智恵袋 序言  世の人の上を見もてゆくに、智あり才ありげなる男の人に後指さゝるゝやうなることをなすあり、好みて人の邪正淑懸を談ずる人のあらぬ鰯詐にかゝるあり、志すところ善くして手段の拙きと志すところ悪しくして手段の巧なるとあり、材能優れたる人の世に知られずして朽果つるあり、酒の筵舞の場にて、物識る人のがしげに独りたゝずみたるに、痴漢のおのれが物語にもろ人の耳を傾けしむるあり、美男美女の嬢はれて晴形なる男醜女のもてはやさるゝあり、これに由りて観れば、人物のもちまへの価と傍よりする評価とは符合しがた蓄ものにして、見掛倒しあり宝の持腐あり、その顕晦遇不遇の間に不平に堪へざるものあるやうにおもはる、きればとて賢き人の自ら覇晦せんとしたる、さらぬも又世の毀誉褒貶に屑々たらざる、優れたる人の抑遜して鋒錐をあらはさゞる、高き心ある人の白眼世をみる概あるなどのために辞を費し、または活きたる書麓となりて世と遠離り、講堂の卓を前にしては、宇宙の間に知らざることなき如くなれども、一たび男女打ち雑りたる席に出で、他流仕合の舌戦にあふときは、木から落ちたる猿の如く途方に暮るゝ偏屈学者、若くは故と世の礼儀作法を棄てゝ、臓達がり高尚ぶる変人などのために筆を弄せんは、いらぬ世話なるべく無駄骨折なるべければ、わが敢てするところにあらず、こゝに心ざますなほにして、教育あり素養ある少年ありて我を訪ひ、われはこれより身を社会の旋渦の裏に投ぜんとす、何の遺もてこれに処して可ならんかと問ふことあらん、また同じやうなる男の年稍々長けたるが来りて、われ功名の場に奔走すること既に久しけれど、長上に用ひられず僻輩に容れられず、常に才おのれより下るものゝために凌がる、この事何に縁りてか匡し救はるべきと問ふことあらん、わがこの類の人に答ふるところは如何なるべきか、能く頭角を顕はして、而も忌まれず妬まれず、能く人の意を承けて、而も曲げず誤はざらんは、まことに奔易からぬ事にて、この教や、遺徳の書に見えず礼節の書に見えず、有らまほしき人に無くしてその窮を致し、無くて好き人に有りてその通を致すとやいふべき、此篇題して智恵袋といふ、固より自讃の謂にあらず、わが智のあらん限をば此中に盛りたるを、吝まず授くといへるばかりぞ。 自ら定むる価  或人のいはく、人の価は人に定めらるべきものにあらず、自ら定むべきものなりといへり、これは悪しく用ゐばその弊に堪へざるべき言なるべし、社会を蹴過せんと欲するものは、某の侯爵はわが旧相識なり、某の大臣はわが竹馬の友なり、昨夜は某の豪商と飲みたりなど、無き交を有るらしく吹聴し、さらぬも浅きを深く見せかくること多し、宗臣が劉一丈に報いる書に此間の消息を漏らして人の顕を解くものあり、文めでたければ安に改めずして引くべし、日の夕馬に筑ちて、権者の門を侯ふ、門者ことさらに入れず、首言媚詞婦人の状をなし、金を袖にして私す、即ち刺を持ちて入る、主人また即ち出でゝ見ず、厩の中なる僕馬の間に立つ、悪しき気衣袖を襲ふ、飢寒毒熱忍ぶべからざれども去らず、暮に抵りて前に贈れる金を受けしもの出でゝ答に報じていふに、相公倦みて客を謝り給ふ、審講ふらくは明日来れとなり、されば明日又敢て来ずばあらず、夜に衣を披て座し、鶏の嗚くを聞けば、即ち起きて盤つかひ櫛けづり、馬を走らせて門に抵る、門者怒りて誰ぞといふ、昨日の答来たりと答ふれば、又怒りていふやう、客のよく勤むることよ、争でか相公のかゝる時出でゝ客を見たまふべきぞとなり、客心に恥づれども、強ひて忍びて与にものいひて、奈何ともし難し、姑く我を容して入らしめ給へといふ、門者又贈らるゝ金を得て、起ちて入らしむ、又向に立ちし厩の中に立つ、幸にしであるじ出でゝ、南面して召して見給ふ、則ち驚き走りて階の下に匍匐ふ、あるじ進めと宣ふ、再拝してことさらに遅うして起たず、さて起ちて寿を上る料の金を上る、あるじことさらに受けず、則ち固く講ふ、然る後吏に命じて納めしめ給ふ、又再拝して又ことさらに遅うして起たず、起てば五六たび揖して始て冊づ、出でゝ門者を揖していふやう、宦人幸に我を顧み給へば、他日来ば幸に我を阻み給ふなといふ、門者答揖す、大いに喜びて奔り出づ、馬の上にて交り識れるものに遇へば、即ち鞭を揚げて語りていふやう、適く相公の家よ美たるなり、相公我に厚し我に厚しといふ、さであらぬ虚言をさへいふに、交り識れるものも、亦心に相公の厚からんを畏る、相公また稍々人に語りていはん、某は賢なり某は賢なりと、聞くもの募心に計りて交く賛すとなり、末段に棉公また稍々人に語りて某賢なりといふといへるは面白し、彼の無き交を有りと見せ、浅きを深しと見する類の人は、権豪にとりいること最も早く、強顔に手紙など遺れば、返事を得ること書、推して屡く訪一ば、縦重く用ゐられずとも、瑣來なる用をば託せらるゝことあり、然るときは此数行の返事隻語の委託は又吹聴の種子となるなり、自ら価を定むといふことは、悪しく用ゐるときは斯くの如くなるべし、人に物頼む人の頭低きときは聴かれず、却りて傲りて言ふとき聴かるゝも、画家の顧る人だになかるべき一幅に数百円の価付して、漸く世に行はるゝに至るも、給金払はぬ車夫に自用車引かせながら、その車夫の敢て去らざるやうにするも、返すあてなき金を借りて、その貨手を肯心せしむるも、一つとしてこの自ら走めたる価によらざるはなし、されど是等は皆悪しく用ゐる例にして、達人の目より見るときは、一笑の価だになし、わがこれを挙ぐるは、別に善く用ゐる手段ありて、その功菓大なればなり、手段に目く、わが長は機を見て程好く現すべし、若し然らずして鋒を蔵むるに過ぐるときは、人に看過せらるゝ虞あり、また余り多く現すときは、忌まれ妬まれ、人に徴暇を見出だされて、その徴蝦を言ひ触らさるゝこと大疵の如くなるに至る、唯だ講ふらくは知れ、頴脱は悪しき事にあらざるを、わが短は必娶に迫らるゝにあらでは示すこと勿れ、但し臆して陰蔽せよといふにはあらず、唯だ請ふらくは知れ、蔵拙は悪しき事にあらざるを、是れ自ら価を定むる法なり、われ思ふにこの蔵拙の教は、世に全人なきがために、人に短処な老はあらざるがために、その重みを加ふるなり、昔仏蘭西に大盗あり、アヰネエントく{といふ、断頭台に拉き行かるゝ途にて、生涯の経腰を約めて一謂もて出したり、曰く一たびも白状するな。 無過の金箔  我長を示すこと過ぐれば、人我を忌み妬みて、我疵蝦を求むとは、既に上に言ひたれども、此説には璃尽さゞるところあり、我長を示すこと過ぐとは何如、全人たらんと欲するは素と天晴なる心掛なり、されどそれは心掛たるに過ぎずして、成就すべき事にはあらず、望むべくして即くべからざる事なり、然るに絶ず人に長を示して、自ら拘束するところなきときは、是れ全人ならぬものに金人らしき影を見するなり、過ある二とを免れぬ身にして絶て過なきやうなる粧をなすなり、また縦我よりその影を見せ、その粧をなさずとも、人わが全人らし書に慣れ、わが過なからんことを期し、甚しきに至りては我を証ひて、汝は自ら全人とおもへり、汝は自ら過なきを期せりといふに至るべし、世の人よ、若し過ちてかゝる境界に堕在せば、早く汝が頭の上に利刃のきらめくを知りて、避けらるゝ限は避けんことを試よ、何故と問ふこと菓れ、この時は汝に気圧されたるがために汝を忌み、汝に凌駕せられたるがために汝を妬む鼠輩の眼は、一箇々顕徴鏡と変じて、前より後より汝を望み、汝をして完庸なからしむるに至りて止むべし、人に於いては蝦ならぬものも汝に於いては蝦なり、人に於いては寛仮すべき過も汝に於いては仮借すべからざる過なり、恐れても恐るべきことにあらずや、玉露叢に面向き話あり、将軍家綱公御著年の頃、今夜御座敷にて御能上覧あるべし、夜の見物は別して四方明なるが好きなり、暮前までに御座敷の内白壁に申付べしと上意ありけり、急に白壁にせんこといかどと諸人難義に思ひけるところ、松平伊豆守信綱早速に領掌申して、奉書紙を以て四方を張らせけるほどに、忽ち白壁になりければ、諸人豆州の頓智を感じあへり、その比忠勝着の方へある人来まして閑語の折ふし件の趣物語ありしに寸恵勝君しか%\の御答もなかりしを彼人不審に思ひ、重ねて来られしとき、最前豆州の頃智世挙つて称歎し侍るまゝ申出でたるに、さして御称美の御答もなかりき、何か御思慮もあることにかと問ひ参せられければ、さればよ、豆州の才智まことに及ぶところにあらず、さりながら御若年の上様のためなれば、俄に調ふ儀にて雲やうに軽くしくは成就いたさせざるものなり、何時何事を仰出されても事調ふ儀と思召されては、天下の政に甚ださゝはることなりと宣ひければ、此人大に信服せられきとあり、本多恵勝が危みしは家綱のためなり、わが危まんは信綱のためなり、人主若し彼能くせざるところなしと思はゞ、その能くせざるところありたらん折奈何すべきか、無過()の金箔の剥げ易きは、独り羅馬法皇の上にはあ参しかし。 人並  人に交らん限は、我が行ふところの殿られ誉めらるゝは免るべからざる事なり、又此殴誉をして我行に影響せしむるは免るべからざる事なり、されば柳の風に駆くが如くならんは好し、唯だ心して木偶の波に漂ふ如くなること勿れ、批評の奴隷となること勿れ、彼に合へば此に件ひ、此に合へば彼に杵ふ、あちら立つればこちらが立たず、縦わが性格を減し尽さんも、世人みな我を誉むるには至らざるべし、さらば多数の人の我を誉めんこと、若くは少くも殿らざらんことを求めんか、その遺は人の猶くなるにあり、人並なるにあり、人並にて好きは礼儀の末節などのみ、価卑しきものゝみ、苟も価貴きものより言んか、人並とは悪しき事なり。 人の短  人の短を言ふこと勿れとは、翅に徳を立つる上の教のみならず、亦世に処する上の教なり、人の短によりて我長を示さんとするは、盲と明を争ひ、聾ひたるものと聡を争ひ、保儒とせいくらべせんが如し。 人の長  人の長を以て我長を継がんと欲すること勿れ、人の光を藉りて我光を増さんと欲すること勿れ、日の光を藉りて照る大いなる月たらんよりは、自ら光を放つ小き燈火たれ、是れ鶏口牛後の説の骨髄なり。 独り負ふべき荷  憂あり禍あり又足らざることありて、汝が思慮の救ふこと能はず、汝が意志の排すること能はざるときは、決してそを人に告ぐること莫れ、親しき友も例外にあらず、妻子も例外にあらず、例外たるは独り汝をその不祥の撞界より擾け出だし得ることの明かに知れたる人あるのみ、然れども此の如き人は常には有らず、概して言へば絶て人に告げざるには若かじ、憂禍不是は汝が肩の上なる重荷なり、そを人に告げんとき、汝に厚からざるものはそを分ち負ふことを敢てせず、汝に厚きものは或はそを分ち負ふことを辞せざるべしと離、汝は又汝に厚きものに昔を見て、己れの昔の更に一層を加へたるを覚ゆるならん、若し夫れ魁浮儂薄なるものは、菅に汝が憂を分たざるのみならず、汝が憂の影を見て、早く一歩を退くならん、往来は漸く稀になり談話は漸く短くなるべし、汝猶悟らずして、己れの思慮尽箸意志挫けて、また己れの背後に有力者の庇保回護なきをさへ、掩はで見透さしむるときは、憐むべし、汝は既に形影相弔する身となりたるなり、汝の友は復た汝の名を知らざるべく汝の面を認めざるべし、墓督のその主錆の弟子に於けるすら猶云はずや、今夜鶏嗚かざる前に、璽二たび我を知らずと言はんと、爰に一事の忘るべからざるあり、そはかゝる折特さらに汝を訪はんはいかなる人物なるべきかといふことなり、上に言へる能く汝を救はんものは上答なれども、絶て無くして僅に有るならん、次に形式上に汝を問ひ慰むる中客あるべし、これあるは猶汝が金く杜会に棄てられざる徴なり、次にくさ%\の下答あらん、社会に棄てらるゝこと汝より甚しく、身を泥淳の底に没すること汝より深きものゝ、善き友侮つとて来るは、兎角実憎より出づるなれば、斥くべからざるに似たれど、心せよや、こは汝の足に鉛の重を懸る如く、汝の株に小石を拾ひ入るゝ如く、汝をして堕ること愈々低く、沈むこと愈々深からしむるものぞ、またこの時汝を奇貨として来るものあらん、そは悪徳新聞などのいたく汝を傷けんとき、無頼の徒の来り弔せんが如し、こゝに下客中の下審あり、その性極めて狽毒にして、目のあたり汝が煩悶せる状を見んとて来るなり、この類の人はあまり多くはあらねど、また甚だ稀なるにもあらず、我が交る人の中にもこれに似たるあり、相見れば必ず汝の顔色の悪しきことよと云ひ、汝の評判好からずと云ふ、その足跡の稀に我庭に至りしときを顧れば、即ち是れ我が禍に遭へるときなり、而も我はいつもその面に喜の色ありしを記憶するなり。      幸に処する遺  幸運もまた縦まゝに人に談ずべきものにあらず、談ずるものにして始より人に誇り人を凌ぐ心あらばいざ知らず、若し唯歓を共にせんとならば、そは大いなる錯なるべし、こは厭世の偏見を持して人皆妬めりといふにあらず、なべての人の性として、人の幸の余光を仰ぎ視る同応の楽は、必ず独り生ぜずして、別に人の幸のために抑圧せらるゝ反応の苦のこれに伴ひ来るものあればなり、又若し汝の余あるをもて人の足らざるを補はんとおもはゞ、多く与へ頻に与ふることを域めよ、この償ふべからざる償は却りて交を絶つ端緒となるべし、矧や頻に講はれて頻に与ふる習となりたらん後には、人汝が十たび目に辞みたるを憤りて、嘗て九たび与へしことを忘るゝものなるをや。 自信  人の我を信ずるは、我先自ら借ずればなり、自信の心一たび揺ぎて、眉撃み目濁るときは、人のこれを見て回避せんことカイン(内胆才)の印と同じからん。 人にもの乞ふ事  謀尽き力窮まるとも、軽%\しく人に乞ふこと莫れ、世語に打解けたる主人も、汝が口より実は願ひたきことありて来しなりといふ詞の出でん折は、多少面の色を変へざることなし、又乞ひ得たりといふことは、汝を扶くる枚にあらずして汝を縛する縄なりとおもへ、与ふるもの縦ひ報を求むる心なきも、汝が去就の自由も此より金きことを得ざるならん、然らばいかにせば人に乞ふことなくして事足るべきか、他なし、只だ寡欲なれ。 慌てざる事  臨機応変の処置といふことあり、俗に早速といふ、明和の火事に秋元但馬守が江戸城の桔梗門を開きたる、文化中深川八幡宮の祭の時、永代橋の落ちたりしに、武十三人左右の欄干に跨りて白刃を揮りたるなど、世に語り伝へていみじきものにいへり、かゝる事を能く するはその人の性格にありて、猶細かに言はゞ、性格の天賦の一面にあること多かるべけれど、そはこゝに解き分くべき限にあらず、さらば後天に養ひ得べき性格の一面よりは奈何といふに、油断するなといふ戒あり慌つるなといふ戒あり、その意相似て又相殊なり、油断せぬは善き事なれど、強ひて心に張を持ちて、譬へば居合腰にて事に当らんやうなるは、さりとては煩はしきに堪へぬ次第なるべし、わが識れる人の中にも、あはれ非常の事のあれかし、わがこれに処するさまを見せ呉れんものをといふやうなる面持なるがあり、笑止なる事なり、池断するなといふ戒は、常の法度を守る限は異議あるべきならねど、そを冒険に応用せんとするに至りては抑く過ぎたり、そが上敵意と非常の功をなさんとして不測の禍に落つることも少からず、上に言へる永代橋の武士に似たる挙動のために死刑に旭せられたるものあり、京都清水寺の夜開帳に、抱きたる子に怪我せさせじとて脇差振りし角力取八岩の如きは是なり、これに反して徹顕徹尾肯ひても好きは慌つるなといふ戒なるべし、嘗て兵法の書を見しに、船中にて喧嘩あらば起ち上るなといふあり、独り船中の暗嘩のみならず、据ゑたる腰をば容易く動さぬが勝なり、性格人に超えて臨機の処置必ず過なかるべきものは姑く置く、世の常の人は思ひ設けざる事に出逢ひたるとき、直ちに語を出すこと莫れ、直ちに手を動すこと莫れ、先づ一分時ばかりも控へ居よ、控へ居て思議のために地をなすべし、この控へ居るといふことは世に処する道の深秘の一つにて、これより生ずる損害は殆ど無く、これより生ずる利益は無際限なり。 豪静  虚書妥語すること莫れ、約に背くこと其れ、世には間に含せの口上又は止むことを得ざる遁辞などいふことあれど、入らざる事なり、実を告ぐる松不利なるために黙して已みたらんは好し、更に一歩を進めて架空の言を出きんは過ぎたり、人と約して時を想らざる如きは、頚細の事のやうなれども、久しく行ひて怠らずば、これのみにても重き信任を得べきものぞ。      物を蔵むる処  凡そ文書物件の類は、必ず蔵むべきところに蔵めおきて、暗中に模索して靭ち得らるゝやう心掛くべし、腰人\鎗匙を失ふ人は擁て人に侮らるゝ人と知れ、此心掛は預けられたる物、借りたる物に於いて一屑の繰轡を加へざるべからず、物みなその応に在るべき処に在りて、秩序棄れざらんには、人の物を借りて忘れ、期を過ぎ促されて、纔に婦し遺るが如き不都合は無き筈なり、所謂またがしの禁ずべきは言を須たず。 世  話  人の終に汝を棄てざらんことを欲せば、汝先づ人を棄てざれ、世の交際をつとむるものは多くは是れ世話好にて、世話好ほど人に調法がらるゝものはなし、遁世者ならぬに人を棄て人に棄てらるゝことは、利を好む人の上に多し、堕落の道なり。 打明くると隠すと  打明け過ぐるも悪しく、物隠すやうに見ゆるも悪しきなり、打明くる弊の己れが短を示す一面をば上に言へり、猶説くべき一両こそあれ、そは人に打明けて物書ふ習となるときは、敵手の人先より先へと問ひ極むることゝなり、果ては我一挙一動彼の知らで協はぬ事のやうにせられ畢るべし、さればとて物隠すやうに見えて、欧羅巴人の所謂領まで控紐掛にしたる態度をなさんには、我に接する人、その相識ることの新旧によ参ず、少くも我に心を置き、甚しきに至りては我を気味わるきものにおもふべし。      