古今和歌集

やまとうたは、人の心を種として、よろづの言の葉とぞなれりける。世の中にある人、ことわざしげきものなれば、心に思ふことを、見るもの聞くものにつけて言ひ(いだ)せるなり。花に鳴く鶯、水に住むかはづの声を聞けば、生きとし生けるもの、いづれか歌をよまざりける。力をも入れずして、天地(あめつち)を動かし、目に見えぬ鬼神(おにがみ)をもあはれと思はせ、男女の仲をもやはらげ、たけき武士(もののふ)の心をもなぐさむるは歌なり。 この歌、天地の開け始まりける時より出で来にけり。しかあれども、世には伝はることは、ひさかたの天にしては、下照姫(したてるひめ)に始まり、あらかねの(つち)にしては、素戔鳴尊(すさのをのみこと)よりぞおこりける。ちはやぶる神代には、歌の文字も定まらず、すなほにして、ことの心わきがたからけらし。人の世となりて、素戔鳴尊よりぞ、三十文字あまり一文字はよみける。 かくてぞ花をめで、息をうらやみ、霞をあはれび、露をかなしぶ心言葉多く、さまざまになりにける。遠き所も、出で立つ足もとより始まりて、年月をわたり、高き山も、麓の塵泥(ひぢ)よりなりて、天雲たなびくまでおひのぼれるごとくに、この歌もかくのごとくなるべし。難波津(なにはづ)の歌は、帝の御はじめなり。安積山(あさかやま)のことばは、采女(うねめ)のたはぶれよりよみてこの二歌は、歌の父母のやうにてぞ、手習ふ人のはじめにもしける。 そもそも、歌のさま、六つなり。(から)の歌にもかくぞあるべき。その六くさの一つには、そへ歌。大鷦鷯(おほさざき)の帝をそへたてまつれる歌。  難波津に咲くやこの花冬ごもり今は春べと咲くやこの花 といへるなるべし。 二つには、かぞへ歌。  咲く花に思ひつくみのあぢきなさ身にいたつきのいるもしらずて といへるなるべし。 三つには、なずらへ歌。  君にけさあしたの霜のおきていなば恋しきごとに消えやわたらむ といへるなるべし。 四つには、たとへ歌。  わが恋はよむともつきじ荒磯海(ありそうみ)の浜の真砂(まさご)はよみつくすとも といへるなるべし。 五つには、ただごと歌。  いつはりのなき世なりせばいかばかり人の言の葉うれしからまし といへるなるべし。 六つには、いはひ歌。  この殿はむべともみけりさきくさの三つば四つばに殿づくりせり といへるなるべし。 今の世の中、色につき、人の心花になりにけるより、あたなる歌、はかなき言のみ出でくれば、色好みの家に、埋もれ木の人知れぬこととなりて、まめなる所には、花すすき穂に出すべきことにもあらずなりにたり。 その初めを思へば、かかるべくなむあらぬ。いにしへの代々の帝、春の花の(あした)、秋の月の夜ごとに、さぶらふ人々を召して、ことにつけつつ、歌をたてまつらしめたまふ。あるは花をそふとて、たよりなき所にまどひ、あるは月を思ふとて、しるべなき闇にたどれる、心々を見たまひて、(さか)し、愚かなりとしろしめしけむ。 しかあるのみにあらず、さざれ石にたとへ、筑波山(つくばやま)にかけて君をねがひ、よろこび身にすぎ、たのしび心にあまり、富士の煙によそへて人を恋ひ、松虫の音に友をしのび、高砂、住の江の松も、相生(あひおひ)のやうにおぼえ、男山の昔を思ひ出でて、女郎花(をみなへし)のひとときをくねるにも、歌をいひてぞなぐさめける。 また、春の朝に花の散るを見、秋の夕暮に木の葉の落つるを聞き、あるは、年ごとに鏡の影に見ゆる雪と波とを嘆き、草の露、水の泡を見てわが身をおどろき、あるは、きのふはさかえおごりて、時をうしなひ、世にわび、親しかりしもうとくなり、あるは松山の波をかけ、野中の水をくみ、秋萩の下葉をながめ、暁の(しぎ)の羽?きをかぞへ、あるは呉竹(くれたけ)のうきふしを人にいひ、吉野川をひきて世の中を恨みきつるに、今は富士の山も煙立たずなり、長柄(ながら)の橋もつくるなりと聞く人は、歌にのみぞ心をなぐさめける。 いにしへよりかく伝はるうちにも、ならの御時よりぞ広まりにける。かの御代や歌の心をしろしめしたりけむ。歌の御時に、正三位(おほきみつのくらゐ)柿本人麿なむ歌の(ひじり)なりける。これは、君も人も身を合はせたりといふなるべし。秋の夕べ、竜田川に流るる紅葉をば、帝の御目には錦とみたまひ、春の朝、吉野の山の桜は、人麿が心には、雲かとのみなむおぼえける。また、山辺赤人といふ人ありけり。歌にあやしく妙なりけり。人麿は、赤人が上に立たむことかたく、赤人は、人麿が下に立たむことかたくなむありける。この人々をおきて、またすぐれたる人も、呉竹のよよに聞こえ、片糸のよりよりに絶えずありける。これより先の歌を集めてなむ、万葉集と名づけられたりける。 ここに、いにしへのことをも、歌の心をも知れる人わづかに一人二人なりき。しかあれど、これかれ得たる所得ぬ所、たがひになむある。かの御時よりこのかた、年は百年(ももとせ)あまり、世は()つぎになむなりにける。いにしへのことをも歌をも知れる人よむ人おほからず。 いまこのことをいふに、官位(つかさくらゐ)高き人をば、たやすきやうなれば入れず。そのほかに、近き世にその名聞こえたる人は、すなはち、僧正遍昭(そうじやうへんぜう)は、歌のさまは得たれども、まことすくなし。たとへば、絵にかける女を見て、いたづらに心をうごかすがごとし。 在原業平(ありはらのなりひら)は、その心あまりて、ことばたらず。しぼめる花の色なくてにほひ残れるがごとし。 文屋康秀(ふんやのやすひで)は、ことばたくみにて、そのさま身におはず。いはば、あき人のよき(きぬ)着たらむがごとし。 宇治山の僧喜撰(きせん)は、ことばかすかにして、はじめをはりたしかならず。いはば、秋の月を見るに、暁の雲にあへるがごとし。詠める歌おほく聞こえねば、かれこれを通はして、よく知らず。 小野小町(おののこまち)は、いにしへの衣通姫(そとほりひめ)(りう)なり。あはれなるやうにて、つよからず。いはば、よき女のなやめるところあるに似たり。つよからぬは、女の歌なればなるべし。 大伴黒主(おほとものくろぬし)は、そのさまいやし。いはば、(たきぎ)おへる山人の花のかげに休めるがごとし。 このほかの人々、その名聞こゆる、野辺に()ふる(かづら)()ひひろごり、林にしげき木の葉のごとくに多かれど、歌とのみ思ひて、そのさま知らぬなるべし。 かかるに、今、すべらぎの天の下のしろしめすこと、四つの時九(ここの)かへりになむなりぬる。あまねき御うつくしみの波、八洲(やしま)のほかまで流れ、ひろき御恵みの蔭、筑波山の麓よりも繁くおはしまして、よろづの(まつりごと)をきこしめすいとま、もろもろのことをすてたまはぬあまりに、いにしへのことをも忘れじ、()りにしことを起したまふとて、今も見そなはし、後の世にも伝はれとて、延喜五年四月十八日に、大内記(だいないき)紀友則(きのとものり)御書所預(ごしょのところのあづかり)紀貫之(きのつらゆき)前甲斐少目(さきのかひのせうくわん)凡河内躬恒(おほしこうちのみつね)右衛門府生(うゑもんのふしやう)壬生忠岑(みぶのただみね)らにおほせられて、万葉集に入らぬ古き歌、みづからのをも奉らしめたまひてなむ、それが中にも、梅をかざすよりはじめて、ほひととぎすを聞き、紅葉を折り、雪を見るにいたるまで、また、鶴亀につけて君を思ひ、人をも祝ひ、秋萩夏草を見て妻を恋ひ、逢坂山(あふさかやま)に至りて手向(たむ)けを祈り、あるは春夏秋冬にも入らぬくさぐさの歌をなむえらばせたまひける。すべて千歌(ちうた)二十巻(はたまき)、名づけて古今和歌集と言ふ。 かくてこのたび集めえらばれて、山下水の絶えず、浜の真砂(まさご)の数多くつもりぬれば、今は飛鳥川の瀬になるうらみも聞こえず、さざれ石の(いはほ)となるよろこびのみぞあるべき。それまくらことば、春の花にほひ少なくして、むなしき名のみ秋の夜の長きをかこてれば、かつは人の耳におそり、かつは歌の心にはぢ思へど、たなびく雲のたちゐ、鳴く鹿の起き伏しは、貫之らが、この世に同じく生まれて、このことの時にあへるをなむよろこびぬる。 人麿亡くなりにたれど、歌のこととどまれるかな。たとひ時移り事去り、楽しび悲しびゆきかふとも、この歌の文字あるをや。青柳の糸絶えず、松の葉の散りうせずして、まさきの(かづら)長く伝はり、鳥の跡久しくとどまれらば、歌のさまをも知り、ことの心を得たらむ人は、大空の月を見るがごとくに、いにしへを仰ぎて、今を恋ひざらめかも。

春歌上

ふるとしに春たちける日よめる 在原元方

1 年の内に 春はきにけり ひととせを 去年とや言はむ 今年とや言はむ

春たちける日よめる 紀貫之

2 袖ひちて むすびし水の こほれるを 春立つ今日の 風やとくらむ

題しらず 読人知らず

3 春霞 立てるやいづこ み吉野の 吉野の山に 雪は降りつつ

二条のきさきの春のはじめの御うた 二条后

4 雪の内に 春はきにけり うぐひすの こほれる涙 今やとくらむ

題しらず 読人知らず

5 梅が枝に きゐるうぐひす 春かけて 鳴けども今だ 雪は降りつつ

雪の木にふりかかれるをよめる 素性法師

6 春たてば 花とや見らむ 白雪の かかれる枝に うぐひすの鳴く

題しらず 読人知らず

7 心ざし 深く染めてし 折りければ 消えあへぬ雪の 花と見ゆらむ

ある人のいはく、さきのおほきおほいまうちぎみのうたなり

二条のきさきの東宮の御息所と聞こえける時、正月三日おまへにめして仰せ言ある間に、日は照りながら雪のかしらに降りかかりけるをよませ給ひける 文屋康秀

8 春の日の 光に当たる 我なれど かしらの雪と なるぞわびしき

雪の降りけるをよめる 紀貫之

9 霞立ち 木の芽もはるの 雪降れば 花なき里も 花ぞ散りける

春のはじめによめる 藤原言直

10 春やとき 花やおそきと 聞きわかむ うぐひすだにも 鳴かずもあるかな

春のはじめのうた 壬生忠岑

11 春きぬと 人は言へども うぐひすの 鳴かぬかぎりは あらじとぞ思ふ

寛平の御時きさいの宮の歌合せのうた 源当純

12 谷風に とくる氷の ひまごとに うち出づる浪や 春の初花

寛平の御時きさいの宮の歌合せのうた 紀友則

13 花の香を 風のたよりに たぐへてぞ うぐひすさそふ しるべにはやる

寛平の御時きさいの宮の歌合せのうた 大江千里

14 うぐひすの 谷よりいづる 声なくは 春くることを 誰か知らまし

寛平の御時きさいの宮の歌合せのうた 在原棟梁

15 春たてど 花も匂はぬ 山里は ものうかるねに うぐひすぞ鳴く

題しらず 読人知らず

16 野辺近く いへゐしせれば うぐひすの 鳴くなる声は 朝な朝な聞く

題しらず 読人知らず

17 春日野は 今日はな焼きそ 若草の つまもこもれり 我もこもれり

題しらず 読人知らず

18 春日野の とぶひの野守 いでて見よ 今いくかありて 若菜つみてむ

題しらず 読人知らず

19 み山には 松の雪だに 消えなくに みやこは野辺の 若菜つみけり

題しらず 読人知らず

20 梓弓 押してはるさめ 今日降りぬ 明日さへ降らば 若菜つみてむ

仁和のみかど、みこにおましましける時に人に若菜たまひける御うた 仁和帝

21 君がため 春の野にいでて 若菜つむ 我が衣手に 雪は降りつつ

歌たてまつれと仰せられし時よみてたてまつれる 紀貫之

22 春日野の 若菜つみにや 白妙の 袖ふりはへて 人のゆくらむ

題しらず 在原行平

23 春の着る 霞の衣 ぬきを薄み 山風にこそ 乱るべらなれ

寛平の御時きさいの宮の歌合せによめる 源宗于

24 ときはなる 松の緑も 春くれば 今ひとしほの 色まさりけり

歌たてまつれと仰せられし時によみてたてまつれる 紀貫之

25 我が背子が 衣はるさめ ふるごとに 野辺の緑ぞ 色まさりける

歌たてまつれと仰せられし時によみてたてまつれる 紀貫之

26 青柳の 糸よりかくる 春しもぞ 乱れて花の ほころびにける

西大寺のほとりの柳をよめる 僧正遍照

27 浅緑 糸よりかけて 白露を 珠にもぬける 春の柳か

題しらず 読人知らず

28 ももちどり さへづる春は ものごとに あらたまれども 我ぞふりゆく

題しらず 読人知らず

29 をちこちの たづきも知らぬ 山なかに おぼつかなくも 呼子鳥かな

かりのこゑを聞きて越にまかりにける人を思ひてよめる 凡河内躬恒

30 春くれば 雁かへるなり 白雲の 道ゆきぶりに ことやつてまし

帰るかりをよめる 伊勢

31 春霞 立つを見捨てて ゆく雁は 花なき里に 住みやならへる

題しらず 読人知らず

32 折りつれば 袖こそ匂へ 梅の花 ありとやここに うぐひすの鳴く

題しらず 読人知らず

33 色よりも 香こそあはれと 思ほゆれ たが袖ふれし 宿の梅ぞも

題しらず 読人知らず

34 宿近く 梅の花植ゑじ あぢきなく 待つ人の香に あやまたれけり

題しらず 読人知らず

35 梅の花 立ち寄るばかり ありしより 人のとがむる 香にぞしみぬる

梅の花を折りてよめる 東三条左大臣

36 うぐひすの 笠にぬふてふ 梅の花 折りてかざさむ 老いかくるやと

題しらず 素性法師

37 よそにのみ あはれとぞ見し 梅の花 あかぬ色かは 折りてなりけり

梅の花を折りて人におくりける 紀友則

38 君ならで 誰にか見せむ 梅の花 色をも香をも 知る人ぞ知る

くらぶ山にてよめる 紀貫之

39 梅の花 匂ふ春べは くらぶ山 闇に越ゆれど しるくぞありける

月夜に、梅の花を折りて、と人のいひければ、折るとてよめる 凡河内躬恒

40 月夜には それとも見えず 梅の花 香をたづねてぞ 知るべかりける

春の夜、梅の花をよめる 凡河内躬恒

41 春の夜の 闇はあやなし 梅の花 色こそ見えね 香やは隠るる

初瀬にまうづるごとに、やどりける人の家に、ひさしくやどらで、ほどへてのちにいたれりければ、かの家のあるじ、かくさだかになむやどりはある、と言ひいだして侍りければ、そこにたてりける梅の花を折りてよめる 紀貫之

