果樹  相原新古夫婦が玉窓寺の|離家《はなれ》を借りて入ったのは九 月の末だった。残君の酷しい年で、寺の境内は汗をか いたように、昼口中、いまだに|油蝉《キゆドルらパデリ》の声を聞いた。  ふたりは、それ迄は|飯鶯《いしぐら》の|咽草雄《たぽこや》の二階に、 一緒に なって閲もなくの、あんまり親しくするのも蕊しいよ うな他人行.儀の失せ切れない心持でくらして居た。ひ とつの家の|室借《へやがの》をして屑ると、何かにつけて心づかい が多く、その為めに夫婦の同に夫は妻に対し、妻は夫 に対して、あたりまえ以上の遠慰があった。  田舎の商業学校を卒業して、.暫く役場に勤めて居た けれど、将来の望も無く、もとくあととりの身の上 では無かったから、東京に出て運をためして見ようと いう気になって、新古が故郷を出てから十二年にな る。小学校では級.長をつとめた事もあるし、商業学校 でも|何時《いつ》も平均点は甲だらたから、若し"宇"が鴉か ならば、大学迄行き度いのだったが、㌦げ.れは許されな い望だった。郷里の先華で、相当の仙位の役人をして 居るのに臼をきいて貰って、現在勤めて居る籏行の最 下級の行員となって、夜は神田の私立大学に迦った。 東京に行きさえすれば、うで次第でどLく仲くなれ るように考えたり、級長だったという丈り箏で人に勝 れて居るように思い込んで居たのなどは、事よりもは かなく消えてしまった。いゝ学校と.恕い…}ゴ江の,区別も 無く、大学という名前の魅力に誘われて、大したもの のように想像して居たところも、いたっ÷.絡,…貰任なも のであった。三年間の夜学を卒えて免状存.貰った時 も、これで明日から苫しいおもいをし,寸、銀行がひけ さえすれば楽々と手足が延ばせるという々心があった ばかりだ。別に学力が増したとも考えられなかった。 それでも銀行の方は人一倍|真面目《まじめ》につとめ、おとなし い正面な串携員として上役にも目をかけられ、毎年三 円五円と昇給して、|僅《わず》かながらも貯金も出来た。いっ たいに辛抱のいゝ方でその間六年同焔茸尾の二階に店 た。  朝は早く、夕方はきちんと帰り、夜遊などは一度も した事がなかった。月々の雑誌を二三冊とって、始め から終まで丹念に読むのが楽しみのひとつで、日曜祭 日にも郊外を散歩する位がせきのやまだった。咽草屋 のお婆さんは、いかに新吉が真画目で勉強家で身持が 正しいかを隣近所に|吹聴《ふいちよう》して回った。お婆さんには息 子が一人あるのだが、或保険会社の台湾支部に勤めて 居た。孫の顔も見られない寂しさから、新吉を我子の 様に可愛がった。新吉に妻を世話したのもお婆さんだ った。  おときはお婆さんの念仏友連の、近所の菓子屋の隠 居の遠縁の者の娘だった。うちは日本橋の裏通のちい きな下駄屋で、女学校には三年まで通ったが、生意気 になっては困るという両親の意見で、学校をやめて大 名華族の邸に行儀見習にやられた。十六の年から二十 迄つとめたが、病気をして宿に|下《さが》ってからずるくに なって、母親の手助をしていた。菓子屋の隠居が何か のついでにおときの話をした時、姻草屋のお婆さんは ・直に新吉と結びつけて考えた。最初のうちこそ未だ早 いとか、二人になっては暮しが楽でないとかうじく して居たが、お婆さんが借りて来て見せた写真はまん ざらで無く、みすく断るのは惜い気がした。どうせ 一度は貰うものならという気になって、案外手取早く 話はきまってしまった。それを機会に一軒うちを持ち 度いとも考えたが、先方でも当分は二階借で結構だと いうので、その|儘《ヰホエ》姻草屋の二階の六畳に、不白山なが らも楽しい口を送る事になった。それが今年の春の事 だった。  最初のうちはお婆さんも、自分のうちに嫁が来たよ うなもの珍しい喜びを感じたが、それは長くは続かな かった。二階の二人が自分を邪魔にして居るという疑 念に|煩《わずら》わされるようになった。 「うちの相原さんも|先《せん》の頃とは変りましたよ。」  などと近所の者にも|告口《つげぐち》するようになった。  ほんとに新吉の生活も、以前とは少しは変った。た まには二人で活動写真を見に行ったり、新吉の銀行の 帰りをおときが途中で待うけて、|何処《どこ》かで御飯を食べ て来る事もあった。