文体の一長一短 夏目漱石  予には、なかなかこうした問題について意見を述べることがむずかしい。責任を感じてという よりも、適当な言い衷わし方がないからと、いろいろな理由からとである。ことに、文体の統 一などという予誉者めいたことも、そのいずれが便利であるかということすらも言いえないので ある。  予は小説をかくために柔らかい文体を用いることが多い。言文一致というが、ともかく結びの 文句はその式になっている。文体はどれがよいということは、その人の知識の程度に従うことと しておくが最も無事であろう。また、従来それでやってきたのである。予は文章体、漢字かなま じりの文体、漢文脈をひいている文章を好む。しかしながら、それは言文一致体などに多く触れ ていてたまにこれを読むのであって、文章体りてのものを特によいと認めて読むという意味でもな い。  言文一致体はかなりに広がっている。そのひろがっていく力は、かなりに盛んなようである、 ここ数年来の傾向として、官庁の布告などにも、この文体を採用してきたようである。郵便局、 鉄道院などの注意書きなどを見るとよくわかる。これらはもっとも、文章だけでなしに、ことば なり、態度なりの変化と並行してきているようである。           二  言文一致が、いかに便利であるといっても、どの場合にもこれを使うというわけにはいかぬ。 荘重なる文辞をたっとぶところの勅語において、「であります」とか、「そうなさい」というがご とき文字を用いられたとしたら、はたしてどう受け取られるであろうか。時にもよる、場合にも よる。  外国の巡査、ロンドンの巡査などは、市民との関係がはなはだしっくりとしている。あたかも 友人関係である。物を問うにも教えるにもはなはだ丁寧で、役人づらをしない。日本の巡査もこ の節はコラコラをモシモシにかえたように、人民に対することばづかいなど非常に丁寧になって きたようだ。しかし、それは一部分についての傾向であって、税務署員よりも、郵便局よりも、 何がいばるって、巡査のようにいばるものはあるまい。  しかし、そのいばるには相当の理由もありそうである。人民保護、悪人を調べたりなどするに は、このコラコラ調子がないといけないのかもしれぬ。また、あまり人民と親しくなると、そこ に一掻の弊害があるかもしれぬ。この伝で、勅語などもやはり堅苦しいといえば堅苦しい、日常 の生活と隔たりすぎていても、この堅苦しい文句を使ったほうがありがたく思われるのである。  その特長はなにものにも認める。その長所を利用し、特長を生かしていくことは今後も続いて いきそうに思われる。 三  予は今小説をかいている。午前中をそのために用いるのである。一日の仕事、義務としては、 一回の小説を書き上げればそれでよいのである。しかし、新聞小説はおのずから約束があって、 予のごとき、最初はなかなかその約束にそむきそうで困った。ある長さを決めて書いても、往々 に予定よりはみ出すものや、足りないところができる。それを処分するのはなかなか困難なわざ である一雑誌などの小説ならずんずん先へ行ってもいいのだが、その約束のため相当に頭を悩ま す、約束とは適当な分量と、文句の段落が不自然でないようにする努力である。一回一回のヤマ ではない。  予は小説でない文章にしても、一時間に新聞の一段六十五、六行を書き上げるのがやっとであ る。ぞうさもないように人も思うし、自分も考えるが、やってみるとなかなか容易でない。こ とにこのごろはいっそう以前より筆がおそくなった。以前のほうが達者であったのかもしれぬ。 『猫』などは予自身の興の浮かぶままにかってなものを出してどんどん書いていったので、ほね はおれなかった。新聞の小説はほねがおれるものである。今も十二、三回だけ送ってある。一っ はいつ病気で|臥床《がしよう》しても困ると思ったからである。しからば、元気のよいときに二回分も書いて おけばよいのだが、それもできない。  経験によれば、一日一回なら一回と定めたものには、やはりそれだけ力がこもるようで、二回 書いてしまうと、一回分の力が二回分に分割されたようで、なかなか自分を満足させるというわ けにはいかない。 四  予は愛読書の問題に到着した。これなどは質問のうち最も困るものの一種である。予は愛読書 といって特にないのだが、ないといって断わるのも変である。さりとて、これをあげるは弊害が ある。若干の書を限ってこれを提出すれば、予はそれのみを愛読しているかと思われると困るの である。書斎に積まれたる全部の英書をもって愛読書としたら、そのほうが公平かもしれぬ。英 書ばかりでなく、ギリシャ語の書も、ラテン語の書も、仏独の書からも、その好きなのを|選《よ》った らたいへんなものになる。と同時に、予は貴下のだれの影響を受けたかと問われても困る。鹿児 島の人が西郷南洲翁の影響を受けたということを声明するのははなはだ容易のわざであろうが、 予はだれからとも明言しえぬ。予の知識を育てたのは、予の周囲に積まれた書からであるから、 そう自白することが最も適当であると思う。                           (大正五年九月二十日『日本及日本人』)