三遊亭円朝 怪談乳房榎 二十六

二十六

「これさ泣いたってだめだよ、ソレ落雁の()だ、黙らっせえ、ええ子だ、ええ坊ちゃ、まだあよ、ソラ行燈(あんどう)灯々(ふうふう)がついているよ、泣かずに寝んねなせえ、ゆうべまでおっかさまの乳いしゃぶって寝たものか、にわかにこの正介爺と寝るのだからもっともだあよ、これもお前様は頑是ねえけれども因果だと諦めていなせえ、おとなになさると明日ア沢山乳い呑ませます。」
 と欺しつすかしついたしますが、いたわしや真与太郎はただヒイヒイと泣くばかりで、少しも眠りません。正介を泊めました扇屋では夜っぴて赤児(あかご)が泣きますから、耳について寝られません。女房は堪らなくなったから起きまして、正介の寝ております座敷へやって来ました。
「御免下さいまし。」
「なんだえ、用でもあるかね。」
「いえべつだん用事ではござりませんが、たいそうお子さまがおむずかりなさいますが、どうかなすったのでございますか、お虫のせいで。」
「いや虫でもねえのさ、宵に泊った時に、乳の出る女アねえかえと聞いたはここのことだ。坊様がお前乳ねえもんだから、それでむずかるのだ、おれいくら欺しても泣きが留まらねえでじつに困ってしまったが。」
「それはまアお困りでいらっしゃいましょう、あいにく私が乳が出ませんでいけません。」
「じつに困っただよ、泣子(なきご)地頭(じとう)にゃ勝たれねえとって、当惑しただが、お内儀(かみ)さんどうかして、たった一杯乳い呑ませろ工夫がつくまいか。」
「もう私もどうかと存じて、いろいろ考えておりますのでございますが、何を申すのも夜中でございますから困ります、さア少し私が、どれどれおゝ坊ちゃん、よいお子で。」
 などと女房も騒々しいと思いますから、抱いてやります、ところへ廊下を通りましたのは四十前後の商人(あきんど)風のお内儀(かみ)さんで、この家へ泊り合ぜました客で、そこは子持ちというものは人情の深いものでござりまして今真与太郎がヒイヒイと泣いておりますのを見て、正介の座敷へ入って参りました。
「おやまアどうなさいましたの、私はただいま下へ手水(ちようず)に参ったら、たいそうお小さいのがお泣きなさるから、こちらのお子さんかと下でお尋ね申したら、まアお客さまのだって、おやおやお可哀そうに、さアちょっとおよこしなさい、ちょうど張っておりますから一杯飲まして上げましょう。」
 と宿屋の女房の抱いておりました真与太郎を受け取りまして、自分の乳を飲ませてくれますから、正介大喜びで、
「まア御親切さまに、ありがてえってこんな嬉しいことはねえ、もう泣き出してはとまらねえから手こずったところだ、これはありがてえ。」
「いえさぞあなたお困りでしょう、え、このお子はあなたのではない、え、御主人の、そうでございますか。」