42 人はいさ 心も知らず ふるさとは 花ぞ昔の 香に匂ひける

水のほとりに梅の花咲けりけるをよめる 伊勢

43 春ごとに 流るる川を 花と見て 折られぬ水に 袖や濡れなむ

水のほとりに梅の花咲けりけるをよめる 伊勢

44 年をへて 花の鏡と なる水は 散りかかるをや 曇ると言ふらむ

家にありける梅の花の散りけるをよめる 紀貫之

45 くるとあくと 目かれぬものを 梅の花 いつの人まに うつろひぬらむ

寛平の御時きさいの宮の歌合せのうた 読人知らず

46 梅が香を 袖にうつして とどめては 春はすぐとも 形見ならまし

寛平の御時きさいの宮の歌合せのうた 素性法師

47 散ると見て あるべきものを 梅の花 うたて匂ひの 袖にとまれる

題しらず 読人知らず

48 散りぬとも 香をだに残せ 梅の花 恋しき時の 思ひ出にせむ

人の家にうゑたりけるさくらの、花咲きはじめたりけるを見てよめる 紀貫之

49 今年より 春知りそむる 桜花 散ると言ふことは ならはざらなむ

題しらず 読人知らず

50 山高み 人もすさめぬ 桜花 いたくなわびそ 我見はやさむ

または里遠み人もすさめぬ山ざくら

題しらず 読人知らず

51 山桜 我が見にくれば 春霞 峰にもをにも 立ち隠しつつ

染殿のきさきのおまへに花がめにさくらの花をささせ給へるを見てよめる 前太政大臣

52 年ふれば よはひは老いぬ しかはあれど 花をし見れば 物思ひもなし

渚の院にてさくらを見てよめる 在原業平

53 世の中に 絶えて桜の なかりせば 春の心は のどけからまし

題しらず 読人知らず

54 石ばしる 滝なくもがな 桜花 手折りてもこむ 見ぬ人のため

山のさくらを見てよめる 素性法師

55 見てのみや 人にかたらむ 桜花 手ごとに折りて いへづとにせむ

花ざかりに京を見やりてよめる 素性法師

56 見渡せば 柳桜を こきまぜて みやこぞ春の 錦なりける

さくらの花のもとにて年の老いぬることを嘆きてよめる 紀友則

57 色も香も 同じ昔に さくらめど 年ふる人ぞ あらたまりける

折れるさくらをよめる 紀貫之

58 誰しかも とめて折りつる 春霞 立ち隠すらむ 山の桜を

歌たてまつれと仰せられし時によみてたてまつれる 紀貫之

59 桜花 さきにけらしな あしひきの 山のかひより 見ゆる白雲

寛平の御時きさいの宮の歌合せのうた 紀友則

60 み吉野の 山辺にさける 桜花 雪かとのみぞ あやまたれける

やよひにうるふ月ありける年よみける 伊勢

61 桜花 春くははれる 年だにも 人の心に あかれやはせぬ

さくらの花のさかりに、ひさしくとはざりける人のきたりける時によみける 読人知らず

62 あだなりと 名にこそたてれ 桜花 年にまれなる 人も待ちけり

返し 在原業平

63 今日こずは 明日は雪とぞ 降りなまし 消えずはありとも 花と見ましや

題しらず 読人知らず

64 散りぬれば 恋ふれどしるし なきものを 今日こそ桜 折らば折りてめ

題しらず 読人知らず

65 折りとらば 惜しげにもあるか 桜花 いざ宿かりて 散るまでは見む

題しらず 紀有朋

66 桜色に 衣は深く 染めて着む 花の散りなむ のちの形見に

さくらの花の咲けりけるを見にまうできたりける人によみておくりける 凡河内躬恒

67 我が宿の 花見がてらに くる人は 散りなむのちぞ 恋しかるべき

亭子院歌合せの時よめる 伊勢

68 見る人も なき山里の 桜花 ほかの散りなむ のちぞ咲かまし

春歌下

題しらず 読人知らず

69 春霞 たなびく山の 桜花 うつろはむとや 色かはりゆく

題しらず 読人知らず

70 待てと言ふに 散らでしとまる ものならば 何を桜に 思ひまさまし

題しらず 読人知らず

71 残りなく 散るぞめでたき 桜花 ありて世の中 はての憂ければ

題しらず 読人知らず

72 この里に 旅寝しぬべし 桜花 散りのまがひに 家路忘れて

題しらず 読人知らず

73 空蝉の 世にも似たるか 花桜 咲くと見しまに かつ散りにけり

僧正遍照によみておくりける 惟喬親王

74 桜花 散らば散らなむ 散らずとて ふるさと人の きても見なくに

雲林院にてさくらの花の散りけるを見てよめる 承均法師

75 桜散る 花のところは 春ながら 雪ぞ降りつつ 消えがてにする

さくらの花の散り侍りけるを見てよみける 素性法師

76 花散らす 風の宿りは 誰か知る 我に教へよ 行きてうらみむ

雲林院にてさくらの花をよめる 承均法師

77 いざ桜 我も散りなむ ひとさかり ありなば人に うきめ見えなむ

あひ知れりける人のまうできて、かへりにけるのちによみて、花にさしてつかはしける 紀貫之

78 ひと目見し 君もや来ると 桜花 今日は待ちみて 散らば散らなむ

山のさくらを見てよめる 紀貫之

79 春霞 何隠すらむ 桜花 散る間をだにも 見るべきものを

心地そこなひてわづらひける時に、風にあたらじとておろしこめてのみ侍りける間に、折れるさくらの散りがたになれりけるを見てよめる 藤原因香

80 たれこめて 春のゆくへも 知らぬ間に 待ちし桜も うつろひにけり

東宮の雅院にてさくらの花のみかは水に散りて流れけるを見てよめる 菅野高世

81 枝よりも あだに散りにし 花なれば 落ちても水の 泡とこそなれ

さくらの花の散りけるをよみける 紀貫之

82 ことならば 咲かずやはあらぬ 桜花 見る我さへに しづ心なし

さくらのごととく散る物はなし、と人のいひければよめる 紀貫之

83 桜花 とく散りぬとも 思ほえず 人の心ぞ 風も吹きあへぬ

桜の花の散るをよめる 紀友則

84 久方の 光のどけき 春の日に しづ心なく 花の散るらむ

春宮のたちはきの陣にてさくらの花の散るをよめる 藤原好風

85 春風は 花のあたりを よぎて吹け 心づからや うつろふと見む

さくらの散るをよめる 凡河内躬恒

86 雪とのみ 降るだにあるを 桜花 いかに散れとか 風の吹くらむ

比叡にのぼりてかへりまうできてよめる 紀貫之

87 山高み 見つつ我がこし 桜花 風は心に まかすべらなり

題しらず 大友黒主

88 春雨の 降るは涙か 桜花 散るを惜しまぬ 人しなければ

亭子院歌合せのうた 紀貫之

89 桜花 散りぬる風の なごりには 水なき空に 浪ぞたちける

奈良のみかどの御うた 奈良帝

90 ふるさとと なりにし奈良の みやこにも 色はかはらず 花は咲きけり

春のうたとてよめる 良岑宗貞

91 花の色は 霞にこめて 見せずとも 香をだにぬすめ 春の山風

寛平の御時きさいの宮の歌合せのうた 素性法師

92 花の木も 今はほり植ゑじ 春たてば うつろふ色に 人ならひけり

題しらず 読人知らず

93 春の色の いたりいたらぬ 里はあらじ 咲ける咲かざる 花の見ゆらむ

春のうたとてよめる 紀貫之

94 三輪山を しかも隠すか 春霞 人に知られぬ 花や咲くらむ

雲林院のみこのもとに、花見に北山のほとりにまかれりける時によめる 素性法師

95 いざ今日は 春の山辺に まじりなむ 暮れなばなげの 花のかげかは

春のうたとてよめる 素性法師

96 いつまでか 野辺に心の あくがれむ 花し散らずは 千代もへぬべし

題しらず 読人知らず

97 春ごとに 花のさかりは ありなめど あひ見むことは 命なりけり

題しらず 読人知らず

98 花のごと 世のつねならば すぐしてし 昔はまたも かへりきなまし

題しらず 読人知らず

99 吹く風に あつらへつくる ものならば このひともとは よぎよと言はまし

題しらず 読人知らず

100 待つ人も 来ぬものゆゑに うぐひすの 鳴きつる花を 折りてけるかな

寛平の御時きさいの宮の歌合せのうた 藤原興風

101 咲く花は ちぐさながらに あだなれど 誰かは春を うらみはてたる

寛平の御時きさいの宮の歌合せのうた 藤原興風

102 春霞 色のちぐさに 見えつるは たなびく山の 花のかげかも

寛平の御時きさいの宮の歌合せのうた 在原元方

103 霞立つ 春の山辺は 遠けれど 吹きくる風は 花の香ぞする

うつろへる花を見てよめる 凡河内躬恒

104 花見れば 心さへにぞ うつりける 色にはいでじ 人もこそ知れ

題しらず 読人知らず

105 うぐひすの 鳴く野辺ごとに 来て見れば うつろふ花に 風ぞ吹きける

題しらず 読人知らず

106 吹く風を 鳴きてうらみよ うぐひすは 我やは花に 手だにふれたる

題しらず 春澄洽子

107 散る花の なくにしとまる ものならば 我うぐひすに おとらましやは

仁和の中将の御息所の家に歌合せむとてしける時によみける 藤原後蔭

108 花の散る ことやわびしき 春霞 たつたの山の うぐひすの声

うぐひすの鳴くをよめる 素性法師

109 こづたへば おのが羽かぜに 散る花を 誰におほせて ここら鳴くらむ

うぐひすの花の木にて鳴くをよめる 凡河内躬恒

110 しるしなき 音をも鳴くかな うぐひすの 今年のみ散る 花ならなくに

題しらず 読人知らず

111 駒なめて いざ見にゆかむ ふるさとは 雪とのみこそ 花は散るらめ

題しらず 読人知らず

112 散る花を 何かうらみむ 世の中に 我が身も共に あらむものかは

題しらず 小野小町

113 花の色は うつりにけりな いたづらに わが身世にふる ながめせしまに

仁和の中将の御息所の家に歌合せむとしける時によめる 素性法師

114 惜しと思ふ 心は糸に よられなむ 散る花ごとに ぬきてとどめむ

志賀の山越えに女のおほくあへりけるに、よみてつかはしける 紀貫之

115 梓弓 はるの山辺を 越えくれば 道もさりあへず 花ぞ散りける

寛平の御時きさいの宮の歌合せのうた 紀貫之

116 春の野に 若菜つまむと こしものを 散りかふ花に 道は惑ひぬ

山寺にまうでたりけるによめる 紀貫之

117 宿りして 春の山辺に 寝たる夜は 夢の内にも 花ぞ散りける

寛平の御時きさいの宮の歌合せのうた 紀貫之

118 吹く風と 谷の水とし なかりせば み山隠れの 花を見ましや

志賀よりかへりける女どもの花山にいりて、藤の花のもとにたちよりてかへりけるに、よみておくりける 僧正遍照

119 よそに見て かへらむ人に 藤の花 はひまつはれよ 枝は折るとも

家に藤の花咲けりけるを、人のたちとまりて見けるをよめる 凡河内躬恒

120 我が宿に 咲ける藤波 立ち返り すぎがてにのみ 人の見るらむ

題しらず 読人知らず

121 今もかも 咲き匂ふらむ 橘の こじまのさきの 山吹の花

題しらず 読人知らず

122 春雨に 匂へる色も あかなくに 香さへなつかし 山吹の花

題しらず 読人知らず

123 山吹は あやなな咲きそ 花見むと 植ゑけむ君が 今宵来なくに

吉野川のほとりに山吹の咲けりけるをよめる 紀貫之

124 吉野川 岸の山吹 吹く風に 底の影さへ うつろひにけり

題しらず 読人知らず

125 かはづなく ゐでの山吹 散りにけり 花のさかりに あはましものを

このうたは、ある人のいはく、橘の清友がうたなり

春のうたとてよめる 素性法師

126 おもふどち 春の山辺に うちむれて そことも言はぬ 旅寝してしか

春のとくすぐるをよめる 凡河内躬恒

127 梓弓 春たちしより 年月の いるがごとくも 思ほゆるかな

やよひにうぐひすのこゑのひさしう聞こえざりけるをよめる 紀貫之

128 鳴きとむる 花しなければ うぐひすも はてはものうく なりぬべらなり

やよひのつごもりがたに山をこえけるに、山川より花の流れけるをよめる 清原深養父

129 花散れる 水のまにまに とめくれば 山には春も なくなりにけり

春を惜しみてよめる 在原元方

130 惜しめども とどまらなくに 春霞 かへる道にし たちぬと思へば

寛平の御時きさいの宮の歌合せのうた 藤原興風

131 声絶えず 鳴けやうぐひす ひととせに ふたたびとだに 来べき春かは

やよひのつごもりの日、花つみよりかへりける女どもを見てよめる 凡河内躬恒

132 とどむべき ものとはなしに はかなくも 散る花ごとに たぐふ心か

やよひのつごもりの日、雨の降りけるに、藤の花を折りて人につかはしける 在原業平

133 濡れつつぞ しひて折りつる 年の内に 春はいくかも あらじと思へば

亭子院の歌合せの春のはてのうた 凡河内躬恒

134 今日のみと 春を思はぬ 時だにも 立つことやすき 花のかげかは

夏歌

題しらず 読人知らず

135 我が宿の 池の藤波 咲きにけり 山郭公 いつか来鳴かむ

このうた、ある人のいはく、柿本の人麿がなり

うづきに咲けるさくらを見てよめる 紀利貞

136 あはれてふ ことをあまたに やらじとや 春におくれて ひとり咲くらむ

題しらず 読人知らず

137 五月待つ 山郭公 うちはぶき 今も鳴かなむ 去年のふる声

題しらず 伊勢

138 五月こば 鳴きもふりなむ 郭公 まだしきほどの 声を聞かばや

題しらず 読人知らず

139 五月待つ 花橘の 香をかげば 昔の人の 袖の香ぞする

題しらず 読人知らず

140 いつの間に 五月来ぬらむ あしひきの 山郭公 今ぞ鳴くなる

題しらず 読人知らず

141 今朝き鳴き いまだ旅なる 郭公 花橘に 宿はからなむ

音羽山を越えける時にほととぎすの鳴くを聞きてよめる 紀友則

142 音羽山 今朝越えくれば 郭公 梢はるかに 今ぞ鳴くなる

ほととぎすのはじめて鳴きけるを聞きてよめる 素性法師

143 郭公 初声聞けば あぢきなく 主さだまらぬ 恋せらるはた

奈良の石上寺にてほととぎすの鳴くをよめる 素性法師

144 いそのかみ ふるきみやこの 郭公 声ばかりこそ 昔なりけれ

題しらず 読人知らず

145 夏山に 鳴く郭公 心あらば 物思ふ我に 声な聞かせそ

題しらず 読人知らず

146 郭公 鳴く声聞けば 別れにし ふるさとさへぞ 恋しかりける

題しらず 読人知らず

147 郭公 なが鳴く里の あまたあれば なほうとまれぬ 思ふものから

題しらず 読人知らず

148 思ひいづる ときはの山の 郭公 唐紅の ふりいでてぞ鳴く

題しらず 読人知らず

149 声はして 涙は見えぬ 郭公 我が衣手の ひつをからなむ

題しらず 読人知らず

150 あしひきの 山郭公 をりはへて 誰かまさると 音をのみぞ鳴く

題しらず 読人知らず

151 今さらに 山へかへるな 郭公 声のかぎりは 我が宿に鳴け

題しらず 三国町

152 やよやまて 山郭公 ことづてむ 我れ世の中に 住みわびぬとよ

寛平の御時きさいの宮の歌合せのうた 紀友則

153 五月雨に 物思ひをれば 郭公 夜深く鳴きて いづち行くらむ

寛平の御時きさいの宮の歌合せのうた 紀友則

154 夜や暗き 道や惑へる 郭公 我が宿をしも すぎがてに鳴く

寛平の御時きさいの宮の歌合せのうた 大江千里

155 宿りせし 花橘も 枯れなくに など郭公 声絶えぬらむ

寛平の御時きさいの宮の歌合せのうた 紀貫之

156 夏の夜の ふすかとすれば 郭公 鳴くひと声に 明くるしののめ

寛平の御時きさいの宮の歌合せのうた 壬生忠岑

157 くるるかと 見れば明けぬる 夏の夜を あかずとや鳴く 山郭公

寛平の御時きさいの宮の歌合せのうた 紀秋岑

158 夏山に 恋しき人や 入りにけむ 声ふりたてて 鳴く郭公

寛平の御時きさいの宮の歌合せのうた 読人知らず

159 去年の夏 鳴きふるしてし 郭公 それかあらぬか 声のかはらぬ

ほととぎすの鳴くを聞きてよめる 紀貫之

160 五月雨の 空もとどろに 郭公 何を憂しとか 夜ただ鳴くらむ

さぶらひにてをのこどもの酒たうべけるにめして、ほととぎす待つうたよめ、とありければよめる 凡河内躬恒

161 郭公 声も聞こえず 山彦は ほかになく音を 答へやはせぬ

山にほととぎすの鳴きけるを聞きてよめる 紀貫之

162 郭公 人まつ山に 鳴くなれば 我うちつけに 恋ひまさりけり

はやくすみける所にてほととぎすの鳴きけるを聞きてよめる 壬生忠岑

163 昔べや 今も恋しき 郭公 ふるさとにしも 鳴きてきつらむ

ほととぎすの鳴きけるを聞きてよめる 凡河内躬恒

164 郭公 我とはなしに 卯の花の うき世の中に 鳴き渡るらむ

はちすの露を見てよめる 僧正遍照

165 はちす葉の にごりにしまぬ 心もて 何かは露を 珠とあざむく

月のおもしろかりける夜、暁がたによめる 清原深養父

166 夏の夜は まだ宵ながら 明けぬるを 雲のいづこに 月宿るらむ

となりより常夏の花をこひにおこせたりければ、惜しみてこのうたをよみてつかはしける 凡河内躬恒

167 塵をだに すゑじとぞ思ふ 咲きしより 妹と我が寝る 常夏の花

みなづきのつごもりの日よめる 凡河内躬恒

168 夏と秋と 行きかふ空の かよひぢは かたへ涼しき 風や吹くらむ

秋歌上

秋立つ日よめる 藤原敏行

169 秋きぬと 目にはさやかに 見えねども 風の音にぞ おどろかれぬる

秋たつ日、うへのをのこども賀茂の河原に川逍遥しけるともにまかりてよめる 紀貫之

170 川風の 涼しくもあるか うちよする 浪とともにや 秋は立つらむ

題しらず 読人知らず

171 我が背子が 衣の裾を 吹き返し うらめづらしき 秋の初風

題しらず 読人知らず

172 昨日こそ 早苗とりしか いつの間に 稲葉そよぎて 秋風の吹く

題しらず 読人知らず

173 秋風の 吹きにし日より 久方の 天の河原に 立たぬ日はなし

題しらず 読人知らず

174 久方の 天の河原の 渡し守 君渡りなば かぢかくしてよ

題しらず 読人知らず

175 天の河 紅葉を橋に わたせばや 七夕つめの 秋をしも待つ

題しらず 読人知らず

176 恋ひ恋ひて あふ夜は今宵 天の河 霧立ちわたり 明けずもあらなむ

寛平の御時なぬかの夜、うへにさぶらふをのこども、歌たてまつれと仰せられける時に、人にかはりてよめる 紀友則

177 天の河 浅瀬しら浪 たどりつつ 渡りはてねば 明けぞしにける

同じ御時きさいの宮の歌合せのうた 藤原興風

178 契りけむ 心ぞつらき 七夕の 年にひとたび あふはあふかは

なぬかの日の夜よめる 凡河内躬恒

179 年ごとに あふとはすれど 七夕の 寝る夜の数ぞ 少なかりける

なぬかの日の夜よめる 凡河内躬恒

180 七夕に かしつる糸の うちはへて 年のを長く 恋ひや渡らむ

題しらず 素性法師

181 今宵こむ 人にはあはじ 七夕の 久しきほどに 待ちもこそすれ

なぬかの夜の暁によめる 源宗于

182 今はとて 別るる時は 天の河 渡らぬ先に 袖ぞひちぬる

やうかの日よめる 壬生忠岑

183 今日よりは 今こむ年の 昨日をぞ いつしかとのみ 待ち渡るべき

題しらず 読人知らず

184 木の間より もりくる月の 影見れば 心づくしの 秋はきにけり

題しらず 読人知らず

185 おほかたの 秋くるからに 我が身こそ かなしきものと 思ひ知りぬれ

題しらず 読人知らず

186 我がために くる秋にしも あらなくに 虫の音聞けば まづぞかなしき

題しらず 読人知らず

187 ものごとに 秋ぞかなしき もみぢつつ うつろひゆくを かぎりと思へば

題しらず 読人知らず

188 ひとり寝る 床は草葉に あらねども 秋くる宵は 露けかりけり

これさだのみこの家の歌合せのうた 読人知らず

189 いつはとは 時はわかねど 秋の夜ぞ 物思ふことの かぎりなりける

かむなりのつぼに人々あつまりて、秋の夜惜しむうたよみけるついでによめる 凡河内躬恒

190 かくばかり 惜しと思ふ夜を いたづらに 寝て明かすらむ 人さへぞうき

題しらず 読人知らず

191 白雲に 羽うちかはし 飛ぶ雁の 数さへ見ゆる 秋の夜の月

題しらず 読人知らず

192 小夜中と 夜はふけぬらし 雁がねの 聞こゆる空に 月渡る見ゆ

これさだのみこの家の歌合せによめる 大江千里

193 月見れば ちぢにものこそ かなしけれ 我が身ひとつの 秋にはあらねど

これさだのみこの家の歌合せによめる 壬生忠岑

194 久方の 月の桂も 秋はなほ もみぢすればや 照りまさるらむ

月をよめる 在原元方

195 秋の夜の 月の光し あかければ くらぶの山も 越えぬべらなり

人のもとにまかれりける夜、きりぎりすの鳴きけるを聞きてよめる 藤原忠房

196 きりぎりす いたくな鳴きそ 秋の夜の 長き思ひは 我ぞまされる

これさだのみこの家の歌合せのうた 藤原敏行

197 秋の夜の 明くるも知らず 鳴く虫は 我がごとものや かなしかるらむ

題しらず 読人知らず

198 秋萩も 色づきぬれば きりぎりす 我が寝ぬごとや 夜はかなしき

題しらず 読人知らず

199 秋の夜は 露こそことに 寒からし 草むらごとに 虫のわぶれば

題しらず 読人知らず

200 君しのぶ 草にやつるる ふるさとは 松虫の音ぞ かなしかりける

題しらず 読人知らず

201 秋の野に 道も惑ひぬ 松虫の 声する方に 宿やからまし

題しらず 読人知らず

202 秋の野に 人まつ虫の 声すなり 我かとゆきて いざとぶらはむ

題しらず 読人知らず

203 もみぢ葉の 散りてつもれる 我が宿に 誰をまつ虫 ここら鳴くらむ

題しらず 読人知らず

204 ひぐらしの 鳴きつるなへに 日は暮れぬと 思ふは山の かげにぞありける

題しらず 読人知らず

205 ひぐらしの 鳴く山里の 夕暮れは 風よりほかに とふ人もなし

はつかりをよめる 在原元方

206 待つ人に あらぬものから 初雁の 今朝鳴く声の めづらしきかな

これさだのみこの家の歌合せのうた 紀友則

207 秋風に 初雁がねぞ 聞こゆなる たがたまづさを かけてきつらむ

題しらず 読人知らず

208 我が門に いなおほせ鳥の 鳴くなへに 今朝吹く風に 雁はきにけり

題しらず 読人知らず

209 いとはやも 鳴きぬる雁か 白露の 色どる木ぎも もみぢあへなくに

題しらず 読人知らず

210 春霞 かすみていにし 雁がねは 今ぞ鳴くなる 秋霧の上に

題しらず 読人知らず

211 夜を寒み 衣かりがね 鳴くなへに 萩の下葉も うつろひにけり

このうた、ある人のいはく、柿本の人麿がなりと

寛平の御時きさいの宮の歌合せのうた 藤原菅根

212 秋風に 声を帆にあげて くる舟は 天の門渡る 雁にぞありける

かりの鳴きけるを聞きてよめる 凡河内躬恒

213 憂きことを 思ひつらねて 雁がねの 鳴きこそわたれ 秋の夜な夜な

これさだのみこの家の歌合せのうた 壬生忠岑

214 山里は 秋こそことに わびしけれ 鹿の鳴く音に 目を覚ましつつ

これさだのみこの家の歌合せのうた 読人知らず

215 奥山に もみぢ踏みわけ 鳴く鹿の 声聞く時ぞ 秋はかなしき

題しらず 読人知らず

216 秋萩に うらびれをれば あしひきの 山下とよみ 鹿の鳴くらむ

題しらず 読人知らず

217 秋萩を しがらみふせて 鳴く鹿の 目には見えずて 音のさやけさ

これさだのみこの家の歌合せによめる 藤原敏行

218 秋萩の 花咲きにけり 高砂の 尾上の鹿は 今や鳴くらむ

むかしあひ知りて侍りける人の、秋の野にあひてものがたりしけるついでによめる 凡河内躬恒

219 秋萩の 古枝に咲ける 花見れば もとの心は 忘れざりけり

題しらず 読人知らず

220 秋萩の 下葉色づく 今よりや ひとりある人の いねがてにする

題しらず 読人知らず

221 鳴き渡る 雁の涙や 落ちつらむ 物思ふ宿の 萩の上の露

題しらず 読人知らず

222 萩の露 玉にぬかむと とればけぬ よし見む人は 枝ながら見よ

ある人のいはく、このうたは奈良の帝の御うたなりと

題しらず 読人知らず

223 折りてみば 落ちぞしぬべき 秋萩の 枝もたわわに 置ける白露

題しらず 読人知らず

224 萩が花 散るらむ小野の 露霜に 濡れてをゆかむ 小夜はふくとも

これさだのみこの家の歌合せによめる 文屋朝康

225 秋の野に 置く白露は 玉なれや つらぬきかくる くもの糸すぢ

題しらず 僧正遍照

226 名にめでて 折れるばかりぞ 女郎花 我おちにきと 人にかたるな

僧正遍照がもとに奈良へまかりける時に、男山にて女郎花を見てよめる 布留今道

227 女郎花 憂しと見つつぞ ゆきすぐる 男山にし 立てりと思へば

これさだのみこの家の歌合せのうた 藤原敏行

228 秋の野に 宿りはすべし 女郎花 名をむつまじみ 旅ならなくに

題しらず 小野美材

229 女郎花 おほかる野辺に 宿りせば あやなくあだの 名をやたちなむ

朱雀院の女郎花あはせによみてたてまつりける 左大臣

230 女郎花 秋の野風に うちなびき 心ひとつを 誰によすらむ

朱雀院の女郎花あはせによみてたてまつりける 藤原定方

231 秋ならで あふことかたき 女郎花 天の河原に おひぬものゆゑ

朱雀院の女郎花あはせによみてたてまつりける 紀貫之

232 たが秋に あらぬものゆゑ 女郎花 なぞ色にいでて まだきうつろふ

朱雀院の女郎花あはせによみてたてまつりける 凡河内躬恒

233 つま恋ふる 鹿ぞ鳴くなる 女郎花 おのがすむ野の 花と知らずや

朱雀院の女郎花あはせによみてたてまつりける 凡河内躬恒

234 女郎花 吹きすぎてくる 秋風は 目には見えねど 香こそしるけれ

朱雀院の女郎花あはせによみてたてまつりける 壬生忠岑

235 人の見る ことやくるしき 女郎花 秋霧にのみ 立ち隠るらむ

朱雀院の女郎花あはせによみてたてまつりける 壬生忠岑

236 ひとりのみ ながむるよりは 女郎花 我が住む宿に 植ゑて見ましを

ものへまかりけるに、人の家に女郎花うゑたりけるを見てよめる 兼覧王

237 女郎花 うしろめたくも 見ゆるかな 荒れたる宿に ひとり立てれば

寛平の御時、蔵人所のをのこども、嵯峨野に花見むとてまかりたりける時、かへるとてみな歌よみけるついでによめる 平貞文

238 花にあかで 何かへるらむ 女郎花 おほかる野辺に 寝なましものを

これさだのみこの家の歌合せによめる 藤原敏行

239 なに人か 来て脱ぎかけし 藤ばかま 来る秋ごとに 野辺を匂はす

藤ばかまをよみて人につかはしける 紀貫之

240 宿りせし 人の形見か 藤ばかま 忘られがたき 香に匂ひつつ

藤ばかまをよめる 素性法師

241 主知らぬ 香こそ匂へれ 秋の野に たが脱ぎかけし 藤ばかまぞも

題しらず 平貞文

242 今よりは 植ゑてだに見じ 花薄 穂にいづる秋は わびしかりけり

寛平の御時きさいの宮の歌合せのうた 在原棟梁

243 秋の野の 草の袂か 花薄 穂にいでてまねく 袖と見ゆらむ

寛平の御時きさいの宮の歌合せのうた 素性法師

244 我のみや あはれと思はむ きりぎりす 鳴く夕影の 大和撫子

題しらず 読人知らず

245 緑なる ひとつ草とぞ 春は見し 秋は色いろの 花にぞありける

題しらず 読人知らず

246 ももくさの 花のひもとく 秋の野に 思ひたはれむ 人なとがめそ

題しらず 読人知らず

247 月草に 衣はすらむ 朝露に 濡れてののちは うつろひぬとも

仁和のみかど、みこにおはしましける時、布留の滝御覧ぜむとておはしましける道に、遍照が母の家にやどりたまへりける時に、庭を秋の野につくりて、おほむものがたりのついでによみてたてまつりける 僧正遍照

