不思議なる空間断層        海野十三  友人の|友枝ハ郎《ともえだはちろう》は、ちょっと風変りな人物である。どんなに彼が風変りであるか、それを知 るには、彼が私によく聞かせる夢の話を御紹介するのが|捷径《はやみち》であろう。  かれ友枝は、好んで夢の話をした。彼が見る夢は、たいへん奇妙でもあり、そして随分しっ かりした内容をもっていて、あまり夢を見ることのない私などにとっては、羨しくもあれば、 ときにはまた薄気味わるく感ずることもあるのだ。(|乃公《おれ》は夢で、向じ町を幾度となく見る) と、彼は空ろな眼をギロリと動かしていうのであった。(-…ああ、またいつか来た町へ出た よ、とそう感付くのだよ。すると、夢の中だけで知り合いになったいろいろな顔の人物が、あ とからあとへと現れてくるのだ。年配の男もあれば、妙齢の女もある。……乃公はその不思議 な人物たちと、永い物語の次をまた続けてするように、前後があった話をし合うのだ。しかし どっちかというと、いつも|似《る》たようなことを繰返していて、ああ、この次はこうなるナーと 思うと、きっとそのようになってゆくのだ。おかしいほど、乃公の予想が適中するのだ。それ からもう一つ奇妙なことがある。それは乃公のこの顔だ。その夢の中で、乃公は一つの顔を持 っているが、その顔というのが、なんと今君が見ている乃公の顔とは全然違った顔なのだ。顔 色だってこんなに青白いんではない、赤銅色に|緒《あか》いとでもいうか。顔の寸法も、もっと長く、  鼻はききりとひきしまり、口もたいへんに大きくて、そして眼光なんか、実にもう生々として いるんだ。その上に、頭髪なんども、毛がふさふさとしていて立派だし、それに勇しい髭なん か生やしているんだ。1その|豪《つよ》そうな顔の男が夢の中の乃公なのさ。どうだ、随分と不思議 な話だろう。だから乃公はどうかすると、変なことを考えるんだ。あの夢に見る町や人々がど こかにチャンと実在するのじゃないか。乃公の魂はひとつだけれど、顔の違った二つの肉体を 持っているのじゃないか、などとネ。ああ、君は乃公の夢の話を軽蔑しているネ。君の顔色で、 そう思っているってことがよく判るよ。じゃあ、乃公はもっと不思議な恐ろしい話を聞かせて あげるよ、すくなくとも君の鼻の頭に浮んでいる笑いの|小激《こじわ》が消えてしまうほどの話をネ。そ れは最近乃公が経験したばかりの実話なんだぜ)        一  或る日、一つの夢を見た。  乃公は長い廊下を歩いていた。不思議なことに、窓が一つもない廊下なんだ。天井も壁もす べて黄色でネ、とても大変長いのだ。両側には、一定の間隔を置いて、同じような形をしたド ーアが並んでいた。乃公はそのドーアのハンドルを一つ一つ、眼だけギロリと動かしながら検 閲してゆくのだ。そのハンドルは皆|真鍮《しんちゆう》色をしているんだったが、五つ目だったか六つ目だっ たかに、ただ一つピカピカ、金色をしたハンドルがあるのだ。それは確か廊下の左側だったよ。 「金色のハンドル!」  燦然たるハンドルの前までくると、乃公の手はひとりでにそのドーアの方へ伸びてゆくのだ った。その黄金のハンドルを握って、グルリとまわして、向うへ押すのだった。無論いつだっ てそのドーアは向うへやすやすと明いたさ。乃公は吸いこまれるように、その室の中へ入って ゆくのだった。  その部屋は十坪ほどのガランとした客間だった。真中に赤い|絨饒《じゆうたん》が敷いてあってネ、その 上に水色の卓子と椅子とのワン・セットが載っているのだ。卓子の上にはスペイン風のグリー ンの花瓶が一つ、そして中にはきまって淡紅色の力ーネーションが活けてあった。  この部屋はたいへん風変りな作りだった。それが乃公の気に入っていたわけだが、奥の方の 壁に大きな鏡が|嵌《は》めこんであったのだ。それは髪床の鏡よりももっと大きく、天井から床にま で達する大姿見で、幅も二間ほどあり、その欄燗牢は凝った重い織物で出来ている幅の狭い力 ーテンが左右に走っていた。力ーテンの色は、生憎その鏡のある場所が小暗いためよくは判ら なかったが、深い紫のように見えた。もちろんその鏡の上には、こっちの部屋の調度などがそ のまま|反《る》対に映っていた。乃公は部屋に入ると、第一番にツカッカとその鏡の前まで進み、自 分の顔を見るのが楽しみだった。鏡の位置が奥まって横向きになっていたため、鏡の前へ立た ないと自分の顔は見えなかった。1乃公はそこでいつも勇しい自分の顔を惚れ惚れと見つめ るのだった。ヴィクトル・エマヌエル第一世はこんな顔をしていたように思うなどと、私は反 り身になった。鏡の中の乃公の姿も、得意そうに、反り身になったことである。  