それがいちくお婆さんの気に入 らなかった。  二階の二人も、室借の窮屈に悩んでいた。殊に新吉 は・六年問お婆さんの親切には心か】b感謝して居たの に・麟いや華ばか昌に立って、しみぐ他人の 家の狭さを思い知った。   それτ長局世話になり、もとくおときと嘉 になったのもお婆さんのおかげなのだから、結婚して 闘無く出て行くのは心がとがめて言い出せなかっ  た。その点にかけてはおときの方は、さほど世話にな  ったという考も深くは.無おで、どんな喜葦τい  いから一軒構え度いと年中せがんで居た。せが主れる  と・おときを喜ばせ度い心が強くなって、新古もいっ  そ思い切ってそうしようかとも思うのだが、生来のお   となしさと、△倍義理や恩義には堅い方なので、愚  図愚図に百Z延びて居た。    ところが幸いな事に、台湾に行って居たお泌、一さんの   息子が突然本店詰になって引上て来る事になった。い   ずれは別に一軒構える事になるかも知れ三が、当分   の固お婆さんと一緒に住むという事で、新吉夫婦はお   婆さんのいやな顧を見ずに引越す事が出来るようにな 封 った。 果 いざ探す差ると、貸家も思うようには見つか裏 かった。新聞の広告欄を見たり、周旋屋の前に|貼出《はのだし》て. ある掲示に足をとゞめたり、口曜には二人であ斥撫 く山の手を歩いたりしたが、結月銀行の同僚が、、H企 の寺の騨寮あいて居ると教えてくれたので、夫撃 行って見てきめてしまった。 御壷、同ム、の川走|臨《のぞ》ん聾ころに驚た。古川書 しはさむ町々を見下し、雑木の多い麻布台と向あって 居た。たいして大きな寺では無かったが、庭は広く、 貸家の口的莚て姦誇、奮と四由"慧一、.辮L" うさ、やかなもので、茸覧粗末だったが日当も担 畢よく・樹木や草花の、、聯、しく植てあるの義あ にして・夫婦二人きりの住居には此上も無く思われ た。今迄蓮繋の蟹寡一一階で只鱒をあける と日の下の神谷町から西久保へかけて.亜鉛葺の屋根の 照返しが強く、息の詰るおもいをしたのに比べると、 籠から逃げた小鳥の気持だった。他人まぜずの朝夕を 迎えて、二人はほんとの夫婦の情愛を初めて知った。 少しず2驚道具を買う楽み藻かった。三田の縁 日の晩に・瀦ぺ欲いと思って居た長火鉢を買った時 は・新古もおときもすっかり興籟して、帰途は豊に 話す声も高くなり、人通の少いところでは固く手を握 合った。|双力《そつほう》から感謝し度い感激で胸がいっぱいだっ た。次の口、新吉が銀行から帰ると、留守の問に届い て居た長火鉢に|鉄瓶《てつびん》をかけて、おときは赤坊に御湯を つかわせる母親のように、|殆《ほと》んど抱きかゝえる形で、 大事に大事に|布巾《ふきん》をかけて居た。  二人にとっての苦手は、お寺の|梵妻《 だいこく》のしつっこい程 口数の多い事だった。六十近い和尚と、先夫の子だと いう十六七の娘と、たった一人の弟子坊主を意のまゝ に動かして居るしっかり者で、自分の日から見れば世 閂馴ない夫婦を、指導してやろうとする心持が露骨だ った。|未《ま》だよそゆきらしい夫婦仲を、先鷲が後輩にの ザてむ態度で面山がって居た。  無口で毒しがりのおときは、まるっきり威圧され て、梵妻と顔を合せることを避けよう避けようと努め ていた。昼間新吉の留守に、裏の井戸端で洗濯してい る時などは、|向《むこう》も退屈しきって居るので、下駄をつっ かけで来ては側でおしゃべりをして居た。和尚は門番 の寺男と年中|碁《ご》を打って居るし、娘は女学校に通い、 弟子坊主も四角い帽子をかぶって宗教大学に通って居 るので、梵妻は話相手に飢えて居た。諸式が商くなっ てお寺の経済の苦しい事、和尚がぼけてしまって頼り にならない事、この前離家を借て居た小学教員夫婦の 悪口などを繰返してきかされるのはまだしもだった が、新吉夫婦にかゝわる内輪の事を、根掘葉掘|訊《き》かれ るのには、おときもよわり切って居た、何時、どうい う風にしていっしょになったかとか、新吉の月々の収 入はどの位だとか、立入った質問を受けると、おとき は顔をあかくしてうなだれる外に活路を見出せ左かっ た。 「あたしお寺の奥さんにはほんとに困ってしまうの よ。