248 里は荒れて 人はふりにし 宿なれや 庭もまがきも 秋の野らなる

秋歌下

これさだのみこの家の歌合せのうた 文屋康秀

249 吹くからに 秋の草木の しをるれば むべ山風を 嵐と言ふらむ

これさだのみこの家の歌合せのうた 文屋康秀

250 草も木も 色かはれども わたつみの 浪の花にぞ 秋なかりける

秋の歌合せしける時によめる 紀淑望

251 紅葉せぬ ときはの山は 吹く風の 音にや秋を 聞き渡るらむ

題しらず 読人知らず

252 霧立ちて 雁ぞ鳴くなる 片岡の 朝の原は もみぢしぬらむ

題しらず 読人知らず

253 神無月 時雨もいまだ 降らなくに かねてうつろふ 神なびのもり

題しらず 読人知らず

254 ちはやぶる 神なび山の もみぢ葉に 思ひはかけじ うつろふものを

貞観の御時、りようき殿の前に梅の木ありけり、西の方にさせりける枝のもみぢはじめたりけるを、うへにさぶらふをのこどものよみけるついでによめる 藤原勝臣

255 同じ枝を わきて木の葉の うつろふは 西こそ秋の はじめなりけれ

石山にまうでける時、音羽山のもみぢを見てよめる 紀貫之

256 秋風の 吹きにし日より 音羽山 峰の梢も 色づきにけり

これさだのみこの家の歌合せによめる 藤原敏行

257 白露の 色はひとつを いかにして 秋の木の葉を ちぢに染むらむ

これさだのみこの家の歌合せによめる 壬生忠岑

258 秋の夜の 露をば露と 置きながら 雁の涙や 野辺を染むらむ

題しらず 読人知らず

259 秋の露 色いろことに 置けばこそ 山の木の葉の ちぐさなるらめ

もる山のほとりにてよめる 紀貫之

260 白露も 時雨もいたく もる山は 下葉残らず 色づきにけり

秋のうたとてよめる 在原元方

261 雨降れど 露ももらじを 笠取りの 山はいかでか もみぢ染めけむ

神のやしろのあたりをまかりける時に、いがきのうちのもみぢを見てよめる 紀貫之

262 ちはやぶる 神のいがきに はふくずも 秋にはあへず うつろひにけり

これさだのみこの家の歌合せによめる 壬生忠岑

263 雨降れば 笠取り山の もみぢ葉は 行きかふ人の 袖さへぞてる

寛平の御時きさいの宮の歌合せのうた 読人知らず

264 散らねども かねてぞ惜しき もみぢ葉は 今はかぎりの 色と見つれば

大和の国にまかりける時、佐保山に霧の立てりけるを見てよめる 紀友則

265 誰がための 錦なればか 秋霧の 佐保の山辺を 立ち隠すらむ

これさだのみこの家の歌合せのうた 読人知らず

266 秋霧は 今朝はな立ちそ 佐保山の ははそのもみぢ よそにても見む

秋のうたとてよめる 坂上是則

267 佐保山の ははその色は 薄けれど 秋は深くも なりにけるかな

人の前裁に菊にむすびつけてうゑけるうた 在原業平

268 植ゑし植ゑば 秋なき時や 咲かざらむ 花こそ散らめ 根さへ枯れめや

寛平の御時、菊の花をよませたまうける 藤原敏行

269 久方の 雲の上にて 見る菊は 天つ星とぞ あやまたれける

このうたは、まだ殿上許されざりける時にめしあげられてつかうまつれるとなむ

これさだのみこの家の歌合せのうた 紀友則

270 露ながら 折りてかざさむ 菊の花 老いせぬ秋の 久しかるべく

寛平の御時きさいの宮の歌合せのうた 大江千里

271 植ゑし時 花待ちどほに ありし菊 うつろふ秋に あはむとや見し

同じ御時せられける菊あはせに、州浜をつくりて菊の花うゑたりけるに加へたりけるうた、吹上の浜のかたに菊うゑたりけるによめる 菅原朝臣

272 秋風の 吹き上げに立てる 白菊は 花かあらぬか 浪のよするか

仙宮に菊をわけて人のいたれるかたをよめる 素性法師

273 濡れてほす 山路の菊の 露の間に いつか千歳を 我はへにけむ

菊の花のもとにて人の人待てるかたをよめる 紀友則

274 花見つつ 人待つ時は 白妙の 袖かとのみぞ あやまたれける

大沢の池のかたに菊うゑたるをよめる 紀友則

275 ひともとと 思ひし菊を 大沢の 池の底にも 誰か植ゑけむ

世の中のはかなきことを思ひけるをりに菊の花を見てよみける 紀貫之

276 秋の菊 匂ふかぎりは かざしてむ 花より先と 知らぬ我が身を

白菊の花をよめる 凡河内躬恒

277 心あてに 折らばや折らむ 初霜の 置き惑はせる 白菊の花

これさだのみこの家の歌合せのうた 読人知らず

278 色かはる 秋の菊をば ひととせに ふたたび匂ふ 花とこそ見れ

仁和寺に菊の花めしける時に、うたそへてたてまつれ、と仰せられければ、よみてたてまつりける 平貞文

279 秋をおきて 時こそありけれ 菊の花 うつろふからに 色のまされば

人の家なりける菊の花をうつしうゑたりけるをよめる 紀貫之

280 咲きそめし 宿しかはれば 菊の花 色さへにこそ うつろひにけれ

題しらず 読人知らず

281 佐保山の ははそのもみぢ 散りぬべみ 夜さへ見よと 照らす月影

宮づかへひさしうつかうまつらで山里にこもり侍りけるによめる 藤原関雄

282 奥山の いはがきもみぢ 散りぬべし 照る日の光 見る時なくて

題しらず 読人知らず

283 竜田川 もみぢ乱れて 流るめり 渡らば錦 中や絶えなむ

このうたは、ある人、奈良の帝の御うたなりとなむ申す

題しらず 読人知らず

284 竜田川 もみぢ葉流る 神なびの みむろの山に 時雨降るらし

または飛鳥川もみぢば流る

題しらず 読人知らず

285 恋しくは 見てもしのばむ もみぢ葉を 吹きな散らしそ 山おろしの風

題しらず 読人知らず

286 秋風に あへず散りぬる もみぢ葉の ゆくへさだめぬ 我ぞかなしき

題しらず 読人知らず

287 秋は来ぬ 紅葉は宿に 降りしきぬ 道踏みわけて とふ人はなし

題しらず 読人知らず

288 踏みわけて さらにやとはむ もみぢ葉の 降り隠してし 道と見ながら

題しらず 読人知らず

289 秋の月 山辺さやかに 照らせるは 落つるもみぢの 数を見よとか

題しらず 読人知らず

290 吹く風の 色のちぐさに 見えつるは 秋の木の葉の 散ればなりけり

題しらず 藤原関雄

291 霜のたて 露のぬきこそ 弱からし 山の錦の おればかつ散る

雲林院の木のかげにたたずみてよみける 僧正遍照

292 わび人の わきて立ち寄る 木のもとは たのむかげなく もみぢ散りけり

二条のきさきの春宮の御息所と申しける時に、御屏風に竜田川にもみぢ流れたるかたをかけりけるを題にてよめる 素性法師

293 もみぢ葉の 流れてとまる みなとには 紅深き 浪や立つらむ

二条のきさきの春宮の御息所と申しける時に、御屏風に竜田川にもみぢ流れたるかたをかけりけるを題にてよめる 在原業平

294 ちはやぶる 神世もきかず 竜田川 唐紅に 水くくるとは

これさだのみこの家の歌合せのうた 藤原敏行

295 我がきつる 方も知られず くらぶ山 木ぎの木の葉の 散るとまがふに

これさだのみこの家の歌合せのうた 壬生忠岑

296 神なびの みむろの山を 秋ゆけば 錦たちきる 心地こそすれ

北山にもみぢ折らむとてまかれりける時によめる 紀貫之

297 見る人も なくて散りぬる 奥山の 紅葉は夜の 錦なりけり

秋のうた 兼覧王

298 竜田姫 たむくる神の あればこそ 秋の木の葉の ぬさと散るらめ

小野といふ所にすみ侍りける時もみぢを見てよめる 紀貫之

299 秋の山 紅葉をぬさと たむくれば 住む我さへぞ 旅心地する

神なびの山をすぎて竜田川をわたりける時に、もみぢの流れけるをよめる 清原深養父

300 神なびの 山をすぎ行く 秋なれば 竜田川にぞ ぬさはたむくる

寛平の御時きさいの宮の歌合せのうた 藤原興風

301 白浪に 秋の木の葉の 浮かべるを 海人の流せる 舟かとぞ見る

竜田川のほとりにてよめる 坂上是則

302 もみぢ葉の 流れざりせば 竜田川 水の秋をば 誰か知らまし

志賀の山越えにてよめる 春道列樹

303 山川に 風のかけたる しがらみは 流れもあへぬ 紅葉なりけり

池のほとりにてもみぢの散るをよめる 凡河内躬恒

304 風吹けば 落つるもみぢ葉 水清み 散らぬ影さへ 底に見えつつ

亭子院の御屏風のゑに、川わたらむとする人のもみぢの散る木のもとに馬をひかへて立てるをよませたまひければつかうまつりける 凡河内躬恒

305 立ち止まり 見てをわたらむ もみぢ葉は 雨と降るとも 水はまさらじ

これさだのみこの家の歌合せのうた 壬生忠岑

306 山田もる 秋のかりいほに 置く露は いなおほせ鳥の 涙なりけり

題しらず 読人知らず

307 穂にもいでぬ 山田をもると 藤衣 稲葉の露に 濡れぬ日ぞなき

題しらず 読人知らず

308 刈れる田に おふるひつちの 穂にいでぬは 世を今さらに あきはてぬとか

北山に僧正遍照とたけがりにまかれりけるによめる 素性法師

309 もみぢ葉は 袖にこき入れて もていでなむ 秋はかぎりと 見む人のため

寛平の御時、古きうたたてまつれ、と仰せられければ、竜田川もみぢばながる、といふ歌をかきて、その同じ心をよめりける 藤原興風

310 み山より 落ちくる水の 色見てぞ 秋はかぎりと 思ひ知りぬる

秋のはつる心を竜田川に思ひやりてよめる 紀貫之

311 年ごとに もみぢ葉流す 竜田川 みなとや秋の とまりなるらむ

ながつきのつごもりの日、大井にてよめる 紀貫之

312 夕月夜 小倉の山に 鳴く鹿の 声の内にや 秋は暮るらむ

同じつごもりの日よめる 凡河内躬恒

313 道知らば たづねもゆかむ もみぢ葉を ぬさとたむけて 秋はいにけり

冬歌

題しらず 読人知らず

314 竜田川 錦おりかく 神無月 時雨の雨を たてぬきにして

冬のうたとてよめる 源宗于

315 山里は 冬ぞさびしさ まさりける 人目も草も 枯れぬと思へば

題しらず 読人知らず

316 大空の 月の光し 清ければ 影見し水ぞ まづこほりける

題しらず 読人知らず

317 夕されば 衣手寒し み吉野の 吉野の山に み雪降るらし

題しらず 読人知らず

318 今よりは つぎて降らなむ 我が宿の 薄おしなみ 降れる白雪

題しらず 読人知らず

319 降る雪は かつぞけぬらし あしひきの 山のたぎつ瀬 音まさるなり

題しらず 読人知らず

320 この川に もみぢ葉流る 奥山の 雪げの水ぞ 今まさるらし

題しらず 読人知らず

321 ふるさとは 吉野の山し 近ければ ひと日もみ雪 降らぬ日はなし

題しらず 読人知らず

322 我が宿は 雪降りしきて 道もなし 踏みわけてとふ 人しなければ

冬のうたとてよめる 紀貫之

323 雪降れば 冬ごもりせる 草も木も 春に知られぬ 花ぞ咲きける

志賀の山越えにてよめる 紀秋岑

324 白雪の ところもわかず 降りしけば 巌にも咲く 花とこそ見れ

奈良の京にまかれりける時にやどれりける所にてよめる 坂上是則

325 み吉野の 山の白雪 つもるらし ふるさと寒く なりまさるなり

寛平の御時きさいの宮の歌合せのうた 藤原興風

326 浦近く 降りくる雪は 白浪の 末の松山 越すかとぞ見る

寛平の御時きさいの宮の歌合せのうた 壬生忠岑

327 み吉野の 山の白雪 踏みわけて 入りにし人の おとづれもせぬ

寛平の御時きさいの宮の歌合せのうた 壬生忠岑

328 白雪の 降りてつもれる 山里は 住む人さへや 思ひ消ゆらむ

雪の降れるを見てよめる 凡河内躬恒

329 雪降りて 人もかよはぬ 道なれや あとはかもなく 思ひ消ゆらむ

雪の降りけるをよみける 清原深養父

330 冬ながら 空より花の 散りくるは 雲のあなたは 春にやあるらむ

雪の木に降りかかれりけるをよめる 紀貫之

331 冬ごもり 思ひかけぬを 木の間より 花と見るまで 雪ぞ降りける

大和の国にまかれりける時に、雪の降りけるを見てよめる 坂上是則

332 朝ぼらけ 有明の月と 見るまでに 吉野の里に 降れる白雪

題しらず 読人知らず

333 消ぬがうへに またも降りしけ 春霞 立ちなばみ雪 まれにこそ見め

題しらず 読人知らず

334 梅の花 それとも見えず 久方の あまぎる雪の なべて降れれば

このうた、ある人のいはく、柿本の人麿がうたなり

梅の花に雪の降れるをよめる 小野篁

335 花の色は 雪にまじりて 見えずとも 香をだに匂へ 人の知るべく

雪のうちの梅の花をよめる 紀貫之

336 梅の香の 降りおける雪に まがひせば 誰かことごと わきて折らまし

雪の降りけるを見てよめる 紀友則

337 雪降れば 木ごとに花ぞ 咲きにける いづれを梅と わきて折らまし

物へまかりける人を待ちてしはすのつごもりによめる 凡河内躬恒

338 我が待たぬ 年はきぬれど 冬草の 枯れにし人は おとづれもせず

年のはてによめる 在原元方

339 あらたまの 年の終りに なるごとに 雪も我が身も ふりまさりつつ

寛平の御時きさいの宮の歌合せのうた 読人知らず

340 雪降りて 年の暮れぬる 時にこそ つひにもみぢぬ 松も見えけれ

年のはてによめる 春道列樹

341 昨日と言ひ 今日とくらして 明日香河 流れて早き 月日なりけり

うたたてまつれと仰せられし時によみてたてまつれる 紀貫之

342 ゆく年の 惜しくもあるかな ます鏡 見る影さへに くれぬと思へば

賀歌

題しらず 読人知らず

343 我が君は 千代に八千代に さざれ石の 巌となりて 苔のむすまで

題しらず 読人知らず

344 わたつみの 浜の真砂を かぞへつつ 君が千歳の あり数にせむ

題しらず 読人知らず

345 しほの山 さしでの磯に 住む千鳥 君が御代をば 八千代とぞ鳴く

題しらず 読人知らず

346 我がよはひ 君が八千代に とりそへて とどめおきては 思ひ出にせよ

仁和の御時、僧正遍照に七十の賀たまひける時の御歌 仁和帝

347 かくしつつ とにもかくにも ながらへて 君が八千代に あふよしもがな

仁和のみかどの、みこにおはしましける時に、御をばの八十の賀にしろがねを杖につくれりけるを見て、かの御をばにかはりてよみける 僧正遍照

348 ちはやぶる 神や切りけむ つくからに 千歳の坂も 越えぬべらなり

堀川のおほいまうちぎみの四十の賀、九条の家にてしける時によめる 在原業平

349 桜花 散りかひくもれ 老いらくの 来むと言ふなる 道まがふがに

さだときのみこの、をばの四十の賀を大井にてしける日よめる 紀惟岳

350 亀の尾の 山の岩根を とめておつる 滝の白玉 千代の数かも

さだやすのみこの、きさいの宮の五十の賀たてまつりける御屏風に、さくらの花の散る下に人の花見たるかたかけるをよめる 藤原興風

351 いたづらに すぐす月日は 思ほえで 花見てくらす 春ぞ少なき

もとやすのみこの、七十の賀のうしろの屏風によみてかきける 紀貫之

352 春くれば 宿にまづ咲く 梅の花 君が千歳の かざしとぞ見る

もとやすのみこの、七十の賀のうしろの屏風によみてかきける 素性法師

353 いにしへに ありきあらずは 知らねども 千歳のためし 君にはじめむ

もとやすのみこの、七十の賀のうしろの屏風によみてかきける 素性法師

354 ふして思ひ おきて数ふる 万代は 神ぞ知るらむ 我が君のため

藤原の三善が六十の賀によみける 在原滋春

355 鶴亀も 千歳の後は 知らなくに あかぬ心に まかせはててむ

このうたは、ある人、在原のときはるがともいふ

良岑のつねなりが四十の賀にむすめにかはりてよみ侍りける 素性法師

356 万代を 松にぞ君を 祝ひつる 千歳のかげに 住まむと思へば

内侍のかみの、右大将藤原の朝臣の四十の賀しける時に、四季のゑかけるうしろの屏風にかきたりけるうた 素性法師

357 春日野に 若菜つみつつ 万代を 祝ふ心は 神ぞ知るらむ

内侍のかみの、右大将藤原の朝臣の四十の賀しける時に、四季のゑかけるうしろの屏風にかきたりけるうた 凡河内躬恒

358 山高み 雲ゐに見ゆる 桜花 心のゆきて 折らぬ日ぞなき

内侍のかみの、右大将藤原の朝臣の四十の賀しける時に、四季のゑかけるうしろの屏風にかきたりけるうた 紀友則

359 めづらしき 声ならなくに 郭公 ここらの年を あかずもあるかな

内侍のかみの、右大将藤原の朝臣の四十の賀しける時に、四季のゑかけるうしろの屏風にかきたりけるうた 凡河内躬恒

360 住の江の 松を秋風 吹くからに 声うちそふる 沖つ白浪

内侍のかみの、右大将藤原の朝臣の四十の賀しける時に、四季のゑかけるうしろの屏風にかきたりけるうた 壬生忠岑

361 千鳥鳴く 佐保の河霧 立ちぬらし 山の木の葉も 色まさりゆく

内侍のかみの、右大将藤原の朝臣の四十の賀しける時に、四季のゑかけるうしろの屏風にかきたりけるうた 読人知らず

362 秋くれど 色もかはらぬ ときは山 よそのもみぢを 風ぞかしける

内侍のかみの、右大将藤原の朝臣の四十の賀しける時に、四季のゑかけるうしろの屏風にかきたりけるうた 紀貫之

363 白雪の 降りしく時は み吉野の 山下風に 花ぞ散りける

春宮のむまれたまへりける時にまゐりてよめる 藤原因香

364 峰高き 春日の山に いづる日は 曇る時なく 照らすべらなり

離別歌

題しらず 在原行平

365 立ち別れ いなばの山の 峰におふる 松とし聞かば 今かへりこむ

題しらず 読人知らず

366 すがるなく 秋の萩原 朝たちて 旅行く人を いつとか待たむ

題しらず 読人知らず

367 かぎりなき 雲ゐのよそに わかるとも 人を心に おくらさむやは

小野の千古がみちのくの介にまかりける時に、母のよめる 小野千古母

368 たらちねの 親のまもりと あひそふる 心ばかりは せきなとどめそ

さだときのみこの家にて、藤原のきよふが近江の介にまかりける時に、むまのはなむけしける夜よめる 紀利貞

369 今日別れ 明日はあふみと 思へども 夜やふけぬらむ 袖の露けき

越へまかりける人によみてつかはしける 紀利貞

370 かへる山 ありとは聞けど 春霞 立ち別れなば 恋しかるべし

人のむまのはなむけにてよめる 紀貫之

371 惜しむから 恋しきものを 白雲の たちなむのちは なに心地せむ

友だちの、人の国へまかりけるによめる 在原滋春

372 別れては ほどをへだつと 思へばや かつ見ながらに かねて恋しき

東の方へまかりける人によみてつかはしける 伊香子淳行

373 思へども 身をしわけねば 目に見えぬ 心を君に たぐへてぞやる

あふさかにて人を別れける時によめる 難波万雄

374 あふ坂の 関しまさしき ものならば あかず別るる 君をとどめよ

題しらず 読人知らず

375 唐衣 たつ日は聞かじ 朝露の 置きてしゆけば けぬべきものを

このうたは、ある人、つかさをたまはりて新しきめにつきて、年へてすみける人を捨てて、ただ、あすなむたつ、とばかりいへりけるときにともかうもいはでよみてつかはしける

ひたちへまかりける時に、藤原のきみとしによみてつかはしける

376 朝なけに 見べき君とし たのまねば 思ひたちぬる 草枕なり

紀のむねさだが東へまかりける時に、人の家にやどりて、暁いでたつとてまかり申ししければ、女のよみていだせりける 読人知らず

377 えぞ知らぬ 今こころみよ 命あらば 我や忘るる 人やとはぬと

あひ知りて侍りける人の、東の方へまかりけるを送るとてよめる 清原深養父

378 雲ゐにも かよふ心の おくれねば わかると人に 見ゆばかりなり

友の東へまかりける時によめる 良岑秀崇

379 白雲の こなたかなたに 立ち別れ 心をぬさと くだく旅かな

みちのくにへまかりける人によみてつかはしける 紀貫之

380 白雲の 八重にかさなる をちにても 思はむ人に 心へだつな

人を別れける時によみける 紀貫之

381 別れてふ ことは色にも あらなくに 心にしみて わびしかるらむ

あひ知れりける人の越の国にまかりて、年へて京にまうできて、またかへりける時によめる 凡河内躬恒

382 かへる山 なにぞはありて あるかひは きてもとまらぬ 名にこそありけれ

越の国へまかりける人によみてつかはしける 凡河内躬恒

383 よそにのみ 恋ひや渡らむ 白山の 雪見るべくも あらぬ我が身は

音羽の山のほとりにて人をわかるとてよめる 紀貫之

384 音羽山 こだかく鳴きて 郭公 君が別れを 惜しむべらなり

藤原の後蔭が唐物のつかひに、ながつきのつごもりがたにまかりけるに、うへのをのこども酒たうびけるついでによめる 藤原兼茂

385 もろともに なきてとどめよ きりぎりす 秋の別れは 惜しくやはあらぬ

藤原の後蔭が唐物のつかひに、ながつきのつごもりがたにまかりけるに、うへのをのこども酒たうびけるついでによめる 平元規

386 秋霧の 共に立ちいでて 別れなば はれぬ思ひに 恋やわたらむ

源の実がつくしへ湯あみむとてまかりける時に、山崎にて別れ惜しみける所にてよめる 白女

387 命だに 心にかなふ ものならば なにか別れの かなしからまし

山崎より神なびのもりまで送りに人々まかりて、かへりがてにして別れ惜しみけるによめる 源実

388 人やりの 道ならなくに おほかたは いき憂しといひて いざ帰りなむ

今はこれよりかへりねと実がいひけるをりによみける 藤原兼茂

389 したはれて きにし心の 身にしあれば 帰るさまには 道も知られず

藤原のこれをかがむさしの介にまかりける時に、送りにあふさかを越ゆとてよみける 紀貫之

390 かつ越えて 別れもゆくか あふ坂は 人だのめなる 名にこそありけれ

大江のちふるが越へまかりけるむまのはなむけによめる 藤原兼輔

391 君がゆく 越の白山 知らねども 雪のまにまに あとはたづねむ

人の花山にまうできて、夕さりつがたかへりなむとしける時によめる 僧正遍照

392 夕暮れの まがきは山と 見えななむ 夜は越えじと 宿りとるべく

山にのぼりてかへりまうできて、人々別れけるついでによめる 幽仙法師

393 別れをば 山の桜に まかせてむ とめむとめじは 花のまにまに

雲林院のみこの舎利会に山にのぼりてかへりけるに、さくらの花のもとにてよめる 僧正遍照

394 山風に 桜吹きまき 乱れなむ 花のまぎれに 君とまるべく

雲林院のみこの舎利会に山にのぼりてかへりけるに、さくらの花のもとにてよめる 幽仙法師

395 ことならば 君とまるべく 匂はなむ かへすは花の うきにやはあらぬ

仁和のみかどみこにおはしましける時に、布留の滝御覧じにおはしましてかへりたまひけるによめる 兼芸法師

396 あかずして 別るる涙 滝にそふ 水まさるとや しもは見るらむ

かむなりのつぼにめしたりける日、大御酒などたうべて雨のいたく降りければ、夕さりまで侍りてまかりいでけるをりに、盃をとりて 紀貫之

397 秋萩の 花をば雨に 濡らせども 君をばまして 惜しとこそ思へ

返し 兼覧王

398 惜しむらむ 人の心を 知らぬまに 秋の時雨と 身ぞふりにける

兼覧王にはじめてものがたりして、別れける時によめる 凡河内躬恒

399 別るれど うれしくもあるか 今宵より あひ見ぬ先に 何を恋ひまし

題しらず 読人知らず

400 あかずして 別るる袖の 白玉を 君が形見と つつみてぞ行く

題しらず 読人知らず

401 かぎりなく 思ふ涙に そほちぬる 袖はかわかじ あはむ日までに

題しらず 読人知らず

402 かきくらし ことはふらなむ 春雨に 濡衣きせて 君をとどめむ

題しらず 読人知らず

403 しひて行く 人をとどめむ 桜花 いづれを道と 惑ふまで散れ

志賀の山越えにて、石井のもとにてものいひける人の別れけるをりによめる 紀貫之

404 むすぶ手の しづくに濁る 山の井の あかでも人に 別れぬるかな

道にあへりける人の車にものをいひつきて、別れける所にてよめる 紀友則

405 下の帯の 道はかたがた 別るとも 行きめぐりても あはむとぞ思ふ

羇旅歌

もろこしにて月を見てよみける 安倍仲麻呂

406 天の原 ふりさけ見れば 春日なる 三笠の山に いでし月かも

このうたは、昔仲麿をもろこしにもの習はしにつかはしたりけるに、あまたの年をへて、え帰りまうでこざりけるを、この国よりまた使ひまかりいたりけるにたぐひて、まうできなむとていでたちけるに、明州というところの海辺にて、かの国の人、むまのはなむけしけり、夜になりて月のいとおもしろくさしいでたりけるを見てよめる、となむ語り伝ふる

おきの国にながされける時に、舟にのりていでたつとて、京なる人のもとにつかはしける 小野篁

407 わたの原 八十島かけて こぎいでぬと 人には告げよ 海人の釣り舟

題しらず 読人知らず

408 みやこいでて けふみかの原 いづみ川 川風寒し 衣かせ山

題しらず 読人知らず

409 ほのぼのと 明石の浦の 朝霧に 島隠れ行く 舟をしぞ思ふ

このうた、ある人のいはく、柿本の人麿がうたなり

東の方へ友とする人ひとりふたりいざなひていきけり、みかはの国八橋といふ所にいたりけるに、その川のほとりにかきつばたいとおもしろく咲けりけるを見て、木のかげにおりゐて、かきつばたといふ五文字を句のかしらにすゑて旅の心をよまむとてよめる 在原業平

410 唐衣 きつつなれにし つましあれば はるばるきぬる 旅をしぞ思ふ

むさしの国と、しもつふさの国との中にある隅田川のほとりにいたりて、都のいと恋しうおぼえければ、しばし川のほとりにおりゐて思ひやれば、かぎりなく遠くもきにけるかなと思ひわびてながめをるに、わたしもり、はや舟にのれ、日くれぬ、といひければ、舟にのりてわたらむとするに、みな人ものわびしくて京に思ふ人なくしもあらず、さるをりに白き鳥のはしと脚と赤き、川のほとりにあそびけり、京には見えぬ鳥なりければみな人見知らず、わたしもりに、これはなに鳥ぞ、ととひければ、これなむみやこ鳥、といひけるを聞きてよめる 在原業平

411 名にしおはば いざ言問はむ みやこ鳥 我が思ふ人は ありやなしやと

題しらず 読人知らず

412 北へ行く 雁ぞ鳴くなる つれてこし 数はたらでぞ かへるべらなる

このうたは、ある人、男女もろともに人の国へまかりけり、男まかりいたりてすなはち身まかりにければ、女ひとり京へ帰りける道にかへるかりの鳴きけるを聞きてよめる、となむいふ

東の方より京へまうでくとて、道にてよめる

413 山かくす 春の霞ぞ うらめしき いづれみやこの さかひなるらむ

越の国へまかりける時、しら山を見てよめる 凡河内躬恒

414 消えはつる 時しなければ 越路なる 白山の名は 雪にぞありける

東へまかりける時、道にてよめる 紀貫之

415 糸による ものならなくに 別れぢの 心細くも 思ほゆるかな

かひの国へまかりける時に道にてよめる 凡河内躬恒

416 夜を寒み 置く初霜を はらひつつ 草の枕に あまた旅寝ぬ

たぢまの国の湯へまかりける時に、ふたみのうらといふ所にとまりて、夕さりのかれいひたうべけるに、ともにありける人々のうたよみけるついでによめる 藤原兼輔

417 夕月夜 おぼつかなきを 玉くしげ ふたみのうらは あけてこそ見め

これたかのみこのともにかりにまかりける時に、あまの川といふ所の川のほとりにおりゐて酒などのみけるついでに、みこのいひけらく、かりして天の河原にいたるといふ心をよみて盃はさせ、といひければよめる 在原業平

