夢に、なにごとも衰へゆけど、この道こそ世の末に変らぬものはあれ、なをこの歌よむべきよし、別当湛快、三位俊成に申と見侍て、おどろきながらこの歌をいそぎよみ出だしてつかはしける奥に書き付け侍ける 西行法師

末の世もこの情のみ変らずと見し夢なくばよそに聞かまし

1846 崇徳院に百首歌たてまつりける、無常歌 皇太后宮大夫俊成

世の中をおもひつらねてながむればむなしき空に消ゆる白雲

1847 百首歌に 式子内親王

暮るる間も待つべき世かはあだし野の末葉の露に嵐たつなり

1848 津の国におはして、みぎはの蘆を見給ひて 花山院御歌

津の国の長らふべくもあらぬかな短き葦のよにこそありけれ

1849 題しらず 中務卿具平親王

風はやみ荻の葉ごとに置く露のおくれさきだつ程のはかなさ

1850 題しらず 蝉丸

秋風になびく浅茅のすゑごとに置く白露のあはれ世の中

1851 題しらず 蝉丸

世の中はとてもかくても同じこと宮も藁屋もはてしなければ

神祇歌

1852 題しらず (よみ人知らず)

知るらめや今日の子の日の姫小松生ひむ末まで榮ゆべしとは

1853 題しらず (よみ人知らず)

なさけなく折る人つらしわが宿のあるじ忘れぬ梅の立枝を

1854 題しらず (よみ人知らず)

補陀落のみなみの岸に堂たてていまぞ榮えむ北のふぢなみ

1855 題しらず (よみ人知らず)

夜や寒き衣や薄きかたそぎの行きあひの間より霜やおくらむ

1856 題しらず (よみ人知らず)

いかばかり年は経ぬとも住の江の松ぞふたたび生ひ変りぬる

1857 題しらず (よみ人知らず)

むつまじと君はしらなみ瑞垣の久しき世より祝ひ初めてき

1858 題しらず (よみ人知らず)

人知れず今や今やとちはやぶる神さぶるまで君をこそ待て

1859 題しらず (よみ人知らず)

道とほし程もはるかに隔たれり思ひおこせよわれも忘れじ

1860 題しらず (よみ人知らず)

思ふこと身にあまるまでなる滝のしばしよどむを何恨むらむ

1861 題しらず (よみ人知らず)

われ頼む人いたずらになしはてばまた雲わけて昇るばかりぞ

1862 題しらず (よみ人知らず)

鏡にもかげみたらしの水の面にうつるばかりの心とを知れ

1863 題しらず (よみ人知らず)

ありきつつきつつ見れどもいさぎよき人の心をわれ忘れめや

1864 題しらず (よみ人知らず)

西の海立つ白波の上にしてなに過ぐすらむかりのこの世を

1865 延喜六年日本紀竟宴に神日本磐餘彦天皇 大江千古

白波に玉よりひめの来し事はなぎさやつひのたおまりなるらむ

1866 猿田彦 紀淑望

ひさかたの天の八重雲ふりわけて下りし君をわれぞ迎へし

1867 玉依姫 三統理平

飛びかけるあまの磐舟たづねてぞ秋津島には宮はじめける

1868 賀茂の社午日うたひ侍りける歌 (よみ人知らず)