あなたの月給はいくらだなんて訊くんですもの。」  新吉が帰って来ると、救われたように気強くなっ て、おときは昼問梵妻にしつっこく悩まされる事を訴 えるのであった。つい言葉に力が入り過ぎると、御寺 の離家に住むのを|厭《いと》うような口ぶりさえ漏らした。 「そりゃあひどいな。だけど其位の事は|為方《しかた》がない よ。こんな|惜家《しやくや》は一寸ないぜ。僕は飯倉に居た時に比 べると、|頭脳《あたま》はやすまるし食欲は旺成…になるし、めき めき健康がよくなったように思う。」 「そり芝う手けどね、だってあん七、り先ですも の。」      さ声μ   、 ;   そう讐うあの、新士□と福面弩喰べ牙 かげると察に涼しくた畠の鱗で、虫の声の外に  士吋り勿行もしない広い庭から、崖の下の町に灯のと い㍊鷺呈讐と・鎌暫で吾ったξ藩 たかた心持になる。  -琴量4・兄な広庭を.持ぞる人先かあ り讐い鳳児ず鱗と支配人丈だろう。僕は里.[. 暑≡子供の寡植物や蛋の牒を雀に堰 糠㍑驚讐れ嚢驚い齢  ひどかったからなあ。」   肇あ二階の窓擁え舌いた朝.勢鉢は、引越 の凧県つて来て健籔いたが、今礁花与鏡 てしまった。はかない其の一鉢さえ、鶉識ρ、縦 喜推しては行開く花の芝相当餐愛情再   ったのであった。        ノ 構「あ乍は讐しい町の中で生れたのて、木の名な^ 果か何右窪いんですよ。」 「だぞ邸窟た時は、広い庭があ.ったろう。」 「そりゃあ何千坪っていうんですから、広いには広い んですけれく右立派斎庭だと思っただけでした わfく躍襟の=やさんが、あの松云で牛 円盆うちがあるなんて菖{したけれど。」 「此の翼に寡しく2ん鼠がある。僕がひとつ ひとつ教えてやろうかな。」 「え・教えて頂だい、」      〕 二人は縁側に並名.腰かけて、たそがれた庭に,回、、 て居た。 「あの門を入ると直ぐ右手の樹は知ってるだ言。」 「荒なら知ってるわ。ぎんなんの樹でしょう。」 「そんなら本堂の前のは。」  「さるすべり。」 「豪く知ぞる号三か。荒ではあすこに見 え亙番背の高いのは。」 -あ㌧あの沢山捲来る樹手ね。わから三わ。」 鳳ざ。」   すっかり夜になって、こおろぎの声のしげく驚 迄・あきずに植物や睾烏の話をした。  新吉は、殆んど何も知らないといってもいゝおとき に対して、自分の知識の盤富なのが嬉しかった。おと きにしても、何を訊いても知って居る新吉が、たより があって嬉しかった。  それがきっかけになって、新吉はいろくの樹や草 や鳥や虫の名を、おときに教えるのが楽みのひとつに なった。寺の地、向うちだけでも、松|杉楓銀杏《かえ ていちよう》などの外   しいかし久げきむくとちほおえんじゆ に、椎樫榎椋橡朴塊などの大木にまじって、桜梅桃 |李《すもし》ゆすらうめ栗|枇杷《ぴわ》柿などの、季節々々の花樹や果樹 があった。草花には萩|桔梗《ぎぎよう》菊|芒鶏頭《タしきけいとう》などの秋のものの 外に西洋種も多く、今はサルビヤが真紅に咲きほこっ ていた。  榎の高い梢には|鵯《ひよどり》が|群《むらが》って来た。銀杏のてっぺん  一㌔ ザ   究かた                              からすうり で百舌の高喘く日もあった。竹むらにからまる烏瓜を つゝきに来る|鴉《からゴ》、縁側の上迄寄って来る控、庭木の細 かい枝をくゞる|鶴《ひわ》や|四十雀《しじゆうから》の姿も目に止った。  おときは新吉の指さす樹の枝に、可愛らしい小鳥の 姿を見つけた時などは、声をあげて喜んだ。そういう 事に喜ぶ自分というものを初めて知った。白分が喜べ ば、夫が満足する事も一層嬉しかった。全く今迄知ら なかった興味が、野原にも|藪《やぶ》の中にもある平がわかっ た。 やけれどもおときが弱ったのは虫の多い小だった。|蚊《か》 帳の用意が無かったので、十月のなかば迄難渋した。 蚊ばかりではない。名も知らない虫が、あかりを慕っ て来る。|蝶《ちようく》々|蛾《が》の類に属するもの、うんか、かまき り、|金《かな》ぶんぶんなどはおときの顔にぶつかったり、髪 にとまる事もあった。|仰山《ぎようさん》な声を立て顔色を変て逃回 ったが、新吉は平気で指でつまんで縁側から捨てた。 彼は決して殺さなかった。 