興ある対話  対語は興あらせたきものなり、誠ある物語も益ある物語も、長くて興なきは厭はるべし、さればとて侶優めきて笑を取らんは危き業ぞ、人に滑潜家といはるゝだに品位の上より不利ならんに、汝が滑稽の供給は限ありて人の滑稽の需娶は限なく、終に滑稽ならざる滑稽家とならば何如、この時に至りて尤悔すとも何の甲斐かあらん、さて対話に興あらしむるは容易き事にあらず、辯才は生れつく程のものにて力わざにはならず、こゝには何人にも出来ることを挙げん、先づ勉むべきは、人に対せんとき汝の眉根に雛なく汝の気色晴やかにならんことなり、是れ興な書ことをも興あるやうに聞かする秘伝なり、勿論この気色は強ひて牧ふべきものにあらず、又縦ひ強ひて粧はんとするも、人を欺き果すべきものにあ参ず、舜ムゝとしたる心の表に現れたるものならではその功なかるべきなり。      誤はで誉むる事  誰にても出来る事にて、対話に興あらしむる手段今一つあれど、これは頗る筆に上しにくきものなり、強ひて言はゞ、人は己れを誉むる詞を興ありと聞くゆゑ、阿諌に陥らざる限は人を誉めて可なるべしといふこと是なり、阿諌に陥らずとは何如、彼の好処を求めて誉むるなり、奨励の功あるやうに誉むるなり。 客の持帰る物 汝と語りしものゝ去らん時、汝は宜しくその何の持ち帰る所あるべきかを思へ、汝と謂りしもの撞を受けしか、好し、楽を受けしか、亦好し、若し他の心中可憧時を費したりと思はんには、その答の帰する所、汝にあらずして誰ぞ。      後言  人の背後にありて、その短処病処をもて談話の賞となすこと勿れ、此の如き言はわれ賎人のこれを楽み聞くを知る、又貴人のこれを楽み聞くを知る、されど数人\せば彼も此も復たこれに耳を仮さゞるに至るべし、矧や後言のために先づ汝に背くものは、汝が交遊中の最も憎あるものなるべきをや。      罵晋  俗は罵るべし、人は罵るべからず、謂ふこゝろは汝が罵るところの一人の顕上に墜ちざらんやうにせよとなり、この心得だにあらば、罵晋は世間のために風俗を矯むる利あるべく、一身のために信用を長ずる薙あるべし、これに反して、坐上の談某の流弊に及ばんとき、汝若し大いに寛宥仮借せば、人軌ち汝を以て此弊に染まりたるものとなさん。 逸事  現存の人の逸事といふものありて、間ま口々に語り伝へらるゝことあり、若し此種の談講にしてとのその圭人公に利あらざることあるを見ば、汝が口は決してこれを言ひ継ぐこと勿れ、所謂逸事の十の九は事実にあらず、縦事実ならんも、これによりて人に悪を被するは、汝がためには有害無益なるべければなり。      饒舌 汝甲乙二家に往来せば、乙家に告ぐるに甲家の内事をもてすること勿れ、乙家の人そを聞かば必ず心の中におもはん、この漢我家の内事を甲家に告ぐるならんと、若し又甲乙二家おもひの外に親しからんには、汝が饒舌は乙家によりて甲家にさへ伝へられん、殆いかな。      貶斥  軽%\しく人を販むること勿れ、人の何故に此の如く行ひて、何故に此の如く行はざるかを知らんと欲せば、先づ己れを人の地に置いて思ひ量らざるべからず、こは頗る難き事なり、就中知り易からざるは大いなる人物の上にて、他の喜怒哀楽の情の常の人に殊なると、他の常の人の殿誉に重きを置かざるとは、他の行跡を奇怪ならしめ馬鹿らしからしめ、規矩準縄に入らざらしむ、その知り易からざるも宜なり、こゝに実世間に処する便法あり、人の行をば行として見よ、その社会に及ぼすべき影響を見よ、而してその此行ある所以の。動因を問はざれ、動因の糸を手繰り%\て自利々他の辮析に立ち入るときは、汝の穿襲は或は断案を得ざるに止み或は安断に止むこと最も多かるべければなり、この法は余りに粗なるが如く十把二來なるが如しと雖、これによりて汝が日中一の大人物を見失ふ虞はあらぬならん、そは此種の人は縦ひ一面自家に不利なる事と社会に不利なる事とをなすことを免れざらんも、亦一面必ず大いに祉会を利することなくては止まざるものなればなり。      善く談ずといふこと  善く談ずとは饒舌の謂にはあらず、世に饒舌家あり、その談は底止なく敵手を嫌はず、座中に新に来るものあると早く去るものあるとを顧ることなく、人の話の腰を折り、我話の種子を尽して飽くことを知らざるなり、これは筵席の厄介ものなるべし、善く談ずるものは少き語に多き義を含ませんことを欲す、その言は簡なり約なり、而も昧あるなり、一哲学者の自ら文を評せしを見るに、我文は意義と文字と含掌の如くにひたと合はんことを期すと云へり、談ずるにも此心持あらまほしきものなり、善く談ずるものは又色彩を偉け銃勢を作して、左程な多ぬことを興ありげに關せ、時としては無中に有を生ずる手段をさへ施すなり。 寡言の得失  談話の簡なるべく約なるべきをば既に言ひたり、二の意味よりすれば寡言沈黙は善き事なり、さりながら世には間ま坐談の時にさへ字錬旬鍛の迹を見せ、言語といふ言謂を先づ化学用の秤もて権りて、而る後に始て口より串すが如き人あり、己れも窮窟なることなるべく、傍よりも気の詰まる訳なり、また一種単語のみにて談ずる人あり、この人は自ら文章を成す丈けの子数を取ることを敢てせざるなり、また一種いろは短歌諺草の類を口ずさみて、あらゆる用を是す人あり、意の陳きすら堪へがたきに、わざ%\意と語と共に陳からしむるは驚くべき事なり、凡そこれ笠の癖は、皆人に多少の迷惑を掛け、若くは不快を感ぜしむるものなるが、こゝに最も人を苦ましむる対話あり、そは話せざる対話なり、この奇なる交際法は、貴きあたりにも有り我等の仲間にもあり、われ嘗て始て某大臣に引見せられしことあり、主人と我とは一室に対坐し、圭人は葉巻姻草を御へて我言を聴かんと欲するものゝ如し、われは談ぜり、而るに主人は答へざりき、われは又談ぜり、而るに主人は又答へざりき、此の如くするもの反復数次にして、主人は管に答へざるのみならず、亦われに暇を告る機会をだに与へざりき、われは三十分以上の腹稿なき涜説をなしたるなり、いかなる愚なる事をか言ひけん、おばつかなし、又人の家を訪ひ人の筵に荏みて、口に隻語を出さず、只だ耳を人の談話に傾くる癖ある人あり、かゝる人は己れに失言の虞なく、身を極めて安金なる地に置くものといふべし、されど迷惑なるは傍の答にて、譬へば罪なくして押丁に護らるゝ如き念をなすなるべし、或は想ふに彼の人に物言はせて己れ物言はざる法は、一応自ら謀りて太だ好きに似たれど、これとても金く弊なきにはあらず、奈何といふに人その陳を窺ふ如く癌を求むる如誉を忌み偉り、甚だしきに至りては邪推して、彼人我等の過失を集めおきて、他日我等を陥るゝ料に供ふるには非ずやといふことあるべし。      底なき嚢 底なき嚢の如き人あり、衆中にあるごとに、人に問ひ慰められ、物語して聞せられ、世話焼かれ馳売せられ、崇められ褒められ、費あるところにては勘定まで済まして貰ふものと心得たるが如し、此種の人は取ることを知りて与ふることを知らざるなり、己れ興を撞まゝにして人も亦興を求むるものなるを知らざるなり、不公平なる事なり、厄介なる事なり。 我上  漫に我上を語ること莫れ、世には我健康、我疾病、我家事、我職業より外に語るべきものなきやうにおもへる人あり、敵手の語るところのものをば、その何の題なるに拘はらず、皆これを我上に引き付け、たま/\譬を出し例を引くにも、必ず我職菱どの領分より種子を取り来るなり、融通の利かぬ事なるかな、我上を語りて好きは、唯だ親友の間にて我の利害の即ち他等の利害なる場合に限る、それとても余りに心。を縦すこと莫れ、奈何といふに汝の己れの上を語ること度を蹴えて、その迹に身勝手らしきところあらば、今日の親友は恐らくは復た明日の親友たらざるならん。      操持  言にも行にも容易く汝の操持する所を変ふること勿れ、汝が一たび善しとしたる事をば他目悪しといふべからず、汝が一たび悪しとしたる事をば他目善しといふべからず、かばかりの心掛も諸事にわたりて動なきときは、人の侮を防ぐに足るべし、勿論頑なれとにはあらず、されど頑なりとせられんも、猶定見なしとせらるゝには勝りたるべし。      ひとつ話  ひとつ話といふことあり、同じ人の同じ事を語るをいふなり、同じ人の同じ事を語るは猶可なり、同じ人の同じ人に対ひて同じ事を語るに至りては、恥づべき事なり笑ふべき事なり。 狼  張褻なることの言ふべからざるは論ずるまでもなし、されど人の狼褻なることを言ひたるとき、笑ふべからず色を動すべからずといふことは、世に知らざる人多きやうなり。 問  人に物問ふは悪しき事にあらず、されど世には口より出づること悉く間となる人あり、かゝる人の敵手となりて談ずるは古の西班牙の宗教裁判(H這邑ω三9)に逢ふに殊ならず迷惑といふべし。      怒らざる事 人の汝が説を容れざるときは、我は汝の能く忍ぶを知る、人の汝の説を排するときは、裁は汝の猶或は能く忍ぶを知る、されど人の汝の説を嘲るときは、我は恐る汝の怒らざること能はざるべきを、汝の血を冷かにせよ、汝の血を冷かにせよ、何れの場合なるを問はず、怒は人を服する所以にあらざればなり。 宗  教  宗教の事は、人と衝突せんことを恐れて、絶てこれを口にせざるものあり、臆病といふべし、又敵手の言に萄合するものあり、請諌といふべし、宗教の事は談ずべからざるにあらず、談ずとも功少かるべきのみ、その範囲内には一席の談話もて左右すべきもの少きなり、そが上縦ひ人の僑ずるところの箇条よりこれに運係せる儀式などまで、余所の立脚地より難破すべきものなきにあらざらんも、試に思へ、汝は何物をもてこれに代へんとするかを、汝はこれに代ふべきものなきにはあらざるか、然らば汝は人の弊衣を奪ひて、人を裸身にするものなるべし、汝がこれに代へんを欲する所のもの他の身に適せざるにはあらざるか、然らば汝は人の着慣れたる衣を奪ひてこれに窮屈なる新衣を強ふるものなるべし。 難癖  坐上の人に難付くるは悪しき事なり、また恥づべき事なり、その悪しきをば人知れども恥づべきをば蜘らず、悪しとは人に不利を与ふるより言ふなり、恥づべしとは己れが経験と抑制との足らざるを証するより言ふなり、原と某の事を異様に感じ可笑と覚ゆるは、汝が孕に見たるがためなり、されば世慣れたる人の異まざるものをも世間見ずは異むなり、又縦ひ実に可笑きものあらんも、汝がそを可笑とおもふ心を包むこと能はずして、答易く人に知らしむるは、抑制の足らざるにあらずして何ぞや、難にくさ%\あり、相貌の人並ならざる、起居撮舞に完木を脱れたることある、乃至頭を掻き襟を正し膝を敲くなどの癖まで数へ尽すべくもあらず、されど此中特に慎むべきは晴形などの如き身体の上の難を斥す事なり、奈何といふに総べて難といふものは、その難ぜらるゝ人の自ら作せる所のものに魅きてこそ生ずるなれ、晴形などの如く先天なるもの、さらぬも不慮の怪我に出づるものにして難ぜられば、その人は必ず遁踏なき陥穿に投げ入れられたるが如く感ずるなるべし、世の中にかばかり不平なる罪深き業はあらざるならん、この類の難は、これを受けたるもの浅はかならん限は怒るべし怨むべし、世慣れたらば堪へ忍びて笑ひて止むべし、然るに世にはその笑ふを見てその堪へ忍べるを知らず、反復してこれを言ひ、果はその面を見るごとにこれを言ふものあり、われ思ふにこは一種の錯誤より生ずるものなり、爰に色浅黒く男らしきに誇るものあり、故らにこれを罵りて黒奴といふときは、その人必ず喜ぶべし、巧に人に親近し候媚するものは殊に此手段を施すなり、今色の黒きを恥づるものに対してこの言を出さば奈何、汎や晴形をや。 書柬  書簡は筆墨もてする交なり、されば交際の法は即ち音信の法なりといはんも好かるべし、こゝには只だ主なる廉々を挙ぐ、手紙の往復するには、余りその敵手の数を多くすること莫れ、就中親しき事書き交さん間をば厳しき人選によりて定むべきなり、人の書に答へざることは、一と通り無礼なるには似たれど、境界によりては、若し総べての書に答へば、復た一事をなす暇をだに存せざるが如きことあらん、封じ籠めたる郵券は汝に必ず答ふる責を負はしむるものにあらず、書は直ちに胸臆を擢ぶべきこと論なし、されど汝が直ちに胸臆を櫨べたる書の、能く汝が意を貫徹し人の心を左右せんには、汝と汝が書を受くるものと、皆世惰に通達し文事に謡練せざるべからず、そはむづかしき注文なるべし、こゝに少しく下りたる処を言はんか、汝は宜しく先づ書の人の許に到らん時、人の悠腰の情をなすべきかを思ふべし、汝の書する所は汝の書はんと欲する所のものなるべからず、人の楽みて聞く所のものなるべし、人の楽みて聞きて汝に賛同する所のものなるべし、世に身勝手なる子紙の身勝手なる詞より多きは、此心得なきがゆゑにあらずや、書を作らば仮初にも風袋ばかりなる書を作ること莫れ、侮らずして人を蓬し訣はずして人を悦ばしむるは、能く書を作るものゝ所為なり、書の慎むべきは言の慎むべきより甚だし、言は多く時を経て忘られ、書は間ま禍を子孫に遺せばなり、書を遺るには特便を発すると郵便に託するとの二途を用ひょ、旅人に託するは確ならず、人に託して封筒中に挿ましめ、又甲人に書を与ふるとき其封筒中に乙人に与ふる書を挿むは愈く確ならず、仮命旅人又は甲の受僑人親切にて直ちにこれを送り周くとせんも、汝は人に煩累を及ばしゝものたることを免れざるべし、受くるところの書をば人の前にて読むべからず、是れ一には礼を失はざらんがためにして、一には又人に汝の或は色を動すことあるを見せざらんがためなり、既に読まば、蔵め置くべきをば密に蔵め置き、破り桑つべきをば疾く被り來てよ、取り敵らしたる一片の反故のために、永く一家の平和を被るは、世にその例少からぬ事にて、笑止なるはその締なく不検なる反首主の上なるぞかし、序なれば汝に心付くべきことあり、若し綿ある人の反古を取り敵らし置くことあらんには、汝は軽%\しくその反古の文字に債を置くこと莫れ、昔の戦には敵に拾はせんがために故と文書を落しおくことありき、此謀今も有り、嘗て一長官あり、僚属某がその命ずるところの事を為し畢りし時、闕点を数へ挙げて面貴せり、数日の後某かの長官の卓を片付けんとせしに、前の事に関する報告書の稿纔に成りて未だ絨封せざるあり、鵜に披きて読み見れば、此事全く某僚罵の手に成ると書して、一の既斥の語なし、某永くこの恩に感じて長官の腹心となり、終におのれがその浅はかなる謀に陥りしを暁らざりき、その外秩の底に押し丸めたる文反故を置きて、心卑養妻を欺き、己れが余所の女に容易からず思はるゝ状を粧ひ成すなども、同じ謀の中なるべし。 噺  弄  席上にて人を弄するは、世慣れたる奄のゝ為ざることの一つなるべし、彼もし我より愚ならば、これを弄せんは徒労ならん、彼もし意外に我より智ならば、我の敢てこれに潮弄を試みたる恥を奈何せん、彼もし惰ある人ならば、我はこれを審めたる粗策漢たるべし、彼もし暖眺の怨を報ずるものならば、我はこれを激したる迂闊者たるべし、潮弄の戒を持することの最も慎密なるべきは、衆人に推さるゝ身となりたる人の上なり、われは二言の薄の能く社交上に人を殺したるを見しこと数なり。      坦ぐといふ事  人世は苦多し、故らに人に苦を与へんは、路人と雖忍び難き事なり、汎や朋友をや、かばかりの理は人皆知りたるべきに、世にはその与ふるところの苦の短かるべきが赦に、これをなすことを偉らざるものあり、人に詐の報を伝へて、その徒に色を変ずるを見て笑ふが如き屡なり、俗にこれを担ぐといふ、その報不宰の事に係るときは、欺かれたるもの岡章せざるべきに周章す、その報宰なる事に係るときは、欺かれたるもの初め喜ぶまじきに喜びて、後人にその徙なる喜を示し ・を誓、いづれもく傍より見るだに厭はしき事な りかし。 半呑半吐  人に言ふべき事あらば全く言ふべし、その事もし金く言ふべからずば、黙すべし、半呑半吐の言ほど聴くものを苦むるものはあらず、譬へば君は近きに不宰に遭ふべし、されどその詳なることをば、吾今君に告ぐるに由なしと云はんが如し、是れ忠言にあらず、恵言は人に自ら備ふる機を与ふべきものにして、此の如き謎めきたる語はこれを与ふるに足らざればなり。 間の悪さ 人に苦を与ふべからざるは論なし、人の自ら苦を招かんとするを見んとき、汝もしニれを妨ぐべき手段あらば、そを行ふことを猫予せざれ、人の招かんとするところの苦にして、一時の迷惑一時の間の悪さに過ぎざらんも亦然り、一例を挙げんに、汝の友もし某の書の著者の座に荏るを知らずして、批評し始めんとすることあらば、汝は適当なる詞もて、友にその著者の座に在ることを覚らしむべし、この類の事いと多し。 慰問  慰問するには其人を見よ、其時を見よ、心弱くして人に頼る亀のは慰間を喜ぶ人なり、心強くして独立するものは慰問を喜ばざる人なり、奴々の慰問を喜ばざる人なり、某人を見よとは尾なり、慰間せんとならばこれを受くるものゝ漉り居て無柳なるべき時に於いてせよ、これを受くるもの\箆に臨み楽を聴き自ら遺る時に於いてすること莫れ、其時を見よとは是なり。 人の等めらるゝ時  汝の面前に在りて、甲の乙を誘罵し屈塀し潮弄することあらば、汝は決して色を動さゞれ、成る可くは聞かざるまねせよ、若し然らずして汝が面に冷視冷笑の録色現れば、最れ汝自ら乙を零むるに同じからん、汎や甲は故ありて為し汝は故なくして為す差異あるをや、これに反して汝能く局外に立ちて色を動さゞるときは、乙は必ず汝を徳とせん。 人の身の上  人の身の上の嘩に耳を借すこと勿れ、又そを口に上すこと勿れ、某は美服するや粗服するや、飲撰に箸るや著らざるや、眠ること多きや少きや、常に家にありや外にありや、金を蓄ふるや費すや、かくし妻ありやなしや、凡そ此等の事は、其人の後見人又は媒均人ならぬ限は痢らでもあるべきことなり、稀に人の身の上の直に汝の身の上に連ることありて、汝これを知らんとおもはゞ、汝は須く最も愚なる人に就いて問ふべし、是れ事実を得る捷径なり。 人の多言  人の多書するをば忍びて聴け、忍びて聴きて己れの俺息を矧らしめざれ、かゝる時は陽に耳を傾けて、陰に他事を思ふも、亦復幼なし。 秘密  公には言はれぬ事なれど云々、君にのみ言ふ事なるが云々、是れ世間一般に秘密漏洩の初に唱へらるゝ呪文なり、某の青に警察国の法律国となりし時、秘密を護る人の種予絶えて、秘密といふことは空しき名となりぬといふ、覚束なきことながら可笑しく聞ゆ、密事を洩す人に二種あり、悪しき人は己れのをば厳に守りて人のをのみ洩すなり、愚なる人は己れのをも人のを鼻茜す言、ゆめく油断すべからず。      