鏡の前で、さんざん睨めっこや、変な表情や滑稽な身ぶりをして楽しんでいると、背後に突 然人声がしたのだった。 「お飲みものは如何さまで……」  それは若い男の声だった。  ふりかえってみると、いつの間にか卓子の上に、銀の盆にのった洋酒の壌と盃とが並んでい た。そして入口のドーアを背にして、いま声を出したのであろう、立派な顔をしたスポーツマ ンらしき青年が立っている。いやそれだけではない。彼の青年とピッタリ寄りそって、一人の 若い女が立っているのだった。彼等はいつの間に、どこから入ってきたのだろう。  その女は、はじめ下を向いていたが、やがてオズオズと顔をあげて、乃公の方を睨むように 見たのであった。   (|旺《あ》ッ!)  乃公はイキナリ胸をつかれたように思って、ハッと眼を|外《そ》らせた。ああ、その女は乃公の愛 人だったのである。若い男となんか手をとりあって入ってきやがってと、乃公の心は穏かでな かった。  だが乃公は、ここで慌てるのは恥かしいと思った。飽くまで悠々と落着きを見せて、卓子の 方へ近づき、二人を背にして腰を下ろした。そして洋盃の中に酒をなみなみと注いで、そして 静かに口のところへ持っていった。  ヒソヒソと、若い男女は乃公の背後で哺々私語しているではないか。その微かな声がアンプ リファイヤーで増音せられて、乃公の鼓膜の近くで|金盟《かなだらい》を叩きでもしているように響くので あった。  (あいつら、唯の伸じゃないぞ。もう行くところまで行っているに違いない!)  乃公はグッとこみあげてくるものを、一生懸命に|泳《こら》えた。でもムカムカとむかついてくる。  乃公は目を|瞑《と》じて、洋盃をとりあげるなり、ググーッと一と息に|嚥《の》み|干《ほ》した。そして空になっ た洋盃を叩きつけるようにガチャリと、卓上に置いたのである。1二人の私語はハタと|熔《や》ん だ。  乃公は慌てないで、じっと取り澄ましていた。(あいつら、なんのために、乃公に見せつけ に来たのだP)乃公が気がつかないと思っているのだろうか。それならそれでいい。よオし、 こっちもそのつもりで居てやろう。  乃公は震える足を踏みしめて、椅子から立ち上った。そして二人の方を見ないようにして、 静かに奥の、大鏡の方へ歩いていった。   乃公はいつの間にか、鏡の間際に寄って立っていた。鏡をとおして二人の男女の様子を見る と、彼等は身体と身体を抱きあわんばかりにして、もつれ合っていた。女の方が挑もうという 姿勢をしていると、若い男の方が、僅かに逡巡しているという風だった。乃公の血は、足の方 から頭へ向けて逆流した。  鏡を見ると、自分の顔は物凄いまでに表情がかわっていた。肩のあたりがワナワナと|傑《ふる》えて いるのが見えた。乃公が鏡の中から監視しているとも|識《し》らず、乃公の背後で不貞な奴等は醜行 を演じかかっているのだ。乃公はすこし慌ててきた。声を出そうと思ったが咽喉がカラカラに 渇いて、声が出てこない。気を落着けなくてはいけないー。  乃公は煙草の力を借りようと思ったので、ポケットに手を入れて、そっとシガレット・ケー スを引張りだした。そして蓋をあけようと思ったが、どうしたのか明かない。乃公はそれを身 体の蔭でやっているのである。顔を動かすこともいまは慎まねばならないときだと思ったので、 乃公は鏡に映っているその手を見た。そしてシガレット・ケースを見た。   (オヤp)   乃公はちょっと|吃驚《びつくり》した。わが手の中にあるのは、シガレット・ケースではなかったから……。   (……ピストル!)   乃公の握りしめているのは、一挺のブローニングの四角なピストルだったではないか。乃公  はフラフラと|眩量《めまい》を感じた。   すると、そのときだった。鏡の中の乃公はそのピストルを持つ手を静かに腹の方から胸へ上  げてゆくのであった。そんな筈ではなかったのだが、乃公の意志に反してジリジリと上ってゆ  くのであった。奇怪なことにも、鏡の中の乃公の手は、乃公の本当の手よりも先にジリジリ上   に上ってゆくのだった。ずいぶん気味のわるい話であるが、鏡の中の自分の方が、お先へ運動  を起してゆくのだった。乃公はジッとしているのがとても恐ろしくなった。鏡の前に立ってい  る自分が、この儘じっとしているなら、乃公は発狂するかもしれない。鏡の中の自分が動いて、   その前に立っている筈の自分が動かないということは、とりもなおさず、鏡の前に立っている   乃公の本体が、既に死んでしまっているのだという事実を証明することになるではないか。   (::…:)    切り裂くような大戦傑が全身を走った。