怪談牡丹燈籠 第六回
怪談牡丹燈籠第三編
第六回
れいだんにちようしてしをじようじんかなしむ
霊壇吊レ死情人哀
萩原新三郎は、独りクヨクヨとして飯島のお嬢のことばかり思い詰めておりますところへ、折しも六月二十三日のことにて、山本志丈が尋ねて参りました。
「その後は存外の御無沙汰をいたしました。ちょッと伺うべきでございましたが、いかにも麻布辺からのことゆえ、おっくうでもあり、かつおいおいお暑くなって来たゆえ、
わるいと、それはそれは。」
「何分にも加減がわるく、四月の半ば頃からどっと寝ております。飯もろくろく食べられないくらいで困ります、お前さんもあれぎり来ないのはあんまりひどいじゃアありませんか。私も飯島さんのところへ、ちょっと菓子折の一つも持ってお礼に行きたいと思っているのに、君が来ないから私は行きそこなっているのです。」
「さて、あの飯島のお嬢も可哀そうに亡くなりましたヨ。」
「エーお嬢が亡くなりましたとえ。」
「あの時僕が君を連れて行ったのがあやまりで、向うのお嬢がぞっこん君に惚れ込んた様子だ。あの時何か小座敷でわけがあったに違いないが、深いことでもなかろうが、もしそのことが向うの親父さまにでも知れたひには、志丈が手引きした憎いやつめ、斬ってしまう。"坊主首をぶち落すといわれては、僕も困るから、実はあれぎり参りませんでいたところ、ふとこの間飯島のお邸へ参り、平左衛門様にお目にかかると、娘はみまかり、女中のお米も引き続き亡くなったと申されましたから、だんだん様子を聞きますと、まったく君にこがれ死にをしたということです。ほんとうに君は罪作りですヨ。男もあまりよく生まれると罪だネー。死んだものは仕方がありませんから、お念仏でも唱えておあげなさい。さようなら。」
「アレサ志丈さん、アヽ行ってしまった。お嬢が死んだなら寺ぐらいは教えてくれれげいいに、聞こうと思っているうちに行ってしまった。いけないネー。しかしお嬢はまったくおれに惚れ込んでおれを思って死んだのか。」
と思うとカッとのぼせて来て、根が人がよいからなおなお気が欝々して病気が重くなり、それからはお嬢の俗名を書いて仏壇に供え、毎日毎日念仏三昧で暮しましたが、今日しも盆の十三日なれば、
「マー不思議じゃアございませんか。萩原さま。」
と云われて新三郎もそれと気がつき、
「オヤ、お米さん、マアどうして。」
「まことに思いがけない。あなた様はお亡くなりあそぼしたということでしたに。」
「へー、ナニあなたの方でお亡くなりあそばしたとうけたまわりましたが。」
「厭ですヨ。縁起の悪いことぼかりおっしゃって、誰がさようたことを申しましたえ。」
「マーおはいりなさい。そこの折戸のところをあけて。」
というから、両人うちへはいれば、
「まことに御無沙汰をいたしました。先日山本志丈が来まして、貴女方ご両人ともお亡くなりなすったと申しました。」
「オヤマーあいつが、わたくしの方へ来てもあなたがお亡くなりあそばしたといいましたが、わたくしの考えでは、あなた様はおひとがよいものだからうまくだましたのです。お嬢様はお邸にいらっしゃってもあなたのことばかり思っていらっしゃるものだから、つい口に出てうっかりと、あなたのことをおっしゃるのが、ちらちらと御
「ナンのことです。そうでございますか。私も嘘でも何でもありません。この通りお嬢様の俗名を書いて毎日念仏をしておりますので。」
「それほどに思ってくださるはまことにありがとうございます。ほんとうにお嬢様はたとい御勘当になっても、斬られてもいいからあなたのお情を受けたいとおっしゃっていらっしゃるのですヨ。そしぐお嬢様は今晩こちらへお泊め申してもよろしゅうございますかえ。」
「私の孫店に住んでいる、
と云う言葉にしたがい、両人共にその晩泊り、夜の明けぬうちに帰り、これより雨の夜も風の夜も毎晩来ては夜の明けぬうちに帰ること十三日より十九日まで七日の間重なりましたから、両人が仲は
「アノ新三郎様、わたくしがもし親に勘当されましたらば、よねと二人をおうちへおいて下さいますかえ。」
「引き取りますとも、あなたが勘当されれば私は仕合せですが、一人娘ですから、御勘当なさる気遣いはありません。かえって後で生ま木を
「わたくしはあなたより外に夫はいないと存じておりますから、たといこのことがおとっさまに知れて手打ちになりましても、あなたのことは思い切れません。お見捨てなさると聞さませんヨ。」
と膝に凭れかかりて睦しく話をするは、よっぽど惚れている様子だから、
「これは妙な女だ。あそばせ言葉で、どんな女かよく見てやろう。」
とさしのぞいて、ハッとばかりに驚き、
「化物だ化物だ。」
と云いながら、まっさおになって夢中で逃出し、白翁堂勇斎のところへ行こうと思って駆け出しました。