ロボットとべッドの重量
直木三十五
「お前、本当に1心から俺を愛しているかい」
　KK電器具製作所、ロボット部主任技師、夏見俊太郎は、
病に蝕まれ、それと悪闘し、そして、それに疲労してしま
った顔と、声とで、その夫人に、低く話かけた。
(また1病人って、何うしてこんなに、|執拗《しつこい》ものなのか
しら)
　夫人は、頭の隅で、一寸、こう眉を、ひそめてから、
ーええ、愛していますとも」
　夫人の頬は、新鮮な果物のように、艶々しく、黄金色の
生毛が、微かに光っているし、その腰は、典雅な線で、そ
の豊満さを現しているし、それから、その下肢は、張切っ
て、滑かだった。
「俺が、死んだなら1独身ではおれまい」
　夫人は、病気前の、病気中の、狂的な、夫との、ベッド
ウォークを思出して、肌を、蒼寒くした。脂肪気の無くな
った皮膚のゆるんだ　　だが、眼にだけ、異状た光と、熱
とを持った、少し、臭気のある呼吸。それが、獣のように、
のしかかってきたのを思出して、憎悪が、肌中を、毛虫の
ように、這い廻った。だが、その嫌忌すべき夫の顔を取除
いて、そうした事を思出すと、夫人の血管の中には、熱を
含んだ愛慾が、溶み出してきた。
「いいえ」
　夫人は、そう答えたが、微かに、　(同じ死ぬなら、早い
方がいい、|妾《わたし》も、すっかり、看護に疲れたわ)と、思った
し、すぐ、その次の瞬間に、
(未だ、若くて、美しいんだからー)
　と、思って、自分の両手を、並べて眺めてみた。
　そして、
「こんなに、荒れたわ」
　と、云った。そして、そう云いながら、自分を誘惑した
男、戯談のように云い寄った夫の同僚の一人、手を握った
会社の課長、酔って接吻をしようとした親族の男などを、
|壊《くた》けた鏡に写っている記憶のように、きらきらと、閃かせ
たc
「俺が、死んでーもし、男が欲しくなったなら　　」
「嫌、ツてんな話」
　夫人は、夫のきている毛布の中ヘ、手を差込んで、夫の
指を握った。
「そんた事、考えないで、早く、よくなってね」
　夫は、疲労した瞳を、部屋の扉の所へやった。
「あの、ロボット」
　夫人は、振向きもしないで、
「早くよくなって、又、これを、二人の物にしましょうよ」
「あの三号のロボットを俺だと思ってー」
　俊太郎は、夫人の指を握りしめて、愛の印を与えた。
「嫌よ、そんなこと。貴下、頭が、何うかしているわ。さ、
暫く、お眠みなさいね」
　夫人は、手を引いた。
「俺は、そういうように、特種な設計をしておいたんだ」
「嫌、嫌」
　夫人は、椅子から立上った。そして、扉の方を見た。扉
の傍に、精巧な、軽金属製のロボットi侵入者を防ぐ為
のロボットが、冷かに立っていた。青い服を着て、手袋を
はめて、パリから来た、一九三六年型の、パリ女の好みの
顔立をして、じっと、
2
夫人を眺めていた。
　俊太郎は、ベッドの上へ起上った。湿おいの無くなった
眼、眼瞼の周囲に、薄暗く滲出している死の影、尖った頬
骨、太くせり出したこめかみの血管1そんなものが、青
滋色の電燈カバーに、気味悪く照し出されていた。
　その、ベッドの側に、合成アルミニュームのロボットが、
人体と　　肌と、同じように巧妙に塗料を施されたゴムを
密着して、裸体のまま突立っていた。それは、俊太郎が、
ロボットを、|何《ど》れだけ、人間に近づけ得るか、という研究
の対照物となっていた物で、ゴムの厚さ、薄さ、その硬軟
の度合が巧妙に、アルミニュームの支柱を蓋うていて、ツて
の眼は、廻転をするし、その眼瞼は開閉するし、口、二しれ
から発音、歩行、物の把握ーそれらの動作は、殆ど人間
とちがわなかったo
　俊太郎は、病気の前、その前兆として、身体に異状のあ
