怪談牡丹燈籠 第二十一回ノ下

怪談牡丹燈籠第十三編
第二十一回ノ下
 さて相川孝助は宇都宮池上町の角屋へ泊り、その晩九ツの鐘の鳴るのを待ちかけましたところ、もう今にも九ツだろうと思うから、刀の下緒(さげお)を取りまして(たすき)といたし、裏と表の目釘を湿し、養父相川新五兵衛から譲り受けた藤四郎吉光の刀をさし、主人飯島平左衛門より形見に譲られた天正助定を差添えといたしまして、橋を渡りて板塀の横へ忍んではいりますと、三尺の開き戸があいていましすから、ハハアこれが母があけておいてくれたのだなと忍んで行きま
すと、母の云う通り四畳半の小座敷がありますから、雨戸のわきへ立ち寄り、耳を寄せてうちの様子を窺いますと、家内はいったいに寝静まったとみえ、奉公人の鼾の声のみしんといたしまして、池上町と杉原町の境に橋がありまして、その下を流れます水の音のみいたしております。
 孝助はもう家内が寝たかと耳を寄せて聞きますと、うちでは小声で念仏を唱えている声がいたしますから、ハテ誰か念仏を唱えているものがあるそうだなと思いながら、雨戸へ手を掛けて細目にあけうと、母のおりえが念珠(ねんじゆ)を爪繰りまして念仏を唱えているから、孝助は不審に思い小声になり、
「おっかさま。これはおっかさまのお寝間でございますか。ひょっと場所を取り違えましたか。」
「ハイ、源次郎お国はわた」が手引きをいたしましてとくに逃がしましたよ。」
 と云われて、孝助はびっくりし、
「エヽお逃がしあそばしましたと。」
「ハイ十九年ぶりでお前に逢い、懐かしさのあまり、源次郎お国はわたしの家へかくまってあるから手引きをして、わたしが討たせると云ったのは女のあさはか、お前と道々来ながらも、お前に手引きをして二人を討たしては、わたしが再縁した樋の口屋五兵衛殿にすまないと考えながら来ました。今ここの家の主人五郎三郎は十三の時、お国が八つの時から世話になりましたから、実の子も同じこと、お前は離縁をして黒川の家へおいて来た縁のない孝助だから、二人を手引きをして逃がしました。それはまったくわたしがしたに違いないから、お前は(かたき)の縁に繋がるわたしを殺し、お国源次郎の後を追っかけて勝手に仇をお討ちなさい。」
 と云われ、孝助は呆れて、
「エヽおっかさま、それは何ゆえ縁が切れたとおっしゃいます。なるほど親は乱酒でございますから、あなたも愛想が尽きて、私の四つの時においてお出になったくらいですから、よくよくのことで、お怨み申しませんが、私は縁は切れても血筋は切れない実のおっかさま、私は物心がつきましておっかさまはお達者か、御無事でおいでかと案じてばかりおりましたところ、こんどはからずお目にかかりましたのは、日頃神信心をしたおかげだ。ことにあなたがお手引きをなすって、お国源次郎を討たせて下さるとおっしゃったから、この上もないありがたいことと喜んでおりました。それを今晩になってお前には縁がない、越後屋に縁がある。赤の他人に手引きをする縁がないとおっしゃるはお情けない。さようなお心なら、江戸表にいるうちになぜこれこれと明かしては下さいません。私も(かたき)の行方を知らなければ知らないなりに、また外々を捜し、たとえ草を分けてもお国源次郎を討たずにはおきません。それをお逃がしあそばしては、たとえ今から後を追っかけて行きましても、二人は姿を変えて逃げますから、私には討てませんから、主人の家を立てることはできません。縁は切れても血筋は切れません。縁が切れても血筋が切れてもよろしゅうございますが、あまりのことでございます。」
 と怨みつ泣きつくどきたて、思わず母の膝の上に手をついて揺ぶりました。母はなかなか落着き者ですから、
