もし心霊を捕らえることができたら 小栗虫太郎 いや、できたらどころの話ではない。交霊会さえあれば捕らえるはおろかなこと、再生 させることさえ不可能ではありません。しかもその方法は公式一つ、論理というのもわず かに霊媒がなにゆえ女でなければならぬのか、霊|媒愚霊《ひようれい》の先頭徴候がどうしてヒステリー 発作に酷似しているか、それに女性のヒステリーがだいたいどういう臓器から起こされる かという、以上三つの点を帰納的に考えていただけばよろしいのです。 するとみなさん、(汁-樋)"十叫ではありませんか。つまり、招かれた心霊が霊媒の子 宮の中に入っていくからですよ。そこで一つの条件というのは、霊媒として双子宮の婦人 が必要だということです。 もっともこれは、筆者の人道主義的な立場から申すことで、だいたいその方法が一種の 産科手術だからです。|霊気《オきド》に触れると青紫色の放射光を発する水晶か磁針かを使って、ま ず心霊の所在を探り、それからそのほうの子宮を密閉して摘出してしまうのですから、も し二つでないとあとがさだめしご不自由だろうと案ぜられるからです。 さて、こうして心霊を|俘虜《とりこ》にしてしまうと、続いて再生に取りかかります。 その方法は望遠鏡の対眼レンズを外して、それに子宮|胡藍《ふくべ》の口を当て、素早く俘虜の心 霊を望遠鏡の中に移してしまえばよいのです。そして、次に|遡齢《それい》光線を利用します。 で、かりにべートーヴェンの心霊を捕らえたと仮定して、望遠鏡を六一シグニという白 鳥座第三十一番目の星に向けたとしましょう。そうすると、その星の距離が百七光年で、 いま見る光がちょうど百七年以前、すなわちべートーヴェンが第九交響楽を書いた一八二 七年の光に当たるのですから、円熟期の楽聖、ちょうど一寸法師ほどの大きさになって、 望遠鏡の中で再生することになります。 なぜならみなさん、要するに死者再生法の定義といえば、現在と過去における所要の一 点との距離を、一個の|・《ピリオド》にまで短縮すればよいのではないでしょうか。そして、現在地球 上において過去に|遡行《そこう》し得たものといったら、この光線を除いてほかに何があり得ましょ うか。 ですから、双子宮を持てる女性たちよ、決して奇形を嘆かれることなしに、一度は筆者 のもとをお訪ねください。 また、ろくなもの一つできぬ日本の作曲家さんたちよ、その時接眼鏡に五線紙を|貼《は》って みたらいかがですか?