乃公は慌てて、鏡の中にうつる乃公のあとを追って、   ピストルを持つ腕を胸の方にグングンあげた。だから間もなく乃公は、鏡の中の乃公に追いつ   いた。   (ああ、恐ろしかった!)    乃公は身体中びっしょり汗をかいた。    ピストルは、遂に胸の上いっぱいに持ち上がった。銃口がピタリと左の肩にあたる。それか   ら左の肩がジリジリと回転してゆく。半眼を開いて、照準をじっと|規《ねら》う。規いの定まったまま   に、なおもジリジリと左へ回転してゆく。   「キ、キ、キ、キッ:::」   というような声をあげて、何も知らない二人は戯れ合う。   「ち、畜生!」  |憎い女だ、淫婦め!   チラと鏡の中に、自分の顔を盗みみると、歯を剥きだして下唇をグッと噛みつけていた。口 不惜しさ一杯に張りきった表情が、必然的に次の行動ヘジリジリ引込んでゆく。引金にかかって …いる二本の指がグッと手前へ縮んで……  「ドーン」   あ、やった。   「:・:一つ、》つ>つーン」   電気に|弾《はじ》かれたように、女はのけぞった。そして一方の手は乳の上あたりをおさえ、もう一  方は、二の腕もあらわに宙をつかんだかと思うと、どうとその場に倒れてしまった。   「人を殺した。とうとう乃公は、人殺しを実演してしまったのだ!」   乃公は、床の上に倒れている女の方へ近づいた。眠ったように女は動かない。見ると衣服の  胸の上に、大きな赤い穴が明いて、そこから鮮血が|渡《こんこん》々と吹きだして、はだけた胸許から頸部   の方ヘチロチロと流れてゆくのであった。1男はいつの間にか、姿が見えない。ドーアから  飛ぶようにして出ていったのであろう。   「ああ、乃公は人を殺してしまった……」   乃公は眩いた。しかし、そのとき、どっかでせせら笑うような乃公の声を聞いたように思っ  たこ   「うん、いま乃公は人殺しの夢を見ているんだ。……さア、あんまり|骸《おどろ》くと、惜しいところ  でこの夢が覚めてしまうぞ。本当に人殺しをしたように、ガタガタ懐えていなくちゃ駄目じゃ  ないか。もっと怖がるんだ、もっともっと……」   1そうこうしているうちに、乃公はそれから先の記憶を失ってしまった。女を殺した場面  は、以上のところまでしか覚えていない。        二    どうも夢の話だというのに、あまり詳しく話をしすぎたようで、さぞ退屈だったろうと思う。   要は、乃公の見た夢というのが、いかにハッキリとしたものであり、そして不思議な現象を持   っているかということを理解して貰いたかったのであった。    乃公の夢は、以上の話だけで仕舞いではない。これからいよいよ、夢のミステリーについて   お話したいと思うんだ。これから喋るところのものは、ぜひ聞いて貰いたいと思うのだよ。    さてそれから幾日|経《た》ってのことか忘れたがネ、乃公はまたもう一つの夢を見たのだ。    1長い廊下をフラフラと歩いている……というところで気がついたのだ。    ll相変らず長い廊下だ。天井も壁も黄色でね… 「ああ、いつかこの廊下へ来たことがある!」乃公はすぐ気がついた。それに気がつくと、い  けないことに、途端にもう一つのことに気がついたのだった。 「……ああ、乃公は夢を見ているんだ、いま夢を見ているんだな」 な  と。   -乃公は努めて、なるべく此の前のときと同じ歩きぶりで、その廊下を歩いていった。忠 実に同じような歩きぶりを示さないと、|折角《せつかく》の夢が破れるといけないからと思ったから・…-。  やっぱりドーアを見ていった。左側の五つ目のところに、金色のハンドルがついているのを  発見した。   「これだナ」    乃公はニヤリと笑った。    1その金色のハンドルを回して、室内へ入りこんだ。もちろん部屋の中も、前回等に見た   と全く同じことさ。室の中央に、赤い絨艶が敷いてあるし、その上には|瀟酒《しようしや》な水色の卓子と  椅子とのセットが載って居り、そのまた卓子の上には、緑色の花活が一つ、そして挿してある  花まで同じ淡紅色の力ーネーションだった。   「ふ、 ふ、 ふ、 ふッ」   乃公はおかしくなって笑い出したくなるのを、ジッと泳えながら室の中央に進んだ。そこで  奥の方を見ると、果して例の大鏡があったではないか。乃公はすっかり安心して、たいへん楽  な気持になった。   (役者などいう職業も、毎日同じ道具立てで、同じことを|演《や》るのだから、乃公がいま感じてい   ると同じことに、初日以後は、やるたびに楽になってくるんだろう)   そんなことを思ったりした。    ー乃公は例によって、いつの間にか大鏡の前に立っていた。