「なるほどお前は屋敷奉公をしただけに理屈をいう。縁が切れても血筋は切れない。それをわたしが手引きをして(かたき)を討たなければお前は主人飯島様の家を立てることができないから、その云い訳はこうしてする。」
 と膝の下にある懐剣を技くより早く、咽喉(のんど)ヘガバリッと突き立てましたから、孝助はびっくりし、慌てて縋りつき、
「おっかさまなにゆえ御自害なさいました。おっかさまアおっかさまアおっかさまア。」
 と力に任せて叫びます。気丈な母ですから懐剣を抜いて溢れ落る血を拭って、ホッホッとつく息も絶え絶えになり、面色土気色に変じ、息を絶つばかり。
「孝助孝助、縁は切れても、ホッホッ血筋は切れんという道理に迫り、もとよりわたしは二人を逃がせば死ぬ覚悟、ホッホッ江戸で白翁堂にみて貰った時、お前は死相が出たから死ぬと云われたが、実に人相の名人という先生の云われたことが今思い当りました。ホッホッ再縁した家の娘がお前の主人を殺すというは実になんたる悪縁か。サアわたしは死んでゆく身、今息を留めればこの世にない身体、ホッホッ幽霊が云うと思えば五郎三郎に義理はありますまい。お国源次郎の逃げて行った道だけを教えてやるからよく聞けよ。」
 と云いながら、孝助の手を取って膝に引き寄せる。孝助は思わずも大声を出して、
「情けない。」
 と云う声が聞こえたから、五郎三郎は何事かと来て障子をあけてみればこの始末。五郎三郎はもとより正直者だから母のわきに縋りつき、
「おっかさまおっかさま、それだからわたしが申さないことではありません。孝助様、後で御挨拶をいたします。私はお国の兄で、十三の時から御恩になり、暖簾(のれん)を分けて戴いたもおっかさまのおかげ、悪人のお国に義埋を立て、なぜ御自害なさいました。」
 と云う声が耳に通じたか、母は五郎三郎の顔をじっと見つめ、苦しい息をつきながら、
「五郎三郎、お前は小さい時から正当(しようとう)な人で、お前には似合わないあのお国なれども、義理に対しお位牌に対しわたしが逃がしました。また孝助に義理の立たんというは、血筋のものが恩義を受けた主人の家が立たないという義理を思い、自害をいたしたのは、どうかお国源次郎の逃げ道を教えてやりたいが、ハッハッ必ずお前怨んでおくれでないよ。」
「イイェ、怨むどころではありません。あなたお切ないから私が申しましょう。孝助様お聞きなさい。宇都宮の宿(しゆく)はずれに慈光寺という寺がありますから、その寺を抜けて右へ行くと八幡山、それから十郎ケ峯から鹿沼(かぬま)へ出ますから、あなたお早くおいでなさい。ナアニ女の足ですから沢山は行きますまいから、早くお国と源次郎の首を二つ取って、おっかさまのお目の見えるうちに御覧にお入れなさい。早く早く。」
 と云うから、孝助は泣きながら、
「ハイハイおっかさま、五郎三郎さんがお国と源次郎の逃げた道を教えてくれましたから、遠く逃げんうちに後追っかけ、二人の首を討ってお目にかけます。」
 と云う声ようやく耳に通じ、
「ホッホッ勇ましいその言葉。どうか早く(かたき)を討って御主人様のお家を再興(たて)て、立派な人になってくれ。ホッホッ、五郎三郎殿、この孝助はほかに兄弟もない身の上、また五郎三郎殿も一粒種だから、これで(かたぎ)は仇として、これからはどうか実の兄弟と思い、互いに力になり合ってわたしの菩提を頼みますヨウ頼みますヨウ。」
 と云いながら、孝助と五郎三郎の手を取って引き寄せますから、二人は泣く泣く介抱するうちにしだいしだいに声も細り、苦しき声で、
「ホッホッ早く行かんか早く行かんか。」
 と云って血のある懐剣を引き抜いて、サァ源次郎お国はこの懐剣で止めを刺せ。と云いたいがもう云えない。孝助は懐剣を受け取り、血を拭い、仇を討って立ち帰り、おっかさまに御覧に入れたいが、この分ではこれがお顔の見納めだろうと、心の中で念仏を唱え、