418 かりくらし 七夕つめに 宿からむ 天の河原に 我はきにけり

みこ、このうたをかへすがへすよみつつ返しえせずなりにければ、ともに侍りてよめる 紀有常

419 ひととせに ひとたびきます 君まてば 宿かす人も あらじとぞ思ふ

朱雀院の奈良におはしましたりける時にたむけ山にてよみける 菅原朝臣

420 このたびは ぬさもとりあへず たむけ山 紅葉の錦 神のまにまに

朱雀院の奈良におはしましたりける時にたむけ山にてよみける 素性法師

421 たむけには つづりの袖も 切るべきに 紅葉にあける 神やかへさむ

物名

うぐひす 藤原敏行

422 心から 花のしづくに そほちつつ うくひすとのみ 鳥の鳴くらむ

ほととぎす 藤原敏行

423 くべきほど 時すぎぬれや 待ちわびて 鳴くなる声の 人をとよむる

うつせみ 在原滋春

424 浪の打つ 瀬見れば玉ぞ 乱れける 拾はば袖に はかなからむや

返し 壬生忠岑

425 袂より はなれて玉を つつまめや これなむそれと うつせ見むかし

うめ 読人知らず

426 あなうめに つねなるべくも 見えぬかな 恋しかるべき 香は匂ひつつ

かにはざくら 紀貫之

427 かづけども 浪のなかには さぐられで 風吹くごとに 浮き沈む玉

すももの花 紀貫之

428 今いくか 春しなければ うぐひすも ものはながめて 思ふべらなり

からももの花 清原深養父

429 あふからも ものはなほこそ かなしけれ 別れむことを かねて思へば

たちばな 小野滋蔭

430 あしひきの 山たちはなれ 行く雲の 宿りさだめぬ 世にこそありけれ

をがたまの木 紀友則

431 み吉野の 吉野の滝に 浮かびいづる 泡をかたまの 消ゆと見つらむ

やまがきの木 読人知らず

432 秋はきぬ いまやまがきの きりぎりす 夜な夜な鳴かむ 風の寒さに

あふひ、かつら 読人知らず

433 かくばかり あふ日のまれに なる人を いかがつらしと 思はざるべき

あふひ、かつら 読人知らず

434 人目ゆゑ のちにあふ日の はるけくは 我がつらきにや 思ひなされむ

くたに 僧正遍照

435 散りぬれば のちはあくたに なる花を 思ひ知らずも 惑ふてふかな

さうび 紀貫之

436 我はけさ うひにぞ見つる 花の色を あだなるものと 言ふべかりけり

女郎花 紀友則

437 白露を 玉にぬくとや ささがにの 花にも葉にも いとをみなへし

女郎花 紀友則

438 朝露を わけそほちつつ 花見むと 今ぞ野山を みなへしりぬる

朱雀院の女郎花あはせの時に、女郎花といふ五文字を句のかしらにおきてよめる 紀貫之

439 をぐら山 峰たちならし 鳴く鹿の へにけむ秋を 知る人ぞなき

きちかうの花 紀友則

440 秋ちかう 野はなりにけり 白露の おける草葉も 色かはりゆく

しをに 読人知らず

441 ふりはへて いざふるさとの 花見むと こしを匂ひぞ うつろひにける

りうたむのはな 紀友則

442 我が宿の 花ふみしだく とりうたむ 野はなければや ここにしもくる

をばな 読人知らず

443 ありと見て たのむぞかたき 空蝉の 世をばなしとや 思ひなしてむ

けにごし 矢田部名実

444 うちつけに こしとや花の 色を見む 置く白露の 染むるばかりを

二条のきさき、春宮の御息所と申しける時に、めどにけづり花させりけるをよませたまひける 文屋康秀

445 花の木に あらざらめども 咲きにけり ふりにしこの身 なる時もがな

しのぶぐさ 紀利貞

446 山高み つねに嵐の 吹く里は 匂ひもあへず 花ぞ散りける

やまし 平篤行

447 郭公 峰の雲にや まじりにし ありとは聞けど 見るよしもなき

からはぎ 読人知らず

448 空蝉の 殻は木ごとに とどむれど 魂のゆくへを 見ぬぞかなしき

かはなぐさ 清原深養父

449 うばたまの 夢になにかは なぐさまむ うつつにだにも あかぬ心を

さがりごけ 高向利春

450 花の色は ただひとさかり 濃けれども 返す返すぞ 露は染めける

にがたけ 在原滋春

451 命とて 露をたのむに かたければ ものわびしらに 鳴く野辺の虫

かはたけ 景式王

452 小夜ふけて なかばたけゆく 久方の 月吹きかへせ 秋の山風

わらび 真静法師

453 煙たち もゆとも見えぬ 草の葉を 誰かわらびと 名づけそめけむ

ささ、まつ、びは、ばせをば 紀乳母

454 いささめに 時まつまにぞ 日はへぬる 心ばせをば 人に見えつつ

なし、なつめ、くるみ 兵衛

455 あぢきなし なげきなつめそ うきことに あひくる身をば 捨てぬものから

からことといふ所にて春の立ちける日よめる 安倍清行

456 浪の音の 今朝からことに 聞こゆるは 春のしらべや あらたまるらむ

いかがさき 兼覧王

457 かぢにあたる 浪のしづくを 春なれば いかが咲き散る 花と見ざらむ

からさき 阿保経覧

458 かの方に いつから先に わたりけむ 浪ぢはあとも 残らざりけり

からさき 伊勢

459 浪の花 沖から咲きて 散りくめり 水の春とは 風やなるらむ

かみやがは 紀貫之

460 うばたまの 我が黒髪や かはるらむ 鏡のかげに 降れる白雪

よどがは 紀貫之

461 あしひきの 山辺にをれば 白雲の いかにせよとか 晴るる時なき

かたの 壬生忠岑

462 夏草の 上はしげれる 沼水の 行く方のなき 我が心かな

かつらのみや 源恵

463 秋くれば 月の桂の 実やはなる 光を花と 散らすばかりを

はくわかう 読人知らず

464 花ごとに あかず散らしし 風なれば いくそばく我が 憂しとかは思ふ

すみながし 在原滋春

465 春霞 なかしかよひぢ なかりせば 秋くる雁は かへらざらまし

おきび 都良香

466 流れいづる 方だに見えぬ 涙川 おきひむ時や 底は知られむ

ちまき 大江千里

467 のちまきの おくれておふる 苗なれど あだにはならぬ たのみとぞ聞く

はをはじめ、るをはてにて、ながめをかけて時のうたよめ、と人のいひければよみける 僧正聖宝

468 花の中 目にあくやとて わけゆけば 心ぞともに 散りぬべらなる

恋歌一

題しらず 読人知らず

469 郭公 鳴くや五月の あやめ草 あやめも知らぬ 恋もするかな

題しらず 素性法師

470 音にのみ きくの白露 夜はおきて 昼は思ひに あへずけぬべし

題しらず 紀貫之

471 吉野川 岩波高く 行く水の 早くぞ人を 思ひそめてし

題しらず 藤原勝臣

472 白浪の あとなき方に 行く舟も 風ぞたよりの しるべなりける

題しらず 在原元方

473 音羽山 音に聞きつつ あふ坂の 関のこなたに 年をふるかな

題しらず 在原元方

474 立ち返り あはれとぞ思ふ よそにても 人に心を 沖つ白浪

題しらず 紀貫之

475 世の中は かくこそありけれ 吹く風の 目に見ぬ人も 恋しかりけり

右近のむまばのひをりの日、むかひにたてたりける車のしたすだれより女の顔のほのかに見えければ、よんでつかはしける 在原業平

476 見ずもあらず 見もせぬ人の 恋しくは あやなく今日や ながめくらさむ

返し 読人知らず

477 知る知らぬ なにかあやなく わきて言はむ 思ひのみこそ しるべなりけれ

春日の祭りにまかれりける時に、物見にいでたりける女のもとに、家をたづねてつかはせりける 壬生忠岑

478 春日野の 雪間をわけて おひいでくる 草のはつかに 見えし君はも

人の花つみしける所にまかりて、そこなりける人のもとに、のちによみてつかはしける 紀貫之

479 山桜 霞の間より ほのかにも 見てし人こそ 恋しかりけれ

題しらず 在原元方

480 たよりにも あらぬ思ひの あやしきは 心を人に つくるなりけり

題しらず 凡河内躬恒

481 初雁の はつかに声を 聞きしより 中空にのみ 物を思ふかな

題しらず 紀貫之

482 あふことは 雲ゐはるかに なる神の 音に聞きつつ 恋ひ渡るかな

題しらず 読人知らず

483 片糸を こなたかなたに よりかけて あはずはなにを 玉の緒にせむ

題しらず 読人知らず

484 夕暮れは 雲のはたてに 物ぞ思ふ 天つ空なる 人を恋ふとて

題しらず 読人知らず

485 かりこもの 思ひ乱れて 我が恋ふと 妹知るらめや 人しつげずは

題しらず 読人知らず

486 つれもなき 人をやねたく 白露の 置くとはなげき 寝とはしのばむ

題しらず 読人知らず

487 ちはやぶる 賀茂のやしろの ゆふだすき ひと日も君を かけぬ日はなし

題しらず 読人知らず

488 我が恋は むなしき空に 満ちぬらし 思ひやれども 行く方もなし

題しらず 読人知らず

489 駿河なる 田子の浦浪 立たぬ日は あれども君を 恋ひぬ日ぞなき

題しらず 読人知らず

490 夕月夜 さすやをかべの 松の葉の いつともわかぬ 恋もするかな

題しらず 読人知らず

491 あしひきの 山下水の 木隠れて たぎつ心を せきぞかねつる

題しらず 読人知らず

492 吉野川 岩切りとほし 行く水の 音にはたてじ 恋は死ぬとも

題しらず 読人知らず

493 たぎつ瀬の なかにも淀は ありてふを など我が恋の 淵瀬ともなき

題しらず 読人知らず

494 山高み 下ゆく水の 下にのみ 流れて恋ひむ 恋は死ぬとも

題しらず 読人知らず

495 思ひいづる ときはの山の 岩つつじ 言はねばこそあれ 恋しきものを

題しらず 読人知らず

496 人知れず 思へば苦し 紅の 末摘花の 色にいでなむ

題しらず 読人知らず

497 秋の野の 尾花にまじり 咲く花の 色にや恋ひむ あふよしをなみ

題しらず 読人知らず

498 我が園の 梅のほつえに うぐひすの 音に鳴きぬべき 恋もするかな

題しらず 読人知らず

499 あしひきの 山郭公 我がごとや 君に恋ひつつ いねがてにする

題しらず 読人知らず

500 夏なれば 宿にふすぶる かやり火の いつまで我が身 下もえをせむ

題しらず 読人知らず

501 恋せじと みたらし川に せしみそぎ 神はうけずぞ なりにけらしも

題しらず 読人知らず

502 あはれてふ ことだになくは なにをかは 恋の乱れの つかねをにせむ

題しらず 読人知らず

503 思ふには 忍ぶることぞ 負けにける 色にはいでじと 思ひしものを

題しらず 読人知らず

504 我が恋を 人知るらめや しきたへの 枕のみこそ 知らば知るらめ

題しらず 読人知らず

505 あさぢふの 小野のしの原 しのぶとも 人知るらめや 言ふ人なしに

題しらず 読人知らず

506 人知れぬ 思ひやなぞと 葦垣の まぢかけれども あふよしのなき

題しらず 読人知らず

507 思ふとも 恋ふともあはむ ものなれや ゆふてもたゆく とくる下紐

題しらず 読人知らず

508 いで我を 人なとがめそ おほ舟の ゆたのたゆたに 物思ふころぞ

題しらず 読人知らず

509 伊勢の海に 釣りする海人の うけなれや 心ひとつを 定めかねつる

題しらず 読人知らず

510 伊勢の海の 海人の釣り縄 うちはへて くるしとのみや 思ひわたらむ

題しらず 読人知らず

511 涙川 なに水上を 尋ねけむ 物思ふ時の 我が身なりけり

題しらず 読人知らず

512 種しあれば 岩にも松は おひにけり 恋をし恋ひば あはざらめやは

題しらず 読人知らず

513 朝な朝な 立つ河霧の 空にのみ うきて思ひの ある世なりけり

題しらず 読人知らず

514 忘らるる 時しなければ あしたづの 思ひ乱れて 音をのみぞ鳴く

題しらず 読人知らず

515 唐衣 日も夕暮れに なる時は 返す返すぞ 人は恋しき

題しらず 読人知らず

516 よひよひに 枕さだめむ 方もなし いかに寝し夜か 夢に見えけむ

題しらず 読人知らず

517 恋しきに 命をかふる ものならば 死にはやすくぞ あるべかりける

題しらず 読人知らず

518 人の身も ならはしものを あはずして いざこころみむ 恋ひや死ぬると

題しらず 読人知らず

519 忍ぶれば 苦しきものを 人知れず 思ふてふこと 誰にかたらむ

題しらず 読人知らず

520 こむ世にも はやなりななむ 目の前に つれなき人を 昔と思はむ

題しらず 読人知らず

521 つれもなき 人を恋ふとて 山彦の 答へするまで なげきつるかな

題しらず 読人知らず

522 行く水に 数かくよりも はかなきは 思はぬ人を 思ふなりけり

題しらず 読人知らず

523 人を思ふ 心は我に あらねばや 身の惑ふだに 知られざるらむ

題しらず 読人知らず

524 思ひやる さかひはるかに なりやする 惑ふ夢ぢに あふ人のなき

題しらず 読人知らず

525 夢の内に あひ見むことを たのみつつ くらせる宵は 寝む方もなし

題しらず 読人知らず

526 恋ひ死ねと するわざならし むばたまの 夜はすがらに 夢に見えつつ

題しらず 読人知らず

527 涙川 枕流るる うきねには 夢もさだかに 見えずぞありける

題しらず 読人知らず

528 恋すれば 我が身は影と なりにけり さりとて人に そはぬものゆゑ

題しらず 読人知らず

529 かがり火に あらぬ我が身の なぞもかく 涙の川に 浮きてもゆらむ

題しらず 読人知らず

530 かがり火の 影となる身の わびしきは ながれて下に もゆるなりけり

題しらず 読人知らず

531 はやき瀬に みるめおひせば 我が袖の 涙の川に 植ゑましものを

題しらず 読人知らず

532 沖へにも よらぬ玉藻の 浪の上に 乱れてのみや 恋ひ渡りなむ

題しらず 読人知らず

533 葦鴨の 騒ぐ入江の 白浪の 知らずや人を かく恋ひむとは

題しらず 読人知らず

534 人知れぬ 思ひをつねに するがなる 富士の山こそ 我が身なりけれ

題しらず 読人知らず

535 とぶ鳥の 声も聞こえぬ 奥山の 深き心を 人は知らなむ

題しらず 読人知らず

536 あふ坂の ゆふつけ鳥も 我がごとく 人や恋しき 音のみ鳴くらむ

題しらず 読人知らず

537 あふ坂の 関に流るる 岩清水 言はで心に 思ひこそすれ

題しらず 読人知らず

538 浮草の 上はしげれる 淵なれや 深き心を 知る人のなき

題しらず 読人知らず

539 うちわびて よばはむ声に 山彦の 答へぬ山は あらじとぞ思ふ

題しらず 読人知らず

540 心がへ するものにもが 片恋は 苦しきものと 人に知らせむ

題しらず 読人知らず

541 よそにして 恋ふれば苦し 入れ紐の 同じ心に いざ結びてむ

題しらず 読人知らず

542 春たてば 消ゆる氷の 残りなく 君が心は 我にとけなむ

題しらず 読人知らず

543 明けたてば 蝉のをりはへ なきくらし 夜は蛍の もえこそわたれ

題しらず 読人知らず

544 夏虫の 身をいたづらに なすことも ひとつ思ひに よりてなりけり

題しらず 読人知らず

545 夕されば いとどひがたき 我が袖に 秋の露さへ 置きそはりつつ

題しらず 読人知らず

546 いつとても 恋しからずは あらねども 秋の夕べは あやしかりけり

題しらず 読人知らず

547 秋の田の 穂にこそ人を 恋ひざらめ などか心に 忘れしもせむ

題しらず 読人知らず

548 秋の田の 穂の上を照らす 稲妻の 光の間にも 我や忘るる

題しらず 読人知らず

549 人目もる 我かはあやな 花薄 などか穂にいでて 恋ひずしもあらむ

題しらず 読人知らず

550 淡雪の たまればかてに くだけつつ 我が物思ひの しげきころかな

題しらず 読人知らず

551 奥山の 菅の根しのぎ 降る雪の けぬとか言はむ 恋のしげきに

恋歌二

題しらず 小野小町

552 思ひつつ 寝ればや人の 見えつらむ 夢と知りせば 覚めざらましを

題しらず 小野小町

553 うたたねに 恋しき人を 見てしより 夢てふものは たのみそめてき

題しらず 小野小町

554 いとせめて 恋しき時は むばたまの 夜の衣を 返してぞきる

題しらず 素性法師

555 秋風の 身に寒ければ つれもなき 人をぞたのむ 暮るる夜ごとに

しもついづも寺に人のわざしける日、真せい法師の導師にていへりけることばを歌によみて、小野の小町がもとにつかはしける 安倍清行

556 つつめども 袖にたまらぬ 白玉は 人を見ぬ目の 涙なりけり

返し 小野小町

557 おろかなる 涙ぞ袖に 玉はなす 我はせきあへず たぎつ瀬なれば

寛平の御時きさいの宮の歌合せのうた 藤原敏行

558 恋わびて うちぬるなかに 行きかよふ 夢のただぢは うつつならなむ

寛平の御時きさいの宮の歌合せのうた 藤原敏行

559 住の江の 岸による浪 よるさへや 夢のかよひぢ 人目よぐらむ

寛平の御時きさいの宮の歌合せのうた 小野美材

560 我が恋は み山隠れの 草なれや しげさまされど 知る人のなき

寛平の御時きさいの宮の歌合せのうた 紀友則

561 宵の間も はかなく見ゆる 夏虫に 惑ひまされる 恋もするかな

寛平の御時きさいの宮の歌合せのうた 紀友則

562 夕されば 蛍よりけに もゆれども 光見ねばや 人のつれなき

寛平の御時きさいの宮の歌合せのうた 紀友則

563 笹の葉に 置く霜よりも ひとり寝る 我が衣手ぞ さえまさりける