初対面  初対面の時の言語動作は人の運命を決すること多し、大抵臆面なきもの勝ちて養怯するもの負く、何人に対しても、能く自ら地歩を占めて而かも侶傲ならず、会話自在にして而かも浮薄ならず、転瞬の間に敵手の録風を看て取りて、程好くこれに迎合し、某間終に雷同の痕跡を露さゞるものは、是れ天賦の伎倆にして、絶て無くして僅に有りともいふべきならん、若し人ありて修してこれに到らんと欲せば、その第一歩は既にも言へる気を舜やかに持ちてこれに臨む事に存するなるべし、猫特に学者のために注意すべきことあり、曰くその席に往く前には、少くも半日間書を読まざれ。 儀容  人に対するごとに、俳優の揚に上りたらんが如きは、卑むべき事なれど、さればとて儀容整はざるときは、人の錯りて其品性をさへ見下すことあるべきを奈何せん、儀容とはしかつめらしく圭角ある謂にあらず、石に上下着せたる如き謂にあらず、吾且く汝に問はん、汝は自家の人に対する時の面貌坐容と人にもの言ふときの晋吐姿勢とを知れりや、縦ひ汝は自らそを知るとなさんも、吾は猶汝のこれを知ることの詳ならざらんを恐るゝなり、汝若し果して詳にこれを知らば、汝は必ずや己れの態度に許多の醜怪の事あるを掩ふこと能はざるならん、汝能くこれを苅り尽し除き尽さば、吾は汝儀容ありといはん、儀容は余所行の衣の如く時に臨みて身に着くべきものにあらず、居常これを養ひ括きて、所謂第二の自然たらしむべきものなり、家人に対して儀容なきものは、貴客に対して儀容あること能はざるべし、こゝには二三の心得を示さ〃、人と語るときは真直におとなしく人の面を視るべし、物を子まさぐること勿れ、漫に頭を捧り手を揮ること勿れ、尤も用心すべきは笑ふ容なり、上流の西洋人の笑顔と日本人の笑顔とを較べ祝よ、形相を崩さずして笑ふことの決して出来難き事にあらざるを知るに足らん、或は思ふに西洋の学生は舞を習ふとき、先づいかに坐し、いかに立ち、いかに行き、いかに揖するかを教へらる、陸軍幼年学校猶舞の師あり、日本にては諸礼は女子の専有となりぬ、是等も儀容の整はざる一因ならんか。      不襲 不襲といふべき言語挙動の数くは悉く言ひ難けれど、姑く二つ三つを挙げんか、人のもの言ひ掛けたるとき、その言ひ畢るを待たで言を発すること、人の落語手品などするとき、傍よりその下げを言ひ又は種子を見すること、筵崩にて漫に上座に居直り又人に背を向けて坐すること、人を呼び斡くるに称をあやまること、人と共に行くとき目上を有にし、三人ならば中にすべき程の心得を忘るゝこと、目上の人と物語するとき妄にお亙抔いふ詞を使ふこと、人と行交ひざまに、その人に触るべく又は我顔を遮るべき側へ帽を脱ぐこと、衆人の間にて耳謂すること、これ等は犯す人いと多し、その外西洋風の新に入りて未だ拾く知れわたらざるため、不躾とは知らで不襲することも亦無きにあらず、中以上の料理にて、一旦使ひたる匙などを某蜜卓被の上に置くこと、人の我前なる香料など取らんとするとき、知らぬ顔して居ること、大皿のまゝにて廻す晶あらんに、己れこれに意なしとて、一たび受取る丈の手数を避くること、硝子窓の室内に坐し、又は馬軍の内に坐したるとき、目上の人の外より己れを認むることあらんに、窓を開かず、乃至窓を開く状をだに見せずして止むこと、婦人に腕を借して行くに、婦人 と歩調を同じくせざること、婦人と共に勾配強き梯段を上下せんに、上るときに自ら前だち、下るときに白ら後るゝ習に戻ること、此類の傍痛きこと猶あるべし。 衣服  衣服は相応なるべし、地位にも賞産にも時勢にも相応なるが好し、僧上なると婁したると、著れると吝きと、時代後れなると流行を競へると、いづれも不相応の範囲内にあり、不相応なる衣服は衆人に怪語せられ、怪調せらるゝときは己れの気色を損じ、己れの銃色を損ずるときは一座の異を破る、又個人の上の相応不相応あり、所謂似合ふと似合はぬとなり、縞は丈高きに過ぐる人に縦締、丈低きに過ぐる人に棋締の似會ふ筈なし、色も血の気なき人の薄色の衣好めるなど、即身鬼を成さんとにやとおもはれて気味悪かるべし、この事は衣服に心を用ゐる女にすら覚悟せざるものあり、自らきりゃうを下げて暁らず、気の毒といふべし、吾が識るところに痘痕満面の大漢子ありき、彼の醜さ余りて美しく見えきといふ革命時代のミラボオ(昌墨・ず§一にも似たらんやうなるが、なかくの警者にて、衣服の類皆相撲取に擬したり、個人の相応もこゝに至りて、殆ぎ死中活を求むる境に入りぬとやいふべき。      筵会  筵会に往くこと頻なるが好きか、稀なるが好きか、頻に往けば有触れたる値打なき顔となるべく、稀に往けば人怯する偏人のやうにおもはるべし、太だ頻なるがために厭かれんよりは、稿々稀なるがために侍たれん方宜しかるべきは論なし、又いづれの筵会にも見峻る顔とならんよりは、いづれの蓮会にも見えぬ顔とならんこと猶勝φたらん、或人のいはく、大いなる人物は建会に往かでも人に棄てられざること、ビスマルク()の上を見て知るべしと、理ある言なり、大抵汝の本能は、汝の待たるゝ筵会と待たれぬ箆会とを辮別するに足らん。      建会の往反  筵会に往かば、太だ早くして主人の準備の邪魔するも悪しく、太だ遅くて無礼気に見ゆるも悪しと知るべし、世の人多くは怠りて遅く往くものなれど、孕には又苦労性にて、三十分ばかりも早く門前に至り、騎の外を妨僅する人もありとぞ、艶会を辞し去らば自立つほど早からず、又取り残されたるが如く晩からざらんことを要す、この辞し去るに宜しき時の事は、筵会の如く衆人と共に進退するに当りては、尚これを錨ること少けれざ、人を訪問するに当りては、間まこれを失することあるものなり、主人の今暫くは在りても好しとおもひた参ん程、即ち些惜まるべき程に碑し去るは、亦是れ本能のはたらきなり、こゝに可笑しき話あり、われ外国にありしとき、某の国務大臣の室なる伯爵夫人に式の訪問をなしたり、十五分ばかりも物語して、最早暇乞しても好からんとおもひ、起ちて辞し去らんとするに、夫人いま暫しと留む、又坐して五分ばかりも過ぎし頃起ちしに又留む、その気色いかにも誠らしきため、われは三たびまで坐したり、後に思へば、夫人の留めしは尋常の挨拶に過ぎざりしなり、われは当時未だ交際上手なる西洋の貴婦人の挨拶のいかに熱心らし養かを相らざりしなり。      嗣人中の不行儀  衆人の相聚れる処にて、人々皆為さばその不便甚しかるべき事の、偶これを為す人の少きがために、姑く 寛宥せらるゝことあり、汝は此寛宥を受くることの恥等なるを忘るべからず、講堂にて坐睡し、音楽の筵にて人と語り、演劇の席にて背後の人の視界を遮るなど是なり。 人々相妨ぐる事  無秩序は人々相妨ぐる道なり、西洋劇場の入口にて席札を買ふものを見るに、後れて至るものは必ず前に至るものゝ背後に立ちて、帯の如く相運り、次を逐ひて札を受く、我国の劇揚などは此秩序なきがために、肩相摩り肘相衝きて、その札を受くることは決して毫麓の早きを加へず、これ人々相妨ぐるものにあらずや。 親疎の利害  敬仰と優待とは、これを相親む人に加ふるもの稀にして、これを尚疎き人に加ふるもの多し、此事実は汝に二つの処世法を教ふるものぞ、其一は勉めて相親む人の選択を厳しくする事なり、某二は唐を大都会に占めたるとき、又は旅跨にあるとき、身辺の人をして永く疎からしめ、以て己れの受用を損ぜず己れの観察に便する事なり。 退謹  一種の人あり、その快しとするは坐中の答皆己れより劣りたる時に限りて、一人の己れに韻頑すべきものあるを見托ば、眉翠み舌渋る、是れ自惚のために不公平に陥いりたるものなり、此人は己れ敢て罪を社会に婦して社会を棄て、復た社会の罪を己れに帰して己れを棄つべきを暁らず、若し能く退一歩譲一歩せば、交際場の関門は忽ち此人のために開くべきを。 一撃一笑  汝総ての人を冷遇せんか、総ての人汝に不平なるべし、汝総ての人を厚遇せんか、真に厚遇に値するもの汝に不平なるべし、是枚に人を遇するは均平なるべきものにあらず、是故に人の長上たるものは一翠一笑をだに萄せず。 間に合せの厚遇  人を遇するに冷熱厚薄なかるべからざることをば既に秀へり、されど世には、同じ人を遇するに或時は厚く簿は薄きものあり、その厚きは、偶く同じ狸地位のこれより貴き人、談ずることのこれより善き人、若くは諸ふことのこれより巧なる人なかりしがためにして、その薄きは、偶く此等の事の優れたる人ありて己れの敵手たるに宜しきがためなり、汝若し此種の人の一たび厚く遇せしに惑ひて、時立ちて後故らに往いて訪はゞ、汝はその人の打つて変りて冷かなるに驚くならん、われ汝がために謀るに、汝は成るべく早く此種の人の手の下を滑り抜けて、再び捉へられざるやうにせよ。 人の答 世慣れたりと云はるゝ人にも、人に物問ひて答を待たず、又はその答の半ばに更に他事を言ひ出づるものあり、こは心ある人には厭はるべきことにて、その厭はるゝこと稀なるは、世に心ある人少きが故のみ、われはかゝる悪しき癖あるものに許すに、まことに世慣れたりとの称を以てすること能はず、西洋諸国の宮廷に出入する交際家に此癖多きは、わが毎に怪みおもふところなり。      はたを引立つる事  はたを引立つること、即ち傍なる人にその長を示すべき機会を与ふることは、まことに世慣れたる人の所為の中にて、最も労少くして功多きものゝ一なり、われは世に此一事を以て通人若くは訳知りの名を博し得たるものあることを疑はず。      上交下交  我に勝れるものと交らんか、我に劣れるものと交らんか、我に勝るものと交るは、我の人より進溢を受るなり、我に劣るものと交るは、我の人に恩恵を施すなり、進益を受くることを忽にして、漫りに恩恵を施さんは、わが敢てせざるところなり、世には常に己れに劣れるものを身辺に集へて、己れが笛にて舞ひ踊らせ、気は一坐を蓋ひて自ら豪とするものあり、笑ふべきかな。 退  屈  こゝに一家あり、その沓族日ごとに同じさまに起き、同じさまに食ひ、同じさまに臥して、その間言ふところ行ふところの毫しも変化するを見ずば奈何、われは二一の破椅、例之ば恋女房貰ひし当坐抔を除きて、その家の貴賎貧宮を問はず、退屈の早晩必ず起るべきを知る、人の新聞雑誌を買ひ、棋象蓋骨牌を弄び、娘に遊藝を習はせなどするは、この変化なき裏に変化を求むるものなれども、それさへ久しからずしてその変化たる値打を失ひ、忽ち又初の退屈に復るなるべし、この時教育なき家庭にては、人々その退屈を色に形し語に出し、種々の罪悪はこれより生じ、甚だしきに至りては大破裂に終るべく、教育ある家庭にては、人々久伸を熟へ眠気を忍び、可笑からぬに笑ひ面自からぬを打ち興ずるさまにもてなしつゝ、弥縫し糊塗する間に、可惜月日を錦磨するならん、この退屈といふものゝ忌むべく嫌ふべきは、独り一家の上のみにあらず、集会団体にも有り、社会の或階級にも有り、国家にも有り、今個人の世に処する限に就いて言はゞ、その範囲は家庭と集会とに止まれども、人若し能く此間にありて退屈を排せんには、われは交際家としてこれを推すことを猶予せざるならん、さてこれを排する遺は擁て総ての交際法なり、されど彊ひて言挙せよとならばわれは云はん、労快の交代を程好くして、その快楽の時は事ごとにこれを約やかにせよ、愉快を倹約せよ、譬へばいかに相見ることを喜ぶ間柄なりとも、朝よりタまで鼻突合せて居るに至ることを避け、日ごとに往いて長坐することを避くるが如し、次に快楽の種類を高尚にせよ、食色の楽、利欲を刺激する楽等は、これ姦くして身を傷り、これを久うして心を害ふ、終に文学美術の受用の永遠なるに若かず。 大小都会  中等以上の人大都会に居るときは、行住坐臥意の儘に撮舞ふとも、人の非難を受くること少し、斯く己れの善しと思ふ所を行ふことを得るは、是に大都会の居り好き所以なるべし、小都会は然らず、人々汝が面を識り、汝が身の上を識り、汝が言行の人に殊なる所を捜り求めて、談資となし茶媒となさんと欲す、されば汝は汝の善しと思ふ所を行ふを以て是れりとすべからず、汝の善しと思ふ所をして、出来る丈人の善しと思ふ所と一致せしめんことを勉めよ。 他郷他国  他郷他国に在るときは、汝の言と汝の間とを慎め、風俗習憤汝の故里と殊なるがために、某の事をば人々の見る所、知る所ながら、公に口に上すことを忌むことあり、これを犯して其地の権柄あるものに睨まれ、汝が旅行の目的を達せざるに至らんは、いとく雲かなる業なるべし、次に何れの地を問はず、必ず不平家の団体ありて、不平家は又好みて外より来れる人に交らんとするものなれば、汝は始よりその心構して、此等の人物に近づかざるやうにせよ、これを犯す弊は上の妄に言ひ妄に問ふに比べて、猶一層大ならん。      淡き交  汝甲と中善く乙と中悪しきとき、強ひて甲をして乙に背かしめんと欲すること莫れ、縦令甲は汝と交ることを好まんも、汝が私慣を分ち汝が私闘に与ることを嬢ふことあるべければなり。 人に求むる事  汝才能あり技倆ありと云ふを以て自ら足れりとせば、人に腰屈めずてもあるべし、汝才能技禰に相応せる地位を得んと欲せば、人に歎訴哀求せざるべからず、若し人我を挙げ用ゐん、人我を推し薦めんなどゝ思はゞ、そは絶て無くして僅に有る事を頼めるにて、その失墨は殆ど必至の結果なるべし、但し汝は予め歎訴哀求して尚且用ゐられざることあるべきを期せざるべからず、而してその用ゐられざるは、決して歎訴哀求したるがためにはあらず。 立入りたる世話  汝人の世話を焼きて遺らずば、人復汝の世話を焼きて呉れざるべし、されど慎みて深く立入ること勿れ、人の用を足して遺る如きは、甚だ軽き事ながら、人の中心の満足を得んはいと難きものなれば、我より好みて受會ふべからず、人の喧嘩の調停の如きは、稍や重き事にて、動もすれば双方と中違ふ虞あり、就中親族の間の争には、傍より口を出さぬが好し、人に道徳上の意見する如きは、立入ることの最も深きものにして、脱れ難き貴任あるにあらでは容易く思ひ立つべからず。 鑑識  人を視んとならば、その瑣細なる言行に於いてせよ、その意を経ざる挙推動止に於いてせよ、漢学者流の蘇家人を見る法などゝいふは是なり、故いかにといふに、人は大いなる事に当るときは、他の批判を顧みるがために、却りて尾を見せ蹄を露すことなし、譬へば化粧して盛服せる人を見るが如し、これに反して些細なる事を為すときは、多くは自ら検せずして意を縦まゝにし、覚えずその本釆の面目を発露するなり、譬へば謹衣にて独り居る人を窺ふが如し。 友誼上の犠牲  汝がために多少の煩異多少の不便を忍びて某の事をなす人あらば、そは真の友誼ある人なり、容易く獲がたき人なり、その事の結果の大小によらず、汝は生涯心に銘記してこれを忘るべからず、汝は予め汝の相識中に、此友誼上の犠牲をなすを厭ふ人と厭はざる人とあるを鐙別し置かざるべからず、汝がために一片の紹介状を書く人は多し、汝が事を成さんと欲してこれを書く人は甚だ稀なり。      目と再、目と舌 欄人の間にて、傍より人の言ふ所を聞かんとおもは㌻、目を其人に注ぐこと勿れ、是れ目と耳とを分ち用ゐるに宜しき場合なり、凋人の間にて、友に坐上の某の人の上を語らんと思はゞ、亦目を某の人に注ぐこと勿れ、是れ目と舌とを分ち用ゐるに宜しき場合なり。 原則  人の特操なかるべからざるは、既にも云へるが如し、特操は索とあまたの原則の一系統をなせるものなれば、これを析けば一つ人べ・の原則()となるなり、さて原則には大小ありて、汝その小なるものを破らば、人亦将に汝の或はその大なるものを被ることあるべきを疑はんとす、是故に汝若し原則を立つる初に、糟細に吟味せざるときは、人その原則の保存悪き反物の如くなるを見て、復た汝を信ぜざらんとす。禁潤禁姻の徴と雖亦然り。      良心 舜かなる釘色もて人に対すべきことも、亦既に雪ひたり、霧かなる気色は良心より出づ、汝自ら信ずる所を行ひて、成敗のために動されずば、良心の形と舞かなる気色の影とは、永く汝が身を離れざるべし、縦令時ありて失敗の汝が眉根を愛むることなきにあらざらんも、その晴天の浮雲は却りて人の同惰を買ふに足らん。 我と我と  我は我が最も親しき友なり、我の我に負く時は人生の最も心細き時なり、世の人の焼と称するは、我声の我を譲め答むるを聞かじとて、酒家妓楼に遁れ往くに外ならず、されば我の我に無礼を加へ、我の我に諌辞を猷ずることなきゃう心掛くること肝娶なり、我に無礼を加へざれとは、独り一室に居る時と雖、動作を慎み衣帯を整ふる松如きをいふ、恥づべき事は、人に見られて始て恥づべきにあらず、人見ざるも亦自ら恥づべきなり、我に謹辞を献ぜざれとは、凡そ人に貴むべきほどの事は、これを己れに貴めざるべからざるをいふ、人を待つには厳しく己れを待つには寛く、人の蝦堪を発きて己れの疵病を愛しむは卑魎の限なるべし。      抑損と頗惰と  世を笠着て渡れとは抑損を教ふる語なり、汝が望を汝が力の及ばざる処に繋ぎて、永く慢心の怪物()に苦められんよりは、若かじ汝は汝の力の有らん限を尽し、その得べきところの物を得てこれに安ぜんには、されど汝若し毎に目を己れより下れるものに注ぎて、そを己れの標準とし、某は同年なれども猶下にあり、同地位なれども猶功をなさずと目ひ、某の力の己れより劣れるを顧みず、某の力ありてこれを用ゐることを怠るを慮らずば、是れ恕すべからざる獺惰の身持なるべし、我の我を踏み付くるものといふも可なり、自暴自棄するものといふも可なり。 独り楽む事  独り居て退屈するは、我の我に厭きたるなり、この厭俺の生ぜざらんことを欲せば、書籍中よりなりとも実世界よりなりとも、耕しき思想を取り来りて、我の我と語らん時の談柄とせよ。      心身を使ふ事  我身を虐便し我心を過労して、早く老い込承早く褒へ果るほど憎しきことはあらじ、さればとて我身をいとひてそよ吹く風にも当てず、我心をかばひて一事をも思念せしめざるときは、久しく閉ぢたる戸櫃の蝕める如く、久しく踊がざる刀刃の鏑びたる如く、一旦事あるに臨みてその用をなさゞるを見るならん、戒めざるべけんや。 