「五郎三郎さん、どうかなにぶん願います。」
 と出かけてはみたが、今母上が最後のぎわだから行ききれないで、また帰って来ますと、気丈な母ですから血だらけで這い出しながら、虫の息で、
「早く行かんか早く行かんか。」
 と云うから、孝助は、
「ヘイ行きます。」
 と後に心は残りますが、仇を逃がしては一大事と思い、後を追って行きました。先刻からこれを立ち聞きしていた亀蔵は、ソリャこそと思い、孝助より先きへ駆けぬけて、トットッと駆けて行きまして、
「源さま、わっちが今立ち聞きをしていたら、孝助のおふくろが咽喉(のど)を突いて、お前さん方の逃げ道を孝助に教えたから、ここへ追いかけて来るに違えねえから、お前さんはこの石橋の下へ抜き身のなり隠れていて、孝助が石橋を一つ渡ったところで、わたしどもが孝助に鉄砲を向けますから、そうすると後へ下がるところを後からだしぬけに斬っておしまいなさい。」
「ウンよろしい。ぬかっちゃアいけないよ。」
 と源次郎は石橋の下へ忍び、抜き身を持って待ち構え、外の者は十郎ケ峯の向うの雑木(ぞうき)山へ登って、鉄砲を持って待っているところへ、かくとは知らず孝助は、息をもつかず追っかけて来て、石橋まで来て渡りかけると、
「待て孝助。」
 と云うから、孝助が見ると鉄砲を持っているようだから、
「火繩を持って何者だ。」
 と向うを見ますと喧嘩の亀蔵が、
「ヤイ孝助、おれを忘れたか。牛込にいた亀蔵だ。よくおれをひどい目にあわせたな。てめえが源様の後を追っかけて来たら殺そうと思って待っているのだ。」
「イエー孝助、てめえのお蔭で屋敷を追い出されて泥坊をするようになった。今ここで鉄砲で打ち殺すんだからそう思え。」
 と云えばお国も鉄砲を向けて、
「孝助、サアとても逃げられねえから()たれて死んでしまやアがれ。」
 孝助は後へさがって刀を引き抜きながら声張り上げて、
「卑怯だ。源次郎、下人や女をここへ出して雑木山に隠れているか。てめえも立派な侍じゃアないか。」
 卑怯だという声が真夜中だからピーンと響きます。源次郎は孝助の後ろから逃げたら討とうと思っていますから、孝助は進めば鉄砲で討たれる、退けば源次郎がいて進退ここにきわまりて、一生懸命になったから、(ひたい)と総身から膏汗(あぶらあせ)が出ます。この時孝助がはからず胸に浮かんだのは、かねて良石和尚も云われたが、ひくに利あらず、進むに利あり、たとえ火の中水の中でも突っ切って行かなければ本望をとぐることはできない。臆して後へ下る時は討たれるというのはこの時なり。たとえ一発二発の鉄砲玉に当っても何ほどのことあるべき。踏み込んで仇を討たずにおくべきや、とふいに切り込み、卑怯だと云いながら、喧嘩亀蔵の腕を切り落しました。亀蔵は孝助が鉄砲に恐れて後へ下がるように、わざと鼻の先へ出していたとこへ、ふいに切り込まれたのだから、アツと云って後へ下ったが間に合わない。手を切って落すと鉄砲もドサリッと切り落してしまいました。昔からずいぶん腕のきいた者は(かめ)を切り、妙珍(みょうちん)(きたい)(かぶと)をきったためしもありますが、孝助はそれほど腕がきいてはおりませんが、鉄砲を刧り落とせるわけで、あの辺は芋畑が沢山あるから、その芋茎(ずいき)へ火繩を巻きつけて、それを持って追剥ぎがよく旅人をおどして金を取るということを、かねて亀蔵が聞いて知ってるから、そいつを持って孝助をおどかした。芋茎(ずいき)だから誰にでも切れます。これなら円朝にでも切れます。亀蔵が、
「アッ。」
