私のお正月 夏目漱石  気楽な正月  わたしの家には老人もなく、別にやかましくいうものもなく、わたしが主人で、わたしが祖先 のようになっていますから、むりに古きを追わねばならぬということもありませんから、平素 の生活が簡易であるごとく、正月もやはり簡単で、すこぶる気楽であります。ですから、|元旦《がんたん》だ からとて、皆が手をついて、おめでとうというでもなく、ただ|屠蘇《とそ》を飲み、雑煮を食って、新春 を祝うくらいなものです。門松を立て、しめは玄関に飾るが、家の内にはつらさない。年賀の客 は、多く若い人で、四角ばった人は来ないから、別に来客に対する|饗応《きようおう》とて、待ち受けの儀式も ごちそうもない。そして、わたしは、回礼もせず、賀状も出しません。また、遠方に遊ぶという でもありませんから、ごく暇な正月をするのです。  子どもには特に音楽を習わす  子どもは十一をかしらに、|旧臘《きゆうろう》十二月十六日生まれの赤んぼを合わせて六人ある。上四人は女 の子で、下ふたりが男の子です。家庭はなかなかにぎやかなものであるが、わたしも干渉しませ んが、家内も干渉しませんから、まあ、自由放任というところです。それゆえ、女の子たちも、 なわ飛びもすれば、ぶらんこもする。歌かるた、トランブもすれば、羽根つきもする。別に奨励 もしないが、束縛もしません。ただ、音楽は特にけいこさせてある。長女は琴を習っています。                          (明治四十二年一月一日『明治之家庭』)