三遊亭円朝 怪談乳房榎 二十一

二十一

「なんでもああいう餓鬼が成人いたすと、きっとおれを親の敵だなどと狙うに違いない、どうも(にら)()が一通りでない、おれは気になってならぬから、真与太郎を人知れず手前殺してはくれまいか。」
「えゝまたかい……いえ浪江様、そりゃアお前さまいけましねえ、よく物をつもって御覧じませ、まだ二つやそこらのお子で、乳い飲む小せえ坊ちゃまが、お前さまの顔を睨むの、怖え顔をして見るのということがあるものですか、親の敵い討つべいなどという念があるもんじゃアねえ、そりゃアお前様が気いとがめるのだ、止さハ、せい、可哀そうに。」
「そりゃアな、ああいうことをしたから、こっちの気でそう思うのかも知れんが、栴櫨(せんだん)嫩葉(ふたば)より(かんば)しとやらで、あの餓鬼はなかなか利発で二歳や三歳の常の子供とは違うよ、嫩葉(ふたば)のうちに刈らずんば斧を入るるの悔あり、あれを今のうち亡きものにせんければ、おれが枕を高く寝られんよ。」
「なに千段巻きの槍でやれって。」
「いや、只今申したのは、ありゃア引き事を申したのじゃが、どうかうまく餓鬼をやってくれ、頼むよ。」
「いや、いけましねえ、堪忍して下せえまし、あの可愛らしい坊ちゃまが、お前様どうしてそんなことができますものか。」
「それではどういたしても厭だと申すか。」
 と血相を変えますから、
「あれ浪江様、またお(おこ)んなさるかえ。」
「怒りはいたさぬが、それではなんじゃな、真与太郎が成人いたしたら、其の方は親の敵はこの浪江じゃと申しておれを敵と狙わせ、助太刀をいたして討たせでもする心か。」
「あれ駄目だよ、なんでおれそんなことをしますべえ。」
「いやおのれは正直者だから、去年落合の一件によぎなく荷担はいたしたが、心は元の主人へ忠義を尽すつもりで、この浪江を敵と狙うに相違ない、よしまたそれでなくっても、一度ならず再度まで、かかる大事を明かさせておいて.得心いたさねば、必ず後日他へ口外いたすに違いない、さすればわが身は安穏にはおられぬふびんじゃが。」
 と傍えにあります差し料の刀を引き寄せまして、鯉口を寛げますから、
「あゝこれさ、待ってくらっしゃい、あゝ気の早えお方で、おめえ様は怖え。」
「いったん悪事に荷担いたした其の方ゆえ、何も殺したくはないが、申すことを聞かねば是非がない……」
「あれさ、まア待ちなさい、気い短けえ人だ。」
「しからば真与太郎を殺してくれるか。」
「えゝ情けねえ、おれ頼まれべえ、やりますよ。」
「それではやってくれる気か。」
「おれやるよ。」
 と泣き声を出します。浪江は得たりと思いますから、刀を元のところへ置き言葉をやわらげまして、
「それでは聞き入れてくれるか。」
「いやだといやア命い取るというから、仕方がねえやりますべえ、だが坊ちゃまをどうして殺すだア。」
「それはこうじゃ……手前も知っておる通り、おきせがせんだってからわが(たね)を宿して懐妊いたしたゆえ、乳が出なくなったので、餓鬼めがピイピイ昼夜とも泣いていけぬ、どうか乳母(うば)を置いてくれというから、それはいけない、気心の知れぬ者を置いては真与太郎が可哀そうだ、いっそ確なところへ里にやるのがよい、とおれが傍で申すから、手前それはちょうどよい、御新造、坊ちゃまをお里におやりなさるなら、いいところがあります、田舎へおやんなさい、田舎は江戸と違ってのんきだから、達者にお育ちなさる、そりめ,ア半年もたちゃア、クリクリふとって大丈夫(でえじようぶ)におなんなさる、と傍で勧めるのじゃ。」
「はアそれから。」
「手前をふだんから正直者と思っておるから、本当のことに思う、ところでその先は私の妹の縁付いておる先の親類とかなんとか申して、じき近在で鳩ケ谷というところで大尽でございます、田地の二百石もあって馬の十疋もある、なかなか金持で、そこの嫁さんがこの間初産をしたところが、男の子であったが虫が出て死んだ、乳はたくさんあるし奉公人の二、三十人も使っておりますから、坊ちゃまはお幸せだと、手前が本当のように申すと、おきせけ喜んで承知いたすに違いない。」
「はアそれからどうします。」
「もっともおきせは真与太郎を手放す心は心底なかろうが、そこはおれへ義理があるから、よんどころなくそれでは正介頼むよときっと申す。そういたすとおれが、善は急げだすぐに連れて参る方が真与太郎のためだと申すから、あれが着替えの衣類から襁褓(おしめ)までつけて手前に渡す。よろしゅうございます、鳩ケ谷と申すのは三里半ぼかりしかごぜえませんから、これから行きます、とすぐに宅を出て、観音様の奥山へでも参って、日の暮れかかるを待ち合わして、それから四谷角筈村(つのはずむら)の十二(そう)へ行くのじゃ。」
「はアそれから。」
「この大滝はなかなか物凄いほどな高いとこから落ちるが、谷の下は深い滝壷で、ここへ真与太郎をほうり込んで殺してしまうのじゃ。」