「血なんてそんなに|怖《こわ》いものじゃあない。よく見てご らん。みんな素晴しく巧妙に出来て居る。僕なんか、 可愛らしくて堪らないな。小鳥だの金魚だの、あゝい うものを可愛がるのと同じように、こんなちいさな虫 も可愛らしいと思う。」  そう言って、吹けば飛ぶような虫を手の平に乗せ て、長い岡見て居る事もあった。羽を微妙に震わせた   あ、し す君わ り、脚を擦合せたり、目玉をくるく動かして居るの を、新吉はおときに屯見せて面白がった。 「いくらあなただって、かまきりは憎らしいでしょ。一  「あいつは℃奴だよ。大きな時代遅れの武器を持っ て威川て居るくせに、何処かにひ工うきんたところ がある。虫でいやなものは先ずないなあ。」   -あらいやだ。あたし蛇を見るとぞっとするわ。」   -蛇鯖瞳だ。地だ凹を火の波のようにうねって行くと ころなんか、人問のダンゑんかより余科℃や。」   「あたたって変な方ねえ。」   おときは全く抑解川乗在ようにいったが、心の中  では夫の何享にも細かい観察を忘れたいで、.向、口味を 見出すのは広い心の故だと思って感心した。   「柑原は否議なんで御座いますよ。植木だの革花が  好きなのはわかっていますけれど、ちいさな虫まで可 愛がって決して殺すξ華は致し喜んの。」    可時も向うから話かけら札て、うけこたえばかりし   て居るおときもひそかに自分の夫をほこる心持をき   えて|林《  えい》ル|妻《こく》に話した。          むかピ   「蝶参欝含よご充すけれど、蛇だの是だの   金ぶんぶ老お友遠かなんかのように思っ焉るんで 樹すもの。」 果「畜蛇ですぞ。いやだく、あたしたんか騨た 丈でもぞっとしますよ。」 梵妻はうす后毛を寄せて、渠えた表情、5て見 せた。それがおときに、ひどく勝ほこった気持を与え た。 「いたゞくものにしましても、君…や肉よりも肝菜の 方が響で.すし、輩妻んぞに与縣袖喜ん が、采物は大好物でしてねえ、白分は山家育だから、 なんでも土に近いものが好きだなんて中して川り喋す の。」  新古にきいて初めて知った樹や草の名而を口にLた り、響て示す鷹、すくなからず得婆艇。 +月もなかばを過ると、落葉の早垣稀桐朴桜たど は砧んど散尽し、外の樹木も枝がうすくなって、誓 て見える秋の空がさっtきり生.向かった。  夫婦が惜て居る鮒凹伽の前の、黄ぱみ纐勧生雑木にま じって・見事な柿の木が一本あった。鈍重な感じのす る大きな.厚塗に、夏中は日光が鋭く照返したが、今 はその薯肇光を火って、笹く乾いたのは力無く 土に落ち始めた。そのかわり葉かげにかくれ"居た柿 の実は色づいて、枝は垂さを支え兼るように挽んで来 た。 「あの柿の実が毎日赤くなって行くのを楽みにしてい ましてねえ、朝雨戸をあけると、きっと縁側に立って 見て居りますの。」  故郷の家の背戸によく|生《な》る柿の木があったので、目 の前に柿の実の赤らんで行くのを見て居ると、子供の 頃の事進思い出すといって、新吉は朝日に光る梢をな つかしそうに僻ぎ見て居た。おときはその柿の木を指 さして・此の寺内に果樹の多い事が、如何に自分達夫 婦の心を楽しくさせるかを梵妻に話した。 「へえゝ、相原さんはそんなにも植木が御好きなんで すか。それでもあの柿は見かけばかりで渋柿なんです よ。」                 ナ差  梵妻も、西口にてらく光って居る柿の実の鈴生り に生って居る梢を見上た。  「まあ、あんなに大きな見乎な柿が渋いんですか。」  あれ縄赤く熟したのが渋いとは全く思いもかけなか ったので、おときは何のわだかまりもなく目をみはっ た。  「えゝほんとに見かけ倒しなんですよ。渋いの渋くな いのって。」 「ヵやく、それじゃあ喰べられないのですか。」 「喰べられるもんですかね。」 梵妻は現在口の中が渋くて堪らなそうに、大きな先 の太い鼻を中心にして顔中をしかめた。麩樺輩 に迫って居ると言って、おときは背中を車海老のよう にして笑った。  その日新吉が帰って来て、|差向《さしむかい》で楽しい食乎をした 後で、何時もの通り縁側に|布団《ふとん》を並べて茶を飲みな|力《ニ》 ら、おときは庭前の柿が渋柿だという事を伝えた。 