寛平の御時きさいの宮の歌合せのうた 紀友則

564 我が宿の 菊の垣根に 置く霜の 消えかへりてぞ 恋しかりける

寛平の御時きさいの宮の歌合せのうた 紀友則

565 川の瀬に なびく玉藻の み隠れて 人に知られぬ 恋もするかな

寛平の御時きさいの宮の歌合せのうた 壬生忠岑

566 かきくらし 降る白雪の 下ぎえに 消えて物思ふ ころにもあるかな

寛平の御時きさいの宮の歌合せのうた 藤原興風

567 君恋ふる 涙の床に 満ちぬれば みをつくしとぞ 我はなりぬる

寛平の御時きさいの宮の歌合せのうた 藤原興風

568 死ぬる命 生きもやすると こころみに 玉の緒ばかり あはむと言はなむ

寛平の御時きさいの宮の歌合せのうた 藤原興風

569 わびぬれば しひて忘れむと 思へども 夢と言ふものぞ 人だのめなる

寛平の御時きさいの宮の歌合せのうた 読人知らず

570 わりなくも 寝ても覚めても 恋しきか 心をいづち やらば忘れむ

寛平の御時きさいの宮の歌合せのうた 読人知らず

571 恋しきに わびてたましひ 惑ひなば むなしき殻の 名にや残らむ

寛平の御時きさいの宮の歌合せのうた 紀貫之

572 君恋ふる 涙しなくは 唐衣 胸のあたりは 色もえなまし

題しらず 紀貫之

573 世とともに 流れてぞ行く 涙川 冬もこほらぬ みなわなりけり

題しらず 紀貫之

574 夢ぢにも 露や置くらむ 夜もすがら かよへる袖の ひちてかわかぬ

題しらず 素性法師

575 はかなくて 夢にも人を 見つる夜は あしたの床ぞ 起きうかりける

題しらず 藤原忠房

576 いつはりの 涙なりせば 唐衣 しのびに袖は しぼらざらまし

題しらず 大江千里

577 ねになきて ひちにしかども 春雨に 濡れにし袖と とはば答へむ

題しらず 藤原敏行

578 我がごとく ものやかなしき 郭公 時ぞともなく 夜ただ鳴くらむ

題しらず 紀貫之

579 五月山 梢を高み 郭公 鳴く音空なる 恋もするかな

題しらず 凡河内躬恒

580 秋霧の 晴るる時なき 心には たちゐの空も 思ほえなくに

題しらず 清原深養父

581 虫のごと 声にたてては なかねども 涙のみこそ 下に流るれ

これさだのみこの家の歌合せのうた 読人知らず

582 秋なれば 山とよむまで 鳴く鹿に 我おとらめや ひとり寝る夜は

題しらず 紀貫之

583 秋の野に 乱れて咲ける 花の色の ちぐさに物を 思ふころかな

題しらず 凡河内躬恒

584 ひとりして 物を思へば 秋の夜の 稲葉のそよと 言ふ人のなき

題しらず 清原深養父

585 人を思ふ 心は雁に あらねども 雲ゐにのみも なき渡るかな

題しらず 壬生忠岑

586 秋風に かきなす琴の 声にさへ はかなく人の 恋しかるらむ

題しらず 紀貫之

587 まこも刈る 淀の沢水 雨降れば 常よりことに まさる我が恋

大和に侍りける人につかはしける 紀貫之

588 越えぬ間は 吉野の山の 桜花 人づてにのみ 聞き渡るかな

やよひばかりに物のたうびける人のもとに、また人まかりつつ消息すと聞きてつかはしける 紀貫之

589 露ならぬ 心を花に 置きそめて 風吹くごとに 物思ひぞつく

題しらず 坂上是則

590 我が恋に くらぶの山の 桜花 間なく散るとも 数はまさらじ

題しらず 宗岳大頼

591 冬川の 上はこほれる 我なれや 下に流れて 恋ひ渡るらむ

題しらず 壬生忠岑

592 たぎつ瀬に 根ざしとどめぬ 浮草の 浮きたる恋も 我はするかな

題しらず 紀友則

593 よひよひに 脱ぎて我が寝る かり衣 かけて思はぬ 時の間もなし

題しらず 紀友則

594 東ぢの 小夜の中山 なかなかに なにしか人を 思ひそめけむ

題しらず 紀友則

595 しきたへの 枕の下に 海はあれど 人をみるめは おひずぞありける

題しらず 紀友則

596 年をへて 消えぬ思ひは ありながら 夜の袂は なほこほりけり

題しらず 紀貫之

597 我が恋は 知らぬ山ぢに あらなくに 惑ふ心ぞ わびしかりける

題しらず 紀貫之

598 紅の ふりいでつつ なく涙には 袂のみこそ 色まさりけれ

題しらず 紀貫之

599 白玉と 見えし涙も 年ふれば 唐紅に うつろひにけり

題しらず 凡河内躬恒

600 夏虫を 何か言ひけむ 心から 我も思ひに もえぬべらなり

題しらず 壬生忠岑

601 風吹けば 峰にわかるる 白雲の 絶えてつれなき 君が心か

題しらず 壬生忠岑

602 月影に 我が身をかふる ものならば つれなき人も あはれとや見む

題しらず 清原深養父

603 恋ひ死なば たが名はたたじ 世の中の 常なきものと 言ひはなすとも

題しらず 紀貫之

604 津の国の 難波の葦の 芽もはるに しげき我が恋 人知るらめや

題しらず 紀貫之

605 手もふれで 月日へにける 白真弓 おきふし夜は いこそ寝られね

題しらず 紀貫之

606 人知れぬ 思ひのみこそ わびしけれ 我がなげきをば 我のみぞ知る

題しらず 紀友則

607 ことにいでて 言はぬばかりぞ みなせ川 下にかよひて 恋しきものを

題しらず 凡河内躬恒

608 君をのみ 思ひねに寝し 夢なれば 我が心から 見つるなりけり

題しらず 壬生忠岑

609 命にも まさりて惜しく あるものは 見はてぬ夢の さむるなりけり

題しらず 春道列樹

610 梓弓 ひけば本末 我が方に よるこそまされ 恋の心は

題しらず 凡河内躬恒

611 我が恋は ゆくへも知らず はてもなし あふをかぎりと 思ふばかりぞ

題しらず 凡河内躬恒

612 我のみぞ かなしかりける 彦星も あはですぐせる 年しなければ

題しらず 清原深養父

613 今ははや 恋ひ死なましを あひ見むと たのめしことぞ 命なりける

題しらず 凡河内躬恒

614 たのめつつ あはで年ふる いつはりに こりぬ心を 人は知らなむ

題しらず 紀友則

615 命やは なにぞは露の あだものを あふにしかへば 惜しからなくに

恋歌三

やよひのついたちよりしのびに人にものらいひてのちに、雨のそほ降りけるによみてつかはしける 在原業平

616 起きもせず 寝もせで夜を 明かしては 春のものとて ながめくらしつ

業平の朝臣の家に侍りける女のもとによみてつかはしける 藤原敏行

617 つれづれの ながめにまさる 涙川 袖のみ濡れて あふよしもなし

かの女にかはりて返しによめる 在原業平

618 浅みこそ 袖はひつらめ 涙川 身さへ流ると 聞かばたのまむ

題しらず 読人知らず

619 よるべなみ 身をこそ遠く へだてつれ 心は君が 影となりにき

題しらず 読人知らず

620 いたづらに 行きてはきぬる ものゆゑに 見まくほしさに いざなはれつつ

題しらず 読人知らず

621 あはぬ夜の 降る白雪と つもりなば 我さへともに けぬべきものを

このうたは、ある人のいはく、柿本の人麿がうたなり

題しらず 在原業平

622 秋の野に 笹わけし朝の 袖よりも あはでこし夜ぞ ひちまさりける

題しらず 小野小町

623 みるめなき 我が身を浦と 知らねばや かれなで海人の 足たゆくくる

題しらず 源宗于

624 あはずして 今宵明けなば 春の日の 長くや人を つらしと思はむ

題しらず 壬生忠岑

625 有明の つれなく見えし 別れより 暁ばかり 憂きものはなし

題しらず 在原元方

626 あふことの なぎさにしよる 浪なれば うらみてのみぞ 立ち返りける

題しらず 読人知らず

627 かねてより 風に先立つ 浪なれや あふことなきに まだき立つらむ

題しらず 壬生忠岑

628 陸奥に ありと言ふなる 名取川 なき名とりては くるしかりけり

題しらず 御春有輔

629 あやなくて まだきなき名の 竜田川 渡らでやまむ ものならなくに

題しらず 在原元方

630 人はいさ 我はなき名の 惜しければ 昔も今も 知らずとを言はむ

題しらず 読人知らず

631 こりずまに またもなき名は 立ちぬべし 人にくからぬ 世にしすまへば

ひむがしの五条わたりに人を知りおきてまかりかよひけり、しのびなる所なりければ、かどよりしもえいらで、かきのくづれよりかよひけるを、たびかさなりければあるじききつけて、かの道に夜ごとに人をふせてまもらすれば、いきけれどえあはでのみかへりてよみてやりける 在原業平

632 人知れぬ 我がかよひぢの 関守は よひよひごとに うちも寝ななむ

題しらず 紀貫之

633 しのぶれど 恋しき時は あしひきの 山より月の いでてこそくれ

題しらず 読人知らず

634 恋ひ恋ひて まれに今宵ぞ あふ坂の ゆふつけ鳥は 鳴かずもあらなむ

題しらず 小野小町

635 秋の夜も 名のみなりけり あふと言へば ことぞともなく 明けぬるものを

題しらず 凡河内躬恒

636 長しとも 思ひぞはてぬ 昔より あふ人からの 秋の夜なれば

題しらず 読人知らず

637 しののめの ほがらほがらと 明けゆけば おのがきぬぎぬ なるぞかなしき

題しらず 藤原国経

638 明けぬとて いまはの心 つくからに など言ひ知らぬ 思ひそふらむ

寛平の御時きさいの宮の歌合せのうた 藤原敏行

639 明けぬとて かへる道には こきたれて 雨も涙も 降りそほちつつ

題しらず

640 しののめの 別れを惜しみ 我ぞまづ 鳥より先に なきはじめつる

題しらず 読人知らず

641 郭公 夢かうつつか 朝露の おきて別れし 暁の声

題しらず 読人知らず

642 玉くしげ あけば君が名 立ちぬべみ 夜深くこしを 人見けむかも

題しらず 大江千里

643 今朝はしも おきけむ方も 知らざりつ 思ひいづるぞ 消えてかなしき

人にあひてあしたによみてつかはしける 在原業平

644 寝ぬる夜の 夢をはかなみ まどろめば いやはかなにも なりまさるかな

業平の朝臣のいせの国にまかりたりける時、斎宮なりける人にいとみそかにあひて、またのあしたに人やるすべなくて思ひをりける間に、女のもとよりおこせたりける 読人知らず

645 君やこし 我や行きけむ 思ほえず 夢かうつつか 寝てかさめてか

返し 在原業平

646 かきくらす 心の闇に 惑ひにき 夢うつつとは 世人さだめよ

題しらず 読人知らず

647 むばたまの 闇のうつつは さだかなる 夢にいくらも まさらざりけり

題しらず 読人知らず

648 小夜ふけて 天の門渡る 月影に あかずも君を あひ見つるかな

題しらず 読人知らず

649 君が名も 我が名も立てじ 難波なる みつとも言ふな あひきとも言はじ

題しらず 読人知らず

650 名取川 瀬ぜのむもれ木 あらはれば いかにせむとか あひ見そめけむ

題しらず 読人知らず

651 吉野川 水の心は はやくとも 滝の音には 立てじとぞ思ふ

題しらず 読人知らず

652 恋しくは したにを思へ 紫の ねずりの衣 色にいづなゆめ

題しらず 小野春風

653 花薄 穂にいでて恋ひば 名を惜しみ 下ゆふ紐の むすぼほれつつ

橘の清樹がしのびにあひ知れりける女のもとよりおこせたりける 読人知らず

654 おもふどち ひとりひとりが 恋ひ死なば 誰によそへて 藤衣着む

返し 橘清樹

655 泣き恋ふる 涙に袖の そほちなば 脱ぎかへがてら 夜こそはきめ

題しらず 小野小町

656 うつつには さもこそあらめ 夢にさへ 人目をもると 見るがわびしさ

題しらず 小野小町

657 かぎりなき 思ひのままに 夜も来む 夢ぢをさへに 人はとがめじ

題しらず 小野小町

658 夢ぢには 足も休めず かよへども うつつにひと目 見しごとはあらず

題しらず 読人知らず

659 思へども 人目つつみの 高ければ 川と見ながら えこそ渡らね

題しらず 読人知らず

660 たぎつ瀬の はやき心を 何しかも 人目つつみの せきとどむらむ

寛平の御時きさいの宮の歌合せのうた 紀友則

661 紅の 色にはいでじ 隠れ沼の 下にかよひて 恋は死ぬとも

題しらず 凡河内躬恒

662 冬の池に すむにほ鳥の つれもなく そこにかよふと 人に知らすな

題しらず 凡河内躬恒

663 笹の葉に 置く初霜の 夜を寒み しみはつくとも 色にいでめや

題しらず 読人知らず

664 山しなの 音羽の山の 音にだに 人の知るべく 我が恋めかも

このうた、ある人、近江のうね女のとなむ申す

題しらず 清原深養父

665 みつ潮の 流れひるまを あひがたみ みるめのうらに よるをこそ待て

題しらず 平貞文

666 白川の 知らずともいはじ 底清み 流れて世よに すまむと思へば

題しらず 紀友則

667 下にのみ 恋ふれば苦し 玉の緒の 絶えて乱れむ 人なとがめそ

題しらず 紀友則

668 我が恋を しのびかねては あしひきの 山橘の 色にいでぬべし

題しらず 読人知らず

669 おほかたは 我が名もみなと こぎいでなむ 世をうみべたに みるめすくなし

題しらず 平貞文

670 枕より また知る人も なき恋を 涙せきあへず もらしつるかな

題しらず 読人知らず

671 風吹けば 浪うつ岸の 松なれや ねにあらはれて 泣きぬべらなり

このうたは、ある人のいはく、柿本の人麿がなり

題しらず 読人知らず

672 池にすむ 名ををし鳥の 水を浅み かくるとすれど あらはれにけり

題しらず 読人知らず

673 あふことは 玉の緒ばかり 名の立つは 吉野の川の たぎつ瀬のごと

題しらず 読人知らず

674 むら鳥の 立ちにし我が名 いまさらに ことなしぶとも しるしあらめや

題しらず 読人知らず

675 君により 我が名は花に 春霞 野にも山にも 立ち満ちにけり

題しらず 伊勢

676 知ると言へば 枕だにせで 寝しものを 塵ならぬ名の 空に立つらむ

恋歌四

題しらず 読人知らず

677 陸奥の 安積の沼の 花かつみ かつ見る人に 恋ひや渡らむ

題しらず 読人知らず

678 あひ見ずは 恋しきことも なからまし 音にぞ人を 聞くべかりける

題しらず 紀貫之

679 いそのかみ ふるのなか道 なかなかに 見ずは恋しと 思はましやは

題しらず 藤原忠行

680 君と言へば 見まれ見ずまれ 富士の嶺の めづらしげなく もゆる我が恋

題しらず 伊勢

681 夢にだに 見ゆとは見えじ 朝な朝な 我が面影に はづる身なれば

題しらず 読人知らず

682 石間ゆく 水の白浪 立ち返り かくこそは見め あかずもあるかな

題しらず 読人知らず

683 伊勢の海人の 朝な夕なに かづくてふ みるめに人を あくよしもがな

題しらず 紀友則

684 春霞 たなびく山の 桜花 見れどもあかぬ 君にもあるかな

題しらず 清原深養父

685 心をぞ わりなきものと 思ひぬる 見るものからや 恋しかるべき

題しらず 凡河内躬恒

686 枯れはてむ のちをば知らで 夏草の 深くも人の 思ほゆるかな

題しらず 読人知らず

687 飛鳥川 淵は瀬になる 世なりとも 思ひそめてむ 人は忘れじ

寛平の御時きさいの宮の歌合せのうた 読人知らず

688 思ふてふ 言の葉のみや 秋をへて 色もかはらぬ ものにはあるらむ

題しらず 読人知らず

689 さむしろに 衣かたしき 今宵もや 我を待つらむ 宇治の橋姫

または、宇治のたま姫

題しらず 読人知らず

690 君やこむ 我やゆかむの いさよひに 真木の板戸も ささず寝にけり

題しらず 素性法師

691 今こむと 言ひしばかりに 長月の 有明の月を 待ちいでつるかな

題しらず 読人知らず

692 月夜よし 夜よしと人に つげやらば こてふににたり 待たずしもあらず

題しらず 読人知らず

693 君こずは ねやへもいらじ 濃紫 我がもとゆひに 霜は置くとも

題しらず 読人知らず

694 宮城野の もとあらの小萩 露を重み 風を待つごと 君をこそ待て

題しらず 読人知らず

695 あな恋し 今も見てしか 山がつの かきほにさける 大和撫子

題しらず 読人知らず

696 津の国の なには思はず 山しろの とはにあひ見む ことをのみこそ

題しらず 紀貫之

697 敷島や 大和にはあらぬ 唐衣 ころもへずして あふよしもがな

題しらず 清原深養父

698 恋しとは たが名づけけむ ことならむ 死ぬとぞただに 言ふべかりける

題しらず 読人知らず

699 み吉野の 大川のべの 藤波の なみに思はば 我が恋めやは

題しらず 読人知らず

700 かく恋ひむ ものとは我も 思ひにき 心のうらぞ まさしかりける

題しらず 読人知らず

701 天の原 ふみとどろかし なる神も 思ふなかをば さくるものかは

題しらず 読人知らず

702 梓弓 ひき野のつづら 末つひに 我が思ふ人に ことのしげけむ

このうたは、ある人、天の帝の近江のうね女にたまひけるとなむ申す

題しらず 読人知らず

703 夏引きの 手引きの糸を くりかへし ことしげくとも 絶えむと思ふな

このうたは、返しによみてたてまつりけるとなむ

題しらず 読人知らず

704 里人の ことは夏野の しげくとも 枯れ行く君に あはざらめやは

藤原の敏行の朝臣の、業平の朝臣の家なりける女をあひ知りてふみつかはせりけることばに、いままうでく、あめの降りけるをなむ見わづらひ侍る、といへりけるを聞きて、かの女にかはりてよめりける 在原業平

