http://www.aozora.gr.jp/cards/000179/card43540.html                       探偵物語の処女作 黒岩涙香  私は元来自分で読物を書くなどと云う考は無かった。 唯だ私の叔父が裁判官であって、私は子供の時から、色々 裁判に関することを見もし、聞きもして、能く「誤判例」 などを読んで、悪人で有った者が死後には善人で有った り、或は善人だと思って居た者が、大悪人で有ったりする 事実を知り、|其方《モのほよノ》に|大《おおい》に趣味を懐くことに|為《な》りました。|左 様《そう》いうことを世人の誤ら無いように為るには、実際に必要 だと思って居りました。殊に其頃の新聞に発刊停止が頻頻 と下って随分裁判の不公平が有りましたから、其れを一つ 当て|擦《こす》って、裁判と云うものは社会の重大なるものぞと云 うことを知らせてやろうと思いました。それで自分が「絵 入自由」に居た頃、筋書を記して其頃の戯作者則ち小説家 に書かせました。所が、当時の戯作者は爾ういう物語を書 く時には、|何時《いつ》も編年体であって其人物の|生立《おいたち》から筆を立 て)、事実を順序正しく書くものですから、最初から悪 人、善人、盗賊と知れて了って、読者を次へくと引く力 が無い。即ち面白い縺れ合った事を真先に書き出して置い て、乱れた環の糸口を探るように、其の原因に遡って書く と云うことが出来なかったのでした。遂に其の小説は読者 の非難が多くて中止をしなければ為らぬ事になって、それ で私に書けと云われたものでありましたから、然らばとて 始めて是に著手して見ました。私は全然編作体を改め、先 ず読者を五里霧中に置く流でやりましたが、意外にも大当 りを致しました。是が翻訳小説の処女作で、題目は「法廷 の美人」、前に中止した方は「|二葉草《ふたぱぐさ》」と申しました。そ れから|今日《こんにち》(明治三十八年二月頃)までに翻訳した小説は 七十余種に上って居ります。  (春陽堂『明治大正文学全集』第八巻昭和四年二月所収) 1