内藤湖南『日本文化史研究』「序」「増補版の序」


 此一冊子は近年、史学地理学同攻会、其他の求めに応じて、各処で試みた国史に関する講演筆記が、雑誌新聞紙に載つたのを蒐集し、聊か訂正を加へて印行したのである。目録を並べて見ると粗ぼ各時代に渉って居り、其他にも之に欠けて居る時代で、少しく鄙見を持って居ることもあるので、それらを補はんとしたが、西航前時日がないので、已成の分だけで止めることにした。時代順にすると何やら歯の抜けたやうな形になつて無細工であるけれども已むを得ない。再版の折もあらば補ふことゝしたい。余は国史には素人であるから、定めしいろくな誤謬も欠点もあることであらう。読者は素人の史観として始めから看られたならば、そこに一種の興味があるかもしれぬ。
大正十三年七月四日即ち西航前二日
内藤虎次郎


増補版の序

 日本文化史研究を世に問てから、已に七年になる。其後雑誌、新聞その他に掲載し、又は講演によつて発表した日本文化関係のものを取り集めて増補することにしたのが、這回の新板である。増補の分を各々時代によつて適当な順序に挿入するのが当然であるが、印刷上の便宜からして已むを得ず増補の各篇を一纒めにしたのは、読者の諒恕を乞はねばならぬ。それ故読者はどうぞ「飛鳥朝の支那文化輸入に就きて」「古写本日本書紀に就きて」「唐代の文化と天平の文化」三篇を旧版の「聖徳太子」の次に挿み、「香の木所に就て」を「日本文化の独立」の次に挿み、「日本国民の文化的素質」「日本文化の独立と普通教育」二篇を「応仁の乱に就て」の次に挿み、「日本風景観」を「維新史の資料に就て」の次に置て読んで戴きたい。これでも日本文化の各時代を評論するにはまだ欠けて居る点が多く、現に引き続き記述しつゝあるものもあるけれども、それは又次の改板の時を期するつもりである。いづれにしても、余の日本文化観は素人の史論であることは、旧板と同じであることを承知して戴きたい。
昭和五年十月廿五日
著者記す



最終更新日 2005年11月08日 18時41分15秒