った時、そのゴムの上の、塗料の膜へ、電気を通じる事を
施こして、身体を操ました事があった。そして、夫人にも、
そうした事をさせた時、夫人な、
「人間、そっくりね。ロボットの手まで、暖いわよ」
　と、俊太郎を、媚の眼で、眺めた。
「恋人にもったらP」
「素敵だわ」
　夫人は、そう云って、ロボットの無表情なーだが、美
しい顔を、ちらっと見た。
「恋愛の対手には、不十分だが、それ以外の対手になら、
人間以上だよ」
「そんな事、出来て?」
「簡単さ、ベアリングを入れて、自由に動くようにすれば
いいのさ」
　そう云っている俊太郎の顔を、夫人は、じっと眺めてい
たがーその腹部の、特殊装置の部分を完成する少し前に、
彼は、病気になった。そして、今、それを完成しようとし
ているのであった。
　冷かに光ったベアリングが、前後に、左右に、円滑な運
動のできるよう、適当に噛合っていて、電気の通じてくる
銅線、液体の入ったゴム袋。それを上下から圧迫するよう
に装置されたニッケル板ーそれらの物を、適宜に、操作
出来るよう、ロボットの背の下部に、三箇のボタンがあっ
た。
　俊太郎は、少し口を開いて、時々、肩で呼吸をしながら、
狂的な空虚な眼を光らせて、ピンセットで、誘導線を直し
たり、スイッチを捻って、ベアリングの運動を試めしたり
ーそして、
「これが、第一の贈物」
　と、眩いた。それから、暫く、眼を閉じて、疲労を休め
てから、腹部の蓋を閉じて、静かに、ロボットを抱き上げ
た。足部は、重かったが、桐のように軽るいロボットは、
俊太郎のベッドの上へ、横になった。俊太郎は、水差から、
水をのんで、ロボットを、うつ伏せにして、枕元のベルを
押した。
「はい」
　次の部屋から、看護婦が返事をして、すぐ、扉を開けて
出てきた。そして、ロボットを見ると、
「あら」
　それは、動いてはならぬ病人の不謹慎さを叱責する声で
あった。俊太郎は、瞼しい眼をして、
「ここへ、一寸、腰をかけて」
　ベッドを、指した。
「お起きになっては、御身体に、大変さわりますよ」
「ここへ、かけてくれ給え」
　そう云って、俊太郎は、ベッドの中へ、入った。看護婦
が、毛布を着せた。
「かけ給え、たら」
「かけるだけで御座いますか」
　女は、ベッドの端で、云った。俊太郎は、頷いた。そし
てロボットを見ていた。看護婦が、ベッドヘ腰を降ろすと
同時に、ロボットは、投出していた両手で1右手は、ベ
ッドの端を左手で下の毛布を掴んだ。そして、把握力が加
わってくるらしく、毛布を掴んだまま、俊太郎の身体ぐる
み、じりじりと、自分の方へ引寄せて、両手で、胸を抱く
ようにiI右手は、藁蒲団ぐるみ、強烈た力で、引寄せか
けた。
「よしっ、立って」
　俊太郎が、こう云って、看護婦が立つと同時に、ロボッ
トは、操作を止めた。
「あっちへ行ってIl」
「ええ、そのロボットi」
　看護婦は、俊太郎の病的な神経を恐れ|乍《なが》ら、そういうと、
「もう用は無い」
「はいII余り、無理をー」
「判ってる」
　看護婦が去った。俊太郎は、仰向きになったまま、暫く、
じっとしていたが、いつも、ロボヅトを置いてある、扉の
所から、ベッドまでの距離を、頭の中で計りながら、
(ベッドに、重量が加わると同時に、ロボットが、自動運
動を始めて、ベッドの方へ来る装置ーベッドの下のバネ
がーそうだ、バネが、リズミカルに、動くーその、あ
る度数を経た時に、ロボットが、行動を起すーそれがい
い。装置は、簡単だ)
　俊太郎は、そう考えて、
「第二の贈物だ」
　と、眩いた。
3
夫人は、和服で、膝を重ねていた。絨毯の上に、長儒神
の裾が、垂れていた。クッションの中ヘ、埋まって、煙草
