『サーニン』に対する四名家の評 夏目漱石  『サーニン』の第一ページに、サーニンが幾年ぶりかで自分の家に帰ってきた、それは、   着いたのは夕がた、おちついて|従容《しようよマう》と、さもこの室を出ていったのがわずかに五分間ばか   りまえだったかのようなふうではいってきた。 と書いてある。なんらの感激もない、詠嘆もない、センチメンタリズムの影を絶して、習俗の固 |陋《ろう》に|寸毫《すんさこう》もわずらわされておらぬサーニンその人が、早くこの数行のうちに|髣髴《ほうふつ》される。わたく しは忙しいので、まだ『サーニン』を読まぬ。しかし、巻を開いて早くかくのごとき文字を見い だしたので、非常の興味と期待とをこの書に持っている。                             (大正三年二月エ十一日『新文壇』)