705 かずかずに 思ひ思はず とひがたみ 身を知る雨は 降りぞまされる

ある女の、業平の朝臣を所さだめずありきすと思ひて、よみてつかはしける 読人知らず

706 おほぬさの ひくてあまたに なりぬれば 思へどえこそ たのまざりけれ

返し 在原業平

707 おほぬさと 名にこそたてれ 流れても つひによる瀬は ありてふものを

題しらず 読人知らず

708 須磨の海人の 塩やく煙 風をいたみ 思はぬ方に たなびきにけり

題しらず 読人知らず

709 玉かづら はふ木あまたに なりぬれば 絶えぬ心の うれしげもなし

題しらず 読人知らず

710 たが里に 夜がれをしてか 郭公 ただここにしも 寝たる声する

題しらず 読人知らず

711 いで人は ことのみぞよき 月草の うつし心は 色ことにして

題しらず 読人知らず

712 いつはりの なき世なりせば いかばかり 人の言の葉 うれしからまし

題しらず 読人知らず

713 いつはりと 思ふものから 今さらに たがまことをか 我はたのまむ

題しらず 素性法師

714 秋風に 山の木の葉の うつろへば 人の心も いかがとぞ思ふ

寛平の御時きさいの宮の歌合せのうた 紀友則

715 蝉の声 聞けばかなしな 夏衣 薄くや人の ならむと思へば

題しらず 読人知らず

716 空蝉の 世の人ごとの しげければ 忘れぬものの かれぬべらなり

題しらず 読人知らず

717 あかでこそ 思はむなかは 離れなめ そをだにのちの 忘れ形見に

題しらず 読人知らず

718 忘れなむと 思ふ心の つくからに ありしよりけに まづぞ恋しき

題しらず 読人知らず

719 忘れなむ 我をうらむな 郭公 人の秋には あはむともせず

題しらず 読人知らず

720 絶えずゆく 飛鳥の川の よどみなば 心あるとや 人の思はむ

このうた、ある人のいはく、なかとみのあづま人がうたなり

題しらず 読人知らず

721 淀川の よどむと人は 見るらめど 流れて深き 心あるものを

題しらず 素性法師

722 そこひなき 淵やは騒ぐ 山川の 浅き瀬にこそ あだ浪はたて

題しらず 読人知らず

723 紅の 初花染めの 色深く 思ひし心 我忘れめや

題しらず 河原左大臣

724 陸奥の しのぶもぢずり 誰ゆゑに 乱れむと思ふ 我ならなくに

題しらず 読人知らず

725 思ふより いかにせよとか 秋風に なびくあさぢの 色ことになる

題しらず 読人知らず

726 ちぢの色に うつろふらめど 知らなくに 心し秋の もみぢならねば

題しらず 小野小町

727 海人の住む 里のしるべに あらなくに うらみむとのみ 人の言ふらむ

題しらず 下野雄宗

728 曇り日の 影としなれる 我なれば 目にこそ見えね 身をば離れず

題しらず 紀貫之

729 色もなき 心を人に 染めしより うつろはむとは 思ほえなくに

題しらず 読人知らず

730 めづらしき 人を見むとや しかもせぬ 我が下紐の とけ渡るらむ

題しらず 読人知らず

731 かげろふの それかあらぬか 春雨の 降る日となれば 袖ぞ濡れぬる

題しらず 読人知らず

732 堀江こぐ 棚なし小舟 こぎかへり 同じ人にや 恋ひ渡りなむ

題しらず 伊勢

733 わたつみと 荒れにし床を 今さらに はらはば袖や 泡と浮きなむ

題しらず 紀貫之

734 いにしへに なほ立ち返る 心かな 恋しきことに もの忘れせで

人をしのびにあひ知りてあひがたくありければ、その家のあたりをまかりありきけるをりに、かりのなくを聞きてよみてつかはしける 大友黒主

735 思ひいでて 恋しき時は 初雁の なきて渡ると 人知るらめや

右のおほいまうちぎみすまずなりにければ、かの昔おこせたりけるふみどもを、とりあつめて返すとてよみておくりける 藤原因香

736 たのめこし 言の葉今は かへしてむ 我が身ふるれば 置きどころなし

返し 近院右大臣

737 今はとて かへす言の葉 拾ひおきて おのがものから 形見とや見む

題しらず 藤原因香

738 玉ぼこの 道はつねにも 惑はなむ 人をとふとも 我かと思はむ

題しらず 読人知らず

739 待てと言はば 寝てもゆかなむ しひて行く 駒のあし折れ 前の棚橋

中納言源ののぼるの朝臣の近江の介に侍りける時、よみてやれりける 閑院

740 あふ坂の ゆふつけ鳥に あらばこそ 君がゆききを なくなくも見め

題しらず 伊勢

741 ふるさとに あらぬものから 我がために 人の心の 荒れて見ゆらむ

題しらず

742 山がつの かきほにはへる あをつづら 人はくれども ことづてもなし

題しらず 酒井人真

743 大空は 恋しき人の 形見かは 物思ふごとに ながめらるらむ

題しらず 読人知らず

744 あふまでの 形見も我は 何せむに 見ても心の なぐさまなくに

親のまもりける人のむすめにいとしのびにあひてものらいひける間に、親のよぶといひければ、いそぎかへるとて、もをなむぬぎおきて入りにける、そののち、もを返すとてよめる 藤原興風

745 あふまでの 形見とてこそ とどめけめ 涙に浮ぶ 藻屑なりけり

題しらず 読人知らず

746 形見こそ 今はあたなれ これなくは 忘るる時も あらましものを

恋歌五

五条のきさいの宮の西の対にすみける人に、ほいにはあらでものいひわたりけるを、むつきの十日あまりになむ、ほかへかくれにける、あり所は聞きけれどえ物もいはで、またの年の春、梅の花さかりに月のおもしろかりける夜、こぞをこひてかの西の対にいきて、月のかたぶくまであばらなる板敷にふせりてよめる 在原業平

747 月やあらぬ 春や昔の 春ならぬ 我が身ひとつは もとの身にして

題しらず 藤原仲平

748 花薄 我こそ下に 思ひしか 穂にいでて人に 結ばれにけり

題しらず 藤原兼輔

749 よそにのみ 聞かましものを 音羽川 渡るとなしに 見なれそめけむ

題しらず 凡河内躬恒

750 我がごとく 我を思はむ 人もがな さてもや憂きと 世をこころみむ

題しらず 在原元方

751 久方の 天つ空にも すまなくに 人はよそにぞ 思ふべらなる

題しらず 読人知らず

752 見てもまた またも見まくの ほしければ なるるを人は いとふべらなり

題しらず 紀友則

753 雲もなく なぎたる朝の 我なれや いとはれてのみ 世をばへぬらむ

題しらず 読人知らず

754 花がたみ 目ならぶ人の あまたあれば 忘られぬらむ 数ならぬ身は

題しらず 読人知らず

755 うきめのみ おひて流るる 浦なれば かりにのみこそ 海人は寄るらめ

題しらず 伊勢

756 あひにあひて 物思ふころの 我が袖に 宿る月さへ 濡るるかほなる

題しらず 読人知らず

757 秋ならで 置く白露は 寝ざめする 我が手枕の しづくなりけり

題しらず 読人知らず

758 須磨の海人の 塩やき衣 をさをあらみ まどほにあれや 君がきまさぬ

題しらず 読人知らず

759 山しろの 淀のわかごも かりにだに 来ぬ人たのむ 我ぞはかなき

題しらず 読人知らず

760 あひ見ねば 恋こそまされ みなせ川 何に深めて 思ひそめけむ

題しらず 読人知らず

761 暁の しぎの羽がき ももはがき 君が来ぬ夜は 我ぞ数かく

題しらず 読人知らず

762 玉かづら 今は絶ゆとや 吹く風の 音にも人の 聞こえざるらむ

題しらず 読人知らず

763 我が袖に まだき時雨の 降りぬるは 君が心に 秋や来ぬらむ

題しらず 読人知らず

764 山の井の 浅き心も 思はぬに 影ばかりのみ 人の見ゆらむ

題しらず 読人知らず

765 忘れ草 種とらましを あふことの いとかくかたき ものと知りせば

題しらず 読人知らず

766 恋ふれども あふ夜のなきは 忘れ草 夢ぢにさへや おひしげるらむ

題しらず 読人知らず

767 夢にだに あふことかたく なりゆくは 我やいを寝ぬ 人や忘るる

題しらず 兼芸法師

768 もろこしも 夢に見しかば 近かりき 思はぬなかぞ はるけかりける

題しらず 貞登

769 ひとりのみ ながめふるやの つまなれば 人をしのぶの 草ぞおひける

題しらず 僧正遍照

770 我が宿は 道もなきまで 荒れにけり つれなき人を 待つとせしまに

題しらず 僧正遍照

771 今こむと 言ひて別れし あしたより 思ひくらしの 音をのみぞ鳴く

題しらず 読人知らず

772 こめやとは 思ふものから ひぐらしの 鳴く夕暮れは 立ち待たれつつ

題しらず 読人知らず

773 今しはと わびにしものを ささがにの 衣にかかり 我をたのむる

題しらず 読人知らず

774 今はこじと 思ふものから 忘れつつ 待たるることの まだもやまぬか

題しらず 読人知らず

775 月夜には 来ぬ人待たる かきくもり 雨も降らなむ わびつつも寝む

題しらず 読人知らず

776 植ゑていにし 秋田刈るまで 見え来ねば 今朝初雁の 音にぞなきぬる

題しらず 読人知らず

777 来ぬ人を 待つ夕暮れの 秋風は いかに吹けばか わびしかるらむ

題しらず 読人知らず

778 久しくも なりにけるかな 住の江の 松は苦しき ものにぞありける

題しらず 兼覧王

779 住の江の 松ほどひさに なりぬれば あしたづの音に なかぬ日はなし

仲平の朝臣あひ知りて侍りけるを、かれがたになりにければ、父が大和のかみに侍りけるもとへまかるとてよみてつかはしける 伊勢

780 三輪の山 いかに待ち見む 年ふとも たづぬる人も あらじと思へば

題しらず 雲林院親王

781 吹きまよふ 野風を寒み 秋萩の うつりもゆくか 人の心の

題しらず 小野小町

782 今はとて 我が身時雨に ふりぬれば 言の葉さへに うつろひにけり

返し 小野貞樹

783 人を思ふ 心の木の葉に あらばこそ 風のまにまに 散りも乱れめ

業平の朝臣、紀の有常がむすめにすみけるを、うらむることありて、しばしの間、昼はきて夕さりはかへりのみしければ、よみてつかはしける 紀有常女

784 天雲の よそにも人の なりゆくか さすがに目には 見ゆるものから

返し 在原業平

785 行きかへり 空にのみして ふることは 我がゐる山の 風はやみなり

題しらず 景式王

786 唐衣 なれば身にこそ まつはれめ かけてのみやは 恋ひむと思ひし

題しらず 紀友則

787 秋風は 身をわけてしも 吹かなくに 人の心の 空になるらむ

題しらず 源宗于

788 つれもなく なりゆく人の 言の葉ぞ 秋より先の もみぢなりける

心地そこなへりけるころ、あひ知りて侍りける人のとはで、心地おこたりてのち、とぶらへりければ、よみてつかはしける 兵衛

789 死出の山 麓を見てぞ かへりにし つらき人より まづ越えじとて

あひ知れりける人の、やうやくかれがたになりける間に、焼けたるちの葉にふみをさしてつかはせりける 小野小町姉

790 時すぎて 枯れゆく小野の あさぢには 今は思ひぞ 絶えずもえける

物思ひけるころ、ものへまかりける道に野火のもえけるを見てよめる 伊勢

791 冬枯れの 野辺と我が身を 思ひせば もえても春を 待たましものを

題しらず 紀友則

792 水の泡の 消えてうき身と 言ひながら 流れてなほも たのまるるかな

題しらず 読人知らず

793 みなせ川 ありて行く水 なくはこそ つひに我が身を 絶えぬと思はめ

題しらず 凡河内躬恒

794 吉野川 よしや人こそ つらからめ はやく言ひてし ことは忘れじ

題しらず 読人知らず

795 世の中の 人の心は 花染めの うつろひやすき 色にぞありける

題しらず 読人知らず

796 心こそ うたてにくけれ 染めざらば うつろふことも 惜しからましや

題しらず 小野小町

797 色見えで うつろふものは 世の中の 人の心の 花にぞありける

題しらず 読人知らず

798 我のみや 世をうぐひすと なきわびむ 人の心の 花と散りなば

題しらず 素性法師

799 思ふとも かれなむ人を いかがせむ あかず散りぬる 花とこそ見め

題しらず 読人知らず

800 今はとて 君がかれなば 我が宿の 花をばひとり 見てやしのばむ

題しらず 源宗于

801 忘れ草 枯れもやすると つれもなき 人の心に 霜は置かなむ

寛平の御時、御屏風にうたかかせ給ひける時、よみてかきける 素性法師

802 忘れ草 何をか種と 思ひしは つれなき人の 心なりけり

題しらず 兼芸法師

803 秋の田の いねてふことも かけなくに 何を憂しとか 人のかるらむ

題しらず 紀貫之

804 初雁の 鳴きこそ渡れ 世の中の 人の心の 秋し憂ければ

題しらず 読人知らず

805 あはれとも 憂しとも物を 思ふ時 などか涙の いとなかるらむ

題しらず 読人知らず

806 身を憂しと 思ふに消えぬ ものなれば かくてもへぬる 世にこそありけれ

題しらず 藤原直子

807 海人の刈る 藻にすむ虫の 我からと ねをこそなかめ 世をばうらみじ

題しらず 因幡

808 あひ見ぬも 憂きも我が身の 唐衣 思ひ知らずも とくる紐かな

寛平の御時きさいの宮の歌合せのうた 菅野忠臣

809 つれなきを 今は恋ひじと 思へども 心弱くも 落つる涙か

題しらず 伊勢

810 人知れず 絶えなましかば わびつつも なき名ぞとだに 言はましものを

題しらず 読人知らず

811 それをだに 思ふこととて 我が宿を 見きとな言ひそ 人の聞かくに

題しらず 読人知らず

812 あふことの もはら絶えぬる 時にこそ 人の恋しき ことも知りけれ

題しらず 読人知らず

813 わびはつる 時さへものの かなしきは いづこをしのぶ 涙なるらむ

題しらず 藤原興風

814 うらみても 泣きても言はむ 方ぞなき 鏡に見ゆる 影ならずして

題しらず 読人知らず

815 夕されば 人なき床を うちはらひ なげかむためと なれる我が身か

題しらず 読人知らず

816 わたつみの 我が身こす浪 立ち返り 海人の住むてふ うらみつるかな

題しらず 読人知らず

817 あらを田を あらすきかへし かへしても 人の心を 見てこそやまめ

題しらず 読人知らず

818 ありそ海の 浜の真砂と たのめしは 忘るることの 数にぞありける

題しらず 読人知らず

819 葦辺より 雲ゐをさして 行く雁の いや遠ざかる 我が身かなしも

題しらず 読人知らず

820 時雨つつ もみづるよりも 言の葉の 心の秋に あふぞわびしき

題しらず 読人知らず

821 秋風の 吹きと吹きぬる 武蔵野は なべて草葉の 色かはりけり

題しらず 小野小町

822 秋風に あふたのみこそ かなしけれ 我が身むなしく なりぬと思へば

題しらず 平貞文

823 秋風の 吹き裏返す くずの葉の うらみてもなほ うらめしきかな

題しらず 読人知らず

824 秋と言へば よそにぞ聞きし あだ人の 我をふるせる 名にこそありけれ

題しらず 読人知らず

825 忘らるる 身を宇治橋の なか絶えて 人もかよはぬ 年ぞへにける

題しらず 坂上是則

826 あふことを 長柄の橋の ながらへて 恋ひ渡る間に 年ぞへにける

題しらず 紀友則

827 浮きながら けぬる泡とも なりななむ 流れてとだに たのまれぬ身は

題しらず 読人知らず

828 流れては 妹背の山の なかに落つる 吉野の川の よしや世の中

哀傷歌

いもうとの身まかりける時よみける 小野篁

829 泣く涙 雨と降らなむ わたり川 水まさりなば かへりくるがに

さきのおほきおほいまうちぎみを、白川のあたりに送りける夜よめる 素性法師

830 血の涙 落ちてぞたぎつ 白川は 君が世までの 名にこそありけれ

堀川のおほきおほいまうちぎみ、身まかりにける時に、深草の山にをさめてけるのちによみける 僧都勝延

831 空蝉は 殻を見つつも なぐさめつ 深草の山 煙だにたて

堀川のおほきおほいまうちぎみ、身まかりにける時に、深草の山にをさめてけるのちによみける 上野岑雄

832 深草の 野辺の桜し 心あらば 今年ばかりは 墨染めに咲け

藤原の敏行の朝臣の身まかりにける時によみてかの家につかはしける 紀友則

833 寝ても見ゆ 寝でも見えけり おほかたは 空蝉の世ぞ 夢にはありける

あひ知れりける人の身まかりにければよめる 紀貫之

834 夢とこそ 言ふべかりけれ 世の中に うつつあるものと 思ひけるかな

あひ知れりける人のみまかりにける時によめる 壬生忠岑

835 寝るが内に 見るをのみやは 夢と言はむ はかなき世をも うつつとは見ず

あねの身まかりにける時によめる 壬生忠岑

836 瀬をせけば 淵となりても 淀みけり 別れを止むる しがらみぞなき

藤原の忠房が昔あひ知りて侍りける人の身まかりにける時に、とぶらひにつかはすとてよめる 閑院

837 先立たぬ くいのやちたび かなしきは 流るる水の かへり来ぬなり

紀の友則が身まかりにける時よめる 紀貫之

838 明日知らぬ 我が身と思へど 暮れぬ間の 今日は人こそ かなしかりけれ

紀の友則が身まかりにける時よめる 壬生忠岑

839 時しもあれ 秋やは人の 別るべき あるを見るだに 恋しきものを

母が思ひにてよめる 凡河内躬恒

840 神無月 時雨に濡るる もみぢ葉は ただわび人の 袂なりけり

父が思ひにてよめる 壬生忠岑

841 藤衣 はつるる糸は わび人の 涙の玉の 緒とぞなりける

思ひに侍りける年の秋、山寺へまかりける道にてよめる 紀貫之

842 朝露の おくての山田 かりそめに うき世の中を 思ひぬるかな

思ひに侍りける人をとぶらひにまかりてよめる 壬生忠岑

843 墨染めの 君が袂は 雲なれや 絶えず涙の 雨とのみ降る

女のおやの思ひにて山寺に侍りけるを、ある人のとぶらひつかはせりければ、返り事によめる 読人知らず

844 あしひきの 山辺に今は 墨染めの 衣の袖は ひる時もなし

諒闇の年、池のほとりの花を見てよめる 小野篁

845 水の面に しづく花の色 さやかにも 君が御影の 思ほゆるかな

深草のみかどの御国忌の日よめる 文屋康秀

846 草深き 霞の谷に かげ隠し 照る日の暮れし 今日にやはあらぬ

深草のみかどの御時に、蔵人頭にて夜昼なれつかうまつりけるを、諒闇になりにければ、さらに世にもまじらずして比叡の山にのぼりて、かしらおろしてけり、そのまたの年、みな人御ぶくぬぎて、あるはかうぶりたまはりなど、よろこびけるを聞きてよめる 僧正遍照