を喫いながら、
「そりゃ、愛してるわ」
男を、そう云って、ちらっと見て、男の眼の微笑を見る
と同時に、
「正確に云うと、愛していた、だわ」
「病気にたったり、愛されなくなったりー二重に不幸で
すね」
「自ら招いた責任よ。夫の資格が、半分無くなっているの
に、|妾《わたし》にだけ、同じでいろなんて、不合理よ」
　男は、左手を、椅子の後方へ廻して、夫人の頸を抱いた。
+ハ人は、煙を、男の顔へ、吹っかけて、
7ての代り、癒れば、元々どおりに、愛してやってもいい
わ」
「僕は、何う成るんです、その時ー」
「判ら無い」
「二つの場合がありますね」
「そうよ」
　夫人は、そう云って、重ねている左脚の先で、男の、靴
を押した。
「一つはさよなら。　一つはこのまま」
「そうよ」
「一体、|何《ど》っちなんです」
「そんな事、今から考えて|何《ど》うするの」
「だって、僕にとっては、重要問題です」
「さよなら、をすると、云ったら、現在の状態が、変化す
るp」
「いくらかー」
「気持の上で」
「ええ」
「じゃあ、変化するがいいわ。さよなら、をするわ。さ、
変化して頂戴」
　夫人は、顔を正面にして、男を見た。
「|何《ど》う変化した?」
「そう、急には」
「変れない?」
「だってーさよならが、嘘だか、本当だかー」
「本当にするのよ。だから、変って頂戴」
　男は、夫人の頸を、引寄せようとした。夫人は、その手
を掴んで、
「変らなけりゃ、嫌」
　男は、黙って、夫人の左手をとった、夫人は、身体を反
らして、
「変れないの?」
「よく考えておきましょう」
「そう、よく考えておくってこんな恋愛が、そんなに考察
に値して?」
　夫人は、ほのかに、香料を漂わせながら、近々と、凝視
している、情熱的な眼へ、微笑で云った。
「僕には」
　男は、手に力を込めた。
「ロボット以下だわ」
「以下〜ー|何《ど》うしてP」
「人間は考えられるだけ下等なのね。ロボットは、する事
だけをして、何も考えないわよ」
「だから、機械じゃありませんか」
「人間より幸福な」
「自ら幸福という事を感じえない幸福は、人間には存在し
ませんよ」
「幸福を十分に感じる人間は、不幸も十分に感じるわね」
「それが、人生です」
「一九三〇年代までの」
「永久の」
「ロボットを学べ、鈴木金作。したい事をして、悔を感じ
ない人生」
「じゃあ、僕と、今、さよならしても、奥さんは、感じな
いp　何もp」
「あんたの出て行く、一歩、後から、次の男を求めに行く」
「僕は、さよならしない」
　男は、眼に、手に、力を入れた。
「人間の男の取柄は、その情熱の昂進してくる所だけね」
「ロボットの方がー」
　男は、情熱が、血管の中で、溢れてきたのを感じた。夫
人は、男の顔が近づくのに、押されるように、クッション
の中へ、だんだん免れ込みながら、
「自分の意志のままになるロボットもいいし、自分の意思
以外の方法を教えてくれる男もいいわ。ロボットが、俊太
郎が出来て以来、女性の感覚は、二倍によくなったわ」
　夫人は、朗かに笑って、じっと男の眼をみつめた。
　　　　　4
「このベッドは、御前と、俺とだけのものにしておきた
い」
俊太郎は、凹んだ眼の中から、力の無い表情で云った。
「ええ」
「ここだけは、汚してはいけない」
「誓うわ」
「そうかいーじゃ、このロボットを大事にしてくれ。俺
だと思って」
「随分、精巧なのね」
　皮膚の感じ、体温、その素晴らしい機能、その微量の電
気による魅惑的な刺激、それは、機械によって、感じるー
ー機械によってのみ感じえられる、女性にとっても驚くべ
きものであった。
「俺は、機械技師だがーこのロボットに対してだけは、
