随筆六則 森鴎外      ■歌  ■歌といふのはどんな遊だつたらう。羅馬時代のDionysos-Bacchos の祭の事を書いてあるのを読んでゐると、かがひといふのもこんなものではなかつたかといふ感じがする。      梯  人は似た境遇の為めに似た事をするものらしい。伊大利のBandelloの書いた短篇を見ると、Fra FilippoLippiがCosimo de Mediciの二階に閉ぢ籠められて、画をかゝせられてゐるうちに、退屈で為様がなくなつて、寝昧の布を截つて、繩梯にして、二階の窓から抜け出すことが書いてある。それを見てから余程立つた後に、Bjoernsonの作を読んで行くと、女優になりたがつてゐる娘が、牧師の家の二階にゐて、 Romeo and Julietteの出窓の場の稽古をすると云つて、同じ趣向の繩梯を拵へて、それを発見せられて、忍んで来る男があるのではないかと疑はれることが書いてある。これはBjoernsonがBandelloの作を見て書いたわけではあるまい。      秤  高尾を同じ目方の小判に換へたと云ふ伝説に似た話がある0 Kurfuerst von Brandenburgは希臘の旅商人の息子の美少年を同じ目方の琥珀に換へた。此少年の機嫌を取る為めに、千六百六年から七年に渡つて、七箇月間雨が降らないで、街頭に餓死するものがあるの凡奢侈を極めた祭をさせた。此話は〇scar WildeのThe portrait of Mr. W. H,の中に引いてある。      三途川  三途川には懸衣翁奪衣婆があつたといふ。のOCYTUSの流には渡守CHARONがあつて、女の沙汰は聞えない。      切腹  切腹は西洋人はせぬと思つてゐると、 Henri deRegnierの小説La Double MaitresseでHubert de Mausseuilが腹を切つて咽を衝いて死ぬる。      日に数食す  日本人は昔は日に二食であつだが、今三食になつてゐる。しかし農家では四食以上に及ぶことがある。これは西洋も同じ事で、Mistralの書に南仏の農家に行はれてゐる名目が見えてゐる。  一、七時——le dejeuner  二、十時—le grand-boire  三' 一時——le diner  四、四時——le gouter  五、夜 ——ie souper