そこに映る自分の姿を見ると、  例のとおり|怒髪《どはつ》天を突き、髭は鼻の下をガッチリと固めているという勇しい有様だった。   「どうぞお飲みものを……」   と、男の声がうしろでして、振りかえってみるとチャンと例の立派な顔の若い男が立ってい   た。その傍には、下に傭いている連れの若い女さえも、前回とは寸分たがわぬ登場入物だっ   た。    -それから乃公は、順序に随って、卓子のところへ帰って来た。そして洋酒の壌をあけて、  盃ヘナミナミと注いだ。それをキッカケのようにして、背後で男女のヒソヒソと早口で語る声 が聞えてきた。   1そこで乃公は、大いに憤慨した気持になって、洋盃の酒をグッと一と息にあおる。ガ  チャンと盃を卓子の上に叩きつけるようにして立ち上るや、フラフラと大鏡の方へ歩いてゆ   そこで乃公は、すこし薄気味が悪くなってきた、この前のひどく恐ろしかった印象が、まざ  まざと思いだされてきたからであった。あれから実にゾッとするようなことが起った。それは  人殺しの場面を指して云うのではない。それよりもずっと前、この鏡の前に立って、自分の姿  を映して見ていると、自分の映った姿の方が、自分より先に動いているという、この眼にハッ   キリと映った異様なるあの有様……。   「あれだけは、実に恐ろしい」   乃公の身体は小きざみに震えてきた。おそるおそる一挙一動を鏡にうつして見るのだった。    ーポケツトの中から、シガレット・ケースならぬピストルを取り出す。…    おお、それからだ!     ピストルを握る手を、ジリジリと胸の方へ上げてゆく。……ジリジリと上げてゆく。   「ハテナ、……今日はよく合っているぞ」   乃公は期待した異常が今日は認められないのに、ホッと息を吐いた。しかしいつ急にアリア  リと、二つの像が分裂をはじめないとも限らない。・   「ああ、大丈夫だ」    乃公は嬉しさと安心のあまり、声をあげようとしたほどだった。正しく異常はなかった。そ   の途中、わざと腕を上下へ動かしてみたが、実物と像とは、シンクロナイズしたトーキーのよ   うに、すこしも喰いちがいなく、同じ動作を同じ瞬間にくりかえしたのだった。   (この前のあの恐ろしい分離現象は、自分の心の迷いだったかしら!)    そんな風に思ったが、いやそんなに深く考えることはいらなかったのだ。なにしろ夢の中の   出来ごとではないか。いろいろと理屈に合わないこともできる筈である。原ッぱの真中にいて、   机がほしいと思えば、奇術のように、ポッカリと机が飛びだしてくることも、夢の中だから、   あったとて別に不思議はないのだ。    1銃口を左の肩にあてがい、規いを定めて、静かに肩を左に回してゆく。男と女とは、小   声ながら、呼吸をはずませて云い争っている。若い女の、なんというか恨み死するような官能   的な鼻声が聞えた。・ 「そこだッ、1こん畜生!」  乃公はピストルの引金をひいた。  ドーン。  「キャーッ。……《る》|」 搬瀞る悲鳴が、部屋をひき裂かんばかりに起った。1見れば女は、片手で肩のあたりを押 え、どうと絨蔑の上に倒れたが、もう一方の腕をしきりに動かして、手あたりしだい|掻《か》き|雀《むし》っ  ているのだった。   「どうしたんだろう?」   乃公は不思議に思って、射殺した筈の女の方へ近づいた。女はまだ死にきってはいなかった。  しかし見る見る気力が衰えてゆくのがハッキリと判った。肩先にあてていた真赤な血の|染《にじ》んだ  手が、徐々に下に滑り落ちてゆくと、傷口がパクリと開いて、花が咲いたように鮮血がパッと  ふきだした。ヒクヒクと女の四肢が震えたかと思うと、やがてグッタリと身体を床に落として、  そして遂に動かなくなってしまった。   「いやに深刻な最後を演じたもんだ」   乃公はあざ笑いながら、近よって女の腰を蹴った。女は|睡《ねむ》っているように、動かなかった。  それから乃公は頭の方へ回って、女の顔を覗きこんだ。   「オヤ?」   例の昔識りあった、愛人だとばかり思っていた乃公は、女の横顔をみてハッと思った。   「人違い……だッ」   乃公はハッと胸を|衝《つ》かれたように感じたのだった。骸いて女の首を抱きあげて、その死顔を  向けてみた。   「|冴《あ》ッ、これは……」   なんというひどい人違いをしたものだ。昔の愛人だとばかり思ったが、それが大違いで、そ  の死体の女は、紛れもなく兄弟同様に親しくしている或る友人の妻君だったではないか!   「し、しまった!」    乃公は思わず唇を喰いしばった。どうしてこれに気がつかなかったことであろう。