生理学的の研究を加えてある」
「そうらしいわね」
「それから1同時に、俺は、霊魂の神秘を、信じる事が
できる」
「霊魂?」
「ロボヅトを愛さなくなれば、彼奴は、御前に復仇する」
「あのロボットがi」
「ああ」
「|何《ど》んな復讐?」
「殺す」
　夫人は、黙ってーだが、心の|中《うち》では、この執拗な愛に、
憎悪と、軽蔑とを感じて、
「そう」
　と、一言だけ、軽く云った。
「もう、二三日しかもつまいがI俺は、俺の精神をこめ
た、三号ロボ以外に、御前を渡したくないんだ」
「また始まったのね。よく、判っているわ」
「俺にも、よく判っているから、幾度も云うんだ。御前は、
もう、独身で居れなくなっているからー」
「だから、ロボさんを愛していたらいいじゃないの」
　窓は半分閉じて、力ーテンがかかっていたし、ベッドの
半分にも、カーテンがかかっていた。壁の織物、クルミ床
の上の支那絨毯、大きいスタンド、白大理石の鏡台、そん
な物が、悉く、陰欝に、黙り込んでいた。夫人は、
(誰か、見舞人でも、来ないかしら)
　と、ちらっと、考えたり、ロポットの巧妙な、そして、
人間とはちがった異状な感覚を、回想したりしていた。
「ロボットの霊魂1あるよ」
　俊太郎は、眩いた。
「嫉妬する?」
「ロボットは、御意のままか、然らずんば、破壊か、だ」
「そうね」
　夫人は、口だけで答えた。そして、機械人と、新らしい
愛人との、比較を、頭の中で、灼けつくように考えていた。
「もう、四時だわ。お薬を上る時間よ」
　夫人は、腕時計をみて、　(もう来る時分だのにー)と
思った。
「侵入者を防ぐ為のロボットで、自分を壊さぬよう注意し
てくれ。ね」
「ええ」
　そう答えた時、看護婦が、ノックして入ってきた。
　　　　　　5
「実に、精巧なものだ。ちっとも、人間とちがわんじゃな
いか」
　告別式に来た人々は、ロボットの手を握ったり、頬を撫
でたりして|称《ほ》めた。
「|称《ほ》めていいか、けなしていいか1宗教が、人間を救っ
た方が多いか、苦しめ、迷わした方が多いか、判ら無いよ
うに、科学の発達も、功罪不明だね」
「ロボットの如き、明かに、人間の職を奪ったからね」
　人々は、壁の所の椅子に免れて、煙を、部屋中に立籠め
ながら、話声を、充満させていた。
「全く、科学上の一つの重大発見は、杜会の、経済の、根
抵を動揺きせるからね。レーヨンの発達が、生糸を圧迫し、
生糸の生産原価の低廉が、綿糸へ影響し、そのレーヨンが、
近来、人造羊毛の為に、四苦八苦しているなんざ、よくし
たものさ」
「アメリカでは、携帯用のロボットが、成功したらしいね」
「あれがね」
「一尺四方ぐらいで、能率は、このロボットと同じ位なん
だろう。小さい車輪をつけて、合成軽金の支柱を建てると、
荷物をつんで、走っても行くし、場所を指定して、距離メ
ーターをかけておくと、一定の角へ行くと、曲りもするら
しい。計った距離の所で、右へも、左へも向くんだね。だ
から、安全で、正確な使をする訳だ」
「|函《はこ》が、|独《ひと》りで歩いて行くのはいいね」
「近代風景の一つさ。ロボット専用道路など出来て、人間
が踏込むと、跳ね飛ばされたってね」
「そういう時代になったね」
「日本でも、電気自動車のタキシーは、大抵、ロボットに
成るらしいね」
「僕は、乗ったよ。五十銭入れると、|扉《ドア》を開けてI不便
なのは、知らない所へ行けないだけだが、電気感触器が、
出来て以来、絶対衝突の憂は無いしー」
「ロボットを政府事業にして、一切の生産は、こいつにや
らせるんだね。人間は、だから懐手をしていて、分配だけ
を受ける」
「そう成るだろう、それ以外の方法では、失業者がふえる