「そうかしら、僕はそうは思わなかったがなあ。」  新吉は腕に落ちない様子で、暮残る空に柿の実のっ ぶつぶ数えられるのを見上て、首を傾けた。 「だって今日の御昼、お寺の奥さんがそうユ一一一一口っていま したもの。あの人ったら、こんな顔をして、ほんとに おかしかったわ。」  おときは梵妻がして見せた渋い顔を真似して、自分 でおかしくなって吹出してしまった。  柿の実は、その葉が黄色く枯れて散れぱ散る程憐健 を増して、晩秋の空に、い雀も日本特有らし嵐情 を見せ蔦た。誓は、そ札が渋柿だろう差かろう と・何のかふミ無く、晴れ告の空の色と、ちっ と姦の無稀の実の光と、脱俗した伎ぶりとを.竈  た。                 "に   寺の円の外の隻からも、その梢の赤曇は、鼠 臓華麟櫨讐、擁鰍衛 ものと見えて・真昼間、ひっそりした寺内の様子書 かゞって・照の考窪.藻冒孟召くば是 がら・竹竿を持って忍び込ん粟た。石を技斥の、 竹竿布き落ξ与亀の、みんなが狡饗顔つき をして・護し隼足孟崔象して望。寺の者 隻がつかなかったが、難い日あたりで灘亀て 居夷ときは、子蓬め狼讐ξはやく認めた   「そんた事しちゃあいけま芝よ。」    相手は小学生だと憲っても、それ丈いうの竃い   いっぱいだった。いってしまってから、自分の勢あ かくなるの憲じた。不覆声をかけら葵ので、寸 樹供竺葎㌃かえって、喬は一芝めらったが 果董きの㍊負最ると、撃によって饗に変る 子供特有の図太さで、平気で又竹竿を嵩した。実際 の霊吉轟たい讐立てて、真赤稀が走落ち る。 「かまう亀んかい。」 「やれく。」      }り 纐、膏声はひそめ蒙ら、翌罎かしあって、一ば らばら石つぶてを打つ者もあった。嘗き篠の土の 物を営置いて、縁側迄出て行った。 「釜しなさいったら、叱ら葦すよ。」= 正懸命でξ㌔声をかけたが、何の甲蓄瀕 った≠供達の薦には、馬鹿にし切って層色串 かだった。             、 「あんたがたそん奮のとったっ雇べられや裏レ のよ。渋柿ですとさ。」  「うそだい、喰べらあ。」   天の奴は催盗んでしまってあったのを取出し て・いきなりがぷりとかじりついた。   力ときは自分の意気地のないのをなさけなく思いな がら・途方にくれて、子供連の暴虐に枝をふるわ亨 居る柿の木を`たくしく眺めて居た。相手笑人 には違い無いが、声も顔つきも優しい女なので、いた ずらっ児はすっかり呑んでかゝって居た。|警《とが》める人の 目の前で平気で柿を叩き落してやるのが、自分達の勇 気を示す事のように痛快に思われた。何のはゞかりも 無く、かけ声をして、柿の枝をばさく打った。 「こら、何をする。」  突然|庫裏《くり》の方から、声を震わせて|梵妻《だいこく》が現われた。 手に|鍬《くわ》の|柄《え》のような堅い棒を持ち、肥った体を不格好 に波うたせ、血相かえて来た。その勢にすっかり脅え て、子供達は|干潟《ひがた》の|寄居虫《やどかり》のようにあわてて逃山し た。  梵妻は|何処迄《どこまで》もと追かけて行ったが、子供の方が素 早くて、|忽《たちま》ち門の外にちりム、に散ってしまった。 「鬼婆あ。」 「とったぞ、とったぞ、柿六つ。」  塀の外でふしをつけてはやした奴があった。 「とったぞ、とったぞ、柿八つ。」  今度は|獲物《えもの》の数をふやして、二三人声を合せてから かった。その合唱をしつっこく繰返しながら、子供達 は遠くへ逃げて行ってしまった。 「畜生、育ちの悪いがきったらありゃしない。」  未練らしく往来の方を振かえりふりかえり、せいせ い呼吸をはずませて、梵妻は漸く戻って来た。 「まあこんなに荒して行ってさ。」  柿の木の下に立って、落散った枝や葉を|忌《いまく》々しそう に見ながら、ぶっく言っているのが、おときにとっ ては自分の監督|不行届《ふゆきとぜき》を叱られて届るように感じられ た。いったん部屋の中に入って、障子もしめてしまお うかと思った程だったのが、|殊更《ことさら》縁側へ出て、白分の 方から声をかけないでは済まされなくなった。 「ほんとにひどいんですよ。いくらあたしがいたずら してはいけないって言ってもきかないんですもの。」 「そんなこってきくもんですかね。今度来たらひっぱ たいてやるから。」  