847 みな人は 花の衣に なりぬなり 苔の袂よ 乾きだにせよ

かは原のおほいまうちぎみの身まかりての秋、かの家のほとりをまかりけるに、もみぢの色まだふかくもならざりけるを見てかの家によみていれたりける 近院右大臣

848 うちつけに さびしくもあるか もみぢ葉も 主なき宿は 色なかりけり

藤原のたかつねの朝臣の身まかりてのまたの年の夏、ほととぎすの鳴きけるを聞きてよめる 紀貫之

849 郭公 今朝鳴く声に おどろけば 君に別れし 時にぞありける

さくらをうゑてありけるに、やうやく花咲きぬべき時に、かのうゑける人身まかりにければ、その花を見てよめる 紀茂行

850 花よりも 人こそあだに なりにけれ いづれを先に 恋ひむとか見し

あるじ身まかりにける人の家の梅の花を見てよめる 紀貫之

851 色も香も 昔の濃さに 匂へども 植ゑけむ人の 影ぞ恋しき

かは原の左のおほいまうちぎみの身まかりてののち、かの家にまかりてありけるに、塩釜といふ所のさまをつくれりけるを見てよめる 紀貫之

852 君まさで 煙絶えにし 塩釜の うらさびしくも 見え渡るかな

藤原のとしもとの朝臣の右近の中将にてすみ侍りけるざうしの、身まかりてのち人もすまずなりにけるに、秋の夜ふけてものよりまうできけるついでに見入れければ、もとありし前裁もいとしげく荒れたりけるを見て、はやくそこに侍りければ昔を思ひやりてよみける 御春有輔

853 君が植ゑし ひとむら薄 虫の音の しげき野辺とも なりにけるかな

これたかのみこの、父の侍りけむ時によめりけむうたどもとこひければ、かきておくりける奥によみてかけりける 紀友則

854 ことならば 言の葉さへも 消えななむ 見れば涙の 滝まさりけり

題しらず 読人知らず

855 なき人の 宿にかよはば 郭公 かけて音にのみ なくとつげなむ

題しらず 読人知らず

856 誰見よと 花咲けるらむ 白雲の たつ野とはやく なりにしものを

式部卿のみこ閑院の五のみこにすみわたりけるを、いくばくもあらで女みこの身まかりにける時に、かのみこすみける帳のかたびらの紐にふみをゆひつけたりけるをとりて見れば、昔の手にてこのうたをなむかきつけたりける 読人知らず

857 かずかずに 我を忘れぬ ものならば 山の霞を あはれとは見よ

男の、人の国にまかれりけるまに、女にはかにやまひをして、いと弱くなりにける時、よみおきて身まかりにける 読人知らず

858 声をだに 聞かで別るる たまよりも なき床に寝む 君ぞかなしき

やまひにわづらひ侍りける秋、心地のたのもしげなくおぼえければよみて人のもとにつかはしける 大江千里

859 もみぢ葉を 風にまかせて 見るよりも はかなきものは 命なりけり

身まかりなむとてよめる 藤原惟幹

860 露をなど あだなるものと 思ひけむ 我が身も草に 置かぬばかりを

やまひして弱くなりにける時よめる 在原業平

861 つひにゆく 道とはかねて 聞きしかど 昨日今日とは 思はざりしを

かひの国にあひ知りて侍りける人とぶらはむとてまかりけるを、道なかにてにはかにやまひをして、いまいまとなりにければ、よみて、京にもてまかりて母に見せよ、といひて、人につけ侍りけるうた 在原滋春

862 かりそめの 行きかひぢとぞ 思ひこし 今はかぎりの 門出なりけり

雑歌上

題しらず 読人知らず

863 我が上に 露ぞ置くなる 天の河 と渡る舟の 櫂のしづくか

題しらず 読人知らず

864 おもふどち まとゐせる夜は 唐錦 たたまく惜しき ものにぞありける

題しらず 読人知らず

865 うれしきを 何につつまむ 唐衣 袂ゆたかに たてと言はましを

題しらず 読人知らず

866 かぎりなき 君がためにと 折る花は 時しもわかぬ ものにぞありける

ある人のいはく、このうたはさきのおほいまうちぎみのなり

題しらず 読人知らず

867 紫の ひともとゆゑに 武蔵野の 草はみながら あはれとぞ見る

めのおとうとをもて侍りける人に、うへのきぬをおくるとてよみてやりける 在原業平

868 紫の 色濃き時は めもはるに 野なる草木ぞ 別れざりける

大納言藤原の国経の朝臣の、宰相より中納言になりける時、そめぬうへのきぬのあやをおくるとてよめる 近院右大臣

869 色なしと 人や見るらむ 昔より 深き心に 染めてしものを

いそのかみのなむまつが宮づかへもせで、石上といふ所にこもり侍りけるを、にはかにかうぶりたまはりければ、よろこびいひつかはすとてよみてつかはしける 布留今道

870 日の光 藪しわかねば いそのかみ ふりにし里に 花も咲きけり

二条のきさきのまだ東宮の御息所と申しける時に、大原野にまうでたまひける日よめる 在原業平

871 大原や をしほの山も 今日こそは 神世のことも 思ひいづらめ

五節の舞姫を見てよめる 良岑宗貞

872 天つ風 雲のかよひぢ 吹きとぢよ 乙女の姿 しばしとどめむ

五節のあしたにかむざしの玉の落ちたりけるを見て、たがならむととぶらひてよめる 河原左大臣

873 主や誰 問へど白玉 言はなくに さらばなべてや あはれと思はむ

寛平の御時に、うへのさぶらひに侍りけるをのこども、かめをもたせてきさいの宮の御方に大御酒のおろしときこえにたてまつりたりけるを、蔵人ども笑ひて、かめをおまへにもていでてともかくもいはずなりにければ、つかひのかへりきて、さなむありつるといひければ、蔵人のなかにおくりける 藤原敏行

874 玉だれの こがめやいづら こよろぎの 磯の浪わけ 沖にいでにけり

女どもの見て笑ひければよめる 兼芸法師

875 かたちこそ み山隠れの 朽ち木なれ 心は花に なさばなりなむ

方たがへに人の家にまかれりける時に、あるじのきぬをきせたりけるを、あしたに返すとてよみける 紀友則

876 蝉の羽の 夜の衣は 薄けれど 移り香濃くも 匂ひぬるかな

題しらず 読人知らず

877 遅くいづる 月にもあるかな あしひきの 山のあなたも 惜しむべらなり

題しらず 読人知らず

878 我が心 なぐさめかねつ 更級や をばすて山に 照る月を見て

題しらず 在原業平

879 おほかたは 月をもめでじ これぞこの つもれば人の 老いとなるもの

月おもしろしとて凡河内の躬恒がまうできたりけるによめる 紀貫之

880 かつ見れば うとくもあるかな 月影の いたらぬ里も あらじと思へば

池に月の見えけるをよめる 紀貫之

881 ふたつなき ものと思ひしを 水底に 山の端ならで いづる月影

題しらず 読人知らず

882 天の河 雲のみをにて はやければ 光とどめず 月ぞ流るる

題しらず 読人知らず

883 あかずして 月の隠るる 山もとは あなたおもてぞ 恋しかりける

これたかのみこのかりしけるともにまかりて、やどりにかへりて夜ひと夜酒をのみ、ものがたりをしけるに、十一日の月も隠れなむとしけるをりに、みこゑひてうちへ入りなむとしければよみ侍りける 在原業平

884 あかなくに まだきも月の 隠るるか 山の端逃げて 入れずもあらなむ

田むらのみかどの御時に、斎院に侍りけるあきらけいこのみこを、母あやまちありといひて斎院をかへられむとしけるを、そのことやみにければよめる 尼敬信

885 大空を 照りゆく月し 清ければ 雲隠せども 光けなくに

題しらず 読人知らず

886 いそのかみ ふるから小野の もとかしは もとの心は 忘られなくに

題しらず 読人知らず

887 いにしへの 野中の清水 ぬるけれど もとの心を 知る人ぞくむ

題しらず 読人知らず

888 いにしへの しづのをだまき いやしきも よきもさかりは ありしものなり

題しらず 読人知らず

889 今こそあれ 我も昔は 男山 さかゆく時も ありこしものを

題しらず 読人知らず

890 世の中に ふりぬるものは 津の国の 長柄の橋と 我となりけり

題しらず 読人知らず

891 笹の葉に 降りつむ雪の うれを重み もとくだちゆく 我がさかりはも

題しらず 読人知らず

892 大荒木の もりの下草 おいぬれば 駒もすさめず かる人もなし

または、さくらあさのをふの下草

題しらず 読人知らず

893 かぞふれば とまらぬものを 年といひて 今年はいたく 老いぞしにける

題しらず 読人知らず

894 おしてるや 難波の水に 焼く塩の からくも我は 老いにけるかな

または、おほともの御津の浜辺に

題しらず 読人知らず

895 老いらくの 来むと知りせば 門さして なしと答へて あはざらましを

このみつのうたは、昔ありける三人の翁のよめるとなむ

題しらず 読人知らず

896 さかさまに 年もゆかなむ とりもあへず すぐる齢や ともにかへると

題しらず 読人知らず

897 とりとむる ものにしあらねば 年月を あはれあなうと すぐしつるかな

題しらず 読人知らず

898 とどめあへず むべも年とは いはれけり しかもつれなく すぐる齢か

題しらず 読人知らず

899 鏡山 いざ立ち寄りて 見てゆかむ 年へぬる身は 老いやしぬると

このうたは、ある人のいはく、大友の黒主がなり

業平の朝臣の母のみこ、長岡にすみ侍りける時に、業平宮づかへすとて、時々もえまかりとぶらはず侍りければ、しはすばかりに母のみこのもとより、とみの事とてふみをもてまうできたり、あけて見ればことばはなくてありけるうた 業平朝臣母

900 老いぬれば さらぬ別れも ありと言へば いよいよ見まく ほしき君かな

返し 在原業平

901 世の中に さらぬ別れの なくもがな 千代もとなげく 人の子のため

寛平の御時きさいの宮の歌合せのうた 在原棟梁

902 白雪の 八重降りしける かへる山 かへるがへるも 老いにけるかな

同じ御時のうへのさぶらひにて、をのこどもに大御酒たまひて、おほみあそびありけるついでにつかうまつれる 藤原敏行

903 老いぬとて などか我が身を せめきけむ 老いずは今日に あはましものか

題しらず 読人知らず

904 ちはやぶる 宇治の橋守 なれをしぞ あはれとは思ふ 年のへぬれば

題しらず 読人知らず

905 我見ても 久しくなりぬ 住の江の 岸の姫松 幾世へぬらむ

題しらず 読人知らず

906 住吉の 岸の姫松 人ならば 幾世かへしと 問はましものを

題しらず 読人知らず

907 梓弓 磯辺の小松 たが世にか よろづ世かねて 種をまきけむ

このうたは、ある人のいはく、柿本の人麿がなり

題しらず 読人知らず

908 かくしつつ 世をやつくさむ 高砂の 尾上に立てる 松ならなくに

題しらず 藤原興風

909 誰をかも 知る人にせむ 高砂の 松も昔の 友ならなくに

題しらず 読人知らず

910 わたつみの 沖つ潮あひに 浮かぶ泡の 消えぬものから 寄る方もなし

題しらず 読人知らず

911 わたつみの かざしにさせる 白妙の 浪もてゆへる 淡路島山

題しらず 読人知らず

912 わたの原 寄せくる浪の しばしばも 見まくのほしき 玉津島かも

題しらず 読人知らず

913 難波潟 潮満ちくらし 雨衣 たみのの島に たづ鳴き渡る

貫之がいづみの国に侍りける時に、大和より越えまうできてよみてつかはしける 藤原忠房

914 君を思ひ おきつの浜に 鳴くたづの 尋ねくればぞ ありとだに聞く

返し 紀貫之

915 沖つ浪 たかしの浜の 浜松の 名にこそ君を 待ちわたりつれ

難波にまかれりける時よめる 紀貫之

916 難波潟 おふる玉藻を かりそめの 海人とぞ我は なりぬべらなる

あひ知れりける人の住吉にまうでけるによみてつかはしける 壬生忠岑

917 住吉と 海人は告ぐとも 長居すな 人忘れ草 おふと言ふなり

難波へまかりける時、たみのの島にて雨にあひてよめる 紀貫之

918 雨により たみのの島を 今日ゆけど 名には隠れぬ ものにぞありける

法皇、西川におはしましたりける日、鶴、州に立てり、といふことを題にてよませたまひける 紀貫之

919 あしたづの 立てる川辺を 吹く風に 寄せてかへらぬ 浪かとぞ見る

中務のみこの家の池に舟をつくりて、おろしはじめて遊びける日、法皇御覧じにおはしましたりけり、夕さりつかた、かへりおはしまさむとしけるをりによみてたてまつりける 伊勢

920 水の上に 浮かべる舟の 君ならば ここぞとまりと 言はましものを

からことといふ所にてよめる 真静法師

921 みやこまで ひびきかよへる からことは 浪のをすげて 風ぞひきける

布引の滝にてよめる 在原行平

922 こき散らす 滝の白玉 拾ひおきて 世の憂き時の 涙にぞかる

布引の滝のもとにて人々あつまりてうたよみける時によめる 在原業平

923 ぬき乱る 人こそあるらし 白玉の まなくも散るか 袖のせばきに

吉野の滝を見てよめる 承均法師

924 誰がために 引きてさらせる 布なれや 世をへて見れど とる人もなき

題しらず 神退法師

925 清滝の 瀬ぜの白糸 くりためて 山わけごろも 織りて着ましを

竜門にまうでて滝のもとにてよめる 伊勢

926 たちぬはぬ 衣着し人も なきものを なに山姫の 布さらすらむ

朱雀院のみかど、布引の滝御覧ぜむとてふみづきの七日の日、おはしましてありける時に、さぶらふ人々にうたよませたまひけるによめる 橘長盛

927 主なくて さらせる布を 七夕に 我が心とや 今日はかさまし

比叡の山なる音羽の滝を見てよめる 壬生忠岑

928 落ちたぎつ 滝の水上 年つもり 老いにけらしな 黒き筋なし

同じ滝をよめる 凡河内躬恒

929 風吹けど ところも去らぬ 白雲は 世をへて落つる 水にぞありける

田村の御時に、女房のさぶらひにて御屏風のゑ御覧じけるに、滝落ちたりける所おもしろし、これを題にてうたよめ、とさぶらふ人に仰せられければよめる 三条町

930 思ひせく 心の内の 滝なれや 落つとは見れど 音の聞こえぬ

屏風のゑなる花をよめる 紀貫之

931 咲きそめし 時よりのちは うちはへて 世は春なれや 色の常なる

屏風のゑによみあはせてかきける 坂上是則

932 かりてほす 山田の稲の こきたれて なきこそわたれ 秋の憂ければ

雑歌下

題しらず 読人知らず

933 世の中は 何か常なる 飛鳥川 昨日の淵ぞ 今日は瀬になる

題しらず 読人知らず

934 幾世しも あらじ我が身を なぞもかく 海人の刈る藻に 思ひ乱るる

題しらず 読人知らず

935 雁の来る 峰の朝霧 晴れずのみ 思ひつきせぬ 世の中の憂さ

題しらず 小野篁

936 しかりとて そむかれなくに ことしあれば まづなげかれぬ あなう世の中

かひのかみに侍りける時、京へまかりのぼりける人につかはしける 小野貞樹

937 みやこ人 いかがと問はば 山高み 晴れぬ雲ゐに わぶと答へよ

文屋の康秀みかはのぞうになりて、あがた見にはえいでたたじや、といひやれりける返事によめる 小野小町

938 わびぬれば 身を浮草の 根を絶えて さそふ水あらば いなむとぞ思ふ

題しらず 小野小町

939 あはれてふ ことこそうたて 世の中を 思ひはなれぬ ほだしなりけれ

題しらず 読人知らず

940 あはれてふ 言の葉ごとに 置く露は 昔を恋ふる 涙なりけり

題しらず 読人知らず

941 世の中の うきもつらきも 告げなくに まづ知るものは 涙なりけり

題しらず 読人知らず

942 世の中は 夢かうつつか うつつとも 夢とも知らず ありてなければ

題しらず 読人知らず

943 世の中に いづら我が身の ありてなし あはれとや言はむ あなうとや言はむ

題しらず 読人知らず

944 山里は もののわびしき ことこそあれ 世の憂きよりは 住みよかりけり

題しらず 惟喬親王

945 白雲の 絶えずたなびく 峰にだに 住めば住みぬる 世にこそありけれ

題しらず 布留今道

946 知りにけむ 聞きてもいとへ 世の中は 浪の騒ぎに 風ぞしくめる

題しらず 素性法師

947 いづこにか 世をばいとはむ 心こそ 野にも山にも 惑ふべらなれ

題しらず 読人知らず

948 世の中は 昔よりやは うかりけむ 我が身ひとつの ためになれるか

題しらず 読人知らず

949 世の中を いとふ山辺の 草木とや あなうの花の 色にいでにけむ

題しらず 読人知らず

950 み吉野の 山のあなたに 宿もがな 世の憂き時の 隠れがにせむ

題しらず 読人知らず

951 世にふれば 憂さこそまされ み吉野の 岩のかけ道 踏みならしてむ

題しらず 読人知らず

952 いかならむ 巌の中に 住まばかは 世の憂きことの 聞こえこざらむ

題しらず 読人知らず

953 あしひきの 山のまにまに 隠れなむ うき世の中は あるかひもなし

題しらず 読人知らず

954 世の中の うけくにあきぬ 奥山の 木の葉に降れる 雪やけなまし

同じ文字なきうた 物部吉名

955 世のうきめ 見えぬ山ぢへ 入らむには 思ふ人こそ ほだしなりけれ

山の法師のもとへつかはしける 凡河内躬恒

956 世を捨てて 山にいる人 山にても なほ憂き時は いづち行くらむ

物思ひける時、いときなき子を見てよめる 凡河内躬恒

957 今さらに なにおひいづらむ 竹の子の うき節しげき 世とは知らずや

題しらず 読人知らず

958 世にふれば 言の葉しげき 呉竹の うき節ごとに うぐひすぞ鳴く

題しらず 読人知らず

959 木にもあらず 草にもあらぬ 竹のよの 端に我が身は なりぬべらなり

ある人のいはく、たかつのみこのうたなり

題しらず 読人知らず

960 我が身から うき世の中と 名づけつつ 人のためさへ かなしかるらむ

おきの国に流されて侍りける時によめる 小野篁

961 思ひきや ひなの別れに おとろへて 海人の縄たき いさりせむとは

田村の御時に、事にあたりてつの国の須磨といふ所にこもり侍りけるに、宮のうちに侍りける人につかはしける 在原行平

962 わくらばに 問ふ人あらば 須磨の浦に 藻塩たれつつ わぶと答へよ

左近将監とけて侍りける時に、女のとぶらひにおこせたりける返事によみてつかはしける 小野春風

963 天彦の おとづれじとぞ 今は思ふ 我か人かと 身をたどる世に

つかさとけて侍りける時よめる 平貞文

964 うき世には 門させりとも 見えなくに などか我が身の いでがてにする

つかさとけて侍りける時よめる 平貞文

965 ありはてぬ 命待つ間の ほどばかり うきことしげく 思はずもがな

みこの宮のたちはきに侍りけるを、宮づかへつかうまつらずとてとけて侍りける時によめる 宮道潔興

966 つくばねの 木のもとごとに 立ちぞ寄る 春のみ山の かげを恋つつ

時なりける人の、にはかに時なくなりて嘆くを見て、みづからの嘆きもなく喜びもなきことを思ひてよめる 清原深養父

967 光なき 谷には春も よそなれば 咲きてとく散る 物思ひもなし

かつらに侍りける時に、七条の中宮のとはせ給へりける御返事にたてまつれりける 伊勢

968 久方の 中におひたる 里なれば 光をのみぞ たのむべらなる

紀の利貞が阿波の介にまかりける時に、むまのはなむけせむとて、けふといひおくれりける時に、ここかしこにまかりありきて夜ふくるまで見えざりければつかはしける 在原業平

969 今ぞ知る 苦しきものと 人待たむ 里をばかれず 問ふべかりけり

これたかのみこのもとにまかりかよひけるを、かしらおろして小野といふ所に侍りけるに、むつきにとぶらはむとてまかりたりけるに、比叡の山のふもとなりければ雪いと深かりけり、しひてかのむろにまかりいたりてをがみけるに、つれづれとしていと物がなしくて、かへりまうできてよみて送りける 在原業平