やまとかも海にあらしの西吹かばいづれの浦に御舟つながむ

1869 神樂をよみ侍りける 紀貫之

置く霜に色もかはらぬ榊葉の香をやは人のとめて来つらむ

1870 臨時祭をよめる 紀貫之

宮入の摺れるころもにゆふだすきかけて心を誰によすらむ

1872 大将に侍りける時、勅使にて太神宮に詣でてよみ侍りける 摂政太政大臣

神風や御裳裾川のそのかみに契りしことのすゑをたがふな

1872 同し時外宮にてよみ侍りける 藤原定家朝臣

契ありて今日みや川のゆふかずら長き世までもかけて頼まむ

1873 公繼卿勅使にて大神宮に詣でて歸り上り侍りけるに齋宮女房の中より申し贈りける よみ人知らず

うれしさもあはれもいかに答へまし故里人に訪はれましかば

1874 返し 春宮権大夫公継

神風や五十鈴川波かず知らずすむべき御代にまたかへり来む

1875 大神宮歌中に 太上天皇

ながめばや神路の山に雲消えてゆふべの空を出でむ月かげ

1876 大神宮歌中に 太上天皇

神風やとよみてぐらに靡くしでかけてあふぐといふも畏し

1877 題知らず 西行法師

宮柱したつ岩ねにしきたててつゆも曇らぬ日の御影かな

1878 題知らず 西行法師

神路山月さやかなる誓ありて天の下をば照らすなりけり

1879 伊勢の月讀の社に參りて月をよめる 西行法師

さやかなる鷲の高嶺の雲井より影はやはらぐる月よみの森

1880 神祇の歌とてよめる 前大僧正慈円

やはらぐる光にあまる影なれや五十鈴河原の秋の夜の月

1881 公卿勅使にて歸り侍りける一志のむまやにてよみ侍りける 中院右大臣

立ちかへり又も見まくのほしきかな御裳裾川の瀬々の白波

1882 入道前関白家、百首歌よみ侍りけるに 皇太后宮大夫俊成

神風や五十鈴の河の宮ばしら幾千世すめとたてはじめけむ

1883 入道前関白家、百首歌よみ侍りけるに 俊恵法師

神風や玉串の葉をとりかざし内外のみやに君をこそ祈れ

1884 五十首歌奉りし時 越前

神風や山田の原のさかき葉に心のしめをかけぬ日ぞなき

1885 社頭納涼といふことを 大中臣明親

五十鈴川空やまだきに秋の声したつ岩ねの松のゆふかぜ

1886 香椎宮の杉をよみ侍りける よみ人知らず

ちはやぶる香椎宮の綾杉は神のみそぎに立てるなりけり

1887 八幡宮の權官にて年久しかりける事を恨みて御神樂の夜參りて榊に結び付け侍りける 法印成清

榊葉にそのいふかひはなけれども神に心をかけぬ間ぞなき

1888 賀茂に參りて 周防内侍

年を経て憂き影をのみみたらしの変る世もなき身をいかにせむ

1889 文治六年女御入内屏風に、臨時祭かける所をよみ侍りける 皇太后宮大夫俊成

月さゆるみたらし川に影見えて氷に摺れるやまあゐの袖

1890 社頭の雪といふ心をよみ侍りける 按察使公通

ゆふしでの風に乱るる音さえて庭しろたへに雪ぞつもれる

1891 十首歌合の中に神祇をよめる 前大僧正慈円

君を祈るこころの色を人問はばただすの宮のあけの玉垣

1892 みあれに參りて社の司おのおの葵をかけけるによめる 賀茂重保

跡垂れし神にあふひのなかりせば何に頼みをかけて過ぎまし

1893 社司ども貴布禰に參りて雨乞ひし侍りけるついでによめる 賀茂幸平

大み田のうるほふばかりせきかけてゐせきにおとせ河上の神

1894 鴨社歌合とて人々よみ侍りけるに月を 鴨長明

石川やせみの小川の清ければ月もながれを尋ねてぞすむ

1895 辨に侍りける時春日の祭に下りて周防内侍に遣しける 中納言資仲

万年を祈りぞかくるゆふだすき春日の山の峰のあらしに

