坪内博士とハムレット 夏目漱石 上  一週日にわたる『ハムレット』の公演は、文壇最近のできごととして芸術に関係ある多数の者 の興味をひき起こした新しい色彩である。余も招待を受けて、見に行った。ちょっとしたさしつ かえのため、遅れて席に着いたのみならず、早く席を立ったから、全部の連続した光景が、目に も耳にも展開的に収まらなかったのは遺憾であるけれども、長い巻き物の中間だけはたしかに鮮 甜に珂ケ抜いてうちへ持って帰った。その印象の中には坪内博士にも登場の諸君にも面と向かっ ては言いにくいところがだいぷあるので、少なくとも公演中はと差し控えていた。今これを公に ㌧する・のは、博士の熱と諸君の努力に対する余の敬意に、誠実なる内容を与えんとする心苦しき 試みにすぎない。 根本的にいうと、『ハムレット』は英国でできたもの、三百年も昔になったもの、無韻ではあ るが一行五畳の律から割り出したいわゆるブランクバースで書きつつられたものーーすでに外面 的にもこれほどの特色を備えている以上は、今日の日本に生まれたわれわれのこの劇に対する態 度が、鑑賞的であるべきか、はた批評的であるべきかは、読まぬまえからほぼ決まるべきはずで ある。という意味は、『ハムレット』とわれわれが必ずぴたりと一致すべきものとの迷信に近い 信念をもって読み始めるよりは、むしろわれわれはわれわれとして、どこまで『ハムレット』に ひっぱっていかれうるだろうかという批判的熊度で研究に取りかからなければなるまいと論定し たいのである。,  これを事実に訴えれば、余の意味はさらに一倍の光度を高めうるかもしれない。あの一週間の 公演の間に来た何千かの観客に向かって、自分が舞台のうちに吸収せられるほどわれを忘れてお もしろく見物してきたかときいたら、さようと断言しうるものは、加そらくひとりもなかろうと 思う。それほど劇とかれらの間には興味の間隔があったのだと、余ははばかりなく信じている。  それではその間隔を説明しろと坪内博士が言われるなら、∵余は、英国が劇とわれらの間にはさ まっている、と答えたい。三百年の月日がはさまっている、と答えたい。使い慣れない詩的なこ とぱがのべつにはさまっているとも答えたい。要するに、沙艦というひとりの男が間へ立って・ すべて鑑賞のじゃまをしているのだと、はばかりなく言い切りたい。われらと劇の間に寸分のす きまなく、二つがぴたりと合うならば、その劇に英国だの、三百年の昔だの、詩的なことばだの というめんどうな形容詞はいらぬはずである。『ハムレット』はただの『ハムレット』でじゅうぶ ん通用しなければならないはずである。  坪内博士の訳は忠実の模範とも評すべき丁重なものと見受けた。あれだけのほねおりは、実際. 翻訳で苦しんだ経験のあるものでなければ、ほとんど想像するさえ困難である。余はこの点にお いて深く博士の労力に推服する。けれども、博士が沙翁に対してあまりに忠実ならんと試みられ たがため、ついにわれら観客に対して不忠実になられたのを深く遺憾に思うのである。わ江らの 心理上また習慣上要求する言語は一つも採用の栄を得ずして、片言隻句の末にいたるまで、こと ごとく沙翁のいうがままに無理な日本語を製造された結果としてこの矛盾に陥ったのは、いかに もきのどくに耐えない。沙翁劇はその劇の根本性質として、日本語の翻訳を許ざぬものである。 その翻訳をあえてするのは、こ札をあえてすると同時に、われら日本人を見捨てたも同様であ るっ・翻訳はさしつかえないが、その翻訳を演じて'われら日本人に芸術上の満足を与えようとす るならば、ブドウ酒を|正宗《まさむね》と交換したから甘党でも飲めないことはなかろうと主張すると等し・き 不条理を犯すことになる。博士はただ忠実なる沙翁の翻訳者として荘ずるかわりに、公演を断念 するか、または公演を遂行するために不忠実なる沙翁の翻案者となるか、二つのうち一つを選ぶ べきであった。 下 沙翁の作物が自然の鏡に映る明らかなる影のごとくに無理のないものだと、一概に西洋人のい うとおりを真に受けて、自己の味覚をわざと客位に置いては、われわれの不見識になるばかり か、現にお互いの損である。