凌虐  人を凌ぐ癖あるものは、己れ第一位に居らざる限は、事ごとに非難し、力及ぶべくばこれを破壌す、これに反して己れ実に第一位に居り、又己れ錯りて第一位に居ると認めたるときは、強ひて困難を排し志望を遂げんと欲して、いかなる労をも辞することなし、汝不華にして此種の人と事を共にせざることを得ずば、先づ己れが力を測れ、力これに勝つに堪へて、己れ又これに勝たんと欲せば勝て、然らずば雌伏して時を待て、努並び立ち共に謀らんと欲すること勿れ、他は汝が並び立ち共に謀ることを容るゝものにあらざればなり。      千栄  人を凌がんと欲するものは必ず栄を千む、されど栄を千むるもの必ず人を凌がんと欲するにはあらず、栄を干むるものには第二位以下に立つことを苛ずるもの多し、珪しきに至りては、権柄あるものに奴隷となるをさへ栄となすなり、汝不幸にして此種の人に交らざることを得ずば、努その栄と以為へるものゝ栄ならざるを言ふこと勿れ、彼は永く汝の此失言を宥すことなかるべければなり。 惚  自惚の癖あるものは人の己れを讃めんことを欲す、人若し讃めざれば不興の色を見せ、甚しきは慣る、その人の詞に再を傾けて、いかなる称讃の意を含めるかとおもふ状は、譬へば小児の人の兜児に目を注ぎて、いかなる土産を持ち来たるかとおもふが如し、汝不幸にして此種の人に交らざることを得ずば、既にも雪へる如く、その真に長ぜる処を求めて少しく讃めて可なケ、冷遇して怒らしむべからず、努貴任あるにあらずして、これにその真価を告げこれに諌語を試みること勿れ、他は汝の言を信じて自ら俊むること能はざるべければなり、学者技藝家貫婦人等に此種の人多し。 高慢  自惚の増長して人に傲るに至るものを高慢とす、世には真に価ある人物の人に傲るをも高慢と云へどこれと同じからず、高慢なる人は何の価もなきものを懐きて価ありとなし、人にその価を認めしめんとす、而してその価なきを価ありとなすは、原と愚なるがためなり、汝君し此種の人に蓮はゞ、これを空気あつかひにして、見返りもせず受応もせずであるべし、若し又他より迫らば、嵩に掛りて折伏せよ、敵いかにといふに、此の如き愚物の常として、下から出れば付け上るものなればなり。 多惰多恨  瑣細なる事に逢ひて腹立つることは、毎に干栄者流又は自惚の人などに見るものなれど、別に一種多情多恨なる人物あり、受くるところの刺激と起すところの感動との不釣合なるため、怒るべからざるに怒るものなり、その心に以為らく、己れの人に尽すは此の如くなるに、人は何ぞ冷澹なる何ぞ刻薄なると、汝若し此種の人に交らば、常人に交るに比べて一層の注意を要するならん、若し猶澄意足らずしてこれを侵し傷くることあれば、静に汝の悪意ありて故らに徴せるにあらざるを説け、われは他の怒の必ず解くることを保せず、解けずば、是非なき事とあきらむるより外なし。 強情 強憎なる人には智なると愚なるとあり、いづれも無理なる事を言ひ出でゝ、人の正面よりその無理なるを斥し言ふことを容さゞるものなり、汝若し智ありて強情なる人に無理言はれば、陽に諾し為きて、陰に理に循ひて某事を処分せよ、他は後に至りて前の見の錯れるを悟り、汝が処分を是認するならん、但し汝は是時初め他の惑へるに己れのこれを祝ること明かなりしことを語り出づべからず、成るべくは他に対して、君は此の如く処分をせよと宣ひしやうにこそ思ひしなれ杯秀ひてあるべし、若し又智なくして強情なる人の無理言ふことあらば、第くその夏がまにくせよ、而してその失敗を傍看せよ、他は或は後に至りて自ら折れて出で、進みて汝が助力を講ふならん、爰に一の秘伝あり、そは汝が加一借の強惰を以て他の強情を圧倒すること菱り、此法は数く行一ば功なきに至るをもて、火急なる場合大切なる壕合のために取つて置くベし。 反対 人の言長対する癖にはいろ/\あり、只だ何故ともなく常の習となりて毎専に反対するものは間ま見るところなるが、これはおもひの外罪なきものなり、わが曾て識る所の長官あり、属僚の状を具して事を言ふごとに、必ずこれに反対して裁決す、属僚の中此癖を利用して、先づ己れの作さんと欲するところに反する状を呉して上り、望むところの裁決を得るものありき、この法頗る用ゐるに堪一たれ芸、こ婁数くすべからざるは論なし、人と争論することを好むがために反対するものあり、時としては己れが信ずるところにさへ背きて反対す、これに処する法は、その反対の語気を認むるとき、きつぱり会話を中止するに若くものなし、人に調戯せんがために反対するものあり、これに処する法は、暇あらん限は少しく敵手となりて遺るを可とす、若し能く鋒を逆にしてこれに調戯せば最も可なり、所謂喧嘩買()の性分として、先づ人の言に反対して端を開き、終に暴力を用ゐて局を結ぶことを好むものあり、西洋にては此種の人は決闘自謹なるものにて、露西亜の小説家ツルゲネエフ(3は嘗てこれを題として面白き話を書きたり、こは反対癖の中なる最も厭ふべきものにして、善く世を渡るものは、あらゆる手段を尽して、これを身辺に近づけざらんことを勉めざるべからず、若し既にこれに纏続せられば、これに処する遺唯だ二あるのみ、飽くまで我血を冷かにしてこれを度外視するか、さらずばわれ先づ暴力を用ゐてこれを制せんのみ、拳もて打たんも杖もて打たんも好し、さらば決闘は奈何、日本にも嘗てこの俗を輸入せんとしたる危険なる物数奇なきにあらざりしが、幸にして共事杜会に容れられずして止みぬ、日本人の決闘すべきか決闘せざるべきかと問ふ場合に逢はんは、唯だ外国に遊びたる時にあるのみならん、わが師に独逸の老官吏あり、欧羅巴諸国を歴遊して、あらゆる境界に身を置きしものなるが、嘗てわれに告げて目く、外国に便して決闘せざるべからざるに至るは、必ず愚人の所為なりと、この言は決魑の俗の今も輯校学生の間に行はれて、国法の陽に禁じ陰に宥むる独逸の人の口より出でたり、深く味ふべき言にあらずや。 決闘  著し決闘は行ふべき事か、行ふべからざる事かと問は㌻、その行ふべからざる事たるは、既に久しく識者の間の定論となりたり、古の欧羅巴人の名誉に深秘あり、唯だ血を以て厭かしむべしといへる如きは、今人の一笑にだに値せざるなるべし、次に勇怯剛臆の問題あり、独逸の一大学生嘗てその師フイヒテ()に問ふに、決闘すべきや否やを以てせしに、答へて目く、汝若し臆する心なくば闘はでも好し、若し些の臆する心あらば闘へと、されど今は西洋も日本も国を挙げて智兵なれば、人々既に公闘の勇あるを証す、何ぞ私醐もてすることを待たんや、然らば決闘は何故に息まざるかロオゼンクランツ()の言は此間の消息を明かにせり、いはく、決闘とは正しき意義より書はゞ、相敵する二男子同一の兵を取りて、立合人の面前にて生死を争ふ謂なり、この俗は漸く衰ふべし、未だ豫に全く滅ぶべからず、その全く滅びんは、中世の武士銃質の夢の醒め果つる暁にあるべし、国に常備丘ハあり天下に擁呉の太平あらん限は、未だ容易く決闕の全滅を塁むべからず、国の風俗高尚に赴き民の自由完金に向ふときは、能く人をして決闘の快を忘れしむるに至るべきこと期すべからざるにあらず、唯だ奈何ともしがたきは、今の時に方りて二人梱争ひ、必ず血を見て満是せんと云はゞ、傍人これを禁むるに由なき事なり、法律は既にこれを許さず、されどその制度は腐行せらるゝものにあらねば、特に軍人の如きは時々僻処を求めてこれを行ふ、蓋し個人の生を贈して自ら潔くすることの、その艮心の自由に萎すべきものなることは、他の自殺と相似たり、縦令法律は寛仮すべ加らずとせんも、亦深く個人の私に立入るべきものにあらずと、是れ五十余年前の文なり、而も西洋学者の決闘に対する思想は、今猶当時と大差なからん。 激怒  激怒の癖あるものは、一時自ら抑へ自ら制することの足らざるために人を侮塚す、始より人を侮零するに意あるにあらず、若し性行の取るべきなき人に此癖あらば、これと交ること莫れ、若し性行の取るべきある人に此癖あらば、平生勉めてこれを温存し、誤りて共怒に触れば、まじめに温言もてこれを釈かんことを試みるべし、慎みて冷澹の色を見すること母れ、その他の怒を煽ることは我怒を以てこれに対するより珪だしからん、激怒は一時のものにして、後に至れば必ず釈く。 復讐  復讐を好むものは、大抵その做すところの返報、その実に受けたる若くは受けたりと以為へる損害に借荏す、これに処する遺は、常に他をして我を畏敬せしめ、我又慎みてその怨を買はざるにあり、若し一旦これに怨まれば、善く我身を保ちて、他に乗ずべき機会を与へざるより外なし、董し怨毒はいと怖ろしきものにして、蘭を乞ひて蟻を擾ふと云へるがために、忍坂大中婚の賢なるすら国造を貶し、鷹を逸せるとき小件と罵りしがために、徳川家康の慎めるすら主水を殺しゝなり、況や復讐を好むものをや。      不精  不精ほど可笑しきものはあらじ、手紙一本書き、借りたる物一つ返し、些の償を償ふために、大準備を要し大奮発を要するなり、此種の人をば折々傍より刺激すべし、他はその刺激を受くる時、好き顔をするものにあらずと雖、其事を成し畢りては、己れを刺激せしものを徳とするなるべし。 猜忌  猜忌の人は皆悪人なるにはあらず、生れながらの沈謹より然るものあり、数人\人に欺かれ陥いれられしより然るものあり、これに処する遺は、唯だ我誠実を以てこれに当り、他をして漸く悟り漸く容れしむるより外なし、此事は他尚少き時或は功あるべけれど、他既に老いては所詮成就しがたかるべし、すべての人を猜忌するもの(旨ぽ竃享8召)に至りては、いかなる交際家と雖、手が着けられぬなるべし、此の如きは心疾を去ること遠からず。      妬と誕と  人の妬を避けんとならば、爪を蔵し鋒を露さ㌻るに若かず、されど絶えて妬なからしめんとせば、我長を滅し尽し我幸福を苅り尽すに至りて已むべし、こは行ふべからざる事なり、誕言は多く妬より生ず、これに処するには二途あり、一は迅速にして明断なる分疏をなすこと、一は黙すること是なり、そのいづれに従ふべきかは場含、ことに同じからねど、大抵敵手の太だ毒悪にして太だ下劣なる時、その人数の太だ衆き時、その誕言の汚らはしくして口にし筆にするに宜しからざる時は、黙せざるべからざるならん、又黙するに若かざるならん、奈何といふに、此の如き敵手にして我がその誕言を気に懸け、これに取合ふを見るときは、他は意を得て益く叫号すべければ言。      吝嗇  倹約なるものに吝嗇の名を負はすべからざるは勿論なれど、奴脾の陰言と近隣の醇とには此別あること少なり、此等賎しき輩は、給金の期を想らずして渡さるゝと払ひの滞らざるとの如く、喜ぶべきことをば喜ばで、已等の乗ずべき機なくごまかしの利かざるを悪み、吝嗇ならぬ人にも吝嗇の名を負はするなり、実に吝嗇なる人にいろ/\あり、己れを処すること寄生の如く、何物になりとも纏りて養を取らんとし、人を視ること盗人の如く、その或は己れに損を掛けんことを恐るゝものあり、これに処する遺は、些も求めず些も与へざるに在り、縦令他これがために離れ去らんも、我に於いて損あることなし、財を惜み財を積みて、諸ふもの欺くものゝために擾み去らるゝものあり、これに処する道前に同じ、若しこれを救はんと欲せば、失敗せざること少ならん、他の諸ふもの欺くものを信ずること我を信ずるより深ければなり、番ふるところの財を以て偏りたる欲を果すものあり、所謂女郎買の糠味噌汁の類なり、これも亦救ひ易からず、最後に一の注意すべきことあり、画家に顔料を求め彫工に響土を求め学者に書を借らんことを請ひて見よ、他等はその物の価に拘らずして、意外なる吝嗇の色を見するならん、クニツゲ()のいはく、我に和蘭製の書翰紙一折を乞はんよりは、某価に数十借せる金銭を乞へと、是も亦交際家の知らで協はぬ事ぞ、吝嗇の反面には濫費あり、これに処する遺は、その敵財の相伴せざると、その贈を受けざるとにて是りなん。 恩知らず  目下の人に恩恵を施さんに、その報を得ることの期すべからざるは、人皆知れり、目上の人のために力を尽して、その報を得ず、剰へこれに害められこれに虐げらるゝこと多きは、人或は忘れたるべし、安んぞ知らん、兎尽き狗烹らるゝは今猶昔のごとくなるを、されば恩を施し力を出しゝ報酬は、人を助け功を立てし心の楽しさを除きて、別に存することなしと知るべし、是れ失望なからしむる予防法なり。      権謀と詐偽と  権謀と詐偽とに熟したる人ほど可笑しきものはあらじ、権謀に慎るゝときは、正遺もて遂げらるべきことをも権謀もて遂げんとす、詐偽を習ふときは、打ち明けて求めらるべきことをも詐り構へて求めんとす、汝著し此種の人に交らば、初め他の未だ汝を謀り汝を欺かざる時、絶えて謀り欺くことなかるべき人として他を遇し、これに汝の謀り欺くことを賺ふことのいかに深きかを知らしむべし、他不用意にして汝に損害を加ふることあらば、汝は快くこれを恕すべし、さて他の有心膚意してその謀り欺く手段を汝に施さんと欲するに及びては、汝は決して謀もて謀を制し詐もて詐を制することなかれ、汝は須く危坐端視してこれに質し問ふべし、他の口渋り詞淀まば、或は会話を中止して、その詐の分疏を聞くに意なきを示し、或は真面目にその遁辞を出すことの随なるを告ぐべし、若し又汝不幸にして他の謀り果し欺き果しゝ後これに心付かば、汝はこれに怒の色を見せよ、容易くこれを恕すこと勿れ、世上権謀と詐偽との毒を流すことは到る所これを見れども、その最も甚しきは少年を侍つに此種の手段を以てすることなり、少年の潔白なる心に権謀詐偽の種子の萌生するは、多く長上の誠実もて待たず猜忌もて待つことの致すところながら、長上の権謀の置ちに少年の権謀を喚び起すも亦腰人\見るところなり、或教員己れの間を発する時生徒の外見するを認め、その外見するをば沓めずして、これが答を求めしに、後には生徒己れの能く答ふべき間の出づるごとに外見せしことあり、而るに教員は久しくこれを悟らざりき。      考張  必ず人を欺き陥いれんとにもあらで、小きを大く言徹し、無きを有るやうに言做すは考張なり、法螺といひ大風呂敷といふ、皆此類の事なり、この癖ある人は初め構造して言ひ後には己れさへこれを僑ずるに至る、これに処するには、真面目に問ひ諸めて困らせ遺るも好し。戯に此方よりも大鑑角を担ひ出だすも好し、応答せずして自滅せしむるも好し、されど尤も好きは大人しく聞き流し又は幾割か引いて聞き置く手段なるベし。 便侯  侯る人に親むは堕落なり、而してその恐るべきは顕なるものに非ずして密なるものなり、或は魯冒を進むる如きあり、或は疵蝦を評する如きあり、或は性癬を嘲る如きあり、君ほどの人物に云々の事あるは奈何など秀ふは墨言めかすなるべく、此の如き文章に些の推敵の労を吝まるゝこそ心得られぬなど云ふは批評めかすなるべく、暗に権謀家を以て自ら居るものに向ひて、君の人の悪さよなど云ふは、調謹の中に便倭の鶴をくるみたるなるべし。 悪人 悪人と交るべからず、交れば早晩その悪を作すを見るに慣れて、これを忌み嫌ふ念薄らぐものなり、悪人の汝に敵することあるは、汝の善に敵するなり、この時四辺に悪人の有らん限は、皆言ひ合せたる如く力を薮せて汝に敵するなるべし、蓋し悪人には大抵多少の智ありて、その本能の善を知り悪を知ると共に、善をば懼れ排し悪をば喜び曜くればなり、汝この厄に遭はゞ、唯だ忍びて真直に汝の遺を行け、彼悪人の聯合は決して久しきに堪ふるものにあらず、殊に一たび利を獲、利を分つ時に及びては、噛み會ひ引掻き會ふこと期して待つ可し。 普言悪行  汝口に善を唱へ身に悪を行ふものに逢はんも、させる必要なきにこれを発くこと勿れ、一には口に唱ふるところの善猶多少の利益あり、二にはその人は久しきを待たずして自ら失敗す。 愛と畏と  既に他をして汝を愛せしむること能はず、少くも他をして汝を畏れしめよ、是れ或一種の人に交る法なり。 秘密の利用  汝に親みて汝の秘密を打明けさせ、他日汝を攻むる呉となさんとするものあり、用心せよ、殊に手紙に用心せよ。      与奪  奪はんと欲するを見て先づ与ふるも、亦一種の人に交る法なり、此法は敵手の未だ深く悪に染まざる時功 用なしと押強きと  己れいつも用なしなるが為めに、人の用あるべきをも慮からで長居し、主人にも欠せしめ己れも亦欠して去るものあり、無用のもの入るべからずとは、仕事都屋の外に書き付けて此種の人物を攘ひ斥くるに宜しかるべき語なり、押強くして、人の己れと交るを好まざるべきにも拘らで眼き廻り、又人に物頼みて、人の体好くこれを砕せんとするとき、幾度となく押返し、人果牝て黙すれば己れ亦黙して睨競をなすものあり、是れ亦交り難き人物なり。 卑下  卑下とは謙遜の美徳の外に現れたるを謂へり、されど別に性癖に入るべき卑下二種あり、一は卑怯にして人の前に出づるごとに怖めたる色を見するものなり、こは男らしからぬ事なり、若し価ほどに人を待つべきものならば、亦己れをも価ほどに侍つべきにあらずや、これに旭する遺は、鼓舞して英気を引立て遺るに若くものなし、又あらはに讃めて愈く臆せしめんよりは、自立たざる待遇もて此方の共価を知れることを暁らしむべし、一は心偶傲にして語のみ卑下するものなり、例へば漢学先生の僕不敏と雖と説き出だして、さて大気敏を吐くが如し、これに処する遺は、その人真に価ありて傲れるならば、忍びて聞くべし、否ずば高慢に処する遺を応用して可なり。      漏洩  秘密の漏洩し易きことは上に舌へり、これを漏す人に種々あり、一人して持つに堪へずして奔り廻り、何人をか求め得て分ち負はしめんとするもの是れ一つ、包み隠すに意ありて 慮足らず、顔色詞の端などにて人に嗅ぎ付けらるゝもの是れ二つ、同じく包み隠すに意ありて人に問ひ落さるゝもの是れ三つ、秘密として人に伝へて、人の秘密として守ることを期するもの是れ四つ、素と秘密といふものは全く無きに如かずと雖、官途に屏り又は辯護人医師たるものなどは所詮秘密なきこと能はず、苟も秘密あらばこれを此種の人に授くること勿れ、若し又誤りて一たび授け一たび漏されたらば、厳かにその忽漫を謹めよ、但し秘密に非ざる秘密ありて、故らにこれを此種の人に授け、故らに此種の人をしてこれを世間に伝ヘしむるものは、亦智者の時ありて用ゐる所の法なり。 