何時迄も、寂しくなった木の梢を見上て、誰にでも 当りちらしたい|肚《はら》の中をあからさまに、きびしい事を 言うのであった。 「子供って|為方《しかた》の無いものですねえ。あたしがそれは 渋柿だから、取ったって喰べられやしないって言った. んですけれど、がりくかじって見せたりして。」   君きはいいわけがましく、気の弱い事を繰返し  ・て、心の中ではなさけなく思った。   新責荒って来ると、待構えて辱、その日竈来  市を話した。   「だって、いかにもあたしが意気地が無いから柿を盗  られたんだっていうような口ぶりなんですもの。あの  梵妻さん・も随分だわ。」    昧方を得た嬉しさで、しきりに白分の弁護と、梵妻   のどぎつい態度を非難した。ふだんはお寺の奥さんと  乎ん=たのが、梵妻さんだの梵妻だのと.言った。   芋供は為力が在なあ、すっかり葉の落ば、した骨の   ような枝のさきに、熟し切ったあかい奴の鈴生りに   なっている景色が秋の風情なんだがなあ。」    あく迄も自分の目を楽しませ、心をなぐさめるもの   として・なつかしがぞいたのだから、子供の暴虐の   あとを・わざく庭に出て見届けて来た。   「なあに・それ程の平はないよ。たかが五つか六つ落   された丈だろう。」 樹毫安心したらし爆‡家の史引返して来た。 集「渋柿なんか少し位とられたって℃じゃああ呈せ んかねえ。」 梵妻の態度が何時迄も心に残って居て、楽しい食事 の問にも、吾ときは|臼惜《くやし》がって居た。  その頃、おときは初めて自分の体にた、な朽㎞㌦父化 の起た事に気が二た。末の妹の生れる時、,雌.褥で母 のあさましく|苦《くるし》むのを見たり、その後もひよわくて|勺《 ニ》 中両親に心耀かりかけ唐違㌣の妻出心うと心 配だった。何という事姦く、夫に大きな負担をおわ せてしまったような気がして、済まないと思うと、い い出h心くかった。それでも黙っても居られ三で、 「あたし・子供が山来たのかと思うの。済みませんが ・…,.」  と夫の顔色をうかゞいながら切出すと新吉は土機嫌 で、 「済み喜んとは何軍だい。僕は子供は大好だ。」  と一一勇てさも面白そう塁ときの一一一一藁を笑った。そ うきくと・方ときは自分の体内に夫の愛情が形になっ て宿ったような気持がして、俄かに我身がいとしくな った。 「あなたに似て利巧だと℃わねえ。」  などと言って、心から楽みに思うようになった。夜 が窓くなって、たゞさえ人肌の恋しい頃、妻がたゞな らぬ体になったという事が、夫婦の仲を一層こまやか にした。  子供達が最初に柿を盗みに来てから四五日しかた、 ないのに、二度目の冒険を企てて、又忍び込んだ。そ の時は幸いに、いつもは裏の墓地で草をむしって居る ,門番のじいやがたまく追払った。急をきいて駆けつ けた梵書、又して皇と竃耳の痛くなるような声 を張上て、いたずらっこを罵った。自分の心持からも 多少神経質になって居るおときは、それをひどく気に .した。 「あなたみたように眺めて楽む気もないくせに、どう してあんなに惜いのでしょう。渋くて渋くて喰べられ ないっていうのに。」  たかλ、柿を盗みに来る子供のいたずらに、和尚も 弟子坊主も娘も寺男も呼集めて、いきり立つ梵妻を、 おかしがる丈の余裕は無く、自分自身が罵られたよう に忌々しかった。誰も知らないうちに、子供達がみん なとってしまえばいゝなどと、腹の中では考えて居 た。  その日、寺の者は柿の木の下に集って"んばらく評 議して居たが、やがて弟子坊主と寺男は,佛子をかつい で来て、若い方が学生服のズボンとシャツ㌔、う姿に なぞ高い枝に登った。下では梵妻と娘が莫藻の四隅 を持ち・上からちぎって落す柿を受けて居た。老僧も 監督するような形で、懐手をしながら日向に立って眺 めて居た。  おときはかゝりあいになるのを|棋《おそ》れて、障子の中で 針仕事をしながら、時々隙間からのぞいて見た。余程 たぞ・何かがやく話しながらみんなの足音が入ま じって剛要の方へ引上て行った後で、障子をあけて縁 側に出て見たら、無数に赤く日に光って居たのが、ひ とつ残らず、もぎとられて店た。      乏  銀行から帰って来た新吉は、寺の門を入ると直に、 柿の梢の荒らされたのに気が付いた。