沙翁を写実の|泰斗《たいと》のように言いふらすのはまことでもあるが、また 大いなるうそでもあると余は主張したいくらいに思っている。なるほど、喜怒哀楽の因果的に流 露する段落関係には普遍の趣を備えているかもしれないが、その喜怒哀楽の中に盛られる表現に は寄りつけないほどに不自然でかつとっぴなものがある。今日の日本人はむろん、今日の英国人 もむろん、当時エリザベス朝の人間といえども、けっしてこんな思想を意志疎通の道具として用 いはしなかったろうと考えられる。  この不自然でとっぴな、われわれとはもっとも人開的交渉の少ない思想がすなわち沙翁の詩想 なので、平凡と|常套《じようとう》を脱した普通以上の別世界に行なわるべき巧みなる表現なのだという事実に 気がつくならば、いわゆる沙翁劇なるものは、普遍なる脚色の|波欄《はらん》から観客に刺激を与えるほか に,一種独特の詩国を|建立《こんりゆう》して、その詩国の市民でなければとうていこれを享楽する権利を有し ておらぬと規定されたむずかしい条件付きのしばいであるということがわかるだろう。  したがって、日常の人間としてもなおかつ鑑賞の余地ある脚色にのみ追伴して、同時に一方の 条件を満たすことを忘れたもの、または満たすに意なきものには、一種い〜べからざる不徹底な はがゆさと、かたづけることのできない矛盾の苦痛を与えざるをえない。われらはまったくこれ がためκ悩まされたのである。けれども、坪内博士と登場の諸君は、それほど詩的な表現をほし いま一まにする沙翁についてきえないわれらのほうが、趣味の程度において幼いのだと言われるか しれない。余は特にηてこを弁じておき亭.〜いのである。  余の経験に訴えると、沙翁の建立したという詩国は、欧州の評家が一致するごとくに、しかく 普遍な性質を帯びているものではない。われらが相応にこれを味わいうるのは、年来修養の結果 として、順応の境地を意識的に|把捉《はそく》した半ば有意の鑑賞である。縁の遠いところになると、依然 としてわれらと沙翁との間にはなんらの血も脈も共通にうってはいない。そのうえ、わ-れらは字 面に|低個《ていかい》して、その内部に潜在する情味を|掬《きく》Lながら徐々と進行するものである。単なる俳句の ごときですら、|詩《 》と名のつく以上は、広告を読み流す勢いで進行しては、頭も|情緒《じようちよ》も字義に伴う 余裕を見いだしえないのは、経験,の教えるところで.ある。まして、本来からおのれを異境の土に 移しての鑑賞に、日常談話の速力は、汽車で箱根を駆け抜けるよりも無理な見物である。今の普 通教育を受けた英人にすら、沙翁のことばは舞台の文句としてはあまりに詩的で、ほとんど意義 を構成していないところが多い。もしこの不足を補うにアクセントの特別な組織から生ずる朗詠 吟唱の調子に伴って起こる快感をもってしなかったら、かれらはほとんど長時間の席に耐えない だろうと思う。沙翁は詩人である、詩人のことばは常識以上の天地を駆けまわっている、と許し た以上、これを口にするものもまた常識以上の調子で観客をつり込む魔力と覚悟とを備えなけれ ばならない。要するに、沙翁劇のせりふは能とか謡とかのような別格の音調によってはじめて興 味を支持されべきであると決めてかからなければならない。ここに注意を払わないで、「|晴嵐《せいらん》こず えを吹き払って」というようなことばを、「おい、ちょっときてくれ」という日常の調子でやって ぼ、双方共くずれに終わるだけである。  西洋でも沙翁劇は今なおしぱしば演ぜられる,そのつど評家の苦情は、今の役者が詩を理解し ないで、普通の散文と選ぶところなく口から出任せにやってのけるから、せっかくの美しいもの 噛だいなしに打ちこわしてしまうというにある。すでに音律の整った原詩に対してすらこういう 非難があ呑。坪内博士の『ハムレット』は写実を遠ざかる埋め合わせとして、沙翁の与えたる詩 、美を、単に声調のうえにおいてすら再演することができなかったため、われわれは高雅な幻境に いざなわれる心持ちにいくぶんでもなりえず、また普通の人閲を舞台の上に見るような切実なお もしろみを味わいえなかったのである。                        (明治四十四年六月五日-六日『東京朝日新聞』)