あなぐる癖  入らぬ事をあなぐりほじる癖あり、其職にあらざる探偵とも名づけつべきものなり、汝若しこれに纏はられたらば、早く詞亀てなりとも手紙もてなりとも、ζれを叱貴するに若かず、されど汝興ありてこれを弄せんとならば、敵らに汝が行を秘密らしくして、他をあらぬ方角に導き。 亦復妨なし。 他をして自ら苦み自ら疲れしむるも。 物忘  物忘の癖は少年の逸気なるために然るあり、貴人又は学者などの意を余所に注げるために然るあり、又心至らぬために然るあり、この中真面目に諌むれば改むること出来、さらぬも年を経て落潜きたるより自ら止むべきものは、少年の癖のみなるべし、貴人学者に忘れらるゝをば奈何ともすべからざるものなれば、始より当にせずであるべし、心至らぬ人の忘るゝには、紙撚もて指を縛り羽織の紐を括り遺るなども宜しかるべし、かゝる類の人には、罪なき性にて自ら請ひて此普忘勲章の紐を受くるものさへあり、只だその紙撚をも併せ忘るゝことあるは、人のよく知る所なれば、決して深く沓むべきにあらず、その外強ひて貴人らしく学者らしく見せんとて物忘を粧ふものあれども、こは彼の病を粧ひて人の浬意を惹かんとするものと同じく、取り合ふべき限にあらず。 変なる所  仏蘭西にてむつかし()といふ語を一種異様なる義に用ゐることあり、一例もて説き明かさんか、われ菜官衝にありし時、重要なる紀事の印刷に附すべきものあるを、長官兎角跡廻にして置きしに、或時更迭ありて新長官直ちにわれ等の言を納れたり、さて印刷の運に至りて、その長官必ず八折板にせよといふ、その赦を問ふに、唯だ書籍は小きが好しとなり、理窟より書へば、この人既に滞り居たる印刷を決行することなれば、その体裁は主任のものに委ねてもあるべきなり、余所の語にては此種の癖をば何と名づくべきか、職ひて言はゞ少し変なる処ある人な竺いふべきにや、手紙の文字の大小物語の声の高低などに好悪ある人も亦同じ、これに処する遺は、我に利害なき人ならば、唯だ悪しく思はで恕し置くべく、利害ある人ならば、その好に従ふべし。      変物  厳かに自ら持するところあるにあらず、原則あるにあらずして、日常の瑣事に於いて異を立つるは、所謂かはりものゝ為すところなり、(仏語)これに旭するは、その人別に取るべきところあるとその癖強ち害あるにあらざるとを認めたる上にて、これを恕しこれをいたはることゝすべし。 暗愚  愚なる人は自ら立つこと能はずして人に頼りて立てり、されば善き人導かば善をなすべく、悪しき人導かば悪をなすべき筈なり、われ世間を視るに必ずしも然らず、人はいかに暗弱なりとも、猶普き導に従ひ易きと悪き導に従ひ易きとの別は存するものなり、さて交際上に注意すべきこと多きはこの善き傾向ある愚人との交なり、奈何といふに此種の人は、社会の番付の空白を墳むること最も広きものにして、これなくては芝居は打たれざるべきが故なり、人皆聡明ならんか、世間の争奪軋醗は今の状に比すべくもあらざるべし、宰に此種の人ありて社会の運動潮流に多少の摩擦と抗抵とを加へ、許多の英雄豪傑者流をして十分放寧なること能はざらしむるなり、これに処するには、その人のために善人に交る縁を作り悪人に交る機を遠け、得べきものありてその人求むることを知らずば代りてこれを求め、欠ふべからざるものありてその人護ることを知らずば代りてこれを護るべし、そは此種の人の常として、悪しき人に囲続かれ得べきものを横奪せられ失ふべからざるものを踊取せらるゝものなればなり。      長閑気と皮肉と  物に執せず頃着せざる長閑気なる人物と、観察力鋭くして善く諷刺する皮肉なる人物とは、その性質いたく殊なれども、その汝が笑を促すものなるは一なり、のん気なる人とは遠慮なく大いに笑へ、そは汝が心身の健康を養ふ所以なるべし、皮肉なる人とは用心して少に笑へ、そはその諷刺の的となりたる人を傷けざらんがためなり。 酒色  酒色に耽る人は交るべきにあらねど、若し止むことを得ずして交らば、菅にこれに染むべからざるのみならず、亦折を見て己れのこれを悪む色を現し、これに依りて己れの旗幟を明かにすることを異す、されど猫一歩を進めて諏め止むべき場合はいと少かるべし、この少き揚含にて優しき言と大人しき行との、人に過を畑せ非を悔いしむることあらば、そは此上なき幸ならんのみ、。 偽善と迷信と  人の絶ず遺徳宗教を唱ふるを見、華々しく賑位を行ふを見、あらゆる武器を用ゐて慰むべき背徳失行のものを攻むるを見んとき、若し同時にその人の多く顕栄の人に近づき盛に射利の事をなすを見ば、汝はその一の偽善者()たるを認むることを難んぜざるならん、わが交際法中にはこれに処すべき遺絶てなし、汝は只だ遠きよりこれを望みて回避すべきのみ、陳き娩怪談にもせよ新しき幽霊話()にもせよ、これを信ずるは迷信なり、この過は下愚なる人に多しと雖、亦時としては畑名の学者中にこれを出すことあり、大抵その学の偏りたるより生ぜる智識の穴ありて、妄誕無稽の事の入るべき門戸とはなれるなり、哲学思想なき科学者と科学思想なき哲学者と、いづれも此弊に陥ることなきを保せず、これに処すべき遺は、迷信者のその迷信を除きて憎むべき人ならぬが多きために、考へ定め置く丈の値あるべし、此種の人にして若しその妖怪宗を度外視して交るべくば、そはいと心安かるべし、奈何せん汝その迷を破らんとせざるときは、他の汝を引いてその迷の裏に入らしめんとすべきを、然らば進みて転迷の煤とならんことを試みんか、曰くこれを試みんは極て好し、唯だ理を説くべからざるのみ、これを試みんとならば、他の面前に在りて所謂妖怪幽霊の正体をあばきて見するより外なからん、然れども汝の正体をあばきて見せたりとおもふとき、他はこれを見ることを欲せず又見ること能はざることは必ずしも稀ならざるな参ん。 無主義  善を行ふ遺は学派により宗旨によりて一様ならずと雖も、要するにこれを二途に分つことを得べし、一は或法則を立てゝこれを守るものにして、その法則の云々せざるべからずと日ふがために、己れは此不可不に服して欲を制するなり、一は已の欲するところの直ちに善に會はんことを期して、彼不可不を以て我不能不とならしむるなり、世には前者を遺有りとなすより、後者を遺無しとなし無主義となすこと少からず、わが無主義となすところのものはこれに殊なり、已の悪を欲し悪を行はんがために他の不可不に服することを肯ぜず、進みて人の法則を守るを職るもの是なり、汝若し此種の人を説被することを得ばこれを説被せよ、汝若し此種の人を黙せしむることを得ばこれを黙せしめよ。      齢の異同  交を結ぶには年歯相若くが好きこと人の皆知るところなり、希望を語る少き人と記憶を語る老いたる人と話の會はざるは固より怪むに足らず、矧や人情世態の劇変を閲し来たる過渡時代の老若をや、されど両者の董だ疎きも亦好からず、老の老と語りて昔を揚げ今を抑へ、次第に不平の念を増長すると、少の少と誘りて窓情放言し、次第に遺徳上の押へどころ擾へどころを失ふと、いづれも共弊少からざればなり。 老人対少年  老人の少年に交るには、少年気取になりて競争の念を生ずるに至ること勿れ、年寄の冷水と云ひ老女の化粧と云ふは男女性の上より此過を祝たるなり、唯少年と共に楽め、これを能くするは我少時を顧るに在り、唯だ少年に禅益あらんことを謀れ、これを能くするは我より強ひずして彼より求めしめ厳袴にして苛酷ならず邸重にして煩細ならざるに在り。 少年対老人  今の少年に汝長者を敬せよと日はゞ、必ず何故と問ふならん、現に汝は書籍館ある時代叢書出版の事業盛なる時代に生れたれば、咄瑳の間に傳聞多識の人となることを得るならん、されど世には身親ら閲歴するにあらでは会得すべからざることも亦少からず、且一人の生涯の天下の書を読み尽すべからざるは争ふべからざる事なり、されば長者の汝を溢することあるべきは復た疑ふ容らざるにあらずや。      大人対小児 交るに誠を以てせざるべからざるは、いづれの場合にも通じて守るべき事ながら、その最も繁要なるは小児を待つ時にあるべし、白糸のまゝなる小児の本能は能く誠と誠ならざるを辮ず。 親子  親の子を待つこと獄吏の如く、子をして畏るゝことを知りて愛することを知らざらしむるは多く東洋に見るところの弊なり、親の交際と遊戯とのために寸暇なくして、子をば縦ひ教育あるも雇人たるに過ぎざる女予()の手に委ねて顧ざるは多く西洋に見るところの弊なり、親の子を教ふるに寛猿宜しきを特て、子をして愛せしめ兼て敬せしむるは容易からぬ事といふべし、われは親子の対話を聞きて中心子に左祖しながら、われに共予を教ふる権なきがために黙すること数なり。 孝  観に仕へては孝なれ、今の人の子たるものは、我父母は頑なり、共に語るに足らず、これと語るは退周なりといふ、然るにその利益のため情欲のために人の家に往来するや、頑なる翁燈と語りて退屈の色を見せず、歓を迎へ恩を売ること決してめづらしからず、是れ縁なき翁嫡に対して能く耐忍し、恩ある父母に対して耐忍すること能はざるなり、われは孝を以て打算上より来るものとなさずと雖も、人の子たるものはその親のおのれがために労苦せしこと幾何なるかを思はざるべからず、親は子のために眠るべき夜をも眠らざりしなり、親は子のために屈すべからざる膝をも屈せしなり、豊人の子となりて退屈をだに忍ぶこと能はずして可ならんや、親悪しくば、子は親のために隠すべきこと事新しく言ふまでもなし、此理は単に身勝手なる利害の上より視てだに明なるべし、双親相争ひて、子たるものゝ一に順ひ一に背かざるべからざるに至るは、その一生の大難関たること勿論なり、これが子たるものよ、われは唯汝のいかに正を持し智を尽してこれに処するかを看んのみ。 親族  世には親族我に薄く他人我に厚しと云ふもの多し、大抵その薄しとするは太だ厚からんことを期せしが故にして、その厚しとするは或は薄かるべきを期したるが故なり、況や交ること久しうして又親しきときは、慣れ視る好処をば忘れ易く慣れ視る悪処をば恕し難きものなるをや、兎にも角にも親族と中遠はんは容易ならぬ事なれば、再三思せではかなはぬものと知るべし。 つまさだめ  政治上財産上の都合、恩義、脅追、思ふに副はれぬよりの焼け、手当放題、出来心、劣情等のつまさだ珍の遺にあらざることは論ずるまでもなし、さらば真の自由結婚の法に従ひて、心を相知りて後に選び痘むることゝせんか、訪問筵会の慣例ありて、少年男女をして共に談笑し同じく遊戯することを得せしむるにあらざるよりは、何に縁りてか心を相知ることを侍るに至らむ、是に於いてや世間の醇、媒口、乃至誠あれども 慮 足らず栄誉を重じて性情を軽ずる老父母の勧説は、猶つまさだめの主なる動因とならんとするなり、今の世はこの三従を廿じ七去を苛ずるおとなしき馬を繁ぐべき朽索もて、権利を説き義務を説くかんしやうある馬を繋ぎて、汝少年男子をしてその馬唐の杭たらしむるなり、用心せよ汝、用心して馬をして逸せざらしめよ。 心頭語 厭倦の預防  婚を成すは創業の如し、添ひ遂ぐるは守成の如し。相厭ふことなく相倦むことなく、借老の契を遂げんことは、世の夫妻となるものゝ初め皆希ふところなるに、或は家庭に此世からなる地獄を現じ、或は被鏡覆水の警見ることあるは、そも/\何によりてか然る。試みに相厭ひ相倦まざる遺を討めんか、唯冒慎独の工夫あるのみ。夫にもせよ妻にもせよ、縦令外人の窺ふことなければとて、櫛けづらざる髪、垢つきたる衣にて相関すべきにあらず、伊太利のマンテガツツア()なりきと覚ゆ。女子若し一の男子を愛してこれに帰がんとおもはゞ、必ず先づその午食後一二時間何の状をなすかを覗はざるべからずと云へり。午食後二一時間とはその獺惰の時なるべし、信夫恕軒の解釈は姑く置きて、昼寝ぬるものは昼寝ぬべき時なるべし。その他同一の客に対して、再び同一の話説をなすことの恥づべきは人皆知る、されど客の夏代するごとに主人の言ふところ全く同じくして、その妻傍にありてこれを聞くときは、妻たるもの争でか夫の知識の裾小にして思想の澗渇せるを厭はざらん。是れ答に対する津意あることを知りて、妻に対する注意あることを知らざるに似たり、要するに久しくして敬することの難きは、朋友間に於いてこれ有るのみならず、亦夫婦間に於いてこれ有り。而して慎独の工夫は敬に外ならずと畑べし。我友に処世に巧なるものあり。休沐暇予の日と雖、妻と室を同くして目を終ふることなく、月ごとに公私の用に托して小旅行をなし、妻をして家を守ること二三目ならしむと表ふ。その厭倦を預防すること至れりと謂ふべし。      貴任を燭すことの周全  夫婦の弐を懐くに至るは、妻より愛すべき女を見、夫より敬すべき男を見るに起る。さてその敬すべしとなし愛すべしとなすものは、多くは是れ偶ζ一長を見るが為めのみ、若し夫たり妻たるものにして、平生あらゆる貴を尽しあらゆる任を金うしたらんには、仮命一時血熱して重きを他人の一長に置くことあらんも、心定まりたる後その一長の吾夫吾妻の多方面に亙れる誠意善行に代ふべからざることを暁り難きにあらざるべし、この故にわれは、家裡の風波を防ぐ遺は、夫婦その貴任を燭すことの周金なるにありとなす、若し夫れこれに反して、夫は妻の弐あるべからざるをもて当然の事となし、妻もまた夫の弐あるべからざるをもて当然の事となして、亙にその応に尽すべきところを尽さず、そが上に夫はわれ曾て酒を飲まずと目ひて一長に誇り、妻はわれ曾て邪婬せずと日ひて一長に誇らんか、夫の一長は好夫の一長を折くに堪へず、妻の一長は増す花の一長を圧するに堪へずして、罪悪の焙は轡ひ近づくべからざるに至るならん。沮や彼夫と妻との自ら詫りて長となすところのものも、或は天稟に出で或は境遇に本づきて、実は長となすに足らざることなきにあらざるをや。 妻より愛すべき女  若し掃人の我妻より愛すべきものありと覚えしとき、これに処すべき道は如何、その男子にして己れの惰の或は智を蔽ふべきを虞れば、須らく速かにこれを遠ざかるべし、大抵惰の智を蔽ふは少年の常なれば、これに遇ふもの少年なる限は、此手段に依るを安全なりとす、その男子にして知慧と意志との能く憎を制することを信ぜば、須らく腰々その女と相見て悉くその平生を知らんことを勉むべし。大抵男子の年長けたらん限は、此際他の闕点を看破して転迷開悟の機縁に接することを得るならん、赦いかにといふに、能く媚ぶる妹人の平生の行には、許多の卑むべく悪むべき処あること、殆ど必ず予期すべきものなればなり。 妻の友  妻は夫をして其友を疎ぜしめんと欲すること勿れ、夫は妻をして其友を疎ぜしめんと欲すること勿れ、若し人己れの配偶の友とすることを喜ばずば、先づ己れのこれを寛目ばざる憎の、禰狭に本づき蒙味に本づくにあらざるや否やを思はざるべからず。能く此の如く自ら省みるときは、夫は妻に学び妻は夫に学びて、己れの品性至局潔にし己れの思想を闊大にすることを得るならん、世には此理を思はずして、夫をして内を厭はしむるものあり、妻をして外を悦ばしむるものあり。家庭福祉の墳墓はこれによりて築かるゝなり。 夫婦間の秘密  夫婦間に秘密あるべきか、答へて目く、その常なるものより言へば、夫の妻に秘せざるべからざることは、固より有り、譬へば国事の如し。妻の夫に秘せざるべからざることは、われその常に有ることを凝ふ。されど世には一種の夫ありて、事ごとに妻に問はざるべからず、内助の範囲を拡大して限界なきに至らしめざるべからず、是れその変なるものなり、若し夫れ夫婦相疑ひて、文庫を探り郵筒を被らざること能はざるに至るものは、そは最早夫婦にして夫婦に非ずと知るべし。 夫婦は分業 夫婦は一種の分業なり。而してその分掌するところの業には、夫に宜しきあり、妻に宜しきあり、妻の戸外の業を操ること、彼女髪結の如くなるは、夫の堕落を致さざるもの幾ど稀なり。夫の庖厨に出入すること、西語に所謂銚覗きに似たらんは、家庭の乱階たるべし、労働社会の借稼と孤立せる女予の外勤とは、已むことを得ざるに出でたる被格のみ。 一家の財攻  一家の財政を以て夫の秘密となすこと勿れ、妻に予算を授けて、支出のこれに超過するを貴むること勿れ。所以者何といふに、此手段にして夫の妻を疎外するより出でば、是れ既存の不幸にして、妻の夫を疎外する因とならば、是れ未来の不幸なり。夫は妻と共に出納を閲して、妻と共に節倹を謀らざるべからず、されど妻に定額の小づかひを給して、その出納を間ざるは、夫たるものゝ欠くべからざる度量なり。 生計は夫婦の基  生計に多少の余裕あらんことは、夫緑の和睦のための欠くべからざる某本の一なり。されば鰹ならん限は恕さるべき濫費の癖も一たび妻の夫となり子の父となりては、厳に抑制せざるべからず。彼北海遺へ金掘に往かんは解の事にして、夫の事にあらず、父の事にあらず。一家実に窮乏に陥るときは、夫婦父子離敵の悲は、到底適るべからざるものと知るべし。      その救済策  生計既に堕れて、収支相償はざるに至らば、早きを趨ひて生活の程度を低うし、出納の権をば、妻にもせよ他の家人にもせよ治産に巧なるものに遷すべし。是れ菅に財産を保つ所以なるのみならず、亦夫婦の契を全うする所以なり、家庭を維特する所以なり、われ世間の所謂しくみに着手し、所謂たのもしを催すものを見るに、皆是れその醒むること太だ晩く惜ること太だ遅れたるものにして、彼法廷の力に藉りて治産を禁ぜらるゝに至るものと相距ること数歩のみ。 妻の貧冨貴賎  夫の家の妻の家より冨貫ならんは、一家主脳の重きを致す所以にして、願はしき事なり、これに反して妻の家の夫の家より冨貴なるは、多く平和を被る因となる。国語の伝ふるところの、庭秘校上に弔り上げられたる婿殿は、実に此種の境遇の標本となすべし。 