その妻君   を射殺してしまうなんて、人殺しという罪も恐ろしいには違いないが、それよりもかの親しい   友人に、なんといって謝ったらばいいだろうか。    その妻君は、実に感心な女なのだった。その連れあいというのが、乃公とは随分と親しい仲   ではあったが、この頃だいぶん妙な噂を耳にするのであった。彼はなんでも、ユダヤ人のよう   な方法で金を|殖《ふ》やしているそうだったし、たった一人、自宅で待っている妻君のところへもご   く稀にしか帰って来なかった。妻君は心配のあまり、よく乃公のところへ来ては、いろいろ自   分の到らないせいであろうからよくとりなしてくれるように、などといって、いつまでも畳の   上にうっぷして泣いているというふうだった。こんな人のよい、そして物やさしい女はないだ   ろうと思った。それを一向知らないような顔付きで、うっちゃらかしておくその友人の気がし   れなかった。  そんなわけだから、乃公はたいへんその妻君に同情して、機会あるたびに彼女を慰めてきた のだ。そのたびに妻君は、彼を訪ねてきたときよりはいくぶん朗らかになって帰ってゆくのだ った。しかしこのごろかの友人は、自分の妻君と乃公の間を妙に疑っているらしい。それは実 に|莫迦《るばか》げた腹立たしいことだけれど、二人きりで幾度となく、同じ屋根の下に居たということ が、禍の種となっているのだった。それは実に困ったことだった。 「その問題の妻君を、乃公は手にかけて殺してしまったのだ。ああ、どうしよう」  友人に合わす顔がない。殺した妻君には、さらに相済まない。それとともに、この事件に よって、友人の妻君と乃公との間の潔白は、どうしたって証明することが出来なくなったの   である。乃公は妻君の死体の傍に術伏して、腸をかきむしられるような苦痛に責めさいなまれた。   「……ああ、なんたる莫迦だろう。乃公はいま夢をみて泣いているぞ」   ふと、どこかで、自分が自分に云ってきかせる声が聞えた。なアんだ、ああこれは夢だった   のだ。   入口がガタリと開いて、ドヤドヤと一隊の人が雪崩れこんだ。その先頭には、妻君の横にい  た美男氏がいたが、乃公の顔をみると、ギョッと尻込みをして、大勢の後に隠れた。   「神妙にしろ!」   警官の服を着ている一隊は、乃公に飛びかかって腕をねじあげた。乃公はいよいよこれから  死刑になるのだなと思いながら、いと神妙に手錠をかけられたのであった。それから先は、や   っぱり記憶がない。   以上の二つの夢を聞いf、、君はどう思うか。なんと不思議な話ではないか。あまりにハッキ  リしすぎている夢だとは思わないか。       三   静かな冬の朝だった。   陽は高い塀に遮られて見えないが、空はうららかに晴れ渡って、空気はシトロンのように爽   やかであった。   真白の壁に囲まれた真四角の室の中で、友人の友枝ハ郎は、また私に例の夢の話のつづきを   するのであった。    どうも乃公は、ときどき頭が変になるので困るよ。年齢のせいでもあるまいのに、いろんな   ことを取り違えて困るのだよ。    このまえ君に、夢の中で同じような人殺しを二度くりかえしてやったことを話したと思うけ   れど、どこまで話したのかも、第一忘れてしまった。二度目の分は、たしか乃公が刑務所の未   決に繋がれてから話したように思うが、たしかそうだったネ。    それについてだが、乃公は滑稽な取違えをしていながら、それに気がつかないで、真面目く さって君に話をしたように覚えているがそうではなかったかね。実を云えば、あの話をしてい るときには、君という人が夢でない方の現実の世界の人だとばかり思っていたのだ。しかしこ うやって、例の殺人事件にかわり、この刑務所の一室に相対しているところを見ると、君もま たあの|夢《る》の方の国に住んでいる人だということが判った。いままでどうしてそれに気がつかな かったろう 乃公の云っている意味が、君によく判るかネ。乃公はどうも話が下手で弱るんだ。いいかネ、 もう一度云うとこうだ。君に例の夢の中の殺人事件について話をした。ところが乃公は殺人罪 で刑務所に入れられてしまったのだ。その刑務所へ君はしばしば訪ねてくれたではないか。す   ると殺人事件のあった世の中と君の住んでいる世の中とは、全く同じ世の中だったことが証明   できるじゃないか。乃公は君に夢の国の殺人事件の話をした。しかも君は、乃公から云わせれ  ば夢の国の人だったのだ。乃公にとっては、あの事件は夢の中の出来ごとだけれど、君にとつ   ては、君が住んでいる世の中の出来ごとだったんだ。