 と云って倒れたから、相助は驚いて逃げ出すところを、後ろから切りかかるのを見て、お国は「アレ人殺し」と云いながら鉄砲をほうり出して雑木山へ逃げ込んだが、木の中だから帯が木の枝へからまってよろけるところを一太刀あびせると、
「アッ。」
 と云って倒れる。源次郎はこの有様を見て、おのれお国を斬った憎っくいやつと孝助を斬ろうとしたが、雑木山で木が邪魔になって斬れないところを、孝助は後ろから来るやつがあると思って、いきなり振り返りながら、源次郎の(あばら)へかけて斬りましたが、殺しませんで、お国と源次郎の(もとどり)を取って栗の根株へ突きつけまして、
「ヤイ悪人、わりゃア恩義を忘却して、昨年七月二十一日に主人飯島平左衛門の留守を窺い、奥庭へ忍び込んで、お国と密通しているところへ、この孝助が参って手前と争ったところが、手前は主人の手紙を出し、それを証拠だと云って、よくも孝助を弓の折れでぶったな。それのみならず、主人を殺し、二人乗り込んで飯島の家を自儘にしようという人非人。今こそ思い知ったるか。」
 と云いながら栗の根株へ二人の(つら)を擦りつけますから、二人とも泣きながら、ゆるせエ、堪忍しておくんなさいよう。というのを耳にもかけず、
「コレお国、手前はおっかさまが義理をもって逃がして下すったのは、樋の口屋の位牌へ対してすまんと道まで教えて下すったなれども、自害をなすったも手前ゆえだ。たった一人の母親をよくも殺しおったな。主人の仇親の仇。なぶり殺しにするからさよう心得ろ。」
 とこれから差添えを抜きまして、
「手前のような悪人に旦那様が欺されておいでなすったかと思うか。」
 と云いながら、顔を縦横ズタズタに切りまLて、また源次郎に向い、
「ヤイ源次郎、この口で悪口を云ったか。」
 とこれも同じくズタズタに切りまして、また母の懐剣で(とど)めを刺して、二人の首を斬り(たぶさ)を持ったが、首というものは重いもので、孝助は敵を討って、もうこれでよいと思うと心にゆるみが出て尻もちをついて、
「ア丶ありがたい。日頃信心する八幡築土明神(はちまんつくどみようじん)のおかげをもちまして、首尾よく仇を討ちおおせました。」
 と拝みをして、ドレ行こうと立ち上ると、
「人殺し人殺し。」
 と云う声がするから振り向くと、亀蔵と相助の二人が眼が(くら)んでるから、知らずに孝助の方へ逃げて来るから、こいつも仇の片割れと二人とも斬り殺して二ツの首を下げて、ヒョロヒョロと宇都宮へ帰って来ますと、往来(ゆきき)の者は驚きました。生首を二つ持って通るのだから驚きます。中には殿様へ訴える者もありました。孝助はすぐに五郎三郎のところへ行きて敵を討った次第を述べ、ことに、
「母がまだ目が見えますか。」
 と云われ、五郎三郎は妹の首を見て胸塞がり、物も云えない。おっかさまは先ほど息が切れましたと云うから、このままではおけないと云うので、御領主様へ届けると仇討(かたきうち)のことだからと云うので、孝助は人を付けて江戸表へ送り届ける。
 孝助は相川のところへ帰り、首尾よく敵を討った始末を述べ、それよりお頭小林へ届ける。小林からその筋へ申し立て、孝助が主人の敵を討った(かど)をもって飯島平左衛門の遺言(ゆいげん)に任せ、孝助のせがれ孝太郎をもって飯島の家をたてまして、孝助は後見となり、めでたく本領安堵いたしますと、その翌日伴蔵がお所刑(しようき)になり、その捨札を読んで見ますと、不思議なことで、飯島のお嬢さまと萩原新三郎とくっついたところから、伴蔵の悪事を働いたということが解りましたから、孝助は主人のため娘のため、萩原新三郎のために、濡れ(ぶつ)を建立いたしたという。これ新幡随院濡れ仏の縁起で、この物語もすこしは勧善懲悪の道を助けることもやと、かく長々とお聞きにいれました。
怪談牡丹燈籠第十三編大尾