妻冨貫ならば何如すべきか  妻の財多く妻の親貴きは禍の源たり易し。されどそを一併に排し去らんは、公論なりといふべからず、此種の境遇にも亦これに処すべき遺ありて存ずればなり。妻の親富みて、妻に財なきものは、所謂持参金を卑む遺風のために、猶往々これあれども、姑く置く。妻財あらば、これが夫たるものはその財産の正直なる保管者を以て自ら居らざるべからず。社交上には吝なること勿れ。一身上には宜しく廉なるべし、宴会の盛なることその財産に副ひて、主人の自ら奉ずる甚だ薄きときは、外は卑吝の嫌を避け、内は権力の下に移るを防ぐに足りなん。政いかにといふに、妻は美衣美食の夫の心を動し夫の操を易ふるに足らざるを知りて、自ら省みざること能はざるべければなり、妻の親貴きものも亦これに似たり。これが夫たるもの、一事に処するごとに、能く独力もてこれに当り、絶て人に頼らざるを示すことを得ば、妻も騎ること能はず人も侮ること能はざるならん。 賢夫婦  夫婦並びに賢ならんは願はしき事なり。されど均しく賢といふも、種々の精神上作用上りこれを言ふことを得べく、夫の賢なると妻の賢なるとは、その性質を殊にしたるこそ、なかくにめでたかるべけれ。李の精神上作用は所謂細事の智ならざるべからずといふものあり。精細、慧巧、謹慎、耐忍などは此方面の作用に属す。これに反して、学識あり閲歴あり、能く深沈に能く翠固に、先見の明ありて成心の巣なきなどは、始より男子にふさはしき糟神上作用たるべし。 配偶の不肖  若し夫婦の一にして愚ならんか。婦の愚なるは猶深く憂ふるに足らず。夫の愚なるは全家の大恵とすべし。いづれの世を問はず、いづれの国を問はず、単に国家と社会との状況より観んも、牝鶏の農すべからざるは論なし、洋人中には才能に誇る女子の故らに愚なる夫を求むるを見ることあり。我国の如きも、或は漸くこれに似たる弊を生ずることなきを保せず。殊に知らず、夫たるものゝ差辱は即ち家の差辱にして、家の差零はまた夫人の頭上に堕ち来るものなることを。      夫の苦心  人生昔多し。余所目には楽しく見ゆる人も、その衷心には苦なきことを得ず。実在せる禍あり、その人の妄想して禍となせるものあり、速がざる飛禍あり、白業自得の禍あり、これを妻に語らんか。妻は果して夫の重荷を分ち担ひて、その相談敵手たることを能くすべきや否や。世間の婦人を見るに、此の如きものはいと稀なり。或は徒らに悲泣し、或は昔斯くせざらましかばと、返らぬ繰言し、或は後斯く成行かんにはと取越して昔労し、甚だしきに至りては理なき事を挙げて夫を謎め、自ら進みて離別を求むるに至る、是れ尋常なる婦人の惰なり。されば夫たるものは、己れの適ふところの禍の猶小にして掩ふべき限は、これを妻に知らしめざるに若かず。身は吃として動かざる巌の如く、いかなる怒濤をも支へ留めて、徴物の己れに紬りて庇蔭を求むるものあるときは、これが藍となり(れが障とならんは、そも/\男子たるもの・憲ならずや。若しその禍大にして弥縫すべからざるに至らば、心激し情追りたらん時、宜しく家香を避けて独り泣くべし、独り泣きて悶を排したる後、首を昂げて家替に対し、これを慰撫せんことを勉めよ、人或は、勇子那の辺よりか此力を得べきと問はんか。そは哲学もあるべく、宗教もあるべし、されど人の命の有らん限、失ふべからざるものゝ希望なることを思へ、あらゆる禍の永遠ならざることを思へ、縦令また永遠なる如くならんも、五月雨の空にも月の光の洩るゝ隙なきにあらざることを思へ。 離婚  生きては死の必ず至るを期せざるべからざる如く、夫婦は離婚の或は来べきを慮らざるべからず。而して離婚に先つものは不和なり。我俗は娶るに媒あり、故に不和の生ずるや、又これを媒に惣へ、媒は両家の間に往来して、調停せんことを試るを例とす。故に一家の秘密は世上に流伝して、その離婚に至るものは、離婚に先ちて人の指し笑ふところとなり、その再び和するものも、亦社会の軽侮を免れず、是れ殆ど今の教育あるものゝ堪ふること能はざるところなり。われ謂へらく。不和猶故に復るべき望あるか、不和永存すといへども離婚するに由なきか、不和永存して離婚するに妨なきか。凡そ此等の問題は夫緑の自ら決すべき所なり、断じて他人の容曝を許すべからず。その夫婦間にて決すべからざるものは唯ど法律の力を藉りて決せんのみ。苟も今の祉会に処りて名誉を験らざらんと欲するものは、此のごとくならざることを得ず。 不和  永存すべき夫鯖間の不和に処する遺に三面あり。一は己れの為にするもの、一は家人の為にするもの、一は又社会の為にするもの是なり。男子一旦不幸にして妻の以て妻となすに足らざるものを娶りしを暁らば、須く早く己れの前途の妻と共に堕落すると、妻を棄つるとの二あるのみなるを思ふべし。而して妻を棄つるには、これに妻たる名と権とを与へて棄つると法律上の離婚との別あり、夫たるものは心を冷にして断じ、一たび断じては復た変せざらんことを期せよ、口舌の欺くところとなること勿れ、姿色の動すところとなること勿れ、是を能く己れの為めにすと謂ふ、その家人の為めにするものは、子弟奴稗の面前にて、妻と争はざるに在り。子弟の如きは他人に托して教育せしむるに若かず。その祉会の為めにするものは、唯ど秘密あるのみ。 夫婦の蜷和  夫婦の情交の一たび被れたるとき、これを恢復せんとするものは、怨悪を以てすべか参ず、盆怒を以てすべからず、さればとてこれに利害を説いて、以て智に懸へんとするも、亦その甲斐あらざるならん、蓬し能く既に不和なるものをして復た和せしむる力は、唯だ恩愛に存ずるのみ。是れ恢復の唯一方便なり。 好通  離婚の已むべからざるは、好通の時に在り。夫の外の女子に通ずると、妻の外の男子に通ずるとの間に、軽重ありや否や、軽重あらば、いづれ軽くいづれ重きか、そはわが姑く問ふことを欲せざるところなり、われは今単にその結果の一を較べて、読者の省察を求めんと欲す。目はく、我財産と権利とを挙げて、これを他人の胤子に附するものは、特り妻の好通に於て之を見る。      恋愛  恋愛の事量説き易からんや、その説き易からざるは、我国と西洋と全くその俗を殊にしたればなり。我俗は粕識参ずして相婚す、杜会の下層には猶みあひの儀ありと雖、この一会見は形を相知るに在りて、心を相知るに在らず。上流の夫婿と新婦とは、華燭のタに至りて、纔に其面を相識るを例とす、西洋の俗は相識りて択み、相択みて挑み、諾すれば婚成り、諾せざれば婚被る、而して女の諾すると婚の成るとの間、所謂許塚の交をなす、蒙味若しくは惑溺の甚だしきにあらざるよりは、その心を相識らざらんと欲するも得べからず、是故に我には並宿前の恋愛なく、その偶々これ有るは、誼遇にあらざれば非礼なり。彼には並宿前の恋愛ありて、許嫉の前後に亙り、日を運ね月を累ね、間々また年を経るに至る。その相異なること大なりといふべし。特り然るのみならず、恋愛の語は本と西洋の言を訳したるものにして、若し其義を取ること狭からんには、主として並宿前のものを指して言ふこと、略々我雅言に恋と云ひ、我俗言色と云ふと相似たり。然らば今の東西の俗よりして言ふときは、恋愛は我に在りて罪悪たり、彼に在りて徳義たりと云はんも、また不可なることなきにあらずや。      不如婦  我俗は並宿前の恋愛を容れず。西洋の俗はこれを容る。並宿前の恋愛は我に在りては罪悪たり、彼に在りては徳義たり、世には近時の戯曲小説の淫狼を難ずる者多し、われは其中実に淫猿なるものあるを認めざるにあらず。而れども単に並宿前の恋愛を叙したるが為めに、淫狼の誹を蒙りしものも、亦或は有らん。藤花嘗て不如帰を作りて、人その思想の高潔に推服す、われは不如帰の好著たるを認むることを砕せず。而れども作者の筆を主人公成婚の後に起したるも、亦読者をして所謂高潔の感を作さしむることに於いて、与りて力あるにあらざることを得んや、そも/\不駕の主人公たる夫妻は、読者その並宿後の情の厚きを見る、この夫妻の前に女費等に相見るや、読者その或は相愛したるべきを想ひて、終にその詳なるを知ること能はず。若し相識り相愛して、而る後相婚すとせば、是れこの夫妻の偶ξ得たるところの幸福にして、世の夫妻をなすものゝ多数は、これに似たる運命を有せず。 無愛の婚  独逸某の市に富家の女あり。已を娶らんと欲するものゝ、皆已を愛するが為ならず、已の金を愛するが為なるを見て、自ら人に嫁せざらんことを誓ふ。偶々騎兵科の一士官あり、稟性寡欲にして操行不鵜なるより、終に負慣の淵に沈みて、殆ど将に身を軍籍に置くべからざるに至らんとす。彼女乃ち自ら薦めてこれに嫁し、共に石裁り出す業に従事すること半年許なりき。この間二人は始より相愛して相婚したるにあらざるをもて、寝るに共室を同うせず。然るに夫は妻の才貌兼備はれるを見、妻は夫の品性高潔なるを見て、内に相愛する情を生ぜり、季冬の節、高地の雪漸く融けて、川々の水涯り澄れ、石裁る民の住める村は忽ち水害を被りぬ。二人は救仇に力を燭し、夫危険を冒して村々を騎り廻れば、妻は家にありて民の為めに糧を裏めり。此の如くすること数日、大抵夫の家に帰るは夜半を過ぐ。妻は夫を懐ひて眠らずといへども、深更に相見んことを偉りてこれを迎へず、又燈を挑ぐることを敢てせざりき、一夜風雨屋を窪りて壁震ひ隔嗚る。妻は夫の帰ること遅きを憂へてその室を窺ふに炉火盛に燃えて、乾ける衣は架上に掛れり。是夫の旧兵僕の主を待てる心がまへなり、妻の心は殆ぎ此僕を妬まんとす、妻は一たびは、今宵の風雨を口実として、此室に留まり待たんとし、又自ら安ぜずして走りて我室に婦りぬ。室は暗くして、唯だ窓外なる園木の風に戦ぐを見る、妻は急に一燈を点じて窓板の上に置き、耳を傾けて翼音を聞けり。建音は響けり、夫妻は相関して廊に立てり。妻は夫の沽ひたる衣ながらに我室に入るを見て、その常の習に殊なるを疑ひつゝこれに眼へり。妻。水はいかなる状をかなせる。夫、某の村は民逃れ畜漉げり。葉の村は免れたり、妻。蹄の音を聞かざりしが、いづくにてか馬を下り給ひし。夫。我馬をば執事に与へて乗らしめつ。われは某の村より徒歩して帰りぬ。妻、3 この恐ろしき風雨の夜なるに、夫。げに闇がしき天気なり、我屋の側なる小川すら、今は急滞激流と変じたり。われは苑後の板橋を模りて、その欄干を握りしに、欄干携みて、脚下の水は薄き板を憾せり、此時我は心ともなく足を住めて、我屋の輪廓の、黒く寂しく木々の間に現れたるを打目盛り、独り自らトひて謂ふやう、我妻は彼星の内にあり。今若し彼星の内に火を点ずるものあらば、是れ我惰を我妻に訴ふべき時到れるなりとおもひぬ。夫の語未だ畢らず、壁に俺りて立ち、亀ろ手もて面を掩へる妻は徴かに歓飲の声を洩せり。夫は語を継いで云やう。聞け我妻。この時我は火光の窓に閃くを見たり。この時又我は脚下の板の水に押し破れて、橋の堕ちんとするを覚えたり。我は一躍してこなたの岸に上り、彼窓の火を目当に、雨を衝いて走り帰りぬ。妻よ。我は汝を愛す。夫は言ひ畢りて、厨息してその妻を覗へり。室内寂として声なきこと少時なりき。既にして面を掩へる妻の手は徐かに垂れ、涙を湛へたる目は喜の為めに輝けり。屋外は風雨愈々劇しく、細流の水は板橋の破片を駈りて奔り、苑木の稍は風に吹き折られて飛ぶ、さもあらばあれ、是れ春を催す風雨なり。以上はヨハンナ、クレンムの著す所の小説ヘロの燈の梗概なり。ヘロの燈の名は希臘セストスの司祭女ヘロと情夫レアンデルとの故事に取る、() 並宿前の恋愛の西洋に在りては徳義たるが如く、我国に在りては罪悪たるが如きをば、既に説きたり。今その反面を観察せんに、並宿前の恋愛なくして、顕初より並宿するは、我国に在りては徳義たること、これを今昔の艮家の婚姻に徴して明かなるべく、その西洋に在りては罪悪たること、少しく彼の風俗に通ずるものゝ皆知るところなるべし。而して彼クレンム氏の小説の如きは、その巧拙は姑く措き、奇警なる着眼と斬新なる立案とを以て、筆を此問題に下しゝものにして、我国人にしてこれを読むときは、某現味すべき所のもの愈々大なり、そも/\西洋の菱後婚の俗は開明の俗にして、東洋先婚後愛の俗野蛮の俗なるか、彼の俗儒弱にして緋棄すべく、我の俗健剛にして保存すべきか、現行の少年男女の教育は我俗を保存するに宜しきものなるか、蒋彼の俗に従はざるべからざる風潮を誘起する所以のものなるか。世には道徳を論ずるを業となすものあり。又恋愛を論ずるを業となすものあり。願くば我をして諸家の先婚後愛に関する意見を聞いて、以て平生の疑惑を解くことを得しめよ。 先愛の禁 並宿後の愛即ち後愛を禁絶するは、鰯寡の生涯に於いてこれを見、閣宙及び諸宗僧尼の生涯に於いてこれを見る、是れ小数の人の上なり、必ずしも論ぜずして可ならん。並宿前の愛即ち先愛を禁絶するものは、東方儒教の民に於いてこれを見る。是れ大数の民の上なり。この禁は果して道徳上当に然るべき者なりや否や。詩歌、伝奇小説の多く此禁を彼れるものを以て主人公となすは、奇を好みて破椿の人物を写すものなるか、糊知らず識らざる間に、人生の理想の作者の筆端より発露したるものなるか、彼遺徳を論じ恋愛を論ずるものは、願はくは又我をしてその先愛の禁に関する意見を併せ聞くことを得せしめよ。      女性ある社交  或ひとの謂へらく、我国上流の人物は傲慢不遜なるものと便侯利口なるものと多くして、殆ど一の能く剛に能く柔なる紳士の態度を具へたるものを見ず、是れ果して何の故ぞ。乃ち高尚なる杜交の闕けたるが為めなることなからんや。高尚なる社交は高尚なる女性の分子を得て始て成立し、少壮紳士の最後の教育は此の如き社交を得て始て終結すと。われは此説の信なるや否やを知らず。されど大数の比較上より見れば、西洋上流の人士の都雅にして、我国上流の人士の粗野なること、復た争ふべからざるに似たり。 最後の圭角  若し西洋の高尚なる婦人はいかなる影響を少壮紳士の性格の上に加ふるかを問はんと欲せば、宜く先づいかなる紳士の高尚なる婦人の愛重するところとなるかを問ふべし、嘗て人ありて、所謂交際杜会の獅子王の性椎を描き出していはく、美貌は成功を助く。されど必須なるにあらず、材能も亦同じ。勇気あり胆略ありて、而も騒しからず、遜りて怯ならず、理想を懐いて迂闊ならず奇僻ならず冒険の風を帯びず、人に交るに隔心なくして又矩を瞼えず、人を敬するに久しうして漁らず傍人をして怪訴せしめず、又敬せらるゝ人をして故らに謝することを須ゐざらしむる等、是をその通有するところの気風とす、見るべし、此要求には彼少壮男子の最後の圭角を磨するに宜しきものなきにあらざることを。 男子らしき男子  女子の男子らしき男子を喜びて、女子らしき男子を喜ばざるは、西洋の俗皆然り、我国の女子の俳優を愛し、就中所謂突転し若くは女形を寵すると過然同じからず。 馬丁車夫  我国上流の女子の自ら択むや、俳優に之かざれば馬丁車夫に之く、こは女子の同等の男子に交る機会を得ざるにも因るべし。されど恐くは別に一因あらんか、世には衛生上美人の説をなすものあり。その挙ぐる所の標識は、美といふ義に戻れりと雖、猶女子の身体の発育と健康とを重んずることに於いて取るべきものあり。これに反して世人のその子女の為めに配偶を求むるや、偏に智育を重んじて体育を顧みず、時として又その品性の奈何をさへ問はざることあり。その阿婿は某校の卒業証を有するならん、されどその人果して男子らしき男子と称すべきか。彼スポルトもて鍛ひ上げたる英国紳士の筋骨あるべ書か、彼ギムナジウムの古典科を修め来りたる独逸諸生の気概あるべきか。そは覚來なからん。是に於てや、われは疑ふ、我上流の女の、貴公子の涯弱を棄てゝ園夫の壮健を取り、学生の巧言令色を棄てゝ挽丁の直情径行を取るにはあらざるかを。 婦人の嗅  洋風の筵席に列るものにして、われ婦人の歓心を求めずといふものは僻なり、われ婦人の嗅を避けずといふものは愚なり。  服飾を精選せよ。顔頂より足尖まで些の暇壇あらしむること勿れ。婦人の服飾整はざるものゝ己れに近づき己れと語るに逢ふや、必ず為めに恥ぢ、耽づれば必ず為めに嗅る。  同時に等しく二婦人に奉承するときは、一人必ず嗅る、一場の会話と雖、これを専にせんと欲するは、婦人の常なり。  姿色にもせよ、才謹にもせよ、二婦人ありてその長を同うするときは、その一人に対して他の一人を讃むること勿れ。その一長を専にせんと欲するが為めに嗅らんことを恐るればなり。  婦人のいかに見ゆるといかに見えたがるとの間には、時として大懸隔あり。肥えて血色好きを望みて、漫に健康を称するものは、終にその自ら多病を粧ふを暁らず。停にして畏るべきを里みて、漫に称して女丈夫となすものは、終にその自ら柔和を粧ふを暁らず、瞑に蓮はざらんと欲するも共れ得べけんや、故に一婦人に対して、その容貌性質某に似たるを説くは、その相似たるところのものゝ親なると子なると他人なるとを問はず、多少の冒険なりと知るべし。  婦人に対する談話の最も危険少きは賞讃なり、美、賞すべし。才、讃すべし。その辞巧織なれば喜ばれ、仮令粗策にして侮られんも、決して嗅らるゝことなし。若し夫れ汝の出すところの辞と彼の得んと欲するところの辞と符合せば、汝は杜交上に一人の味方を加へたるものなり。  婦人の口舌の争をなすに至るときは、その事の何故を問はず、他に目前の勝を譲れ。然らずば汝は到底その復讐を免れ難かるべし。  怯弱と残忍とは相伴ふ、復讐の苛酷にして永遠なること鯖人の復讐に若くはなし。是を交際社会に投ずるものは、努婦人の嗅に蓮ふこと勿れ。 好奇心  好奇心は婦人の性惜中最も発展したるものゝ一なるべし。冒険談、探偵講等の括もに婦人を以て読者となすはこれが為めなり。比隣の敗徳、相識間の失行の多く婦人の伝播するところとなるはこれが為なり。婦人に外科手術を看んことを欲し、刑罰の場に臨まんことを欲するものあるも、亦好奇心の為めに動さるゝに外ならず。処世に巧なるものゝ言にいはく、汝一婦人に親まんと欲せば、先づ一の秘密を昔げて、渠をしてこれを護らしめよと。 機嬢かひ  俗に機嬢かひといふ性質は殆ど婦人の通有に罵す、只“神経の敏なるものにありて、その発露の若きを見るのみ。