しかり、乃公はいま、夢の国の中で話を  しているのだよ。……そんなことを先から先へ考えてゆくと、頭の悪い乃公には、いつも|何方《どつち》  が何方かわからなくなるのだ。あとは誰かの判断に委せて置くことにして、1さて、あれか  ら先のことを話そう。   或るとき乃公は、さっきも云ったように、刑務所の未決に繋がっている自分自身を見出した   のだ。その原因が例の大鏡のある部屋の殺人事件に関係していると知って、乃公は、   「まあ、何という長ったらしい夢を見ることだろうP」   と呆れてしまった。   後で聞いた話だけれど、そのとき乃公は、もう少しで|癒癩《ふうてん》病院へ強制的に|勉《ほう》りこまれるとこ  ろであったそうだ。いいところで気がついてよかったよ。あんなところへ入れられてはもうお  仕舞いだからネ。   ところで其の後だんだん調べられたが、その係官の中に|杉浦《すぎうら》予審判事というたいへん親切そ  うな|仁《じん》がいてネ、その仁が乃公の聞きもしないことを、ペラペラ話をしてくれたよ。それは実   に素晴らしい想像力から生れでた物語なのだ。まるで一篇のショート・ストーリーのように怪   奇を極めた謎々ばなしなのさ。彼の物語の真偽はとるに足りないけれど、いかにもそのこじつ   けが面自いから、是非話して聞かせよう。   「お前はその二つの夢を、本当の夢だと思っているか。そして、よしんばそれが夢だとしても、   その二つの夢の間に、或る不審が存在するということに気がつかないのか」    と、かの杉浦予審判事は、改まった口調で言いだしたのさ。乃公は面倒くさいから、黙って   いた。すると彼は得々として喋りだしたものである。云うところはこうだ。   「お前は、はじめの夢で、かつての愛人を射殺し、二度目の夢では友人の妻君を殺したという。   もしお前の云うとおり夢は同じことを二度以上見るというならば、その被害者の両度とも同じ   である筈ではないか。それが違っているのは不思議だとは思わないか」    というのだ。乃公は反対した。夢は自由である。登場人物など自由奔放に変り得るものだと   言ってやった。  すると彼はまた訊ねるのだった。 「お前が最初の愛人を殺したときの光景はたいへん夢幻的に美しく、かつまた単純なものだっ た。しかるに二度目に友人の妻君を殺したときの光景は、あまりに現実的色彩が強すぎるでは ないか。この|点《る》の相違を考えるとき、なにかそこに或る作為が盛られているとは気付かないの か」  と、ひどく真面目な顔をして云うのだった。乃公はこれを聞いた直後、こいつはいいことを 云うと思った。たしかに乃公は二度目の夢の中での殺人にかなり真実に迫るものを感じたから。  だが、すこし長く考えていると判るが、些細なことを、ひどくこじつけて論じてやがると思っ     て、軽蔑を感じた。      「お前は黙っとるが、少しは僕の云うことが判るらしいネ」とひとりぎめをして杉浦氏はまた 語をついだ。「いいかネ、まだまだ不審なことを並べてみるよ。第一、あの部屋をなんと思う。 実に変な部屋ではないか。奥に入ると、髪床にあるような大きな鏡が壁を蔽っていたり、変に 印象的な赤い絨蔑があったり、それから椅子セットの単純な色合といい、配置といい、また花 についてでもそれを云うことが出来る。一体人の住む部屋ならば、もっとこまごましたものが あるべきだが、それが見当らないし、なにしろ単純で印象的で、一度見ると、二度と忘れない ようにできている。魔術師が特に設計したようなもので、部屋の形はしているが全然人間の住 むに適せず、トリックのための部屋としか思われないではないか」 という。1なアに、夢の中のことだ、単純で印象的なのは当り前だと云ってやりたかった よ、乃公は。 「どうだ、いちいちお前の胸に思いあたることばかりだろう」と予審判事はいよいよ得意であ った。「それからまだあとに、実に大きな矛盾が残っているのだよ。お前がはじめに見た夢の 中で、たいへん恐怖を感じた場面のあったのを覚えているだろう。実は、あのことだ。お前は ピストルを手にして、鏡の中の自分の姿を見た。すると奇怪なことに、その自分の姿は、もう ピストルを握った手を胸のところまであげていた。それだのにお前自身の本当の手は、ポケッ トからピストルを出して握ったまま、ぼんやりとしていた。つまり自分の本当の身体と、鏡の  中の映像との動作に喰い違いのあるのを発見した。お前はそこですっかり脅えてしまった。一 つの霊魂を宿している筈の実体と映像との両空間に不思議な断層を発見したために、ただ訳も なく狼狽してしまったのだ。