だけだ」
「所が、君」一人か、声を低くして、　「このロボットは、
肴、男性の表象までもっているんだってね」
「そうかい」
「じゃあ、女性のを一つ作って売出すか」
「君のような失恋家には、いいだろう。ロボットなら、反
逆を企てないからね」
「その代り、銀座でも、連れて歩いたら、|何奴《どいつ》のも、皆、
|流行《はやり》女優の似顔をしていてうんざりするだろう」
「僕は、美人の新型を作るよ。一方の眼が大きくて、一方
が細いとか、前にも、後方にも顔があるとか-iI」
「とにかく、人間の女なんざあ、|何《ど》の面も同じで、おもし
ろくねえってな事で、鼻の三つある奴を連れてさ」
「ロボットなら、女房も、妬くまい」
「その代り、女房も、男のロボットを愛するから、いよい
よ人類破滅期だね」
「強制命令で、人工受胎させるさ」
「差しづめ、僕の如き、模範的精子保持者だね。官報で、
人選の発表があると、女が、群がってくる」
「もう、よそう。俊太郎め、地下で、くしゃみしてゐるだ
ろう」
「然し、急激に変化するね。社会も、人間も1恐るべき、
科学の力だ」
6
「貴女は、僕よりも、ロボの方を、愛しているように見え
ますね」
「犬を愛するように」
「嫉妬じゃ無いですがーそんな、馬鹿々々しい感情は無
いですが、ロボを愛するという事は、結局、僕に、資格が
無い、という事を語っていますからね。侮辱の一種だと思
いますよ」
「じゃ、妾が、このパイプを愛しても」
「パイプとはちがいますよ」
「そう云えば、そうね。愛する形式と、感情の変った|手遊《おもちや》
が、妾には、一つ増えたわけね。1そう云えば1|何《ど》う
云ったらいいんでしょう。確かに、可愛いいわ。妾の意思
が、そのままに通じるでしょう。だから、半分は、自分で
愛しているようなものね。自分が、両性を具備したような、
妙な、感覚と、感情とは、たしかにあるわ。そしてー感
覚は、刺激的な事ほど、喜ぶでしょう。異状な感覚程-
妾、あのロボさんの、金属の香が好きになったの、冷たい、
くすぐったい、-1」
　体臭に近い、獣的な香水の匂が、漂っていた。夫人は、
ロボットの胸に描いたのと同じ、草花のデザインを、青と、
|朱《あか》と、紫とで、化粧した胸に描いていたし、露出した脚に
は皮膚の上へ、鮮かな塗料で、幾筋もの、線が引かれてい
た。それは、足を長く見せると同時に、魅惑的な、肉体装
飾でもあった。
「それから、人間の力って、知れたものだけど、ロボさん
のは無限よ。女性って、だんだん、その力を耐えて行く内
に、男性なんか、つまんなくなってくるわ。でも、いい所
も、人間にはあるわね」
「じゃ、僕とはー-1」
「時々使って上げてもいいわ」
「二週間という約束でしたから、僕はー」
「憶えているわ。五時って」
「それにー」
「五時二十分に来たでしょう。ロボさんなら、五時が、一
つ、二つ打った時、ノックするわよ」
「恋愛にさえ、ロボ助が、勝つようになっては、人類の最
後ですね」
「ええ、生殺与奪は、女性の手へ、戻ってきた訳ね」
「そうらしいです」
　男は、立上った。そして、扉を開けて、次の部屋へ入っ
た。その右側には、新らしい、レーヨンの色彩的な、日本
的パジャマをきたロボットが、微笑んでいた。男は、じつ
と、眺めて、
「ロボ助」と、云った。
「はー」ロボが、答えた。
「奥さん、ロボ助っても、通じますね」
　夫人は、薄絹の下の、彩色した身体を、歩ませながら、
「ロボ、だけは通じます」
「君は、夫人を、愛しているか」
「は」
　男は、ロボの顔を凝視していた。夫人が、
「愛という言葉も判るわ」
「そういう単語は、返事ができるんですね」
「簡単な、恋愛用語だけはー」