是故に婦人と語るは舟を行る如し。風の順逆を知らざるべからず。      調諺  婦人の調諺を好むことの甚だしき、時に己れの親むところの人に昔痛を覚えしむることを避けざるに至る。これに遭ふもの若し能く耐忍せば、後相睨むこと旧に借するζとを得ん。 誘惑すること勿れ 女子に交るものゝ、これを堕落に誘ふべからざるは青ふことを待たず。さるを世馴れざる少女に浮考の談を聞せ、田舎育の娘に大都繋華の物語を聞することの罪深きをば自ら覚らぬ人多し。謹厚なる男子は此の如き禍の種を良家の女子の胸裡に下すことなからんを期すべし、婬燦の語に至りては、苟も教育ある男子の女子に対して発すべからざるところなり。而して一家の圭人たるものは、また此等の語の女子と女子との間に交へられざることに注意すべし。われはおとなしき良家の女の、放縦なる牌腰の話に惑はされて、品行を失墜したるものを知ること、菅に三二のみならず。      世に貞婦なし  世に貞婦なし、何れの女か誘惑すべからざらんとは、西洋著作家の往々筆にするところにして、ボツカチョオの十日物語の如き書を読むときは、紙背に此種の人生観あるを見るべし。その思想の奇警は喜ぶべく刻薄は悪むべし。若し世に好婬せざる男子なしといはゞ、何人かこれに耳を傾くべき。是れ女子の失行の結果の 3恐るべきものあると、女子には他方面の功名のその蝦壇を掩ふに足るものなきに因る。欄むべきかな。 女子の学藝  女子の学問藝術もて一家を成すは、単に歴史上より看んも、その破格たること知るべし。唯夫れ被椿たり。故に女性といふ種類に対しては、これに指を染むることを奨励すべからず。これに反して個人の特に能く功を成したるものを見ば、これを待つこと男性と択むことなからんを欲す。唯夫れ破格たり、故に処女として老ゆることに甘んぜばいざ知らず、併せて婦徳を金うせんと欲するときは、その困難の大いなること、傍人の測り知るところにあらず。彼一葉の如きは、不幸短命にしてみまかりぬ。されどわれは猶その二つの幸を齎して逝きしをおもふ。索と文藝の事は、人の妻たり人の親たる務と両金なり難し、一葉はこの困難を閲するに及ばざりしこと一なり、今の文壇に名を成すものは、その推重の期去り揖陥の期来ることの早き、菅に膏を屈信する頃のみならず、一葉は彼に遇ひて此に遇はざりしこと二なり。 情を掩ふこと  仮面もて情を掩ふは女子の特技にして、いかなる誘詐なる男子も凡常の女子に及ばず。これ亦弱きものゝ自ら護る所以の具なるべし。されば口にけなし腹に誉むるは・唯ど灘を含める処升の猷を然りとなすのみにあらず。女子はおのれの喜ぶところのものを冷遇することあり、おのれの悪むところのものを厚待することあり。女予と交るものは、その人前の待遇を見て、情況の判断を誤ること勿れ。 堕落女子  堕落せる女子の交るべからざるは論なし。汎やこれを娶るをや。されど民心の此等の女子を撞くることは、我国の俗、未だ西洋の如く厳重ならず、新聞紙の上流の秘密を評ける記事は、一面に上流を悟れしむる力なきにあらねど、一面には又下流をして私行は公人を傷げず、徴理は盛名を害せずといふ念を起さしむる弊あり。今の勢をもてすれば、堕落せる女子の害毒を我国の社会に流すことは猶頗る多しとす。堕落せる女子を娶るは、堕落せる女子に恋愛の頼むべきものありと以為へるなり、方なる卵は絶て無くとも、狭斜の貞婦の或は有らんことを信ずるなり、されどわれは此種の恋愛を頼むものゝために、猶二事を挙げて、その反省を求めんと欲す。其一。媚を売り笑を売る業の、人生幾多の細織なる義務心を損じ易かるべきは、理の覩易きものなり。世には一たび苦界にありしものは、閲歴の誘惑に抗すべきありて、その節操を堅固ならしむといふものあり。殊に知らず、已に囎ちたるものは、復た堕ち易く、自ら新にしたるもの、必ずしもその終を全うせざることを、某二、人の精神上作用は復雑なるものにして、所謂誠実なる行も、その動因は知り易からず。汝の生涯を獲んがために、汝の金銭を斥くるあり。官能の欲熾なるがために、金銭の欲寡きあり、此等は猶その看破し易きものにして、その性情の極めて複雑なるや、人目を眩すべき許多の好処の大なる癌病を掩覆するを見る。七子を挙ぐる者の猶頼むべからざることあるは、殊に閲歴ある女子に於て然りとなす。 少時の友  友を得るは少時に若くはなし。少時は情智に勝つ。敵に親み易し。性格未だ定まらず。敬に交亙に謹歩し易し、閲歴猶多からず。故に猜忌の剤に交道を塞がるゝ憂なし。人の手是は一たび断ちて復た生ずること石竜子の尾の如きこと能はず。竹馬の友も亦同じ、愛護せずして可ならんや。 同志  志を同うするを友と日ふ。世に尊卑の懸隔、老少の差異、交を結ぶに宜からずといふは、卑者の尊者に於ける、少年の老人に於ける、多くは其志相殊なればなり。若足を帝腹に加ふるもの再び見るべからずとなさば非ならん、若し韓孟復た生ずべからずとなさば又非ならん。 性格ある友  性格堅固なる人ならではまことの友とはなしがたし。世の人の往々われ友に欺かれたりといふは、友ならぬ人を友と思ひ惑へるなるべし。猶詳に言はゞ、某といふ実在の人物と、おのが主観の其人物を描き出しゝ幻影と金く相殊なりしなるべし。 真の友の有無  人あり、まことの友絶えて無しといはんか。そはおのれの求むるところの過ぎたるならん。われの友に利他行為を求むべきは固よりなり。されどそも其友の、自家の名誉を害せず、自家の一身と自家の親族とに対する義務を來てずして、能く我に加へん限の利他行為ならざるべからず、此制限をだに超えずば、友量獲がたからんや。問ふて日はく、求むるところ此の如くならば、幾人なりとも友を獲らるべきか、答へて日はく、資ることを休めよ。まことの友は一人二人あらば足りなん。誰か金蘭簿の紙面をして雑誌太陽の如くならしめんと欲するものぞ。 富貴なる人の友  貴き人冨める人には概ねまことの友なきを常とす、そはその人の上に立てるものは、唯ξおのれに利ある時のみこれを親み近づくるなるべく、その人と同じ列なる人は、相妬み相忌みてこれと対時するなるべく、下なるものをば、その人初より見下して物数ならずとするなるべく、いづれの階級として襟を開き心を談ずるに宜しきものあるべからざるが故なり。 友に訴ふる時  憂苦の独り抱かざるべからざるは、嘗て一たびこれを論ず。友をして我憂苦を分たしめんと欲するは、情の未だしきなり、我苦既に負ふに堪へず、争でか更に友の苦をなして、我同応の情をしてこれを併せ負はしむることを得ん。友に我苦を告ぐべき時は、唯だ一あり。友の能く我を救ひ、又我を救はんことを欲する時是なり。 友に訴へらる時  友の厄を告ぐるに蓮はゞ、多言すること菓れ、救ふべくば直ちにこれを救へ。又慰藉すること女子の如く、他をして未来の調遇を侍ましむること莫れ、進みて局に当る惑を解き、指し教ふるに、これに処する道の安に在るかを以てせよ。 朋友と秘密と  朋友の間には隠蔽を忌む。されど人の身上には、告げて益なき秘密あり。これをさへ告げんは児女の態を伊すに似たらん。沈んや第三者の秘密に至りては、言ふと言はざるとの自由初より我に在るに非ざるをや。 諌友件友  友に諌ふは非なり。友に杵ふも亦非なりれ、されど黄事の辮じ争ふ価値なきものは言ふところに従はんも又何ぞ妨げん。 友情と恩義と 雷同せざ 姑く友の  友人間の利他行為に友情を傷るものあり。そは利他は恩蔭を生じ、恩蔭は貴務を生じ、貴務は去就の自由を滅すればなり。借んで与へ、喜んで受くるものゝ、早く友惰の外に逸したるは、論を待たず、喜んで与へ、忍びて受くるものゝ彼我皆その志の高尚を失はざるだに、友情の永続上には既に多少の暗影を印し出すことを免れざるを奈何せん。さればわれは友に求むるものに再思を勧め、友に与ふるものにも亦再思を勧む。金銭の如きは、これを友人に借らんよりは、寧ろこれを商佑に借れ。      煩晴  友に交るには、煩聴して相厭ふに至ること莫れ。夫掃の相厭ふや、猶許多の糸の繋がれたるありて、選に断つに及ばず、朋友の相厭ふ日は、直ちに是相絶つ日なるを常とす。 疎絶  煩晴固より使め得ず、疎絶も亦便め得ず。友ありて遠きに在らば、一語加餐を説くを忘るゝこと休れ。 嫉妬せざれ  友の人に厚きを見て怒るものは狭最なり。嫉妬は両性間の物、男子と男子との聞これ有ることを容さず。 友誼の初歩  友の健殿、賞産、名誉よりその婦の貞操、その子の無邪気に至るまで、これを護惜すること我有を護憎するが如くにして、始て友誼の初歩を行ひ得たりとなすべし。 矩を瞼えざる交  膠漆の如くなる交、崇拝にまぎらはしき敬重は、すべての矩を瞼えたるものと共に久しきに耐へず、色かへぬ松の翠の、口に御めば、しぶきところあるが、却りて頼もしからん。 強ひて求めざれ 強ひて交を求むれば必ず疑はる。若かず、己れの当に為すべきところを為し、己れの当に尽すべきところを尽し、静に水到り渠成るを待たんには。 人皆非友、人皆友  人皆友に非ざるものなり、同業同僚の間に立ちて、旅客の大都の市場に入りたるが如し。何等の寂莫ぞ。人皆友なるものあり。心血を万人の脚底に灌ぐに同じ、唯ξ是れ躍穣厭ふべし。      絶不絶  交深きときは謹必ず入る、紳士たるものゝ僕園の言、女髪結の陣に昇を借して、友に非行ありとなすべきにあらざるは論を待たず。彼悪徳新聞の記事の如きは、探聞いかに厳重なりと称すといへども、半ば是れ強ひて求めたる疵鞍にして、その甜伝多きは、世故に通ぜるものゝ皆知るところなり。堂累を交道に及ぼすべけんや、われ既に性格堅同なるものを選みて友となしたり。某の非行の性格堅固なるものゝ為すべき所にあらざるを思へば、復た謂ふところの行の有無真偽に就きて、事実上の穿襲を遂ぐることを須ゐざるにあらずや。若し又嘗て友としたる人に非行あること明白にして、我昔日の鑑識の過てるを知らば、是れ友に非行あるにはあらず、非行あるものゝ一時友の中にまぎれ入り居たるのみ、これに遠ざかりて可なり。口これが為めに悪声を出ださずして可なり、何ぞ必ずしも絶交の書を送りて、強ひて自ら潔うせんや。 解粘去縛  朋友間に誤解あるを覚えば、未だ間人の嫁を挾まざるに乗じて、面り辮じて換釈せしめよ、交友の道も亦草を生じ易く草を長じ易きものなればなり。 友より敵  友の変じて敵となるものあり。是れ敵の最も恐るべきものなり、我兵力を知り、我軍費を知り、乗ずべき弱点の那の辺に在るを矧るものは、即ち此敵なり。 主僕  昔日の主僕の関係は、東西洋ともに今復た見るべからず、上流の命扶などある際は姑く置く、此より下りては、一家男女の隷罵、皆雇人たるに過ぎず、これに処する遺二あり。事あれば便役し、事なければ顧ざるものと、便役の労らこれを教育し、又縦令教育せざるも、これに多少の感化を与へんと欲するもの是なり、彼は今の人の雇人を遇する通途の手段なるべく、之は古の主僕の遺風猶濁び尽さゞるなるべし。われは世の彼を棄て此を取り、利他の志あるが為に煩労を避けざるものに与せん。 隷罵を待つ法  隷風を待つに苛酷なること勿れ。身を其地位に置いて、事の難易を思ふときは、虐便苛役の弊に陥ることなからん。威厳を失ふこと勿れ。自ら卑しうして馴れ親み、委ぬるに委ぬべからざる事をもてするときは侮を招き偽に蓮ふならん、廉恥を講へよ。賞罰を明にせよ。 無僕  今の社会には隷罵の一種を闕く、執事あるべき家に執事なく、奴僕あるべき家に奴僕なき是なり。執事なきが故に、書生をもてこれに充て、貴任なき人を貴任ある位に置けり、奴僕なきが故に、馬丁、草夫、炊嚢の碑をして分外の苦役に服せしむ。並に皆役するものと役せらるゝものとの不満足の基なり。 書生 (舎して、これをして其目的を達せしめんと欲且しく賓客にて遇すべし。宣使役すべけんや。は便役に宜しきものは、書生と称するに足らず。  命の内容と形式と 〜して能く主人の命の内容を会得して、これをしむるものは絶無僅有と称すべし、隷属にしてΨの形式を烙守するものは希有と称すべし、彼帖僥倖のみ、此を得ば須く満是すべし。隷属のト在りて彼に在らざるは、猶独断専行の軍紀中にるがごとし。  謹貴 に過あるときは、これに謹貴を加へざるべからざること論なし。索と隷属の如きは、教育なきもの多きが故に、その主にして仮借し寛宥するときは、菅にこれを徳とせざるのみならず、往々却りてこれを侮るに至る。然れども罵晋打郵は、隷属と雖、決して加ふべからず。所以いかにといふに、暴力は唯ξ暴力に対するとき用ゐるべきものにして、これを己れに事ふるものに用ゐるは、児女を虐すると択むことなかるべければなり。 徴物を俄むこと  徴物を俄むは、多数の隷属の偉らざるところなり、その欺嚇を防ぐと、常にその欲望を制して、時に我よりこれに与ふるとは、これに処すべき寛猛の二手段なり、憾むらくは彼徙、与ふるを受くることを快しとせずして、与へざるを奪ふことを快し色す。彼は有限にして此は無限なればならんか、又或は思ふに、彼の不快は行為の所動にありて此の快はその能動にあるに似に居らば、亦人生の一快事となすに足る。 たり。  比隣 他家の隷属  他家の隷罵をば重く遇すべし。義務の上よりは、その我に於ける関係、他の人の使役に服せざるものと殊ならざればなり。智略の上よりは、その他家の主人の意志を左右することおもひの外に大いなる例少からざればなり。二家の交の隷属に結ばれ隷属に被らるゝは、わがしば/\験せしところ言。 千金隣を買ふ  千金星を買ひ、千金隣を買ふとは、古の東洋の俗の厚かりしなり。同屋殊房にして、亙に名を相知らざるをもて、上流の風尚となすものは、今の西洋大部皆然り、比隣必ず交るべしとはいはず。交るべきもの若し      隣を累すること勿れ  隣人を黒すること莫れ、我窓に坐して彼の室を窺ひ、塵芥を隣境に棄て、深更に喧噪するが如き是なり、鳥猷を蒙養するものは、放ち隣境に入らしむべからず。      比隣の戒  秘密を破り疵理を求むるが為めに、最も便なる地位に立てるものは隣人なり。家人隷罵に志卑きものありて、謬りて此便を用ゐるを見ば、厳かに戒め諭さゞるべからず。 傲星 溺掃を怠らず、遺作の保存に注意するは、人に対する務にあらず、己れに対する貴なり。その掃除するところの境域保存するところの造作の、我有なると人の有なるとを問ふことを須ゐず、世の蹴屋に居るもの、小破損は房賃もて償ふべく、大被損は房主償を求むることを忘れざるべしと看ひて、往々掃除保存に意を用ゐず、是れ自ら穣し自ら暴するものなり。 億よりする待客  貴人の客を待つは、己れに招がざるべからざる縁敬ありて招き、人も亦た往かざるべからざる縁故ありて往く。軍人の如きに至りては、我は上官より晩餐の命命を取けたりといふに至る。是れ智の集会若くは義の集会にして、惰の集会にあらず。後者は中流の独り撞まゝにするところなり。     客を防ぐ所以 未見の旅人と雖、我名を聞きて来り見ゆるときは、留めて宿らしめ、識らざる柄僧と雖、我家の忌日に来合はしたるときは、これに飯しこれを舎す、是れ古の俗の厚かりしなり。今の社会就中都市の生活の此の如きこと能はざるは、相識と云ひ賓客と責ふをもて、他人を利用し濫用するものゝ多きが故なり。      待客の最要事  人を饗し人を舎すときは、必ずしも飲饅を豊にせず、必ずしも余禍を厚うせず。唯だ客をして心安く気平ならしむれば是る。唯だ答をして己れの家に在るが如き念を作さしむれば是る。是れ客を待つ最要事にして又最難事なり。 客の好に従ふこと 客をしてその好みて談ずるところのものを談ぜしむるは巧なり。若しこれが著意の痕跡を暴露するときは拙極まる。 待客の侠気  善く客を遇するには一分の侠気を娶す。何人にもせよ、我客たる間は、他人をしてこれを侮寧せしむべからず。 運宿  客連宿するとき、これを待つこと一日は一目より薄きは市億の憎なり。敦あるものは、その第一日を慎みて、継続を厭ふ程の待遇をなさゞるべし。客たるものゝ身上より言ふときは、容易く速がざる客となり、又久しきに弥る客となること勿れ。喜んでこれを遇するものは、世の稀なるをころなればなり。 報恩  恩人の敬重せざるべからざる、報謝の恩人の怠志の深浅を問ふべくして、その物質上恩恵の大小を問ふべからざるや論なからん。士たるものゝ最も淫意せざるべからざるは、恩を売るものに対する操持なり、慎みて好騎の徒、卑狼の輩に致され、これが奴隷となること莫れ、間々人前に汝を誉めて、汝のこれを徳とせんことを要するものあり、されど汝若し誉むべき人物ならば、これを誉むるは他の貴務なるべく、否ずば他の濫誉をなす、何ぞ汝の事に与らん。顧みずして可なり 瑳来の食  誰か嵯来の食を旨しとせん、人に恩を被らしむるものは、これを辱めざることをおもへ、既に人に恩を被らしめたり、これが報謝を期待するは非なり、故らに報謝を避けて、人をしてその志を遂げざらしむるも、亦未だ得たりとなさず。 恩人の肝  遅れて恩人の姉を知りたるときは、唯だ絨黙あるのみ。されど時としては絨黙即ち犯罪なることあり。これに陥らざらんことを娶す。 師恩  近世師恩の恩たるをおもふもの殆ど稀なり。縦令わが受くるところの教は徴ならんも、わが写象の連瑣のこれによりて幾節を加へたるは、終生譲るべからざる恩恵にあらずや。われおもふに、人の師たるものは、僻邑の小学教員と雖、その国民の未来のために功徳あること、大臣若くは国会議員に優るものあり、若しその俸薄く家貧しきを常とするをおもは冒、せめてはこれに敬意を致して、幾分の報復を謀らざるべからず。世には子弟をして学校の教育を受けしめながら、その子弟の面前、これが師たるものゝ長短を説き、甚だしきに至りて潮罵をさへほしいまゝにするもの少からず。教育の智の一面を知りて、徳の一面を知らざるにや、覚來なし。 家庭の師  両洋貴人の間には多く家庭の師あり。主人これを冷遇して、我家の騎児をして愈々騎ならしむること暁らず。見ずや、いにしヘのテオドオジゥス(は羅馬帝)は其子を叱して席を師父に譲らしめしを。 