1896 文治六年女御入内屏風に春日祭 入道前関白太政大臣

今日まつる神のこころや靡くらむしでに波立つ佐保の川風

1897 家に百首歌よみ侍りける時神祇の心を 入道前関白太政大臣

あめの下みかさの山の蔭ならで頼む方なき身とは知らずや

1898 家に百首歌よみ侍りける時、神祇の心を 皇太后宮大夫俊成

春日野のおどろの道のうもれみづ未だに神のしるしあらはせ

1899 大原野の祭に參りて周防内侍に遣しける 藤原伊家

千世までも心して吹けもみぢ葉を神もをしほの山おろしの風

1901 日吉社に奉りける歌の中に二宮を 前大僧正慈円

やはらぐる影ぞふもとに雲なき本のひかりは峰に澄めども

1902 述懐の心を 前大僧正慈円

わがたのむ七のやしろの木綿だすきかけても六の道にかへすな

1903 述懐の心を 前大僧正慈円

おしなべて日吉の影はくもらぬに涙あやしき昨日けふかな

1904 述懐の心を 前大僧正慈円

もろ人のねがひをみつの浜風にこころ涼しきしでの音かな

1905 北野によみて奉りける 前大僧正慈円

覚めぬれば思ひあはせて音をぞ泣く心づくしのいにしへの夢

1906 熊野へ詣で給ひける道に花の盛りなりけるを御覧じて 白河院御歌

咲きにほふ花のけしきを見るからに神の心ぞ空に知らるる

1907 熊野に参りて奉り侍りし 太上天皇

岩にむす苔ふみならすみ熊野の山のかひある行末もがな

1908 新宮にまうづとて、熊野川にて 太上天皇

熊野川くだす早瀬のみなれ棹さすが見なれぬ浪のかよひ路

1909 白河院熊野に詣で給へりけるに御供の人々鹽屋の王子にて歌よみ侍りけるに 徳大寺左大臣

立ちのぼる塩屋の煙うらかぜに靡くを神のこころともがな

1910 熊野へ詣で侍りしに岩代の王子に人々の名など書き附けさせてしばし侍りしに拝殿の長押に書き付け侍りし時 よみ人知らず

岩代の神は知るらむしるべせよたのむうき世の夢のゆく末

1911 熊野の本宮燒けて年の内に遷宮侍りしに參りて 太上天皇

契あればうれしきかかる折に逢ひぬ忘るるな神もゆく末の空

1912 加賀守にて侍りける時白山に詣でたりけるを思ひ出でて日吉の客人の宮にてよみ侍りける 左京大夫顕輔

年経とも越の白山忘れずはかしらの雪をあはれとも見よ

1913 一品聡子内親王住吉に詣でて人々歌よみ侍りけるによめる 藤原道経

すみよしの浜松が枝に風吹けば波の白木綿かけぬまぞなき

1914 ある所の屏風の繪に十一月神祭る家の前に馬に乘りて人のゆく所を 大中臣能宣朝臣

榊葉の霜うちはらひかれずのみ澄めとぞ祈る神のみまへに

1915 延喜御時屏風に夏神樂の心をよみ侍りけるに 紀貫之

河社しのにをりはへほす衣いかにほせばか七日ひざらむ

釈教歌

1916 題しらず (よみ人知らず)

なほ頼めしめぢが原のさしもぐさわれ世の中にあらむ限りは

1917 題しらず (よみ人知らず)

何かおもふ何かはなげく世の中はただ朝顏の花のうへの露

1918 智縁上人、伯耆の大山にまいりて、出でなんとしけるあか月、夢に見えける歌 (よみ人知らず)

山深く年経るわれもあるものをいづちか月のいでて行くらむ

1919 難波の御津寺にて、蘆の葉のそよぐを聞きて 行基菩薩

葦そよぐ塩瀬の浪のいつまでかうき世の中にうかび渡らむ

1920 比叡山中堂建立の時 伝教大師

阿耨多羅三藐三菩提の仏たちわがたつ杣に冥加あらせたまへ

1921 入唐時歌 智証大師

法の舟さして行く身ぞもろもろの神も仏もわれをみそなへ

1922 菩提寺の講堂の柱に、虫の食ひたりける歌 (よみ人知らず)