「蹴飛ばしてやろうか」
　ロボットは、黙っていた。男は、ロボットが、返事もし
ないで、微笑しているのを見ると、自分が、蹴飛ばされそ
うな気がした。
「気味が悪いですねえ。魂があるようだ」
　夫人は、ベッドのカーテンを開けた。そして、腰をかけ
て、
「ここで、話しましょう」
　と、云って、椅子を、ベッドの横へ置いて、クッション
の上へ、肘を突いた。
7
「ロボめ、じっと、見ていやあがる」
男は、椅子から、立上った。そして、椅子を、力ーテン
の外へ出して、力ーテンを引いた。
夫人は、大きいクッションの上ヘ、身体を任几れさせて、
片脚を、ベヅドの外に、垂れていた。男は、ベッドの縁に、
腰をかけて、
「僕はー」
　情熱的な眼で、夫人を見た。夫人は、頭を、クッション
の中ヘ埋めて、細く、眼を開いて、
「何あに」
　それは、牝猫のような、媚と、柔かさを含んだ声であっ
た。男が…
「ロボは、接吻ができますか」
「一種だけたら、簡単なー」
「じゃ、それは、人間の方が、有利なんですね」
「そうよ」
　男は、夫人に近づいた。そして、ベッドの上へ、深く、
腰かけた。そして、夫人の方へ手を廻した。
「いけない」
　夫人が、頭を振った。それは、拒絶の外観をもった、誘
惑的な、媚態の一種にすぎなかった。
　ロボットは、ベッドからの信号と同時に、真直ぐに、そ
れは、俊太郎の計算通りに、正確に、進んできた。そして、
力ーテンを、頭と、身体とで押分けて入って行った。
「ロボさん、来ちゃいけない」
　と、夫人が叫んだ。男が、
「馬鹿」
　と、叫んだ。ロボットは、両手を拡げた。
「|何《ど》うするの」
　と、夫人が叫んだ時、ベヅドぐるみ二人を抱くように、
大きく手を拡げて、二人が、蒼白にーそれは、奇怪な、
ロボットの行為に、気味悪さを感じて、骨の髄から、恐怖
に、身体を冷たくした時間ーその、軟かい、だが、力強
い手で、二人を、抱きしめてしまった。
「いけない、放して」
　夫人は、ロボットの手から、腕を抜こうとした。男は、
肩の骨の上から抱えられて、右手で、ベッドの枠を握り|乍《なが》
ら、全身の力で、抜出そうともがいていた。夫人は、脚で、
空を蹴ったり、ロボットを蹴ったり、顔を歪めて、恐怖の
眼を剥出して、
「誰か、誰か1来て頂戴」
　と、絶叫した。ロボットは、徐々に、正確に、二人を、
締めつけて行った。二人の肌が暖かさを圧しつけていると
感じたすぐ次の時には、二人の骨が痛んだ。
「ああッー痛い」
　夫人が、叫んだ。その刹那、ロボットが、
「ベッドを汚したからだ」
　と、云った。それは、俊太郎に、よく似た声のように、
二人には聞えた。そして、それと同時に、二人は、頭の底
へ突刺すような、全身の骨の中までしみ透るような、激痛
を感じた。二人は、悲鳴を上げた。
「ロボットの霊魂だ」
　と、ロボットが、答えた。二人の脚は、苦痛に、曲って
いた。震えて、指は折れるように歪んでいた。顔は、真赤
になって、眼球の中に血が滲んできていた。暫くすると、
夫人の鼻穴から、血が流れ出して、眼が飛出すように、大
きく剥いて、突出てきた。男も、微かに坤くだけになった。
　人々が、馳けつけた時、力ーテンが微かに揺れているだ
けであった。召使は、
「奥さん」
　と、云ったが、そのまま、遠慮して、暫く、二人で、眼
を見合せていた。ぼとぽとと液体の滴る音がした。そして、
暫くすると、ゴトッと、機械の止まるような音がした。夫
人の脚が、化粧し、彩色されたまま、色が変って、カーテ
ンの下から垂れているのを見て、二人が、カーテンを開け
た時、夫人は、眼からも、口からも、血を噴出していた。
そして、ロボットは、二人の上にかぶさっていた。