質間  われの師に問ふや、その或は答ふること能はざるべきをおもひて、問はんと欲して敢て問はざること、往々にして有り。われの人に教ふるや、蓮ふところの問は殆ど皆智を挾む間なり。 敵  人に愛せらるゝと愛せられざるとは、汝が意志の得て左右するところにあらず。これに反して人に卑まれざると人に卑まるゝとは、汝が意志の左右することを侮る所なり。汝に操持するところあるときは、舌顕に汝を嘲るものも、猶心中に汝を敬せざること能はざるなるべし。汝は敵を得るを憂ふといふか。世上何人か敵なきことを得ん。唯だ自ら敵を求めざれ。而して敵の自ら生ずるを憂へざれ、所謂敵を求めずとは、雷同にあらず曲従にあらず離群索居にあらず、萄且にも人を傷けんが為めに、人の悪を挙げ人の不利を致すことを敢てせざるのみ。敵の自ら生ずるを憂へずとは、信仰の存ずるところを護惜し、職務の命ずるところを遵奉して、人に怒られ悪まれ中傷せられ迫害せらるゝをも厭はざるなり。若し人ありて、此の自ら生ずる敵をさへ生ぜざらしむることを得といはゞ、われはこれを巧なりとせん。されど巧なるもの即ち善し色はせざるならん。 敵の残酷  敵はいかに汝を罵り辱むとも、これに対ふるに罵晋凌寧をもてすること勿れ、彼熱すとも汝は冷なれ。彼動くとも汝は静なれ。糟一歩を進めて言はゞ、敵の残酷は罵辱の裡に在らず、敵の党を樹て勢を張りて、汝を社会の外に駆り、生ながら汝を埋め去らんと欲するや、汝の云ふところ為すところは、何の反響をも生ぜず、敵は汝を空試あつかひにするならん、ショオペンハウエルの書を読むときは、この空録あつかひに違へる慣懸の気の紙表に澄るゝを見る、シヨオペンハウエルは此待遇を忍ぶこと能はずして、彼の罵署の語を以て充たされたる文を草し、「哲学教授等」を難したりしなり。されど彼文はショオペンハウエル集中の大汚点なること論なし。凡そ敵の云為はいかに残酷ならんも、その不公平ならん限は、決して時間に抗すること能はず、時間黙移の中には、一たび被れたる場衡の必ず再び故に復るを見るものなり。 撃敵  敵を撃被せんと欲するときは、宜しく多年の組蓄を挙げて一時に傾瀉し、迅雷耳を掩ふる違あらざらしむる概あるべし。此際に処する秘訣は手段の単純にして透明なるに在り、些の陰謀密計に類するものあるを忌む、又挺身自ら敵に当るに在り、些の党与に依頼する迹あるを忌む。 敵降 敵は時として我が撃つことを須ゐずして自ら降ることあり。そは敵の首唱して伝播せしむるところにして、我を抑損するに過ぎ、公衆の其の不権衡を認識し来る時に在り。敵はおのれの謹訟の形迹暴露し去らんことを恐れて、特に我上に就いて二一の長処を求め、これを賞揚して以て公平を装ふ。此賞揚の一旬は即ち敵の白旗なり。此の如き敵の降服は、譬へば病原菌の自ら毒素を発生して、その毒索の溺蔓すると共に、己れの栄養を失ふ如し。 敵の有無を説くこと  自ら侍むところあるものにして、始て我に敵ありと公言することを得べし、若し夫れ己れの力足らざるを知るものは、敵ありと雖、人に対して告ぐることを忌むならん。そは衆愚の己れの敵あるに乗じて起たんことを躍るればなり。 敵の盛なると衰へたると  敵猶公衆に信ぜらるゝ問は、汝共れ軒昂にして屈せざれ。敵既に公衆に信普られずば、汝はこれに屈辱を加ふることを敢てせざれ。      病人  看病は親眷朋友これを能くせずして、看護を業とするもの却りてこれを能くす。情熱すれば智闇く、情冷なれば智明なるが故なり。知人の病を贈るものは、宜しく彼看護を業とするものを学ぶべし。然らずば病者汝が面色の同憎の影を印するを見て、徒にその病苦を増すならん。 貧人 汝嘗みて汝の友貧しくば、汝の生計の許す限これを救助して可なり、されど友若し己れの能くするところを尽して而る後に窮するにあらずば、その汝に求むる所あるは、即ちたてすごしを求むるものと謂ふも可ならん。社会の妾を賎しむはそのたてすごしを以てなり、堂嚢眉男子にして人のたてすごしを苛んずべけんや。汝猶これを救助することを凝はずば、是れ汝の友とするところのもの、実は友とするに足らざるなり。 憂ある人  心の憂には、人と語りて自ら慰むべきものあり。人を避けて独り屠り、時間の歯輪のこれを噛み尽すを待たざるべか参ざるものあり、憂の大小となく、皆人に語るは、意志の弱きが故にして、友たるものは或は慰諭し或は激励して、その憂を忘れしめざるべからず。若し又此種の人にして相憐むことを同病の間に求め、輯にこれと共に沈欝煩悶の境に堕ちんとするときは、友たるものはこれを誘ひて、此有害無益なる交を遠からしめ、憂ふるものゝ自ら智力の活動を生ずるを期せざるべからず。彼意志強くして独り憂ふるものゝ如きは、友にしてこれを訪はんも、談話の他の憂愁の因縁に及ばざるを宜しとす。 け為さるゝ人  大官の宴にて小吏を見、輯佐の宴にて中少尉を見、富豪の宴にて來座の番頭を見、又は世才賢き人の宴にて真面目なる学者を見るときは、慢心の神の前に、いかなる犠牲の供せらるゝものなるかを知らん。若し心あるもの能くその開き難き口を闘かしめば、その功徳極めて大なるべし。 堕落者ばカ、り怒憲む机べきものはあらざるべし 落 者 世の色 を荘にし声を励ましてこれを貴むるものは、或は形醜くして人に誘惑せられず、或は情冷かにして物に感触することなく、或は偶おのれの境遇のために緊縛せられて敢て自ら縦にせず、或は密に遺徳上の罪を犯すこと彼堕落者より甚だしと雖、巧に世人の目を俄みて世評(所謂「スカンダル」)を避くる徒その半に過ぐるなるべし。されば心あらんものは、堕落者を見て垂鱗し、吾力の及ばん限、これをして反省せしめ、自ら新にせしめんことを謀るべきなり。その忠言の智に惣へて冷なるを嫌ひ、情に懸へて温なるを宜しとするは辮を須たず。 危険  自他の危険に遇ひたる時の挙措は、一々某人の心の奥を見透かすやうなる心地するものなり、所謂武士道はこゝに意を用ゐること浅からざりし如し、されど今の世の人に共心特ありや否や。同じく自己の危険なれど、或は能動に出でて自ら暴力に抗し、若しくは人を呼ぶに宜しき場合もあるべく、或は所動に出でて抗抵せず、金銭財物を棄てゝ遣るゝに宜しき場合もあるべく、或は福沢翁の辻軌らしき士にいであひし話の如く、肱を張りて徐に近づき、擁れ違ひざまに駈け出すやうなる詐謀に若くことなき場含もあるべし、又他人の危険の中にも、赴き救ふべきと否ざるとあるべし。彼唯一の動因に駈られて、直ちに起ち径ちに行ふ壱義行為は姑く措き、苟も撰択行為の境に入らば、娶は危険に遭ふ一刹郵に、智の鏡の陰騒なきに在り。昔は武士ありて将に妹せんとする女に教へて目く、設し坐上の人刀を抜くが如き事あらば、先づ心を鎮めて、われ武士の娘と生れて、此の如き境に逢ふは、実に生涯の面目なりと念じ、而る後に動作せよと、善い哉、」女予果して能くこれを念ずる余裕あらば、その動作は必ずや失錯なかるべし、今や世態人情は一変して、古人の女子に教ヘし所のものをもて、これを男児に教へ、僅かに宜しきを得たるが如きを覚ゆるに至りぬ。 旅  旅に出立つものは、予めその往路の地理故蹟より風俗までを、取調べおかでかなはぬこと勿論なり。憾むらくは古の風土記の敵快してより、幕府の末年までは、国志の類の信糧すべきものゝ成れることいと穣にて、彼幕末二三の好著も、或は未だ印行せられず、或は偶く印行せらると雖流布遍からねば、容易くは閲覧し難し。又紀行といふもの多けれど、その詩趣を圭とするものは姑く措き、彼相馬日記など二三の書を除く外、考拠となすべきもの、これはた獲易からず。已むことなくば吉田氏の地名字書を用ゐん欺、されど猶吾国にベヱデツケルなきを歎ぜざること能はざるべし、地図は頼に参謀本都調製のものあれど、これも最近のものは秘せらるゝことゆゑ、既設の鉄遺の図上に見えざるなど、多少の不便あるを奈何せん。  旅費は三の一を加へて備ふべく、又非常の事あらん時の為に予め謀るところなかるべからず。手提に金を蔵むるもの、大都分は深くこれを底にをさめ、小部分は浅くこれを表にをさむ。而して賊の必ず先づ底を探ることを知らず。旭しといふべし、多く金を持ちて遠く行くものは、為換の便を藉るに若かず。  旅装は身に適するを主とす。甚だ粗なること菓れ、また甚だ美なること莫れ。その甚だ粗ならざらんを欲するは、曾呂利が豊公を諌むる言を慮ればなり。曾て夏時軽捷を愛する故を以て、一領の浴衣を纏ひ、行李を携へずして東北に遊ぶ。駅吏毎に予をして彼の蘭席毛布を被るものと伍せしむ、臭穣堪ふべからず。会く霧雨ありて鉄道崩壊し、予等は馨頗る警り。途上一憐輩の一妻一妾を拉し、その行李甚だ大なるものを見る。駅吏その妻妾行李を貨車に載せ、駅夫をして推して崩壊の処を過ぎしむ、是れ或はその内務の吏たりしを以ての故なるべしと雖、亦彼に威儀ありて我に威儀なければなり、旅装は又甚だ美ならざらんことを欲す。是れ世に謂ふ詐欺師の徒に似んことを恐るゝなり。曾て朝鮮姦に在りし時、数く天と蟹す。美人に従者ありて、紳士の装をなし、言動太だ傲れり。旅答従者を遇するに憐輩を以てし、随ひて共主を敬すること分に過ぎ、終に彼の主たるものゝ術中に陥いりたるを悟らず、これを尋常自ら美服を着くるものに比ぶれば、変詐の手段一等を抜くものと謂ふべし。  漁車中に在りては、踊局を防ぐ智ある限は、人と語ることを妨げず。往々にして利益を得るものなり。宿駅、旅店の好ダの如きは、これを旅唐に問ひ又軍夫に問ふと雖、真実の語を聞くこと雫なり。漁車の乗客の言ふところは、大抵信煽するに足る。予嘗て朝鮮に往く途上、東海遺の漁車に坐す。一人あり。羽織なく袴なく又手荷物なく、駒下駄を穿きたるが、予と室を同うせり。予の朝鮮に往くと聞きて、道路の通塞利病を辮ずること頗る詳かなり。予冷然これに答へていはく、予も亦多少調査し居れりと。その人車を下る後、傍人予にその岡本柳之助氏なりしを告ぐ。予始て悔ゆ。  滅車賊多き地を過ぐるときは、初更に眠りて深更に醒るを、防禦の良策となす。  馬車ある地を行くには、此に由るを利とす。旅店の主人牌僕等は人力車の便を説くと雖も、その言偏頗なるを常とす、これに欺臓せられて価貴く脚遅き人力車に來ること莫れ。天未だ明けざるに、馬車もて発するときは、駅者坐睡すること往々にして有り、注意して危殆を免かるべし。  貴人の小部会に遊ぶや、別に馬車を装ひて、これに乗らんことを勧むることあり。その馬の美を選みて、車を牽くに馴れたると否とを問はず、或人嘗て某の親王に問ひまつるに、旅次何の苦むところかおはすと云ふを以てせしに、親王馬車なりと答へ給ひきと聞く。さもあるべき事なり。  今の人力車夫は古の雲助の進化しそこねたるものなり。欧洲人の苦力を待つに、人をもてせずして畜をもてすること憎むべきに似たりと雖、義務の感憎ある心より義務の感情なき心を付りて、躋を曜む悔あるは、人力車に來るものゝ往々免れざるところなり。車を雇ふには、宜しく口を開くに先ちて一切の論理、一切の比量智を批ち棄てゝ、価を増すにも価を滅ずるにも、彼の偽の理由に耳を借さず、我の真の理由を口に上さゞるべし。こは徒に憎悪愈瀬の念を発せざらんが為めなり。曾て一友と山駅を行き、疲れて車を求むるに、唯だ二靹あり。価を問へば太だ貴し、予おもへらく、競争者なき二車夫は、価を争ふと雖減ぜざるべしと。友は予を排して進み、奴々辮争せしに、その言一の聞くべきあるに非ずして、箪夫は価の半を減じつ。かゝるをも夷の思ふところに匪ずとやいふべき。  日程は長しと雖、途上に車なきを慮ると、児女を伴へるとにあらざるよりは、所謂通しの車に乗らざるを利とす。その価は比較上貴くして、猶中遺にて貨物の如く売買せらるゝことなきを保せず。売買の議既に提起せられば、努辞を費してこれを争はざれ。そは労して功なきが故なり。  人心の騎り惰れる地方にては、車夫一日の労に巨利を食り、数日の安逸を謀るを常とす、此種の車夫は尋常の客を見るときは操れ避け、又腹痛むなどゝ称して辞するものなり。村役人若くは巡査をして雇はしむるときは靱ち応ず。炭鉱業等の盛なる地方の如き是なり。      貴人  進みて貴人に求むるものは多くは皆敗欠す。退いて貴人に求めらるゝものは時に或は成就す。憫むべきかな世上附炎の人、交る所いよ/\高うして、自ら屈することいよ/\婁しく、饗せらる二きは卓隅に坐し、会するときは閾上に立つ。縦ひ家裏数月の賞を抛ちて、一夕貴人を待たんも、貫人は旬日にして早くその名をだに記せざるなるべし。  縦ひ貴人の時に恭謙にして、憐輩もて汝を遇する二とあらんも、汝の貫人に対する態度は寸分の解弛を容さず。そは貴人たるものは早晩己れの貴きを意識して、再び首を昂げ傭し視ることあるべき担故なり。  大官と雖、権変作略あるものは、闇官婦寺と択むことなし、操持する所あるものは決してこれに結ぶこと勿れ。これと昇ることあればこれと降ることあり、昇ることなく降ることなきに若かず。  貴人に用ゐらるゝものは、初め汝の好意もて故らに庵ずる所の、後に汝が貴務もて応ぜざるべからざるに至るを思へ。貫人の為めに謀るものは、成就する時、その或は汝を徳とすべからずして、彼壊する時、その或は汝を罪すべきを思へ。  貴人は多く健忘なり、われ嘗て現に国家枢娶の地位に居る某と、官衙に相見ること二三次なりしに、一日其人車を駆りて蝸魔を顧み、われに勧めて華族某の女を娶らしめんとす。われ砕するに妻を娶ることを欲せざるを以てす。越ゆること数月にして、われ其人と公会に相見て、進み謝して曰く、嚢には閣下の好意を零うす。頃日閣下の云々するところの人、既に良縁を求め得たるを聞く、わが喜何ぞこれに若かんと、其人目を腰て目く、何をか余の好意と謂ふ、余は卿の言ふところの底事なるを解せずと、われ大いに差ぢて退きぬ。此類極めて多し、貴人と言ふもの、注意せざる可らず。  物を貴人に贈ること莫れ。若しこれによりて貫人の心を左右せんと欲せば、是れ汝端人たらざるなり。若しこゝに意なくば、微物何ぞ貴人の心を悦ばしむるに足らん。貴人と貸借の関係を生ずること莫れ。これに貸さば、その還さサるとき促すに由なかるべく、われ自ら借らば、貴人の奴隷とならざること能はざるべし。  策を貴人に献ずるより危きはなし、貴人若しこれを用ゐて、其成果好からざるときは、罪は献策者に帰して、貴人の錯り聞きたると、その使ふ所の人の錯り行ひたるとは、問ひ窮むるに由なければなり。  貫人の面前にて、人を褒貶すること菓れ、その褒むるや、貴人或は意に介せずして、その貶するや、貫人或はこれを忘れざるべし、是れ謹訟に意なくして謹諷するものとなるべきが故なり。就中最も慎むべきは、一の貴人の面餉にて、他の貴人を腿することなり。縦令汝淡賑する所のもの、その平秦相善からざる人ならんも、貴人は聞きて、汝敢て人爵を侮蔑すと為すならん。  汝の運命若し委ねて貴人の手に在らば、汝は常の交遊の或は事あらん日の遠累なるべきを慮らざるべからず。そは貴人の多くは猜忌の人なるを以ての故なり。  貴人の客を侍つや、必ず先づその求むる所あるや否やを見る。若し汝貴人に求むることなくば、汝はその上客たるべく、若し汝貴人に求むることなくして、貫人却つて汝に求むることあらば、汝は最上の答たるべし。されどこの上答たり最上の客たる資格は、一点衿傲の気あると共に亡失し去るならん。  貴人の学者鑑賞家を以て自ら居るや、学問鑑賞の上にてこれに交らんこと甚だ難し。汝の識見品評これに劣らば、貴人は汝を与に語るに足らずとせん。又これに優りて左右をして貴人の謬見濫評を看彼せしむるに至らば、貴人は懸ぢて汝を近づくることを欲せざるならん。汝の幸にして免るゝ道は唯々一あり。そは貴人汝の見地汝の眼光の己れに優るを知りて、且己れ一人これを知ると以為へる時即ち是なり。  貴人には多く僻好あり。酒色車馬撫猟等の卑きより書画管絃詩歌等の所謂殿様璽、檀那嚢に至るまで、皆此範囲に属す。貴人の身辺にあるもの、若しその未だ耽癖をなさゞるに及びて、これを防ぎ遇むることを得ば、その功徳大いなるべし。その既に牢くして抜くべからざるものは、いかにかこれを処すべき。貫人の僻好その本分の事を害せざる限は、汝これに与ると雖可なり。そは従順にして諸諌に非ざればなり、苟も僻好の既に本分の事を害するを見ば、汝は決然これと絶たざるべからず、われ嘗て謂へらく。東鑑を読みて鎌倉有大臣の管絃蹴鞠の紀事に至るもの、若し能く寒からずして粟せずばそは、必ず忍人なるべし。  貴人の下間には一種の禍機ありて伏す。そは貴人の多く既に意を決したる後、始てこれを人に諮りて、唯ζその賛同の語を聞かんことを期すること是なり。汝若し共事の悪きを見ば、宜しくこれを告ぐるに先だちて、貴人と己れとの関係の深浅如何を顧るべし。然らずば汝は誠実の為めに身を危くし家を殆くすることあらん。      早婚晩婚  人の性格を変易することは、少小なるときに易く、老大なるときに難し。此故に早く婚したるものはその初め選みしことの精しからざる比準に、共白髪まで添ひ遂ぐること多く、晩く婚したるものは若し誤まりて充分に簡択せざるときは、悔あること多し、人の性欲は前に盛にして後に衰ふ。此故に早く婚したるものは、縦令これがために選択の明を蔽はるゝ虞あるも、亦これに頼りて調停購和を致す利あり、晩く婚するものはこれに反す。是に由りて観れば、早婚の利と精選の益とを併せ占むるぞ策の宜しきを得たるものなるべき。但し早婚とは医家の所謂早婚即ち太だ早き婚姻にはあらず。 似たもの似ぬもの  男女性格の懸隔甚だしくして、夫喜べば妻憂へ妻哀めば夫楽むものゝ同棲に堪へざるべきは論なし。されど二人の性椎中些の相反する要素あるは却りて幸福の基となることあり。男の心忙しく物にはやる方なるに女のおほどかに和め勝なる、男の切れ離れよく女の節倹なるなど、猫この類いと多かるべし。大抵年少き人は我好しとのみ思ひて、そのかゝる夫をかゝる婦をと願ふ理想は、所謂似たものゝ方に傾き易し。され ば頑なる老父母なんどのそを遮りて思ひ掛けざる人に 逢はしむるは、強ち不幸とのみは定め難き歟。