小説中の人名 夏目漱石  小説中の人物の名は、なかなかうまくつけられないものだ。場合によると、あれもいかぬ、こ れもいかぬで、二日も三日も考えてみることもあるが、凝っては思案にあたわぬで、たいていは いいかげんにつけてしまう。  こういう人物にはこういう名でなければならぬというような、いわゆるすわりのいい名という ものは、なかなかないものだ。早い話が、自分の子どもの名をつける場合でも、やはりこれなら ばというような名は、容易につけえられない。  このごろはなるべくわかりやすい名をつけるようにしている。|源義経《みなもとのよしつね》とか何の何雄とか、や かましい名はきらいだ。三四郎とか与次郎とか普通の名のほうがいい。                          (明治四十一年十月二十一日『国民新聞』)