970 忘れては 夢かとぞ思ふ 思ひきや 雪踏みわけて 君を見むとは

深草の里にすみ侍りて京へまうでくとて、そこなりける人によみておくりける 在原業平

971 年をへて 住みこし里を いでていなば いとど深草 野とやなりなむ

返し 読人知らず

972 野とならば うづらとなきて 年はへむ かりにだにやは 君がこざらむ

題しらず 読人知らず

973 我を君 難波の浦に ありしかば うきめをみつの 海人となりにき

このうたは、ある人、昔男ありける女の、男とはずなりにければ、難波なる三津の寺にまかりて、尼になりて、よみて男につかはせりける、となむいへる

返し 読人知らず

974 難波潟 うらむべきまも 思ほえず いづこをみつの 海人とかはなる

題しらず 読人知らず

975 今さらに 問ふべき人も 思ほえず 八重むぐらして 門させりてへ

友だちのひさしうまうでこざりけるもとによみてつかはしける 凡河内躬恒

976 水の面に おふる五月の 浮草の うきことあれや 根を絶えて来ぬ

人をとはでひさしうありけるをりにあひうらみければよめる 凡河内躬恒

977 身を捨てて ゆきやしにけむ 思ふより 外なるものは 心なりけり

宗岳の大頼が越よりまうできたりける時に、雪の降りけるを見て、おのが思ひはこの雪のごとくなむつもれる、といひけるをりによめる 凡河内躬恒

978 君が思ひ 雪とつもらば たのまれず 春よりのちは あらじと思へば

返し 宗岳大頼

979 君をのみ 思ひこしぢの 白山は いつかは雪の 消ゆる時ある

越なりける人につかはしける 紀貫之

980 思ひやる 越の白山 知らねども ひと夜も夢に 越えぬ夜ぞなき

題しらず 読人知らず

981 いざここに 我が世はへなむ 菅原や 伏見の里の 荒れまくも惜し

題しらず 読人知らず

982 我が庵は 三輪の山もと 恋しくは とぶらひきませ 杉たてる門

題しらず 喜撰法師

983 我が庵は みやこのたつみ しかぞすむ 世をうぢ山と 人は言ふなり

題しらず 読人知らず

984 荒れにけり あはれ幾世の 宿なれや 住みけむ人の おとづれもせぬ

奈良へまかりける時に、荒れたる家に女の琴ひきけるを聞きてよみて入れたりける 良岑宗貞

985 わび人の 住むべき宿と 見るなへに 嘆きくははる 琴の音ぞする

初瀬にまうづる道に、奈良の京にやどれりける時よめる 二条

986 人ふるす 里をいとひて こしかども 奈良のみやこも うき名なりけり

題しらず 読人知らず

987 世の中は いづれかさして 我がならむ 行きとまるをぞ 宿とさだむる

題しらず 読人知らず

988 あふ坂の 嵐の風は 寒けれど ゆくへ知らねば わびつつぞ寝る

題しらず 読人知らず

989 風の上に ありかさだめぬ 塵の身は ゆくへも知らず なりぬべらなり

家を売りてよめる 伊勢

990 飛鳥川 淵にもあらぬ 我が宿も 瀬にかはりゆく ものにぞありける

つくしに侍りける時にまかりかよひつつ、碁打ちける人のもとに、京にかへりまうできてつかはしける 紀友則

991 ふるさとは 見しごともあらず 斧の柄の 朽ちしところぞ 恋しかりける

女友だちとものがたりして別れてのちにつかはしける 陸奥

992 あかざりし 袖の中にや 入りにけむ 我がたましひの なき心地する

寛平の御時にもろこしの判官にめされて侍りける時に、東宮のさぶらひにてをのこども酒たうべけるついでによみ侍りける 藤原忠房

993 なよ竹の よ長き上に 初霜の おきゐて物を 思ふころかな

題しらず 読人知らず

994 風吹けば 沖つ白浪 たつた山 夜半にや君が ひとりこゆらむ

ある人、このうたは、昔大和の国なりける人のむすめに、ある人すみわたりけり、この女、親もなくなりて、家もわるくなりゆく間に、この男、河内の国に人をあひ知りてかよひつつ、かれやうにのみなりゆきけり、さりけれども、つらげなるけしきもみえで、河内へいくごとに、男の心のごとくにしつついだしやりければ、あやしと思ひて、もしなきまに異心もやあるとうたがひて、月のおもしろかりける夜、河内へいくまねにて、前裁のなかに隠れて見ければ、夜ふくるまで、琴をかきならしつつうちなげきて、このうたをよみて寝にければ、これを聞きて、それよりまた外へもまからずなりにけり、となむ言ひ伝へたる

題しらず 読人知らず

995 たがみそぎ ゆふつけ鳥か 唐衣 たつたの山に をりはへて鳴く

題しらず 読人知らず

996 忘られむ 時しのべとぞ 浜千鳥 ゆくへも知らぬ 跡をとどむる

貞観の御時、万葉集はいつばかりつくれるぞ、と問はせ給ひければよみてたてまつりける 文屋有季

997 神無月 時雨降りおける ならの葉の 名におふ宮の ふることぞこれ

寛平の御時、うたたてまつりけるついでにたてまつりける 大江千里

998 あしたづの ひとりおくれて 鳴く声は 雲の上まで 聞こえつがなむ

寛平の御時、うたたてまつりけるついでにたてまつりける 藤原勝臣

999 人知れず 思ふ心は 春霞 たちいでて君が 目にも見えなむ

うためしける時に、たてまつるとてよみて、奥にかきつけてたてまつりける 伊勢

1000 山川の 音にのみ聞く ももしきを 身をはやながら 見るよしもがな

雑体

題しらず 読人知らず

1001 あふことの まれなる色に 思ひそめ 我が身は常に 天雲の 晴るる時なく 富士の嶺の もえつつとはに 思へども あふことかたし 何しかも 人をうらみむ わたつみの 沖を深めて 思ひてし 思ひは今は いたづらに なりぬべらなり ゆく水の 絶ゆる時なく かくなわに 思ひ乱れて 降る雪の けなばけぬべく 思へども えぶの身なれば なほやまず 思ひは深し あしひきの 山下水の 木隠れて たぎつ心を 誰にかも あひかたらはむ 色にいでば 人知りぬべみ 墨染めの 夕べになれば ひとりゐて あはれあはれと なげきあまり せむすべなみに 庭にいでて 立ちやすらへば 白妙の 衣の袖に 置く露の けなばけぬべく 思へども なほなげかれぬ 春霞 よそにも人に あはむと思へば

古歌たてまつりし時の目録の、その長歌 紀貫之

1002 ちはやぶる 神の御代より 呉竹の 世よにも絶えず 天彦の 音羽の山の 春霞 思ひ乱れて 五月雨の 空もとどろに 小夜ふけて 山郭公 鳴くごとに 誰も寝ざめて 唐錦 竜田の山の もみぢ葉を 見てのみしのぶ 神無月 時雨しぐれて 冬の夜の 庭もはだれに 降る雪の なほ消えかへり 年ごとに 時につけつつ あはれてふ ことを言ひつつ 君をのみ 千代にと祝ふ 世の人の 思ひするがの 富士の嶺の もゆる思ひも あかずして わかるる涙 藤衣 おれる心も 八千草の 言の葉ごとに すべらぎの おほせかしこみ まきまきの 中につくすと 伊勢の海の 浦のしほ貝 拾ひ集め 取れりとすれど 玉の緒の 短き心 思ひあへず なほあらたまの 年をへて 大宮にのみ 久方の 昼夜わかず つかふとて かへりみもせぬ 我が宿の しのぶ草おふる 板間あらみ ふる春雨の もりやしぬらむ

古歌にくはへてたてまつれる長歌 壬生忠岑

1003 呉竹の 世よのふること なかりせば いかほの沼の いかにして 思ふ心を のばへまし あはれむかしべ ありきてふ 人麿こそは うれしけれ 身はしもながら 言の葉を あまつ空まで 聞こえあげ 末の世までの あととなし 今もおほせの くだれるは 塵につげとや 塵の身に つもれることを とはるらむ これを思へば けだものの 雲に吠えけむ 心地して ちぢのなさけも 思ほえず ひとつ心ぞ ほこらしき かくはあれども 照る光 近きまもりの 身なりしを 誰かは秋の くる方に あざむきいでて み垣より とのへもる身の み垣もり をさをさしくも 思ほえず ここのかさねの 中にては 嵐の風も 聞かざりき 今は野山し 近ければ 春は霞に たなびかれ 夏は空蝉 鳴きくらし 秋は時雨に 袖をかし 冬は霜にぞ せめらるる かかるわびしき 身ながらに つもれる年を しるせれば いつつのむつに なりにけり これにそはれる わたくしの 老いの数さへ やよければ 身はいやしくて 年たかき ことの苦しさ 隠しつつ 長柄の橋の ながらへて 難波の浦に たつ浪の 浪のしわにや おぼほれむ さすがに命 惜しければ 越の国なる 白山の かしらは白く なりぬとも 音羽の滝の 音に聞く 老いず死なずの 薬もが 君が八千代を 若えつつ見む

古歌にくはへてたてまつれる長歌 壬生忠岑

1004 君が代に あふ坂山の 岩清水 こ隠れたりと 思ひけるかな

冬の長歌 凡河内躬恒

1005 ちはやぶる 神無月とや 今朝よりは 雲りもあへず 初時雨 紅葉と共に ふるさとの 吉野の山の 山嵐も 寒く日ごとに なりゆけば 玉の緒とけて こき散らし あられ乱れて 霜こほり いや固まれる 庭の面に むらむら見ゆる 冬草の 上に降りしく 白雪の つもりつもりて あらたまの 年をあまたも すぐしつるかな

七条のきさきうせたまひにけるのちによみける 伊勢

1006 沖つ浪 荒れのみまさる 宮の内は 年へて住みし 伊勢の海人も 舟流したる 心地して よらむ方なく かなしきに 涙の色の 紅は 我らが中の 時雨にて 秋のもみぢと 人びとは おのが散りぢり 別れなば たのむかげなく なりはてて とまるものとは 花薄 君なき庭に 群れ立ちて 空をまねかば 初雁の なきわたりつつ よそにこそ見め

題しらず 読人知らず

1007 うちわたす をち方人に もの申す我 そのそこに 白く咲けるは 何の花ぞも

返し 読人知らず

1008 春されば 野辺にまづ咲く 見れどあかぬ花 まひなしに ただ名のるべき 花の名なれや

題しらず 読人知らず

1009 初瀬川 ふる川野辺に ふたもとある杉 年をへて またもあひ見む ふたもとある杉

題しらず 紀貫之

1010 君がさす 三笠の山の もみぢ葉の色 神無月 時雨の雨の 染めるなりけり

題しらず 読人知らず

1011 梅の花 見にこそきつれ うぐひすの ひとくひとくと いとひしもをる

題しらず 素性法師

1012 山吹の 花色衣 主や誰 問へど答へず くちなしにして

題しらず 藤原敏行

1013 いくばくの 田をつくればか 郭公 しでの田をさを 朝な朝な呼ぶ

七月六日たなばたの心をよみける 藤原兼輔

1014 いつしかと またく心を 脛にあげて 天の河原を 今日や渡らむ

題しらず 凡河内躬恒

1015 むつごとも まだつきなくに 明けぬめり いづらは秋の 長してふ夜は

題しらず 僧正遍照

1016 秋の野に なまめきたてる 女郎花 あなかしかまし 花もひと時

題しらず 読人知らず

1017 秋くれば 野辺にたはるる 女郎花 いづれの人か つまで見るべき

題しらず 読人知らず

1018 秋霧の 晴れて曇れば 女郎花 花の姿ぞ 見え隠れする

題しらず 読人知らず

1019 花と見て 折らむとすれば 女郎花 うたたあるさまの 名にこそありけれ

寛平の御時きさいの宮の歌合せのうた 在原棟梁

1020 秋風に ほころびぬらし 藤ばかま つづりさせてふ きりぎりす鳴く

あす春立たむとしける日、となりの家のかたより風の雪をふきこしけるを見て、そのとなりへよみてつかはしける 清原深養父

1021 冬ながら 春のとなりの 近ければ 中垣よりぞ 花は散りける

題しらず 読人知らず

1022 いそのかみ ふりにし恋の かみさびて たたるに我は いぞ寝かねつる

題しらず 読人知らず

1023 枕より あとより恋の せめくれば せむ方なみぞ 床なかにをる

題しらず 読人知らず

1024 恋しきが 方も方こそ ありと聞け たてれをれども なき心地かな

題しらず 読人知らず

1025 ありぬやと こころみがてら あひ見ねば たはぶれにくき までぞ恋しき

題しらず 読人知らず

1026 耳なしの 山のくちなし えてしがな 思ひの色の 下染めにせむ

題しらず 読人知らず

1027 あしひきの 山田のそほづ おのれさへ 我をほしてふ うれはしきこと

題しらず 紀乳母

1028 富士の嶺の ならぬ思ひに もえばもえ 神だにけたぬ むなし煙を

題しらず 紀有朋

1029 あひ見まく 星は数なく ありながら 人に月なみ 惑ひこそすれ

題しらず 小野小町

1030 人にあはむ 月のなきには 思ひおきて 胸はしり火に 心やけをり

寛平の御時きさいの宮の歌合せのうた 藤原興風

1031 春霞 たなびく野辺の 若菜にも なりみてしかな 人もつむやと

題しらず 読人知らず

1032 思へども なほうとまれぬ 春霞 かからぬ山も あらじと思へば

題しらず 平貞文

1033 春の野の しげき草葉の 妻恋ひに 飛び立つきじの ほろろとぞ鳴く

題しらず 紀淑人

1034 秋の野に 妻なき鹿の 年をへて なぞ我が恋の かひよとぞ鳴く

題しらず 凡河内躬恒

1035 蝉の羽の 一重に薄き 夏衣 なればよりなむ ものにやはあらぬ

題しらず 壬生忠岑

1036 隠れ沼の 下よりおふる ねぬなはの ねぬなは立てじ くるないとひそ

題しらず 読人知らず

1037 ことならば 思はずとやは 言ひはてぬ なぞ世の中の 玉だすきなる

題しらず 読人知らず

1038 思ふてふ 人の心の くまごとに 立ち隠れつつ 見るよしもがな

題しらず 読人知らず

1039 思へども 思はずとのみ 言ふなれば いなや思はじ 思ふかひなし

題しらず 読人知らず

1040 我をのみ 思ふと言はば あるべきを いでや心は おほぬさにして

題しらず 読人知らず

1041 我を思ふ 人を思はぬ むくいにや 我が思ふ人の 我を思はぬ

題しらず 清原深養父

1042 思ひけむ 人をぞ共に 思はまし まさしやむくい なかりけりやは

題しらず 読人知らず

1043 いでてゆかむ 人をとどめむ よしなきに となりの方に 鼻もひぬかな

題しらず 読人知らず

1044 紅に 染めし心も たのまれず 人をあくには うつるてふなり

題しらず 読人知らず

1045 いとはるる 我が身は春の 駒なれや 野がひがてらに 放ち捨てつつ

題しらず 読人知らず

1046 うぐひすの 去年の宿りの ふるすとや 我には人の つれなかるらむ

題しらず 読人知らず

1047 さかしらに 夏は人まね 笹の葉の さやぐ霜夜を 我がひとり寝る

題しらず 平中興

1048 あふことの 今ははつかに なりぬれば 夜深からでは 月なかりけり

題しらず 左大臣

1049 もろこしの 吉野の山に こもるとも おくれむと思ふ 我ならなくに

題しらず 平中興

1050 雲はれぬ 浅間の山の あさましや 人の心を 見てこそやまめ

題しらず 伊勢

1051 難波なる 長柄の橋も つくるなり 今は我が身を 何にたとへむ

題しらず 読人知らず

1052 まめなれど 何ぞはよけく 刈るかやの 乱れてあれど あしけくもなし

題しらず 藤原興風

1053 何かその 名の立つことの 惜しからむ 知りて惑ふは 我ひとりかは

いとこなりける男によそへて人のいひければ 久曽

1054 よそながら 我が身に糸の よると言へば ただいつはりに すぐばかりなり

題しらず 讃岐

1055 ねぎことを さのみ聞きけむ やしろこそ はてはなげきの もりとなるらめ

題しらず 大輔

1056 なげきこる 山とし高く なりぬれば つらづゑのみぞ まづつかれける

題しらず 読人知らず

1057 なげきをば こりのみつみて あしひきの 山のかひなく なりぬべらなり

題しらず 読人知らず

1058 人恋ふる ことを重荷と になひもて あふごなきこそ わびしかりけれ

題しらず 読人知らず

1059 宵の間に いでて入りぬる 三日月の われて物思ふ ころにもあるかな

題しらず 読人知らず

1060 そゑにとて とすればかかり かくすれば あな言ひ知らず あふさきるさに

題しらず 読人知らず

1061 世の中の うきたびごとに 身を投げば 深き谷こそ 浅くなりなめ

題しらず 在原元方

1062 世の中は いかにくるしと 思ふらむ ここらの人に うらみらるれば

題しらず 読人知らず

1063 何をして 身のいたづらに 老いぬらむ 年の思はむ ことぞやさしき

題しらず 藤原興風

1064 身は捨てつ 心をだにも はふらさじ つひにはいかが なると知るべく

題しらず 大江千里

1065 白雪の ともに我が身は 降りぬれど 心は消えぬ ものにぞありける

題しらず 読人知らず

1066 梅の花 咲きてののちの 身なればや すきものとのみ 人の言ふらむ

法皇、西川におはしましたりける日、猿山のかひに叫ぶといふことを題にてよませたまうける 凡河内躬恒

1067 わびしらに ましらな鳴きそ あしひきの 山のかひある 今日にやはあらぬ

題しらず 読人知らず

1068 世をいとひ 木のもとごとに 立ち寄りて うつぶし染めの 麻の衣なり

大歌所御歌・神遊びのうた・東歌

おほなほびのうた 読人知らず

1069 新しき 年のはじめに かくしこそ 千歳をかねて 楽しきをつめ

日本紀には、つかへまつらめよろづよまでに

ふるき大和舞のうた 読人知らず

1070 しもとゆふ かづらき山に 降る雪の 間なく時なく 思ほゆるかな

近江ぶり 読人知らず

1071 近江より 朝立ちくれば うねの野に たづぞ鳴くなる 明けぬこの夜は

みづくきぶり 読人知らず

1072 水くきの 岡のやかたに 妹とあれと 寝ての朝けの 霜の降りはも

しはつ山ぶり 読人知らず

1073 しはつ山 うちいでて見れば 笠ゆひの 島こぎ隠る 棚なし小舟

とりもののうた 読人知らず

1074 神がきの みむろの山の さかき葉は 神のみまへに しげりあひにけり

とりもののうた 読人知らず

1075 霜やたび 置けど枯れせぬ さかき葉の たち栄ゆべき 神のきねかも

とりもののうた 読人知らず

1076 まきもくの あなしの山の 山びとと 人も見るがに 山かづらせよ

とりもののうた 読人知らず

1077 み山には あられ降るらし と山なる まさきのかづら 色づきにけり

とりもののうた 読人知らず

1078 陸奥の 安達の真弓 我が引かば 末さへよりこ しのびしのびに

とりもののうた 読人知らず

1079 我が門の いたゐの清水 里遠み 人しくまねば み草おひにけり

ひるめのうた 読人知らず

1080 ささのくま ひのくま川に 駒とめて しばし水かへ かげをだに見む

かへしもののうた 読人知らず

1081 青柳を 片糸によりて うぐひすの ぬふてふ笠は 梅の花笠

かへしもののうた 読人知らず

1082 まがねふく 吉備の中山 帯にせる 細谷川の 音のさやけさ

このうたは、承和の御べの吉備の国のうた

かへしもののうた 読人知らず

1083 みまさかや 久米のさら山 さらさらに 我が名は立てじ 万代までに

これは水の尾の御べの美作の国のうた

かへしもののうた 読人知らず

1084 美濃の国 せきの藤川 絶えずして 君につかへむ 万代までに

これは元慶の御べの美濃のうた

かへしもののうた 読人知らず

1085 君が代は かぎりもあらじ 長浜の 真砂の数は 読みつくすとも

これは仁和の御べの伊勢の国のうた

かへしもののうた 大友黒主

1086 近江のや 鏡の山を 立てたれば かねてぞ見ゆる 君が千歳は

これは今上の御べの近江のうた

みちのくのうた 読人知らず

1087 阿武隈に 霧立ちくもり 明けぬとも 君をばやらじ 待てばすべなし

みちのくのうた 読人知らず

1088 陸奥は いづくはあれど 塩釜の 浦こぐ舟の 綱手かなしも

みちのくのうた 読人知らず

1089 我が背子を みやこにやりて 塩釜の まがきの島の 松ぞ恋しき

みちのくのうた 読人知らず

1090 をぐろさき みつの小島の 人ならば みやこのつとに いざと言はましを

みちのくのうた 読人知らず

1091 みさぶらひ みかさと申せ 宮城野の この下露は 雨にまされり

みちのくのうた 読人知らず

1092 最上川 のぼればくだる 稲舟の いなにはあらず この月ばかり

みちのくのうた 読人知らず

1093 君をおきて あだし心を 我がもたば 末の松山 浪も越えなむ

さがみうた 読人知らず

1094 こよろぎの 磯たちならし 磯菜つむ めざしぬらすな 沖にをれ浪

ひたちうた 読人知らず

1095 つくばねの このもかのもに かげはあれど 君が御影に ますかげはなし

ひたちうた 読人知らず

1096 つくばねの 峰のもみぢ葉 落ちつもり 知るも知らぬも なべてかなしも

かひうた 読人知らず

1097 甲斐がねを さやにも見しか けけれなく 横ほりふせる 小夜の中山

かひうた 読人知らず

1098 甲斐がねを ねこし山こし 吹く風を 人にもがもや ことづてやらむ

伊勢うた 読人知らず

1099 をふのうらに 片枝さしおほひ なる梨の なりもならずも 寝てかたらはむ

冬の賀茂のまつりのうた 藤原敏行

1100 ちはやぶる 賀茂のやしろの 姫小松 よろづ世ふとも 色はかはらじ