しるべある時にだに行け極楽の道にまどへる世の中の人

1923 御嶽の笙の岩屋に籠りてよめる 日蔵上人

寂莫の苔の岩戸のしづけきになみだの雨の降らぬ日ぞなき

1924 臨終正念ならんことを思てよめる 法円上人

南無阿弥陀仏の御手にかくる糸のをはり乱れぬ心ともがな

1925 題しらず 僧都源信

われだにもまづ極楽にうまれなば知るも知らぬも皆迎へてむ

1926 天王寺の亀井の水を御覧じて 上東門院

濁なき亀井の水をむすびあげて心の塵をすすぎつるかな

1927 法華経廿八品歌、人々によませ侍けるに、提婆品の心を 法成寺入道前摂政太政大臣

わたつ海の底より来つる程もなくこの身ながらに身をぞ極むる

1928 勧持品の心を 大納言齊信

数ならぬ命はなにか惜しからむ法とくほどをしのぶばかりぞ

1929 五月許に、雲林院の菩提講に詣でてよみ侍ける 肥後

むらさきの雲の林を見わたせば法にあふちの花咲きにけり

1930 涅槃経よみ侍ける時、夢に、散る花に池の氷もとけぬなり花ふきちらす春の夜の空、と書きて、人の見せ侍ければ、夢のうちに返すとおぼえける歌 肥後

谷川のながれし清く澄みぬれば隈なき月の影もうかびぬ

1931 述懐歌の中に 前大僧正慈円

願はくはしばし闇路にやすらひてかかげやせまし法の燈火

1932 述懐歌の中に 前大僧正慈円

説くみ法きくの白露夜は置きてつとめて消えむ事をしぞ思ふ

1933 述懐歌の中に 前大僧正慈円

極楽へまだわが心ゆきつかずひつじの歩みしばしとどまれ

1934 勧心如月輪若在軽霧中の心を 権僧正公胤

わが心なほ晴れやらぬ秋霧にほのかに見ゆるありあけの月

1935 家に百首歌よみ侍ける時、十界の心をよみ侍けるに、縁覚の心を 摂政太政大臣

奥山にひとりうき世は悟りにき常なき色を風にながめて

1936 心経の心をよめる 小侍従

色にのみ染みし心の悔しきを空しと説ける法のうれしさ

1937 摂政太政大臣家百首歌に、十楽の心をよみ侍けるに、聖衆来迎楽 寂蓮法師

むらさきのくもぢに誘ふ琴の音にうき世をはらふ峰の松風

1938 蓮花初開楽 寂蓮法師

これやこのうき世の外の春ならむ花のとぼそのあけぼのの空

1939 快楽不退楽 寂蓮法師

春秋もかぎらぬ花に置く露はおくれさきだつ恨やはある

1940 引摂結縁楽 寂蓮法師

たちかへり苦しき海に置く網も深きえにこそ心引くらめ

1941 法花経廿八品歌よみ侍けるに、方便品 唯有一乗法の心を 前大僧正慈円

いづくにもわが法ならぬ法やあると空吹く風に問へど答へぬ

1942 化城喩品 化作大城郭 前大僧正慈円

思ふなようき世の中を出で果てて宿る奥にも宿はありけり

1943 分別功徳品 或住不退地 前大僧正慈円

鷲の山今日聞く法の道ならでかへらぬ宿に行く人ぞなき

1944 普門品 心念不空過 前大僧正慈円

おしなべてむなしき空とおもひしに藤咲きぬれば紫の雲

1945 水渚常不満といふ心を 崇徳院御歌

押しなべてうき身はさこそなるみ潟満ち干る汐の変るのみかは

1946 先照高山 崇徳院御歌

朝日さす峰のつづきはめぐめどもまだ霜深し谷のかげ草

1947 家に百首歌よみ侍ける時、五智の心を、妙観察智 入道前関白太政大臣

底清くこころの水を澄まさずはいかがさとりの蓮をも見む

1948 勧持品 正三位経家

さらずとて幾世もあらじいざやさは法にかへつる命と思はむ

1949 法師品 加刀杖瓦石 念仏故応忍の心を 寂蓮法師

深き夜の窓うつ雨に音せぬはうき世をのきのしのぶなりけり

1950 五百弟子品 内秘菩薩行の心を 前大僧正慈円

いにしへの鹿鳴く野辺のいほりにも心の月はくもらざりけり