時が来て、熟し 切って土に落たのとは違って、人聞の手が無理にもぎ とった為めか、一層いたましく見えるのであった。  「どうしたんだろう、みんな柿をとっちゃったのかし ら。」 出迎えたおときの顔を児るや、育や、面白くない様子 .で訊いた。 「え・、又子供達が荒らしに米たものですから、お寺 の人が総出でとってしまったんです。若い坊さんがて っぺん迄資って、枝なんか惜気も無く折って下に落し て居ました。」  いいつけ口をする時の早口で、おときは"問の光娘 をつぶさに描写して見せた。 「渋をぬいて喰べる気かなあ。これからすっかり葉の 落尽した眺めが何よりいゝのだが、惜い事をしてしま ったなあ。」  暮かゝる縁側で、枝の折口の生々しく見える柿の木 をいたくしそうに、未練な事を.一一一二て居た。彼の心 には、村中に柿の木が沢山あって、秋の今頃の美しい 故郷の衆色が、絵よりも鮮かに映って来た。  その郷旺の家からは、姻草屋の二階に宋借をして居 た独身時代にも、時々|林檎《 んご》や柿を|寄越《よこ》してくれたが、    彗育しめじ零 今年は初茸と湿地茸を送って来た。きのこを炊込んだ 御飯は、新吉が子供の頃の好物だったと|娘《あによめ》が代箪し た母の言葉を書添えてあった。 「まあ、あたし初茸御飯なんて初めてですわ。ど.んな でし工う。松茸ならおいしいと思いま-すけれ、'.。今晩 直に炊いて見ましょうか。」  粗い竹擁の中からあふれるように出て来たのを手に のせて、おときは珍しそうに見て居た。十一月の-初め の、|時雨《しヂちわ》の降った後の華い日であった。たき.主ぜの御 .飯の香は殊になつかしく思われた。 「そりゃあ松茸のようにうまくは無いさしくにの方に はそんな上等なものはありゃしない。初茸飯か,久し ぶりで田舎に帰ったような気がする。御豆腐の御つゆ がほしいな。」 新吉には、いかにも晩の食卓が楽みらしく、勤に出 て行くにも張合のある姿だった。おとき.けてれが嬉し かった。|格子《こうし》の外に山て、|舖石《しきいし》の上に靴の音が聞えた が、新吉は又戻って米た。 「あの初茸だの湿地茸ねえ、随分沢山あるから御寺の 人にも分けてやろうじゃあないか。くにから荘たもの ですって。」  わざく言いに来て、おときのうなずピ、のを見て行 った。  夕方新吉は、 "、あ三今日程忙しい事は無かった。すっかり疲れて|御 腹《おなか》も減ってしまった。初茸御飯が待遠しいな。」  靴を脱ぐ問もそんな事を言っていたが、そう血ぐと はいかないときくと、手拭をさげて湯に出かけた。  めっきり|日脚《ひあし》も短くなり、かなり遠い湯屋から帰っ       ゆあ加り て来る道では、湯上でも肌寒く感じるようになった。 昼問仕事のたてこんだ為めに、すっかりくたび札たの が、湯に入って一層空腹を感じた。宵闇の中を歩きな    ねぐら                   い妬じる がら、塒に騒ぐ為の声を聞いて、此の季節に著しく 感じる澄んだ寂しさが腹の底迄|沁《し》みるのを知った。う ちのあかりの障子に映るのを見た時は、新吉の心は喜 びに震えるようだった。  あったかい初苛飯の湯気の立つのをふうく吹きな がら、故郷の秋のあわたゞしく暮れて、早い初雪が来 て|冬罷《ふゆごムリ》の季節となる頃を、涙ぐましい程なつかしく思 い出した。 「あたし初めてですけれど、おいしいわねえ。」  おときも、初茸の淡い|香《かお 》、|滑《ならめ》かなようでしゃきしゃ きする爾ざわり、噛みしめると何処かに土のつめたさ を含む味をほめた。 「今朝出がけにそう言った通り、お寺の人にも分けて やったかい。」 「えゝ、御寺の奥さん大変喜んで居ました。それで ね、おうつりのしるしだって、柿を持って来てくれま したよ。」 「柿。」 「それがおかしいんですよ。庭の柿なんですって。あ んなに渋い渋いと言って居たのに|如何《どう》したんでしょ う。あたし達が盗るといけないとでも思って、そんな 事を言ったんじゃないでしょうか。」 「そうかもしれない。」 「なんて憎らしいんでしょう。そんな事言わなくたっ て盗りゃしませんわね。」  |此処《こエ》に引越して来て以来、何べん|梵妻《だいこく》の口ずから聞 かされたかわからないのを思い出して、おときはしき りに忌々しがった。 「あゝ食った食った。久しぶりで実にうまかった。初 茸飯なんて田舎めかしいものを食うと、おやじやおふ くろの顔が目に見えるような気がするなあ。」   糞の轡た葎しおをすもながら、拒。は満 腹して更い体まてあつかうように、食卓にもたせ 洲け・雪きの響見て笑った。すべての葎みち足 りた時・劣ずから浮んで来る微笑だった。   「あたし濃んと括けちゃったわ。まぜごはん餐 が進むと思って、今口は余計に炊いたんですけれど、  この通りですわ。」   君ちの畿.をとって傾けて見せると、中はからく  になって居た。   台所君ときが肇のあとしまつをし喬高に、 ㎜辮難欝麟"欝欝讐  で・庭の樹々は心あるものが強いて沈黙を守って居る  よう轟けさ蔽誉空繰の枝を延ばし唐た。そ   の静けさは雨戸芒筋った室の内事記‡来   た。    台所で水を流す音や、瀬戸物の触れあう音が耳に入   ると・新吉は読ん君る新聞の記事が頭に入らなかっ 樹た垂響働いて管蒼きの薩の山-に菰茎育 果しつあるという妻、妙に、頭にこびりついて居た。 天の女が自分によって孟集.むとい争が、不思 議の念隻じえ缶得で心の底をくすぐっ蔦た。 「あなた・うた荘なんかし颪邪を引きますよ。」 何時の…にかこくりくやぞ居たの奮ときに起 されて・新荏く嚇みをしながら身を起した。 「ほら御らんなさい、もう風邪を引いてしまったんで すよ。」  とたしなめて、長火鉢に炭をつぎながら、おときは 眉をひそめた。 「今昌しんが疲れたんだなあ。こん蒔は早寝にし よう。ほんとに風邪なんか引いては馬鹿々々しいや。」 「それが℃わ。夜はすっか丑、くなりましたからね え。」  二人は長火鉢を.男からさしはさん享をあっため た荷気な=りをして、新吉筆の柔㌻旨分の 手の甲をちょいく触れて見た。ほんの僅かな浮いた 心が・ひっそりした秋の宵の澄んだ心境の表面にさ、 波をたてた。  「あなた、柿めし上って見ない。」 「牟寸でくれたのかい。喰べて見ようか。」 「ほんとに渋くなかったら、随分おかしいわねえ。」 おときはいそくと台所に立って行って、塗盆詮 に四つのせてある柿に包丁を添えて持って来た。艶々 した果実の肌は、あかりの下にくもりの無い色を光ら せた。するくとおときの指輪の光る指の間から、細      た一れさが     みずけ く長い皮が垂下って、水気のある肉はあからさまにな った。それを四つに切って新古にもす・め、自分も口 に入れた。渋い渋いときかされて居たので、初めは用 心深く歯をあてたが、直ぐに廿い汁が舌を|浸《レた》した。 「どう?ちっとも渋くはないわねえ。」 「うまいや。いゝ甘味だ。」  歯に沁みる冷い甘さを噛みしめながら、二人は笑を とりかわした。 「矢張あたし達が盗って喰べると思って、わざと渋柿 だなんて言ってたんですわねえ。」  馬鹿々々しい梵妻の浅知恵を忌々しく思うのを通り 起して、わだかまりのないおかしさを感じた。 「うまいなあ。」  それには返事をしずに、新吉は自分で包丁をとって 別の一つをむき始めた。  四つの柿は、すっかり皮と種子になってしまった。 二人の舌には果物のみが持つ清々しい味が残って居 た。何の不満足も無い瞬問だった。妊娠して居るとい う事実が心を|唆《そト》る為めか、此、田妻の姿休が俄かに|艶《なまめ》か しさを増して来たように思って居たが、今もその感じ が鋭く襲って来た。新吉は火鉢の上で、古の両手を軽 く握った。火気の為めに|掌《  しのひム 》は、岨ぐに汗ぼんだが、霜 の多そうな夜で背中や膝はつめたかった。  崖の下の町の方で、しきりに犬が吠えて居たが、そ れが聞えなくなると、しんとした雨」戸に月の迫るのを 感じるばかりだった。何処で哺くのか、風邪を引いて 居るよ農擬.の声が聞えた。何野此2、に並べて 敷く二つの布団を、ひとつにし度いよう左夜であっ た。新吉があくびをすると、おときも、つい誘われ て、なるべく口を大きくはあくまいとつとめながら、 とうく|堪《こら》えきれなかった。目のふちをあかくしなが ら、夫の.顔を見て首をかしげて微笑した。                      (大正+四年)