もしお前が、常人のように気をしっかり持っていたのだったら、 その空間の喰い違いに、ハッとして本当のことを気付かねばならない筈だった。ここが大事な ところだ。常人なら、どう思うだろう。(これは|可笑《おか》しいぞ。お化け鏡ではあるまいし、鏡に 映った自分の姿が、自分の演りもしない動作をしているなんて可笑しいじゃないか。鏡の中に 映っているのは自分の姿ではないのだ!)と気がつかなければならん。つまりその大鏡は鏡に あらずして、実はその硝子板の向うに、自分と同じ扮装をしている別人が向い合って立ってい て、いかにも自分の姿が鏡に映っているように思わせているのだった。そういうことが、すぐ に判らなければならなかったのだ、常人ならばねえ」  この話を聞いたときばかりは、|流石《さすが》の乃公も、金槌で頭を殴られたようにハッと驚いたよ。 だが、そんな莫迦気たことがあるものかと、憤慨した。だって室内の調度がちゃんと映っ ているのですよ。椅子も、卓子もそれから卓子の上の洋酒の盆も。いやまだある。そこに並ん でいる男と女の姿もチャンと映っていましたよ。そんな莫迦気たことがあるものですか、と反 対した。 「それだから、先刻から云っているのだ。トリックの道具立てがチャンとその部屋に出来てい たのだ。鏡に映っていると思ったのは、実は大きな硝子板の向うに、もう一つ同じ形に作った 部屋が見えていたのだ。同じ配列で、裏向きにしておけばよかったのだ。人間だってそうだ。 こっちと向うとに二人ずつの男女が居て、鏡に映っているように見せかけたのだよ。いや向う の部屋には、もう一人男がいた。そいつは先にも云ったが、お前と同じ扮装をしていたのだ。  何しろお前は気がおかしかったから、別人の男女をさえ、同じ顔をしているように勘ちがいし たのだ。そんな場合には、常人を欺くことさえ容易だろう。さあそこで考えなければならんの は、なぜ二重の部屋を作り、こっちと向うの空間とを同一の空間と思わせたのだろう。その答 は至極簡単明瞭である。お前の偽せの姿をした男が、お前にその後の動作を暗示したのだ。つ まりお前にピストルで規わせ、そしてうしろにいる女を射撃させたのだ、ドーンと放ったのは、 恐らく空砲だったろう。女はかねて手筈を決めてあったとおりに、その場にぶったおれる。そ して芝居もどきに、卵の殻かなんかにつめてあった紅がらを流して、ピストルに射たれて死ん だ様子を想わせたのだ」  1ああ、それでは、なぜ私に、そんなことをさせたんだろう、と乃公は思わず叫んでしま った。 「それは判っている、第二の夢の場面にお前をひっぱり出し、そして友人の妻君という、のを本 当に殺させたかったのだ。|精神巌弱者《せいしんるしじやくしや》たるお前に、再度おなじ夢を見たと思わせ、前回のと おりの射撃をやらせたのだ。そのときお前がとりだしたピストルはチャンと実弾が入っていた のだよ。そして二度目の夢の場面には、例の硝子板の向うの部屋は使わなかった。それは向う の部屋を暗室にすることによって、硝子板を吾と同じ作用をさせたのだ。そんなトリックはよ く、博覧会などの見世物で、やってみせるトリックで、誰でも知っている。お前は心にもなく、 一人の女を殺してしまったのだ」  1なぜ私は、その女を殺さねばならなかったのです、と乃公は怒鳴るようにして聞きかえ したものだ。すると、 「それは調べて判った。その女を殺すべく企んだのは、その亭主である。つまりお前の親友と いう男だ。その部屋もなにもかも、お前の友人が作ったのだ」  1いえ、それは違います。あの男は、そんな悪い人間ではありません、といってやった。 「いや、もうすっかり種はあがっているのだ。お前が弁解してやっても効果がない。お前の友 人という男は憎むべき奴だ。彼は事業に失敗して大金が入用だったのだ。その妻君には莫大な 保険が懸けてあった。自分の手で殺したのでは駄目だから、お前を利用して殺させようとした のだ。妻君をあの部屋に誘いだすことも、いい加減な口実をつかってやったことらしい。妻君 は案内されてあの部屋に入り、発狂しているとでもいいふらしてあったお前の姿を見させたも のらしい。そしてお前に射殺されてしまったのだ。1とにかくお前がここへ来て急に頭の調 子が直ってくれてよかったよ」 乃公は聞いているうちに、あまり巧みな話の筋に、もうちょっとでひっかかるところであっ た。そんな|手《る》数のかかることがあってたまるものか。判事さんの邪推だと思ったのだ。 1おかしいですよ予審判事さん。どうして彼は私をうまく使いこなしたのです。 「そりゃ判っているじゃないか。お前は夢というものをどう考えているか、などということに  ついて、いつもその友人にクドクドと話をして聞かせる病があったというじゃないか。