1951 人々勧めて法文百首歌よみ侍けるに、二乗但空 智如蛍火 寂然法師

道のべの螢ばかりをしるべにてひとりぞ出づる夕闇の空

1952 菩薩清涼月 遊於畢竟空 寂然法師

雲晴れてむなしき空に澄みながらうき世の中をめぐる月かげ

1953 栴檀香風 悦可衆心 寂然法師

吹く風に花たちばなや匂ふらむ昔おぼゆる今日の庭かな

1954 作是教已 復至他国 寂然法師

闇深き木のもとごとに契り置きて朝たつ霧のあとの露けさ

1955 此日已過 命即衰滅 寂然法師

今日過ぎぬ命もしかとおどろかす入相の鐘の声ぞかなしき

1956 悲鳴[口幼]咽 痛恋本群 素覚法師

草深き狩場の小野を立ち出でて友まどはせる鹿ぞ鳴くなる

1957 棄恩入無為 寂然法師

背かずは何れの世にか廻り逢ひて思ひけりとも人に知られむ

1958 合会有別離 源季広

あひ見ても嶺にわかるる白雲のかかるこの世の厭はしきかな

1959 聞名欲往生 寂然法師

音に聞く君がりいつかいきの松待つらむものを心づくしに

1960 心懐恋慕 渇仰於仏 寂然法師

別れにしその面影のこひしきに夢にも見えよ山の端の月

1961 十戒歌よみ侍けるに、不殺生戒 寂然法師

わたつ海の深きに沈むいさりせで保つかひある法を求めよ

1962 不偸盗戒 寂然法師

浮き草のひと葉なりとも磯がくれおもひなかけそ沖つ白波

1963 不邪婬戒 寂然法師

さらぬだに重きが上のさよ衣わがつまならぬつまな重ねそ

1964 不[酉古]酒戒 寂然法師

花のもと露のなさけはほどもあらじ酔ひな勸めそ春の山風

1965 入道前関白家に十如是歌よませ侍けるに、如是報 二条院讃岐

うきもなほむかしの故と思はずはいかにこの世を恨みはてまし

1966 待賢門院中納言、人々に勧めて廿八品歌よませ侍けるに、序品 広度諸衆生 其数無有量の心を 皇太后宮大夫俊成

わたすべき数もかぎらぬ橋柱いかにたてける誓なるらむ

1967 美福門院に、極楽六時讃の絵に書かるべき歌たてまつるべきよし侍けるに、よみ侍ける、時に大衆法を聞て、弥歓喜瞻仰せん 皇太后宮大夫俊成

今ぞこれ入日を見ても思ひこし弥陀のみくにの夕暮の空

1968 暁いたりて浪の声、金の岸に寄するほど 皇太后宮大夫俊成

いにしへの尾上の鐘に似たるかな岸うつ浪のあかつきのこえ

1969 百首歌の中に、毎日晨朝入諸定の心を 式子内親王

しづかなる暁ごとに見わたせばまだ深き夜の夢ぞ悲しき

1970 発心和歌集の歌、普門品 種々諸悪趣 選子内親王

逢ふ事をいづくにてとか契るべき憂き身の行かむ方を知らねば

1971 五百弟子品の心を 僧都源信

玉かけし衣の裏をかへしてぞおろかなりけるこころをば知る

1972 維摩経 十喩中に、此身如夢といへる心を 赤染衛門

夢や夢現や夢とわかぬかないかなる世にか覚めむとすらむ

1973 二月十五日の暮れ方に、伊勢大輔がもとにつかはしける 相模

常よりも今日の煙のたよりにや西をはるかに思ひやるらむ

1974 返し 伊勢大輔

今日はいとど涙にくれぬ西の山おもひいり日の影をながめて

1975 西行法師を呼び侍けるに、まかるべきよしは申ながらまうで来で、月の明かりけるに、門の前をとおると聞きて、よみてつかはしける 待賢門院堀河

西へ行くしるべとおもふ月影の空だのめこそかひなかりけれ

1976 返し 西行法師

立ち入らで雲間に分けし月影は待たぬけしきや空に見えけむ

1977 人の身まかりにけるのち、結縁経供養しけるに、即往安楽世界の心をよめる 瞻西上人

昔見し月のひかりをしるべにて今宵や君が西へ行くらむ

1978 観心をよみ侍ける 西行法師

闇晴れてこころのそらにすむ月は西の山辺や近くなるらむ