それで すっかり利用されちまったのだ」  というのだよ、君。乃公は憐れむよ、予審判事さんの苦労性をネ。君は乃公のことを利用し て、自分は手を下さずして君の妻君を殺させたといっているのだからネ。随分失礼な人じゃな いか。これがマア幸いにも、夢の中での出来ごとなんだから忍べるが、本当の世の空間に起っ たことだったら、そいつは助からない話じゃないか。  しかし予審判事さんは、あくまで執拗なんだ。困ったネ。 「お前は夢の中の話だというが、それは間違いだよ。それでも夢だと思っているのだったら、 その思い違いであることを証明してやろう……」  と云うのさ。1じゃ、どうするんです!と聞いてやったら、乃公のことを鏡の前へ連れ ていってネ、 「どうだ、この鏡にうつっているお前の顔は、お前の夢の中の顔か、それとも現実の世に於け るお前の顔か」 と訊ねるじゃないか。見ると、乃公の顔は青白くて、弱々しいまず丸顔の方の顔だ。夢で見 る勇しい顔とは全然違っている。 「これは現実の顔ですよ」 と乃公はすぐ答えちまった。すると予審判事は、それ見ろというような顔をして云った。 「それは可笑しいじゃないか。お前はいま夢の中に居るのだと、先刻から云ってるじゃないか。 それが現実の顔だとは、こいつは可笑しい。そうだろう。いいかい、よく考えて、よく覚えて いなくちゃ駄目だよ。お前が有ると信じている夢の国なんて、初めからありはしないのだ。空 間は常に一つだ。だのにお前は空間が二つもあって、別な顔をしているようにいうが、|畢寛《ひつきよう》 同一の顔なのだ。いいかね。お前の精神病がひどくなると、すっかり人間が違ってしまう。そ して頭の手入れもしないし、髭も生え次第に放って置くのだ。お前は半裸体で、むやみと野外 を駆けまわり、しまいには山の中へ隠れてしまうことさえあるのだ。そこでお前は陽にやけて、 すっかり顔や形が違ってしまう。ではいま、お前の見ている前で顔にすこし手を入れてみよう。ー まず櫛のよく入っている頭髪を、このようにグシャグシャに掻き乱して、毛をおっ立ててしま   う。それから、ここにある長いつけ髭をこういう具合につけてみる。そして顔に、この褐色の   お白粉を塗る。……サアよく鏡を見てごらん、その顔はどうだ。お前がもう一つの世の空間で   持っていると信じていた顔に成っただろう、ハッハッハッ」    ー乃公は|啄《あ》ッと|骸《おどろ》いてしまった。正しくそのとおりだ。……しかし待てよ、やっぱり変だ。 予審判事さんの手際はたいへん美事なようで、実はそうではない。彼は数学を知らないも同然 だ。彼のロジツクは合っていないのである。すなわち彼は、夢のなかの髭荘々の乃公の顔にす っかり手を入れて置いて、いかにも現実の世の乃公の顔のように化粧して置き、それを黙って いたのだ。そして|今《る》、再び逆に、もとの夢の中の顔に仮装法を以て還元してみせたのだ。それ では予審判事さんの云っているような一方的の証明にはならない。やっぱり乃公はいま夢の中 に居るんだ。1と、危いところで|欺《だまさ》れようとして助かったよ。ねえ君、お互はやっぱり、い ま夢の世の中に居るんだよ。…  そのとき入口の鉄扉がギイーッと開いた。そして私の予期したとおり手錠をもった看守長に 続いて、痩躯鶴のような典獄さんと、それから大きな山芋に金欄の衣を被せたような教講師と が静々と入って来た。 「ああ、話の途中でしょうが……」と看守長が声をかけた。「もう刑の執行の時刻になりまし たので、友枝さんは御退室をねがいたい」 友人はギクリとして、椅子から立った。そして一行の方を睨みつけながら、私の背中を抱え るようにして云った。 「君、恐れちゃいけないよ。誰がなんといっても、いまお互いの立っている空間は夢の中なん だ。これから君は絞首台に登るのだろうけれど、それで生命を本当に失うだなんて誤解しては いけないよ。結局、夢の中で死刑になるところを見ているわけなんだからネ。恐れることなん か、少しもありはしない。……では、あまり気もちわるかったら、早く夢から覚めたまえ。君 は間もなく温かいベッドの上で眼を覚ますことだろう。隣りの部屋では、君の子供さんたちが、 もう受信機のスイッチをひねってラジオ体操の音楽を鳴らしているのが聞えてくるだろうよ。  あまり恐ろしい夢のことなんか、ベッドの上で考え続けていないように。早く飛び起きて、会 社への出勤に遅れないようにしたまえ。では、乃公は失敬するよ」… … そうだ、そうだ、私もやっぱり夢を見ているのだ。死刑台なんか……なんでもないぞ!                              (一九三五年四月号)